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2012-01-11

各県が抱える4点インフラを有効活用する、「非英語圏各国との各県カウンターパートナー交流」構想

人間選択肢が10個以上あると、かえって逡巡して行動ができなくなる傾向にある。

 で、シニア地方移住不振な理由として、

 「首都圏以外の43道府県選択肢」となって、選択肢多すぎて決断できない、という

 状況に陥っているような気がする。

 であれば、橋下知事関西知事連合)が被災地支援で

 「東北のどの県を支援するか、予め決めておく、カウンターパートナー方式」を取ったように、

 「世田谷区だと岩手県を紹介、杉並区だと山形県を紹介」のように

 「選択肢を狭める」方策も必要なのでは?

★で、定年シニア移住カウンターパートナー方式を考えたが、

 実は国際交流カウンターパートナー方式を採用して、

 「県同士の差別化」を図れないか

 首都圏から見ると、山形青森、いずれも自然が豊かなんだろうが、

 「山形の強み」「青森の強み」、この差別化がなされない。

 「山形青森も、自然が豊かなのはわかったけど、どっちがいいの?

  今度の旅行でどっちに行けばいいの?

  迷っちゃって面倒だから旅行取りやめ」てなことになりかねない。

 要は「オンリーワン」がないのである

 

 ビジネスも同じ。

 「山形県東北他県と比べて、この点が優位」

 「青森県東北他県と比べて、この点が優位」というのを

 もっと大胆に可視化させないと、企業はなかなか進出しない。 

 その点、韓国と相対する福岡県であれば「日本で一番韓国に近い都市」ということで、

 韓国との交流を「他都市との差別化」に用いられる。

 同様に長崎県は「日本で一番中国に近い都市」、

 沖縄県は「日本で一番台湾に近い都市」、

 北海道は「日本で一番ロシアに近い都市」ということで、差別化が可能。

 しかし、それ以外の県は、どうにも中途半端なのである

 青森が「ロシアとの交流」を標榜しても、地理的関係では北海道に負けるし、

 大分が「中国との交流」を標榜しても、地理的関係で長崎に負ける。

 であれば、多少「こじつけた理由」で、他国(非英語圏が望ましい)と

 カウンターパートナーで「縁組」してしまって、

 「A国のことなら、B県に聞いてしまえ」というまでにのぼりつめればいい。

 例えば、大分県の「こじつけ理由」として、大分県地熱発電が盛んである

 であれば、地熱発電が盛んなインドネシアと、カウンターパートナーとなる。

 具体的には、

 ・大分空港からジャカルタ直行便ジャカルタ以外の複数都市にも直行便

 ・大分中学校・高校で初等インドネシア語教育

 ・大分大学第二外国語インドネシア語教育

  その他インドネシア研究学科設置

 ・大分大学インドネシア留学生を優先受け入れ、

  インドネシア学生寮設置

 ・大分県内のホテルで、インドネシア語表示

  ホテルスタッフも、初等インドネシア語は喋れる

 ・大分県内の道路標識、公共機関標識に、インドネシア語併記

 ・鉄道バスインドネシア語案内併記

  車内アナウンスインドネシア語アナウンス

 ・大分県内の銀行インドネシアルピアへの両替可能

 ・大分市内にインドネシア領事館設置

 ・大分銀行が、日本企業(県内企業)のインドネシア進出サポート

  逆にインドネシア企業日本国内進出(大分進出)サポート

 ・大分県内のNHK/民放で、インドネシア語バイリンガル放送

 ・大分合同新聞インドネシア語版を発行

 ・インドネシア人向けコミュニティーFM設置

 ・県内図書館インドネシア語書籍インドネシア関連書籍揃える

 ・インドネシア人が大分に来日する場合ビザ緩和(特区

 ・インドネシア企業商店が集積する「インドネシア村」の設置

  (インドネシア関係ビジネスしたい人は、

   ここでワンストップビジネスできる)

 ・・・ここまですれば、「大分宮崎の違い」というのは

 「インドネシアに強いかどうか」ということで、明白に差別化できる。

 在京企業インドネシアビジネスしたい場合には、大分に行ってビジネスした方が

 何かと便利、となれば、ビジネス活性化される。

 他県も、こじつけでいいから、外国カウンターパートナーの縁を結ぶ。

 鳥取砂漠研究が盛んだから中東の例えばサウジアラビアと縁結びする。

 りんご栽培が盛んな青森は、中国アメリカに次いで世界3位のリンゴ大国のポーランドと縁結びする。

 さくらんぼ栽培が盛んな山形は、世界1位のさくらんぼ大国のトルコと縁結びする。

 多少こじつけでもいいから、その地域の「強み」が生きる相手国と

 縁結びするのである

 こうすれば「青森山形大同小異、どんぐりの背比べ」じゃなく、

 「青森ポーランドビジネスの拠点、山形トルコビジネスの拠点、日本国内でオンリーワン」となる。

 縁結び相手は、非英語圏諸国が望ましい。

 非英語圏諸国は、英語が通じない、通じづらい、というハンディを抱えている。

 そのハンディを、カウンターパートナー先の県が、教育マスコミ総出で

 解消してあげるのである

 この構想は、今47都道府県にばら撒かれている「各県インフラ4点セット」を、

 逆に利用してやれ、という発想である

 各県インフラ4点セットとは、空港国立大学地銀・県紙(テレビである

 明治以来150年の歴史を誇る、47都道府県の4点インフラを有効活用しないのは、

 いかにも惜しい。

 世の中的には「道州制だ、各県毎の空港無駄だ、大学統合しちゃえ」的な意見が多数だが、

 果たして道州制で上手く行くのか?

