はてなキーワード: バスケ部とは
高2の長女をヤリ捨てする高3の先輩
そんな長女を、部活の先輩が相談に乗るふりをしながら口説き落とし、呼び出して繰り返しセックスした後、
まず重大な事実誤認が。
長女と先輩は母親のこと以前から付き合っているという設定です。
母親の死の真相にショックを受けた彼女が相談に来て泣いている肩をそっと抱いて・・・というのは
不誠実と言われればそれまでかもしれないが、そこまで非難されることでもないと思います。
そもそも長女の側にも、父親へのあてつけのために男に抱かれたいふしがあったわけだし。
長女はかなりのウザキャラで、父親を嫌悪し家から追い出すのはわかりますが、弟妹にも父親に会うことを禁じたわりには
世話をするわけでもなく、自分は面倒な家から逃げて男に走って朝帰り、弟妹と喧嘩をしては怒鳴り散らすありさま。
メンヘラ度合いも進行していき、先輩に一方的に悩みをぶつけたり、体目当てじゃないよねと問い詰めたり
うんざりした先輩が、じゃあそっちは俺の話を聞いてくれたことあるのかよというと、私のこと嫌いにならないでと泣き
最終的に駆け落ちを言いだして先輩をどんびきさせます。
先輩が女をとっかえひっかえするヤリチンかのような言われようですが、実際は部室で彼女が最近ヤバイという愚痴を後輩にしていたら
「じゃああたしと付き合っちゃいます?」という悪魔のささやきをうけてその気になっちゃっただけです。しかも長女乱入により未遂。
長女に目撃されて開き直れるほどワルでもなく、後日弁解に行き、精神の安定を取り戻した長女から
私は現実を忘れるために先輩に依存してただけでしたと、正式に別れを切り出されます。
よくもわるくも普通の気の弱い高校生という感じで、エキセントリックな登場人物が多いこのドラマでは1、2を争う普通の人だと思います。
苛立ちをバスケ部の後輩たちにぶつけ、キャプテンとしての人望は失墜。ユニフォームをゴミ箱に捨てて非行に走り出す。
そして更につのった苛立ちを、ミタにヤらせてと命令してぶつける。
ミタの脱衣の途中で現場を長女に見つかり、強く非難される。
これはあくまで命令を何事もなく完璧にこなすミタが癪にさわり、何か無茶な命令をということで行われたものであって
本当に服を脱ぎだした時のキョドりっぷりからみても本気でヤる気などまったくなかったのは明らかな描写だと思います。
のちにミタが自分の本心をわかってくれたことに感動して泣き、部員全員の前で謝ってバスケ部に戻ろうとするなど
これ以上なく素直でいい子に描かれてると思います。
力の誇示のために女をヤリ捨てる父の同僚
"父"との不倫が職場でバレてしまい、四面楚歌の状態で出勤する女性を、
父のライバル的な存在の同僚が弱みにつけこんで口説き落とし、肉体関係に持ち込む。
その同僚は出世のため常務の娘との縁談をまとめており、その女性の相手をまともにする気など全く無かった。
要するに"父"への当て付けのために抱いてみただけであった。
こいつはわかりやすい悪者で、常務の娘が本当に好きだった元恋人に結婚式に乗り込まれ花嫁を強奪されるという
わかりやすい天罰を受けます。追いかけて転ぶ時の転びっぷりは一見の価値あり。
セリフもいちいち過剰で非常に漫画チックなキャラですので、あまり男性嫌悪とつなげて考える人はいないんじゃないでしょうか。
どうでもいいけど、不倫女役の野波麻帆のエロ薄幸オーラがすさまじいので、あの境遇もさもありなんという感じで余り同情できません。
おのれの弱さを直視できず怒鳴り散らしてばかりの母方の祖父
娘、義理の息子、孫など、相手を問わずすぐに怒鳴り散らして威圧し、嫌われている祖父。
死んだ母の妹にあたる叔母のことも絶えず怒鳴り散らしていたため、
頑固で分からず屋で怒ってばかりだけど、実は不器用なだけで愛情にあふれてて、一度たがが外れると急速にデレ化する。
まさにステレオタイプ中のステレオタイプ、THE頑固親父です。
ミタにつきまとって肉体関係を迫り、ミタの家族を殺した弟
ミタの母と義父(ミタ実母の再婚相手)との間に出来た種違いの弟はミタに執着していた。
弟だけでなく、義父からも肉欲を抱かれていた。
ミタは愛する男性と結婚して息子をもうけ、幸せな暮らしをしていたが、弟から執拗に肉体関係を迫られるようになる。
それを拒絶したことで弟は逆上し、家に火をつけてミタの夫と息子を焼き殺し、自殺してしまう。
ミタの両親とミタの夫の両親は息子を失って嘆き悲しみ、全てはミタが悪いのだと責める。
焦点は一生笑うなといった夫の母親と罪の意識を感じ笑うことを捨てたミタであって
ネタバレ注意です。
4人の子供たち(17歳長女・14歳長男・12歳次男・5歳次女)を中心において、父、叔母、などの続柄表記をしていきます。
http://www.ntv.co.jp/kaseifu/relation/index.html
未視聴の方はわかりにくいでしょうから、公式の相関図片手に読むことをおすすめします。
父が職場の女性と不倫して本気になり、母に離婚届を突きつけた結果、母はショックを受けて入水自殺してしまった。
そのことがきっかけで、父が元々母を愛していなかったこと、妊娠されたから仕方なく結婚したことが判明する。
父は父親になる覚悟が無い状態で次々と4人の子供を作っており、子供への愛情も感じていなかった。
このドラマはミタや子供たちの活躍により、ただの無責任な一人の男が父性を獲得していくストーリーになっている。
大恋愛の末結ばれたはずの隣の夫婦も、夫が不倫しており、疑心暗鬼になった妻がストレスを5歳の息子にぶつけている状態だった。
妻が思いつめて心中騒ぎを起こしたことで離婚になり、息子の親権も夫に奪われ、希望を無くした状態で家から追い出される。
そんな長女を、部活の先輩が相談に乗るふりをしながら口説き落とし、呼び出して繰り返しセックスした後、
長女からの依存が面倒になってくると、今度は別の後輩を口説きはじめた。
裏切られたことを知った長女は先輩に別れを告げるが、はたから見れば"身体目当てのヤリチンにヤリ捨てられた"でしかない。
苛立ちをバスケ部の後輩たちにぶつけ、キャプテンとしての人望は失墜。ユニフォームをゴミ箱に捨てて非行に走り出す。
そして更につのった苛立ちを、ミタにヤらせてと命令してぶつける。
ミタの脱衣の途中で現場を長女に見つかり、強く非難される。
"父"との不倫が職場でバレてしまい、四面楚歌の状態で出勤する女性を、
父のライバル的な存在の同僚が弱みにつけこんで口説き落とし、肉体関係に持ち込む。
その同僚は出世のため常務の娘との縁談をまとめており、その女性の相手をまともにする気など全く無かった。
