はてなキーワード: ノベルとは
アニメDVDを始めて買おうとしたらその価格に驚愕した。それからこの手のコンテンツの製作コストとそのコスパについて考えていた。
アニメ、(ノベル)ゲーム、漫画、ライトノベル、と並べたとき、買う方作る方両方にとって最も低コストで、しかもその割に楽しめる。
作るコストに気をつけながら漫画を読んでると、実は絵はこんなになくても大丈夫、と感じることがある。
ライトノベルがどのようにできたかは知らないけれども、漫画で必要な製作コストを圧縮したら、ライトノベルになったと考えることはできると思う。
(製作コストのためかもしれないが)漫画とは異なった表現も可能で、一つの表現手段としてもその立場は十分ある。
今回は前作までと違ってマクロよりの描写が多く人物描写が少なめだ。
特に敵キャラやラスボスの説明がかなり不足しており、自分で推測・補完しないといけないところが多い。
そのため一から十まで説明してもらわないと分からない人には評価は低くなるかも知れないが、
個人的には今までのテイルズシリーズの中でもかなり上位に属すると思う。
http://www.amazon.co.jp/dp/B005CHXNGY/
テイルズにもガノタみたく「今までのテイルズらしさ」みたいなのを求める人が多いみたいな。
正直ヴェスペリアとかは、ボリュームが多いといえば聞こえがいいが、
一から十まで説明しようとして鬱陶しい割に、主人公サイドに注目しすぎて世界観の作りこみが甘々だった。
世界観においては絶対にエリクシアのほうが良くできていると思う。
俗説にあるような「プレイヤーに腐女子が多いから、もっとキャラ同士のイチャイチャシーン増やせみたいな圧力がある」ってのは今作でバッサリ否定されたと思う。かなりスッキリした印象でよかった。
主人公の煮え切らなさも、まどか☆マギカの前例があれば理解できると思ったけどそうでもないみたいだ。
ただまあ、シンフォニアあたりからずっと思ってることだけれど、
そろそろこういうストーリーでやるなら、バトルシステムを変えてシミュレーションRPGか、いっそのことノベルゲーにしたらどうかと感じる。
描かれている問題が人間社会の矛盾とかなので、特定の個人を倒してなんとかなる問題じゃない。
どう考えても敵と自分たちが吊り合ってないからいろいろ無理が出る。
主人公たちにあわせて敵の力を引き下げるからすごい違和感が出てくるんだよな。
中盤で主人公パーティーが一国の王様をとりかこんでフルボッコにするシーンなんかは完全にギャグかと思った。
主人公たち少数パーティーが戦って何とかするというところにリアリティを感じなくなってくる。
ストーリーを根幹に置くならストーリーを、変えて行かないといけないのでは?
今回の低評価は、テイルズブランドにおいて、バラバラにすべてのレベルを向上させていった結果、
全体としてかみ合わなくなってきた、とユーザーが評価した結果じゃないかと思う。
次回作あたりに大きな舵取りが見られるといいな。
こっちも普通の口調にしよう。そして自分がなぜこの辺りの話に疑問を抱いたか議論で説明が付いたからこの辺で終わりにするかも。
自分の考えでは二次創作を含む文化簒奪は、それ自体が悪なわけじゃない。文化簒奪は「オリジナルの価値を損ねる」時に初めて悪になる。
二次創作が許容されるのも還元ではなくそのポイントで、オリジナルをなぞった作品は拒絶される。ぷよぷよの配信は許諾されて、ノベルゲームの配信で激怒するのもオリジナルの価値を奪うからだ。ドラえもんの最終回が訴えられたのも、あまりにオリジナルに近づきすぎたからだ。ポケモンが訴えられたのは、子供向けの健全なゲームというオリジナルのブランディングイメージを汚したからだ。ときメモビデオはコナミの過剰反応もあるが、仮想の彼女と付き合うというオリジナルのコンセプトとバッティングするものだから、という説明が付く。グロやレイプの同人誌が許されるのもそれがオリジナルを離れたもので、還元することはなくてもオリジナルの利益を奪うものではないから。
翻ってカオスのコラージュ作品はオリジナル文化へのリスペクトこそないものの、オリジナルからは到底かけ離れたもので「オリジナルの利益を損ねる」ものではない。ゆえに許容されても実害はないとしか思わない。(水かけアートは許さん)
ただ憎む気持ちは理解は出来る。
文化圏同士の戦争は、論理ではなく感情のレイヤのもので、結局「俺の文化のものを奪うな」の一言で片付き、理屈を後付けすることにはほとんど意味がないように思う。
小説投稿サイトでは、書き上げた小説を自由に公開することが出来ます。
コミュニティー機能を持つサイトもあり、作品を公開されたい方、閲覧されたい方は、小説投稿サイトを利用してみるのもよいでしょう。
注:加筆修正しました
最近商業BL作品ばっかり読んでるから、たまにはネットで同人作品も読もうかなと思い立って、某ジャンルのサーチから二次創作サイト巡りをしていたときのこと。リンクを辿っていった先に、管理人が韓国人であることを明記しているBL小説サイトがあった。日本語ネイティブじゃないとこれはムリだろと思わせる豊かな語彙の小説や日記・掲示板の内容から判断するに留学生やニューカマーなどではなくて、日本で生まれ育った在日韓国人の方であるようだった。
なんかね、これちょっとびっくりしたんですよ。在日の人もBL書くんだなぁって。
いや、こんなにもアニメや漫画の氾濫する日本社会で生きている以上、日本人だろうが外国人だろうがオタク趣味に染まる人は染まるのが当然だろうし、中にはヤオイや二次創作に興味を持って腐女子や腐男子になる在日コリアンがいるってのも理性では理解しているんだけど。実際目にしてみると、なんかこう、感慨深いものがありましてね。
そうかー、在日のBL好きってのもやっぱりいるもんなんだなー、っていうか他にもいるけど明かしてないんだろうなー、としみじみしてたんですが、途中でふと思い出した。あれ、ちょっと待てよ?よく考えてみれば、数少ないながら今までにも在日韓国人が登場するBLがあったりするし、在日朝鮮人のBL作家というのもいたりするんじゃないの?そういえば私、そういうの読んだことあったような……、と。
というわけで、今回はBLと在日と私というテーマで今まで読んだ作品を振り返ってみようと思う。長いよー。私が以下で言及している作品には18禁のものもありますのでお気をつけください。
