はてなキーワード: パラリンピックとは
http://anond.hatelabo.jp/20100806220350
>増田にしか書けない事なんだけど、先天的に障害を持っている人達というのは、やはり一般的な人達と違って、福祉やボランティアの加護の元にいるので、詳細は書きませんが、どうにも自立していない人達が多い
数年前、私が勤めていた会社にも先天的なもので足が不自由な人が来た。
私はそれまでの人生において障害者ってくくりの人とあまり深く接したことが無かったので、「それを除けば普通の人間だし!」って思い、他の人と平等に接するようにした。
…のだが、彼は仕事をろくにせず、勝手にふるまい、上司に怒られても反省せず、そしていつも「俺は障害を持っているから、上司から酷く怒られても社会は俺に同情してくれるんだぜ」って得意げに語ってたのを思い出した。
その声が聞こえる周囲の席の皆、ドン引きである。
数か月経って、あまりにも仕事が出来ない&客先に迷惑をかけた為、上の人たちと相談の上彼は自主退社することになった。
しかし「今ってすんげー不況で就職できないっしょ?でも俺って、障害者枠で簡単に就職できんのwwスポーツやっててパラリンピックにも行けそうなんですって語ると百発百中レベルwww」と笑顔で嬉しそうに話してた。
今、彼は元気にしてるかなぁ。
パラリンピックっていいと思うんだよ。障害者の生きがい、という点で悪くない。引きこもって医療費がかかるくらいなら、身体を鍛えて、身の回りのことをできるだけ自分でやり、仕事してお金を稼ぎ、参加する。それに国や自治体がいくばくかの補助をする。障害者の自立を考える上でなかなか良いと思うのだ。
だけどね、商業的にはうまく回るわけがない。普通の人はパラリンピックの結果など気にしないし、どんな種目があるのかさえ知らない。一般の人に注目しろと強制できる話でもない。そんな状態だからスポンサーはつかないし、メディアの報道も「パラリンピックやってます」程度で、しかもある種の義務感でやってるだけ。競技を中継しても商業的にはペイしない。
だからといって、スポンサーもメディアも、悪いわけじゃない。商売でやってるのだから、商売にならないものにお金を使う必要はないと思うんだ。どうせ続かないからな。商売にならないことに金を使うってのは、本当に自由な気持ちで喜捨するようなものでなければいけないし、それは多数の人が利害関係を持つ会社がやることではなく、個人がやることだ。
国が税金を投入するにしても限度があるだろう。障害者福祉、自立の観点から、ある種の補助はあっていいけど、それを超えるのは問題だと思う。あくまでも自立がキーワード。それ以上の税金投入はすべきではない。例えば、渡航費の一部を負担する程度が限度だと思う。報奨金はやりすぎ。パラリンピックの選手に対して、国の威信のために金メダルを取って来い的な期待をすることが間違ってる。国を代表するって形式自体が間違ってる。報奨金の額がオリンピックと比べると安いと問題視する筋もあるけど、パラリンピックに対して国が報奨金を出してること自体がおかしい。
報奨金の話は例えばの話なんだけど、結局、何が言いたいかというと、パラリンピックとオリンピックは絶対的に違うものであって、それを同一視してパラリンピックとオリンピックの差を上げて、何でもかんでも同じにすべきだっていう主張は間違ってるってこと。そもそもの目的も違うし、国民の関心の度合いも違うのだ。それを同じにしろ、ってのは無理筋だと思うんだよ。どうかね。
http://d.hatena.ne.jp/hrkt0115311/20080527/1211884518
うぅ、あまりはてなを使いなれていないので、不備がありましたらごめんなさい。。。
(トラックバックはこれで大丈夫かな? id記法使うの初めてだ????
id:hrkt0115311さん、こんばんは!