要するに"父"への当て付けのために抱いてみただけであった。
女性は会社を辞め、有名企業の社員からビラ配りのバイトに落ちぶれる。
娘、義理の息子、孫など、相手を問わずすぐに怒鳴り散らして威圧し、嫌われている祖父。
死んだ母の妹にあたる叔母のことも絶えず怒鳴り散らしていたため、
叔母はいつでも笑顔だが、常に人の様子伺いをして媚びまわり、ネガティブな感情を一切発露できない人間に育ってしまった。
ミタの母と義父(ミタ実母の再婚相手)との間に出来た種違いの弟はミタに執着していた。
弟だけでなく、義父からも肉欲を抱かれていた。
ミタは愛する男性と結婚して息子をもうけ、幸せな暮らしをしていたが、弟から執拗に肉体関係を迫られるようになる。
それを拒絶したことで弟は逆上し、家に火をつけてミタの夫と息子を焼き殺し、自殺してしまう。
ミタの両親とミタの夫の両親は息子を失って嘆き悲しみ、全てはミタが悪いのだと責める。
ミタの笑顔が男を誘うから不幸を招くのだと刷り込まれ、ミタは感情を失った。
散りばめられた男の弱さと肉欲、そして「汚い汚い汚い!!」と断罪する女子高生の長女が印象的だった。
長女は父の不倫によって母を自殺で失い、心の支えにしていた先輩からもヤリ捨てられた被害者だ。
ミタも義父や弟に情欲を抱かれ、その責任がミタの笑顔にあると転化されて苦しめられた。
「欲情させる女が悪い」の理屈だ。そこから生まれた憎悪によってミタは夫と息子を焼き殺され、自分の存在に対する罪悪感を抱えながら生きることになった。
ひたすら高濃度のミサンドリーを感じる家族モノのドラマだった。
物語が進むことで改善された男(父や祖父など)も居るが、「汚い」まま物語からフェードアウトした男もいた。
これが視聴率40%か。
故に、勉強以外については親に理解されなくて当たり前だ,くらいに考えていたほうがいい。
「親に自分のことを理解してもらいたい」という希望は、日本に限って言えば、子供は持たないほうがいい。そうしないと、辛い。
うちの親は収入面では中流の上の方だったと思うけれど、いろんな意味で教育は中流どまんなかって感じだったかな。
いざ勉強シーズンが始まると、どんだけ抵抗しても「勉強のために」という理由だけでやめさせられた。
その時から分かってはイタけれど、親は社会的に認知されたもの以外の価値を認識すること自体ができない。
これ自体を責めてみたところで意味が無い。親はそういう時代に生まれてきたのだから。
「子供にいろいろ習い事させるのは良い親」という社会的な尺度があったからだろう。
ところが、習い事に関しては、小学校高学年くらいからそういう社会的な尺度が消失する。
こうした分野で子供が成功したり、社会的に評価されることは稀である。
そう考えると、別に習い事をさせていても誰も褒めてくれないし、そのための負担は小さくないので続けるメリットが親にはない。
親自身も元から対して情熱を注いでいない。勉強の妨げになるのであればあっさりと切り捨てられる。
いや、実際には勉強の妨げになっていなくても、「自分がそう感じた」というだけで辞める理由になるのだ。
少なくとも、私は、姉が無条件でピアノをやめさせられたことに危機感を感じ、
折につけて「ピアノやってても勉強も頑張れるよ」とアピールをしていたがその時が来たらあっさりとやめさせられた。
最初から最後まで、そこに子供の都合は存在しない。交渉の余地すら無い。
(子供過ぎて、勉強も頑張る、程度しか交渉の手段を知らなかったということもあるが、外をまきこまない限りおそらく無理だっただろう。
そして外を巻き込んだら、多分親に恥をかかせたという罰で殴る蹴るの暴行を受けていたと思う。そうでなくてもよく殴られたしね)
子供は圧倒的な才能や成果を示さない限り、そこで潰される。
そして、これ自体も悪いことではないと思う。
実際、才能がないのに、変にしがみついていても、あんまりいいこと無い。
はやめに見切りをつけて、そのぶん自分にとってたのしいことややりたいことに力を向けるのはむしろ好ましいとさえ言えるかもしれない。
(まぁこれにしても、子供にそういう話をした上で判断させるべきところだとは思うのだが・・・難しいか)
よろしく無いのは、全部親の都合で、親が勝手に決めたことであり、親のわがままにすぎないのに、
なぜか親自身がそれを認識していないか、認めようとしないことである。
親は子供に何の説明もしない。謝罪とまではいわずとも、メカニズムを説明すべきなのにそうしない。
結果として、子供は「自分の意志でやりたいことを選べない」ということを学習する。
「がんばろうががんばるまいが、親が認めなければ自分の大切な物は維持できない」と学んでしまう。
高校生ぐらいのときにこういう仕打ちを受けたなら、まぁ自力救済の道を探っていただろうが
無力な小学生時代にこれをやられると、自分の無力をしみじみと受け入れるしか無い。
しかも、当時は今この記事で書いてるように、明確に親から受けた抑圧を言語化して把握できたわけではない。
無意識に刷り込まれるようにして教訓を植えつけられるので、抵抗しようもない。
むしろ、当時を振り返ると、1ヶ月ほど落ち込んだ後
「親は自分の為を思って勉強に集中させてくれたんだ」「私にピアノは無用だったのだ」と本気で思い込んでいたような記憶がある。
つまり「親の言ってることは自分のためであり、絶対的に正しい」という刷り込みが成立していたということになる。
実際小学校4年でピアノをやめさせられた後は、2年間ひたすら勉強ばかりしていた。
そんでちゃんと進学校に入って、それはそれで誇らしい気持ちになった。親には心から感謝したと思う。
実際にこの辺りまでは、親の言うことは間違いというわけじゃないのだ。ただ私の心を全く無視してるというだけであり、実際この当時の私は自分で考えて自分で決めるということがあまりできる子ではなかった。親が決めてくれたことに従うほうが楽だったし、必要だったと思う。
ただ、中学校に入ると、もうこれは露骨に問題にすれ違いが生じる。
私のような知恵遅れでも、このころになると自分の意思でいろいろ考えるようになる。
でも、まぁ上のような感じで、自分の意思でヤリたいと思ってもやれないという思い込みがあるから
もやもやしつつも勉強以外のことはあんまりできなかった。勉強か、漫画か、小説か、そんくらい。
親のほうでも、もう社会的に認められている価値尺度が勉強くらいしかない。
親はいつだって「社会的には親はどんな感じか」ってことだけ気を使っていて、一度も自分の頭を使って考えたことがない。
