はてなキーワード: デスクトップとは
私はどっちかというとWindowsが好きだしMicrosoftが好きな方だ。だがWindows8、お前は駄目だ。
そりゃiPadが売れまくって羨ましいのは分かるし、MSがいくらタブレットOSを作っても誰も見向きもしなかったのは事実だ。だからといって、WindowsをタブレットOSにするのは暴挙としか言いようがない。
そもそもiPadが売れてWindowsのシェアが落ちているとしても、それは単にこれまでPCとは無縁だった層が新たにiPadを使うようになり、これまでのWindowsユーザーがiPadを追加購入しただけで、Windowsユーザーそのものが減ってるわけではないはずだ。iPadで仕事はできないからね。逆にiPadで仕事をするとニュースになるくらいだ。世の中の多くの人間がWindowsを使っている、あるいは嫌々使っている、あるいは使わされている理由、そしてそんなWindowsユーザーがWindowsに何を求めているのか、Microsoftは理解してるんだろうか? してるけど無視してるんだろうか?
世の中のほとんどのWindowsユーザーがWindowsを使う目的は、仕事でワードとエクセルとインターネットをするためだ(あとエロゲをするためだ)。ワードを開いて文書を書きつつ、分からない点をIEで調べ、Outlookで連絡メールを送る、そんなのがほとんどでしょ。画面の綺麗さなんぞぶっちゃけどうでもいい。むしろ殺風景な方が仕事してる感じがしていいじゃないか?
なのにあのMetro UIってなんだよ。あんな原色のオモチャみたいなインターフェースで仕事ができるかっての。アプリが一つだけしか開けない、それでどうやって調べものをしつつ文書作成ができるというのか。Windowsの"s"の文字が泣くよ。でかいモニタに一つのアプリを表示して、他の情報が見たければ切り替えろ(これ「スナップ」とか言ったっけ?そういえば訳語が思いつかないから一般ユーザーに丸投げしてたね。訳語すらすぐには思いつかないような操作がどうして直感的操作として受け入れられようか)とか、冗談もほどほどにしてほしい。
ああいうUIが生きるのは、解像度が限られた端末だけだよ。なぜ広々としたモニタを無駄遣いするのか。それが気に入らないならクラシックデスクトップを使え?何がクラシックだよ現役選手をいきなり骨董品扱いすんな。
それにオフィスにはタッチパネルディスプレイなんてないよ。入力はキーボードとマウスだ。一度あのMetro UIをマウスで操作してみてほしい。悲しくなるから。だだっぴろい画面の上、マウスを端から端まで動かして、点在するばかでかいボタンをぽちぽちと押す作業のむなしさ。メニューを出すにはマウスポインタを画面の端にくっつけて。ああ、マルチモニタ環境やリモートデスクトップ越しで死ぬほどやりづらいけど気にするな。スタートスクリーンのスクロールはホイールでできるよ、ただし横スクロールなのに縦に回す必要があるけどな。どや、マウスでの操作もばっちりやろ?
Win8が出ればタッチパネルディスプレイが普及するなんて寝言も聞きたくない。仮にそうなったとして、MSは我々にそんな苦行を強いるんですか?試しに目の前のディスプレイを指でなぞってみてください。3分で腕が痛くなるから。ジョブズもそう言ってたのにねえ。タッチパネルが実用的なのは携帯端末、タブレット端末、要するに本体を手に持って使うデバイスだけです。
WindowsにiPad的機能は誰も求めてないんだよ。iPad機能を求めてるWindowsユーザーはiPadを買うから。今目の前にあるデスクトップやノートPCでiPadみたいなことをしようなんて誰も望んでない。いくらシェアがどうあっても、MSはタブレットOSとデスクトップOSを完全に別物として出すべきだ。両者の操作体系は相容れないものだ。だいたいWin8のあの中途半端な融合具合を見ればそれは明らかであるが。タブレットOSとデスクトップOSが融合して嬉しいのは、スレートPC形態にもなるがキーボードを展開するとノートPC形態になるゲテモノPCだけ。そんなのがPCの主流になるという寝言もまた聞きたくない。
まだMetro機能を完全にオフにするモード(今のところレジストリの設定で可能ではある)がデフォルトなら許せるけども、そんな状態で発売されるはずがない。そんなことをするくらいなら最初からタブレットエディションを別に出している。なのでユーザーがMetro UIが統合されたWindowsを使いづらそうに使う光景が目に見える。自分でカスタマイズしてオフにすればいいじゃんという発想はPCに詳しい人のもの。ほとんどの人は与えられた状態をあるがままに受け入れ、そんなカスタマイズとは無縁ですよ。
それにスタートメニューを廃止した理由が「スタートメニューを誰も使ってなかったから」といけしゃあしゃあと抜かすところがまた癇に障る。なんでスタートメニューを誰も使わなかったのか、そしてどうすればスタートメニューが使われるようになるのか。考えもしないのか無視しているのか…。Windows用の人気ランチャの一つや二つ、触ってみればわかることなので無視してると考えるのが妥当でしょう。あるいはスタートスクリーンをごり押しするための言い訳。
スタートスクリーンで従来のアプリを選んでクラシックデスクトップで実行できるでしょ、とMSは言いたいんだろうけども、アプリを起動するたびにいちいち全画面がMetro Style Appとかいうオモチャみたいなガジェットで覆い尽くされると、それだけで思考が中断させられる。従来アプリのメニューが階層化されずフラットに展開されるので探して選択するのが大変とか、その辺は今後改善されるかもしれないけどあんまり期待しないほうがいいだろうね。
これはエクスプローラもそうで、「ツールバーやメニューバーを誰も使ってなかったから」という理由でリボンインターフェースを採用とか、なぜ使われないのか理由を全然分析できてない。ファイルをマウスで選択して、さあ移動しよう、という段階で、一度それは置いといてメニューをクリックしに行くのは不自然な動作だから誰もしないんだよ。そのままドラッグ&ドロップ、あるいは右クリックメニューで操作を選ぶのは自然だし不要なマウスの移動もしなくてすむから皆そうしてる。あるいはキーボードショートカットを使ってる。だからリボンなんてつけてもやっぱり誰も使わないのが目に見えてる。それどころかリボンUIは縦の幅を食うので、昨今の横に広いディスプレイと相性が悪いということも考慮してないのか無視しているのか…。
シェアの数字にこだわるあまり、ユーザー完全無視。いやまあそれでもWin8は売れるんだけど。そりゃお店でパソコン買ったらWindows入ってる世の中だからね。企業だってコストを考えれば今更LinuxやMacに総入れ替えなんてできないが、XPのサポートが切れるから嫌でもWin8を導入せざるを得ない。MSは分かっててそれをやってるからなお腹立たしい。PC初心者やWindowsを嫌々使ってるユーザーをこれ以上苦しめないでほしいものだ。
私は従来モードの設定(製品版で封印されてたらキレるな間違いなく)で使うからいいとしても、そういったユーザーをサポートするのも私なんだよ…。彼らは「できるWindows8」とか「わかるWindows8」とかに載ってるのと違う画面にされることを望まないんだよ…。
もうたくさんの人に訳されてるけど,じぶんにはあまりしっくりこないのでまた訳してみた。
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今日世界最高の大学のひとつでみなさんの卒業式に同席できることを名誉に思う。本当のことをいえば,私は大学を卒業したことがない。これが大学の卒業式にもっとも近づいた瞬間だ。今日,私の人生から三つの話をしたい。それだけだ。大したことはない。たったの三つだ。
最初の話は点を結ぶことだ。
私はリードカレッジを最初の6ヶ月で退学した。でも本当に辞めるまでさらに18ヶ月かそこらモグリとして出入りしていた。じゃあなぜ退学したんだ?
