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2011-10-19

http://anond.hatelabo.jp/20111018090306

ハックルさんは、新しい事なんてしてねぇぞ。

既存の素材を萌えで再構築するという、ありふれた手法だ。

ありふれた手法だけど、ドラッカーなんてニッチでやろうと思った奴がいなかっただけ。

しかも、ドラッカー萌えを融合する土台に選択したのが、自分が書きたかったが出版社に貶された野球小説

そりゃ批判爆発だろ、そんなんで試合に勝てれば苦労ねぇよ。

そこをドラえもん世界と割り切ると、こんどはドラッカー価値イミフになる。

万能な古代呪文書じゃないんだからさ。

で、彼が持ちだした言い訳が、「ドラッカーの読み方を書いた」ときたもんだ。

あの書籍については、「みなみドラッカーを読み解く描写」こそがすべてで、あとは枝葉末節にすぎない。

読み解いたドラッカーの内容を適用してるはずの野球描写は、枝葉末節で拘るところではないとか、意味が分からないよ。

これらの件について、なにが新しいのかね。


ガノタについては、空気読めとはおれも思うが。

ガンダリウム合金とか太陽炉みたいに、「AGEシステム」がよくわからんがとんでもない代物なんだ、ってSF的な説明をすべきだったとは思う。

2010-12-24

ビジネスの臭い

ATMに30人以上並んでていて待つのダリーよなーと思った。


なので、ATMで次の番になったら100円で場所を交換する。

交換したらまた後ろに並ぶ。

繰り返す。


ホームレスの時にやろーっと。

2010-11-29

http://my.reset.jp/~adachihayao/index3news.htm

2010年11月28日 ー パキスタン温家宝に150億ドル期待ー

パキスタンの人は,個々には優秀な人が多い。昔のイスラマバードのJICA事務所でも,彼等を重く使っていた。事務所に入ると,ずらりと窓側に並んだパキスタンスタッフが立派な髭を蓄えて悠然と座っている姿を見ると,一見,日本人スタッフが使われているような錯覚に陥る。私たちをパキスタン北部の辺境に案内してくれたパキスタンスタッフは優秀で,かなり突っ込んだ議論が出来る。

雪の降りそうな初冬だったが,パキスタンの山奥深く分け入って,雪に霞む村落を眺めていると,人口1億を超すパキスタン構造が見えてくる。どこまで入っても人が住んでいる。チトラルを見上げるところまで入ったが,最後は泊まるところを捜して,一軒家を見つけ,電灯のないところで長靴を履いたまま一晩,眠られぬ夜を過ごした。帰途,スワット平野ホテルが,随分立派に見えたことだった。

この間,殆ど女性の姿を見ることはなく,途中ですれ違っても,顔を見せずに隠れて去って行く,イスラマバードに帰ってきて,顔を見せて颯爽と歩いている女性を見ると,こちらが恥ずかしいような錯覚に陥る,あの平和スワット平野は,今はアルカイダで厳しい状態が続いているという。イスラマバードホテル、奥さんを現地で亡くした日本人観光客に会ったが,奥さんは唐天竺を求めて来られた,幸せでしょう,と慰めてあげたことだった。

それほど奥の深いパキスタンであるが,しかし一方で,政府官僚傍若無人,無法な社会に戻ると,思わず印象は一変する。北西辺境州で州政府中央官庁が頭から対立していて,日本ODAの訪問も,その対立の前では忘れ去られる。結局あるプロジェクトの協定書に署名が出来ず,ペシャワールからイスラマバードに引き返したが,救急車が来るたびに,おい,サインを求めて追っかけてきたぞ,と冗談を言っていた。

帰国の空港についてパキスタン航空のチェックインカウンターに行くと,チケットの再確認の欄がペンで書いてある,無効だという。何を言っているのか,と大げんかをして手続き進めたが,単独出張のOECFの方は,結局載せて貰えなかった。当時はビジネスクラスで,機内に乗り込むと,軍人らしきグループが席を占めている,席のない軍人パイロットの横に潜り込んでいる,彼等を載せるために,我々のチケットを無効にしようとしていた。


アフガニスタンの問題が起こってから,米国を初め西側諸国はパキスタン支援を強化して行き,日本ODAでこれを支援する姿勢にあったが,JICAの緒方理事長もあるインタビューで,パキスタンは我々は入れない,と難しい治安問題を語っていた。しかパキスタンは,無尽蔵とも言えるような中国の資金攻勢に完全に征服されかかっている。結局,ミャンマースリランカカンボジアのように,心も売り渡す状況にある。

パキスタンのザルダリ大統領は,3ヶ月に一度は必ず北京に行く,と宣言して,北京で幹部に会って貰えないときは,雲南省昆明上海に回って,中国企業との会談に明け暮れている。パキスタンは電力不足で,政府国民を宥めるために大規模ダムの推進を喧伝しているが,なかなか資金が集まらない。それでも,中国企業によるダム建設約束が進んできている。原子力も含め,中国はそこまでパキスタンを支援出来るのか。

中国は,ミャンマーインド洋への進出拠点を求め,スリランカに手を差し伸べて,資源ルートの開発を進めており,最近は,ラオスを経てカンボジアに至るルートも開発している。パキスタンはそれこそ中国にとって,インド洋進出への第2のルートなのであるカラコルムハイウエーは実質中国が開発したものだが中国領の新疆ウイグル自治区jからこのルートを経て南下が可能である

これに,南西部のグワダール海港を繋げば,立派なエネルギー回廊が完成するわけで,この意図パキスタンの利害とも一致している。パキスタンは,イランからのガスパイプライン完成が一つのであるが,協力が出来そうな雰囲気であったインドへのパイプライン延長は,結局,パキスタンへのインドの警戒と米国が,イランインドとの繋がりを警戒して反対に回り,結局インドイランからのガスパイプライン構想から離脱した。


中国温家宝首相が,この12月半ば,イスラマバードを訪問する。今日パキスタン紙の記事では,パキスタン外務省が殆どの関係省庁に文書を回し,至急,中国との間で結ぶべきプロジェクトの協定書を準備せよ,と要請した。それはエネルギー問題と道路建設が主題で,電力では,タールの石炭火力,チャシュマの原子力インダス川上流にある大規模ダムなどで,パキスタンは150億ドルに上る支援または投資を期待している。

パキスタンが特に重要視しているのは,中国意図に沿ったエネルギー回廊の完成である。それは,中東の目の先に位置するグワダール港の整備,グワダールからケッタまでの道路整備,これをアフガニスタン方向とカラコルムハイウエー方向に連携する道路の整備,そうして究極は,イランのガスをイスラマバードを経由して中国新疆ウイグル自治区に繋ぐことであるパキスタンも,身も心も中国に売ることになる。


パキスタンの電力事情は厳しい,長期に亘って計画停電が続いている。政府は,大ダムが出来れば問題は解決する,もうすぐだ,と国民を宥めようとしているが,大規模ダムがそう簡単に出来るわけはない。それでも今日パキスタン紙は,電力の関する目標値を詳しく記事にしている。出所は,国家送電公社NTDCの資料のようである,折角だから,ここで順を追って数字を拾っておきたい

政府は2011年末の発電設備を,22,697MWとしており,これに対応するピーク需要は,21,705MWである。このピーク需要を満たすために必要な発電設備は,2,7131MWで,不足分は,4,434MWである。2012年には,ピーク需要は,2,3441MW,必要な設備は,29,301MW,不足は5,513MWに広がる。2013年には,ピークは25,306MW設備計画では,26279MW,必要設備は31,633MW,不足は5,354MWである

.同じように,2014年では,ピーク,27438MW,計画は,29,405MW,必要は,34,298MW,不足は,4,893MWである。2015年では,ピークは29463MW,計画は,33,630MW,必要は,36,929MW,不足は,3,199MWである。2010年時点の現状は,設備が,19,246MW,有効出力は,17,779MW,夏期の有効は,14,840MW,冬季になると激減,12,482MWである

WAPDAの水力設備は,6,444MWであるが,夏期には,6,250MW,更には冬季には,2,300MWに落ちる。GNCOSの設備は,4,829MWで有効は,3,580MWであるが,夏期には,2,780MW,冬季には3,222MWに落ちる。IPPは,設備が,7,911MW,有効が,7,695MW,夏期には5,750MW,冬季には,6,900MWであるレンタルは,約60MWである


明日から,黄海に於ける米韓軍事演習が始まる。中国の警戒に対しては,米国は一応公海上,として強硬の構えである。今後,南シナ海東シナ海制海権に対して,どの様な示唆があるのか,注目するが,中国で建造中の空母が完成すると,話は一変するのか。ベトナムにしても,マレーシアにしても,フィリッピンにしても,インドネシアにしても,目の前に中国空母を見ながら,石油生産を行うことになるのか。

昨日も書いたが,中国に言いたいのは,北朝鮮ミャンマーに対して,彼処までコミットしながら,北朝鮮の核,北朝鮮の砲撃,北朝鮮拉致ミャンマーの核開発などに対して,何も言えないのか。返って中国弱腰を追求する必要がある。説得できないなら,中国グルなのか,と言われても仕方がない。そんなに弱腰なら,経済的支援や目に余る投資を止めるべきだ,という世論が興るだおる。

この一触即発の東アジアの状況の中で,フィリッピンアキノ大統領韓国からの5万人のフィリッピン人の避難を受け入れて欲しい,と言っている。これは面白いいかである。まだ起こっていない状態を材料に,日本踏み絵を迫ったような感じ。広くフィリッピン看護士を受け入れる体制に日本はあるが,本気かどうか試されることになる。5万人を日本国内で自由にするのか,出来るのか,日本にとっては難問である

