はてなキーワード: ドライとは
高学歴・フルタイム勤務の母の元で良質な教育を受けた結果高学歴を得た私は、自分の子供にも同じ事をするのが当たり前、と思っている。
子どもたちのためにお金を稼いでいるという強い意識と、やりがいのある仕事をしていたことで母は仕事を続けられた。
限られた時間でも子どもたちの教育に時間を割いてくれたし、金銭的な余裕があった分それなりの経験も積ませてもらった。
専業主婦に比べたら手抜きな面もあったかもしれないが、それを不満に思ったことはない。
学校から家に帰っても母がいないのは寂しい、という思考にいたらなかったドライな性格も幸いした。
ともかく、仕事と家事と子育てで多大な負担を背負っただろう母には頭が上がらない。
家事代行やベビーシッター、食材の宅配などなど使えるものは使いまくる所存。
相手が見つかったらの話。
他のSNSもそうだけど、ある程度ドライになりきれないならもうリア友同士でTwitterやるのやめなよ。
正直、自分の陰口なんて、どっかで誰かが言ってるわけで、自分がすべての人に好まれてるなんてことはあり得ない。
せっかくTwitter、というかWebそのものが、「見たいものだけ見る」ということができるメディアなわけで、
わざわざ自分のこと嫌いな人を覗きに行って不愉快な思いをする必要はないはずなんだ。
でも、相手が友人だったり(それも中途半端に仲のいい)すると、気になるのかわざわざ悪口を覗きに行って、
自分で気分を害する。
またそうやって「あなたのTweetが不快でした」って言われたほうもこっそりブロックでもしとけばいいのに、
また、自分の交友関係に喧嘩の愚痴をさらしたりして話をややこしくする。
厭なら見るな。
なんか、「仲良くなりたい」というよりは、「自分がその人を助けるような関係を築きたい」というように見える
本当に「仲良くなりたい」なら、相手にとって快適な範囲でドライに突き放しつつ関わっていけばいいんじゃね
ちょっと気になってる子がいる。
委員長タイプと言うか、誰それが・・・できてないって批判はすごい上手というか頻繁にやるんだけれど、
人間に頼ったり、甘えたりするのが下手くそというか、そういうことをシてはいけない、してもいいと考えさえしない人ってのを見ていると
なんというか、人生しんどそうだなぁと思う。助けようとしても、私に構うなって感じではねのけちゃうし。
下心がバレてるかな。下心もあるけれど、頑張ってて大変そうだから助けたいって気持ちもあると思うんだけどな。
余計なおせっかいかもしれないけれど、その子のことがちょっと気になってるのでどう近づけばいいのかわからんです。
http://anond.hatelabo.jp/20111208173239
うんまぁ否定はできない。 そういう関係になれれば一番嬉しいのは確かだし。
やっぱり気になる子に頼ってもらえたら、って欲みたいなのはあります。
でも、どーしたらいいかなー、何やっても間違いになるみたいでうまく行動できない。
「仲良くなりたい」なら、相手にとって快適な範囲でドライに突き放しつつ関わっていけばいいんじゃね
ずっこい言い方だけれど、今すぐ深い関係になりたいわけじゃないけど、それだけで終わりたくもないというかそんな感じ。
思えば僕は積み重ねというものができない。
(これは深夜に活動するのが嫌なと手の皮膚が弱く荒れるので仕方なかった)
小学校のころ習ってて今もたまに泳ぐ水泳も上達することなく競泳的な泳ぎ方ができない。
今はほとんど聞かない。
だっていくらお金づきこんだところで2年に一度来るかこないかわからないアーティストだし
未だにとりあえず聴いている。良いのはわかる。気に入ってプレゼンにつかった曲もある。だから何だ!
てきとーに本屋に足を運んで
気軽に読めるものだけ読む
せっかく読んだ本の感想とか書こうとおもったけど続かなかった。
意識高く熱くなろうと頑張る。
でもインプットしたものもアウトプットしたところで金にならず終わる。
何もやってないわけじゃないけど
何やっても単発でおわる。好きなことも
お金とかの問題ややっぱ目の前で連載や放送されてるそのものが好きだから。
絵とか描いてみたいと思うけどめんどくさい。
自分に関係ないと思ったものに対しての熱の入れようがあまりに低い。
人の名前はほんとにそれが原因かも。
かなりドライ。ケータイみたらわからない名前がいくつかあって消した。
長期的な視野が大切と「理解」はしても「納得」できてないから結局コツコツした努力が無理。
まじめっぽくふるまってていつの間にか辞めることおおい。
もちろん友達も少ない。
これを読んだらこう思うべきなんだろうか?とか想像してしまう。
実際やるとその過程で見えてくるものがあると頭では「理解」してても、実際過程を楽しむ行動が取れない。
将来とかもどうでもいい。
みんながするんでしょ?とか思っちゃう。これ何二病?
