はてなキーワード: スタメンとは
「探検ドリランドしながらロングブレスダイエット」の続き。
課金なしの場合、「完全に一本道」&「たたかう」しかコマンドがないドラクエという印象。
持ってるカードがすべてで戦略とか全くないから一人で黙々とプレイしているとすぐに詰まる。なにより全く面白くない。
改めて思うけれど、ドラゴンクエスト1ってのは、一人旅であそこまで盛り上がるゲームを作れたという意味で神だと思う。
とにかく、一人プレイというのは、かなり知恵を使わないとすぐに行き詰まりになる。これがポイント。
仲間が増えると一人プレイでは考えられなかったくらいに可能性が広がる。
仲間がいれば強いボスでも何とか倒せる。
みんなで壁を乗り越えるという体験は相当気持ち良いものだろう。
一人プレイの侘しさはプレイヤーがすぐ実感することになるし、後述するが仲間になるデメリットも無いので申請しやすい。
非コミュ(死語)の方でも機械的に仲間を増やすことが可能だ。(この部分がドリランドが一番人気である理由だろう)
ちなみにネトゲだと仲間に手を貸すのは面倒だが、ソーシャルゲームの場合、仲間登録さえしていれば勝手に協力する。
協力しあうメリットだけがあって、協力するための手間を削っているため、まずます協力し合うことが魅力的に見える。
さらに、リアルやネトゲーと違ってみんなで分けると経験値が下がったりとか、一人あたりの取り分が減ったりということもない。
一人だと1000万円の会社しか作れないが、みんなで出資したら1億円の会社が作れて、しかもみんなが1億円分の持分があるみたいな不思議な光景。
他人の存在は純粋にプラスという、今時ポジティブ教でもここまで性善説に満ちた世界はイメージできないよ、というくらいの仲間至上主義。
いやー仲間って本当にすばらしいもんですね。
・人が人を脅かしたりものを奪ったりは原理的に不可能。PKとかなにそれおいしいの?他人とは仲間として協力し合う以外の関わりを持たないよ。
・世界のリソースは無限にある。協力しあって一人では倒せないボスを倒せればいくらでも手に入る。
自己啓発のセミナーで5時間くらいかけて語る「理想の世界」がこの世界では当たり前のように実現している。
何者にも脅かされない。ただ、勤労(目の前のボタンをクリック)しているだけで友だちが増えて、みんなに認められて、世界が成長していく。
高度経済成長期の日本ってこのくらい幸せな世界観を持ってたのかもしれないなー、とか思ったり。
弱いやつからすれば、強い奴の仲間になってオコボレを頂きたい。
そいつらが育ってくれて将来的に貢献してくれるなら、十分に元は取れる。幸い育てるのに大して手間はいらない。
かくして下っ端の間はみんなが自分を助けてくれる。引っ張り上げてくれる。
上の立場になっても成長していってる間はみんな自分を尊敬してくれる。
勝利し続けている間はみんなが自分を慕ってくれて、自分のためにいろんな貢献をしてくれる。
このあたりはすごく楽しいと思う。
順調に成長している間は、チームとか組織って多分すごくキレイなんだと思う。(まぁ成長の段階で既に争いのタネがいっぱい出てくるわけだが)
まぁ実際はそれほど甘くはないですが。
「ルーキーズ」がどんだけ仲間至上主義でも野球は9人しかスタメンになれないのと同じ。
このゲームも一番美味しいところにありつける(同時に最前線で戦う)スタメンは10人まで。
スタメン枠はできるだけ強いやつで固めたい。オコボレだけ欲しがってるような奴はいらない。
この世界には人間同士に「敵・味方」はいないけれど、「上・下」は厳然として存在する。
上のものは上のもので、同レベルの仲間や下のものに十分な褒美をやらなければ見捨てられてしまう。
このゲームはとにかくカードしかないからその報奨を用意しなければいけない。
※このあたりから「共和制ローマ」がいかにして出来上がったか、みたいな話をしようと思ったがさすがに説明が面倒なので省略