こんな読みづらいエントリを読んでくださり、しかも真正面から受け止めてくださって、ありがとうございます。
電車の中でトラックバックしていただいたエントリを読んで、またボロボロ泣いてしまいました。
よく泣く日です。ありがたいことです。
目にして泣いた部分がやはりこちらでした。
共倒れ、悪いことでしょうか。私は自分の家族や親しい人を支えきれなくて潰れることよりも、私に迷惑をかけないようにと遠慮して「毒」と一緒にいなくなってしまうことの方が苦しいです。
毒に侵されて「死」しか見えなくなっている人が読んだら、みな号泣してとりあえず考え直すこと間違いなしだと思いました。
そう思ってくれる人がいる、その存在を確かめる。そしてその言葉を伝えてもらえるだけで、救われますね。
共倒れも覚悟で寄り添ってくれる存在があれば、それをお守りとして、自分で生きる術を見つけていける気がします。
本当に、仰るとおりですね。
人は人を救えますね。
誰でもができることではないと思います。
共倒れ、逃げて当たり前です。だっていやですもの。怖いですもの。
それと、一番書きたかったのは、パラリンピックの話に通じるのですが、増田さんの人生を私が代わりに体験できたとして、生き延びられるか自信ないです。真似できないです。
私も同じお言葉をお返ししたいです。
「共倒れが悪いことでしょうか」「自分の親しい人やご家族が遠慮していなくなることのほうが苦しい」と言い切れる id:hrkt0115311さんはすごいです。私には、自信がないです。。。
ひとつの「答え」を見せていただきました。
こんな方がいる世の中は捨てたもんじゃない、と思いました。
こんな出会いがあるネットは捨てたもんじゃない、と思いました。
エネルギーをちょうだいしてしまいました。
ありがとうございます。
とりあえず、今日を、明日を大事にして生きていきます。その積み重ねを天命が来るまで、続けていきたい、と思います。
重ね重ね、ほんとうにありがとうございます!
(ありゃ、トラックバックがとんでないかも……
私の最初の記事のほうにもためしにとばしておきます。
目については視力はまああるけれど見るということ自体のストレスが大きいです。
ネトゲなんてやったことないです。ゲームもあまりやったことないです。
ゆとりがないと思います。
今は就職のための勉強と日々の健康維持で手一杯という感じです。
似た境遇の人と話してみましたが、みんな気楽なんですね。
私だけがせっぱ詰まってる感じがしてあまり良い気分ではなかったです。
多分、本当に深刻な人はネットでおしゃべりなんてやってないんでしょうね。
彼らはあきらめきっていて、悲観的で、こっちのテンションはダダ下がりです。((追記: 障害にも負けずに意欲を燃やしている人・・たとえば、なんとか生きる意義を見いだそうと障害者向けのスポーツ種目に打ち込みパラリンピックに出たり、全盲でも点字と音声ブラウザで頑張って勉強している人たちのことは知っています))
日記を読んだりするほうが励みになります。
気質的問題もあるんでしょうけど、私は徹底的に頑張らずにいられない性格で、
普通の人とは意思疎通がとりにくいというか話が合わないというか共感しあいにくいと思います。
小学校の終わり頃に患った精神障害(かなり特殊な神経症のひとつ)に人生を狂わされた。あまりにも早すぎて、まだ碌に人生など始まっていない時期の発症だったから、狂わされたというのは少し妙な言い方かもしれない。ともかく、あるきっかけから発症し、その後の生活は全てその障害に支配されることになってしまった。対人恐怖症に似たもので、自分の内面を知られることや、人と会話することが恐ろしくて、何もできなくなった。たくさんいた友達を全て失って、親や兄弟との会話も難しくなった。なんとか学校には行っていたけど、ずっと一人だった。昼休みは図書館の一番奥の席で誰にも見つからないように時間を過ごし、授業が終わると真っ先に教室を出て、近所の公園に向かった。そこのベンチに座って何時間が過ごして、6時くらいになったら家に戻るという毎日だった。いちおう部活に籍を置いていたから、家にはあまりはやく帰れなかった。傍から見たら、完全な狂人のような生活を送っていた。
