はてなキーワード: パンケーキとは
宅配で食べ物届けさせようとする奴ってなんなの?
自分だけが苦労してるって思ってる。
私だってさ、毎日パンケーキで頑張ってんだよ、それなのにさぁ…。
見下しやがって…。
なんなんだよ、ホントに。
涙出てくるよ。
悲しくて辛くて、熱出そうだよ。
田舎からつれてきた猫も、最近じゃ話しかけても答えてくれないし。
昔は心が通じ合って会話もできた気がするのに、私が都会に染まっちゃったのかなぁ…。
もう、猫の声も聞こえない。
それなのに、都会での生活に馴染んだかって言えば、全然そうでもないんだ。
夏目漱石がさ、留学先のロンドンで鬱病にかかったって言うの分かる気がする。
今、そんな気分。
実家には温室みたいなのもあったし。
本当はこんなダサい服しか持ってないわけじゃないんだ。
今じゃ、基本、パン屋の店番だよ。
自分で立ち上げた事業が上手く行ってなくって仕方なくやってるんだけど
赤いリボンで真っ黒な服で、ぼうっとしながら時間つぶして、なんか夜の街に立ってる娼婦みたいだよ…。
本当の私はこんなんじゃないんだ。絶対…。
そんな格好していて、それで私、自分で言うのもなんだけど、ちょっと可愛いから
男にも声かけられたりはするのね。
でも、ウザイのばっかで…。
私をオトしたいんなら、まず、その囚人みたいなボーダーのシャツを止めてから声かけろって。
あと、水をかけたら女になりそうな声もどうにかしろ。
本当、せめてナマモノはやめて下さい。
宅配業として、あり得ないです。
ニシンのパイとか届け先の孫娘も、なんか物凄く嫌な顔してたよ…。
ごめん、こんなの愚痴だってわかってはいるんだ。
大丈夫、落ち込んだりもするけれど、私は元気です。
多分……。
俺はまだ本気出してないだけ
虫歯になって慌てて歯磨き
鰯の頭も信心から
千代の富士はこう答えた
1001勝です
「よく禁煙に成功しましたね」
俺は勇者になりたかった!
だが魔王がいなかった!
お前には魔王がいる!
Living well is the best revenge
優雅な生活が最高の復讐である
もっともよい復讐の方法は、自分まで同じような行為をしないことだ。
マルクス・アウレリウス 自省録
我々は、現在の知識によってのみ物知りであるにすぎない。
男が女より強いのは、腕力と知性だけで、腕力も知性もない男は、女にまさるところは一つもない。
「第一の性」より
人は死の間際になってはじめて、本気で生きてこなかったことに気づく。
人を見て、「こいつはまだまだだな」と思ったら、実際には自分とそいつは同じくらいのレベルで、
「俺と同レベルくらいかな」と思ったら、実際にはそいつは自分よりも上のレベルで、
「俺よりも少しできるな」と思ったら、そいつはもう手が届かないほどレベルが違うのです
強くなければ生きていけない
マーロウの名台詞
今君は夢を僕に言えるか?あの日と同じ瞳のままで
英雄とは個人的な恨みや、失望や、復讐心に駆り立てられてではなく、
人の小さい過失をいちいちとがめないこと。
人の隠し事・秘密を暴いたりしないこと。
人の過去の過ちを掘り起こして蒸し返さないこと。
この三つの点を守れば、人格を高められるだけでなく、人の恨みや反発を買うこともないのです。
司会「北京オリンピックに何か特別にもっていく物はありますか?」
浜田雅功「あたりまえや、こんなところで何言うとんねん。」
若いときは知ってるフリをしたがる
歳をとると知らないフリをしたがる
金は集めるより散じるが難し
生きる時間は変えられない
生き方は変えられる
人を呪わば穴二つ
スナフキン語録
1.ぼくは、あっちでくらしたり、こっちでくらしたりさ。
今日はちょうどここにいただけで、明日はまたどこかへいくよ。
テントでくらすって、いいものだぜ。きみたちは、どこかへ行くとちゅうかい?
