はてなキーワード: ハーフとは
他人種と比べて見た目が若い
他人種と比べて肌や髪が強い
他人種と比べて痩せている
他国籍人と比べて男を立てる
他国籍人と比べて歯並びが悪い
日本国籍を持っている
他国籍人と比べて歯並びが悪い
後藤久美子×ジャン・アレジ(フランス人レーシングドライバー)夫妻
クルム伊達公子×ミハエル・クルム(ドイツ人レーシングドライバー)夫妻
中村江里子(元フジテレビアナウンサー)×シャルル・エドゥアール・バルト(フランス人実業家)夫妻
高見知佳(女優)×マーク・エスパーザ(メキシコ系アメリカ人男性)夫妻
寺島しのぶ×ローラン・グナシア(フランス人アートディレクター)夫妻
西川きよし×西川ヘレン(アメリカ人男性と日本人女性のハーフ)夫妻
井上純一(成人男性向け同人作家)×一般中国人女性夫妻(中国嫁日記)
http://anond.hatelabo.jp/20111024174444
増田は何が原因で認定されたの?
正直事あるごとに
「あちらの方ですか?」とか「ハーフか何かなんですか?」と聞かれるのがすごく嫌だ。
聞いてこないだけで、自分のことをそう認定してる人もいるんだろうなとも思う。
日本人であることに誇りを持ってるし、日本人なのに日本人だと事あるごとにいちいち言わないといけないことが嫌だ。
あちらの方の特徴とかが元々あるから、
そういう知識に基づいて、みんな自分のことをそう認定するのだろうけど、
例外があることも考慮して欲しいといつも思っている。
しょうがないと諦めてるところもあるが。
増田も、がんばれ。
Jリーガー(現役)版
ウェブに携わる人間には常識だけど、HTML5は何でも出来るスーパーヒーローではない。
どちらかというと、柏の明神とか、ガンバの橋本とか、甲府の伊東輝とかの方が近い。知らないやつはググれgoogle:いぶし銀。
HTML5の真骨頂は、昨今のリッチなインターネットコンテンツを、非常に簡潔にスマートに記述できるところにある。複雑な事をすれば凝った事もある程度できるけど、得意分野じゃない(標準APIが機能不足だし、JavaScriptの言語仕様が複雑な処理に向いていない)。
ブラウザだけでここまで出来る、とか、
Flashはもういらない、とか、
ってのは、伊東輝だってシュート力つければゴール決められるようになるしハーフナーはもういらない、って言ってるようなもん。橋本に年間10ゴール以上を求めるのなら筋違いだ。生い立ちも素質も違うのに、どうして代替となりうるのか(プログラムと人間を一緒にするのが暴論なのは百も承知)。
HTML5とFlashにはそれぞれ得意分野があるし、淘汰される形で対立しうるものではない。にもかかわらず、ブコメ見てて、いまだにFlash氏ねHTML5マンセーな意見が支配的なのが痛すぎる。
書いてどうなるものでもないが、どこかに書かないと気が狂いそうなので書いとく。
俺は2か月前から付き合ってた女とその娘と奇妙な同居生活を始めた。結婚前提みたいなものだし、まあ状況的にはすでに結婚しているようなものだとも言えるが、籍は入れてないし当面入れる予定もない。
俺は40代半ば。女は5つ下。2人とも1回目の結婚は失敗しているし、いい歳だ。だからお互い結構サバサバしてて、付き合ってても楽だし、下らないことで喧嘩とか疲れるようなことはしない。燃え上がるような若者の恋愛とはちょっと違うが、これはこれで居心地のいいものだ。
問題は娘である。
複雑な家庭環境なのを苦にする様子もなく、明るい、いい子なのだが、まだ中学1年の子供のくせに妙に色っぽいのだ。風呂上がりの薄着姿とか、無防備な寝間着姿を見る度、いい歳したオッサンが少しずつ狂っていく。
女の前の旦那は外人で、娘はいわゆるハーフなのだが、西洋人の血が混じるだけで、こんなに違うのかというくらい周りの子と比べると大人びている。
芸能人で言うと、ヒロコグレース(http://www.youtube.com/watch?v=ai4nZ1TDuFM)に似てるのかな(例えが古くて申し訳ない)。とにかく大人びているうえに美少女である。
娘がふとした拍子に見せる胸の谷間とか、細くて長い太ももに、外面は冷静を装いつつも、頭の中では欲情してしまっている自分が怖い。
いや、本当のところをいうと、初めて風呂上がり薄着姿の娘を見たとき、我慢できなくて数年ぶりにオナニーした。その後も何回か、娘がかがんだ時に見えた胸の谷間を頭に焼き付けて、トイレに駆け込んでオナニーした。