話は私が生まれる前に遡る。私の生物学的な母は若い未婚の大学院生で,彼女は私を養子に出すことに決めた。彼女はどうしても大学卒に養子に出したいと考えていたので,誕生と同時に弁護士夫妻に受け入れられるようすべて準備済みだった。でも私が生まれて,土壇場になって彼らは本当は女の子が欲しいと決めた。それで順番待ちリストの次にいた私の両親に夜中に電話がかかってきた。「予想外の男の子だったんです。欲しいですか?」「もちろんです」生物学的な母はあとで,母が大学も出てなくて父が高校も出てないことを知った。彼女は最終合意書に署名するのを拒んだ。数カ月後に私の両親がいつか私を大学にやると約束して彼女はやっと態度を変えた。これが私の人生の始まりだ。
17年後私はたしかに大学に行った。だが私は世間知らずにもスタンフォード並に高価な大学を選択し,労働階級の両親の蓄えは全て学費に費やされていた。6ヶ月経って,私はその価値が感じられなかった。これからの人生で何をしたいのかわからなかったし,大学がすべきことを発見する助けになるとは思えなかった。なのに私はここで両親がこれまで貯めた金をすべて使おうとしている。だから私は退学して,みんなきっとうまくいくって信じることにした。あの時はとても怖かったけど,振り返ってみればあれが私のこれまでで最良の決断だった。退学した瞬間,もう興味の持てない必須科目を取らなくてよくなったし,ずっと面白そうなクラスに入り込むことができるようになった。
ちっともロマンティックじゃなかった。寮に部屋もなかったから友達の部屋の床で寝た。コーラの瓶を返却してもらった5セントで食料を買った。日曜の夜には街の向こうまで7マイル歩いてハレークリシュナ教の寺院で週に一度のまともなご飯を食べた。最高に楽しかった。そして興味と本能に従って迷い込んだいろんなものが後に大きな意味を持つことになった。一つ例をあげよう。
リードカレッジは当時国内最高のカリグラフィー講座を持っていた。キャンパスのあらゆるポスター,引き出しのラベル,みんな美しい手書きカリグラフィーだった。退学して普通のクラスを取らなくてよくなったので,カリグラフィー講座に参加してやり方を学ぶことにした。セリフ書体,サンセリフ書体,文字の組み合わせで変化する文字間のスペースの量,すばらしいタイポグラフィがどうしてすばらしいのかを学んだ。カリグラフィーは美しく,歴史的で,科学では捉えられない繊細な芸術だ。そしてそれを私は面白いと思った。
これらの何一つ人生で現実的に役立つ見込みなんてなかった。でも10年後,みんなで最初のMacintoshを設計してる時に全部思い出したんだ。そして私たちはそれをみんなMacに詰め込んだ。Macは美しいタイポグラフィを備えた最初のコンピュータだった。私が大学のあのコースに潜りこまなければ,Macが複数の書体とプロポーショナルフォントを備えることは絶対になかった。そしてWindowsはただMacをコピーしたので,おそらくパーソナルコンピュータは今日のようなすばらしいタイポグラフィを備えることがなかっただろう。もし退学していなければ,絶対にカリグラフィー講座に参加しなかったし,パーソナルコンピュータは今日のようなすばらしいタイポグラフィを備えていなかったかもしれない。もちろん大学にいた時に点がつながるのを見通すことはできなかった。でも10年後振り返ってみればとてもとても明らかだ。
もう一度言う。将来点がつながるのを見通すことはできない。振り返ってつなげることしかできない。だからあなたは将来なんらかの形で点がつながると信じなければならない。ガッツ,運命,人生,カルマ,なんでもいい,なにかを信じなければならない。いつかこの道を進めば点がつながると信じれば,たとえ人と違う道に向かうことになってもハートに従う自信を持つことができる。それが違いを生むのだ。
私は幸運だった。人生の早いうちに好きなものを見つけられた。ウォズと私は20歳の時に両親のガレージでAppleを始めた。一所懸命働いて,ガレージにたった二人だったのが,10年で従業員4000人の20億ドル企業にまで成長した。30歳になる一年前に最高の作品,Macintoshを発売した。そして首になった。いや,自分の始めた会社からどうやって首になるっていうんだ? 私たちはAppleが大きくなったので一緒に経営するのにとても才能あると思えた人物を雇った。最初の一年かそこらはうまくいった。でも将来のビジョンが食い違い始めて,最終的に喧嘩になった。そしてその時,取締役会は彼の側についた。それで30歳の時,首になった。世間の誰もがそれを知っていた。大人になってからの人生すべての中心が失われて,本当に最悪だった。
数ヶ月は何をしていいのか本当にわからなかった。前の世代の起業家たちから渡されたバトンを落としてしまって,彼らを失望させたと思った。デビッド・パッカードとボブ・ノイスに会って,このひどい失敗を謝罪しようとした。本当に誰もが私の失敗を知っていた。シリコンバレーから逃げ出そうとさえ考えた。でもなにかがゆっくりとわかり始めた。私はそれまでの仕事をまだ愛していた。Appleでの出来事は私の気持ちをすこしも変えなかった。ふられたけどまだ愛していた。だからやり直すことに決めた。
当時はわからなかったけど,Appleから解雇されたことは私にとってこれまでで最良の出来事になった。成功者の重圧は,またなにもあまりわからない初心者の軽やかさに入れ替わった。おかげで私は人生で最も創造的な時期の一つへと解き放たれた。
次の5年間に,NeXTという会社と,Pixarという会社を興し,後に妻になるすばらしい女性と恋に落ちた。Pixarは後に世界初のコンピュータグラフィック劇場映画トイ・ストーリーを制作し,今では世界で最も成功したアニメーションスタジオだ。びっくりするような出来事があってAppleがNeXTを買収して私はAppleに戻り,NeXTで私たちが開発した技術は今のApple復活の基盤になった。そしてローレンスと私は共にすばらしい家族を築いた。
