はてなキーワード: バイキングとは
悩みの最終段階として、「もう自殺するしか選択肢がない」という認識が出来たら自殺に直結する。そこまでの段階まで追い詰めない事と、思い詰める段階に来てしまった人間をどうするかの2種類の対策が大事。
片方の「そこまでの段階まで追い詰めない事」対策について行政面から見てみる。必要なこと→他人と自分をそこまで追い詰めないための教育(根本の改善)、人の心をケアするシステム(悩みがなくなることはないので対処法的なシステム)。
1.他人と自分をそこまで追い詰めないための教育……具体的に書くと、問題解決能力を自分の中に養えるような教育と、対人関係でトラブルを起こさないための知恵の二本立て。
問題解決能力を自分の中に養えるような教育は家庭が担っている部分が現在大きい。あとは学校や地域社会も重要である。しかし、それらがうまく機能せずに習得することが不可能なケースも多々ある。そういうケースの場合どうするか。なんらかの受け皿が必要か。同時に既存のシステム(学校や家庭、地域社会の交流)の機能不全を解決できないものか。
対人関係でトラブルを起こさないための知恵というのは、基本的な知識と実践(応用)によって培われる。基本的知識として道徳や倫理、人付き合いのセオリーをどこで教えるのか、実践と応用を行うのは主に学校だが適切な環境を整えるにはどうしたらいいのか。
2.人の心をケアするシステム……自分の認識が歪んでないか確認する方法(認識の歪みは自己をさらに苦しめる)、傷ついてしまった心の処置方法(第三者の機関も選択肢の一つに加えてみるのも大事なのかもしれない)、等々様々なことが考えられるが、現状に合ったシステムはどんなものだろうか。一括かもしくは個別か、それともバイキングみたいに選択式か。年齢によって対処の仕方も違ってくるのも考慮に入れる。
http://www.nytimes.com/2010/05/02/opinion/02edmundson.html?scp=2&sq=pink%20floyd&st=cse
「じゃあ、学校を出たら、何をするつもり?」
卒業を間近にしたバーモントの田舎の大学で、少なくとも十数人のクラスメイトに、私はこの質問を聞いてまわった。友人たちの答えに、私はとても安心した。特に何もないさ。羽根をのばすんだ。ぶらぶらするかな。考えたいことが色々ある。まずはゆっくりするよ。1974年だった。誰もが、そういう風に話すのが当たり前の時代だった。
実際のところは、友人たちは本当のことを教えてくれなかったのだ。見方によっては、とんでもない嘘をつかれた、とさえいえるかもしれない。卒業式の日までに、同級生のほとんどは、ロースクールや大学院に進んだり、ニューヨークやサンフランシスコで、クールで貴重なインターンシップをはじめることがわかった。
でも、私の場合は、本当にゆっくりすることにした。5年のあいだ、私はあちらこちらを点々として、何もしなかった。正確には、どうしても必要だったとき以外、できるだけ、何もしなかった。タクシーの運転手、映画フリーク、コロラドの山男、バーモントにあったクレージーなヒッピー学校の教師、映画館の支配人(これは、ほとんど仕事がなかった)、船の乗組員、ディスコのドアマン、そんなことをやっていた。
そのなかでも、ジャージー・シティの音楽プロダクションでやったステージクルーの仕事が、一番思い出深い。職場はルーズベルト・スタジアム、芝生席もいれると6万人を収容する、古い、化け物みたいな箱だった。トラックからアンプを引っぱりだし、ステージに設置する。6時間かそこらしたら、トラックに戻す。これを私は、グレイトフルデッド、アリス・クーパー、オールマン・ブラザーズのライブでくりかえした。クロスビー・スティルズ・ナッシュのステージは、ちょうど、ニクソンが大統領を辞めた日の夜だったのを覚えている。けれども、私にとって、一番思い出深い仕事での一番の思い出は、ピンクフロイドが出演した夜に起きた。
ピンクフロイドは、サウンドに相当のクオリティを求めていた。ステージ上のアンプは、縦にも横にも、周囲を威圧するほど積みあがり、パリ・コミューンのバリケードのようだった。それだけでなく、スタジアムの高い位置3か所にも、ピンクフロイドはアンプを集めて設置するよう要求した。それで、私は午前中ずっと、オンボロスタジアムの階段で、どでかい木製のアンプやら配線機材を運びつづけた。
仕事はもうひとつあった。パラシュートの形をした絹製の白いキャノピーが、ピンクフロイドのステージには必要だった。設置には6時間かかった。私たちが聞いたところでは、キャノピーを使うのははじめてで、ピンク側のスタッフも、どうしたらいいかよくわかっていなかった。設計図らしきものはあったが、あまり役にたたなかった。だが、「アメリカの知恵」をもってして、キャノピーはなんとか屋根の形に膨らんでくれた。「アメリカの知恵」とは、つまり、ロープをあちらこちらにひっぱったり、手当たり次第に結んでみたりした、ということである。
ピンクフロイドのライブは夜10時にはじまった。ところが、私たちが死にそうになりながら運んだアンプからは音が出なかった。たくさんの人がアンプの上に座ったか、蹴ったか、配線を切ったかしたのだろう。アンプのタワーが沈黙をつづけるなか、ピンクは自分たちの仕事をし、観客は公演の終わりでライターに火をつけた。そして、私たちは、3時間かけてアンプをバラして、トラックに戻した。階段上に残ったアンプは、私たちが作業を拒否したので、お互いをいくらか罵ったのち、ピンクのスタッフが回収した。