しかし、上になればなるほど常に戦に勝って何かを獲得し、供給し続けなければいけない。常に成長し続けなければいけない。
ところが、十分成長した後は、課金なしだと敵だけどんどん強くなって、こちらのレベルも戦力もなかなか伸びなくなる。
・・・このあたりから多分なにか狂い始めるんだろうと思う。まだそこまでいってないからわからんけど。
こういうゲームにおけるレアカードはあくまで「借金」であって、依存すると危険な感じがする。
一度借金に頼り始めると、あとは地獄まで一直線みたいなやばげな匂いがプンプンするぜー。
ソーシャルゲームは1アイデアで極めてシンプル。しかも組織の人員の上限が決まっている。
しかもそのポテンシャル上限はあっという間に到達するし、最初から目に見えています。
そのあとは組織の衰退と、組織内での生き残りを欠けた内ゲバが待っている。
関連企業や下請けからプラスの要素だけ吸い上げてマイナスは押し付けるという
延命を図るための腐りきった仕組みも可能であるけれども、ゲームではそういうPKよりもえぐい行為は禁じられている。
故に、どこかで見切りをつけて次の舟に移る必要がある。
もっとも、ソーシャルゲームの場合、GREE社長自らが言ったように他の船はどれもコピペみたいな内容で
どこに移ってもそう代わりはないので、一斉に反映して一斉に沈没すると思われる。
あの発言って生態系とか無視して自然破壊をする悪徳社長の発言だと思うんだけれどうわなにをすr
起業家とか、ネトゲのギルマスとかの楽しさを苦しさを象徴的に理解するには良いゲームなんじゃないかと。
リアルの痛さもないし、あくまで象徴的な意味しか分からないけれど、
ゲームだけに、人情とか付き合いといったごまかし一切抜きでみんなデジタルに行動するので
むしろ百戦錬磨の実際の経営者とかがプレイした方がズシッと来るかもしれない。「リアルより難しい」とか唸ってしまいそう。
最終的には狭い選択肢と厳しい条件ではにっちもさっちもイカなくなることを学ぶゲームなのかもしれない。
あるいは「胴元」がいるゲームは絶対にプレイしてはいけない、ということを学べるかもしれない。
つまり「このゲームを始めた時点で負けが確定していた」ということを痛感することになるだろう。
そして、いかにこういう「負け戦」に巻き込まれないように知恵を使うかとか、
打てる手の幅を広く確保することがいかに重要か、とかも考えるようになるかもしれない。
他にも、複數のソーシャルゲームを回しているなら、「EXIT」をどこに設定するか、といった知恵も身につくかもしれない。
ソーシャルゲームから学ぶことなど何もない、という大人の声もあるが、
部活でリーダーシップ発揮したり、バイトを経験したことがない息子に社会を学ばせたりするならアリじゃないかと。
もっとも、リアルで組織運営とかリーダーシップを行なっている人には全く不要であることは間違いない。
タイトル修正しました。最初は「バッドエンドしか見えないゲーム」というタイトルでした。
これはやってて「Hunter×Hunter」というよりは「狂死郎2030」あたりと同じディストピア臭を感じたから。
洗脳された下層市民が嬉々として国家を崇め奉り、喜んで勤労奉仕に励み、
上級市民が下層市民の尻を叩いて積極的に上層部の搾取を助長し、下層民から搾取して国家を動かす上層部の人間は権力争いで汲々としている。
「狂死郎2030」の世界では、結局レジスタンスやらなんやらで国を変えていこうという試みはすべて失敗して、主人公とヒロインが逃げ出すのが精一杯だった。
自浄作用も機能しない、自壊していくのを先延ばしにしてるだけのどうしようもない世界。
誰も幸せそうでないあの世界。ある意味下層民がもっとも幸せで、頑張って成長するとどうしようもなく行き詰った世界の現実に気づくという構造。
ここまで書くと言いすぎだと思ったから辞めたわけだけれど、まぁ蛇足だからいいよね。
参考リンク
禿同。
カメルーン戦 → 相手が自滅してたw
