「ハンマー」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ハンマーとは

2012-01-10

http://anond.hatelabo.jp/20120109235413

別に反応するほどでもないかなと思ったけど、旧ソ連崩壊から20年なんだねぇと、しみじみ思った。

当時はニュースステーション久米宏で、ベルリンの壁ハンマーガツガツやってるのを見た。そんな気がする。


朝日社説も、増田のパロ?よりも先に見てたよ。

あんな記事を「社説」にするな、と思ったけど、

まぁオッサンだから仕方ないかと思った。

2011-11-27

女の私が性差別ファンタジーに対して思うこと

出遅れという言葉じゃ済まないほど今更だけど、レイプエロゲー問題について考えた。

 

12前後女子学童通勤電車に乗っている。後をつけていた男が彼女の体に触り、彼女性的いたずらを試みる。やっとのことで電車は停まり、恐れをなした彼女は公衆トイレに駆け込むも、追って来た襲撃者は彼女の腕を縛り、レイプする。襲撃者は彼女監禁し、様々な状況下で彼女を何度もレイプする。彼女母親と、10代の姉妹もまた同じ運命をたどる。この一家は以前、かつてこのレイピストが別の女性に対して性犯罪を図った件について、姉妹の姉が警察通報したことにより、その報復としてレイプの標的とされたのである

以上が、イリュージョンソフトウェアが開発したレイプシミュレーターゲームレイプレイ」のあらすじである。このゲーム日本で販売され、Amazonでも取り扱われている。

http://fragments.g.hatena.ne.jp/yuuboku/20090508/1241760087

 

まあ、酷い話だよなとは思う。

ただ、女性から無視・嫌悪されてきた男性たちへの慰めとして、こういった性差別フィクション存在は必要なのではないかとも思う。

 

母親ケンパーに厳しくあたった。

男の子は甘やかせばホモセクシュアルになる」

と、なぜか彼女は信じて疑わなかったという。

体が大きく、早熟な彼が姉たちに手を出すことを心配した彼女は、まだ幼いケンパーの部屋を地下室に移した。

ケンパーはこのじめじめした牢獄のような、窓ひとつない場所におびえ、なんでもするから二階の子供部屋に戻して、と嘆願した。だがこれは聞き入れられなかった。

彼はこの地下室で悪夢にうなされ、暗い妄想にふけった。TVもラジオもなく、窓すらないこの部屋では外的刺激などまったくなく、彼は内なる妄想でみずからを慰めるよりほかなかったのだ。

彼の両親は彼がものごころついたときから、すでに不仲だった。母親は体格がいいだけでなく、ケンパーを産んだだけあって頭の回転が速く、とくに舌鋒の鋭さは無類であった。

ケンパーの父はついに、息子が7歳のとき妻に完全敗北し、家を出た。

ケンパーは4月20日、母のアパートを訪ねた。

そして真夜中、眠っている彼女ハンマーで殴り、ナイフで喉をかき切った。それから「もう二度と悪態がつけないよう」喉頭を切り取って、ディスポーザーで粉々にした。そして首を切断した。

首を失った体は、いつものようにもう「母」ではなく「女体」だったので躊躇なく犯した。首のほうはダーツの的にし、罵声を浴びせながらサンドバッグ状に殴った。

http://www8.ocn.ne.jp/~moonston/kemper.htm

 

こういった、被支配者が支配者を惨殺する復讐劇に私はカタルシスを得る。

特に、口が達者な親によって子が洗脳状態に置かれていたが、洗脳が解けた子が親を惨殺するストーリーが好きだ。

これは私的な体験から来ている願望なのであろうと思う。

対象から逃げるだけだった私は、理想の姿として復讐ストーリーを欲し、消費している。

 

今回Equality Nowが提示した問題点は、そのような「わいせつ」という概念に基づく物ではありませんでした。Equality Nowは、今回のエロゲ―を批判するときに、非難されるべき点として、次のような表現を使います

これらにおいて問題となるのは、それが「わいせつであるかどうかではなく、それが「女性に対する暴力」を維持するようなものであるかどうかなのです。今回のようなレイプゲームが問題となったのは、それが性的ものであるからではなく、女性に対する差別を維持するものであるからなのです

http://d.hatena.ne.jp/amamako/20090520/1242764989

 

子による親への復讐ストーリーを必要とする私のように、性差別ファンタジーを必要としている男性がいるのではないか

女性たちに無視され、嫌悪され、排斥されてきた男性たちにとって、

女性たちを性差別暴力を振るう理想的なストーリーは救いになるのではないか

 

虐待していた親が改心し子に謝罪して、子がスムーズにそれを許し、全てが上手くいくようになる例が非常にまれなように、

女性から嫌悪されてきたある男性の前に女神のような女性があらわれ、その男性を無条件に愛し、

男性の内にあった女性への全ての屈折や憎悪が消えてなくなり上手くいくという例も非常にまれで、期待するだけ無駄な話だ。

 

被害者意識に苦しんでいる状態から一時的に救ってくれるのは、後ろ向きな復讐ストーリーだけかもしれない。

私は必要悪としてそういった性差別ファンタジー存在を認めたい。

ただし性差別ファンタジー消費者と関わりたいかといったら全く別の話で、当然、できるだけ関わりたくない。私は女神ではない。

2011-09-15

http://anond.hatelabo.jp/20110915122414

混乱を収束させるべく、擁護側増田推参。

ここまでやっといてアレだけど、正直自分クチャラー自体は擁護できないw

いや、祖母がね。的な個人体験があってですね。不快なのはまあ想像つくんだよね。



でも、「不快から泣かしていい」とはならないっしょー。

世の中にはたとえそれが赤の他人であっても、人間が泣いていることがたまらなく耐えがたい人種とかも居るんですよー。

集合住宅で、低音響かせて周りに迷惑かける奴が、壁叩かれると「うるさい」とか言い出す感じだ。

自分の音に関しては「この程度我慢しろ」と言うのに、行為へのリアクションである壁叩きは我慢できないって言うんだ。

元増田は「こいつ低音響かせて迷惑だから」ってのを楯にとって、ハンマー持ち出すわ壁に暴言ペイントするわくらいのことやってますよ。

いやお前の行為も大概だからね、って感じ。それこそ元増田擁護できねえ。

2011-09-08

猫の感じ

http://anond.hatelabo.jp/20110908093243を可能な限り段落を再現してエキサイト先生翻訳して頂きました!



長い間、私は暗箱にいます

私が箱の外部で聞いた誰かのコメントによれば、劇薬を含んでいる小さなボトルは、この箱に位置します。ボトルは完全に密閉されますが、ハンマーボトルの近くに配置します。また、彼らは、ハンマーがある時に倒れるだろうと言いました。

いつになるかは「ある時間です?私は知りません。このまさに瞬間に?あるいは遠い将来?恐らく、それは既に来ました(私はそれに関して考えたくありません)。誰もハンマーに影響することができません。独立事象として、それは、見込みで50%倒れるでしょう。見込みはちょうど50%です。ひょっとしたら、ボトルは壊されるかもしれないしあるいはだろう。自分に関して、死者、あるいは、生きている。

私は言わなければなりません、状況はどれくらい恐ろしいですか。

私は、猛烈な憤慨を持たないようにはすることができません。私の人生(私のための最も重要な問題)は、私から完全に離れており、単純な図、FIFTY PERCENTに単独で依存します!あまりに恐ろしい。

さらに、私は、それは完全に不合理であると思います(そして)。私は、ちょうど50%で見込みを維持する多くの方法で束縛されます

視覚。箱は、任意の光から完全に保護されます。それは、ボトル装置を見つけるおよび破壊することから私を回避するためにあります。完全な暗さ。私は完全な暗さにいます。したがって、今、私は、自分アウトラインさえ見ることができません。恐らく、それは奇妙に思えます。暗さは私に私の体自体の存在について疑問を抱かせます

聴覚の知覚。恐らく、私が上に言及した理由から、完全な遮音は使用されます。私は、私自身の音声さえ聞くことができません。私はメカニズムを知りません。まず第1に、私は、何も見ることができないとともに、どのようにそれを調査することができますか。したがって、これは恐らく推測だけです、私の鼓膜はこの箱の中の包囲の前に破損されました、あるいは、ある特別の資料は箱の壁に使用されます

とにかく、光と音の保護であまりによい暗箱では、ちょうど用語が示すように、私の視覚的・聴覚の知覚は死んでいます

たかも一層の確認が必要かのように、私を極度に圧迫する巨大な疲労は私のための別の拘束物です。それらは努力から私を回避するために私にある種類の筋弛緩剤を与えたように見えます。私が同じ姿勢から変わることができないとともに、私の触覚はほとんど麻痺しています

光はありません。音はありません。匂いと味は信頼性が低い。触覚は不調にあります。私は操り人形に似ています。すべての五感は私のコントロールが不足しています。あまり残酷です。完全な拘束物。それらが睡眠薬を与えていた場合、私は望みます。私は、外傷のない苦悩にいると思います。私の生活(私の存在(自体))は完全に無視されます。そのような屈辱は私の正気を維持します。そのような屈辱けができます

自分の生および死をコントロールする権利は完全に奪われます。私はそのような状況を嫌います。私の生活の連続性の中核決定要素は完全に依存します、で、単独で、で、純粋な見込み。誰からでも完全に遠方に、意志があります。私は再びそれを嫌います。私はそれを嫌います!

なぜ私は、そのような箱で囲まれなければなりませんか。そのような途方もない箱では、なぜ私は、そのような完全な拘束物を備えた、生命不安および死にいなければなりませんか。

不合理です残酷です

私は孤独です。私は、中身がなく、水平に感じていますか。すすり泣かないようにすることが困難です?番号私の孤独はるかに深い。私は空間の海でいます。私は一人です。完全に孤独です。孤児として、私はこの無限の暗さに向けられました。私は絶対零度の中で震動しています

この箱に展望はありません。暗さだけがここにあります。私はボトルハンマーを感じることができません。私は壁、底および天井をまた感じることができません。それらはそこにあるに違いありません。しかし、私の五感がすべて奪われます。何もないように、私は感じます。それらのものがいくつかの意味を持っている一方。

正直に話して、私は、箱にいるかどうかそれほど分かりません。私は、私の姿が存在すると確信します。私は考えています。私は空想しています。それは証拠である、私の独自性を示すこと、呼ばれる、自我あるいは意識、あるいは心、固体ですしかし、独自性はありますか、本当に箱で囲まれる?それが別のスペースで浮かんでいることはありえますか。私はそのような疑問を除去することができません。

恐らく、私がここでであるものは、宇宙に結局浮かんでいるか、あるいはマリアナ海溝の底に横になっています。あるいは恐らくキラウエア火山の穴から下降して行くこと。

私には、箱(私を囲んで)がどのようにか知る方法がありません。私の感覚はすべて死んでいます。私は、ここに、箱の内部があるかどうか判断することができません。

私は、本当に生きているように、それに加えて、確かではありません。私には、そんな単純なものを確認する方法がありません。恐らく、50%の見込みは私を越えて既に通過しました。恐らく、私は既に死んでいます。私はまだ、恐らく生きています。浅くて、筋弛緩剤を注入された、呼吸する、弱い心臓の鼓動。あるいはそれらのすべての停止(単に去る肉大型丸薬)。

私は私自身の身体をコントロールする任意の能力を奪われます。誰が私の心が重大な活動を継続する身体に存在すると言うことができますか。五感は完全な暗さで毒されました。それらは感覚器として機能することができません。私は、真実を知る見込みがありません。恐らく、どんな推測も一人で作り上げられます。私を包む状況および自分独自性は恐らくプログラムされた回転プレーのコンポーネントです

私の存在に関して、私は振る舞いを決定することができません。私は、それを認めることを嫌いますしかし、私は変動の最中です

私は、誰かが私を見つけることができたらと思います。私は、誰かが箱を開くことができ私がいかがか言うことができた、らと思い、私がどういう人か決めることができました。私の内側にそうするのに十分な力はありません。私ができるのは孤独の中で震動し続けることです

もし神ならば、私は言うことができるでしょう「そこにさせる、軽い。」私は、それが不可能なことを知っていますしかし、私は、私がそのように言うことができたならばどれくらい素晴らしいだろうか思わざるをえません。

私自身の自由意志!それは、自分を取り巻くすべての変動を固定することができました!