2.自分できれいだと思うものは、なんでもぼくのものさ。
その気になれば、世界中でもね。
3.そうだな。なんでも自分のものにして、 もって帰ろうとすると、むずかしいものなんだよ。
ぼくは、見るだけにしてるんだ。そして、たちさるときには、
それを頭の中へしまっておくのさ。ぼくはそれで、
4.それはいいテントだが、人間は、ものに執着せぬようにしなきゃな。
すててしまえよ。小さなパンケーキ焼きの道具も。
ぼくたちには、用のなくなった道具だもの。
5.ありがとう。でも、いまも考えたんだけどもちものをふやすということは、
ほんとにおそろしいことですね。
昔から仏教では「足を知る」ていうんだ
あれも欲しいこれも欲しいで尽きることのない欲望の果てが
『自滅』
だから賢人は必要なもの以外は切り捨てるようにするんだよ
駒田「とりあえずお疲れ」
悩むってのは余裕があるから
海で溺れてる時悩みますか?必死で泳ぐでしょ
悩まない代わりに溺れて死んでます
人生の大きさは悔しさの量で計るんだ
「サッカーとは、トータル的にこれが理想というものがない。だからこそ魅力的なんだ。」
「(交代策は)うまくいくときもダメなときもあるもんだよ。采配が全部当たるなら、
「私には、理想とするサッカーはない。こういうチームと決めてしまうとそれ以上のチームにはならないからだ。
完璧と言えるチームはないと思っているし、起こりうる状況の中で常に前進して行くだけだ。」
「日本人はシステム論議が好きらしいが、システムは保証でしかないことを理解したほうがいい。
「古い井戸があります。そこには水が少し残っています。それなのに、古い井戸を完全に捨てて新しい井戸を掘りますか?古い井戸を使いながら、新しい井戸を掘ればいいんです。」
勝てない見込みのほうが大きい戦に
あえて臨む人間にはなんとなく肩入れしたくなる
「理性の最後の歩みは、理性を超えるものが無限にあるということを認めることにある。
それを知るところまで行かなければ、理性は弱いものでしかない」パスカル
「いいか、おまえら。恋愛というものはなだな、まず相手を好きになる。そして、好きが恋になって、
恋に愛が加わって恋愛になる。それで恋が消えて愛だけになると落ち着いてきたあたりが一番幸せだな。
俺、ビルゲイツが目の前にいたら言ってやるんだ
うらやましいだろ、ざまあみろ。ってね
弱い者ほど相手を許すことができない。許すということは、強さの証だ。
ハードルは高ければ高いほどくぐりやすい
信じるものがすくわれるのは足元だけ
夜なのに僕が見るのは蒼井そら
「ボクは火星人であることとチンコが小さいことをなんとも思ってませんから!」
「チンコ出して街歩きたい」
「虹がヒットしたら俺の下の毛を虹色に染めてお前ら(リスナー)にプレゼントしてやるよ!」
「空中でオナニーしてみたけど踏ん張りが効かなくてエクスタシーに達するのは無理だった」
「陰毛は直毛です」
人生は全て次の二つから成り立っている。
したいけど、できない。 できるけど、したくない。
この人が王であるのは、ただ他人が彼に対して臣下としてふるまうからでしかない。
ところが、彼らは反対に、彼が王だから自分たちは臣下なのだと思うのである。
『資本論』第1巻第1章
「折口君、戦争中の日本人は桜の花が散るように潔く死ぬことを美しいとし、
われわれもそれを若い人に強いたのだが、
これほどに潔く死ぬ事を美しいとする民族が他にあるだろうか。
もしあったとしてもそういう民族は早く滅びてしまって、
海に囲まれた日本人だけが辛うじて残ってきたのではないだろうか。折口君、どう思いますか」
久方の光のどけき春の日に、しづ心なく花の散るらむ
ラストサムライの最後のシーンで、若い明治天皇が、トムさまに、渡辺謙が
演じたラストサムライ勝元(西郷隆盛がモデルらしい)の死に様を聞く。
「Tell me how he died」
アメリカ騎兵役のトムさまが、自信に満ちた微笑をかすかにたたえて答える。
「I'll tell you how he lived」
人の通わぬ山道に咲いた紅葉の心意気
「金」以外のものを絶対に信用してはいけません。
信用できるのはお金だけ
よく聞く言葉だけど、インフレおこしたらそのお金にも裏切られるわけで
国は信用できるって(信用する)ということにつながるんだろうか
強情を押し通すと、周囲にも自分にも苦しみとなる
やっぱり一番悪いと思うのはアルコールだ
勝った人はこちらへ 負けたら向こうへ
そんな訳には いかない いかさない
子供たちがのびやかにすくすく育つために必要なのは、
実は“誰かに世界一愛されている”という実感なのではなかろうか。
今日逃げたら
明日もっと大きな勇気が必要になる
生き残るためには自ら変わらなければいけない
何事も 貴方が同じ土俵に立つから腹が立つのです
一歩退いて周りを見渡して御覧なさい
腹の立つ程の事ですか?
