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はてなキーワード: パラダイムシフトとは

2011-09-21

http://anond.hatelabo.jp/20110921141419

「オバサンという消費スタイル」という概念がそもそもパラダイムシフトになってないんスよ。

という話ではあった。

オバサンというチョイスだとこれこれこういう事になるからダメなんじゃね、誰も安らかにオバサンになれねーだろ、という感じ。

ダメ」の根拠が全部今のパラダイムから検討なんだもん。

宗教の中にいる人に教義を離れた大きな枠組みを検討させるのは簡単じゃないもんだけど。

マダムとかギャグジョークの感じでしょ。艶女とか消えたし、消えてなくてもパラダイムシフトではないしね。「女子」の亜種。

ほら、出てくる検討ってこれでしょ。

君も言ってるように全部「女子」の亜種。

「オバサン」ではない。

「オバサン」は死の世界、という女子至上教義からミリも踏み出して無いとこで考えてるから

結論は女子至上教義の枠内に収まるに決まってるよ。



「乗らなかったらメディアのブームに乗れなくなるじゃん」というよりは、「乗らないという選択をスタイル創出という形式で取るとか無理じゃね」的な。

だって例えば「ワタシスタイル」とか試しに言った瞬間にもうなんか臭いっしょ。

脱構築せよ」という話に対して

君の一案は「ワタシスタイル」というきわめて既存雑誌メディアの文法やセンスに忠実なもの

からそこから出ろということを再三述べてるからここで1から繰り返さない。




明らかに同じ土地に居ないし同じもん食ってないっしょw 絶対昼飯かぶらない自信があるぞww

「毎食そのへんの犬を捕まえる部〇です

「お昼にイルカを採る太地です

ぐらいの人でないなら差なんかない。

日本の中での君の個性や個人差なんてその程度のもんだ。

それを「スタイル」がのして均そうとする圧力が不快なのでは?

女子しかない超ストリクトスタイルに慣らされて従順な人が

他の多様な可能性に圧力を感じるだの不快だのというのは理屈の通らない話だよ。

今のスタイルに慣らされすぎてる脳の形までそうなっちまってるだけだ。

変化が不安不快というアレ。

雑誌がいい加減ブームを作り出せなくて売上ヤバくて迷走してるってのはあると思う。

でも全てを「女子」におしこめるどうこうってのは意味が判らないな。

からないだろう?

もう骨身に食い込んでてその異様さどころか存在すら自分の目には入らないからだよ。



>30台以降をずっと目をつぶって生きていくような恐怖の人生が女に与えられている。

>目を開けて降りるには死の覚悟を要する。



いや同種の恐怖はオッサンにもあるんじゃねw

ハゲたら終わり」的なそういう形かな? それとも「リストラ=もう自殺しかない」とかの方向か。

全然違う。

から毛がなくなったら尼か坊主でない限り不便に決まってるし、

安定収入が絶たれたら辛いのは当たり前だ。

これはスタイルから降りる降りないって話じゃあないよね。

探してもそんな不出来な例しか挙げられないのはつまりそういうことだ。




「そこから降りると死にそうな心地がする」のは

女子概念のというよりはスタイルというもの宿命から、幅を拡げれば解決するってもんでもないのでは。

いや、「オバサン」というだけで死の覚悟が必要になるのは「女子」至上教義独自のものだね。

大変厳しい無茶のある教義を誇っている。

その風合いは一信徒である君の発言からもいくらでも拾える、こんな感じ。

オバサンって「失った人」ってことでしょ。

ある意味不治の病と似てる

ガン患者

覚悟するくらいしかテがない

こわい



これは構造で言えば過酷宗教に似ている。

オバサンは死と地獄世界

しか地獄世界が現世に現れる構造になっているから死後の没落で脅すよりある意味えぐい




やめればいいじゃん、で代替も出さんでそれはひどい。「オバサン」は新パラダイムにならへんで。単なるコインの裏っかわ。

君がオバサンに地獄しか見出せないのは

今まだ女子至上教義の観点からしかオバサンを検討できないからだよ。

オバサンがコインのうらっかわなんじゃなくて、君がオバサンを「女子の裏」としてしか見られないだけ。




だいたい言われるまでもなく採用してない人はとっくに採用してない。

そして採用することで幸福になるか、少なくとも不幸にはならない人間はそのパラダイムを捨てない。

これも違う。

命数の尽きた構造から抜け出せない人や

自分にあわないパラダイムに抑圧されて従順な人というのはいくらでもいる。

特に変わり目にはね。

新しいパラダイムどころかその予感にすら怯えて攻撃したりする。




どうでもいいけどヒンドゥー教捨てて仏教に改宗すると何かメリットあんの?

ヒンドゥーの中で被差別階級生まれな人にはメリットだらけだね。




女子至上教は生まれの差別がなく

全員生誕30年も経てば地獄が迫りながら地獄に目をつぶる苦行地獄(君の言葉で言えば全員がん患者

っちゅー教義となってるから

平等進歩的ではあるかもしれないよ。

そうなんだよねw

http://anond.hatelabo.jp/20110921114931

この認識が既に「女子至上パラダイム」だ。

パラダイムシフトをしろって話に既存パラダイムから批判を加えるのは無意味

「オバサンという消費スタイル」という概念がそもそもパラダイムシフトになってないんスよ。

という話ではあった。

オバサンというチョイスだとこれこれこういう事になるからダメなんじゃね、誰も安らかにオバサンになれねーだろ、という感じ。

でも「じゃあ何つーの?」って言われると詰まるんだよね。

マダムとかギャグジョークの感じでしょ。艶女とか消えたし、消えてなくてもパラダイムシフトではないしね。「女子」の亜種。



「そういうものに乗る以外のライフスタイルは思いつかないの?」という話に

「乗らなかったら、メディアのブームに乗れなくなるじゃん!」というのは答としてトートロジーになっている。

「そういうものに乗る以外のライフスタイル」っていうのは個人が作るしかない、つーかライフスタイル」とか言っちゃう時点でアウトなんじゃね? という話。

「乗らなかったらメディアのブームに乗れなくなるじゃん」というよりは、「乗らないという選択をスタイル創出という形式で取るとか無理じゃね」的な。

だって例えば「ワタシスタイル」とか試しに言った瞬間にもうなんか臭いっしょ。絶対一時期どっかの雑誌で載ってたっしょこれ。

スタイルって要はパターンの集合で、ワタシもパターンの集合ではあるんだけど、要素の数と種類がスタイルの比じゃない。そもそも収まるわけがねーんだもん。



同じ島で同じもん食ってる我々の差異なんてたいしたことはない。

その程度の差異が過大に感じるのは画一化した「スタイル」に慣らされすぎている証拠だ。

それでも別にいいが、今提供されてる「スタイル」は狭すぎるし出来がよくない。

意味が判らねえww

明らかに同じ土地に居ないし同じもん食ってないっしょw 絶対昼飯かぶらない自信があるぞww

同じものを見てもいないし聞いてもいない。

それを「スタイル」がのして均そうとする圧力が不快なのでは?


雑誌諸悪の根源だと言うのはそのとおり。

うまく支配してるならそれでいいけど

明らかに無能な奴らがそのノーアイデアゆえに、

全てを「女子」におしこめようという横着をしている。

雑誌がいい加減ブームを作り出せなくて売上ヤバくて迷走してるってのはあると思う。

でも全てを「女子」におしこめるどうこうってのは意味が判らないな。

30台以降をずっと目をつぶって生きていくような恐怖の人生が女に与えられている。

目を開けて降りるには死の覚悟を要する。

いや同種の恐怖はオッサンにもあるんじゃねw

ハゲたら終わり」的なそういう形かな? それとも「リストラ=もう自殺しかない」とかの方向か。

「そこから降りると死にそうな心地がする」のは「女子概念のというよりはスタイルというもの宿命から、幅を拡げれば解決するってもんでもないのでは。



そのパラダイムは不出来で不幸せからそろそろ採用するのをやめればいいじゃん、と言っている。

やめればいいじゃん、で代替も出さんでそれはひどい。「オバサン」は新パラダイムにならへんで。単なるコインの裏っかわ。

だいたい言われるまでもなく採用してない人はとっくに採用してない。

そして採用することで幸福になるか、少なくとも不幸にはならない人間はそのパラダイムを捨てない。

理想としてはもっとガンガン乗り換えとか二股とか利くようにすべきだと思う。不幸になるから捨てて終わりとかじゃなくて。

二頭並んで爆走する馬の背に両足かけて仁王立ちってレベルかそれ以上までやれるべきだと思う。




どうでもいいけどヒンドゥー教捨てて仏教に改宗すると何かメリットあんの?