同時に、切望は影を生産します。箱が開かれるなら、私は見つかり観察されましょう。その結果、私の姿は決定されるでしょう。実を言えば、私は決定を心配しているという事実から視線をそらすことができません。

一人で生きているか死んでいるかどうか判断することができませんが、私は死を恐れています。残念ながら、私は死者として決定します。私は受理することができません。まだ、私は感じることができません。私は特定の現象として死を想像することができません。恐らく、そのため、私は死を恐れています

いいえ、それは私に制限されるべきではありません。高潔なキング。致命的な殺害者。規則的な人々。すべての同じ。恐らく、悪い疾病の年上の人々あるいは患者は、十分に真実の死に近いある想像を持つことができました。しかし、それでも、死の特定の経験を知ることができません。

結局、死は圧倒する重要性を備えた最終仕向地です時間意識は絶対的な不可逆性を持っています。死にはさらに変更することができない完全無欠さがあります。それが儀式の通過点あるいは顕著な印象的な出来事でも。

私自身、ここの私の心はそうです、そのときは消えられるだろう、どれ、私がいかがかが決定されます。それらが生ぬるい水(私はその中で温度を感じることができない)から奪う場合、私は、大気に身をさらさないようにはすることができません。

私はそのような不可逆変化を恐れています。それは死の決定に制限されていません。さらに、非常に心配しているので、私は生きていて決定されます

自分現在存在は、無限ポイント上に立っている小さく小さな幻覚に似ています。それほど大きくない。それほど小さくない。それほど長くない。それほど短くない。拡張はありません。収縮はありません。ユニークな単一のポイントで立っていること。それは数学上正確です。私は、自分同一性に関する混乱があるそのようなポイントでとどまるゴーストのようなものです

ポイントは同時(ある位置で既存でない)に座標の飛行機ですべての位置で存在します。ある出来事が生じれば、その瞬間においては、それは、すべての地空(あたかも私の招待がバスから降りるかのように、出来事がその中で生じた)中の単一のポイントに私を集中させるでしょう。関係なしで。ポイントと私がものだったとしても。

幻覚(それはそのようなポイントでとどまった)は、等しい程度に対して、実際で霧のように消されているの可能性を持っています

さて、私はすべての配当通過時間の中で既存です。そして、私はすべての自然を持っています。同時に、私は孤独からそれを受けています、私はすべての自然から離れています。私は、誰かが私を見つけることができることを望みます。同時に、私は非常に心配しています、私はどこにいてそれ、私はその瞬間にいかがでしょうか。

私は原因と結果の法則から解放されました。私は常に永久に決定しません。

2011-08-23

嫌韓デモについて

自分の国のプロダクトがおもしろくないせいで他国に食い込まれてるのを

誰かのせいにしてデモするなんて恥ずかしくないのか、と思ったけど

 

思えば日米経済摩擦の時代では、アメリカは自国の車が魅力ないせいなのに

日本車ハンマーで叩き壊して大騒ぎしてたわ

 

で、日本ではさすがにチャングンソクをハンマーで叩き壊すわけにいかいか

あんな感じで集まって騒いでるんだろうけど

産業転換の過渡期にはどうしてもああいう輩がでてくるもんなんだろうね

2011-02-28

検索履歴は裁判員裁判で証拠採用されるか

さっきテレビ見てたら、金沢主婦殺人事件で逮捕された元カメラマンから押収したPC

遺体なき殺人」とのキーワード検索したあとが見つかったと報道が。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110227-OYT1T00078.htm

金沢市上荒屋、主婦福田春奈さん(27)の遺体石川県内灘町大根布の海岸で見つかった事件で、福田さん最後に会ったとみられる知人のNHK金沢放送局の元外部委託カメラマンの男(35)が、「遺体なき殺人」というキーワードインターネット検索をしていたことが26日、捜査関係者への取材で分かった。

 金沢西署捜査本部は、男が捜査自分の身に及ぶことを想定して、情報を調べていた可能性があるとみている。

 捜査関係者によると、男の自宅から押収したパソコンを調べたところ、インターネットで「遺体なき殺人」というキーワード検索した痕跡が残っていた。また、「遺体がなければ殺人罪起訴できない」などと記されたホームページの閲覧履歴も残されていたという。

2011年2月27日08時24読売新聞

 

これ以前「検索履歴は殺人事件の証拠となるか」でスラドで話題になってた。

http://slashdot.jp/it/article.pl?sid=11/01/08/1821226

スラドで話題にしてるのは米国の事件だが

http://slashdot.jp/it/comments.pl?sid=518943&cid=1885671

によると、日本でも暴行事件で証拠として出されていたらしい

日本では検索履歴を有罪の証拠にするのってわりとあることなのだろうか。

 3 本件後の事情に対する評価

   以上のように,本件以後,被告人が本件に関して高い関心を抱いていたこと,本件について凶器である可能性のあるハンマーに限定した検索を行っていたことは,特異な行動といえ,被告人犯人であることを疑わしめる事情ではある。

   しかし,被告人には,平成16年に,e遊歩道にある公園で,桜の木ハンマーでたたいていたところを通行人に注意されたことが発端となってトラブルとなり,駆けつけた警察官に対し,趣旨不明な発言をしたことから保護され,結果として国家賠償請求事件にまで発展した経験がある。このような経験を持ち,かつ,後述するように犯行時刻に近接する時間帯に犯行現場から数百メートル付近にいたことを自認している被告人にしてみれば,自宅付近でハンマーのようなものを凶器した通り魔的事件が発生すれば,自分が疑われると考え,前記のような行動に出ることも,それほど不自然なこととはいえない。

   したがって,被告人の前記のようなやや特異な行動は,必ずしも被告人犯人であることにのみ結びつく事実はいえないから,これらの事情の持つ意味は,被告人犯人であると仮定すれば合理的であるという仮定に基づく評価に過ぎないから,独立して犯人性を推認させる価値は低く,犯人性を判断する上で重要事情はなり得ない。むしろ,被告人犯人性を考察する上で,不当な印象を与える危険な側面がある。したがって,被告人犯人性を検討する上では除外するのが相当である

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100909092559.pdf

一般的な判断という感じでもないが、この事件では「被告人犯人性を検討する上では除外」しているよう。

もっとも、この暴行事件は日本では珍しい無罪事件なので、普通の有罪事件ではどうなのかよくわからん

この事件でも、犯人であることが他の証拠から明らかであったなら量刑に関する証拠などにはなるような?

なお、この事件は裁判員裁判はない。

裁判員裁判だと裁判員に難しい証拠も証拠採用されなかったりするので、さらにどうなるかよくわからない。

くわしい人教えて

 

どうもあまりマスコミ捜査関係者の人も検索履歴を報道することについて疑問を持っていないみたいだが微妙な感じだ。

普通に考えて「遺体なき殺人」程度の検索履歴で犯人扱いは無理だろうと思うし、

そんな評価の微妙な証拠をぺらぺら喋る捜査関係者報道するマスコミもどうなんだって気がするんだが・・・

あと常日頃からアレな検索を楽しんでる人は怖いんじゃないかこれ。別罪の心配とか。それはいいか

 

金沢の事件でもしカメラマン起訴されたら個人的には最後まで否認して裁判所にこの辺扱ってほしいけど

まあ、他の証拠で立証できるならわざわざ提出する必要もなさそうなものだし、そもそも証拠提出されないだろうと思う。

それだけに、証拠提出されそうもないあるいは証拠提出されても証拠採用されない可能性のある弱い証拠を捜査関係者がもらすのってどうよって感じなんだが・・・

(まさか事件とは関係ないんですけど・・・ってことはあるまい)

神経質すぎかな。

結果が有罪ならどうせたいていのことは許されるだろうし。

そういえば結果無罪でも結局ダッチワイフにごめんなさいし報道関係者いなかったよね。関係ないけど。

あとこれ

2011-01-25

担当の〇〇は現在入院しておりまして・・・」の理由

昨日、会社鏡開きをやった。去年末から出張していた2人が帰ってきてプロジェクトチーム15人全員揃ったので、プロジェクトリーダーの〇〇が少し遅めの鏡開きをやろうかと提案してきた。〇〇の実家ご近所さんにもち米農家がいて毎年そこのもち米で鏡餅を作っているらしい。今年はチーム全員に食べてもらいたいと、〇〇が特製の大きな鏡餅を作って持ってきていた。

風呂敷から取り出した鏡餅はそれはそれは大きくて測ってみると直径で1mくらい、厚みも10cmほどある。それを見て皆大喜び、子供のような笑顔でおおーでかいーと感想を漏らす。

ここで〇〇が「ちょっとあそこの椅子二つ持ってきて」といい、目の前に隙間を開けて並べられた椅子鏡餅を置いた。

「よしっ割るぞ、みんなよく見とけ!」と〇〇が言い全員ざわつき始めた。いやいやハンマーやら包丁やら無いですよ、てかここまで大きいならノコギリいるでしょなどと話していると、〇〇は瓦割りのポーズでシューシューと息を整え「ぜいっ!!!」と勢いよく腕を振り下ろした

空手をやっていて細身だがかなり筋肉質な〇〇の腕がモチを二つに割った、本当に見事だった。

分厚い辞典を何冊もまとめて地面に落としたような低くて鈍いドゴッという音が響き渡る。

ゴトゴトと椅子から転げ落ちた二つの半円と飛び散るモチの破片。

そして同時に折れた〇〇の腕の骨。

だがその瞬間を見ていた人は全員、骨が折れたとは分からなかった。

あんなに大きく分厚い鏡餅が変わり果てた姿になったのを見て全員が驚きのあまり一瞬静まり返って、すぐ後に拍手喝采歓声の嵐になった。

昼ごはんは〇〇が割ってくれたモチを切り分けて、やはり〇〇がもって来た味噌野菜を給湯室で調理して雑煮にして食べた、美味しかった。

柔らかく口当たりはなめらか、でも餅の風味がしっかり感じられ味噌との相性もばっちり。

全員が絶賛していると〇〇が脂汗垂らしながら「よかったぁ、みんなに旨いもん食わせることができて・・・、じゃ、ちょっと病院に行ってくる、後片付けよろしく」とタクシーを呼んで出ていってしまった。

3時間後、〇〇から電話があり「ごめん入院だ、ポッキリ逝ってた。全治4週間。それにしてもモチを喉につまらす人はいるけど、モチで骨を折った人はいないだろうなハハハ」と冗談を言っていた。

まあ、元気そうでよかった。



追記 19:36

書き方が悪いようですいません。

入院自体は一泊です今日はもう退院しています。

あと骨折したのは腕だと聞いていますが具体的な骨の名称は聞いていません。

2010-09-20

初音ミクと見せかけの魔法

 海外blog初音ミクについて熱い(長い)文章を書き込んでいるのを見かけたので試しに翻訳してみた。無断翻訳なので匿名で。urlは以下の通り。

http://deliciouscakeproject.wordpress.com/2010/09/20/hatsune-miku-and-the-magic-of-make-believe/

=====以下翻訳=====

 初音ミクと見せかけの魔法

 初音ミク歴史は18世紀のヘタリアイタリアに始まる。

 そこにはバルトロメオクリストフォリって名前のすげえヤツがいた。こいつの得意技は楽器を作ることだった。何でも作ったわけじゃない。当時はひどく弱々しいちっこいもので、しょぼい羽柄が並んだ弦を引っかいて金属的なチャリチャリした音を出すもの、つまり鍵盤楽器を作っていた。いわゆる「バロックミュージック」ってヤツだ。クリストフォリが音楽技師として、また機械技師としてやったのは、弦を異なる強さで叩くハンマーを使った仕組みづくりで、それによって演奏家は小さい音(ピアノ)や大きな音(フォルテ)で演奏できるようになった。だもんで皆それをイタリア語ピアノフォルテと呼んだ。もちろん、今ではお前も俺もそして誰もがクリストフォリの発明品をピアノと呼んでいる。

 イタリアピアノ発明することによって、日本初音ミク発明するための扉を開いた。

  ***

 俺は今、ここサン・フランシスコの150席しかない小さな映画館で、秋のアイドル公演を待っている。チケット完売した「39[ミク][[Sankyu!]] Giving Day」コンサートの上演を見るために、愚かな時間無駄遣いをする連中が集まっている。コンサートじゃ電子的に創造されたポップアイドルつまり緑の髪をした女神が、ゼップ東京コンサート会場で生演奏するバンドにあわせて踊り歌っている様子がスクリーンに映し出されている。それはまるで、一部はライブなんだが、本当はそうではなく、「本物」のボーカロイドコンサートでお目にかかれるのに近いものだった。言ってみればゴリラズを見に行くのとそれほど違いはない。伴奏は本物のミュージシャンが作り出しているが、客が見ているのはいわば巧妙なごまかしの表層であり、音楽に命を持たせるために使われる動くペルソナだ。これがミクの魔法である。それは見せかけの魔法だ。

  ***

 クリストフォリがピアノ発明した頃、J・S・バッハ平均律クラヴィーア曲集を書いた。そこでは要するに鍵盤楽器の各音程間で一通り数学的な調整をすれば、突然どのような調号でも十分演奏できるようになるということが言われている。言い換えれば、何か妙なことをしようとした際にいつも調子はずれの音を出すのではなく、初心者から中級までのピアノの生徒がやらかす糞を抑えるような5フラットとか7シャープとかそういったことが完全にできるようになる。これによって18世紀の鍵盤楽器は初めて、いちいちくそったれな調律をしなおすことなく新しい楽想を試すことができる原始的なワークステーションとなった。

 数十年後、ようやくピアノ価格が下がり十分なほど生産できるようになったことで、それは非常識なほどの大金持ちだけの特別な楽器ではなくなった。代わりにそれは有名な王族たちのような常識的な程度の金持ちが購入できるものとなり、彼らは好んで地元作曲家を雇い自分たち(とその客)を楽しませるために音楽を書かせた。こうした作曲家の一人があのヴォルフガング・A・モーツァルトであり、彼の特別な才能は主に下ネタ女性音楽生徒に対する性欲の面で発揮された。もちろん鍵盤楽器からふざけた音を引き出す才能もあり、その短い人生の間にモーツァルトは最も好きな楽器ピアノに決定した。彼が書いた27のピアノ協奏曲(本当に素晴らしいのは最後の10曲ほど。アニメシリーズのようにモーツァルトレパートリーは後半になるほど良くなった)は、単に協奏曲形態にとって画期的な礎石となっただけでなく、ピアノ音楽の基礎を築いた。モーツァルト協奏曲はこう言っているようなものだ。「これこそピアノにできることだ! ピアノだけでなく、オーケストラと一緒でもいい! まさか今更ハープシコードに戻ろうってんじゃなかろうな?!」

 モーツァルトより後の時代の人間は皆彼に同意した。ひとたび音量の大小を調整できる鍵盤楽器を手に入れてしまえば、弱々しいチャリチャリした機械になぞ戻れっこない。これが230年ほど前の出来事だ。ミクへの道は一日にして成らず。

  ***

 ミクの公演にやって来たファンの男女はいろんな連中の寄せ集めだ。彼らの5分の1ほどは当然ながらボーカロイドコスプレをしている。何人かはケミカルライトまで持ち込んでいる。コンサート全長1080ピクセルの巨大なスクリーンで始まり、全劇場サウンド・システムが炸裂し、観衆は最初はためらいがちに見ていたが、最初のいくつかの歌の後は雰囲気が盛り上がってきた。彼らはスクリーンの中の群衆と一緒にリズムに合わせてケミカルライトを振り、曲が変わると歓声を上げ、各ナンバーが終わると拍手をした。単なる録音と録画じゃねえか、などというたわ言は知ったこっちゃない。理論的にはゼップ東京の群衆だって同じように録画を見ていたんだ。本当に「ライブ」で演奏される音楽など、現代においてはクラシックオーケストラ民族音楽演奏くらいしかないし、それにシンフォニーホールですら今日ではマイクが使われている。誰もが電子的な助けを借りて音楽を聴いている。ひとたび電子機器楽器として受け入れることを覚えてしまえば、ミクを愛するのは簡単だ。彼女モーツァルト魔笛アリアを歌っている動画を聞いてみよう。

http://www.youtube.com/watch?v=gr9fbQzNpqA

  ***

 19世紀欧州で、もしお前がピアノ演奏ができない作曲家だったとしたら、お前は存在していなかっただろう。それはもはや単に大小の音量で演奏できる楽器にとどまらず、巨大な和音構造物であり、多音パッセージワークであり、一人の演奏家の手で「あらゆる音符を見ることができる」ものとなっていた。もしピアノがなければきっと「2人のバイオリニストビオラ及びチェロ奏者各1人をかき集めて旋律が上手く行くかどうか調べにゃならん」てなことが起きていただろう。そしてもちろんチェリストは、ある音符について「どぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅん」と演奏するようお前が何度も何度も何度もお願いするのにうんざりして1時間後にはそこを立ち去ったことだろう。

