はてなキーワード: ハイパーリンクとは
ちょっとでも分かる人ならこれがネタだとすぐに気づくものだが、案外引っかかってる人が多くてビビる。
言語を翻訳することで意味が変わってしまったり、元の言語に遡ることができずにネタを真実と勘違いしてしまう、
そしてそれが真実であるかのように発信力の大きなものが喧伝することで、周知されてしまう。
震災以降有名無名問わず多くの人間がデマ発信機に成り下がり、それが拡散され、共通知として常識と化し、事実に漸近した。
しかしそれはどれだけ近づこうが真実にはならない。どれだけ近づこうが虚偽なのだ。
虚構新聞は虚構新聞という体裁であるから許されるのである。朝日新聞が同じ内容でデマを流してもいいということにはならない。
ネタをネタと興ずるのは構わないが、それを無知を言い訳に真に受けることが問題なのだ。
今回デジマガはこれがどういう動画なのか、おそらく検証していなかったのだろう。
※5月3日、16:24UPDATE。公式な吹き替えではなくファンが作成した同人作品だったようです。お騒がせしてすみませんでした。公式キュゥべえの声は加藤英美里さんほどではありませんが可愛かったですよ!→过去的小圆脸弱爆了!_嗶哩嗶哩<URL:http://www.bilibili.us/video/av75411/>
で、この書き込みを見て分かるだろうが、指摘を受けてオウム返しのように訂正してるのだ。クレーム対応として企業は往々に同じ手法を取るケースがあるが、その指摘自体が誤りだということを、彼らは考えはしないのだろうか。彼らに間違いなくアニメ文化の理解はない。
こうした無理解が既成事実を推し進め、閉じた世界が外部の理解を妨げる。そしてさらに言語まで閉じてしまうというなら誰が真実を知ることができよう。
無断転載みたいな on Twitpicとかを見て。
無断転載が善だとは思わないけれど、転載そのものをそれほどまでに忌み嫌う人たちの気持ちが正直よくわからない。
いや、理解はできるのだけれど、自分はそう思わない、というべきか。
アナログならともかくデジタルのデータをコピーされたからなんなんだと。
それを描けるのは世界に自分ひとりだけという自負があるならどうでもいいじゃないか。
その絵を描くための技術やら精神やらまでが盗まれるわけではないのに。
もちろん無断転載によって、作者に還元されない金銭的利益が発生する場合は、存分に著作権を主張して戦うべきだろう。
また、作者詐称など、作品のステータスを変化させるような虚偽も許されるべきではない。
しかし、これらは無断転載にともなうかたちで行われることであり、無断転載そのものを必要以上に忌み嫌う必要はないんじゃないか。
とはいえ、Webに限った話で言えば、ハイパーリンクという便利なものがあるから、そもそもコピーしての無断転載ではなくリンクを引けばいいだけ、という反論はあると思う。
しかし流動的なWeb上のこと、好きな作品を確実にコピーして保存しておきたい、という鑑賞者の気持ちもわからなくはない。
私の絵を見たうえで、これを読んだあなたはこう言うかもしれない。「それはお前が無断転載されるほど魅力的な絵を描けないから言えるのだ」、と。
確かに、今の私の絵はへただし、好き好んで無断転載したい人間なんて、そう多くはいないに違いない。
だが、私は絵がうまくなったとしても、いや、うまくなったからこそ余計に思うだろう。
これと同じものを描ける人間なんていやしない、いるなら出てきてみろ、と。
正月早々飛び出したアメーバブログで執筆している有名人のパスワード等が記載されたエクセル流出なんだけど、ガジェット通信の記事だけだとわかりにくい点が多いので興味本位でエクセルデータをダウソしてみたオレがエントリを増田に書くよ
ダイアリで書いても良かったんだけど「流出したエクセルを読むなんて」とか糞つまらねー非難を浴びせてくる「正義漢」がいるに違いないんで増田に書く。別にpvなんか欲しくねーしwww
流出したエクセルは、手元にあるなら確認すればわかる事なのだけれど、2007年からデータが存在する。
中にはメールアドレスとかが書かれているページもあるんだが、メールのドメイン名から判断して個人のものは少なく恐らくは事務所のものなんじゃないかな。<メアドとかが流出したのは事実だよ。パスワードは変更すれば良いけどメアドはそうはいかないだろうからいろいろ大変だろうね
データの仕様としては若干フォーマットを変更しながらも恐らく担当者と思える人の名前、アカウント名、パスワードが書かれ、その右側には進捗状況を示すと思われる幾つかの項目が列記されていた。
エクセルブックを先頭まで戻って最初から見ていくと、芸能事務所の連絡先のようなものが書かれている項目がある事に気づくだろう。「とりにいくぞ」という文言も見られる。このエクセルを作成した人は営業職にある人ではないだろうか。
さて、今回の一件を伝えるガジェット通信の記事なのだが
ならねーよwww
正確には「お年玉」というタイトルのエントリで、お年玉袋の画像が貼られ、そこからどっとうpろだという画像・ファイル共有サイトに置かれたエクセルブックへのリンクが埋め込まれている、というのが正しいwww
「複数の芸能人のブログ画像がエクセルデータに」どーやってなるんだよwww芸能人のブログにいきなりエクセルブックが貼られたりしてたのか??