Appleから解雇されなかったらこれらは全部起こらなかったとはっきり確信している。ひどく苦い薬だったけど,患者にはそれが必要だったのだ。時として人生はレンガで頭を殴ってくる。信念を失うな。私が進み続けられたのは自分のしていることを愛していたからだと確信している。あなたは愛するものを見つけなければならない。恋人を見つけるのと同じくらい仕事でもそれは真実だ。仕事は人生の大きな割合を占める。本当に満たされる唯一の方法は,すばらしいと信じる仕事をすることだ。すばらしい仕事をする唯一の方法は,それを愛することだ。まだ見つけていないなら,探し続けなさい。腰を落ち着けるな。見つけたら,あなたのハートが教えてくれる。恋人との関係のように,それは歳を重ねるにつれてもっとすばらしいものになる。だから見つけるまで探し続けなさい。腰を落ち着けるな。
三つ目の話は死についてだ。
17歳の時,こんな感じの引用文を読んだ。「毎日を人生最後の日のように生きれば,いつか間違いなくうまくいく」印象づけられた。それからこれまで33年間,毎朝鏡を見ながら自分に問い続けてる。「もし今日が人生最後の日だったら,今日これからしようとしていることを本当にしたいかい?」そして答えが何日も続けて「ノー」だった時,何かを変えなければと気づくんだ。
もうすぐ死ぬと思い出すのは,人生の大きな選択を助けてくれる私の遭遇した最もいい方法だ。外野の期待,プライド,恥や失敗への怖れ,そんなものは死に直面すればほとんどみんな本当に大事なものを残してどこかへ行ってしまうからだ。いつか死ぬと思うことは,何かを失うという考えに陥るのを避ける私の知る最良の方法だ。あなたはもう裸なのだ。ハートに従わない理由なんてない。
1年くらい前に癌と診断された。朝7時半に検査を受けたら明らかにすい臓に腫瘍があった。私はすい臓がなにかすら知らなかった。医者はほぼ間違いなく治療不可能なタイプの癌で,3ヶ月から6ヶ月以上生きることは期待すべきでないと言った。先生は帰ってやりたいことを順にやりなさいと言った。死を迎える人への医者のお決まりの対応だ。つまりそれは伝える時間があと10年あると思っていたことをたった数カ月で子供たちに伝えるということだ。つまりそれは全部手はずを整えて家族が出来るだけ苦労せずにすむようにするということだ。それはつまりさよならを言うということだ。
一日腫瘍と過ごした。その日の夜生検を受けた。内視鏡を喉から胃を通して腸に入れて,すい臓に針を刺し,少し腫瘍の細胞を採取した。私は鎮静剤を投与されていたのだけど,顕微鏡で細胞を調べた結果,手術で治療できるめずらしい種類のすい臓がんだとわかって先生たちが大騒ぎしていると付き添っていた妻が教えてくれた。手術を受けて,ありがたいことにいまはなんともない。
これが私が死に最も近づいた瞬間で,あと数十年はそうであってほしい。この経験があったから,死が有用だけどただの知的概念だったころよりもう少しだけはっきりと言える。
誰一人として,死にたくはない。天国に行きたい人ですら死にたくはない。だが死は我々全員が共有する終着点だ。これまで死を逃れた人はいない。そしてそうあるべきだ。なぜなら死は生命の最良の発明に思えるからだ。死は生命の変革担当係だ。古いものを追い出し,新しいもののための道をつくる。たった今,新しいものとはあなた方だ。でも遠くない将来みなさんもだんだんと古いものになって追い出される。ドラマティックになって申し訳ない。でもこれは真実だ。
あなたの時間は限られている。だから誰か他人の人生を生きて時間を無駄にするな。誰か他人の結論を生きるというドグマに捕らわれるな。他人の意見に自分の内なる声をかき消されないようにしろ。そして最も大事なこと。自分の心と本能に従う勇気を持て。あなたの心と本能はもうあなたが本当になりたいものを知っているのだ。他のことはみんな後回しだ。
私が若いころ,全地球カタログというすばらしい出版物があった。私たちの世代のバイブルの一つだ。ここからそう遠くないメンローパークでスチュアート・ブランドという人物によってつくられ,詩的な感覚を人生にもたらした。まだ1960年代でパーソナルコンピュータもデスクトップパブリッシングもなかったから,全部タイプライターと鋏とポラロイドカメラで制作された。まるで35年早くやってきたペーパーバックのGoogleみたいだった。理想主義で,整然としたアイデアとすばらしい思想で満ち溢れていた。
スチュアートと彼のチームは数号のあと,すべての活動を終えて最後の号を出した。1970年代中頃で,私はみなさんくらいの歳だった。最終号の裏表紙には,あなたが冒険好きだったらヒッチハイクをしようかと思ってしまうような早朝の田舎道の写真があった。その下に「ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ」の言葉があった。それは終刊にあたっての別れのメッセージだった。ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ。私はいつも自分にそう願い続けてきた。今,みなさんが新たに卒業するにあたって,あなたにもそう願う。
ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ。
本当にありがとう。
レジストリを起動する
レジストリの内容を参照/編集するには[スタート]ボタンをクリックして検索ボックスに「regedit」と入力
HKEY_CLASSES_ROOT\Applications\********.exeまでいく (applicationという似た名前があるので混同に注意)
(規定)を右クリック
その後再起動する
パーティション分割してファイルをDドライブに移動させたりすると関連付けできなくなる。
http://menushowdelay.blog13.fc2.com/blog-entry-302.html
関連付けを設定できません
以前は問題なく動作していたアプリケーションなのですが、ファイルを右クリックから、このアプリケーションで開くことだけができなくなりました。
アプリケーションを開いた後で、ファイルをウインドウ内にドラッグ&ドロップすることならできます。
ファイルを右クリック→プロパティ→全般→プログラム:変更→ファイルを開くプログラムの選択→参照→プログラムから開く
で実行ファイルを選択することで、普通は「ファイルを開くプログラムの選択」ダイアログに戻って一覧に選んだプログラムが表示されるはずなのですが、このプログラムだけが表示されなくて困ってます。
ひょっとして、導入後にフォルダごと移動したりしませんでしたか?
