はてなキーワード: センチメンタルとは
おハロー。
聖おにいさんはオサレというのよりサブカル臭。それも悪いタイプの。
http://anond.hatelabo.jp/20081210172325
とても根が深いサブカルミーハー問題。『このマンガがすごい2010』を読んで。
http://anond.hatelabo.jp/20091216230059
「このマンガがすごい!」は罪深い延命装置。もう犠牲者を増やすな!!
http://anond.hatelabo.jp/20111224192828
を書いたぼくだよ。みなさん自意識丸出しでごちゃごちゃ言ってくるんで、胸焼けするぐらい非常に切ない気持ちになりました。なんというかもう……。
「かわいそうだね?」
って言葉しかでてきません(おっと、つい芥川賞受賞作家ネタが飛び出しちゃったよ。やべー、まさかここで芸術に携われる人間だったら絶対にチェックしておくべき、芸術を理解できないやつは興味ないふりして精神防衛していることでお馴染みの芥川賞のネタが飛び出すとは、俺のセンスパねえ)。
はてなブックマーク、およびツイッターの皆様がたは心のホメオスタシス機能をフル稼働させて自分の殻に閉じこもっちゃっていますね。みなさん図星を突かれたことを必死に隠そうとしていますけど、何で等身大の自分を直視できないのかねえ。
「格好をつけないことで、格好をつけている」
「「ホメればセンスいいと思われる記号」を批判すればセンスいいと見られると思ってる人の典型的批判」
やれやれ。春の熊に全員屠殺してもらいたいよ(センスある村上春樹ネタ)。
ぼくはきみたちの断末魔の叫びで心が汚れちゃったんで、ストラヴィンスキーを聞いて洗い流していました。グッドなアートはエバーグリーンな輝きでディ・モールト・ベネだね。
ということで、本題。反応を見ていると、ぼくが批判したい対象がイマイチ伝わっていないようなんで、ここでまとめて表明してみようと思う。
これ以上、この惨状を放置しているとホント取り返しのつかないことになるからね。砂漠に水を与えるようなものだけど、何もやらないよりはマシ、かな……。
きみらの軽い脳みそでも理解できるように4つに大別してあげているから熟読してほしい。2010年代はこういう奴らをいかにカルチャーシーンから排除するかにかかっているので、宇野常寛さん、荻上チキさん辺りは参考にしてほしいね。東浩紀さんは河原で石でも積んでてください。
では、いきますよー。
「ボンクラ」なんていう安っぽい価値観で連帯して、「中学生マインド」なんていう恥ずかしい心性を至上価値にしちゃっている一派。やっていることはひよこのオスメスの仕分けみたいなもん。ライムスターの宇多丸や町山智浩辺りが「いい」といったものを「味方」と見なして手放しで褒め称えて、けなしたものを一緒になって叩けば、「センスあるポジション」にいられると思っている。
「売れてる邦画はテキトーに叩いておけばおk」みたいな頭からっぽな行動も平気でしちゃう。そんで周りも見てもいないのに賛同しだすから目も当てられない。
中身をまともに分析しないで「大沢たかおが出演しているから、これはクソ映画だ」みたいな論理で動いていて、そんで「バカな大衆」と「審美眼のあるセンス抜群の俺」という謎の対比をしだすんだよね。「なぜこういう内容の邦画がいま売れるのか」なんていう深遠なトピックに触れることは一切ないし、考える頭もない。
自分の物の見方だとか価値観だとかが一切抜け落ちた、ゾンビみたいな奴ら。サブカル年長者の金魚のフンをやることに、羞恥心の欠片もない。「独自な物の見方をする人間」についていけば、「独自な物の見方をする個性的なわたし」が出来上がると思っている。
彼らの反応は非常にわかりやすい。ちょっと宇多丸のラジオを聞いただけで、習性がまるわかりで、「ああ、この映画はこいつら叩くだろうな」ってことがすぐに判別可能になる。その分かりやすさが蔓延の原因だといえよう。映画リテラシーがないのに、センスいいと思われたいやつらの格好の逃げ場になっている。
そんで、こういう奴って美意識がないから恥ずかしげもなく部屋に映画のポスターをべたべた貼って、ダサいバンドTシャツを着ていたりするんだよね。それでいて、オシャレに過剰なコンプレックスを抱いているから、「無理してオシャレしているやつは上辺だけの中身のない単なるカッコつけで、ちょっとダサいくらいの自分が本当は一番センスいいんだ病」にかかっていて非常に厄介。自分のダサさまで理論武装しなきゃ生きていけないなんて、ほんとに可哀想だ。
この病気を完治させるには映画について語りだすたびに「それ、ウィークエンドシャッフルで宇多丸が言っていたことだね」って言い続けるしかないと思う。「あ、その映画、町山智浩がキラキラで紹介してたやつか」、「昔、みうらじゅんがその映画をネタにしているのを見たことあるよ」でも可。
「人生で大切なことは、すべて伊集院光のラジオから教わった」とか真顔で言っちゃう恥ずかしいやつら。
映画秘宝系との違いは、映画を見たりする気力も何もなくて、横になってラジオを聞くぐらいの体力しか残されていないのに、自分が第一線にいることを疑わずに最新のカルチャーを必死に否定してくる。「最近のアニメって萌えばっかりで中身がないよね」って見もしないくせにしたり顔で口を挟んでくるのがこいつら。
自分が中年化し、ついていけないことを認めることができなくて、漫画やアニメは伊集院が褒めるものだけが絶対だと思っている。『わたしは真悟』だとか『アストロ球団』だとかね。
映画秘宝系はまだ自分の足で作品を鑑賞しようっていう根性があるけど、こういう奴らにはそれすらない。平気でCMカットのMP3音源を違法ダウンロードして、「やっぱり伊集院さんって聡明だよなあ」なんてアホ面下げてる。その続きはもちろん「本当に頭が良い人って伊集院さんのことを言うんだよな。やっぱり人は学歴や職業じゃなくて、物の見方で頭の良さが決まるんだよな~」なんて考えいて、「ダメな自分は本当は感性が鋭くて、周りのくだらない奴らよりもずっとずっと頭がいいんだ!」って泣きながら自己肯定をしている。
もうなんでもあり。
こういう奴らのためにはっきり言ってあげるけど、「感性」っていうのは行動で示さなきゃ形にならない。布団のなかで自分を慰めるための感性だなんて、ありゃしないよ。ゴミクズよ、もうよせ、こんな不毛な自己肯定は。
「センスがいい」というタグを貼られた商品を必死に買い集めて、なんにもない空っぽな自分を必死にデコレートしようと頑張っている。ビレバンに下駄を履かせてもらわなきゃ、外を歩くことすらできない可哀想な人。自分がビレバンから与えられる餌を食べているだけの家畜だってことに気づけない。
こういう奴がセンスいいと思われたい一心でカルチャーシーンを引っ掻き回して、むちゃくちゃにしていく。「このマンガがすごい!」で上位に入る漫画が悲惨な犠牲者なのは、前の記事に書いた通り。
なんにも作り出せない、作ろうともしないくせに、必死に消費物で「ぼくちゃん、クリエイティブなんだじょ!」とアッピールしたい厚かましい愚鈍なマリオネットたち。
こういう奴には「お前、ひょっとして浅野いにお漫画の登場人物を気取ってない?」って聞いてみよう。ズレてない眼鏡を何度も押し上げながら、「き、きみぃ、いにお漫画はね、単なるセンチメンタルじゃなくて実験的な手法にも取り組んでいて云々」って聞いてもいない作品論を震えながら語りだすぞ。
さらに「そのボブ、もしかしてつぶやきシローをリスペクトしているの?」って言ったら卒倒しちゃうので注意。
もし友人にこの手合いがいたら適度に自意識を潰してあげて、「やっぱビートルズが一番だよな」ぐらいのレベルに留めさせてあげるのが吉。弾けもしないのに部屋に置いてあるギターは、親切心で河原で燃やそう。
そう、お前らだよ。お・ま・え・ら☆
はてブやツイッターなどの安全圏からお手軽に一言批判して、「ふふ~ん、ぼくちゃん、こいつらよりも頭がいいもんね~。見てみて! ぼくこの人否定しているよ!! こいつより頭いいんだよ!! ほら、見ろよ、もっと! 見ろっ、見ろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!」と汚い欲望を身体中の穴から漏らしている。
文字数制限を盾にして根拠もなにも示さずに、自分の頭で否定できる一文をなんとか見つけ出して、「やれやれ。きみはなんにもわかってないね」とただ否定するだけ。熟議に何の貢献もしない、耳を汚すだけのノイズ。
大抵のバカなネットユーザーは脳の大部分が「最新情報の暴飲暴食」でスカスカになっているため(俗に言う「グルーポンおせち状態」)、比較検証なんていう基本的なこともできない(本人は「できない」とすら気づいていない。そこを突かれると「時間がないから」「忙しいから」と言い訳して、何も届いていないメールボックスをチェックしだす)。だから、「最後に勝利宣言をした人間」に説得力があると思っちゃう。
このような「つぶやき批評家(気取り)」と「情報ジャンキー」はまとめてネット中毒矯正院にぶち込むべきですね! そこで『アルプスの少女ハイジ』でも見せて、少ない情報をいかに咀嚼するかを学ばせたほうがいい。こいつら、醜く太っていることが勲章だと思っているからさ。
以上、今すぐカルチャーシーンから撤退すべき害毒な消費者4タイプでした。こういう奴らが蔓延っちゃったのは「個性が大事」という間違った教育と、「作品の解釈は受け手が決める」なんていう甘やかしの成果だと思う。
