はてなキーワード: ニューヨーク市とは
翻訳は、村上の作品を組み立てる原理だとさえ言えるかもしれない。
彼の作品は翻訳されているだけでなく、翻訳についてのものだと考えられるのである。
村上的ストーリーにおける至上の愉しみは、とても普通の状況(エレベータに乗っている、スパゲッティを茹でている、シャツをアイロンがけしている、など)が
突然非日常(不思議な電話を受ける、魔法の井戸に落ちる、羊男と会話する、など)へ変貌するのを見ることだ。
言い換えるならそれは、登場人物が存在論的に盤石な立場から完全な異世界へと投げ込まれ、
たどたどしくも二つの世界の間をとりもつことを余儀なくされる瞬間だ。
村上作品の登場人物はある意味でいつも、根底から異なるいくつかの世界のあいだで翻訳をしている。
言い換えれば、彼の全作品は翻訳の作業を劇に仕立てたものなのだ。
村上の車の後部座席に戻ろう。
多くの企業の本社や、巨大な船のかたちをしたラブホテルを通り越していく。
およそ1時間後、風景は急峻な山道になり、私たちは村上の家に到着した。
木の生い茂る丘の上、山と海の間にある、こぎれいだが平凡な外観の二階建てだ。
靴をスリッパに履き替え、村上に連れられて彼のオフィスへと入る。
自らデザインした小部屋であり、『1Q84』のほとんどはここで書かれた。
同時にそこは彼の膨大なレコードコレクションの住処でもある。
(10000枚くらいだろうが、怖くて実際に数えてはいない、と彼は言う)
オフィスの幅広い壁二つは、床から天井までアルバムで覆いつくされている。
山々に向けて突き出している窓の下、部屋の端には巨大なステレオスピーカーが君臨している。
室内のもう一つの棚には村上の人生と作品にまつわる思い出の品々がある。
彼が『海辺のカフカ』で殺人者として想像したジョニー・ウォーカーを描いたマグカップ。
はじめてマラソンを完走したときの、くたくたの彼を写した写真(1991年ニューヨーク市にて、3時間31分27秒)。
壁にはレイモンド・カーヴァーの写真、グレン・グードのポスター、ジャズの巨匠の肖像がいくつか。
村上がもっとも好きなミュージシャン、テノールサキソフォンのスタン・ゲッツの写真もある。
私はレコードをかけてもらえないかと頼んでみた。
『1Q84』の始まりを告げ、その物語のなかで繰り返し鳴り響く曲である。
それは速く、アップビートで、劇的──まるで普通の曲が5つ、ペンキの缶のなかで決闘しているかのようだ。
同時にそれは熱狂し、ねちねちとした、暴力的な『1Q84』の冒険の主題曲として、もっともふさわしい。
村上はその奇妙さを買って「シンフォニエッタ」を選んだという。
「オーケストラの後ろにトランペットが15人いた。変だった。すごく変だった……その奇妙さがこの本によく合う。この物語にこれ以上よく合う音楽は思いつかない」
彼は何度も何度もその曲を聴いて、そして開幕のシーンを書いたという。
「シンフォニエッタを選んだのはまったく人気がない音楽だったからだった。でも本を出版してから、日本では人気が出た。小澤征爾さんに感謝されたよ。彼のレコードがよく売れたからね」
「シンフォニエッタ」が終わると、私は最初に買ったレコードは何か覚えているかと尋ねてみた。
彼は立ち上がり、棚をごそごそと探して、一枚のレコードを手渡してくれた。
「The Many Sides of Gene Pitney」。
カバーを飾るのは、華やかな姿の Pitney。60年代前半のアメリカのクルーナー歌手である。はまだらのアスコットタイに艶のある赤いジャケットを着て、髪型は崩れ落ちる波を凍らせたようにみえる。
村上は13歳の時、このレコードを神戸で買ったという(当初のものは擦り切れたため、何十年か前に買い直している)。
針を下ろすと、流れ出す Pitney の最初のヒット曲「Town Without Pity」。
劇的な、ホルンの即興とともに Piteny の歌声が黙示録的な叫びを歌う。
「若者にはつらいことがある、たくさんある/分かってくれる人がほしい/助けてくれよ/土と石でできたこの星が壊れるまえに」
終わると村上は針を上げ、「バカな歌だ」と言った。
『1Q84』を書いているあいだ、『1984年』を読み直したかと尋ねてみた。
彼は読み直したといい、それは退屈だったという。
(これが悪い評価だとは限らない。野球のどこが好きかと尋ねた際、彼は「退屈だから」と答えた。)
「始まりはいつも暗く、雨で、人々が不幸せそうにしている。コルマック・マッカーシーの『The Road』は好きだし、よく書けているけれど、でも退屈だ。暗いし、人間が人間を食べるし……ジョージ・オーウェルの『1984年』は近未来小説だけど、この本は近過去小説だ」
『1Q84』について「我々は同じ年を反対側から見ている。近過去なら退屈じゃない」
「オーウェルと僕はシステムについて同じ感じを受けていると思う」と村上は言う。
「ジョージ・オーウェルは半分ジャーナリストで半分小説家だ。僕は100パーセント小説家だ……メッセージを書くことはない。よい物語を書きたい。自分は政治好きな人間だと思うけれど、政治的メッセージを誰かに向けることはない。」
とはいえ村上はここ数年、彼にしては珍しく、政治的メッセージを大々的に言明している。
2009年、批判のなか彼はイスラエルでエルサレム賞を受賞しに行き、そこでイスラエルとパレスチナについて語った。
この夏、彼はバルセロナでの受賞式典の機会を利用して日本の原子力行政を批判した。
一度目はまったくの被害者としてだったが。
バルセロナの演説について尋ねると、彼はパーセンテージを少し修正した。
「市民として言いたいことはあるし、求められればはっきりと言う。あのときまで原発について明確に反対する人はいなかった。だから自分がやるべきだと思った。自分にはその責任がある」
演説に対する日本の反応は概ね好意的だったという。
