はてなキーワード: ナショナリズムとは
なにが日本人のいやな特徴、だ。いやならお前が日本から出て行けばいいだろう。
日本を受け入れて、日本人の特徴に染まりきってこそ、おまえ自身の国際交流だろう。おまえがいやだと感じるからといって、日本人の意識改革を望むなどとは、どこかかの偏狭ナショナリズムの押し付けだろう。いやなら出て行くか、受け入れろ。ここは日本であり、それがお前自身のグローバル化というものだ。
この得体の知れない外人さんの戯言にいちいち付き合って、日本の教育のあり方だのを持ち出して真剣に日本人とは・・とか考えている奴も同類だ。
一日本人が海外へ出てその国で生活する場合、その国の人のいやな特徴を挙げて「この国の人たちの意識改革を望む」のは道理に適っているだろうか?自分から望んで彼の地に赴いたくせに、自分に受け入れがたいいやな特徴を目にすると「直したほうがいい」と指摘するべきだろうか? 指摘は指摘として受け止める。だがこれからもこの国で生きていくつもりなら、お前自身がそれを受け入れろ。それが出来ないならば出て行け。 あと反対意見もいわず実直にイエスイエス言ってる日本人も日本の恥だ。一見まるで世界の常識を身につけている風に聞こえるが、そんなこといちいち真に受けるのはこのような日本人だけだ。恥ずかしいこと極まりない。
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http://hamusoku.com/archives/6186250.html
こーゆーニュースが出ると決まって「こんなダメなやつを助ける必要ない」という人が出てきて(2chでの多数派)、それに対して「そんなにダメな人ばかりじゃない」「叩きやすい例を引っ張ってきて叩いてるだけ」「頑張ってる人もいる」みたいな反論が出てくるんだけども。いずれにしても前提として「助けられる資格のある人/ない人」という分断があるわけだ。頑張ってるなら助けてあげるけど、怠け者を助ける必要はない、みたいな。
僕(さよく)は、そもそも、その前提が間違っておると思っていて。僕らが福祉だとか貧者を助けるだとかいう時に考えているのは、とにかく全員を助ける、ということだ。そもそも、倫理が僕らに命じているのは、全員助けろ、ということである。「ほら、こんないい加減な怠惰なくだらない人間ばかりなんだから、助けてやる必要なんてないんだ」? いやいや、そんなこと気にしてない。助けるんだよ全員。「こんなに努力しても貧困から抜け出せないんです」アピールなどしない、僕は。
なにも、どんどんパチンコやりなさい、と言っているのではなくて。貧困に陥る、というのは、そういうことなのだ、と言いたい。カネがなければ、カネをパチンコのような無駄なことに費やさずに、社会復帰する努力をする「合理的」「自律的」な「人間」であることが当然だとでも? 人間はなぜか追い詰められると酒飲んだりタバコすったり、実に無駄なことをする。しちゃうんだよ。で、じゃあ、不合理なものを除去したほうがいい? そんなんいうたら人間消えたほうがいいって話で。
この種の貧困、というか、うん、堕落、といってしまおう。堕落から人を救う、ということには特殊な社会的な力がいる。堕落は好ましくない状態だが、病気じゃない。それは直せばいいという類のものではなくて、包摂するというか対話するというか、折り合いを付けたい。そういう力は、ナショナリズムから来るのか、宗教から来るのか、どこから供給すればいいんだろうか、と悩んでいる。(さよくなのでどっちもNGです)
韓国は竹島なんかより先に国家の存続を心配せねばならない事態に陥るだろうけど、
元増田はそんな答えを求めていないようだな。
日本列島がなくなることで海流が変化して異常気象が…とかも考えなくていいか。
もしも日本が世界経済になんら影響を与えない形で消え去ったとしたら、
その後、矛先は南北統一に向くかな。
日本が担ってきた政治的・文化的な役割が、いろいろな形で韓国に押し付けられる。
たとえばアメリカとしては、日本という前線基地がなくなるわけだから、
中国の方は、東アジアにおけるアメリカの影響が減って喜ぶだろうし、
それ以上に何が変わるわけでもないだろうね。
東南アジアやチベットを威圧したり、北朝鮮をコントロールすることのほうが、
以上、妄想してみた。
その一方で、日本人は自国の歴史と韓国の「現実」を知らなさすぎる。
韓国人の嘘に対抗するには
徹底的に史料に基づいた歴史を語り継ぐことしかないではなかろうか。
韓国の現実を知れば、自ずと日本人の誇りを見出すことできよう。
ナショナリズムに陥らない、韓国に媚びない、日本人の誇りの在処
今の時代に相応しいイデオロギーがどこにも存在しないのがこの国の不幸か。
あるいはこの混乱期が新しい思想を生み出してくれるのだろうか。
本来の問題が公共の電波を預かるフジテレビの偏向報道であることは氏が明快に論じている通り。
デモをやりたいなら「ノーモア偏向報道」「ノーモア捏造」でいいはずなんですよね。
国家国民の利益を第一に考えるならば、偏向報道を正すことにある。
なのに、ネトウヨどもが嫌韓運動で上書きしてしまったために、本来議論するべき問題が有耶無耶になってしまった。
国士様と揶揄されるように、ネトウヨどもの大義名分は「国家の尊厳」にあるはずなのに
今回の騒動を通じてネトウヨどもが本当は国家国民の利益なんて何も考えていないことが露呈した。
自分たちの自尊心を満たすために奔走する嫌日韓国人の醜悪さと何も変わらない。
国家国民を害するばかりか幼稚極まりないネトウヨどもは日本人の恥である。
こいつらもうネオナチって呼んでやればいいよ。
それにしても、フジサンケイグループと言えば自民党親衛隊を気取る最右翼だったはずなのに
幼稚な感情論で身内の足を引っ張り合うネトウヨどもには失笑ものである。
国を愛するのはよいが、熱狂的なナショナリズムはたいていの場合ファシズムを伴うから嫌いだ。
自分たちを同じように愛し、同じようにやり、同じような反応をしなくてはいけないように言ってくるのが気持ち悪い。
そもそもからして、その地位に必要な共同体への義務さえ果たせば、そんなことを他人に強制されるいわれなどないはずなのに。
彼らはまるで、学校でヒステリックに叫んでいた女学級委員長のようだ。
なんでまた、学校時代のような度を逸した共同意識への強制を叫ばれなくちゃいけないのか。
なにより気にくわないのが、みんな一緒じゃなくちゃいけないという意識だ。
普段の時には、そっちから一緒になるのを拒否してはぶっておいて、そんなことを言い出す。
そちらから手を払っておきながら、手を繋いでない奴がいるとか言い出す喜色悪さ。
その話は置いておいても、最近のナショナリズムというのは、バカにする文化から来ているような気がしてしまう。
愛していると言うよりも、寄っかかっている。
だいたいからして、最近の日本人は中国人化、韓国人化が進んでいるように見える。
中国人や韓国人が帰化した日本人が増えたという事じゃなくて、日本人が三国人化してる。
ちょっと前までは中国韓国人しかやってなかったことを、カウンターとでも言うかのように、同じようなことをして返している。
将来を考えないただ叫ぶだけの浅薄な愛国心。薄っぺらい自尊心。
貧民のような守銭奴根性。村農民出のような強制する共同体主義。
昔は脱亜して入欧しようとしてたのに、わざわざアジア式に染まっていって、なんの得があるのか。
というのも、彼らの韓国に対する冷笑的な態度が
焼豚サカ豚、GK妊娠、ドザマカーのそれぞれ陣営の態度と酷似しているから。
相手のネガティブなニュースをネタに笑いあうって構図になってしまってる以上、
ナショナリズムなんぞただのスパイスの一部に過ぎないんじゃないのか?