2010-11-05

http://anond.hatelabo.jp/20101105191244

死ぬのもダリーって思う。

つか、自殺する人って凄いよね。あれは超めんどくさい気がする。めっちゃネルギッシュ。

結局さ「仕事サボる」って「仕事行く」よりエネルギー使うじゃない。

同様にさ、「死ぬ」って「生きる」より数段エネルギー使うと思うんだよね、一瞬にせよ。

そんな強い動機がないもんなぁ。

貧乏イヤですお金欲しいです他人見下したいです」みたいな動機で頑張って来たのがそもそも悪かったのかなぁ、と最近思う。

http://anond.hatelabo.jp/20101105190023

昔はお金が無くてね。

いいところに就職すれば幸せになれるだろうと思ってたんだよ。大学だって「やりたいこと」と「ステータス」の天秤で選んだし。

ところが、思ったより簡単に思った以上のことが出来て、「アレ?こんなもん?」って感じなんだよね。

だって、仕事なんてつまるところクソだしさ。

仕事始めた頃は「いつか院に行って博士まできっちり研究する」と思ってたけれど、

今となっては全然面白いと思えないしね。結局それも仕事と同じで、最終的にはただの作業になるんだろうと思う。

天職なんてこの世にあると思ったことないしなぁ。仕事なんて給料ステータス福利厚生しか考えないでしょ、普通

だって、本当のことを言えば働きたくないんだから。天職、とか気持ち悪いと思う。そんなもの無いよ。働かないのが一番。

ところが、今となっては「働きたくない」っていうモチベーションもあんまりないんだよね。

その気になれば「働かない」って選択肢も出てくると、それも選ぶのが億劫になる。働いても働かなくても

人生の浪費って面では同じだしさ。せめて「仕事ダリー」っていうモチベーションくらいないと、土日もこんな気分になりそうだ。

今日は少し気分がいい、金曜日だから。そのために仕事行くようなもんだよね。

2010-09-09

http://anond.hatelabo.jp/20100909015225

どうやったらお前みたいな文章が書けるのか、どうやったらお前みたいな思考になるのか、

あんまり驚いたんで長文。


自分の読解力の無さを棚上げして「まったくもって意味不明」とか恥ずかしいなお前。

お前の方が意味不明だよ。義務教育からやりなおせ。

空気読めとかいう問題じゃない。思い込みを捨ててまず元の文章を正しく読め。


元増田のどこに、「酒井の論を論拠に」なんて書いてある?

酒井順子本を論拠に」ってあるだろ。

酒井順子本」の中には、

そしてアメリカ医師は、「激痛分娩は妊婦に多大な精神ダメージを与えるので、可能であれば無痛分娩をすることを医学的に勧めている」

って書いてあるわけだ。

元増田はその記述をもとに、「日本でも、無痛分娩の方が奨励されるべきでは?」って思って書いてるわけ。それくらい読みとれ。

だから最後に、「無痛分娩の方が科学的に有リスクなら、教えてくれ」って書いてる。

何故だか分かるか?


元増田は、

「もし、無痛分娩は科学的にリスクが高いならば、科学的にリスクの低い激痛分娩の方を奨励すべきだ(たとえ妊婦精神ダメージはあっても)。」

と考えているわけだろ。

元増田にとって、科学的にリスクの低い手段を選ぶ方が当然のことなわけ。

かつ、元増田は、「これは誰にとっても当然だろう」と思ったんだろ。だから、わざわざ書かないわけ。


で、ふつう元増田の文章だけで、何が当然のこととされているかとか、読み取れるわけ。

お前は、読み取れてないわけ。それを棚に上げて、「意味不明」って言ってるわけ。恥ずかしいだろ?




お前は元増田を正確に読めてない上に、さらに、お前の文章は意味不明だ。一番不明なのがここ。

無痛分娩で科学リスクがいくら上がっても、精神論否定が結果的に無痛分娩数増加に繋がり、精神論の温存が(無痛分娩数)減少に繋がりさえすれば酒井論は肯定される。

これ、不足を補い整理すると、

--

たとえ無痛分娩で科学リスクが上がっても、精神論が否定されるならば無痛分娩数は増加し、かつ、

たとえ無痛分娩で科学リスクが上がっても、精神論が温存されるならば無痛分娩数は減少するならば、酒井論は肯定される。

--

になる。

で、まず前提として。

日本では激痛分娩を経てこそ母親になれるという訳わからない精神論があると、酒井は言っている。

が、日本に、そうした精神論があるのかどうかまず証明は難しいだろ。どんだけアンケート取るのか。

かつ、精神論があったとして、精神論があることが原因で日本では激痛分娩がなされているのかどうかの証明は難しいだろ。これは酒井の思い込みレベルの話なんだよ。


だから、精神論があることを前提に、「精神論否定」とか「精神論温存」ってお前は言ってるけど、まずそれが成り立たない。


たとえ精神論があると証明され、精神論によって激痛分娩がなされているとされ、

その上で、激痛分娩を経てこそ母親になれるという精神論が否定されれば、確かに無痛分娩数は増加するだろう。


だけど、そもそも、現状で精神論があるとして、その精神論を否定していく根拠、理由になるものって何だよ。

日本人が、人間が今まさにもってるとする精神論が、いつのまにか勝手に否定されたりするわけないだろ。

もし精神論が否定されていくなら、そこには必ず、それなりの根拠なり理由なり必要だろ。


日本人が、今、激痛分娩を経てこそ母親になれると考えているんだよね?

それを日本人がこれから、「いやそんなことない」って否定するんだよね?


どうしたら、「激痛分娩を経てこそ母親になれるとか、そんなことはない」って否定しはじめるのか?

いや、とにかく何かの理由で「そんなの迷信だ、思い込みだ」っていきなり否定しはじめるんだとして、

その可能性てどんだけなんだよ。

何の理由もなく、いきなり否定されはじめることなんて、ないだろ。アホか。

現実的にありえない仮定をもとにしてるから、この仮定は全く意味が無い。


後半も意味が通らない。

激痛分娩を経てこそ母親になれるという精神論が温存されそのままなら、無痛分娩数の減少には繋がらないだろ。

現状の日本のままだ。だから「そのまま」だろ。バカか。


ここまでをまとめると、精神論はなんかしらんけど勝手に否定されたりしないし、だから無痛分娩数の増加に繋がるわけはないし、

精神論が温存されたとしても、無痛分娩数は減少に繋がらず「そのまま」なわけ。

まず、こうした意味の無い仮定に基づいている以上、

"日本では「激痛分娩を経てこそ、母親になれる」という訳わからない精神論が横行し、先進国唯一の激痛分娩国になっている"

という酒井の論はどうやっても肯定されないわけ。


さらに、「無痛分娩で科学リスクがいくら上がっても、」の部分と絡めるとさらに意味不明

まず「リスクが上がっても」っていうのが意味が通らない。

現状で、無痛分娩がなされているわけで、そのリスクがこれから上がったりすることはない。

ここだけでもうおかしいんだが、とりあえずリスクが高い、と読み替えることにする。

すると「無痛分娩の科学リスクが高くても、精神論が否定されるなら、無痛分娩数増加に繋がる」になるんだが。


「激痛分娩を経てこそ母親になれるという精神論」が否定されるということは、

「激痛分娩することにより母親になれるとかなれないとか関係ない、激痛でも無痛でも、同じ」だ。


激痛分娩の否定じゃないんだぞ。

激痛分娩によって母親になれるという精神論の否定だ。

それを否定しても、「無痛分娩によって母親になれる」にはならないぞ。

激痛でも無痛でも「同じ」になるだけだ。


で、母親になれるとかなれないとかは関係なく同じならば、

単純に「子を産む」に際して、なんでわざわざリスクが高いほうが選ばれるのか意味が不明。

論理的に破綻してる。


母親になれるとかなれないとか関係なく同じならば、

自分子どもの安全ために、痛いけど我慢してリスクの低い激痛分娩を選びましょう、ってなるだろ。

まあ、リスク高いけど痛いのはイヤだわという理由で、無痛分娩を選ぶ人もいるにせよ。

それにしても、一方的に、リスクの高い無痛分娩の方が増加するとは言えない。


さて、後半、「無痛分娩の科学リスクが高くても、精神論の温存が無痛分娩数の減少に繋がる」。

精神論がそのままなら無痛分娩の数はそのままなのは先に書いた。

で、無痛分娩のリスクが高く、精神論がそのままならば、やっぱり「そのまま」だ。

いま、激痛分娩がなされてるんだからな。

以上まとめると、そもそも仮定の条件がおかしいことに目をつぶっても、

どうやってもお前の立てた仮定では、酒井の論は肯定されないんだよ。

おまえの書いてる麻酔科医のクダリも、それでググっただけで産科における麻酔科医の数が不足しているのかどうかは判明しないし、精神論があろうとなかろうと~って、精神論があって麻酔科医の数の少なければ現実を越えるまでも無くやっぱり精神論で激痛分娩の数は多いだろうから「あろうと」は余計だとか、いろいろメチャクチャなんだが、疲れたからコレくらいにしとく。