あらためていうと、ツアースタッフとステージクルーの間には、ほとんどの場合、何らかの対立があったのだ。あるとき、たしかクイーンのライブだったと思うけれど、クイーン側のスタッフ5人と私たちのクルー十数人が殴り合いになった。すると、騒ぎを聞いて駆けつけたセキュリティまで、喧嘩にくわわった。だいたい、バイカーギャングだったり、空手の黒帯だったり、そういう連中だ。ツアースタッフの方はそれなりにがんばったけれど、ついに勝てないとが分かったらしい。ひとりが、シャンパンをケースごと持ってきて、回し飲みをはじめた。それで、みなが酔っぱらい、幸福感にひたった。
ピンク側のツアーマネージャーは、キャノピーをそっと降ろして、きちんとたたみ、元の木の箱に戻すよう求めた。しかし、キャノピーにはヘリウムガスがたっぷり詰まっていたし、さらに栓がどこにあるのか、誰にもわからないことが問題だった。また、キャノピーをステージに固定した際、私たちがあらゆるところを馬鹿丁寧にきっちり結んだおかげで、それをほどこうとしたら、水夫たちの集団だって頭をかかえたに違いない。誰もが疲れていた。酒を飲んだ人間は、使い物にならなくなった。そして、もう朝4時になっていて、家に帰るべき時間だったのだ。
空飛ぶ枕をどうやって片付けるか、みなで作戦を練るうちに1時間が過ぎた。だんだん、大学のゼミのようになってきた。そこに、私たちステージクルーのチーフ、ジムが登場する。ジムは、私たちはジンボーと呼んでいたのだけれど、お人好しのバイキングの親玉のような人で、どんなときも、何があろうとクルーを擁護した。ギターケースを落っことした私を怒鳴りつけるスティービー・ニックスに、エドマンドソンに怒鳴る権利があるのは俺だけだと、大声で抗議してくれたこともある。そして、ピンクフロイド屋根事件のときも、ジンボーは危機的状況で自分がいつも期待されていることをした。つまり、行動を起こしたのだ。
ジンボーはステージのすみに忍びより、ポケットから折りたたみナイフを取り出して、聖なる屋根を地球につなぎとめているロープのひとつを切りはじめた。私たちクルーの3、4人も、同じことにとりかかる。「おい、なにをしてるんだ!」ピンクフロイド側のチーフが叫んだ。「お前らをぶちのめして…」そこまでいってから、かれはジンボーの手にナイフがあること、クルーの数人も同じだと気付いたのだった。2、3分後、私たちはロープを皆断ち切った。
最後の太いロープが切れたとき、大きなため息のような音がした。すぐには何も起きなかった。また少し待ったけれど、何も変わらない。
しかし、キャノピーはついに上昇をはじめた。白くて柔らかい、贅沢な雲のように飛んでいく。そのとき、地平線から太陽が沸きあがり、キャノピーの絹地も、薄く、柔らかな緋色にかがやいた。熊が腹の底から笑うような、ジンボーがいつも通りの笑い声をあげた。私たちも一緒になって大笑いする。ピンクフロイドのスタッフも同じだった。私たちはまるで、終業式を迎えた日の、学校の子どもたちのようだった。私たちは裸のステージから、大西洋の先へ静かに流れてゆく絹の屋根を見つめていた。何人かは手を振った。
「じゃあ、学校を出たら、何をするつもり?」35年が過ぎて、大学の教師になった私は、自分の学生に同じ質問をする。今日の学生たちは、あまり隠し事をしようとはしない。そして、ロースクールにメディカルスクール、ジャーナリズムやビジネスでの学位、中国での研究留学、日本で英語教師をすれば相当のお金になることなど、いろいろと話してくれる。そういう彼らを、世間は肯定するだろう。
そう、私も学生たちにはとても感心している。だがその一方で、心配もしているのだ。かれらは、決心を急ぎすぎてはいないだろうか。もうすこし落ち着いてみたり、ゆっくりすることも、やってみたらどうだろう。私はそう考えずにはいられない。そして、空に消えた白い絹のキャノピーを私は思い出す。まだ今も目の前にあるかのように、私はそれを見ることができる。私は手をあげて、それを指し示したい。学生たちにも、見てもらいたいのだ。
「A美(大学生の俺の妹)が初デート早々彼氏に振られちゃったみたいで、ちょっと参っちゃってるのよ。今から気晴らしにどこか連れて行ってやってよ。軍資金出すから。」
「(福沢諭吉を受領しながら)たかが彼氏に振られたくらいで、心配性なこって。」
「はいはい分かった分かった。俺が振られた時はホカ弁だったのに。」
「何か言った?」
「いえ何も。」
「こういう時こそもっとろくでもない男にコロっと引っかかっちゃうものなのよ。ちゃんと監督しときなさい。」
「ふーん。それって実体験?」
「とりあえず吹っ切れるまでカラオケでもつきあってやんなさい。」
「痛い痛い痛い耳ちぎれるちぎれr」
「○○通りのケーキバイキング、あそこA美のお気に入りだから、そこ行きなさい。駐車場もあるし。」
「へいへいへい。A美ーメシ食いに行くぞー。」
「ふう、ごちそうさまあ。」
「ごちそうさまじゃねえよ。ティラミスだけで何個食ってるんだよ。」
「・・・6個?」
「食い過ぎ。太るぞ。」
「太りません。」
「酒もしこたま呑んでるし。両刀遣いにも程がある。」
「兄ちゃんも呑めばいいじゃん。」
「俺が呑んだら誰が車運転するんだよ。」
「うーおなかいっぱい・・・。」
「満足したんなら帰るぞ。」
「カラオケ。」
「は?」
「なんかカラオケ行きたい気分。」
「もう9時だぞ。」
「お母さんから軍資金もらってるんでしょ。」
「知ってんのかよ。」
「お母さんが言ってた。もうね、今日は1万円分気晴らしするから。」
「いらっしゃいませ。お客様二名様ですか?」
「はい。」
「ご利用時間はどうなさいますか?」
「とりあえず2時かn・・・。」
「おいこらちょっと待て。」
「こら~寝るな!」
「マイク持ったまま叫ぶな。つか何回残酷な天使のテーゼ歌えば気が済むんだよ。」
