はてなキーワード: タレントとは
僕はとりたてて左でも右でもないと思うが、個人的に橋下徹氏のやり方には強い違和感を感じる。君が代を歌わない教員を罰する、などといったタカ派的な行動(http://goo.gl/fdA8f DailyMotion: これで彼自身恥ずかしそうにしてちゃんと歌っていないというのは置いておいて...)やテレビタレント時代の核武装とか中国売春ツアーODA発言とか弁護士懲戒請求の扇動とか、そういう極端な言動への違和感が第一にある。ナイーブに考えて、下品で息苦しいのである。
だが、僕が結構ファンである佐々木俊尚氏(http://twitter.com/sasakitoshinao)や夏野剛氏(http://twitter.com/tnatsu)など、わりとリベラルで先見的と思われる人たちが橋下徹氏に好意的な評価をTwitterでしているのを見て、どうしたものだろうか、としばし考えた。
たとえば佐々木氏は、橋下氏の実行力を評価し、橋下氏の批判者が感情的な批判しかできていない、ということを指摘していた。たしかに、行革や財政再建を目指す政策は私も賛成である。また、部落問題や暴力団のような複雑な問題も、彼くらいの突破力がないと解決できないだろう(私が橋下氏に一番期待しているのは、そのような問題の解決においてである)。ただ一般に彼のやり方は、敵を作り、スケープゴートを作ることで住民の溜飲を下げさせていることで勢いを維持しているように見えてしまい、その手法に狡さ・醜さを感じるのである。さらに言えば、それに乗ってしまう人々の多さにも空恐ろしさを感じるのである(こういうと香山リカ氏みたいだが)。私は、橋下氏はルサンチマンに駆り立てられて動いている人間だということに気づいたが、彼がさらに住民の潜在的なルサンチマンを煽っている構図なのではないかと思うのである。そういう点で、現代のヒトラーという指摘はあながち見当違いではない。
私みたいに、緊縮財政・行革による財政再建は大いに結構、だがイデオロギー的な押しつけの空気やタカ派的挙動、さらには彼を突き動かしている感情にはアレルギーがある、という層は多いのではないだろうか。
佐々木氏が今日になってついに「橋下氏について行けない人たち」などという(そこまで言ってしまうと戦時中の非国民とかと同じメンタリティーにしかすぎないだろう)気持ち悪い全体主義的なポストまで挙げていたので、なんだかガッカリさえした(本当の知性や強さというものは、結論の出ない曖昧さから目を背けず、それに耐えて批判的に考え続けることではないのか。)のと同時に、自分の中でどういう立場を持てばいいのか、折り合いをつけなくてはいけないのかな、とも感じたのである。
私は科学者だが、周りを見ていてたしかに偉大な科学者が必ずしも人格に優れているわけではないし、科学者を見る際には業績と人格、さらに教育者としての資質は分けて考えるのが普通だ。政治家もそれと似たようなもので、イデオロギーと実質的な政策を分けて考えるべきなのかもしれない。彼の財政再建のための活動は評価するが、彼の人柄や彼を突き動かしているイデオロギー的ものには疑問を感じる、という折衷的なスタンスをとれば、私自身感じている息苦しさにも折り合いをつけられる。
余談だが、橋下氏、昔はテレビではけっこうチャライ感じでいじられキャラだった記憶があるのだが、いつの間にあんなに強者のキャラになったのだろう。そういうパブリックなイメージの変遷のメカニズムにも興味がある。
ひとりのAnonymous Cowardより
■能力とはタレントかギフトか、結局そのあたりの価値観の違いだろうね。
タレントだと思えば、能力があるものが己の才覚で財を得るのは正当なことだ。
それに無能者が集るのは激しく苛立たしいことだろう。
逆にギフトだと思えば、自分がその立ち位置を占められたのは運と周囲の環境の力による。
■傾向として言えば、成功者は前者、下層は後者の考えを取りがちだ。
なぜって、人は、「成功は自分の能力のおかげ、失敗は環境のせい」って思いたがる生き物だからさ。
その結果、勝ち組はゲームのチップを独り占めしてそれが当然と思い、負け組は分け前が配られないのを不満に思う。
一般的には、負け組の不満は圧殺され、勝ち組は我が世の春を謳歌する。
でも、失うものがない負け組には、自爆テロを起こしててゲームそのものをひっくり返すという必殺の荒業があるんだな。
全員負けてしまえ、という呪殺が出来るんだ。
たいやきの美味しいあんこの詰まった頭側を食べたら、尻尾は負け組に投げ与えないといけない。
暇なんで他も見てみた。
・ぐぐって二番目のここhttp://www.partyparty.jp/(面倒なので新宿だけ)
ここも男性のみ条件あり(大卒・公務員・年収○万以上など)のパーティしかやっていない。
少人数制(7対7)のせいか、女性参加費は一番目のサイトより高め(勿論男性の方が高いが)
・三番目http://www.statusparty.jp/
「大手企業・医師・経営者などビジネスクラブの方々に、 人脈作り・恋活・婚活・ビジネス異業種交流会等の
幅広い目的を持ったお洒落な出会い&異業種交流パーティーをお届け!」
とか言ってるけど恋活(なんて単語あるのか)・婚活目的以外無いだろ…。
ここが面白いのは、女性にも条件付けているパーティがあること。
「20才~25才(客室乗務員の方は32才以下)」とか。そうか32歳客室乗務員は25歳一般女と同価値なのか。
「男性:2,30代医師・経営者・弁護士・会計士・税理士・上場企業・大手企業限定、参加費18000円
女性:18~25歳のモデル・レースクイーン・タレント・イベントコンパニオン・歌手、参加費2000円」
なんてのもある。男性の医師・経営者(ry の価値は18~25歳のモデル・レースクイーン(ry より遥かに劣るらしい。
女性:20~35歳の日本国籍の人(←自衛隊員は外人と結婚しちゃいけないとか?)
