はてなキーワード: ハイスコアとは
とりあえず7巻から始めてみる。思った以上に面倒くさい。
・貴女は私の世界の異物ではないみたいだから、幸福の材料なのよ、きっと。結局、幸福というのは自分の世界の中にいる人をどれだけ優遇し、枠外にいる他人へ不幸をどこまで押し付けるかによって、ドーム内の気圧を変化させることでしか無いもの。
・不幸になるというのは、往々にして、「大切な人がどんどん他人になっちゃう病」を患っているに過ぎない。
・最も贅沢な生き方とは即ち、正直に生きることである。嘘をつかないという、あまりに難易度の高い人生を子供に要求するのは酷というモノ。
・気の利いた言葉も、区切りのよい場面転換も用意されてない現実の情景。それが優しく、私を打ちのめす。私の世界のすべてをそこに見た気がして、たやすく涙がこぼれ落ちた。
・人間嫌いの分際で、誰かとの接触がこんなにも必要だなんて。息を吐き出し、吸うだけで上昇する心拍数。痛いほどの達成感。自分の世界がいろんなところと地続きであると認識して、無様に嬉しがっているのよ。ざまぁないわ。
・嗜虐を行う私はとても冷めているのに、眺めるのを趣味としている私は、心底、娯楽として受け取って愉悦を抽出している。この乖離が過ぎると危うい。そして私は今、過ぎようとしている。
・いやだわぁ、この、集団の役立たず。個としてピンセットで摘まれてガラス板の上で藻掻き出すと、少し真価が見えてくるたぐいの生物ね。
・人を傷つけることで幸せを奪うとかそんなレベルじゃなくて、傷つけるから幸せになれる場合は、向上心なんかただの害悪になるってことなのよね、つまるところ。ハイスコア目指して頑張ったら、見事なまでの社会の的ナンバーワンじゃない。他の幸福を見つければいいとか言うけれど私は自分の幸せが変わってしまうことのほうがよっぽど怖いと思うわけ。
・学校は、友達作る場所じゃないんです。あ、わたしだけ、ですよ。要領いい人、○○君とか○○ちゃんは作れるんですけど、○○君とか、わたしは、このアパートにしか友達いないから。ここ、友達の取れるとこ。巣・・・?みたいなんです、きっと
・とっくに持ち腐れした宝を、後生大事に抱えてあがき続けている人生。腐臭漂う液体が腕の隙間から爛れよ落ちようとも、強く抱きしめたそれにすがって、生きている。
・あの子は、自己存在を他者に委ねまくってるのよ。別にそれ自身をどうこう言うつもりはないけれど、ないものねだりで駄々をこねるお子様の面倒を見る大人が欠乏していることが大問題なのよねぇ。まぁいいわ
・ああ、こいつこの色が似合うな。透明な紫。どんな色も透過するくせに、しっかり自分の色付けを行なってしまう。同族に仕立て上げないと、自分の領域に誰かを入れられないのだろう。僕とは異なる経路でたどり着いた、人間不信だ。
俺は普通のパッケージゲームも大好きだから、あっという間に無くなるとは思ってないが
一部の論証を見るとなんかあっという間に無くなりそうな勢いらしい(笑)。
で、パッケージに対しての反駁が「見ろ、アングリーバードはあんなに売れたではないか」
ってのを所々で見た。
怪盗ロワイヤルはソーシャルだ。それは認める。何しろ、物を取る相手ってのが同じユーザーで
ある限りはそれが殺伐とした物であろうとも繋がりが発生するからだ。
なんとか牧場とかも、それが相手の作物をクリックするだけであろうとそれがフィードバック
されるのならばソーシャルには違いない。
だけどアングリーバードは、どうも見た限りでは自己完結の古き懐かしきFlashゲームにしか見えない。
ハイスコアを競うったって、昔からハイスコア登録制度はあった。
ソーシャルで面白いよと勧められた、ってのもメールやパソコン通信とやらの時代、いやそれより
ずっとずっと前から存在してた口コミって至上最古のものと何か変わりがあるのか。
だが、ソーシャルゲームが成功したってのがアングリーバードで証明されたとは俺には
さっぱり思えんのよ。誰か説明してくれないだろうか。
ハイスコアを出すことに情熱を注ぎ、ネットが繋がれば日本や世界で自分がプレイしているソフトのハイスコアランキングなぞを探したり、なければ作ったりした。
人間が一番だった。
TASと、実際タイムアタックをすることが全くの別物だということは承知している。
承知しているが、奮起しない。
まあ、理由は承知しているだろうから、敢えて書かない。