「気が済むまでに決まってんでしょ。はいリピート、と。」
「んー。」
「ざ~ん~こ~く~なてんじゃあ兄ちゃんも何か歌ってよ。」
「最初に歌っただろ。」
「嘉門達夫じゃなくて、もっと真面目な歌。」
「じゃあハリー・ベラフォンテのページ開いて。」
「誰それ。」
「真面目な歌を歌ってる人。」
http://www.youtube.com/watch?v=iMTNT_BzkdA
「ビートルジュースの曲じゃん!」
「よく知ってんな。はい!」
「てぃらいかんまんみわなご~ほ~」
「six hand, seven hand, eight hand, bunch!」
「てぃらいかんまんみわなご~ほ~」
「また呑んでるし。吐くぞ。つか車で吐いたら掃除一人でやれよな。」
「兄ちゃんに酔わされたって言うし。」
「てめえ。」
「あ~のど痛い。」
「酒呑みながらあんだけ叫べば当たり前だ。」
「ちょっと寝る。」
「寝るなら家に、って俺の膝を枕にすんな。」
「おやすみ~」
「顔の上にこれ(分厚いカラオケの曲目)乗せるぞ。」
「・・・吐く。」
「寝ろ。」
「もっとこう、さ、しっとりしたラブソングとか歌わないの?」
http://www.youtube.com/watch?v=_Met9KGlyeQ
「唇にぃ~、火の酒ぇ~(今のお前にそれは危険すぎるだろが)。」
「なんかビートルジュースとかデビルマンとかヤマトとか、そんなんばっかり。兄ちゃんの本気の曲聞きたい。いつもどんな曲で女の子口説いてんの?」
「ありがとぉ~ジェニ口説いてねえし。」
「じゃあリクエスト。うりゃ。」
「勝手に曲を止めんなこら。」
http://www.youtube.com/watch?v=YbW2zVfrIGw
「これ知ってる?」
「歌って~」
「よく知ってたなこれ。お前が幼稚園くらいの時の曲なんだけど。つか起きてるんならいい加減どいて欲しいんだけど。」
「・・・あいつより上手かも。」
「誰。」
「二股男。」
「・・・そいつ相当下手くそなのな。」
「・・・ねえ兄ちゃん。」
「何。」
「もう一回歌って。」
「はあ?」
「午前6時。」
「ん・・・。」
「ガチ寝してるし。PSPのバッテリ切れるし。ネームレス倒せないし。」
「兄ちゃんおんぶ~。」
「はいはい。」
「ほら後部座席で寝てろ。」
「ねえ。」
「何。」
「今夜は帰りたくない・・・。」
「・・・じゃあ俺んち来る?」
「・・・いいけど、何もしn」
「俺を口説いてどうするんだよ。」
「・・・ぷっ、ははっ、あははははっ。」
「笑いすぎ。」
「たっだいま~」
「ただいま。」
「不良息子と不良娘のご帰宅ね。腕まで組んで仲のよろしい事。」
「カラオケ行けと仰ったのはどこのどなたでしたっけ。あと風呂入りたいんだけど。」
「あははは一緒に入る~。」
「レディは旦那さん以外と一緒に入っちゃいけません。」
「じゃあ兄ちゃん旦那様にしちゃうふふふふ~。」
「お義母さん、娘さんを僕にくd痛い痛い痛い痛い笑顔でやめいだだだだ」
マイミクさんの結婚式2次会に夫婦そろって呼ばれて行ってみたものの
受付を済ませると「ゲームで使いますから」とアルファベットのカードを手渡される。
「ふーん」という感じ。
しかし、なんでこんなに女性の数が多いんだろうか・・。
新婦さんの友人なんだろうなぁと思っていた。
男性陣はイケメンばかりが揃って、なんだか妙に派手やかな雰囲気。
招待状にはスーツとは書かれていなかったけど、やたらとスーツを決め込んでる
自分たち夫婦は二次会という事もあり、地味なそれなりの格好で参加。
二次会の開場時間になったので会場内に入ってみると・・場内アナウンスが
「受付時にお渡ししたアルファベットのテーブルの座席にお座り下さい」
そこでまた場内アナウンスが
「えー、今回の座席は新郎と新婦からの強い意向で、他人同士の繋がりを強めて
いただきたく企画したもので、テーブルの変更は認められません」
「男女、入り混じって他人同士で愛を分かち合っていただきたいと思います。特に本日は
新郎方の大学のご友人が多数出席されており、この場で新しいカップルが生まれてより
おめでたい日になることも望みます」
なんじゃそらとしか言いようがなかった。
仕方なく嫁と違う席に座る。
いきなりテーブルの女性陣がめぼしい男性を見つけて話し掛けまくる。
自分は結婚指輪をつけてるので、相手にされず、テーブル席で孤立状態、嫁の方を見ると
沸点上昇中という顔だった。
嫁が席を立ち、こちらへやってくると
「あっちの席、知り合い同士が固まってて話がよくわからないし、入りにくいから席を変えてもらう!」
と興奮しながら受付にテーブル移動の交渉に。
受付に交渉しに行くと、「新郎・新婦の望みですから・・」「皆で仲良くなろうと思って企画してるものですから
ご理解下さい・・」「出会いの場ですから・・・」とガンとして取り合ってくれず。
暫く交渉すると鼻で笑って「ふっ、仕方ないですねー」と夫婦揃ったテーブルにしてくれた。
二次会が始まり、乾杯かと思いきや二人の甘い恋話が15分程度。
ようやく乾杯・・・。
嫁は隣でふくれてるし。
周囲は男女がいかに楽しく会話をしてふざけあってる。
その頃には出来上がったカップルがぞろぞろ連れ添ってバイキング形式の料理を
取りに。その後はゲームが始まったが「各テーブルの男女ペアで話し合って新郎・新婦の
好みを当てるゲーム」というもの。自分達はやるきなし、適当に答えを書いて提出。
その後の事は、自分も気分が悪かったのでビールも進まず食事にも手をつけなかった。
結婚式の二次会とは聞いていたものの、殆どが新郎側の出席者で、独身男女の仲を取り持つ
コンパになってしまっていた。
自分の隣の女性は「あのテーブルの彼、いいわよ」「私、あっちの方がいいかも」とか