人々は津波の恐怖が改革への媒介となってくれることを、彼と同じように、期待していたのだ、と。
「これは日本にとって転機になると、日本人のほとんどが考えていると思う」
「悪夢だけれど、変化のチャンスでもある。1945年以来、僕たちは豊かになるために働いてきた。けれどそれはもう続かない。価値観を変えなければならない。どうやって幸せになるかを考えなければならない。お金でもなく、効率でもなく、それは人格と目的だ。いま言いたいことは1968年から僕がずっと言っていることなんだけれども、システムを変えなければならないということ。今は、僕たちがまた理想主義者になるべきときなんだと思っている」
その理想主義はどんなものか、アメリカ合衆国をモデルケースとして見ているのか、と尋ねた。
「いま、僕たちにはモデルケースがない。モデルケースを作り上げなければならないんだ」
地下鉄サリン事件、阪神大震災、そして今回の津波……現代日本の数々の災害は、驚くほどにまで村上的だ。
地下での暴力的な衝動、深く隠されたトラウマが大量破壊を引き起こすものとして現れ、地上の日常を襲う。
彼は深さのメタファーを多用することで知られる。
登場人物たちはカラの井戸に降りていき、東京の地下トンネルに生きる闇の生き物に出会う。
(彼は別のインタビューで、井戸のイメージをあまりに何度も使って恥ずかしくなったため、8作目以降、できるだけ使わないように心がけたと話している)。
毎日机に向かい、集中力に満たされたトランス状態の中で、村上は村上的キャラクターになる。
それは、自らの無意識の洞窟たる創造性を探検し、見つけたものを忠実に報告する、普通の人物である。
「僕は東京に住んでいる。ニューヨークやロサンジェルスやロンドンやパリのように文明的といっていい世界だ。
魔法じみた状況、魔法じみた物事に出会いたければ、自分の中に深く潜るしかない。だから僕はそうしている。
魔法的リアリズムとも呼ばれるけれども、自分の魂の深みのなかでは、それは単なるリアリズムだ。魔法ではなく。
書くときには、非常に自然で、論理的で、リアリスティックで、合理的に感じる。」
執筆しないとき、自分はどこまでも普通の人だと村上は強調する。
彼の創造性は「ブラックボックス」であり、意識的にアクセスすることはできないという。
彼はシャイであり、メディアにあまり登場したがらない。道端で読者から握手を求められた時にはいつも驚く。
人が話すのを聞くほうが好みだと彼は言う。
実際に、Studs Terkel の日本版のようなものとして彼は知られている。
1995年サリンガス事件があったとき、村上は被害者65人と被疑者らを1年かけてインタビューし、
その結果を分厚い2冊組の本として出版した。
のちにそれは『Underground』として、大幅な簡略化をしたうえで英語に翻訳された。
この会話が終わったとき、村上はランニングに誘ってくれた。(「僕が書くことについて知っていることのほとんどは、毎日のランニングを通して学んだ」と彼は書いている)
身軽で、安定していて、実践的だ。
たがいの走り幅がつかめて1、2分たつと、村上は自分が単に「丘」と呼ぶところに行ってみないかと尋ねてきた。
それは試合の申し込みか警告のように聞こえた。
そんな言い方をした理由はすぐに分かった。
というのもまもなく「丘」を登り始めることになったからだ。
もはや走るというよりは、急な坂にさしかかって足をとられているというほうが近く、
地面が傾いたランニングマシーンのように感じられた。
道の終わりに向けて一足踏み込むと同時に私は村上に向けて「大きい丘でしたね」と言った。
そこで彼は指をさして、先にジグザグ道が続いており、私たちはまだほんのひと曲がり目を終えたにすぎないということを教えてくれた。しばらくして、二人の息が切れ切れになってくると、このジグザグ道には終わりがないのではないかと心配になってきた。
上へ、上へ、上へ。
しかし、やっとのことで、私たちは頂上に着いた。
海ははるか下に見えた。
それは秘められた巨大な水世界、日本とアメリカのあいだの、人が住まない世界だ。
その日見たかぎり、水面は静かだった。
そして私たちは下りを走り始めた。村上は村を通る道に誘ってくれた。
大通りのサーフショップ、漁師の家がならぶ界隈を通り過ぎた(彼はそのあたりの庭に古くからの「漁師神社」があるのを指差して教えてくれた)。
空気は湿っていて塩のにおいがした。
私たちは並んで浜まで走った。
村上がかつて名もない翻訳者だったころセントラルパークでジョギングをともにしたジョン・アーヴィングについて話をした。
セミについても話をした。
何年も土のなかで生き、地表にぽっと出て、わめき、最後の数ヶ月を木の上で過ごすのは、どんなに変だろうかと。
走り終えて家にもどると、私は村上の来客用バスルームで着替えた。階下で彼を待つ間、食堂のエアコンの風を受けて立ち、大きな窓からハーブと低い木のある小さな裏庭を見ていた。
最初それは鳥 – おそらくはその飛び方からして変な毛をしたハチドリのようにみえた。
が、すぐに2羽の鳥がくっついているようにみえだした。
飛ぶというよりはふらついているといった感じで、体の一部がそこかしこから垂れ下がっているようだった。
最終的に、それは大きな黒い蝶だと私は結論づけた。
見たことがないほど変な蝶だった。
浮かびながら、異星の魚のようにひらひらしつづけるその姿に幻惑させられ、
私はそれを既知の何かに分類したくなりかけたが、成功することはなかった。
それはひらひらと、およそ村上と私が走った道を引き返す形で、山から海に向けて飛び去った。
蝶が去ってまもなく、村上は階段を降りてきて、食堂のテーブルに静かに腰を下ろした。
見たこともない奇妙な蝶に遭遇したことを伝えると、彼は自分のボトルから水を飲み、私を見上げて言った。
「日本には色々な蝶がいる。蝶に会うのは変なことじゃない」
・・・要するに衛生条件と動機づけ条件をわけろってことでおk?