聞いちゃダメ!
聞いて偉くなった人は誰もいない!
勝ちに不思議な勝ちあり
負けに不思議な負けなし
女を腕に抱くと、やがて腕にぶら下がられ
そのうち背負う事になる
離婚の動機ですって?
ありますとも、弁護士さん
私が結婚してるという事です
今考えるとあの時食べておけばよかった
アーサー・ゴッドフリー
上記二つを書いた増田です。
質問とかあれば、と書いていたら本当に質問あったので回答してみようと思う。
#追記
#上記二つのエントリの続編というか、まとめ(このブログで言いたかったコト)書きました: http://anond.hatelabo.jp/20080724004506
ただし、そもそも説得しようとか布教活動するつもりは毛頭なく、はてな村的な「事実の淡々としたレポート」感覚で回答したいなと。
なので、こういう感じだよっていうニュアンスで書きます。
実際には(私はそもそも愛想つかしてるので擁護しませんが)、箇条書きする要点の間には、もっと沢山の補完教理があります。
だから、「こんなもんか」って早合点するより、概ねそんな感じらしいって感覚で見るといいかも。
具体的に知りたいことは家にきたエホバの証人に突っ込むほうがよいです。
教理のアップデートが結構頻繁なので時代により若干、教理が異なってきてるのでこの内容そのものが若干古いとも思うしね。(ここ1、2年はまともに話きいてないので)
ちなみに昨日は寝ぼけてグダグダで書いたんだけど、それが良かったのかすごいブクマついててびびったよ。。。
質問者:http://anond.hatelabo.jp/20080723144603
次の質問で詳しく回答しますが、「禁欲的であるかどうか」が重要ではないんです。
結果として禁欲主義になっている、と捉えるほうが理解しやすいかも知れません。
重要なのは「聖書が何と述べているか」つまり「エホバ神は何と言われてるか?」と、
「神の命令に自分は従っているか?」が重要な基準なんですね。
禁欲的なのは神がそのように生活せよと命じられている(と、エホバの証人は解釈している)から。
神の命令に従わなければ宇宙戦争の世界では、悪魔の側となるという解釈なんですね。
ゆえに、聖書がNGとしている(とエホバの証人が解釈している)戒律を守り、禁欲的な生活を送っているのです。
禁欲は結果としてそうなっているだけであって、それが目的ではないんですよ。
真の目的は、神の側に自分はいるかどうか、なのです。
質問者:http://anond.hatelabo.jp/20080723144603
これは、そもそも「命」の考え方がエホバの証人は一般人と異なります。
エホバの証人は、今の肉体は不完全であると考えています。
不完全だから老衰し病気になり誘惑に負ける弱い生き物になったと考えています。
不完全になったのは、神ではなく悪魔の側につくと最初の人間である、アダムとイブ(JWはエバと呼ぶ)が選択したから。
しかし、悪魔の側を選んだ場合、代償として死ぬはずの無い人間が死ぬことになるという決まりになっていた。
(どうして死なないといかんの?というのは究極的な結論は神がそう決めていたから、というのが最終回答)
で、エホバの証人は、生きるか死ぬかよりも、神の是認(認められるか)を優先すべきであると教えられています。
結論から言うと、輸血だけではなく、神か神以外か?と二択を迫られると神を選ぶ!とどんな状況であれ選ぶ人が
真のエホバの証人であるという教理を持っています。
そもそも、この教団の呼び名である、エホバの「証人」というのも、この思想に基づいています。
つまり、絶対に神が正しい、神に勝る存在はなく、何よりも最高権威者は神であるという考え方です。
例えば、聖書は殺人を非としていますが、神が是認した人の死は容認しています。
聖書の中では非信者である人間が、エホバに使える者に神の名によって殺されるシーンが様々なところで出てきます。
その場合、これは、神に反逆した者の報いであるといった解釈をします。(もうちょっと言い方ありますが解りやすさ重視なので)
逆に、神を非とした勢力に殺された信者の話も出てきます。
これに関しては、この忠実な証人は、楽園の時復活するのです。私たちは再会を楽しみにしましょう。と教えれます。
そろそろ話が見えてきたと思いますが、エホバの証人にとって、死ぬことより神に非とされることのほうが重大な問題なのです。
命を大事にせよと確かに教えられていますが、何より神を第一とせよと教えられてもいます。
この神を第一とする考えは絶対です。神より上位のものはエホバの証人の概念には存在しません。