 それよりは、既存インフラを「有効活用」した方が、地方活性化の早道だと思う。

2012-01-05

普通の大人になりたくないあなたへ

普通の大人にならなくてすむ方法はそれほど多くあるわけではない。今私の知り合いの女性達は、

大きく二つに分かれているような気がする。とりあえず生活のベースになりうる仕事を持っている人と、

何も持っていなくてそれを探してもいない人のことだ。仕事を探すのは大変だ。比較的頭が良くて向上心がある女達は

パソコンなど新しい技術を覚えようとしている人が多い。

動物達は「棲み分け」と言うもの自然のうちに実行する。 

まり、ある決まった地域、区域に集中していろいろな種類の動物が住むとえさや水が不足し、弱い動物は強い動物

常に攻撃を受けるようになる。それを防ぐ為に動物はさまざまな区域に分かれて住むようになるわけだ。

もちろん「棲み分け」はそれぞれのテリトリー完全に決まっていて、其の場所を確保すれば安全と言うわけではない。

木の上にいる猿は比較安全だが、それでも豹に狙われる。

 この国は人口が、多いから、既にたくさんの成功者がいるような職種にもぐりこんでいくのはかなり難しい。

例えば編集者とかカメラマンなど、もう既に数は足りているどころか、あまっている。先輩達は道を譲ったりなんかしない。

つかんだポストは定年まで決して離そうとしない。そういうところで職を得ようとするのは至難の業だ。

たとえ人気のある出版社に入れても、面白い仕事を先輩達がやすやすと手放すわけがない。

人生に積極的な女達はこの数年、パソコンに進出してきた。パソコンインストラクター

さまざまなソフトを使った事務処理、ゲームプログラム制作、各種インターネットビジネス

そういった女達の進出は目覚しいものがある。女はメカに弱いという常識を逆に利用した「棲み分け」への強い意志だ。

女はメカに弱い、だからパソコンを操りインターネットなどの特性を理解している女はまだ少ない。

それでもパソコンを教えたりプログラムソフトを売り込んだりするときに女のやわらかさは武器になるに決まっている。

有力なコネがない私はそういった分野に進むしかないのではないか

そういうような考えが人間界の「棲み分け」を産むようになる。

そしてそれは大部分が正しい。

この「anan」の特集を読む人たちは、安易な期待をしていないだろうか。

何か、ちょっとした工夫や考え方などで、普通の大人にならずにすむ方法があるのではないかという甘い期待だ。

「毎朝、起きたときに好きな詩集の一節を必ず読み、さわやかなバロックの曲を聴きながら、ナチュラルメイクで、

作りたてのクロワッサンを食べる」みたいなこと、つまり、「日常生活の中でのささやかなおしゃれな工夫」では残念ながら、

人生は何も変わらない。そういう世間的な豊かな生活を楽しんでいるのは、

普通でない」大人たち、つまり具体的に「普通」の人よりも努力した大人達だけだ。普通の大人になりたくない、というのは

まらない人生がいやだと言うことだと思う。日本は変わってしまった。

普通の大人」が「つまらない人生」を意味するようになったわけだが、其の認識はもちろん正しい。

普通の大人」というのは今までの「日本典型的な大人」と言うことだろう。

それなりの会社でそれなりのポジションにいるお父さんを助け立派に家を守り子どもを育てる「おかあさん」というのが

典型的な大人の女の人」だ。それなりの会社でそれなりに働きそれなりの恋人を持つと言うのが「普通の大人の女」だ

其の両方に魅力を感じなくなったというのだと思うのだが、その認識はまったく正しい。

 この2、3年に起こったことだが、この国の「普通」の完全な崩壊証明している。

オウム真理教には「普通」のエリートが多く入信していた。援助交際をする女子高生は「普通」の家庭の娘達で、

神戸の十四歳は「普通」の中流家庭で育っている。テレビメディアはそういったネガティブな人たちを

「特別な環境」に育った「特別な人」だというふうに規定したがっているが、もうごまかすのは無理だ。

もちろん「普通」で幸福に生きている人もきっとまだ大勢いる。特に田舎に多いかもしれない。

だが「普通」が「幸福」だと言う図式はもう存在しない。

普通」はシャープ感覚を持つ若い女の子が忌み嫌うほどに、弱体化してしまった。

それでは普通に成らないためにはどうすれば言いか。コレはもうはっきりしていて訓練しかない。

訓練して特別な技術を身につけないと特別にはなれない。

訓練というと、暗く地味なイメージがある。何か嫌なことに耐えなければならないという先入観があるかもしれない。

それは、なんでも言う事を聞く「普通」の大人を大量に必要とされた貧しい日本の間違ったやり方だ。

この国はごまかしに満ちていて、成功した人に、インタビューで「どんな訓練をしまたか。」とはほとんど聞かない。

「どんな苦労をしまたか」と聞く。

成功した人は、「苦労した人」ということにしたいわけだ。わたしは、24歳で作家としてデビューしたが、

まったく苦労はしていない。今でも苦労なんて全然していないし、苦労なんて一度もしていない。

確かに技術を得るための訓練をするのは単純に楽しいものではない。

語学の訓練を考えてみればわかるが、単調で、忍耐力がいる。ただし、そのことが好きだったら、

それがいくら単調でも「苦労」にはならない。

から長い訓練のためには、その訓練の対象を好きになる必要がある。

どんな人間にも、そういう、長い訓練に耐えられる好きなものが一つぐらいあるはずだ。

それを、見つけることができたかあるいはできなかったか人生はそこで二つに、分かれる。

見つけることはできた人間は訓練が苦にならないから特別な技術を身につけて「特別」になれる。

見つけられなかった人は、特別な技術が何もないから「普通」にならざるを得ない。

「わたしはね、才能はあったのでも努力勉強が好きじゃなかったからこうやってつまらない平凡な人生を送るはめになった、

からあなたにはそうなって欲しくないの、だから今はつらいかもしれないけど勉強しなさい。

今、耐えて、しっかり努力しなかったら私やお父さんみたいに平凡に生きるしかないんだから。」

 そういうお母さんは「努力しなかった」のではない。訓練が苦にならないないかを見つけることができなかっただけだ。

努力好きな人はいない。私も大嫌いだ。だが、好きなことだったら、努力は苦にならない。

訓練ということで言うとたとえば20歳という年齢は既にかなりハンディがある。バイオリニストやバレリーナにはもうなれない。

語学学習を始めるのも遅ければ遅いほど苦労するし、働きながら何か訓練するのは大変だから

25歳という年齢はかなり絶望的だ。30歳になると、せいぜいつまらない人生趣味ごまかすぐらいのことしか残されていない。

趣味というのは魔物だ。「そんなに好きなら趣味でやればいいじゃない」と大人たちは言う。

それも嘘だ。素晴らしい趣味を持っている人はたいてい素晴らしい仕事を持っている。

「特別」な人たちは趣味を必要としていない場合も多い。

まらない仕事をしているが素晴らしい趣味を持っているという人に私はまだあったことがない。

 つまらない人生を送っている「普通」の大人たちは実にさまざまなやり方で若い人に嘘をつく。

「苦労」「努力」「勉強」「趣味」その他にも色々な言葉があって、

学校や家庭やメディアやその他いろいろな場所で、その言葉は囁かれる。

 営業のような仕事に女は向いているのか、女には競争心はあるのか、仕事を持つ女は

どこかさびしそうに見えるというのは本当か、女が普通でなくなると色々な問題が起きることは事実だが、

それはまた別の問題である

 「普通」の大人にならないための方法は簡単だ。好きなことを見つけて、それを誰よりも訓練すること。

  簡単で、しかもそれ以外の方法はどこにもない

2011-08-28

ずぼらな俺が4年間の一人暮らしでたどり着いた部屋作り&暮らし

9/8日 失敗したものと部屋の選び方を追加しました

見た目の良さは度外視している。

本当にずぼらでめんどくさがり(しか貧乏)だが、できるだけ清潔に便利に(そしてできれば健康に)暮らしたいという人向け。

そんなの今更目新しくねーよってことばかりだけど一応。



俺は、めんどくさがり屋だが、それ以上にパンクしやすい人間だ。

ゴミ、未実行の工程(畳む、拭く、しまう(直すってのは方言らしいです、すまん))などが貯まると、パンク、というかショートして何もできなくなり、どんどん散らかり汚くなっていく。

からできるだけ、工程を減らしつつ、ひとつひとつ工程ハードルを低くしつつ、散らかりにくくすっきりした暮らし方を目指している。



俺が重要視するポイント

■まあ散々言っているが、少工程ひとつひとつの作業を簡単に

オサレじゃなくていいが、すっきりと清潔にしたい

■できるだけ自炊したい(俺は人工甘味料で腹を壊しやすい体質だし、カップラ弁当を食い過ぎるとニキビができるからな)



■↓意外ににめんどくさくないこと



■めんどくさがり屋におすすめ食材

卵、バナナ、魚、豆腐インスタント食品と言ってもいいな。

金のある人はもちろん外食やなんかでもいいんだが、俺は如何せん金がない。

メンドクサイ→外食、ってできればいいんだが、それができない。

俺のような貧乏人の場合だと、

メンドクサイ→でも金無い→カップラーメンとか安い弁当→体調壊す、ってなっちゃうんで、

体に良い(マシ)なものを、いかインスタント食品のように簡単に(できれば美味しく)食すか、という風に工夫している。

ご飯やスープ冷凍していれば、カップラーメンをたべるのと同じくらいの時間で、腹を満たすことができる。




■↓失敗した!!

  • ルクエのスチームケース
  • 触手みたいなのがうじゃってなってるモップ 
    • http://www.hansoku-ryohin.com/product_16791.html ←こういうの。ホコリを1ヶ所に集める、ってのはできるけど、ウェーブみたいに吸着はしないので、ずぼらゆえ集めたホコリを放置するという無様な結果となった。
  • 床とマットレスの間に空間ができるベッド
    • ずぼらにとって全ての隙間は天敵である。なぜなら隙間をくまなく掃除するなんて無理だから。ベッド下に収納すればいいじゃん→そんなんできません。ベッドを買うなら、フロアベッドみたいに床とぴったりくっつくやつか、最初から引き出しなどがついてて、いずれにせよ、床にぴったりとつくやつ。



■↓これから引っ越したり、新生活をはじめるやつに言いたいこと

  • ゴミの分別の少ない街を選べ(可能なら)
  • シンクガスコンロを置く場所が隣り合わせの配置になってるキッチンは避けろ
    • ガスコンロの下にシンクから飛んだ水がたまってカビが生えたり、料理中に洗い物をすれば、鍋の中に洗剤が飛んだり、めんどくさいことだらけ。作業台とコンロが遠いと、切った野菜を鍋に入れたりするのも面倒だ。
  • できれば洋室に住もう、ただし、和室から洋室に改造した偽洋室に要注意!!
    • 和室はどこにでも寝転べて居心地が良いけれど、畳にダニが湧いたら駆除が相当大変。それに、無駄な段や隙間が多いので、ホコリがたまりやすく、掃除がメンドクサイ。和室から洋室に改造したタイプの部屋は、一見洋室でも、フスマがあったであろう場所を無理やり壁にしてたりして、そういうとこは段もそのままなことが多いから、騙されないように。あとは、部屋の四方に畳のヘリやフスマの名残の段差、柱などがあって、棚などを壁にぴったりとくっつけることができない、これは本当に最悪。棚の裏にホコリがたまる。押入れも、服をかけて収納する俺からすると高さが足りないのでただのゴミ置き場と化していた。



■↓100均でこれだけはおすすめすぎる!というもの


  • 毎夜、手にコンビニの袋やスーパーの袋などを持って部屋を歩き回ってゴミを入れていくだけ(その間1分)でだいぶ散らからなくなる。



続ける秘訣は在庫を切らさないこと、つまりはまとめ買い、かもしれない。

アルコールティッシュなんかも、

なくなる→詰め替えがない→買い忘れる→また買い忘れる→なんとなくヤル気失せる、

ってなっちゃうんで、クイックルワイパーとか、アルコールティッシュなんかは買いだめが良いです

小麦粉とかトマト缶なんかももちろん買いだめしてる。



■追記(11/08/29)

もちろん何もかも習慣化してシステマチックに動くのが一番良いかもしれない。でもなかなかできない、ずぼらだから。でもできるだけ頑張ります

服も何度もたたもうとしたんだが、

最初調子よく畳む→忙しくなったりで畳めてない洗濯物がたまるパンクする、ということの繰り返しになってしまう。



確かに俺はずぼらに見えないかもしれない。

でも俺はハウスダストアレルギーと弱い腹の持ち主なので、ある程度きれいにしておかないと、鼻水下痢お化けになってしまうのだよ。

その条件下でいかサボるか、という風に生活していたら、こういう感じに落ち着いた。

実際俺は、一人暮らしを始めて2年くらいまでは、半年に1度くらい必要に迫られて大掃除をするだけ、六畳間が一杯になるほどゴミを貯め、食料を腐らせ、食器をカビさせ、洗い物のたまったシンクから腐敗臭をさせ、あらゆる粉類をこぼしまくり、出したものは出しっぱなし、服は床に山のようにぐちゃぐちゃに…という生活をしていたのさ。もちろん友達なんか呼べねぇ。生活の質も著しく悪い。台所がちらかって料理できないから、出来合いのものばかり食って腹を壊し、大事なモノもすぐなくす。毎日ホコリやカビのせいでかゆいし鼻水だらだら出るし。