子供が何を望んでいるかに興味を持ち、それにどう答えるか、という形で考える訓練をしたことがない。
私が何の部活に入っているかも、私にはどういう友だちがいるのかも、
結局高校卒業するまで全然知らなかったくらいだから本当に我が子には全く興味がなかったのだと思う。
(ちなみにバスケ部な)
そういえば、友達は小学校4年の時に親に強制的に絶交させられてから作ったことがない。
中学2年の時にU君という友達がひとりいたけれど、遊びに行ったことも家に招いたこともなかったので
その内に、Uくんも、もっと親密に付き合ってくれる奴のグループに行ってしまった。
多分、自分がもうちょっと勇気を出して親に何か訴えれば事態は変わったのかもしれないが、
結局そのまま6年間過ごして、まぁそれなりにいいところの大学に受かったので、東京に逃げた。
欝で寝込んでるなう。コミュ力ゼロの私には、東京で友だちを作ることもできなかった。
多分もうチョットしたら冷静になれて自分の側にも問題があって、過去を嘆いてもしょうがないから
今からでも努力して何とかすべきって思えるようになるんだろうけれど、どうしても今の時点では親を恨む気持ちが強すぎて動けない。
タナシュンこと田中〇くんのおかげで
この機会にOB(修正)の僕が青山学院について紹介したりアピールしたりしたい。
ちなみに運動部の掛け声は「あおがく~ファイ!」。
「あおがく~」は可能な限り低い声で唸り、「ファイ!」は甲高く叫びます。
叫び方に迷ったら知能〇〇者がテンションあがったときの感じで。
いや、ひょっとするとまあまあな私立大学の中でも一番熱が無いんじゃないのかな。
泥臭さとか熱血とかやる気とか変人とかとも無縁。
なんていうか、スマートじゃない人は来ないほうがいい。
法政大学でなら輝けた筈の土の匂いがする闘争ボーイも
間違って青学なんかにくると死んだ目で4年間過ごすことになります。
なんでしょう、青学の内部進学組は慶応のそれより一段二段、品が落ちる気がします。慶応に夢見すぎか。
青山学院の初等部というのはちょこちょこキナ臭い噂も涌く所でして
おっかないから僕は知らないですけど、部長の権力闘争とかどうとかが
週刊誌に載ったりhttp://www.asyura2.com/08/bd52/msg/300.htmlしちゃったりなんかもするんです。
で、これは僕は知らん、幼稚園からの内部進学組が言ってたことですが、
一時はすごくその、芸能人の子弟とかを積極的に受け入れたりしてた、らしいんですね。
躾の悪いボンボンや勉強が全く出来ない奴が多い、みたいな認識は学内にあったと思います。
はっきり「馬鹿組」と呼ぶこともありましたし、彼ら自身も自嘲していました。
中等部から高等部、高等部から大学へ、エスカレーター内部進学するときに
青学歴が長い人ほど成績が悪い傾向があるので、幼稚園上がりが一番落ちます。彼等が一番お金持ちなんですけど。
落ちる奴等はどうするかと言うと、お金持ちの子弟なので海外留学に旅立ちます。
これは「海外逃亡」とか呼ばれていました。
渋谷のどまんなかにあることと関係あるのか無いのか、高校デビューが多かったです。
内部進学組じゃなくて受験で高等部から入ってきた人、この一部がものすごい変貌をとげる。
入学当初は朴訥とした可愛らしい田舎もんみたいな感じだったボーイズガールズが、
彼等は大抵、内部進学組のバカボンとくっついて遊びを覚えるんですね。
バカボンが大学進学の際に落っこちない限り、この付き合いは大学でも続きます。
大学以外は体育会系の部活動も全部弱小で、ジョックス的な存在が居ません。
メイン体育会系としてはラグビー部、通称「ビー部(語尾が上がる)」がありますが、
その競技の特殊さから幼稚園や初等部上がりが多く、彼等は年度が上がるにつれ学業的に苦しんでいるので
高等部までくると一面哀れな感じの不思議なオーラをまとっています。
中等部の頃はそれなりに恐ろしいジョックスだったのに、この頃になると愛嬌が出てきている。
むしろこのあたりになるとバスケ部やサッカー部などのほうがたちが悪くなっていたりする。
文化部もパッとしないんだけど。
今はどうなのかな。
タナシュンくんがどうも周囲の友達に売られまくってるみたいですが
あれはすごく「ああ、青学だなあ」と、感慨深いものがありました。
そうです、青学の特性として、腐った人間関係の温床みたいな部分は割とありました。
なんていうか、仲良くしてる風の間でも実は仲悪い、みたいな。
だいたい長い奴等は15年ぐらいの風通し悪い付き合いを続けてるわけで
ほんとお受験とかエスカレーターもいいことばかりじゃないと思います。
そういう淀んだバカボンとつるむのはいきがった高校デビュー組なわけで、
まあなんか、若人らしいサッパリした感じや素朴さとは無縁な人間関係が現れます。
タナシュンくんがあそこまで嫌われてるのは彼個人の特殊な人徳でしょうが、
「仲間だから」「同じ青学生だから」みたいに庇い合わない傾向が青学生にはあると思います。
社会に出てからも青学学閥って見たことねえ。 まあ学閥作るほどたいした偏差値の学校じゃないんだけど。
社会で同窓生に会っても「へえ…」みたいな。よそ大学出身の同窓の仲良さに比べるとどうしても温度の差がある気がします。
受験で言うと、青学受かるぐらいの偏差値の人は本命別にあることが多い。
青学が本命だったよ、っていうのは中学受験でも高校受験でも大学受験でも少なめ。
どこかに落ちた一抹の挫折感を抱えて入学してる人が多い。
力いっぱい馬鹿なことやって打ち解けると言う機会も無い。
青学の文化祭は寒いです。高校も大学も。すごい出し物って見たこと無い。
アレ見ただけで熱量の低さとかわかってもらえると思う。
早稲田祭とかすごいよね。
大学の講師かなんかで狂った発言しまくってた不届き女が居たらしいですがあれはマジで例外です。
ああいう先生達から、青学独特の熱の無い半腐れ学生が産出されるのは不思議といえば不思議。
長々書いて結局何を言いたいかっていうと
タナシュンくんてすごく青学生らしいなあ…っていう。
おもしろく読んだ。
一応フォローもしておくと、コンクール至上主義の人&団体もぜんぜん少なくないし、
そういうとこは下手なスポ根物よりも暑苦しいのは確か。
甲子園出場に命をかける球児がいるように、全国大会出場に命をかける奏者もいる。実力はおいといて(笑)
自分は手のケガで数日休んだら、同じパートの子に「たるんでるからだ」と説教されたことがあるよ(笑)
あ、自分は中高で吹奏楽のクラやってました。大学ではたまにオケでトラしてました。
じゃあオケ部は閉鎖的じゃないのか?合唱部は?サッカー部は?剣道部は?バスケ部は?