でもそんな生活実際やったら楽しいんだろうなとか思ったりもしている矛盾
何したら楽しいの。
何かを好きになるのは自分の自由なのに
それを好きと言い続けられる精神がない。
それはまわりの目を気にしているからだと思う。
何が好きかがステータスになるから。褒めてくれる人や賛同してくれる人同調してくれる人を求めてしまう。
一方でステータス全面に出している人と会話するのめんどくさい。
今論文やってるんだけど
他に関心が移る。まぁ実際そっちをやっても対してできないんだろうけどさ。
せめて何か一つのことに強制で集中させてくれる合宿とかあったら
よろこんで参加するのになー。
ここ数年、恋人に恵まれない人間やそういう人間ばかりのコミュニティを目にする機会が何度かあった。
彼(彼女)らは口々に出会いがないと言い、結婚の見通しを聞けば数年の内には、とかお見合いでもいい、と言う。
率直に言ってその「出会いがない」という言い訳はあまりにもナンセンス。「出会い」という、白馬の王子様がある日突然現れたり、お姫様が空から降ってきたりするようなイベントを期待するのが間違い。
そういう出会いから恋愛に発展し、幸せをつかむ人がいないわけではない。しかし、20年30年と生きてきた人間は人生の節々で何十人何百人という異性と出会ってきているのだから、その機会をこれまで見過ごしてきた人間が、今更次の出会いからチャンスをものにしようなどと考えない方がいい。次も必ず見過ごす。
ではどういう努力をすればいいのか?それは簡単、「1対1で気を許して会話できる友人を、性別問わず作る」ことだ。
これ自体は恋人を作ることとは全く関係がない。要するに恋愛とは関係なく仲の良い知り合いを増やせということだが、中でも仲の良い異性の友人を作ることが必要である。
恋人がほしいと願っているが、気付けば仲の良い異性の友達すらいない、という人はいないだろうか。次のような点に注意する。
①サシでの交流をする
必ず1対1で関係を作る。最初は大勢のグループで遊んだり食事をしたりする仲でもいいが、必ずその中から1人、2人とピックアップして特に交際しておく。
グループの人間関係は一見しっかりしているようで、そのうち1人欠けてもどうってことはないようになっている(それがあなたでも)し、ちょっとした不和が崩壊を招く。
そうではなく、自分がいなければ成り立たない人間関係を作る必要があり、よほどの人徳でもなければ、それはサシの関係が最も簡単。
②「新しい」人脈を作りすぎない
よくあるミスが、人との出会いを求めて新しい人間関係を作ろうと躍起になってしまうこと。これは恋愛だけでなくビジネスの世界で最もよく見られる。これまで知らない人々と出会い、輪を広げるのは確かに心地が良く、出会いの場を増やしているように見えるが、実際はそういう新しい人脈は意外と発展性がなく、簡単に消滅することがほとんど。それよりは、これまでのコミュニティ、例えば中高、大学のサークル、ゼミ、昔の職場、隣の部署、取引先など、既にある程度交流がある人々との関係を見直していく方がよほど自然で、維持しやすい。眠っているコミュニティの人脈を掘り返してみる。
③「サシ飲みに行ける」距離感
これ以上でもこれ以下でもない。毎日言葉を交わす必要も、メールやSNSで交流する必要もない。飲みに行こう、と言えば都合の良い日を教えてくれる、という距離感を作る。異性の場合、無目的にサシ飲みというのはハードルが高いので、最初はプロジェクトの打ち合わせと称してもいいし、週末のミニお疲れ会としてもいい。何かしらの理由をつけて前例を作っておく。そして大切なのは、定期的に繰り返すということ。習慣は身につくもので、最初は理由がなければできないことも繰り返しているうちに違和感がなくなる。その距離を保っておく。
④恋愛対象でない異性こそ大切に
「出会いがない」という人ほど、身の回りの恋愛対象でない異性をないがしろにする傾向がある。それは大きな間違いである。恋愛対象でない異性ほど大切な友人として扱わなければならない。たとえ相手に恋人がいようとも意識的に距離を置いてはならない。恋人がいる人間は逆に余裕を持って異性に接することができるので、関係を深めるのは難しくないし、無用な警戒をされずにすむ(ことが多い)。そして、いったん恋愛対象でないと決めた友人に変な気を起こしてはならない。「この人は男女関係なく人と仲良くできる」という印象を持たせなければならない。