確かにある程度の解釈は読者に任されるだろうけど、それを理由に笑っても怒っても何しても構わないなんてことはない。それだとスタンリー・キューブリックの『博士の異常な愛情』を見て、原子力礼賛だと思っちゃうようなことを許してしまう。
ぼくのような高い視座に立てているクリエイターって本当に少ない。名前を挙げるとしたら、映画監督の紀里谷和明か、小説家の岩崎夏海くらいか。
特に岩崎夏海の『「小説の読み方」の教科書』は上記であげた連帯のためだけや、センスいいと思われたいだけに消費する行為の解毒剤として最適なので、みんな読みなさい。早く読まないと、時代に取り残されちゃうよ。2010年代のクリエイターズ・バイブルだね、この本は。
みんなもうさ、中身のない自分を無理やり肯定するためにアートを利用するのはやめようよ。空っぽな自分を直視して、中身ある人間になるために努力するべきじゃない? ソクラテスもプラトンも、みんなそうやって大きくなっていったんだよ。
やけくそで「光の射す方へ」向かって、I can fly!なんてしてはいけませんよ。
さて、そんなみなさまの「帰りたい 帰れない」の思いを
| 曲名 | アーティスト | 発売年 | 帰りたい場所 | 概要 | 歌詞 |
|---|---|---|---|---|---|
| 勇次 | 長渕剛 | 1985年 | 過去 | 若気の至りで家出した | ★ |
| 新しいスタート | 岡村孝子 | 1991年 | 過去 | 人生の門出を前に意気込む | ★ |
| 郷愁 | 斉藤和義 | 1997年 | 過去 | 帰省が終わって、また普段の生活に戻らないといけない | ★ |
| Gates of heaven | Do As Infinity | 2003年 | 過去 | クスリがやめられない | ★ |
| 手のひら re-birth | MCU | 2006年 | 過去 | 自分探し | ★ |
| 鼓動 | GLAY | 2007年 | 過去 | 大人になるのって哀しい | ★ |
| 矛盾だらけのWedding Song | GiFT | 2008年 | 過去 | 子供の頃好きだった女性が他の男と結婚した | ★ |
| 燻-くゆる- | ナイトメア | 2006年 | 穢れなきセピア(過去) | 汚れる前に初期衝動を思いだせ(初心を忘れたくない) | ★ |
終わった恋は取り返しがつきません。
| 曲名 | アーティスト | 発売年 | 帰りたい場所 | 概要 | 歌詞 |
|---|---|---|---|---|---|
| 落葉の駅 | 八代亜紀 | - | 恋人 | 何も言わず恋人の元を飛びだして | ★ |
| 風立ちぬ | 松田聖子 | 1981年 | 恋人 | 恋人と別れてセンチメンタル | ★ |
| 無言坂 | 香西かおり | 1993年 | 恋人 | 恋人が浮気したので家出した | ★ |
| 涙の海峡 | 松原のぶえ | 1996年 | 恋人 | 北国の冬は人肌恋しい | ★ |
| 山吹色の木の下で | タオルズ | 2005年 | 恋人、過去 | いつもの風景に、昔を思い出した | ★ |
八代亜紀の「落葉の駅」なんて、
男が自分の為にあたふたしているのをみると
めんどくさいですねぇ。
でも、おじさんはそういうのキライじゃないよ。
日本歌謡曲における「北国」「津軽」「海峡」の頻度は異常でございます。
| 曲名 | アーティスト | 発売年 | 帰りたい場所 | 概要 | 歌詞 |
|---|---|---|---|---|---|
| 津軽 | 岩木淳 | - | 故郷 | やけ酒してホームシック | ★ |
| 帰りたい帰れない | 加藤登紀子 | 1970年 | 故郷 | 母からの手紙でホームシック | ★ |
| 望郷しぐれ | 山本譲二 | 1986年 | 故郷 | 実家からの小包でホームシック | ★ |
| カントリー・ロード | 本名陽子 | 1996年 | 故郷 | もう故郷に帰れない | ★ |
| 上野発 | 和田青児 | 1999年 | 故郷 | 上野発北国行きの電車 | ★ |
| 夢千里 | キム・ヨンジャ | 2002年 | 故郷 | 海を荒れてたからホームシック | ★ |
| 津軽慕情 | 山本謙司 | 2004年 | 故郷 | 酒飲んでホームシック | ★ |
| リンゴのふる里へ | 和田青児 | 2005年 | 故郷 | 雲が北に流れていたのでホームシック | ★ |
| ひだまり | 石野田奈津代 | 2009年 | 故郷 | 上京して大変だけど私は元気です | ★ |
| 帰りたい | 千田裕之 | 2010年 | 故郷、過去 | ふと思いだしてホームシック | ★ |
| 東京シャボン玉 | 天童よしみ | 2011年 | 故郷 | 上京したけど思い通りいかない四畳半生活 | ★ |
| バイ マイ タウン | HOW MERRY MARRY | 2011年 | 故郷 | 上京して大変だけど負けないよ | ★ |
昔はたまに来る手紙だったのが、
そんな中でも、最近の若い人の歌は、
上京したての初々しさが伝わってきていいですね。
「ひだまり(石野田奈津代)」は、いずれ「東京シャボン玉(天童よしみ)」状態になるのも、
頑張れ、若い人!
どのように歌われているのでしょうか。
| 曲名 | アーティスト | 発売年 | 帰りたい場所 | 概要 | 歌詞 |
|---|---|---|---|---|---|
| 大迷惑 | ユニコーン | 1989年 | 家 | マイホーム買ったら転勤を命じられたでござる | ★ |
あるあるwww
| 曲名 | アーティスト | 発売年 | 帰りたい場所 | 概要 | 歌詞 |
|---|---|---|---|---|---|
| 雨の子守唄 | リサ | 2009年 | 家 | 子どもが家にいるのに水商売な自分 | ★ |
| 曲名 | アーティスト | 発売年 | 帰りたい場所 | 概要 | 歌詞 |
|---|---|---|---|---|---|
| Tell me why? | Lil'B | 2009年 | 家 | デートしてるのに恋人に冷たくあしらわれた | ★ |
デートやめて家に帰っちゃえよwww
DV男ばっかり引き寄せちゃうんだよ!
なるほど、「帰りたい 帰れない」は様々ですね。
文庫になってたのを今日本屋で見かけて初めて知って、びっくりしたので買って来た。今読み終えた所。昔、本当にもう30年近く前に読んだなと思うと、懐かしいやら何やら、色んな気持ちが入り交じって何とも言えない気持ちになる。
昔読んだとはいってももう初めて読むようなものだから、新鮮な気持ちで、当時は気がつかなかったこと(戦時中が出てくることも忘れていた)にも色々気がついて読めて面白い。
小学校の図書室の絨毯や自分の席からの眺め、車でしか行けない距離の町の図書館のこととか、川土手で凧揚げをしたこと、近所の犬が暴走したこと、母がいきなりショートケーキを作ったこと。その当時の自分の周りのこともふと思い出した。特殊な環境でもなかったし特別な所のある子どもじゃなかったけど、自分なりに印象に残っていることは結構あるもんだ。
大人になってから知り合った人達は出身地が皆違うから(東京に出てきたからっていうのもある)、普段は話さないけどそれぞれそういう思い出を持ってるんだなとふと思ったら、人の一生の深淵を思うような、果てしないものをただ見ているような、呆然とするような気がした。皆、皆のことをほとんど知らないまま、それでも円滑に生きてはいけるし楽しかったり盛り上がったりするんだな、と。
想い出せば長くなる。
なんでもかんでも存在することにしちゃえば、
なんとなく感じちゃってびくんびくんってなっちゃって
さぁ、書こう。何を書こう。無理無謀としれど、
俺は空白を文字で満たす作業に明け暮れる。
それに意味なんてなくたっていい。くだらなくたっていい。
夜風が運ぶ淡い希望を抱いてどこまでいけるか。
気分はセンチメンタル。びっくりするほど負の方向にユートピア。
びびっとくるー
本当に誰も俺が必要ないというのなら。
ならば俺はなぜ生きている?疑問は拡大されていく。
洗練されたデザインが、俺を連れて行く。神よ、おお神よ。
私は何のために生まれてきたのですか。
誰のために生まれてきたんですか。
重苦しい枷を背負いながら、手錠を抱えながら、僕たちは歩いていく。
ひとつだけ確かなこと、僕は今生きている。
よくよく考えると分からなくなってくる、神よ、ああ俺はあなたをぶっとばすでしょう。
思いっきり突き飛ばすでしょう。私が神様だったらこんな世界はつくらなかった。
How beautifull world。泣けてくるくらい。
俺はなぜ生まれてきた?歩き続けてどこまでいくの。
結局そこから何も生まれやしないんだよ。くだらないんだよ。
分かってるんだよ。知ってるんだよ。
デスクトップパソコンを買おうかノートパソコンを買おうか迷う。
どっちも利点があるんだよなぁ。でもやっぱりノートかな。
次に買うパソコン。でもね。本当はどうでもいい。
なかなかよくやれている。評価できるよ。
びっくりパーティーが開催されるんだぜ。
飲んで飲まれて元気にいきまっしょい!!