「人間はネズミではない」という、当たり前の事実が忘れられるとするなら、よくありません。
「動機づけとは、教育の手段ではなく、目的である」ということです。
例えば、子供に勉強をしてもらいたければ「知りたい!」という動機づけをすることが必要なわけです。
ところが、勉強を「させる」ために、しばしば用いられるのは、誰かに勝ちたいとか、褒められたいとか、ご褒美をもらいたいといった手段としての動機づけです。
この背後にある問題を考えるため、以下、本書の記述をピックアップしてみます。
・アメによって反応を引き出せはするが、同じ行動をさせ続けるためにはアメを与え続けなければならないという事実そのものが、
アメの長期的効果(あるいはその欠如)についてのカギを提供しているのではないかということである。(p25)
・ごく幼い子供たちにはコントロールをもって対することも必要なときがあろうかと思う。
最低の基準として、例えば三歳児がよちよちと表の通りに出て行こうとするのを見過ごすわけにはいくまい。
しかしコントロールに頼る前に、それほど強圧的でなくもっと相手を尊重した世話の焼きかたはできないかどうか、しっかりと確認すべきではある。(p49)
・報酬と罰とは基本的に同じようなものである。現代の社会心理学の創始者であるカート・ルーインが言うように、
両方とも「そのときの自然の場面からは生まれないような行動」を引き出そうとするときに使われる。
さらに、長期間にわたって見るとどちらもまったく同じ様相を示すことが分かる。
つまり、こちらの望むような行動を続けさせるためにはやがて賭けるものを上げ、報酬なり罰なりをどんどん増やしていかなければならないのである。(p74)
・親が子供に、ずっとおとなしくしていれば日曜日にサーカスに連れて行ってやると言ったとする。
土曜日に子供が親の気に入らないことをした場合、親がよく使うせりふは、「そんなことをしているとあしたのサーカスはだめだぞ」であろう。
褒美をご破算にするということの脅しが、罰を与えるという脅しと同じ機能を持っているのは明白ではないか。(p77)
・報酬は、ひいき目に見ても、こういう協力や仲間意識を促進するのになんの役にも立たない。
アメを奪い合うときには必ず「争いと嫉妬」の底流が生じるのであって、それはすでに二世紀近くも前にニューヨーク市の教育者たちがある行動修正プログラムが実施されているのを見て出した結論でもあった。(p80)
・報酬主義の問題は、報酬を与える場合、そもそも問題がなぜ発生したかに注意をすることは全然必要でない、という理由である。
子供が泣きわめいている原因、生徒が宿題をやって来ない原因、従業員が気の乗らない仕事ぶりをする原因を考える必要はなく、ただ該当者を買収するか脅すかして活を入れればいいことになる。(p87)
・「こうすればあれをあげるよ」と言えば、関心は「これ」ではなくて「あれ」に行ってしまう。
従業員に給料袋の中身について考えさせたり、生徒に通知票のことを心配させたりするのは、創造性を重んじようという場合にはほぼ最悪の戦略である。(p99)
・先生は肩をすくめて、「試験に出るよと言わなければ、子供たちは覚えようとしないわ」と言う。
経営者は、キチンとした仕事をさせるためにはボーナスを出さなければダメだと主張する。
親は、子供が誘因なしでも「やるべきこと」をやるだろうと期待するのは現実的ではないと信じている。
しかしもう一度考えてみよう。そういった言い分は通俗行動主義を擁護するものではなく、教室や職場の設定のしかた(あるいは人々がなすべく要請されていること)に何か大きな間違いがあることを示すしるしなのだ。(p123)
褒めたり操ったりすれば、その自然な動機づけを押し殺し、そのかわりに盲目的従順や機械的学習態度や権威に対するあからさまな反抗を生み出すだけである。(p142)
・大抵のおとなが褒め言葉を連発しようとするのはなぜなのか。
褒めることは安上がりで簡単なのだ。
それとは対照的に、技術と工夫と配慮がなければ、人を励ましてしかも今やっていることへの興味を持続させ、その上コントロールされているとは感じさせないようにすることはできない。(p168)
・一般に報酬というものが業績を伸ばすのに役立たず、しばしば業績を妨げることは、いろいろな種類の仕事において見られるが、それは特に創造性を要する仕事において著しい。(p182)
・仕事にほかのもっと重要な面で欠けているところがあると、次善の策として給料の額が重視される傾向がある。
つまり、課題が本当におもしろく意味のあるものでなかったり、自分のやることを自分で選べなかったり、社会的な支持が得られなかったり、自分をみがき自分の能力を発揮する機会が与えられなかったりすれば、
給与がいくらかということに目が行きやすいということである。(p197)
・強調しておく必要があるのは、こうした事情があるからといって、経営者が給料を出ししぶるのが正しいということにはならないという点である。
だれも給料は十分かつ公正であってほしいし、いちばん単調できつい種類の仕事をする人たちは特に高い給料を望むように見えよう。
しかし金こそが人間を動かすと考えることは、人間の動機づけというものを貧しく解釈することになろう。(p200)
・家庭でのものごとを自分で決め、自己決定の感覚を持つ機会を親からあまり与えられていない子供は、学業成績もあまりふるわないということも明らかにされている。=私はそうでもなかったけどな。多分日本のテストはバカ向けなんだな
こうした事実は何を意味するのか。基準を厳しくしたり、点を辛くしたり、誘因を増やしたりすることは、益よりは害になるということについては強力な証拠がある。(p225)
・自分がどれぐらいよくやっているかを気にしている人は、自己概念をかけているということがある。
