はてなキーワード: ヒエとは
ぺちゃくちゃぺちゃくちゃぺちゃくちゃぺちゃくちゃぺちゃくちゃぺちゃくちゃぺちゃくちゃ
原発止まってまじちょっと大変っすよねー。原発って大丈夫なんですかー?
だいじょーぶだろぉー。問題か?問題ないだろー
やっぱそうっすよねー。俺東電のことマジリスペクトしてるっす、とうでーん!とうでーん!
(スッ)
ぽぽぽぽーん!かっけー!原発で暮らしたいなんてかっこよすぎるっすよー!
「潰れそう」
地元で一番強そうな東電、東電ならマジで日本の経済とか潰せるんじゃないかな。
しかたねぇなー。
やっべーんだけどマジでこれやっべー。べーわまじべーわ。
逃げてくりゃよかった。っべぇなあ、逃げてるとここいつにばれたら東電の威厳がやっべーよなー。
くっそ気づいてねえ内にさっと自衛隊に任せるかー。
いや、やっべぇなあ。変な動きをして気がつかれたらそれこそやべえ。失望されるにきまってるー。
慰謝料も催促されるに決まってる。うわ~どんどん上がってくる~。
こんなんじゃ原発で暮らせねえよ。安全な西日本で暮らすはめになっちまうよー。
っべー!こんなんそのうちばれる、なんとかしねえと。
あれしかねえ。あれなら国民にも気づかれづに温度を下げられる。
あ!だめだわ。電気止まったわ。もうこうなったらどうしょうもねぇわ。冷却装置で取り戻せるもんじゃねぇわ。
壊れたわ。海に置いていく形になったわ。
通りすがりに壁を破壊してく人だわ。通りすがりに壁を破壊してく人にかかればこの通りだわ。
(俺を誰だと思ってるんだー)
っべー、こうなったらこいつが気づかないことを願うしかねえ。
ばれたら終わりだ。
頼む!ばれないでくれ、頼む!頼む国民、気がつかないでくれ、頼むぞ!
ばれた!?
……
えーマジっすか!マジありえねぇんすけど、原発放っとくとかまじありえねぇんすけどーーーーー
ふっ、でも国が保証してくれるしこいつらちょろいわ
「ほう」
「みんな『首筋フェチ~』とか『うなじフェチやね』とか言ってて、僕の方にも順番が回ってきたので」
「はい」
「『あ、僕はヒエロフィリア(Hierophilia.宗教的なシンボルなど、聖なるものに性的興奮を感じる性的嗜好)ですぅ~』って言って『何? ヒエロフィリアって』って言われたので説明したらガチ引きされまして」
「当たり前だ」
「いや、でもそういう話じゃなかったんですか! みんなフェティシズムについて話していたのではないですか! それなのに、ひどい! あんまりだ…」
「まぁ以後気をつけることやね」
「気をつけるって、何を?」
何を。
その答えを、僕は今でも聞けずにいる。
■参考文献~まだまだあるぞ! フェティシズム一覧
エキシビジョニズム(露出狂)
アルトカルシフィリア:ハイヒールなどの靴で踏まれることに性的興奮を感じる性的嗜好
オートアサシノフィリア:自分が殺されることに性的興奮を覚える性的嗜好、自殺願望や自傷行為とは別物
クリスマフィリア:浣腸行為を見ることで性的興奮を感じる性的嗜好。
タナトフィリア:死を連想させるものに性的興奮を感じる、ネクロフィリアとは別もの
なんかふと思いついただけなのだが、
という仮定が成り立てば草食系男子が増えれば、男性が女性を買う性産業と男性主体のDVが衰退するんじゃなかろうか?
草食系男子はセックス興味が無くお金も掛けないなら、キャバクラとかソープとか女性を売りにした産業が衰退する。
素人の女の子と付き合うのにお金を掛けないなら、プロに対価を支払うという価値観もない。
もちろん児童売春や出会い系、結婚相談などの産業も商品価値がなく(極論でいえば児童ポルノから2Dも含むアダルトコンテンツまで)
セックス産業において商売が成り立たなくなると言う仮定すら成り立ってしまう。(これらをひっくるめて並列するのはすこし乱暴かもしれないけど)
もしも、これまでの男性的な価値観で女の子にお金を掛けてくれた世代が高年齢層に多く分布されているとすると
いわゆる団塊世代(昭和が色濃い世代)がリタイアしていくと肉食といわれれる人々(女の子に対してお金が掛かると思ってる世代で、
バブル期に東南アジアに買春ツアーに行ったりしていた人々も含まれる)の絶対数が少なくなるんじゃなかろうか。
つまり性産業が全体的に衰退するということでもあるのではないか?
女性との関係性においてプライオリティが低ければ、その関係性を求めるために犯罪を犯すというリスキーな行動心理もないのではないか。
ストーカー犯罪とかレイプや暴力といったモノにも興味が薄い(←この仮定は乱暴かもしれないが)と
考えられるので、世の中に草食系男子比率が高くなれば、力によって相手を支配するというDV的な価値観もないかもなので、
結果的に少しだけ(性犯罪とか性産業の衰退により)平和な世界が訪れるのじゃなかろうかなんてことを考えてしまったのだが。。。
草食系男子に対するバッシングが肉食系人民から多く送られているけれども、
比率の中で草食系が増えて全体的になってしまえば、そういったドメスティックなものとかが少なくなるんじゃないだろうか?