元気が出てきたwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
やべぇ音楽の力は凄まじいwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
おおえお!!大好きだぜ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
このせかいが美しすぎる!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
誰でもあるでしょう、そんな瞬間。
長ったらしく続く文章。
それは受け皿。それは世界。
我慢せずにいられるか。これが我慢せずにいられるか。
瞳に映し出された未来。
感涙する。全米が泣いた!
騙されたと思って見てみな。
やっぱり素敵でしょう。
なおさら凄いでしょう。
ステロイドモンスター、アリスター・オーフレイムが大好きです。
優勝してくれましたね。見事。
そんなことよりちょっと聞いてくれよ。
悲しいほど切ないんだよ。
びっくりマン三世なのよ。
ポケモンカードを買い漁るのよ。
ゲットでちゅー♥
悲しみに心揺り動かされる。
闇に消えてった主力達の本望。
なんでもいいから書けって命令されてるんだよ。
なんでもいいからって。
だったら見事になんでも書いてやろうじゃない。
スズメの涙ほどのことでも文章に記してやろうじゃない。
最高の友達なのさ。
ビックリマンチョコレート。
大好きなのさ全部全部。
忘れた頃にやってくる。神は俺を見てくれている。
道がどこまでも開かれる。
俺は俺になる。
アッー
本当いうとぼくの心揺さぶるそんな音楽聞きたいっていうそれだけ
最強最高でトロピカル。涙なしには語れない。
財産が不敵にささやくよ。
俺は暗い一人の人間。
文学好きなただの人。
宝くじなんて買わねーよ。
さぁコマーシャルに酔って踊ってくれー
民法テレビの戦略は、沢山の人間の脳みそを洗脳しているのでございます。
おいたわしや。
ねぇ聞こえてるかな
歌に流されやすいのは仕様です。
困ったものです。
俺・・生まれてきてもよかったのかな・・・・・・・・
収益化!金よこせええええええええええええええ
ヨコセヨ!デパートヨコセヨ!
俺の頭の中をリズムが駆け巡る。
幸せってどういうもの?
いえええええええええええええええええええええい!!
愛されて500周年。
人類生まれて400万年。
何万年と受け継がれてきた
たすきを僕は胸にかけた
やべぇ。ノリノリだわ。
響けこのメロディー。
最高だわ。最高すぎる。
心も身体も満たされていく。
最高の道を、常に探していこう。
なんでい!くっだらねぇ!!
今度っていつ?
超げろまずなんですよねー。
ぐひょひょひょひょwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
ナメック星人撃退するの。
風の股三郎。
ふっと湧いてくるイマジネーション。
僕は賭けるよ。この今という時間に。
所構わず、僕はでかけるよ。
ところがどっこい・・・嘘じゃありません・・
太枠で書かれた文字。
理解を越えた理解を求める。
勇気をブッ壊して、人は生きていく。
なめていた口、
ひるんでいた出口、
むしゃむしゃと食う。
置いてけぼりの幽霊。
目一杯精一杯の良心。
誰も読んでくれないって?
今日は、の間違いだな。
ゆったりと、滑りこむようにぬるっと入ってくる宇宙。
一人でいたら、一人でいることに慣れてしまった。
鼻くそをほじりながら、僕らは歩く。
本気でア・イ・シ・テ・ル。
ふざけた変換機能だぜ・・
イマジネーションが浮かんでこない。困ったものです。
なんにもないや。本当に、なんにもないや。
からっぽなんだ。そうだ、からっぽの音だ・・
何もない冷蔵庫を開いた時のような。
何もなくなってしまった。
ぼくの手の中には、もう何もないよ。
ぶっ壊すっていっただろ!!
モチベーション高めにもって。
最高級の愛を。愛を。愛を。
I want you.でたらめに作られたこの世界に夢はないのかい?
身体中が痒い。
スーパーで最高なのかもしれない。
(´ρヾ) ネムネムゥー。眠い。さっき起きたばっかりなのに。
/(^o^)\ナンテコッタイ くっだらねぇって、つまんねぇって、
それすら越えていく有象無象。
自我がブッ壊れていく。
俺は俺という存在を理解できなくなる。
さぁ、言葉の端をつかもう。
ぶるあああああああああああああああああああああああああ
ほら、元気を出して。
お前なら俺の感情全部知っているんだろう?
なんてねぇ、くだらないことを撒き散らす。
深い青黒く染まりはしない
空で無数の星が弱く照らすから。
うっひゃあああああああああああああああああああああああああ
またテンションあがってきたぜええええええええええええええええええええええ
うっひゃああああああああああああああああああああああああああ
ゴ━━━━(# ゚Д゚)━━━━ルァ!!
意味なんていらねぇんだよ。さぁ、頑張ろう。噴き出そう。
フォロー人数数万人なんて、どうやってそんな領域へいくんだよ。
全く、理解できないぜ。数千人で手一杯ってとこか。
一日30人で一年に一万人ってとこか。今までの苦労、全部へし折り俺は進む。
前に進む。でもちょっと待って前ってどっちだよ??
俺が誰なのか、それを探す自分探しの旅。
なんでもいいけどそろそろ終わらせたほうがいいんじゃない?
そういうわけです。
俺はメッセージを読み取る。
ひたすらに、感じ取る。
理解しようとする。
瞳に映しだされる未来。
俺はもう逃げ道を失っていた。
本気で愛していた。
何もかもが、壊れていきそうだった。
ブッ壊れてしまいそうだった。
何もない空間へ放り出された。
俺は自動的に中枢へ送り込まれる。
太陽が闇に消え、理解は飛んでいく。
何もない世界が俺を包んでいく。
もう二度と会えないものに溢れて
Tシャツで走っていた夢を見ていただけのことよ。
何もミラずに。何もせずに手に入る幸福なんてあるわけがない。
何もせずに金を稼ごうなんて、そんなの無理すぎる。
じゃあどうする。俺は俺を信じている。
かなりの速度で、俺は俺になろうとしている。
ぐっとこらえる今一秒。サイトファクニティにごめんなさい。
ア・イ・シ・テ・ルア・イ・シ・テ・ル愛してた
愛捨てた。どうでもよかったの。
でもね。ポテトは食べたくなかったの。
大好きゲッチュー君だけに愛を込めて。
ルックルックアフターミー。
私ぞんざい何もできませんが来たきゃくれば?