レジストリを一切いじらずにインストールが可能なアプリケーションでも、実はこの「プログラムから開く」の「プログラムの選択」で参照してしまった場合、Windows2000/XPでは
HKEY_USERS\(ユーザー識別子)\Software\Classes\Applications
以下に登録されます。別の見方をすると、こうして登録された後で「レジストリを一切いじらないアプリだから」 という理由でフォルダごとどこかに移動したり、フォルダ名をリネームしてしまうと、先のレジストリの記述に不整合が発生し、以降はその不整合を直接編集によって書き換えたり値のデータを削除したりしない限り、永遠にそのプログラムで開くことができなくなるという不具合を生みます。「ファイルを開くプログラムの選択」ダイアログの「参照」ボタンをたどって移動先やリネーム後のアプリケーションを指定しても、エントリは正常に書き換えられることはありません。直接編集以外に道はないのです。
「スタート」ボタン→「ファイル名を指定して実行」→ regedit と半角で入力してEnterキーを押下します。
HKEY_USERS\(ユーザー識別子)\Software\Classes\Applications
以下に該当アプリケーション名のキーが存在したら、とりあえずバックアップをとってからキーを丸ごと削除します。
バックアップとその書き戻しについてですが、今回の事象の場合はreg saveコマンドを利用する必要はなく、該当キーを選択した状態で、右クリック→エクスポートを選択し、名前は適当に「aaa.reg」とでもつけて、デスクトップあたりにでも保存すればよろしいかと思われます。
該当キーを削除しても、OSが起動しなくなったり、デスクトップ画面までたどり着かないようなことは一切ありません。
HKEY_CLASSES_ROOT\Applications\********.exe
だったという例あり。併せて確認されたし。
別にフルHDにしろと言ってるわけじゃなくて、もうちょっと広くしろよと言ってるだけ。
具体的に言うと、映画とかはどうでもよくて、コーディングとかするときに凄い困る。
さっきも言ったけど、ビジネスだと狭くても困らないのか?ってこと。
Excelとか使うだけでも結構困るんじゃないかと思うんだけど。
あと俺今はwinxpで1920*1080で仕事してるけど、全然困らないぞ?
フォントとかなんとかで困るってどういう状況だろう。
プライベートではMBAで1440*900だけど(デスクトップはxpとlinuxで1920*1200)、やっぱ最低でもこのくらいの解像度は欲しいと思う。
http://anond.hatelabo.jp/20110707195830
初音ミクLAライブ、外国人の感想その5。これまで紹介した感想は「ヴァーチャル・アイドルとしての初音ミク」を論じていたが、今回はミクの本来の姿、即ち「歌声合成ソフトとしての初音ミク」に注目しているのが特徴だ。また外国における歌声合成ソフトの将来性についてかなり厳しい見方をしているが、その指摘には耳を傾けるべきところも多い。初音ミクの海外進出に関する先行きを占ううえでも目を通しておく価値はあるだろう。
urlは以下の通り。
http://lelangiric.wordpress.com/2011/07/07/i-didnt-go-to-ax-but-yeah-anyway/
ミクのイベント後にはいつもヴァーチャルスターの構成要素は何かって議論が巻き起こる。クラウドソースな人格か? touhou[東方]っぽさ? オリジナルのないdoujin[同人]? それともインターネットとDTMの力に関するフリードマン風の熱狂か?
確かに日本じゃ大うけだが、アメリカではこれからどう成長するんだ? オレは英語のVocaloid3が発売されるのを待っている。いいものであってほしい。アメリカでのボーカロイドの発展には英語Vocaloid3の性能が極めて重要なんだ。けどな、アニメ産業とボーカロイドとの結びつきについては、オレは戸惑っている。つまりAXがミクノポリス会場になったことにな。今後も長期にわたって、アメリカではボカロオンリーのイベントはないだろう。アメリカに拠点を置く企業製のボーカロイドすら未だにない。オレが知っている[英語ボカロの]2つの会社はPower FX(スウェーデン)とZero-G(英国)だ。
でもな、そこでオレは考えてみたんだ。
ボーカロイドはvst[ヴァーチャル・スタジオ・テクノロジー](とかその他のapi[アプリケーションプログラミングインタフェース])といくつかの重要で理論的な方法は似ているんだが、極めて重要な具体的手法は根本的に違っている、とオレは理解している。基本的に(ある人間の)音声ソースを取ってきてあらゆる音素と音程を録音し、ボイスバンクを作った後で、ヤマハのVocaloid2プログラムがボイスバンクを「読む」ことができるようアプリケーションをコードする必要がある。オレはヤマハがこの部分で相当用心していると思っている。なぜなら公式のボーカロイドは(もしオレが間違っているなら訂正してほしいが)全部ヤマハのVocaloid2エディターと一緒に販売されているからだ。この意味でvstとは根本的な差異が存在する。(1)vstは通常daw[デジタル・オーディオ・ワークステーション]と一緒に流通することはない(2)vstの開発者であるスタインバーグは、vstプラグインを規格として作成しており、従って誰もがvstプラグインを作り出せる。
http://en.wikipedia.org/wiki/Virtual_Studio_Technology
http://en.wikipedia.org/wiki/Digital_Audio_Workstation
http://en.wikipedia.org/wiki/Steinberg
つまり、誰もがボイスバンクを作れるってことだ。UTAU現象がそれを示している。UTAUは違うソフトで動くボーカロイドの単なる「代替手段」(本当の意味でではないがオレは耐えられる)のフリーウエアに過ぎない。自家製ボーカロイドが登場するには(『ファンの作ったボーカロイド』はあるが、本物の商業ベースのボーカロイドとは違う)2つの条件を満たさなければならない。ある団体が充分な資本を集めて(1)高品質のボイスバンクを作成し(2)ヤマハからそのVocaloidエディターを頒布する許諾を得ることが必要なんだ。既に言った通り、紛らわしいのはボイスバンクをプログラムに「読ませる」ためのアプリをヤマハとサードパーティのどっちがコードしているのかってこと。思うに、もしおれがAXの会場にいてこの質問をしていたら、特にヤマハからVocaloid2の許諾を得るのにいくらかかるかを聞いていたら、オレは殺されていただろうな。日本のdoujin歌手を使えば高品質なボーカルを作るのはそんなに難しくないだろう。必要なのはインターフェイスと集音マイク。ダチを作ってそいつらに作業をさせる。そしてUTAUのファンダム全体を見れば分かるが、自分自身を体現したボイスバンクを作ろうとするモチベーションの持ち主は山ほどいるぜ。
http://utau.wikia.com/wiki/UTAU_wiki
オレが何を言おうとしているか分かるだろう。つまり、アメリカ製のインディー・ボーカロイド・スタジオの実現性ってのはどのくらいあるんだ?