倉科るりというペンネームで、商業誌からBLを出版している小説家がいる。正確にはいた、と言うべきかもしれない。著作の中には絶版になっているものも多く、また1996年の『王様の夏休み』を最後に10年以上発刊はしていないようだから。公式サイトにも「倉科るりの商業活動は諸々の事情から不可能だと思います。時間がないのです。」と書いてあるので、今後も商業誌でBL作品を発表する可能性は限りなく低いと思う。
けれど、在日とBLというテーマを語るなら、彼女を外すことはできない。
実はこの作家さんは、コバルト文庫で金蓮花という名義で少女小説も書いている。むしろ金蓮花(きんれんか)というペンネームの方が世間的には通りがいいだろう。私も残念ながら倉科るり名義の本は読んだことがないけれど、金蓮花名義の本は小中学生の頃にわりと読んでいる。『銀葉亭茶話』、『水の都の物語』、『月の系譜』は何度も読み返すくらい好きだった。私が金蓮花=倉科るりというのを知ったのは大学生になってからだったけれど、BL読者やコバルト読者には結構有名な情報だったようで、ネットで検索するとペンネームを使い分けるようになった経緯や、その他もろもろの噂が出てくる。それらの噂がどこまで本当かわからないのでここでは紹介しない。
さて、金蓮花は1962年生まれの在日朝鮮人3世である。東京に生まれ育ち、大学も都内の小平市にある朝鮮大学師範教育学部美術科を卒業した。作家デビューは1994年、『銀葉亭茶話-金剛山綺譚-』で集英社の第23回コバルト・ノベル大賞を受賞したのがきっかけだった。この『銀葉亭茶話』シリーズは、朝鮮半島を舞台に仙人や精霊、竜や虎、人間たちが織り成す恋愛を描いた朝鮮風ファンタジー小説で、仙境にある一軒の茶屋銀葉亭にさまざまな客が訪れ、店主の李月流(り・うぉるりゅ)に身の上話を打ち明ける、という趣向になっている。
『金剛山綺譚』の金剛山は、もちろん朝鮮半島に実在する景勝地金剛山をさす。韓国人や外国人が北朝鮮国内の金剛山観光地区に観光をしに行くニュースを見たことのある人は多いはずだ。『銀葉亭茶話』シリーズの物語に登場する実在の固有名詞は地名だけではない。例えば『蕾姫綺譚』では重要なキャラクターとして李氏朝鮮建国の王李成桂が登場するし、『舞姫打鈴』のヒーローは新羅の英雄金庚信である。
ところで、学校で歴史を習う前に本シリーズを読んだ影響で、私は現在でも「新羅」という単語を見ると反射的に「しらぎ」ではなく「しるら」と読んでしまうし、「李成桂」を見ると「りせいけい」ではなく「りそんげ」と読んでしまう。私にとって、このシリーズこそが生まれて初めて触れた‘朝鮮文化’なのだった。馬鹿な子供だったので現役読者だった小学生の頃は朝鮮半島というのがどこにあるのか知らなかったし(私は当時本気で外国=アメリカであり、世界には日本とアメリカの二国しかないのだと思っていた)、儒教文化だとか在日朝鮮人だとかさっぱり理解できない上に興味もなかったので読み飛ばしていたけれど、雪華(そら)や明蘭(みょんらん)という美しい漢字と不思議な響きの名前、美味しそうなチヂミ、ふわりとチョゴリを広げて鞦韆をこぐ明朗な少女、霊山の天辺に位置する天池(ちょんじ)の聖水……どこか好奇心を刺激する異国のイメージの数々を私は大いに楽しんだのだった。特に金剛山の壮大な瀑布や峰々が鮮やかに染まる絢爛豪華な秋の描写などは、幼心にうっとりするような綺麗な文章だなぁとドキドキしながら読んでいた。金蓮花という作家のおかげで、私は隣国と幸福な出会い方をしたのではないかと思っている。そういう意味で、『銀葉亭茶話』は私にとって印象深いお話なのだった。
金蓮花自身にとっても、作家として第一歩を踏み出したシリーズであると同時に、祖国を舞台にしたロマンスであることを考えれば、『銀葉亭茶話』はやはり特別思い入れの深い作品なんじゃないだろうか。
彼女の著作のあとがきでは、自らのルーツを意識した話題が多い。北朝鮮に観光に行って金剛山の絶景に感動した話、伯母が北朝鮮に帰国した話、親戚が日本と北朝鮮と中国に住んでいるという話、子どもたちの通う朝鮮学校のお祭りのためPTAとして準備に奔走する話など。
そんな彼女がBL小説を書くときは、金蓮花ではなく倉科るりというペンネームを用いた。倉科るり名義の本では特に朝鮮半島と関連のある物語を書いたりはしていないようだ。少女小説のコバルト作家としての自分とをきっちり分けたかったのかもしれないし、儒教を尊ぶ在日コミュニティの価値観からするとさすがにBLを在日朝鮮人と明かしている金蓮花名義で出すのは難しかったのかもしれない。少女小説家としてデビューする際も家族からかなり強硬に反対されたと聞く。少女小説を書いているのがバレて家族会議で土下座までしたそうな。ましてやBLをや。
まぁ、BLを書くときと少女小説やラノベや一般漫画を書くときでペンネームを変えるのはbassoや秋月こお、榎田尤利もやっていることで、金蓮花に限った話ではないけれど、少女小説では在日ネタをふんだんに出していた人がBLではそれを一切出さないというのも興味深い話ではある。
ちなみに金蓮花名義の本に一切男性同士の恋愛や性愛が出てこないか、というとそういうわけでもない。
ここでちょっと萌え語りをさせてもらうと、『銀葉亭茶話』シリーズで私が一番好きなキャラクターは長白君(ちゃんべつくん)だった。彼は、朝鮮半島の付け根、北朝鮮と中国の国境にまたがる山(朝鮮語では白頭山、中国語では長白山)の守護仙人(精霊だったかもしれない)で、シリーズ通してのキーパーソンである李氏(注:男性)に想いを寄せている男性である。李氏に冷たく拒絶されたり、周囲の神仙たちに揶揄されたりしつつも、変わらず李氏に暖かい真心を捧げ続けている好漢なのだ。李氏には他に想い人がいるのでまず間違いなく長白君の恋が成就することはないのだろうが、私は彼の男らしい包容力にときめいたのでぜひ幸せになってもらいたいと思っている。別に相手は李氏じゃなくてもいいから。というか長白君には楓英とか緋鯉の精みたいな豪胆で誠実な男性とか似合うと思うんだよね。
