はてなキーワード: ハンガリーとは
http://www.newsweekjapan.jp/reizei/2011/09/post-346.php
フジ子・ヘミングについて冷泉彰彦が書いた文章を「いまさら」見たので,わたしの雑感を書く.
私が聞いた時,彼女の調子が悪かったのかもしれないが,彼女の「音」にはまったく感慨を覚えなかった.個人的に感想としては,演奏が始まる前,調律師が調律していた音の方が,よっぽど「ブリリアント」であった.おまえはなぜヨーロッパのオーケストラを聞くのか,と問われたら,こう答えるだろう.「音が違うから」と.それだけ,日本のオーケストラとヨーロッパのオーケストラでは,音がちがう.ピアノ演奏はあまり聞いたことがないが,少なくとも一人立体的な音を出している人はしっている.アルゼンチン出身の女性が出していた音は,立体的でたいへん美しかった.
たしかに,フジコの演奏を予断なく聴いて感動している人に水を差すようなことはしない.しかし,朝日新聞に出ているような広告をみたり,フジコがそういった過去を持っていることと彼女の演奏を結びつけたりといったことが過剰であると見受けられるためにクラシックファンに批判されているのではないか.
クラシックの音楽を解釈するために,人生観そして世界観に絡めて理解するというのは理解できる.しかし,それは立ち現われている音と「わたしの」人生観,「わたしの」世界観を絡めて解釈する行為であって,演奏者個人の来歴はさほど関係ない.演奏者個人の来歴が関係してくるのは,演奏に対しての価値判断が行われる場所においてであろう.つまり,フジコの演奏を聴いて,「天涯孤独だから」演奏に感動するというのはあまりよろしい態度ではないとわたしは思う.よって,「ブレンデル引退コンサートに巨匠の人生が凝縮されている」とわたしは述べない.「ブレンデルはさすがに引退か」とは思うが,そことは離れた場所で演奏を聴き判断する.そして演奏を判断するためのものとして,「音」「技術」「技巧」というものがあるのである.どんない偉大な経歴であったとしても,その場で聞いてしっくりこなかったのであれば,しっくりこなかった感動したのであれば,感動したと思えばよい.その場所に,「フジコの半生はこんなで」とか「ブレンデルの引退コンサートだから人生が云々」という話は関係ないのである.そういった話を引きはなして,演奏を聴かないがためにフジコファンは「耳がない」と馬鹿にされるのである.(フジコの弟が大声でブラボーと曲毎に叫ぶのも興ざめ)
物語を作って,物語の登場人物をステージにのせ,半生を聴衆に回顧させ,お涙頂戴芸をやっているから,フジコは批判される.それにわたしから言わせてもらうと,最初にフジコなんぞの演奏を聴いてしまった方がかわいそうである(フジコの演奏をすべて私は否定したいのではない,最初に出したアルバムは良いと思う.その後は練習不足がたたってか,年なのかしらないが全然ダメだと思っている).
ピアノの演奏には,お涙頂戴芸以上に素晴らしい芸術がある.それの根幹となっているのが各人が出す音である.フジコは全くそこができていない(というよりも年で,もうまともな音が出ないのではないか.長年鍛錬してきた他の老ピアニストと違って彼女にはブランクがある).その点から,フジコはさっさとお涙頂戴芸をやめるべきだし,フジコの演奏を非難しているのは,頭の固い日本の馬鹿クラシックファンだという発言をするのもやめていただきたい.
あとCDだといくらでもごまかせるので,実演聞いて判断するべき.
わたしのおすすめのピアニストは,ハンガリー出身でいまはイタリアに住んでるおじさんとか,ルーマニア出身で最近日本に演奏に来たのにおなかが痛くなって残念ながら帰ってしまったおじさんとか,アルゼンチン出身で体調不良でコンサートをキャンセルしてしまったおばあさんとか,もっといろいろいるがこの辺で.
とりあえず喫煙率が1に近いハンガリーは日本より下なので反例になる。
傾向なのでハンガリーが例外だとしたら、日本が例外でない理由が不明。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B3%E6%80%A7%E8%A7%A3%E6%94%BE
>GEM指数(ジェンダー・エンパワーメント・メジャー)という基準を用いた場合、日本は43位でタンザニア(42位)とハンガリー(44位)の間に位置し
そうだねー。
おっぱいはおっきいほうがいいよね。
本当に日本の女は魅力に欠ける
喫煙がどの程度認められるかは文化によって著しく異なり、喫煙率の数字自体で一概に指標とすることは難しい。
ただ、以下のデータに示されるように、豊かで、女性の人権が守られている国ほど喫煙率の男女比が1に近づくという傾向は見てとれる。
| 国名 | 男性 | 女性 | 男女比 |
|---|---|---|---|
| スウェーデン | 12.2 | 15.7 | 1.29 |
| ノルウェー | 21.0 | 22.0 | 1.05 |
| イギリス | 22.0 | 21.0 | 0.95 |
| デンマーク | 24.0 | 22.0 | 0.92 |
| ハンガリー | 36.9 | 33.5 | 0.91 |
| ニュージーランド | 19.3 | 17.0 | 0.88 |
| オーストラリア | 18.0 | 15.2 | 0.84 |
| アメリカ合衆国 | 17.9 | 15.1 | 0.84 |
| オランダ | 32.0 | 25.0 | 0.78 |
| カナダ | 19.9 | 15.1 | 0.76 |
| スイス | 23.4 | 17.6 | 0.75 |
| ベルギー | 23.6 | 17.7 | 0.75 |
| フランス | 30.6 | 22.3 | 0.73 |
| スペイン | 31.6 | 21.5 | 0.68 |
| ドイツ | 27.9 | 18.8 | 0.67 |
| イタリア | 28.9 | 16.4 | 0.57 |
| メキシコ | 39.1 | 16.1 | 0.41 |
| 日本 | 39.5 | 12.9 | 0.33 |
| トルコ | 43.8 | 11.6 | 0.26 |
見ての通り、トルコ(イスラム教徒が多い)よりマシな程度であり、メキシコやイタリア(昼間から公然とポルノが放送され、男女差別が社会に根ざしていることが指摘されている)以下である。いかに日本の女性が社会的な差別に晒されているかが見て取れる。
2.もう一つ、別のデータを見てみよう。痩せすぎ女性の比率である。言うまでもないが、豊かな国、女性が保護されている国の女性ほど少ないはずである。
| 国名 | 比率 |
|---|---|
| オーストラリア | 2.8 |
| スペイン | 3 |
| アメリカ合衆国 | 3.3 |
| アルゼンチン | 3.4 |
| ブラジル | 3.5 |
| デンマーク | 3.7 |
| イタリア | 5.8 |
| イギリス | 5.9 |
| スイス | 5.9 |
| 南アフリカ | 6.2 |
| 韓国 | 6.5 |
| カメルーン | 6.7 |
| ノルウェー | 7.0 |
| 中国 | 8.5 |
| ガーナ | 8.6 |
| ジンバブエ | 9.2 |
| マレーシア | 10.0 |
| リベリア | 10.0 |
| 日本 | 10.4 |
| コンゴ | 13.2 |