自分を利口だとか有能だとか思っている自己イメージは、一定の活動水準に達しないおそれがあれば危険にさらされることになる。
そういう自己イメージを守ろうとすると、普通は、自分の最善を尽くしたいという欲求を犠牲にすることになる。
そういう欲求は危険だと思われるのである。やらなければ失敗もしないわけだ。(p233)
望ましい行動を取らせるために報酬というニンジンを与えることは、その人が持っている「行動そのものへの興味」を殺し、ニンジン中毒を作り出してしまう可能性があるのです。
僕たちは、これを慎重に回避するための方法を学ばなければなりません。
「うれしいな、月曜日だ」と思える人生を、より多くの人に実現してもらうということが、教育に関わる人の責務であり、それは人生をかけるに値するものです。
上を書いた増田だけど、その中に書いたニューヨークタイムズの記事が検索したらすぐ出てきたのでリンク。
http://www.nytimes.com/2007/08/03/nyregion/03women.html?_r=1&scp=1&sq=men%20women%20income%20gap&st=cse
記事によると、2005年の21歳から30歳までの全米の男性の中位所得は女性のそれを上回っているが、ニューヨーク市だと女性の中位所得は男性のそれを上回っているのだそうだ。なぜかといえば、ニューヨーク市で働く20代女性の53%が大卒だか、20代男性の大卒率は38%だから。つまりニューヨーク(やその他の大都市)の20代をみると女性は男性よりも高学歴の集団なので、高所得になるわけだ。もちろん全米でみると話は違うわけだが。しかしアメリカの大学進学率は女子の方が男子を上回っているそうなので、この女子の高学歴・高収入化が全米に広がるのも時間の問題なんじゃないかな。
で、日本の話だけど、トラバにある、女子学生の平均が男子よりもりもいいのは昔からでは、というのは俺もはっきりしたデータは知らないけど、印象としては同意する。それから、実は平均はともかくトップ(とあとボトム)は男子学生というのも、実感としては同意。これもデータは知らないけどね。ただいまのところ日本では女子の大学進学率がまだ男子よりも15%ポイントくらい低いようなので、アメリカのように女性が集団として男性よりも高学歴・高所得化する傾向が見られてこなかったし、まだ等分はないのだろうが、それでも女性のほうが真面目という状況がかわらないまま、女性差別の減少による女性の大学進学率上昇が続けは、いづれは日本でもそういう事が起こるのではないかという事がいいたかった。そうなったら、男性が集団として弱者になってしまうが、そうなった社会というのは果たしてどんなものなのかというのは、興味がある。
これか
社名:電通ホールディングスUSA (Dentsu Holdings USA, Inc.)
資本金:US$30,662,000 (約36億7,900万円)
設立:1983年4月
取締役:取締役会長 重田豊彦(非常勤・電通 国際本部米州統括室長)
取締役社長 吉田洋(電通 財経本部 経理局 出向 シニア・プロジェクトマネージャー)
従業員:11名
http://www.dentsu.co.jp/news/release/2007/pdf/2007044-0622.pdf
付き合いが悪くて解雇じゃなくて解雇に伴う怨恨による訴訟にも見えるが。
JapanTimesでしか"Steve Biegel"氏が検索にかからないのも気になる。
8000万買って3パーセント上がれば
240万じゃん。硬い株でもそれぐらいは動くんだし
銘柄の視野広げて分散した方が精神的に楽で儲かりやすいじゃん。
300円の株309円で売れれば3パーセントなわけだし
8000円でアドバン買って240円上がるのと同じ率じゃん。
こういう昔からある地味な株も資金増えたら重要だなと思ったよ。
cisは400万の時と同じように売買してるんだろうけど
400万で10万損してもそんなにショックでもないけど4000万で
100万損するとショックだからね。1日50万でも1年で1億稼げるわけだし。
焦らずかんばろう。
俺の感じだと10時ぐらいまでの
値動きの激しい時間帯はデイトレに徹して、その後はスイングできる株があるかどうか
スイングするべき地合かどうか冷静に判断しながらやればいいのかな??って感じ。
時間帯によっての値動きの特徴、要はデイトレ向きの時間帯かスイングすべきかどうか
判断する時間帯かって分けて考えて、一日の資金振り分けた方が長い目で見て
資金効率がいいような気がするYO。っても俺はデイトレのセンスないんで
デイトレだけでも資金効率いい人もたくさんいるだろうからなんとも言えないけどね。
180万から3年半かけて3億達成。
売りでも買いでもとれるほど器用じゃないので
信用枠は開かず現物だけの売買に徹したのが良かったのかもしれません。
+430万円
今月の取引回数1500回以上。
今月取引した銘柄数250以上。
今月は長く感じたー。今までの中で一番長く感じた月かも。
今月はほんと疲れました。
すいません。3月は1日平均70回以上のペースでした。
しかも、デイトレは買った後弱くなった銘柄などの損切りぐらいで
ほとんどスイングばかりでこれです。すいません。
一日30??50銘柄ぐらい持ち越して次の日の朝っぱら利益確定or損切りして
またその日強い株探して持ち越して次の日、利益確定or損切りの繰り返しでした。
三月は相場が良かった影響か、平気で2億円??3億円持ち越してたんですけど
次の日、持ち越し株全体で数百万利益が乗った場面で一度手仕舞わないで
いられるほど精神力が強くないのと、最近は順張りの持ち越しが多いので