何かを馬鹿にして楽しむってことが目的化してるだけな気がする。
きっかけは自分の好きなものが馬鹿にされたり愚弄されたり過小評価されたりするだけでいい。
それらをきっかけにしてムカつく相手のネガティブニュースで笑ってやるって気持ちが出てくるのだと思う。
だから、ネトウヨもその感情の表出の一形態に過ぎないんじゃないか?
それはナショナリズムとはかけ離れた何かだと思う。
http://anond.hatelabo.jp/20110730181507へ。
http://anond.hatelabo.jp/20110731180019
ややこしい話なんだよね。色んな論点がありすぎて。
とりあえず、韓流問題における「経済的に下の国を文化的に上から目線で愛でる問題」とでもしとこう。
これは「韓国」って言葉に対してもともと持つ個々のイメージが反映される話だ。
今の若い世代はそういう「韓国=格下」ってのがない。
おしゃれなPVみて、ファッション見て、音楽的にも刺激的で、イケメンで
いいじゃん、そんだけ。何が日本と違うのみたいな。反日とかどうでもいいみたいな。
韓国旅行ブームってのも、かつての東南アジア旅行ブームってのとまた意識が違う。
アメリカもイギリスもフランスの映画も音楽も「かっこいー」で始まる文化流入だけど、
それは経済的に日本より上だったからあまり問題も引き起こさなかった。三島はキレてただろうけど。
経済的にはすでに韓国は先進国入りしてるか否かも微妙なのも、それぞれの目線の違いにつながる。
アジア問題ってのは複雑で、歴史だとか、そういうのも絡む。顔が似てるってのも絡む。
あるいは、韓流好きにも、そういう格下を愛でるみたいな感覚がある人もいるとは思う。
ネット上で台湾の女の子かわいいみたいなの度々見るけど、その格下を愛でる目線がそこには確実にある。
日本と台湾の目線の問題については、それは台湾の人も気づいてたりする。
あるいは、なぜ韓国人なんかを愛でるんだって吹き上がる人もいる。
ネットで韓国に関する色んな話を見て、彼らにはもともと「韓国」ってものに対する強固なイメージがある。
だから、彼らは韓流好きの奴に対して「韓国がどういう国か真実を知れ」と繰り返す。
あるいは、格下だと思ってるけど、実は奴らに搾取されてて俺らの方が下なんだって意識を持つ人もいる。
だから右翼、左翼問題も絡んでくる。http://matsuo-tadasu.ptu.jp/yougo_uyosayo.html
韓国アイドルに早くから目をつけてた人は(その前はPerfumeに早くから目をつけていた層が多いってのがブログを徘徊しての私見)
今、音楽的にタイとかインドネシアのポップスに目をつけてたりする。経済とか関係なく音楽的な目線で。
万が一、大衆的なブームになったとして、その受け取り方の目線に経済が絡んでくるかどうか。
たとえば、白人が貧しくなって、黒人が金持ちばかりになったときに、白人の顔がかっこいいという審美眼が変わるかどうか。
要は「it's the economy, stupid」というか下部構造と上部構造だとか、そういう話にもなる。
この韓流問題でいろんなことを考えてる最中だけど、ナショナリズムだとか差別だとかって感情的に強力だなって改めて思う。
なんか考えると、すぐそっちに方面に思考が引き寄せられる。「ここは日本だ」とか「俺は日本人だ」ってところに。
だから、複雑でもやもやする論理が絡み合うところで思考を保ち続ける、思考的体力がいる話。
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http://d.hatena.ne.jp/rabbitbeat/20110802/1312265271
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20110804/221884/
韓流をユニクロや通販番組に例えたビジネス的な側面からの説明を目にするようになる一方で
兼ねてからあった韓国・マスコミに対する反感もネット上で盛り上がっている。
でもここでしたい話は「いつものあれ」ではないもっとこんがらがった話だ。
「愛国・反日」でも「ビジネス的に成り立つから」でもない話だ。
アイデンティティの不安から震災と三島由紀夫の舞台をきっかけに愛国心に拠り所を見つけた中で
2chでありがちな韓国陰謀論を信じ、感情が高ぶったという単純な話、「いつものあれ」だなと個人的には受け止めていた。
しかしながら、色々考えてみると、これはもっと深い問題だ。
つまり単なる嫌韓の吹き上がりでも、背後に反日組織がいるのでもない、
費用対効果とか、嫌なら見なきゃいいとかではない、もっと複雑な話を含んでる。
この話は様々な要因が組み合わさっているため、一言で言えないような話だ。
だからこそ、陰謀論にもとびつきたくもなるし、「いつものあれ」と言いたくもなるかもしれない。
だけど、それだけの話でもない。
論点をあえて挙げようとすれば
グローバリズム・自由市場経済・コンテンツと文化政策・資本主義・大手メディア・スポンサー・広告代理店利益主義批判
日本コンテンツの制作能力の低下・韓国コンテンツ(音楽・ドラマ・映画)の分野におけるそれぞれの価値
商品とナショナリティの関係(コンテンツとそれ以外の製品、あるいは韓国の国家政策)
日本の指針・自己存在のアイデンティティの不安・社会的流動化・歴史問題・ナショナリズム・ネットの議論、などなど
様々な要因が混在している、一筋縄ではいかない話だ。
だから一方が一方を批判したとしても、それぞれが抱えている論点が喰い違っているし、一生噛み合いそうにない。
それと同時に、この問題は現在の世界を捉える上で、格好のケーススタディでもあるような気がしている。
amazonで本買って、windowsのPCで、スタバに立ち寄って、マックで飯喰って、BOSEのイヤホンで洋楽聴きながら、iPhoneでtwitterを眺めてることに対して
アメリカを批判する人に出会ったことがないし、ほとんどの人はたぶんグローバリゼーションオールオッケーで
Tシャツは中国製で、ジーパンはベトナム製の生活で、それは安くてめちゃくちゃ快適で、その快適さを無くしてまで守るべき価値はあるか、みたいな話。