こんなことを書くと変態だと思われそうだが、娘の胸のサイズが気になって夜も眠れなくなって、トイレ行くフリして洗濯物置き場を漁ってブラジャー探したこともある。70のCカップだった。
母親と娘でよく恋バナしてるのだが、聞き耳を立てていると、どうやら毎週のように告白されているようだ。彼女がいる中3の先輩からも告白されて、学校で大きな揉め事に発展してるような話もしていた。俺は母親と恋バナなんて考えられなかったが、まあ最近の女子中学生はこんなものなのかもしれない。
これはこれで、ある種ほほえましい話かも知れないが、いつの間にか娘の恋の行方が気になってる自分に恐ろしくなる。いつか、娘に彼氏ができたら嫉妬してしまうのではないかと。
そもそも母親の方も、なんでこんな年頃の美少女がいるのに、俺みたいなオッサンと同居させようとするのか。多少、不思議だったが、俺がなかなか籍を入れないから娘をエサに籍をいれさせようとしているのかもしれないなと、ふと思った。
美少女とひとつ屋根の下で過ごすのは結構なことなのだが、一線を越えてしまいたい気持ちを抑えるのには、想像以上のエネルギーがいる。万が一、そんな状況になったとき、我慢できる自信がない。いや、多分、世の中のほとんどの男は我慢できないとも思う。
もっと普通の中学生みたいに、「オヤジきもい!」とか「洗濯物一緒にしないで」とか、向こうの方から一方的に毛嫌いしてくれれば、いっそ楽なのになと心の底から思う。
リアルじゃこんなこと誰にも言えないし、かといって言わないと気が狂ってしまいそうなので、雑文乱文承知で書かせていただいた。まあ、フィクションだと思って流してください。では。
注:加筆修正しました
最近商業BL作品ばっかり読んでるから、たまにはネットで同人作品も読もうかなと思い立って、某ジャンルのサーチから二次創作サイト巡りをしていたときのこと。リンクを辿っていった先に、管理人が韓国人であることを明記しているBL小説サイトがあった。日本語ネイティブじゃないとこれはムリだろと思わせる豊かな語彙の小説や日記・掲示板の内容から判断するに留学生やニューカマーなどではなくて、日本で生まれ育った在日韓国人の方であるようだった。
なんかね、これちょっとびっくりしたんですよ。在日の人もBL書くんだなぁって。
いや、こんなにもアニメや漫画の氾濫する日本社会で生きている以上、日本人だろうが外国人だろうがオタク趣味に染まる人は染まるのが当然だろうし、中にはヤオイや二次創作に興味を持って腐女子や腐男子になる在日コリアンがいるってのも理性では理解しているんだけど。実際目にしてみると、なんかこう、感慨深いものがありましてね。
そうかー、在日のBL好きってのもやっぱりいるもんなんだなー、っていうか他にもいるけど明かしてないんだろうなー、としみじみしてたんですが、途中でふと思い出した。あれ、ちょっと待てよ?よく考えてみれば、数少ないながら今までにも在日韓国人が登場するBLがあったりするし、在日朝鮮人のBL作家というのもいたりするんじゃないの?そういえば私、そういうの読んだことあったような……、と。
というわけで、今回はBLと在日と私というテーマで今まで読んだ作品を振り返ってみようと思う。長いよー。私が以下で言及している作品には18禁のものもありますのでお気をつけください。
倉科るりというペンネームで、商業誌からBLを出版している小説家がいる。正確にはいた、と言うべきかもしれない。著作の中には絶版になっているものも多く、また1996年の『王様の夏休み』を最後に10年以上発刊はしていないようだから。公式サイトにも「倉科るりの商業活動は諸々の事情から不可能だと思います。時間がないのです。」と書いてあるので、今後も商業誌でBL作品を発表する可能性は限りなく低いと思う。
けれど、在日とBLというテーマを語るなら、彼女を外すことはできない。
実はこの作家さんは、コバルト文庫で金蓮花という名義で少女小説も書いている。むしろ金蓮花(きんれんか)というペンネームの方が世間的には通りがいいだろう。私も残念ながら倉科るり名義の本は読んだことがないけれど、金蓮花名義の本は小中学生の頃にわりと読んでいる。『銀葉亭茶話』、『水の都の物語』、『月の系譜』は何度も読み返すくらい好きだった。私が金蓮花=倉科るりというのを知ったのは大学生になってからだったけれど、BL読者やコバルト読者には結構有名な情報だったようで、ネットで検索するとペンネームを使い分けるようになった経緯や、その他もろもろの噂が出てくる。それらの噂がどこまで本当かわからないのでここでは紹介しない。