 少なくともピアノがあれば、お前の小さな指以外に迷惑をかけることなく「どぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅん」とやることができる。

 かくして1800年代においてピアノは中心的な作曲道具となった。そして同時に社会中産階級が暇と屑な時間を持つところまで進化し、そしてもし彼らがスポーツゲーム発明しなければ、彼らは音楽その他を演奏したいと望み、そんでもって家に持ち込むためピアノを注文できるようになった。欧州だけでなく日本でも、少なくともウィリアムペリーが彼らを開国して西洋化が始まった後には、同じことが生じた。基本的にピアノ文明化の証と見なされ、そして有名な山葉寅楠ってヤツがイケてる連中のため日本製ピアノを作り始めた。

 19世紀末20世紀音楽制作にとって黄金時代だった。楽譜を買って他人の歌を演奏する方法で「音楽を作る」こともできたし、あるいは作曲理論について十分に学び自分の曲を創造するというやり方で「音楽を作る」こともできた。そうした取り組みの多くはピアノの周辺で起きた。ピアニストが力を得た。鍵盤があれば、お前はスターになることができた。

 そして、とんでもないことが起きた。

  ***

 ミクだけじゃない。巡音ルカとリンとレンも公演に出てきたぜ! 全ボーカロイドパーティだ。彼らの異なる声質と、ミクと組む様々なやり方は、見事な音の見本集になっている。他のキャラクターが登場するのを見た観客たちは熱狂している。異なるシンセサイザープログラムマスコットに過ぎないにもかかわらず、彼らはまるで我々の友であり家族であるかのようだ。ようつべニコ動を使って彼らを我が家へ招待しよう。彼らの声を我らの生活のサントラにしよう。電子的に作られたアニメキャラが本当のミュージシャンになれるのかって? おk、ならお前に聞いてみよう。魂のない箱がお前の周囲の空気を震わせているけど、それは本当の音楽なのかい?

  ***

 それこそが実際に起きたとんでもないことだ。録音された音楽。録音された音楽こそ、音楽史の中で起きた最悪の出来事だ。

 ひとたび蓄音機を、ラジオを、レコードプレイヤーを、カセットプレイヤーを、CDプレイヤーを持ってしまえば、音楽を楽しむのに「音楽を作る」必要はない。コンサートホールチケットを手に入れる必要もない。単に座って、電気を使った箱にお前を楽しませればいい。ピアノ専門家のための道具に成り下がった。それは淑女が結婚に必要な才能を覚えるためのものに、あるいは子供が(1)それを憎んでいることに気づく(2)両親が子供に才能があることに気づいてプレッシャーを積み上げ始める――まで稽古を受けるものとなった。もし(2)の現象が起きたなら、最後にはピアノを本当の演奏楽器あるいは作曲用の道具として使うようになるだろう。しかしそれはもはや「音楽制作」の中心にはない。

 さらに悪いことにロックギターをポピュラーにしてしまった。ギターが人気になり、ピアノは役立たずとなった。お前が鍵盤楽器を学ぶのは、ビートルズにしてくれるものを持てずバッハベートーベンにしがみつくしかないある種の意気地なしだからだ。誰が決めたルールか知らねえが最低だ。10代のころ、俺はピアノを使ってランキング上位40の曲を弾けたおかげで女の子たちに「いくらか」いい印象を与えられた。けど、結局はクラスの野郎どものうちその曲をギターで弾けるヤツがいつも勝ちやがった。くそったれ。

 だがここで思い出してくれ。俺は、イタリアピアノ発明したことが日本初音ミク発明への扉を開いたと言ってきただろ? ピアノ21世紀に飛び込むときに今一度変革に見舞われたんだ。

http://www.youtube.com/watch?v=-7EAQJStWso

  ***

 もし音楽を生み出す小さな電気の箱が「本物」であるなら、録音済みのコンサートに向かって「アンコール! アンコール! アンコール!」と叫ぶのは極めて正常だ。その音楽はお前を感動させたんじゃないのか? もっと聞きたいと思わないのか? というわけで映画館の観衆はもっともっとと叫び、そして彼らはアンコールを聞けることが分かっていた。なぜならそういう風に録音されていたから。ミクが公演を終わらせるため最後舞台に出てきた時、もう一度鑑賞力のある人々から歓声が上がった。それは人工的なものだが、とことん楽しむため我々はそれを本物だと見なした。まるでドン・コッブが[ネタバレ注意!!]インセプションラストで回転するコマから歩み去るかのように。ミクは夢のような存在だ。サウンド・エンジニアCGアーティスト音楽家が作り上げた美しい夢であり、決して卒業することも年を取ることもスキャンダルを起こすことも業界から追放されることも惑星上から姿を消すこともない完璧アイドルだ。彼女は実際、いくつもの「映像」を持っている。我々は皆、この音楽的見せかけの共犯者だ。過去の聴衆がモーツァルトオペラを、ガーシュウィンミュージカルを、あるいはかのすさまじいレ・ミゼラブルを本物であると信じたように。我々は十分深く信じられるようになるまで偽りの世界を本物だと信じるふりをする。その世界を感じるまで、見せかけの魔法を感じられるようになるまで。

  ***

 ピアノ最後の変革とは、もちろん電子化のことだ。

 真空管からトランジスタを経て迷宮のような電子回路まで。もしピアノの鍵盤が「あらゆる音符を見る」ことのできるインターフェイスだとしたら、それは作曲家に最も未来を感じさせるインターフェイスだ。そして我々にはシンセサイザーキーボードとMIDIコントローラーワークステーション世界が与えられており、そこでは遂にピアノが単なる「楽想を試す場所」から超越した。ちょっとした波形の調整によって、ハンマーと弦の機構に制限されることなくこれらの楽想を正確に響かせることができる。新しい音を作り上げることもできる。楽想の断片を記録し、他の楽想をその上に並べて電子キーボードを個人的な架空オーケストラに仕立てることもできる。ピアノピアノを超えた。それは作曲家の手の延長どころか、作曲家の心の延長となったのだ。

 一つだけ欠けているものがあった。声だ。

 そして、ご存知の通り、日本日本であり、彼らはやってのけた。彼らは人工物を誰よりも巧みに操った。彼らは本物の料理だと見栄えが悪くなるからという理由でプラスチック製の小さな食品サンプルを作った。本物の労働者は間違いを犯しがちだから製造ライン用のロボットを作った。本物の音楽家を家に入れるのは大変だから編曲家のために電子キーボードを作った。そして、人間の声を合成する技術が十分に発達した時、そしてそれが人工音声のためのペルソナ創造するというアイデアと衝突した時、ミクが見せかけの音楽における21世紀スーパースターになるのは当然のことだった。

 中にはボーカロイドというアイデア音楽家の全てを破壊するという人もいるだろう。全ての仕事ソフトウエアがやってくれるのに、誰が人間を必要とするんだ? 俺が思うに、ボーカロイドってのは偉大なる民主化の旗手であり、音楽家のために沢山の扉を開いてくれるカギなんだ。過去において、もしお前が作曲家編曲家あるいはプロデューサーなりたければ、まず自分の曲を書いてそれから演奏家を探し見つけ出すしかなかった。何しろお前の傑作に生命を吹き込みたければ、5人編成のバンド、20人編成のオーケストラ、そして3オクターブ半の音域を持つ歌い手がいないとどうしようもなかったのだから。マジ悲惨。だがミクがいれば誰もが作曲家になれる。誰もが自宅のスタジオで曲を作り、正しい機材があれば、電子機器を使った完全なポピュラーソングを生み出せる。ボーカロイド音楽家仕事を奪うわけじゃない。それまでミュージシャンには決してなれないと思っていた人々の中からミュージシャンを作り出すんだ。動画投稿サイトで毎日そうしたことが起こっているし、こうしたコンサートではそれまで決して聞いたことのないような人々が突然電子王国の宮廷音楽家になれる。非常識なほどの大金持ちだった王家の人々の手にあった手製の楽器から、平民たちの手に握られた緑の髪の女神へ。それがこの大きな3世紀の違いだ。