勢いある内に手仕舞って他の順張りできる株探すって感じだったんで
一度以上売買した銘柄数は250銘柄以上になりました。とにかく流動性
ある株は新興市場でもボロ株でもハイテクでも金融株でも重厚長大産業の株でも
ファンダ気にせずなんでも買う人なんで売買した銘柄数も売買回数も多くなりがちです。
三月はほとんど休みなくこっちのセクターがふいたり、あっちのセクターがふいたり
ボロ株がふいたり、新興市場がふいたりで付いていくだけで大変で、すごい疲れ長く
感じた月でした。まあ、今みたいに30??50銘柄平気で持ち越して
2億円??3億円平気で持ち越す売買のスタイルが下げ相場で通用するとは
思ってないんですが、今の相場は下手糞に徹した方が儲かる事が良く感じがするので
自分であまりよい取引スタイルじゃないかもなと思いつつ下手糞売買に徹して
儲けてる感じですね。株の恐さ分かってるうまい人ほどこの相場には中途半端にしか
乗れてないかもしれませんね。アホになった方がいい時にはアホになって
株の恐さ知ってるうまい人だけが儲かる相場になったら今の取引スタイルは
やめた方がいいかなと思ってます。長文すいません。
数百万の時は1銘柄か2銘柄しか買わないで大胆そのものでしたが
てか3000万位までは余り分散してなかったですね。
資産が3000万円台から6000万円台に一気に増えたんですが
一気に6000万円台まで増えたせいで、すぐにはあまり分散投資しないで
大胆に取引してたせいで資産の乱高下が激しくなって分散投資の大事さを
思い知ってそれからは余り1銘柄2銘柄に資金集中させるという
大胆な取引はしなくなりましたね。新興市場の株をこんなに買うのが
大胆なんだよって言いたいのかも知れませんが、私の場合買いたい株がいっぱいあっても
最初から全財産を投入するわけじゃなくて、例えば最初にこりゃ強い取り合えず
2億円分ぐらい買うかって感じで買った後、それらの株がかなり含み益を出してきて
しかも下がりそうもない場合にもう1億円他の買いたかった株を買い
更に含み益が出たらもう1億円出遅れ気味で下値リスク少なそうな株を探して
買うかって感じでやってるんで、今の買いたい株がわんさか出てくるような地合じゃない限り
こんなに買わないですし買えません。こういうスタンスでやってきたんで銘柄の視野はかなり
広くなりました。てか1銘柄2銘柄に4億とかいく大胆な取引できないですし
つねに株の恐さを頭に入れながらやってるんで自然にこういうスタイルに
なったって感じですね。含み益が乗らないと買い増やさないんで
見た目ほどリスク少ない取引なんですけどね。
常に監視してる株は当然ありますがそれらの株に
あまりこだわるわけじゃなくて場中と昼休みに
マケスピのマイページ2、3枚分銘柄数で大体60ぐらい
を登録して昨日まで見てもいなかったような株を
監視しまくりって感じですね。流動性があって上がりそうな株なら
なんでも買いますね。なんかやたら上がってる株ばかり上がる地合なんで
昼休みは上がる株は逃すまいと必死ですね。
成り行きはあまり使わないですね。
30銘柄持ち越して寄りで処分するとしたら3銘柄でしか使わないです。
例えば1円台から499円までは朝買い気配、売り気配で寄らない場合は
気配値5円づつ動きますよね。
寄り前の気配値、前日のアメリカ市場、相場全体の気配値からその株が
前日比どれぐらいで寄るか大体予想つくんで例えばこの株10円高で寄るな
と思えば9円高の値段で指値して5円安で寄ってしかも寄り天っぽいな
と思えば6円安で指値するって感じですね。
銘柄多くてもそんなに大変でもないんですけどね。
でも確かに下がり出してから売り出すとかなりやばいです。
その分寄りである程度処分しなきゃいけないんで利益率は
それほどでもないんですよね。
だから今の地合じゃなきゃこんな取引通用しないような気がします。
しながら買っていってその中でも強いセクター
感知してマイページにセクターごとに流動性があって値動きの
そこそこあるのを集めた中から鉄鋼セクターのページ見て鉄鋼中心に
買っただけなんだけどなぁ
>>33
別に嫉妬とかやっかみだなんて思わないですよ。
証拠を見せたわけではないので疑うのは当然だと思います。
私が180万から1億にする過程ではすごい下げ相場でしたが
現物のみの短期の逆張りで簡単に儲かりました。というのは私は逆張りが好きで
株は逆張りが有利だと思っているからです。
その理由は例えば短期筋が順張りする場合(この話の短期は一泊二日長くて二泊三日の短期です)
その株が動意づく前に買ってた人を1とすると、その株を常に監視して
上がり出す雰囲気を感じてまだ大して上がってない時に、勇気出して買う人を2として
その後、完全に上がり出したのを確認してその株が次の日も、上がると思って買う人を3
その日の高値で買う人を4とすると、大体そういう動意づいた株のその日の出来高の推移を見ると
3??4の間での出来高が多い気がします。そして次の日買い気配で始まれば
その寄りで買う人を5、寄った後に更にそれより高値で買う人を6とすると
短期のつもりで3??4の間で買った人は良くて6の人に売って利益を出すって感じですが
これでは1で買った人の膨大な利益には到底及びません。しかし、1の段階で買ってる人は
長期の人でしょうから、資金効率的なリスクを負っているので短期のつもりで3??4
の間で買う人の投資方法も、1の人と比べて悪いわけではないでしょう。
一泊二日の短期での順張りでは到底1の段階で、買うことは難しくコツコツ
細かい利益を積み重ねる感じになる気がします。細かい利益と言っても
1%??6%ぐらいはいける気がしますが。
一方、一泊二日の短期の逆張りに目をやると
過去の25日移動平均線から何パーセント乖離したところで株は反発するのか?