これはそういう事態を改善するための最低限の習慣なんだよ。

そしてこれは、そんな俺にできる精一杯のことだ。はっきりいってこれ以上やることを増やすと、パンクして元の状態に戻ってしまうだろう。


蛇足(11/08/30)

まあ、ずぼらに思えないわな。真のずぼらのみなさん申し訳ない。

なんというか、別にホコリで痒くなったりしないし、腹も壊さないし、ニキビもできないし、ものをなくしたりしない人ならば、

掃除とか整理整頓とかしなくていいんじゃねーですかね。こういうのは必要に迫られてる人だけすれば良いというか。

俺も数年前までは、自分はそういうことが必要のない人種だと思っていたし。

でも、あまりにも常に鼻をずーずーやっていて目が充血、ひどい時には喉がピーピーなりだすので、

こりゃなんだろうと病院へ行ったら、ひどいハウスダスト(その他あらゆる花粉)のアレルギーだったことが判明したのですよ。

「よくこれまで我慢できたねwww」と医者に笑われるレベル

それで、抗ヒスタミン剤なんかを飲んでやりすごそうとするんだけども、眠くなったり、ホコリとかダニが多すぎて薬が効かなかったりやらで、

こりゃいかん、と少しはがんばろう、と思ったわけですわ。

それに、脂漏性皮膚炎という皮膚の病気と、脂っぽいものと甘いものですぐにニキビだらけになる顔の持ち主なんで、

良い食生活と清潔な寝床が必要だな、と。

ところが、小さい頃から母に、

「出したものしまいなさい!」「服を脱いだら洗濯機に入れるか畳みなさい!」「蓋を開けたらしめなさい!」「ものをこぼしたら拭きなさい!」「部屋を片付けなさい!」を、

家を出るまで言われ続け、1度もできたことのなかった俺なので、本当にできないんですよ。

「ふっ。本当のライフハッカーにゃ特別な道具なんていらねー。砂糖の袋なんか洗濯バサミでとめときゃいいんだよ」

とか思ってやってみるんですけど、その一手間「洗濯ばさみで袋を閉じる」ということが出来ず、開けたまま放置、湿気て塊だらけにした挙句、こぼす。

野菜食おうと思って野菜炒めとかつくるけど、思ったより野菜食えない割に手間かかるし美味しく作れないし、ですぐにやめる。

そんなかんじで試行錯誤してるうちに、いきついたような感じです

あと、アレルギー対策だけなら掃除だけで良くね?整理整頓とかしなくても、って思ってたんですけど、

整理整頓ができてないと掃除ってできないんだな、と大人になってから知ったという。

2011-08-24

10年間、大企業で人事の仕事していました

[基本的にはまず学歴で落とす]

たまに何かの拍子でFランの子が入ったらしいんですが、やっぱり使えないね、となりました。Fランのみなさん、ごめんなさい。あなたたちが思っているよりずっと普通に仕事をこなすだけで学力は必要なんです


[出来る人よりも失点のない人を]

アメリカみたいに簡単に首にできる国ならばまた事情が違うんでしょうが日本では失敗は許されません。ごめんなさい。人事のあたしたちもしょせんサラリーマンなんです冒険はしたくないんです


[コネは案外きかない]

そんじょそこらコネはあんまり意味はありません。書類選考突破させるくらいのことはあるでしょうけど、要求レベルに達していない人を無理に入れても、その先ずっと定年まで居座られることを考えたら、損失は何億レベルになります社長コネでさえ断ったことがありました(大企業ですがしょせん雇われ経営者無理難題を聞く必要はありません)。


[単身世帯はかなりハンディ]

特に片親が病死しているような場合、病弱、と思われるのでかなりハンディです。一に病弱、二に病弱、三四がなくて五に病弱、っていうくらい、病弱はハンディです。他社の人事さんと交流させていただいた時もそういうお話があったので、一般的な話だと思います


[意外と顔では選んでいない]

人事は本当に自分たちに火の粉がふりかからないことを第一に仕事をしていますので、社内恋愛セクハラ騒動の火種になることは避けたいというのが本音です。むしろ同じ条件なら、大人しめの普通程度の容貌の人を選びます女性キャリアコースで入る人たちは、美人と言うか、女っぽい人はこれはもう絶対不利です美人職場の花だなあ、ウヘヘなんて言っていられる余裕はもうとっくに無いので、結婚退職しそうな人を入社させるのは明らかに損失ですからキャリア志向がなさそうな子はいりません。育児休暇の制度について聞いてくる子は、まず入社は無理ですね(制度自体はありますけど)。


[資格技能はあくまでプラスアルファ]

どちらかを落とさないといけない時に参考にする程度の扱いです資格技能が必要なら入社後にとってもらえばいいんですから。要は、それができる地頭があるかどうかです資格をすでに持っているなら、その地頭はあるということになりますが、伸びしろがその先どれだけあるかです


[社交性は重要]

まあ、しょせん会社ですから


[ビジネス書よりも古典を]

これも伸びしろと関係してきますが、古典は本当に好奇心がある人しか読みませんよね(一冊二冊の話じゃなくて百冊二百冊のレベルの話です)。ビジネス書しかよまないうすっぺらな人はビジネス現場では長期にわたっては使い物になりません。


[AKB48メンバーを3人言えるかどうか]

これはものの例えですけど、要は知識が象牙の塔に偏っているんじゃなくて、世相にも関心を抱いていますかという話です。知識を「道具」にして現実のこの社会から利益を上げていかなければならないわけですから現実社会で起きていることで知る必要がないことなんてありません。


[尊敬する人=親、は問答無用で落とす]

むかしはそういうお涙ちょうだい的な、一発芸的なのりでうまいことを言うのもそこそこ評価されましたが、長期にわたって使える人材かどうかを見ています。そういう社会性のない答えを平気でしてしまマインドはいりません。


就活戦士のみなさまの何かのお役にたてればいんですが。

2011-01-26

ビデオカメラ

昨日バイトに行こうと思い駅前(県庁所在地のため田舎だが人通りはかなりある)を歩いていると、

歩道で通行人邪魔になりながら大はしゃぎしている中学生くらいのDQNがいた。

遠目にまたくそDQNか、と思って嫌悪感を抱いたが通り道のため避けて通ることもできず、

そのまま通り過ぎようとして、そいつらの手元を見てびっくり。




DQNには不釣り合いな高性能なビデオカメラで歩いている人たちを撮影していたのだ。

ハンディタイプのもので高級なものなんだなと見て取れた。

つい先日自分も買ったばかりなのでそう思った。


4,5人だっただろうか?

爆笑しながら画面に映る人たちを笑っていた。

不愉快極まりない気持で出勤。




あーゆーガキほんとなんなんだろう。

2010-11-07

映画しんぼる」の正しい解釈ネタバレ

松本人志監督作品の映画しんぼる」を見た。以下「しんぼる」及び「バベル」の相違点について言及しているため、両作品のネタバレ含むので注意。








松本人志テレビで見せるフリートークと、コントで演じる役とのギャップが激しい芸人である。フリートーク自我を全面に押し出して、コントでの演技は別人格かのような憑依型。この二つを偏らず両立させて、しかも成功している。

映画しんぼる」においてもまた、見た目奇抜だが、無口で平凡な思慮の浅い男(それでいてどこか狂気をはらんでいるような)男を自分に憑依させて演じようとしている。

では、何故見た目を奇抜にする必要があったのか、果たしてこの主人公があのような服や髪型のチョイスをするような人間だろうか?

見ているとそのような矛盾や違和感が何度も起こる、矛盾や違和感だけを繋げて映画にしたといっても良いぐらい出てくる。しだいに全てに何か理由があるんじゃないかと思うようになり、どうしてもそれを考えてしまう。最終的に「くだらない」が「面白い」って事ね、という所に一応行き着くが、やっぱり「で、それが何なの?」という疑問の答えにはなっていない。

この映画が、観客の解釈や理解をうながす為に作られているのは間違い無い。「もっと理由や意味を考えてみて!」と言われているような、そうやって考えるのが面白いという事だろうか。その結果裏切られてしまうカタルシスを楽しめ、そういう作品なのかもしれない。




解釈や理解しようとする事自体を楽しめ、というテーマだとして、ではその映画に正しい理解や解釈の正解は存在するのか? 存在しているはずだ。その方が面白いから。

という訳で、正解を探す事にする。

僕が考えた正解なんじゃないかと思う答えを検索してみると、バラバラの要素としては既出なのだが、統一されたものが無いのでここにその解説を書いてみよう。

タイトルを付けるなら「小日本人」

しんぼる」は、日本人海外に対するコンプレックス表現した作品だ! と強く断言してみる。




しんぼる」は、2006年カンヌ国際映画祭監督賞を受賞した「バベル」という映画を非常に意識した作品である。

バベルネタバレになるが、バベルメキシコ出身の監督脚本家による映画で、ナショナリズム的な視点から観ると、思慮の浅い日本人のせいで、モラルの無いモロッコ人の子供が銃を使い殺され、それに巻き込まれた白人自分達の事しか考えない。それにひきかえ他民族子供低賃金で助けるメキシコ人は陽気で善人だ、という解釈が出来る。松本人志ナショナリズムが強い思想の持ち主なので、バベルを観てメキシコ人ふざけんなよと、日本馬鹿にすんなと怒ったはずだ。