wikipedia見たら人の一生は苦であり輪廻ン中で永遠に苦しむとか書いてあるけど。

http://anond.hatelabo.jp/20110921111120

オバサンって「失った人」ってことでしょ。

新しい世代、新しい文化、新しい潮流がどんどん出てくるけど、

その渦中に居ない自分、渦中にいたけりゃ乗り込んでいかなきゃならない自分として発見されるのが「オバサン」でしょ。

この認識が既に「女子至上パラダイム」だ。

パラダイムシフトをしろって話に既存パラダイムから批判を加えるのは無意味




新しい世代、新しい文化、新しい潮流がどんどん出てくるけど、

その渦中に居ない自分、渦中にいたけりゃ乗り込んで

いかなきゃならない自分として発見されるのが「オバサン」でしょ。

君が言ってるのは明らかに

新しい世代=20代までの世代

新しい文化20代までの世代向け文化

新しい潮流=20代までの世代のブーム

であって、更に言えばただのメディアの旗振りだ。




「そういうものに乗る以外のライフスタイルは思いつかないの?」という話に

「乗らなかったら、メディアのブームに乗れなくなるじゃん!」というのは答としてトートロジーになっている。




でも無理だよ。個人差が大きすぎて消費「スタイル」に落とし込みようがないでしょそんなの。

個人に差があるのが当たり前だし、同じ島で同じもん食ってる我々の差異なんてたいしたことはない。

その程度の差異が過大に感じるのは画一化した「スタイル」に慣らされすぎている証拠だ。

それでも別にいいが、今提供されてる「スタイル」は狭すぎるし出来がよくない。




雑誌特に女性向けファッション誌なんて基本的に何かの渦中に巻き込んでとにかく商品に接させてそこで生じた欲望を使って人を振りまわすためのツールでしょ?

どう考えても「オバサン」スタイル構築して文化として根付かせるよりも、オバサン敵視して反オバサンに人を走らせる方に向いてるよ。

まり高齢女子を発生させる方向に。

雑誌諸悪の根源だと言うのはそのとおり。

うまく支配してるならそれでいいけど

明らかに無能な奴らがそのノーアイデアゆえに、

全てを「女子」におしこめようという横着をしている。




綻びの多い無能な支配にいつまでついていくのか、という話だよ。





話がずれるけど、事前にちょっとずつ欲望を整理するのに失敗したタイプの高齢女子が、己の「オバサン」化に直面したその時には覚悟するくらいしかテがないという事実がこわい。

ある意味不治の病と似てる。心安らかにガン患者になれるやつなんてどんだけいるんだ?

つうか、そもそもそういう覚悟を煽る雑誌なんて原理的に作れないんじゃね?

君も最初に披露したような「女子以外は終わり・死」という横着なパラダイムのせいで

30台以降をずっと目をつぶって生きていくような恐怖の人生が女に与えられている。

目を開けて降りるには死の覚悟を要する。




そのパラダイムは不出来で不幸せからそろそろ採用するのをやめればいいじゃん、と言っている。

既存パラダイムに漬かった視線から行う反論には意味が無い。




別のものにたとえるなら

「ハリジャンとして虐げられるだけの一生を送るぐらいなら、ヒンドゥー教捨てて仏教徒になれば?」って提案に

ヒンドゥー教では教えを捨てると地獄に落ちるんだ」って反論するようなもの

その考えの枠組みを替えたら?と言ってる。

2011-09-10

パラダイムシフトの真っ最中だけど今月結婚する

今月結婚する。今まで2chで「結婚人生墓場」という例もたくさん見かけてきた。自分の親もずっと不仲で数年前離婚した。だから結婚しなければ」というプレッシャーがあったわけではない。それでも今月結婚する。

もちろん、この人と結婚したい、そう思える人が見つかったからだが、それまでの間「結婚したいと思える人」を探していなかったといえば嘘になる。それは、なぜだろうと考える。有り体に言えば「結婚願望があった」ということなのだろうと思う。でも、なぜ結婚願望があったのかは、未だに自分でもよくわからない。

から一時的な恋愛にはあまり興味がなかった。寂しいという感情が薄く、性欲もオナニーで解消するほうが合理的だと考えていた。クリスマスにかっこいい彼氏彼女を引き連れて街を歩くといった、恋愛ファッションと考える向きもあるけれど、そういう嗜好性も僕にはなかった。だから、寂しさと性欲のためにいつか終わりを告げる関係性に時間投資するのは無駄だと思えた。

それでも女性とつきあったことはある。当然、好きだな、と思ったからだが、しかし一方で好奇心セックス含む)の延長線上、あるいはいつか結婚するためのコミュニケーション研鑽としてつきあっていたようにも思う。十代の恋愛なぞ、互いがどんどん変化していく中でズレが発生してしまものだと思うし、どうせ長続きはしないと思ったからだ。実際に長続きはしなかった。それでも、それぞれと数年は付き合ったけれど。

まり恋愛願望はかなり薄いが、結婚願望はそれなりにあったということになる。たぶん単純に安定志向だとか、そういう話で片付けてもいいのだけれど、せっかく結婚するのであるから、もうすこし自分内面を掘り下げてみたい。

結婚したいと思ったのは、両親の失敗例があったからかもしれない。どんなに経済力があっても、夫婦の仲がダメでは家庭はダメだということを理解しているからかもしれない。だから、ちゃんと夫婦仲がしっかりした家庭を作って、なにか「仇」みたいなものを取りたいと思っているのかもしれない。

あるいは、諸々の事情からもう僕には実家がないからかもしれない。僕には何かあったとき「帰れる場所」「セーフティネット」はもうない。ならば、自分の手で作ってしまえ、と思った。僕にとっての「帰れる場所」、あるいは僕の大切な人間にとっての「セーフティネット」を、自分の手で用意したいと思った。生きていく上での何よりも大事な「インフラ」を自分の手で創り上げてみたいと思った。自分のために。あるいは自分の大切な人のために。

単純に、結婚ということにも興味があった。なぜ人は結婚するのだろう?結婚してみるとどうなるのだろう?という好奇心だ。自分は体験主義者であり、世の多くの人が行っている「結婚」をいうことを、自分自身の身で確かめてみたかった。たとえば好きな人と一緒に生活したいのならば事実婚いいとも思うし、わざわざ結婚届にサイン証人サインまで取り付ける必要はない。配偶者控除もなくなりそうな感じなのだし、税制上も特に影響はないと言って過言ではない。

でも結婚する人はいる。なぜか。古くさい社会習慣に引きずられているからか?しかし、僕の知人の中には、とても過去の習慣に引きずられてはいないような人も結婚したりしている。しかもどうもそういう人の結婚幸せそうだし、なにかとても「芯」のようなものを感じる。錯覚の可能性は十分にあるのかもしれないし、自分こそがまさに古くさい社会習慣に引きずられているのかもしれないけれど。そういう意味で、とにかく不可思議で、よくわからない何かを解明したい、という思いがある。

結局未だにわからなくて、それを整理したくて、だからこんな文章を書いてみたりもしたけれど、結局わからないままだ。どれぐらい分かっていないのかというと、「結婚おめでとう」といわれても、何がおめでたいのかよく分からないほどだ。

就職おめでとう」「転職おめでとう」のように、面接にでも合格した扱いなのだろうか。もしくは、大きな船出の無事を祈っての「おめでとう」なのかもしれない。こんな風に、ひねくれた、とんちんかんな事を考えてしまう程度に、分かっていないのだと思っている。結婚たからと言って「大人になった」「これで一人前」とは、特に思わないからだ。結婚しても、ダメ人間などたくさんいるからだ。むしろ結婚していない人間のほうが、無知無謀ではない、という解釈すらあり得るのが今だからだ。

人は長期的には、自分を否定できない生き物だから、もしかしたら僕も幸せ結婚生活をするうちに「結婚できない人間ダメじゃねーの」と言い出すこともあるのかもしれないし、もしくは結婚に失敗して「あんなものはやっぱり人生墓場だった」と言い出すのかもしれない。

ただ、これだけひねくれた人間結婚を決意してくれた人間を、幸せにしたいと強く願っているし、ついでに僕も幸せにしてもらえるといいなあ、と思える程度には、脳天気な心持ちだって、もちろんあるのだ。

そんなわけで、今月結婚する。自分で読んでもさっぱり意味の分からない文章を、ここまで読んでくれた方ありがとうございました。

2011-07-04

ネット実名界と匿名界に分断していくのかもね。

定義としてはこんな感じ。

行動がリアルフィードバックされるならHNでも実名界の住人(例えばpixiv絵師ニコニコ動画投稿者)で、実名でも中身が伴わず炎上アクセスを稼ぐしか能がない人間匿名界の住人。