ちなみに、これから無痛分娩が広まったとき、初めて、

「激痛分娩を経てこそ母親になれるとか、それはない、関係ない」って否定されだすんだぞ。

無痛分娩したけど、ちゃんと(良い)母親ですよっていうのが自分の評価でも他人から見ても広まれば、

分娩における痛みの強さは、母親になる条件ではないなーっていう認識が広まるだろ。


まあ、麻酔科医の不足が原因かもしれないけどな。それはまた別の話だ。

2010-08-30

http://anond.hatelabo.jp/20100830172652

学生時代なんとなく(なんとなく取れるものじゃないと思ってるけど)教員免許取った人が親になったり

ていうか、大学教職課程取ってる奴って「就職活動とかダリーし、教師にでもなれば安泰じゃね?」みたいな感じで専門の成績とか全然よくなかったようなタイプが多かったぞ。

(一部を除いて)一般の就職アカデミアの出涸らし教員になってるイメージがある。

地方旧帝大の話。よくわからん私大とかもっと酷いだろ。おそらく。

2010-08-03

18時頃のスーパー行ったら、現代の男が結婚したがらない理由の全てが凝縮されているな。



ゲゲゲの女房で主人公の妹が

「姉ちゃんのように旦那さんの稼ぎに頼って暮らすようにはなりたくない!」


みたいな事を言っていて、主人公も情けない顔をしていたけど、現代の女ってそんな感情皆無だろうな。

むしろ「男は死ぬまで働けよ。妻に楽させろ!」「飯作るのダリぃ~ずっと会社に居ろよな」的な事を思ってるはず。



子供も野放しにしてるし、ネグレクトが増えてる理由も分かる気がする。

どうしてこうなったんだ

2010-07-15

http://anond.hatelabo.jp/20100715182011

ダリ、死ぬときはものすごくヨボヨボになっちゃってるよ。

妻のガラも大したタマで、ダリより先に死んだけど、死ぬまでにダリ財産すっからかんにしている。

白いキャンバスを大量に持ってきてダリに自筆サインさせて、そのキャンバス売ったり。

それでもダリはガラを愛してたんだよー。

2009-12-26

そ。

批評なんて最初から前提がアヤシいのさ。

ってかインタビュー記事も「実際に会ってそれを言ったか?」

というのはかなりアヤシい部類に入る。

「言ったか/言ってないか」と言えば言ってるんだろうけど、

後になって修正は加えられていると思うけどな。CG合成みたく。

だからあえてフルCG映像を作った(笑)

インタビュー記事を1人で起こしてね。

そんなもん架空の人物を2人でっち上げれば誰だって出来る。

(『贋作ダリ』を参照の事・笑)

2009-12-01

ゲームピースコブラ」。

ワタシがアニノマスダイアリー、通称増田で書き始めた最初に戻るが、

この増田の事を「騙し合い」とも「ゲーム」とも、

ワタシは言って憚らなかったのである。

ついでに申せば、ワタシの書く文章は総て「絵画である」と思い込んでいる。

つまり「〜T/H」は(あくまで)名目上、ワタシのサインだという事で。

(ただし、「ヒラノタツヤ」かもしれないし、「ホテイトモヤス」かもしれない。

がしかし、誠に勝手ながら「ワタシ」以外はニセモノ扱いとさせて頂く。)

元ネタは隠すまでもないが(『贋作ダリ』と検索してみて下さい。)

「ワタシ」は現時点を以て3種類にカテゴライズされるとする。

 1)本物:「ワタシ」が直接書いたもの。

 2)ニセモノ(許可):「ワタシ」が書いていないが、黙認しているもの。

 3)ニセモノ(非認定):「ダウトコール」されたもの。

追加ルールとして、この「ダウトコール」を採用するが、ニセモノかどうかを完全に把握出来るのは「ワタシ」だけである。

しかしながら、以下を宣言する。

「”ワタシ=T/H”ダウトコールをしません。」

(つまりワタシ本人がダウトコールを行う際は「匿名」にてトラックバックするという事である。)

皆様に試して頂くのは「目利き」であり、「匿名性の中の唯一性」のテストでもあります。

と同時に、別に反論などせずとも「ダウトコール」とトラバすればそれは駆逐されます。

以上が追加ルールです。ヨロシク。

                     〜T/H

追記:「この項にもトラバする」としましょう。履歴が一覧出来ますので。

2009-06-15

日米安保同盟、次の半世紀を考える その2

http://anond.hatelabo.jp/20090615232800

核は拡散し、ブレトンウッド体制は崩壊し、世界の危機は深化する

日米安保体制は風化して、強力な改定が必要になった

▲目を覆いたくなる米国の衰退、核拡散防止条約体制は風前の灯火

ブレトンウッド体制は世銀IMFを主柱として米ドル基軸の通貨体制である。

詳しくは拙著を参照いただくとして、1971年にニクソンが金兌換停止を宣言して以来、ドルは徐々に紙屑化し、08年のウォール街大不況入り以後は、米ドル基軸への根底疑惑が、とりわけ新興工業国家群を中心に拡がった。

真っ正面からブレトンウッド体制に中国が挑み始め、BRICSs(ブラジル露西亜印度中国サミットでは、ドルに変わる新通貨体制を模索し始める。

当面、中国ロシアはSDR債を購入することによって、ドル代替通貨の位置を目指す。この動きに米国債金利が跳ね上あり、猛烈なインフレ懸念が拡がる。

日本はこれほどのドル危機にあっても感受性が鈍いのか、一貫した揺るがぬ姿勢でドルを守る側になる。日米同盟が絶対不変の原則と幻覚症状にあるのと同様に柔軟な思考能力が奪われている。

もちろん戦略的発想は苦手である。

米国の力の衰退は顕著になった。

世界の危機は深化し、おそらく「イラクの西」は、今後イランを背景とするシーア派の統治区域となり、アフガニスタンは「タリバニスタン」となり、パキスタンは無政府状態に陥るだろう。

中東全域は混乱のちまたとなるだろう。

もっとも危険な状況は目の前、パキスタンが開発しストックする核兵器は60発から100発。開発資金の胴元はサウジアラビアであり、当然だが、核兵器の一部はサウジアラビア移転するだろう。もしイラン核武装をしたら間違いなくそうなる。

ザルダリ大統領軍部との調整が円滑にいっておらず、パキスタン軍の独走に歯止めをかけられるほどの政治力はない。この点で陸軍参謀総長出身だったムシャラフ大統領とは違う。

軍のトップ以外、パキスタン核兵器の隠匿場所を知らないという説が有力で、米国としては、ここでパキスタン保護国ともいえる中国と胴元のサウジアラビアとの協力が必要となる。

突拍子もない考えかもしれないが、パキスタンが無政府状態に陥った場合、米中の軍事共同作戦が展開され、核兵器保護隔離作戦を展開するというシナリオも考えられるのではないのか。

日本の核の選択は?

北朝鮮の核保有は米中露をやきもきさせたが韓国は平気な態度である。

なぜなら韓国人感覚では北の「同胞」が保有する核兵器韓国が保有したと同義であり、いずれ日本攻撃用につかえると踏んでいるからだ。

もはや日本核武装が間に合わない。

数百億円を投じて国家をあげたシステムを組み、すべての公務員給料を10%返上して、大国民運動を起こさない限り、もはや独自の核開発は不可能と考えられるので、発想を転換する必要がある。

そもそも日本人の優秀な理工系学生アメリカ頭脳流出したか、国内にあっても宇宙工学職場より「金融工学」を目指した。

いま、原子炉ロケットに携わる日本人エンジニアらは核武装拒否反応をしめす人が多く、この有様では開発に乗り出せないだろう。ちょうど正しい歴史教科書を、短絡反応する現場教師のように。

そこで国益のためにも、日本核弾頭パキスタンから買うという選択肢考慮しなければなるまい。或いはインドから買うのもアイディアだろう。交換条件は従来の援助と引き替えるのだ。さいわい両国とも日本技術資本を必要としており、バーターの条件は整っている。

また日本は7000億ドル近い米国債を保有しているが、いずれこれは徳政令か、米国デフォルトで(GMがそうしたように)、紙屑となる可能性があり、それならば米国から担保を留保する必要があるだろう。

拙著でも何回か指摘したように、佐世保横須賀に寄港中の空母、原潜などを差し押さえ選択肢が残る。

もちろん核兵器付きである。衰退一途の米国軍部とあうんの呼吸が必要だろうが。。

安保条約米国が廃棄するだろう

戦後日本はふぬけ状態、とても中国北朝鮮戦争できる態勢にはない。

戦略兵器を保有できなかった日本には戦争能力が備わっていない。攻撃兵器がない。地雷を保有せず、今度はクラスター爆弾を廃棄する。こういう国会議決をする日本議員というのは安全保障イロハさえ分からない手合いが多い。

 独立国家とはとても言えないが、いまはそのことを論じている紙幅はない。

日本の防衛は過度に米国依存だった。

日本が望んだのではなく、安保条約の片務性と歴代米国政権の明確な意思からである。

米国アジャンダを付与され、その範囲内での防衛思考しかできなくなった自衛隊高官。日本には防衛戦略がないのである。

次期戦闘機をめぐって米国国防長官のゲーツはF22の開発を止めるので、つぎはF35にするから、日本の防衛ジェット機後継は、これだと一方的に言った。

なんとかF22で合意ができつつあった自衛隊も驚いた。MX構想のときもそうだが、つねに米国の移り気によって日本の防衛が振り回される。そんなことに驚くこと自体が植民地根性である。

 

日本には戦略兵器と核兵器を与えないというのが、米国占領政策の延長線上にある世界戦略である。だから空母、原潜、空中給油機、ICBM駆逐艦の保有が事実上禁止されている。

日本自衛隊にないのは核兵器ばかりではない。攻撃兵器がない。長距離ミサイルどころか、空母も長距離爆撃機原子力潜水艦も保有しないから、戦略的防衛計画を立案することは基本的に困難である。

自衛隊のすべての装備は米空母をまもる戦術的防衛の分担でしかないのである。

日本の謳う「専守防衛」というキレイゴトの標語が日本の政治看板にもなり、非核三原則とか、GDP1%以内とか、憲法にも書かれていない制約を受け、手も足も出ない「軍隊」なのである。

孫子がいみじくも指摘したように「攻撃こそが最大の防御」であるにも関わらず。

日本自衛隊戦術兵器こそ多少はあるものの、充足率がわるいうえ、戦場兵器となると弾薬がない。

実弾による火力演習は年に一度、全国の部隊から弾薬をかき集めて行わなければならない。

機関銃も不足し、手投げ弾も少なく、要は24万という表向きの「兵力」がサラリーマン化して、徐々に愛国心に乏しくなっていることも問題だろう。

かくて在日米軍を補完するだけが目的だったのが自衛隊だから、独自の戦力となると、はなはだ心許ない戦力しか保有せず、イージス艦六隻体制などと言っても、自衛隊の実力とは米空母を取り巻く守護兵力ではないか。

MDミサイル防衛)などと絵空事のために日本血税が投じられようとしてきた。

自衛隊は対米依存というメンタリティを辞めるべきだろうが、すでに親米根性の染みついた組織にそれが出来るだろうか?