お年玉画像の担当者が単にURLを間違えて記入してしまい、本来のURLではなく、仕事で使用していたアップローダーのURLを指定しまったのではないかという予想
記事書く前に「お年玉」画像が貼られたブログの魚拓とかからソースコードを読むくらいの手間は掛けろよ。
お前らは2ちゃんねるの書き込みをコピペするだけの簡単なお仕事してんのかwww検証しなくて良いとか、ほんと気楽でいいなwww
前述したようにハイパーリンクの先は「どっとうpろだ」という、画像・ファイル共有サイトだ。毎日のように沢山の画像やファイルが置かれるサイトとはいえ、片っ端から置かれた情報を見る人だっている。そんな場所にパスワードのような情報が含まれているエクセルブックを置くか?
個人的には、作成者とされるNさんのメールアドレスと共にフッタのように書かれているmaildealer.jpで終わるメールアドレスが気になっている。
http://www.maildealer.jp/はメール共有・管理のグループウェアなのだそうだが、てっきりサイバーエージェントの人達はこの手の情報の受け渡しはサイボウズでやってるんだと思ったんだけど、プライベートで使っていたのだろうか?
もっともmaildealer.jpで終わるメールアドレスの記載がhttp://www.maildealer.jp/を使用している根拠にも、流出した何かを探る手掛かりにもなるわけではない。恐らくはフッタのように記載されたのだと思われるのだが。
勘でしかないのだが、管理をしていると思われる人数や、アメブロで書いている著名人全員が含まれているわけではないので、どっとうpろだに掲載して「お年玉」画像からのハイパーリンクを貼った人がエクセルブックに細工をしていない限りアメブロ有名人に関わる班もしくはデータが複数存在し、そのうちの一つのデータが流出したのではないかと思う。
とはいえ、今回流出したエクセルブックの中に、今回「お年玉」画像が貼られたブログのアカウント、パスワードがないような気がする((ざっと見ただけで捨てたのでハッキリとした事はいえないが))のも気がかりではある。どっとうpろだに掲出されたデータ以外のものも流出している可能性も含め、関係者からの事情聴取をする必要があるように思う。
流出した時期と理由も興味がある。2ちゃんねるでは作成者とされる人の名前が散々書かれているのだけれども、作成者=流出した本人だと果たして言い切れるのだろうか。
データが2009年8月で途切れている事も気になる。前述したようにエクセルブックは2007年からのものだ。2009年9月以降のデータが無いというのは、流出したデータがバックアップした儘データの存在を忘れたか作成者もしくはこのデータを所有した誰かが当該部署から離れていて、古いデータを削除しない儘データの入ったノートPCを正月休みに持ち帰って「見られた」とかusbメモリに保管しているのを忘れた儘、それを紛失していて紛失している事にすら気づいていないとかがぱっと思いつく線ではある。それと、データが一ヶ月分欠落しているのもちょっと気になった。あそこに何が書かれていたんだろう。そして消したのは誰なのだろう。
いずれにせよ、ガジェット通信の記事は「流れ」と書きながら、2ちゃんねるの書き込み等を独自に検証する事なく書くだけの簡単なお仕事をしているに過ぎない。記事に書くより先に関係各所に連絡した事は良い事だとは思うが。
痛いニュース(ノ∀`):古舘氏「もしカルデロン一家が自分の親戚だったら、どうでしょうね?みなさん」とお涙頂戴…一方、アラン&サラの親族7名が元不法入国・滞在者と発覚
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1252493.html
なんかブコメを見てたらid:youichirouという人が「ビザ偽造したあげく万引きで捕まった上に、親族に何人も不法入国の前科があるなら許可が出ないのも仕方がないかと。」ってコメントしていて、「ビザ偽造」ならわかるんだが「万引きで捕まった」ってのは初めて聞いたもんだから、「カルデロン 万引き」でググってみた。
そしてたどり着いたのがここのコメント欄
ムキンポの忍者ブログ 生きることは犯罪じゃない! NO ONE is ILLEGAL
http://mkimpo.blog.shinobi.jp/Entry/735/
偽造パスポートで不法入国し市民税も払わず万引きや詐欺を繰り返すカルデロン一家は即時強制送還しなければならない!そもそもカルデロン一家が万引きGメンに捕まった事から不法滞在が発覚した事をメディアは報道しなかった事から間違っている!
