はてなキーワード: トランスジェンダーとは
違う。
こんな感じってわけではなく、まんま「この男の娘いいなー」という風な使われ方している。
よくある例が佐藤かよ。
ホルモン投与もやっているし性転換も済んでいる。
ということは、
ニューハーフだろうが、
一応女に見えるような人はね。で、現実は先入観(前情報)無しじゃパっと見は一応女に見えるって人は多い。
3次元のセクシャルマイノリティはデリケートな問題があるから、
男の娘ってまとめちゃいけないってことでもある。
趣味女装の人は性同一性障害だとかニューハーフだとか言われたくない。
性同一性障害の人もニューハーフだと言われたくないし、女装だとも言われたくない。
ニューハーフも同じく。
軽々しく一纏めに呼ぶ風潮があってはならない。(現実ではね)
問題は、たまにまとめブログで取り上げられるような2ch(主にVIPやニュー速)では
2次元用語としてよりも、現実のトランスジェンダーや女装者を関係なく持ち出して同列に語ってるところだ。
定期的に男の娘うんたらっていう記事が出てくる。
で、アニメや漫画に限定してスレが盛り上がってるだけなら何とも思わないのだが、
"毎度のこと"現実の女装子や性同一のトランスジェンダーの画像が貼られて盛り上がっている。
いい加減にトランスジェンダー、性同一性障害、女装子をまとめて男の娘呼ばわりするの辞めてほしい。
全部別もの。
男の娘ってのは、服装や性別はもちろん、アイデンティティも普通の男の子なんだけど
顔立ちやスタイルがどう見ても女の子のようにしか見えないような若年男子のこと。
そういう可愛い男の子が女装した時の女装男子も男の娘呼ばわりされることがあるが、
そして本人が、男に生まれたけど自分を女だと認識してるのが「性同一性障害」。
そこで実際に女の服装したりホルモンに手つけたりしたら「トランスジェンダー」。
トランスジェンダーは、性転換の有無は問わず、性同一性障害でありながら、
性ホルモン投与などを行って女性化をしている段階であればトランスジェンダーなる。
自分が男だと分かってて趣味で女装を楽しむだけのは「女装子」。
そういう女装子が行きすぎてホルモンとかに手をつけたら「女性化願望症」。
(見た目はトランスジェンダーと同じだが、トランスジェンダーは性同一性障害である事が前提なので異なる)
実はこの性同一性障害ではないのに性ホルモンや肉体改造にまで手を出す人達を女性科願望症以外の適当な言葉が存在しない。
日本じゃホルモンやったり豊胸したりして限りなく女性的な容姿の人をトランスジェンダーとは別に
「ニューハーフ」って呼び方するけど、本来はニューハーフは水商売業(タレント業含む)をやってる事が前提にある呼び方。
ただし性転換をして戸籍変更すれば「元ニューハーフ」となる。ニューハーフという呼び方はまだ性転換手術をしていない状態。
以上のように、性同一性障害者/トランスジェンダーは男の娘には含まれない。
ニューハーフは職業的な意味だから、ただ女装が好きな男性が水商売業に就いたらニューハーフになる。
男の娘だった男子も、女装をして水商売業に行けばニューハーフになる。
性同一性障害者やトランスジェンダーも水商売でニューハーフになる。
ニューハーフ業を辞めれば、元ニューハーフという肩書きは付くが、
トランスジェンダーも、また一般のトランスジェンダーに戻るだけ。
(男の娘と女装男性は、女装しなければ普通の男性にいつでも戻れる)
ここまで書けば、各呼び名の違いやニュアンスが掴めたと思う。
日本語での妥当な翻訳だと、「ニューハーフ」が一番近いとされているけど本当はちょっと違う。
女装子やトランスジェンダーの人らを総じて男の娘って呼ぶ風潮があるけど、
メディアにおいては、ニューハーフ&性同一性障害とは違うという分け隔てができてるみたいだが、
メディアはどちらかというと、若年女装子を男の娘って呼ぶ風潮がある。
(中高年女装者や中高年で乙女的な人をオネエって呼んでる節がある。このオネエが昔で言うオカマの代替言葉)
オカマ・・・見た目も心も男性なのに仕草や言動が女性的な男性/または心や仕草・言動は女性なのに見た目が男性的な男性(今は侮辱言葉でもある)
オネエ・・・オカマの現代における代替用語。(メディアではニューハーフも含める事がある)
女装子・・・普通の男性なのにファッションや性的趣味で女装を楽しむ人
→ その中で若年で綺麗に見える人に限り、男の娘と呼ばれる節がある
→ そうでない人や中高年者は、好意的にオネエ、または差別的にオカマ・女装者と呼ばれる
男の娘・・・普通の若年男子なのに、風貌が女の子に見えてしまう男の子。
→ 上手く女装をした時だけ綺麗な女の子に見える若年女装男子にも用いられることがある
ゲイ・・・自分を男だと思っていて、なおかつ同性の男を好きになること
(性同一性障害者は自分を女だと認識しているので同性愛だとは思っていない)
女形・・・舞台やショーにおいてのみ、役作りの一環で女装をする。
もっと分かりやすく、芸能人を公言を元に振り分けてみよう。
(元ニューハーフで性同一性障害のトランスジェンダー)性転換&戸籍変更済
(性同一性障害のトランスジェンダー)性ホルモンはやっているが未性転換
一説によると、芸能界では世間の混乱を招くために、トランスジェンダーである者は
(性同一性障害を抱えたオネエタレント)性同一ではあるが性ホルモン等すらやっていない
(オネエor女装キャラを演じてるだけの一般男性/女形に近い)
(不明・その他)
女装が好きな事は明白だが、本人の性自認が謎(自分を男だと思ってるか女だと思っているか)
→ 彼の性自認は「男」。時折見せる女装姿は役のため。つまり女形役者。
彼の素顔は女の子っぽいというより、クールな美少年なので少し違う。
実際には、メディアには男の娘に当てはまる芸能人はあまり出てこない。
ネット上にはよく出てくる。
女装してるわけでも化粧してるわけでもないし、
それが「男の娘」。
されどネット上では、全部がごっちゃになり、
これは間違い。
そして女装した時だけ綺麗な女に見える女装上手な女装男子のことも
現実でのセクシャルマイノリティの区分けは前回も記事を書いたので、
是非参考にされたし。
少々長くなりますのでご了承ください。
新たなる代用語として充てられている感はあるが、
それでも依然として、
同性愛・性同一性障害・ニューハーフ・トランスジェンダー/トランスセクシャル・インターセックス(両性具有者)
といったセクシャルマイノリティと混同している人が目立つ。
各々の定義は、とりあえず現在はwikipediaに記載された定義が最もベターだと思う。
(実態と異なる部分も少なからずあるが、うまく区分けされまとめられているように思う)
ニューハーフという定義だけは曖昧で、厳密にはLGBTのセクシャルマイノリティには当てはまらず、
性自認が男であろうと、恋愛対象が女性であろうと、性ホルモンを投与してなかろうと女性の恰好や仕草をして
それを売りにして"水商売・風俗産業"に従事する者達を指す言葉なのだが、
近年は「将来的に女性として生きる事を目指していて、性ホルモンを投与していて見た目も女性らしく見える人」を指す言葉でもあるようなので、
広義的にLGBTのセクシャルマイノリティに分類しても良いかと思っている。
仕事のためや趣味だけでニューハーフをやっている者もいるので、LGBTに含まれないニューハーフがいるのも事実だが。
ここで、その「LGBT」とは?