「別れた彼はもういいや」「結婚式に来ると結婚したくなるわよね」とかスイーツを食べながら、
後ろの友人女性と話している。
あー・・もう、なんじゃこの二次会。自分らのことばっかじゃん。
都会の方が、幅広い人に出会える。
様々な食べ物がたくさんあって、毎日毎日食べても食べきれない。
ケーキといっても山のような種類があるから、
東京にいると、たくさんの人に出会えるのはいいんですが、
何か「おいしい」「楽しい」人ばかりでバランスが悪かった気がします。
「だめ、この人とは絶対合わない」という人とつきあわなくても
生きていける世界でした。
敬遠していたような人たちとも一緒に何かをしなければなりません。
苦労することも多いんですが、
こういった人たちもじっくりと話してみると
深みのある生活をしているし、決してつまらない人たちではありませんでした。
幅広くつきあえる(つきあわざるを得ない)ことで、
社会にはどんな人たちがいて、
どんな思いで日々暮らしているのかが分かったことです。
そういう今の私から見ると、都会はとてもすごいところだけど
バランスが悪いところがあるように思えます。
ラディカルでエネルギッシュで新しいものを次々に
生み出していく反面、ともすれば
とんでもない方向に暴走していくのではないかと危惧しています。
最初の例に戻れば、日々の食事を任せるなら
モテようとして色々考えてみたら、前提としてそもそも出会いの機会を作らなければ何も始まらない事が分かった。
そして、ゼロから女の子と出会い、知り合う手段は、ナンパ、合コン、お見合いパーティー、習い事、オフ会くらいしかない事も分かった。ネットオタの自分がナンパなんぞ出来るわけもなく、合コンに誘ってくれる友達もいなく、お見パは斜め上、さし当たる趣味も根性ないので習い事も無理。そう考えて、ネット上のオフ会で女の子と知り合って何とかして彼女を作ろうと思った。
何のオフがいいのか色々考えて、Twitterや2chオフはキモオタだらけだし、はてなオフはアルファブロガーじゃないと無理だし、匿名的に暗躍することも難しい。他にも色々考えて、一番女の多そうで尚且つ安定したmixiのオフに出まくることにした。
…こうやって考えてここまでたどり着く男って何気に多いと思う。
自分もそう。そう決めて実行し始めたのがもう2年以上も前。飲み会オフ、ケーキバイキングオフ、ボウリングオフ、ビリヤードオフ、カラオケオフ、アニソンオフ、ゲーマーオフ、某アーティストのファンが集うオフ、車ファンのオフ、ニコニコ動画のオフ、大型イベント、それはもう数え切れないくらいのオフに出た。毎週土日は全部オフに費やした勢いだった。40人くらいのオフの幹事もやったことがある。
…しかし、全くモテない。
もちろん、容姿の方は頑張って改善した。ちゃんと服を買うようにもしたし、美容院へ行くようにもした。スタイリング技術も身につけた。美容院へ行った直後から2週間は、期間限定でイケメンと言われるようにもなった。
…それでもモテない。
なんとなく原因は分かる。自分があまりにも非コミュだからだ。自分は業務上必要なことしか話せない。目的があることしか話せない。何を言うにも変にマジメになってしまう。はじけることができない。バカになりきることができない。遊び心がまったくない。もっと言うと腹の底から笑えない。「いつも本気で楽しんでないように見える」と言われたことがあるし、その通りだと思う。
友達が出来にくい性格だと思う。だれからも何となく距離を置かれる。オフが終わってみんな仲良くなっても、自分だけ仲良くないという感じがする。次の週とかにみんな仲良く一緒に遊んだりしてるけど、気がついたら自分はその輪に入れてない。一人はぐれ猿。いつも一人で次のオフ次のオフと渡り歩いている。マイミクは200人ぐらいいるけど、違和感なく連絡しあったりできるのは本当に一人もいない。
最近分かってきたことだけど、友達が出来なければ彼女も出来ない気がする。その為にどうやって人間性を変えればいいんだろう。
辛くなってくる。
私たちの1つ上の先輩方は、同時多発テロ(2001)により海外への修学旅行を諦めた。
また、1つ下の後輩たちは、イラク戦争(2003)により同じく国内への修学旅行となった。
その間にいた私たちは、無事(?)に海外への修学旅行となったが、旅行先が中国ではなく韓国だった。
国際交流ってやつなのか?校長、職員の趣味だとしたらかなり悪質だが…理由はよくわからない。
嫌々行ったけど、修学旅行は楽しかった。行ってみれば韓国も想像よりは良かったと感じた。
ホテルのバイキングが不味くてコーンフレークばかり食べていたけど…。
その修学旅行で、1つ疑問がある。
教師達は、何を考えて私たちをあそこへ連れていったのか?
なぜ??なんで??それが日教組ってやつなんですか??
ググったら修学旅行生が多く訪れているらしいが、恐ろしい、吐き気がしてきた。
本当に意味がわかりません…。
「海賊」といえばこんな感じだな。
男でも女でも「女同士の『カワイイー』は、本当は可愛くないのに言ってる」っていうけど、別にそんなことはない。
割りと本気でカワイイと思ってるから言ってるのだよ。
そもそもそういう人がなぜ「女同士のカワイイは嘘!」って思うかっていうと、それはその人本人が、かわいいと言われてる人を「は?どこが可愛いんだよブスじゃん」って思ったからなわけだよね。だからこそあのカワイイは嘘と思うわけで。
A子がB美に「え、髪切ったの?カワイイじゃん!」って言った場面があったとする。それをCは「嘘」だと思ったとすると、それは何故嘘かと思ったかといえばまさしくそう思ったC本人が、「B美は可愛くない。ブスだ」と感じたからっしょ?