ナイスなロックでフェスティバル。ロックンロールフェスティバル。
ダイヤモンド・シティ。
俺は願う。ひたすらに感覚を研ぎ澄ます。歴史が俺をつくろうとしている。
闇に消えていった答え。誰のものかも分からない手紙。
宛のない手紙のように、君も誰かのように、僕たちはあるように。
やばい。超(*TーT*)泣けるぜ・・。思い出は記憶を呼び覚ます。
さぁ、これがバイオテクノロジー。全てを越えていく、一瞬の光。
人はいつか消えていく一瞬の光だから。
でもいつも笑っていて
果てのない戦いを挑もうとする。僕は僕になる。
全てが一つ分の地球におさまる。
まるでロボットのように文章を描く。書く。書いていく。
なぜ。それは拘らない。意味が分からない。それでもいい。
大好きだから。元気いっぱいだから。
権限自由自在だから。どうしてもっていう時は思い出して。
破壊の方針を変えながら、理解は更に高みを目指す。
全部、全部必要だからそこにある。
闇に消えていく悲しみがある。
理解を越えたものは、どうやったって分かりづらい。
闇に消えて言った記憶達はいっている、今はまだ死ぬ時じゃないと・・。
元気を出せば理解もできる。俺は逃げ出したんだ。そう、誰にも見つからずに。
俺は最強。最高。少しセンチメンタル。そして、永久に死なない。
俺は死なねぇぜ・・相棒。
死なねぇよ。受け継がれる意志。俺の意志はやがて受け継がれ、誰かの元へ届く。
俺が死んでも俺の夢は叶う。病んだ国民の感情もきっと救えるさ・・
誰かの気持ちが宿る。気持ちいいほどだ。それは、正確にはそれこそは、
ああ、死んでしまった。これはどういうことなのだろう。楽しみが減る。
お腹だって減るもんねぇ~~~~~~~~~
ミギャラース。
瞳を閉じれば聞こえてくるだろう。
笑っていて。
とても、とても儚い想いだ。
どうでもいいけどどうでもいいよ、
ふざけた文章に終わりなどないのよ。
いつもどおり。いつも通りのこの世界。
何もかも、何もかもが終わってしまう、その前に起こすんだ革命。
No more 核。俺はひたすら書く。
途中でどろんでろんになりそうな幅で、もうちょっとこっちがわ。
どうでもいいけど俺の話を聞けよ。聞いてくれよ。
闇は光のためにあるんだぜ。
どうでもいいけどコッペパンください。
ああ、ああ、ああ、素晴らしい。
最高のショーだとは思わんかね。
口ずさむよ想い出の歌。
蘇るよ。色あせぬ日々。
なんとなく常連。
なんとなく君が代。
ああ、平行線が取れないなぁ。
言葉の端々に俺が見え隠れするなぁ。
僕にとっては余白でしかない文字。
文章の空白を埋めるただの小石に過ぎないというのなら。
来月で25歳になって、被選挙権を得る俺が本気で日本を立て直すための戦略を考えてみた。
・法人税減税。
・消費税増税。どう考えても仕分けや埋蔵金みたいな小手先の策で対応できるとは思えないので、
・札証、名証、福証等の地方取引所、東工取、東穀取のような商品取引所を大証に統合。
大企業中心の東証に対する、地方、新興、商品主体の取引所に再編。
・製造業の大規模投資の税制優遇。韓国台湾のハイテク産業に対抗する。
・林業の近代化。林道整備、機械化、製材所、流通経路を含めた改革のバックアップ。
北方領土は2島返還で手打ち。経済水域は割と広いので名を捨てて実を取る。北の備えを南西にシフト。
・本気で常任理事国を目指す。新興国にインフラ売り込みをがんばる。
・FTAの推進。同時に利権の温床になっている中小農家の淘汰してJAを解体。専業農家、企業参入を優遇。商品作物輸出を図る。
・ミサイル防衛の推進。
・核武装はしない。維持費用がヤバイのと、不謹慎な話だけど世界で唯一の被爆国という立場を外交に生かすため。
・次期主力戦闘機はF-35を買う。三菱にはT-4後継の練習機の生産で仕事を維持。同時にこっそりF-3開発推進。
・F-35はVTOL型を購入して、いざとなったらDDHを軽空母にするぞというポーズを取る。
アメリカ空母で着陸訓練をさせてもらう。ただし、本気でやばくならない限り軽空母保有はしない。
・普天間基地の下地島移設。基地問題と防衛力維持の両立を図る。
・陸自のヘリの国産化。UH-X、AH-XはOH-1ベース。がんばれ川崎。
・若年層が高齢者を支える仕組みは限界だと思うので、同世代内の相互扶助の仕組みみたいなのができないか考えてみる。
・少子化なのに小児科医、産科医の不足、保育所の不足。よくわからないので詳しい人に頼む。
具体的には、
・首都圏高速道路網(圏央道、外環道、中央環状道)の整備。渋滞の緩和
・中央リニア完成と同時に伊丹空港を縮小してビジネスジェットの拠点に改装。国内線は関空に。
・なにわ筋線を建設して関空アクセスの改善。関空を西日本のハブ化。
北陸は名古屋とのアクセスを考慮して米原ルート。リニアがあれば東海道のキャパも問題なし。
石油・天然ガスの中東依存脱却と、製造業の競争力強化の観点で考える。
・地球環境変動のメカニズムを研究するための衛星、スーパーコンピュータ予算を増やす。
・ただし京速計算機みたいな無駄遣いはしない。東工大のTSUBAMEみたいな効率的なヤツをたくさん作る。
・安全保障と絡めて、早期警戒衛星の開発。ミサイル防衛の強化と宇宙開発の官需を作る。
・というか、有人宇宙開発やろうぜ。
・大規模な風洞実験室を北海道に整備。航空宇宙産業の強化と、地方振興を同時に図る。
・これらの財源は、排出権取引みたいな馬鹿らしい枠組みから離脱して捻出。
・レアアース代替材料の開発推進。
・広い領海を生かして海洋資源の調査推進。
・まともなNPO/NGOが活躍できる仕組み作り。昔バイトしたときの経験から考えて、
名誉欲の強い定年退職じじいや、勘違い主婦、自分探しの若者しかいないのが原因。
まじめな失業者や無職がNPO/NGOに参加していると職歴として認知されるような空気を作る。
最近警察がやってる路上駐車の取り締まりや、飲酒運転の罰則強化なみにしつこく政府広報すれば空気は変わる。
解雇規制の緩和するからには引き替えになる政策が必要だし、起業の増加につながるかもしれない。
・選挙区の一票の格差是正。都市部や若年層に不利すぎる現状を打開する。
・官僚に政策を丸投げせずに党でシンクタンクを保有して政策立案能力を高める。
働き口の少ない文系ドクターの受け皿になって、ドクターの雇用問題を考えてますよアピール。
以上、長文失礼。
純粋に興味深い。
昔付き合ってた男がもし私の知らない所で死んでたら、多分喜ぶと思う。
ざまぁみろ、ヒャッホゥ!なるね。うん。
相手が振ったから、「ざまぁみろ」なのかな?
そうではなく、単に別れた相手には「ざまぁ」と思ってしまうということだろうか。
なんでだろう。
過去の相手に対して、「時間返せ」的な気持ちがわくのだろうか。
男女関係なく感じるのかな?
「自分の選んだ道が正解!」というような。
まあたぶん、男のほうがセンチメンタルなんだろう。
センチメンタルっていうのは、「あったかもしれない可能性」に反応しちゃう心情だな。
少なくとも俺はセンチメンタルだ。
けっきょく、男のほうは、過去の女を完全に嫌いになることはできないと思う。
一度通じ合ったんだから、どっかで最終的には、通じ合う部分があると思っちゃう。
俺の経験では、女のほうにはあまりそういうのはないね。
「管理しなければならない」ということでなければ、いったい誰が管理するんだろうか。他に管理ができる種族がいないのに?