セクシャルマイノリティの区分けを大別して国際的に以下のように区分される。
T・・・トランスジェンダー/トランスセクシャル (性別変更者)
※セクシャルをセクシュアルと呼ぶ事もあるが、
さて、現実世界で男の娘と定義されるようになったかつての女装子達。
一般理念としては、「身体の性別が男性で、性同一性障害ではなく性ホルモンも投与しておらず、
ただのファションの一環としてや性的嗜好により女性の服装を纏ったり化粧をする者」という定義だと思う。
しかし中には性同一性障害の人で、女性化の一歩として女装から入る人もいる。
まだ性ホルモン等もやっていないので周りから見れば女装にしか見えない。
本人に性自認を聞かない限り判断はできない。
そういう人は外観から見れば女装者だが、正しくは「性同一性障害のトランスジェンダー」という区分けになる。
性同一性障害であろうとなかろうと、性ホルモン投与を始めたり、
身体の手術を行えば、「ニューハーフ」という区分になる。
(ここで、ニューハーフとは水商売・風俗産業に従事する者という定義に当てはめれば、
性ホルモン投与を開始しても、一般職だったり学生だったり無職であればニューハーフではなく
「トランスジェンダー」という区分になる。広義的な意味ではニューハーフという区分でもいいかもしれない)
トランスジェンダーは、まだ完全に工事が終わってなく女性化の途中段階の人で
トランスセクシャルは性転換手術も完全に終えた人を指す。法律と性器の外観以外にこの2者に大きな違いはない。
(同じトランスジェンダーの中でも性ホルモン投与が始めたてで身体の肉付きがまだ女性的になっていない場合は見た目の違いは顕著な事も多い)
同性愛とは周りからの判断で決まるものではなく、本人の性自認によって委ねられる。
本人が「自分は男だ」と自認していて、かつ同性を好きになる事が同性愛。
本人が性同一性障害などで「私は女だ」と認識していて男性を好きになる行為は
本人にとっては「異性愛」。これらは「性的指向」と呼ばれるもので、
見た目や仕草に決まりがあるというわけではない。
冒頭で書いたように、女装を嗜んだり、女言葉を使ったりしていても
当事者が「自分は男だ」と自認した上で男性を好きになる事は同性愛であるし、
まだ見た目は男のままでも、性同一性障害であるなら異性愛という認識になる。
「幼い頃から自身を女性だと思っていて、それまで男として暮らしてきてもいずれ女性の恰好をして性ホルモンや性転換などの治療を受け、
なおかつ24時間女性として暮らす事を望む者」という事が精神医学のガイドラインで決まっていて、恋愛対象が男か女かは特に問われない。
実状としては性同一性障害にも関わらず親との関係や環境上の理由により、男の姿のまま一生を全うする者もいるので
一概にどうと言えない。
しかしそういった者の中で男性が恋愛対象の性同一性障害者は、周りからは「同性愛者の男性」であると思われても仕方のない部分もある。
また、中には性同一性障害ではないのにも関わらず、自己判断で性ホルモンを投与したりいずれ手術に望む者もいる。
そういう者もトランスジェンダー/トランスセクシャルに分別されるが、精神医学上では「異性化願望症」と判断される。
ちなみに、性同一性障害の当事者からは、そういった異性化願望症の当事者を嫌悪/排他する傾向にある。
元々は、「普通の男性なのだが見た目が美少女にしか見えない少年」
といった意味であるようなのだが、創作世界から現実世界に派生し、
一部では、綺麗で女性らしい見た目であれば
性自認も恋愛対象も関係なく一律に男の娘と呼ぶとする者もいるが、
いったいどこまでを定義していいのか、当事者達にとっても悩ましい問題である。
そもそも、創作世界においての萌えに限定しては混同してもいいのかもしれないが、
現実世界においてのセクシャルマイノリティや性的嗜好を一括りするのは禁忌であると思う。
なぜならば現実世界においてセクシャルマイノリティの分野はデリケートな問題であるからだ。
当事者間においては、趣味で女装を嗜むだけの者にとってはニューハーフと同一視されたくない、
ニューハーフや性同一性障害のトランスジェンダー/トランスセクシャル者にとっては、
趣味で女装をしているだけの者と同一視されたくないというデリケートな思いがあるからである。
近年においては、ニューハーフ職に属していないトランスジェンダーやトランスセクシャルも大勢いる。
そういったニューハーフに属していないトランスジェンダー/トランスセクシャルと女装少年を同一視して男の娘と区分してしまっている傾向はある。
はたから見れば、どちらも同じく男性に生まれ女性の恰好をしたり生活をしている者と見えてしまうのだが、
それでも性同一性障害などで性ホルモン投与をしたり女性として暮らしている当事者と、ファッションや趣味だけで女装を楽しんでいる者とは大きく異なる。例えこの両者が、見た目がすごく綺麗な女性である前提としても。
または現実世界でも「セクシャルマイノリティではないし女装もしてないが女性のような顔つきをした者」だけに限定して使う事が望ましい。
1歩譲って、女装を嗜む者も含んでもいいと思うが、現在、現実世界でメディアに男の娘と区分されている者の中に、
性同一性障害者や、性ホルモン投与者などがいるなら、男の娘という区分からは外して分けて考えるべきなのだ。
そういう者はトランスジェンダーであり、いくら綺麗でも女装を嗜むだけの者とは異なる。
困った事に、セクシャルマイノリティの当事者の中でも、綺麗な女装男子といっしょになって「自分は男の娘」だと呼称している者もいるということ。
見た目が綺麗で女性的だという褒め言葉的な称号の名の元には同じなのかもしれないが、
見方を変えれば、あなた方が性同一性障害で苦労しようが、性ホルモンや外科手術によって頑張ろうが、
世間にとってはいつまで経っても、ノンケだけどただ女装を嗜んでいる者達と同一視されてもしょうがないという事。