さて、金蓮花は1962年生まれの在日朝鮮人3世である。東京に生まれ育ち、大学も都内の小平市にある朝鮮大学師範教育学部美術科を卒業した。作家デビューは1994年、『銀葉亭茶話-金剛山綺譚-』で集英社の第23回コバルト・ノベル大賞を受賞したのがきっかけだった。この『銀葉亭茶話』シリーズは、朝鮮半島を舞台に仙人や精霊、竜や虎、人間たちが織り成す恋愛を描いた朝鮮風ファンタジー小説で、仙境にある一軒の茶屋銀葉亭にさまざまな客が訪れ、店主の李月流(り・うぉるりゅ)に身の上話を打ち明ける、という趣向になっている。
『金剛山綺譚』の金剛山は、もちろん朝鮮半島に実在する景勝地金剛山をさす。韓国人や外国人が北朝鮮国内の金剛山観光地区に観光をしに行くニュースを見たことのある人は多いはずだ。『銀葉亭茶話』シリーズの物語に登場する実在の固有名詞は地名だけではない。例えば『蕾姫綺譚』では重要なキャラクターとして李氏朝鮮建国の王李成桂が登場するし、『舞姫打鈴』のヒーローは新羅の英雄金庚信である。
ところで、学校で歴史を習う前に本シリーズを読んだ影響で、私は現在でも「新羅」という単語を見ると反射的に「しらぎ」ではなく「しるら」と読んでしまうし、「李成桂」を見ると「りせいけい」ではなく「りそんげ」と読んでしまう。私にとって、このシリーズこそが生まれて初めて触れた‘朝鮮文化’なのだった。馬鹿な子供だったので現役読者だった小学生の頃は朝鮮半島というのがどこにあるのか知らなかったし(私は当時本気で外国=アメリカであり、世界には日本とアメリカの二国しかないのだと思っていた)、儒教文化だとか在日朝鮮人だとかさっぱり理解できない上に興味もなかったので読み飛ばしていたけれど、雪華(そら)や明蘭(みょんらん)という美しい漢字と不思議な響きの名前、美味しそうなチヂミ、ふわりとチョゴリを広げて鞦韆をこぐ明朗な少女、霊山の天辺に位置する天池(ちょんじ)の聖水……どこか好奇心を刺激する異国のイメージの数々を私は大いに楽しんだのだった。特に金剛山の壮大な瀑布や峰々が鮮やかに染まる絢爛豪華な秋の描写などは、幼心にうっとりするような綺麗な文章だなぁとドキドキしながら読んでいた。金蓮花という作家のおかげで、私は隣国と幸福な出会い方をしたのではないかと思っている。そういう意味で、『銀葉亭茶話』は私にとって印象深いお話なのだった。
金蓮花自身にとっても、作家として第一歩を踏み出したシリーズであると同時に、祖国を舞台にしたロマンスであることを考えれば、『銀葉亭茶話』はやはり特別思い入れの深い作品なんじゃないだろうか。
彼女の著作のあとがきでは、自らのルーツを意識した話題が多い。北朝鮮に観光に行って金剛山の絶景に感動した話、伯母が北朝鮮に帰国した話、親戚が日本と北朝鮮と中国に住んでいるという話、子どもたちの通う朝鮮学校のお祭りのためPTAとして準備に奔走する話など。
そんな彼女がBL小説を書くときは、金蓮花ではなく倉科るりというペンネームを用いた。倉科るり名義の本では特に朝鮮半島と関連のある物語を書いたりはしていないようだ。少女小説のコバルト作家としての自分とをきっちり分けたかったのかもしれないし、儒教を尊ぶ在日コミュニティの価値観からするとさすがにBLを在日朝鮮人と明かしている金蓮花名義で出すのは難しかったのかもしれない。少女小説家としてデビューする際も家族からかなり強硬に反対されたと聞く。少女小説を書いているのがバレて家族会議で土下座までしたそうな。ましてやBLをや。
まぁ、BLを書くときと少女小説やラノベや一般漫画を書くときでペンネームを変えるのはbassoや秋月こお、榎田尤利もやっていることで、金蓮花に限った話ではないけれど、少女小説では在日ネタをふんだんに出していた人がBLではそれを一切出さないというのも興味深い話ではある。
ちなみに金蓮花名義の本に一切男性同士の恋愛や性愛が出てこないか、というとそういうわけでもない。