で男女とも参加費同額。女の方が遥かに若いのに同額。それで「女性はキャンセル待ち」だそうで。そんなに自衛隊員って人気あるのかよ。
男性の価値:自衛隊員>医師・上場企業勤務など>普通>(参加可能の壁)>年収300万以下高卒
女性誌によく会って、男性誌には絶対にないもの、それは読者モデルである。(自己啓発書にはあるけどね)
女性誌においてはよく読者モデルのファッション変遷がふんだんな個人スナップと思い入れと共に語られる。そこにおそらく「ライフスタイル」のコアがある。
「ライフスタイル」とは人生を時間軸で見通し、そのいつの局面にも自分らしさを出し、あまつさえそれを他人に認めてもらおうとすること、なのである。
ストレスの研究家によれば、結婚のしたてというのは、近親者の死と同じくらいかそれ以上にストレス値が高い。それをごまかすため、トレードオフになっている事柄を無理やり加算に見せる。
(就活に成功して、そのあとストレスフルな生活を送っている人程、学生にいらぬアドバイスをする現象と似てる)
合理性が何を省くかというと時間であり、感情とその成熟である。プロセスを飛ばしたことへの心理的補償はどこかでなされなければならない。
それが「自分語り」となる。「私の選択は良かった」「自分で選んだ」という物語を他人に向けて語ることになるのである。
自分語りとは、遅れを自覚するモノの自我を埋める作用があるのだ。合理化が取りこぼす微妙な遅れや気持を補うために、生き方語りはもともとあった。
「世間的にはいいこと。これが悪い理由は見つけられない」と頭で割り切っている時こそ言葉は饒舌になる。
自身に満ちていないことこそ、人に認められたい。心から満たされていることに関して、わざわざ他人の承認を取り付けようとはしない。
しかしそれは自分の選択に不安があるとき、失敗を隠すときに、脳内で流れる言語である。言い訳にも似ている。
するとあら不思議。自分が騙せる。その間にも本体の被害は拡大している。これ、なんかに似てると思ったら、大本営発表だった。
後発のものにおいては合理化が進んでいる。後発であるということは、それまでその主題を考えて来なかったということである。
遅れを一気に挽回しようとすると、いきなりかつて誰も行かなかったほど突き抜けてしまうことがある。
極めて稀で目立つ成功者は、確かに才能と同じくらい決断力にも恵まれ、運も味方につけたといえる人も多いだろう。
しかしそういう人の話を大集合させると、奇妙な統一フォーマットが出来る。それは、変化をむりやりにでも即座によかったという、極度のポジティブ・シンキングである。
婚活女子の考えは、染み付いた合理感覚と言うか、しいて言えば男のナンパも同じだけど「不遜な考えを持って、謙遜してことに当たる」ってとこじゃないでしょうか。
後発ゆえの突き抜け感、極度なポジティブシンキング、読者モデルとしての勝間和代、
効率や合理を押しすぎていろんなモノがボロボロ抜け落ちている感、ウザイまでの自分語り、ワナビーの追従。全部当てはまる。
女性ライフスタイル誌はそのまんま自己啓発書である、といったほうが良いかもしれぬ。
しかし女性ライフスタイル誌的な売り方は一時的には爆発的に売れるかもしれないが、永続性はない。
この方式は「旬な読者モデルの使い回し」によって成り立っているのであって、飽きが来たら終わりである。
勝間さんはどこまで了解の上で最近のライフスタイル誌的な本を出し続けるつもりなのか、非常に興味深い。
個人的には「結局女はキレイが勝ち」「恋愛経済学」をピークとして、徐々に勝間写真は小さくなっていることから見て、
そろそろ路線転換をするか、テレビタレントや本業に専念して著者としては目立たなくなるかもしれないと思っている。
ただ、今の芸能人本のエッセイのノリで書かれた新書シリーズはかなりいただけないので、芸人路線で行くのかビジネスマン路線で行くのかはっきりしていただきたい。
NHKとかのテレビを始め、新聞やラジオとか雑誌や書籍ぐらいにならでたことがある。別に何かをするわけでもなくそこにニュース性があれば取材っていうのは来てしまうものだ。でも取材される側にメリットがあるということはあまり無い。