studio may-beを結成して仕事をしている高城響と鷹匠早紀は、BLゲームや乙女ゲームのシナリオライターとして活動している他に、連名でBL小説を書いて出版したり、漫画の原作をしたりしている。音楽業界を舞台にしたBL小説『たぶん、きみが好き』『いつか、翼を広げて』『きっと、空も飛べる』という3冊がマイクロマガジン社から発行されたのは2004年のことだった。この3作は天才指揮者と男性アイドルのカップルを描いたお話なのだが、実は高城響と鷹匠早紀がやっているサイトに長年連載していた大長編小説『KT』を手直しして発表したものだという。
そのサイトの大長編(まだ完結していないらしい)には、脇役として若手の指揮者同士のカップルが登場する。彼らを主人公にした話もサイトには掲載されており、出会いと恋人になるまでを描く『'O sole mio』、体の関係を持つまでに至る続編『hard day's night』、いちゃいちゃらぶらぶしてる『jealous guy』などがある。珍しいことにこのカップルの攻めは在日コリアンである。
『'O sole mio』と『jealous guy』では、攻めが在日であることはストーリーの主軸にはほとんど絡んでこない。民族が違うということよりも同じ夢を抱く音楽家同士であることの方が、この物語の中では圧倒的に比重が大きいのだ。
しかし、『hard day's night』の中ではそれらしいエピソードが挿入されている。演奏会の予定が突如キャンセルされてしまった攻め。晴れがましい仕事を一つ失った原因を、受けに問われた攻めはしぶしぶこう語るのだった。「オレ、在日やん」。BLで、差別に直面する在日の姿が描かれているのは大変珍しい。そもそも在日としてのアイデンティティを持ったキャラクターが登場するBL自体ほとんど見かけないんだけどね。
ところで、この物語の攻めは、大阪出身で関西弁を喋る陽気な男性だ。大らかで人懐っこい。阪神タイガースファン。長身、ガタイが良くて、美男子ではないけれど、受けから見れば十分に魅力的な容貌をしている。そして新進気鋭の指揮者である。実際、読んでいて、彼は魅力的な人物として描かれているように思った。なんとなく関東生まれ関東育ちな自分からすると良い意味で典型的な関西人という印象を受けた。
神経質で繊細、あまり感情表現が得意ではない日本人の受けは、自分と正反対の気質の攻めに惹かれていく。自分にないものを持っている相手を反発心を抱きながらも愛してしまうパターンというのはわりと恋愛物の王道だが、受けが攻めの才能に嫉妬をして苦悩したり、振り切ってもついてくる攻めに苛立ったり、励まされたりと感情をぶつけ合ううちに自分の恋心を認めざるを得ない展開になるというのは微笑ましくて良かった。
BL小説家、檜原まり子の作品の一つに『マリンブルーは密やかに』という小説がある。2008年、講談社X文庫ホワイトハートから発行された。舞台はアジア・オセアニアクルーズ中の豪華客船。そこに乗り込んだ保険会社から委託を受けた調査員の受けと、元自衛官の攻めのラブストーリーだ。
正直なところ、この物語の一番興味深いところは、ストーリーなどよりも受けの両親だと思う。
受けの母親は日本人の医師だった。そして父親は在日韓国人の寿司職人。両親が渡米して、一家がカリフォルニアにいたとき受けは生まれた。医師免許が認められなかった母親は畑違いの仕事をして受けを育ててくれたらしい。後に離婚したようだが、受けの両親の話こそ読んでみたいと思った。寿司職人と女医さん夫婦米国滞在記なんていろいろ波乱万丈なドラマがあって面白そうじゃん。
というわけで、本作の受けは間違いなく在日韓国人の血をひいているのだが、特に在日とか韓国に関するエピソードは出てこない。受けが韓国語を喋ったりキムチを食べるシーンがあるわけでもない。彼が民族的なコミュニティや朝鮮半島に思いを巡らすシーンがあるわけでもない。冒頭、地の文でさらりと受けの生い立ちが説明されているだけで、その後はとくに彼が韓国系であることには触れないまま物語は終わるのだ。
なら別に受けが在日の血を引くキャラクターである意味ってないのでは?と思わないでもないけれど、まぁ深い意味がなきゃ在日がBLに出てはいけないってこともないし、これはこれでいいのかもしれない。なんと言ってもこの作品の舞台はいろいろな国籍のクルーが働く豪華客船なのだから。南太平洋を悠々と航海する船上のキャラクターにちょっとしたマージナルな要素を付与したいと作者が思うのもわかる気がする。船長の喜屋武も、受けと同様にマージナルな人物である。米軍勤務の軍人を父に持つ沖縄出身の男性で、金髪碧眼という日本人離れした容姿だが自らを日本人だと主張する。とても珍しい韓国系の受けや、沖縄と米軍というデリケートなバックグラウンドを持つキャラクターが登場するという点において、このお話はなかなか印象深かった。
『うつしみの花』は、幻冬舎リンクスロマンスから2008年に出版された全2巻のBL漫画である。作者はタカヒサ亨。舞台は飛鳥時代の日本で、有名どころでは葛城皇子(中大兄皇子)、皇極天皇、間人皇女などが登場する歴史ロマンBLである。ちなみに中大兄皇子と受けがキスする場面もあったりする。
主人公(受け)は、百済からの渡来人で金工職人である実父を持つ美少年。攻めは、受けの父親の弟弟子で、乃楽山(ならやま)の麓に住む百済系渡来人であり以前は都随一と呼ばれた腕を持つ金工職人だった。受けが攻めの弟子となるので職人師弟ものBLであると同時に、渡来人と渡来人の子孫が出会って恋に落ちる物語なのである。
職人の村で修行をする受けは、師匠であり恋人である攻め以外の渡来系の職人たちとも交流を持つようになり、技術を磨いていく。いつか攻めの故郷である百済に帰還することを夢見るようになるし、自分たちの存在は発展させ続けていく技術に拠って立つのだという強い自負心を持つに至る。彼らのアイデンティティは明確に百済系渡来人であることにあり、ヤマトにはないんだなーと読んでいて思った。
日本が舞台なのにあえて渡来人のカップルを描くなんて随分通好み(?)だなと思う。こういうのは珍しくて面白い試みだ。同時に、ちょっと私の中の日本人としての感覚が一抹の寂しさというか疎外感を感じなくもなかったような……。この記事のテーマである在日と古代日本の渡来人はちょっと違う存在なのでこの作品には簡単に触れるだけにとどめるけれど、思いがけずヤオイを読んでいて自らのナショナリズムが浮上したという点で本作は印象深い作品だった。私が気にしすぎなだけだけなんだろうけれどさ。