私はカルデロン一家の近所に住んでいて話も何回もした事がありますがカルデロン家族がいかに嘘つきで悪賢い人間かよく知っています。
まずカルデロンのりこがフィリピンの言葉が喋れないと言うのは全くの嘘です。両親は日本語は片言しか喋れないので家の中ではすべてタガログ語で喋っています。のりこは日本語もタガログ語も喋れるのでよく両親とタガログ語で日本語の意味を通訳しているのを私は何回も聞いた事があります。 そして不法滞在にも拘らず日本に居座り続けようと裁判を起こした時の弁護士が何を隠そう反日極左の在日朝鮮人弁護士なのです。
どうやら、ここが一番最初らしい。肝心の万引きの事実を示すニュースソースは無い。
ここから探偵ファイルが引用したり、blogに書いたり2chにカキコしたりしたようだ。
http://www.tanteifile.com/newswatch/2009/04/14_01/index.html
http://yaplog.jp/greecemyth/archive/995
この国に生まれてよかった: カルデロン一家の嘘をマスコミが隠す
http://ro-cyan.269g.net/article/14205388.html
カルデロンさん両親 午後帰国へ - 雑な日記
http://blog.goo.ne.jp/agppro50/e/d62630ce3c52b84553fbe67e040e3fdb
http://since1970.exblog.jp/9598193/
カルデロン一家
http://serranaturalorder.blog65.fc2.com/blog-entry-170.html
ちくやらレンジャー部隊 カルデロン一家改め、カルデロン一味
http://runark2.blog69.fc2.com/blog-entry-1027.html
今更だが「カルデロン一家5つの謎」 - 致死量の毒 - 楽天ブログ(Blog)
http://plaza.rakuten.co.jp/ruri4/diary/200904150000/
ハイパーリンクが上手く貼れません。ごめんなさい・・・w
たとえば、頭に浮かぶ仮説を書きたいなら、自分のブログに書けばいい。ブログに書くのが躊躇われる仕事の愚痴的な体験談は、たとえばmixiをはじめとするSNSに書けばいい。
でも、恋愛話は、どうも自分の名前で書くのは躊躇われる。
なぜなら、恋愛に普遍的なことはないし、本質もない。ならば、僕の名前で書いても、皆の役に立つ何かを書くことは出来ない。公と個の割合で、圧倒的に個が高くなる。属人的になりすぎるのだ。つまり、ほかの恋愛話との比較も出来ないということになる。理解と納得を求めるのではなく、共感と同調を求めて書くことになる。そんなものは、はてな匿名ダイアリーに書いて然るべきだと、僕は考えている。
恋愛をするとき、たとえばマニュアルに頼る人がいる。雑誌で、「ゆるふわ愛され」を目指す、という記事は絶えない、それを買う人も絶えることがない。
本質とは何か。普遍性とは何か。それは、時代性を超えて、属人性を超えて、全てを通観するものである。川の流れの中つやつやの丸い石となって、川の深いところに沈み、どんなに川が流れてもそこに残り続ける。それが、本質であり、普遍性だと、僕は考える。
でも、恋愛にそんなものはない。
人によって、時代によって、ぜんぜん形が違う。それぞれの人間ならば、ある程度の類型パターンを求めることは出来ても、その組み合わせの無限性、さらにそこに時代背景や環境的な要素の影響を考えると、どうしたって、「恋愛の本質とはこういうものだ」という仮説など出せるものではない。
恋愛とは、常に「私とあなた」の間に「今」を作り続けるものであり、その現場において「本質」という概念は目眩ましにすぎない。
そういった、仮説が出せないなら、たとえばブログには書けない。僕にとってブログは、論文である。学術論文である。仮説があり、それを裏付けるデータがあり、発表する。そしてブログをハイパーリンクで引用し、トラックバックで引用される。そんな僕にとっての論文であるブログに、「恋愛とはこうだ」と仮説を提示することなど、僕には不可能に思える。