だいいち、TASを作成するもののうち、どれだけが自らソフトを買い、けして違法なダウンロードをせずに自らのソフトからデータを抽出しているのだろうか。
まあ、それはいい。
TAS動画を見る者のうちいったいどれほどがそのゲームをプレイしているのか。
だいたい、あれの愛好家は人間がしているものをRTA以外認めていないではないか。
しかし彼らは違うという。本当に違うと思っているとはこちらとしては思えないが。
将棋も人間が黒星を付けるような時代だから、時流と言い切ってしまえば、それまでだ。
非などありはしない。
もしあるとすれば、そこにあったことそれ自体でしかない。
コンパスもって地図を見る。東アジアの地図を見る。自分が軍事戦略ゲームをやっていると考える。アメリカの軍事的独裁者だと妄想してみる。
このゲームの敗北条件は、どの国も戦争を起こす気にならないほどのアメリカの軍事的存在感を示すことに失敗して戦争が起こってしまうことだ。勝利条件はない。戦争を起こさなかった時間がハイスコアだ。
残念ながら、そう考えてしまうと沖縄は恐ろしく便利な位置にある。
その位置に決して沈まない空母と強襲揚陸艦が置いてあるのと同じだ。しかも、恐ろしく巨大で維持費も格安な。船体のほころびなんて勝手に治るのだ。軍艦に普通はいない、住民という構成要素がいるから。
でていけでていけと言われても、おそらくでていきはしない。
あまりにも便利な位置にあり、そこに拠点を置くことが安価すぎるから。
時々妄想する。沖縄が日本への復帰ではなく琉球としての独立を求めていたら。
ttp://ameblo.jp/antiminshu/entry-10470775309.html
五輪建設バブルやアジアスケート連盟ミョンヒ会長の関連企業など様々な利権がキムヨナブームに絡んでいる。
ISUカナダ人副会長ドーレがミョンヒ会長とタッグを組み、キムヨナを優遇しているのは時期ISU会長選挙対策。
キム八百長を支援してISU時期会長に就任するのがドーレ副会長の狙い。
※八百長しなくても、現行の採点基準であれば、キム・ヨナが勝利していた可能性は高い。
FPで150点という前代未聞・史上最高のハイスコアを見せつけられ動揺した浅田選手がFPで失敗したため。
浅田真央選手がこのようなどす黒い展望が渦巻く魑魅魍魎な政治社会と、単身闘っていたことを考えれば、彼女にはただ敬服するばかりだ。
19歳の少女に悔し涙を流させるような日本政府はいい加減腐っている。
日本の政治家は、いったい何をやってるの?
そっか!何か、“ビジネス用の英語テスト”みたいな感じの認識でした。
私が根本的に間違ってたわけですね。
ご指摘ありがとうございます。
でも、“コミュニケーション能力”だったら、なおさらスピーキングもライティングも必要な気が…するのは私だけでしょうか?
何か、大学に入ってからはやたらTOEIC TOEICと言われます。
“日本人は読み書きばかりで、話せないからダメ”っていうの、分かる気もするんです。
でも、せっかくそれまでの勉強で読みとか書きを鍛えてきたなら、そこの力をもっと伸ばそうとするのは効率的でいいと思うんです。
実際、TOEICでスコアが取れるようになったからといって、話せるようになるとは思えません。
私が本質的に英語に興味を持てたのは、論文を書くときに、いかに(簡単には言えませんが)論理的なな言語かを痛感したからです。日本語とは違う思考の型?みたいな…“論文”に関しては、英語の方が読みやすいことも多いと思うんです。
読み書きは、コミュニケーション能力につながりませんか?
そもそも、コミュニケーションには思考力も不可欠な気が…するのは私だけでしょうか?
TOEICが、本当に“コミュニケーション能力”をはかれるのか、やっぱり私には疑問です。TOEICは、“何を話すか”は関係なくて、例えば「いい天気ですね」みたいな、そんな類のことを、いろんなバリエーションで言えるようになったよね、みたいな…
すみません。うまく表現できません。
はたと気づきましたが、TOEICそれ自体というより、TOEICでハイスコアをとったことを評価するような風潮が疑問なのかも知れません。それとも、本当に“英語力”を求めているような企業はそもそもTOEICとは違うところで“英語力”を審査しているのでしょうか?