そうなってくると、そもそも日本という国は何の価値を目指しているのか、何の理念に基づいているのかとかいう話。
グローバル化で国内の雇用が失われるとしてそれを保護すべきか、農業は、コンテンツは、車は、それを分ける差は。
コンテンツは文化政策として、自由市場に制約をかけるべきだというのなら、それはどの程度まで、何をもって制約をするのか、誰がそれを補償するのかとか。
あるいは、言うべきは「韓流ブームは捏造なのに、なぜそれを流すのか」ではなく
「採算が取れるくらいは流行っているからといって、外国のコンテンツばかり流していいのか」であるかもしれないし
それを真剣に考えるなら、ソフトパワーとしてのアニメ含む日本文化輸出の国家戦略とのダブスタはどうすんのとかいう話。
嫌韓の思想に吸収されているある部分の人たちは、嘘を流して自分たちを搾取しようとする広告代理店や権益や情報を一人占めするマスコミに対する反感であったり
自分たちの守るべき価値が脅かされているという流動性の増す社会に対する不安を感じている。
これは反グローバリゼーション・反メディア企業といった欧米によく見られる左翼思想につながりうるようなものでもある。
しかし、反グローバリゼーションや反マスコミメディアといった思想を持つ人たちの受け皿として、日本の左翼は機能しておらず
結果として嫌韓・あるいは保守という形に収まるというねじれ現象があったりもする。
http://matsuo-tadasu.ptu.jp/yougo_uyosayo.html
のっかかってるものを自覚しなきゃならない。
グローバリゼーションと聞いて、ふーんと思うだけで、のっかかっている。
メイドインチャイナとアメリカ企業が与えてくれる快適さと安さにのっかって
コンテンツがグローバリゼーションしはじめれば、それを否定する論理も肯定する論理も貧弱だ。
グローバリゼーションだけじゃなくて、快適だから依存してるあれやこれに対する論理がこれから先も通用するかどうか。
グローバリズムという点だけでも、そもそもここで論じきれる話じゃないけど、議論すべきことはもっとある。
「いつものあれ、そんだけの話」じゃない話をもっと聞きたい。
そんだけの話。円高もそれに拍車をかけている。
昼間の再放送の枠が全部韓流になったなとか、通販ばっかだなと個人的に思うことはある。
しかし、通販番組がこれだけ多いのは裏に何か巨大な組織がいるのだろうか。
高田社長は実は悪の枢軸で、裏で何かつながりがあるのだろうか。
ない。コンテンツを生み出す能力がないなかで、安いコンテンツで枠を埋めれるものがそれだからにすぎない。
ある程度の品質のコンテンツが物価の安い国から出てくればこうなることは必然だった。
文化集団的に言えば、かつてだったらビジュアル系のファンになっただろう少女がボーカロイドに吸収されているように
かつてであればビルボード洋楽、ジャニーズに憧れるようなファン層がK-POPに引き寄せられている。
ビジネス的に回っているのだから、それを止めさせたいのならば法的に海外の文化輸入を規制するしかないだろう。
もちろん、そんなことをすれば、海外で評価される日本文化のダブルスタンダードが批判されるだろう。
あるいは、自前で韓国モノより高い視聴率を持つ番組を恒常的に制作する能力を作りなおすしかない。
今回の高岡蒼甫の件は、ビジネスで世界が回っていることを知らず
通販番組が多いのにはその裏に何か組織が浸食しているという構図を信じこんでしまったような、哀れな若者の例だろうと思う。
まあ彼ももう29歳なんだけど。
__________
【追記】
人権擁護法案やら特攻隊の手紙やら日本が侵略されるやら自らを特攻隊や三島由紀夫に投影したりと、あまりにも典型的なパターンばかり。
この国のことを考えようと彼は繰り返すが、そのソース元を検証しようとする姿勢が全く見えない。
あまりにも分かりやすい世界の理解の図式を知って、愛国心の名の下に気持ちよくなっている。
この「韓流が多いのは通販番組が多いのと一緒」というのも一方では真実で、また一方ではそれだけでは説明がつかないのと同様に
世界は複雑で一つの図式で理解なんて出来ない。その世界の図式を理解している、真実を知っていると語る奴は疑った方がいい。
彼は法的、経済的、文化的解決策を示さず、実態を知ろう、ここは日本だ、この国を愛しているを繰り返すばかり。
彼のような影響力のある俳優がこういうことをおおっぴらに語ってナショナリズムを喚起することに嫌悪感と危険さとむなしさを感じる。
俳優としての彼が個人的に好きだっただけに、非常に残念だ。
どうもネオナチっぽいオスロ爆破犯の写真を見て、強いナルシズムを感じた人は多かったろうと思う。
ナショナリストは、ナルシストが多い気がしていたけど、今回のはかなり分かりやすい。
ある種のナルシストの強い自己愛が、満たされないと、代替行為に出るのではなかろうか。
脆弱な自己アイデンティティをなるべく大きなものに転化し依存しようとするのは、青年期によくあることらしいけど、これは周りをみるとなんとなく分かる。
それの行き着く先が国家になると、当人はナショナリストになる、みたいな話を耳にしたことがある。なるほど。
たしかに国家なら、アイデンティティを託すにも最大級の大きさで安心だ。
そういう人は一見いろいろ「武装」しているけれど、そもそも依存性が強いくらいだから、内面は怖がりで、自己防御性も強かろう。
ゆえに攻撃対象のスケープゴートを作ると、自己が安定するのだろう。
本人たちは己の内面に無自覚だろうけど、四つ巴になっている気がする。
この話に触発されて考えてみました。
「歴史上、権力者が権利を自発的に分け与えた試しはない。革命でも起きない限りは。
そう、地方は“分権”を要求するのではなく“独立”を宣言すべきだろう。」
/ 地方分権は出来ない - 賢太郎の物書き修行 http://htn.to/qA3HkP
無理すぎる。
島根若者いなくなる→全員都会へ移住→原子力発電所密集地帯化→過疎化問題解決&電力問題解決
他県に電力輸出&低価格な電力で企業誘致w。と思ったけど、お年寄りほど原子力には反対なのでは?