ならば、自分自身の恋愛体験談をSNSに書けばよいか。僕はそれも関心がわかない。なぜなら別に共感も同調もいらない。そして、恋愛に本質はなく普遍性がないものである以上、人の恋愛について真に理解をすることなど不可能だ。僕は、本当に僕の恋愛について理解をしてもらえるなら、たとえばSNSに書くかもしれないが、そういうことはまず不可能だ。
結局、もやもやするのだ。恋愛の話なんて、書いてもどうしようもないのに、どこかで僕の心がそれを求めている。きっと、整理をしたいのだと思う。それならば、それこそリアルチラシの裏に書けばよい。でも、何故書かないか?
それは、人の目に触れる、という前提があるからこそ、正確な文章を書くことが出来るからだ。そして、正確な文章を書けば、自分の心が整理できるからだ。
人の目に触れるからには、あいまいな表現が僕の中では許されない。この動詞の主語は何か。One word/One meaning One sentence/One idea One paragraph/One topicは守れているか。(via 篠田義明先生)そこに妥協が許されなくなる。あくまで僕の中で。まだ、ぜんぜん出来ていないけれど。
しかし、本当は、他人に見せるための文章ではない。僕が、僕自身に見せるための文章。恋愛の、なにかそういったもやもやの何かを、なんとかこの活字の群れに潜ませるための文章。せむし男のようななりで、阿呆のように両手をキーボードを打ち付けて書く、そういった類の文章だ。
書いて、何の得があるのか?きっと何の得もない。
そういった文章のために、きっとはてな匿名ダイアリーはあるし、これからもあり続けるのだろう。
なお、何か恋愛話を書こうとしたのに、なぜここにそれを書くのかの理由を前文で書こうとした結果、恋愛話そのものを書けなくなるほど長くなったことを、心より恥じる。これは明らかに「恋愛話は、はてな匿名ダイアリーに書くに限る」仮説を提示するという意味で、ブログに書ける内容だった。
この間のエントリで、増田ダイアリーで身元バレするという話を読んでその日のうちに全部消した初心者です。恐る恐るもどってきました。やっぱり、書いた身元を知られたり閲覧履歴をほかの人に覗かれて平気な人なんてのはそんなにいないと思う。ちょっと気になったのでまとめて書き出してみる。ただし僕はパソコンなんてろくにわかってない初心者なのでとりあえずそれっぽいものを列挙してみた。アドバイスあったら教えて。だいたいリファ??って誰のことだよ?日本人は○○ラーって呼ぶのがほんと好きだな。
1.クッキーとか「認証済みのセッション」は終了時に必ず消す。
アマゾンなんかが余計なことをしてくれてわるいヒトにメアドとか色々ばれるらしい。僕はfirefoxをブラウザにして毎回消す設定にした。
2.閲覧履歴はこまめに消す。
ブラウザのアドレスの欄にanと入れるだけで増田ユーザーであることがばれてしまう。最終手段はUSBメモリに入れて使えるブラウザを導入するといいらしい。それにしても、人に借りたPC使っててたまたまリンク先がエロかったとき、一瞬で消してもじっくり眺めても履歴表示は一緒ってのはなんだか納得いかない。マイクロソフトはエロサイト3秒ルールをIeに導入すべき。
3.Ieだと履歴消したつもりでもエクセル経由でばれるらしい。
excel立ち上げて「ハイパーリンク>ブラウズしたページ」でアウト、らしい。Ie使わないほうがいいかも。
標準的なプレーヤーはご丁寧に履歴を残してくれるし、Ieに履歴が残るから。
ID検索すると利用してるサービスが出てきて色々推測できてしまうから使い分ける。ヤフオクで性別、年齢層、住んでる県くらいなら大体判断つくし、ゲームのランキング表で仕事中ゲームしてたのがばれるとか、色々。ヤフオクは出品に関しては評価しあわないと申し合わせるのがいいかも。
普通にネット生活するためには最近はアカウントたくさん作らないといけなくなってる。登録したまま忘れることも多いので作ったIDと晒した個人情報のレベル(メアド、仮名、本名、住所、クレカ番号)を書き残しておく。僕はよくメモを無くすので携帯のメールにさらっと送信して保存してる。
7.ネット上で住所などを書くときは必ず嘘の情報を入れておく。