新聞に自分の写真がのった切り抜きを爺ちゃんにあげると喜んでもらえるぐらいだ。NHKとかに出ると地方の久しい人から電話がきたりする。3分でれば1~2本。
売りたいパッケージやサービスがあって、メディアに登場するのであれば効果はあるのかもしれないが、業界紙で一面に乗って朝一から十件だとかそんなもの。それを多いととるか少ないととるかは人それぞれ。四大新聞だかの一面に自分の固有名詞がでるぐらいの経験はあるが、そんなものがきっかけでうまく回る商売なんてものはない。メディア掲載は結果のひとつの形でしかないから載るために努力なんかすんな。
メディアはそれを見聞きする人は多いので、もともとの知り合いが、こないだ見たよ!ぐらいの話題にはなる。
少し考えてみて欲しい。知り合いがメディアに乗っているのに気がついたことは? いままでで新聞などの記事をみて具体的に問い合わせたことがある? この一年ではどれくらい? 一日に何人の名前が新聞に乗っているのかを考えると、よほど繰り返しでないと人々の記憶にも残ることなんてないよね。そして喩え数万人の目にふれていようが、そういうところを辿ってまで調べるモチベーションがあるのはこちらを食い物にしたい営業だけなんだ。あ、そういう意味では抜群に効果はあるよ。営業電話ががんがんかかってくるの。先物だとかそういう金融商品会社からだけどね!
メディアに露出することで高まる信用もあるよね。でも、それで与信がついて金が借りられるわけでもなし、そういう信用があなたのビジネスにとって必要?
効果があるなと思うのは書籍。これは比較的重要。アーカイブ性があるので、それについて調べようと動機を持ったひとが調べるのでお客さんにもなるし長く効果がある。また、雑誌なども、大手は基礎情報や写真を関連で使いまわすので最初にきちんとした取材対応が必要。
他?
むしろ、乗らないほうがいいんじゃない? だからメディアジャーナリスト対策は考えておく必要がある。
1つ、ジャーナリストのことを知ること。
理論(笑)?非倫理的な人達もいるので数字のチェックどころか、名前のチェックすらしてこないことがある。記者会見とかで対応してしまうと、いろいろなところが同時に記事を書くのでコントロールできない。Web記事などで名前が間違っていることを申し出ても治らねぇんだ。他がほとんどコピペなのに唯一文脈を変えるだけに手打ちしたっぽいところが間違っているってどいうことだよと思う。どこでだれに取材したらそんな情報がでてくるんだ?と不思議でならない記事になってしまうことが日常ちゃめし。お茶漬けでも食いながら書いのかと・・・・・・。
雑誌社の記事の場合は掲載前に校正チェックがある。新聞もテレビも基礎情報の確認はしっかりある。5分の報道のために一時間とか半日取材がある。え? Web? 他のメディアの記事をきっかけにメールや電話で聞いてくるだけなんじゃないの? うっかり名刺なんかわたそうものなら問い合わせ先はこちらと会社の電話番号や個人のメールアドレスが全国公開されてしまうなんてこともあった。基礎情報の確認もしてこないようなメディアは相手にするべきではない。掲載前の記事は公開しないだって? 取材元に情報の確認をすることはありませんという宣言でなくて?
当方側の言ったことの意味を理解せず、全くの逆にしてしまったり、脳内補完や勝手にストーリーをでっちあげ記事を書かれることが嫌だったら、こちらから手取り足取り情報を案内してあげなければならない。プレスリリースをコピペするだけでそれなりの記事になると思うと彼らは記事にしたがる。仕事が楽だからね。
でもね、そこまでしてメディアにとりあげられて何かいいことあるかな?って少し考えなければいけないかもしれない。なぜなら、取材をうけるあなたはすでにスタートアップをしているわけで目立ていいシーンかそうでないシーンかの見極めは重要。自分の手持ちのカードを見せてポーカーに勝つのは結構大変よ? 役満テンパッてるときに目立つバカがどこに居る?アホの子か?アホの子なんだな??