実名

匿名




既になっているという突っ込みもありそうだけど、それ以上に「日本ネットでは実名なんて流行らない」という声が大きいと思う。

ただ今の残念な日本ネットを見ているとそうは思えない。

匿名からは既に自ら価値ある情報を作る能力のある人が失せつつある(自ら文章を書くテキストサイトの血脈が絶え、2chまとめブログが隆盛していることがその最もたる証)。

実名からネタを引っ張り、他人の作り上げたものを無断転載したり、記事を悪意的に捻じ曲げて拡散して小銭稼ぎする程度しかできていない今、いつか実名界側から拒絶される日が来ると思う。

実名ネット社会可視化され、非実名ネット社会匿名界全てが2ちゃんねると同等の、アングラで低湿なコミュニティだとみなされる日が。

2000年代テキストサイトはまだ自ら価値ある文章を作り上げていたために、その後ライターへと転進する道もあったが、今の匿名界ではいくら努力して上り詰めてもPV乞食以上のものにはなれなさそう。

ネットネットとして魅力があった時代が終わり、リアルのサブセットに過ぎなくなったとき、誇れるリアルを持てない人間は、他人の足を引っ張ることに生き甲斐を見出すスラム住人に成り下がるような気がする。

追記

同じ人が両方に属しててもいいだろ。

その方が健全。片方を排除しようとするからおかしくなる。

http://anond.hatelabo.jp/20110704155312

説明不足だったけど、実名界と匿名界とは住人が分かれるわけじゃなくて、「自己価値を高める場」と「掃き溜め」とが完全に分断すること。

twitterでは価値のあるものを作り、ポジティブ意見に評価する一方で、2chでは何も作り出さず、無断転載だけして、ネガティブに貶すという使い分けは今でもあると思う。これが加速するとどうなるか?

実名界はより価値のある場になり、匿名界はさらに価値のない場所になっていく。

排除なんてするまでもなく、無価値で見向きもされなくなると思う。

両方に属せる人はそれでも救われる。リアルに拠り所がない人間は、無価値化した掃き溜めで生きていくしかないんじゃないだろうか。10年後にはそういう時代が来ると思う。

追記II

お前の言う「実名」と過去に主にマスメディア出身者がネットで主張していた「実名」ってのは全く違うぞ。

お前の主張では名前web上での言動、表現物に紐付ける識別子だが

過去主張された「実名」はマスメディア認知されている通称は認めるが原則は戸籍上の名前って意味だぞ。

少なくとも奴らはblogpixiv等でのID(文字の羅列)は名前と認めてなかった。

http://anond.hatelabo.jp/20110704231720

雑多に考えごとをアウトプットしたせいで突っ込みどころ満載で悪いけど、たしか実名匿名界って区分はあまりよくなかった。

ただ既に直接「戸籍名」は使わなくても、「識別子」を「戸籍名」と紐付けしている(そして晒されてしまう)人は増えてる。

言いたかったのは「匿名人間人生を暴かれる恐怖があるから名前を隠そう」という今の常識が終わり、「実名を出して活動した方がメリットがある」というパラダイムシフトが起きたら…という話。

「識別子」で活動してる人間はそこに経験値が蓄積されるし、もともと実名社会で影響力を持っている人間匿名社会でも通用するけど、匿名社会だけで生きた人間はずっとLv1のままだよね、っていう。

追記III

b:id:rikzen

まとめブログが隆盛って言っても、元の文章を書いている人は確かに存在しているわけよ。しか匿名で。「匿名からは既に自ら価値ある情報を作る能力のある人が失せつつある」はどうだろう。

まとめブログ転載している元の情報のうち、価値のあるものほとんどが既に「識別子」で公開されてるものだと思う。

ニュース記事やpixiv雑誌を無断転載したネタtwitter揉め事海外の優れた考察なんかに対して、「匿名」の住人があれこれ突っ込んでいるだけ。

既に「匿名」にて意見を表明したり、作品を発表するメリットはない。影響力の発揮という点でもtwitter拡散能力などに劣っていくだろうし、何よりネガティブだったり、多ID工作で誘導できたり問題が多すぎる。

ただその問題の多さは、雑誌pixivの無断転載を「2chから転載」とソースロンダリングしたり、罵倒や個人攻撃を「匿名社会世論」とすることで免責するメリットでもあり、そのためだけに活用されていると俺は思っている。

追記IV

b:id:feita

自分の観測領域だけでモノ語りすぎじゃねえの?2ちゃんねらーだってモノ作り出す奴もいるし、Twitterだって引用なのに自分の発言のごとくツイートしてふぉぼられるような奴もいるし。

狭い観測範囲で語ってるのは否定しないが、2chにもモノを作る人はいないと思っていない。大体、匿名ダイアリーに書くのが好きな人間にその感情が理解できないわけがない。

ただやがて減少傾向になっていくと思う。

理由は2点。まず人は批評に耐えられるほど強くあれない。まして匿名罵詈雑言を受けてしまうと創作意欲が失せてしまうだろうし、調子に乗った「お客様」発言を咎める人間もいない。

「修正が遅いから、他の誰かが互換ソフトを作ってもいい」そんな何気ない一言MMDを開発終了に向かわせたように。

もう1点。マイノリティを排除したがる今の2chの風潮。大多数が「嫌い」「オワコン」だと主張したモノに対しては言わせておくしかない。擁護すると「社員だ」「工作だ」などとレッテルを貼られるのがオチだ。

自分の好きなモノを貶す人間は許せない」ならまだ分かるが、「自分の嫌いなモノを持ち上げる人間も許せない」という人間が非常に増えたんじゃないかな(これも観測範囲の問題だと言われそうだが)。

粘着質な少数に嫌われてしまうと何をやっても叩かれてしまフィールドで作品を発表する価値はないし、作品を発表する人たちは現実側に軸足を置く人間のみ相手にするようになっていくと思う。

そういう例として、非モテタイムズ暴言事件におけるソラノートや、キメこな騒動におけるカオスラウンジがある。彼らは匿名側の非難を受け続けているが、それを無視して現実側で活動を続けようとしている。

そしてその結果、どうなるかはまだ分からない。ただ、俺には何も―匿名の住人が渇望するような因果応報は―起こらないんじゃないかという予感がある。

個人的にこの2つの事件が、匿名側の影響力が失墜し、実名側の発言力こそがモノを言うようになる第一歩なんじゃないかと思っている。(もっと以前からあったのかもしれない。炎上には大して興味がないので引き出しがない)

やがて現実に影響を及ぼせなくなった匿名側はより弱い人間を狙い、学生のショボい罪を粗探しし糾弾し、個人情報祭り上げて鬱憤を晴らすような集団になるんじゃないかなとも。

2011-06-21

http://anond.hatelabo.jp/20110621173833

いや割とまじめな話。多分、これからは「発電国ビジネス」的なものが立ち上がり、パナマ船籍な船が中で不思議発電機を動かして町の電気を担うみたいな未来が予想できたりできなかったりするんだ。

ここだけ反論しとくわ。

それが可能なら、つまりは以下の事が実現するなら。

・電力配給のインフラフリーになる

・電力配送、もしくは備蓄コストが極限まで下がる、画期的発明

なんかもっと全然別のパラダイムシフトが起こってるよ。

2011-06-11

http://anond.hatelabo.jp/20110611075944

「効率」という嘘が、どのように出来が悪いかというと、この原発問題を簡単に乗り越えられるような印象を与えるということ。僕らが「効率」を捨てさえすれば、二度とこのような問題は起きないと錯覚するということ。

そんな印象与えないから。何言ってんの。

そんなに簡単に乗り越えられることが可能なんだろうか。僕らが「効率」だけを求めて生きてきたから、このような事故引き起こししまったんだろうか。

できねーよ。全体最適なんて幻想原発に携わる人間が得する局所最適(彼らにとってそれが快楽であり効率的)によって引き起こされた事件。

利権はそれより大なる利権によってしか淘汰できない。

そしてそれは市民には為し得ない。

Twitterでどれだけ反原発を叫ぼうと、永田町渋谷電力館前を練り歩いても変わらない。変えるのは彼らじゃないから。彼らに与してパラダイムシフトするのは「非効率」

まあ君が生きている間に原発は停止しないし、下手しなくても今年の夏で市民電気ハンストに負けて彼らの効率で再開に傾くから、諦めてね。

あ、村上さん、あなたも諦めてね。

2011-04-16

今回の件、原子力だけに問題を見ている人は視野が狭いと思ってます

http://anond.hatelabo.jp/20110416105733

分野違いの技術です。いわゆるITけが技術」と思いこんでいるなんちゃってITエンジニア」ではないので念のため。

今思い返すと、「本当はとっても恐いものである原発だけど共存してくしかいから、大丈夫だと思い込もう。そしてそれに足る事実は多少ある。」といった精神状態になってるんだろうな、と思う。