少なくとももっと注意深く考え抜く必要がある4つの条件があると思う。
1. アメリカのアニメ業界とボーカロイドの関係。オレが思うに、ブランドイメージと、それからボーカロイドとアニメを結び付けているメーンストリームの連中のことを考えれば、こいつは最も重要な問題だ。「アニメ」はアメリカでその「あるべきもの」(つまりdirty japanese hentai shit)より遥かに大きな概念/カテゴリーになるべきだ。でもまあオレが見てきた限り、日本のボーカロイドにも同じ混同の問題があるようだけどな。とにかく、メーンストリームが一般的にアニメをどう見ているかがボーカロイド関連商品の売れ行きに影響するってことなんだが、この問題はオレには重過ぎる。omoやalexが考えてくれんじゃねーの、多分。
http://twitter.com/#!/alexleavitt
2. 誰か英語ボーカロイド使ってるヤツいる? 西洋ボーカロイドファンダム総体の認識として、1人だけすげえアメリカ野郎がいて、そいつがボーカロイドランキング(ニコニコのやつで毎週ボーカロイドの歌/動画をコメント/再生数/マイリストに従ってランク付けしている)に[英語ボカロを]ぶち込んだことがあった。でもそいつは突然自分の動画を全削除しちまった。この一度こっきりの出来事を除けば、ボーカロイドは完全に日本のものだ。他にも英語が母国語の作り手はいるんだが、皮肉なことに英語話者のボーカロイド製作者が基礎を置く発生核となりそうな連中の大部分は、日本語ボーカロイドにengrishをしゃべらせようとしている有様だ(大笑い)。
この問題にはさらに深い根がある。
3. そんな真面目な議論じゃないんだが、ある文化の労働的な基底はどうして特定の製品に同調し他の製品には抵抗するのかについて話がなされている。歴史的かつ社会経済的な問いだ。どうしてチリは銅を掘っているのか? なぜならそれがくそったれなほど沢山あるからだ。結果として採鉱は(おそらく)経済的な基盤が上部構造へと波及していくのと同じように(違うか?)文化的な行為となる。なぜアメリカは基底からやって来る沢山のボーカロイド曲を持っていないのか? その理由はもう挙げているな……(1)なぜならdirty anime hentaiだから(2)アメリカにいるデスクトップミュージック人種はテレビゲームと映像作品に集中してやがるから。
http://www.imdb.com/title/tt0132477/
http://en.wikipedia.org/wiki/Base_and_superstructure
4. 2番目に上げたデスクトップミュージックの問題は重要だぜ。もしお前が独立した作曲家としてメシを食っていきたいのなら、お前の時間と貴重な音楽的アイデアをボーカロイドのように不安で子供じみた音に賭けてみようなんて考えは二度と起こさないだろう。そいつは正直、新しすぎる。西洋諸国は上出来なデスクトップミュージックを作っている。問題は、ボーカロイドは今も、そしておそらくは長期にわたって、もしかしたら決して、独立したアーティストにとって頼れる収入源にはならないってこと。たとえそれで生計を立てる気がないとしてもだ。アメリカでボーカロイドは、他のデジタル関連のインディー業界のように花開くことはできるのか? アメリカのボーカロイドが日本のdoujin業界のようになるにはどうしたらいいんだ?
http://anond.hatelabo.jp/20110707195830
初音ミクLAライブ、外国人感想その2「再生の約束」フリーダム訳
http://anond.hatelabo.jp/20110708223459
初音ミクLAライブ、外国人感想その3「ミクノポリスのボカレタリアートたちよ、団結せよ!」
http://anond.hatelabo.jp/20110709211718
初音ミクLAライブ、外国人感想その4「仮想の歌姫:初音ミクの人気と未来の音色」
http://anond.hatelabo.jp/20110710234300
初音ミクLAライブ、外国人感想その6「ミクノポリス:7月のクリスマスと世界征服」
http://anond.hatelabo.jp/20110712205546
初音ミクLAライブ、外国人感想その7「AX11:ミクノポリスの印象」
http://anond.hatelabo.jp/20110713211501
初音ミクLAライブ、外国人感想その8「ミクノポリス:コンサート・リポート」
http://anond.hatelabo.jp/20110714210122
初音ミクLAライブ、外国人感想その9「アニメ・エキスポ:初音ミク」
http://anond.hatelabo.jp/20110715222900
初音ミクLAライブ、外国人感想その10「アニメ・エキスポ2011(抄訳)」
http://anond.hatelabo.jp/20110716194029
初音ミクLAライブ、外国人感想その11「世界は彼女のもの:初音ミクはいかにして全てを変えたのか」
http://anond.hatelabo.jp/20110717201147
初音ミクLAライブ、外国人感想その12「アニメ・エキスポ2011でのボーカロイド体験」
http://anond.hatelabo.jp/20110719031316
初音ミクLAライブ、外国人感想その13「ミク:日本のヴァーチャル・アイドルとメディア・プラットフォーム」
この商品のファンを増やすために、何かサイト内でできることないかな?と会議で話になった。
おれはターゲットは誰か、売りたい商品の良さは何か、いつまでにどれくらいの予算でしないと
いけないのかってことを頭の中でまず思い浮かんだ。で、そのへんをヒアリングしようと思ったとき
いやいや、いきなり壁紙って!いまどき壁紙をわざわざデスクトップに設定させるだなんて、、、
仮に設定してくれるとして、どうやってサイトに壁紙プレゼントあるよと宣伝するんだよ、、
って思ってると、部下達の言葉。
部下「いいですよね!今言おうと思ってました」
結果的に壁紙でもいいかもしれないけど、それに行き着くまでの導線を組まないと無意味なこと
になってしまうぞ!!