| ナイジェリア | 15.2 |
| セネガル | 18.2 |
| ベトナム | 28.3 |
| インド | 35.6 |
これが先進国の数値かと目を覆いたくなる。世界でも有数の豊かな国の女性が、アフリカのいくつかの最貧国すら上回り、マレーシアと肩を並べる飢餓状態に置かれていることが分かる。いかに日本の女性が不当な扱いをされているかが見て取れる
OECDの公式サイトから引っ張ってみた。最新情報がリーマンショック以前のデータである点に注意。
ソースはこれの右上の「Indicator in PDF」ってリンク(直リンク出来ないみたいなので)。
| 国名 | 2007年のニート率 |
|---|---|
| アイスランド | 6.4 |
| オランダ | 6.9 |
| 日本 | 7.6 |
| デンマーク | 8.2 |
| ノルウェー | 8.8 |
| ルクセンブルグ | 9.2 |
| スロベニア | 10.4 |
| スイス | 10.4 |
| オーストラリア | 10.7 |
| チェコ | 11 |
| アイルランド | 12.1 |
| スウェーデン | 13.1 |
| フィンランド | 13.3 |
| カナダ | 13.7 |
| ニュージーランド | 13.7 |
| OECD加盟国平均値 | 14.9 |
| フランス | 15.1 |
| ドイツ | 15.2 |
| ポルトガル | 15.2 |
| エストニア | 15.3 |
| ベルギー | 15.4 |
| アメリカ合衆国 | 16.2 |
| ハンガリー | 16.9 |
| スペイン | 17.2 |
| ギリシャ | 17.7 |
| イギリス | 18.1 |
| ポーランド | 18.3 |
| スロバキア | 19.9 |
| イタリア | 22.6 |
| ブラジル | 23.4 |
| イスラエル | 39.6 |
| トルコ | 45.7 |
リーマンショック後にこれらがどのように変化しているかが興味深いね。まあ、改善してる国の方が多いとは思えんけど。
国内でのニートの増加を理由に「日本の若者はうんたらかんたら!もっと海外へ出てどーたらこーたら!」と言ってる人ってこの辺の数字をどう見てるんだろう。
下記URIから「Unemployment Rate」「All Persons」「15 to 24」を選択。
http://stats.oecd.org/Index.aspx?DatasetCode=LFS_SEXAGE_I_R
| 国名 | 2008年 | 2009年 |
|---|---|---|
| 日本 | 7.2 | 9.1 |
| スイス | 7.0 | 8.2 |
| オランダ | 5.6 | 7.3 |
| ドイツ | 10.4 | 11.0 |
| デンマーク | 7.6 | 11.2 |
| カナダ | 11.6 | 15.3 |
| アメリカ | 12.8 | 17.6 |
| イギリス | 14.1 | 18.9 |
| イタリア | 21.3 | 25.4 |
| フランス | 18.1 | 22.8 |
| フィンランド | 15.7 | 21.6 |
| スウェーデン | 19.4 | 25.0 |
| ノルウェー | 7.5 | 9.2 |
| ハンガリー | 19.9 | 26.5 |
| アイルランド | 12.5 | 25.9 |
| スペイン | 24.6 | 37.9 |
取り敢えず日本と日本より多い数字を太字にしてみた。多すぎ。それでいて移民がシコシコ働いてるのを目の当たりにしてれば、そりゃ極右の一つも台頭するわな。
日本共産党の井上哲士参院議員は9日、都内で行われた全国都道府県議会議長会主催の
「永住外国人の地方参政権についての各政党との意見交換会」に与野党5党代表とともに参加し、
「外国籍であっても住民として生活し、納税など一定の義務を負っている人々に地方参政権を保障することは、
憲法の地方自治の精神に合致するもの」と参政権付与に積極的に賛成する立場を表明しました。
井上氏は、日本共産党が1998年12月に永住外国人に地方参政権を付与する法律案を提出し、
その実現を目指して奮闘してきた経過を紹介。国会では参考人質疑を含め議論してきたにもかかわらず、
2004年以降審議が中断していると指摘し、いまこそ国民的議論をおこなって地方参政権付与の
早期実現をはかるべきだと訴えました。
井上氏は「OECD(経済協力開発機構)加盟の30カ国で、二重国籍も認めず、
かつ外国人に地方参政権を付与していないのは日本だけとなっている」と強調しました。
日本共産党の法案について、地方選挙権とともに被選挙権も付与していることや、永住外国人の出身国が、
日本人の参政権を認めている場合のみ付与する相互主義の立場にはたっていないことなど、
他党案との違いにも触れました。
最後に井上氏は「地域に貢献されている多くの外国人を、地方自治の担い手としてどう受け入れていくかを
ぜひ地方議会でも議論してほしい」と要望しました。
一方、自民党の山谷えり子参院議員は、「中国は、10万人、20万人移住させることも可能である。
そうなれば地方自治体の決定がスムーズにできない」などと暴論を述べ、参政権付与に反対しました。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik09/2010-02-10/2010021001_03_1.html
↓
OECD加盟国
(1)EU加盟国(19か国)
イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、フィンランド、スウェーデン、オーストリア、デンマーク、スペイン、ポルトガル、ギリシャ、アイルランド、チェコ、ハンガリー、ポーランド、スロヴァキア。
(2)その他(11か国)
日本、アメリカ合衆国、カナダ、メキシコ、オーストラリア、ニュー・ジーランド、スイス、ノールウェー、アイスランド、トルコ、韓国。
そのOECD加盟国30カ国のなかで外国人参政権を認めているのは12カ国。殆ど北欧の国とベネルクス3国、アジアでは韓国だけ。そんな連中しかいないのに「OECD加盟国が外国人参政権云々」という人物は、日本人に対して「他の国もやっているんだから」という悪い世論形成を行っているとしかいいようがないでしょう。
嘘つくなよ。外国人参政権賛成派の人はしれっと嘘をつく。だから反対派は信用しないんだよあなたたちのことをさ。
だいたいよ、『他の国でやっているからって日本でもやらなきゃいけない』なんてのはおかしな話だし、今の日本で導入したら
確実に逆差別が生まれるよ。それじゃ結局同じジャン。
韓国?参政権取得にはかなり厳しい条件がついてますよね(納税額とか)
アメリカ?認めてなかったよね?
http://www.geocities.jp/sanseiken_hantai/data-table.htm
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1416110034
そりゃ参政権導入すれば当面はそれでもいいかもしれないが(百歩譲って)、将来的にはヨーロッパ各国で問題になっているようなことが
日本国内でも起きるようになりますよ。それでもいいのかい?それでは無責任すぎやしませんか?大の大人が大の政治家がそんなことでいいんですか?