その友人に恋人がいるなら特に、その話を聞くように心がける。相手にとってあなたは自分の恋人と同性であり、その視点からのアドバイスはいつでも説得力とありがたみがある。これは互いに恋愛対象とみなしていない場合にしかできないので、そのような男女関係を目指すべきである。これは自分の恋愛観を形成し見直すのにも役立つし、ますます信頼を得ることができる。
⑥複数、できれば3人以上作る
そのような「異性の友人」を1人に絞ってはいけない。それは相手にとって負担が大きすぎるし、警戒されてしまう。あくまでもドライな関係を維持するためには、3人以上そのような友人を持つことが望ましい。そして、それらの友人はできるだけコミュニティを分散させる。
このように、仲の良い異性の友人、しかもサシ飲みをして恋愛の話に踏み込める友人を作ることがなぜ恋人を作るのに役立つのだろうか。それは以下のような効果による。
(1) 異性に触れられる
要するに「異性慣れ」
(2) 距離をコントロールできるようになる
異性の友人と適切な距離感を保つことができるなら、さらに踏み込むこともいずれできるようになる
異性の友人は自分たちの輪の中であなたの話をし、広告塔として働くことになるだろう。つまり、多数の異性と交流することなく自分の存在をアピールし、友人をパイプにしてさらなる交流を生み出すことが可能になる。これこそが、恋愛に発展しうる最も起こりやすい効果である。
「出会いがない」という人は自分の人脈をフル活用して異性の友人を作りましょう。
なお、筆者は男性であるが、高校、大学、大学院、勤務先、取引先のコミュニティにそれぞれ1、2人ずつの異性の友人がいる。恋愛をしたことがない女性から既婚者まで様々で、筆者が恋愛の仲立ちをしたこともある。facebook、mixiやメールを使っていつでも酒に誘うことができるが、上に挙げたとおり彼女らと恋愛に陥ってはいない(大学時代、上記のような関係だと思っていた女性から交際を申し込まれたことはあるが、断っている)。
大学〜現在の勤務先の間に交際した女性は5人だが、全て上のような心がけをしてからのお付き合い。高校時代は振られてばかりだった。
四年半付き合った彼女と別れそうになっている。
大学入った時から付き合って、四年間半同棲みたいに一緒に住んで、今年の四月から遠距離恋愛になったんだけど、前の秋にちょっとゴタゴタした揉め事を引きずったまま遠距離になったから今年は結構大変だった。今までは喧嘩してもお互いが譲歩しあって仲直りできたのに、遠距離になるとそういうのがなくなって、仲直りのために東京に行ったり地元に来てもらったりするのがすごく大変で精神的に参ってしまった。そこに彼女の就活が始まったおかげで、就活がどれほど忙しいのかよくわからん俺と、就活で忙しい彼女との生活のやり方の違いがだんだんと亀裂を大きくして行って、とうとう本気で別れようという話になったわけなのだ。
しかし今まで別れなかったのは、別れるのに使うエネルギーより関係修復するエネルギーの方が小さいから、お互いが折れて仲直りしたほうがいいという合理的な考え方でやってたからで、いざ別れようとなるとこれだけ長く付き合った人と別れるのが勿体無く感じてしまってどうもうまくいかない。それは向こうも同じようだ。
ああ、さっさと吹っ切ってあたらしい彼女作りたいなぁと思うきもちと、四年半付き合って別れた先にどういう恋愛ができるのかなぁという臆病なきもちがせめぎ合ってる。恋愛に対しては結構臆病なんで、浮気とか無理だったし、適当な女の子と仲良くなって天秤にかけたりとか、無理だなぁ。そういうことしたかったんだけど、そういう機会があっても別の女の子と遊んだりとかできなかったな。
正直今の彼女には不満しか無いし、セックスもつまんない。それでも過去に築いてきた思い出とかたくさんあるから、別れたくないしできたら関係修復したい。壷のまとめサイトで、元彼からのウザいメールというのがあって、笑いながら見てたけど、自分も同じことしそうでなんか嫌だな。女の子はこういうのふっ切るの早くていいね。