ここでちょっと萌え語りをさせてもらうと、『銀葉亭茶話』シリーズで私が一番好きなキャラクターは長白君(ちゃんべつくん)だった。彼は、朝鮮半島の付け根、北朝鮮と中国の国境にまたがる山(朝鮮語では白頭山、中国語では長白山)の守護仙人(精霊だったかもしれない)で、シリーズ通してのキーパーソンである李氏(注:男性)に想いを寄せている男性である。李氏に冷たく拒絶されたり、周囲の神仙たちに揶揄されたりしつつも、変わらず李氏に暖かい真心を捧げ続けている好漢なのだ。李氏には他に想い人がいるのでまず間違いなく長白君の恋が成就することはないのだろうが、私は彼の男らしい包容力にときめいたのでぜひ幸せになってもらいたいと思っている。別に相手は李氏じゃなくてもいいから。というか長白君には楓英とか緋鯉の精みたいな豪胆で誠実な男性とか似合うと思うんだよね。
studio may-beを結成して仕事をしている高城響と鷹匠早紀は、BLゲームや乙女ゲームのシナリオライターとして活動している他に、連名でBL小説を書いて出版したり、漫画の原作をしたりしている。音楽業界を舞台にしたBL小説『たぶん、きみが好き』『いつか、翼を広げて』『きっと、空も飛べる』という3冊がマイクロマガジン社から発行されたのは2004年のことだった。この3作は天才指揮者と男性アイドルのカップルを描いたお話なのだが、実は高城響と鷹匠早紀がやっているサイトに長年連載していた大長編小説『KT』を手直しして発表したものだという。
そのサイトの大長編(まだ完結していないらしい)には、脇役として若手の指揮者同士のカップルが登場する。彼らを主人公にした話もサイトには掲載されており、出会いと恋人になるまでを描く『'O sole mio』、体の関係を持つまでに至る続編『hard day's night』、いちゃいちゃらぶらぶしてる『jealous guy』などがある。珍しいことにこのカップルの攻めは在日コリアンである。
『'O sole mio』と『jealous guy』では、攻めが在日であることはストーリーの主軸にはほとんど絡んでこない。民族が違うということよりも同じ夢を抱く音楽家同士であることの方が、この物語の中では圧倒的に比重が大きいのだ。
しかし、『hard day's night』の中ではそれらしいエピソードが挿入されている。演奏会の予定が突如キャンセルされてしまった攻め。晴れがましい仕事を一つ失った原因を、受けに問われた攻めはしぶしぶこう語るのだった。「オレ、在日やん」。BLで、差別に直面する在日の姿が描かれているのは大変珍しい。そもそも在日としてのアイデンティティを持ったキャラクターが登場するBL自体ほとんど見かけないんだけどね。
ところで、この物語の攻めは、大阪出身で関西弁を喋る陽気な男性だ。大らかで人懐っこい。阪神タイガースファン。長身、ガタイが良くて、美男子ではないけれど、受けから見れば十分に魅力的な容貌をしている。そして新進気鋭の指揮者である。実際、読んでいて、彼は魅力的な人物として描かれているように思った。なんとなく関東生まれ関東育ちな自分からすると良い意味で典型的な関西人という印象を受けた。
神経質で繊細、あまり感情表現が得意ではない日本人の受けは、自分と正反対の気質の攻めに惹かれていく。自分にないものを持っている相手を反発心を抱きながらも愛してしまうパターンというのはわりと恋愛物の王道だが、受けが攻めの才能に嫉妬をして苦悩したり、振り切ってもついてくる攻めに苛立ったり、励まされたりと感情をぶつけ合ううちに自分の恋心を認めざるを得ない展開になるというのは微笑ましくて良かった。
BL小説家、檜原まり子の作品の一つに『マリンブルーは密やかに』という小説がある。2008年、講談社X文庫ホワイトハートから発行された。舞台はアジア・オセアニアクルーズ中の豪華客船。そこに乗り込んだ保険会社から委託を受けた調査員の受けと、元自衛官の攻めのラブストーリーだ。
正直なところ、この物語の一番興味深いところは、ストーリーなどよりも受けの両親だと思う。
受けの母親は日本人の医師だった。そして父親は在日韓国人の寿司職人。両親が渡米して、一家がカリフォルニアにいたとき受けは生まれた。医師免許が認められなかった母親は畑違いの仕事をして受けを育ててくれたらしい。後に離婚したようだが、受けの両親の話こそ読んでみたいと思った。寿司職人と女医さん夫婦米国滞在記なんていろいろ波乱万丈なドラマがあって面白そうじゃん。