あーあ、政治家って国民を写す鏡だっていうけれども、政治家がしれっと嘘をつくようじゃ国民もそりゃおかしくなるわな。
*追記(2010-2-13)
ヨーロッパのようにならない保障も確証もないと思います。国の根幹をなす問題に関しては少しでも危険な要素がある以上、導入すべきでないと思うんですが、、、それも行き過ぎた考え方なんでしょうか、、、
今年分をまとめてみた。
1月14日 天皇皇后両陛下 お茶(タイ王族ソムサワリー殿下)(御所)
2月12日 天皇陛下 ご引見(東ティモール国民議会議長)(宮殿)
2月17日 皇后陛下 お茶(アメリカ合衆国元大統領夫人ヒラリー・ロダム・クリントン(平成6年アメリカ合衆国ご訪問時のアメリカ合衆国大統領夫人))(御所)
3月4日 天皇皇后両陛下 ご引見(ラトビア国会議長夫妻)(宮殿)
4月14日 天皇皇后両陛下 ご昼餐(ヨルダン国王陛下,王弟ファイサル殿下,王妹ラーイヤ殿下及び王族ガーズィ殿下)(御所)
4月17日 天皇陛下 ご会見(パキスタン大統領閣下)(宮殿)
4月20日 天皇陛下 ご引見(ベトナム共産党中央執行委員会書記長)(宮殿)
5月11日 天皇皇后両陛下 シンガポール大統領閣下及び同令夫人[国賓]歓迎行事(宮殿)
天皇皇后両陛下 ご会見(シンガポール大統領閣下及び同令夫人)(宮殿)
天皇皇后両陛下 宮中晩餐(シンガポール大統領閣下及び同令夫人)(宮殿)
5月13日 天皇皇后両陛下 お別れにつき,シンガポール大統領閣下及び同令夫人をご訪問(迎賓館赤坂離宮(港区))
5月21日 天皇皇后両陛下 茶会(第5回日本・太平洋諸島フォーラム首脳会議に出席する各国首脳夫妻等)(宮殿)
6月18日 天皇皇后両陛下 ご会見(フィリピン大統領閣下及び同夫君)(宮殿)
9月17日 天皇皇后両陛下 ご会見・午餐(イタリア大統領閣下及び同令夫人「公式実務訪問」)(宮殿)
10月1日 天皇皇后両陛下 ご会見・午餐(オーストリア大統領閣下及び同令夫人「公式実務訪問」)(宮殿)
10月8日 天皇皇后両陛下 ご引見(タイ上院議長夫妻)(宮殿)
10月28日 天皇皇后両陛下 ご引見(ニュージーランド首相夫妻「公式実務訪問」)(宮殿)
11月14日 天皇皇后両陛下 ご昼餐(アメリカ合衆国大統領閣下)(御所)
12月3日 天皇陛下 ご会見・午餐(ハンガリー大統領閣下「公式実務訪問」)(宮殿)
王族:2回
議会議長:3回
その他:1回
その他はヒラリークリントン元大統領夫人で、国務長官としてではなく、
元大統領夫人として再開したいという要望から実現したもの。
ソースがwikipediaなので注意していただきたいが、中国の権力としてはナンバー2は全国人民代表大会常務委員長、ナンバー3は国務院総理と見られることが多いとのことである。
平成19年4月12日には国務院総理(首相に相当)がご引見されている(このときも陛下のみ)。
国家副主席の立場は私にはよくわからないが、過去のご引見の背景や、政府要人と格で比較した場合に今回の件が適切といえるのか。
ISAFに自衛隊員派遣検討-北沢防衛相
北沢俊美防衛相は4日午前の記者会見で、アフガニスタンに展開する国際治安支援部隊(ISAF)の作戦本部に、自衛隊員数人を「連絡調整官」として派遣する方向で検討していることを明らかにした。アフガン本土への自衛隊員派遣が実現すれば初めての活動となる。ただ、治安状況が悪化していることから、政府としてはアフガン支援策を策定する中で慎重に検討することにしている。
先月の日米防衛相会談で、北沢氏は新たなアフガン支援策として自衛隊活用を検討する考えを表明していた。防衛省は、来年1月に根拠法が期限切れとなるインド洋での海上自衛隊による給油活動に代わる支援策を検討中で、北沢氏は「多様なメニューを作り(内閣に)説明した段階だ。派遣するかは未定だ」とも述べた。
ただ、平野博文官房長官は4日午前の記者会見で、アフガンへの自衛隊員派遣について北沢氏からの報告を受けていないことを明らかにしたうえで、「政府内で検討していることはない」と述べた。
自衛隊のアフガン派遣をめぐっては、自民、公明両党の政権下で、ISAFへの後方支援のため陸自の大型輸送ヘリCH47や航空自衛隊のC130輸送機による輸送活動が検討されたが、治安の悪化などにより見送られた経緯がある。
まあ、社民や民主党内の社会党残りカスが潰すんだろうけど、万が一実現したら近いうちに殉死者出るだろうな。
ただし派遣規模は国によってピンキリ(数千人規模だったり数名の武官派遣のみだったり)。ちなみに今年だけで400人以上の兵士が死亡(事故死含む)している。
インド洋で給油をちんたらやってるだけで良かったと思うんだけどなあ。
>ソ連は前科があるからね。カチンの森事件とか。あれも捏造でした。
あなたが疑惑持った理由を聞いているわけではないんだが。
>しかも、ご丁寧にゲッベルスの「ドイツがやった」という捏造日記付きで。
現在の歴史学ではゲッベルスの日記の真贋についての論争なんかないよ。あれは「ドイツがやった」んではなくて「カチンの森事件を追及するとこっちの腹まで探られかねん」てな話が書いてある、てことだ。「ドイツ語原文を確認しないと納得できない」て人もいたが、「じゃあ確認ヨロ」て言われてそれっきりだ。まぁ、ドイツ近代史研究家に語学で挑戦するのも良いワナ。ちなみに全体を捏造するにはページ数が多すぎるし、差し替えするなら、その前後をすべて入れ替えなければできない。まぁ、その他にもユダヤ人絶滅に言及した部分もあったりするから、差し替え説は意味無いだろうなぁ。やるなら全面捏造しかない。ゲッベルスの日常生活も含めて全てを史実に合わせながら捏造する必要がある。
http://eba-www.yokohama-cu.ac.jp/~kogiseminagamine/20060112Gerlach41-12-12Hitlersbefehl.htm
あといろいろ、でっち上げだ、ちゅうならでっちあげの証明をお願いしますよ、ね。でっち上げなり、捏造の公式文書でもあるんでしょ?手紙や日記やメモなんかは信じないんでしょ?それから、誰もガス室の話なんかしてないよ?「後だしじゃんけん」とか言われたけど、あなたが先走りしすぎなんじゃないのかなぁ。
>リンク先ちゃんと読んだ?