「女同士のカワイイなんて、嘘だ、陰湿だ」みたいにマイナスイメージで言われることが多いけど、失礼なのはどっちなんだか。と思う。実際、「B美かわいいじゃん!」って言ってるときに「そうやって言うのやめろよ!B美がかわいいなんて嘘つくの、失礼だと思わないのか」とかいった奴がいた(書いててもびっくりするが、マジ)。おいおい、失礼なのはどっちだよと。B美泣いちゃったっつーの。
別に「かわいい」てのは顔面の純粋な美しさに対して言ってるわけじゃない。B美は確かにアイドルになれる顔じゃないかもしれないが、実際切った髪は似合っていたのだよ。それに対して「かわいい」と言ったんであって。それを「全然こいつ可愛くなんかないのにそういうこというな」ってどんだけ失礼な話か。
多分「『かわいい』は本当は可愛くないのに嘘を言い合ってる」とする男女たちは、「かわいい」という形容詞は芸能人のダレダレがかわいいといったような、純粋に顔面の美しさに対してしか用いないからそういう発想が出るのだろうが、使っている我々からすれば必ずしもそうじゃない。いわば「をかし」みたいなもの。私は枕草子が好きなんだけど、あの「をかし」の感覚は今の女子高生を初めとした若い女性の「かわいい!」と似ていると思う。現代版をかし=かわいいであると考える。
「かわいい」を、「顔面の美しさ」に対してのみ用いるような人からすると、「キモかわいい」だの「コワかわいい」だの、一体何なんだ、キモいのか、かわいいのか、どっちだよ、と混乱するらしいが、それも感覚としては「リボンやハートなどといった典型的な可愛いモチーフではないが、そこから少し外れたこのちょっとした気持ち悪さと、従来の可愛いモチーフとの組み合わせがちょうどいい割合で、いとをかし」的な感じなんだよ。そういうのを「キモかわいい」と言っている。「従来可愛いモチーフであるクマが、それとは一見相反する殺人を行っているというこのギャップがいとをかし」を「グロかわいい」といったりさ。顔的な事で言えばどうかんがえても可愛さとはかけ離れたオッサンをも「カワイイ」といったりするのは、別にからかってるわけじゃなくて、例えば「オッサンがケーキバイキングで貪るようにケーキ食べてる」のを「甘いものなど好きそうにない渋いオジサンが、甘い物を女性に囲まれ一人一心不乱に食しているというそのギャップがかわいい」だったり「オジサンという外面はさておき甘い物がすきっていうメンタル自体がかわいい」だったりするわけで。
なんでもかんでも「カワイイ」で済ませるなんて、って思うかもしれないがそんなのは「かわいい」に限った話じゃなく、他にもなんでもかんでも凄い人はとにかく「神」の一言で済ませるとか、「萌え」で全部済ませるとか、ちょっと落ち込んだだけでも深い悲しみもなんでも「鬱」であらわすとか、キミタチだって色々やってるじゃんよ。「かわいい」だけ「一つの言葉で意味を拡大させすぎだ」と言うのは変だろー。
http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/2008/08/post_ed51.html
きっこのブログにも書いてありますが片岡さんは横断等禁止で行政処分を受けてます。
約5ヵ月後に、公安委員会から、行政処分の通知が届きました。 22点で、横断等禁止ということでした。
それで2ちゃんねるやきっこのブログのブコメなどで横断等禁止と横断禁止を混同してる方が居るようなのですがこの二つは違うものです。
横断等禁止
道交法第二十五条の二第一項に違反することを、法定横断等禁止違反という。 (横断等の禁止) 第二十五条の二 車両は、歩行者又は他の車両等の正常な交通を妨害するおそれがあるときは、 道路外の施設若しくは場所に出入するための左折若しくは右折をし、 横断し、転回し、又は後退してはならない。 参考:http://www.takaragaike.co.jp/doukou/d_main.htm
上記のような内容に該当する場合が横断等禁止になります。
そして横断禁止とは車両横断禁止のことです。
交通法第25条の2第2項の道路標識により、車両の横断(道路外の施設又は場所に出入するための左折を伴う横断を除く以下この項において同じ)を禁止する。 参考:http://www.kictec.co.jp/SING/kisei/312-315/312.htm
規制標識があった場合のみ適用されます。高知の現場に行けばわかりますが規制標識はありません。
問題は片岡さんが横断等禁止を犯したかどうかです。
こちらの動画を3分40秒辺りから見てください。事故があった道路の周辺の状況がわかると思います。
http://video.google.com/videoplay?docid=5645711101257500884&vt=lf&hl=ja
3分55秒にはグローバルバイキングの駐車場から出て右折してる車の映像もありますね。
実は私もこのグローバルバイキング春野店に何度か行ったことがあります。そして駐車場から出て右折しました。
さきほどの映像を見ればわかりますが左右の車線上に信号はありますがそれ以外はありません。
駐車場から出て右折する時はタイミングを計って出るか、両車線の信号が赤になるのを待つかです。
ここの駐車場から出て右折することは何の違反でもありませんしごく普通に多くの人がやっていることです。
横断等禁止を満たす要件として歩行者又は他の車両等の正常な交通を妨害するおそれがあるときとなってます。
つまり道を塞いではいけないということです。
確かに片岡さんのバスは一時停止していたので道を塞いだかもしれません。しかし警察はバスが一時停止していたことは認めていません、と言うことはバスがあそこの道路を横断する事自体が妨害行為という事だったのでしょうか?
この辺がなんだかよくわかりません。
先程も書いたようにグローバルバイキング春野店を利用した人は日常的に駐車場から出て道路を横断し右折しているのです。
それは道路の構造上右折が可能になっておりまた横断禁止にも右折禁止にもなっていないのだからあたり前のことです。
片岡さんが違反であるならばあの駐車場から出て横断し右折した多くの人々も違反になるのではないでしょうか。
一時停止することが妨害だったとしてもまったく一時停止せずに横断し右折してる人ばかりではないはずです。
そもそも片岡さんのバスが横断等の禁止第二十五条の二 車両は、歩行者又は他の車両等の正常な交通を妨害するおそれがあるときは、
道路外の施設若しくは場所に出入するための左折若しくは右折をし、横断し、転回し、又は後退してはならないに当て嵌まる状況だったのならばあの駐車場からは一切出る事も動く事もするなということになります。そんな馬鹿なことがあるでしょうか。
私が素人なだけなのかもしれませんがどう考えても片岡さんが横断等禁止違反になった理由がわかりません。
それに片岡さんのバスがあきらかに交通法規を破ってるのであれば白バイは停車し片岡さんに対して取調べを行うはずです。
この辺も私はおかしいと思います。
どう思いますか皆さん?