それは日本人ほぼ全員がそういう精神状態なわけで特異なことでもなんでもないですね。早い話、地震のこと考えればそうです。大抵の家は震度6強に耐えられるように作ってあるけど震度7となるとどうかわからない。震度6強でも微妙姉歯たいな例もある。でも国外脱出する人なんていないですよね。

しいですが、家を選ぶとき耐震性とお金トレードオフ」はみんな考えるわけで、「安全を金で売り渡す」というのは多かれ少なかれ誰でもやっていることです

原子力発電」というテクノロジー自体は評価されるべき部分もある筈で、ただ日本という地震大国には向かないのかなと思うだけです

個人的には今回の件、原子力だけに問題を見ている人は視野が狭いと思ってます耐震性はそれなりでも津波対策が甘かったってのは実は土木工学地震学全般の敗北なわけで、釜石の「世界一防波堤」が崩壊したのもそうだし、沿岸地域避難所津波に飲まれたのもそうだし、死者ゼロ福島原発事故よりも深刻な被害が数え切れないぐらい出ている。あとなぜかみんな騒がないけど、放射能汚染よりも崩壊した建物からアスベスト汚染の方が危険かも知れない。

そういう意味でこれはもっと、もっと深刻な問題じゃないかと思うんですね。「原発やめれば少なくとも事故は起こらない」って考えが甘すぎるんですよ。原発やめれば原子力事故は起こらないかも知れない、でも別のところで起こっている事故を止めることはできませんし、被害全体を考えれば原発事故氷山の一角しかない。社会システム全体として、対津波対策を根本的に考え直さないといけないし場合によっては津波を被ることは諦めた上でその上で助かる方法を考えるようにシフトしないといけないかもしれない。そういう、極めて重大な問題だと思ってます

自然災害テロの懸念が限りなく低い土地原発を運営することを考えた場合、大きなリスクの一つとして"運営側の体質"が挙ると思うんだけど、ここが腐るのって日本特有なの?」「日本人には原発は向かない」のか「人類にとって原発オーバーテクノロジー」なのか、正直僕には分からずにいます。

個人的には「オーバーテクノロジー」ってのは意味不明だと思ってます。例えば原子力発電と音声認識では後者の方が圧倒的に実用化が遅いわけですが、後者を「オーバーテクノロジー」って言う人はいません。要するに「自分が理解できないもの」を「人類の手に余る」と言っているだけだと思うんですよ。人類全てがお前と同レベルの知識しかないと思うな、とそういう人に対しては思います。

で、大事故というのは基本的に人間系の欠陥がなければ起こりません。ここを見れば色々事例乗ってますが、チェルノブイリはもっとひどかったわけだし、JCOとか福知山線脱線事故とかは完全に人間系の問題、ドイツICE脱線事故設計時に安全が疎かになっていた例、だいたいなんでもそうですローテクだろうがハイテクだろうが人間系がダメならダメだし、人間系が大丈夫なら最悪の事態は避けられるはずなんです

となれば、うまく行っている例から学ぶ必要があると思うんですね。女川原発もそうだし、もっとすごい例で言えば地震直撃でも安全神話継続中の新幹線です。こういったところがうまく行っているからには必ずそれなりの理由があるはずで、原子力にかかわらず社会全体がこのあたりから学ぶ必要があると思う。そういう意味で個人的には、東京電力国有化後役員を全員クビにして、東北電力JRあたりの植民地にしてしまうのがいいと思ってます

追記

私は原発賛成派でも反対派でもありません。というかこの二分法は意味がないと思ってます。まともな人なら賛成派であれ反対派であれ

原子力を置換できるよりよい方法(省エネ含め)があれば脱原子力を進める、そうでなければ現状維持のままよりよい方法(原子力の改良・改善を含む)を探す」

というところには合意できると思いますし、後は何をもって「よい」とするかの議論なわけで、実は見た目ほど立場が違わないわけですね。逆に、これ以外の理由を持ち出す人は環境エネルギーはなくてトンデモ話やイデオロギーの話がしたいわけだから無視してよいでしょう、と。私はそういう実用的な立場です

本文中では、現存の原子力の安全対策を東電にやらせることが前提のように書いていますが、原子力の即時撤廃が不可能廃炉だって時間はかかります)な以上、短期的にやるべきことは既存原子炉の安全対策であることは議論の余地がないと思うのでその点には触れていません。原子力を維持あるいは拡大するにしたって、脱原発を進めるにしたって、その過程で福島の惨劇が繰り返されてはいけないことに異論はないと思います。

追・追記

原子力だけに問題を見ている人は視野が狭い」と言っているのに、原子力だけに注目して原子力危険か否か、ということを語り、それでなぜか批判した気になっているブックマークのなんと多いことか。もう疲れたのでその種のコメントには返信しません。

ブックマークにお返事(追記・削除両方の方向で随時編集します)

fantoms フェイルセーフ知らないのか? 失敗学DBを参照しておいて、最終的に人が大丈夫なら最悪の事故は防げるとか何を見てるんだろう。 2011/04/16

私が言っているのはものと人間と両方のシステムを頑健にする必要があるということで、人間系が頑健ならものが頑健でなくてもよいなどということではありません。あと、今回の事故フェイルセーフへの過信が原因の一つであることも認識すべきでしょう。フェイルセーフ機構が破れた際の対応策がなかったのだから

white_rose これはひどい こういうのは始末が悪い。ほんともう2、3機別の原発でやられないとわからないのかも。そんなことになってほしくはないけど 2011/04/16

ではどうせよとおっしゃるですか?原子力に関しては私は具体的には安全策の拡充をしろとしか言っていません。選択肢の可否はさておき、即時撤退であろうがはたまた拡大であろうが、それが必要なことに疑問の余地はないと思うのですが?本文中にも書きましたが、廃炉にするにも時間はかかるのですよ。

banraidou 災害 ヒューマンエラーゼロにすることは不可能なんだけど……「人間系の改善」を簡単に見すぎじゃないかなぁ。「2ケタの足し算」ですら、正答率をいつ何時でも100%にすることは不可能なんだぜ? 2011/04/17

ヒューマンエラーゼロにすることは不可能ですが、少しでもそれに近づけなければいけないことは明らかです。これは原子力に限った話ではないし原子力の存廃とは無関係にその努力が必要だと言っているわけです。現代ではどんどんシステムが大規模化しているわけで、そうなればなるほど原子力に限らず事故が起こった場合の被害は増大するわけですから。そして、理想に近い例として新幹線を挙げたつもりです

hamanako この論旨でもんじゅ事故自殺者が2人も出ていて、2人目の方が亡くなってから3ヶ月しか経っていないことに触れないのには驚く。視野が狭いのではなく目が開いていないよ。これこそ人間系とやらの破綻の象徴だろ 2011/04/17

おっしゃる意味が全く理解できません。まず、「今回の件」が「東日本大震災の件」であることは文脈上明らかでしょう。それに、自殺が深刻な問題であるのは確かですがどう考えても別の問題でしょう。

bobjoker んー?突き詰めると全体コストの問題だけじゃないかな。で、震災前まで入れてないで計算していた今回の災害コストを入れると原子力は割高。その数字で今原発を止めたほうが低コストなら止める、というだけ。 2011/04/17

いや、コストよりも安全性の方が大事に決まっているでしょう。それに、コストの議論をすれば自然エネルギーに逆風になることにお気づきですか。原子力コスト面で批判するのはよくありません。火力依存助長するだけです

kagakaoru オーバーテクノロジーについて。一定の確率事故が起こるときに、その被害が局所的であれば許容(自動車など)、その被害が全人類に及ぶようなものをオーバーテクノロジーと呼ぶのでは。原子力もんじゅはどうか? 2011/04/17

自動車は非局所的に普及していますというのはさておくとして、福島はおろかチェルノブイリですら、被害半径は全人類と呼ぶにはほど遠いです。放出された放射性物質の量からいっても、大気核実験の方がはるか有害した原子力事故の被害を誇張するのは当該地域の人のためにも、また冷静な議論のためにも有害無益です発電所事故に限っても水力発電事故の被害は甚大リンク先記事著者は反核活動家であることに注意)ですし、そもそも水力なんてダム建設時点で一地域を居住不能にしているわけですよね。

perfectspell 「安全係数高めれば大丈夫神話。なら東京原発つくれば? /確率下げたとしてダメージを負いきれるかという期待値の話。又は安物買いの銭失い。 2011/04/17

です。「安全係数高めてもダメだった」ことが「原発に限らず」深刻だ、という話です。なお、東京はそもそも地盤が悪いので原発は無理ですが、たとえば少し検索した結果ベルギーのDoel原子力発電所はアントウェルペンというベルギー第二の都市の対岸に建設されています。「東京原発を」という人はなんでそういうことを少し調べてみようともしないのでしょうか?