経験者や優秀者がでかい顔をするのも、伝統だからと妙なしきたりを固持するのも、
http://anond.hatelabo.jp/20110606225523
容姿以外のその他諸々に関しても低スペを見下してるんだよ!
さらに超低スペのクセして超高スペの異性に片思いして、その思いを堂々と人に言いまわれる神経を嫌悪してるんだよ!
カマキリみたいな顔してて、弾けないくせに「あたしはピアノを習ってるからピアノ上手いんだよ!」ってウソつくような奴で、
「スイミングも習ってるよ」ってウソつくような奴で、消しゴムを借りパクするような奴で、
誰でも10分勉強すれば100点取れるような小学校の漢字テストでも60点とか取ってて、運動全般ダメで特に50m走やマラソンのスコアがひどい小太り、
そんな女が一番のモテ男に片思いすることがキモイと感じるのはおかしいですか?
チビでガリガリで朝青龍みたいな被さったまぶたしてて、成績は中の下で、運動どれもパッとしなくて、
バスケ部に入って1ヶ月でやめてからずっと帰宅部でいるような奴で、リア充男子たちに面と向かってバカにされてても気づかないほどのバカで、
むしろリア充グループに構ってもらえることに喜んでて、自分はオタグループの男子より上に居るみたいに勘違いしてる酷いバカで、
そんな男がしっかり運動部で成績も良くてクラス委員の顔も可愛い女子に片思いしてて本気で狙ってるとか、反吐出るって思っちゃいませんか?
「自分は、どんな人からでも想われたら嬉しい」。そういうこと言う人居ますよね。感じいい発言。
悪口は言わず誰に対してもにこやかに笑って「遊ぼうよ」という子だったそうです。
女の子とも遊んでいましたがスカートめくりといったイタズラとは無縁にすごしていました。
とても感受性豊かでいろんな事に感動するのか、すぐ泣く泣き虫でした。
どうやらクラスのリーダー格の子に気に入られなかったんでしょう。
靴は隠されました。
「放課後oo公園集合な」と言われていくとそこには誰もいませんでした。
2時間くらい待っていたら遠くから遊ぶはずだった友達が見ていました。
いじめ、というものを経験するとぼくの何かが変わったようでした。
転校先ではうまく馴染めました。
このころもまだ、男の子とも女の子とも分け隔てなく遊んでいました。
その先ではあまり友達ができませんでした。
もうすでにグループができている学校で「転校生いじめ」を受けました。
無視、教科書がなくなる、机に落書き等、典型的なものは受けました。
だから家でピアノを弾き、一人でリフティングをし、趣味としてギターをはじめました。
それもいじめの対象になったのかもしれません。
特に歴史(日本史)が大好きで、ずっと資料集を読んでいました。
身長は高くなかったのですがなぜか運動神経はよかったようでした。
ぼくはたまたま持っていてその子もたまたま持っていただけでした。
「好き」ってなんだろう。そう考えるようになりました。
ぼくもその時は思春期で、AVやエロ本を読んでいてそこで間違った知識を得ていました。
その本には『「好き」な人としかエッチはしない』と書いてあったのです。
今思えばなんて馬鹿げていたのでしょうか。
ぼくはその子の顔が好きなわけでも性格が好きなわけでもなかったのです。
ただ、その子の中1にしてはちょっと成長した身体を好きになっていたんだと思います。
コンドームを先輩にもらい家にその子を呼びなんなく童貞を捨てました。
これがよくなかったのでしょう。ぼくはエッチにハマってしまったのです。
その子に特別な感情が湧くことはなく、思春期のそのエネルギーをただただその子にぶつけていただけでした。
キスはしました。キスが特別なものであるという感覚もありませんでした。
ただ、目をつぶってしまえば同じ。そう考えていたのだと思います。
その子と別れたのは中3の夏です。
その頃はもう親公認の仲になっていましたがふとしたことで喧嘩しました。
ただ、「本当にわたしのこと「好き」なの?」と言われたので「今はどっちでもいい」
正直な話、もうその子に「エッチしたい」と積極的には思わなくなっていたのです。
エッチはオナニーと違って、相手も楽しませなければいけないものです。
それがおっくうになっていたんだと思います。
だからもう積極的に「きみが「好き」だよ」とは言えなかったのです。
ぼくはこの子と付き合うことにしました。ぽっちゃりしている中2の子でした。
高校生になると髪も染めれるようになりました。でもそれより大きかったのは
顔がちょっとかっこよくなったことです。「イケメン」と言われるようになりました。
そして高校では「好き」だと思った子に積極的に告白することにしました。
どうしても二番目にいた小学校のあったところの高校に行きたいと親に頼みました
そこまでは越境なので転校が必要でした。
親の仕事で今の場所に住んでいたので結果は
一人暮らしをする
1年生の時に4人に告白しました。そのうち3人がOKしてくれました。
その3人ともとエッチをしました。そして3人とも別れた後も関係が続きました。
2年生の時に学年で一番可愛い子に告白したら何とOKもらいました。
それでその子とは長く続きましたが、さすがに1年付き合うと「好き」じゃなくなってきました。
その時に当時はまだ単なる出会い系だったモバゲーを使ってみました。
そこである子と出会いました。それは幼稚園のときに一緒によく遊んでいた子でした。
その子とメールをして10年ぶりくらいに会うととても可愛くなっていました。
この時すでにその子を「好き」になっていました。家においでよと誘うとついてきました。
このときぼくは初めて、その日のうちに女の子とエッチしました。
3年生になり受験勉強を一生懸命やりました。学年で1番可愛い子とも付き合ったままで
一緒の塾にかよって、帰りにぼくの家で復習をするという毎日でした。
けっか、ぼくは第二志望の私立大学に、彼女は第一志望の国立大学にいくことになりました。
もう「好き」ではなくなっていてちょうどいい機会なのでわかれました。