従って輸血を避けよと神が命じているなら、神の是認を得るために死をいとわないと考えます。
しかし第二優先事項として、命を可能な限り守ろうと、「輸血以外ならありとあらゆる方法で」命を守ろうと考えます。
ちなみに話がすこし逸れますが、脳死状態(回復する見込みの無い状態)に関しては聖書は明確な指針を示していません。
脳死の場合、延命を希望するかしないかは個人の良心の問題(聖書の行間の間にある余白から出ているメッセージを自分がどう解釈するか?)になるのです。
この個人の選択に関して、他の信者が介入したり批判することは非とされています。ただし、いわゆる二世の家庭では親が子に自分の解釈を強要するケースは珍しくないのも事実です。
つまり、命より、神の命令を守ることが、一番重要であるという価値観なんです。
ちなみに、これをカルトと言うか価値観ととらえるかは、宗教の文化が薄い日本では難しいというのは書いている自分は重々承知しています。
>宇宙主権の正当性を立証し、復権し、人間が人間を支配してもうまくいかんから
>人間の支配権は神に戻し、神が支配する世界で人類繁栄しよーぜっていうことになっている。
この辺もだけど、神の復権ありきで議論が進んでるように感じる。人間が支配する、ってのは絶望的なのかな。
そもそも宗教に入るひとは、社会に対して何らかの不満がある人が入るから、「人間が支配しちゃだめだ!そうか神の復権だ!」って考えるのかな。
質問者:http://anond.hatelabo.jp/20080723144603
宗教という枠で見ると話が壮大になり、それは宗教学者と議論された方が充実すると思います。
なので、自分の守備範囲であるJWという狭い枠の中において回答します。
結論から言うと、復権ありきで議論が進んでいる、と言うより、神の復権がそもそものテーマです。
こればっかりは、そうなってるんですよ、としか自分も言いようがありません。
ただ、「人間が支配する、ってのは絶望的なのかな。」という感想ですが、そこにはYesとは言えない部分も。
どういうことかと言うと、「神は選択の自由を認めている」というのも教理の一つなのですよ。
ただ、それに責任が求められるわけで。
つまり、「絶望せずにやってもいいんじゃね?」とも言えます。
あまり、この点をエホバの証人は言いたがりませんが、エホバの証人も神は選択の自由を認めており行動に責任は求められますが選択の自由を保障しています。
まぁ、時々、頭の弱いエホバの証人は、神に見倣い保証すべき自由を否定し、子供に選択を「強要」しちゃってますが。。。
別にこの「自由」という権利は、エホバの証人の中で新しい教理ではなく、発足当時からあるものなんですが、あまり注目されていないという事実もあります。
特に日本は地域変種の信者が非常に多く、日本支部ですらNGと唱えてるのに「服装の明確な規定」まで設けようとした頭の弱い信者もいます。(大抵、そんな困った人は、やがて指導受けますが)
だから、「神の側しかないの!?」ではなく「選んだらいいよ」ってのがある意味、神のメッセージとも言えます。
もちろん、「選ばないと滅びるよ」とは言ってますが、「本人の意思で自由に」と。
実はこの教理がある意味、二世を苦しめる教理の一つで、「私たちは強要してないのよ。神も自由は認めてるのよ」と言いつつ、聖書にはこうあるわよねと言われて育てられます。
前回は正直おもしろおかしく読ませることも若干意識して、一部のケースばかり書いたという側面もありますが、こういう言い方をする親も少なくないようで・・・
そういった家庭で育つ二世は、面と向かって宗教を強要されてはいないんだと、認識(錯覚?)してしまうため、強く否定できません。
上から押さえつけられればあれこれ抵抗できるでしょうが、誰だって横からの攻撃は弱いもの。
結局、こう苦しく感じるのは自分がおかしいからなんだ、と考えて鬱病になる人もいます。
いますつうか、俺の友人の一人は確実にそういう感じでおかしくなったし、実を言うと自分もそれで精神病になるかなーってやばかった時期あります。
それから、「社会に不満だから宗教に入る」、確かにそれは一つの側面ですが、「全ての人がそう」ではありません。
それから、"社会に対して何らかの不満がある人が入るから"に関して。
「宗教」は日本にはもともと無い概念だそうです。日本の宗教という語は、的確な表現ではないという指摘もWikipediaにありますが自分もその通りだなと感じています。
宗教を捉える時に、「信条」とか「儀式」とかそういった形にしやすいものをどうしても日本人は中心に考えるんですが、それって、ショートケーキの上にのっけたイチゴみたいな概念ですよね?