電話帳から削除するのがためらわれるし、mixi も facebook もつながったままで向こうから切られるのを受動的に待つだけしかできない。さっき電話してなんで切らないの?着信拒否してよって言った。毎日電話してたから夜になったら自然とかけそうになるし、かけてしまった。しんどいなあ。俺結構ドライだと思ってたのに。なんで好きでもない女に電話かけてるんだ。
はたから見れば条件のいい職場だったんで周りからは散々止められたが…
もうすぐ29の誕生日。やり直すならラストチャンスだと思って。
思えば大学は才能もないのに文芸系の学科を選んでしまい就活もうまくいかず、
新卒でブライダル中堅 → 出会い系業者の別事業 → 先日までいた職場(自称ITベンチャー)と
最後の職場は実際には3度も運営母体が変わってるから6社渡り歩いてきた事になる。
社内システムのオペレーション(簡単なフォーム入力など。正直大した業務じゃない)
それで給料は手取り38万。もちろん本来俺にそんな価値はない。
でも社内にいるのはバブル世代の何もできないオッサンばかりで、
PC周りとか、誠実に対応しなくちゃいけない相手とのやり取りとか、
タイトな案件のスケジュール管理とかのサポートをしてあげてたから、
「お前がいないと困る!」と乞われ、いままでダラダラ居座ってしまった。
多分本当にいないと困ったんだろうし、実際これから彼らは大いに困るだろう…
でも心を鬼にして辞めた。理由は二つある。
これは理由というか、業界全体が落ち込んでるせいで
まあ俺がいてもいなくても再来年は迎えられないよねっていう状態なので、
多少気兼ねなくやめられる。
サブの業務はは小規模だけど暴利を漁れるのでオッサンたちで何とかするだろう。
これが効いた。別に直接接するわけでもなんでもないんだけど、
いつのまにか社内のあらゆる案件がクリーンでないものになっていた。
わかりやすくWEB製作の例で言うと、例えば通販サイトを受注するとする。
普通はどうやったら売れるだろう?と考えて、クライアントの希望もかなえつつ、
…でも極道が絡むとそうはならない。
まず極道がカモを見つける。
事業を持ちかける。というか押し付ける。
暴力を傘に方々調整しカモにとって有利な条件を整えてやり、
そのかわり自分たちの手のかかった会社で色々なもんを受注する。
(俺が手掛けていたWEB製作もその一つ。この時点ではWinWinのような気もするけど、
カモ側は実際は"手のかかった会社"がいないと運営していけない状態になってる)
雁字搦めになったところで、さらなる投資を促す。
カモは断れないのでどんどん金を吸われる。
最終的にもうしぼりとれないと判断したら、ぶっ潰す。
~ fin ~
つまり、ぶっ壊すためのビジネスを設計し、組み上げる。という仕事。
この繰り返しに相当精神を削られた。
ドライに見てもスキルアップに繋がりにくいし、なにより面白くない。
他人に興味が無いと言うか、相手のことをちゃんと見ていないと言うか。
気が利かないって言われるのも多分そのせい。
久しぶりに人のことを好きになったような気がしたけど、
「それってたまたま上手く行きそうな女にころっといっただけじゃね?」といわれれば反論できない。
もっと女友達のこと、よく見てみようと思った。
好みの女性って意外と身近にたくさんいるのかも知れない。
http://anond.hatelabo.jp/20070827203504
他人の明らかな好意を無下にしてるとこを見ると、何様だと腹が立つことはある。自分のことだと腹が立たない。よっぽどのことだと気色悪くて相手を遠ざけたい気分になる。しかしやっぱり憤慨するところまで上がってこない。
自分は頭が悪すぎて感情の整理がつかないのかと思っていた。知人曰く、私の人付き合いはえらくドライでいつでも切れてしまいそうらしい。
つまりあれだ。怒るところまで他人のことを考えてない。真正面から向き合わない。テレビでも見ているかのように現実を見てる。