というわけで、本作の受けは間違いなく在日韓国人の血をひいているのだが、特に在日とか韓国に関するエピソードは出てこない。受けが韓国語を喋ったりキムチを食べるシーンがあるわけでもない。彼が民族的なコミュニティや朝鮮半島に思いを巡らすシーンがあるわけでもない。冒頭、地の文でさらりと受けの生い立ちが説明されているだけで、その後はとくに彼が韓国系であることには触れないまま物語は終わるのだ。
なら別に受けが在日の血を引くキャラクターである意味ってないのでは?と思わないでもないけれど、まぁ深い意味がなきゃ在日がBLに出てはいけないってこともないし、これはこれでいいのかもしれない。なんと言ってもこの作品の舞台はいろいろな国籍のクルーが働く豪華客船なのだから。南太平洋を悠々と航海する船上のキャラクターにちょっとしたマージナルな要素を付与したいと作者が思うのもわかる気がする。船長の喜屋武も、受けと同様にマージナルな人物である。米軍勤務の軍人を父に持つ沖縄出身の男性で、金髪碧眼という日本人離れした容姿だが自らを日本人だと主張する。とても珍しい韓国系の受けや、沖縄と米軍というデリケートなバックグラウンドを持つキャラクターが登場するという点において、このお話はなかなか印象深かった。
『うつしみの花』は、幻冬舎リンクスロマンスから2008年に出版された全2巻のBL漫画である。作者はタカヒサ亨。舞台は飛鳥時代の日本で、有名どころでは葛城皇子(中大兄皇子)、皇極天皇、間人皇女などが登場する歴史ロマンBLである。ちなみに中大兄皇子と受けがキスする場面もあったりする。
主人公(受け)は、百済からの渡来人で金工職人である実父を持つ美少年。攻めは、受けの父親の弟弟子で、乃楽山(ならやま)の麓に住む百済系渡来人であり以前は都随一と呼ばれた腕を持つ金工職人だった。受けが攻めの弟子となるので職人師弟ものBLであると同時に、渡来人と渡来人の子孫が出会って恋に落ちる物語なのである。
職人の村で修行をする受けは、師匠であり恋人である攻め以外の渡来系の職人たちとも交流を持つようになり、技術を磨いていく。いつか攻めの故郷である百済に帰還することを夢見るようになるし、自分たちの存在は発展させ続けていく技術に拠って立つのだという強い自負心を持つに至る。彼らのアイデンティティは明確に百済系渡来人であることにあり、ヤマトにはないんだなーと読んでいて思った。
日本が舞台なのにあえて渡来人のカップルを描くなんて随分通好み(?)だなと思う。こういうのは珍しくて面白い試みだ。同時に、ちょっと私の中の日本人としての感覚が一抹の寂しさというか疎外感を感じなくもなかったような……。この記事のテーマである在日と古代日本の渡来人はちょっと違う存在なのでこの作品には簡単に触れるだけにとどめるけれど、思いがけずヤオイを読んでいて自らのナショナリズムが浮上したという点で本作は印象深い作品だった。私が気にしすぎなだけだけなんだろうけれどさ。
もちろん、健気で頑張り屋な受けとクールで格好良い攻めは萌えたし楽しめた。
ところで、作者のタカヒサ亨は、角髪(みずら)に萌えてこのお話を描いたらしい。わかるわー私もみずら萌えです。特に青年の下げみずら姿は可愛くて良い。不評でなかなか描かせてもらえなかったとのことだが、残念だ。もっと見たかったよー。
ハテブやツイッター、増田2ちゃんねるでコメント下さった方ありがとう。せっかくだし嬉しかったので、いくつかのコメントにお返事します。
恐縮です。ありがとう。
自分のブログではこういう記事を出したことがないのでうまく書けるかわからなかったし、書いたとしてもこの記事だけ場違い感がぷんぷんして浮き上がってしまうだろうと考え増田にしました。悲しいことですが、BLも在日も荒れやすい話題ですから。
私は金蓮花の初期の作品が好きでここ7~8年の著作は読んでないのですが、作品だけじゃなくて作家自身も本当に興味深いなと思ってその動向は注目しています。ラノベ界でも稀な在日外国人であることを明かしている作家さんですよね。まして日本と関係が良好でない国を祖国に持つ人ですから、日本社会で生きる彼女自身、悲しみや自負心を含め複雑な感情はあったんじゃないかなと想像しています。日朝首脳会談が開かれ拉致問題が発覚した2002年、この年に発売された『伽椰琴打鈴』を最後に、彼女の著作の中で一番‘朝鮮’を押し出している銀葉亭茶話シリーズが発行されていないというのは、偶然かもしれないけれどなんとなく象徴的に見えたり……。