なんの話をしているんだい?「ユダヤ人問題の最終解決」の話じゃなかったかい?で、俺は「絶滅」てどこかに書いてたかい?(今回は除く)
>アウシュビッツを訪れたロセル博士はキャンプ外部で収容者と接触できたこと、ガス室の噂はあるけど収容者は何も言わなかった事、指揮官の家が噂のあるガス室と非常に近いのに何の言及もないことが事実とされてますね。
そのロセル博士ちゅうのは、テレジンを視察にいったDr Maurice Rosselと違うんかいな。俺があげた資料でその時の詳細が語られてたはずだがね。
>この記述。明らかに連合国側のインフラ破壊を非難していますね。これらのレポートがツンデル裁判で嘘であるとされた、という正史派の主張とは真逆ですね
だからね、それがホントなら44年以降の話でないとイカンのよ。連合軍は全面爆撃なんてできなかったんだから。44年だとしても、ハンガリーユダヤ人はアウシュヴィッツへ移送されてる。人間が運べても小包は運べない、てんなら話は別だが。んで、それが正しいと仮定してなんで敗訴してるの?今度はカナダ法廷の捏造かい?それにしちゃあ、控訴理由を変えたらあっさり勝訴しちゃうんだよなぁ。世の中解らないことだらけだよ。それと、赤十字の件、立証にこの裁判を使おうとしたのはあなただよ。信用できないなら、なぜ立証に使おうとした?
そりゃおめぇ、「子供の人体実験」ちゃあメンゲレだからよ。wwwおっと、言葉が乱れたね。
まぁ、これら事件についてはIMTで裁判もされてるよ。http://www.ushmm.org/research/doctors/index.html
http://www.jlaw.com/Articles/NaziMedEx.html
http://www.lit.osaka-cu.ac.jp/user/tsuchiya/vuniv99/exp-lec3.html
実は俺もよくわからん。wどうも人体実験に関する基準が、これを機会にできたようだね。
で、その記録に残っている人物はどんな生活をしていたかな?
>低コストで灰になるまで殺処分できるんなら殺した方が安上がりじゃないですか。
へー、低コストで殺処分できるんだ。いや、知ってて書いてるわけだよ、ここは。w
>あるいは、収容所がソ連の手に落ちるとしても「死んでしまってもかまわない」ユダヤ人なら、放置してソ連に殺されようと知ったこっちゃ無い、SSだけ逃げればいい
なんでソ連軍に殺されるの?収容所の実態が知れてもいいの?一応、国家機密だったと思うが。
>44年に大規模な移送がありますが、同時期にガス殺の証言があるんですよね。
大規模な移送ってなに?ハンガリーユダヤ人のアウシュヴィッツへの移送の事?そりゃ、アウシュヴィッツのクライマックスだからなぁ。
http://www.annesrosechurch.com/yudayahangari.htm
>そういう派閥があるというのは対立しているという事にはなりませんか。
派閥じゃないんだがなぁ。それに真贋で議論があるわけじゃあ無いよ。「ホロコースト」が「ホロコースト」となったターニングポイントはどこだ、ちゅう話だね。ちなみにターニングポイントについて結論が出ているワケではない。今のところ主流となっている説があるてだけの話。個人的なことだけど、「歴史修正」の可能性があるなら、ここらへんがポイントだと思ってる。でも誰も突っ込まない。w
>文書の偽造の有無とかでなく明確にヴァンゼー会議についての事を語ってるとしか考えられませんが。
ええ、俺もそう思いますがね。じゃあ真贋に関する論争は今現在は無い、てことで。
>違いますね。別の本です。
http://revisionist.jp/pressac/pressac_02.htm
ここの冒頭参照。プレサックの代表的研究は基本的に2つ。「The Machinery of Mass Murder at Auschwitz」だけでなく、このシリーズは建築家ペルトとの共著。日本語訳はこれ。
http://revisionist.jp/pressac/pressac_01.htm
そう理解しているんだけど、違う?
それと国際赤十字の件ね、キャッシュですまんね。URLをコピペして読んでくれ。
http://72.14.235.132/search?q=cache:zukdWsAylsAJ:www.law.hiroshima-u.ac.jp/profhome/nishitan/doc/01998-redcross2.htm+BBC+%E8%B5%A4%E5%8D%81%E5%AD%97%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A%E3%81%AE%E5%85%89%E3%81%A8%E5%BD%B1&hl=ja&gl=jp&strip=1
ツンデルの裁判にしても、1.2審で敗訴してるんだから、ツンデルの配布したパンフレットが虚偽である、て判決がでたんでしょ?違う?
>知り合いの好意で病院に隠れ、巡回前に脱走を進められたが、幸いにも発覚せず助かった
隠れていたのに診療記録が残っている。対して人体実験の証拠は手紙のみ。
第二の選別が行われたという証拠は?
ナンバリングされなかった人がいたという証拠は?収容所に着くなり殺されていたとしたら目撃証言も命令書もない。
そもそも、着いてすぐ殺すなら収容所に移送するという行程自体が不要のはず。
>http://www21.tok2.com/home/tokorozawa/faq/faq08b03g.html#08521
ツンデル裁判は、虚偽であると訴えを起こされ、その裁判にツンデルは勝ったのですよ?