逆に言えば、ただファッションとして女装を楽しんでいる者も、セクシャルマイノリティの当事者といっしょになって男の娘だなんて言ってるうちは、
あなた方も、「男が好きなの?」「女として生きてくの?」「手術するの?」「性同一性障害なの?」と言われてもしょうがないという事。
元増です。
いい質問ですね、よくネット上でも違いが分からないとの意見を目にします。
実はセクシャルマイノリティの世界でも、人それぞれ定義や意識が違います。
(なので余計混乱を招くのでしょうが・・・)
私自身の認識と、wikipedhiaなどからの内容を元に大別してみます。
まず、性自認(自分がどの性だと思ってるか)と性指向(どの性別が恋愛対象か)は違うので
セクシャルマイノリティそのものの種類ですが、大別すると
性自認が男で、性指向も男が対象
性自認も性指向も人それぞれだが、ホルモン療法や外的手術などにより
生まれ持った戸籍と逆の性に体を近づけ、その性での人生を歩む者
しかし性同一性障害は手術やホルモン投与などで肉体に手を加えているか否かは関係ない。
外見は別で、生まれもった性と自身の性自認で差異があり、自分の性自認の性として生きたいと望む内面的なもの。
性自認が女で、性指向も女が対象
性自認は関係なく、性指向が男も女も対象に入る
生まれながらにして、男女両性の特徴を持った方(または両性の特徴を持たぬ者)。
特徴とは外性器であったり内性器であったり、性染色体(遺伝子)であったり。
これは性自認や性指向など関係なく先天的な肉体上の病気なので、
一般的に言われるセクシャルマイノリティとは異なる。
性自認も性指向も生まれ持ったままだが、
なのでセクシャルマイノリティには入らない。
大別すると以上のような感じですが、
質問されたような方々ですが、上のセクシャルマイノリティの方々でも
女装が好きで、女っぽい言葉遣いや生き方が好きなだけという人もいれば
ちなみに、ゲイの方はもれなくムキムキの人で
トランスセクシャル/ジェンダーの人はもれなく女以上に女らしく
言葉遣いも、性別関係なく人それぞれ異なるように
ゲイでもトランスセクシャルでも、しいては普通の男性や女性でも
オネエ言葉と言われてるような喋り方を好む人もいれば、使わない方もいます。
よって、外から見ただけじゃ判断できずに、
本人の口から言われないと正確に判断できない・・・というのが正解でしょう。
しかし、本人曰く「自分は性同一性障害で心は女です」と言っておきながら
体には手を加えたくないらしくホルモン療法も手術もするつもりもなく、
見た目はまるっきり男性なのに男性が好きでオネエ言葉も使う・・・なんて方もいたりするので
はたから見れば女言葉を使うゲイなのですが、ゲイは自身を男だと思っているので
例え見た目が男でも本人がそう思ってなければ性同一性障害なのでしょう。
ただしそういう方は体に手を加えておらず、そのつもりもないのでトランスセクシャル/ジェンダー、
いわゆるニューハーフとは呼びません。
難しいですね^^;
1話だけみた。で、マコ君という男の子がゲイと思われてかつキモがられてるのがホモフォビアらしい。
ゲイとみなしてよい客観的な基準があるのかどうか知らないが、放浪息子のwikipedeiaを見ると
修一と同じ「女の子になりたい男の子」だが、修一とは対照的に「男の人が好きだから女の子になりたい」とはっきり自覚している。
この人が何をもってそう判断したのか知らないが設定がそうなのだから具体的なカミングアウトがなくともスタッフが「そうみえるような演出」をしたのかもしれないし、もしかしたら眉毛のかき方ひとつで伝わったのかもしれない。表現とはそういうことでしょう。だから主観的にゲイ臭が出てるとみなすのは特段おかしいわけじゃない(言い方の問題はあるだろうがw)。
ただ僕の主観としては一話ではマコ君が男に気があるかはよく分からない。むしろインパクトがあるのはマコ君の「女の子っぽさ」である。しゃべり方もさることながら主人公と電話しているときにクマのぬいぐるみを抱いていたりするのは強烈だ。いわゆる「女の子らしい」とか「女の子っぽい」である。
ここで、マコ君の設定の「男の人が好きだから女の子になりたい」という箇所がひっかかる。これの隠れた前提は「男を好きになれる。または付き合えるのは女だけ」「男が男と付き合うのは駄目」ではないか。これってセクシャリティとしてのゲイの否定じゃないのか?マコ君もホモフォーブだったのか!いや、まあこれもテーマのひとつなのかもしれない。
マコ君は「健全な」社会通念によって「毒」されて、ゲイでなく、「女」になることによって贖罪されようとしているかわいそうな子なのかもしれない。これは被害者によって引き起こされる無意識のホモフォビア?。もしそのような認識がトランスジェンダーを引き起こすのであれば、トランスジェンダーとセクシャリティが無関係だということはできないだろう。(あとゲイでないが異性装をする主人公にとりんが「自分がよしのの恋愛感情をわからなくした」と言っているのも興味深い)
そういう「歪んだ」もしくは「遠回り」のゲイもゲイとみなすのであれば、「女の子っぽさ」はまさしくゲイ臭となる。今は「ゲイ」と断定できなくとも、話が進むにつれてマコ君のセクシャリティが明らかになれば「ほーら、やっぱりゲイだったじゃないか。俺の嗅覚は間違ってなかった。」となる。
となると真っ直ぐでないゲイは気持ち悪いというのは分からないでもない。もし先程述べた「毒された」というのが真実なら、彼は「ゲイから解脱しようとする犠牲者としてのゲイ」であり、逆に自らの意思でそう思っているのであればまさしく「ホモフォーブとしてのゲイ」ということになる。いずれにせよムズムズする。
だからもし、マコ君が自分のジェンダーを一切無視して、男を好きになっているような感じであれば、「キモさ」は払拭されるのかもしれないわけである。(でもそうするように彼を抑圧していいのかどうかは知らんw)