 何であれ多くの人々が音楽を作ることは、単に大人しく聞いているだけよりもいいことだと俺は信じる。俺は魔法を、ボーカロイドを、ミクを信じている。

=====以上翻訳終了=====

 誤訳は当然あると思う。でも面倒なので修正はしない。

2010-09-10

主文被告人無罪。理由第1本件公訴事実,争点及び当事者の主張の概要1本件公訴事実本件公訴事実は,「被告人は,平成20年10月17日午前1時25分ころ,大阪府茨木市a町b丁目c番d号付近の路上において,歩行中のA(当時28歳)に対し,自転車で追い抜きざまに,背後からその後頭部をハンマー様のもので1回殴打する暴行を加え,よって,同人に加療約1週間の頭部挫創の傷害を負わせた。」というものである(以下,同年中のできごとについては年度を省略する。)。2争点及び当事者の主張弁護人及び被告人は,本件の犯人(以下,単に「犯人」という。)は,被告人ではない旨主張する。したがって,本件の争点は,被告人犯人との同一性である。この点,検察官は,1被害者は,本件犯行の直前に,ジョギング中にすれ違った男を被告人であると識別し,さらに,すれ違った男と犯人とが同一人物であると供述しているから,被告人犯人とが同一人物であると考えられること,2被害者の目撃した犯人の特徴と当時の被告人の特徴とが一致していること,3被告人は本件犯行時刻前後に外出しており,帰宅時刻は犯行現場から帰宅に要する時間と符合していること,4被告人は,本件犯行後,本件に特段の関心を示し,犯人のみしか知り得ない情報を持っていたこと等,被告人犯人であることを肯定する方向の種々の事実があるから,被告人犯人であると認めることができると主張する。これに対し,弁護人は,被害者の前記供述は,観察条件,似顔絵作成過程,選別手続の過程のいずれにも問題があるから信用することはできないし,検察官の主張する被告人犯人性を肯定する方向の事実はいずれも被告人犯人の同一性について十分な推認力を有するとはいえない上,被告人犯人であることと矛盾する方向の事実も存するから,被告人犯人であるとの立証はなされておらず,被告人無罪であると主張する。そこで,以下では,順次,検察官の主張する積極事実について検討を加えたた上,弁護人の主張する消極事実をも検討し,健全社会常識に照らし合理的な疑いを入れない程度に被告人犯人であると認めることができるか検討を進めていく。第2前提となる事実以下の事実は,当事者間に,概ね争いはなく,証拠上,優に認定することができる。1犯人は,10月17日午前1時25分ころ,公訴事実記載の路上を歩行中の被害者の後頭部を,背後から自転車で追い抜きざまに鈍器で殴打した。2被告人は,同日午前零時24分ころ,少なくとも長髪ではない髪型で,太った体型ではなく,白い長袖シャツのすそをズボンから出し,前かごに黒いリュックを入れ,後部荷台に鉄亜鈴を載せた26インチシルバー自転車で自宅マンションを出,午前1時31分ころ,帰宅した。被告人の自宅マンションと本件犯行現場との距離は道なりで約1100メートルであり,通常走行での自転車の所要時間は約四,五分である。第3被害者がすれ違った男と被告人の同一性について1被害者は,犯行に遭った直前にすれ違った不審な男と犯人とが同一人物であると思うが,そのすれ違った男は被告人であったと供述する。被害者は,被告人とは面識がなく,被告人にことさら不利な供述をするような事情は窺われない上,記憶していることと記憶していないことを区別して供述するなど,供述態度も真摯である。しかし,人の顔といった言語化しにくいものに対する観察,記憶の困難性,記憶変容の危険性に照らすと,その観察条件,記憶・選別手続の正確性をさらに慎重に検討する必要がある。2観察条件等の検討の前提となる基本的事実関係被害者の証言,Bの証言,被害者警察官調書(甲5),写真撮影報告書(甲9,32,33),捜査報告書(甲10,36)等の関係証拠によれば,被害者が不審な男を目撃し,すれ違うまでの経緯,目撃状況,目撃後の状況は以下のとおりである。(1)被害者は,10月17日午前1時ころ,日課としているジョギングをするためにめがねを着用して自宅を出発した。被害者は,ジョギングをしながら,本件犯行現場につながるe遊歩道に入って,その遊歩道を北に進み,遊歩道上を約1.4キロメートル進んだ大阪府茨木市f町g番付近(以下,「折り返し地点」という。)で折り返し,今度は遊歩道を南に進んでジョギングを続けた。(2)被害者は,折り返し地点から,南に約43.8メートル進んだ地点で,遊歩道上に自転車にまたがったまま,被害者と正対する方向(北方向)に向かって立っている男の姿を約45メートル前方に認めた。被害者は,深夜の遊歩道に,自転車にまたがったまま立っているという男の様子に加えて,近づくにつれて男の視線を感じてきたので,恐怖感,不信感を強めた。被害者は,男から約11.9メートルの地点で,男と目が合ったが,「ほんの一瞬」で,その男の視線をはずした。その直後,男は,被害者をにらむような目つきのまま,自転車の前かごに入れているバッグの中に手を入れ,まさぐるような仕草をした。それを見た被害者は,男から何かをされると思い,スピードを上げ,男の横を走り抜けた。(3)被害者は,そのまま遊歩道を南に走り続け,不審な男とすれ違った場所から約1キロメートル先にあるh交差点で走るのをやめ,引き続き遊歩道を南方向に歩いた。そうしたところ,h交差点から約200メートル南側の本件犯行場所で前記前提事実1の被害に遭い,その直後,自転車で逃走する犯人を目撃した(犯人の目撃状況等については後述する。)。(4)同日午前2時ころから午前6時ころまでの間,被害者は,茨木警察署事情聴取を受けた。その際作成された供述調書(甲5)には,すれ違った男の特徴について,「メガネをかけた30歳前後男性」としか記載されていない。(5)その後,被害者は,いったん帰宅したが,同日正午ころ,再度警察官から呼び出され,大阪府警本部鑑識課で,犯行に遭った直前にすれ違った男の似顔絵(甲36)を作成した。似顔絵作成の際は,部屋には,似顔絵を描く鑑識課の担当者被害者の二人しかおらず,捜査官は同席していなかった。その際,担当者は,事件の概要は知っていたが,犯人の特徴等についての情報は知らなかった。なお,当該似顔絵について,被害者は,すれ違った男に似ていると供述している。3観察条件等についての検討(1)弁護人は,実況見分調書(甲35)の照度測定結果には疑問が残るし,その結果を前提にしたとしても,被害者がすれ違った男の顔の概要を識別するだけの十分な明るさがあったとはいえない上,その具体的状況に照らしても,被害者がすれ違った男を目撃した際の観察条件は悪く,被害者は男の顔をおよそ認識していなかった旨主張する。確かに,被害者がすれ違った男を目撃した際の現場の明るさは,前記実況見分調書等の関係証拠を前提にしても必ずしも十分なものとはいえないし,その明るさからすると,約11.9メートルという距離も近いとはいえない。また,被害者は,すれ違った男と目を合わせた時間について「ほんの一瞬」であった旨述べており,観察時間に関しても十分とはいい難い。しかし,やや逆光ぎみとはいえ遊歩道上の外灯の灯りや,マンションの居住部分から漏れる灯りがあった上,被害者は,男とすれ違うまでに,遊歩道上を約1.4キロメートル近くに渡ってジョギングし,暗さに目が十分に慣れた状態であったこと,被害者は目撃時,めがねを着用しており,矯正視力は右目1.5,左目1.2であったこと,被害者は,すれ違った男の様子から,その男を不審者として意識し,かつ,その不信感は男に近づくにつれて高まり,男と目が合い,同人の顔を目撃した時点では,男に対する注意力は一定程度高まっていたと認められること,すれ違った男を目撃してから約半日後の時点で,捜査官からの暗示等が認められない状況下で,被害者自身が,すれ違った男に似ていると判断できる似顔絵(甲36)を作成することができたこと等に照らすと,少なくとも,そのような似顔絵に描かれた表情を観察することはできたと考えられる。この点,弁護人は,似顔絵作成の際,警察が,当日に入手した被告人の10年前の写真(甲47)を基に警察官恣意的に誘導した疑いが強いと主張するが,そのような行為は,捜査官にとっても被害者供述の信用性を根底から覆しかねない危険な行為である上,事件発生から半日後の時点で,捜査官の中でそのような行為をしなければならないほど被告人に対する捜査官の容疑が高まっていたとまでは考えにくいことからすると,本件捜査担当したB刑事が証言するように,本件においては,そのような事実は認められない。そして,作成された似顔絵は,被告人と似ているところもあり,そのような似顔絵存在は,すれ違った男は被告人であったとする被害者の識別供述を補強するものといえる。(2)しかし ながら,前述したように, 被害者がす れ違 った 男を目撃 した 際の,明るさ,距離,観察時間のいずれの点についても十分とはいえない状況に鑑みると,目撃した際に被害者記憶された男の像は,多分に細部が捨象された,全体的な印象といった面が強いように考えられる。そのことは,被害者が再三にわたり,にらみつけるような目が印象に残っていると供述していることからも窺えるところである。したがって,似顔絵やそれによって補強された被害者の識別供述の証拠価値検討する際には慎重な姿勢が必要である。なお,この似顔絵作成されたことで,被害者は,見知らぬ男の顔の特徴という言語化しにくい記憶を外部に固定化することができ,既知性のない人物の顔に関する記憶時間と共に減退していく危険をそれなりに回避することができたと同時に,すれ違った男の顔に関する被害者記憶は,その後は,似顔絵の顔と入れ替わってしまっている危険もあるという点に留意する必要がある。4次に,被害者が,写真面割り等を経て,犯行に遭った直前にすれ違った男を被告人であると同定していく選別手続等について検討する。(1)被害者は,12月2日に至って,それぞれ18枚の顔写真が貼付された2冊の異なる写真面割台帳(甲61,62)を示され,一見した風貌の趣がやや異なる2枚の被告人写真を,いずれもすれ違った男であるとして選別した。たしかに,これら写真面割台帳に貼付された被告人顔写真は,もともとめがねを掛けていない被告人顔写真に,前記似顔絵に描かれためがねの特徴とよく似ためがねの画像を合成して作成されたものであるから,被告人顔写真にのみ,被害者がすれ違った男の固有の情報が付加されているものであった点で,問題があることは否定できない。しかし,いずれの写真面割台帳も,被告人以外の人物の掛けているめがねが全て,似顔絵に描かれているめがねと大きく異なるというものではない。また,年齢,顔の輪郭,髪型等の,めがね以外の特徴についても被告人のみが特徴的に浮かび上がってしまうような人物の写真が選択されていたものではなく,それぞれに貼付された18枚の写真全体を見た場合に,前記の合成部分は,被告人顔写真を選別する際に,暗示,誘導となるほど特異なものではない。また,被害者が選別した2枚の被告人写真は,1枚が2年ほど前のもの(甲61),もう1枚が10年ほど前のもの(甲62)と撮影時期が異なり,同年齢の人物としては,一見した風貌はやや異なるようにも見える。被害者が,このような2枚の被告人写真を,いずれもすれ違った男として選別していることは,実際に目撃した者でなければ分からない固有の特徴を被害者が把握しているからと考えることもできる。さらに,被害者は,選別の際に,被告人写真を見てぴんときたが,実際に答えを出すまでには時間をかけたと証言しており,この点は,被害者写真選別に対する慎重さの表れであるといえる。そして,目撃から選別手続までかなりの期間が経過しているものの,前記のとおり,似顔絵作成したことで,被害者は,時間の経過に伴う記憶の減退をある程度回避することができている。これらの事情に照らすと,被害者が,慎重な姿勢をもって手続に臨み,結果として,2冊の写真面割台帳から,それぞれ撮影時期の異なる被告人顔写真をすれ違った男として選別したことは,識別供述の信用性を考える上で,一定の重要意味があるということができる。(2)しかしながら,すれ違った男を目撃してから,写真面割りによる選別手続まで46日も経過しており,いかに似顔絵作成により,記憶の減退をある程度回避できていたとはいえ,やはり,相当に記憶が減退・変容していた可能性は否定できない。また,似顔絵として固定化されたすれ違った男の顔は,それほど個性的な顔ではなく,似顔絵との類似も,人物の同一性を特段に高める要素とはならない。加えて,その選別内容を検討すると,被害者は,「2年前の写真(甲61)よりも,10年前の写真(甲62)の方が,すれ違った男に似ている。」旨供述しているところ,10年前の写真は,年齢的に若い印象を受ける写真であり(なお,この顔写真は,ややあごを引いた感じでにらみつけるような目つきをしており,同じ写真面割台帳の他の写真比較し,やや個性的である。),前記似顔絵の人物も,それなりに若い年代想像させる表情であって,犯行時の被告人の年齢と必ずしも整合するものでもない。前述したとおり,被害者記憶されたすれ違った男の像は,多分に全体的な印象といった側面が強いこと等にも鑑みると,これらの写真面割台帳に基づいて,すれ違った男を被告人と識別した点は,それ単独で,すれ違った男を被告人であると認定できるほどの強い証拠価値が認められるものではなく,それなりに似ていたという程度で評価するのが相当である。5顔以外の特徴の共通点被害者は,公判廷において,すれ違った男の顔以外の特徴について,「黒色に見えるリュックのようなバッグが入った黒色の前かごのついた自転車にまたがっており,やせ型で,長袖シャツを着ていた。」と供述している。本件当日の外出時及び帰宅時における被告人の特徴は,前記前提事実2のとおりであり,自転車の前かごにリュックを入れ,長袖シャツを着,少なくとも太った体型ではなかったという点で,被告人とすれ違った男との間には共通性が認められる。もっとも,これらの共通点は,いずれも特段珍しいものではなく,これらの特徴に共通性が認められることをもって,前記2ないし4の検討に基づく被害者の識別供述の信用性の程度を格段に高めるものではない。第4すれ違った男と犯人の同一性について被害者は,「すれ違った男と犯人人間的な雰囲気は似ていたし,深夜で,この男を目撃してから被害に遭うまですれ違った人物はなかったことから,すれ違った男と犯人は同一人物であったと思う。」旨供述しているのでこの点について検討する。被害者がすれ違った男を目撃した地点から,本件犯行現場までの距離は,約1.2キロメートルであり,被害者がすれ違った男を目撃してから,本件犯行までは約5分程度の時間が経過している。また,犯行現場を含め,被害者ジョギングをしていた遊歩道は,木立に囲まれ外部からの見通しはよくないとはいえ,他の道路からの進入路もあり,周囲と遮断するような構造物もない。他方,本件犯行時刻は,10月中旬の平日の深夜午前1時25分ころという人通りの少ない時間帯であり,実際に,被害者が当日にジョギング中に遊歩道上で出会った人物は,すれ違った男以外には,ジョギング中の男性一人であった。また,被害者供述によれば,少なくとも,すれ違った男と犯人には,自転車に乗り,長袖シャツを着,長くも短くもない髪型でやせ型であるという共通点があり,正面からと背後からの目撃という違いはあれ,被害者は,両者の人物としての雰囲気が似ていたと認識できたというのであるから,すれ違った男と犯人とが同一人物である蓋然性は,それなりに高いということができる。もっとも,前述のとおり,すれ違った場所と犯行現場の距離や,現場が誰もが自由に通行できる遊歩道であることを考えると,この状況のみから,すれ違った男と犯人とが同一人物であると断定することはできない。第5被告人犯人との特徴の共通点について1被害者は,犯人の特徴について,公判廷において,「白い長そでシャツを着て,長ズボンをはいていた。シャツのすそは出ていた。髪型は,長くもなく,短くもなく,ちょっとぼさっとしたような感じで,体格は,やせ型だった。自転車は,26インチぐらいの大きさで,後部に荷台がついており,泥よけの色はシルバーだった。」と供述している。そして,前記前提事実2のとおり,被告人は,当時,少なくとも長髪ではなく,白色の長袖シャツを着て,シャツのすそをズボンから出した状態であり,26インチの後部に荷台のついたシルバー自転車を引いていた。また,被害者は,被告人の自宅マンションエレベーターホールエレベーター内のビデオに映った被告人の後ろ姿を見て,後ろ髪やシャツがよく似ていると証言している。このように,被害者公判廷で供述する犯人の特徴と被告人の特徴の共通点は,それなりに具体的なものとなっている。しかし,観察条件について検討すると,被害者は,犯人を目撃した際の状況について,「後頭部を殴打された後,犯人を追いかけようと走り出したが,すぐに,殴打された衝撃でめがねが外れていたことに気づいた。そこで,落ちためがねを取りに 戻って掛け直 し,再 び犯人を追いかけながら犯人を目撃し たが,首筋に血が流れていることに気づいたことから,二,三歩で,追いかける意欲をなくし,犯人を見失った。犯人を目撃していた時間は,数秒だった。」旨供述している。被害者裸眼視力は両目とも0.1であり,犯人の特徴に関する被害者供述は,もっぱらめがねをかけ直した後の目撃に依拠するところ,写真撮影報告書(甲31)等の関係証拠によれば,その時点では,被害者犯人とは少なくとも約25.6メートルは離れていたと認められる。犯行現場付近には外灯が設置されており,ある程度の灯りがあったことは認められるものの,そのような距離に照らすと,やはり明るさは十分とはいい難い。また,殴打された直後に犯人を追いかけようとしながらの目撃であり,ある程度の注意力を持って目撃したとはいえ,負傷に気づいたことから短時間で追いかけるのをやめ犯人から目を離していることからすると,客観・主観の両面において観察条件は良好とはいえない。2次に,被害者供述経過について検討すると,被告人逮捕されるまでに作成 さ れ た 被 害 者 の 供 述 調 書 ( 被 害 直 後 に 作 成 さ れ た 供 述 調 書 ( 甲 5 ) を 含む。)には,いずれにも,犯人シャツ自転車の色についての記載はなく,髪型についても,短髪でも長髪でもない髪型程度の記載しかない。その後,被告人逮捕された当日の12月5日及び同月10日に至って,被害者は初めて,本件当日に被告人が自宅マンションを外出し,帰宅する際に写されたエレベーター防犯カメラ映像写真捜査官より見せられた。12月10日に前記被告人映像写真を見せられた際には,被害者は,被告人の後ろ髪や体型が犯人によく似ていると供述し,さらに,被告人に対する実面割(白色のシャツを着用し,シルバー自転車に乗った状態で行われたもの。)等が行われた12月17日には,犯人シャツの色は黒っぽいよりは白っぽい色だったと思うと供述するに至っている。このような供述経過について,被害者は,犯人シャツの色が全体として白系統であったというのは当初から記憶として持っていたと証言し,さらに,犯人の特徴について,警察官にできる限り供述して供述調書にしてもらったと証言しているが,前述したように,エレベーター防犯カメラ映像写真を見るまでに作成された被害者供述調書には,犯人シャツの色について具体的な記載がない。犯人シャツ自転車の色については,必ずしも似顔絵作成等により記憶固定化されたとはいえないことを考えると,被害者は,エレベーター防犯カメラに写された被告人映像写真等を見せられたこと等によって,無意識のうちに,その際に得られた情報がすり込まれ,被害者の目撃時の記憶とその後に得られた情報とが混濁している可能性が少なからずあり,時間の経過とともに内容が付加されている特徴部分については,被害者犯人を目撃した当時の記憶と同じであることには疑問が残る。他方,犯行直後に作成された供述調書に記載のある点に関しては,記憶の減退,変容を来している可能性は低く,また,そこに記載されている内容程度であれば,前記の観察条件でも目撃することは十分可能であったといってよく,変遷のない部分については信用性が認められる。3以上のとおり,被害者の証言のうち,犯人の特徴として信用できる部分は,「犯人は,やせた体格,短髪でも長髪でもない髪型であり,長袖シャツを着て,シャツの後ろのすそをズボンから出していた。犯人の乗っていた自転車の後部には荷台がついていた。」という部分であり,被告人も,その限度では,その特徴を満たしていると認められる。もっとも,これらの特徴は,いずれも特段際立った特徴というわけではなく,これらの特徴の一致は,それのみで被告人犯人性を強く推認させるような大きな意味を持つ事実とはいえない。第6被告人の本件後の行動について検察官は,1本件で使用された凶器ハンマー様のものと考えられるが,被告人は成傷可能なハンマーを所持していた上,未だ凶器について「鈍器」としか報道されていない時期に,被告人は,インターネットで「茨木ハンマー」という単語検索をしており,犯人しか知り得ないPermalink | トラックバック(0) | 10:10