kyo_ju 原発, 増田, 味わい深い ululunさんのブコメへの返事で放射性廃棄物の問題をスルーしてる時点で結論ありきなのが見え見え。 2011/04/17

そういうデメリットを全部考えた上で原子力が得策かどうか考えましょう、という以上のことは言っていないわけで、なんでそんな下司の勘繰りをされなきゃいけないんだか。あなたたいに人を敵と味方に簡単に二分する人のことですよ、「イデオロギー」の話がしたいのだというのは。だいたい放射性廃棄物の問題を「スルー」なんてしてないでしょうに。もう一度よく読みなさい。

TakamoriTarou web, 論説 全部グッチャグチャにして同レベルで考えるようだけど、それって同レベルで語れるものなの?複雑に絡み合ってる問題を単純化して各個撃破しか実務では解決できないよ。特に今は全体を語れるほど整理も終わってないし 2011/04/17

「今」の話ではなく中長期的な話をしているつもりです。また、「同レベル」で語らなければなりません。実際、我々がどうやってエネルギーを得るか(またはどうやってそれを節約するか)という意味では同レベルなのだから。個別の問題と「戦略」を混同してはいけません。

メタブクマから)TakamoriTarou web, 増田 レス読んで優越感との意味がわかった。増田は「理想を語る技術者」に陶酔してるんだ。森の未来を語る理想論だが木のために今何をするかには興味がない的な。だから現実改善を考える現実論者と話が咬み合ってない 2011/04/17

います。「興味がない」のではなく「わからいから言及しない」です原子力工学土木工学地震学についてはそれぞれの専門家に聞くべきです。あと、何を「現実論」とお呼びかは知りませんが、正しいかどうかもわからない認識に基づいて部分最適化を求めるのが「実務」だとのご意見には到底同意できません。少なくとも私はそんな姿勢仕事をしていません。

carrotsword 分野違いの技術屋って要するに素人ってことでしょ 2011/04/17

います。例えば眼科医や整形外科医でも素人よりは例えばインフルエンザのことははるかによく理解しているでしょうし、「診療科を問わず病気全般について言えること」については発言権があるでしょう。そういうものだとお考え下さい。

lucky12345 引用元が消えてるから引用してる部分だけから判断するに「オーバーテクノロジー」の意味誤解してるよ。人類が安全にコントロールしきれる技術かどうかって意味だろ。音声認識でそう言わないのは危険性がないからだろ 2011/04/17

同じことの繰り返しになりますが、「安全」の程度によります。「絶対安全」を求めるならばすべての物がオーバーテクノロジーになりますチェルノブイリを基準にするなら、たとえばBP原油事故水俣病も同等と思われるので化石燃料関係も無機材料関係も全部オーバーテクノロジーになります音声認識というか生体認証も失敗すればテロ犯を入国させる可能性があるのでこれもオーバーテクノロジーでしょう。要は「オーバーテクノロジー」という言葉情緒的なもので内容がないんですよ。

anon42 民間企業より国営のほうが安全になるってのは,どういう理屈なんだろう.そういう例があるの?利益追求の結果安全性が損なわれたというなら,安全確保が利益につながるような仕組みを作ることのほうが近道だろう. 2011/04/17

この点ですが、「国の管理下にあれば安全性が高まる」という議論は私も正しいと思っていません。単に、東電はこのままだと破綻だろうからハゲタカの手に任せるよりは政府が介入すべきではと思っただけで、別に「国有化」はそこまでこだわる部分ではありません。

flowing_chocolate 原子力, 技術 いくら原子力工学がしっかりしてたとしても、それ以外のどこかに穴があれば全てが破綻することになる、という話。政府運用者、一般人邪魔する勢力はどこにでもいるし、おそらく破綻へ導いている自覚もない。 2011/04/17

前半に関してですが、今回の場合原子力工学」も津波対応できなかったという点で「しっかりしていなかった」と言えますこの記事を見る限りおそらく、「ある分野でパラダイムシフトがあったときそれが隣接分野に浸透するまでには時間差がある」という現象の罠に落ちたようで、そういう意味で「時間切れ」だったのでしょう。同様のことが原子力に限らず起こっており、それが「地震学・土木工学の全面敗北」と書いた所以です。後半部については全く同意で、原子力関係者非人間化して金の亡者のごとくに叩く一部風潮は一時的なカタルシス以外の何も生まないと思います。大事故を起こす人は油断こそしているかもしれないが、悪意の人ではない、だからこそ恐ろしいのだともっと認識されるべきですね。

moilin 事故には多かれ少なかれ特異性がある。今回の事故原子力に関する問題がその特異性の大きな部分を占めるので(ヒューマンエラーとか一般的な事故論と別に)、これを特に切り分けて論じることもまた必要なんだよ。 2011/04/17

それ「も」必要でしょうが、そういう技術的詳細ならなおさら専門家の領域でしょう。素人が語るべきことではありません。一般人の視点では一般的な有害物質飛散事故です

kunioya JR新潟県中越地震脱線しても運よく止まった例を今回、緊急地震速報で生かした。「誤魔化す」文化と「改善する」文化の違いだろう。 2011/04/18

まさに東京電力についてはその「文化」がキーワードだと思ってます。一番大事なものは「安全」であるという認識のもと、「危険予知」「改善」という当たり前のことを日頃から行っていれば「全交流電源喪失」という古典的な問題の対応策は当然とっくの昔に立てられ、訓練が積み重ねられていたはずです。そのあたりの体質改善からやり直しでしょうね。

tatsuzawa 今回多くの周辺住民に避難を強いているわけだけど、例に挙げられた他の技術はそういう必要はない。アスベスト新幹線は個人の選択で回避できるし、津波はそうではないが人の手によって被害地が決まるわけではない。 2011/04/18

@tatsuzawa まあでも全体の合理性を優先して、人権問題たいなのはどうでもいいと思っている人は結構いることが今回の事故でわかった。

それを被災地の人に言ったらぶっ飛ばされますよ。というか16年前に阪神間に住んでいた者として言わせてもらう。ふざけるなアスベスト勝手建物に降って湧いたとでも思ってるのか?地震が起こった瞬間被災地からワープして脱出しろとでもいうのか?それとも当時12歳のガキだった俺の自己責任ということで全てお茶を濁すつもりなのか?ふざけるんじゃないよ。原発で作られた電力を使っておきながら、他人事たいな顔でなにを白々しい文明恩恵に浴するということは漏れなくリスクを負い負わせることだと知れ。少しは自分加害者だという自覚を持ったらどうなんだよ。原発さえ血祭りに挙げれば清く正しく美しい生活が送れますだと?現実を舐めるな。

2011-03-27

経済的に追い込まれた国は戦争起こしたり、暴動革命起きてパラダイムシフトを図ろうとするけど、

今のヘタレ日本はまずそれは起きない。

今回の大震災パラダイムシフトが発生するんじゃなかろうか。

原発は他の発電方法と比べたとき有用だが、今回の震災あらたには立てられないだろう。

そうすると、ほかの発電手段+節電に。

節電の影響で今までコンピュータで行ってきたことを人力で行うようになる。

人力なので、画一的製品はなく多様な価値観に合わせた個性豊かな製品ができてくる。

意図せずワークシェアが進む。

そもそも復興のための仕事東北関東にできるので、失業問題が軽減。

もちろん今の生産効率は保てなくなるから生活レベルは下がる。

でも今いらないけど、みんな持ってるからって持ってるものたくさんあるよね。

貧しさをシェアする時代の到来。

問題はどのていど、経済的に貧しくなるか。

経済面で死ぬようなことが発生しうるのか。

2011-03-20

貯金厨と節電厨が合わさり最強に見える

貯金ってのは結果的に金がたまってるだけで、彼らは基本的に浪費が嫌いで節約する自分の美しさを肯定している。

それに加えて節電、しかも今後のエネルギー政策で「もう今までのような浪費はできない」などと吹聴をするのがいて、やはりここでも「無駄いしないさせない俺カッコイイ」という精神が透けて見える。

もちろん彼らの思考に「供給に見合うだけ発電する」という発想は初めから存在しない。

なぜなら彼らから見れば原発依存日本電気事情はそれまでこそが過ちだったのであり、翻ってそれを拠り所とすることで自らの発言に正当性を与えているわけだ。



しかもそういう構造があるゆえに、自らと異なる考えは必然的に悪とみなすことが集団内で肯定され、実践されていく。

それは「甘え」を許さない精神によって補強され、増長する。

世界ではエネルギーが行き届かない国がたくさんあるのに何を贅沢な」という思考は失業者ニートに向けられたそれと同じであり、そしてそれらもまた、震災によって死んだ人間を引き合いに出し、世界の貧しい人々を引き合いに出して肯定される。