1944年にスイスの代表団が収容所内に入ってます。国際赤十字です。そしてガス室や虐殺も発見出来ていません。
>あわせて1549人。ちなみに40年、41年、43年のデータは残っていない。だがこれはユダヤ人の釈放とはほとんど関係ない。
スイスの合衆国領事館からの1月20日の電報にあるように、1944年7月から10月までビルケナウの囚人であった2名のユダヤ人女性は、ドイツ国内への収容所への疎開について次のように述べている。
1. 1944年9月:「3000−6000名」の「大きな移送集団」がビルケナウを出発した。
2. 1944年9月後半:3500名のハンガリー人とスロヴァキア人の女囚が1つの移送集団で出発した。
3. 1944年10月31日:500名の女囚がビルケナウを出発して、ドイツに向かった。このなかには、目撃証人となった2名の女性も含まれていた。
あと、有名なアンネ・フランクもアウシュビッツからベルゲンベルゼンに移送されてますね。どう思います?
>ヴァンセー会議で決定された方針どうりでしょ。それを話し合った会議なんだから。移送ってどこによ。マダガスカル?
何が決定されたのか?そもそも、行われた会議の内容、議事録をめぐってあのWikipediaでも偽造の疑いがあるって書かれていますね
ドイツ国内でもヴァンゼー会議議事録が本物かどうか、議論が存在する。、と。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ヴァンゼー会議
世界的な金融危機の荒波をかぶって、ポーランド経済がふたたび窒息死直前にある。
ブームだった不動産投資が裏目にでて、市場が頓挫したのは、各国共通だが、ポーランドの相違点は、なぜか多くが、スイス・フラン建てで住宅ローンを組んでいるために、為替相場の変動で、二重の苦しみなのである。
もともと異様な投資境遇にあった。
ソ連崩壊後、いち早く投資が集中したのはポーランドで、米国にはブレジンスキーなどポーランド系の移民が多く、またカソリック教会のネットワークもあった。
筆者が最初にポーランドへ行ったのは90年だった。ワルシャワ駅前の(昔の)一流ホテルに宿泊、ジャガイモのサラダがいっぱいのったステーキが「一万ズローチ」と言われ、目を白黒させた。
すごいインフレだった。
ポーランド通貨は「ズローチ」。当時、一ドルが一万ズローチだった。ハイヤー(ベンツ)を雇ってグダンスク(グダニスク)を日帰り往復。高速道路をぶっ飛ばした。朝九時にでて、ワルシャワへ戻ったのは午後九時ごろ。途中、高速道路にドライブインが一軒しかなかった。
ハイヤーが往復わずか百ドルだった。グダニスクが「連帯」発祥の地、議長のワレサは、そのご、ポーランド大統領になった。
それから二年ほどして、再訪したら、はやくも証券会社が乱立し、株式市場が盛況を極めていた。
このときはワルシャワのホテルに一週間ほどいて、ヤルゼルスキー元大統領に会見したり、南のクラコウにも足を伸ばした。
ポーランド政府の招待で共同通信、日経、産経の記者と同じ政府系のボロ・ホテルが宿舎だった(招待と言ってもポーランド政府が出してくれたのは、このホテル代だけ)。近くの豪華ホテルには朝日、読売の記者もいた。
外国との合弁アパレル工場を見学し、社長とあったり、忙しかった。その時のルポは『財界』に連載し、なにかの単行本に収録した。
王宮跡の広場にあった有名なレストランへ行くと、素晴らしい鹿肉料理、音楽隊の伴奏もあった(余談だが、そのとき一週間隣室だったのが当時の産経ボン特派員の前田徹氏。その後かれはワシントン支局長から上海へ飛んで、先日まで上海からの特電を産経に書いていましたっけ。上海時代には二回あった)。
閑話休題。ワルシャワにはショパンの記念館もあり、昔の栄華の面影が甦った感覚があった。
駅前にはマリオット・ホテルの偉容が輝き、発展は約束されていた。駅裏にはホリディ・イン・ホテルもできていて、なんと日本経済新聞がデュッセルドルフから空輸されて読めた。
実際にポーランドは急激に発展したのだ。
西側から奢侈品が入り、ドイツや日本のクルマが疾駆し、レストランは満員。人々はスイスフランに投機を始める。
▲ドイツマルクにもユーロにも見放され? スイス通貨に依存した
ポーランドはドイツを憎み、ロシアを憎むが、それゆえにスイスが投資の的になるのか、或いはポーランド人というのは、もともとがギャンブル好きなのか。
スキームはこうだ。住宅ローンをスイスフランで借りると、金利が低い。
それを進めるファインス会社がたくさん出来た。またポーランドの輸出が好調だったので、通貨ズローチが切り上げになったことも大きな理由だった。
住宅ローンの60-70%がポーランドではスイスフラン建てである(ワシントンポスト、3月15日付け)。
欧米の銀行が機能しなくなって、突然ポーランド通貨ズローチが崩落、対スイスフランで半値、いや半値以下となる。
ズローチ建てに換算すると「天文学的な借金」が目の前に現出した。
つまり、日本で喩えると3000万円のマンションが、6000万円にいきなり化けたことになる。値上がりではない。債務が膨張するのだ。同様にフラン建てで不動産を借りている企業もオフィスレンタル急騰に悲鳴を挙げる。
同時期、ハンガリー、ウクライナ、ブルガリアなどの通貨も暴落を始めた。
他方、EU加盟を認められて以来、ポーランドからおよそ百万人がイギリスなどへ出稼ぎにでた。
レスゼク・ザルニッキという不動産王がいた。銀行も経営していた。いや、両方とも倒産の危機には至っていないが、このレスゼクが、スイスフラン建て不動産ビジネスとファイナンスをポーランド全土に広めてビリオネアになった張本人である。
「スイスフラン建てビジネスは失敗だった。しかしもっと悪いのは格付け機関と外国銀行だ。外国銀行は投資家に向かって東欧から資金を引き揚げろとアドバイスしているし、格付け機関はどんどんと投資不的確マークを東欧企業に打っているではないか」。
マードックも買収を断念、ネットの脅威がペーパー・メディアを襲う
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英国新聞界の名門「インデペンデント」紙は、1904年ダブリンで産声をあげた。
ウィリアム・マーチン・マーフィが創刊し、半世紀ほどはアイルランド最大の新聞として育った。
1960年代に多角化経営を始め、1973年にアンソニー・オライリーが筆頭株主、編集並びに経営権を掌握し、さらなる多角化経営を実践、オーストラリア、ニュージーランド、南ア、インドへと進出を果たし、出版事業、通信、広告、ネット部門にも拡大してゆく。
経営母体は「インデペンデント・ニュース&メディア」(通称INM)。
2001年にオライリーには女王陛下からナイト(爵位)が贈与され「サー・アンソニー・オライリー」と呼ばれる。
現在、オライリーは73歳、嘗てはラグビー選手、国民的アイドル、同時に彼は名門窯業企業ウォーターフォルド・ウェッジウッドの会長でもある。「ウェッジウッド」というブランドはドイツのマイセン、ハンガリーのヘレンド、日本で言えば九谷か、伊万里、有田、薩摩にならぶ高級品である。
サー・アンソニー・オライリーは1979年から98年迄「ハインツ」の会長も務め、米国でも有名経営者として知られた。当時の年収は7500万ドル推定。
2001年から07年までにINMは売り上げを75%伸ばし、インド、インドネシアへも進出した。
2008年、インデペンデント紙はロンドンで14%の購読者減に直面した。
ちなみに全米七大新聞は、同期にどれほどの部数減に見舞われていたか?