追記
事件の詳しい内容については下記のサイトを参考にしてください。
http://blogs.yahoo.co.jp/littlemonky737
http://www.geocities.jp/haruhikosien/index.html
http://blogs.yahoo.co.jp/zassou1954/MYBLOG/yblog.html
片岡さんの過失などに触れてる記事
http://blogs.yahoo.co.jp/littlemonky737/30184515.html
何かある?ってバイト先の社員に聞かれた。いあ、特にありません。としか答えられなかった。
漫画読むのも本読むのもゲームするのもホームページ更新も日記書くのも音楽聴くのも
小説書くのも映画見るのも旅行行くのもぜーんぶ時間潰し。料理してみたり絵描いてみたり
スポーツしてみたりギャンブルに手出してみたりお洒落なバーで飲んでみたり岩盤浴
行ってみたりスウィーツバイキング行ってみたりピアノ弾いたり買い物してみたり公園で
ぼーっとしてみたりライブいったり資格の勉強したりどれか一つでも気が向くかなって思っ
たけどそんな熱中するものって特になかった。
唯一この中でホームページ作成なんかは中学の時に熱中してタグ覚えてできるように
なったことだけど、もう今となっては過去の知識で、FLASH作ってみようとか
小説も書くのは好きだけど、ショートショート的なものしか書けない。
夢中にならないから書けないのかな。
「夢中になってやったのに叶わない、届かない、認められない」って状態が怖いんだろうか。
あーあ、何にもない。
でも何か自分にもやりたいことや興味のあることがあるはずって思ってもう大学4年。
就活も途中でやめてしまった。秋採用に応募するかはまだ決めてない。
でも明日死ぬって言われたら何で今まで何にもしてこなかったんだろうって思うなぁ
何か見つけなきゃ、何かしなきゃ、って思う。
就職だってしなきゃいけない。だって生きてくためにお金は必要だもん。
自分探しってのは居場所を探すことなんだよって知り合いのお姉さんが言ってたけど
私も探してるのは好きなことじゃなくて自分のいられる場所なのかな。
子曰く、「北風がバイキングを作るので、ノルウェーに引っ越すのじゃよー。」『何が?』答えて曰く、「呼吸って大事じゃノー、波紋スキー。」
ドラえもんの主題歌の中に、「空を自由に飛びたいな」「ハイ、タケコプター」というやりとりがある。ドラえもんが自分の部屋の押し入れで寝ている場合は彼を叩き起こしてポケットから出せと脅すだけでいいが、現在のところ家庭での猫型ロボットの普及率はあまり高くないので、ヤツはいない。
じゃあ、彼の助けを借りずにやってみよう。
でも、 「空を自由に飛びたいな」とふと思い立ち、2秒後にベランダから落下してみた場合、飛行に成功する確率はゼロだ。そんなふうになんとなく思い立ったことを即実行すると、大抵は失敗する。
では、「空を自由に飛びたいな」というのに、「来週までに」「ご予算10万円くらいで」という二つの条件をつけた場合はどうだろう。比較的簡単に達成できる。パラグライダーや気球をレンタルすればいいのだ。スカイダイビングをできるところもたくさんあるから、それらを利用すればいい。金がなければバイトでもして10万くらいすぐ貯まる。サラリーマンなら節約するかボーナスまで待つか、ボーナス無きゃ残業。今の職場が薄給とかサビ残なら転職。そんな風にして資金は用意できたとしよう。金が用意できて、お手軽レンタル飛行を実行しても、あまり「自由」には飛べないかもしれない。普段から慣れていないと使用する機材がそこまで思うように操れないし、思い立った内容が「鳥のように背中から羽をはやして空を自由に飛びたいな」とか「タケコプターで空を自由にとびたいな」とかであれば、10万円の予算と1週間の期間では達成できない。足りない。
最近ヒマなので、机の前に結構長い時間座っているから何となく理解しつつあるんだけど、近い将来にドラえもんが引き出しから出てくる可能性は低そうだ。そもそも俺の机、引き出しついてないし。IKEAに行って引き出しのついた机でも買ってこようか。でもやっぱりIKEAにいくのに着ていく服も無いので、彼から道具を借りて空を飛ぶのはあきらめた方が良いかもしれない。IKEA通販やってないし。
でも、もし路上でその辺を歩いてる富豪がトラックに載せた現金の山を俺にくれたら状況は変わると思う。もし予算が500億円くらいあって5年くらい開発期間を設けられれば、タケコプター的なものは作れるかもしれない。あそこまで小型化するのは大変だろうから、金だけあっても開発時間が十分に取れなければタケコプターの製品化は難しいと思うけど。
同様に、今すぐ背中から羽をはやして空を飛ぶことはできないけど、予算と時間があればそれは可能かもしれない。五分後に自力で鳥のように空を自由に飛びたくても、今すぐ超能力とか変身能力に目覚めない限り不可能だけど、50兆円予算があって時間も30年くらいかけてよければ、遺伝子操作とかそういうのでなんとか背中から羽をはやしての飛行は実現可能かもしれない。その技術が完成すれば好きなときにベランダから飛び出していくらでも空を飛べるはずなので、今のところ、ふと思い立ったときにベランダから飛び出してみる必要性は感じられない。
金が足りない場合も、時間をかければある程度は解決可能。逆に、金があっても時間をかけなきゃ結果は微妙。
予算と時間を増やせば成功率は上がる。じっくり準備すれば、少しはマシな結果が出る。
だから、今すぐ何かを変えようとせずに、じっくり準備しながらやったほうがよくね?みたいな話をしたいんだけど。
時給1000円のバイトで2000時間働けば、200万円が得られる。一日8時間バイトしたとして、一週間で40時間、一ヶ月で160時間、12ヶ月で1920時間だから、だいたい一年間ずっと時給1000円のバイトではたらけば、200万くらい稼げることになる。1920時間だとちょっと足りないから、残業したり、土日とか連休とか正月とか人の足りてないときに働けば、年収200万に届く。それを5年間繰り返せば、一万時間働いたことになり、一千万円が貯まる。実際は生活費や税金や無駄遣い等で、貯金できる金額はもっと少なくなるけど、時給1000円で8時間を週五回勤務だと年収200万。残業をものすごくがんばったら年収300万くらいはいけるかもしれないけど、一般的な一部上場企業のサラリーマンと同じだけの金を得るのは難しそうだ。
自給1000円で一年間働いても、年収は200万から300万。
時給1000円で年収1000万を稼ぐには、年間一万時間働かなければならない。一ヶ月に833時間だ。この計算だと、毎月30日間、一日に27時間ちょっと働かなければならない。一日は確か24時間しか無いので、時給1000円のバイトだけでで年収1000万を稼ぐのはかなり困難だと言える。5分後に背中から羽が生えて空を飛べるっていうくらいは難しそうだ。