確かに文化が違う、価値観や倫理観が異なっている、と強く感じる点はいくつかありましたね。面白いなと好ましく思う相違もあれば、モヤモヤする思いを抱える相違もありました。私の場合、女性の描かれ方や女性の置かれた立場というのが結構気になりました。『蝶々姫綺譚』で、女性が子を成さずに死ぬのは罪である、罰として死後の世界で償わなければならないという設定には、儒教をベースにしたファンタジーだとこうなっちゃうのか、とびっくりしたなぁ。日本や日本よりフェミニズムの強い欧米発のファンタジーじゃそういう設定ってないでしょう。まぁ、当時の価値観を反映させた設定であることが良いという考えもあるとは思いますが、現代女性としてはファンタジーとはいえその世界の女性は生き辛そうだなという感じたのも事実でした。
ネットで読める作品もるし書店や図書館に置いてある作品もあります。個人的に、興味や関心の度合いが在日>BLという人よりは、BL>在日の人の方が楽しめるとは思いますが。
全然関係ないけど、最近アメリカのスラッシュが翻訳されて日本の書店の店頭に並び始めましたよね。日本語で海外スラッシュが読める日が来ようとは思わなかった。嬉しい。
皆さんがどなたをイメージしているのか興味あるなー。私は弱小ブログを書いてますが、Twitterはやっていないんですよ。
韓国人は日本人よりも情熱的、確かにそういうイメージありますよね。こんな記事書いといて言うのもなんですが、家族友人知人に韓国人や在日の人っていないんで実際そうなのかはよく知らないけれど。
確かに作品が面白ければ作家は関係ないというのは仰る通り。私も普段は書き手には興味がないんですが、今回は冒頭で書いた某サイトにはなんだか妙に感慨深くなってしまいまして。
創作の中のマイノリティ、本当に興味深いですよね。読み専なので創作の苦しみは知らないのですが、創作物にマイノリティを登場させる際書き手さんはやっぱり慎重になるんだろうなぁ。セクシュアル・マイノリティが登場するBLは殊にそういう姿勢を求められているジャンルですし。常に政治的に正しいお行儀のよいBLである必要はないと思うけれど、読者が引くような差別的な描写が垂れ流しにされてるBLは読みたくないと思います。私はまだガチでがっつり民族問題を盛り込んだBLというのは読んだことがありません。今後もそんな作品は出ないんじゃないかなと思うし、たとえ出版されたとしても読みたいとは思わないかも、と考えています。娯楽作品には悲惨な差別とか貧困とかの要素は求めていない性質で、どちらかというとイチャイチャ、ドキドキ、ワクワク、エロエロ、アマアマ、ラブラブって感じのノリの方が好きなんですよ。なのでフレーバー的な登場のさせ方や特筆されるような描写がなくても私はOKなんですが、作家がまったくその問題の背景に無知ではキャラクターの魅力的な属性にはできないわけですしね。作家は10調べたことのうち1を書く(100調べたことのうち1を書く、だったかもしれない)と聞いたことがあります。BLを愛する者の一人として、そういうBL作家さんが今まで以上にたくさん出てくれるといいなぁと願っています。
"反抗期"っていうと悪く聞こえるけど、本来は”自立期”というべき期間なんだよ。
その自己表現の仕方が妹さんはある意味分かりやすい「荒れ方・暴れ方」で、
あなたの場合はどう表現していいのか悶々としてしまうって形で分かりづらい形なんじゃないかな?
>たったそれだけなのですが母が「ママのこと好かんとか言うなら●●(妹)と同じ扱いになるよ」
>「『お弁当?知らん』ってことになるよ」「まぁ、そんなことぐらいしかできないけどね」
あなた自身が怒っていいべき事項だよ。
5年間の海外駐在を経て帰国子女になってしまったものの、セルフイメージと周囲からのイメージが
異なり過ぎて辛そうだね。
現実的に勉強についていくのが辛かったら、中高一貫の私立ぽいからサポートを受けるべきだと思う。
もしなかったら、大手予備校や塾にそういうサポートコースあるからHPだけでも調べて
ちなみに帰国子女だから英語ペラペラというけど現地の日本人学校いっていたり、
英語圏でも英米ではない英語圏で肩身が狭かったり、非英語圏の子もいるからそれ程気にしなくていいんじゃない?