つまり草食系がメインになってしまえば肉食的な弱肉強食がまれなモノとなれば、その点でのみ世界は平和になるんじゃないかと思うのだ。
そうすると少子化とかいろいろ問題が出てくるだろう?と大騒ぎする肉食系の残党がいるだろうけど、
自然淘汰というのは、無くなるばかりではないし、時代に合わせて変化する事であるはずで、
また、ジェンダー論とか持ち出すとさらに複雑になるので(同性間の性行為に関しては性的嗜好なだけで種族保存には直接結びつかないし)、
生殖能力を持ち、かつ一般的な男女間の分布において草食系が増えた場合として限定させてもらっている。
また、肉食的かつ暴力的な女の勢力に関しても触れていない。(草食系男性が増えた時点でM的嗜好としか関係性が成り立たなくなる)
http://anond.hatelabo.jp/20090212151717
別に婚活しているつもりもないけど(笑)結婚しそびれたというのはまあ当てはまりますね。
―そんな時、喪男達が嫌悪し恐怖するマーケティングと恋愛価値主義から手紙が届く
「そんな生き方お辛いでしょう、今からでも頭を下げれば我々のヒエラルキの下積みぐらいにしてあげますよ」
「一生彼女も結婚相手もいなくていいんですか。ほら、電車男とか草食系とかブームですよ。素直になれば恵んであげますよ」
なんでこんなふうに卑屈に考えるのかわからない。
誰だって劣等感を味わうことはたくさんある。
女だって若くて綺麗な女がちやほやされるのをよそにひっそりと取り残される疎外感を味わったり、
仕事においては男に対して絶対的な劣等感を味あわされたりする。
あなたも
そんなふうに行き遅れの婚活女を見下して優越感に浸っているのね。
私は人に優劣をつけたりしない。
その代りあなたのように劣等感にさいなまれて卑屈になったりしないんだから。
あれは実は女について語りたいのではなく
一般通念のモテない男像はこうだ
1・めげない果敢な挑戦者
3・女性に憧れやロマンを抱いている
(コミカルで無様で性善説的なコンセプトのキャラデザインだ。)
1・怯える棄権者
(上のヤツより好感を持たれにくいであろう人物像だ。
ついにデート文化や支配的マーケティングとの接続が切れたハリジャンとして生きてゆく。
不可蝕民も長くやってれば悪くない 自由人気取りのそれなりの自負も芽生えてくる。
思春期に嫌な想いと劣等感のみ押し付けてきた恋愛価値主義に折り合わないままのスタイルを形成したぞ!
―そんな時、喪男達が嫌悪し恐怖するマーケティングと恋愛価値主義から手紙が届く
「そんな生き方お辛いでしょう、今からでも頭を下げれば我々のヒエラルキの下積みぐらいにしてあげますよ」
「一生彼女も結婚相手もいなくていいんですか。ほら、電車男とか草食系とかブームですよ。素直になれば恵んであげますよ」
含み笑いを浮かべ、大喜びで乗ってくることを確信した、上から差し伸べられた手。
こいつら金使わず小金溜め込んでるみたいだから、楽しいことを教えればたっぷり絞れるぞ!
普段は爬虫類のような喪男達もここばかりは声を荒げないといけない
「いらねーよ!」と。「とっくにお前らと縁切りしてるだろう!」と。
「結婚しそびれた婚活(笑)女を紹介すれば大喜びで下取りすると思ってんじゃねえ!」と。
成り行き、女をいじめて馬鹿にして喜んでるみたいに見られることが多いがそうではなく、
その背後の支配的価値観の含み笑いに全力で異議を申し立てているだけなのだ
(なので、背後が見えない女、アウトサイダーな変人女や喪女、には寛容で穏やかな反応をすることが多い)
みなさんもネットの女叩きを見たら、
外敵に圧迫を受けてトサカを広げて毒液を吐いてる、普段は日陰でうごめいてる変なトカゲ
と認識するのが間違いが少ないと思う
近年理科離れという現象が進んでいる。その原因というのは、恐らく、複雑になった科学に対して、自分がそれを理解でき、その発展にかかわることができる、という感覚が得られづらいからであろう。
物理、数学はある程度論理的な思考を積んだ者ならば、だれでも同じ理解ができる学問の体系である。古くはニュートンの時代から、彼が書き残したプリンキピアも理解不能な言語というわけでもなく、理系の共通言語である数式を通じて読み解くことができた。しかし、未来では違うであろう。学問として物理を教えるのにしても、学生はどうしてそうなるのかを考えようとしない。教員は自分がどうやってそれを会得したのかを伝えることができない。もはや定量的な議論は全く意味をなさなくなり、授業は今ある事実の積み重ね、いわば、クイズ番組でもやっているような状態になった。
しかし一方で、近未来社会では、技術を保持・発展させていく者はどうしても必要になってくる。物理、化学、数学はもはや学問として学ぶものではなく、感覚として身につけるもの、「修行」を通じて身につけさせるものとなった。多くの修行者がこれに憧れ習得しようとしたが、万人に身につけられる感覚ではなく、ほとんどはゴミのように捨てられていった。技術を習得したわずかな者は当然尊ばれることになり、社会の中でヒエラルキが形成された。
科学と非科学の違いも曖昧になり、どちらであってもさして問題ではなくなった。持たざる一般人は、技術者を神秘的な存在と捉えるようになり、いつしか、物理・化学・数学といった学問の体系は、「魔法」と呼ばれるようになった。