批判するに当たってあげつらうのもいいかもしれないが、ホモフォビア自体の二重構造とかトランスジェンダーとの関わりについて考えてもいいんじゃないかな。「こうこうこうだからキモいと思うんですよね?」と説明し、相手が膝を打った瞬間に問題が共有される。
ブクマコメで温かいお言葉をたくさんいただいてしまった。大変ありがたい。
優しいのは私の周りにいる人達だけじゃなくて、多分世の中には優しい人が大勢いるんだろうと思う。あんまり優しい人が多いものだから、私はちょっと世の中をナメてしまいかねない。そんな生やさしいもんじゃねえぞと言ってくださっても構わない。
色々言っていただいたので、軽く追記しようと思う。
まず、自分について把握していること。
重症軽症という言葉を使ってしまったが、これはいわゆるトランスセクシュアル、トランスジェンダーと呼ばれるもので、前者がいわゆる性同一性障害の中核群、後者は肉体を変えたいとまでは思わないが性別違和があるというものである。ともに性同一性障害として認知されており、私もこの後者の部類であるものと自分では思っている。
とは言え、広く一般のトランスジェンダーに対し「覚悟がない」だとか「肉体の性別で生きていくという選択肢もあるんじゃないの?」などと言う気は全くない。今回ぼやいているのはあくまでも私個人の問題だ。あくまでも私が、私の中にある不安のために、私を宥めてみたり鼓舞してみたりしようとしているだけだ。以降も、そういう文脈と思っていただきたい。
考えていたこと。
前回のエントリで
この辺りの「どっちでもいいよ」感というのが、非常に微妙なところで、批難されるに値するところだろう。
と書いた部分が、どうも人目に止まるものだったようだ。実は、指摘を受けてぎくりとした。
この文章自体は、実のところ何の気なしに書いた。ただどうも色々露呈してしまったらしい。つまり私は、そもそも心のどこかで、「どっちかであるべき」と思ってしまっているのである。
自然の摂理とかその手のものを持ち出すつもりはなく、それは一種の「しめし」の問題だ。
つまりこういうことである。「特殊」な人間がそれを白日の下にさらけ出して生きるなら、それ相応の、格好よく言えば「覚悟」のようなものを示すべきなのではないか、それが大人としての礼節であり責任というものではないのか。そして実際そのくらいでなければ、世の中渡っていけないんじゃないの、という。
以前友人の一人が、私がこのような人間であることを知らないままに率直さをもって、このように言ったことがある。「オナベって、美人じゃないと説得力ないよね」。正直に言うが、私は納得しさえしたのだ。このように思っている人は大勢いるに違いないのだろう、という点において。
私たち(私は性同一性障害というものになにか帰属意識を持っているわけではないが、こう言う)はどう言い繕っても特殊である。特殊な人間は多分、普通よりもいろんなものを持っていなければならない。嫌悪されないだけの人格や、社会から不要と見なされないための能力。軽蔑したがる人につけいられないためには隙(醜さもその一つだ)があってはならず、見当違いな憐憫を浴びないためには生まれ育ちが不幸でない方がよい。あまりにも乱暴な物言いと呆れられるかもしれないけれど、それが実際のところなんじゃないのと思っている。
だから常に毅然としていなければならない。物事をよく弁え、その上で覚悟を持ってこの生き方を選択したのだと言うことができなければならない。不快だと顔をしかめられても、だけど仕方がないじゃないですかと言えるだけの、こちら側から示せるもの。それがつまり「しめし」と言ったことの意味だ。
ちょっと格好をつけ過ぎたので恥ずかしい。繰り返すがこんなこと、他人に押しつけるつもりは毛頭ない。そもそもいつでもこんなことを考えているわけじゃなくて、冒頭にも言ったように、「世の中結構なんとかなっちゃうもんでしょう」くらいのつもりで日々生きている。
けれど多分心底には、このような物事の捉え方があるのだと思う。だから前回のエントリで「批難されるに値する」と書いた。
そして、けれど、多分本当のところは、こういう考え方がちょっとおかしいんだということは、自分でも薄々分かっている。前段落で書いたことのうち、まだしも尤もらしいのは「覚悟を持って選択した」あたりくらいのものだ。それ以外はクソみたいな「べき」論だ。
考えてみること。
本当は、「どっちでもいいよ」と言ってしまいたい。どっちでもいいんだけど、どっちかと言ったら男として生きたいと思っていて、どちらを選ぶかは自分の勝手だから勝手にするんだよ、何と引き替えるつもりもなければ何の努力も払うことなしに、当たり前みたいな顔でそうするんだ、と、そういう風に言ってのけられるようになりたい。
私は、そうする権利を持っていないつもりでいる。心のどこかで、それは不当に失ったものだと思ってさえいる。
だけど多分ここに書いたようなことは全部、何もかも、自分の一人相撲でしかないんだろう。規定しているのは自分自身で、だから必要なものがあるとすれば、それは「自分で選んで、自分で決めるんだ」という覚悟だけだろう。それがありさえすればきっと、「どっちでもいいよ」と言い切ることもできるようになるんだと思う。
長々しい愚痴に対してのご静聴、ありがとうございました。
そういえばここに至るまで、私が感じていると主張するところの「性別違和」や「どっちでもいいや」感の実態というものに触れていなかった、と思い出したのだけれど、それはここで問題にしたいことではない気がするのでやっぱり書かない。あまりにも長くなってしまうこともあるし。
性同一性障害の人はネット上にたくさんいて、私よりも心情吐露に優れた人もすぐ見つかるだろうと思うので、そちらをあたって「こんなようなものなのかあ」と読んでいただければ、それでいいかと思う。
50もブクマしてもらって、個人的にはここまで誰かに構ってもらったことがないので興奮しました!