個人情報は漏れて当然らしいので、せめてどこから漏れたか当たりはつけたい。マンション名を少し変えたり名前の漢字をひらがなにしたり、架空の妹を作ったり。僕は正直言うと全くの別名を使ってる。配達屋さんのために表札にもその名前足してある。
8.ソフト導入。avast! spybot CCleanerとか。
はっきりいってこういうソフトが何をやってるのかわからんけど、みんなが入れてるみたいだしかっこよさげなので僕もー。PC苦手な子の前でspybotを起動させて「ほほぅ、こうきたかー」なんて神妙な表情で言えば、ゆるふわガールにもてmalスリムな愛されボーイに大変身。変な履歴の残らない恋愛に発展しなくもない。いや、たぶんない、ごめん。
そろそろ思いつかなくなってきたので、次ははてな編。
IDがばれるらしい。「http://king.jp ←こいつロバの耳w」 はい、死刑。
10.いろんなサービスでプライベートモードの癖に自分でリンク貼って踏んでもダメらしい
IDがばれる可能性が高いらしい。
.......やばい、13とか適当に書いてみたけど、そろそろ限界...
11.そもそも恥ずかしいことはネット上に書かなければいい。
手書きって大切。たとえば海外からはメールでなくて手紙送ると意外と高ポイントだったりする。宝くじの当選通知とかね。何の話だ?、でも、恥ずかしくて消すときは全力で消す。googleのキャッシュとかweb.archiveとか魚拓とか、増田だと勝手に保存して公開してるサイトがいくつかあるみたいなので注意。
12.どうしても書きたいっていう衝動がある人には最終手段がある。
僕も覚えあるけど、半匿名サイトですらキモがられるようなことを書きそうなときは、キーボードからキーを一つ抜いてしまえばいい。aiueoは致命的なのでまだやったことないけど、mとかrのキー1つだけでも微妙にキツイ。文章作るのが大変なので書けただけで満足できるようになる。まぁ初心者はpとかlとかgから始めるといいかも。
........とりあえず、2つ作ってみた、あと最後、、
13.そもそもはてなを使わないほうがいいかもしれない
運営は問題点があっても放置プレイが基本らしい。しかもはてなの住人はアラ探し改善点を見つけて報告することに日々熱心らしい。さすが、日本の技術者魂="KAIZEN"。今回の僕みたいに泣きながら全エントリを消して一旦退会までしたような初心者はまたどこで落とし穴があるのかわかったものではないから、もしかしたら別なところへ行ったほうがいいかもしれない。
息も絶え絶え13個挙げてみました。付け加える点とかいろいろアドバイス下さい。
※追記、長い文なのにぶくマークありがとう、「ネタ」とつけられるのもいいですけどw、アドバイスもマジでほしいっす。上級者はどういうことに気を使って何をしてるんだろうね、すごく知りたい。
http://anond.hatelabo.jp/20080109050950
文中に「2003年4月から開始される「ペイオフ」」という記述等があるので、過去記事の転載であることは明白。
http://s03.megalodon.jp/2008-0109-0956-25/anond.hatelabo.jp/20080109050950(魚拓)
refererじゃ不足ですかね?不足だとしても、どんなリンクだとか、そういう情報を付け加える事自体は簡単です。あとは、それが標準化される(受け入れられる)か否かの話です。
セマンティック・ウェブってその部分が重要になる気がします。
この辺はFOAFとかRSS AutoDiscoveryのような例があります。あと、サーチエンジンのクローラーがとってきた方法も参考になるでしょう。ただ、これも標準化される(受け入れられる)か否かが重要ですが。
結局、その辺の人達が全然動いてない。誰も必要性を理解していないか理解させる事ができていない。ニーズが表面に出てこないから誰も実装しない。標準化しない。できない。
なぜなら、声の大きな人は必要ないし、必要な人は小さいから誰も相手にしないから。
あとは、ニーズ次第でしょう。儲かるほどのニーズがあるか否か。
現状でもおおよその事は出来るし、必要な人は自分で実装したりしてもらったりしています。そういうニーズを汎化してギャズムを越えて儲ける事が出来る、と誰かが確信したら、mixiの様に誰かが立ち上げるんじゃないですか?