その証拠か、どこに行っても浮いてる気分。誰と話していても失敗している気分。
私だけホテイアオイよろしくぽっこり浮かんでいるような気がする。
ぶらぶらと気楽にやっていたら、いつの間にかクラスメートに敬遠され先生からも嫌われている(挨拶無視)完全孤立状態ができあがっていた。
連日のHRでの吊るし上げで監視恐怖になった。パニック発作になった。
相手を観察してみると、自分の受け答えを相手が快く思っていないことに気がついた。相手の表情が一瞬固まる。話が転がらない。私が思った通りに振舞うのはどうやら一般的ではないらしい。ありのままでいたらいけなかったのかとやっと気付いた。
その後は自分の考えや感情を表に出さなかったら人付き合いがうまくいったから、自制心と精神力で一生懸命自分を抑え込んでいった。
高校に上がってからはなかなか具合よく事が運んでけど、パニック発作とうつ病で通学できなくなり結局退学。
当時は精神的におかしくなってはいるものの、身の回りのことがうまくいっていて自分には問題がないと思っていた。
あとから母に聞くと、兄が「妹、おかしい」と言っていたらしい。
この頃の距離感と抑制癖がとれなくなっている。そんな気がする。
人に対してそこまでいれこんでない。どうでもいいのかもしれない。
当然、自分のこともどうでもいい。部屋も散らかる一方。手をつけても、何をどうすればいいのかさっぱり分からなくなってしまったりする。
料理も掃除も途中で飽きる。仕事や授業でのメリハリも一切ない。日常や自分の部屋での延長のよう。全く集中できない。
うつ病とは違うと思う。人とは朗らかに話せるし、楽しいことがあれば爆笑する。
他人の感情のポイントがわからない。何に怒って何に笑うのかがいまいちわからない。相手は私と対峙したら手応えがおかしいことに気がつくに違いない。だから友達もできないんだよ…たぶんだけどな。
業界ではトップクラスの利益をあげているし、設立年数を考えれば飛躍的な成長を遂げている。
しかし、更に上の会社とは今のところ超えられない壁があると感じている。
その理由を「確固たる軸となる事業が一つもない」ことだと思っていた。
それは社内でも同じ認識だと思う。
しかし、実際に働き始めて、この会社が何故成長しないのかわかってきたかもしれない。
それは「社内のチームワークがすこぶる悪い」ということだ。
私は転職したばかりで、いろんな人にいろんなことを聞かされる。
その内容の9割、もっと言うと9割5分はネガティブな内容だった。
「直接言えばいいじゃない」と思い、その旨を言うと「あの人に嫌われると外されるから」と。
他にも、まだ入社してない内定者に対し「あいつ使えない」と陰口を叩いたり。
最後の学生生活を割いてまでインターンをしてくれている新人以前の学生に対し、それはないだろうと注意した。
とまぁこれを見た方は「よくあることじゃない」と思うかもしれない。
私も友人に相談したらそういったことを言われた。
しかし、私は転職する前にアメリカで働いており、国民性もあるかもしれないがこういったことが皆無だったので驚いた。
前の会社は本当に仲が良かった。業績も好調で、私が最初に入った頃と辞める頃で社員数は30倍になり、世界的にも認知される会社にまで成長した。
その理由として「チームワークが良かったから」などとは毛頭思っていない。
なぜならそれが当たり前だと思っていたからだ。
普通に飲みに行ったりするし、休みに社員同士で遊びに行ったりもする。
そこは日本とも同じだと思う。
何が違うのかと言うと、仕事とプライベートを完全に分けて考えているのだ。
仕事では結果が全て。結果を出そう。失敗をしたなら結果を出せるように頑張ろう。それだけなのだ。
しかし、今の会社では全くそんなシンプルな働き方はできないと思った。
アメリカがドライなのではなく、日本の企業がウェットすぎるのだ。
仕事に集中できない。
乱暴な例を挙げると、サッカーはゴールを奪い勝利することが目的だ。フィールドで人間関係がどうのこうのなんて関係ない。
仕事はどうだろう?企業の目標は業績を上げること(もちろんいろいろあるが、原則的には)なのではないか?