今日は持病の通院のため朝から休み。のんびりした時間を過ごしてかなりくつろげた。毎日こうだといいな。大学時代を思い出した。孤独だったのに特に苦しくなかったのは、こういう風に充実した時間を過ごせてたおかげなんだな(平日の人の少ない書店、喫茶店、映画。やりたいことをストレス少なく自由にやれる感じ。←社会人になって失ってしまったものばかり)。
今からもう明日の会社が怖い。憂鬱というより、もはや怖い。一部ブコメで指摘してもらった通り、今心が苦しいのは過労が原因というのもあるかもしれない。でも、過労といっても、雑談を交わしあえる人間関係があるならいくらでも働けると思うんだ。一人ぼっちであんだけ頑張らなきゃいけないから、もう悲鳴を上げそうなんだ。
コメントを下さった方にお返事。
こんなにいっぱいレスしてしまうくらいコミュニケーションに飢えてます。なので、色々コメントをもらえてうれしかったです。
同調(?)してくれるようなコメントから何人か気になる方がいたんですけど、大半の人がはてなダイアリーは書いてないんですね。人となりを知って仲良くなれるかなと期待したんですが。残念でした。
http://anond.hatelabo.jp/20091004214026さん。
創作意欲は低い人間です。センスがない。あと、今は全く時間がない。。。
http://anond.hatelabo.jp/20091005003417さん。
お互い辛いですね。2chとかで出会いはあるのかな??ネットで本当に出会いってあるのかな?ネットからリアルの付き合いになるには、それこそ抜群のコミュニケーション能力かルックスが必要だと思うんだ。その点、絶望。
あー、明日の会社がいやだー。
夏になって薄着の季節になって参りまして。
非常に嬉しくない。
自分の胸の大きさを再確認させられるから。冬場は厚着してるからある程度ごまかせる。(気がする)
乳いらないんだよなぁ。かなり本気で。
自分が、性同一性障害とかトランスジェンダーと呼ばれる人間なのか、はっきりとはよく分からん。
昔から男に間違われることが嬉しかった。今でも実は嬉しい。
男と女どっちが好きかと言われれば、最近は女の子。昔は男の子を好きだったこともある。(と言ってもこちとら生粋の喪なんだが)
けれど、制服でスカートを履くことを絶対的に拒みはしなかった。(でも、もしズボンとの選択肢があれば確実にズボンを選んだと思う)
親にまつわる理由があって、身体の改造は出来ない。と言うか、心情的に禁忌に近いと思っている。
だから、多分、今の自分はトランス・セクシュアルとまではいかない、トランス・ヴェスタイトなのかなー。
腐女子に俺女が多いのは知ってる。自称バイが多いのも知ってる。
自分はその部類でしかないのかなぁ、と我が身を振り返ってみることもある。
けど、小さい頃からの資質として、「男に見られたい」という気持ちがあったのは確かだ。
女子にちょくちょく見られる、ベタベタだったりドロドロの対人関係が苦手でもある。(コミュ力の問題という意味ではないと信じたい)
今はおにゃのこと付き合いたい。ふわふわっとした可愛い子といちゃいちゃしたい。けど、百合ー!とかじゃないんだ。いちゃいちゃしてる自分の体のことは考えたくない。
なんかよく分かんないんだけど、この季節、朝晩、店先のウィンドウとかに映る自分の体型を見る度に吐きたくなるんだ。だから、匿名を利用させてもらう。
あー、広い肩欲しい。骨っぽい手が欲しい。薄くても厚くてもいい、乳房じゃなくて胸板が欲しい。
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20090624_kill_girlfriend_used_to_be_man/
2年間付き合っていた彼女が元男性だったことを知って殺害 - GIGAZINE
ちょっと前に性暴力がどうちゃらというちょっと乱暴なエントリ(http://anond.hatelabo.jp/20090620141215)を書いた埋没MtFです。件のエントリはあまりにも雑な書き方をしてしまい、ホッテントリにあるのを見て冷や汗をかきました。不快に思われた方、ごめんなさい(その後補足のトラバをつけさせて頂いています)。
それはともかく、今回の事件。
いやもう、他人事じゃないですよ。シャレにならないですよ。
ただ、普通の人はご存知ないでしょうけれど、海の向こうでは結構こういうことあるんですよね。FtMが強姦されて殺される、とかの事例もあります。
さんざんネタにされてheでもsheでもなくitで呼ばれたり。
わたしは移行期に短期間職業NHとして働いたことがあるのですが、あれもなかなかすごい扱いですよ。同じように元NHで今普通に埋没、という子と「人間扱いじゃないよね」って話してたことある。まぁお客さんは楽しみたくて来るんだから仕方ないとしても、裏は普通にスジの方々だし。「辞める」って言ったら熱湯かけられてボコボコにされた、とか全然あるし。
日本なら流石に殺されることはそうないでしょうけれど、殺されなければいいってもんでもないし。
わたしは今でも道を歩いていて怖くなることがある。パニック発作とか起こすこともあるので、そういう薬も貰ってる。まぁこれはわたしが根が怖がりなせいだけでしょうけれど。
うちのダーリンは、わたしの過去を全部知った上でつきあってくれていて、ほんと恵まれてると思う。普通の仕事して、普通につきあって、とか、ほんまどんだけ有難いことかわからんわ。