2010-08-06

リョナリンピック

・100メートル

ところどころにまきびしなどをばら撒く。血がいっぱいでる。

100メートルという短い距離の中で繰り広げられる汗と涙と血の物語が観衆の胸を打つ。

リョナリンピック花形競技。

・走り幅跳び

踏み台に針。砂の中にも針が。血がいっぱいでる。

あまりにも足を酷使するため選手人生で一回しか出れないといわれているが、

それでも虚空に血の軌跡を描きながら飛ぶ美しい姿は観衆の涙を誘う。

やり投げ。

槍にトゲがびっしり。たまに自分に刺さったりする。血がいっぱいでる。

どういう投げ方をすれば自分に刺さるのか。だがそれも芸術点として重要視されるので、

今ではいかに美しく自分に槍を刺せるかを競う競技といっても過言ではないかもしれない。

ハンマー投げ。

ほぼ同上。

・7種競技。

フルコース。血がいっぱいでる。

それまでの人生とその後の人生を全て賭けなくては成績をまともに残す事すら難しいといわれる

リョナリンピック最難度級の競技。それだけに世界中から熱い視線が向けられる。

・1500メートル

ところどころに罠がある。血がいっぱいでる。

「これ障害物競争じゃね?」という疑いから始まる論争は夏季オリンピック風物詩

論争が行き過ぎてたまに観客が血を流す事もある。

競歩

特になし。

小細工などをしなくても競歩自体がとてつもないリョナだから。

ぶっ倒れる選手は数知れず。ある意味もっとも血が流れる競技である。

水泳

プールに鮫がいる。血がいっぱいでる。

「もうやめようぜ・・・これはリョナじゃねぇよ、ただのグロだよ」の声が昔から多数あがってるが、

根強い支持がたくさんあるのでかなりの歴史がある。鮫から逃れるべく必死に泳ぐ姿がたまらないらしい。

しかし最近では選手不足が叫ばれており、来季は外されるのではないか?と噂されている。

飛び込み。

水が入ってない空っぽプールに飛び込む。血がいっぱいでる。

「これは水泳競技じゃねぇよ!」という突っ込みをしながら観るのが作法。

そして観客は気づく。「選手は血の海というプールを泳いでいるのかもしれない」と。

シンクロ

鮫がひしめくプールの中でどれだけの演技ができるのか。

ハラハラドキドキの水泳競技の花形である。

鉄棒

棒の表面にトゲがいっぱい。血がいっぱいである。

血を撒き散らしながら次々と技を決めていく姿はあまりにも圧倒的である。

たまに血で滑って頭から叩きつけられてしまうことも。

吊り輪

もちろんトゲがついてるし、輪がちょうど人の首が入るぐらいの大きさだったりする。血がいっぱいである。

夏季リョナリンピックで窒息の苦しみを拝める数少ない競技ということもあり、注目度はそれなりに高い。

運動

床の下から槍が突き出たりする。血がいっぱいでる。

運動クライマックス時に槍に刺さりにいくのがポイント高し。

平均台。

とうぜんトゲがびっしりなので、両手両脚が真っ赤に染まる鮮血の体操である。血がいっぱいでる。

余談だがトゲの大きさや太さもきっちり平均である。

フープ。

フープが金属製で、刃が内側についている。血がいっぱいである。

説明はそれだけで十分だろう。真っ二つである。

トランポリン

かなりの確立トランポリンが破けるようにできている。血がいっぱいでる。

「いつ? いつ破けるの? この高さでとんでるときに破けたら・・・!」

の表情がマニアックなファンの垂涎を誘う隠れ家的な競技である。

ウェイトリフティング

ウェイトリフティングという競技とリョナをくっつけたら、どうなるか? 想像してみよう。

だいたいその想像通りのことが起きる。血がいっぱいでる。

射撃

ウィリアム・テル。血がいっぱいでる。

フェンシング

あの細い剣で突っついてみたいよね! 血がいっぱいでる。

カヤック

ワニが! ワニがいっぱいだよ! 血がいっぱいでる。

トライアスロン

七種競技以上の地獄めぐり。血がいっぱいでる。

リョナリンピック歴史上、いまだマラソンまで到達したものはいない。

というか自転車ですらまともに走ったことはない。漕ぐための足がサメに食われてるからである。

・なおこのリョナリンピック

主催者がリョナをわかってないんじゃないか? これじゃただのグロリピックだよ!

リョナっていうのはなぁ、可愛い女の子が血を流したり苦しんだり触手でアレしたり食われて消化されそうになったり(以下自粛)」

という意見が近年になって目立ち始め、根っこの部分から揺さぶられつつある。

リョナリンピック開催委員会内でもリョナ派やグロ派といった派閥に分かれて、今後の運営を巡ってはかなり際どい政争まで起こっている様子。

四年に一度の世界規模のお祭り―――長い伝統は、今、変化の時を迎えおり、その変化には多量の流血が伴いそうだ。

2010-07-20

ハンマー

工事現場は気が張り詰めている。

一瞬の判断のミスや遅れで命に関わる重傷を負ったり、死んでしまったりするからだ。

自分だけが傷つくのはまだいいが、たまに自分ミスのせいで他人が酷い目にあったりする。

もしくは他人のミスのせいで自分が。

その日、俺はビル工事現場の、下の階の方にいたのだが、いきなり大声が上から降ってきた。

「あぶなああああああああああああああああああああああああああああああい!!!!!!

咄嗟に右の方に身体を移動させたら、直後、

ばごんッ!

と、自分が一瞬前まで立っていたあたりで凄い音が響いた。

鉄製の足場にへこみを作るほどの大きさのハンマーが転がっていた。

ヘルメットなんかクッキーのように簡単にぶち壊せる代物である。

それが何十メートルという高さから落下してきたのだ。

俺の周りにいた人々が一斉に顔を上に向けて「あぶねぇだろうが!」と怒号を放ち始めた。

工事現場はこの手の事故に最も気を遣う。

ハンマーを落とした人は即座に管理責任者に呼ばれて腹に拳を叩き込まれていた。

ちなみに俺は小便を少量、漏らしてしまったが、これは誰にも言わなかった。

2010-07-04

人をハンマーで殴り続けるとしぬ

2010-07-01

http://anond.hatelabo.jp/20100630234655

すごくよくわかる。

疑心暗鬼の状態なんだよな。

相手の顔色を伺う。相手の声の様子や態度がキツイと前に失敗したことが頭をよぎって

ソレで嫌われた。見放されたのかな・・・とか思ってへこむ。



別に弱くていいじゃん。強くなくて。

弱いっていうよりさ、むしろ同じように心の繊細な他の人の悩みを理解できるわけだし。

それにどうすればいいのかわからないっていってるけど、

単純に、相手に本心をぶつけるのが手っ取り早いよ。

飲み会の席で酔ったフリして聞いても良いし、仕事終わってからあえて時間作って質問しても良いし。

相手の言葉で、お前駄目だといわれても、駄目だと思われてるかもしれないという不安より、気が楽になるしね。

前者は、ハンマーで一発殴られる感じで、後者ははりで何度も何度も心を刺す感じかな。多分前者のが楽^^;;

まぁ大抵は、自分のオモイスゴシだし。

そういう方法もとれそうにないって言うのなら、魔法のワードを1つ。

『別に、友達じゃないし。』

嫌われたり、尊敬とか信頼しあえてなくても仕事が或る程度まわればいいんじゃない

相手に好かれようと思わなくて大丈夫だよ。問題が起きない程度の付き合いでさ。

2010-06-14

はやぶさの件で思ったけど理系の基本知識ってやはり道筋があるんで、

100段くらいとばして萌えとか国威とかめんどくさいことにつなげて大騒ぎされると

あまりに展開が速すぎてめまい吐き気がする。

文系つかネット人口のあたまんなか、アンコントローラぶる。

脈絡なさすぎてわけわからん

(いやわかるけど。快楽ハンマー

 

根っこに居る人は知らなくていい失敗とか辛い作業も全部だまって受け止めてる。

つまり、人は必ず死んで生き返らないとか、

はやぶさにはどれだけつまらない結末がありえたかとか、

そういうことを注目されない限りはあえて言わない。

ネットだけじゃなく。現実世界でも不毛だからいわない。

そういう不毛情報もあるよ。金持ち云々じゃない。

人は希望がなければ生きていけないから言わない。

まだまだ科学が未解決の人類テーマなんていっぱいある。

2010-04-20

2984年・・・。ネット世界はW●ndows、L●nux、M●cOSの3つのOSによって分割統治されていた・・・。その中のM●cOS世界は統治者『偉大なジョブス』(ビッグジョブズ)による指導のもと、ハードウェアのみならず、アプリ思想、開発言語まで徹底した管理がなされていた。また、市民は常に『iMat』と呼ばれる双方向テレビジョンによって屋内、屋外問わずほぼすべての行動が当局によって監視されていたのだった。


だがしかし救世主は現れた!思想警察に追われながらもハンマーを振りかぶり、iMatを叩き壊す救世主が!

自由への戦いは始まったばっかりなのだ・・・。



*この物語フィクションです。実在の人物・団体・事件・下記の動画などにはいっさい関係ありません。


http://www.youtube.com/watch?v=R706isyDrqI

2010-03-31

http://anond.hatelabo.jp/20100331174341

だから、余裕がなくなりゃリスクマネジメントも思いやりもなくなるってさっきから書いてるよね?

余裕って、大事だよ。ハンマー上司殴るってのはそれなりに限界だったんだよ。

法律?知ったこっちゃねえ!法治国家?糞食らえ!」っていうぐらいにね。

何でも無限にあると思っちゃいかんよ。

何で貧乏人ほど窃盗を働くか、考えたことある?

2010-03-08

中国チワン族に強制不妊手術 ほかグローバルインテリジェンス

ttp://gaikoanzenhosyo.blog4.fc2.com/blog-entry-500.html

 中国広西チワン族自治区博白県で、”一人っ子政策”の徹底をはかるために当局に雇われた数百人規模の”取り締まりチーム”が、鉄パイプハンマーで武装して村々をあらしまわり、無理やり女性を連れ去って強制不妊手術を施していた、と香港マスコミが伝えている。



産経報道では、チワン自治区博白県の各地で、これに反発したチワン族による数千から一万人規模の暴動が発生、治安部隊との衝突で5人が死亡したという。



 これが本当なら驚愕の事実だ。



従来、中国の”一人っ子政策”は少数民族には厳格に適用されず、第二子・第三子を産んでも少数民族だけは特別待遇として許されているはずだった。



少なくともこれまでの中国政府の説明ではそうだった。



そうした少数民族への”特別待遇”こそ、漢族チベットウイグルモンゴルチワンなど各少数民族を支配する大義名分ともなってきたのである。



近年、支配民族である漢族は、特に急速な経済発展を続ける沿岸部を中心に非常に裕福となった。そのため、一人っ子政策違反してもさして痛くも無い罰金を払うだけで、第二子以降を出産してしまうケースが増えていると言われている。



その一方で、鉄パイプハンマーを振りまわすチンピラを当局が雇い、被支配民族チワン族の女性を連れ去って強制不妊手術を施していたというのである。



まるでナチスによるユダヤ・ロマ人に対する断種政策の亡霊が現代によみがえったかのようである。



 日・米・欧の先進民主国家をはじめとする世界は、こうした事態を「ビジネスが大事」といったような理由で見逃しても良いのだろうか?



中国で、平和の祭典であるはずのオリンピックが開催されるのは、とても適当とは言えないし、もし北京オリンピックがこのまま開かれれば、中国オリンピックスポーツ政治利用を許してしまう結果となってしまう。



ダルフール問題も含め、国際社会中国に対し、こうした凄まじい人権侵害をやめるよう非難・制裁などで圧力を強めるべきだ。

2009-12-02

レッペリ

2009/08/01(土)

みんな、泣いてる。とても静かに泣いてるみんなの姿を

僕ははっきりと感じることが出来るよ。

僕は暗闇の中に逃げ込むことで沢山の安息を得たし、

みんなは僕の暗闇を覗き込むことで、あるいは

僕の暗闇にしんしんと降り積もる雪のような悲しみを眺めることで

すこしだけ人を信じたでしょう。

だけどそれももうすぐ終わるんです。終わります。大丈夫

2009/08/01(土)

僕はいつのまにか逃げることが人生みたいに思って

ずいぶん遠くの暗くて静かなところまでやってきたような気がしていたけど

本当はすこしもあの故郷の匂いから離れることは出来なかったと思う。

僕は今も遠いあの故郷にいて、夏の夜にふく風の心地とか

夕暮れが町を包み込むときの空気の触れ合いを少しも忘れていないし

むしろそれをいつも心の綺麗で優しい場所に暖めていた気がする。

2009/08/14(金)

こんばんは。僕です。

みんなには随分不憫な思いをさせてしまってとても僕は反省しています。

殺せ。俺も殺す。

そんな気分でしたから、僕がここにスレを立てるのはすこし大変でした。

人が人として生きることはそんなに難しいことではありません。

でも誰がそうしていますか?あなたですか?では僕もです!

それでこのスレも進みます。昨日のことはもう大丈夫ですか?