まわりの会社で商品を扱っているところは事前チェックを取材条件にするところもある。取材する側からすると煩わしいのかもしれないけど、会社からすると記事ひとつが致命傷になることもあるので必然。記者がよかれと思って書いたことがネガティブなことだってあるんだ。そういうところがチェックできない会社は滅びる。既存のお客さまに悪影響がでることだってあるんだから。
ベンチャー誌などで特集記事を組まれた社長の2年後の敗退率聞いたら驚くぜ。そういう意味では2年前の記事を拾い読みして、その雑誌などがどちらへの試金石なのか確認してみると面白いかもしれない。たとえば日経ビジネスなんかがやはり凄いなと思うのは例えば初音ミクのリリース前にきちんとページを割いてクリプトンの会社の記事を組んでたりするところなんだよね。単純に取材力と審美眼の差だと思うんだけど、メディア対策がうまくいったから初音ミクができたわけじゃないじゃない?そんなもんだよ。たまに、売れないタレントひっぱってきて、取材費くださいとか、こっちがかね払うのかよ!?的なものまであるし、なんかもうちょっと怖いよね。営業か税務署がやってくるよ!
目立ったら商売の難易度はあがる。弾丸飛び交う最前線に踊りでて武勲をあげられる新兵がいたら相当なもんだよ。おまえさまはデコイなのかい? 嚢中の錐っていってね、目立たないようにしてても目立ってしまうこともあるんだ。生き残りたければ、できるだけ目立つな。身を屈めてできるだけ頭を低くしろ。ここは戦場なんだぜ!
父の死後母親はスラム街を離れ、シングルマザーとして働きながら子育て。
その頃から人並み外れた商才を周囲に感じさせる異端児であった。
やがて母はよき男性と再婚。継父は氏に対し実の息子のように遇し、名門大学に進学する。
在学中に事業を興し失敗。
事業を精算せざるを得ない状況になったときに、法の力の絶大さに触れ、弁護士を目指す。
弁護士としての彼は人の三倍の仕事をこなし、テレビタレントを副業とするまでの有名人となる。
そして、大政党からの推薦を得て、州知事候補として立候補するまでとなる。
生まれ持った商才、弁護士時代に培った法律の知識と交渉術、それらを駆使し破綻寸前の州を建て直そうと奮闘する。
次第に、扇動の才も発揮していく。
しかし、それらを持ってしても彼の行く手を阻むのは、組織そのものを解体しなければならない構造的な問題、それを守る既得権益層。
この冬、州知事を辞任し、市長選挙立候補という前代未聞の奇策に打って出る。
独裁者と罵られ、ヒットラーとさえ言われながらも、圧倒的な支持を得て当選。
彼の戦いの第二章が今始まる!!
スケベ心である。
女の子に構われたい、有名人に構われたい、というスケベ心である。
http://sinseihikikomori.blogspot.com/2011/11/google.html
(中略)
アイコンが美しい顔をした女の子の写真だからだ。だから人気が出たのだ。
美しい顔をした女の子の写真のアイコンを持つ人間が投稿したものだからだ。
嘘だと思うなら、instagramでもgoogle+でもいい。どちらでもいい。
彼女の写真を評価している人間がどのような人達か確かめてみればいい。
モテない男。
冴えない男。
そういった類の人達ばかりだ。殺到しているのだ。フォトショで巧妙に作られた顔写真のアイコン目掛けて男達が殺到しているのだ。
これだ。これがインターネットを殺した。
冴えない男がネットアイドルを無視していたら、こんな事態は起こらなかった。
ネットアイドルを無視できない男どものせいで、冴えない男が能力を磨き心血を注いで作ったコンテンツよりも
女子大生が就活のため片手間でチョチョッと作ったコンテンツが注目を集めるインターネットになってしまった。
インターネットは死んだのだ。
彼らは懸命に希望を抱こうとするからこそ、インターネットに逃げこみ、そこで見つけた希望を日々の糧にして必死に生きようとしているのである。私達は生きねばならない。どうにかして生きねばならない。だからこそ必死なのである。生きる事に懸命なのである。それには希望が必要なのだ。Aya Sakagutiのような希望の人がどうしても必要なのである。3万人もの男達の希望であり、3万人の男達から必要とされているのである。
希望を抱いて懸命に生きていく上で、高学歴美女の存在は必要不可欠では無い!
彼の書いたこの文章こそ、彼の憎む「美化」だ。岡田有花がしたことと同じだ。
どうでもいいスケベ心を「必要」な「希望」と表現し、浄化、美化しているのだ。
くだらないものをプロレタリアート文学風に仕立て上げ、同情を引きやがったのだ。
僕らは本気で思ったんだよ。そして思っているんだよ。ザッカーバーグとワンチャンあるかもって本当に思ったんだよ。信じたんだよ。
有名人に媚びへつらう今のインターネットを象徴しているようなこの文章!