▲「リバイアサン」から「普通の国」になるオバマアメリカ

ところが日本人戦後一方的に「恋した」米国がとうに心変わりを示し、日本防衛への熱意がうせ、つまり日本の対米期待に対応できるはずの米国の、北の核実験拉致問題への姿勢をみても、すでに存在していない空気がある。

アメリカ国家性格(国体と言っても良いが)が、劇的に変質し、リバイアサンから普通の国家に変貌していく過程に於いて、従来のNATOへの関与を弱め、米韓、米日、米印、米豪条約のあり方の再検討を迫られる。

米軍世界プレゼンスをやめて、米国内に引きこもれと主張したのはパットブキャナンだった。嘗ての米国を代表した右派の声が、これからはオバマ左派の声に変わっていくだろう。

米国は負担に耐えかねてアジアの防衛を「新同盟国」の中国にゆだねる選択も考慮することになるだろうし、現実台湾問題は投げやりになった。

おりしも来年日米安保条約改定から半世紀である。

日本はどうやって生き延びる道を探るのか。安保条約米国から廃棄される前に、自立自尊の道を考える秋が、ついにやってきた。

2009-06-09

河野裕サクラダリセット』

ヒロインのもつ「リセット」の能力は、厳密には時間遡行ではない。一部の例外を除き、全てのものの状態を特定時点に復元する。6月9日リセットをかけて6月6日時点に「戻した」としても、その間に経過した3日間が消滅するわけではない。6月7日に死んでしまった人は生き返るが、これは「死ななかったこと」になるわけではなく、文字通り生き返っているわけだ。カレンダこそ6月6日に「戻って」いるが、時間軸は連続しており、6月9日6月6日の状態を持ち込んでいる。神の視点からすると、リセット後の6月9日は本来の6月6日から6日目ということになる。

さて、能力には強弱関係があるとされている。主人公のもつ「記憶」の能力リセットよりも強い。そのためリセット後もリセット前の情報を保持することができ、ものごとのやり直しが可能となっている(ヒロインの脳はリセットされてしまうため、彼女自身ではリセット活用できない)。同様に主人公の友人がもつ「任意の時間に任意の相手に声を伝える」能力リセット耐性を有する。よって彼がリセット前に発した伝言は、リセット後にも有効に伝達される。これが物語の鍵になるのだ、が。こいつが結構むずかしい。

6月7日に、6月8日に友人が特定の相手に伝える目的伝言を発したとする。その後、6月9日に主人公たちがリセットをかけて6月6日に戻った。2回目の6月7日には友人は動機を失っていたため伝言を発しなかった。それでも2回目の6月8日には彼の伝言が届く。さて作中にこんな描写があるのだが、これを前提に考えたとき、伝言リセットと言えるか。

神視点で考えてみよう。1回目の6月6日を第0日とする。伝言は第1日に発せられ第2日に到達した。第3日にリセットされた。第4日(2回目の6月7日)には伝言は発せられない。そして第5日(2回目の6月8日)に伝言がふたたび到達する。つまり第1日の原因行為に対して2回の結果が生じている。能力の効果に対して影響が出ているかいないかで言えば、伝言は明らかにリセットに影響されているのだ。

2つの考え方ができると思う。ひとつは、伝言は相対的に、「今からN日後」に対して送信されるという説。もうひとつは、伝言は絶対的な指定として「X月Y日」に対して指定して送信されるという説。相対説をとった場合、伝言リセットよりも弱いことにしなければ上の現象の説明がつかない。しかしこのとき、リセットにより原因行為が消滅した(第4日)のだから第5日に伝言が届くのは不合理となるだろう。他方、絶対説をとった場合、伝言の到達時はカレンダに対して紐づいている。リセットによりカレンダが巻き戻ったとすれば効果が再度発生するのは当然と言える。これは伝言リセットという立場と矛盾しない(リセットカレンダに干渉しているだけであって、伝言カレンダの結びつきには干渉していない)。問題は、基準となるカレンダをどこに置くかだが。案外、自室の壁時計を発動タイマにしているとか。

2009-06-02

パキスタン政策をまた間違えたオバマ外交の無惨

スワト渓谷のタリバン壊滅作戦は政治基盤を弱め、原理主義を根付かせる

米国としては「こんな筈じゃなかった」と悔やむことしきりだろう。

パキスタンが無政府状態の混沌にある。ますます反米感情が激化している。核兵器の安全管理はむしろ危うくなった。ムシャラフ軍事独裁時代のほうが、核兵器管理されており、国内にこれほどのテロリズムの嵐が吹き荒れることもなかった。

それを米国ムシャラフ大統領に退陣を迫り、見放した。

中国パキスタンでも米国に非協力的な理由

中国パキスタンと半世紀にわたる「軍事同盟」を結んできた理由は地政学的に判断すれば、きわめて単純である。

インドとの間における絶対的な緩衝地帯であり、パキスタンインドを敵視しており、軍事同盟の条件は揃っていた。中国と合弁の武器工場パキスタン各地にあるが、戦車から戦闘機機関銃まで量産している。

主として中国が援助したのだ。

中国テコ入れは、両国にとっての共通の敵=インドパキスタンが横腹から牽制し、もしインドが強ければ、代理に核兵器をぶっ放して呉れると結構とばかり、パキスタン核兵器技術も提供した。

美貌の女政治家、ブッドが首相をつとめていた時代のこと、核兵器開発を軍情報部が秘密に展開していた過程は首相にも知らされていなかった(ブッドが亡命先のロンドンで『TIME』とのインタビューで語ったことがある)。

まして現在のブッドの夫=ザルダリ大統領にも知らされていない。陸軍参謀長はカヤニだが、その実力は大変なものがあり、またシャリフ前首相とも天敵の関係。隙あらば暗殺される可能性がつねにあり、パキスタン政治家は命がけである。

シャリフ元首相の再登場というシナリオも日々現実味を帯びてきている。

ならばパキスタン国民は悉くが「反米」「親中」かといえば、そういう単純で短絡的図解ではひどく誤解を招くだろう。

現地に行ってみるとよく分かるが、パキスタン人はかなりの程度、高潔である。そして狡猾・老獪である。昔も今も族長支配の封建政治パキスタンを支配している。イスラム原理主義の猛威は、この封建制度のうえにこそ成り立つ。

むろんパキスタン人のなかには武器密輸麻薬に手を出す者もいれば犯罪者も多い。紛争が長引き、教育が遅れているため人々は道徳的に荒んでいる。

原因は貧困である。

貧困がアルカィーダの戦闘員を育てる。サウジアラビアやイエーメン、スーダンでなぜ、滅びたはずのアルカィーダが容易に息を吹き返しているのか。

繰り返すが、原因は貧困である。

▲目を覆う貧困と無教養と過激思想

実際にパキスタンアフガニスタンでも、タリバンを支持する階層は三つにわかれ、!)指導層はイスラム原理主義だが、!)貧困による志願層(世直しを信じて志願兵になるから自爆テロはやりやすい)があり、そして!)タリバン麻薬資金で得たカネで雇う傭兵である。

教育イスラム教が牛耳っている。神学校は12500ケ所。タリバンは「神学生」の意味である。

実際にグアンタナモ基地アフガンで捕獲した戦闘員をキューバ米軍基地へ連行)で尋問したアルカィーダ戦闘員容疑者のうちウィグル系の五人は、そのごアルバニア亡命を許されたが、まず傭兵といってよく、「良い働き口がある」と騙されて新彊ウィグル自治区からアフガンへ潜入したばかりだった。

パキスタン同盟関係武器援助最大のスポンサーでもある中国には、情け容赦なくウィグル容疑者を引き渡したが、04年に引き渡した容疑者中国ですぐさま処刑された。国際批判をもろともせず、パキスタンは09年にも七人を中国へ引き渡した(ワシントンタイムズ、4月24日付け)。

米国は普段の態度、原則と異なり、このことでパキスタンを咎めなかった。じつにいい加減である。

さてタリバンが猖獗する地域パキスタンアフガニスタンとの国境ばかりではない。

パキスタン政府の統治が及んでいない地区が多いが、西北部のスワト地区がとくにそうだった。同地区の38%が政府支配、残りの24%が武装勢力の支配下にある、とBBCが伝えた(09年5月14日)。

 この地域インドとの戦争のときにインドから逃れてきた難民が住み着いてきた。

ワジリスタン地区の南北も同様、人口密集のパンジャブ州(8200万人はパンジャブ州に暮らす)とて47%の住民は政府の遣り方に反対だという。

主流の部族はパシュトーン族、言語ウルドゥ語。ほかにインド系、タジク系、イラン系、ウズベク系など雑多な民族が混在、人口は一億七千万人!