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USAトディ かわらず 15%増
ニューヨークタイムズ ▲3・6% 6
ディリーニューズ ▲7・2 99
ネットへのビジターが増えても購読料は無料、ほぼ全額を広告で補うのがネットへのニュース配信である。たしかにビジターは増えている。しかし広告収入は増えず、一方で紙媒体の読者は激減し、広告収入は劇的に下がる。
新聞界の広告収入は紙媒体がマイナス19・3%、ネットも落ち込んでおり、マイナス3%(おそらくこれは金融不況で銀行証券の広告が激減したためと見られる。数字はいずれもTIME、2009年3月2日号より)。
借入金が14億ユーロ(邦貨換算1700億円弱)。ロンドン金融界もウォール街より深刻な資金難に陥っており、救援には動けない、INMは、まず世界の新聞王マードックに持ち株を打診するが断わられた。
世界を見渡すと、しかしながら紙媒体の新聞が昇竜のように伸びているアジアの国々がある。
全インドで64998もの新聞が流通しており、インドネシアでも800の新聞がある。いずれも中間層が急激に増加したからで、中国でも識字率の向上と収入の上昇により、新聞は検閲があっても部数が伸びている。
アジアでは世界最大発行部数をほこる読売新聞と朝日新聞があるが、部数は減少していることは周知の事実。さて明日の新聞、どうなる?
http://www.c4lpt.co.uk/learningtools.html
語学:Podcasting Juice
http://portal.podcastjuice.jp/dirretrieval/category_sort.cgi?categoryid=14
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やさしいひざし / おはようどうわ
http://www.mypress.jp/v2_writers/satomamachi/story/?story_id=1166707
http://why.kenji.ne.jp/douwa/sinla2.html
Link集
http://cvnweb.bai.ne.jp/~ryouken/link.htm
http://www.enjoy.ne.jp/~isshindo/SYUWA.htm
http://unorthodoxdecorum.blogspot.com/2007/09/phone-conversation-ii.html
単に幕末維新の歴史の知識だけなら、百科事典講釈師のような物知りも沢山いるが、この対談は人物評が現代的で、政治家として官僚としての力量を問う通信簿的な作業でもあり、ことごとくがリアリスティックなのである。
しかも幕末維新を、本筋を外さないで不思議な逸話で溢れさせ、しかし歴史観の骨髄をしっかり守っている。
経済の視野から薩長と会津を比較してみると、京都守護職を越前の松平春嶽から押しつけられた会津の松平容保は、財政的艱難辛苦に耐えなければならず、藩士1000名の京と駐留経費の捻出は並大抵ではなかった。京都は島原の遊郭で遊ぶカネがなく、だから会津武士は京都人から嫌われ、薩長はすかれた。
なぜか。長州は竹島経由で、薩摩は沖縄を梃子に「密輸」をやっていて資金が潤沢、最新鋭の軍艦も鉄砲も買えた。中村彰彦によれば加賀前田藩も日本海の北と密貿易を展開した銭屋五兵衛を黙認した形跡があるという。
密輸で設けた諸藩の志士らは、経費をちょろまかして島原で遊興もできた。
本書で両人からコテンパンな酷評を受ける一つは御三家のなかでもイデオロギーの強い水戸藩、天下の副将軍と勝手に僭称した水戸光圀は、伝説では「名君」だが、じつはとんでもない御仁だった。
水戸学が、やがて水戸藩を分裂させ、悲惨な内訌が天狗党の悲劇を生んだが、じつはその後も明治三年まで復讐劇が続き、難を逃れて群馬や栃木あたりに逃げ、その末裔が現在もいるという後日談も、なんだか、西南戦争に負けた西郷軍のうちの1500名ほどが台湾へ逃れ、現地民に同化したという歴史の裏面の話に通じる。
本書は、薩摩が長州と歴史意識も政治構造も科学・天文学への心構え、軍事思想など似ているようで全く異なることを、これまた目から鱗のように別の視点からえぐり出している。
たとえば坂本龍馬が斡旋した薩長同盟の基軸の発想は公武合体の実現だった。
山内教授は「オーストリア・ハンガリー二重帝国」の例があるように、天皇を頂き、徳川と薩長が二分するアイディアの存在を告げる。
イギリスのオールコックなどの歴史観や世界の情勢から、倒幕に踏み切っていくプロセスで西郷、大久保は坂本が邪魔になったという闇の部分にも光を当てる。これは中村がまだ直木賞受賞前にかいた『龍馬伝説を追う』(世界文化社)にも詳しい。
また榎本武陽の「蝦夷共和国」構想も、じつはハプスブルグ家の「オーストリア・ハンガリー二重帝国」が発想にあった、と示唆する。
脱線ながら、評者(宮崎)が鹿児島は指宿の「伝承館」でみたパリ万博の記録展示の或る部分に驚いた。パリ万博は薩摩と徳川幕府が出展した。薩摩焼など、パリジャンの度肝を抜いた。ともにそれぞれの勲章をつくった。
薩摩は「薩摩・琉球国」として勲章をだした。つまり独立国として、国際社会にアピールしていたわけである。
もう一人、こっぴどく批判されているのは福沢諭吉だ。
福沢が欧米派遣のおりに経費を誤魔化して図書を買いあげたが、それは小学生程度の英語の本が多く、小栗上野介は「あの男の選択眼は節穴、語学能力はその程度だ」と評した逸話は有名だろう。
福沢は本来なら切腹ものだが、ばれて詮議にかかろうとしたとき徳川幕府が瓦解した。
他方では講釈やら近年の小説の裁き方や世評はともかくも、食えなくなった旧幕臣らの面倒をよくみた勝海舟と榎本武陽への評価が高い。
さて表題も示唆する「黒船来航以後」の話であるが、アメリカとロシアが日本にとって最初の接触だったのは、幕末の混乱期における日本にとって僥倖であり、もし英仏のような『ならず者国家』が日本に先に乗り込んできたらどうなっていたか。
シナにしかけたアヘン戦争のような略奪と、国内分裂は防げなかったのではないか。幕府はフランスに薩摩は英国に頼ったが、本気で内戦にのめり込んでいったら、日本は良いように利用されたあげくに英仏の植民地化されていた恐れがあった。
しかし幕末に徳川幕府をさしおいて薩長が最新鋭の武器を大量に買えたのも、その先見性や薩英戦争、馬関戦争敗北の体験から軍事知識と実践があり、おりしも南北戦争が終わって大量の武器をもてあましたアメリカから大量に買い付ける。
市場開拓を狙うドイツ人の武器商人だったスネル兄弟は河井継之助の長岡藩にガットリング銃を売りつけたが、会津に強力にテコ入れし、最後は榎本軍に従って函館戦争をともに戦った。