だからしんぼるでは、同じ文脈で皮肉たっぷりに、思慮の浅いヘンな日本人のせいで、メキシコで不条理な出来事が起こり子供が不幸になる、バベルと同じくそ因果関係に理由は無い。また物語舞台となる国の数も同じ。バベルアメリカモロッコで起こる出来事と違い、しんぼるでのロシア中国で起こる出来事は不幸ではなく、ただくだらない出来事なのだが、これはバベルの偶然性による不幸に対する皮肉なのだろう。バベルの偶然性による不幸が、メキシコ監督恣意的なナショナリズムにすぎない事への批判である。

さらに、映画撮影の仕方も同じで、カットバックを使った演出もさる事ながら、しんぼるにおいてメキシコの場面での映像は、ドキュメンタリーのような手ぶれのあるハンディカメラ映像なのだが、これはバベルが終始そのように手ぶれのある映像だからである。




次いで、上記のバベルに対する皮肉を、さらに拡大して日本の文化による世界に対する皮肉、あるいはバベルを絶賛したカンヌフランス)のアートシーンに対する皮肉として、現代アートの文脈でアイテムが構成されている。

まず主人公の髪型衣装は、フランス芸術文化勲章を持つ海外でも評価の高い草間彌生の格好で間違いない。脱出劇としては広すぎるあの白い部屋もインスタレーションそのもの。飛び出てくる意図的に日本の物に偏ったアイテム、それを使っての笑いは日本の文化の文脈のようでいて海外向けの笑いでもあり、これは海外でウケる日本現代アートのコンセプトそのものである。

バベルカンヌに反発を覚えながらも、欧米文化の中で迎合して同じ舞台に立たないかぎり世界的に受け入れられないというジレンマを抱え、それに対して下ネタパロディという形で皮肉をこめ、彼らの持つ日本人イメージを利用して、滑稽な道化のふりをして笑いを取り、しっかり世界にウケる現代アートの文脈にそって作品を作っている。

そして映画クライマックス最後最後に、神のような姿になった主人公の背後の壁に立体的な世界地図が現れる。多くの日本人は何の疑問も持たないと思うが、外国人にとっては違和感のあるシーンである、その世界地図日本が中心となっている。




このように「しんぼる」という映画は、日本日本以外の世界意識した作品である。世界に向けて表現しながら、媚びずに日本的であろうとした訳だ、しんぼるというタイトルも、英語ひらがな表記であるのはそういう理由だろう。

要約すると、松本人志による海外アートシーンを皮肉った「日本最高!」を世界に向けて表現した映画




おそらくアートの文脈を松本人志が知っていたとは思えないので、その文脈を組み込んだのは脚本を共同作成している放送作家高須氏によるものなんじゃないかと思われる。




憶測だが、バベル脚本家監督菊地凛子演じる聾唖女子高生イメージを、例の毎日新聞waiwai事件の、元ネタの記事を見て得たんじゃないだろうか。元ネタ(http://www8.atwiki.jp/mainichi-matome/pages/435.html) 女子高生ノーパン、チラ見せ、男を誘惑、家で裸、という点が同じである。最もリアルに創り込むべき役なのに、日本にそんな女の子居る訳がないというような人物を設定した矛盾。海外受けするメジャーアニメ映画でその様なイメージ女子高生キャラが居てそれの影響を受けたとは思えないんだが、しいて挙げるなら岩井俊二作品の女子高生不安定さと元ネタの記事を合わせた感じだろうか。

2010-09-30

http://anond.hatelabo.jp/20100930143217

たしかに、俺が小学生2年生だったときは、一日5回はオナニーしてた。

ハンディマッサージ器を局部に当てる方法で。もちろん勃起はしなかった。

2010-09-05

日本人英語は見るに堪えない、聞くに堪えない

それも、発音や文法だけじゃなくて「内容」がだ。Lang-8みたいな語学サイトとか、ブログtwitter英語記事なんか、読んでいるこっちが赤面したくなるぐらい白痴じみたことを書いていて「頼むからやめてくれ」と言いたくなることがある。

例えば今日見た例だと(さらし者にするのが本意ではないので出典は伏せるが)、ある日本人twitterで"*** is a very good software"とか何度も何度も書いていた。ところが状況的に、それを読んでいるのは***というソフト関係者ばかりだったのだ(ハッシュタグまで使っていた)。これがどれだけ奇妙なことかわからなければ、例えばラブプラス日本語コミュに現れた外人が5分おきに「ラブプラススバラシイネ」と発言している状況を考えてみればよい。日本人はどう反応していいか困るのではないか(別にラブプラスでなくてもなんでもいい。俺はアニメとかエロゲとかよくわからんので知ってる名前を出しただけ)。

はっきり言って、ああいうの見てると日本人英語マンセー外国マンセーになったり、debito.orgやJapanToday当たりに集う在日英米人が日本侮蔑する理由がわかるよ。英語で話したがる日本人の中には、英米人を捕まえては "My name is ***. I can't speak English very well, but I want to be native speaker of English. Where are you from? What Japanese food do you like? Can you use chopsticks?" みたいな愚にもつかんことを言ってる連中が実に多いからね(native speaker云々は揶揄で書いたんじゃなくて、本当にそういう奴が何人もいるからな!Lang-8smart.fmあたりで自己紹介検索してみるといい)。文法以前に内容の問題だとわかるはず。関西人の俺は今まで「納豆食える?」とか「マクドナルドのことはみんな『マクド』って言ってるの?」とか百回以上聞かれてうんざりしてるが、それをさらに百倍ぐらい劣化させた質問を会う人ごとにされればそりゃ「日本人馬鹿だ」と思うようにもなるだろうさ。

いや、勿論「ジャップは劣等民族」なんて言ってるわけじゃない。その反対だ。例えば上のtwitterの人なんて、日本語では非常に的確なことを簡潔に言っていた。それだけに、英文をみてげんなりしてたんだよ。その人の子供がいたずらで書いたんじゃないかと思ったほど。

なんでそんなことになるのか?理由は簡単だ。

なぜ和洋折衷原稿をはじめに書いたかというと、悲しいことに、英語では

深く考察することができないからです。じっくり思考するためには、日本語

考えて、日本語で書かなければならないのです、私の場合

英語だと、ほんとうに表面をサラッとなぜでる程度の、つまり中学生程度の

ことしか考えられないのです。大部分は、語彙の問題なのでしょうね。

http://bryologist.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-54d6.html

当たり前のことだが、プログラミング言語で言えば、語彙はライブラリだ。ライブラリトンチンカンでは、どれだけ構文の優れた言語でもまともなものは作れない。そして英語というのは困ったことに昔は未開人の言語であり(日本語もそうだが)、外来語だらけで語彙体系がぐちゃぐちゃなのである。フランス語ドイツ語をやったことがある人ならわかると思うが、英語というのはちょっと日常会話を超えた程度のことを言うためにも覚えなきゃいけない単語数がめちゃくちゃ多い(日本語もそうだが)。日本語言語学的な類縁関係がないことを置いておいても、決して易しい言語とは言えないのだ。

そのため、英語での情報収集は「脳味噌ハンディキャップつけた状態で戦う」ことになる。しかし、こちらがハンディ付きで戦って歯が立たないと感じた相手が実際に本当の強敵かということは疑問のはず。ところがそのことに無頓着な人が多すぎて、英語圏情報は全て高級で高尚であるように思っている人が余りにも多いように感じる。そのためか、英語圏社会全体が色々過大評価されすぎのように思う。マスコミ一つ取っても、高級メディアの定評高いNYTやBBC朝日TBSと同程度には「マスゴミ」だし、iPodだのiPhoneだのiPadだのは「技術的には二番煎じなのに商売のうまさだけでコバンザメ的に利益を取っていってる、こんな猿真似野郎が市場を支配するなんて許せない」という、一昔前にSony松下あたりが浴びた批判がそのまま当てはまる。勿論向こうに優れた文化や見習うべきところはいろいろあるが、所詮は同じ人間が住んでいるということを忘れていやしないか。向こうにも色々悪いことはあって、一から十まで見習うべきユートピアなどでは決してないのに。

ちょっと習い覚えた英語を使って「グローバルごっこ」して喜んでいるだけならそれこそ猿でもできる。そこでとどまらずに、自分がやっていることがどういうことなのかをもうちょっと考えて、客観的に物事を見ようという姿勢の人が少ないのは本当に情けない限りだ。

2010-08-18

自分子供のこと真剣に考えることは、そのまま社会に繋がっている

http://anond.hatelabo.jp/20100817230944

元増田日記を読んで、ぜひ応援したいと思った。

これから就職ということだが、私も高校生ぐらいの時からどうやって結婚して子供を産んで、キャリアと両立させて、ということを真剣に考えてきた。なぜかそういうフェミニズムっぽい論文を読んでいた記憶がある。フェミニストにはならなかったけどね。幸いにも、周囲にもそういうことを実践的に教えてくれる先輩が何人もいた。そして、妻も同じくいろいろとキャリアデザインを考えていた。結婚出産キャリアについて真剣に考えていたのが彼女に惹かれた理由の一つ。東京で出会ったのだが同郷だったというのも惹かれた理由の一つ。もちろん、その他いろいろあるけれど。とにかく早くからそういうことを真剣に考えていろんな人のやりかたを真似したり学ぶのは大切なことだったと思う。逆にそこまでしなければ、若くして子育てなんか出来なかったかも、と思う。

今の世の中はある程度キャリアを築いてから高齢出産子供を作る、という考え方の人が多いようだが、私たちは若くして子供を産んでかつキャリアも作るということにチャレンジした。まあまだまだヒヨッコだし、同期に比べればいろいろハンディがあって出世が遅れているのは確かだから、他の人にも勧められるかどうかはまだ答えは出せない。でもヒトという生き物としては若いうちに子供を産む方がいいんじゃないか、そのために仕事犠牲にしても仕方がない、という信念は変わっていない。