前の会社は「いいものをつくって大きくなる」という非常にシンプルな目標について進むだけだった。
今の会社は目の前にある障壁を気にしながら進むという状態だ。
本当に話した社員全員が人間関係を気にしている。そこまで他人が好きなのか。
チームワークがどうのこうのなどということを気にしていること自体が足かせだ。
解決すべき問題は「どうしたらもっと大きくなれるのか」ということだ。
「チームワークが悪い」などという非常にレベルが低い問題により今の会社の成長は妨げられている。
人に気に入られないとパスが来ない、シュートを外すともう二度とフィールドに立てない、トラップをミスすればモチベーションを下げることを言われる。
結果、仲の良い選手間でパスを交換しているだけという状態になる。試合すらできてないのだ。
私が解決するべきことはまず試合をできるようにすることだ。
チームを勝たせるために移籍したのに、そこから始めなければいけないとは。
先日久しぶりに、自社ビルの脇道に猫の餌(ドライフード)が置いてあった。
◇ ◇ ◇
総務のハイミスYさんは、通称「猫の引導師」と呼ばれているだけあり、猫がとにかく嫌いで、
これまでも猫の餌を見る度に処分し、猫が嫌がるようにペットボトルを置き、画鋲を巻くなど、
Yさんの考え得る「猫の嫌がること」は全て実行していた。
◇ ◇ ◇
しばらく猫にとって受難の日々であったが、Yさんにとっては平穏無事な日々であった。
そうして数ヶ月後、野良猫たちは新天地を求めたのか、徐々に姿を消しいき、
我々社員達も猫がにゃーにゃーと徘徊していた時代を忘れかけていた。
◇ ◇ ◇
そんな時に例のキャットフードである。
Yさんは忘れかけていた記憶が蘇り、猫への憎しみで一杯となった。
餌をまいている誰かさんが餌を用意すればするほど、猫たちは苦しみを味会うことになるのである。
Yさんも、仕事中であろうがランチタイムであろうが、猫への憎しみと復讐心で満たされていた。
「猫が・・・・・・猫が・・・・・・」とブツブツつぶやく姿を見た者はその晩、夢にうなされたそうである。
Yさんも「餌まき氏を見つけて注意する」とか「張り紙で注意を促す」といった理性的な感情を失い、
ただただ猫をいぢめる事のみ考えていた。
◇ ◇ ◇
そんなこんながあったとはつゆ知らず、エレベーターでYさんと同乗した際に、
にたにたと笑うYさんを見て寒気が走った。
その姿は皮肉にもチェシャ猫のようだとわたしは思った。
そしてエレベーターが1階につくと、
「ぐぬぬんうぬぬぬぬううんんおおおーーーんおんおんおん」
受付嬢に「何事?」って聞くと、「さぁ?」とかえってくるばかりなので、
◇ ◇ ◇
会社のビルの脇道は人が一人かろうじて通れるかどうかの細い通路で
そこをYさんは四つんばいになって、
「うぉおおおおんんんん、うぉんんうぉん」と低い声で咆吼をあげ走っていた。
そして奥まで走っていったYさんが折り返して、こっちに戻ってきた。
「だ、大丈夫ですか・・・・・・?」目があったので思わず聞いてしまった。
『今までいろいろ試してきたけど、これが一番猫には聞くの。猫も怖がってしばらくは寄りつかいないでしょ。』
Yさんはどこか誇らしげだった。
わたしは「そ、それはよかったですね」
とだけ答え、先輩に頼まれたキャットフードを買いにコンビニへ向かった。
就活戦士となっていたのは、もう5年前のこと。
あの頃は、学生特有の無敵状態で、何でもできると思ってた。
自分は見えているんだけど、悪いところは成長すれば改善するでしょう、という楽観思想。
すでに成熟しきった分野であることと、全く車に興味がなかったこと、目立つことをしたかったこと、
ぐらいの動機で、だけど、マスコミとか広告代理店という華やかでハードルが高い業界へは、
そんなん興味ねえし、ほどよく一目置かれるぐらいで満足だし、
とにかく、若い会社がよかった。
取り繕って捻出した動機では、本気でそこを目指している人には勝てなかった。
面接官は、よく見ている。
結局、受かった会社は、県外のIT系のベンチャーで、社長のカリスマ性に惹かれての選択だった。
こんな風にブログを書くと、
どうせブラックでこき使われたんでしょう?