ドイツはむろん、英仏米露の隙間を狙って日本での武器外交が主眼だった。
しかし幕府敗戦により、スネルは代金を回収できず、兄はやがて会津武士団の食い詰め組を率いてカリフォルニアに移住したり、弟は御維新後、浅草で落語を聞いていたとか。脱線する逸話もまた本質に付随した、人間の描写なのである。
それにしても幕末維新を縦横に語る中村彰彦は歴史作家だから回天の内幕に詳しいのは当然にしても、なぜイスラム中世の専門家である山内昌之が、ときに中村を唸らせるほど幕末日本に精通しているのだろう。
もう一つ不思議に思ってきたことがある。山内昌之教授は、『世界』と『諸君』の両方に論文を書く器用な論客でもあり、保守なのか旧左翼なのか、いまもよく分からないところがある。
山内がいみじくも「後書き」に書いている。
国際会議で、オスマントルコ帝国の解体過程やイスラム政治の歴史と、日本の近世・近代との比較をよく問われる。国際的要請でもある。まして日本史を知らずして世界史を語れる筈があろうか、と。
最後節あたりの日露戦争から大東亜戦争に至る山内の歴史講釈には、ちょっと首肯できない史観部分があるが、山内教授の主観だから、その部分は聞かないことにする。
30日 ANAインターコンチネンタルホテル東京、日本料理店「雲海」、バー「マンハッタンラウンジ」
1日 紀尾井町のグランドプリンスホテル赤坂、中国料理店「李芳」
5日 帝国ホテルで食事
7日 ホテルニューオータニ、日本料理店「藍亭」、「カトーズダイニング&バー」
10日 ホテルオークラ、日本料理店「山里」、バー「オーキッドバー」
11日 グランドホテル浜松、日本料理店「聴涛館」、同ホテル内のラウンジ「サムデー」
13日 帝国ホテルで食事
15日 元赤坂の明治記念館、日本料理店「花がすみ」、広尾の日本料理店「京寿々」
16日 ANAインターコンチネンタルホテル東京、中国料理店「花梨」、ホテルオークラ、バー「バロンオークラ」
19日 帝国ホテルで食事、バー「インペリアルラウンジ アクア」
20日 ホテルオークラ、宴会場「メイプルルーム」、バー「ハイランダー」
21日 赤坂のウナギ料理店「重箱」、ANAインターコンチネンタルホテル、フレンチ&イタリアン料理店『イタロプロバンスダイニング』
22日 官邸での夕食会後(高級料理出前)バーには寄らず、私邸に「直帰」
30日 その後、スタッフと「桜なべ中江」で夕食と打ち合わせ。
1日 19時から2時間強、知人と夕食懇談。
2日 17時半には議員宿舎に戻りました。(夕食不明)
4日 孫と夕食。孫が調理した魚は、白身で実に美味でした。セイゴの幼魚でしょうか。
5日 「日韓市民社会フォーラム」の最終セッションに出席しました。その後は夕食懇談で、
6日 17時半に出て、夕食用の買物をして、議員宿舎でひとりで江田鍋を突きました。野菜いっぱいで、満腹、満足!
7日 議員宿舎への帰途、夕食の買物。きりたんぽが目に付き、買い求めました。もう、その季節になったのですね。今夜も、満腹、満足!
8日 19時から2時間強、中華料理で夕食懇談。楽しいひと時でした。
9日 16時過ぎの新幹線で、帰岡。(夕食不明)
11日 新山口に急ぎ、17時過ぎの新幹線で、帰岡。(夕食不明)
12日 夜は自宅で夕食団欒。
13日 18時に出て、岡山駅付近で夕食を取り、予定通りに19時過ぎの新幹線で、上京。
14日 17時から1時間ほど、サラ・ハイドさんと懇談。英国ケント大学の准教授で、現代日本政治の研究者です。その後、夕食懇談。
15日 17時半ころ退出して、買物をして議員宿舎へ。
16日 18時過ぎに、世界平和研究所の設立20周年記念パーティーに、
17日 17時前に、買物に出掛けました。このところ私が、議員宿舎で一人で鍋の夕食を取ることが多いので、議長公邸と議員会館のスタッフの皆さんが、みんなでこの江田鍋を囲もうということになりました。
参加者17人で、食材は16,600円。鳥挽き団子、鯛のアラ、牡蠣のほか、野菜満載で、ジャガイモや人参まで入れます。大根やレンコンの薄切りを、しゃぶしゃぶ風にします。
18日 18時から2時間半強、「ボニージャックス結成50周年記念コンサート‐早稲田の杜の詩人たち」を聞きました。(夕食不明)
19日 13時過ぎに、昼食の中華丼(夕食不明)
21日 17時半から1時間半ほど、議長公邸で、国立図書館長会議の皆さんの歓迎レセプションを行い、私の歓迎挨拶、
■TOUR OF THE UNIVERSE 2009/ヨーロッパツアー全日程
May/5月
Sun 10th テルアビブ, Ramat Gan Stadium / イスラエル
Tue 12th アテネ, Terra Vibe Park / ギリシャ
Thu 14th イスタンブール, Santral Istanbul / トルコ
Sat 16th ブカレスト, Park Izvor / ルーマニア
Mon 18th ソフィア, Vasil Levski Stadium, Tuborg Greenfest / ブルガリア
Wed 20th ベオグラード, USCE Parc, Tuborg Greenfest / セルビア
Thu 21st ザグレブ, Arena, Tuborg Greenfest / クロアチア
Sat 23rd ワルシャワ, Gwardia Stadium / ポーランド
Mon 25th リガ, Skonto Stadium / ラトビア
Wed 27th ヴィルニアス, Zalgirio Stadionas / リトアニア
Sat 30th ロンドン, O2 Arena / イギリス
Tue 2nd ハンブルグ, HSH Nordbank Arena / ドイツ
Thu 4th デュッセルドルフ, LTU Arena / ドイツ
Sun 7th LEIPZIG, Zentralstadion / ドイツ
Wed 10th ベルリン, Olympiastadion / ドイツ
Fri 12th フランクフルト, Commerzbank Arena / ドイツ
Sat 13th ミュンヘン, Olympiastadion / ドイツ
Tue 16th ローマ, Stadio Olimpico / イタリア
Thu 18th ミラノ, Stadio San Siro / イタリア
Sat 20th WERCHTER, TW Classic Festival / ベルギー
Mon 22nd ブラティスラバ, Inter Stadium / スロバキア
Tue 23rd ブダペスト, Puskas Ferenc Stadium / ハンガリー
Thu 25th プラハ, Slavia Stadium / チェコ
Tue 30th コペンハーゲン, Parken Stadium / デンマーク