もちろん、健気で頑張り屋な受けとクールで格好良い攻めは萌えたし楽しめた。
ところで、作者のタカヒサ亨は、角髪(みずら)に萌えてこのお話を描いたらしい。わかるわー私もみずら萌えです。特に青年の下げみずら姿は可愛くて良い。不評でなかなか描かせてもらえなかったとのことだが、残念だ。もっと見たかったよー。
ハテブやツイッター、増田2ちゃんねるでコメント下さった方ありがとう。せっかくだし嬉しかったので、いくつかのコメントにお返事します。
恐縮です。ありがとう。
自分のブログではこういう記事を出したことがないのでうまく書けるかわからなかったし、書いたとしてもこの記事だけ場違い感がぷんぷんして浮き上がってしまうだろうと考え増田にしました。悲しいことですが、BLも在日も荒れやすい話題ですから。
私は金蓮花の初期の作品が好きでここ7~8年の著作は読んでないのですが、作品だけじゃなくて作家自身も本当に興味深いなと思ってその動向は注目しています。ラノベ界でも稀な在日外国人であることを明かしている作家さんですよね。まして日本と関係が良好でない国を祖国に持つ人ですから、日本社会で生きる彼女自身、悲しみや自負心を含め複雑な感情はあったんじゃないかなと想像しています。日朝首脳会談が開かれ拉致問題が発覚した2002年、この年に発売された『伽椰琴打鈴』を最後に、彼女の著作の中で一番‘朝鮮’を押し出している銀葉亭茶話シリーズが発行されていないというのは、偶然かもしれないけれどなんとなく象徴的に見えたり……。
確かに文化が違う、価値観や倫理観が異なっている、と強く感じる点はいくつかありましたね。面白いなと好ましく思う相違もあれば、モヤモヤする思いを抱える相違もありました。私の場合、女性の描かれ方や女性の置かれた立場というのが結構気になりました。『蝶々姫綺譚』で、女性が子を成さずに死ぬのは罪である、罰として死後の世界で償わなければならないという設定には、儒教をベースにしたファンタジーだとこうなっちゃうのか、とびっくりしたなぁ。日本や日本よりフェミニズムの強い欧米発のファンタジーじゃそういう設定ってないでしょう。まぁ、当時の価値観を反映させた設定であることが良いという考えもあるとは思いますが、現代女性としてはファンタジーとはいえその世界の女性は生き辛そうだなという感じたのも事実でした。
ネットで読める作品もるし書店や図書館に置いてある作品もあります。個人的に、興味や関心の度合いが在日>BLという人よりは、BL>在日の人の方が楽しめるとは思いますが。
全然関係ないけど、最近アメリカのスラッシュが翻訳されて日本の書店の店頭に並び始めましたよね。日本語で海外スラッシュが読める日が来ようとは思わなかった。嬉しい。
皆さんがどなたをイメージしているのか興味あるなー。私は弱小ブログを書いてますが、Twitterはやっていないんですよ。
韓国人は日本人よりも情熱的、確かにそういうイメージありますよね。こんな記事書いといて言うのもなんですが、家族友人知人に韓国人や在日の人っていないんで実際そうなのかはよく知らないけれど。
確かに作品が面白ければ作家は関係ないというのは仰る通り。私も普段は書き手には興味がないんですが、今回は冒頭で書いた某サイトにはなんだか妙に感慨深くなってしまいまして。
創作の中のマイノリティ、本当に興味深いですよね。読み専なので創作の苦しみは知らないのですが、創作物にマイノリティを登場させる際書き手さんはやっぱり慎重になるんだろうなぁ。セクシュアル・マイノリティが登場するBLは殊にそういう姿勢を求められているジャンルですし。常に政治的に正しいお行儀のよいBLである必要はないと思うけれど、読者が引くような差別的な描写が垂れ流しにされてるBLは読みたくないと思います。私はまだガチでがっつり民族問題を盛り込んだBLというのは読んだことがありません。今後もそんな作品は出ないんじゃないかなと思うし、たとえ出版されたとしても読みたいとは思わないかも、と考えています。娯楽作品には悲惨な差別とか貧困とかの要素は求めていない性質で、どちらかというとイチャイチャ、ドキドキ、ワクワク、エロエロ、アマアマ、ラブラブって感じのノリの方が好きなんですよ。なのでフレーバー的な登場のさせ方や特筆されるような描写がなくても私はOKなんですが、作家がまったくその問題の背景に無知ではキャラクターの魅力的な属性にはできないわけですしね。作家は10調べたことのうち1を書く(100調べたことのうち1を書く、だったかもしれない)と聞いたことがあります。BLを愛する者の一人として、そういうBL作家さんが今まで以上にたくさん出てくれるといいなぁと願っています。
1 キャラクターがどういう声でしゃべるのかということ。またはそれがもたらすインパクト。
2 ゲーム中の春香さんはキャラも存在感も本気で薄いということ。あずささんと春香だけやたらと薄い気がする。
3 日常会話でもキャラが動くということのありがたさ。乳の格差酷いな。
4 アイドルはこっちをしょっちゅう半目で見たりしないということ・・・じゃなくて表情豊富なこと。ノベマスには泣き顔や恥じらい顔が足りない。
5 やよいはかわいいなあに込められたプレイヤーの実感。とかち組もかわいいなあ。
6 プロデューサーはガチで有能じゃないとつとまらないこと。あるいはノベル系におけるP居ない動画でりっちゃんと涼君、あと小鳥さんがやたらと目立つ理由
7 服装ってアレ買うんだね・・・うん。MMDって営業妨害じゃないのか?
8 ニコマスで描かれるほど各アイドルは一致団結という雰囲気ではないこと。
9 毎日が面白おかしいイベントって感じではなくて結構淡々と作業プレイする必要があること。
アリスソフトのゲームと似通った感じを受ける。アリスでわからない人はKOEIでもいいですがキャラ重視なのでやはりアリスソフト。
全体的な印象としては「自分次第でやろうと思えばいくらでも楽しめそう」だということ。
まだクリアしてないキャラもいるしこれからどんどん楽しむよー。
このエヴァ騒動によって一時、オタクは「萌え」と「サブカル」に大分裂した。「萌え」系オタクは、エヴァでいえば綾波レイや惣流・アスカ・ラングレーなどの萌えキャラにハァハァしていた純粋オタクの系統であり、「サブカル」系は、オタクよりも恋愛資本主義の側に擦り寄ってオサレ系を目指した連中だ。
だが、あれから数年、どうなっただろうか?