みたいなオチがありがちだけど、
そんなことはなかった。
そこは私は、石橋を叩いて渡るタチなので、見極めができていたようだ。
会社は、新人研修もしっかりしていて、社員の面倒見もよかった。
怒号や罵声が飛び交うなんてこともなく、ドライの中にも情がある、という感じだった。
そんな中、私は、自分に合ったペースで成長することができた。
ベンチャーと謳ってはいたけど、実に堅実な会社だったように思える。
客先に出始めたのも、1年目を終えるあたりから。
遅すぎず早すぎず。
ただ、次第に、入社当初に抱いていた、
「この会社すげー!」
という感情が薄れていくのがわかった。
中に入ると、色んなものが当然見えてくる。
私は、何のためにこの会社を選んだのか。
学生時代のかけがえのない友人や彼女と別れてまで捧げる会社なのだろうか。
過去の自分を否定しないために、今一度、別の世界へ飛び立ってみたくなった。
有名な会社を受けてみて、駄目だったら地元に帰ろう、という安全牌を選択した。
「賭けている」という熱さも気概もなかったのだろう。
そして、身に付いている技術も未熟だった。
結局、地元に帰ってきた。
新しい会社は、前の会社と同じ職種だけど、前よりももっとベンチャー気質な感じ。
前の会社に比べたら組織化もまだまだで、上下関係をそんなに意識しなくてもいい。
そして、若い。
そんなベンチャーに身を置いてわかったのは、
私は、常にアンテナを張り、流れに置いてけぼりにならないようにしなければいけなかった。
また、一つの技術を掘り下げるより、幅広い技術を身につけないといけない。
いや、どっちでもいいんだろうけど、やるからには、どっちかなのだ。
ある一つの分野のエキスパートになるか、幅広く何でもできますよというスタンスでいくか。
どっちかでないと、今後、食っていけないと思う。
そういう業界に身を置いて、
心がこもっていないというか、上の空というか。
モーションだけは、「やりまっせ!」というのを出しているけど、心がついていってないというか。
ホントはこんなこと、やりたくないと、心が言っているのかもしれない。
だから、振り返ってみて思うことは、私は、実にベンチャーに向かない、ということだ。
ある実績のあることに対して安心をした上で、その道を突き進む。
新規開拓より、メンテナンスが好きなのかな。
評判を先に気にする。
就活で冒険することなく、堅実な会社に入って、気の置けない仲間と遊んだり、慣れ親しんだ街でデートしたり、
そういう生活を想像すると、はかなくて虚しいけど、心安らぐ。
過去の自分を否定したくなくて、こんな風な考えは否定してきたけど、
やはり、これが自分だと思う。
疲れたね。
横だけど。
ここ10年(自分は30代前半)の体感での周り(友人や兄弟)の出会い状況は「ネットのオフ会で出会う→付き合う」って流れが多いというか、ほぼそのパターン。
そしてその後結婚するのもチラホラといる。
地続きだとお互い交友関係が被ってるから別れでもしたら後が面倒くさいと考えているとか?
誰かの紹介だとそれもしがらみがあって別れたらやっぱり面倒くさい、だから自力で探す?
そういう婚活的なドライな出会いって、「今」のスタンダードなのかな?
自分の周囲のだいたい同年代の少なくない数の既婚者達は、1人の例外もなく「学校や職場から地続きの恋愛結婚」だから、正直ぴんと来ないんだよね
絞り込み・スクリーニング的な婚活やってる人も1人も知らないし(「積極的に紹介を受ける」ぐらいならいるが)
このリストが完全に有害無益だとは思わないけど、結局のところ「合理的判断としての婚姻差別」の集大成として社会的承認を求めるものだから問題あるわけで、
まあどうしてもやりたいなら、こういうのは「もっとコソコソやれ」と思う
でもって、「効率のためのふるい」を使用するような場面じゃないというのは、ブクマで指摘されてる通り
それなんだけど
昔は「ある程度身許の保証された相手と親しくなって」だったのが
今は出会いからしてもうちょっとドライなわけじゃん。婚活なんてその際たるものだけど。
たくさんの異性から項目設定で絞り込むわけだからまさにふるい。
あと強いて個々の相手のアリナシ判定に使うなら
盛り上がっちゃって「結婚する!」って決めた時に
こういう冷徹なチェックシート使ってみると、第三者視点の諫言の代わりになるかもしれない。
ダルビッシュの結婚時なんて誰が見ても「絶対やめとけ!」だったし、結果は案の定だったけど、
「絶対やめとけ!」はサエコと直に会ったことなくても言えることだったし
実際大体合ってるわけだよそういうのは。
夕飯時になると餌やりばあさんが現れてそこらじゅうに餌を置いていたっぽい。
餌やりばあさん自体は見たことがなかった。
昨日、帰宅途中に70代位のばあさんとその娘らしき人が前を歩いていた。
その道は猫ロードと並行している道。
一瞬、ばあさんは肘を動かすと豆まきのように猫餌をまいた。
餌はドライフードにもかかわらずバラける事無く民家の門の一角に10センチ四方の範囲にまかれている。
(凄い神業!これが猫ロードの餌やりばあさんか。)と見入っていると瞬時に野良猫が来て捲かれた餌にありつく。
ここで、ばあさんが娘に『怖いのよ。』と云う。
『向こうの道』と、猫ロードのほうを指し、
『歩いてるとさっきの猫がきてエサくれって言った。』
『みんなわかってるのよ、私が餌持ってるのを。』
『遅ってくるのよ。』
『だから向こうの道は通らない。』
といった内容のことを娘に話し続ける。
娘は頷くのみだった。
なんか怖かった。
ようし、もっと話をわけわかめにしちゃうぞー。
ビールは辛さがあるし、酒好きの人に寄った酒だとは思う。
自薦醗酵でフルーツを添加するランビックとかだと、カクテル好きの人が好んで、ドライビール好きは敬遠する傾向があるよ。
経験則だと、ドライビールを好む人はそば焼酎とか軽いモルトとか結構いけると思う。
ビールってもいろいろあるんだよぅ。
ビールが嫌いとか言うなよぅ。
ぶっちゃけ、お前さんが嫌いなのはドライビールじゃないのかね?