ダムと一緒で強制移住という方向で…(^^;
県全域自然保護区というか原子力保護区みたいな。煙の出ないプラントが海岸沿いに立ち並ぶ異様な光景が目に浮かんだ。
江津の風力発電とかあるし、浜田周辺は電力特区でいいんじゃないかと。税金も沢山落ちるしw
「平成19年度の中国地方の域内総生産は29兆8596億円である。これはアラブ首長国連邦の国内総生産よりも大きく、世界で30位前後の「国」に相当する経済規模を有している。」おおおおー / 中国地方 - Wikipedia http://htn.to/RjoXiy
さて、取り敢えず島根と鳥取が合併するか。鳥取の左が島根→山陽の上が山陰にしてみよう、結局まぎらわしい。
ちなみに中国地方の中国は中国に近いからではなく「古代、畿内を中心に令制国を「近国」「中国」「遠国」に区別したとき、この地方のほとんどが「中国」に相当したからだとされている説、畿内と大宰府の中間に位置する地方だからだとされている説などがある。」という意味だとさ。
中国地方と言えば農業。TTP参加で関税廃止されたら、JAもろとも農家は破産するので、最後に補償金たっぷり貰って、オーストラリアで農場つくれば良いと思う。
瀬戸内側には工業地帯があるけど、どっかの東南アジアにデカイ港を中国あたりに作ってもらって、現地の人を雇えば、元日本企業も生き残れる可能性が見えてくるな。ブルネイあたりに移れば石油資源も真下にあるし。「2010年のブルネイのGDPは約1兆円であり、鳥取県の半分程度の経済規模である。」ブルネイ - Wikipedia http://htn.to/S6Ty1B
ブルネイ乗っ取るなんて余裕。
オーストラリアに農業を移転させて、東南アジアに工業を移転出来たら、そこと自由貿易して安い製品を輸入し、日本に流通させる。浜田港は商港として大発展する。
どっちかといえば、瀬戸内側の港を発展させたほうが良いか。浜田港オワタ。
地方と言えば、公共事業で作った無駄なインフラ。島根県には空港が2つあったりします。そして、みんなだいたい米子空港(鳥取)から飛行機に乗ったりする。過疎化で人口が減れば、需要も減って採算割れ必至。一畑電鉄は何で潰れてないん?
余分なインフラはどこかに売却できないもんか、買う価値ないですかそうですか。廃墟になって廃墟マニアが訪れる観光スポットとして再スタートですね。
んー、結局グローバリズムで産業は衰退して、公共インフラは過剰で、人口は減少するとなると、中国地方が国として独立する意味がないよなー。いままで通り、国からお金吸い取った方が合理的なのか。東京の人ごめんなさいって事になるなー。
ん!中国地方が独立して、原子力発電所をつくりまくれば、二酸化炭素の排出権取引で日本から正当性をもってお金を吸い取れる!今がチャンス!
なんかネタが苦しくなってきた。
地方分権を推し進めた、地方独立を目指すとろくな事がなさそう。東京圏と大阪圏だけ生き残って、あとは全部破綻するのが目に見えてる。
じゃあ、日本を西と東だけに分けて、関西国と関東国にしようか。ちょうど60Hzと50Hzの境界にすれば、周波数問題も解決。
正直国ってのが分からなくなってきた。
ナショナリズムでまとめとけば国になるん?
アラブの若い人達が闘ってるというのに、おれは。と思うけど、むしろ諦らめ感でどうでも良くなってるので、明日も好きなことしてたい。
この諦らめ感って、自分の将来予測と日本の将来予測がごっちゃになったりするけど、別に関係ないような気もする。
日本がどうなったところで個人には言うほど影響ないだろと。貧乏になるならなるで、何とかして生活すればいい。っても、それはやっぱり不幸を産むだろうから何か考える必要はあるよな。あれ、結局。
鳥取と島根の人口合わせても沖縄より少ないと言う事実。山陰さいこー / 都道府県の人口一覧 - Wikipedia http://htn.to/eoCbnw
そして1人あたりの公共事業費で島根県は東京に続く第2位! / 都道府県別統計とランキングで見る県民性 公共事業日本一:東京都 http://htn.to/sjUbJX
島根県と鳥取県はアイスランドよりはちょっと多いくらい。1人当りだと島根鳥取が230万円でアイスランドが320万円くらい? / 図録▽主要国と都道府県の経済規模(GDP)順位 http://htn.to/vuDrsp
一人当りの負債額だと、1位島根150万円、3位東京140万円で同じくらい。 / テツの日記 : 国の借金、地方の借金 - livedoor Blog(ブログ) http://htn.to/HXLt1r
島根目立ってんなー
とりあえず島根県が独立すんならGDPをアイスランド並にすれば良いんだな。アイスランドが1人あたり320万円くらいで島根県が230万円くらいだから1.4倍。40%の成長か。年率2%で17年くらい。人口が確実に減ることを考えると、人口増でGDPを増やすことは諦めて、逆に人口減でGDP増を考えるなら、発電特区のアイデアは結構いいせんいってるかもしれない。ガイア理論の提唱者で、極めて著名な地球物理学者のジェームズ・ラブロック氏も原子力発電に肯定的だってことを考えると。氏を島根県に招いて発電特区大臣になってもらうのもありかもしれない。
島根県の若者が都会に出て行って、お年寄りも自然に減っていくとすれば、島根県の人口構成は発電特区の関係者と趣味で農業を営む人達って事になる。(農産物関税は撤廃されるので、島根県では農業はなりたたない。)
それって国として意味あるんか?
忘れてたな、原子力発電推進の方たちを島根県に招かないといけなかった。
ラブロック氏も原子力発電推進の人達も、のんびりした島根の豊かな土地で原子力発電の電気を使いながら悠々自適に暮らせるとしたら喜んで来てくれそう!
ほんとかよ。
池田信夫氏@ikedanobと藤沢数希氏@kazu_fujisawaに経済担当と金融担当になってもらえば島根経済は合理的に発展しそう!