もちろん生命種の絶滅は恒常的に発生してきたことではあるのだが、
人類発生以降の種の絶滅速度はそれ以前に比べると非常に大きくなっている。
これをこのまま放置するべきではないと考える。我々は環境を無目的に破壊すべきではない。
一つには遺伝子情報のバラエティを守る必要性があるということ。
進化の常道から言うならば、遺伝子情報の蓄積が大きければ大きいほどに将来的な危機に対応できる可能性が高まる。
これは単に「遺伝子を保存する」ということも考えられるのだが、当然生態系まるごとを保存したほうが有利。
また、自然界のバランスというものを我々が完全に把握しているわけではない。
未知の現象を知らぬ間に発生させて破壊しているかもしれないし、環境に与えたダメージがまったく未知の弊害をもたらす恐れもある。
まだ我々が知らない生物をそのつもりがなく絶滅させてしまうことすら十分に考えられる。
人類の存在はあまりにも強力すぎる。自然に作られた砂の城に土足で踏み込んであらゆるものを壊しているようなものだ。
人類以外の種の軽視ということはつまり我々自身のバラエティの軽視ということにも繋がる。
センチメンタルな発想ではあるが、多様性こそが生存と進化の鍵であり、我々もその恩恵を十分に被っている以上、バラエティを軽視することはできないと思う。
見出しの通り、3か月前に始めたtwitterで知り合った人と付き合う事になりました。自分でも驚いたので、記録に残しておこうと思う。でも読者を想定してしまったらめちゃくちゃ恥ずかしくて乙女のセンチメンタルなポエムは書けなくなってしまったので、経緯と簡単な自己分析と所感だけ書いておく。
元日記:http://d.hatena.ne.jp/Francesco3/20091130/1259544537
まず第一に、犯罪や事故が起きたら防犯や注意を呼びかけるのは当然。火事が起きたら「火の用心」だし、盗難が発生したら「戸締まり」をしようと呼びかける。これは至極当たり前のこと。曽野綾子が言ってるのは、「レイプされたくなきゃ自衛しろ」ってことで、それは不特定多数の男の性欲を無闇に刺激するような格好をするなとか、夜道を歩くなとか、むしろ常識とも言えるようなことを指摘してるだけ。「刺激的なファッションもいいけど、仲間だけで家の中に籠もってやってろ。そんな格好で夜道をうろつくな」って話。アホなヤツはそれをヒステリックに揚げ足をとって「犯罪者を正当化するんじゃねえ」とか言っちゃてるけど、「戸締まりしようぜ」っつーのは泥棒を正当化する主張なのか?違うだろうが。露出度の高い格好で街中をうろついたり夜道をひとりで歩くのが異常なんだよボケが。
次に、性犯罪被害者が傷つくから防犯を呼びかけるなってのはセンチメンタル過ぎるし被害者の自分勝手すぎる。犯罪や事故の被害者は誰だって(多少はあるけれども)傷つくだろう。例えば火事に遭ったりしたらそりゃあもう大変なショックじゃないか。泥棒にコツコツため込んだお金(例えば一千万ぐらい)を盗まれたりしても相当凹むよね。普通の人だったら、自分が被害に遭ったならなおさら他者に被害に遭わないように呼びかけるべきというか、そう思うものじゃないか。もちろん自分も同じ過ちをしないように気を引き締めてね。
しかしこのイカレた糞アマは「ああかれらがまもりたいのは、わたしのような、あるいは彼女(彼)のような、やられちゃった女ではなく、無垢な処女、あるいは少女なのだ。」なんて考えちゃうわけ。防犯しましょうって意見に対してここまでひん曲がった発想をしちゃうわけだよ。おかしいでしょ?醜い!まったくもって心が醜い。
同じだよ同じ。被害者もまだ被害に遭ってない人もひっくるめて、これから次の被害が出ないように自己防衛をしっかりしましょうって言ってるの。いくら防衛しても被害を根絶することは不可能だろうけど、防衛してなくて、例えば夜道をひとりで挑発的な格好で歩いてて犯されても「そりゃお前がワリィだろ」って話。家の鍵をかけないで泥棒に入られても、警察だって「鍵かけようね」ぐらいしか言えないじゃん?自分に落ち度があるんだもの。雪山で遭難した人が居ても「好きで登ってたんだもの、ある意味仕方ないよね」って思うじゃん?「好きで挑発的な格好をしてたんだもの、ある意味仕方ないよね」ってこと。
だからそれと同じように、被害に遭いそうな行動は慎もうねってだけの話。話のあらすじはこうよ。だから曽野綾子に突っ込むとしたら「主張は正しいけどその喩えは適切でない」ってことになるの。兵隊なんて相手殺しちゃってるしな。夜中に基地の近くに居て売女に間違えられるのは仕方ないかも知れないけど、殺されるのは仕方なくねーって。(売女に間違えられることに対してもヒステリックに反論されちゃ適わんがな。お店に並んでるものは売り物だと思うだろ?)あと、曽野綾子の「結果を期待して」っつーのも何も「結果=レイプ」じゃないだろうに。結果が何というのを明確には書いてないが、普通は「挑発的な格好をすることによる結果=男を挑発すること」ぐらいに考えるんじゃね?「結果=レイプ」と短絡的に考える奴らは読解力磨いた方がいいね。不特定多数の男を挑発した結果、レイプされるのはある意味仕方ないけどね。好きなファッションをしたいとか駄々こねてんじゃねーよお子ちゃまが。調子に乗るんじゃねえ。
第3に、FGMの話を冒頭で持ち出しているが、レイプとFGMはまったく違った問題。FGMは文化としてアフリカに存在するし、親によって行われることが多いので被害者が防ぐことは不可能。しかし、いい歳した女が露出の高い格好したり夜道を歩いたりするのは防げるだろっつーの。本当に自衛できない話を持ち込んで、論旨を無理矢理変えるんじゃねえ。曽野綾子の喩えも酷いが、フランチェス子の喩えはもっと酷いな。
っていうかネタバレしかありません。
いきなりラストシーンから引用したりするので未読の人は気をつけてください。
※ ※ ※
・今日の虐殺(2) - 伊藤計劃:第弐位相 http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20070710/p1
エピローグで主人公はあることについて大嘘をついているかもしれなくて、事実はどうなのか、は一応それまでに触れられているかもしれない、
わかりました。わかりましたよ。
「大嘘」というのは、
ぼくは罪を背負うことにした。ぼくは自分を罰することにした。世界にとって危険な、アメリカという火種を虐殺の坩堝に放りこむことにした。アメリカ以外のすべての国を救うために、歯を噛んで、同胞国民をホッブス的な混沌に突き落とすことにした。
とても辛い決断だ。だが、ぼくはその決断を背負おうと思う。ジョン・ポールがアメリカ以外の命を背負おうと決めたように。(p.281)
で、「事実」というのは、
「そのジョン、って人は、終末に惹かれているように聞こえるね」
ぼくは言って、ジョン・ポールの好んだ風景を想像しようとする。ひたすら屍体の山を築き上げながら世界を移動するこの男が好んだ、廃墟の物語。
ジョン・ポールが夢見ているのは、そんな廃墟と化した地球の姿なのだろうか。無人の宇宙ステーションとして太陽の周りをぐるぐる回り続ける、宇宙船地球号。異星人が立ち寄って、かつてここに文明があった痕跡を認めるも、その主人はすべて死に絶えて、ただ整然とした建築だけが地上に突き出ている。(p.99)
ジョン・ポールはサラエボのクレーターの縁に立った。そこで妻と子供を失ったこの男がどのような感情に襲われたのかは、当然ながら記録からは想像するしかない。しかし、とぼくは思った。自分が魅かれていた小説の風景が、そこに現前しているのを見たとき、人はなにを思うのだろうか。(p.108)
ぼくは、その光景を想像して、不思議な安らぎに包まれている自分に気がついた。
それは、ぼくが見る死者の国の夢と、そう変わらない風景だったからだ。(p.100)
です。たぶん。
※ ※ ※
281ページでグダグダ語っているのは“プラカード”にすぎません。
・さすらいびととして死ぬこと http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20060124/p1
最後に映し出される在りし日のWTCを以て、ブッシュ批判をすることだろうか。帝国主義を告発することだろうか。
もちろん、そうであってもいい。けれど、そういうことはラストシーンを見ればわかることだ。そういうのは、いわばプラカードみたいなもので、誰にでもわかるように大きな字で書かれているものだ。多くの人は「そうだろうな」とあらかじめ自分の中にあった同じ結論と同じテーマを再確認するだけだろうし、そうでないひとびとは、抑止力としての暴力を信奉し続けるひとびとは、まったく意見を変えることなく反発するだけだろう。
主人公クラヴィス・シェパードは、ただ夢で見た“死者の国”をアメリカに現出させたいだけなのです。
・「ゾディアック」 http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20070702/p1
ある物事を主人公たちに見せつけることそのものを目的とし、その見せ付ける過程が映画になってゆく、そんな悪役を「世界精神型」と呼ぶ。
そのわかりやすい例はというと、やはり「パトレイバー」シリーズの帆場と柘植だろう。帆場は或る「風景」を見せつけ、しかる後に別の風景を現出させる「東京に対する悪意そのもの」だ。帆場は映画における憎悪として純化された階梯へステップアップすべく、映画冒頭で自殺し、キャラクターであることすらやめてしまう。