「これまでが間違っていた」という主張は集団のあり方、社会のあり方、個人のあり方すべてを否定するものであり、その主張自体に超越的目線、神や英雄を見る目線が注がれがちである

これまでされたことは悪であり、これから道を変えれば正しくなるという発想は、たとえば新卒採用のような、旧来的社会構造糾弾によくなされる言説であり、その構造からわかるように、「大きい主張」だ。

善悪を大きい主張で唱えるがゆえに心うたれる人はあとを絶たず、それが半ばカルト化していったのはネトウヨを見れば明瞭である



彼らにしてみれば原発という存在も、それを擁護するものも、それに依存して肥大した東京という存在も、それを容認してきた政治家も、管理する東電もすべて悪なのだ。

そして彼らはかつての大政奉還や、コンクリートから人へというパラダイムシフトを待望し、この震災という契機をもってついに噴き上がったのだ。

2011-03-03

http://anond.hatelabo.jp/20110303143226

それは、パラダイムシフトを起こした元凶であって、現在メインストリームとはちと違う。

世には「パチンコアベノ橋魔法商店街」なんつーものも存在するんだが

果たしてその存在アベノ橋ファンが感知することがありえるか?という話よ。

マジでファンを当て込んで作ってるなら頭湧いてるだろその企画者。

それは・・・

そもそもアベノ橋ファンてどれだけいるのかって話だな



つまりアイマスパチスロ

「パチメーカー既存アイマスファンを当て込んだ期待機」でもなく

バンナムが新規アイマスファン獲得を目指した新展開」でもなく

「落ちぶれた終わコンが最終処理施設に身売りした」なわけね



パチ業界最近は前ほど景気いい感じじゃないよねなんか

今はモバスロか?

http://anond.hatelabo.jp/20110303142342

それは、パラダイムシフトを起こした元凶であって、現在メインストリームとはちと違う。

世には「パチンコアベノ橋魔法商店街」なんつーものも存在するんだが、果たしてその存在アベノ橋ファンが感知することがありえるか?という話よ。マジでファンを当て込んで作ってるなら頭湧いてるだろその企画者。

パチスロってのはもうそういう世界じゃねーんだよ。タバコが吸えて落ち着けて運が良ければ儲かるなら、既存ファンかどうかはかんけーね世界しいぞ。

2011-02-10

LL言語が後退局面に差し掛かっている件

LLやばくねー 2年ぐらい前からやばくねー

2003年から2009年にかけてPerlを筆頭にPHP,Ruby,Javascript,PythonなどのLL言語はこの世を謳歌していたが、どうやら去年頃からその成長に陰りが見え始めたように感じている。

webアプリケーションを構成する要素の一つとしてLLを見れば、まあ、よくやっている方だし、そちらの分野では今後も相当長く現役を続けるだろう。

しかし今はまさに超大規模データをほぼリアルタイムで解析して加工しなおされたデータにこそ富を生み出すポテンシャルを秘める時代だ。Hadoopが何かさっぱりわかっていないエンジニア連中はKENT時代のPerler程度の価値しかない。

テラが当たり前のように乱れ飛ぶ現場でLLが出来る事など無いに等しい


IDE進化がLLの優位性をかき消した

eclipsenetbeansなどIDEは地味なのであまり報道されないけれど凄まじい進化を遂げている。現在進行形進化中。

出来損ないのLL野郎がよく吐く台詞JAVA本質的じゃない記述が多過ぎて生産性低い」

そんなバナナ。今のIDE舐めてないすか?まじ誇張でも何でもなくて、ほとんどタイプしないでもIEDが補間してコードを作ってくれる。正確に必要なときだけ。

からオレらJavaエンジニアは実際にアルファベットキーを打つ事は非常に少ない。よく訓練されたIDE使いはコード量の3%しか書かない。それ以上書こうとしてもIDE仕事してくれるんで書けない。ジレンマ

webサーバー進化でLLが実用的な速度で動くようになって一気にLLが主導権を握ったように、今はIDEの恐ろしく速い進化がLLを駆逐しようとしている。面白いパラダイムシフトだ。

node.js

まったくLLにも希望の光が射してきたな。その名もクライアントサイドスクリプト言語の雄javascript様がいよいよサーバーサイド分野に殴り込みだ。実際一番影響を受けるのはPHPだろうな。盤石とすら思われていたのが嘘の用で、そうとう焦っている様子がコミュニティからも伺える。それもそのはずクライアント王者がそのままサーバーサイドも担当しようってんだから人気は出るだろうし、理にもかなってる。

PHPは大きくシェアを下げ、Perlはもう存在価値を問われだす感じ、RubyRailsのPaasなんかで重要だし、Pythonしかりだ。

つまりLLの中でもJavascriptだけは別格の扱いをせねばならない。ゆいつ将来性豊かで、イノベーションを起こせる立場にいる。node.jsは2年かけて本物になればいいと思うよ。


とにかくJavaすげー

Javaライブラリ質量ともに凄いよ 本格的なプロジェクトが山盛り

Cpangemたいに小物ツールの集まりじゃない

プロジェクト一つで相当なインパクトを与えうる大型プロジェクトがうようよいる

LLなんぞが勝てる感じしない

 

以上

ちょっと酔って書いたペニーakiyanでした

2011-02-01

http://anond.hatelabo.jp/20110201104838

俺は不可能だと思う。

まず、その虐殺には安全圏というものがない。

民族という括りで敵味方をはっきりさせ粛清していく形ならば、味方側に属している人間は、

それなりに安全が保障されていると感じ、安心して経済活動を行うことができるだろう。

だが、要介護老人というものは、よほどぽっくりといかない限り、誰でも通りうる道だ。

これはすべての人間を敵に回しているといえる。いずれ自分を狩る政府のもとで、

健全経済活動を行うことができると思うか?

介護老人を見たことあるかどうかだが

介護度が上がるほどもはや人間としての正体がない。




勿論、まだ生きている人間を死に至らしめることには抵抗があるべきだし

肉親としては忍びないものがあるだろうし

本人の残った自我もそう死を歓迎はしないだろうが

独裁者悪名のもと安楽死してもらう。




これは確実に国民を救うよ。

社会保障は息を吹き返して若者未来希望を。

直接の介護家族には先の見えない地獄からの開放を。

代償はたかだが、「重度要介護になって治らないならもう死んでもいいか」という覚悟と言うか、パラダイムシフト

それでも納得出来ない分は「あの独裁野郎がやらせた」って憎めばいい。



(そもそもこれでは独裁を支持する層というものが存在しえないので、独裁そのものが不可能なのだが、そこはお遊びの範疇として触れないでおく)

いやあ、国を悩ます最大の問題がほぼ解消されるんだぜ。

おもてだって支持すれば人格を疑われるだろうが、こっそり感謝しないものが本当に皆無だろうか。

「いずれぶっ殺すけどあの独裁野郎にもう少しやらせてみるか…」程度に。

(もし内心の支持すら得られなければ独裁政権寿命が縮むが、そうなれば更に急ピッチで殺すことになる。

 殺してしまえばこっちのもんだ。独裁者を吊るしても"業績"は不滅になる。)