そう、サブカルは市場として成立せず、萌え市場だけが拡大したのだ。サブカルは短期間で事実上滅び、講談社のノベル雑誌『ファウスト』のような「半萌え・半サブカル」形態によってかろうじて命脈を保っているばかりとなった。
これは当然の帰結といえる。
オタク文化そのものが「二次元>>>>>>>>>>三次元」という前提によって威力を持てる妄想の文化である以上、サブカルが「三次元>>>>>>>>>>二次元」とやらかしたら、オタクの大勢がサブカルから離脱するのは時間の問題だった。
この「サブカル」ってのを「一部の批評系」にしたらしっくり来る。
萌えオタ罵倒してフニャフニャ主義だとか言ってた本人が、いざ容姿を出すと初音ミクの痛車よりも映像映えしないリア充ならぬリアル三十(さんじゅう)だったり、映像だと(字幕の向こうの群衆におびえて)大人しくなりキャラ崩壊してたりとゼロ年代批評はいろいろありました。
『電波男』は要するに「萌えには階級格差を無化する力があるんだ!」という本です。現在は『はがない』『IS』『けいおん!』など、良かれ悪しかれそうした表現が主流になりつつある。いかにも小泉構造改革以後の空気感みたいなのと関連付けやすい『カイジ』や『ウシジマ君』は有名になったけれど、なぜ彼らはアイドル(=偶像)になれなかったのだろう。
代わりにネットオタクの偶像となったのは『初音ミク』や『アイドルマスター』や『ラブプラス』それに『けいおん!』だった。
そして社会に出て自らの文化的アイデンティティを主張できたのは、『スクールカースト』ではなく痛車と聖地とローソンだった。そこにある想いは「余暇の時間まで勝ち組・負け組を意識させられ自己啓発されるのはキツい」というあたりまえのものだろう。
それすら許せん、となにかと理由をつけて萌えオタ罵倒してた件の人物は映像に出たらしょぼしょぼで(以下略。
映像やまとめサイトが「差異化ゲーム厨」への抑止力になるならば、少なくとも差異化ゲーム厨が野放しな環境よりは良いと思う。まあともかく萌えからフニャフニャ主義への流れなんてなくて、フニャフニャ主義こそむしろサブジャンルに過ぎないっつうか、萌えだけで刺激が足りない時に触れる程度。
ようするにゼロ年代は「差異化ゲームの思想」ではなく「無関連化する思想」が勝利した。2005年の段階でこのことを説明し得た『電波男』は、フニャフニャ主義本よりもよっぽどゼロ年代の「正史」を正しく語っている。
そして、ニコニコでの配信はこの欲求を自分の期待以上に満たしてくれる。
で、何かを共有したいとなったときに、ジャンルによって変わってくる。
RPGもまぁプレイした人がいればいい。ADVもまぁ自重すべきかな、と。
プレイした人同士で十分必要なつながりは生まれる。配信する必要はなくね?
もちろんリアルタイムで同じ画面見ながら盛り上がるのは
同じプレイ体験があるってところから一歩進んで楽しいので難しいけど
例のあのシーンについて語ろうぜってことでそこだけあげたらいいんじゃない?
その都度保存されないUSTREAMでやるとかでいいんじゃない?と思う。
人によってプレイスタイルから感じ取れるものまで全然違ってくるから。
アクションゲームとかになってくると今度は腕前の話になってく。
でも、できるだけ同じものを共有したい。
昔は少数の友達だけで満足できたけど、これもニコニコで配信して
大勢からツッコミやら反応がかえってくる快感を得た後では元に戻れない。
そういうのがもう全面的に駄目って話であれば、
これは、製作者側からMMOでもやってろって言われてるのかな、って受け止めてしまうな。
そういう意味で、ニコニコがうp主に提供しているとてつもない快感について
それを認めるかどうかはともかく、どの程度製作者側が理解してるのかは気になる。
麻薬的に気持ちいいので、道徳論とか言っても多分意味はない。そういうものを破壊するだけの魅力が配信にはあるよ。
取り締まると言うつもりならそれこそ法や警察を持ってすべきじゃないかしら。
いつもいつも枠組みだとか常識論で語ってる製作者を見ると、認識甘いんじゃないかしら。
個人的には、どこもそういうふうにやれっていうわけじゃないけど
ゆっくりアーサーとかスパ帝みたいなんがたくさん生まれるといいなって思うんだ。
特定のシーンとかプレイ動画について、より面白い実況やプレイを競うみたいな。
あーでもこういう風にやると実況の間口が狭まっちゃうかなぁ。
自分は中学2年の時、初めてテスト勉強が深夜になっても終わらなくて、ふと休憩にテレビをつけたのが二次元趣味に走るきっかけだった。
それから6年間、金銭的に低燃費なライト隠れオタを細々と続けてきて、漫画とかアニメとかゲームとかラノベとか、自分の一部だと信じていて、
このまま、ただ出てきた物を貪っているだけで、それなりに楽しく文化的な生活が送れるものかと思っていた。
現実が気を病むレベルで満たされていない分、ファンタジーでも恋愛でも、サスペンスでもミステリーでもSFでも物語が好きだった。
登場する人物というかキャラクターが好きだった。
それこそ、最初のころは一日中空想に想いを馳せ、向こう側に行くことを夢にしてしまうくらいに。
話の出来は悪くなかったはずだし、感動したはずだった。
ハッピーエンドだ、悪くない。そもそも物語に点数はあまりつけない方だし、大抵は楽しめる。
話が終わった時に自分が置いていかれるような、自分が置いていくような、寂寥感みたいなものはいつでもあった、それが今度は無くならない。
それとは別に、気持ちがついてこなくなって、話が終わってからメシを食えば、トイレに行けば、歯を磨けば、風呂に入れば、それだけで空想から現実に一発で戻ってしまう。
二次元に対する情熱は最初ほど大きくはなくても、6年間で根付いていたはずだった。
それでもそのまま、空想と現実が離れていってしまった。大切にしていた数少ない漫画もラノベも画集もいまは薄汚れたダンボールの中。
6年もずっと続いていたものが、こうも急に無くなるとは思わなかった。
今日から新しいアニメが始まるというのに、もう録画する気にはならない。
そのうち誰かが夢見る機械を作ってくれることを祈りながら。
http://anond.hatelabo.jp/20101119020548
横だけど、蔵書の合計数じゃなくて、
みたいに書いた方がピンと来る気がする。
同じ蔵書数3000冊でも、「10年かけて3000冊」と「30年かけて3000冊」ではハマり方が違うだろうしね。
漫画 月に単行本を5~6冊、多い時は10冊くらい。雑誌は処分が面倒だから買わなくなった。
これらに使う予算は月いくらか→いちいち気にしていない。欲しいのがあったら買う。