米国パキスタンを扱いにくいのはよくわかる。

そもそもパキスタン政府が国全体をおさめきれないのだ。部族中心主義のイスラム国家に於いてはアフガニスタン同様に西側民主主義なんていうのは、システムも発想も馬鹿の典型、部族長が決める政治である。

だからパキスタン軍はスワト地区に手を出さなかった。ザルダリ大統領は同地区に厳格なイスラム法の適用を認めるほどに妥協してきた。

まして軍情報部はタリバンシンパが山のように潜入しているため、軍事機密情報漏れる。攪乱情報や偽情報に振り回されるとパキスタン政府軍がタリバンに負ける恐れもある。


オバマ政権拙速外交パキスタンへ誤ったシグナルを送った

パキスタン政府タリバン撲滅路線が曖昧さから強硬路線へと方針が180度変わったのは米国の変心による。

オバマ大統領は、5月6日にアフガニスタンのカルザイ大統領と、パキスタンのザルダリ大統領ホワイトハウスに呼んで会談した。会談内容は秘密だが、爾後漏れてきた情報は、核兵器の安全が米国の最大関心事ということだった。

つまりパキスタンが保有する60発から100発の核兵器タリバンに奪取されるという空恐ろしき悪夢現実のものになりつつあると言うのである。

これには前段がある。

ヒラリー・クリントン国務長官議会証言で「パキスタン核兵器隠匿場所は全土に拡大した恐れが強く、管理リスクが増大している。パキスタン政府完璧管理できないとなると、タリバンの手に渡らないとも限らない」(4月23日の議会証言)。

そしてヒラリーはこうも言った。

「われわれはイランの核をたいそう懸念しているが、イランはまだ核保有に至っていない。だがパキスタンは既に保有している」。

01年9月11日の同時テロ以降、米国パキスタンに対して核兵器貯蔵場所の安全確保のために一億ドル供与してきた。

それも水泡に帰す恐れがある。

米国パキスタンに新しい圧力をかけた。

幸いにしてザルダリ大統領はブッド元首相の夫君でもあり、欧米のウケがいい。

カルザイ(アフガニスタン大統領)は、米国あってこそ存在できる政治家であり、そのカブール政権不正と腐敗に目をつむってくれる限りは米欧に協力するだろう。もともと米国傀儡としてカブールに入り、しかもいまも依然としてカブールしか統治できない無能力政治家だが、タリバン退治には欠かせない人物である。


▲史上空前の難民が発生、こんな筈ではなかった

ザルダリは突如決めた。

タリバンが多く潜伏するとされたスワト渓谷への本格的攻撃を命じた。

陸軍攻撃ヘリを投入した。

パキスタン軍とて、2007-08年の戦闘で1400名の兵士が死亡、4000人が負傷している。

キラニ・パキスタン首相は「テロリスト武装勢力を壊滅させるまで闘う」と記者会見し、二月に合意したばかりの武装勢力との停戦合意を破棄した。

パキスタン軍の発表では爾来、1100名のタリバンを退治したという「成果」が声高に発表された。

大変な事態が付随しておきていた。

スワト渓谷の多くでは「水道が壊れ、電気がとまり、食糧が底を突き、猜疑心が交錯し、機関銃の乾いた音がそこら中に聞こえ、流れ弾でつぎつぎと住民が死んでいく。電話が通じなくなった。住民は着の身着のままで逃げ出す」(NYタイムズ、6月1日付け)。

難民は既に240万人、毎日8万5000人が難民となって周辺の集落からラホールイスラマバード近郊の難民キャンプへ押し寄せた。すぐに食糧、医薬品不足に陥った。

西側の支援物資はとどかない、食糧支援は圧倒的に足りない。いや西側の援助団体がテロ対象となって警備が希薄なため、援助物資が届かない。

難民は暗闇の中で死の恐怖と闘っている。

パキスタンのスワト地区で発生した難民の数もスピードは嘗てのカンボジアスーダンイラクルワンダのそれより早い」(英紙『インデペンダント』、5月31日付け)。

 

報復テロが続く

そして報復テロも始まった。

5月27日、ラホール自爆テロ30名が死亡した。「パキスタンタリバン運動」が犯行声明。この団体はブッド首相暗殺に関与したとされる。

28日、ペシャワールでも報復テロ、14名が死亡。

にも関わらず5月31日にパキスタン情報部は「完全勝利」を宣言し、「ミンゴラを完全制圧した。治安回復はすぐだ」と豪語した。ミンゴラは武装勢力の拠点の都市である。

アルノー・ド・ボルシェグレーブは絶望的な近未来を語る。(アルノーは元NEWSWEEK編集長アフガニスタンロシア侵略を追求した国際的ジャーナリスト作家)。

神学校では毎年毎年二百万の若者卒業する。パキスタンでは職がない。パキスタンは誰が敵か、誰が味方かも分別できない、戦争定義のない、戦争国家に陥った。タリバンは、かのロシアと闘ったムジャヒデンの子供たちである。ムジャヒデンは勇敢にロシア兵と闘い、そしてイランでは52人のアメリカ人人質にとって米国大使館を444日間にわたって占拠した。パキスタンに猖獗するイスラム原理主義は同国政治の根幹をすでに奪胎している。イランホメイニ革命前すでにイスラムの見えない統治があったように」(『ワシントンタイムズ』、4月28日コラム)。

2009-06-01

サクラダリセット

  • 内容は悪くないのにタイトルで損してる。
  • 重力消しても質量は変わりませんよ。無重力環境でも運動エネルギーは同じですよ。編集者も誰も指摘しなかったのか?
  • 椎名優ってこんな絵だったっけ。主線の太さとか色彩とか唇の描き方とか色々変わった気がする。気のせいかな。

2009-05-24

日本人女性精神が軟弱になってきている

以前日本人女性と付き合っていた経験から言えば、明らかに今の日本人女性精神は軟弱になっている。

これは一種の社会問題だと思うので、ここに書こうと思う。

俺は日本に住んでいたが、成人してからはアメリカに住んでいる。

日本人女性恋愛する機会は成人してからほとんど無かった。

しかし、たま日本人女性と交友を持つ機会はあり、日本人女性精神構造をかいま見る機会はある。

そこで思ったことだが、日本人女性はなんでも男性のせいにするというある種の甘えが常態化している。

なるほど日本人は甘えの強い民族だということは、「甘えの構造」を紐解くまでもなく今や世界的に当たり前の認識であるが、

ここで言いたいのはそういうレベルのことではない。

今の日本人女性にはこれまでの日本人に見られなかった新しい傾向が広く見られるのである。

それは、どういうことか。こんな例がある。

女性男性に限らず他の人間に何らかの不満を持ったとする。この時に、不満の解消を相手にさりげなく求めるような行動をまずとる。

これは人間として自然なことであり、とくにおかしなことではない。度を過ぎると問題ではあるが。

次に、この行動の結果として、相手が不満に気づいてないかのようなレスポンスを返したとする。

そうすれば女性はなぜ不満に気づかないのかと少し怒って、より不満を強く主張する。

ここまではいいのだ。ここまではなんということのない人間らしい行動である。

問題はこの次である。この次に、相手がやはり不満に気づかずに、不満の原因となっている言動をとり続けた場合である。

このとき、今の日本人女性は、不満をより強く主張することはせずに、「ネチネチした人間だ」とみなすのである。

ここが非常におかしい。今の日本人女性の極めてねじまがった精神なのである。

そのようなおかしな精神一部の人だけならまだしも、それが当然であるかのように日本人女性全体に見られることが、なおさら異常である。

では、これの異常性についてより詳しく見てみよう。

アメリカ女性のばあい、相手に対する不満を持続的に感じたばあいには、相手が分かるまで強く改善を要求する。

昔の日本人女性のばあい、相手が不満点を改善しない場合、我慢するかより強く要求するかどちらかであった。

ところが、今の日本人女性はどうだろう。相手の人格のせいにするのである。これは自我を守るための一つの有効策ではあるだろうが、

さすがに過剰反応であり、それだけ強く自我を守らねばならないほど日本人女性精神が軟弱になっていることを意味する。

言うまでもないことだが、相手が不満点を改善しない原因にはいろいろあり、人格というのはその一つに過ぎない。

人格以外に、不満点を相手が自覚していない、不満な気持ちが相手に伝わっていない、特別な事情があって相手に不満を与えているその言動を止めることができない、

といった原因があるものである。これらの原因の可能性を考察することなく、すぐ人格のせいにしてしまうのは、

じっくりと相手について理解を深めながらコミュニケーションをとることを最初から放棄しているのである。

なぜ放棄しないといけないかというと、それくらい自分を速やかに防衛しないと自我健全に保てないからであり、それくらい精神が軟弱ということだ。

思うに、こうした日本の風潮のなかで育った子供は、コミュニケーションを粘り強くすることを学ばず、

いつでもコミュニケーションは切ることができるものと考えるようになるだろう。

そういえば、メールやりとりでもすぐにブチる日本人女性が多いように思う。まことにゆゆしき事態である。

このように着脱が自由なコミュニケーションというのは便利で身軽な面もたしかにある。そういう意見はたしかに一理あるとは思う。

しかし、そのような考え方が日本、とくに日本人女性のあいだで広まったことで、日本人女性精神の軟弱さが加速するのではと心配である。

粘り強くコミュニケーションしたり物事を理解したりする練習を教育に取り入れるべきである。

【追記:ブクマコメについて】

既視感増田には週に1回くらい書いてる。毎回長文。

ネチネチしてる→そんなことはない。サラッとした文章でもないけど。これくらいで嫌悪感持ってるようじゃ、他人の意見聞く耳がなさすぎる。それじゃ世界観狭くなるよ。もしあなたが男性ならちょっと引く。/今気づいた。長文だからネチネチしてると言われてるのか?それだったら別問題だな。