そして、ある意味TOEICは、“どれだけきちんと勉強できるか”を見る基準に過ぎないのでしょうか?
よく分かりません。
TOEICは、「英語で考えよう」としている人とか、「英語で何かを学ぼう」としている人には、はじめのうちはきついと思う。「英語の学習の方法」とかの、メタ学習法?みたいな、テクニック的なものの研究が好きな人は好きだろうと言う感じ。
というのも、設問において「問題になっていること」のレベルが極めて低いからだ。
冷静に考えると(言い換えれば、問いを日本語に置き換えた場合)、実にあほみたいな事を問うている。
例えばリスニングの写真の問題とか、あほだ。リーディングの最後の問題とかも、こっちに知識とか想像力があることとか全っ然関係ない。何かもう悲しくなる。
英語力についてはいいのかもしれないが、思考力においては、もはや馬鹿にされているとしか思えない。
でも、何か、TOEICの点数が高くても、「英語だけできる、バカ」って言われてる感じがしちゃうんですけど…
TOEICはテクニックだ、とか言われる理由がよく分かった。
テクニックっていうより、むしろ体力と集中力っていう気もするけど。
何だか、一種の知能診断テストみたいだ。設問において「問題とされている」ことが。(つまり、英語力抜きに、思考力とか知識において問われていることが)
だから、英検とかTOEFL受ければいいだけの話なんですけどね。少なくとも、英作があるし。
とか言ったけど、TOEICだって、ある程度「英語力」がないとハイスコア取るのはきついと思います。ただ多分、テクニックを身につけるまでに疲れちゃう人が多いだけだと思う。
TOEICの点数が低くても落ち込むことない!「思考力」がありすぎてまどわされてるだけだと思う。「テクニック」だと割り切って勉強すればいいかもしれないと思いました。
・ペーパーマンという、ネットの一部利用は無料の、ガンアクションゲームをやった。
・麻雀をやった。
こういったゲームをしていて、その日ごとに、『面白かった』がちがったりもする。
だから、変動するゲームの面白い、つまらないって
どうやって決まるのかな~~ と考えてみた。
○自分に勝つのか
○相手に勝つのか である。
→ハイスコア狙う。コンボを開発する。昨日では出来なかったことが出来るようになる。面白さ。
→相手に勝つという形で認められる。自分は強い!と思う。気持ち。面白さ。
突き詰めてまとめるなら、自己承認欲求のかたまりではないだろうか
自分の記録を自分で抜いて、俺ってすげーー おれって凄いヤツ!!だし、
相手に打ち勝つことで、俺ってすげーー 俺って凄いヤツ!! だろう。
だから、どうすれば勝った!!っていう気持ちを味わえるのか。勝つってなに?
なのであり、自分は、この3点のバランスではないか。と考えている。
技術=それを実行して、
運 =それらが、少しランダムな要素がある。
戦略ばかり高いのは、将棋や囲碁。頭でっかちなゲーム。思考あるのみ。
技術ばかり高いのは、テニスとか。体でっかちなゲーム。練習アルのみ。
運ばかり高いのは、ジャンケン。 運でっかちなゲーム。ただ、祈るだけ。
コドモと、大人で遊ぶなら、実行する技術の面で問題アリアリでつまらんだろうから、
ほとんど同じ水準で実行できる技術にすればいい。
戦略と、技術がガチガチの本格ゲームは、勝ち負けがはっきりしすぎるから
運(偶然)の要素をおおくいれれば、一般化する。
地方の偏りもあると思ってる。自分の住んでたとこは全体的に陰湿な気性の人が多いって評されてる。その地方から出たらそういう慣習が無くなったから、地方由来だと思ってたけど、年齢もでかい要因だったのかも。
壊滅的なコミュニケーション能力しか持たない自分とお昼食べてくれるだけでもありがたくて、当時は抜けるって発想はなかった。最近になって増田とかで「便所飯」って言葉知って、なるほど!って膝叩いた。
勝手な推測で悪いけど、その手の嫌味を繰り返し言われてたのって、
努力しなくても勉強出来る、って言う密かな選民思想を持ちながら
そ知らぬ振りをしてることを見透かされてたんじゃないだろうか。