昨日の続きが今日です。大丈夫。明日まで待ちましょう。

2009/09/12(土)

こんばんは。僕です。僕は夢をみていました。

絶望だけの夢です。

太陽が死んで、明日のまた次の日も

そこに新しい一日が二度と訪れない世界にいて

僕は死んでいったジョニーや麻井、それからJのことを想っていました。

そうしている僕は、しかし何も感じず何も見ず、ただ世界が終ったあとのこの

風景にやっと時間だけが流れていることをかすかに意識することが出来るだけだったとも思います。

僕は過去現在においてただそこにある時間だけが流れさったということを自覚することができたから、

今ここにいない彼らの過去にあった現在もまた確かに現在過去として存在することを認めることができました。

夢の中にいた僕にはだからそこに彼らの生があることを認めることができたけれど、

その夢が醒めた今となって、かえって僕はまだ自分世界の終ったあの日にいて、

それからすこしの時間にも流されず、ただあの突然の巨大な破壊の前に

焼け爛れた人々の死の壁の前に立ち尽くしたままなのかもしれないと思うようになりました。

みんな死んだのだ。そして僕だけがまだここにいて、こうしてただ振り返ることにおいてのみ生きているのだ。

僕はこうして過去の存在の、失ったものすべてを一つ一つ認めることにおいて現在の生と時間を生きているのだ。

僕は死んでいないのだ。だからこそ僕は死を認めるのだ。

麻井の死を、ジョニーやJのその死を。そしてあの破壊。彼らの生を、魂を簡単に粉砕したあの破壊を。

そして彼らの破壊された時間だけがそこに留まり、僕だけに新しい時が訪れたのだ。

だが本当にそうだろうか。彼らは死に、僕だけが生きている。そんなことが本当にあるだろうか。

あの恐ろしい破壊が僕の時間だけをさらい忘れるというようなことが。否、そんなことはないだろう。

僕はまだ、夢を見ていてこうしてここに過ぎていく時間も全て本当には存在しないのではないだろうか。

時間が止まった後そこに夢だけが、死の数だけの夢がそこにのこされているのではないだろうか。

僕も死に、彼らも死んだ。あるいは彼らが生き、僕だけが死んだということもできよう。

だが僕の夢がまだこうして続くのなら僕はただその夢を、夢の中の生に流されていようと思うのです。

2009/09/12(土)

みなさんこんばんは。僕です。おひさしぶりですね。

この頃は元気ですか、僕は元気です。

今日休日で、大阪の空はひさしぶりの雨雲に覆われています。

雨は降ったり止んだりといった感じで、

せっかくの休日なのにと言う人もあるかもしれませんが、

僕のほうは休日に降る雨のことが好きだし、その雨にしてもどうもこちらに気があるらしいから、

この静かな午後の雰囲気をいっそう穏やかなものにしてくれるし、

僕はそのなかでずいぶん落ち着いた時間を過ごしています。

それで今、パーラメントを聴いています。マザーシップ・コネクションです。

1976年地球征服を企む宇宙人ジョージ・クリントン本名不明)が

小型宇宙船NY路地裏に降り立つとき、

この音楽を人々の脳に直接流し込むことで

街を一瞬のうちにP-FUNKと呼ばれる興奮状態に陥れたという話ですが、

その威力は本当に凄まじく、

いまこうしてスピーカーから流れるボリュームを極力抑えた旋律ですら

その快楽への欲望を限界まで引き出す恐ろしいリズムによって

僕の下腹部の奥に熱を与えそこからごりごりとした欲望が膨らむのを感じます。

アンニュイ休日の午後にはすこし強すぎるスパイスでありました。

2009/09/27(日)

痛みがある。随分苦しい気分でいる僕です。恥かしい気持ちだけが脳を満たしていて

独りでいないとどうしようもない気がするので僕は今日もそうしています。もしもそばに誰かいたら

やっぱり駄目になりそうです。気付いたら誰もいない生活が当たり前なので、人の声がうるさくて仕方ないし

それで怒りみたいな感情がどんどん溢れてきたときには、それがもしもこぼれ出したりしたらと思うと

やっぱり恐ろしくて仕方ないです。わからない間にとんでもないことをしていたりするんじゃないかといった不安

あることと、もうイロイロなことが前とは違う風に見え始めていること。

良くなることが有るような気もしますが、それは記憶が褪せるのと同じように

ただ痛みを忘れているだけの気もします。忘れているのは自分だけでそれは決して許されること

ではないのかもしない。最初からわからないことが多すぎるし、

僕の知らないところで僕が撒き散らした破壊によって今おびえる僕はもうとても苦しい気分でいるのです。

2009/10/06(火)

すいぶん時間の進み方が変わっている。と俺は考える。

朝、と思っていたらもうすっかり夜になっているし、

秋だ、と感じたそばから冬だったりする。

そもそも俺は、過去未来がこの瞬間とどういう具合に組み合わさっていくのだか知らんが、

こうやって生きていくにつれ、過去というのが次第にその体積を増加させ、

徐々に未来侵食しながら進んでいるのだけは分かる。

そして過去は、いずれ俺の現在未来に与えられた全ての時間を少しも残らずに覆い尽くしてしまうのだろう。

それは始め、とてもゆっくりだったのに、今ではもう決して追いつけない速度になっているし、

そのせいでこの現在は、この瞬間はただ過ぎ去っていき、そこに自分が生きたという実感も無く

ただ過去という巨大な闇に飲み込まれていく。

とても速い。と俺は思う。それから、もう遅すぎる。と思う。

俺が歪んでいるのか、時間の方がそうなのか、

どちらにしても俺の精神は既にこの時間の速度を認めることが出来ないでいる。

2009/10/07(水)

精神の悪化が著しい。

このところずっと俺の背後に立っている男が俺の精神の自発的な破壊をもって

俺の完全な抹殺を開始する算段を企んでいることなどもあって、

俺はすこしも心を落ち着ける時がなく、

そうして最近では風呂場の隅の暗いような所からなども、

何者かがこちらの精神の崩壊の瞬間を窺っている様子もある。

そして俺は今日もこうして睡眠などに身を任せるような危険な状態を避け、

俺の抹殺を企てるもの、現在も俺の後ろに立っている男などを筆頭に

俺の精神を一刻も早く破壊せしめ、俺の存在と俺の時間の完全な抹殺を遂行しようとする輩から、

すくなくともまだ、こうしてかろうじて日常生活をぎりぎりで保てる段階に留まっている限りは

その手に安易に落ちることを拒否し続けることにしている。

しかしそれももう長くは続かないだろうことは、俺もそして俺を抹殺しようとする奴らにも

既に大方は了解されていることではある。

問題は、俺がその瞬間においてどの程度人間であるかという点にあり、

そのことが今の俺の最大の関心事となっているのである。

2009/10/07(水)

たしかいつだったかに俺は雨が好きだ好きだというようなことを言った覚えがある。

そのことは今も変わらない。俺は今も雨が好きで好きでそうしてその雨量は多ければ多いだけ好きで、

その時間は長ければ長く降り続くだけ俺の精神を安らかな状態に満たしてくれるから

俺は一層に雨を好きになるという按配なわけだ。

そしたらさっき、台風なんぞが来たる。なんつう声が耳に入ってきよったもんで俺、にたにたしたっきり外を眺めとった。

俺は雨が好きで好きだというようなことが、そのまま台風にも通じるんであって、

俺はベランダに静かに立って、そこから見える景色、家の前を流れる小さな川とその川の向こうにある小さな公園

その向こうにある人家とマンションそれから小学校の校庭と、もっとむこうの山々とに、

今も降り続く雨をこのベランダにも降りかかる雨にしとしととこの身を濡れそぼらせながら見とるわけだ。

そうして俺が恍惚とした表情で見とれておる間にもその雨は、次第に風を増し

雨量を増し、その一粒一粒の重量は益々に肥え、

俺のこの目の前に広がる人の気配のない空間に降り続ける雨の質感が

より重厚によりドラマティックに揺れるのを俺はもう、俺はもうここに俺の時間がただこの瞬間にだけはっきりと

流れその流れが雨の時間と混ざり合っていくのを感じているということなんよ。

つまり今夜だけは俺もこの精神に静かな安らぎを与えられるということなんよ。誰も俺を抹殺にかかるようなことはないんよ。

今日だけは、深く沈む闇の中から俺を監視する視線は消えるんよ。目を閉じてそして狂ったように振りつける雨の呻きも

ふいに静かになる雨の押し引きにもそのどこにも俺の精神に痛みを与える気配はないということなんよ。

2009/10/08(木)

休日のこと

朝、目が覚めて

たしか9時くらいだったと思います。

まず洗濯機を回して、

そのあいだとりとめもない空想に浸りながらストレッチをして、

洗濯物を干して、それからご飯を食べに行きました。

帰りにミネラルウォーターと、電球を3つ買いました。

部屋の電球を交換して、セロニアス・モンクを聴きなが小説を読みました。

しばらくして眠くなったので、本を閉じて眠りました。

目が覚めて、夜ご飯を食べにいって、戻ってきてお風呂に入ってから眠りました。

一体人生とはなんでしょうか。

2009/10/09(金)

Jっちこんばんは。

僕はニンテンドーじゃなくて時給780円の弁当工場に勤務していますけど、

まあ焼肉弁当ラインに立っているので工場内では勝ち組ですね。

高収入?なんすかそれ。幕の内とどっちが美味いの?みたいな世界ですね。

なんつって、来る日も来る日も目の前を過ぎ去っていく焼肉筑前煮見てて

ああ、もうこんなに筑前煮ばっかりで人生うんざりだなってこともある俺だけど、

そこは俺、プロなわけで、なんだかんだ、すんげえ良い感じに盛り付けちゃったりするわけですわ。

だからこその焼肉弁当ラインなわけです。そこは俺の領域なわけね。俺の場所。超クール

とかなんとか、この俺の人生だけど、まあそれ以外にも楽しみはいっぱいあるよ。

一体何に喜べばいいの?

ってそんなもん自分で見つけないといけねえにきまっとるだろが。

生きるっていうことは考えることだし、学び続けることだろが。

昨日より明日、明日より明後日焼肉弁当がもっと美味い。それが人生だし、

今日筑前煮、その煮汁が完璧な旨みを含むまで何回でも煮込む。

それが生きるってことなんちゃうかなあ。と思うけど、

たまにはやっぱり人生ってなんですか。って思う俺です。

2009/10/12(月)

昨日も、朝起きて、やっぱり、何かむなしいような気持ちでいた僕は、

小さな部屋に独り、掃除洗濯などをすませて、

お昼ごろになってご飯を食べて、

それから電車に乗って京都に向かいました。

五条くらいで降りたって、鴨川沿いを歩き始めました。

静かに流れていく川。それを眺めている間だけ、このむなしさも僕から離れていく。

と、そんな風に思いながら僕は歩きました。

しばらくしてベンチを見つけて、そこに座って本を読みはじめました。

堀辰雄風立ちぬでした。ずいぶん綺麗な言葉たちが鴨川の水面に浮かび僕の心をさらさらと流れました。

原っぱには白人家族がいて楽しそうにボール遊びをしていました。

その向こうのベンチには若いカップルが、そんな家族の様子を眺めて幸せそうに笑いあっていました。

空は気持ちよく晴れ、そこにうすい雲が流れています。ゆるい風の中には秋のぴりとする冷気を認めますが、

ふりそそぐ陽光の暖かさがそれを心地よい肌触りに感じさせます。

僕はベンチに寝転がって、本を読みながら、ときどき空を見上げ、うすい雲のそばに淡い空想をゆらしたりもしました。

そんな風にしている僕はいつのまにか眠ってしまったのだと思います。

ふと気付くと、すっかり陽は傾き、辺りは秋の気配に包まれ、周りにはもう誰もいませんでした。

ふらと起き上がった僕は、帰ろうと思いました。そしてまた歩き始めました。

近くのジュンク堂に立ち寄って文庫本を何冊か買いました。

途中のうどん屋さんで夜ご飯を食べました。そうしてまた電車に乗って帰っていきました。

家について、お風呂に入ってからからチューハイを飲みました。やっぱりいろいろ恥かしい気がして、

まだ誰にも会えない、と思いました。それはすっかり冷たくなった夜の風のせいかもしれません。

いろんなことが、駄目になり始めてから、もうずいぶんの時間が過ぎたようです。

2009/10/13(火)

告白します。

8月、私は毎夜モンスターハンター3ばかりやっておりました。

それは真夏の世の夢、日暮れを待っては無法残虐の限りを尽くす暴君と化した私、

気が付いた時にはカーテンの向こうが白々と輝き、

すっかり日が昇っていたというようなことも何度かあったほどです。

そんな風にして過ぎた9月のある日に、私はふと思い立ち

コントローラーを静かに床において、普通サラリーマンに戻りました。

そして今、なにかがふいに私の内を過ぎたのです。

ああ、我が燃ゆる夏、灼熱の鉄槌を再びこの腕に。

誰か、一緒に狩りに行きませんか?HRはたしか30か40くらいだったと思います。

ハンマーを背負っております。テクニックはございません。ただ破壊

振りかぶったハンマーが獣の脳髄を揺らします。

よろしくおねがいいたします。

2009/10/14(水)

僕にはさっぱりわかりません。

破壊したい、あるいは破壊されたい。

僕は日々その間を、あっちこっちに振れている人間です。

2009/10/14(水)

相対性理論パクリ。その指摘が私を酷く苦しめました。

昨夜、私はこの苦しみから逃れるため酒に溺れ、そして苦しみの底でこの世界を強く呪いました。

バーモンド・キッス。いかにも私は、是をパクったことを認めます。

しかし今になって、私はその事実に対してただ一片の後悔もこの心に認めてはいません。

それは相対性理論という楽団こそが、

言わずもがな「地獄先生ぬ~べ~」の周到なパロディに過ぎないという事実を私が知るからです。

その楽曲の全ては、「鬼の手」を持つ小学校教師「ぬ~べ~」こと鵺野鳴介が生徒を守る為に、

妖怪悪霊を退治する学園コメディーを、一話一話、楽譜の上に置き変えただけのものなのです。

であれば今、私がこうして、相対性理論をパクったという一つの現象は

はたして私をこうまで苦しめる理由になるでしょうか。

あなた達がいかに厳しく私を断罪したところで、私の心には今も清涼な風が吹き抜けるばかりなのです。

2009/10/14(水)