相場の雰囲気がいいから乖離が浅めでも反発するんじゃないか?相場の雰囲気が悪いから
今回の乖離は相当きついところまでいくんじゃないか?出来高はどうか?
ボリンジャーバンド的にはどうか?などを考慮して底を見極め買うことができれば
一泊二日の短期なのに短期売買での順張りでは買うことの難しい
動意づく前の水準である1の段階と同等の水準で買うことができるのです。
底打ったかな???ぐらいで買う人は、短期の順張りで言えば2の人ぐらいで
完全に底打ってから買う人は短期の順張りでは3??4の人に相当すると思います。
私は一泊二日の短期なのに短期の順張りでの1の水準で買えるおいしい相場が
下げ相場だと思っているので下げ相場でも上げ相場でも現物だけでもいいかなぁって感じです。
落ちてるナイフは危険じゃんという意見もあるでしょうが、前の日までのマイナス乖離のきつい株が
当日もそれなりのマイナスである場面で、自分のテクニカルの判断で反発すると
思ってる株を買ってもその日、そこから更に下落するのは余地は少なくなり、上がりそうもなければ
さっさと損切ればいいわけです。私の感覚ではただでも乖離のきつい株がダウやナスの下げなどで
朝から結構売られてれば、そこで買っても損切り早ければそんなにリスクを感じません。
むしろ短期の順張りでの1の水準で買えるかもとわくわくします。
こんな感じで180万から1億までは逆張りで儲けた比率がかなり高いです
そこからは去年の上げ相場でアホになって順張りして儲けた感じですね。
ってもそれまで逆張りで儲けてきたのでかなりビビリ捲くりの順張りでしたから
利益率はそれほどよくないです。
じゃあこっちで説明しますね。
まずどうして一発当てるとか、ナンピンとか一回でも失敗したら
終わりという話になるのか分からないです。
この短期投資で使うのは当然日足です。
01年でも02年でも過去の下げのきつい株の日足を見てもらえば分かりますが
株というのは一直線では下がりません。下がる過程でほとんどの場合短期の
反発があるんです。それは個別株のそれぞれ特徴によって違いますが25日移動平均線
からの乖離率、ボリュームレシオ、RSI、ボリンジャーバンドなどから
ある程度反発するパターンがあります。これらの満たしただでも反発するパターンに
入ってる下げのきつい株が、アメリカ市場などの下げで朝安く始まるとします。
その安い場面で買った株がその日そこからさらにガンガン売られる可能性は
低くなります。しかしゼロではありませんし、更に売り込まれる可能性もあるでしょう
その場合その日も安値圏で引けて次の日も下がりそうならその日の内に損切り
されるのは当然です。しかし損失は朝の安い場面で買った株なのでそれほど膨らみませんし
次の日も安く始まればまた買いますし、上がってしまえばあきらめればいいでしょう
思惑通り反発すれば1??2日で7??12%ぐらいは楽にいけましたよ。
大きく当てるというのは1銘柄で倍狙いの長期投資の逆張りの事でしょうか?
それなら、ナンピンやら一回でも失敗したら終わりという理論も分かりますが
短期の逆張りなのでそういうことはないですよ。
大きく当てたといえば01年の12月の低位株の大暴落時のリバウンド狙いですね
この時は11月の末時3500万円ぐらいの資産が12月の終わりに
一気に6000万円台まで増えました。25日移動平均線からの
乖離率ランキングで30%以上乖離した株が多数あり中には60%以上
乖離してる株も何個かありました。クラリオンとか福島銀行、住友重機械工業とか
かなりの銘柄が暴落してたんでなに買っても儲かる感じでしたよ。
01年の始めは300万位でしたよ。
>25日移動平均線からの乖離率への戻りには限界があり時間がかかります。
戻りにはというのはどこまでの戻りを想定してるんでしょうか?
私の場合は30%乖離した株が15%乖離に収縮すれば十分に逆張り
成功ですけど。そこまで戻れば他の乖離のきつい株にシフトしてましたよ。
135??140万円どころまで落ちてきてから反発するっていう前提が
意味分からないです。
>>815
でも説明してますが1日2日の短期での反発狙いですよ。
買った後反発もしないのにいつまでも25日移動平均線が
落ちてくるのとにらめっこなんかしてないですよ。
そんなことしてたら01年と02年の相場では
25日移動平均線135??140万円どころまで落ちてきたら
さらにまた乖離率??30%目指して株価下がっちゃいますよ。
いつまでも上がらない株持ってるほうが資金効率悪いと思いますが。
乖離率がきつければきついほど反発しやすくなるのは
当然ですが、その時の地合によって買うべき乖離率の
水準はだいぶ違ってきます。01年や02年の相場では
安心して買えるのは35%以上の乖離率という感じでした。
35%乖離した株を買い反発したところで売り
その段階でその株の乖離率は15%前後になり
しばらくするとまた30%以上の乖離率の水準まで
落ちてまた反発狙いで買いの繰り返しでした。
15%も乖離したら反発しちゃうって感じでした。
というより、乖離率を見て逆張りすべき場面すら余り
する場面は何回かありましたが、2年前3年前と比べると
地合が良すぎて東証一部の株で30%以上乖離している株が
うじゃうじゃあるような状態は、あまり記憶にありませんね。
その時の地合に合わせてどの程度の乖離率で株が反発するのか
を自分の相場観にしたがって判断していけばいいと思います。
チャートは極力単純な方がいいと思います。
結局、株は上がるか下がるかだけの話なので
上がるか下がるかの予想が付けばそれでいいのです。
むしろ複雑にチャート分析をしすぎてこっちの指標的には買いだけど
こっちの指標的には微妙なんだよなぁという状態になり買い場を
逃すようなことになっては本末転倒だと思います。