でも、人それぞれですが、真剣に宗教をやる人にとって、宗教というのはむしろ、ショートケーキのパンケーキ部分そのものなんですよ。
もっと言うとケーキを載せてる皿かも知れない。
はてな的に言うと、一般的な日本人の言う宗教ってアプリケーションです。
だから、社会に不満があるから、入信ってのは一部の人でしかないです。
で、そういう人はエホバの証人の中にも確かにいますが、長くは持ちません。
ちょっと嫌なことがあるとすぐに辞めちゃいます。
そもそも、ハルマゲドン到来の予言がはずれたり、子供がエホバの証人なんてもう嫌だ!このせいで不幸になった!と叫んでも、脱退しない人は大勢います。
なんでかっつうと、その人にとって、これがOSなので取り外せないんですよ。
そんなの洗脳されとる!と思って忌諱するかはまぁ、これ読んでる方の捉え方なのでどうにもなりませんが。
身近な例で概念を理解してもらうための話をしてみます。
結構思いつきなんでアレですが。
あなたが犬を飼っていたとします。
その犬に名前をつけ、とってもとっても大事に思います。
今日は仕事で疲れたなぁと思っても、その犬とふれあうことで心が癒される。
で、ある日、その犬を連れて外国に行きます。
仮の話なんので極端な例ですが・・・その国では犬は、ゴキブリや蚊、ハエと同じ害虫で
最悪の生き物と見なされている国だとします。
きっとその国の人はあなたにこう言います。
「なぜあなたは、このような生き物を大切にしているのですか?
柱に近づけば尿をまき散らし、餌を与えれば下品にガツガツと食べます。
夜になればうるさく吠え、また人を襲います。全く私にはあなたが理解できない」
宗教ってのは熱心な宗教家にとって、宗教なんでやるの?って言われるのは
まさにこういう感覚(実際にはお前何で生きてるの?と言われるに等しい)です。
単純に、現世からの解放という側面だけで宗教を見るとどうしても見えない部分が沢山あります。
そのあたりは、経験するかもっとじっくり身近な宗教家と話さないと理解できないかも知れません。
とりあえず、家にエホバの証人が来たら、じっくり聞いてみると解るかもW
質問者:http://anond.hatelabo.jp/20080723103847
聖書の理解(というかエホバの証人の聖書の解釈)によると、今の世そのものが神の愛によるものなのです。
どういうことか?というと、要点は下記の通り。
で、神は人類としては神から離れてうまくいくはずがないので失敗は必然だけども、神の側を選んでいる人間個人には、今の世の中でほどほどに喜びを味わって欲しいと考えている、とも解釈されています。
そもそも、信者は信仰の対象である神の特質(の一つである、愛という特質。その例とされるのが上記の通り)に見習うことが良いとされています。
つまり、人類は神に背を向けたために苦しみを味わうことになった。
それは先祖のアダムとエバのせい(罪は遺伝するという解釈。それを修復したのがイエス。で、まだ完全修復は実施されてない。長くなるので省略)
だけど、とは言え、神は、人類という大きな枠組みでは放置されてるけど、神の側につこうとする人間レベルでは見放されてない。
その一例が、聖書という指針書。今の世の全てが解るし、これからどうすればいいかも書いてある。
これが人類に与えられてることも、神の愛だよね。
つまり、人間は、そもそも滅ぼされてもおかしくない存在なのに生かされてる。
そんでもって自分たちの主張した意義を証明するための試験期間すら与えてもらってる。
そして、既に人間だめだこりゃ、神の側につきますって人には、聖書を通して神からの真実が教えられている。
で、神の側につく人は、神の特質を自分自身も表していくようにともあると解釈しています。
だから、神の側につく=神の特質を反映する=神の特質である愛を表明する=つまり優しさとかそういうの=それを表明するのは神の側!
回りくどいけど、大体はそういう解釈です。
http://anond.hatelabo.jp/20070412010819
嫁さんに似たようなアイデアを話したことがある(アメリカでお好み焼き屋は受け入れられるか?)。
その時のポイント
・何をするにしても結構相当濃い味付けにしたほうがいいかも
・お好み焼きっつううより、クレープとパンケーキの新しい食べ方の提案、みたいな感じになるかも。("food"のやつと"sweets"のやつ両方提供したり)
・ファーストじゃなくなるけど、自分で焼くスタイルには抵抗が無いと思う(LAのコリアンタウンにあるおいしい焼肉屋はかなり繁盛してた)
・とりあえず、もんじゃだけはそう簡単には受け入れられないだろう