子育ては一人目地方都市、二人目は東京だった。サービス中途半端地方都市よりは、東京の方が乳児保育や二重保育なども当然のように使えるので、楽なことは確か。地方都市では認可園に乳児を入れるために、最初にお世話になった無認可園の保育士さんに入れ知恵ももらい、「田舎の公立園始まって以来、初の乳児受け入れ」という騒ぎを引き起こすことにもなったし。

その他子供が在園中の無認可園の存続問題やら、認可園の廃園問題やら、いろいろな問題に巻き込まれ、保育園法律補助金などのシステムについて、いつの間にか随分詳しくなってしまった。そういう苦労をしたおかげで、なんとか自分子供のこともやってこられたと思う。自分子供を預かってもらうために、社会や、行政制度などを勉強し、勉強したがゆえに他の人のためにもそういうよりよいシステム継続させるためにまた努力する、ということをやるはめになった。職場制度もいろいろと変えちゃったしね。苦労は多かったが、いろいろと勉強させてもらったし、いい経験もさせてもらったと思っている。私たちが子育てを始めた頃はまだ「女は家に入って専業主婦をして子供を育てるべき」と考えている人が多かったと思う。そういう社会の雰囲気を少なくとも自分たちの周囲半径数メートルぐらいでは変えちゃったんじゃないかな、と思っている。あくまで数メートルにしか過ぎないんだけどね。

もちろん、保育園などの公的サービスだけでは子育ては無理なことも確か。出張中に子供兄弟や親に預けることや、ベビーシッター、ファミリーサポートサービス学童保育など、ありとあらゆるものを利用した。近所付き合いも大事で、子供が鍵をなくして家の前で泣いているところを近所の人に預かってもらったりなど、いろんなトラブル引き起こしてくれるので、普段からいろんな人間関係を養っておくことも大切。基本的に近所付き合いとか苦手なんだけど。

とにかくお金よりキャリアが大事という思想で、なけなしの給料をはたいて、お金に糸目をつけずにやってきた。出張前にわざわざ実家子供を預けるために新幹線で反対方向に寄り道するとか、日帰り出張にした上で、頼み込んで早朝から保育所に預かってもらうとか...今になれば、まあなんとか元はとっているんではないかと思っているが、若い頃は随分苦労した。回りにも随分苦労をかけたし、それにはどれだけ感謝しても感謝したりない。子供たちにも負担をかけた。とは言え、子供にはあまり負担をかけると、感情不安定になったり、反抗したりいろいろやらかしてくれるので、無理はできないのだけど。とにかく、子供も親も元気でやってくれているのが本当にありがたかったところ。

だから、こんな話がそのまま真似出来るわけもないし、他の人の参考にはあまりならないかもしれない。少なくとも子供性格健康状態、親の健康状態、実家との距離、いろんなファクターが絡んでくる。それでもそういう個人的な状況を一生懸命切り開き、マネジメントし、またそれを元に社会フィードバックすることで、少しでも子育てしやすい環境を作ることができるはずだし、またそれを共有できるように努力してもらえれば、と願う。

長文失礼しました。

2010-07-30

不幸の再生

貧困再生産されるという。

親が貧乏だと子供貧乏になる、ということだ。

それは例えば、子供の進学に親の理解がなかったり金銭的問題で進学ができなかったりいろいろなケースがあると思う。

では不幸はどうだろうか?



親戚の親子やらを見てきた結論を言うと、親が精神的に不安定だと子供精神的に不安定になる。

精神的に不安定な人間は、安定した人間に比べて人間関係仕事が上手くできない。

精神をやられている人は、本来は不要なことにエネルギーが使われる、つまりハンデがついた状態で勝負をするような状態だからだ。

しかもそのハンディャップは外部からは見えない。

貧困再生産と同じで、負のスパイラルというのだろうか、どんどん悪くなっていく。



母親は家庭環境に恵まれず精神的に不安定。一方娘は他人とまともな人間関係を築けずいじめられ続けている。



その家庭では母親が娘をブスだのなんだの日常的にののしっていた。

暴力は振るわないので周りからは躾に見えなくもない。しかし実態は精神虐待であった。

母親と娘は割と似た顔をしていて娘はブスではなく、むしろ小顔なので化粧したら映えるであろう容姿だった。

娘は容姿コンプレックスとなり、女の子らしくすることに抵抗をもつようになった。

娘は勉強ができたときだけ褒められたので勉強を頑張っていたが、大学受験に失敗して第1志望には合格しなかった。

その大きな原因はストレスによる体調不良。

結局、その娘は母親からは反対された第2志望の学部に行ったが、そこでもうまくいかず大学にもいかなくなり

どうにか卒業はしたものの、内定がとれずフリーターになった。

未だに彼女は親に囚われ他人とまともな人間関係を築けない。誰かと仲良くなったかと思うと、いつの間にか避けられる。

周りからはカウンセラーを進められたこともあるが、自分は人見知り不器用なだけで普通だと思っている。

あるいは、自分がおかしいことに気がついているけれど認めたくないのかもしれない。



娘には結婚願望が無いわけではないらしいが、端から見ている人間には彼女には子育てなどできないだろうとしか思えない。

自分のことでいっぱいいっぱいあるいは自分の面倒もまともに見ることができていないのだから、子供なんて無理である

しかし、親や親友のような本当に親しい人でなければそこまでは踏み込めない。

精神的に不安定な女性男性依存するケースも珍しくなく、子供なんてすぐできる。

斯くして不幸は再生産される。




20越えた大人が負け組人生なのを親の所為だというのはおこがましいのかもしれないが。

しかし、親があの親でなかったら彼女人生は全く違った物だったのではないだろうかと考えずにはいられない。

2010-07-18

http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/sivaprod.exblog.jp/12500845/

SIVAPROD id:Midas 文献読んでも社会は把握できてないからおんもに出た方がいいよ、

と思ったが君が外出しにくい身体的なハンディを持ってる可能性も考え保留しておく。

だがハンディがあろうとなかろうとバカはバカだ。 2009/12/15

2010-06-26

http://anond.hatelabo.jp/20100626151109

よくわからんが、その進度の違いっていうのは、その後の業績に関係するの?

別に。早熟であることは能力が高いこととは違うからね。高校でゆとり生活を送るか大学ゆとり生活を送るかの違いだけ。

もっとも日本大学アメリカの高校も言われるほど楽なわけではないが。

たとえば、日本大学生のほうが、他国の学生よりも、(より高度なことを勉強してるわけだから)アメリカの一流の大学院に多く進学するとか。

なんでみんながアメリカ大学院を目指さなきゃいけないわけよ。あんたみたいな人って言っちゃ悪いけど、わけもわからずに東大東大と言ってる人と何も変わらないと思うよ。

大学院ってのは指導教官で選ぶべきものだし、そのために東大の学部から地方大の大学院に行くという選択肢だって普通にあるんだよ。就活で不利になるかもしれないというのだけがちょっと問題だけど。

もっとも、修士進学時点ではそこまで業界事情がわかっていることは非常に稀なので、米国大学院に行くことは、異文化体験や英語力の養成というメリットと、高い学費や語学ハンディによる留年・挫折リスクトレードオフだと考えればいい。アメリカ文学みたいに、アメリカにいること自体がメリットの分野なら別だけど。どっちにしてもこれは学部の早い段階からTOEFLの準備をしていないと難しいので、実質的にはアメリカ好き・語学好きな奴だけが取る選択。

というか分野にもよるけど旧帝大あたりの教官はだいたい世界レベルだから。米国大学教育が優れているのは、(優秀な指導教官の)質よりも量ではないかと思う。

ただし、化学生物実験系みたいに金やコネが強力にものを言う世界(有り体に言えば生臭い世界)では米国の方がいいという話も聞くね。そもそもネット内外で「日本大学ダメ米国に行け」と言っている人はその分野の人が多い。

2010-05-28

http://anond.hatelabo.jp/20100528204900

立脚点の違いがすごくよくわかりました。

私は本来身重だろうがそうじゃなかろうが育児を妻に丸投げはないわー、という考えなので。

だって2人の子供なんだもん。

この顧問の人は平日まで職場子供を連れてきてるわけじゃなさそうだから、休日ぐらい育児を分担しようという考えの人なんだと思います。それは公平だなって思う。

ましてや奥さん身重なんだからそういう時は特に気遣ってあげるのは「夫婦同士の思いやり」の範疇だと思ってます。

(逆に夫が残業で大変な時で奥さんにその余裕があるならば、奥さんがその分何かを負担してあげればいいと思う)

で、このケースの場合奥さんがおめでたになるまでは子供を連れてきてなかったんだから、普段は奥さんが「夫が残業で大変なのを気遣ってた」けど、奥さんが身重になってその余裕もなくなったので、分担することにしたのかなって解釈しました。

「楽な妊婦かどうか」という問題じゃないっていうか、本来分担が当たり前、身重というハンディがあるならなおさらという感覚かな。

夫に子育てで手を煩わせたくない、と考える夫婦はその夫婦がそれで納得するならそれでいいと思うけど、他の夫婦にもそうであれと押しつけるのはいかがなものかなと思う。

でも増田は、そうやって育児を夫と分担する妻は情けないって思っちゃうのかな。

もしそう思ってしまうなら、分担したいと夫側も思っているような夫婦のことは温かい目で見てあげてもらえないかなーと思います。

私は、夫婦育児に関与できるように、どちらかが社畜的な働き方をしなくても社会全体でサポートできるような社会になったらいいなあ、と思っているので。

そのためにはこの顧問先生のような方法は肯定されるべきだよなあって思うんです。


ちょっと追記。

あと、私が特にこのケースで重視したのは、これが「学校先生」の話だったということですね。

教員だと、「ひとさまの子供の面倒を見ていて自分子供の面倒をろくに見れない」という状況になることが夫妻問わずあってそれで子供との関係が悪くなるというのもよく聞くので。