時給千円のバイトだと5年間かかる一千万円という金を、一年間で稼ぐ人もいる。また、年間数億円稼ぐヤツもいる。そんなに差が出る理由は、そいつらが時間あたりの賃金をできるだけ高くするために、事前に時間をかけているからだ。
イチローは毎日何時間も何十年も練習しているから打てる。だから稼げる。弁護士とか医者は時間をかけて国家試験を通過しているから稼げる職種についてる。Googleで働いてるような凄腕プログラマーは、子供のころからプログラムばっかやって腕を磨いてるから、稼げる。そういうやつらは、人生のすべてをひとつの職種にかけているんだから、稼げるのも当然かもしれない。
人生丸々時間をかけてその仕事についてるやつじゃなくても、サラリーマンでもそんなに違わない。エリートサラリーマンとか、勝ち組サラリーマンとか、そういうやつらだって、事前に時間をかけているから他の人より稼げるんだ。将来高給取りになるために受験勉強をがんばったりやらされたりして、いい学校をいい成績で卒業し、人より多めに給料をもらう。事前に時間をかけているから、多めに給料がもらえる。
だけど、エリートというのは、イコール能力のある人間じゃない。ただ我慢ができるというだけなんだ。
学歴が就職時や転職時にに重視されるのは、何の役にも立たないことに時間をかけて努力できる人物であるかという証明になるからだ。
学校に毎日通うことにどれだけ意味が無いかは、通っていた経験者なら誰でもわかる。つまり、ほとんどの人は義務教育を受けているから、わかる。学校の勉強なんて、マジで本当につまらないし、社会に出てからは役に立たないよ。
でも、なんでみんながそれやってるかっていうと、社会人になってからの仕事も、学生時代の授業とかわらない、マジで本当につまらない、何の役にも立たないことだからなんだ。会社の人事とか社長とかは、自分の会社の仕事がいかにつまらないかよく知ってるから、それに耐えて働いて、ある程度成果を出してくれる社員をほしがる。だから、学生時代に、きちんと授業に出席したり、いい成績を取ったりしたやつのほうが、つまらない仕事に耐えられる人間なんだって証明できるから、いい会社がいい給料を払ってくれる。普通の学校も普通の会社も同じ。つまらなくてどうでもいいことを、所定の時間我慢して席についたり、テストや課題で他の人よりいい点を取れば、それが評価されるんだ。だから、学生時代に時間をかけて、我慢するスキルをつけたヤツが優先していい給料をもらえる会社に入れる。
10年間、センター試験で満点を取るべく、毎日15時間くらい勉強し続ければきっと東大だって楽勝だ。けど、大抵は高校の3年間、もしくは浪人をプラスしても3年か5年くらいで解決しなければならない。
自分ひとりで現役で東大に合格するやつは、特に頭がいいというわけではなく、毎日、毎週、効果的な勉強を3年間続けることができただけだ。東京大学に入るという問題を、じっくり時間をかけて解決しただけだ。
勉強する時間が足りなかったり、自分で効率的な勉強法を活用できなくても、カネをかければ効率的な勉強法が手に入り、勉強時間を減らすことができる。Z会や進研ゼミなどの通信教育、塾、家庭教師などの学校外での受験対策。カネをかければどんどん効果的な勉強方法を使うことができる。極端にカネをかけた解決法の一例として、面接官を買収とか替え玉受験があるが、そこまで横着してかける時間を削ろうとすると、逆に失敗する確率も高くなる。また、どれだけカネをかけてどんなに効率がいい勉強方法を使っても、一日三十分しか勉強しなければ東大には入れないだろう。受験などはカネをどれだけかけるかよりも、継続して効果的な勉強が十分な時間をかけてできるかどうかが鍵だ。
就職の時も、十分に時間をかければどこかしらに引っかかる。10社面接を受けるより、1000社受けたほうが内定をもらえる可能性は上がるだろう。しかし、まったくカネをかけない場合は?1万円しか予算がない場合は、履歴書を買ってインスタント証明写真で写真を撮ったら交通費くらいしか残らないから、1000社も受けられない。また、身なりを整える金がなければ合格率は下がるだろうし、数を受ければそれだけ交通費もかかる。
100万円予算があった場合は?十分にこざっぱりとしたスーツを買え、靴、かばんなども良い物が買え、散髪してさわやかに見せることもできるだろう。地方に住んでいなければ、きっと1000社受ける分の交通費くらいは出せるだろうし、朝早くの面接も前日に現地近くに宿泊したりして余裕を持って出かけることが可能だ。
時間と金をかければ成功率は上がるけど、ものすごくがんばっていい学校に入ったりいい会社に入ったりしても、生涯所得では数億円の差が出るだけ。たったそれだけ。
他のやつらと同じ事をやっているから、苦労の割には分け前は少ない。もっと稼ぎたいなら。もっととんでもない成功を目指したほうがいいかもしれない。
とんでもない大成功をする人というのはたいていドロップアウトしている。一代で富を築いた人、カネじゃなくても、世界を変えるような大発見をしたような人は大抵そうだ。Appleのステーブジョブス、大学中退。Microsoftのビルゲイツ、大学中退。Goggleの創業者は二人とも大学院を中退している。ライブドアの堀江さんだって、途中でくだらない連中に嫉妬されて疑獄に絡めとられなければ、中退して成功した人々に数えられていただろう。
そういう有名なビジネスマンじゃなくても、自分の周りにいる成功者は中卒、高校中退、大学中退、就職してすぐ退職、事業をつぶしてホームレス経験あり、浪人歴あり、無職歴あり、などの、ドロップアウト経験者が多い。会社を退職して起業した奴らも、自ら安定した人生を捨ててレールから外れる決意をした離脱者だ。更なる成功を願い、人とは違う道を行けば、飛びぬけた結果を出せることだってある。可能性は低いけど、その分勝ったらものすごく報われる。
エリートサラリーマンを考えてみると、それまでの人生で一度もドロップアウトする勇気が持てなかった彼らは、現状から逃げ出す能力が無い。現状を変える能力が無い。優秀な手足にはなり得ても、集団を牽引する能力が無い。
全くレールを外れずに生きても、生涯所得で数億円の差が出るだけだ。数十億円以上の生涯所得の差や、何兆円にも勝る人生経験を得るには、他のやつらと同じことをやってちゃだめだ。
たった数億円の生涯賃金のために、自分の人生を無駄にするな。大勢で混雑している一般道から外れて自分の道を行け。
60歳を超えた普通の老人をランダムに選んで突然5億あたえても、家族のために残すとか、孫をいい学校に入れるとかに使いたいと思うくらいで、自分のためには特に有効な使い道が無いだろう。年取ってから金持ちになって、若い頃そのお金があったならと悔やまない人がいるだろうか?