オランダ戦 → 0-1より、0-3の試合のほうがおもしろかった
ともに初戦を落とした2戦目、カメルーンvsデンマークでどっちも必死だった
特にカメルーンは1戦目とはぜんぜん違う
もちろん、両者ともあとがないからだが、とにかく違う
なぜかそれについて言及してるヤツがいないな・・と思ったら、スカパーのみ放送だったw
なるほど、そういうことだったのか
また、1次リーグ敗退のイタリアも自滅気味ではあったけど、そこそこいい試合してたじゃん
パラグアイ戦 → 4戦連続スタメン固定w、PKではフレッシュな選手を使わないで、フルフルの駒野に押し付けw
勝てない、辛い、と思ったら即逃げてしまうようになってしまったのは、
遡れば中1の部活からだったような気がする。
俺が中学生の頃は、バリバリのスラムダンク世代ともいえる時期で、
当時の俺はその例にもれず、その地区でそこそこ強豪といわれてたバスケ部の門をたたいた。
運動は得意でない、でも何とかなると思った。
何ともならなかった。絶望の毎日だった。
そもそもボールを持った時頭が真っ白になり、何もできない。
そのうちなめられて俺にボールがきたら何人も群がられなにもできず被スティール。
そもそもちょっと早いパスになるととれなくなる。指が痛い。
そのうちなめられてボールがこない。くるのはそもそも捕らせる気のない、おふざけの剛速球。
このあたりでレギュラー候補の同級生には軽蔑され、それ以外にはストレスのはけ口にされる生活に。
だんだん嫌になって、同じく何にも出来ない子と部活をさぼるようになった。
そんな生活を半年続け2年に進学する時、俺は両親の転勤の都合で別の中学へ引っ越すことになった。
2年生、今度こそはと入ったハンドボール部。
サボることなく、卒業まで続けることができた。
いや、なんどもサボろうとしたけど仲良くなったキャプテンがそれを許さなかった。
でも、何もできなかったことに変わりはない。
顧問にセンスがないと一言いわれてへこみ、それをバネに努力することもせず、結局スタメンに選ばれるどころか
候補に挙がることすら1度もなかった。
高校はそんな努力をすること自体が苦痛で、でも部活に入るのが決まりだからって卓球部で幽霊部員。
残るものと言えば、同じ時間をなんとなく過ごしてきた部員とのなんとなくの繋がり。
大学でもサークルで学祭の店のリーダーをやるも、計画性の無さと人間関係のトラブルを全て他人におしつけ、さぼり、
連絡に来る携帯のバイブに怯え何がしたかったのかわからないまま終わってしまった。
もう少し、自分に暴力的な、暴走してでもいいからなにかエンジンみたいなものがあれば。
たとえば初めてバスケットボールを顔面に近距離で剛速球で投げられた時、
ただ泣くだけでなく全力でボール投げ返すことができていれば。
なにか変わったのだろうか。
おめーにだけは負けたくない、そう心から思って何かにとりくめる人間は強いと思う。
そりゃ動機は負の感情かもしれない、何かトラブルを起こすかもしれない。
けどそういった人間の爆発力には何か、とても憧れてやまないものが入ってる気がする。
なんでこんな事を書いたかっていうと、社会人1年目の今、同期と差が開いてきた気がして、
しかもそれが俺自身がさぼっている、+客にびびっちゃってるのが原因で、
その原因がわかっていながらもう嫌になっちゃって、また今日もサボるという悪循環を
繰り返してしまったから。
自分なりに何とかしようと、本を読んだり戦略練ったりはするものの、実行に起こせない。
アウトプットできないなら本とか読んでも全く無意味じゃないと、
わかっててもできない。
染みついた負け癖逃げ癖不利になったら放棄する癖が
どうしてもどうしてもどうしてもどうしてもとれない。
一回ドロップアウトしてしまったらもう戻れないのかな。
家に帰ってきた今は、こんなにやる気なのに、
寝て目が覚めたらまたいつもの日常になってしまいそうなのが怖い。
いろんな女のキープになって夜の代打王という地位を目指したらどうだ?