2010-04-05

低い位置で安定するということ

僕は混沌とした世界が好きだし、

弱肉強食世界が好きだ。

ハンディを負っている訳でもないのに努力を怠る人は好きじゃない。



しかし実際には、

そのような混沌とした世界存在することは稀で、

安定した世界に包まれることが多い気がする。

安定といっても、いい意味ではなく悪い意味で。

低い位置で安定している。

そういう、ぬるま湯みたいなやつを嫌っていたんだけど、

最近は考えを変えた。

それはそれでいいというか、

どうしても、そういう風になってしまう気がする。



たとえばWindowsは十数年もOSを独占しているが、

そのお陰でPCは普及したし、分かりやすかった。

IntelCPUもそう。

mixiも同じ。

Googleだって、低い位置で安定するようにならないとは限らない。

そのように安定した権力誕生することで、

排除される者というのが出てくる。

競争が起こらない。

新陳代謝がなくなる。

しかし、それには目をつむっても、

いいのではないかと考えるようになった。



そう考えると、

ブックマーク衆愚化するのも、

肯定的に捉えられる気がしてきた。

状態としては悪いけど、低い位置で安定している。

デメリットよりも、メリットの方が大きいのかもしれない。

2010-03-23

皮が剥げるということ

http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/sivaprod.exblog.jp/12500845/

SIVAPROD id:Midas 文献読んでも社会は把握できてないからおんもに出た方がいいよ、

と思ったが君が外出しにくい身体的なハンディを持ってる可能性も考え保留しておく。

だがハンディがあろうとなかろうとバカはバカだ。 2009/12/15

2010-02-18

今年早稲田浪人する俺が新入生にアドバイスしたい

なんか「早稲田受かった」とか言ってる奴いるし、もしかしたら需要あるかもしんないんで。

①住居

早稲田お茶の水駿台)のアクセスを考えると、両国以東がいいじゃないか。どうせ大学の授業にでないんでしょ? やっぱり毎日通駿台へのアクセスを重視するのが吉。亀戸あたり区立図書館自習室も充実しているよ。

②食器は買うな

大学予備校の両立をするのに料理なんてしている暇なし。

③書類を忘れんな

授業登録とかしとかないとな。いや最近ネットでやるの? まだ入学していないから良く知らん。あと、センター試験の願書をちゃんと出すこと。仮面の場合、出し忘れたりする。

新歓は行っとけ

でも、ぜったい仮面浪人ですって顔をしちゃいけない。ポーカーフェイス仮面浪人必要条件仮面の皮を鍛えろ!

掃除機は要る、ベッドは要らん

どんだけIT化されようと、受験勉強は紙とシャーペンが基本。消しゴムカスが大量発生するから掃除機は必須。ハンディタイプが吉。浪人生活はメリハリがなくなりやすいので蒲団で、寝ている時間勉強している時間を明確に分けた方が良い。

ぼっち化はできれば避けろ

仮面浪人でいちばん失敗しやすいのがメンタル的に調子を崩すこと。大学でも予備校でも微妙な立場だが、同志を見つけよう。大学図書館の机に「仮面浪人してます。友達になりませんか。メアドは…」とメッセージを刻んでおけ。だれかは電話してくる。

⑦ワセメシはデブを産む

まあ、浪人は痩せるよりも肥えるくらいがちょうどいい。

麻雀探検演劇

合格する気あんの?

ノートは取れ

もちろん、駿台の。

⑩二文生とは距離を置け

大学であんまり友人を作ってしまうのも問題。初志貫徹できません。

大隈さんの像には手を出すな。

興味ない。

合格おめでとう!早稲田はいいとこだぜ、楽しく過ごせ!

まあ、仮面浪人というのは究極の非モテです。いじめられます。死ねと言われます。実際、何人か死にます。さようなら


いや、自分早稲田に行っておけば良かったと後悔しております。田舎の高校だと早慶大学生がどんな生態か分からんのよ。ネットもなかったし。大学生活じたいは旧帝大よりも面白そう。しくしく。

「今年早稲田卒業する俺が新入生にアドバイスしたい」

http://anond.hatelabo.jp/20100217113611

を読んで夜間学部への差別感情をとても不快に思った。夜間部馬鹿にしながら「俺、早稲田だぜ!」って思い上がっている人間には「早稲田って仮面浪人される大学でしょ?」と突っ込みたかった。

いや、夜間学部を馬鹿にするような人間だからこそ、俺早稲田だぜ!と調子に乗っているのだろうか。

僕は旧帝大を辞めて、いろいろあって東京の中堅私大に入り直したが、そこで夜間部の人と交流して色々感じるものが多かった。夜間部学生は貧しい家庭が多く(母子家庭など)、それでも大卒になるためにアルバイトを頑張りながら、授業もちゃんとこなして卒業していった。

しかし、就職氷河期のまっただなか、彼女たちは3年生のときから真面目に就職活動していても最後まで内定が取れずに派遣などになった。(男子はなんとかブラックに入った場合もある)。いったいここまで頑張っている人たちが報われないで良いのか、と他人事ながら憤りを抱いた。

http://twitter.com/YANA1945/status/9275794581

転載希望とのことで、勝手ながら増田転載した。)

2009-12-19

デート

 石川町の駅の前に現れた彼女は、いつものように妖精のようで、いたずらっぽい笑みを浮かべて、今日はなにをしてやろうかという顔をしている。

「待ちました?」

「ええ、15分」

 そういって、2人で歩き出す。

 三ヶ月前からはじまった横浜開拓計画は現在でも実行中で、2人の手には横浜市ハンディ地図が握られている。

保土ヶ谷は失敗でしたね」

「まあ、でも石川町はかなり期待しているんです」

 ぼくらのデートは、カメラ持参の街歩きが主で、それはぼくの趣味にも彼女趣味にも合っている。毎回、駅を決めて、目星をつけて、とりあえず予定は作らずに勝手気ままに、好きなように散歩するデート

 旨そうな店があれば昼食をとり、面白そうな店があれば入り、歩き疲れたらカフェを探す。街歩きは一種の冒険で、見たことのないなにかに出会うかっこうの手段。特に横浜はそんなものに満ちあふれていて、シャッターを切るたびに増えていくすてきな思い出が、なにやら旅行記のようにさえ思えてくる。

「そういえば、飲むところ、見つけました?」

「あ、ごめん。ちょっとネットではピンと来るところなかったかなあ」

「困ります、それじゃあ」

「なんかどっかにあると思うんだよね、この辺なら」



 今日デートは、ささやか彼女との忘年会のおまけで、一応形式的には、仕事仲間と親交を深めるための散歩だった。

 しかし、彼女とのデートは悪ガキ同士の探検のようで、あれこれ目の前に現れるものを宝物でも発見したようにシャッターを切る。彼女はどちらかというと構図で切り、ぼくはどちらかというと物で切る。だから彼女は遠写が主で、ぼくは接写が主。探検が終わったあとにお互いの撮った物を付き合わせると、けっこう見ているところの違いが分かって、1度で2度おいしいような心地になる。

 あれ、これ、カメラ仲間じゃないかと、そう思うときもある。

「そういえば、石川町は洋館狙いでしたよね?」

「あ、ああそう」

 ぼくは地図を見る。

 彼女地図を見る。

山手教会って、けっこう有名らしいんですけど、どう?」

「撮ってみたいかも」

「じゃあ、そのように」



 教会では、結婚式の真っ最中で、華やかな衣装の方々が、雑談をしている。

 そういう中でそそくさと洋館目当てになるのはちょっとしゃくで、2人で手などつないでカップルですアピールなどしてみる。まあ、どう考えても、何ヶ月もふたりで散歩デートしてれば好き合っているのは否定できないのではあるが、それでも手をつないで視線が合ってしまったりすると、やっぱりそういう関係だよね、という意識が募る。

 視線が気まずい。

キスしても怒らない?」

「怒りません」

 やさしくキスをする。あんまり官能的ではないやつを。

 それで彼女は視線をそらして照れる。

 もうキスなんて何十回もしているのに。



 結局のところ、関係の飽きとはマンネリから来るというのだけど、それは、これがされて当たり前、という共通認識が構築されてからはじまるような気がするのだ。

 キスされて当たり前、抱かれて当たり前、結婚して当たり前。

 むかしの彼女との関係は、「完全な同意」に基づいていて、その中で一番刺激が大きい、抱き合うことがすべての目的になっていた。だから、抱き合うためのデート、抱き合うための飲み会、抱き合うための日々。そんな風になってしまっては、2人の関係はマンネリになる。

 結局セックスのために付き合っているのでしょう?