デスクトップをiGoogleに設定していて、ガジェットにGoogle急上昇ワードを加えている。
たまに「誰それ?」と聞いたことのない個人名が上位にランキングしているんだけど、そういう場合はマイナーな芸能人とかテレビで取り上げられた個人とか色々だったりする。
その中でも月一位のペースで、2chでフルボッコされている個人の氏名がランキングすることが続いている。
おしゃれゴリラとか鉄板焼屋の従業員とかアディダスの店員とか東電協力会社の社員の息子とか。
Twitterとかでプライベートを晒されたり、誹謗中傷しているケースについては、フルボッコされても自業自得的な部分はあるが、ちょっとやり過ぎな部分も見受けられる。
先日のセックスメモの女の子なんて、なんにも悪いことしてないのに勤務先まで晒されて可哀想じゃないかなと。
"潰す"とか書き込みされていて、とらえようによっては恐喝罪も当てはまるんじゃないかなぁ。
(http://www.drk7.jp/MT/archives/001769.html のマネ / http://anond.hatelabo.jp/20110515004216 の続き / 昔も同ネタで書いてた → http://anond.hatelabo.jp/20101218150419 / 書きおわってから http://anond.hatelabo.jp/20110515220351 に気がついた。この記事よりはるかによみやすいのでおススメ)
評価者の属性によっておおきく変りそうなので一応こちらも受けて立とう。
iPod Touchとhtc EVO wimaxを使ってみた差を独断と偏見で語ってみたいと思います。
まず結論から。
比ぶべくもなく圧倒的な差で"僕的には" androidの勝ちです。ただし、iOSユーザにはその意味は多分わからないでしょう。誰にでもおススメできる道具じゃありませんし、そこまでケータイに求めないのであればiPhoneでもガラケーでも好きなもの使えばいいと思います。
androidをかなりはやい時期から使ってたこともあり、iPhoneユーザから「androidいいですか? / androidはコレありますか?」 と人に聞かれることも多いのですが、「androidいいけど、iPhoneでいいならiPhoneのほうが良いよ」あるいは「androidにiPhoneと使いかた違うから、同じように使おうとしてもそんなソフトないかもよ」と答えます。今後の機種変についてはiOS以外なら試していきたいですが、しばらくはandroidを使うことになると思います。
一方、別の技術も知っておくという意味で、オモチャとしてiPod Touchを買ってみました。まぁ、ムービープレイヤーとしてはまぁまぁ良いので、機内のお友にしばらく使うことでしょう。
とはいえ、自分の母親みたいなど素人には「ガラケー使っとけ」と言うでしょう。iTunes用母艦のメンテも、androidのメンテもしたくないよ。
さて以下詳細。
スクロール速度についてはiPod Touchのほうが良い場合が多いです。ただ、htc EVOも言うほど劣っているわけではないです。むしろ、iPod Touch(iOS)でデフォルトのアニメーションで「目がごまかされてる」部分が気になります。アプリの切り替えやインテントによる連携なども含めて、androidのほうが「最短距離を進む」快適さがあります。てか、スクロールなんて引っ掛からなきゃいいでしょ。(xperiaが引っ掛かるのは多分メモリが足りないんじゃないかな)
アプリ込みで考えると、iOSは不安定なものがおおい。これはTouchだからかもしれないが、フォアグラウンドのアプリが突然不安定になっていきなりホームに戻される。これはいただけない。androidの場合はちゃんとエラーダイアログが出て、必要に応じてその内容を作者にフィードバックする仕組みがあるため、ちゃんとしたアプリの安定度は日々あがっている。GCがかかると時々重くなることもあるが、EVOでは気になるほどでもない。
確かにアプリ自体の作り込みはiOSの方が高い。しかし、iOSは「ちょっとしたこと」でも有料アプリな上に、「ちょっとしたこと」が全然使用感の向上に寄与しない。androidの場合、ちょっとしたアプリもインテントのおかげでさまざまな活用法が可能になるので、ボランティアレベルのプログラムでも戦力になる。
例えばiOSユーザの話を聞くと「○○ってアプリは神! Evernote/read it later/ナンチャラカンチャラと連携できる!」みたいな間抜けなことを言っているんだが、Androidはそもそも連携できないアプリがカス以下扱い(昔のustreamアプリとかね)。具体的には、twitterアプリでshort URLを展開する機能がついてて便利! とか言われても、「でもそれ開いてサファリで開いてさらにニコ動アプリ起動して」とか阿呆臭くてしょうがない。どのアプリからでもURLを開こうとするとちゃんと展開→確認の上、最適なアプリで直接開く、というところまで意識的なアプリ切り替えなしで行けるし、見終ったら戻ることも簡単。
あと、有料アプリのお試しができるようになったのが地味に便利。期限が15分になっちゃってちょっと切ない…。お試しができないApp storeで何度か外れアプリを買って以来、iOSで有料アプリは買ってない。
EVOの画面でかすぎ! 手が届かない。通勤中はtouchで我慢することもあります。あと、pdfを読む用にtouchは便利。
とはいえ、スライド読む用と論文読む用で別アプリになってしまい、管理が面倒なのが減点 -- dropboxから送り込むコースとmendeleyから送り込むコースとがあって、さらにわけわからん。あーこれは「画面」の問題じゃないや。
これはEVOは最悪。まぁ、ひどい時にはwimax, 3G(通話用), wifi(テザリング用)と3つも無線機動かすのであきらめてる。ipod touchの持ちの良さは機内のお伴には最適。
touchのカメラはおまけなので評価せず。とはいえ、skype for androidがフロントカメラ使えないので、skypeでvideo chatするときはiPod Touchを使います。てか、iPhoneユーザの「カメラ」ってデジタル処理(instagramとか)ばっかりで気持ちわるい。ちゃんとしたカメラで撮った写真以外を「作品として」人にみせびらかすために「一見オサレ()風に加工」とか、ちょっとねぇ。
あまり気にするほどの耳は持ってない。本体スピーカーは、本体質量がデカい分かもしれないがEVOの圧勝。
wimaxを使いはじめたら元には戻れません。softbank? 使ったことないので評価は控えますが、あの社長は嫌いです。本業おろそかにして目眩しばかりやってるタイプでしょ?
元blogで言及されなかったandroidの特徴が3点あって、「ハードウェアボタン」「連携性」「端末の自由度」。ハードウェアボタンは、「とりあえずここ押す」というボタンなのでとても大事。特にandroidで大事なボタンはbackボタン。つまり、スタック上にさまざまなアプリから取り出してきたactivityがシームレスに重なってて、終わったらそこに戻れる、という環境と、それに適したアプリ/使い方を見つけられないと、androidは不便なだけだと思う{{多くのiOSユーザがこれがわからずに、単体アプリで何でもやりたがるのが不思議である。Emacsか?}}。連携性も同じで、インテントによるアプリを結合した使い方って、確かにちょっと使いこなしが必要な点。ただ、手に馴染むと快適さが半端ない。「端末の自由度」についてはいわずもがな。まだまだ不十分だけど、「ワンセグが欲しい」「おサイフケータイ」「防水じゃなきゃヤダ」という要求に応えられるのはandroidであって、iPhoneではない。