中国と韓国に近いという有利な地理を利用して、貿易を発展させて交流を活発にすれば中国の経済発展の波に乗れそう!竹島は独島に名称変更して、正式に韓国領と認めてしまおう。
島根県はアメリカと対して関係もないから、対米従属からアジア重視の外交戦略に転換するのも容易!勿論島根総理大臣の最初の訪問国は中国含めてアジア全域。
都道府県別GDP構成比で0.6%の島根県が独立したって、大した影響なんかないんだから右の人も左の人も無視してくれそう!出雲大社なんかは宗教的な問題が残るかも、でも今は観光地なだけだよね。
島根は自由の国になる!
先日の(はてブも何もしなかったからタイトル忘れた)、女子サッカー優勝の件で、お前ら騒ぎすぎなんだよm9(^Д^)プギャーな人が居たような気がするから書いてみる。
といっても、私が書くわけじゃなくて某所で見た沢選手のインタビュー記事なんだけどな
澤選手のあるコメント
アメリカでは美談として流れているものの
何故か日本では報道や掲載されないのだ
日本語コメントの英訳を再び和訳する事に違和感ながら
日本のマスゴミが報道しない為にあえて和訳する
http://sports.yahoo.com/soccer/news;_ylt=AmArrRdFEVrJjWgo3hlE1WA5nYcB?slug=ro-rogers_japan_win_pay_tribute_tsunami_071711
澤選手のコメント:
“We knew that what we were doing here could be about a little more than just a football tournament. If winning this makes one person, someone who lost something or someone or was hurt or damaged by the events that touched our country, feel better for even one moment, then we have really achieved a most special thing. If it makes everyone happy and joyful and gives them a reason to cheer after such difficult times, then we have been successful. Japan has been hurt and so many lives have been affected. We can not change that but Japan is coming back and this was our chance to represent our nation and show that we never stop working. This is like a dream to us and we hope our country shares it with us.”
「我々のしていることは、ただサッカーをするだけではないことを、意識してきた。我々が勝つことにより、何かを失った人、誰かを失った人、怪我をした人、傷ついた人、彼らの気持ちが一瞬でも楽になってくれたら、私達は真に特別な事を成し遂げた事になる。こんな辛い時期だからこそ、みんなに少しでも元気や喜びを与える事が出来たら、それこそが我々の成功となる。日本は困難に立ち向かい、多くの人々の生活は困窮している。我々は、それ自体を変えることは出来ないものの、日本は今復興を頑張っているのだから、そんな日本の代表として、復興を決して諦めない気持ちをプレイで見せたかった。今日、我々にとってはまさに夢のようで有り、我々の国が我々と一緒に喜んでくれるとしたら幸いです」
http://yanashu.tumblr.com/post/7801129614
サッカーが好きな人が、サッカーで勝つこと以上の何かを望むことは傲慢なのかもしれない。
だけど、私も(日本代表のしたことに比べると些細なものだが)自分の仕事をするとき、この仕事がクライアント、そのお客さん、そのまたお客さん…といった大勢の人に「いいな!」と言ってもらえるものを…と、いつも考えてる。
スポーツで自国の選手が勝った・負けたで一喜一憂するのは、そりゃチームが国ごと編成で戦ってるからで、
ソレを「ナショナリズムどうのこうの!」と不快に感じてしまうなら、国別やめようぜ・とFIFA辺りに送ることができるような提案書・というかアイディアを本気だして考えたら、なかなか面白いかもしれない。
で、表題のとおり、スポーツで「日本代表」の人達が頑張る事を、日本の人が応援したり・喜んだりすることってのは、そんな変なことじゃないと思うんだ。
でも環境っていうのはすごく大事で、女の子がサッカーすること自体珍しい国では世界を目指す!とか、なかなか期待できないだろうし
もっとスポーツのエリート教育ガンガンやってる国だったら逆に、物心ついた頃には既に差はできてて、夢見るレンジも狭まってたかもしれない。
「もしかしたら同級生の●●ちゃん」が、そこで頑張ってるかもしれない事実、
自分と同じ条件下、そういう子達が夢を掴んだ事実、こういうのも「自国を応援する理由」の一つとしてあるんじゃないかなぁと思う。
スポーツで偉業を為した人に自己投影するなよ、って事なんだろうが。
尊敬したり・目標にしたり…彼らの歓びを我がごとのように喜んだり、ってそんなに悪いことなんかいな。
私も「好きなことしてるんだから!」ってバイト掛け持ちしてた下積み期間があった人間なんで、普通に我が事のように嬉しいよ。
つまり何が言いたいのかって言うと、
ライトファンの立場で女子サッカーを見て何が正しいのかわからなくなった
スポーツだけじゃなくて芸術やら学問やらにも共通すると思うんだけど
上記と絡めて
現状はあまりに下品だとしても
何を基準に取り上げるべきなんだろうか
成績が芳しくない競技を取り上げなかったら減衰する一方だと思うけど
サッカーによって無視されてる他の競技との折り合いは?