言わずもがな私は今夜、言わずもがなという言葉を多様しています。

これは言わずもがな、私の精神記憶の欠落を示しています。

繰り返す時間が私を言わずもがなの罠に誘います。

言わずもがな、私はこの罠を、罠と認めることなく、一度、そしてもう一度、

言わずもがな二度三度とその失態を繰り返します。

私はこの痛みをもったまま言わずもがな次の言わずもがなへと進みます。

すこし度が過ぎたようでう。今夜はすこし酔いすぎたでしょうか。

秋の風が頬の熱を奪い、私は風の王に嫉妬します。

これは現実時間です。そして私の精神は今、確実にその強度を失っています。


2009/10/15(木)

本当のことを言うと、僕は文通がしたいのです。

こうして、誰とも無く世界の果てに向けて自分精神を拡散させるのではなく、

確とした誰かに、己が胸のうちをひっそりと告白したい。

そうして僕は彼方にあるその存在に思いを馳せ、

ただじっと待ちたい。私はその時間を愛し、その距離を空想したい。

文はその遥かなる旅路の内に芳醇な感動を携えて私の心を狂おしく酔わすであろう。


2009/10/15(木)

矢野くんの勝利マンのキーホルダーええなあ。

わし今から自分の住所と名前を念じるから感じ取ったら着払いで送ってください。

替わりに高校のときに使ってた数Bの教科書送ります。

もし数Ⅲの方がいいとかだったら相談に乗ります。念じてください。

よろしくおねがいいたします。

しかしモンハンやろ言うても誰も乗ってくれへんし、

わしも寂しい男やなあ実際。

まあ、こうやって毎晩、部屋で独りビールのんで、絶命しかけた肝臓に毒の油塗り込むような人間なんぞ

そりゃ誰も相手にせんやろってなもんやけど、せやかてまだわしも人間の姿はしとるで。

徐々にやけどまあ顔は獣じみとるけどな。実際狂うように美しいで今のわし。

鏡にもずいぶんはっきりと狂気が写りこんできとるしな。そやしそもそも人の美しさなんつうもんは

ひっくり返してみたらこんなもんや。やっぱり腐りかけがうまいんやな。健康的なもんの美しさには

わしなんぞも興味ないわい。それはしかし生きとらんわな。なんの歪みもない美からは

人を狂わす色気はでえへんで。わし自分の妖気に酔いそうや。そやからまだ誰にも会うわけにはいかん。

人がおったらたまらんで、会うたら畢竟まぐわうことになるのはわかりきっとるからの。くわばらくわばら。

絶望や。なんか知ったかぶりの絶望が攻めてくるんや。

恐ろしいのう。生きることはずいぶん辛いことやのう。

徐々に言葉が離れていくようになった。

脳のしわ。一つ一つアイロンかけて明日の朝には

元通りにしなくちゃ。生きるんだもの私。

無理だ。もう本当に無理だよ。

駄目になるのがはっきりとわかる。

もうすぐだよ。一度は超えたヒューマンの境界線。

もう2度と見たくないあの地獄。いやだ。助けてよ。

酔ってしまったような気もするし、

かといって時間が歪むのを確かに判別できる程の理性は

確保されているような気もする。

すこしの間忘れていたことを思い出す瞬間が訪れる。

しかしアルコールが人を破壊する様はまさに地獄です。

それは、最もおそろしい闇を見るのが溺れていく私だけではないからです。

私の周りにある人々をも同様に捉えて離さない深く濃い闇がそこにあります。

必死で手を伸ばすもの、私を捉えてその暗黒から救い出そうととするものそれら全て飲み込む

闇がそこにはあるのです。今、その闇の中に沈んでいく私にできることは限られています。

選択肢は、そこにある結末は。

2009-10-28

http://alfalfa.livedoor.biz/archives/51521485.html

これを読んでうらやましいと思った。

ウチの嫁など、先日「BDレコーダとテレビHDMI連動設定を切ったのに

それを教えなかった」という件で激怒し、3日間家に入れてもらえなかった挙句、

私の大事な Roland SP-808ハンマーで滅多打ちにされて軒下で雨ざらしに

なっていました。

何かあるたびにこちらのものを壊したり捨てたり (前回は腕時計コレクションを

捨てられた) 払う当てのないクレジットカードで10万単位の無軌道な買い物を

したりするのでもはや慣れたというか涙も出ませんが、恐らくこれを読んだ人が

思うのは「離婚すれば……?」だと思うのですがそのつもりはないというのが

人生不思議だと思います。

未婚の皆さんは、伴侶を選ぶ際には経済観念がしっかりしているか、

ヒステリーが極端でないか、相手の趣味を認める度量のある人かどうかを

よくよく吟味されたほうがよろしいかと思います。

2009-10-14

http://anond.hatelabo.jp/20091014105848

でもこの前顔面ツギハギのお医者さんに診てもらったら「1億円頂戴いたしやすぜ」とか言われたって人がいたよ。腕は確かだったんだろうけど、流石にそれは取り過ぎのように思うよ。

……というのは冗談として、ブラックジャックハンマー先生があの当時マンガとして成立できた理由ってのはやっぱし「医者がタダと思うくらい安かった(しかしタダでは治せない困難な医療も存在した)」わけで、良く分らんけどその頃は何故か各医療機関もバブリーだったんだろ?

なんでこうなっちゃったのさ! どうしてこうなったのさ! だれがいけないのよさ!

2009-09-22

ラノベ脳が読んだ『エンジェルハウリング from the aspect of MIZU

このラノベは今から約10年前に始まった全10巻のシリーズです。魔術士オーフェンシリーズで大ヒットを飛ばしていた秋田禎信氏の新シリーズで、奇数巻と偶数巻で主人公が違うという特徴を持っていました。今回話題にしたいのは奇数シリーズのfrom the aspect of MIZUです。

このミズー編、あるシーンが非常に強烈でした。ラノベ脳に染まっていた自分に、もっこりハンマーを実際に食らったような衝撃を与えてくれました。どこがそんなに強烈だったのかちょっと他の人にも知ってほしい。というわけで、その衝撃について解説しつつ語ってみようと思います。


まず主人公は辺境最強の女暗殺者、ミズー・ビアンカ。当然のように美人です。クールビューティーです。裏の情報屋のアジトに向かうときなんか、冷静に見張りに話しかけ冷静に見張りのあごを砕いてアジトに入り込みます。クールです。強いです。そして情報屋ともクールなやり取りで自分の要望を飲ませます。頭も切れるいい女です。そして彼女はある敵に遭遇します。相手は通り魔的な殺人鬼名前ありません。モブです。つまるところやられ役の雑魚といったところなんですが、ミズーさん、彼と戦って勝ちはしたものの左足を負傷し出血多量で昏倒してしまいます。しかし、最強という言葉があまりにも意味をなさない魔術士オーフェンという作品を世に送り出した秋田氏の作品です。このくらいでがっかりしてはいけません。それに、本番はこれからです。

足を怪我して自由に身動きを取れなくなってしまったミズーを助けたのは、アイネストと名乗る青年でした。金髪長身痩躯の優男です。彼は学者らしく、ミズーに興味を持って彼女を観察していた、と言います。クールビューティーミズーさんは超冷たい態度で彼を追い払おうとしますが、なんだかなりゆきでアイネストと道中を共にするはめになります。なんていうか、王道です。ボーイミーツガールです。いや、ガールミーツボーイか。とにかく、クールビューティーで強いお姉様とちょっと間抜けでやわな優男のでこぼこコンビの出来上がりです。王道だ、そう思っていました。

さて、当面の間はミズーはアイネストに冷たいままです。当時この言葉があったかどうか定かではありませんが、いわゆるツンデレです。いったいいつミズーはアイネストにデレるのかな?それを楽しみに巻を読み進めていきました。

続く3巻では間抜けに見せかけておきながらガチでミズーのことを観察していたアイネストに、ミズーは心の弱いところを突かれます。ここもニヤニヤしながら読んでいました。あー、アイネストはなんだかんだいってミズーのことよーっく判ってるんだなー。ミズーからしてみたら今のアイネストは怖いだろうけど、でもそのうち頼るべき人になるんだろーなぁ。いつその時が来るのか、楽しみだなー。なんて思っていました。

…、思っていました。話が進むごとにアイネストは道化仮面を脱ぎ捨ててだんだん冷酷になっていきます。ミズーを好きに操るために何重もの罠を用意してミズーを脅したりすかしたりします。ミズーもそれに応じてアイネストへの憎しみを募らせていきます。それでも思っていました。クールな素顔のアイネストもいいなー。相変わらずミズーには嫌われっぱなしだけど、なんだかんだいってアイネストにとってミズーは重要な人みたいだしなー。こういう仲の悪い会話をしておきながらも話が進めばいい感じになるんだろうな、ああ、王道。なんて。思っていたんですが、衝撃の瞬間は唐突に訪れました。

7巻、237ページ。アイネストとミズーの会話シーンで、ビンタが飛びました。ミズーからアイネストに対して?いえ、アイネストからミズーに対して。頭に大きな?マークが浮かんでいるところに畳み掛けるようなアイネストの台詞が。

「まず言っておこう。君と一緒にいるのは、ぼくにとっても甚だ不愉快だ」

もう、このときの衝撃と言ったら筆舌に尽くしがたいです。あれ?この二人って修復しがたいほどに仲が悪いの?アイネストはなんだかんだいってミズーのことが好きで、いつかミズーもアイネストに転ぶんじゃないの?でも、一瞬後に気づきました。ああ、自分はなんて馬鹿だったんだ、と。真面目に考えて、自分のことを利用しようと罠にはめる男に対して恋愛感情なんて芽生えません。真面目に考えて、はなっから自分のことを嫌っていてことあるごとに襟首締め上げてくるような女に対して恋愛感情なんて芽生えません。何夢見てたんだ、自分

いや、そこを夢見させてくれるのがラノベなんじゃないか!ごもっともです。でも、この作品はなんていうか、そういう夢&冒険&恋のエンターテイメントラノベとするならば絶対にラノベとは呼べません。世界観ファンタジーなんだけど、人物まではファンタジーじゃないというかなんというか、徹底的にリアリズムを追求しているというか。話の途中でミズーさん全治3か月の重傷を負って素直に3ヶ月間病院入院してますし。入り口は最強の女暗殺者と最強の精霊を瞳に宿した少女を主人公として2本立てしてとても厨2病っぽい設定だったりするんですけど、中身はまるで違っていてそれがすごいです。

さて、そんなびっくりアタックが待っているエンジェルハウリングですが、じゃあつまらないのか?と聞かれると、そんなことはない!と声を大にして言いたいです。この物語で語られている、信じるものと愛についての誠実な考察はとても面白いです。

12月に発売される秋田禎信BOXにはオーフェンシリーズ後日談とともにこのエンジェルハウリング後日談も収録されています。エンジェルハウリング?知らねー、オーフェンだけ売ってくれりゃいいのに、などとぼやいているそこの貴方!多分この世で1番ラノベらしくないラノベ読了する時間は十分にあります!ぜひ一度このシリーズに挑戦してみてください。

2009-09-20

失敗しないドラクエ9

おはこんばんちは、ヤマトの諸君。

おっきなお友だちのキミたちはドラクエ9はとっくにクリアして、レベル99の職業のどれを転生させようか、迷ってる頃だろうね。

でも、そろそろ中古も安くなってきて、今ぐらいになってドラクエ9でもやってみようかなって可愛いあの子もきっといるはずだ@真っ赤なスカーフ

そんなハニーのために、失敗しないドラクエ9ってのを書いてみるよ。


ドラクエ9セーブデータひとつしかないんだ。

そして、すれ違い通信地図を交換したりして、データに再現性があんまりないんだ。

つまりだね、こつこつ積み上げてきたデータを消去しないと、「初めからプレイする」ってことが出来ないし、「初めからプレイ」したら貴重な地図はもう二度と手に入れられないかもしれないんだ。

これが、歴代ドラクエと比較しても9が爆発的に売れている理由だね。

データを消したくない大きなお友だちが、「初めからプレイする」ために、二本目、三本目を購入してんだね。

バンダイも真っ青の、「人民の敵」商法だ。

まー、そーゆーこともあってね、「ああ、あの時、ああしておけばよかった!」て思っても、ドラクエ9はなかなかやり直しがきかないんだ。

だからあらかじめ、失敗しないプレイを目指すのがよござんすよ、なのでございますですよ。


まず、主人公のキャラメイキングね。

何回でも組み直して、心から気に入ったキャラを作ろう。後で、なんか気に入らないなと思っても、もうやり直しがきかない。

名前も「あああああ」とかいい加減なのはやめといた方がいいよ。そういうのが好きっていうんならそれでもいいんだけど、後で後悔しても知らないんだから。シラナイシラナイ。

でね、ドラクエ9ではすれ違い通信で、よそ様のDSにお邪魔することがあるんだよ、主人公が。よそ様に見られても困らない、恥ずかしくない、名前にしたほうがいいよね。

ドラクエ9は基本システムドラクエ3に似ているところが多々あるけど、ドラクエ3は女性優遇がはなはだしくってさ、明らかに女性キャラの方が有利だったのね。

ドラクエ9はそこまででもないかな。男女キャラの違いで有利不利はあんまりないみたい。


さて、キャラを作って冒険を始めよう。

スキルポイントってのが手に入るよ。

ドラクエ9では、キャラクターモンスターを倒して入る経験値に応じて、ふたとおりのルートで成長する。

ひとつ職業レベルがあがる方法ね。

主人公のデフォルト職業は旅芸人だ。他の職業は、

僧侶魔法使い、戦士、盗賊、武闘家(以上、旅芸人を含めて基本職)、バトルマスター、パラディン賢者レンジャー魔法戦士スーパースター(以上、上級職)とあるんだね。

ダーマの神殿転職できるよ(あと、賢者が「ダーマのさとり」という特技を覚えるからこれでも転職できるよ)。

呪文職業ごとのレベルアップで覚えるんだ。

例えば、ベホマラー僧侶Lv.38と賢者Lv.24で覚えるんだ。ドラクエ3とドラクエ9の違いはさ、ドラクエ3は転職しても覚えた呪文は新しい職業でも引き継げたんだ。だからベホイミを使える戦士なんても作れたわけ。