これほど苦しいのに、自分の精神に起こっている異常を誰かに打ち明ける勇気がなかった。臆病さに関しては僕の右に出る人はいないだろう。とにかく自分が情けなかった。他人とまともに顔を合わせて話せないほどの重症だったんだ。そんな風に、誰の助けを求めることもできないまま一人で悩み続け、中学・高校の6年間を過ごした。
高校の卒業間際になっても病気が治る見込みなんてまるでなかったから、将来どうしていいのか全くわからなかった。大学へ行ったところでうまくやっていけるわけはない。かといって就職できるわけでもない。結局、センター試験でわざと低い点数を取った。そうすれば親に何も説明せずに、浪人というモラトリアム生活を送れると思ったんだ。一悶着があったのだけど、どうしても大学に行きたいからと親に言って、なんとか浪人生活を送ることになった。
数ヶ月間、何もしない時期が続いた。金がかかるからと言って、予備校には行かなかった。図書館で勉強してくると言っては、誰もいない山道をぶらぶらと歩いたり、本屋で時間をつぶしたりしていた。でも、秋頃からはさすがにまずいと思って勉強を始めて、なんとか入試には合格した。とにかく実家から離れたかったからわざと遠い大学を受けて、親にはどうしてもここに行きたいからといって認めてもらい、一人暮らしをすることになった。
大学へ入っても相変わらず、他人との一切の接触を絶った生活を続けた。でも、ほんの僅かな救いは、中学・高校の頃に比べれば病気が少しだけ楽になってきたことだった。少なくとも一人で部屋にいるときは落ち着いて本を読んだり、ネットをしたりできるようになった。掲示板やチャットから、数少ない他人との繋がりが生まれるようになった。
やはり学校にあまり行けなかったから一留してしまったけど、それでもやがて3年の冬になり、就職活動をしなければいけなくなった。たんまりとたまった奨学金、そして今後の生活のために、働かなければならない。そうしなければ生きていけない。今までの学費で親の貯金は全て消えてしまったのだから。
似合わないリクルートスーツを着て、面接を適当に愛想笑いで誤魔化しながら、なんとか一つの会社の内定を貰うことはできた。今の僕は、その内定を貰った後、4月の正式な入社を控えている状態だ。2年遅れているから、24歳の大学4年生だ。
就職はしなければならない。そうしなければやっていけないのだから。でも、とにかく孤独過ぎて、どう言っていいのかわからないほど苦しい。自分を理解してくれる人なんて今後も現れるわけはない。ただの失恋の悩みや、人間関係の悩みとはわけが違う。自分は精神科医ですらほとんど知らないほどの特殊な症例なのだから。こんな自分の内面を理解できるのは、インターネットの掲示板でときおり出会う、かけがえのない同病の人達だけだ。顔も知らず、匿名で言葉を交わすだけの薄い繋がりではあるけど・・。
あまりにも世間知らずで、対人接触の経験の無い異質な人間が、健常者にすら過酷なサラリーマン社会に出ていこうとしている。障害者枠で働いていくことも考えたけど、それは自分のプライドが許せなかった。今まで読んでくれた人は気付いているかもしれないけど、精神障害を抱えながらでもやってこれたのは、ひとえにプライドが高いからだ。周りの人間になめられたくない、負けたくないとう動機だけでここまでやってきたのだと思う。
でも、本当はいまさらどんな努力をしたことろで、健常者とまともに戦えるわけはないこともよくわかっている。身体障害者にはパラリンピックという晴れ舞台が用意されているけど、健常者に混ざって生きる精神障害者には何もない。理解者もいなければ、助けてくれる人もいない。全ての困難を、何の賞賛も無いままに、自分自身の力だけで乗り切っていかなければならない。
これからも何度も何度も悩むだろう。絶望するだろう。その度に酒を力を借りて誤魔化し、一人でじっと夜明けが来るを待つんだろう・・。