でも君の突っ込み今日一番まともなレベルの「批判」だよ。

2010-11-30

値下げ合戦

商品自体の差別化は難しい中、この不景気

競合はどこまでも値下げしてくる。

付き合ったら後々困るってわかってんのに。

ソリューションで売りたいのは山々だが、お客さんが辛そう。

体力のあるうちにパラダイムシフトを起こす必要がある。

根本から組み直さないと。

先に実現した方が勝つだろう。

2010-11-03

シュレッダーは浄化のメタファー

眠剤を飲んで、朦朧とした頭で、シュレッダーで書類を切断している。

数日前に買った。4000円ぐらいの安いやつ。

それでも、切れる切れる。1000円で買った手回しシュレッダーとは雲泥の差だ。

文字で殴り書きされたり、複雑な文章や機密情報が書かれている部分を、

シュレッダーにかけるときは慎重になる。ちゃんと切断されたか。

そして、そういった『仕事の跡』がシュレッダーによってバラバラに

切断されるのを確認するたびに、安堵感や安心の気持ちがわくのだ。

『以前は重要だった書類が、今ではもう廃棄する以外の存在価値しかない』という、

その小さなパラダイムシフトはなかなか面白い

書類も、気を引き締めて見ないと、何が書いてあるのかわからない。

ただ『もう廃棄しても良い』ということだけがわかる。

その書類がバラバラになって紙くずになる。自分とは無関係になる。

そのこと自体の安心感

たぶんシュレッダーは、現代の浄化的なシステムなのだと思う。

さぁ、裁断を進めよう。

眠剤を飲んだ僕の頭では、書類の文面はもう読めない。

意味不明な文字の羅列である。

でも、それをシュレッダーの口に放り込むことだけはできる。

ほんわかとした単純作業だ。

誤って、口の中に手を突っ込まないようにしよう。

まどろんでいく。

2010-10-30

電子書籍についてグダグダと書き綴る

テレビ電子書籍について報道していたので、またいろいろグダグダと書いちゃうぞ~。

という軽いノリで。酒飲みながら。

つか本当に『電子』としての『書籍』という意味では、

今まで散々それに該当する商品は世に出ていたと思う。

弟切草』から始まるサウンドノベルだって、

分岐はあるけど文字であり小説でありエレクトロである点を考えると

立派な電子書籍だ。エロゲだって、フリーソフト

アドベンチャーソフトだって、その類だろう。

小説PDFにしてダウンロード販売していたサイトだってある。ボイルドエッグとか。滝本竜彦は元気かな。

でも、そういう一連の流れは無視されて、

キンドルipadと連動する書籍のみが、『電子書籍』として認知され、

黒船』として恐れられている。

その違いは一体何なのか。

いろいろ考えたけど、最終的にはやっぱり『形』かな、と。

考えてみれば、『本』は非常に優れた形状と質量を持っている。

どこへでも持ち運びできるし、いろんな体勢で文字を読むことが出来る。

寝転がりながら。椅子に座りながら。飯を食いながらでも読める。右手に箸。左手に本。

ハードカバーでは多少きついけど。

これまでの『電子』な『書籍』は、その点を考慮していなかった。

ゲーム機パソコンなどといった端末で再生され、可搬性や可読性については議論さえされていなかった。

それがキンドルの登場で変わったのだ。端末自体が変わったのだ。

そしてipad。そして、さまざまなメーカipadを真似し始めている。

これは凄いことになりますよ。出版社さんは覚悟したほうがいいですよ。

ネット上の動画展開はまだまだ先のこと」と思っていたらYouTubeの登場で慌てふためいた

テレビ局さんのようになりますよ。いやマジで

こういうパラダイムシフトは、マジで予期しなかった時期にいっきに来ますよ。

音楽業界は、もはや目も当てられない。もっとも~、これはこれで面白いけ・ど・ね!(ファッキュー!)

まぁでも、パラダイムシフト自体が悪いことではないですからね。

むしろ、新しい文学の可能性も否定できないわけですよ。

文学の可能性というか、文字の可能性ですね。

『文字の可能性』と聞いて思い出すのは、やっぱり2001年に起きたテキストサイトブームですかね。

あれは面白かったわけですよ!あれだって一種の電子書籍なわけですよ!(酔いが回ってきた)

文字ポイントを拡大して、オチが放たれる。文字の色を変える!

いやー、面白かったな。『侍魂』とか、当時は特に面白かった。

空白でページをスクロールさせて中身を稼ぐという手法は、有名人ブログで定着しましたけどね、

ありゃあひどいもんですよ。辻ちゃんテレビ番組で『スペースをあけてページに

内容があるように見せかける』というのをやっていましたけどね、ありゃあひどい。

やっぱりある程度の文章の量は必要なわけですよ!

やっぱり精度の高い文章を読むと興奮するわけですよ!

でもま、電子書籍なら電子書籍ならではの、『演出』というのも欲しいわけですよ!

たとえば、音楽が流れるとか。挿絵が美麗なアニメーションで表示されるとか。

何か、村上龍が作った電子書籍は、著名な方の音楽が流れるらしいですよ?

でも、音楽アニメーションも、出来れば文学的な演出がいいですな。

心に染みるようなやつをね、僕は望んでいるわけなんですよ。

私小説』は、『エンターテインメント小説』とは違って、やっぱり心の中で反響するような文字列であって欲しいわけなんですよ。

だったら、その電子的な演出にも、私小説性、心の中で反響するような演出が宿っていて欲しいわけなんですよ。

エンターテインメント映画と違って。

文学性というのはバズワードだと思うけど、でも、それでも、僕は『文学性』を求む!

エンターテインメント』という言葉自体に『マジョリティを拒絶する』という意味が宿っているような気がしてつらい。

そろそろ終わろうか。グダグダと書き綴っちゃって、ごめんね。ごめんね。

酔っ払っていてごめんね。

2010-10-19

もはや便りのないのは良い便りではない

まずは聞いてみよう。皆はどう思う。

自分真剣なやりとり最中の相手が、別の相手とふざけあっていたら?

「気にならない」と答えたやつは、新しい時代適応できている。

「ちょっとイラッとくる」と答えたやつは、俺と同じでまだ時代に取り残されている。

なぜならば、mixiに始まりTwitterFacebookなど、これからはこういった様をそこかしこで見掛けるのが普通になってくるだろうから。



言われてみて皆も少しぐらいは思い当たるフシがあるんじゃないかな?

自分が、返事待ちのメールを出して返事を待っているところで、なかなか返事が来ないから、きっと忙しいんだろうなーぐらいに思ってたら、その相手が、他の友達の日記一生懸命コメント付けているのを発見したり、

ちょっと深刻なのメールのやり取りをしている恋人の返事が滞ったので、真摯に考えてくれているのかなと思ったら、Twitterでは楽しげにくだらないことをつぶやき続けているのを見掛けたり、

手伝いを頼んだ相手が、お願いした作業の締め切り間際になってもほとんど作業がはかどってないようだから、大丈夫かな体調良くないのかなとか思っていたら、思いっきり日々飲み会に行って楽しんでるような日記をUPしてたり。。。

そんなシーンでのちょっとした心のひっかかり。



これまでは、「きっと忙しいんだろうなー」等と思っていたその先にある真実は、おいそれと漏れてこなかった。

それが、先述した新しいメディアの隆盛により、特に意識しなくても目に入ってくるようになったのだ。

本人にしてみれば、慎重に多数の目から隠そうともしてないわけだから悪気などもないのだろうし、それぐらい普通だと思っているのだろう。そういう人は、自分が似たような目にあっても「イラッ」となんてしないのだろう(皮肉じゃなく)。

これが、これからの時代の人間のあり方なのだと思う。

「イラッ」とくる自分の方が、これからの時代では負け組みだということはなんとなくわかっている。

要は、人間感覚パラダイムシフトが起こっているのだもの。



勘違いして欲しくないのは、俺だって「メールの返事もせずに別のやつと楽しんでるんじゃねー!」なんてーようなせせこましいことを言いたいわけではないということ。

あえてちょっと諫言させてもらえるのだとしたら、「せめてそういうことは、見えないようにやってくれ」ということぐらいだ。

そうなんだ。恋人からメールが来たからって、四六時中それの返信に思い悩んでいられるわけでもない。締め切り遅れそうな人が、酒を飲みたくなることだってある。これまでだってそういうことは見えないところで行われていたのだ。

ただそのおかげで気付かずに済んでいたことが、流行の「拡散リアルタイム自分発信メディア」によって、目に見えるように明るみに溢れ出るようになってきているだけなのだろう。



極論すれば、「せめて見えないようにやってくれ」ですら、本気で言おうとは思わない。

どうせ、時代の潮流には逆らえないから。



そこらへんは、明け透けに、気にならないのがこれからの人間感覚にとって当然になっていくのだろう。

完全に時代がそうなるまでは、気にならない奴らが勝ち組となって依然と自由に交流関係を広げて行き、気になってしまう俺らは、そんな心の狭そうな「イラッ」は相手には直接言えずに忸怩たる思いでハンカチを噛み続けるのだろう。

そう、今はただ、「まだ」俺たちが絶滅していないだけの、パラダイムシフトの過渡期なんだと思う。



それでも、今現在どのくらいの割合なものなかだけ知りたいので、恋人自分への返信より優先して、他の人の日記コメントを付けているのを見ただけで「イラッ」としたことがある派かない派か教えてください。

恋人」を「お近づきになりたい人」に、「イラッ」を「ガクッ」に読み替えてもOKです。

2010-08-19

スーパーカブにおけるパラダイムシフトについて

新着はてぶに載ってた記事↓

http://burusoku-vip.com/archives/1335818.html

を読んで思った事をちょっと書いてみる。

  

若い奴がスーパーカブ(以下、カブ)に普通に乗るようになったのは、

正確には覚えてないけど、今から15年ぐらい前からだったと思う。

オッサンなら誰でも覚えていると思うけど、

それ以前はバイト以外でカブ乗ってる若者なんか本当にいなかった。

例外的に、免許取りたてでバイク買えない奴が、どうしてもバイクに乗りたくて、

とりあえず家にあるカブを近所で乗りまわすぐらいだった。

  