http://anond.hatelabo.jp/20070815155514
はいはーい。かつての鉄ヲタで、今はいろいろと『県道』についての記述を充実させている、小人さんですよー。
それを言うなら、jp-Wikipediaは鉄ヲタ率高すぎ、という事になる。結局こういう項目の8割は2割の人間が作る。いや、9割は1割の人間が作る。人数はあまり関係ない。
データベースの充実というのは、世の中に一定割合存在する、データベースの編纂などが大好きな人間(俗に「小人さん」と呼ばれる)が住むか住まないか、という点に大きく左右される。
いやねぇ、鉄ヲタ・道ヲタ・そしてアニオタやゲーオタにとって、Wikipediaってのは居心地がいいんですよ。何がといわれたら、つまり「めいめいが参加することで充実させていく」という喜びが溢れてるから。そしてただ充実させるんじゃなくて、ネットでは「ハイパーリンク」という仕組みがあるから、そこで築かれたデータベースは、それこそ「クモの巣=ウェブ」のようにネットを覆う事になる。
よく、大きな寺社の改装工事の際に、寄進・あるいは寄付を市民に頼む事がある。この場合、たとえば寄進した人の名前を灯篭や石杭に刻むのは、周囲に見られる所に置かれる効果もあるわけで、いわば一種の『ステイタス』とも言えましょう。では、瓦などは?いったん葺いてしまえば、次に取り外す時までは寄進者の名は見えないはずなのに、それでも名入れの瓦を寄進する人は大勢いる。なぜかと考えてみると、それはつまり「ライブ感」というか、イベントへの「参加感覚」が共有できるからではないか、と思ってみたりするのだった。そしてそれは、Wikipediaに参加する小人さんの姿に、そのまま当て嵌まる。
めも。
HTMLに見た目を指定することを書いてはいけないとよく言われるが、それだけでなく、user agentの動作を指示することにも慎重でなければならない。動作を指示する記述とは、例えばtarget属性や、HTML 5のlink typeのprefetch、sidebar、nofollowなどのことである。
これらがあまり有用でないのはuser agentに柔軟な対応をとる余地を与えないということが一番の理由である(当然ながらuser agentにはIEやFirefoxなどの「ウェブブラウザ」だけでなく、検索エンジンのロボットやダウンロードツールなども含まれる)。target属性について考えよう。あなたは何故そのリソースを新しいウィンドウで表示して欲しいと思うのだろう。自分とは違う人や組織によって作成されたリソースだからだろうか。ならば「自分とは違う人や組織によって作成されたリソースだ」と書くだけで良い。user agentは新しいウィンドウで表示するかもしれないし、「別の人によって作成されたリソースです」とアラートを出すかもしれない。あるいは本文と平行して見るべき図だからだろうか。ならば「本文と平行して見るべき図だ」と書くだけで良い。user agentはユーザの設定によって新しいウィンドウで表示したり、サイドバーに表示したりするだろう。「sidebar」についても同じようなことが言える。サイドバーに表示して欲しいのは何故だろう。もしそのリソースが目次ならば、目次と書くだけで良い。(「nofollow」がおかしいというのはHTML 5を策定している人たちもわかっていて、ただ互換性を考慮したようだ。しかし、厳密に言えば、"nofollow"はlink typeとして実装するべきものかどうか疑わしい。一例ではあるが、私のようなiTunesユーザなら、<a rating="0">などと書くことも容易に思いつくだろう)
このように、著者は自分が望む動作ではなくその動作を望む理由だけを書くのが理想的なのである。
付け加えれば、<a href="javascript:...">という記述も不適切だ。これはしばしばJavaScriptが無効な環境にあるユーザに混乱をもたらすとして批判されるが、一番の問題はスクリプトのスイッチは論理的にはリンクではなくボタンだということだ。これはtarget属性や不適切なlink typeでリンクの動作を規定しようとすることと同じ誤解が原因だと思われる。リンクは原理的に動作のスイッチではなく、あくまでリンクなのだ。従って、見た目でそれがa要素かbutton要素かを決めるべきではない。見た目はスタイルシートで指定しよう。