ドイツ系ハーフのウェンツ英二も見た目から英語ペラペラで英語のテストでできそうに見えるからと
カンニングにあい結果点数が悪かったので文句を言われたそうだけど「外見で判断するやつが悪い。(テストを)見るやつが悪い。」と
言い切った。
嫌味を言われたら(特に女子の場合は)「話せても子ども言葉だし、文法も分からないよ」と自分をちょっと下げて相手に優越感を持たせるのも手ではないかな。
ゆっくりとしたハーフスクワットで大腿筋を追い込んでみてください。
この2分ほどの時間は、どんなライフハックよりも自己啓発よりも
スクワットが終わったら座ってみましょう。
パンプアップした太腿が全身にここちよい充実感と血流を運んでくれています。
どれだけたくさんライフハックを齧っても手に入らなかった自己変革感が得られましたよね。
ジム通いを試した人は多いと思いますが、何故か皆さんカーディオにいかれますよね。
ウエイトトレーニングなんです。本当に必要なのは。
ウエイトトレーニングは短い時間に集中して力を出し切ります。
1回1回が己との対話であり克己心の連続であり、発見の繰り返しなんです。
ベンチに寝てバーベルを挙げてるだけのことで、これら全てが得られるんです。
本当ですよ。
彼らは日本人が絶対に自分たちの言葉を話せるようにならないと考えてて、少しでも上手な発音をするとすぐにこういうことを言う。
日本人が外国語下手であるという妄想にとりつかれて、日本人で上手に外国語をしゃべれる人(僕なんかよりよっぽど上手な人)に向かって「日本人だけど上手ですね!」と言ってみせる。あくまで日本人であると認めようとしない。滑稽だ。
まさか、RとLの区別が知性に影響するとでも?w
インドのタミル語は流音5つあるんですけどwwwwwwインド人は中国人やアメリカ人より頭いいことになるねwwwwwww
子音や母音の多さが民族の優秀さに結びつくと思っているんだろうか?w それならアフリカのコイサン語族の言語をしゃべってる人が世界で一番賢いwwwww(吸着音できる? できないよねー、そんなかわいそうな頭じゃ)
民族と言語習得は関係がない。何人が何語を習得するのも難しいし、何人が何語を喋ることもできる。
これがわからない人が多すぎる。
私は、自分のような人間は、こんな人生の悪いくじをいっぱいひいて生きてきたこんな人生なんて、なくてもいいや、と思って生きていたもんでした。そんな中でひとりの牧師さん、その家族との出会いの中で、自分の人生っていうのが、意味があるんだ、価値があるんだ、自分は自分でいていいんだ、ということを感じるようになりました。
私にとって視覚障害ということ、そして混血ということ、そして親にほうり出されてきた、そんないろんなことを考えるとすべてがもうマイナスに見えてきて仕方がなかったんです。まさにコンプレックス、劣等感のかたまりでした。
でもそういう中で私が歌を勉強したいと思って、神戸に住んでおられたイタリア人のバランドーニ先生のところに勉強にいったんです。世界的ないろんな歌手を育ててきた先生なんですけども、私の歌をちょっと聞くなり、「この声は日本人離れした声だ。日本人にはない、何か明るいラテン的な匂いのする、オペラを歌うようなそういう音色がある。どうしてこういう声が出るんですか」って言われました。その時私ははじめて自分の話をしました。父の話をしました。メキシコ系ラテン系の軍人だったということを話しました。その時に先生が私に言いました。「この声は神様から与えられた楽器だ、だからこれはしっかりみがいて用いなさい」って。嬉しかったですね。自分がコンプレックスのかたまりだった、自分が混血だとかハーフだとか言われて、そのことが嫌だった。でもそのラテン的な血を半分もらったということで、むしろこれをプラスにとらえていく、この楽器をうんとみがいていく、そんな気持ちに変わったんです。
人間、生身の肉体を持った私たち人間ですから、どうしても利害、打算、損得、そういう世界に生きてしまいがちなんですけども。人とくらべて生きる、人を気にしていく。しかし本当はくらべる必要は全くないわけでして、くらべようとするからねたみだとか嫉妬だとか、そんなものがいろいろと起こってくるわけですね。自分が、あるがままの自分でいいんだ、自分以上である必要もないし、自分以下である必要もない。あるがままの自分を受け入れる。
ですから、よく「自信をもって生きる」という言葉がありますけども、「自信を持つ」ということは別に人とくらべて自信を持つということではない。自分は自分でしかないっていう、ある種のうなずき。それをしっかり持っていれば、私たちはいろんなことがあっても乗り超えることができるんじゃないでしょうかね。
俺はいま、ペリーヌ物語を見ている。まさに見ているところだ!