ネットユーザーの「性欲」と、「『有名人に構われたい』という権力欲と承認欲求の混ざったもの」、
冴えない男がネット上で女性ユーザーに構ってもらい性欲の一部を充たすこと。
冴えない男がネット上で有名人からのレスポンスを得て、自分の価値が少し上がったように錯覚すること。
真引きにもそのフォロワーどもにも言いたい。
お前らは現在住処を奪われた被害者かもしれないが、同時に加害者でもあることを自覚しろ。
お前らは自分の掘った穴に落ちたのだ。
お前らのスケベ心がインターネットを殺したのだ。
ギャンブルの話で例えると
もう本当にギャンブルの「流れ」はね、
もう、それはね、いってみれば、
これだけなんですよ。
負け分をどうおさえるか。
そこはもう、テクニックもあるし、
ぼくがいちばん、
胸に刻んでいる名言があって、
まぁ、なんでもないといえば
なんでもないことばなんですけどね。
アリが言ったんですけど、
「わざとボディを打たせるんだ」と。
どういうことかというと、
「わざと打たせたボディは効かないんだ」
というんですね。
たぶん、必要なことばだと。
そういうときには、打たせなきゃいけない。
わざと打たせたら、耐えられるんですよ。
ところが、「オレは大丈夫だ」と思って、
行って打たれると、効くんですね。
さすがモハメッド・アリっていう。
これは、ぼくの、
もう、流れが決まってるときは、
とくに、負けてるときはね、
もう、どうおさえるか、なんです。
勝負強い人と、
ただのギャンブル好きが大きく違うのは。
同じ金額をかけていくわけです。
ここを下げたらいいだけなんですよね。
それだけのことなんですよ。
負けるとどんどん増やしていくんですよ。
取り返そうとして。
それがね、ギャンブルやって、
流れっていうのは、もう見事に、
どうあがいても、どんだけテクニックあっても、
そういうことをずっと考えてたりするんですよね‥‥。
今の負けは負けで認める。
ただ流れの潮目は必ずくる、これは誰でも必ずくるんです。
親も含め、私に対して、非人道的とも言える行いや、人権意識を欠いた行いをした人たちというのは
みんな いいひと wwwwwwwww
「○○ちゃんの状態が、進んだかもしれない」
と言った友人だった人(註あり)は、教育学部の選択授業に来ていたW大学で言うと理工の学生に社会学を一般教養として教えてるだけのくせに、心理学と銘打った本を多数出版して、世の中を惑わす情報を含んだ情報を流布させるのに貢献している教授のような教育心理の教授が
と豪語するのも聞き流しているくらいに、いいひとだったwww
自閉症は精神分裂症(当時の言い方)の一つで機能的なものだから、治らないんじゃないの?
と私が言うと
○○ちゃんも、勉強しとるみたいやねぇ。
と言われた。
が、前から知っていた。
それで、こうも言った。
とか
その先生は、自分の家族にその療法かカウンセリングをして、それまで結婚できなかったのができるようになった
とか
むつかしーい理論がある
とか
自閉症をカウンセリングで治したと聞いて、先生すごーい♪というのも難しいだろうw
そんなすごい理論がなぜ学会に発表され論文が評価されてないのか、不思議だ
それは、もし言うとしたら、自閉症と診断されていた子供を、カウンセリングや親子関係の改善で治した
と言うべきではないだろうか?
もし本当にカウンセリングで治ったとしたら、診断が間違ってた可能性が高いと思うが、これだけでは何とも言えない。
でも、その言い方がおかしいと言うのはわかる。
治るというのが、どのような状態からどのような状態になったことを言っているのかもわからないし、何ともわからない話。
母が末っ子だったせいで、私が小学生の頃に従姉妹たちは結婚式を済ませたが、従姉妹の結婚相手もここの大学の教育学部で、教授と意見が合わず、自分の主張を曲げなかったので、卒論が通らず(詳しい言い方は何というかわからない)中々卒業できず、プラス4年行って最後の2年は親が授業料払わなかったという話を、うちの親がしたり顔でしていた事があった。
(余談だが、親と言う立場の人の負担が軽くなる事なら何でも喜んで話す 他には育ててもらったというのをあり難がる話とか すごいのだと芸能事務所の独立について、育ててもらったので独立はしないとあるタレントさんの親がインタビューで答えていたのを、わざわざ”育ててもらった”ので独立せんのてぇ と言ってきた事もあった。余談終わり。)
こんな教授が居るのだから、意見が合わないのも無理は無いと思った。
この教授の事は、保健所の保健婦(当時の言い方)も知っていた。
この間、職人さんの家に入ってもらいました
と言っていた。