July/7月
Fri 3rd アルヴィーカ, Arvika Festival / スウェーデン
Sat 11th ポルト, Superbock Super Rock Festival / ポルトガル
http://www.emimusic.jp/intl/news/?id=intl_news&no=100?rssno=941
「授業時間はぶっちぎりの最低」は間違い。正しくはこのソース。
http://koyasujun.info/zikanhikaku.htm
たとえば
9歳から11歳で比較してみれば「ぶっちぎり」はいなくて最下位は韓国とノルウェーの703時間/年。(日本は761時間)
12歳から14歳で比較してみれば「ぶっちぎりで最低」は722時間/年のハンガリー。(日本は875時間)
・部活動や大会運営などの事実上の無給ボランティアによる時間拘束。
・副業禁止で、休暇中の給与がでることで、実質上の「所得」とは違って国の支払う「人件費」は高くなる。
なども考慮すべき。「日本の教師は無駄飯くらい」とミスリードしたいのは分かりますが、間違ったソースに基づく間違った主張であり、しかも不当に日本の教師を貶めるという意味で有害な主張だと思うので反論しておきます。
ただ、一つだけ言っておきますが『教師の数を増やすべき』という主張は正しいと思います。一番良いのは『予算増やして教師増やす』だとは思いますが、次善の策としてどうしても予算の都合がつかないのであれば『教師の給与を下げて教師の数を増やす』ではあります。ただ、対GDP比比較を見れば「予算の都合がつかない」というのは大嘘だと私は思うので、現状で教師の給与を下げるべきだとは思いませんね。
http://puck.sourceoecd.org/vl=3268030/cl=11/nw=1/rpsv/factbook/020101-g1.htm
―――――威圧感がありますの壁―――――
―――――しっかりした存在感がありますの壁―――――
―――――壁というほどの壁はありませんの壁―――――
―――――すこしのんびりしてますねの壁―――――
―――――ロングテール扱いですの壁―――――
南アフリカ ベルギー スウェーデン ギリシャ オーストリア スイス ノルウウェー チェコ ポルトガル デンマーク ハンガリー アイルランド フィンランド ニュージーランド スロベキア
―――――もはやグラフが見えませんの壁―――――
http://titania.sourceoecd.org/vl=17916193/cl=13/nw=1/rpsv/factbook/020201-g1.htm
―――――伸び盛りですの壁―――――
―――――ほぼ横並びの壁―――――
アイスランド オーストラリア ハンガリー フィンランド ニュージーランド ロシア 南アフリカ カナダ ギリシャ スペイン アメリカ ノルウェー ブラジル メキシコ 英国 チェコ スウェーデン
―――――少し息切れしていますの壁―――――
オランダ デンマーク オーストリア ポルトガル ベルギー フランス
―――――結構離されてますの壁―――――
―――――寝てるんじゃねぇのの壁―――――
http://puck.sourceoecd.org/vl=2877492/cl=23/nw=1/rpsv/factbook/090101-g1.htm
http://puck.sourceoecd.org/vl=2877492/cl=23/nw=1/rpsv/factbook/090101-g2.htm
http://puck.sourceoecd.org/vl=2877492/cl=23/nw=1/rpsv/factbook/090101-g3.htm
適当にミックスした。
フィンランド 韓国 オランダ 日本 オーストラリア ニュージーランド
―――――たいへんよくできましたの壁―――――
―――――よくできましたの壁―――――
アイルランド ハンガリー スウェーデン ポーランド デンマーク
―――――がんばってくださいの壁―――――
ポルトガル イタリア ギリシャ フランス アイスランド アメリカ
―――――もう少しがんばりましょうの壁―――――
ブラジル メキシコ トルコ ギリシャ スロベキア スペイン ロシア
おめぇ、いくらなんだってしんじゃぁおしめぇよ!
http://titania.sourceoecd.org/vl=17702584/cl=16/nw=1/rpsv/factbook/110102-g1.htm
―――――10歳まで育てばめっけものの壁―――――
―――――結構やばいですの壁―――――
―――――ほんのすこしやばいですの壁―――――
カナダ 韓国 英国 ニュージーランド オーストラリア オランダ イタリア
―――――壁ともいえないけど壁―――――
デンマーク スイス オーストリア スペイン アイルランド ドイツ ギリシャ フランス ポルトガル チェコ
―――――ここまでくると異様な少なさの壁―――――
ノルウウェイ フィンランド 日本 ルクセンブルグ スウェーデン アイスランド
北欧は強いなー…。
これで、寒くなければ。。。
なんとなく作った。まだ少し早いけど7,284,402の時の上位20国。これで8割を越える。
| 1 | アメリカ合衆国 | 2,402,734 | 32.98% |
| 2 | ドイツ | 516,876 | 7.10% |
| 3 | 日本 | 380,637 | 5.23% |
| 4 | スペイン | 266,487 | 3.66% |
| 5 | イギリス | 263,588 | 3.62% |
| 6 | フランス | 258,703 | 3.55% |
| 7 | イタリア | 218,081 | 2.99% |
| 8 | イラン | 208,154 | 2.86% |
| 9 | カナダ | 204,741 | 2.81% |
| 10 | ポーランド | 180,298 | 2.48% |
| 11 | ブラジル | 169,350 | 2.32% |
| 12 | 中国 | 161,150 | 2.21% |
| 13 | オーストラリア | 132,816 | 1.82% |
| 14 | オランダ | 125,378 | 1.72% |
| 15 | ロシア連邦 | 97,613 | 1.34% |
| 16 | メキシコ | 75,046 | 1.03% |
| 17 | インド | 72,153 | 0.99% |
| 18 | ハンガリー | 68,735 | 0.94% |
| 19 | 台湾 | 65,978 | 0.91% |
| 20 | オーストリア | 62,856 | 0.86% |