お母さんはインド人だ。 だが本当はハーフだ。ゆえにコスプレする。写真も撮るよ。
出演しているロバさんはの名前は、パリカール。ガン×ソードにも出演なすったベテランだ。
お母さんは死んじゃうけど、おじいさんは金持ちだ。工場経営している資本家なんだ! みんなの共産党の敵だ。
でもペリーヌは体を売りはしないが苦労しておじいさんに取り入る。
どうするかというと、英語がしゃべれるバイリンガルを売りにすんだった。トイック何点だ? うらやましいほど感動する。
けど最も感動的なのは、お母さんが死んだりおとオサンが死んだりおじいさんが頑固だったり貧乏だったり苦労したりすることではない。
最も感動的なのは、ペリーヌが自分で靴つくったり生活用品作ったり池の小屋に不法侵入して勝手に住んだりすることだ。
子供に針ポッタを見せるなんて害悪以外の何ものでもなく、ペリーヌ物語を見せるべきだ。もしくはロミオの青い空。
ペリーヌ物語を見て子供が学ぶべきことは、以下のことに尽きる。
人生は、才能と生まれ育ちがものをいう。
尖閣諸島問題での日本の対応を見て嘆く人に、「これだけトップがダメでもやれるんだからまだ大丈夫」とか、「中国は一度失敗したら終わりだけど、日本は何度失敗してもいい、それが余裕に繋がる。だから負けしろがあるから大丈夫」とか言う人がいるけど(インドのハーフの人とか内田先生とか)、よく考えてほしい。
ほとんどの日本人はサービス残業が当たり前で働かされて、その上賃金はろくにもらえない。労働者の権利なんてない。
ワーキングプアになる人がたくさんいる。
結婚もできなくて、したとしても子どもを産む余裕がなくて若い世代がどんどん減っていく。
減った若者世代は投票も行かずに生産活動も消費活動も縮小し続ける。
他にも問題はたくさん。
そして若者の死因の一位は自殺。総自殺者数では戦争してる国より人が死んでる。
こんな国のどこに「負けしろ」があるっていうんだ。おびただしい数の犠牲によって成り立つ負けしろなんてごめんだ。
希望ある負けしろが必要なんだけど、今のところみんなで共有できる希望はない。
僕はあきらめないよ。日本が好きだから。
バイク乗りの人にちょっと聞きたいんだけど。
素朴な質問なんだが、どうしてああいう身体を露出しながら時速100km/hも出る乗り物に平気で乗れるの?ちょっと車と接触しただけでぶっ倒れるような乗り物であり、かつぶっ倒れたら即命が危ないような道路状況だということは分かってるよね。
まだ、しっかりフルフェイスのメット被ってライダースーツ着込んでる分には、「ああ危険を認識してるんだなあ」とは思う。けど、薄着でヘタしたらTシャツ短パンみたいな格好でオマケに気休めにもならないハーフフェイスのヘルメットで、死角から車の間をヒラヒラくぐり抜けて前へ行こうとするバイクって、何なの?
車に乗ってれば、道路にゴミや動物の死体が落ちてることもある。車線の範囲内で軽くハンドル動かすことくらいあるよ?普通に。そのときそこにバイクがいたら、正直シャレにならないじゃない?
要するに、バイクから車を見ると「ときどき危険」に見えるかもしれないけれど、車からバイクを見ると「常に危険」に見えるという話。ホント、他人事ながら、見ててハラハラして仕方ない。まあ、どうにかしろっつってもどうしようもないとは思うけどね。
独身バツ1の43歳。処女とかほとんど興味なかったんだが、この2年彼女もいないので、何度も風俗に行った。(以前マスダでウェスト測ったと言ったのも僕です。)最近、ピンサロで入ったばかりの18歳の女の子に当たった。ハーフの美少女で、「飲食店だと思って入店したらピンサロだった」という天然系の人で2度めの指名のとき。自分は処女だと言い出した。
嘘だと思い、「あそこ見せて」と確かめたらほんとに処女膜があった!
その子にいろいろなことを教えるのが楽しみになった。(ピンサロなのでキャバより安いんですが)
気持ちいいいフェラの仕方(その店は指導が無く客に教えてもらうのだとか)、他の風俗事情、避妊の仕方、セックスの体位など。なにしろ彼女は毎日フェラチオしてるのに「フェラチオ」という言葉も知らなかったのだ。
それもやはりその子が美少女というだけでなく「処女」というのが私の琴線に触れたのだと思う。いくら10代の美少女でも処女でなければ、こんなに通うことはなかった。そう私も処女厨だったのだ。
ただ、もしその子が不細工だったらどうなのかとは思う、やはり顔とスタイルの方が処女よりは条件上でいくら処女でも不細工だったら通わないとは思う。
日本の女性はいつまでも価値の低いまま。日本の男性は女性に失望したまま。このさきずっと。もし世界的規模で女性の価値を見なおそうとする動きがあるのなら、日本も追従していくと思うけど…今時点ではありえないと思う。
童顔がその手の趣味を刺激するのか、海外では日本人女性の人気高いみたいな話はよく聞く。つべのコメント覗くだけでもそんな感じがする。
結局、そういうの見てやる気まんまんで来日してきた海外男たちがかっさらっていくようになるんじゃないかな。
彼らはあなたの言う「男たち」ほど日本人女性に絶望していないだろうから、変わらずマッチョな優しさで接してくれるだろうし。なら女性はソッチのがいいよね。自分の子が(ハンサムな)ハーフになるのも、外見至上主義な世を生きてきた日本の女性たちにはけっこう嬉しいんじゃないかな。
「日本人男性」が絶望的なら、女性は海外に行けば解決できそう(海外なら光浦でもモテるらしいし)。
逆に日本人男が海外女にウケるケースって、そーんなに見たことない(V系ぐらい? チビで男らしくない。ホットじゃない、みたいなのは見たことある)。