同じ競技のファンでもアンチとニワカとコアファンがいて
コアファンの中でも派閥があるし、他競技ファン同士もいがみ合ってるし
「テレビが適当な取り上げ方するからニワカばっかり増える一方」
と思ってたけどなんか違う気もする
こと代表のことになるとナショナリズムと関係しだすし
何が理想の姿なんだろ
http://anond.hatelabo.jp/20110718161048
どっかで見たんだけど「日本優勝おめでとう!」って日本人が言うのはおかしいらしい。
これが諸外国なら「我々の勝利だ!」ってなるらしいんだけど、
いかんせん日本って言う国はナショナリズムにアレルギーがある。
だから、こういう堂々とニッポンコールができる機会がうれしいのかもね。
まぁ方向性は違っても、震災報道で「涙が出ました」とか言ってる奴見て同じこと思うし、
日和見でその場の感想を「全体は今こう思ってる」みたいに勘違いしてる国民は案外多いと思う。
にわかサッカーファンもそうだし、にわか防災意識(キリッ)みたいな。
女子のバスケみたいに、みんなで同じ球ワーって追いかけてポジショニングがないみたいな。
それぞれが普段から自分の努力に誇りを持って、しっかり守っていればこうは思わないのかも。
どこでこうなったのかなぁ。
注:加筆修正しました
最近商業BL作品ばっかり読んでるから、たまにはネットで同人作品も読もうかなと思い立って、某ジャンルのサーチから二次創作サイト巡りをしていたときのこと。リンクを辿っていった先に、管理人が韓国人であることを明記しているBL小説サイトがあった。日本語ネイティブじゃないとこれはムリだろと思わせる豊かな語彙の小説や日記・掲示板の内容から判断するに留学生やニューカマーなどではなくて、日本で生まれ育った在日韓国人の方であるようだった。
なんかね、これちょっとびっくりしたんですよ。在日の人もBL書くんだなぁって。
いや、こんなにもアニメや漫画の氾濫する日本社会で生きている以上、日本人だろうが外国人だろうがオタク趣味に染まる人は染まるのが当然だろうし、中にはヤオイや二次創作に興味を持って腐女子や腐男子になる在日コリアンがいるってのも理性では理解しているんだけど。実際目にしてみると、なんかこう、感慨深いものがありましてね。
そうかー、在日のBL好きってのもやっぱりいるもんなんだなー、っていうか他にもいるけど明かしてないんだろうなー、としみじみしてたんですが、途中でふと思い出した。あれ、ちょっと待てよ?よく考えてみれば、数少ないながら今までにも在日韓国人が登場するBLがあったりするし、在日朝鮮人のBL作家というのもいたりするんじゃないの?そういえば私、そういうの読んだことあったような……、と。
というわけで、今回はBLと在日と私というテーマで今まで読んだ作品を振り返ってみようと思う。長いよー。私が以下で言及している作品には18禁のものもありますのでお気をつけください。
倉科るりというペンネームで、商業誌からBLを出版している小説家がいる。正確にはいた、と言うべきかもしれない。著作の中には絶版になっているものも多く、また1996年の『王様の夏休み』を最後に10年以上発刊はしていないようだから。公式サイトにも「倉科るりの商業活動は諸々の事情から不可能だと思います。時間がないのです。」と書いてあるので、今後も商業誌でBL作品を発表する可能性は限りなく低いと思う。
けれど、在日とBLというテーマを語るなら、彼女を外すことはできない。
実はこの作家さんは、コバルト文庫で金蓮花という名義で少女小説も書いている。むしろ金蓮花(きんれんか)というペンネームの方が世間的には通りがいいだろう。私も残念ながら倉科るり名義の本は読んだことがないけれど、金蓮花名義の本は小中学生の頃にわりと読んでいる。『銀葉亭茶話』、『水の都の物語』、『月の系譜』は何度も読み返すくらい好きだった。私が金蓮花=倉科るりというのを知ったのは大学生になってからだったけれど、BL読者やコバルト読者には結構有名な情報だったようで、ネットで検索するとペンネームを使い分けるようになった経緯や、その他もろもろの噂が出てくる。それらの噂がどこまで本当かわからないのでここでは紹介しない。
さて、金蓮花は1962年生まれの在日朝鮮人3世である。東京に生まれ育ち、大学も都内の小平市にある朝鮮大学師範教育学部美術科を卒業した。作家デビューは1994年、『銀葉亭茶話-金剛山綺譚-』で集英社の第23回コバルト・ノベル大賞を受賞したのがきっかけだった。この『銀葉亭茶話』シリーズは、朝鮮半島を舞台に仙人や精霊、竜や虎、人間たちが織り成す恋愛を描いた朝鮮風ファンタジー小説で、仙境にある一軒の茶屋銀葉亭にさまざまな客が訪れ、店主の李月流(り・うぉるりゅ)に身の上話を打ち明ける、という趣向になっている。
『金剛山綺譚』の金剛山は、もちろん朝鮮半島に実在する景勝地金剛山をさす。韓国人や外国人が北朝鮮国内の金剛山観光地区に観光をしに行くニュースを見たことのある人は多いはずだ。『銀葉亭茶話』シリーズの物語に登場する実在の固有名詞は地名だけではない。例えば『蕾姫綺譚』では重要なキャラクターとして李氏朝鮮建国の王李成桂が登場するし、『舞姫打鈴』のヒーローは新羅の英雄金庚信である。
ところで、学校で歴史を習う前に本シリーズを読んだ影響で、私は現在でも「新羅」という単語を見ると反射的に「しらぎ」ではなく「しるら」と読んでしまうし、「李成桂」を見ると「りせいけい」ではなく「りそんげ」と読んでしまう。私にとって、このシリーズこそが生まれて初めて触れた‘朝鮮文化’なのだった。馬鹿な子供だったので現役読者だった小学生の頃は朝鮮半島というのがどこにあるのか知らなかったし(私は当時本気で外国=アメリカであり、世界には日本とアメリカの二国しかないのだと思っていた)、儒教文化だとか在日朝鮮人だとかさっぱり理解できない上に興味もなかったので読み飛ばしていたけれど、雪華(そら)や明蘭(みょんらん)という美しい漢字と不思議な響きの名前、美味しそうなチヂミ、ふわりとチョゴリを広げて鞦韆をこぐ明朗な少女、霊山の天辺に位置する天池(ちょんじ)の聖水……どこか好奇心を刺激する異国のイメージの数々を私は大いに楽しんだのだった。特に金剛山の壮大な瀑布や峰々が鮮やかに染まる絢爛豪華な秋の描写などは、幼心にうっとりするような綺麗な文章だなぁとドキドキしながら読んでいた。金蓮花という作家のおかげで、私は隣国と幸福な出会い方をしたのではないかと思っている。そういう意味で、『銀葉亭茶話』は私にとって印象深いお話なのだった。
金蓮花自身にとっても、作家として第一歩を踏み出したシリーズであると同時に、祖国を舞台にしたロマンスであることを考えれば、『銀葉亭茶話』はやはり特別思い入れの深い作品なんじゃないだろうか。