うちの家には今4件抱えてる、やるんやったら親の方から頼みに来て、と敬語で断られた。
元友人は、評判のいいひと
元友人によると、その教授もいーいひと らしい(いーいと伸ばして言われた)
http://d.hatena.ne.jp/oooquree/20111022/1319275014
註 小学校からの友人 小学校の時のではない。 向こうから心配してるなど言ってきたことも。教育心理の先生の話は出したくせに紹介するつもりも最初はなかったようだった。 その教授の住所、電話番号を教えたものの、先生も忙しいからさぁとか言ったりもしていた。 本人から教授に家族カウンセリングを友人の家庭でやって欲しいと頼んだりしていない。 だから、もあると思う。(入ってくれなかったのは)
そもそも、全員がフジテレビの番組を一切見ないスタンスならば、デモなんてしない。
韓国タレントやらK-POPやらに力を入れていることすら目に入らないんだからな。
まあもっと単純に話せば、フジテレビの体制に文句を言ったわけで、
個々の番組に文句を言ったわけじゃないし、それをしたければデモじゃなくてメールなり電話なりするでしょうよ。
https://twitter.com/ExpressNiseco/status/122647356918341632
https://twitter.com/Hurriphoon/status/122647667754020864
※私はデモに参加してません。
http://anond.hatelabo.jp/20111005092209
直木賞、芥川賞、本屋大賞など。文学賞を創設してこれというものを選んで授賞する。本屋大賞なんか一番わかりやすくて「書店員が一番売りたい本」を選んで授賞してるんだよね。ある意味で一番効果的なプロモーション。上に上げた3賞以外ではノーベル文学賞が有効。世界的大家でも日本では無名な作家が一気に売れるようになる。
普段本なんか読まない賞にとって、これも有効なプロモーション。俳優陣は勿論、脚本家や監督も実績のある人を採用すれば効果的。観客動員や視聴率のために原作からの改変なんて当たり前だけど(中年男の主人公が若い女性になったり、殺人の動機が単純になったり)、それでも原作が売れるようになる。ただしやり方を間違えると元からの原作ファンが立腹する可能性あり。ラノベのアニメ化もこれに含まれる。
「小節は読まないけどビジネス書は読む」「雑誌や新聞は読む」という人には有効。「もしドラ!」「チーズはどこへ消えた」「GOAL」など。ただ、これ「小説を売る」じゃなくて「書籍というパッケージを売る」というものだけど。難点はブームが去ればあっという間に著者が一発屋化すること。
ここ数年の流行。夏目漱石や太宰治に小畑健の絵をつけたり、サリンジャーやチャンドラーを村上春樹訳で発売したり。これもやり過ぎると陳腐化する。
去年辺りまで流行ってた。小説と言うよりもタレント本といったほうがいいのかもしれない。ただあれだけ話題になった劇団ひとりが2作目は全然売れてないし、水嶋ヒロも2作目が出る気配がない。その後も作家として活動しているのは辻仁成(辻はブーム前に出てきたけど)、川上未映子など少数。
定期的に男の娘うんたらっていう記事が出てくる。
で、アニメや漫画に限定してスレが盛り上がってるだけなら何とも思わないのだが、
"毎度のこと"現実の女装子や性同一のトランスジェンダーの画像が貼られて盛り上がっている。
いい加減にトランスジェンダー、性同一性障害、女装子をまとめて男の娘呼ばわりするの辞めてほしい。
全部別もの。
男の娘ってのは、服装や性別はもちろん、アイデンティティも普通の男の子なんだけど
顔立ちやスタイルがどう見ても女の子のようにしか見えないような若年男子のこと。
そういう可愛い男の子が女装した時の女装男子も男の娘呼ばわりされることがあるが、
そして本人が、男に生まれたけど自分を女だと認識してるのが「性同一性障害」。
そこで実際に女の服装したりホルモンに手つけたりしたら「トランスジェンダー」。
トランスジェンダーは、性転換の有無は問わず、性同一性障害でありながら、
性ホルモン投与などを行って女性化をしている段階であればトランスジェンダーなる。
自分が男だと分かってて趣味で女装を楽しむだけのは「女装子」。
そういう女装子が行きすぎてホルモンとかに手をつけたら「女性化願望症」。
(見た目はトランスジェンダーと同じだが、トランスジェンダーは性同一性障害である事が前提なので異なる)
実はこの性同一性障害ではないのに性ホルモンや肉体改造にまで手を出す人達を女性科願望症以外の適当な言葉が存在しない。
日本じゃホルモンやったり豊胸したりして限りなく女性的な容姿の人をトランスジェンダーとは別に