株を探すのに集中した方がいいと思います。
株で重要な要素の一つは銘柄の視野の広さだと思います。
銘柄の視野が狭ければ有効利用はできないからです。
まったく同じ実力のAさんとBさんがいたとして
Aさんには10銘柄しか取引可能な銘柄がなくて
Bさんには100銘柄取引可能な銘柄があるとしたら
おそらくBさんの方が1年後資産を増やしているのでは
ないでしょうか?チャート分析上、上がるか下がるかの
いかに多く見つけられるかが重要だと思います。
教えたと言っても単に乖離率について大まかに話しただけですからねぇ
leyさんがかえって混乱されたのならほんと心苦しいばかりです。
乖離率は単に数字だけを見て、どの銘柄も横一列に並べてはだめなんです。
まず、セクターによっての乖離率の特徴。このセクターの銘柄群は移動平均線に
比べて乖離しやすいから買うべき乖離率の目安も厳しめに設定しなければ
いけないとか、このセクターの銘柄群はいつもあまり乖離しないから
それほど乖離率が厳しくなくても買いを狙えるとかですね。
しかし、これはかなり大雑把な区分けでここから更に同じセクターでも
乖離しやすい銘柄群、乖離しにくい銘柄群の判断をしていくことが重要ですね。
01年を例にとって説明すると乖離しやすかったセクターは
あとはセクターではないのですが低位株全般。店頭の銘柄。今と違って銘柄数は
多くなかったですがマザーズの銘柄。このあたりでしょうか。
例えば小売セクターではバブル崩壊以降に上場して99年に急騰した
100株単位の銘柄群の乖離率がきつかったです。私は22%??28%以上乖離した
段階から買い候補に入れていきました。小売セクターが売られている時は
これ等の銘柄群の乖離がきつかったです。
サービスセクターでも同じような銘柄群の乖離がきつかったです。
こっちは22%??30%以上の乖離率から買い候補に入れていきました。
銀行セクターは20%??30%以上。店頭銘柄のIT関連以外でバブル崩壊以降に
上場した銘柄群は22%??32%以上の乖離。店頭のIT関連は25%??45%以上の乖離。
マザーズの銘柄群は28%??60%以上の乖離。
これはこれだけ乖離してやっと買い候補に入れるというだけで
アメリカなどの下げで更にここから売られてやっと買うというスタンスでした。
同じような銘柄群でも率に開きがあるのは流動性など個別に判断していかなければ
いけないからです。
これは99年、00年に急騰した株が多くあり、更に01年の厳しい下げ相場が前提の
設定で、強い相場ではなんの意味もないですし、またいつかきつい下げ相場が来るとしても
次に乖離のきつい下げをするのは上に上げたセクターや銘柄群とも限りませんし
その時の乖離率の設定もまた変わると思います。
01年だけ見ても地合のいい時もあったので素直に順張りもしましたし
乖離を甘めに判断して買うべき地合もありました。乖離率の判断は常に
流動的でした。
私が01年の下げ相場で一番きつい下げだと感じたのは
01年12月の低位株の下げですね。それなりに流動性もあり歴史もある
銘柄群なので普通なら25%も乖離すれば喜んで買う感じでしたが
低位株の1円に対する率の重さ並びに次から次へと30%以上乖離する株が
出てくる現状を目の当たりにして、これはすごいことになると思い
大量に出た所で35%??65%以上乖離した株を
買い捲りました。この時は指数的には地味な動きだったんで
あまり話題になりませんが、25%以上乖離した株があれだけあった
ことは乖離率を見るようになってからは記憶にないです。
リバウンドも一泊二日か二泊三日で1,5倍すごいのは2倍近く
上がるのもありました。
この時に25%の乖離で喜んで買っていたら大損していたかもしれません。
結局はその時の地合の見極めが大事なので
単に乖離率だけを見て逆張りでの買いを狙うのはお勧めできません。
ある程度の強い相場なら素直に強い株を探している方がよっぽど楽だと思います。
厳しい下げ相場がきたら、こういうやり方もあるんだな
まあ、俺は下げ相場になったらなにもしないけどね程度に思って
いればいいと思いまよ。ほんとに。中途半端に乖離率の事を書いて
かえって混乱されたのならすいませんでした。
>>777
彼はうますぎなんで
私ではライバルになりません。
>>778
地合次第。01年、02年は8割逆張り。
03年04年は8割順張りって感じかなぁ
日足ベースですよ。
というかデイトレが下手なんで
自然にそうなっただけですが。
スイングで買う時も値動き確認してなかった
株は分足も見ますけどね。
マケスピで個別銘柄右クリックして
チャート確認してるだけですけどね
2年前3年前なら話にならない水準だけど
今の地合だとこんなもんで反発しちゃいますね
後、高値からだいぶ下がった水準での乖離なんで大して
乖離しないというのもありますね。
>>880
そうすっね。
>>725
報告してきました。
>>727
その頃は長い下げ相場だったので大体買い候補に上がる
乖離のきつい株があったのと300万ぐらいなら
小型株でも1銘柄で全力で行けたので毎日全力に近かったです。
>>719>>720>>724>>729
まだleyさんやたいちょうさんと会うと決まったわけではないので
なんともいえないです。会うとしてもleyさんやたいちょうさん
含めても4人か5人ぐらいが限界。
住友軽金属とネットマークスとトスコで500万位食らいました。
leyさんは無理にスイングして、自分のペースを乱さないようにしてくださいね。
スイングで儲けた金を損したくなくて、デイトレが消極的になったり、その逆に損を
取り返そうとしてデイトレで無理したり、スイングする株探してたら、デイトレのタイミング失ったりして