周りに配慮を求めすぎている→いや自業自得だから勝手にしろと思ってたけどさすがに危機感持ったので文章にした次第。日本だと「郷にいれば郷に従え」で自己正当化する所があるからなあ。

俺も相手の人格のせいにして自我を守ってる→とくに守ってないけど。ネチネチしてると言われたのは俺ではなく知人。「あの人ネチネチしててやだ」って俺に愚痴ってきたわけ。本人の前で「ネチネチしてる」って言えるくらい精神強かったら俺がこんな文章書くことも無かったろうに。

ふられたかなんかあったんですか→いいや?ディープな会話に差し掛かると身をかわすところが日本人女性特有だなと興味深く思って。興味深いけどよくよく考えるとこれってヤバイ状況だなと。

比較対照はWASPですか→サンプルに偏りがあるのは致し方あるまい。反例があるなら提出してもらいたい。

観察対象が狭いだけ→だから反例を。確かに狭いとは思いますよ。

日本は「気(心)」でアメリカは「言語」でコミュニケーションする→その通りだね。アメリカでは多様な価値観の人が共存しているから、相手の気持ちをそう簡単に推測出来ない場合が多い。ちゃんと話し合わないと分からない。

派閥とか同調圧力では→周りもゆるくコミュニケーションしてるから自分もということ?確かにそれもあるけど、それを続けることで粘り強いコミュニケーション能力が失われ、

精神が軟弱になるという面もあるよね。その面から書いたのがこの文章。

見当違いのコメ多くね→予想はしてたけど、なんでかねえ。ネットだからか。ちゃんと相手の言ってること受け止めないで勝手解釈してコメントしてるって感じ。

わざわざこんな長文を書くということは、増田はまだ日本人女性に期待しているということか→なぜ長文なのかがまず分からない。日本人女性には別段期待してるわけではないが、同じ日本人としてしっかりして欲しいとは思う。

おっさんを見てみろよ。キミの指摘がピッタリ当てはまるよ。→ん?おっさんはゆるーいコミュニケーションとは対極のコミュニケーションをとっていると思うけど。

おっさんが、「これだから若者は」などとすぐ言うのは、別に精神が軟弱だからではなくて、単に頑固だから。どちらにせよ、自我を守っての言動には違いないけど。

不満点を改善することを簡単に諦める+人格のせいにする+コミュニケーションを絶つ=相手が根気よく付き合うほど自分にとって重要存在じゃないorむしろ切り捨てがメリット(不満→人格ではなく人格が不満を産む)

→もちろん相手の重要度は、対話を諦める時の一つのファクターだけど、他のファクターとして精神の強さもあるでしょ。

その精神の強さが昔の日本人女性と今の日本人女性と比べた場合、危機的レベルにまで弱まっているということを言ってるんだけど。

何人と付き合ったのよ→自慢ではないが恋愛が俺の人生の中心にあるので結構たくさん恋愛経験してるぞ。とはいえ100人もいないわけだから、あなたは少ないと言うんだろうね。

私の周りの女性は強いけどな。もはや男性に何も期待してない。→男性に期待してないのは強いと思うけど、ここで言ってるのは粘り強い対話をするための強さだからね。

男性なんてくだらないわ」という感じに男性との対話を拒絶しているのであれば、その強さは自我を殻で守って維持しているから強く見えるだけだよ。

積極的に自我を相手に晒して対話を続けていける人のほうが、たとえ見た目でやんわりした印象があっても実は強い。

我慢して付き合わないといけない男性ってビジネス以外でそういると思わないのだが→その見方は悲しい。恋愛相手、友達、たくさんいるだろう。それにあなたにとって

粘り強い対話は「我慢」かね。それも悲しいなあ。

上にも書いたけど、「どこで対話をブチるか」という決定には、相手の重要度以外に、精神の強さという因子も関係してるでしょ。

自分精神の弱さを棚上げにして、「あんな奴大事じゃないからブチったのよ」ってのは、違うと思うんだよ。

一般化しすぎるのは良くない→気づいたらすぐ発言する。これが俺のやり方です。間違ってると思うなら反例をどうぞ。

そもそも比較対象の昔っていつくらい昔?明治とか大正じゃないよね?→本文読めば分かると思うけど。

上から目線で語る→勝手にそっちが自己卑下してるだけじゃないの?でも仕方ないのかな上下関係を重んじるからね日本社会は。

不満があると人格のせいにする欧米女性もけっこういる→人格のせいにすることを問題視しているのではなく、大した対話もなしに人格のせいにせざるをえないような精神の軟弱さを問題にしているんだよ?

男と比較した実例を出せ等の批判→みかん物価が値上がりしているという証拠を挙げるのに、りんごとの比較は必要か?つまり、そういうことだ。

日本人女性精神の軟弱化を証明するのに、男性との比較は必要ない。ちなみに、俺は明らかに性差があると考えている。

アンタが女性メールしても切られまくる→そんなことはないよ。あなた女性でしょ?そういう茶々を入れてないで現実に向き合って欲しいものだ。

日本の催しももう少し子供が積極的に参加する物があるといいのでは→そうですね。催しに限らず能動参加をたくさん教育に取り入れるべきだと思います。

たま日本人女性と交友を持つ機会はあり」程度の情報でしかない→多忙だから継続的に交友を持っている日本人女性は少ないが、

たまに交友を持つ女性・一時的に交友を持つ女性はたくさんいるという意味なんだけども。

べつに恋愛関係や友人関係ではないよ。仕事趣味などでお話するような相手ね。一般化しすぎという意見が多いが、それもまた少々過剰な意見だ。

帰納した結果を反証するような事例があったらそのたびに主張を修正していけばいいのであり、全ての事例を集めてから帰納して主張しないといけない道理はないよ。

類は友を呼ぶ→少なくとも俺はそうやすやすと対話をブチったりしないけれども。

ある視点からは“軟弱”と感じられるようにならざるを得なかったジェンダリズムがあるのでは?→そうだね。それもあるし自業自得でもあるから放置してたんだけど、

先日日本人女性に「あの人ネチネチしてんのよ」って愚痴られた時に、よくよく話を聞いてみればどうも女性側の早とちりであるらしいことが分かったのを機に、

もしかしてこの状況ヤバいんじゃないかなと思って、他の人の意見を聞く意味でも文章にした次第。

改善を要求するコストが高いなら関係性を絶った方が現在社会では安上がりなので、合理的。つまり、あなたの代わりはたくさんいるってこと。ま、女性の方が合理的ってことかもね

→面白い意見女性のほうが計算高いから改善を要求するよりもコストの少ない、関係性を絶つという選択肢を選ぶ、ということだね。

しかし、相手をよく知らずに関係性を絶つことは激しく不定なリスクをともなうよね。そこまで計算してる人なんているのか?

それに、女性精神の軟弱さを合理的だからそれでいいんだよと自己正当化してるのではという疑念は拭いきれないな。

外国住まい恋愛人生の中心とは何というスイーツ男性スイーツという言葉誤用

「こうした日本の風潮のなかで育った子供は、コミュニケーションを粘り強くすることを学ばず、 いつでもコミュニケーションは切ることができるものと考えるようになる」それなら、女性限定ではないのでは?

男性女性に好かれるために粘り強く相手を受け入れる必要があるので、それが良い訓練になる。だから、男女を比べた場合、

男性のほうがまだ本文の意味精神が強靱ということになる。しかし、今後は男性もますます軟弱化していくのではないかな。

マジックワード「人それぞれ」→思考停止言葉でもある。

要約すると、“日本女性の皆さん、僕は人情の機微に疎いのではっきりわかるように言ってくれないと困ります。鈍いからといって嫌わないでください。”

→はっきり言わないことを問題視しているのではない。本人の意志でさりげなく伝えようとしているのであればまだ救いがあるのかもしれないが、

最近日本人女性はそれさえも早々と諦めている。俺はよく恋愛相談に乗るから分かるが、好きな彼氏に対してさえも粘り強い絡みが出来なくなってきている。

だから、相手が重要でないから切っているんだよという批判は当たらない。社会学では「ヤマアラシジレンマ」という言葉があるが、

その話で言えば針が刺さった時に与えられる痛みが以前より激しくなっている。だから「ゆるーく絡める彼氏が欲しいな」という女性最近やたらと多い。

うつ病不安症などが日本人女性の間で増加するなど精神的な弱さが表面化してきていた時点で、日本人女性大丈夫かよと心配していたが、その予感は的中したようだ。

個人的には僕も含めて日本全体が「人のせいにする」ようになったと思う。要は増田も人のせいにしてるんだろうね。

→1:1のコミュニケーションでは入念に自分のせいであるかもしれない可能性を検討すべきだというのは同意だけど、

日本人女性全般を語る時まで慎重になってたら誰も何も社会問題指摘できなくなっちゃうよ。

それに、観測者が俺であることによるサンプルの偏りには気を配って、今回の一般化に踏み切っているよ。

というのも、俺はいろんな人が証言する日本人女性の話やいろんな日本人女性がする俺以外の人間との人間関係の話を聴いてきている。

だから、「お前がメールして切られまくってるんだろ」等の「俺側に問題あるんじゃね」という形の批判の多くは的外れだと思う。

確かにこんな面倒くさそうな男に積極的にコミットするような粘り強さは持ち合わせていない。→上のコメント読んでほしい。

この増田みたいな欧米かぶれには「もっと対話しろ」と言われる一方、保守的日本人からは「もっと慎ましくしろ」と詰られる。日本人女性ってホントに大変だね。

→慎ましさは積極的に対話しないこととは別では?