ぼくはその名前は知っていましたが具体的にどんなことをするとことろなのか知りませんでした。
そこで驚愕しました。お金を払えば「エッチができる」つまり「好きになる」のでした。
ぼくは困り果てました。今までの「好き」の概念がぶっこわれてしまったのです。
ぼくはこのときまで「好き」は「エッチしたい」と同じだと思っていました。
でも、世間のみんなは「好き」を違う意味で考えていたようでした
だから、食事がのどを通らないほど「好き」、とか、「好き」すぎて胸が苦しいとか
「好き」なくせに告白しないなんて頭腐ってるんじゃねぇの、とか思っていたのです。
「好き」って何なんだろうと考えるようになりましたがこたえはでませんでした。
女の人をみて「エッチしたいな」と思う人はいてもそれ以外の意味で惹かれる人はいませんでした。
どの子も頭が弱く中身はからっぽで「エッチしたい」とは思ってもそれ以外の目的では会話もしたくありませんでした。
「愛している」とか「好き」とかの言葉は道具として使っていました。
そうぼくがいえば女の子は安心したりよろこんだり「エッチさせて」くれたりするということを知っていたからです。
サークルに入ったら逆に、お持ち帰りしたことを誇っている頭悪そうな男ばっかりでした。
経験人数の多さがステータスとか童貞喪失年齢が低ければいいとかエッチした回数がステータスとか。
残念ながら、ぼくより早く童貞を捨てた男もエッチした回数が多い男もいませんでした。
「ねぇ、「好き」って何かな?」そうぼくは友達に聞いてみました。
だれも正解を教えてくれませんでした。
http://anond.hatelabo.jp/20101122004732
なんだーみんな「カノジョ=エッチする相手」って考えているんだって納得はしました。
しかし
思春期に燃え上がるようにあった性欲のことを「恋」だと思っていました。
だから「「恋」しちゃったんだー多分ー気づいてなーいでしょー」という歌の意味もわかりませんでした。
純愛もわかりません。
「恋」や「好き」が目に見えるものなら良かったのに。
多分ぼくは幼いころにいじめにあって、この部分の気持ちをなくしてしまったんでしょう。
何が正しいのかなんて分かりません。
「好き」ってなんなんでしょうか。「恋」ってなんなんでしょうか。
そしてそれらは性欲と切り離して考えることができるものなのでしょうか。
彼は159cm、私が173cmある。
彼から告白されて付き合い始めたんだけど、私がヒールを履くと文句を言われるし、
180以上あった私の元彼のことを例に出されて、お前も本当は背の高い男がいいんだろう、
俺とは妥協で付き合ってるんだろうと延々言われる。
ラウンドワンで遊んだときに私のシュートが入りすぎたという理由でも八つ当たりされた。
いや、私バスケ部だから入って当然だし…
その代わりサッカーでは元サッカー部の彼が優勢なんだけど、勝ったことは差し置いて、私に負けたことばかりグチグチ言われる。
私自身は男の身長は本当にどうでもいいと思っている。高かろうが低かろうがプラマイゼロという認識。
彼は結構情熱的で俺様なところがあって、キャラ薄い私にとってはグイグイ引っ張っていってくれるから好きだった。
小さいからって子ども扱いしているとかナメているとかそんなつもりは全然ないし、大人の男として扱っているつもり。
はっきり言って身長にこだわってるのは彼だけだ。私のリアクションも見ず、一人で喚いている。
正直うんざりしてる。そんなに女に身長で負けることが気に入らないなら、背の低い子と付き合えばよかったのに。
彼は159cm、私が173cmある。
彼から告白されて付き合い始めたんだけど、私がヒールを履くと文句を言われるし、
180以上あった私の元彼のことを例に出されて、お前も本当は背の高い男がいいんだろう、
俺とは妥協で付き合ってるんだろうと延々言われる。
ラウンドワンで遊んだときに私のシュートが入りすぎたという理由でも八つ当たりされた。
いや、私バスケ部だから入って当然だし…
その代わりサッカーでは元サッカー部の彼が優勢なんだけど、勝ったことは差し置いて、私に負けたことばかりグチグチ言われる。
私自身は男の身長は本当にどうでもいいと思っている。高かろうが低かろうがプラマイゼロという認識。
彼は結構情熱的で俺様なところがあって、キャラ薄い私にとってはグイグイ引っ張っていってくれるから好きだった。
小さいからって子ども扱いしているとかナメているとかそんなつもりは全然ないし、大人の男として扱っているつもり。
はっきり言って身長にこだわってるのは彼だけだ。私のリアクションも見ず、一人で喚いている。
正直うんざりしてる。そんなに女に身長で負けることが気に入らないなら、背の低い子と付き合えばよかったのに。
背が低いからでなく、彼がいつもイライラしているから冷めてきてしまった。
でもこれで別れを切り出したら「どうせ俺の身長が低いからだろ!」って怒るんだろうな…
石原裕次郎、松田優作、高倉健、矢沢永吉、尾崎豊みたいな男カリスマが最近居ないなと思った。
水嶋ヒロのハイスペックさや石川遼の高収入さを羨む人は居るみたいだけど、カリスマとは違うし。
真似したくなんのがカリスマだ。ムーンウォークにしろ、"なんじゃこりゃあ"にしろ。
母の同級生に優作かぶれが大量発生して、優作が空手やってるから俺も空手やる!みたいな奴が居たらしい。
クラプトンに心酔しすぎてギター始めちゃったりね。その時代版の中二病だよね。
今の学生が憧れてる男って誰なんだろう?と思った結果、マンガやアニメのキャラなんじゃないかと思い至った。
スラダン読んでバスケ部に入ったとか、テニプリ読んでテニス部入ったという友人が実際に居るし。
スポーツマンガにかぶれるのは一応真似ができるからいいよね。
でもファンタジーに憧れても真似はできないよなあ。頑張ったって魔法は使えないし、コスプレぐらいしかできない。
ん?これのせいで「容姿全盛時代」になってるんじゃね?