でもこういうことあると、埋没が良いんだか、過去をオープンにして暮らすのが良いんだか、よくわからなくなるね。どっちにもそれぞれの困難と危険があるわけだけれど。
ただ、この記事のブクマに「どうすれば理解を得られるのか」みたいなのがあったけれど、理解されれば良いってものでもない、というのも重要なポイントだと思う。過去を隠して生きている人(場合により隠さざるを得ない)にとっては、変にGIDなんてものが世間で認知されちゃうと「あいつソレちゃうか」みたいな話になって、余計危ない。
実際、前にFtMをネタにした漫画があって、その漫画が乳房切除手術の傷跡とか割とリアルに描いていたみたいで、FtM界で「あんな情報流さないでくれ、嘘が通用しなくなる」って叩かれてた。その怒り、というより恐怖心は、とてもわかる。
一定の認知が得られたから戸籍変更とかの道も開けたわけで、そういう活動をされてきた先人たちにはいくら感謝しても感謝したりないけれど、一方で知られすぎるのも困る。
個人的に「トランスジェンダー」という言葉が嫌いなのだけれど、そういう立場(埋没じゃなくて過去をオープンにするとか、敢えて「どちらでもない」と公言するとか)で生きている人が目立ちすぎるのも、正直困る。その主張とか見た目がトンデモだったりすると特に絶望する。
かといって、そういう立場で生きること自体を否定するわけじゃないし、それはそれで一つのオプションだし、むしろ安全だったり心安らぐ場合もあるかもしれない(イヤな言い方だけれど、素養によってはそれ以外の選択肢がない場合もある)。わたし自身、一番身近な人らには過去を明かしていたり、そもそも過去から付き合いがあったりして、結局そういう人間関係が一番安らぐ。だから個人を否定するつもりはまったくないのだけれど、複雑な気分にはなる。
またとりとめもない書き方をしてしまってごめんなさい。
今回の件については、加害者の男性も自殺しようとしたみたいだし、彼もある意味被害者だったんだ、世間のなんだかよくわからない仕組みの奴隷だったんだ、と思いたいです。そうでも思わないとやり切れないし、怖くてたまらない。忘れたい。
まず、性別をはっきり分けられると考えている時点でおかしい。
男っぽい女、女っぽい男、性同一性障害、トランスジェンダーなど、性別の垣根は曖昧だ。
自然界においては例外が出てくるのが自然な現象で、例外が出てくるということを前提とするべき。
男女の役割をすっぱりと分けてしまうのは、自然に反する考え方で、生きにくい人が沢山出てくることになる。
というか現にそうだったから男女雇用機会均等法ができたわけで。それが適材適所というものだ。
極端な二極論で思考停止してはいけない。世の中はもっと複雑にできている。
次に、「男=論理的」という前提がそもそもおかしい。
男は女に比べて、自分の感情を自覚するのが苦手で、論理的であることに対する憧れが強い傾向がある。
よって、「男は論理的な生き物」ではなく、「男は自分のことを論理的だと思いたい生き物」が正確。
そして言い方を変えれば、「男は自分の感情的な面を認識しにくい生き物」ということ。
実際に論理的かどうかは性差よりも個人差が大きい。
「男=論理的」を前提とすると、「男と女がそれぞれ意見を言い合った場合、男の意見のほうが論理的である」という思考回路に陥りがちだが、これこそ意見の中身ではなく意見を言った人間の性差で正否を判断するという、論理的とはほど遠い結果になってしまうので注意。
http://d.hatena.ne.jp/usukeimada/20090507/1241628903
上の記事があまりにもアレだったので、色々突っ込んでみるよ!
俺が批判したいのは、こういう背負い込まなくてもいい言説(レッテルといってもよい)をわざわざ背負い込み、なおかつ自虐的に語りさも自分が「虐げられる者」であるかのように振る舞うというその身振りこそが、現代的なナルシシズムの充足形態になっていることであり、そしてそのことを彼ら自身があまりにも無自覚だ、ということだ。
最後にもう一度言う。俺は腐女子がキモイとか、そういう観点から批判しているのではない。女は腐女子に生まれるのではない。腐女子になるのだ。
つまり、「『自分は腐女子である』と言明している人は、嫌な思いをして当然だよ」「『虐げられる者』として振舞っているんだから、虐げられて当然だよ」って言いたいんですね、わかります。
キモイ存在として批判されるのは、もし生まれつきだったら自分の意思じゃないから不当だけど、腐女子は自分の意思で批判される立場になったんだから不当じゃないよね、ってか。
「ミニスカート穿いてる女は誘ってるんでしょ」とか言ってるレイプ魔と同じ理屈ですね。このマッチョが。
自分が良い人でいたいがために、相手に原因をなすりつける偽善者は、最初から「腐女子キモイ」って言うよりタチが悪いと思うよ。
「あまりにも無自覚だ、ということだ。(キリッ」
どっちがだよwwww
例えばトランスジェンダーやホモセクシャルであることに悩んでいる人々は、腐女子が自分たちとさも同列の悩みを持っているかのように振る舞っているのを、腹立たしくは思わないのだろうか。
いつ「腐女子が自分たちとさも同列の悩みを持っているかのように振る舞っ」たんだよwwwそんな腐女子見たことないわwww
本当は振舞って欲しいっていう願望じゃないの?