「我慢せずに受け入れない」選択肢が増えただけでは?→そう。コミュニケーションが着脱可能になった。それによって、粘り強いコミュニケーション能力が衰退した。

その結果、粘り強いコミュニケーションをとるには多大な努力を必要とするようになってしまった。教育改革が必要である。

それから、上のヤマアラシジレンマについての箇所読んでほしい。大切な人と仲良くすることさえ出来なくなっていることから、単に受け入れない選択肢が増えただけではなく、

精神が軟弱になっているのだと分かる。

鏡を見ろ→類は友を呼ぶに対するコメント見ろ。

2009-03-16

19年ぶりに再開した彼女のこと (1)

自分ブログに書いても誰もたどり着かないので、ここにも書く。




その日のことは今も鮮明に覚えている。

その日は朝から「ちょっとおかしなこと」が立て続けに起こった。まず、3月上旬とはとても思えない暖かさだった。湿気があったので、生ぬるかったと言うほうが正確かもしれない。その生ぬるい気候を伝えようと、サンデージャポンが「靖国神社で桜が開花したこと」をトップでとりあげた。サンデージャポンのような(良い意味で)ふざけた番組が真面目なノリで桜の開花を伝えるなんて、それもなかなか奇妙に思えた。

それからジョギングおじさんがジョギングをしなかった。毎週日曜日の11時に僕のマンションの前をジョギングするおじさんがいて、そのおじさんがジョギングを休んだのを僕はそれまで見たことがなかった。僕はそのおじさんを「ジョギングおじさん」と呼んでいた。そのジョギングおじさんを見ると、僕はとてもほのぼのとした気持ちになれた。日曜の朝は、当時の僕にとって1週間で最ものんびりした時間だった。ジョギングおじさんは、その日曜日の朝の象徴だった。

しかし、その日はジョギングおじさんは来なかった。表へ出て、ジョギングおじさんを見ながらタバコに火をつけるのが当時の習慣になっていたんだけれど、その日は待てど暮らせどおじさんがこなかった。これは本当に驚きだった。このことを何人かの友人に話しても、僕の驚きの1%も驚いてもらえなくて、そのうち友人に話すのはやめてしまった。でもとにかく僕は驚いた。おじさん無しで火をつけたタバコを吸いながら、なんか調子が狂うな、と考えていた。

その後も、遅い朝食を食べようといつもの定食屋に行ったのに臨時休業だったり、花粉の季節なのに間違えて洗濯物を外に干してしまったり、なんだかいつまでたっても落ち着かない変な日だった。

そして、その日の夜、僕は彼女と19年ぶりの再会をした。

彼女はいちおう幼なじみで、僕の実家から200メートルくらい離れたところに住んでいた。なぜ「いちおう」かと言うと、それまで僕と彼女はほとんど口を聞いたことがなかったのだ。なにかの具合で僕と彼女の家のあいだに学区の境目があって、違う小学校に通っていた。親同士の仲が良いということも特になかった。そんなわけで、通りでたまたますれ違っても、ろくに挨拶もしなかった。大人になれば、「軽い会釈」という便利なものを覚えるが、当時の僕らはそんな便利なものは知らなくて、何も言わず、視線も交わさずにすれ違った。

そして、気づいたら彼女の家の表札は違う名字になっていて、僕は彼女引っ越したんだと知った。

今さっき書いたばかりで申し訳ないが、その日、つまりはジョギングおじさんが来なかった日に19年ぶりの再会をしたというのは、ちょっと正確ではない。実は、その日からさかのぼること2週間前、僕は彼女が「サンマルクカフェ」で働いているのをたまたま目にし、思わず声をかけたのだ。レジでお客さんの対応をしているときには全く気づかなかったのだが、ホールに出て、テーブルを黙々とふく顔を見てすぐに彼女だとわかった。

驚くべきことに彼女も僕を覚えていてくれた。僕が、「すいません」「あのー」「○○さんですよね」「以前、近所に住んでいた・・・」などと喋っているときには不思議そうに首をかしげていたのだが、僕が名刺を取り出そうとして黙った瞬間、「あ!」と素っ頓狂な声を上げて、名刺を出すまでもなく僕の名前を呼んでくれた。そしてお互いが笑顔で通り一遍の挨拶をし、改めて僕は会社メールアドレスが書かれた名刺を渡した。

正確にはそれが19年ぶりの再会だったというわけだ。まあ、特に意味もないことを数分間話しただけだけど。

サンマルクカフェ帰り道、当時と違って通り一遍の挨拶ができるようになったということと、当時から1ミリも変わっていない彼女の姿形を交互に考えたり思い浮かべたりして、「なんだかなあ」という気持ちになった。そう。彼女は1ミリも変わっていなかったのだ。信じてもらえないと思うが、僕にはそう感じられたのだ。

3日後に彼女からメールがきた。とても礼儀正しい、感じの良いメールだった。何度かメールやりとりしたあと自由が丘イタリア料理を食べる約束をした。

僕は10分早く自由が丘駅に着いて、交番の前にある喫煙所タバコを吸いながら彼女を待った。もう6時過ぎで、徐々に薄暗くなってきていた。まわりの人たちは過ぎ行く日曜日を慈しむようにとても穏やかに会話していた。でも、彼らはよその星の住人のように、どこかよそよそしく見えた。小学校のときに通っていた教会牧師さんに見せてもらった天国の絵(それはそれは平和な絵だった)と、メトロポリタン美術館で見たダリの絵を足して2で割ったような不思議光景だった。

彼女は5分後にやってきた。着いたらメール電話をしてくるだろうなと思って携帯を握りしめていたが、彼女はスタスタと歩いて僕のところまでやってきて、「お待たせしました」と軽く会釈をした。僕も「いえいえ」と言って、会釈を返した。

お店に直行するには少し早い時間だったので、僕と彼女は少し遠回りをして店に向かった。最初少しぎこちなかった会話も、ABCマートを右に曲がるころにはそのぎこちない感じはどこかに行ってしまっていた。予約していたお店に入り、通された席に座ることにはむしろとてもくつろいでいた。彼女とはとても話しが合ったのだ。僕と彼女性格も、それまでの人生も全然共通点が無かったが、彼女の話すことはとても面白くかんじたし、僕の話すことも彼女はとても面白がってくれた。

でも、朝からの奇妙感覚依然として続いていた。そして、彼女との会話がはずめばはずむほど、奇妙感覚はより強くなった。なぜだ?僕は彼女と話しながら一瞬考えてみた。でも、よくわからなかったし、彼女と話すことはとても楽しいことだったので、難しいことを考えるのはやめた。

(2)に続く



【作者より】

すいません、力尽きました。続きを書いたら、この記事にリンクを貼ります。。。このくらいだと長さもちょうどよいかなと。。。(言い訳

分割して投稿するの、良くないですかね?あんまり長いのを投稿するより、分割したほうがいいかなと。

まずいときは叱ってください。もうしません。

2009-03-07


何か知らん人に言われたいけん、初増田ってみようwww

合コンにいってきた、結構かわいい子がいた。

二次会に行ったら、なんかが切れた。

「もう、いいかなぁwww」みたいな感じ、閉店でしたねぇ。

こういう機会を設けてもらって相当感謝するんやけど、ダメだね俺は。

どーしても興味を持てない、コイツのこととか別にどうでもいいなぁwwwっち思っちゃう。

また考えんといかんね、お前独りでやってくの?って。

独りでやってくんなら、いいんよこれで。

呼ばれたらあざーす!っつって行って、んで帰ると。

呼ばれんなったら黙々と仕事でもしてりゃいいんよ。

でもなぁ、ずうっと独りっち、やっぱ辛いんじゃね?独り言多くなると頭おかしくなるらしいし。

でもなぁ、、、興味持てねーんだものwww人とかマジどーぉでもいい!