周りのみんなが疑いもせずにやっているような何かに我慢できなくなって途中で放り出したことのある人間は、それだけで既に逃げ出さなかったヤツより才能がある。周りが何となくやっていることを、やめた方がいいと疑う能力があるからだ。みんなが赤信号をわたっているのに気づいたら、渡るな。そのほうが安全だから。周りがゆっくり動いているのに気づいたら、急げ。そうすれば人を制すことができる。
現状に不安を抱いて離脱する勇気があった人間は、何かで成功する可能性を秘めている。
失敗する可能性ももっと秘めているけど、とんでもなく成功したかったら、まずドロップアウトしないと何も始まらない。
その、現状を疑う能力=ドロップアウトする能力が無いヤツがたくさん集まった場合を考えてみると、何となくみんなやっているからと不正なことがまかり通ったりする。身近な例だと、賞味期限の偽装とか、産地偽装とか、耐震設計の偽装とか、ニュース記事のねつ造とか、経費の着服とか、癒着とか、大小さまざまな違法行為があったりするけど、実行している企業や労働者に明確な悪意があったわけではなく、ただ何となく、みんながやっているからOKだと思い、やめようとしなかっただけだ。周りが別に「このままでいいじゃん」と思っていることを、より良い方向に変えようとした誰かの意見を尊重しなかっただけだ。みんなが赤信号でわたっているから自分も渡ってみて、たまたま来た車にぶつかっただけだ。たくさんの人が赤信号をわたり始めると、轢かれる確率も上がるから。
だから、学校を中退して働き始めたとか、新卒で入った会社をやめて転職するっていうなら、結構成功する素質があるんじゃないかなって思うよ。
そういう文脈で言うと、ITベンチャーで働くってのは、現状を疑う能力を磨くにはいいことかもしれない。
他と同じことをやってるだけのベンチャーには結果が出せないし、IT企業じゃない普通の会社とかだと、思うように技術を使って結果が出せないかもね。
ITベンチャーにいた人がたまにものすごく金を得るのは、ほかの種類の会社に比べて、プロセスを変えればを劇的に金を稼ぐことができるというのを、日常的な作業を通じて理解しているからだ。
ゴールデンウィークに旅行に行こうとすると高くて混んでるけど、みんなが働いてる平日に遊ぶとすいてて安いよ。
だから、それで有利になる場合はまわりと違うことを率先してやるべき。
他人のやってないことに時間をかけるべき。何やればいいか分からなければ時間をかけて考えるべき。
悩んでるということは、少なくとも状況を良くしようと考えている訳なんだから。
なんでこんなことを書いたかというと、会社を辞めたいって言ってる友達に読んでほしいから。
やめたい気持ちもわかるけど、辞めたくても、じっくり準備してからの方がよくね?
そういうの、苦手だろうけどさ。
べっ別にアドバイスなんかじゃないんだからねっ(///)
近所のカレーやさんに行った。
店内に入ると、例によって店員がいない。キッチンで作業音。
先客は一組。幼児、嫁、姑の組み合わせのようだ。嫁はちょっとぽやぽやっとした感じ。姑はちょっと品の良いおばさまである。
席を確保し一瞬躊躇する。いくら何度も来ている店でいつもカリーバイキングしか頼まないからといって、いきなり無言で皿を手にとって盛りはじめるのはまずくないだろうか。いつもは店員にちょっと挨拶して始めるのだが。
おばさまが店員を呼ぶ。
「おきゃくさまよぅ」
笑いの混じった、明るい声だ。
バイトの店員が一瞬出てきていらっしゃいませを言ってひっこむ。ひっこんでどうする。
とりあえずトイレに行って手を洗う。出てきて水を自分で勝手に用意して飲んで、落ち着いたところで「カレーバイキング食わせてもらいますよー」とキッチンに声をかけて盛り始める。おばさまが「もらうってー」と復唱する。
私はまずキーマカリーから始める。
甘みのあるカリーを食べていると視界の隅に幼児に対してカリーを食べさせようとしているのが見えた。
舌をつけるかつけないかで顔を引いてしまい、「んべっ」と舌を突き出す。
何度か挑戦していたが、食べてくれない。
母親が食べてみせた。
幼児が食べるようになった。
食べていると青年が入ってきた。店員がいないのでちょっとまごまご。
「またおきゃくさんよー」とおばさま。青年はレジに行き、キッチンを覗き込む。
ようやく店主が出てきた。
「あらいらっしゃい。こっちは初めてだっけ?」「ええ。お金先ですか?」「あとあと」
そうか、彼は向こうの店の常連なのだな。
このカレーやさんは東京のある大学の近くにも店舗があるお店で、こっちに店舗ができたときに「東京の名店がやってきた」とちょっとうわさになったのだ。
店主と青年がしばらく大学と昔の東京の店に関するトーク。カレーに関する歴戦の勇士といった感じである。
大学の話におばさまも絡んでほのぼの高学歴ゾーンを形成していた。いやみがないのがいやみという感じ。
聞いているだけで笑みがこぼれてしまう。
おばさまがピッチャーを持ってきて水を注いでくれた。
私はコップを取りに行き、青年の水を注いだ。
世の中はお互い様だ。
野菜カレーを食べ終わり、千円払っておばさま方と青年に挨拶して帰った。
長々と書いたのに読んでくれてありがとう。