ああそうか。あなたたちは自分が愛されるってことがわかってないんだ。知識としては知っているだろう。でも、それを自分に起きることとして真面目に考えたことがないだろう。受精・着床したときのことを覚えていないように、だから知識が何をどういおうと、自分がこの世の始まりからずっといたように思いこんでまったく疑問を感じないでいられるように、愛の始まりもまたなくて、愛ってことがなにか現実味のまったくない絵空事で、「愛」という抽象的な観念のことならおしゃべりできるのに、自分が愛しあうっていう具体的な事実については何も考えることができない。
だからあなたたちは、他人が愛されるとあんなにうれしそうなんだ。BL同人で何十人総受けを書いた。ノベルスをコミックスを、BLCDを何百集めて読み聴いた。誰それがさらわれ、りょうじょくされ、裏切りを受け、それでもラブラブでした。そんなことを知ってどうする。関係ないあなたには何の関係もないのに。でもあなたはそれをうれしそうに描写し、読む。他人は愛で傷つき、自分は無傷に生きている。それはあなたたちにとって、まさに自分が裏切られない、自分が「別れ」とは関係ないことの証明なんだろう。ほらごらん、こんなに人が失恋しても、わたしだけはこうして(傷つかず生きて)いるよ。あなたたちは日々そう自分に言い聞かせる。そうなんだろう。情死や悲劇的な愛が嬉々として描かれるのに、毎日それなりに起こっているはずの普通の愛 (:多分あなたがたがそう思ってるであろう異性愛) がこのジャンルで「特に」描かれないのは、失恋とつらい恋は運の悪い他人 (殊更男子が好きな男子) にだけ起こるもので、自分 (というヘテロ女子) に起こるものじゃないと思ってるからだ。
そしてだからこそ、あなたたちは愛ってことを何も考えずにいられる。時間が限られ、残された時間はわずかで、できることもわずかだと考えたこともない。自分が恋愛による何かを受け取り、誰かを愛し返すってことも考えたことがない。今が永遠に続き、自分は永遠にいると思っている。愛されると思わないから、愛したいという欲望もうまれない。いるだけ。そんなやつが神妙な顔で言う。「愛は尊い」「愛のためならなんでも許される」
「尊い」! あんたは尊いってのがどんなことか知りやしない。決まり文句をコミックスとノベルスと同人とネットで覚えただけ。その愛とペアの「愛すること」や (たまさか同性が好きな人々のことや、愛されてないと思い込んでるあなたと同じようなでも性別は逆の誰かのこと) なんかまるで考えてない。ましてや「愛のため」に受けがどんなことをされるのか?そのバリエたるや。それも「自分は(ずっと変わらずに)いる」ということを受けを身代わりに差し出して悦にいっているだけなんだ。だから「なぜ?」ときかれて答えられない。「( スウィング ) しなけりゃ意味がない」とはよく言ったものよ。これは比喩でもなければいやみでもないんだ。それをわからなきゃいけない。あなたたちは、わたしは、バカだ。だから愛してみなきゃいけないのだ。愛ってのがどいうことか、切実に知らなきゃいけない。そして愛を自分で踊ったとき、わたしたちは「愛されること」についても知っている、かもしれない。やっとそこになにか知恵があるかもしれない。
じゃあまた。
ああそうか。あなたたちは自分がSEXするってことがわかってないんだ。知識としては知っているだろう。でも、それを自分に起きることとして真面目に考えたことがないだろう。生物学的父親と母親が致したその時のことを覚えていないように、だから知識が何をどういおうと、自分がこの世の始まりからずっといたように思いこんでまったく疑問を感じないでいられるように、SEXのきっかけもまたなくて、SEXするってことがなにか現実味のまったくない絵空事で、「SEX」という抽象的な観念のことならおしゃべりできるのに、自分がSEXするっていう具体的な事実については何も考えることができない。
だからあなたたちは、他人がSEXしてるとあんなにうれしそうなんだ。AVで男優が何十人こました。HDDの中の女優、攻略済みギャルゲキャラが何百人超えた。美女がやられ、泣かされ、気絶し、撮影事故で亡くなった。そんなことを知ってどうする。関係ないあなたには何の関係もないのに。でもあなたはそれをうれしそうに集め、表現する。他人はSEXで破滅し、自分はこうして生きている。それはあなたたちにとって、まさに自分が傷つかなない、自分が寝取られとは関係ないことの証明なんだろう。ほらごらん、こんなに人が浮気されても、わたしだけはこうして(裏切られず生きて)いるよ。あなたたちは日々そう自分に言い聞かせる。そうなんだろう。心中や不倫事故死が嬉々として報道されるのに、毎日それなりに起こっているはずの恋人同士の日常の愛があまり描写されないのは、浮気は (殊更) 運の悪い他人にだけ起こるもので、「賢いので愛する他者を持たなかった」自分がされるものじゃないと思いたいからだ。
そしてだからこそ、あなたたちはSEXの根本の愛ってことを何も考えずにいられる。時間が限られ、残された時間はわずかで、できることもわずかだと考えたこともない。自分が恋愛による何かを受け取り、誰かを愛し返すってことも考えたことがない。今が永遠に続き、自分は永遠にいると思っている。SEXできると思わないから、本当に愛したいという欲望もうまれない。いるだけ。そんなやつが神妙な顔で言う。「SEXは尊い」「好きだからこそ」
「尊い」! あんたは尊いってのがどんなことか知りやしない。決まり文句を18禁コミックスとラノベと同人とネットで覚えただけ。そのSEXとペアの愛のこと (行為自体が相手に負担をかけること、そして愛されてないと思い込んでるあなたと同じようなでも性別は逆の誰かのこと) なんかまるで考えてない。「好きだからこそ」があの汁多めですか?それでもまだ相手に処女を望むのですか?きっと「自分は(裏切られたくないからリアルのたった一人を決めずに)いる」ということを言い換えて悦にいっているだけなんだ。だから「なぜ?」ときかれて答えられない。「そばに居る人をただ愛すればいい」とはよく言ったものよ。これは比喩でもなければいやみでもないんだ。それをわからなきゃいけない。あなたたちは、ぼくは、バカだ。だからまずは愛あるSEXをしてみなきゃいけないのだ。愛ってのがどいうことか、切実に知らなきゃいけない。そしてそこから帰ってきたとき、ぼくたちは少しばかり愛とSEXについて知っている、かもしれない。やっとそこになにか知恵があるかもしれない。
じゃあまた。