ランビックとか同じラガーなら、シュバルツとかどうかね?
本当に飲まなきゃ駄目なときは、あらかじめオレンジピールを持ち込んで投入するんだ。
俺は、普段からいろんな酒飲んだりとか、カクテルブック見てるだけで癒されるわー。
とか周りに話してるので、
真っ先に自分が飲みたい酒を注文しても違和感無く受け入れられてるぞ?
ちなみに、緊急時には「ビール嫌いなんだよねー」と言うよりは、「ドライビールと言うか、ピルスナー苦手なんだよねー。」と回避するようにしてる。
相手が混乱するから。
さらに、「ピルスナーでも好きなのはあるよ~ウルケルとか、辛くないのはいいよね~」と畳み掛けるとみんな突っ込み諦めてくれます。
そんな、コーヒーに塩入れて飲んでも驚かれない俺だが、ワインを水割りにした時は驚かれたことがある。
ちなみに、紙パックは最高だと思う。遮光性とか保湿性とか。
たとえば、部屋借りてから他の部屋が気に入っても、まず引っ越すほど惚れ込むことはないだろうし、どうしても惚れ込んじゃった場合は引っ越すだけ
要するに、心変わりの可能性をそれほど大きく見積もってないし、心変わりを大して問題視もしてない
っていうこれは、キミの言うところのドライな考え方ってことになるの?
若い頃。
高校卒業と同時に解散したものだと思っていたら 大学1年の夏 彼女たちは新しいボーカルを入れて活発に活動していた。
何もいってくれなかったことへの言葉にできない寂しさ。悔しさ。
そのことについて誰にもいうことができないまま 私は他の友人と音楽を始めた。
それはそれなりに楽しかったが やっぱりずっと心には以前のバンドへの思いがあった。
彼女たちはプロになりたがっていた。たくさんのコネも持っていた。
私よりもはるかにうまい新しいボーカルといろんなステージに立っていた。
それでも賞を取ることができない。
そこで今度のコンテスト、二つの地区でエントリーして出ることにしたというのだ。
私は何もいわずに引き受けた。
結果、私が出た方の地区で優勝し 結果的に再び私が歌うことになった。
結局その後しばらくバンドは続き 数度のコンテストで結果は出たものの 最大のチャンスにメンバーの事故などが重なり
そのまま解散した。
それからいくつものバンドを続けてきたが いつも自分だけがいらないといわれるんじゃないかという不安はぬぐえない。
ずっとずっと。
数年前、やっと信じられる人たちに出会え楽しい時間を過ごすことができた。
でもいろんな歯車が、、狂ったのか。
わからない。そもそも、そのあたりドライなひとたちなのかもともおもう。
イベントの企画があがっているのだが 周りからはちらりとその話を聞いているものの 本人からの話が一向にないのだ。
直接あったのにも関わらず、だ。
はたからみたら、そんなこと なんだろうとおもう。
でも私にとっては。もうその人間関係をすべて白紙にするのと同じことなのだ。
SNSの新着もぜんぶ届かないようにして いったん情報を遮断しないと。
そして知ってるひとには 誰も届かないここで 吐き出すことしかいまはできない。
ああ、もう。この。知らない土地で。近くに味方はもういないとおもっていきていこう。