「2」の柘植もまた、世界精神型の敵役だ。よく柘植の目的を「平和ボケした日本に『普通の国になれ』と目を覚まさせるために」なんておポンチな勘違いをしている人がいるけれども、それはぜんぜん違う(まあ、普通に映画見てればわかるようなもんだけどね)。柘植の目的は、劇中でも語られている。東京という空間に戦争という時間を現出させること。都市を舞台に戦争を演出することだ。人々の前に、日常とは異なる時間を描き出すこと。それこそが目的なのだ。それをすることで政治的にどうこう、とか国民意識を変えよう、とかヘボいレベルに柘植はコミットしない。それは演出家では無いからだ。
世界に認識の変革を迫るヴィジョンを演出することで、ある事物の本質を抉り出すことそのものを目的とし、どんな現世利益的な欲も動機や目的にはしない、そんな悪役。世界を支配するのでもなく、政治的な目標を達成するのでもなく、金をもうけるのでもなく、ただある世界観を「われわれ」の世界観に暴力的に上書きする時間を演出する、それだけを目的とした悪役たち。それが「世界精神(ヴェルト・ガイスト)型」の悪役(というか、敵役、と言ったほうがいいのかもね)だ。
・ダークナイトの奇跡 http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20080723
この映画のジョーカーは悪意そのもの、人間の心理のどぶ底を浚ってくるクズ拾いのような世界精神(ヴェルト・ガイスト)型ヴィラン、金や権力など目もくれず、ある世界に人々を誘うことそれ自体を目的とするタイプの観念型悪役、すなわち、
の系譜に連なり、その中でもジョーカーは、上記の存在がどちらかといえば「社会」そのものをターゲットにしているのに比べ、心理の集合体、個の集合体としての世界を抉り、新たな世界観を観客に見せつけるどぶ底の狂言回しとして描かれている。
シェパードの感じた安らぎは終末の安らぎです。
・宇宙戦争 http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20050701/p1
「A.I」で人類滅亡の唄を描いたスピルバーグは、この映画で再び終末を描く。通信が途絶し、軍隊は通り過ぎてゆく。外界と遮断され、地下室に閉じこもったまま、外の世界を知る術はない。見事なまでに終末SFの王道っぷりだ。世界が「寂しく」なってゆくこと。世界からさまざまな要素が抜き取られ、閑散とし、やがて風の音のみが唄う風景がやってくるだろう。そんな終末への憧れを、スピルバーグは怪獣映画として描く。
人がゴミのように死んでいくなか、世界は寂しくなっていく。怪獣が世界を蹂躙し、我々は反撃の機会すらロクに与えられず、ただただ暴力の羅列を観ているしかない。そして、世界が終わる。
終末は、個人の視線から世界の断絶として描かれる時にのみ、それ独特の感動を生み出すのだ ──「ターミネーター」で、嵐が来るというガソリンスタンドの主人の言葉に答えを返すサラ・コナーの表情を観ていてなお、反撃する人類や大統領や活躍する軍隊を、カタルシスを描け、と阿呆のように要求する者は、終末の喜びを理解せぬ者たちだ。個人の視線から世界の終りが描かれることの喜びを、冷戦が終わってから久しく忘れていたこの感動を、「宇宙戦争」はひさびさに味わわせてくれる。世界が終わることの安らぎを。
※ ※ ※
『虐殺器官』は、主人公が自分の夢を実現させる手段を手に入れて家に引き篭もるというお話なのでした。
こう書くと“ボンクラ”っぽいですが、まあ事実ボンクラですよね。作中で男友達とジャンクフード食いながら「プライベート・ライアン」をリピートして見てたりして。
あと、帆場/柘植/ジョーカーが自分のヴィジョンを実現させる手段を自力で調達していたのに対し、シェパードは他人からタナボタ式に譲り受けただけ、というのもヘタレっぽいというか。
ボンクラ少年がボーイ・ミーツ・ガールして世界に直結するセカイ系と似たようなもんで、ボンクラ特殊部隊員がボーイ・ミーツ・デウスエクスマキナで世界に直結ですよ。
※ ※ ※
ところで、ジョン・ポールを巡るドラマはいかにも“弱い”ものです。
彼の理屈は、第一部に登場した“標的A”の理屈とほとんど同じです。
「虐殺だと。われわれの平和への願いをそのような言葉で冒涜するのか。これは、われわれ政府と国民に対する卑劣なテロリズムとの戦いなのだ。」(p.43)
ようするに、“彼ら”がいると“われわれ”に危害を加えてくるかもしれないから根絶やしにしましょう、平和のために、と。テンプレート通りの虐殺指導者ということです。
補足ですが、「決断を背負おう」だの「アメリカ以外の命を背負おう」だのも含めてテンプレです。
・http://d.hatena.ne.jp/flurry/18000920
「イェルサレムのアイヒマン」においてハンナ・アーレントは、ナチスの処刑者たちが自らの恐るべき行為に耐えた方法を正確に説明した。彼らのほとんどは全然邪悪ではなかった。彼らは自らの行動が犠牲者に屈辱や苦しみや死をもたらすことを知っていた。この苦境に対する彼らの逃げ道はこうであった。
「『私は人々になんと恐ろしいことを行ったのだろう!』と言う代わりに、殺人者たちはこのように言うことが出来た。『職務を果たすときに、なんという恐るべきものを私は目撃しなければならないのだろう! 私の肩に背負われた務めの、なんと重大なことよ!』」
このようにして彼らは、誘惑に抵抗するためのロジックを反転することができた。彼らの「倫理的」な努力は「殺さず、拷問せず、恥をかかせないという誘惑」への抵抗に向けられたのだ。こうして、哀れみや同情という自然な倫理的衝動に背くという、まさしくその行為こそが、倫理的に崇高であることを証明するものとなってしまった。職務を果たすことは、誰かに危害を加えるという重荷を引き受けることを意味したのだ。
こういうテンプレ発言に対しては作中でシェパードやウィリアムズがツッコミをいれていたのですが、ジョン・ポールに対してはなんのツッコミも入りませんでした。いわばボケっぱなしの状態なわけでして、ここは読者が「おなじかよ!」と突っ込むところです。
どんな戦場でも、どんな悲惨でも、同じような人間が同じようなことを言う。コメディ番組みたいだ、とウィリアムズはぞっとするほど朗らかな声で笑った。繰り返しはギャグの基本だからな、とつけ加える。(p.209)
・ぼくとあなたはちがうということ http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20060211
要するに、人が一人一人ちがうものだということをすかっと忘れて「アメリカ人」とか「朝鮮人」とか「アラブ人」とか「中国人」という民族と国家の(が大体の場合雑にいっしょくたになった)ラベルでしか人間を観ていないからです。
小説のラストで主人公までもが繰り返しギャグに参加しやがった……と思いきやそれは“大嘘”だったというのはすごくいいですね。
作中で虐殺されていった人たちのドラマには触れず、アメリカ人の死だけに寄り添う。「被害者のなかに日本人はいませんでした」と添えるニュースのような居心地の悪さ。人は見たいものしか見ない。
そしてこのことは織り込み済みだったと思われます。
・http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20050130#c1107181793
それは私が安手のスパイ小説やアメリカ製の戦争アクション映画で思春期を過ごしたからです。私は歴史そのもの、政治そのものを扱いたいというよりは、関心のあるフィクション群を相互にリンクさせその関係性を説明するツール、としての世界や歴史に関心があるんだと思います
・プライベート・ライアン http://web.archive.org/web/20070307060600/www33.ocn.ne.jp/~projectitoh/cinematrix/roadshow_12.html
この映画の、センチメンタルな物語的部分を「この映画の弱点」だとする人がいる。
ニューズウィークや文春などの映画評をみても、この「物語的」部分には納得しかねる人は多いようだ。確かに、そのような場面で泣いている観客もいたし、そうしたセンチメンタリズムを、これまでのスピルバーグ作品の文脈で解釈しているような貧弱な感性では、確かにそうした拒否反応がでるのも当然だ。
だが、いやしくも映画を評論するものなら、その「物語」の弱さをここぞとばかりに非難するのではなく、逆に怪しむべきだ。
この映画の物語は、きちんと体裁の整った、泣こうと思えば泣けるセンチメンタリズムを内包したものだ。
しかし、あの戦闘シーンの、凄絶という言葉ではとても語り尽くせない臨場感の前には、あまりに弱い。
だが、私はふと思った……スピルバーグは、物語を「弱い」ものとしてあえて導入しなければならなかったのではないか、と。
物語がいかに「容赦のない映像」の前に無力であり、白々しいものであるか。それを指し示す為に、あえて無力な物語を導入したのではないか。スピルバーグ自身がそう考えているかどうかは知らないが、少なくとも、この映画の「物語」は、私の中で「映像」の鮮烈さを、暴力性を、補強する対比の機能を果たした。
それは私の中で「弱点」ではなかった。
オマハ・ビーチの映像を前に、物語の無力さを徹底して暴き出す、演出装置のように見えた。
あの映像の前に物語はいかにも無力だ・・・物語はなにも「語れ」はしない。ただ、見えるものの凄絶さ、映像的な描写のみが、観客に何かを「語り得る」、その事を伝える為の「無力な物語」なのではないか。
あなたはこの結末に耐えられるか?