ああそうか。あなたたちは自分が死ぬってことがわかってないんだ。知識としては知っているだろう。でも、それを自分に起きることとして真面目に考えたことがないだろう。生まれてきたときのことを覚えていないように、だから知識が何をどういおうと、自分がこの世の始まりからずっといたように思いこんでまったく疑問を感じないでいられるように、終わりもまたなくて、死ぬってことがなにか現実味のまったくない絵空事で、「死」という抽象的な観念のことならおしゃべりできるのに、自分が死ぬっていう具体的な事実については何も考えることができない。 だからあなたたちは、他人が死ぬとあんなにうれしそうなんだ。毒薬で人が何十人死んだ。地震で、何百人死んだ。だれが殺され、焼け死に、圧死し、事故死した。そんなことを知ってどうする。関係ないあなたには何の関係もないのに。でもあなたはそれをうれしそうに報道し、読む。他人は死んで、自分はこうして生きている。それはあなたたちにとって、まさに自分が死なない、自分が死とは関係ないことの証明なんだろう。ほらごらん、こんなに人が死んでも、わたしだけはこうして(生きて)いるよ。あなたたちは日々そう自分に言い聞かせる。そうなんだろう。事故死や事件死が嬉々として報道されるのに、毎日それなりに起こっているはずの自然死が特に報道されないのは、死は運の悪い他人にだけ起こるもので、自然に起こるものじゃないと思ってるからだ。 そしてだからこそ、あなたたちは生きるってことを何も考えずにいられる。時間が限られ、残された時間はわずかで、できることもわずかだと考えたこともない。自分が何かを受け取り、遺すってことも考えたことがない。今が永遠に続き、自分は永遠にいると思っている。死ぬと思わないから、生きたいという欲望もうまれない。いるだけ。そんなやつが神妙な顔で言う。「生命は尊い」 「尊い」! あんたは尊いってのがどんなことか知りやしない。決まり文句をテレビで覚えただけ。その命とペアの死のことなんかまるで考えてない。 「自分は(ずっと)いる」ということを言い換えて悦にいっているだけなんだ。だから「なぜ?」ときかれて答えられない。「バカは死ななきゃなおらない」とはよく言ったものよ。これは比喩でもなければいやみでもないんだ。それをわからなきゃいけない。あなたたちは、ぼくは、バカだ。だから死んでみなきゃいけないのだ。死ぬってのがどいうことか、切実に知らなきゃいけない。そしてそこから帰ってきたとき、ぼくたちは少しばかりなおっている、かもしれない。やっとそこになにか知恵があるかもしれない。 じゃあまた。
★★★☆☆☆☆☆☆☆
空回り感が否めないファンタジィ
気合が空回りしているのかとにかく冗長。この程度の内容で2時間超えはないだろう。
そのへんからして「子どものための」「良心的な」作品という皮をかぶった大人の慰みものの匂いもしなくはない。
テンプレ通りの「田舎の夏休み」「ピュアな子どもたち」もアレだが、特に脚本には問題が多く、中盤のダレはもちろん、
終盤の安っぽい説教も完全に足を引っ張っている。背伸びして児童文学気取る前に、アニメで非日常を構築することの意味を考え直すべき。
★★★☆☆☆☆☆☆☆
いろいろ不合格......
同じ舛成監督と倉田英之脚本による『かみちゅ!』では、神道的想像力とジュブナイルがスマートにミックスされていたのに対し、
最高の人材と手間暇と予算が投入された今回は、いまひとつ何を目指したのかがわからない。
主題として非常に似通っている『サマーウォーズ』が(成功しているかどうかはともかく)
SFとして、近未来のテクノロジーと人間の在り方を正面から扱っていたことに比較すれば、特筆すべき試みはひとつもなかった。
★★☆☆☆☆☆☆☆☆
これで「宇宙」はちょっとムリ
小惑星探査機「はやぶさ」の帰還などで盛り上がった天文ブームと軌を一にして、異界としての宇宙の魅力を奔放なイメージで再生......し損ねた凡作。
少女への性欲ダダ漏れのキャラデザには目をつぶるにしても、擬似ディズニーランド級に宇宙を貶めた映像演出、
快楽を欠いた活劇、クソ寒い説教と、正しい"子供騙し"のお手本。これでは宇宙にロマンの復権を求めるメンタリティの退行性を疑わせるばかりでは?
★★★★★☆☆☆☆☆
ほほえましい独り相撲の記録
とにかく不用意な作品で、脚本も作画もぐだぐだ。いつもの陳腐なトラウマ
描写と、結局「男の子の生きがいのため、かわいそうな女の子が都合よく必
要です」的な弱めの肉食系ナルシシズム構築に回収しちゃう絶望的な底の浅
さは擁護しようがない(笑)。ウェルメイドな空気系の時代に、手持ちの古い武器(セカイ系センス)で戦いたかったのだろうが、
結果は独り相撲の挙げ句惨敗、むしろ敵の強大さを証明した作品だが、その稚拙な突撃はある意味ほほえましい。
★★★★★★★☆☆☆
あからさまに近年のヒットアニメを彷彿とさせる設定をふんだんに導入して
いるせいで、麻枝シナリオの要である家族愛やトラウマすら、ただのガジェッ
トのように見えてくる。が、それでも物語全体に漂う「ガチ」な空気は、さすがKey&麻枝准というべきか。
さらに、Key原作だというだけで制作のP.A.ワークスの演出が「京アニ化」している現象は非常に興味深い。真似られる
★★★★☆☆☆☆☆☆
説明台詞偏重のアンバランスな演出や超展開を、美少女ノベルゲーム的な文
脈へのリテラシーで深読みできるか否かで見方は変わるが、連続アニメとし
てはやはり破綻。それを割り引いても、終わりなき学園的日常への執着と生
の一回性との葛藤を描くゲーム発のコアなオタク文芸特有の主題に、何か新しい展開を示せたとも言い難い
(例えばゆりの抵抗にはもっと別の掘り下げができそうだが......)。美少女ゲーム的想像力の枠組み自体が、もはや限界か。
読みやすい、読みにくい、というのは「美しい日本語」のようなものだと思っている。
ノベルゲーみたいな小説の類で、そういうのを求めるのは大衆迎合的で好きじゃない。
文体で読みやすさがどうだという議論ができるなら、夏目漱石など教材にすら取り扱われることはないはずだ。
あ、だからこそ取り扱ってんのかな。
「中島敦も夏目漱石も中身は問題じゃない。虎になろうが生卵投げつけようがどうでもいい。このクソわかりにくい文章を読ませて学生諸氏に免疫をつけさせないと」
という心理があるのかも。
またゲームも好きだから、家庭用ゲーム機を改造して、自分で作ったゲームを動くようにもしている。
ただプログラミングは大の苦手で、作るゲームはノベルゲームや簡単なRPGばかりだ。
自分が書いた文章を、少し時間をおいて見返したとき、そのわかりにくさに悶絶する。
「文章を書いた時の自分は何を伝えたかったのか」
「そもそもなぜこの”物語”を作ろうとしたのか」
そのようなことが全く伝わってこないのだ。
それでも僕の文章は相変わらず読みにくかった。
どうすれば”読みやすく”なるか。
どうすれば読者が”もう一度読みたく”なるか。
それを考える度に、僕は思考の坩堝にはまって抜け出せなくなる。
今一度、この文章も見返して、
また一度、僕は何を伝えたかったのか、わからなくなる。
読み終わった。
松岡修造「もっと本気出せよ全力になれよ。その先に見えるものはある。必ず!」
・もの凄く端的に言ってしまうと↑こういうお話。
・「あの丘の向こう」って↑こういう意味合いでしょ? 違うの?