iOSは単体では何もできず、何するにしてもiTunes{{それも「特定のPCの」iTunes! 糞! デスクトップに同期させてると出先のノートで何もできやしない!}}が必要になるのに対して、androidは単独で/クラウドと結合することで成立する環境になっている。まさに Apple と Google の思想の差がそのまま反映されているのは当たり前。iPod Touchはあくまで「Mac/PCのオマケ」な端末であるのに対して、androidは僕の中で「仕事の道具」という位置付け。それぐらいの違いを感じる。
僕は基本的にコンシューマ系OS(Macも、Windowsも)大嫌いな偏った人間ですが、この手の端末は金太郎飴みたいに同じような道具になるのではなく、手になじんだ一人ひとりにスペシャルな道具であるべきだと思ってる派{{カウボーイは、馬は捨てても鞍は捨てずに持っていく by HHK}}。そんなわけで結論に戻って、僕的にはandroidの圧勝なわけでした。ただし、他の人には、「androidは手になじんでくる感じがおもしろいけど、困ってないんなら別にガラケーでいいし、パソコンに慣れてるならiPhoneでいいんじゃない?」 と言ってます。こんないい道具、他人と共有してなるものか(笑)
彼女がいる男性諸君の中には、パートナーとケンカをした事がある方が少なからずいると思う。そして、その中にはケンカの最中に「どうしてこんな事を今更」と言うような昔話を順々に吐き出されてしょんぼりした人も多数いらっしゃることだろう。こんな書き出しで始めたのでお分かりであろうが、私もその一人である。
そもそも男は未来志向で、過去の嫌な事をそう易々と順に思い出せるようには出来ていない (こういう事を言うとある種の人から男女差別だと言うご意見も出るだろうが、ネタとして割りきって頂ければ幸いである)。しかし、ケンカの時に言い返せないのは立場としては大変苦しい。そこで、私は「第二の脳」とも呼ばれる Evernote の活用を提案したい。別にメモ帳でも手書きのノートでも何でも良いのだが、いつでも読み書き出来ること、後まで残ることが重要である。Evernote 自体の説明は至る所にあるので割愛させて頂くが、使い方はこうである。
以上である。仲良くケンカして頂ければ存外の喜びである。なお、チェックされていない項目が大量にできてしまい冷めてしまった末に不幸な結果を招いても筆者は責を負いかねる。
しかし本来であれば、ケンカなんか起こらない事が望ましい。そもそもケンカの原因として不満の蓄積が大きなウェイトを占めているのはおそらく間違っていないであろう。その為には未チェックの項目を「溜める」のではなく、書きこむ事柄が生じたその時点で積極的に直接指摘することが望ましい。早期の改善も見込め、加えてこちらから言えば彼女の方も不満を口にするであろうから、互いに不満の蓄積が防げると言う寸法である。雰囲気を壊したくないのは勿論だが、不満が溜まってケンカに至るのに比べれば細かく分けた方がマシなのでは無いだろうか? (筆者は夏休みの宿題を9月になってからやっていた性格であるが)
そして、紳士の皆様は寧ろ彼女から聞いた自分への不満を同様に記録し、自分で改善できたと思ったらチェックを入れる習慣を付けて頂きたい。付き合いを通して自らの人間的な成長も期待でき、実りある交際となることであろう。ただ、これに関しては、私の彼女にもやって頂きたいところだが…。
いや、Vistaでも7でもいいんだけどさ。
スタートメニュー開いて、「プログラム」配下のフォルダ、「アクセサリ」でも「スタートアップ」でも何でもいいけど、それ右クリックして「開く」とか「エクスプローラ」を選択したらどうなる?もしくは、ダブルクリックしたらどうなる?
我が家にある二台のXP機(デスクトップとノート一台ずつ)、両方とも何も起こらないんだわ。以前は該当するフォルダが開かれてたはずなのに。
どちらも環境は完全にバラバラで、特にノートPCは鯖用なのでここ数年殆どいじってない。だけど常用してるデスクトップと同じく、スタートメニュー配下のフォルダが開けなくなってる。
何が原因なんだろう?
そういう意味ではタイトルは釣りですよ。すいませんねどうも。でも130キロあった俺が、3ヶ月で100キロを切ったのでそれを記念して手法を増田に書いてみるぜ。いつもやってるブログじゃ私生活(笑)の事は書いてないのでね。すごく久しぶりに増田を利用するぜ。昔の空気しかしらんからズレているかもわからん。でもまぁ検索でもされて誰かの役に立てばいいと思って書いておくぜ。
道半ばだがね。
その手法とはすごく簡単だ。
この三つだ。
中途半端な動機付けではとてもじゃないが100キロ超まで太らせた奴に決心させることは相当難しい。人によっては恋の力とかそういう途方も無いものをどこからともなく使うリア充もいるらしいがそんなもんがそこらに転がっていれば誰も苦労はしちゃいない。
だから誰にでもできる動機付けをやろう。それは医者に行くことだ。
スポーツマンとかをのぞけば、標準的なアジア系日本人なら、100キロも体重があったらまず確実に病気になってる。
だから医者に行け。できたら肥満症系の専門医がいい。一番なのは糖尿病系の開業医・専門医がいい。
糖尿病なんて関係ないって?そう思うなら以下に思い当たることがないか考えてみることをすすめる。
これな、ほかからみるとのんきな元気な奴に見えるんだが、これに複数思い当たる節があったらこれは糖尿病の可能性があるぜ。
一つずつ説明するとだな…。
そうして病院に行くと「糖尿病ですね」あるいは「肥満症ですね」もしくはその予備軍ですねと言われる事となるだろう。すると近頃は肥満症・糖尿病の治療は非常に体系的になっていて、きちんとダイエットの方法などをアドバイスしてくれる。
またさんざん脅してくれるので、相当でもない限りきっちり動機付けは出来るだろう。
実はこれだけでほとんどダイエットなど成功する。ただ俺がやった方法を後に書いておこう。
まずはこれだ。これに尽きる。食わないというのは量を食わないのではなくカロリーの高いものを食わない。
食って痩せる?そんなことはできっこない。そんなモノはほとんど幻想と言ってもいい。
適正体重内の奴がより理想に近づくために、2キロ減量とかそういうのだったらいいかもわからんが、130のデブが30キロ急いで落とさなければならんとか言うのは無理だ。まず食うな。
これは手で計算しろと言っているわけではない。が、自分に逃げ場ないくらい精密に行うべきだ。そういう点で、ソフトウエアと、キッチンスケールを利用する。
カロリーを記録するという触れ込みのサイトは幾つかある。またソフトウエアでも数千円からプロが使う並に充実したソフトウエアが購入できる。そう言うのを探してもらえばいい。
俺はマッシュルームソフトウエアというところのカロリー計算ソフトを使用している。これはプロの栄養士も使っている比較的高度なものだが簡単な操作で計算ができるようになっていて便利である。クラウドというかASP型の無料サービスもある(ただこちらは時間がかかりすぎる印象があって毎日ぱぱっと行うにはローカルのアプリのほうが良いと判断している)
昔だったら大変だったんだろうが、今は優秀なサービスが多いのでわりと簡単にできる。
具体的な食べ物については、こうして記録していくと自然に自分のライフスタイルの中でカロリーが低く好きなものが出てくる。また自然に嗅覚も付いてくるので、それほど心配する必要ないと思う。
むしろこうでないと、なにか特定の食材に頼ったダイエットをすると必ず無理が出る。いかに習慣化するかというところがキーポイントだからだ。