本業のデイトレに支障がないように気をつけてください。自分の性格、年齢、環境などを考慮して
自然に身に付いた自分の手法を崩さないでくださいね。自分に合った方法が一番だと思いますよん。
たまに、その銘柄を買っている人がパニックに陥るような暴落が起きることがある。
左の銘柄(石井鐵工所・福島銀行・クラリオン・東京テアトル)のほか、01 年末の宇部興産、02 年半ばの大手銀行株などです。
ところが、この暴落時が絶好の買い場なんですよ……。
株価がジリジリと下がる状況を受け、ある人が損失に耐えられなくなり、株を売りますよね。
すると株価はさらに下がり、これを受けて別の人も損失に耐えられなくなって株を売る、すると別の人も恐怖に駆られ……。
最後には、売ろうと思っていた人がほぼ売り尽くしてしまい、これ以上は売る人がいなくなる。
そして”この安値なら買いだ”と判断した人が殺到し、一時的に暴騰するんです。
これを”リバウンド”と言います。
これ(乖離率)が 28 ?? 68 %(市場やセクター、地合いにより異なる)を超えると異常な高値、安値を付けているとある程度判断できます。
株価は不思議なもので、会社の価値は何も変わってないのに、その日のニューヨーク市場や先物の動向など、相場全体の雰囲気で上下するんですよね。
仮に鉄鋼株を例にとると……たとえば相場の雰囲気がいい日などは、住友金属、新日本製鐵、神戸製鋼所、JFE ホールディングスなど、その分野の主力株が軒並み騰げるんです。
連れ高にはパターンがあるんです。
たとえば鉄鋼なら、前兆として上の 4 社のどれかが、日経平均とともに騰げ始める。
しかしこの前兆段階だと、他の 3 社のどれかが、まだ騰がってなかったりするんです。
そんなときすぐ買いを入れるんですよ。
騰げるときには相場全体が一気に騰がるから、連れ高を利用した方が儲かるんです。
それ(連れ高が予測される瞬間を具体的にどう見極めるのか)ばかりは様々な企業の値動きを 1 日中見て”体得する”ほかないですね。
毎日これ(登録銘柄リスト)を見続けると”一気に下がっていたハイテクが値を戻し始め、すると日経平均が上がり、相場が強くなってきたのを受け鉄鋼も騰げ始める”というイメージが湧くんです。
儲かったのは僕の実力じゃなくて、単に時代のおかげ。
(IPO 銘柄は)インターネットの情報サイトで、どんな会社か、予想価格はどれくらいかを調べているだけですよ。
複数のサイトの予想株価と相場の雰囲気を総合すれば、今後の展開はだいたい読める。
どちらかといえば、先物が動いた瞬間、どれだけ早く反応できるかの勝負ですよね。
(注文を出す場面になると)考えるより先に手が動く。
それほど反射的なんです。
相場状況にもよりますが、セクターで分けて監視しておくのは重要です。
昨年、上げ相場の例でいうと鉄鋼、銀行、証券、商社などは同時進行で連れ高したのですが、造船はいつも一歩遅れて上がりました。
高値に追いつこうとする。
それはセクターごとに比較するからわかるんです。
(「もし今 200 万円くらいの資金ならどういう投資をしますか?」と聞かれて)投資スタンスにもよりますが、売買代金急増ランキングや値上げ率ランキングで上位にくる新興・東証二部の中小型株に順張りですね。
場合によっては逆張りもします。
あと、損切りをきっちりできるかどうか。
なんで株価が下がったのか。
すぐに戻す下げなのか。
買った後、すぐに上がる株こそかえって少ない。
そこの見極めですね。
それには何より、株を毎日見ていくことです。
相場は上がるし下がるし、まさに生き物。
先物の値段の上げ下げは様々なセクターに影響を与えるのでチェックは欠かせません。
やっぱり一番大きいのは 25 日線からの乖離率をよく見て投資していたからではないでしょうか。
要するに僕が下げ相場でも勝っていた理由は、この 25 日線から大きく株価が乖離し、下がりすぎた株を安く買っていたからなんです。
大量の売り物が出て株価が下がる兆候が出ると多くの人が狼狽し、投げ売りが始まります。
どこかで反発し、リバウンドが取れるというわけですね!
ちなみにこれ(クラリオン・東京テアトル・石井鐵工所)は当時(2001 年 12 月 19 日)僕が買っていた三種類の株ですが僕が買った日から反発し、上昇していくでしょう?
これらの会社の 25 日線からの乖離率はどれも 60 % くらいあったはず……どうみても下がりすぎだったんですよね。
ただし、乖離率ばかり見ていると、倒産寸前の大赤字とか不正が発覚して上場廃止とか…そう簡単にリバウンドしようがない会社に手を出してしまうこともありますから注意が必要です!
僕がこれらの会社(クラリオン・東京テアトル・石井鐵工所)の株を買ったのは、この時、株価が暴落した理由が「無関係な他社の倒産」だったからです。
この 3 社は当時業績があまりよくなく他の無関係な会社が倒産しただけで、みんながここもやばいんじゃないか、という発想になり暴落しましたが……僕にはこの 3 社は倒産するような状況には見えなかった……だから買ったんです。
株式投資で最も重要なのはそういう理由の分析も含め全体の流れを見る力……すなわち”洞察力”なんです。
とにかく毎日株価の動きを見てみることですよ。
会社員の方や学生の方で日中のザラ場が見れなかったとしても、家に帰ってから株価を見て、どうして今日は上がったのか下がったのか、自分なりの理由を見つけていくといいと思います。
今の時代、別に株を持っていない人でも、会社名をヤフーなどの検索エンジンに入力すればチャートは一瞬で見られますから……。
これから株を始めてみようという人は、とりあえずどこかの会社を買ったつもりになってしばらく見ていくのがいいかもしれません。
それと初心者の方にPermalink | トラックバック(0) | 05:14