はてなキーワード: スッポンとは
http://anond.hatelabo.jp/20100630232355
どうも元増田です。
ブクマやトラバなんてせいぜいブクマ10、トラバ2ぐらいだろうと思ってましたが
たくさんのブクマと応援のコメントとトラバありがとうございます。
たぶん今までの人生で書いた文章の中で一番反響があったと思います。
とりあえず返信したいのですがコメントが多いので、気になったものだけ抜粋して返信します
「請負」にしてまぁ法律的にはセーフだけど中身は一緒、という方針転換をしたのでそういう言葉になりました。
なのでいまでも社員には”派遣さん”と呼ばれる。俺らも派遣で通してる。
悪い病院、先生や無料のカウンセリングの皮をかぶった新興宗教には気をつけます。
気楽に生きればいいのにと思うこともある
その人達に迷惑はかけれないってことです。たまにニュースで前途有望な若者が死んでしまった
話を聞くと「かわりに俺が・・・」と思ってしまうのと似ています。
なんか自己紹介したくなったのでつらつらと書いてみた。本文とはあまり関係がないので読まなくてもいいよ。
高校を卒業後は田舎を離れ東京の専門学校(電気系)に入学、新聞奨学生を
しながら学校に行く。高校を卒業したら就職するつもりだったが、時は20世紀末で今よりずっと
不況だったし電子や電気に興味があり進学をめざす。だけど電気工事士の資格とかとれずに
(ちなみに、この新聞屋の店長さんはよく誤配する俺を叱ったりもしたけど、ちゃんと面倒もみてくれる
いい人でした。今もずっと感謝してます。)
別に学費は親にお願いしても良かったのだが、俺は馬鹿で成績も悪く俺がいける高校は授業料の高い私立
だけでこれ以上迷惑を掛けたくなかったし、当時は思春期特有の父に対しての未熟な反感をもっていたので
父に頼りたくない!という気持ちも強かった。
しかし就職活動は仕事で疲れてたし、自暴自棄になってたので2年の春休みからはじめて、卒業間近で
入社してしばらくしてから父が東京に来て、焼肉屋でふたりで酒を飲みながら食事をした。
その時、父の半生をはじめて聞いた。
高校卒業後、持ち前の計算力を生かして簿記の資格を取り会計の道に進む。色々あって
複数の企業を渡り歩いて、とある不動産会社の会計を任される。その会社は当時まだ未上場だったが
会社は上場を目指し、父も上場するためのメンバーに加わりみごと二部上場を果たす(後にこの会社は
東証一部上場する。)その功績が認められたのか、父は東京の本社に転勤がきまる。
でも父は転勤を拒否、退社する。
理由はその時の家庭状況だった。弟は知的障害がありその事で母はよく泣いていたらしい。今では寛大で
明るくいつも前向きな母が毎日泣いていたとはちょっとショックだった。単身赴任になると母を一人にする
ことになるし、かと言って親戚も知り合いもいない東京に母をつれていくわけもいかなかった。
退社後は保険会社に入社し、未経験だが保険の営業をはじめ、数年でその地域の営業トップに躍り出る。
要は父は何でもあきらめず、努力し勢い良く挑戦していくが、周りの配慮も怠らないデキル男だった。
さて俺の人生に戻ります。そんなリッパで頼れる両親を持った俺ですが、なんとか新卒で
潜り込めた会社は三年ほどで辞めてしまう。持ち前の人付き合いの下手さが社会人になっても
顕著にでてうまくいかず、給料もその時は安いと思っていたので辞めてしまった。
貯金は社員寮で暮らしていた時期もあって300万円程あったが、2年間一人暮らしニートをしていたら
貯金がスッカラカンになった。親は無職の俺を心配するし、かと言って親元には帰りずらいので
日雇い派遣をはじめることになる。結局つなぎのつもりの派遣が2年も続いてしまい、今物凄く行き詰ってる。
別に比較する必要はないんだけど、やっぱ男として父をライバル意識してしまう。
父は職場では信頼されて、時には母には内緒で部下の借金の肩代わりをしたり
人事を任されていたときに採用した人間がのちの社長になったりと、まぁ月とスッポンです、ハイ。
リーダーや班長とか今までほとんど任されず、人からも信用されないしどちらかと言えば
自分から人を避け、周りから避けられていた人間なのでどうも社会にも人生ににも居心地の悪さを感じる。
この居心地の悪さは家族に対しても同じ。もう一人暮らしを10年もしてると家族とはいえ
でも、杖をついてヨボヨボになった父を見ると、そろそろ面倒をみないといけない気がする。
杖をついて歩く姿を見ると自分は何かしてあげてるだろうか?と自問する
色々と経済的に支援してあげたいが自分の生活がやっとなので無理なんだよね。。。
だったら勉強するなり転職するなりしろよ!と思うかもしれないが何でだろうね?今も全く行動に移せない
たぶんそういう性格なんでしょう、ごく稀にささやかに行動してあとは惰性で生きる。
実際この文章を勢いで書いたがどう終着点に持っていけばいいか考えるのが面倒くさくなってきたので
ここらで閉めようかなと思う。
とにかく今言えることは、はてなのみなさん色々と意見を有難う。
政治家はマキャベリストでいい。どんな不正をしてもいい。人殺しさえ許されると思う(戦争は殺人だ)。
だがそれは、あくまで「国家(≒国民)」のためであるからである。
そのために巨大な権力を求め、行使するのは構わない。表に出さなければ法律や憲法すら破っても問題ない(あるけど)。
しかし、それが仮にただ権力を求めるだけだとしたら、本末転倒もいいところだ。
自分の自己満足のために国民・国家を犠牲にしても構わない、という人間は政治家に最もふさわしくない。
個人的には小沢は強烈な本能の衝動から来る権力欲さえ持ってないと思う。何度も首相になる機会はあった。
彼の今までの政策をざっくりまとめれば、保守派的には対米従属路線と言えるが、彼がはっきりとそのような信念を持っているようにも感じらない。命をかけて何かを成し遂げようという意志が見えてこない。
単に、惰性で政治家をやっているだけではないか?