当時、若い奴がカブ乗ってるのを見たら…今の奴にもわかるように言うと…どんな感じかな。

例えば中学生男子が、前後子供載せるイスが着いたママチャリ乗ってるぐらいの

「それ絶対お前のじゃないだろ」っていう違和感

それぐらい、カブからはぬぐいきれないオッサン臭がしていた。

  

それがほんの2~3年でスタンダードになってしまった。

つうか、むしろ流行ってた。

  

古いものが若い奴らに新鮮に映るのは、よくあることなのはもちろん知っている。

80年代は裾がちょっとでも広がったズボンなんて、ギャグでしかあり得なかったのに、

90年代早々に流行したのはベルボトムジーンズだった。

でもそれは70年代ファッション馬鹿にし続けた80年代感覚を、

知らずに育ってきた奴らの間で流行ったのだ。

そんな風に、裾が広がったズボンに対する価値観には、明確な空白期間があった。

自分は、この空白期間は絶対に必要なのだと思っていた。

  

しかしカブは違った。今と同じかそれ以上にそこら中で使われていた。

田園風景を走る軽トラ農家のオッサンを想起させるように、

カブは連綿と配達orオッサン御用達の、カッコよくない乗り物で有り続けていた。

TWみたいにマイナーであまり知られてなかったとか、

SRみたいに最初からレトロ路線で売っていたとかでもない。

バイクを殆ど知らないオッサンやオバハンまで含めて、皆がそう思っていた。

うちの親なんか、とっつぁんバイクって呼んでたくらいだ。

(とっつぁん=父ちゃん、転じてオッサンの意)

  

そんなオッサンバイクの価値観がいきなり短期間で反対側にシフトした。

レッグシールド外してカスタムした奴らはちょっとだけオサレっぽくしたりしてたけど

やっぱりどう見てもカブ以外の何物でもない物に、若者がマイバイクとして乗り始めたのだ。

もちろん、漫画ドラマでカッコよく使われたとかでもなかったと思う。

自分の知らない、トリガーになった出来事があったんでしょうか?

    

未だにパラダイムシフトという言葉を聞くと、この事を思い出す。

他にも空白期間が無いのにいきなりダサダサ→オサレってのはあるのかな。

誰か知ってたら教えてください。

  

2010-08-11

http://anond.hatelabo.jp/20100811213344

現状の労働需要を喚起するパラダイムシフトなんぞそうそう起きんよ。

個人的には、全農家の20%しか居ない主業農家の比率を増やせば、労働市場に空きが出るとは思うんだけどね。

それには、農業だけで生活できるほどに農作物の単価が上がらないと、な。

2010-06-15

http://anond.hatelabo.jp/20100615142026

だ、ダメだろ! それはつまり「生まれた子は死ぬかもしれない」って前提で子供を産むってことじゃん。パラダイムシフト結構なことだが、むしろそれじゃ時代に逆行するじゃねえか。「子供が死んでもいい社会」はつまり「子供を愛さなくてもいい社会」だぜ? 行き着く先は丁稚とか、子供すら生産力にまかなおうとする社会だぞ。認めるのかそれ。

自分勝手にそこまで付き合わせるなよ。

2010-06-09

平野啓一郎氏の安全保障論は一周回って、結局またお花畑じゃないかな

http://d.hatena.ne.jp/keiichirohirano/20100608/1275933435

私は平野氏が攻撃する軍ヲタだけど、「ネットワーク雑種化を通じて、安全保障の脱軍事化が実現された世界」が実現可能な国際環境になっている「可能性」までなら否定しない。ただその可能性が正しかったとしても、広く外交全般を見ると「そのような新しいパラダイム世界各国の先頭を切って示す」のは反対。まだ世界常識になっていないことを率先して実施すれば、「(軍事力抜きでも)侵略されない、という安全保障上の目標」は達成できたしても、「価値観を共有しない国」として、世界各国から外交上敵視され、様々な側面で国益を損ねる。外交において「先陣を切る」ことが必ずしも不利にならないのは旗頭になれる国際社会での大国のみ。「パラダイムシフトに真っ先に適応する」ってのは現在なら米中、もしくはEU背景つきでの仏英くらいしか行使できない特権的外交方針。

安全保障軍事の側面だけから見る」のは問題だが、「安全保障外交全般の観点抜きに見る」のはもっと問題なはず。

実は中国安全保障戦略なんかは「軍事力重要だし、軍備がんがん増強するけど、しょせん軍事力安全保障戦略において幾つもある柱の一つでしかない」という方向に舵を切ってたりするので、ひょっとしたら将来的には「脱軍事化された安全保障」はいずれ日本でも選択肢に上げてもいいのかもしれないが、現在は時期尚早。平野氏自身が認識するように外交ってのは相手のある話なんで、こと外交問題においては「先見の明」は、誇るべきどころか「害悪理想論」になることも多いんだぜ、と。

2010-04-14

http://anond.hatelabo.jp/20100414184228

会社違法コピー

ちょっとカッとなってしまった、反省と同列に本来すべきじゃないとも思った。

そういやautodeskなんかガチガチオンライン認証で驚いたな…

確かに収束しつつあるのかも、と思うが、やはり抜け道はいくらでもあるわけで

マジコンの手の入り安さもそうなんだけど、結局それを買い与えてソフトを入れるのは誰か、なんだと思う。

パラダイムシフト技術側(人が作ったものは結局いたちごっこ)よりモラルルール側で起こるんだとは思う。

http://anond.hatelabo.jp/20100414163721

会社違法コピー

こっちは、オンライン化が図られて、逆に抑制方向に向かっている。

アップデートのためにはオンラインに繋ぐ必要があり、正規版の認証オンラインで行われるから。


もちろん、閉じた環境などでは、まだまだどうせわかりゃしないとばかりにコピーするケースもあるが、

どっちにしろそれが公に出来ないアングラ事実だと言う認識は、もう周知されているさ。

ソフマップなんかでも中古ビジネスソフトは取り扱っていなかったりするしね。

マジコンは、それこそ一昔前のビジネスソフトの状態で、お店に堂々と問い合わせが来たり、他人から勧められてしまうレベル

一皮向けるためには、何がしかのパラダイムシフトがいる。

2010-03-08

外国人地方選挙権について考えている

普通の人は「地方が集まって国家が出来る」と考えているのだろうが、私は逆で、「地方国家依存している」と考えている。(ウォーラーステインネグリハートにはまた異論があるのかも知れないが)

地方というのは地方独立している訳ではなくて、国家の一機関として中央との関係の中で初めて成り立つものだと考えている。国家が消滅したり、地方国家との関係を断ったりしたあかつきには、その地方地方ではなく、新しい国家になってしまう。

地方国家が完全に吸収するような中央集権と画一化は、国家だけを強化するかも知れないが、国家論理だけでは地方の問題にほとんど全く対処できなくなる。

国家地方が同時に存続するには、地方国家論理継承しつつ、地方独自の論理で動かねばならない。地方分権とはそういうことであって、国家への依存国家からの独立を常に併せ持つ概念である。独立しつつ依存もするというバランス地方存続のコツになるのだろう。(逆に国家地方論理継承しなければならないことはない。地方の独自性を国家に全部フィードバックして国家の同一性を保つことは普通は不可能だ)


法の世界では、地方国家依存していて、地方の条例は国家憲法法律・命令、あるいは国家間の条約から逸脱してはならない。


選挙はどうだろうか。国政においては国民以外の選挙権被選挙権を認めないことで、国家の人事(選挙国籍)の中で整合性を保っている。

地方は? さっき書いたように、地方であるということは国家であるということを不可避的に含むから、外国人地方選挙権を認めると、国家の人事と地方の人事の間の整合性はなくなる。それは合理的か?

合理性を追求すると、国籍を取得するか、あるいは特別永住権国籍と同等に扱うという規定が必要になるだろう。外国地方責任を負えないのだから、果たしてどのような理由で外国の人事(外国籍)が地方の人事(選挙権)を決定できるのか、という合理性を欠くのではないか。


強いて言えば、多民族国家のように、多国家地方という概念を導入するという手はある。条約によって地方両国の共同管理下に置くという手だ(アンドラ公国みたいに)。こうすれば複数の国家地方責任を負うので、複数の国家の人事が地方の人事を決定することはできなくはない。人事だけで言えば多国籍住民票は既に実現しているので、やってできないことはないはずだ。

ただ、国境問題でそうなっている地方ならともかく、そういう緊急性のない地方がそれをするためには、何か理論的なパラダイムシフトが必要になるだろう。そういう地方分権論を誰か作るとコクが出るのではないかと思うが、それはちょっと私の手に余る。他の人の意見を広く問いたい。

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