http://anond.hatelabo.jp/20100901214320
これを読んで書きたくなったが、おそらく元増田にとっては何のアドバイスにもならないであろう私の高校時代の思い出話。
高一では友達がたくさんできた。
珍しくスクールカーストで言うところの「下」の人種が多くて、心ゆくまでのびのびとできて毎日楽しかった。オタ充だった。
ただ残念ながら男女グループだったので、次第に大学のダサ文化系サークルのように片思いや嫉妬や疑念が渦巻いて一年もしないうちに空中分解するんだけど
自分は皆の相談役(笑)というポジションに立ち誰からも嫌われないようヘラヘラと立ち回っていた。これはひどい。
高二の時は、クラスに高一の時の友達が全くいなかった。
しかし同じ中学でうっすら仲の良かった子(A、B)がいたので苦労しなかった。スイーツ(笑)だった。
二学期ごろからAの親友Cと、その友達数人が仲間に入って、賑やかしくお弁当を食べるようになったんだけど、
私はどうしてもCのことが好きになれなくて、Cもそれを感づいたのか、思いっきり私に対して冷たくあたるようになった。
それに伴ってAも私に冷たくなり、AとCは「私にこのグループから出ていって欲しい」というような態度を暗に示すようになった。
私は私で「誰がてめーらのために出て行くかぼっちになんかなってやんねーぞバーカバーカ」みたいな意地だけで大して好きでもないこのグループに食い下がっていた。
Cの連れてきた友達は極力中立的に接してくれたけど、相変わらず私とは友達以下の関係だったので毒にも薬にもならず。
そんな中Bだけが変わらず私と仲良くしてくれたが、今思えば板挟みでかなり苦しかったんじゃないかと本当に申し訳ない。
そんなこともあって、高三の時はもうクラス内でのお友達作り(笑)をしなくなった。ぼっちだった。
AやCは顔が広かったから、クラス内に彼女らと仲の良い子がたくさんいて「この人たちとは絶対仲良くなれない」という先入観が凄かった。
クラスには同じくぼっちの女の子がいて、仲間分けする時なんかは一緒に組むような関係になったけど、
かといってそれ以上の友情に発展することもなく、最後までお互い苗字で呼び合っていた。
私は彼女の隠しきれない強烈なオタク臭がどうしても生理的に受け付けなくて、
彼女もまた私のそういう不条理な蔑視を感じ取ったのか、それ以上踏み込まないでいてくれた。文句も言わずに。
一学期の始めの頃なんかは二人でお弁当を食べたりもしたけど、お互いダルくなって、いつの間にかそれぞれ他のクラスにお弁当を持って出て行くようになった。
そんな利害が合致しただけの付かず離れずの冷たい関係が、すごく楽だった。
いじめるでもなく、突き放すでもなく、私が彼らに無関心なのと同等に彼らも私に無関心でいてくれた。
それでいて掃除当番やグループディスカッションで話す必要があったときも、不思議と嫌悪感は伝わってこなかった。ほんとに普通だった。
クラス全員がやたらと仲が良くて、体育祭や文化祭でも団結してる中で私と例の子だけが浮きまくってたし、
こちらはクラス全員と二言三言交わしたことすらあったろうか?ってレベルの薄い付き合いしかできなかったけど、その薄さを薄いまま許してくれたというか、
それどころかたまに話すと持ち物ほめられたりなんかして、「あれ?自分そんなに嫌われてなくね?」って調子が狂って、
「こっちが勝手に拒絶してるだけなのに、えっと、なんかごめん!」と帰宅後にふと反省させられるような、いい人たちだった。
高校ではバスケ部のマネージャーだったという元「最上位」な友達ができて、「スクールカーストって何だったんだ…」と呆気にとられつつも彼女と毎日バカやってた。
そんなこんなで三年生になり、私と彼女は別々のゼミに入るのだが、彼女が入ったゼミに「高三の時に私と同じクラスだった」と言う男の子がいたというのだ。
飲み会の席で「○○さん(私)と仲いいよね?」と話しかけられたらしい。
それを聞いて「えっ?誰だっけ?てか同じクラスだったの?その人」というと「ひでえwww普通同じ高校から同じ大学行った人って分かるっしょwww」と返された。
ということは学部も一緒で何度か講義室でも顔を合わせてるはずなのに全く気づいてなかった。
そりゃそうだ。こっちは顔すら覚えてないんだから。
彼に言わせると私の高校時代の印象は「なんかめっちゃ頭良さそう」だったらしい。
「君ね、それは違うのだよ。ぼっちって休み時間やることねーから机に突っ伏すか宿題やることぐらいしかできないのだよ。当時は赤点スレスレだったっつーの」
とでも言い返してやりたいが、そんなことよりどう見てもリア充の彼がどう見てもぼっちな私の顔や名前をしっかり覚えていたことが衝撃だった。
しかもわざわざ自分から話題に出すということは、お世辞抜きにしても元々そう悪い印象を抱いてなかったんだろう。と思う。
対する私のこの認識のなさ。恥ずかしい。ごめんね○○くん。顔知らんけど。
その後リア充の彼とは何のフラグも立たず、最後まで彼の顔は分からないまま卒業した。
今振り返っても、高校という場所で、クラスという場所で、私はどう振る舞えばよかったのかよく分からない。
友情ってなんだろうね。
勝てない、辛い、と思ったら即逃げてしまうようになってしまったのは、
遡れば中1の部活からだったような気がする。
俺が中学生の頃は、バリバリのスラムダンク世代ともいえる時期で、
当時の俺はその例にもれず、その地区でそこそこ強豪といわれてたバスケ部の門をたたいた。
運動は得意でない、でも何とかなると思った。
何ともならなかった。絶望の毎日だった。
そもそもボールを持った時頭が真っ白になり、何もできない。
そのうちなめられて俺にボールがきたら何人も群がられなにもできず被スティール。
そもそもちょっと早いパスになるととれなくなる。指が痛い。
そのうちなめられてボールがこない。くるのはそもそも捕らせる気のない、おふざけの剛速球。
このあたりでレギュラー候補の同級生には軽蔑され、それ以外にはストレスのはけ口にされる生活に。
だんだん嫌になって、同じく何にも出来ない子と部活をさぼるようになった。
そんな生活を半年続け2年に進学する時、俺は両親の転勤の都合で別の中学へ引っ越すことになった。
2年生、今度こそはと入ったハンドボール部。
サボることなく、卒業まで続けることができた。
いや、なんどもサボろうとしたけど仲良くなったキャプテンがそれを許さなかった。
でも、何もできなかったことに変わりはない。
顧問にセンスがないと一言いわれてへこみ、それをバネに努力することもせず、結局スタメンに選ばれるどころか
候補に挙がることすら1度もなかった。
高校はそんな努力をすること自体が苦痛で、でも部活に入るのが決まりだからって卓球部で幽霊部員。
残るものと言えば、同じ時間をなんとなく過ごしてきた部員とのなんとなくの繋がり。
大学でもサークルで学祭の店のリーダーをやるも、計画性の無さと人間関係のトラブルを全て他人におしつけ、さぼり、
連絡に来る携帯のバイブに怯え何がしたかったのかわからないまま終わってしまった。
もう少し、自分に暴力的な、暴走してでもいいからなにかエンジンみたいなものがあれば。
たとえば初めてバスケットボールを顔面に近距離で剛速球で投げられた時、
ただ泣くだけでなく全力でボール投げ返すことができていれば。
なにか変わったのだろうか。
おめーにだけは負けたくない、そう心から思って何かにとりくめる人間は強いと思う。
そりゃ動機は負の感情かもしれない、何かトラブルを起こすかもしれない。
けどそういった人間の爆発力には何か、とても憧れてやまないものが入ってる気がする。
なんでこんな事を書いたかっていうと、社会人1年目の今、同期と差が開いてきた気がして、
しかもそれが俺自身がさぼっている、+客にびびっちゃってるのが原因で、
その原因がわかっていながらもう嫌になっちゃって、また今日もサボるという悪循環を
繰り返してしまったから。