もし腐女子がそのように振舞っていれば、腐女子叩きの口実にできるもんね。証拠捏造乙。
まあ結局は、「生まれつきなら自分の責任じゃないけど、後から自分で選んだ立場は自分の責任だから、同列じゃないよ(だから批判されても仕方ないよ)」って言いたいだけなんだろうけど。
それだけのためにトランスジェンダーやホモセクシャルを引き合いに出して、腐女子を叩くための道具にしてんじゃねーよwww
「腹立たしくは思わないのだろうか。(キリッ」
こっちが言いたいわwwww
もっとも、「消費したもので私は作られる」という後期資本主義社会に位置づけられる今を生きる俺たちが、記号としての消費物からの「名付けの呪縛」から逃れることはできない。逃れることはできないが、それでもなお、その呪縛から自由であろうとする「余地」は残されているはずなのだ。それをなに、自ら積極的に背負い込んで腐女子を語り、腐女子であらざる言説を駆逐しようとするのだろう。
オタク趣味が普通だとか普通でないとか、そういうことを暗に言いたいわけではありません。こういうときに安易に「普通」と表現した僕のミスでもありますが。それをしたいのならすればいいのだけれど、だからってオタクという自認を同時に連れて行かなくてもいいんでない?そこからは自由になれないのだろうか、というのが僕の疑問です。
「オタクだ」「腐女子だ」って言えないことのほうがずっと不自由に決まってるだろバーカバーカ!
これが、読書とかクラシック音楽とか映画鑑賞とかの「普通の」趣味だったら、はたして「読書家という自認を同時に連れて行かなくてもいいんでない?」とか言うのかな?
他の趣味を持つ人間がその趣味を公言することをスルーして、ことオタク趣味に関してのみこれを言うところに、ものすごく不自然なものを感じるよ?
「オタクは趣味を公言せずに黙って隠れてろ」ってはっきり言えよw
心の底ではオタクを叩いているから、「オタクは外で公言したら叩かれて自由がなくなる。オタクが自由になれるのは内輪でいる時だけ」って思うんだろ?
【追記】
なんかブコメで、オキシドールとか消毒とか あんちせぷてぃっくさんとか言われて、なんのことかと思ってたけど、もしかして「消毒しましょ!」の中の人だと思われてる?
サーセン別人ですwww
続き書いたよー(・∀・)
間違ってはならない。われわれは、男・女・ゲイ・レズビアンというリストに加えよと要求しているのではない。なかには寛大にもそれを認めようという異性愛者もあるという。しかし間違ってはならない。われわれは、まずそのような異性愛者と戦おう。
われわれは、男女という区別のなかにゲイやレズビアンという新たなカテゴリーを容認することの欺瞞から、痛みを持って学んだ。それはマイノリティを家父長主義的異性愛に組み込むことに他ならないのであり、また、「ゲイ」というカテゴリーもまた内に敵対性を秘めているのだ。
男や女と、ゲイやレズは意味的に違うと思うんだが。男や女ってのは性別で、ゲイやレズってのは性的指向だよな。ゲイは男の同性愛者、レズは女の同性愛者、だろ。同じ次元じゃねーよ。
正常な男女があり、トランスジェンダーがあり、トランスセックスがあると思ってはならない。そもそも、男女という制度は幻想である。これは理系では常識である。人間を分類するカテゴリーは無数に存在しうるし、わけないこともできる。
これもおかしい。生物学的には性別は男か女の二つしかない。これが理系にとっての常識だ馬鹿野郎。
何もわかってない奴が偉そうに語るなカス
http://anond.hatelabo.jp/20090102145517 のつづき
それまで女子高だと
女子高って案外性別で分かれることはなくって
変な女子ともうちょっと変な女子と・・て女子の中でいろんなじょしがいるけど
男女でスパンて分かれることはなかったけど
大学にいくと
男の子グループと女の子グループにあからさまにパッと分かれてしまって
それが自分にとってはすごい、なんか暴力的な風景におもえてしまって
たとえばご飯食べにいくときでも
男のこは男の子たちだけで集まっちゃうし
で、なんか混ざってる・・
話題についていけないしとかで
で
一人でご飯とか食べるようになってしまって
そんななか色々からかわれたりして
で、、もうぶちきれてしまってですね
その・・
全然口が聞けなくなってしまった
てのがあって、今こんなにベラベラしゃべってるんですけど・・
そう・・
学食にいって
「あ カレーMサイズください」っていって
カレー食べて、
それしか一日で話さないみたいな
そんな状態になってしまって
で
これは何なんだろうっとかおもってるときに
あ、じゃあ自分の近くにもセクシャルマイノリティーの人がいるのかもしれないと思って
色々でかけてみて
あ いろんな人がいるんだなてのをみてくなかで
まぁ、少しずつしゃべれるようになったんですけど
今までそれで思ったのは・・・
何かになんなきゃいけないんだっていう情報があまりに多すぎるんじゃないかなってことで
それは自分が小さいころに女の子になりなさいっていうのもすごいあったし
じゃあ女の子じゃないなら
たとえば自分がともだちに
自分が女じゃないんだっていったら今度は男にされそうになるんですね
で
それとかもそのせいにされる
自分が女じゃないから女が好きなんだっていわれる
でもそうじゃなくって・・・
だって同性愛者の人だっているんだし
そこは違うよねって言いたいんだけど・・・・
でも・・
もういちいちいちいち話さないと相手に伝わらない
で
なんでこんなに何かにさせたがるんだろうって思います
自分も
なんか・・・・・・・トランスジェンダーとかいうと
なんか自分自身になるとか何かになるとか
そんな言われ方をすることが多い気がするけど
自分は別に何かになりたかったわけじゃないし
何かになりたいってなろうと思ってした結果じゃないし
結局何かにさせられたくなかったんだけど
なんか
自分がその状態でいると
すごい・・色々摩擦が大きいんだなぁと感じてきたっていうのが
生きづらさですね・・・
元増田です。
おぉ、後者がぴったりです!!ただ、前者に関しても、今までの経験から受身な男性となら良い恋愛ができるんじゃないかという夢をもっている可能性もあります。男性から迫られると自分が少なからず嫌な思いをすると考えたのかも。
トランスジェンダーは女の子はみんな通る道だと思ってた。世間的に「女性らしい」とされていることへの反発というか、プレーンな女性は「女性らしい」わけじゃないけど、大人になる過程でみんな折り合いをつけてるのかなあ、と。私は今でもあまりこのあたりの消化ができてないです。
あと、自分を女だと思っているけど、恋愛対象は男性じゃなくてもいいかなあと思ってます。経験がないのに不思議だけど、女性を好きになることもある気がする。もしかしたら、性の境界があやふやなのかもしれないなあ。
あれ書いた後で、なんで自分がそういう趣向を持っているのか考えたんだけど、2つある気がした。
はじめてここまで言語化した。こうして書いてみると、同性愛者でタチだったら分かりやすかったのかなーと思った。元増田はどう?