次がこれだ。よくダイエットというと食事だけで減らそうという奴が出てくるが、原則的にそれは成功しないと思ったほうがいい。(逆に運動だけでももうまくいかない。だから食うな、動けということになる)
よくカロリー計算をすると多少運動をしても全然痩せないのだから運動などしても無駄だという意見があるが、実際のところこれは半分事実で、半分間違っている。たしかにカロリー計算すると純粋にその運動だけで消費されるカロリーはずいぶん少ない。だからそれ自体では大して効果がないというのは事実である。だが半分事実としたのは、実際に運動した効果はその運動による消費以外にも及ぶからだ。人間は少し動くとそれだけで体が活性化される。これは運動の前後でカロリーを消費しやすくなるという効果と、運動することで身体能力が向上して動けるようになってくると言うことである。ここまで計算に入れればかなり違う。
同じく、以前NHKの番組で「『筋肉増で基礎代謝を増やし、それによって減量する』というのは、実際には筋肉増による基礎代謝がふえる量は微々たるものでそれは嘘である」と紹介されたが、これは事実だが誤解されやすい。ここで言われている基礎代謝は学術用語で厳密な意味での基礎代謝だ。一方ダイエットというか肥満症の治療に詳しい理学療法士が言うのは「運動によって基礎代謝が増える」ではなく「運動によって生活代謝が向上する」あるいは「同じ運動でも消費カロリーが増える」ということを指している。ここを取り違えて運動の効果を軽視してはいけない。
この運動も、これもいかに習慣化するかということがポイントだ。だが状況によって手法はいくつかあるしそれが誰にでも当てはまるのはおそらくない。歩くのが好きな奴、自転車が好きな奴、そもそも外に出たくない奴などなど。
だからこれは全く参考にならん人もいるかもしらんし、参考にしてくれる奴もいるかもわからんが俺の手法を書いておく。
以下の道具を用意した。
今の時代に幸いにしてといったらいいか、仕事はあるのはよいのだが帰宅が11時などが連夜続くこともあり、運動を続けるのはなかなか大変である。そこで組み合わせたのが趣味といっしょにするということだ。
まずさすがに無駄にしたらヤバい金額の運動器具を買う。これはまず第一に動機付けをするということと、きちんとした機械を使うことで故障することなどへのリスクを回避する効果を狙う。
安くても意思があれば大丈夫と言われるかもしれないが、このとき重要なのは、100キロ超の体重にも対応する運動器具など実際には殆ど無く、市販で売っている安価なものを100キロ超の人間が使うといとも簡単に壊れるという点だ。これは単純な話で、力というのは質量×加速度だ。掛け算で効く。そのため同じ運動速度でも体重が大きい奴が使うと運動器具にかかる力が非常に高くなるということだ。おそらく動くだろうという程度で安物を買うとあっという間に壊れる。ここにケチってはいけない。ヘタをすると適正体重の人でもちょっと運動をして筋力が付いてくると壊してしまうようなやわなものも出回っている。
次にパソコンと大型ディスプレイ、マウスとキーボード、そしてネットレンタルDVDの契約だが、これはつまり、趣味である。俺は典型的な消費型オタクである。アニメ、シミュレーション系を中心としたゲーム、漫画、小説を愛する。(これで130キロ超、今でも100キロ、さらに顔面が先天的に不自由だし、服のセンスもないし最近声優にも詳しくなってきたし、きっちり世間一般キモオタの要件を満たしているがまぁそれはそうだとしか言いようがない)
そしてこれらを運動する器具の周りに配置して、ネットレンタルしたアニメを見ながら、シムシティをやりながら、エロゲをやりながら運動するのである。するとかなり時間が早く過ぎる。これにより毎日30分、1時間などあっという間…というのは言いすぎかもわからんが、ずいぶん楽にできるのは確かだ。
運動するぞといって意識してやるのはたしかに重要だし集中するのもいいだろうが、毎日続けることが重要である。だから集中するのではなく、”ながら”で毎日やる楽しいことと一緒にやるのである。
以上のような方法で3ヶ月で30キロ落とし、130キロあった体重が今日100キロを切った。
こうやってかくと怪しげな健康食品や壷系石系の怪しげな広告文句に見えるが、事実だ。
とりあえず30キロ痩せるということは、30キロ分の荷物をおろして歩くようになったのに等しい。一日中歩きまわっても足が痛くならなくなったし、どこにでも行けるようになった。
背が伸びたのも事実だ。正確には伸びたというわけではなく、今まで過大な体重を支えていた背骨や関節の軟骨が伸び、1センチぐらい測定値が伸びた。
また、どうも今まで腹に重たいおもりを積んでいたので自然と前かがみに、姿勢が悪くなっていたのが矯正できるようになった。今まで姿勢をよくしようとしても前についた肉を持ち上げるだけの背筋が必要になるため、かなり困難なことだった。さらに前に向かって体重をかければ、肉がつっかえるようになってそこで体重を支えられてしまうので楽にしようとすると姿勢がどんどん悪くなっていた。これがなくなって姿勢を良くすることが苦ではなくなった。
すると自然と背が高く見えるようになったらしい。これも含めて同僚には「こんなに背が高かったでしたっけ」と言われたりもした。
仕事ができるようになったのも事実だ。今まで夕方になると低血糖になって明らかに生産性が落ちていた。これもなくなった。というか全般に体調がえらくよくなった。
その関連か、血色がよくなった、というか、肌がツヤツヤになった。正確にはふできものができなくなったと言えるし、抜け毛も明らかに減った。
女性には関係ないことに思うし、少々お下品な話であるが、最後にチンコが長くなったことも書いておこう。これは正確には長くなったと言うよりやせたことでチンコ周辺の肉が落ち、露出するチンコの長さが増えたことにより相対的に長くなったように見えるのである。同時に根元がやせた分皮が引っ張られることで若干顔を出すようになった。日本人の大半は仮性包茎である統計もあり特に気にしてもおらず、誰かに見せて使う予定も今のところ残念ながら惑星間に浮かぶ微細な塵一つほどもないのであんまり関係がないのだが、小便をするときに楽になった。同じく、下を向くと自分のチンコが見えるようになったことも書いておこう。実利はあまりないが、男性諸君は分かってくれることと思う。これは地味に自分がやせたのだという実感を感じさせてくれることだった。
ただ体調としてはいいことばかりではない。人間は一ヶ月に落とす体重は、最大で1%以内にするべきなのだそうだ。そうでないと体のバランスがおかしくなる。またリバウンドの危険性が大きくなる。
今回は一ヶ月に1割近く体重を落としている。そのため、体重が減ったことで腰痛が出たり(腰の体内圧力が落ちることで起きるのだそうだ。そのため今はコルセットを付けている)、肉のエプロンというか、余った皮が体の前に垂れ下がってきたり、うまく体のバランスが取れないと感じることもあるが、それはいずれなれると思う。
ちなみにこんなことを書いているが、俺の理想体重は70キロである。まだ30キロもある。まだまだ道半ば…より手前だ。運動は体重が減ると自然に負荷が減ってしまう。だからこれからはさらに困難になるだろう。
ただ自分の言うダイエットは、本来理想体重前後にある人が外観的な理想を求めて行うものと異なりかなり痩せやすいと言っていい。その点でそういった苦労しているというイメージのあるダイエットよりかなり簡単だ。
また、それらよりはかなり切実なものだ。
ぜひ100キロ超の諸君、ぜひダイエットをして軽くなろうではないか。俺も頑張るので。
使ってる道具について質問いただいたんで、そのあたりのエントリーも書いてみたぜ
http://anond.hatelabo.jp/20110307112404
他にも何かあれば分かる範囲で答えるぜ