でもなぁ、このまま順調に行けば完全な孤独が口を開けて待っちょんしwしかも人生経験のねぇつまらんやつになるし。

その「人生経験のねぇつまらんやつ」になるのがイヤだから、ただそれだけで合コン行こうとか、彼女作ろうとか頑張ろうとしよんけんな、そーらぁ人とかどうでもええ状態やわ。

そいつの事がどーとかじゃねーで、ただ俺の引き出しを増やしたいだけやもん、っちゅうか人に「人生経験のねぇつまらんやつ」っち思われたくねーだけやもん。

それっちそんな大してモティベーション高く保てんわwそれに性欲なんて自分で処理できるしな。

あーあ、俺どうすりゃいいんやろ、天啓与えてくれんかねぇwww

言葉でどんだけ言われても、俺が「正解」を考えても、俺自身が納得してくんねーから困るんだよなぁwww

俺自身は「人のことなんか一切興味ねーもん」の一点張りやし。

今は、まだわけーからいいんやけど、そろそろ若いとも言えんなってくるし、先細りですねぇ。

Yさんみたいに、Eさんみたいに、なるんかねぇ俺も、なるんやったらFさんみたいになりたいんやけどなぁ~。

必要性を自覚するまで待っちょったらおせーもんな、若いうちなんてあっちゅうまやし。

こんだけグダグダやっても、まーだ俺自身は「人のことなんか一切興味ねーもん」の一点張りやし。

コアの俺は全然変わってくんないねぇ、そら仕事も出来んわ、「何かをやり遂げること」が向いてねーwww

はぁーあ、俺は一体どうなるんやろぉなぁ。






ってか、よう考えりゃ、いやよう考えんでも、やっぱそうなんよな。

傷付くのに怖がりすぎや、拒絶されるのが怖くて怖くてしょうがねぇ。

そら合わん人のほうがむしろ多いんやけん、拒絶されることもままあるやろ。

ただ、それをちょっと並じゃねーぐらいに怖がっちょん。

自分の考え方すらもようよう出しきらん。

傷つくのが怖い、責任を取るのが怖い、自分の考えを出すのが怖い。

なんでこんなに怖いんやろ?何が原因だ?

なんだろ?小学校の時に仲良かった友達に間違った絡み方して邪険に扱われたんが悪かったんやろうか、思春期の多感な時期に。

それとも小学校3年の時に無理していわゆる「メジャーリーグ」に参加しようとしていじられたのがダメージなっちょんのやろか?

んーん、カウンセリングでも受けようかしらw

過信する自分と、それを否定し続けた自分

そいつらの戦いの結果否定し続けた自分が勝って、そっから過信がなくなった今でも否定し続けてんのが原因かな?

否定し続けた自分、どうやったら追い出せるやろか?過信する自分を少し呼び戻さんといかんかね?

否定し続けた自分は、生きてく上では何かと役に立つ、いやー俺なんて所詮、っていう卑屈感を常に全面に出してりゃ、誰かが常に助けてくれる。

「助けてくれる」んだよ、下っ端ならそれでもまぁ何とかやってけるんよ。

でもそれじゃ、「助ける」側には到底行けん、すなわち頭打ちやね。

答えは常に分かってる、自分を信じて「助ける」側にいけるようにすればいい、今日のMさんみたいに。

あの人スゲーな、連絡先交換しよえみたいなんもスッと言ってくれるし。

でも俺、すこーしでもなんかマイナスな事いわれたらドキッ!!!!っちしちゃうもんな、ノミーの心臓やけん。

これは生まれつきやけんしょうがねーかね、まぁしょうがねーとしてもだ。

拒絶されることに対する恐怖、まさに恐怖感を多少薄めんと。

コレは大変ですねぇ、今までそれをバレないように必死で隠しながらやってきたもんね。

でもそれも、隠しきれてねーんだろうな、きっと。

あとは、人を好きになることやろな、どっちかっちゅうといわゆる人間嫌いの感じがするもんね。

・・・でも、治さんといかんのかね?そもそも、それでやってけちょん人もいるみたいやしなぁ。

ってか俺ってもしかして障害児?ADHDかなんだかの多動児では若干あったみたいやけど、まぁそれはいいとして。

思い返すに、あーいう感じで出会ってもさ、んで時々会ってもさ、好きにならんみたいなんよな。

同じクラスとか、同じ学校とか、同じ職場とか。

なんかそーいうんじゃねーと好きにならん・・・みたいなんよなぁ俺っち。

なんやろ?俺何やろ?それ何でなんやろ?

一時感がするけんかね、まぁこの人は長い付き合いになるわけじゃねーし、どうせ二度と会わんし、っちゅう前提で接して、それ以降一切それがブレんけんかね???

不思議やなぁ人間っち、そういうもんかね?

同じコミュニティ?に属してねーと認識してんだろうね、コイツは所詮よそ者やけん、会ったときだけ愛想ようしちょけみたいな、そんな感じ?あと恐怖感か。まぁ愛想もよくねーんやけどwww

ああそうか、そういうことか、じゃどうする?

んー、同じ集団に属してると思う人でさえ、最初はぜんっぜん絡む気にならんもんなぁ。

1年とか、ある程度時間が経って打ち解けた感じがして、そっから普通に絡む感じやもんね。

ただ、学生ん時に好きになった子は全然絡みねーで好きやったんよな、それは単にタイプやったけんかね?




っさて、考えんのダリなったけん寝るか。

2009-03-06

作品に選ばれないってことあるじゃん

ルーティが最後まで一言も謝らなかったことをいまだ根に持ってるし

ダリスは絶対に助けると決めている

自分TODに選ばれなかったんだと思う

2なんて存在しませんよ

2009-01-20

http://anond.hatelabo.jp/20090120182823

「写実的に描かれてるけど実在する風景じゃない風景画」についてはどう考えるの?

ダリみたいのを言ってるんじゃなくて、フェルメールみたいに意図的に(部分的に)現実を無視して描いてるようなやつ。

2009-01-16

上野フレンチ

http://anond.hatelabo.jp/20080930200039


両親が遠くへ行ってて、私だけ関東に残って一緒に食事することすらなくなったの。

でもね、今日両親がこっちへくるって言うから、上野でフレンチ探して予約とったの。


湯島にあるコーダリーってお店。

口コミとかですごい良く書かれてたから期待して行ったの。

5000 円くらい。まぁ、ちょっと高めのメニュー頼んだりして 6000 円くらいかな。


うん、まぁまぁおいしかった。

アミューズ前菜がかなり良かった。

残念だったのがメイン料理で子羊のナヴァランての頼んだんだけど、家庭料理みたいな感じだった。

それなりにおいしかったけど、非日常を求めて来てるのに家庭料理っぽいの出されても困るの。

あとデザートが地味。

おいしいけど、見た目がぱっとしないの。

6000 円なら無難だけど、可もなく不可もなくって感じかな。

とにかくメイン料理が残念だったの。


近くにあったお店(ビストロ・ド・パリ)のほうがおいしかったな。

デザートもすごく良かったし。

口コミ書いてる自称グルメの人たちは本当においしいフレンチ食べたことないのかな。

2009-01-05

http://anond.hatelabo.jp/20090105130301

自分は凡人だとか本気で言うならそれは卑屈すぎるだろ

自分は他者より上、他人より優れてる、正しい場で評価されれば

って気持ちが創作意欲を駆り立てるのに

ダリ押井リリーフランキーもみんなそこから始まってるわけで

2008-12-22

http://anond.hatelabo.jp/20081222175050

ヨガの一種なんだが、呼吸法筋肉の力の入れ方を訓練することで、性器に触れずに長時間強い快感を得られる方法がある。

「クンダリニー覚醒」とかでググると色々出てくると思うが。

東大生などの「頭の良い」人たちは、この快感に釣られて入信したそうだよ。

2008-10-06

思っちゃったんだからしゃんがない。


よく考えたら当たり前だけど、芸人って、プロじゃん。ただのクラスの人気者では、決して無いわけじゃん。

一部の芸人は、何も考えること無く、向上心も無く、ダラダラやって来てるのかもしれないけど。こういう奴は、勝手に落ちて行く。

あすこに居た人は、決して少なくは無い何戦かを勝ち上がって来た、実力のあるプロなわけじゃん。

単にテレビ見てる奴が面白いって言っても、玄人たちに取っては全然面白くなかったりするわけじゃん。

全然とは言わなくても、ちょっとした細かい所にも気が付けるのは、断然、芸人たちだと思う。

また、ちょっと年上のおっちゃんたちに評価されるとしても、おっちゃん本当に分かるんかいな。マンザイちゃうよ。コントやよ。

これは自分の偏見なんだけど、コントが面白いか面白くないかが確り分かるのは、少なくともおっちゃんたちでは無いと思う。

松本が初めに言ったあのクダリは、ネタに決まってる。ネタネタと分からないような奴は云々。面白く無いな。

本当にバナンナマンの方が面白かったとしたら、芸歴だったり、吉本吉本じゃないか、なんてものは全く関係無く、彼らが勝った筈。

採点してるのはプロなんだから、先パイだし、なんかで評価するわけが無い。このことを表明する為に、自分の口で言わせたのだ。

うん。だから、あれで良いのだ。あの決定に文句を言うことは出来ない。あの方式は、今後も続けるべきだ。

だけど、結局は、シロウトの俺らに芸人好みがあるように、玄人の彼らにも、芸の好みがあるのだろうけどね。

本当に純粋な笑いの採点というのは、笑いの神サマ以外、無理なんだな。

2008-08-23

http://anond.hatelabo.jp/20080823020919

サブカルデブっつーかサブカル好きな奴はアニメ大好きだよ。

エヴァはもちろんのこと大友作品とか押井作品、今敏も好き。ガンダム系は当然押さえてる。

ジブリも当然好きなんだが中でもナウシカだな。

音楽渋谷系はもちろんアングラフォークも好きなんじゃないか。洋楽ならレディオヘッドとかダウナーなものが好き。

テクノポップパフューム以前からカプセルなんかを聴いてた奴が多い。

ジャズに関してはそれほど詳しい奴はいない印象だが、菊地成孔が好きな奴は多い。

漫画だとつげ義春は見逃せない。

あと言及されていないものだと広告が好き。芸術ならダリが好き。

とはいえこれは筋金入りの連中かもしれないな。もっとライトな奴も多いし。


某遊べる本屋バイトしてたのでサブカル厨はよく知ってるぜ。

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