彼女の著作のあとがきでは、自らのルーツを意識した話題が多い。北朝鮮に観光に行って金剛山の絶景に感動した話、伯母が北朝鮮に帰国した話、親戚が日本と北朝鮮と中国に住んでいるという話、子どもたちの通う朝鮮学校のお祭りのためPTAとして準備に奔走する話など。
そんな彼女がBL小説を書くときは、金蓮花ではなく倉科るりというペンネームを用いた。倉科るり名義の本では特に朝鮮半島と関連のある物語を書いたりはしていないようだ。少女小説のコバルト作家としての自分とをきっちり分けたかったのかもしれないし、儒教を尊ぶ在日コミュニティの価値観からするとさすがにBLを在日朝鮮人と明かしている金蓮花名義で出すのは難しかったのかもしれない。少女小説家としてデビューする際も家族からかなり強硬に反対されたと聞く。少女小説を書いているのがバレて家族会議で土下座までしたそうな。ましてやBLをや。
まぁ、BLを書くときと少女小説やラノベや一般漫画を書くときでペンネームを変えるのはbassoや秋月こお、榎田尤利もやっていることで、金蓮花に限った話ではないけれど、少女小説では在日ネタをふんだんに出していた人がBLではそれを一切出さないというのも興味深い話ではある。
ちなみに金蓮花名義の本に一切男性同士の恋愛や性愛が出てこないか、というとそういうわけでもない。
ここでちょっと萌え語りをさせてもらうと、『銀葉亭茶話』シリーズで私が一番好きなキャラクターは長白君(ちゃんべつくん)だった。彼は、朝鮮半島の付け根、北朝鮮と中国の国境にまたがる山(朝鮮語では白頭山、中国語では長白山)の守護仙人(精霊だったかもしれない)で、シリーズ通してのキーパーソンである李氏(注:男性)に想いを寄せている男性である。李氏に冷たく拒絶されたり、周囲の神仙たちに揶揄されたりしつつも、変わらず李氏に暖かい真心を捧げ続けている好漢なのだ。李氏には他に想い人がいるのでまず間違いなく長白君の恋が成就することはないのだろうが、私は彼の男らしい包容力にときめいたのでぜひ幸せになってもらいたいと思っている。別に相手は李氏じゃなくてもいいから。というか長白君には楓英とか緋鯉の精みたいな豪胆で誠実な男性とか似合うと思うんだよね。
studio may-beを結成して仕事をしている高城響と鷹匠早紀は、BLゲームや乙女ゲームのシナリオライターとして活動している他に、連名でBL小説を書いて出版したり、漫画の原作をしたりしている。音楽業界を舞台にしたBL小説『たぶん、きみが好き』『いつか、翼を広げて』『きっと、空も飛べる』という3冊がマイクロマガジン社から発行されたのは2004年のことだった。この3作は天才指揮者と男性アイドルのカップルを描いたお話なのだが、実は高城響と鷹匠早紀がやっているサイトに長年連載していた大長編小説『KT』を手直しして発表したものだという。
そのサイトの大長編(まだ完結していないらしい)には、脇役として若手の指揮者同士のカップルが登場する。彼らを主人公にした話もサイトには掲載されており、出会いと恋人になるまでを描く『'O sole mio』、体の関係を持つまでに至る続編『hard day's night』、いちゃいちゃらぶらぶしてる『jealous guy』などがある。珍しいことにこのカップルの攻めは在日コリアンである。
『'O sole mio』と『jealous guy』では、攻めが在日であることはストーリーの主軸にはほとんど絡んでこない。民族が違うということよりも同じ夢を抱く音楽家同士であることの方が、この物語の中では圧倒的に比重が大きいのだ。
しかし、『hard day's night』の中ではそれらしいエピソードが挿入されている。演奏会の予定が突如キャンセルされてしまった攻め。晴れがましい仕事を一つ失った原因を、受けに問われた攻めはしぶしぶこう語るのだった。「オレ、在日やん」。BLで、差別に直面する在日の姿が描かれているのは大変珍しい。そもそも在日としてのアイデンティティを持ったキャラクターが登場するBL自体ほとんど見かけないんだけどね。
ところで、この物語の攻めは、大阪出身で関西弁を喋る陽気な男性だ。大らかで人懐っこい。阪神タイガースファン。長身、ガタイが良くて、美男子ではないけれど、受けから見れば十分に魅力的な容貌をしている。そして新進気鋭の指揮者である。実際、読んでいて、彼は魅力的な人物として描かれているように思った。なんとなく関東生まれ関東育ちな自分からすると良い意味で典型的な関西人という印象を受けた。
神経質で繊細、あまり感情表現が得意ではない日本人の受けは、自分と正反対の気質の攻めに惹かれていく。自分にないものを持っている相手を反発心を抱きながらも愛してしまうパターンというのはわりと恋愛物の王道だが、受けが攻めの才能に嫉妬をして苦悩したり、振り切ってもついてくる攻めに苛立ったり、励まされたりと感情をぶつけ合ううちに自分の恋心を認めざるを得ない展開になるというのは微笑ましくて良かった。
BL小説家、檜原まり子の作品の一つに『マリンブルーは密やかに』という小説がある。2008年、講談社X文庫ホワイトハートから発行された。舞台はアジア・オセアニアクルーズ中の豪華客船。そこに乗り込んだ保険会社から委託を受けた調査員の受けと、元自衛官の攻めのラブストーリーだ。
正直なところ、この物語の一番興味深いところは、ストーリーなどよりも受けの両親だと思う。
受けの母親は日本人の医師だった。そして父親は在日韓国人の寿司職人。両親が渡米して、一家がカリフォルニアにいたとき受けは生まれた。医師免許が認められなかった母親は畑違いの仕事をして受けを育ててくれたらしい。後に離婚したようだが、受けの両親の話こそ読んでみたいと思った。寿司職人と女医さん夫婦米国滞在記なんていろいろ波乱万丈なドラマがあって面白そうじゃん。
というわけで、本作の受けは間違いなく在日韓国人の血をひいているのだが、特に在日とか韓国に関するエピソードは出てこない。受けが韓国語を喋ったりキムチを食べるシーンがあるわけでもない。彼が民族的なコミュニティや朝鮮半島に思いを巡らすシーンがあるわけでもない。冒頭、地の文でさらりと受けの生い立ちが説明されているだけで、その後はとくに彼が韓国系であることには触れないまま物語は終わるのだ。
なら別に受けが在日の血を引くキャラクターである意味ってないのでは?と思わないでもないけれど、まぁ深い意味がなきゃ在日がBLに出てはいけないってこともないし、これはこれでいいのかもしれない。なんと言ってもこの作品の舞台はいろいろな国籍のクルーが働く豪華客船なのだから。南太平洋を悠々と航海する船上のキャラクターにちょっとしたマージナルな要素を付与したいと作者が思うのもわかる気がする。船長の喜屋武も、受けと同様にマージナルな人物である。米軍勤務の軍人を父に持つ沖縄出身の男性で、金髪碧眼という日本人離れした容姿だが自らを日本人だと主張する。とても珍しい韓国系の受けや、沖縄と米軍というデリケートなバックグラウンドを持つキャラクターが登場するという点において、このお話はなかなか印象深かった。