自分が知らずのうちに煽ってた可能性はたっぷりある。ただ、選民思想とかは(少なくとも意識の上では)持ってなかった。テストで点稼ぐのがゲームでハイスコア叩き出す感覚とほぼ同等だったのが駄目だったのかもしれないとか今になって思ってる。自分の考えることだから、我が身かわいさプラス思慮の足りなさが入って、ビンゴの可能性は低い。
MENSA(メンサ)という団体をご存じだろうか。天才のみが入会を許される世界的な団体だ。
IQ148以上限定、メンバーは人口上位2%の頭脳の持ち主であると喧伝されている。
先日、その日本支部の入会試験があったので、暇をもてあましていたので受験してみた。
ネットから申し込みを行って、当日、会場に行くと老若男女、様々な人が10人ほど集まっていた。
全員が集まった後、試験官(今にして思うと日本支部の会長だった)から試験の説明を受け、例題を皆で解いた。
3問あった例題のうち、一つだけどうにも分からなかったので、とても不安になりながら、試験開始。
試験は、よくネットでみかけるIQテストとほぼ同様の形式だった。
規則性を探し、空欄に当てはまるモノを選択するというアレ。
ただ、問題数が多い割に時間が短い(一問あたり20秒程度しか与えられない)ので、
試験開始と同時に、僕の近くにいた受験者は問題冊子をペラペラめくりだした。
そんな特殊技術もなにもない僕が合格するのかと半信半疑になりながら、
僕は数問を除いて規定時間の半分で回答し、残りの半分で残った難問を解いた。
本国の英国で採点するのでで2週間から2ヶ月の間に合格通知があると告げられ、その日は解散となった。
(ちなみにタイトルのネタ元の方はアメリカ支部のテストを受けたので、文化に関するテストも出題されたようだ。
日本ではこのテストオンリーだ。そこらへんは国の事情もあるので、支部ごとに違うのだろう。)
こうして僕は、MENSAに入会することとなった。
なんせ、何を隠そう僕のスペックは、私立大学卒のフリーターと、天才のイメージからは想像も付かないものだ。
だが、やはりSPIは大の得意だし、ICUの入試の過去模試を解いたら(註:SPIや知能テストに近い)、
制限時間より短い時間で解いたのに最高点だった人より上だったとか、
子供の頃に、父親の使っていた公務員試験用の問題集を軽々と解いていたような記憶があるとか、
そういうパズル的なモノには無類の強さを発揮してきた。
他の会員も見聞きする範囲では、社長からフリーターまで幅広い人が集まっているようで、
やはりパズル関係が得意な人が多いらしい。そういえば芦ヶ原伸之というパズルの権威もメンサの会員だった。
メンサでは、メンサに幻想を抱いている人にとって残念なことには、
天才たちの英知を集合させて世界の未来を云々する、などということは一切行っていない。政治的に、宗教的に中立である。
また、公式サイトのFAQにいうように「身長が高い人の集まりのようなもの」であり、会員も特に特権意識を持っていない。
基本的にただの社交場。なので天才児が入ったとしてもあんまり得はない。
もっとも、天才児のようなギフテッドの支援はメンサを挙げて行ってはいるが。
日本支部でも、例会(お食事会)と、有志が集まってSIG(Special Interest Group)を形成して交流を楽しむ活動がメインだ。
こういった活動に興味がない人が入会しても、自己満足で終わると思う。
僕自身は新鮮なことがいっぱいとても満足している。
http://www.xbox.com/en-US/games/g/geowarsre2xboxlivearcade/
音と光の洪水と、避けて撃つ→撃ちっぱなしながら避ける単純作業が
(フレンドで得手不得手が出てくるのも面白い)
本当にやめ時がない感じ。
30日配信だったんだけど、この2日間ついもう一回もう一回、
今度は別モードでもう一回もう一回と4時近くまでやってしまう上に、
脳内で何か出まくってるので電源落としてもすぐ寝付けないしで、
いい歳(30代だお)してどんな小学生だと。
今も仕事中なのに早く帰ってコントローラ握りたいし。どんな小学生。
正直シューティングは下手の横好きなんだけど、
今のところ一番熱心にやってる
3分間モードのdeadlineで410万点くらい。
世界ランキングで3000位くらいだったかな?