理想的には、クライアントサイドスクリプトも今ほど必要ではないのかもしれない。HTMLのフォームの仕様とuser agentのUIがここまで貧弱でなければ、今日我々がスクリプトでやっている、合理的で、ただの飾りではないことの90%以上はHTMLだけで記述できるのではないだろうか。ウェブのバージョンがいくつになればそれが可能になるのかはわからないが……。
画像とか動画とか音声とかにHTMLを埋め込むことができたら楽しそうじゃね? HTMLに画像や動画を埋め込むんじゃなくて。逆に。写真やイラストを展示するサイトでありがちなのが「リンクはHTMLにお願いします」ってやつで、画像に著作権表示とかコメントとかを添えるには現状そうするしかない。でもやっぱり画像そのものに書き込みたいだろうし、リンクするほうもリンクしたいリソースは画像そのものであって、「おまけ」のほうではないんだよね。俺も友達のバンドのサイト作ったことがあるんだけど、MP3のタグじゃ貧弱だし、ハイパーリンクも使えないし。そういうのもうある?
ウェブ2.0の次は? なんて話も散々既出だが、肝心のウェブブラウザがろくに進歩してないじゃないか。というわけで、ほろ酔い気分の俺がウェブブラウザの中の人たちに要求したいことが4つほどある。
まずはHTML。IEのCSSの対応のまずさは今や誰もが知るところだが、そもそもHTMLもしょぼい。link要素はいつまで黙殺され続けるのかね。かわいそうに。しかし問題はIEに限ったことじゃない。Fxもデフォルトスタイルがしょぼい。h6とか、見出しなのに米粒サイズになっちゃうし。しかも太字だから読めねーよ馬鹿。文字サイズだけじゃなくて、ボーダーや背景色を与えるようなスタイルもあって良いはずだ。まあそういうことができないのは、HTMLを表示制御言語として使っていた我々のせいだが…。Operaではちょっと違うデフォルトスタイルを選択することもできるが、このスタイルもまたしょぼい。もうちょっと頑張って欲しい。
次に、テキストエディタとしての機能を充実させてほしい。ブログだの何だので、ブラウザで文章を書く機会は増える一方なのに、現状ではCtrl+z/x/c/vくらいの機能しかない。Operaなら予め登録しておいた文字列を挿入するやつやスペルチェックはあるが、もっと突っ込んで、単独でテキストエディタとして使えるくらいを目指して欲しい。
そもそも、textareaがinput[type="hidden"]のでかい版でしかないというのもどうなのか。まあこれはHTMLのデフォルトスタイルの話だが。普通、短い語句や数値だけではない「文章」を入力するからこそtextaraeaになっているはずなのだが、それにしては非常に使いにくいじゃないか。そんな気がしない? 俺はエディタで書いてコピペしてるんだけどさ。例えばアイコンだけ表示してあって、クリックすると2chブラウザのレスエディタのようなウィンドウが開かれるとか、そういう実装をしても良いはずだ。あるいは思い切って普通のテキストエディタに丸投げするのも面白い。MUAではそういうことができるものが既に存在する。
3つ目はYouTubeブラウザ。YouTubeだけじゃなくて2chとか、その他の人気サイトも含めて。2chブラウザは既に存在するが、そういうのをウェブブラウザがデフォルトで装備していても良いと思う。OperaがBitTorrentのUAを持ってるように。まあ、無くても良いけど。
4つ目はウェブブラウザの話ではないが、ウェブ向けの画像、音声、動画などの形式が開発されるべきだと思う。というのは、……めんどくさくなってきたので以下適当に箇条書き。各自脳内でつなげて補完しやがれです。
みなさんは、「無断リンク禁止」という言葉を耳にしたことがあるでしょうか。
これは、見かけはリンク禁止のようだけれども、実は、リンク禁止になっているとはとても言えないもののことで、「似非アクセス制御」や「サイバーノーガード」などとも呼ばれます。
『そんなものがどこにあるんだ』とお思いの方も、例として、「最高裁が電話してというので」や、「うちは警察へリンクさせてもらっている」や、「文書で申し出よ」などのフレーズを挙げれば、『ああ、そういうもののことか』と納得されるかもしれません。それとも、かえって、『え?』と驚かれるでしょうか。