 ほど貧しい関係はなく、その貧しさにひたすらに打ちのめされる。

 だから彼女との関係はいつも揺らいでいて新鮮で、恋人のようでもあり、友人のようでもあり、同僚のようでもあり、同士のようでもある。



 それなりの居酒屋を見つけて、わいわいと話し始める。

「あんまり飲まないでくださいよ」

 おっと、彼女は今夜をご所望だった。

 結局のところ、それがすべてになってしまうと、手をつないだ瞬間に愛撫をはじめてしまう、キスした瞬間に愛撫をはじめてしまう、もう触れ合った瞬間に、抱き合うことへのカウントダウンがはじまってしまう。

 それは、とても息苦しくて、すべての女性とのつきあいが、そのためだけにあるのだとそういう錯覚に陥ってしまうのだ。ぼくは君を性的に喜ばせるためだけに存在しているのだって。

 そうじゃないって、関係で示して欲しい。

 ぼくと一緒にシャッターを切るのが楽しいって。

 身体の関係がなくても、シャッターを切り合っていれば、それで充分だって。



 食事が済んで、小ぎれいなホテルの部屋を取ると、彼女は淑女から一変する。

 シャワーを浴びて、裸でシーツの中で待っている彼女に向き合う。

電気消して」

「輪郭ぐらい見えないと、上手くできない」

 常夜灯を点す。

 キスをして発情していないのを見て、柔らかく抱きしめる。ぎゅうと肌と肌を合わせるように。それで肌の温度が合ってくるのを確かめる。

「つめたい」

冷え性だから」

「ぼくもそう」

 官能的なキスをするとだいぶ応じてくれる。

 可愛くチュッと頬にキスをする。くちびるで頬を愛撫するようなキス

 それで視線を合わせて、とろけ合う2人を確認する。

 もう片方の頬を愛撫。瞳が潤んでくる。

 じゃあ、おでこキス

 髪をやさしく撫でる。もう溶け合いはじめている。



 彼女との日々はそんな感じで、陶酔はあるのだけど、いつまでも、なぜか新鮮さが保たれている。曖昧彼女との関係は、どこまでいっても曖昧で、それが、いつまでも都合よく毎日が展開される。

 恋人なの? 友達なの? 愛人なの?

 全部って答えはないのだろうか。

2009-12-01

友人が「揉めない乳は乳じゃない」と言い切ったので

別に匿名で書きたいわけじゃないんだけど、便利だからココに書かせてもらおうと思う。

少しおっぱいの話をさせてくれ。あんたも好きだろ?おっぱい。乳。


今日、とある友人がこんな事を言っていた。

  • 起伏のない胸など男の胸と同じだ。
  • 揉めない乳は乳じゃない。

正直、暴論だと思った。

だから今このエントリを書いている。


ちなみに友人も私も20代前半の健康男子だ。

どうやら友人はおっきなおっぱいがお好きで

ちぃさなおっぱいにはおっぱいとしての価値が全くないと考えているらしい。

では私はどうかというと「どちらかと言えば貧乳が好き」程度の貧乳好きだ。

もちろん巨乳だって心から愛せる。


そんな中途半端な趣向の持ち主である私でも分かることがある。

それは、彼の展開する「貧乳は揉めないから乳ではない」という理論は、世の貧乳好きには全く通用しないということだ。

巨乳好きと貧乳好きでは乳に求める価値観が全く異なる。

従って「揉めないこと」は貧乳好きにとってはなんら問題無しなのだ(ただし一部例外もある)


では、巨乳きのこの友人に貧乳好きの価値感を理解してもらい

「揉めない乳は乳ではない」という発言を撤回してもらうにはどうしたら良いだろう。

そのためには先ず「貧乳好きの派閥分け」が必要になるだろう。

一言に「貧乳好き」と言っても、中には多様な価値観が存在するのだ。

で、世の貧乳好きの派閥について1人で ブレストしてみた。

貧乳好きの主な派閥

かの有名な するよしないよ樹形図のように分類したかったが、流石に面倒だったのでやめた。

とまぁ素人栄養足りてない頭で30分程度考えただけで20以上の派閥が思い浮かぶわけで。

本当はもっともっと細かい分類が出来るだろうし、ここに当てはまらない派閥も沢山あるはずだ。

もし友人が「揉めない乳は乳ではない」と言い切るならば

少なくとも上記の各派閥を相手に持論を展開し、打ち倒さなければならない。

だがそれは不可能だろう。

もちろん、貧乳側が理論で友人を説き伏せることも出来ないはずだ。

(実践的なやり方で中長期的に対処すれば、多少は趣向を変える事は可能かもしれない)


つまり「巨乳こそ乳だ」「いや、貧乳こそ乳だ」という議論は全くもって不毛なのだ。

だから私はそんな話をするつもりもないし、したくもない。

ただ、コレだけは言いたい。


「乳でない乳はないよ」


巨乳が素晴らしいのではない。

貧乳が素晴らしいのではない。

ただそこにある乳が素晴らしいのだ。

揉める乳も揉めない乳も、愛すべき乳だ。

汝の前の乳を愛せよ。


この思いよ彼に届け!

2009-11-09

http://anond.hatelabo.jp/20091109070550

結婚まで考えた宗教男と別れた身として、非常によく理解できる話。

(そしてたぶんそれは、そういう男と付き合うとか結婚するとか別れるとかってことと宗教って何なのってことを

 全力で考えたことない人からは無理解な言葉がくるんだろうなぁとも思う話。

 私も関わったことない頃は信教の自由を本気で信じていた。)

彼らは宗教を分かってもらうことを当たり前だと思っているし、

(下手したら結婚する=入信するぐらいに思ってる)

元彼がどこか上から目線な感じがするように、実際宗教があることをハンディとか負い目とかまったく思ってない。

交換条件を出してくるっていうのは理解を放棄してるし自分は悪くないと思ってなきゃできないことだ。

その認識が改まらない限り、理解しあって仲良くやっていくのは不可能だと思う。

理解しようとしてるのに信じられないのは理解が足りないんだと一方的に悪者にされてしまう。

元増田に精一杯のおめでとうを贈りたい。

あなたはすごくすごく正しいと思う。

2009-10-22

http://anond.hatelabo.jp/20091022224203

すまんが、神の意思について言い出したのはオレではない。

オレはむしろ神の意図として考えるのには反対だ。

リアリティを無視することになるのが嫌なんだよ。

問題がある人間を疎外していったら誰も残らない。

職がなくなったら離婚するのか?

片手を事故で失ったら?

結婚はそういうものじゃないだろう。

何があってもお互いに助け合っていくという誓いだ。

そうであるならば、重要な場面でハンディのあるメンバーを疎外すべきではないのさ。

そうしないと将来自分が疎外されることを許容することになると思う。

2009-10-21

知能が低くて生きるのが苦しい

知能指数がある程度より低ければ国から障害者として認定され補助もあるが、各種統計の2分基準の概念で低い方に位置し自分の苦しさを実感できる程度に高い場合は社会の求める生産性についていけないし周りからも低知能と蔑ろにされる。知能障害のある方々も心無い人間からそう言われる可能性はあるが、この場合は国から公的に「ハンディは補助しますからその分できることは頑張ってくださいね」とハッキリ言われているのであり、中途半端な低知能ができない事を無理矢理させられみなと同じゴールを目指さなくては行けない訳ではない。

「最大多数の最大幸福」の元に切り捨てられてしまったんだなぁ、と実感する。そういう事で死にたい安楽死したい。

2009-10-12

http://anond.hatelabo.jp/20091012211747

障害者、という言葉を聞くとやはり皆さん最初に身体障害者を思い浮かべるのですかね。

 

必ずしもそうとは限らないと思うよ。

今年の27時間TV見てないけど、TV画面としては一番楽なんじゃないかと思うよ。

 

精神の人は大変さが画面から伝わりにくい。

知的の人の大変さは本人よりも御家族に伺うことになる。

(主人公が、知的障害者から、知的障害を持つ子の母になっちゃう)

 

身体の人は、直接本人にインタビューできるし、できないことも理解しやすい。

ハンディキャプを抱えて○○に挑戦!みたいドキュメンタリが、

(他の二者に比べて)一番簡単に作れるし、絵面も解り易い。

 

普段の番組は、普段からそれなりに関心の高い人が見る番組だけど

27時間TVは、普段はそういうのに関心の無い人も見るからね。

2009-07-10

付け焼刃の経済学史でブラック企業がのさばる素地を考えて現在日本の状況を極めて独善的に整理してみる その1

素人です。

ですのでこの項に登場する経済学者の言説は大いに誤った解釈をしている可能性が高いです。

でも気にせず逝きます。


*クソ長くなったので先に結論部分をまとめます

前編:経済思想上のブラックがのさばる素地の形成について

労働市場自然状態に任せるとダンピングが起きる。

ケインズ理論欠点があったために、労働市場の積極的改善というその利点もろとも葬られてしまった。

ケインジアン亡き後、完全自由競争信奉が先進国を席巻した。

④その為労働力ダンピング失業率の高止まりが防がれにくい素地が築かれた。


後編:日本においてブラックがのさばっている理由についての考察

日本戦後ずっと右肩上がりで成長してきたために、失業問題に大きく悩まされる時期があまりなかった

②それがゆえに社蓄の害が単に個人の人生観に回収され、社会的問題とならなかった

バブル後の増加した非正規雇用者の悲惨な状況を見て(または未必に協力して創出し)失業への強い恐怖を抱くようになった

失業への強い恐怖から、不当労働行為を甘んじて受ける(法律上は勝てても経済体力的に持たないという理屈もあるだろう)

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まずブラック企業がのさばりやすい理由、つまり労働力ダンピングがおきやすい理由を最初に考えた(としてください)のはアダムスミスみたいです。