自分なりに何とかしようと、本を読んだり戦略練ったりはするものの、実行に起こせない。
アウトプットできないなら本とか読んでも全く無意味じゃないと、
わかっててもできない。
染みついた負け癖逃げ癖不利になったら放棄する癖が
どうしてもどうしてもどうしてもどうしてもとれない。
一回ドロップアウトしてしまったらもう戻れないのかな。
家に帰ってきた今は、こんなにやる気なのに、
寝て目が覚めたらまたいつもの日常になってしまいそうなのが怖い。
成績も優秀だった。地元トップの高校を目指していた。
当然モテた。生徒会室にはK先輩目当てでダベりに来る、妙にハイテンションな女子が常に居た。
K先輩は生徒会の地味な事務処理を、成績だけが取り柄の地味な後輩である書記の私や、地味な会計男子に押しつけて、女子と喋っていた。
そしてよく竹製の長い定規を持っていて、パチパチと机を叩いていた。
その、足を組みながら机に座って無造作に定規をパチパチしている姿が、イケメンゆえにモデルのようにキマっていて、中学生ながらに私とK先輩とのランクの違いのようなものを感じた。
私とK先輩は同じ高校に進学した。
中学時代、K先輩はかなり目立っていたけれど、高校に入って以降は噂を耳にしなくなり、私はほとんど存在を忘れてしまった。
私も彼氏が出来たり、受験勉強したり、第一志望に落ちて親に浪人を許してもらえず滑り止めの私大に行くことになったり、全然家事ができないのに上京して一人暮らししてコンビニ弁当ばかり食べて味覚がおかしくなったりと色々忙しかったのだ。
この間、久々に地元の友達から電話があって、K先輩の続報を知った。
医学部に進学するため三浪して、宅浪だから引きこもっているらしい。
すごく太って、別人のようになっているらしい。
昔から地味でどうでもいい奴って思われてたら、「あの人は今!?」なんてこと誰も気にしない。
でもなまじデキることで有名だったから、みんな彼の今が気になるし、探ろうとする。
私はそこで初めてK先輩の祖父と父が医者で、二人の兄も医学部に進学していることを知った。
私はK先輩の家族構成をそこで知ったのだけれど、中学時代からかなり有名だったらしい。
優秀なイケメンで目立っていると、皆その人の背景を気にする。調べつくしたくなる。
そして、「昔はあんなに凄かったのに、ねw」と、本人の預かり知らないところで侮蔑交じりに語りたくなる。
地味な存在で良かった、と心から思った。
成績も優秀だった。地元トップ高を目指していた。
当然モテた。生徒会室にはK先輩目当てでダベりに来る、妙にハイテンションな女子が常に居た。
K先輩は生徒会の地味な事務処理を、成績だけが取り柄の地味な後輩である書記の私や、
まあ似たような感じの会計男子に押しつけて、女子と喋っていた。
そして常に竹製の長い定規を持っていて、パチパチと机を叩いていた。
その、足を組みながら机に座って無造作に定規をパチパチしている雰囲気が、
中学生ながらに私とK先輩とのランクの違いのようなものを感じた。
私とK先輩は同じ高校に進学した。中学時代、K先輩はかなり目立っていたけれど、
高校に入って以降は噂を耳にしなくなり、私はほとんど存在を忘れてしまった。
私も彼氏が出来たり、受験勉強したり、第一志望に落ちて滑り止めの私大に行くことになったり、
全然家事ができないのに上京して一人暮らししてコンビニ弁当ばかり食べて味覚がおかしくなったりと色々忙しかったのだ。
この間、久々に地元の友達から電話があり、K先輩の続報を知った。
医学部に進学するため三浪して、宅浪だから引きこもっているらしい。
すごく太って、別人のようになっているらしい。
昔から地味でどうでもいい奴って思われてたら、続報なんて誰も気にしない。
でもなまじデキることで有名だったから、皆気になるし、今どうしてるか探ろうとする。
私はそこで初めてK先輩の祖父と父が医者で、二人の兄も医学部に進学していることを知った。
私はK先輩の家族構成をそこで知ったのだけれど、中学時代からかなり有名だったらしい。
優秀なイケメンで目立っていると、皆その人の背景を気にする。調べつくしたくなる。
そして今、「昔はあんなに凄かったのに、ねw」と、自分の預かり知らないところで語られている。
地味な存在で良かった、と心から思った。
学校ではモテたし、彼女もいたし、キモオタを馬鹿にして笑いも取ってたし、
勉強も出来たし、クラスのカワイイ女を4人抱いた。そのうち1人は今モデルやってる。
でも俺は学校を辞めた。あんなに毎日が楽しかったのに。
そりゃ尊敬されて当たり前なんだけどね、俺。
別にそいつのことは嫌いじゃなかった。むしろ好きだった。
結果が出なくてもあきらめずにがむしゃらに努力するし、笑顔が無邪気だった。
あいつは一度もサボらずにバスケ部にいき、練習をした。でもレギュラーになれなかった。
当たり前だ。練習の仕方が悪い。要領が悪い。頭が悪い。
俺もバスケ部だったが、当然レギュラーだ。サボりが多かったのに。
だからあいつは俺を尊敬した。そんながむしゃら姿は、俺から見てもすがすがしかった。
お前は才能がない、クズだ、バカだ、将来絶対成功しない、
練習の仕方が悪い、効率を考えろ、アホの言いなりになるやつがアホだ、
頭を使え、俺を見習え、顔がキモい、動きが気色悪い、声が癪に障る、死ね。
あいつは泣きそうなのに、無理やり笑って「ありがとう」と言った。
だから俺は最後に一発殴って去った。そしてそのまま学校を辞めた。
次の日、そいつからメールが来た。なぜ辞めたのかと。俺はシカトした。
あいつはその1年後、バスケ部のレギュラーになった。俺の罵倒の内容をしっかり考えて
練習のやり方を変えたらしい。そこからめきめき上達したらしい。そんなメールが来た。
7年が経つが、実家住まいなら食費くらいは負担できるようになった。
そして、今から3日前、あいつと偶然会った。
あいつは驚いていた。そしていろいろと聞いてきた。なぜ辞めたのか。今何してるのか。
俺はそれに嘘で答えた。そしてあいつは、聞いてもいないのに、その後の学校の様子を言ってきた。
みんな泣いていた。バスケ部が弱くなった。クラスの盛り上げ役がいなくなり、静かになった。
目を輝かせて言ってきた。
俺はあいつをボコボコにした。途中で警官が来て、俺は取り押さえられた。
あいつは俺をかばったが、傷害罪は親告罪ではないため、俺は逮捕された。
無抵抗の相手を殴り続けたということで、実刑となった。
あいつに嘆願書でも貰えば執行猶予になったのだろうが、そのことをあいつには告げなかった。
そして約1年後の釈放の日、門の前であいつが待っていた。俺は無視して通り過ぎようとした。
そのとき、あいつが俺を思いっきり殴った。そして走り去っていった。
俺は痛みを感じつつ、あいつの後姿に叫んだ。
「ありがとう!」
私の両親と妹はリア充だ。
学生時代はまだ良かった。
「私があんたくらいの時は、私の為なら何でもする男がいっぱい居たのに、あんたは彼氏の1人も作らないで、格好もかまわないで」
と説教されるくらいだった。
しかし結婚適齢期が近づいても彼氏1人作らずオタクをしていたら、親がとても不安そうになってきた。
私の好きな天って漫画を読んで
「お前もこの赤木ってキャラみたいに、何も持たずに生きて死んでいきたいって信念を持って生きてるんだね」
と真顔で言ってきた。
いや、そんな信念ない、私ワンピの影響で海賊関係の書籍片っ端から読んだり、アカギの影響で麻雀ルール覚えたりするけど、スラダン読んでバスケ部とか沈黙の艦隊読んで自衛隊みたいな、好きな漫画で人生変わるタイプのアクティブなオタク違う。
そもそも私が貯金大好き堅実派って知ってるでしょう、ってゆーか心にグサグサ来るから真顔で言わないで。
「お前最近くだらない少女漫画よく読むと思ったら、脳が恋愛モードに入ってたんだねー」
いや、関係ない、ハッピーエンドの少女漫画は軽くて気晴らしにいいし、書評サイトで評判良いの適当に読んでただけだ。
母なりに私を理解しようとしてたんだろうが、理解されないままだった。漫画関係ないから!!