『うつしみの花』は、幻冬舎リンクスロマンスから2008年に出版された全2巻のBL漫画である。作者はタカヒサ亨。舞台は飛鳥時代の日本で、有名どころでは葛城皇子(中大兄皇子)、皇極天皇、間人皇女などが登場する歴史ロマンBLである。ちなみに中大兄皇子と受けがキスする場面もあったりする。
主人公(受け)は、百済からの渡来人で金工職人である実父を持つ美少年。攻めは、受けの父親の弟弟子で、乃楽山(ならやま)の麓に住む百済系渡来人であり以前は都随一と呼ばれた腕を持つ金工職人だった。受けが攻めの弟子となるので職人師弟ものBLであると同時に、渡来人と渡来人の子孫が出会って恋に落ちる物語なのである。
職人の村で修行をする受けは、師匠であり恋人である攻め以外の渡来系の職人たちとも交流を持つようになり、技術を磨いていく。いつか攻めの故郷である百済に帰還することを夢見るようになるし、自分たちの存在は発展させ続けていく技術に拠って立つのだという強い自負心を持つに至る。彼らのアイデンティティは明確に百済系渡来人であることにあり、ヤマトにはないんだなーと読んでいて思った。
日本が舞台なのにあえて渡来人のカップルを描くなんて随分通好み(?)だなと思う。こういうのは珍しくて面白い試みだ。同時に、ちょっと私の中の日本人としての感覚が一抹の寂しさというか疎外感を感じなくもなかったような……。この記事のテーマである在日と古代日本の渡来人はちょっと違う存在なのでこの作品には簡単に触れるだけにとどめるけれど、思いがけずヤオイを読んでいて自らのナショナリズムが浮上したという点で本作は印象深い作品だった。私が気にしすぎなだけだけなんだろうけれどさ。
もちろん、健気で頑張り屋な受けとクールで格好良い攻めは萌えたし楽しめた。
ところで、作者のタカヒサ亨は、角髪(みずら)に萌えてこのお話を描いたらしい。わかるわー私もみずら萌えです。特に青年の下げみずら姿は可愛くて良い。不評でなかなか描かせてもらえなかったとのことだが、残念だ。もっと見たかったよー。
ハテブやツイッター、増田2ちゃんねるでコメント下さった方ありがとう。せっかくだし嬉しかったので、いくつかのコメントにお返事します。
恐縮です。ありがとう。
自分のブログではこういう記事を出したことがないのでうまく書けるかわからなかったし、書いたとしてもこの記事だけ場違い感がぷんぷんして浮き上がってしまうだろうと考え増田にしました。悲しいことですが、BLも在日も荒れやすい話題ですから。
私は金蓮花の初期の作品が好きでここ7~8年の著作は読んでないのですが、作品だけじゃなくて作家自身も本当に興味深いなと思ってその動向は注目しています。ラノベ界でも稀な在日外国人であることを明かしている作家さんですよね。まして日本と関係が良好でない国を祖国に持つ人ですから、日本社会で生きる彼女自身、悲しみや自負心を含め複雑な感情はあったんじゃないかなと想像しています。日朝首脳会談が開かれ拉致問題が発覚した2002年、この年に発売された『伽椰琴打鈴』を最後に、彼女の著作の中で一番‘朝鮮’を押し出している銀葉亭茶話シリーズが発行されていないというのは、偶然かもしれないけれどなんとなく象徴的に見えたり……。
確かに文化が違う、価値観や倫理観が異なっている、と強く感じる点はいくつかありましたね。面白いなと好ましく思う相違もあれば、モヤモヤする思いを抱える相違もありました。私の場合、女性の描かれ方や女性の置かれた立場というのが結構気になりました。『蝶々姫綺譚』で、女性が子を成さずに死ぬのは罪である、罰として死後の世界で償わなければならないという設定には、儒教をベースにしたファンタジーだとこうなっちゃうのか、とびっくりしたなぁ。日本や日本よりフェミニズムの強い欧米発のファンタジーじゃそういう設定ってないでしょう。まぁ、当時の価値観を反映させた設定であることが良いという考えもあるとは思いますが、現代女性としてはファンタジーとはいえその世界の女性は生き辛そうだなという感じたのも事実でした。
ネットで読める作品もるし書店や図書館に置いてある作品もあります。個人的に、興味や関心の度合いが在日>BLという人よりは、BL>在日の人の方が楽しめるとは思いますが。
全然関係ないけど、最近アメリカのスラッシュが翻訳されて日本の書店の店頭に並び始めましたよね。日本語で海外スラッシュが読める日が来ようとは思わなかった。嬉しい。
皆さんがどなたをイメージしているのか興味あるなー。私は弱小ブログを書いてますが、Twitterはやっていないんですよ。
韓国人は日本人よりも情熱的、確かにそういうイメージありますよね。こんな記事書いといて言うのもなんですが、家族友人知人に韓国人や在日の人っていないんで実際そうなのかはよく知らないけれど。
確かに作品が面白ければ作家は関係ないというのは仰る通り。私も普段は書き手には興味がないんですが、今回は冒頭で書いた某サイトにはなんだか妙に感慨深くなってしまいまして。
創作の中のマイノリティ、本当に興味深いですよね。読み専なので創作の苦しみは知らないのですが、創作物にマイノリティを登場させる際書き手さんはやっぱり慎重になるんだろうなぁ。セクシュアル・マイノリティが登場するBLは殊にそういう姿勢を求められているジャンルですし。常に政治的に正しいお行儀のよいBLである必要はないと思うけれど、読者が引くような差別的な描写が垂れ流しにされてるBLは読みたくないと思います。私はまだガチでがっつり民族問題を盛り込んだBLというのは読んだことがありません。今後もそんな作品は出ないんじゃないかなと思うし、たとえ出版されたとしても読みたいとは思わないかも、と考えています。娯楽作品には悲惨な差別とか貧困とかの要素は求めていない性質で、どちらかというとイチャイチャ、ドキドキ、ワクワク、エロエロ、アマアマ、ラブラブって感じのノリの方が好きなんですよ。なのでフレーバー的な登場のさせ方や特筆されるような描写がなくても私はOKなんですが、作家がまったくその問題の背景に無知ではキャラクターの魅力的な属性にはできないわけですしね。作家は10調べたことのうち1を書く(100調べたことのうち1を書く、だったかもしれない)と聞いたことがあります。BLを愛する者の一人として、そういうBL作家さんが今まで以上にたくさん出てくれるといいなぁと願っています。
http://h.hatena.ne.jp/shigeto2006/225866661947529698
僕の印象としては海外ニート氏と近い立場で、若者に日本は駄目だ、海外に行こうと勧めるようなことをしていたelm200さんが、
あなたのいうナショナリズムに傾くなんてのは東日本大震災と原発の影響以外には考えられません。
ただ、elm200さんはそこらへんの人とは違うようで、しっかり行動した結果をブログやTwitterにも書き留めているようで、まあ対話できる方でしょう。