ドラクエ9では引き継げないんだね。僧侶になってベホマラーを覚えても、魔法使い転職すればベホマラーは使えない。

転職しても引き継げるのは特技(スキル)なんだよね。で、特技はスキルポイントをふりわけて習得していくってわけ。


スキルポイント武器職業にふりわけられるんだ。

特技は武器によって生じるものと、職業によって生じるものがあるんだね。

武器は、

剣、杖、鞭、扇、ブーメラン、槍、短剣、棍(棒、だね。如意棒みたいなやつ)、爪、斧、ハンマー、弓、素手(武器を何もつけない状態)とある。

これら武器は装備できる職業が決まってるんだ。例えば剣は、戦士、盗賊、旅芸人、バトルマスター、魔法戦士が装備できる。剣にスキルポイントを振り分けることで、ドラゴン斬り、メタル斬り、はやぶさ斬り、などなどの特技を習得できる。

戦士からバトルマスターに転職したとして、この職業は両方とも剣を装備できるから、剣にスキルポイントをつぎこんで特技を習得していたとしても無駄にはならない。

でも、戦士から魔法使い転職したら、魔法使いは剣を装備できないから、せっかく覚えた剣の特技が無駄になってしまうんだね。

ただし、武器スキルポイントマックスまで(マックスで100だよ)上げたら、そのキャラクターはすべての職業でその武器を装備可能になる。

剣を使える魔法使いなんてのも可能になるんだ(ただ、あんまり役にたたないけどね、魔法使いに剣を持たせても)。

職業スキルポイントをそそげば、職業特技が習得できる。これはね、他の職業になっても使えるんだ。

たとえば、盗賊スキルポイント10で覚える特技「ぬすむ」ね、これは一度覚えれば他の職業転職しても、使えるんだよ。

だから、特に序盤は、スキルポイント武器じゃなくて職業につぎこんだ方がいいね。

後、職業特技で「常時」がつく特技がある。「常時身の守り+30」とかね。これは他の職業になっても、有効だから、キャラクターを育てる方法として有効だ。


さて、冒険を進めていけばセントシュタインという町にたどりつく。

ここにあるルイーダの酒場で、パーティーメンバーを加えることが出来る。

最大パーティーメンバー数は主人公を入れて4人で、最大9人のキャラクターストックできるけど、実際にはキャラクターを入れ替えることはあんまりない。だってパーティーメンバーを入れ替えたら、手塩にかけて育ててきたキャラクターとさよならして、また一から成長させていかないといけないから。

だから、基本的にはパーティーキャラクターは入れ替えなし、のつもりで。

パーティーキャラクター自分メイキングできるよ。頻繁に入れ替えできないから(できるけど、それをしたら無茶苦茶不利になるよ)、納得のいくキャラクターを作ろう。

パーティーメンバー数は1人(主人公のみ)から4人まで、お好み次第だ。

大体の人は4人パーティープレイすると思うけど、1人、2人は危険すぎるからやめておいた方がいいとして、3人パーティーは実はかなりおすすめだ。

4人パーティーでも、ほとんどの戦闘では、全員攻撃するまでもなくカタがつく(一人は遊んでいることが多い)。ボス戦ではもちろん4人パーティーの方が安全ではあるんだけど、3人パーティーでも戦闘時間が長くなるくらいで、回復をきっちり出来るなら(魔法の聖水や特薬草で補える)、それほど不利じゃない。

利点は経験値が4人パーティーだったらおおよそ4分割(全員の職業レベルが同じだとして)なのに対して、3分割されること、つまりひとりあたり経験値が多く入ること、それだけ成長も早いし、スキルポイントも多く振り分けられる。

ダーマ神殿にたどり着くまでは転職できないから、主人公は旅芸人だね。これは、よく言えばオールマイティー、悪く言えば器用貧乏職業

パーティー編成は、最初は、4人なら「旅芸人僧侶(回復・魔法系)+戦士(重装備攻撃系)+盗賊or武闘家(軽装備攻撃系)」がいい。魔法使いを入れるくらいなら、物理攻撃系をひとり増やした方がいいね。

3人なら「旅芸人僧侶盗賊or武闘家」。

戦士は動きが遅いので、攻撃力は高いけど、かえってリスキー。3人パーティーなら軽装備攻撃系を入れた方がいい。盗賊はなんと言っても「ぬすむ」を習得させれば使い勝手がいいけど、3人パーティーなら攻撃力に難があって、武闘家の方がいいかな。4人パーティーなら盗賊を入れた方がいいかもね。


で、スキルポイントなんだけど、これって限りがあるんで、終盤を見据えて戦略的に振り分けていく必要がある。

どの武器を装備させるかも考えておく必要があるね。


おっと、時間だ。続きは明日書くかも。

2009-09-19

http://anond.hatelabo.jp/20090919113406

そうそう。

原作のおどろおどろしい雰囲気に期待していたら、

教育番組的な作りになっていたよ。

今の世の中がドラえもんに求めているのはそういうものなのかな、と思った。

タイムふろしきは出したけど、サイコハンマー返り討ちにあっていた。

2009-08-19

どうして窃盗団なのか。

昨日の夜11時ごろ、中学生ぐらいの小さな男の子2人がよその家のベランダから、うちの家に不法侵入をしようとして、うちを覗っているところを発見した。


怖くなって、すかさず俺は身を隠した。


しかし、だんだん、近づいてくる2人の男の子

隣の家の屋根の上に身を移し、そしてひそひそ話をしながら、うちの様子を見ていることは明らかだった。


やはり、ターゲットはうちの家みたいだ。


隣の家の屋根からうちのベランダに飛び移るところで、俺はやばいと思い、窓を開けた。


「なんや、自分ら!どこのもんや!どこの餓鬼や!降りてこい!あぶるぞおお!こらあ。」


と叫んだ。鬼の形相で、俺に想像できる最高のヤクザ風味をかもし出した。


「ばれちゃった・・・。」との表情で俺の家のベランダに下りてきた少年2人。


話を聞くと、そこで少年たちの詳細が明らかになった。

ひとりは日本人の15歳。もう一人は13歳のロシア人で、

共に浦安に住んでいるらしい。貧しい家庭のようだった。

金を稼ぐために入った窃盗団で彼らは出会ったらしい。

ふたりを立たせてみたが、身長は俺の半分ぐらいだった。


俺は警察に連絡しようとしたが、少年は「警察だけはやめてくれ」

ということだった。

だから、俺も警察には通報しなかった。


しょうがないから、ケータイの連絡先も聞いたが、それも拒否された。


なにかコンタクトをとれるものは、と思い、聞いてみたら、

mixiアカウントも持ってない様子だった。


しかし、なぜかtwitterアカウントだけは持ってるようで、

twitterによってリアルタイム窃盗団上層部コンタクトを取ってるようだ。


こいつらの存在を不安に思った俺は、とりあえず彼らのtwitterアカウントだけを

吐かして、携帯メモ帳に留めておいた。








今日の朝。

俺は一晩中インターネットをしていた。

はてなを触っているときに、夜が明けてきた。

そこで明らかになる、多数の人影。


やばい!!!


あの少年たちが、今度は仲間を3人連れてうちの家に侵入しに来るつもりだ。

ほんと、なんでこんな貧乏学生の家なんだよ。とか思いつつも


どうにかしなきゃな。と、俺。相手は5人。どうする。



彼らはもう、隣の家の屋根の上にいる。俺の家がターゲットであることはまたも明確。


俺が焦っていると、

ガムテープと小型ハンマーを手に持った彼らが、俺の家のベランダに下りてきた。


俺はすかさず、彼らの目には触れぬように、

家の玄関にあった自転車空気入れを握り締め、こそこそと窓の下に行った。



どついてやりたい。妙な感情が沸き立つ。



しかし、「どうせなら、罪確定してからだな」と妙に落ち着く俺。


ベランダに降り立った窃盗団は、すぐに行動に移し始めた。

最初、窃盗団は、俺の家の窓にガムテープを張ろうとしたが、

窓から隠れている俺の姿が見えないため、

音をたてても良いと考えたのか、

ガムテープを窓に張らずに、普通に小型ハンマーで窓を叩き割ろうとしていた。

器物破損だな。しめしめ。」俺がそんな風に考えていたその時、


ぱりん、という小さな音。

彼らは小型ハンマーで試しに小さく、窓を割って、その音の大きさを確かめたようだ。




窓を割られたことで、

俺は有罪が確定したwwwと確信し、



持っている自転車空気入れで窓を思い切り割った。



飛び散る窓。水晶のようにガラスが飛び散った。

彼らの目がくらみ、困惑している隙に、


俺は彼らに向かってすかさず自転車空気入れで攻撃した。


すぐさま彼らは逃げていった。



その後、、、



「ああ、今度はバックのやつらを連れて復讐しに来るんだろうか」

「もう杉並のこの辺には住めないな」


とか、急に不安に思いだして、大家さんに電話を掛けた。

           

2009-08-15

クリプトン削除問題をわかってないやつが多すぎる

クリプトンさんがミイラになりつつある件

http://www.asks.jp/users/hiro/61745.html

ニコニコ動画における動画削除について

http://blog.piapro.jp/2009/08/post-267.html

碧いうさぎ替え歌「白いクスリ」、削除申請の理由をクリプトンが説明

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0908/14/news034.html

この辺についたブコメとか、これに対する2ちゃんねるtwitterの反応とか、あるいは

ITmediaの記事についたトラバブログ http://tb.itmedia.co.jp/tb/news/articles/0908/14/news034.html

とか読んでいても、問題の本質をわかってないやつが多すぎるので、ちょっと書く。


まず、気になるのはこういう意見

ピアノギター誹謗中傷の歌を演奏したら、それを禁じる権利が楽器メーカーにあるのか?

http://b.hatena.ne.jp/endeavor/20090815#bookmark-15327096

b:id:endeavor 社会 極端な例にたとえると、たとえば包丁を使って殺人事件が起きたとして、包丁を作ったメーカー犯人名誉毀損で訴えたりしないよな。

(これは別の意味でも間違ってるんだけどな。包丁会社が、包丁をそういうことに使われると迷惑だ、ということなのだから)


まあ、常識的な感覚では、そう思うのが自然だろうね。

b:id:dankogaiもこんなエントリを上げてたしね。

VOCALOIDはただの道具です

http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50990870.html

でも、ピアノギター初音ミクの間には、決定的な違いがある。

それは、楽器メーカーに金を払って、ユーザーは何を買ってるのかということ。


ピアノギターメーカーから買う(実際にはその間に小売店が入るけど)というのは、

有体物で動産であるピアノギターそのものを、金を払って買っている。

なにを当たり前のことをと言うかもしれないが、これはつまり、ピアノギターという物体に加えて、

それについて回る所有権をも買ってるということだ。


所有権自分のものになるとは、その物に対する排他的支配権を得ると言うことだ。

わかりやすく言えば ギターピアノを買ったら、それをただで誰かにくれてやろうが、ハンマーで叩き壊そうが、

火をつけて燃やそうが、それで他人を殴り殺そうが、他人を誹謗中傷する歌を歌おうが、「そうすること自体」は

誰からも文句をつけられないということだ。

(もちろん、その行為によって発生した結果については、別途法的責任を問われる場合もある。人を殺したとかね)


でも、コンピュータソフトである初音ミクを金を払って買うというのは、これとはちょっと違う。

もちろん、初音ミクデータを納めたDVD、それを納めたパッケージの箱、附属する取扱説明書や使用許諾契約書、

こうした具体的な物の所有権は、買ったユーザーに移る。

DVDを真っ二つに叩き割ろうが、パッケージのミクの絵に落書きをしようが(それを公表すると著作権侵害の問題となるが、

それは別の話)、取扱説明書に火をつけて燃やそうが、そういうことをしたユーザークリプトンは一切文句を言えない。


だけど、ユーザーは別にDVDディスクそのものやパッケージ説明書がほしくて、1万5000円も払っているわけじゃない。

初音ミクというコンピュータソフトが使いたくて、これだけの金額を払っている。

そこで、クリプトンユーザーに売ってるのはなにかというと、ソフトを自由に扱っていい権利ではない。

「これだけの金を頂く対価に、この条件を守ることで、我々の知的財産であるソフトウェア初音ミク』を使ってもいいですよ」

という許諾を売ってるんだよね。

こういう契約を、「ライセンス契約」という。


このことは、「初音ミク」の「エンドユーザー使用許諾契約書」に明瞭に書かれている。

http://www.crypton.co.jp/download/pdf/eula_cv01.pdf

第5条(本製品の権利及び譲渡禁止)

製品に係る著作権及び著作隣接権その他の知的財産権は全て当社らに帰属し、著作権法その他の

知的財産権法によって保護されています。本契約により当社らに帰属している権利の全部または一

部が、お客様移転するものではありません。(後略)

第2条(使用許諾)

当社らは、お客様に対し、本契約の諸条件に従うことを条件として、本製品の使用を許諾します。

2. お客様は、本製品を一台のコンピュータにのみインストールして使用し、合成音声を生成し

たり使用したりすることができます。

3. お客様は、本契約の諸条件に従うことを条件として、お客様が生成した合成音声を商用/非

商用を問わず使用することができます。

ギターピアノ包丁初音ミクの最大の違いは、ユーザー所有権を合わせて譲渡され、それでなにをしてもいいのか、

単に条件付きの使用許諾を受けたに留まり、条件の中で許されたことしかできないか、というところにある。


言いかえると、こういうことだ。

たとえば、ケンタッキーフライドチキン店舗の前にあるカーネル・サンダースの像をのこぎりで切断したり、

道頓堀に投げ込んだりしたら、KFCから損害賠償を請求され、さらに器物損壊罪で刑事罰を受ける可能性がある。

これは、その行為がKFCカーネル・サンダース像に対する所有権侵害したからだ。

しかし、KFCがもう要らなくなったカーネル像を安価に譲り渡してくれた、となったら、これは所有権自分

ものだから、火をつけようが、額に肉と書こうが、好きにすればいい。

けれど、KFC店舗経営するフランチャイジーとして、本部から貸してもらったカーネル像に、

酒井法子中学生の時から覚醒剤をやっていました」と大書した旗を持たせて営業を行ったら、

KFC本部は間違いなくその店主との契約を切るだろう。

それは、そういうカーネル像の使い方を、本部はフランチャイジーに許諾していないからだ。

- 転職ならen
- 派遣ならen
3ページ中1ページ目を表示(合計:58件)