正直、この物語の中では外連味程度にしか機能してないと思うし。
・結果的に本気出すのが、生まれついての才能持ちばかりなので、反発沸くのは分かる。でも英雄譚ってそういうものでしょ?
・行動に対して必ず何らかの価値ある結果が出るって羨ましいよね、と訳知り顔の俺がいた。鏡見ろ。
・すごく面白いライトノベル。ここで重要なのはライトなノベルであるということ。
ここまでライトな英雄譚は今まで無かった。だから受けるんだと思う。それ以上でもそれ以下でもない。
・長い長いと言われてるけど、ここまで短くできたことにこそ驚くべき。
・多彩な設定破綻と多彩な力業での誤魔化しは驚嘆すべき。超豪腕。誤魔化し方が非常に巧い。
その豪腕頼りが多彩な破綻を産んだとも言えるので、ただ賞賛するだけなのもどうかと思うけど。
・いろいろ言いたいことはあるけど、総括すると面白かった。
そうだね
2ちゃんねるとかでも美少女アニメのネタが真面目なニュース板で盛り上がることがあるけど、あれもそういう人たちが集まってるの?
さあどうだろう、いろんな奴がいるからね
??
この辺から何言ってるのか意味がわからなくなってくる
日本語もちょっとおかしい
何が?
政権バッシングと同じぐらいの熱でエロゲームの話題で盛り上がること?
そりゃ現実でやったら(特に女性のあなたの聞こえる範囲でやったら)無礼やセクハラになるね
現実では考えられないね
「それ」が何を指すのか分からない
エロゲーをやってるってこと?それなら少数派だよ
私は男性と付き合ったことがないから男性のことがわかりません。
都内の大学に通うようになり、パソコンでインターネットをするようになって色々知らない世界を知りました。
2ちゃんねるで驚いている私は異常ですか?
ぶっちゃけそんなこたあどうでもいいし、気にするようなことじゃありません
それより大学生になったんならネットより直に人に触れたほうがいいと思います
あとあなたは大学生にしては文章が酷すぎます
地の文が汚いし何を指してるのかわからん代名詞が多すぎるし論旨も乱脈で非常に理解し辛い
もっと読書や作文をしましょう
秋葉原って高校のときにクラスに何人かいた教室の隅でアニメのジュニアノベル読んでそうな人がいっぱい集まってるんだね。
2ちゃんねるとかでも美少女アニメのネタが真面目なニュース板で盛り上がることがあるけど、あれもそういう人たちが集まってるの? それとも「オタクって意外と普通の人も多い」の普通の人? なんかすごい真面目なニュース同じ場所で政権バッシングと同じぐらいの熱でアニメとかHなゲームの話題で盛り上がってるよね? 現実では考えられなくない? テレビを見たり街を歩いているだけじゃわからないけど実はそれが今の日本の男性の普通なの?
私は男性と付き合ったことがないから男性のことがわかりません。都内の大学に通うようになり、パソコンでインターネットをするようになって色々知らない世界を知りました。2ちゃんねるで驚いている私は異常ですか?
深雪真奈がよかった。
http://www.se-kirara.jp/index2.html
以下、ネタばれ含む。
このゲーム、ルート選ぶ順番でずいぶん印象が変わるんじゃなかろうか。
やった順番は、亜矢→真奈→泉→優→望美。
これはわりと当たりだったと思う。とはいえ、意見が大きくわかれるところだろうな。優ルートで張られた伏線を見ておかないと泉ルートの展開が唐突だし。
ということは優→真奈→泉→亜矢→望美かな?これはこれで最初がつらそうだ。
亜矢ルート
わりと王道なストーリー展開。ああ、なるほどこういうゲームか、と思うと他のルートで裏切られるw
これが一番よかったなー。こういうキャラ好きだし、ストーリーも起伏が適度にあってよい。
泉ルート
先にやった二つが、普通に学園ものだったので、予想外の展開に大笑いした。そして俄然興味が湧いた。
これも学園ものだったら、そろそろやめてたかも。説明不足のところがいくつかあった。
優ルート
選択肢多いわ納得いかんわバッドエンドにさくさく入るわでなんか疲れた。キャラとしては嫌いじゃないので残念。
望美ルート
泉ルートがああいう内容だったのと、他のルートをやってるときの望美の言動があまりにも非現実的だったので、ここも絶対なんかあると思ったら案の定。
というかまさかの本筋。
?
True endはいい意味で予想の上。斜め上かも。よもや平行世界を持ち出すか。
伏線がそれなりに張ってあったから、世界をひっくり返された感はなかったな。
必要かというと、そうでもないというか、ただのエロゲじゃねえんだよ!という力みが感じられる気もする。
全体として、統一感がないとみるか、5つのゲームが入ってるようなものと見なすか。自分には退屈しないでよかった。規模もちょうどいい。
そして、(広義の)アドベンチャーゲームの面白さを思い出した。ノベルゲームやりたいな。なにか異世界もの。エロはまあ無くてもいいや。