それで相手がお前にマジぼれしても
「・・・俺は代打だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「スタメンになりたいような女は、そうざらにはいない・・・」
とかいって去っていったらメチャクチャかっこいいぜ。
勝てない、辛い、と思ったら即逃げてしまうようになってしまったのは、
遡れば中1の部活からだったような気がする。
俺が中学生の頃は、バリバリのスラムダンク世代ともいえる時期で、
当時の俺はその例にもれず、その地区でそこそこ強豪といわれてたバスケ部の門をたたいた。
運動は得意でない、でも何とかなると思った。
何ともならなかった。絶望の毎日だった。
そもそもボールを持った時頭が真っ白になり、何もできない。
そのうちなめられて俺にボールがきたら何人も群がられなにもできず被スティール。
そもそもちょっと早いパスになるととれなくなる。指が痛い。
そのうちなめられてボールがこない。くるのはそもそも捕らせる気のない、おふざけの剛速球。
このあたりでレギュラー候補の同級生には軽蔑され、それ以外にはストレスのはけ口にされる生活に。
だんだん嫌になって、同じく何にも出来ない子と部活をさぼるようになった。
そんな生活を半年続け2年に進学する時、俺は両親の転勤の都合で別の中学へ引っ越すことになった。
2年生、今度こそはと入ったハンドボール部。
サボることなく、卒業まで続けることができた。
いや、なんどもサボろうとしたけど仲良くなったキャプテンがそれを許さなかった。
でも、何もできなかったことに変わりはない。
顧問にセンスがないと一言いわれてへこみ、それをバネに努力することもせず、結局スタメンに選ばれるどころか
候補に挙がることすら1度もなかった。
高校はそんな努力をすること自体が苦痛で、でも部活に入るのが決まりだからって卓球部で幽霊部員。
残るものと言えば、同じ時間をなんとなく過ごしてきた部員とのなんとなくの繋がり。
大学でもサークルで学祭の店のリーダーをやるも、計画性の無さと人間関係のトラブルを全て他人におしつけ、さぼり、
連絡に来る携帯のバイブに怯え何がしたかったのかわからないまま終わってしまった。
もう少し、自分に暴力的な、暴走してでもいいからなにかエンジンみたいなものがあれば。
たとえば初めてバスケットボールを顔面に近距離で剛速球で投げられた時、
ただ泣くだけでなく全力でボール投げ返すことができていれば。
なにか変わったのだろうか。
おめーにだけは負けたくない、そう心から思って何かにとりくめる人間は強いと思う。
そりゃ動機は負の感情かもしれない、何かトラブルを起こすかもしれない。
けどそういった人間の爆発力には何か、とても憧れてやまないものが入ってる気がする。
なんでこんな事を書いたかっていうと、社会人1年目の今、同期と差が開いてきた気がして、
しかもそれが俺自身がさぼっている、+客にびびっちゃってるのが原因で、
その原因がわかっていながらもう嫌になっちゃって、また今日もサボるという悪循環を
繰り返してしまったから。
自分なりに何とかしようと、本を読んだり戦略練ったりはするものの、実行に起こせない。
アウトプットできないなら本とか読んでも全く無意味じゃないと、
わかっててもできない。
染みついた負け癖逃げ癖不利になったら放棄する癖が
どうしてもどうしてもどうしてもどうしてもとれない。
一回ドロップアウトしてしまったらもう戻れないのかな。
家に帰ってきた今は、こんなにやる気なのに、
寝て目が覚めたらまたいつもの日常になってしまいそうなのが怖い。
http://anond.hatelabo.jp/20090918220903
自分のブログに書こうかと思ったんだけど、あまりにも球団の内面に触れることで、恥ずかしいのでこちらに書きます。全体的に「投手力必要ないじゃん」とか「投手力はファンを集めるためのものorセリーグ同士のランク付け」という論調が多くて「投手力の高いチーム」、いわゆる投手王国(笑)的なものの存在が軽視されてる気がしたので。
うちは敬遠もするし、炎上もするし、夏の甲子園や東京六大学野球や「週刊ベースボール」のチェックもそれなりにします。番長もいるし、常勝ではないけれど、おそらく外見上はそれほど弱小球団に見えないでしょう。
だけど、内面は立派に投手力の低いチームで、十分Bクラスです。