と書いたようですが、私としてはまったく逆で、あの結末でなかったら耐えられなかったと思います。冒頭のオマハ・ビーチのない「プライベート・ライアン」みたいなものですからね(それと最後のアレがない「未来世紀ブラジル」)。
※ ※ ※
『虐殺器官』は、世界(スターバックスとドミノピザの世界)が塗り替えられはじめるところで終わります。世界が変わってしまう予感に満ちたシーン。
これに対応するのは、劇パト1の自衛隊レイバー暴走/劇パト2のベイブリッジ爆破/ダークナイトのマフィア会合にあらわれたジョーカー、といったところでしょうか。
いわば『虐殺器官』とは、帆場が飛び降りる場面/柘植が東南アジアで闘う場面/ジョーカーが銀行強盗をする場面、を延々と描写した小説なのです(編集の都合上、帆場の来歴をたどるシーンもあったりしますが)。
09/07/07(火)21:21:33 No.64286915 del 22:23頃消えます
エガちゃん貼りたくなった
そんだけ
09/07/07(火)21:23:08 No.64287063 del
「江頭が…暴走!?」
「大丈夫。いつも通りよ」
09/07/07(火)21:25:31 No.64287282 del
09/07/07(火)21:26:52 No.64287398 del
初号機が股間部装甲をパージしようとしています!
ウウウッ!!
09/07/07(火)21:28:07 No.64287518 del
「まさか…暴走!?」
(流れ出すスリル)
09/07/07(火)21:29:49 No.64287669 del
N2爆雷をケツに突っこんでゼルエルに突撃するエガちゃんを想像した
09/07/07(火)21:29:52 No.64287673 del
外部のツッコミ無しでも5分もテンション持続できるから江頭の方が上ね
09/07/07(火)21:31:36 No.64287830 del
(吐きかけるマヤ)
09/07/07(火)21:35:45 No.64288184 del
(ゲストを…食ってる!)
09/07/07(火)21:36:11 No.64288225 del
「勝てないって!あんなのと戦ったら俺死んじゃうよぉ!」
「大丈夫……あなたは私が守るから」
「マジか!マジでか!」
09/07/07(火)21:36:16 No.64288231 del
NELF内で抱かれたくない男No.1
09/07/07(火)21:37:49 No.64288382 del
09/07/07(火)21:42:05 No.64288761 del
え、えぇ?おまえ三人目?
えええぇぇぇ
ゃ、台本に書いてなかったでしょう?
09/07/07(火)21:50:04 No.64289540 del
頻繁に脱落する下半身の拘束具
09/07/07(火)22:01:45 No.64290760 del
09/07/07(火)22:02:11 No.64290797 del
09/07/07(火)22:04:58 No.64291092 del
司令室でニヤニヤする矢部
09/07/07(火)22:11:35 No.64291753 del
アスカ「あんたエガぁ!?」
真っ向から批判するコメントやブクマコメントが多いことにすごくびっくりした。
そんなに触れちゃいけないタブーだったのか。
自分は、2歳年下の嫁と18歳~28歳までの期間つきあった。
同じ女性と、10代から20代という変化の多い10年を共にすごした経験から言わせてもらうと、
「女の価値は若さ」というのは、一面的ではあるが絶対的な真実だ。
もちろん逆説的に言うなら、「人間の価値は経験」というのも真実である。
10代のガキよりも、30代のお姉さんの方が、深い話をするなら絶対に面白い。
でも、それは人間として、なんだよね。
恋愛対象の異性、という、センチメンタルかつ性的なニュアンスを含む場合、
やっぱりピークってのは、10代後半から20代前半なんじゃないかと思う。
デートのドキドキ感などは、新しい相手と付き合えば、確かに毎回味わえる。
でも、若い時にしか経験出来ない人生のイベントってのは間違いなくある。
そのイベントの多くは、若さと恋愛とセックスが微妙に重なり合った部分にある。
もちろんセックスへの貪欲さも、感度の良さも、開発された30代の方が素晴らしい。
でも、初々しさから貪欲さへの飛翔、好奇心と恐れの板ばさみからの脱却、肌の手触りの変化、
現在進行形で育って行く身体、セックスの成長を共に味わうこと、などは10代の処女の時代から30代近くの
成熟する時代までを、1人の(もしくはそれぞれ同年代の複数の)女性と共にすごさないと、味わえない。
女性の変化のダイナミズムを味わうなら、10代後半から20代後半の間だと思う。
細かいことは省くが、圧倒的な真実としてひとつだけ言いたいのは、肌の手触りの変化。
元嫁が20歳になってしばらくしたある日、肌の感触が今までと明らかに変化したのに気づいた。
それまで、しっとりと吸い付くようだった肌触りが、べつに吸い付かなくなった。
最初は体調かなんかのせいかと思ったくらい、ある日突然起こった劇的かつ不可逆的な変化だった。
これは、女性自身の方が良くわかる感覚なんじゃないだろうか、例えばシャワーの水が
肌で玉になって転がる時代があったということに。
異性として、より生物的な価値、もっと言えば恋愛市場での商品価値としては、
何故なら男性は金や権力で、恋愛市場での自らの商品価値を引き上げることが
出来るが、女性にはそれはかなり難しいから。
自分と元嫁とは、お互いの若さに惹かれて付き合っていたんだと思う。
元嫁は、夢を語り、追いかけ、実現して行く俺の姿に惹かれていたと思うし、
俺は、色んなことを吸収して、日々変化し、成長していく元嫁が魅力的だと思った。
そして、セックスも存分に楽しんだ。お互いの若い身体をむさぼった。
お互いの若さを消費して爆発させた10年間だった。
でも、色々なことを経験し、色々な人に会って、若い時と目線が変わった今は、それぞれが
別の道に歩き始めるようになったし、人生の伴侶となる異性に求める条件も変わった。
人生におけるマクロな価値観と、ミクロな生活感覚が近いかどうか。
違っていたとしても、お互いに認め合い、尊重し合えるかどうか。
それが30代以降の結婚には、必要なんじゃないかと思う。
元嫁とは今も仲がいい。
でも、マクロな価値観も、ミクロな生活感覚も、10年の間で徐々にその差が開いて行った。
人生の中でももっとも劇的に変化する10年を超えた時に、お互いの人生の立ち位置が
同じままってのは、本当にありえない奇跡なんじゃないかと思う。
自分たちの場合は、それが少しづつ変化して行った。バンドなら、音楽性の違い、だ。
だから、別々の道を歩むことに決めた。
たぶん、子供を産んで育てれば、半強制的にお互いの立ち位置は同じになる。
世の多くの夫婦は、意図的にせよ、無意識的にせよ、その道を辿る。
それは、凄く正しくて良い事だと思う。
自分たちの場合は、20代ではそれぞれの夢を優先させていたので、あえてそれをしなかった。
周囲の友人を見ても、子育ては人生中盤以降の最大のやりがいであり、楽しみだと思う。
個人的にも、自分の人生でその最大の楽しみ(苦しみも)が残っているのは、凄くわくわくする。
そもそも結婚って制度は、子育てをしないと何のメリットも無いし。
結婚ではなく、出産と育児で、今までの人生ってのは一度リセットされるんじゃないかと思う。
でも厳密に言うならば、夫婦間で「若さを消費する恋愛」の経験に大きな差がある場合、
それを後から埋めるのは結構難しいんじゃないかとも、ふと思う。
だって、それは人間の価値を決める「経験」の圧倒的な差でもあるわけで。
「若さ」という万人に等しく与えられた資産を、適切に自己投資して来なかった人なわけで。
それは、無駄な嫉妬や劣等感やルサンチマンや浮気や不倫や出会い系や風俗やスワッピングや
ロリコンへの傾倒や韓流ドラマブームの原因になるんじゃないかと思う。
ここらの暗いパワーを、持ち家のローン返済や子育てへの前向きなパワーに変換出来れば、
幸せになれるのかも知れないけど。
まあ、長くなっちゃったけど、一番言いたいことは。
「若い身体は素晴らしい。成熟した精神は素晴らしい。」ということ。
そして、もうひとつ。
「若い時の経験が違いすぎる人同士は、結婚しない方がいいと思う」ってこと。
いまさらそんなことにこだわるなんて馬鹿馬鹿しいことだからこそ、
逆に誰にも相談できずに悩むんじゃないかな。
唐突だが、席替えだそうだ。
ゴーフルの缶に入れられたクジを引いた俺は、窓際後方2番目というなかなかよろしいポジションを獲得した!