上位の1000万越えとかどんだけだよ。いつかは俺も。
で、俺が何を言いたいのかというと、
おまえらも800ゲイツ(約1000~1200円)使ってダウンロードして
夏の貴重な時間を浪費すればいいじゃない!ってこと。
Xbox360持ってない?本体買っちまえ!それだけの価値はある。
全く個人的な思いなので、最後まで見るとムカつく人が沢山居そう。
http://anond.hatelabo.jp/20080506034250
いちいち一面からやり直しってありえない。退屈すぎる。←退屈さを紛らわすためにランダム面とかさらにありえない。
少しは音ゲーを見習ったら?
ああ、ずっと思ってていつか自分で作ろうと思ってたのを言われてしまった。
結構昔から音ゲーっぽいステージセレクト制のシューティングを作りたかったんだよね。
でもどうせなら音楽とリンクしてやりたいとか思ってしまったし、
でも俺は音楽作れない上に親しい音楽屋さんの知り合いもいないし社会人で時間もないしで気づいたら6年くらい経ってた。
実際のところいろいろひとつのゲームシステムで特徴的な面は3面くらいしか作れないような気がした(俺の技量では)とか、
だいたいシューティングゲームにオリジナリティは皆無でステージ進行で起伏をつけたりしないとゲームとして成立しない感じがしたとかいう理由もある。
だいたい個人で作って全5ステージにしたとする。大抵のゲームは最初の2ー3ステージは特に何の特徴もないダラダラ展開ではないだろうか? ステージセレクト制にしたときにそれらのステージの存在価値がなくなって全2ステージのしょぼいゲームになり下がってしまうのではと思った。東方は傍から見ているだけでやったことはないけど、そんなに毎ステージ特色のあるゲームを作っていくような雰囲気にあるならあんなにヌルそうな連中が集まってくるもんかと思う。オリジナリティのないゲームでも適当に作って売れてしまうから人が集まってきてるのではないのか。
そういう意味では同人よりもまずプロが作るアーケードのシューティングがステージセレクト制になるべきだと思うんだけど、
最近の動きがどうなっているのかは不勉強でよくわからない。
オトメディウスとかは多分そうなっているのではないかと思うんだけどあれはあれでプレイヤーキャラの能力がプレイする度に違ったりしてなにか違う方向に進んでしまっている。
弾幕系シューティングとかダライアス(外伝・G)は道中の比重がとても軽いので「vsボスモード」があればOKなのかもしれないと思うが、それをメインに据えてくれないと遊ぶモチベーションが湧かないように思う。
あと個人的には道中が好きなのでそういうのでは満足できなくていまいち。
もうゲーム性の向上に殆ど役に立たなくなってしまっているパワーアップシステムとかもやめてしまえばいいのにと思う。ステージ間でパワーアップ状態が維持されるせいでステージセレクトで攻略する気が失せるんだ。ボンバーもなしでいいじゃないか。
ここからの連想。
http://d.hatena.ne.jp/MindControl/20080423/p1
結論はタイトルの通り。XboxLiveのすごさはボイスチャットだとか、メッセージだとか、そういうところにある訳じゃない。僕自身、オンラインで遊ぶ場合にヘッドセットを接続して遊ぶことはほとんどないし、メッセージには返事しかしないけれど、XboxLiveがないと困ってしまう。
XboxLiveのすごさというのは、その一貫性と横断性にある。一度フレンド登録してしまえば、今まで通り普通にゲームをしているだけで、緩いつながりを確保できる。Xboxの電源を入れると、今誰がオンラインになっていて、何のゲームをしているのかがわかる。同じゲームをやったことがあれば、ランキングが出たりする。あいつは(といっても顔すら知らない相手だけど)いっつもゲームやってんなーとか、あのゲームでハイスコア追い越された!!だとか、今はやりのXLBAはこれなのかだとか、一切コミュニケーションをとらなくてもXboxLiveの良さを十分に享受することができる。そしてこれはこれはオフライン専用のゲームでも変わらない。
フレンド登録していなくても、たとえば何かのゲームでRankedMatchをしていれば、あのタグの中の人はうまいなーだとか、あいつだけは絶対死なすだとか気になるプレイヤーがいたりして、そのゲームをどれだけやり込んでるのか、他に何のゲームをしてるのかなんかもチェックすることができる。リンク先の文章でQMAが引き合いに出されていたけれど、QMAでも前後の対戦で同じ人に当たったりしてちょっと気になったりする、この感覚の延長線上にあって、全く別のベクトルにいるわけではないと思う。