「ニューハーフ」って呼び方するけど、本来はニューハーフは水商売業(タレント業含む)をやってる事が前提にある呼び方。
ただし性転換をして戸籍変更すれば「元ニューハーフ」となる。ニューハーフという呼び方はまだ性転換手術をしていない状態。
以上のように、性同一性障害者/トランスジェンダーは男の娘には含まれない。
ニューハーフは職業的な意味だから、ただ女装が好きな男性が水商売業に就いたらニューハーフになる。
男の娘だった男子も、女装をして水商売業に行けばニューハーフになる。
性同一性障害者やトランスジェンダーも水商売でニューハーフになる。
ニューハーフ業を辞めれば、元ニューハーフという肩書きは付くが、
トランスジェンダーも、また一般のトランスジェンダーに戻るだけ。
(男の娘と女装男性は、女装しなければ普通の男性にいつでも戻れる)
ここまで書けば、各呼び名の違いやニュアンスが掴めたと思う。
日本語での妥当な翻訳だと、「ニューハーフ」が一番近いとされているけど本当はちょっと違う。
女装子やトランスジェンダーの人らを総じて男の娘って呼ぶ風潮があるけど、
メディアにおいては、ニューハーフ&性同一性障害とは違うという分け隔てができてるみたいだが、
メディアはどちらかというと、若年女装子を男の娘って呼ぶ風潮がある。
(中高年女装者や中高年で乙女的な人をオネエって呼んでる節がある。このオネエが昔で言うオカマの代替言葉)
オカマ・・・見た目も心も男性なのに仕草や言動が女性的な男性/または心や仕草・言動は女性なのに見た目が男性的な男性(今は侮辱言葉でもある)
オネエ・・・オカマの現代における代替用語。(メディアではニューハーフも含める事がある)
女装子・・・普通の男性なのにファッションや性的趣味で女装を楽しむ人
→ その中で若年で綺麗に見える人に限り、男の娘と呼ばれる節がある
→ そうでない人や中高年者は、好意的にオネエ、または差別的にオカマ・女装者と呼ばれる
男の娘・・・普通の若年男子なのに、風貌が女の子に見えてしまう男の子。
→ 上手く女装をした時だけ綺麗な女の子に見える若年女装男子にも用いられることがある
ゲイ・・・自分を男だと思っていて、なおかつ同性の男を好きになること
(性同一性障害者は自分を女だと認識しているので同性愛だとは思っていない)
女形・・・舞台やショーにおいてのみ、役作りの一環で女装をする。
もっと分かりやすく、芸能人を公言を元に振り分けてみよう。
(元ニューハーフで性同一性障害のトランスジェンダー)性転換&戸籍変更済
(性同一性障害のトランスジェンダー)性ホルモンはやっているが未性転換
一説によると、芸能界では世間の混乱を招くために、トランスジェンダーである者は
(性同一性障害を抱えたオネエタレント)性同一ではあるが性ホルモン等すらやっていない
(オネエor女装キャラを演じてるだけの一般男性/女形に近い)
(不明・その他)
女装が好きな事は明白だが、本人の性自認が謎(自分を男だと思ってるか女だと思っているか)
→ 彼の性自認は「男」。時折見せる女装姿は役のため。つまり女形役者。
彼の素顔は女の子っぽいというより、クールな美少年なので少し違う。
実際には、メディアには男の娘に当てはまる芸能人はあまり出てこない。
ネット上にはよく出てくる。
女装してるわけでも化粧してるわけでもないし、
それが「男の娘」。
されどネット上では、全部がごっちゃになり、
これは間違い。
そして女装した時だけ綺麗な女に見える女装上手な女装男子のことも
現実でのセクシャルマイノリティの区分けは前回も記事を書いたので、
是非参考にされたし。
ちゃんというと、最近色々とばれた佐藤聡美、竹達彩奈、日高里菜と、御三家こと堀江由衣、田村ゆかり、水樹奈々についてのエントリ。
まず、言いたいのはショック受ける竹達ファンはどうにかしてるだろってこと。
実力はありそうだが垢ぬけてないのを彼氏に選ぶあたり、完全にイメージ通りじゃん。
むしろ、ガチでそういう座を狙っちゃってるやつがいるとしたら、純粋にチャンス出来たとか喜べばいいのにね。
まぁ、スキャンダルっぽいのは日高くらいなもんで、こっちはファンご愁傷様、現実はこんなもんと言ってあげたい。
佐藤はあんなもんだろ。ただ、仲間似という自己評価はじわじわくる。元々痛い子だし笑えるな。
さて、ぶっちゃけ3人とも大して影響もなさそうに思える今回の騒動だけど(日高はドル売りか怪しいし)、
気になるのは平野叩きでも見られたアイドル声優とはかくあるべき論みたいなもん。
平野を芸能活動から事実上ログアウトさせた魔法のコンテンツだけど、これってなんなのよって話。
「アイドル声優は、ファンが嫌がるのを避けるために絶対に男関係を見せてはならない。