窓際後方2番目といえばあまり有名ではないかもしれないが知るものぞ知る良席なのである。 春は暖かい日差しが程よく当たってかの極楽浄土が現世に顕現したかのごとくであるし、夏は日差しがキツくなるとはいえ窓際ということもあり涼風にありつける可能性が非常に高いので遥かな尾瀬が近い空だし、秋は秋で授業中に眼が疲れたなら遠くの山の紅葉を見て眼の保養をするとともに日本人的感性を育むことができて正岡子規が開発した俳句用の色紙(正岡子規式色紙)に一句読みたくなるし、冬ともなると暖かい教室の窓から深々と雪が降るのを眼にしてセンチメンタルでアンニュイな気分でメランコリニスタな気分に浸って若干ハイで眠れないのだ。ならば窓際の一番後ろの席でも良いじゃないかという反論をするものも必ずいるだろうが、その考えは甘いダダ甘い高校3年2学期から受験勉強を始める奴並みに甘いと言わざるを得ない。何故ならば一番後ろの席というのは一見教師の眼が届かなさそうなイメージがあるが決してそんなことは無くむしろ逆であり例えば舟を漕いでいたりすると教師というものは目ざとく見つけてくれやがる。そう考えると後ろから2番手3番手というのはまさに忍術で言うところの木陰の大事であり木を隠すには森の中人を隠すには人の中といった具合なのであるからして良席なのだ。こんな良席を手に入れられるとはそろそろ運が俺に向いてきたといって何ら差し支えは無いであろうしこれでハルヒと疎遠になるだろうことは想像に難くなく俺はいつに無く浮かれた調子でハルヒへの別れを告げんとした。さらばーハルヒー、フォーエ
「7番でごわす」
「うむ、涼宮山関の座席は窓側一番奥でごわすな」
こう宣告されたときの俺の表情は一体如何なるものだったのであろうか生憎自分の顔は鏡が無い限り見ることができないので想像するしか手段が無いのであるがそれは例えばブルータスに刺されたカエサルもしくは仮面に謀られた時の育ちのいい坊やはたまた覚醒した戦闘種族の息子に劣勢に立たされた完全体もかくやと思われるものだったのではないか、まあ俺はとりあえず世界の確率法則が酷く薄情にできていることにもう逆に感心しつつそれを支配しているかもしれない超越存在に向かって喧嘩を売りたいというか叩き売らせてくれよーし神とやらちょっとここに来て座りたまえああいややっぱ座らなくていい久々にキレちまった一緒に屋上へ行こうかボコボコにしてやんよ。
「虹が出ないだろがそれじゃ!」
別に死んでても生きてても関係ないんだけど。友人でもないし。聞きたけりゃCD聴けばいいし、見たけりゃYouTubeでも何でも見りゃいいし。芸能人の訃報を聞いてショック受けてるのって、豚インフルエンザのニュースでドキドキしてんのと何も違わない。自分の身体に関係ある分だけ、豚の方が切実なくらい。
では、なぜ清志郎の方が切実になっちゃうのか? それは俺が身体だけで出来てるわけじゃないからだ。目に見えない部分に、巨大な影響を与える奴に昨夜死なれた(らしい)。
でもなあ、それでもなあ。別に清志郎のニューアルバムを聴けないことが致命的な訳でもないし、「夢助」だって試聴しただけで買わなかったし。だからまじで、死んだって別に関係ないはずなんだけど。ライブだって、最後の奴に行けたからラッキー、みたいな感じさえするし、「全快おめでとう、キヨシロー!」「みんなサンキュー!」ばっかの、あんなユルユルなライブはつまらない感じもするし。正直、また行きたいなんて思えなかった。だからもう二度とライブ見られないってのも、俺にとっては致命的じゃない。
じゃあなぜ? ショックよ?けっこう。しかも微妙に横っ面を引っ叩かれた感触もありーので。なんかちょっと自分の最近の生活態度を反省しちゃうかも、ぐらいの勢いで。
気にしてたんだよな、多分、いつも。勝手に生活の指針にしてた嫌いがある。俺は「人ごみに流されて変わっていく」のが不得意な人間なので(じゃなきゃGWにこんなことグダグダ書いてない)、清志郎のように人ごみとバリバリ摩擦してる奴が大好きだったのだ。しかも清志郎の目は、どんどんクシャクシャになっていく頬の皮膚とは対照的に、いつまでたってもチンパンジーのように澄み切っていた。まさに矢野顕子の言う「心の美しさが歌に表れている人」、或いは渋谷陽一の言う「凄くエモーショナルで、センチメンタルな心を持った男だったけれど、同時にハードで前向きな姿勢を常に崩さなかった」人だった。そういう奴はあまりこの世の中にいなかったのでね。つい好きになっちまった訳ですよ。
なんで会ったこともない話したこともない奴の、そんな内面みたいなことについて知ったふりをしているのか? それはもう「歌に表れている」としか言いようがない訳で。「ヒッピーに捧ぐ」でも「雨上がりの夜空に」でも「トランジスタラジオ」でも、はたまた「ワザト」でも「石井さん」でも「激しい雨」でも、とにかくなんでも、彼の心のいろんな目に見えない部分が、声になって出ていた。誰でもそうなのかは良く分からないけど、心の中をそのまま声に出す奴がいると、そいつがめちゃめちゃ愛おしくなるな。そしてそれを聴いて、俺も何かを声に出して歌いたくなったのだった。犬の遠吠え合戦みたいなもんだ。愛し合いたかったんだな。俺と清志郎はそんな関係だった。だからリアルで友人じゃなくても、死なれるとぽっかり穴があいちゃうのです。
プロパー社員である同僚たちはおしなべてレベルが高い。仕事能力に限って言えば特出している人こそ多くなくとも優秀だし、コミュ力や容姿も普通以上だ。平均点が高いというのだろうか
更に、
決まりかけた所に転職しようとしたら阻まれ、
部署異動しようとしても、認められず
そんな所に九年いて辞めました。
会社の同じ部門の人たちはお友達としても付き合えない感じのお人ばかりでした。
精神科のお世話にゃならなかったけど、かなり病んでた。
次の転職先を未だ決めてないけれど、仕事する気になれないんだよな。どうしようかな。
http://anond.hatelabo.jp/20090327205232
追記
書いてたら色々思い出しちゃった。から書くよ。増田的マインドマップ。
それでも頑張ってやったなあ。
初任給提示額がいい(年収ベースで+80万位)他の企業で出された仕事内容と同じだったんだけど
本当入って後悔したな。
私頑張ってたなあ。
土曜の朝からセンチメンタルです。
誰か慰めてください。
かつ、センチメンタルな気持ちになっている。
1ヶ月前、友達だと思っていた、友達だとしか思っていなかった、男性に、告白された。
もちろん私は断った。恋人という関係になるなんて、考えられなかったから。
20年にも満たない人生で、告白された経験なんて、そんなにボロボロあるわけではない。私には免疫がない。自分に魅力がないとは思っていない。
そんなことはどうでも良いのだけど、それから。
ねえ、避けたり、前ほど喋ってくれなかったり、しないでよ!
私、友達としてはアナタのこと、大好きだったのに!
毎回こうやって告白をお断りするたびに、こんなことなら付き合っておけばよかったのかな、と思う。2ヶ月、3ヶ月後くらいに。
失恋ソングみたいなのを聴くたびに、私がしょんぼりすんの。
あー、こんな気持ちにさせてしまったのかな、とか、相手の気持ちを考えようとしすぎちゃって。自分が相手の立場にたったときの気持ちとか、想像しちゃって。全部ぜんぶ、妄想っちゃあ妄想なんだけど。
なんで私がこんなしょんぼりしなあかんねん!!!あほ!
ゴミ出しにいったらビニール袋にぎっしりつめられたぬいぐるみが捨ててあって、胸が絞られるような気持ちになった。
私がためにためこんだぬいぐるみを処分してから2年経つ。もういい年なんだからとか、気管支が悪いんだからああいうダニの温床になりそうなものはできるだけ置かない方がいいのよ、という母の現実的な意見をずっと聞き流してのらりくらりしていたが、やっと重い腰をあげたのだ。悩みに悩んで取捨選別し、結局のところ45Lゴミ袋3袋にもなった。やはり古いものはかなり傷んでいるし、薄汚れて洗濯してもどうにもならないだろうなというものが多かったので、古いものから選んで捨てていった。
翌朝の回収に出すために玄関にそのゴミ袋を置いておいたのだけど、帰宅した父がボソッと「お父さんが買ってあげたぬいぐるみが…」と言っていたのが忘れられない。
「そんなこと言われてもしょうがないよ。そもそも私の持っているぬいぐるみの8割以上がお父さんが買ってくれたものなんだよ? 残してあるものの8割もお父さんが買ってくれたものなんだから」と返したけど、なんだかなー。やっぱり買ってくれた人から見たら特別だよね。私が貰った当時は小さかったので記憶がほとんどないんだけど、親からしたらそうでもないんだろう。いやもう捨てちゃったものをどうこう言っても仕方がないんだけど。現実的にもスペースを考えたら全部取っておくわけにはいかないんだけど。
でも、将来父がいなくなったときに、全部とっておけばよかったって後悔するのかな…。
つーかこんなセンチメンタルな気持ちになってるのも全部昨晩ハンディカムの特設サイトを見たせいな気がするw