例えば、皆さんもよくご存知のように、『リンク許諾制はトラブル回避にいい』と一部で信じられ、ひところは大手官公庁もこぞってリンクポリシーを掲げるほどのブームになりました。無断リンク禁止ポリシーがよく書かれたのは、もちろん、リンク許諾制のトラブル回避効果に裏づけがあると信じた人が多かったからでしょう。新聞社や日弁連などでも書かれましたから、それを疑えという方が無理な話かもしれません。
しかし、実は、リンク許諾制がトラブル回避に良いという根拠は、ほぼない、といってよいのです。あのブームは、まったくの空騒ぎでした。最高裁判所までが、なぜ、その空騒ぎに乗ってしまったのか。きちんと検証しておく必要があります。
いまは、都道府県警察本部で人気が出てきているようです。しかし、実のところ、リンク許諾制を主張したところで、せいぜいお守り程度の効果しか期待できません。
いま、このような、無断リンク禁止のようで禁止ではない、「ニセリンクポリシー」が蔓延しています。
こういった「ニセリンクポリシー」のなかに、公正中立性や悪質業者に関わるものがあります。その話をしたいと思います。
よく知られている例の一つは、『無断リンク禁止にしないと、悪質業者に信用を悪用される』といういわゆる栃木岡山県警説です。しかし、この説に、信頼しうる根拠はないのです。その意味で、これもまた「ニセリンクポリシー」です。
もちろん、どんなにインターネットの普及が進んでもそれなりの初心利用者がいますから、悪質業者の言いなりに影響されることはあるでしょう。しかし、それだけなら、名前の無断使用や紙のチラシなどでも同じです。ハイパーリンクのあるなしとはまったく別の話なのです。
ところが、この説は、広報業務関係者に広く受け入れられています。全国各地で、広報現場によるポリシーのコピペが行われているようです。
もちろん、気味の悪い業者がうちと関係があるかのようなことを書くので困っているという広報担当者は多いでしょうし、広報室長もそういうのを何とかしたいと思っているのでしょう。
そういうみなさんにとって、「無断リンク禁止」が一見、福音に思えたことは分かりますが、効果のないものに飛びついても、仕方がありません。
そもそも、信用の悪用を何とかしたいというのは、リンクの問題ではなく、表現の問題だったはずです。うちと関係があるかのように書かれて困ると考えるなら、やめるようにきちんと主張するべきでしょう。表現を変えさせる根拠をリンクに求めようとしてはいけません。
もう一つ、今度は、リンクにまつわる奇妙な説を紹介しましょう。
リンク先をトップページにすると、きれいなウェブページになり、個別のページにリンクすると、きれいなウェブページにならないというのです。
ページというのはHTMLのことですから、これは、リンク先のURLがページの良し悪しに影響を与えるという主張です。しかし、もちろん、そんな馬鹿なことはありません。
この説が、いくつもの大手企業や地方公共団体で、利用規約に使われていることが問題になっています。ページデザインを改善しない自らの怠慢を正当化するのに、格好の材料と思われたようです。
しかし、本当にそうでしょうか。
この説は、たくさんの問題をはらんでいます。
まず第一に、明らかに科学的に誤っています。理科離れや学力低下が言われる今、道徳だからといって、ここまで非科学的な話を、事実であるかのように言っていいはずがありません。
しかし、それ以上に問題なのは、ページが汚くなる原因を、リンク元の責任に求めようとしていることです。
ウェブページは、ハイパーテキストの手段ですから、その使い方は、あくまでも、ページを作る人間が自分の頭で考えなくてはならないはずです。トップページ以外へのリンクはどんな状況下でも駄目なのか。それを考えてみれば、この話のおかしさは分かるはずです。
栃木岡山県警説が他者の表現を制限する根拠をリンクに求めるものだったのと同様、ここでは、ページデザインの崩れの原因をリンク元に求めようとしています。それは他人に対して多くを求め過ぎです。
ページデザインの維持も信用の確保も、リンクされる側が自分の頭で考えなくてはならないことであって、リンク許諾制でお茶を濁せるものではないはずです。