アイドル声優である御三家(堀江由衣、田村ゆかり、水樹奈々)はそうしてきた。であるから、お前もそうすべき。」
ハルヒ一本槍で作品を壊しにかかる平野はもう帰って来なくていいけど、こんなの押し付けられるのはタレントとしては嫌だと思う。
気がくるって当然。
だって、堀江なんか業界を震撼させた枕騒動の社長と相当危ない噂があり、実際、騒動後、売り上げを落としたわけだし、
田村だって伊福部のイメージ強すぎるし、水樹はそもそも声優なのか怪しいし。
そりゃさ、実際には表に出てないよ。堀江は松田と写真撮りあっただけだし、商品を傷つけるほど馬鹿社長じゃないだろう。
伊福部は声優全員とやっている設定だし、水樹と櫻井だって坂本と鈴村と同じような結末を迎えるとは限らない。
けどさ、それくらいなもんじゃん、業界入ってからのさもありなんな噂と中高生の頃のプリクラ流出の程度って。
流出した、付き合ったら=セックスするとか、声優の倫理観を問う前にお前らの倫理観を問いたいよwww
合コンしたらやり捨てれるとか思っていそうでこわいよね。少しは女性に気を使えるようになってください。
とりあえず、さもありなんな噂が出たところで、中高生の頃のプリクラ出てきたところでなんなのつ話だし、
処女云々は実際に彼女にしようとしている奴以外はどうでもいいことじゃない。
そして、彼女にしたいと願うほどの人間が、好きな人が処女かどうか気にするのもどうにかしている。
もちろん、処女厨みたいなもんは大方ネタだし、伊福部と出来てんだろとおんなじようなもんだけどね。
ネタとネタとして分からない奴は(ryみたいなもんだとも思う。
ただ、御三家をアイドル声優のお手本的なものとして扱い、それを新人に強制する狂った図はやめていただきたいね。
そんなにきれいなアイドル声優なんていたことなかったって。松来さんは結婚しててほしいけどね。
http://blog.livedoor.jp/insidears/archives/52492183.html
↑ちなみに、これは全然ファンじゃないと思うwwwやら管が昔、結局金を落とさず焚き付けるだけのアフィサイトに切れていたが
たまには彼も正しい。ちょっと元祖のこと嫌いになったね。
17歳差の年の差カップルの誕生は、世の中のアラフォーの男性たちに勇気を与えた。
結婚して一年経ちながら、二人仲良くテレビで笑顔を振りまいている。
だが、私はこの二人、来年までに離婚するだろうと予想している。
島田紳助(現・長谷川公彦)が先日引退したが、そのとたん週刊誌は競うように、彼の悪事について記事を書いている。
実名で事実を語る関係者がほとんどいないので、どこまで真実なのか分からない。
しかし、暴力団と親密な交際を裏付ける手紙や写真は存在しないと大見得を切った引退会見の翌日に、紳助のメールが公開され、
同席写真が公開されては、彼の身の潔白を信じる人間ももういないだろう。
紳助は、見初めた美人タレントを共演者として呼び、口説くことでも有名だった。
ヘキサゴンファミリーで共演したタレントのうち、数人は紳助の愛人だとも言われている。
紳助ファミリーに入って実利を得ながら、紳助の毒牙から逃れるために、紳助に恋愛相談を持ちかけて彼を身内に取り込む、
という作戦に出た者もいたという。
優樹菜は元ヤンキーなので、紳助のような暴力的な人間がどのような人間で、彼の愛人になればどのような末路を迎えるのか、
痛いほどわかっていたに違いない。
「ヤバイヤバイヤバイ」
彼女の心の声が、今ごろ聞こえてくる。
紳助と同じ吉本興業で、紳助とは14歳しか離れていない(優樹菜とフジモンよりも近い)。
芸歴も下積みも長いので、紳助のような先輩にもある程度抵抗ができるし、取り入るのもうまい。
抱かれるとして、紳助とフジモンを比べれば、まだしもフジモンの方がマシだ。
こうして、優樹菜は魔の手から逃げるように、フジモンの下へと走ったのであろう。
ところが、ここへ来て紳助の引退だ。
優樹菜にとってみれば、自分を引き立ててくれていた巨大な権力者がいなくなってしまったことになる。
そこでふと、横を見れば、なんでこんな男と一緒にいなくてはならないのと思える、やつれた40男が並んでいるわけだ。
彼女は幻滅しているだろう。
紳助がいない今、彼女を引きあげてくれる者も、彼女にとって恐れる者もいない。
頼りならず、恐るるに足りない吉本に、今更寄り添う必要もあるまい。
変わり身も早く、力を失った者は容赦なく蹴落とす。
私には見えるのだ。
フジモンを蔑み、やがて、もっとイケメンで同じ年くらいのモデル風のタレントと、浮気する将来の優樹菜の姿が。
その先に、二人の涙の離婚会見が、見える。