アダムスミスは「国富論」の中で以下のように整理しています。

使用者達は、暗黙のうちに、しかし恒常的かつ一様の団結を結んで、労働賃金を実際の額以上に上昇させまいとしている。

我々がこのような団結をめったに耳にしないのは、誰もが耳にしないほどそれが通常の、ものごとの自然の状態といっていいものだからである。」

また労働争議の段に際しては

「それまでの蓄えから、使用者は1年から2年耐えられるのが普通なのに対し、

労働者仕事がないと1週間で困窮するのがほとんどで1ヶ月耐えられる労働者は稀で1年持つ人はまずいない。

長期的にみれば、雇い主にとっても労働者が必要だとしても、その必要性は切迫したものではない」

こうした「交渉上の地歩の格差」がある以上、

あらかじめ使用者側にハンディを負わせないと(つまり自由を制限して)労働力ダンピングが起きてしまう、

アダムスミスは考えていたようです。

アダムスミスは良く知られているように自由放任を是とした学者ですが、

こと労働市場に関しては、積極的に自由競争市場を作り出す必要性を主張していました。

しかしアダムスミスの後、デヴィッドリカードらから連綿と受け継がれてきた

自由放任主義にはこの視点が欠けていました。

彼らは「供給需要を作り出す」というセイの法則を前提として

労働市場も自由競争させれば、労働需要供給は長期的には均衡する」と考えていました。

20世紀に登場したケインズはこのような自由放任主義に対し「貨幣改革論」の中で

現在の状況に対して長期的な視点と言うのは見当違いである。長期的には我々はみな死んでいる」と強く批判しました

(ひょっとしたらアダムスミス的な意味需要供給の均衡を労働者が待つことができないといいたかったのかもと私は思いますが、如何せん切り貼りなので文脈がわかりません)

ケインズリカード以降の古典派が、経済システムの調整不良の原因を貨幣賃金の硬直性に求め、

賃金体系を引き下げれば、生産物価格低下をもたらし、それが新たな需要をつくり、

生産量と雇用量の増加をもたらす、と主張していたのを批判して

「ある個別産業について賃金を引き下げれば、それは総有効需要にも影響を及ぼす。

古典派の主張はある産業における賃金引下げが総有効需要に影響を与えない場合にのみ有効であるが、

賃金引下げが総有効需要を引き下げないという保証はどこにもない」

とし、

「むしろ賃金の引き下げが総有効需要の構成要素であるところの消費と投資を減少させ、雇用状況をかえって悪化させる」

可能性すらあることを示しました。(つまり賃金引下げがもたらす総需要減と生産価格の現象がもたらす需要増の比較で、いつも需要増が大きいわけはないと言っている)

(一般理論

ケインズの登場後、しばらくは国家経済に積極的に関与する必要が問われ、

世界恐慌を乗り切るために世界中で(戦争を含んだ)公共事業が行われました。

時代は流れて、1970年代に入るとミルトンフリードマンらの影響を受けた新自由主義が台頭してきました。

彼らはケインズが主張していた現在の所得が消費行動を決定するという主張を限界資本効率がケインズの予想に反して逓増していたことを示し、

その乗数効果疑問符を投げかけ、金融政策による事態の解決が最も適切な行動だと主張しました。

政治的にも英国マーガレットサッチャー米国のロナルドレーガンという人物を得て、

マネタリズムはその全盛を迎えます。

英国米国ともに結果的にインフレ抑制に成功しますが、失業率が高止まりし、社会情勢は不安定化していきました。

彼らは労働市場ももちろん完全な自由競争にあるべきだと考えていました。

しかし現実には給与格差が大きく広がり、賃金に収縮性が生まれたにも関わらず

完全雇用が実現されるどころか失業率は上昇していったのです。

日本でも中曽根橋本小泉と連綿と新自由主義的「構造改革」は受け継がれてきました。

ここまでを整理すると、

労働市場自然状態に任せるとダンピングが起きる。

ケインズ理論欠点があったために、労働市場の積極的改善というその利点もろとも葬られてしまった。

ケインジアン亡き後、完全自由競争信奉が先進国を席巻した。

④その為労働力ダンピング失業率の高止まりが防がれにくい素地が築かれた。

という感じかと思います。


後編に続きます。

2009-06-26

12年の責任

自分 28 持病持ち

彼女 34 医療事務

12年お付き合いしてきました。

同棲はなし

自分 実家を出たり、戻ったり

彼女 実家 いいとこ

姉の友人の友人として知り合いました。

同じピアノ教室にも通っていました。

付き合い半ば位から自分の持病が悪化して障害持ちになりました。

その事がわかった時、泣きながら別れ話を切り出しました。

別れるのが辛いとかでは全く無くて

一生障害を持って生きる事がすぐに受け入れられなくてです。

相手がどう捉らえたかは知りませんが。

が、彼女は一緒に居てくれるといいました。

彼女のご両親は微妙な反応でした。当然です。

今考えれば彼女の為、ご両親の為に強引にでも別れるべきだったのかもしれません。

障害が出てきてからのお付き合いは、完全に障害に合わせたものになりました。

泊まりや遠出は出来ない、近場であっても具合が悪くなればすぐ帰宅、通院したり。

当然彼女はつまらなかったでしょう。

障害が出てきてから、彼女が心底楽しそうにしてる所は見た事はないし、

自分も会う度に申し訳ないという思いでいっぱいでした。

長く付き合っていると自分彼女の友人達に当然結婚する人達も出てきます。

そういう話題になると彼女は色々と不安になるのでしょう。

そういう表情をします。当然です。

障害が出てからは頻繁に入院や通院が必要だったので、仕事

「何でもやります!なんでも頑張ります!」というわけにもいかず、

仕事を選ばなければいけなくなりました。

自分が優秀であれば、突出した才能があればきっとハンディがあっても

受け入れて下さる会社さんもたくさんあるでしょう。

自分には努力が足りなかった。もちろん持病が悪化する事は想定出来なくても

人並みの努力をしていれば、間違いなくマシな状況だったはずでしょう。ごめんなさい。

努力しています。これからも努力を続けます。当然です。

幸い、気持ち的にはたまに暗くなったりはしますが精神的に問題が出てきたりはないと思っています。

10年以上付き合って来たので当然自分責任を取るつもりでいます。

こんな自分の為に女性の20代のほとんどを費やさせたのですし。当然です。

ですが、最近では彼女はいつも不機嫌です。

会う度に揉め事になるようになりました。彼女は怒鳴ります。彼女は手を出します。自分はとにかくあやまります。

自分が悪くなくても、彼女に非があっても。自分はとにかくあやまります。土下座します。

慣れてしまったのでしょうか。障害を持った自分と接するのに。

彼女も、自分の親も最近ではそれはそれ、とさまざまな要望、要求をする様になってきました。

もちろん障害者として特別扱いはして欲しいわけでもありません。して欲しくありません。当然です。

でも出来ない事は出来ない。無理です。なのでそう言います。

そういうところが快くないのでしょうか。

ですが顔色をうかがいながら機嫌を損ねない様、とても気を使っています。当然です。

それでも対応に不備があるようでしたらあやまります。ごめんなさい。

本当は今からでも別れた方がいいんでしょう。自分もそうすべきだと思います。当然です。

ちょっとしたきっかけで、あるいはきっかけなんかなくてもキレなきゃいけないのは疲れるでしょう。

自分を怒鳴りちらすのも疲れるでしょう。ご苦労さまでした。

彼女にしてみれば、自分と居ることでマイナスな事はあってもプラスになる事はないですし。

彼女からは言い出しにくいんでしょうか。自分はどんなに詰られたってかまいません。とにかくあやまります。

彼女に新しい特別な人が出来たなら喜んで応援します。すでに居るのかも知れません。

居てくれたらうれしいです。

もちろん責任自分で取りたいと思っています。思っていますが、それと彼女自身の幸せ

全くの別問題でしょう。自分と居ることは彼女にとって退屈でしかないでしょう。

それ以前に怒鳴る彼女土下座する自分彼女にとって健全ではないはずです。

次会って彼女がキレて揉めた時、自分土下座させられた時、それは合図だと受け取って

新しい人と幸せになってくださいと切り出す。

2009-06-06

http://anond.hatelabo.jp/20090606163647

実はだね。タイムマシンというのは一般的に非常に危険であってだね。

タイムマシン時間を移動する機械であるわけだけど、当然ながら空間の移動も出来るようになっていて、質量により常に影響を受けて揺らいでいる過去現在未来時間や空間の歪みを検知していて、その結果から慣性系から見れば常に移動しているけれども、時間の流れに沿っている人間視点では地球上の固定地点となる時間と位置をリアルタイム補正しているのであって、多大な過去未来や遠方などへの移動は予想外の、たとえば彗星隕石、他の恒星など予測不可能な要因で起こる、たとえば自転公転や軌道太陽系自体の位置などのぶれなどにより、補正機能の能力限界を超えてしまって、宇宙空間ならまだしも、たとえば確率は低いもののマントルだったり太陽の中だったりにつなげる可能性を、幸いにもタイムマシン四次元空間に設けた外部装置により高度な処理を行うことにより、例えばある標準位置を制定し、継続的にプローブし、データを蓄積することによって、致命的な補正ミスを回避することに概ね成功しているが、同様の原理によりワープを行うもののハンディタイプのためにそのような大掛かりな四次元外部装置を持たないために予め安全の確認された時代地域にのみ移動が可能であるように制限されたどこでもドアとは違い、幾らかの制限下では冒険的移動が可能であるという特徴をタイムマシンは持つが、どこでもドアでは移動できないヶ所へタイムマシンで移動できるかどうかは事前の調査が必要であり、その移動にはそれなりのリスクが伴うことを理解しておくべきである。

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