こわいって言われるのは、何考えてるか分からないってニュアンス。何を企んでるんだ的な。
何も企んでないよ、どうしても譲れないものをひとつ持っているだけだよ。
シリーズ化にのってみる.
http://anond.hatelabo.jp/20070924223542
http://anond.hatelabo.jp/20070925183312
http://anond.hatelabo.jp/20070925210641
http://anond.hatelabo.jp/20070926215210
ガチホモその3が一番しっくりきたね.ガチホモじゃないけど.ちょっとやってみよう.
ちなみに私はレズビアンの中では割と多数みられるいわゆる中性タイプ.高校の時とかはジャニーズ系といわれていたりした.スペック記載はゲイくさいといわれるのでやめておく.
Q1. 「気持ち悪!私を襲わないでよ〜。」
みんなも言ってるけど女だから誰でもいいなんてありえない.こっちにも選ぶ権利があるって感じですかね.
でも二丁目とかのコミュニティーに顔出さない限りセクシャリティーなんて分からない場合が多いから,たまに会社のヘテロ(と思われる)女性を好きになることもある.ヘテロを好きになることほどツライことはないと思う...だから知り合いにはヘテロは絶対好きにならないって人もいるな.
ちなみに,マイノリティであるが故か,コミュニティにはメンタル面をやんでる人も少なくないので,そういうコミュニティにどっぷりつかるのが怖いって気持ちもある.
Q2. 「俺」とか言ったり、男のような言葉遣いするの?
まぁ少数派でしょうね.
そのあたりはトランスジェンダーやGIDとの混同がひきおこす誤解かもしれない.
Q3. 「レズ」は差別用語だから「ビアン」って言うべきですよね?
あえてレズって使う人もいると思う.けどたしかにビアンがメジャーかな.
でも言葉なんて本当はどうでもいいんですよ.人間同士が愛し合う気持ちだと思うね.だから,その話の流れとか,その人の思想の中に差別的なものが感じられたらレズでもビアンでも,その気持ちが否定されてる気持ちになるかな.
SEです.ええ.
会社にはばれてないね.うすうす感じている同僚はいそう.だけどカムはしてない.
まぁ見る人がみれば私は明らかにレズビアンだと思う.いわゆるゲイダーを持ってる方が見ればってやつね.
Q5. カミングアウトしてないの?
Q7. 男の子には興味ないの?
ない.
友達として楽しい人や,尊敬できる人はたくさんいるけどね,恋愛対象じゃないんだな.
でもなんか男の裸は微妙に興奮するんだけど.その辺り女の裸にまったく興味ないガチホモの方々とちょっと違う気がする.私バリタチなんだけどな.自分でもよく分からない.
ここもゲイ,ビアンの違いがあると思う.結構ゲイの子たちっていわゆる傾向があると思うんだけど,ビアンに関しては本当にばらつきが大きいと思う.ビアンはこの人はてっぱんだよねという人がいないな.
ちなみに私は宮崎あおいが好みだけど.最近結婚してしまった・・・orz
あ,アンジェラ・アキとかは一時期ビアン疑惑があったからか人気があったような気がする.こちらも結婚してしまったorz
Q9. 十代の頃はどういう性生活してた?
これは私が知りたい・・・
でも好きな人と楽しく過ごせて,あとは少々社会保障がととのって,悔いないなて思えたらいいなと思う.不安があるからといって,ヘテロのふりして普通に結婚して...ってのは,老後っていうか老前の日々が考えられない.
以上です
淡泊になったな.まぁいいや.
http://anond.hatelabo.jp/20070829100216
私も異性装者という言葉を最近知ったばかりで、知った時は「友達はこっちじゃないかな」って思いました。
まだ、友達には言ってないですけど。
多分ですけど。
友達になった当初トランスジェンダーって言葉が有名だったから、その言葉を使ったんじゃないかと。
それで、そちらの記事の後半部分なんだけど。
私の友人が同じことを思ってるかどうかは私にも解りません。
でも、お怒りの気持ちは解るというか……ごめんなさい。
セクシャルマイノリティでない私が語るべきことではなかったのかもしれないですね。
その点気をつけて記事書くようにします。
知り合った頃、自分のことをトランスジェンダーだと言っていた気がする。
それはTG ( TransGender )ではないです。
TransVestism(いわゆる異性装者)のうち、フェティシズム的服装倒錯症といわれるものです。
これは、性的な興奮を目的として異性装をするもので、異性としての自分を確立するため異性装をする、両性役割服装倒錯症とは区別されています。
私は、そのような男性は、女性を所有したと錯覚することを目的としているのではないかと考えています。
求める女性像に合致した女性を求めているものの、女性とそのような関係になることができなかったり、そもそも、求める女性像に合致した女性が存在しない男性が、その女性を自分が演じることで、そのような女性を自分が所有したと感じ、満足感や性的興奮を得るタイプなのではないでしょうか。
個人的には、そういう理想の中の女になりたいだけ(正確には所有したいだけ)の男性が、自分の心は女性だと抜かすことで、一般の層が"GIDの人間はそういう性的な目的のために性移行などを考えている"という認識を持ってしまうことが、許せません。