公務員への転職願望が湧いてから一カ月以上経った。しかしきょう、公務員になることを諦めた。公務員になるための勉強をするんだったら、今の仕事で成果を出すためにはどうしたらよいか考えたほうが、遥かに自分のためになると思った・・・というのは建前で、もっと言うと、明らかに今の仕事は性に合っていると思えた。いや、10年ちょっとかけて、そのように自分を変えてきたのだろう。後輩に仕事を指示されてプライドが傷ついたり、顧客とのやり取りが思うように進まず胃がしくしく痛むこともあるけど、これは何処に勤めたって同じこと。それに、自分が居なきゃ、回らない物事もあるし。もっと頑張れば公務員よりも稼げるし。会社でひとり、飯を食っているときに、声をかけてくれる人がいるだけで、最近なんか、幸せに思えるし。
民間だから、会社が潰れるリスクと隣合わせだけど、自分が会社を支えるつもりで目の前の仕事をまずは頑張りたい。今の職場には、頑張らなくても叱る人はいない。でも、いまここで頑張らないと、将来とても後悔しそうな気がする。
バスケ部の練習がつらかったからやめた。医学部に受かる学力がないから理学部に進んだ。大学院に進めないから就職した。就職した会社でやりたいことができなかったから転職した・・・間髪入れずに次の道に進んだので、はたから見れば上手に時代の波に乗っているように見えたらしいが、こうやって文章に書いてみると、ただ妥協して、困難から逃げていただけ。
公務員(一般企業に勤める者からすれば、とても安定した地位)になることで、また逃げようとしていた自分。これからは、厭だと思っても、今の仕事を粘り強く続けることから始めよう。100回に1回は良かったと思うこともあるし。今度逃げたら、もう逃げっぱなしの人生になってしまうような気がするから。(ちなみに、今回、公務員の試験が難しそうだから逃げたわけじゃない。問題を見て、こんな知識を持ってて仕事と関係あるんか?とは思ったが。悪しからず。)
勝てない、辛い、と思ったら即逃げてしまうようになってしまったのは、
遡れば中1の部活からだったような気がする。
俺が中学生の頃は、バリバリのスラムダンク世代ともいえる時期で、
当時の俺はその例にもれず、その地区でそこそこ強豪といわれてたバスケ部の門をたたいた。
運動は得意でない、でも何とかなると思った。
何ともならなかった。絶望の毎日だった。
そもそもボールを持った時頭が真っ白になり、何もできない。
そのうちなめられて俺にボールがきたら何人も群がられなにもできず被スティール。
そもそもちょっと早いパスになるととれなくなる。指が痛い。
そのうちなめられてボールがこない。くるのはそもそも捕らせる気のない、おふざけの剛速球。
このあたりでレギュラー候補の同級生には軽蔑され、それ以外にはストレスのはけ口にされる生活に。
だんだん嫌になって、同じく何にも出来ない子と部活をさぼるようになった。
そんな生活を半年続け2年に進学する時、俺は両親の転勤の都合で別の中学へ引っ越すことになった。
2年生、今度こそはと入ったハンドボール部。
サボることなく、卒業まで続けることができた。
いや、なんどもサボろうとしたけど仲良くなったキャプテンがそれを許さなかった。
でも、何もできなかったことに変わりはない。
顧問にセンスがないと一言いわれてへこみ、それをバネに努力することもせず、結局スタメンに選ばれるどころか
候補に挙がることすら1度もなかった。
高校はそんな努力をすること自体が苦痛で、でも部活に入るのが決まりだからって卓球部で幽霊部員。
残るものと言えば、同じ時間をなんとなく過ごしてきた部員とのなんとなくの繋がり。
大学でもサークルで学祭の店のリーダーをやるも、計画性の無さと人間関係のトラブルを全て他人におしつけ、さぼり、
連絡に来る携帯のバイブに怯え何がしたかったのかわからないまま終わってしまった。
もう少し、自分に暴力的な、暴走してでもいいからなにかエンジンみたいなものがあれば。
たとえば初めてバスケットボールを顔面に近距離で剛速球で投げられた時、
ただ泣くだけでなく全力でボール投げ返すことができていれば。
なにか変わったのだろうか。
おめーにだけは負けたくない、そう心から思って何かにとりくめる人間は強いと思う。
そりゃ動機は負の感情かもしれない、何かトラブルを起こすかもしれない。
けどそういった人間の爆発力には何か、とても憧れてやまないものが入ってる気がする。
なんでこんな事を書いたかっていうと、社会人1年目の今、同期と差が開いてきた気がして、
しかもそれが俺自身がさぼっている、+客にびびっちゃってるのが原因で、
その原因がわかっていながらもう嫌になっちゃって、また今日もサボるという悪循環を
繰り返してしまったから。
自分なりに何とかしようと、本を読んだり戦略練ったりはするものの、実行に起こせない。
アウトプットできないなら本とか読んでも全く無意味じゃないと、
わかっててもできない。
染みついた負け癖逃げ癖不利になったら放棄する癖が
どうしてもどうしてもどうしてもどうしてもとれない。
一回ドロップアウトしてしまったらもう戻れないのかな。
家に帰ってきた今は、こんなにやる気なのに、
寝て目が覚めたらまたいつもの日常になってしまいそうなのが怖い。
そのとき私は学生でした。高校のバスケ部の先輩が社会人3年目くらいでボーナスもらったからというのでついていきました。
彼女を持ったこともあったけど、そんな感じの水商売や風俗は未経験だったのでかなりびびってました。
席についておしぼりを渡され俺の組3名には4名の女の子がつきました。
最初はたわいない話だったのですが、先輩の会社の女性の話になってから急に場が熱を帯びてきました。
そのうちの一人はそんななか話題を嫌がっており、しきりに話題替えをしようとして妹の話をふってきました。
そのとき先輩が立ち上がってテーブルの上に飛び乗りました!
「お前こそ俺の終生のライバル、あかなめだ」
そういうと持っていた木刀で頭を振り下ろすとゴーッというすごい音と一緒に風邪っぴきの老人は帰っていきました。
先輩は今でも言います。
「あれが俺の人生の変わり目だったぜ!」
私もそう思います。キャバクラはあってもいいと思う。