田中角栄から学んだ政治的手法は駆使するが、それで何をするわけでもない。道具はあるが理念がないのだ。
防衛専門商社「山田洋行」元専務から飲食接待を受けていた久間章生元防衛相(66)が、軍事や国際情報の提供サービスなどを目的とした有限会社の取締役を、防衛庁長官在任中も約3週間にわたって務めていたことが19日、関係者の話で分かった。この会社は会員制クラブを管理しており、月額10万円の会費を自社の口座に振り込むように会員に求めていたという。久間氏が国務大臣らによる営利企業の役職員兼任を禁じた大臣規範に違反した疑いもある。
関係者によると、この会社は東京都新宿区に本店を置く「アイメック」。平成9年11月に軍事や国際情勢、政治経済についての情報提供や経営コンサルタントなどを目的に「国際軍事経済情報分析センター」という名称で設立され、今年7月に現在の名称に改称された。
久間氏は12年8月10日に取締役に就任し、昨年10月19日に辞任している。昨年9月26日から防衛庁長官を務めており、約3週間にわたって大臣と同社の取締役を兼職していた。13年に閣議決定された大臣規範では、国務大臣らが営利企業の役職員を兼職することが禁じられており、規範に違反した疑いもある。
久間氏は今年7月4日に防衛相(旧防衛庁長官)を辞任したが、その直後の7月13日には、再び同社取締役に就任している。同社の本店所在地は12年8月に中央区から新宿区に移されている。
同社は、ビジネスや技術を検討する会員制クラブ「軽井沢クラブ」を管理。月額10万円の会費で会員を募集し、アイメック名義の口座に振り込むように求めていた。
久間氏は昨年12月、山田洋行元専務の宮崎元伸容疑者(69)から東京都内のスッポン料理店で接待を受けていたことが明らかになっているほか、守屋武昌前防衛事務次官(63)が今月15日の証人喚問で、宮崎容疑者の接待に同席した人物として、名前を挙げていた。
防衛専門商社「山田洋行」元専務から飲食接待を受けていた久間章生元防衛相(66)が、軍事や国際情報の提供サービスなどを目的とした有限会社の取締役を、防衛庁長官在任中も約3週間にわたって務めていたことが19日、関係者の話で分かった。この会社は会員制クラブを管理しており、月額10万円の会費を自社の口座に振り込むように会員に求めていたという。久間氏が国務大臣らによる営利企業の役職員兼任を禁じた大臣規範に違反した疑いもある。
関係者によると、この会社は東京都新宿区に本店を置く「アイメック」。平成9年11月に軍事や国際情勢、政治経済についての情報提供や経営コンサルタントなどを目的に「国際軍事経済情報分析センター」という名称で設立され、今年7月に現在の名称に改称された。
久間氏は12年8月10日に取締役に就任し、昨年10月19日に辞任している。昨年9月26日から防衛庁長官を務めており、約3週間にわたって大臣と同社の取締役を兼職していた。13年に閣議決定された大臣規範では、国務大臣らが営利企業の役職員を兼職することが禁じられており、規範に違反した疑いもある。
久間氏は今年7月4日に防衛相(旧防衛庁長官)を辞任したが、その直後の7月13日には、再び同社取締役に就任している。同社の本店所在地は12年8月に中央区から新宿区に移されている。
同社は、ビジネスや技術を検討する会員制クラブ「軽井沢クラブ」を管理。月額10万円の会費で会員を募集し、アイメック名義の口座に振り込むように求めていた。
久間氏は昨年12月、山田洋行元専務の宮崎元伸容疑者(69)から東京都内のスッポン料理店で接待を受けていたことが明らかになっているほか、守屋武昌前防衛事務次官(63)が今月15日の証人喚問で、宮崎容疑者の接待に同席した人物として、名前を挙げていた。
低俗なものを教えてください。