どうして投手を補強することを決めたかというと、自チームの戦力にものすごいコンプレックスがあったから。とくに、開幕当初は巨人を見るのも嫌だった。周りのチームは強くてたくましくて人気なのに、うちは開幕6連敗したから、よくシーレックスに間違えられた。「勝てない」ということは、あたりまえだけど「監督が悪い」とか「暗黒時代」と同レベルの単純なルサンチマンを生みます。そして、単純だからこそ根深い。わたしは勝てないチームが嫌いでしかたなかった。四国・九州アイランドリーグならAクラス入りもできるし、「勝てなくてもいさせてもらえる」ことを知ることもあるかもしれない。だけど、セリーグという狭い世界のなかでは、勝てないチームをどうしたって認めてもらうことができなかった。
だから、「勝てるように」なろうとした。単純な理屈です。
FAと外国人とトレードで、どんなチームもそれなりに戦えるようになるのはご存知の通り。たしかに「やっと3連勝した」と言われたこともあったし、パリーグのチームにやさしくされたりもした。
だけど、どんなに取り繕ったところで、もとから「勝てる」チームには勝てるはずもないんです。だって、彼らはもう育成がうまい。強くなるという事象を当たり前のようにして育ってきているから、それを疑うことも、悩むこともない。投手力はファンに認められるため? 相手チームに認められるため? なんて議論が無駄に思えるくらい、手足のようにピッチングスタッフを扱える、そこに不自然を感じないチームはあるのです。つまり、うちはどこまでいっても「強く」なれなかった。
そして、「順調な左肩上がり」と言われるようになった代わりに、ファンの人から逆の意味の呪詛を吐かれることもありました。
「ハマのファンヒーター」とか「レフトが神隠しにあった」「ベイス★ボール」ということが全部ネット受けを狙ってる、とか、ネタだと受け取る人。もしかしたら番長の運が悪かったのかもしれないけど。でも、そういうファンの人が少なからずいました(それなりに高レベルの試合だったからかも)。どうせ琢朗を放出するんでしょ、みたいな。要するに若返り(笑)なんでしょ、とか、改革なんでしょ、みたいな。
もちろん、ある程度仲良くなってチーム事情を知ってもらえれば、そういうことを言う人はいなくなる。だけど、今季初対戦でそう決めつけられることは、やっぱり苦痛でした。村田が好き(村田修一とか)って言っても、え、村田真一?みたいな。そういう些細なことでも、何度か積み重なると嫌気がさすものです。わたしは普通に、対等に、試合がしたかった。でも、そういうタイプのチームの人が対戦相手と認めるのは「隙のないチーム」で、うちではない。たとえそこからオバQ采配によって修正されても、第一印象で不利になることは変わらない。
じゃあ、どうすればよかったんだろう、って思います。投手力をつけることなんて目指さなきゃよかったのか? スタメンだけでサードジョンソン(笑)って馬鹿にされるくらいなら、と。
わたしは、投手力が低い=試合を壊さないことだとは思いません。もちろんそういうチームもあるんだろうけど、うちのようなチームから見れば、壊さないチームはそれだけクオリティスタートに自信がある、強いチームにみえてしまう(こういう常勝軍団の心理が本当にわからないので、よければAクラスの人教えてください)。うちは弱いから休養させてるだけなのに、監督を代えただけで「投手力の高い、強いチーム」だと思われる。どういうことなんだろう、って。
今はもう、そんなふうにリーグ戦の勝敗だけでチーム状況を判断するフロントは相手にしないことに決めたのでいいんですが、しこりとしては心に残っています。
でも、やっぱりフロントには言いたい。
「成績だけで監督を判断しないでください」
あなたたちが「名将に限る」とかいう言葉で、暗に育成目的で選手を使うやる大矢を批判するように、わたしもそういうフロントを批判します。そして、成績で監督を判断しているのはいわゆるナベツネだとか、TBSだけじゃない。万年Bクラスや草野系男子を自認・自称する人も、逆の意味でたくさんベイスを傷つけているんだということを、わかってほしい。「補強に成功しているチームを支持する」ことを、「補強に失敗しているチームを批判する」ことに結びつけないでほしいと、思います。スターティングメンバーが派手でも、内面はあなたたちと同じように繊細で内向的なチームって、思ってるよりたくさんいると思うんだ。
そして「左投手を補強しないフロントのお偉方」たち。「そんな投手なんて恥ずかしくて出せない」、「スカウトはめんどうだからしない」なんて言葉で、あなたたちも人を傷つけていることがあるんです。だって、世の中には本気で、先発しないと打力を発揮できない(吉見的な意味で)人がいるのだから。補強をしなくても、トレードしなくてもそのままでいられるのなら、それだけで恵まれていることもあるんだよ、とわたしは思います。
「先発投手を間違えた時の気持ちも考えろ」って言ってるわけじゃありません。でも、こういうチームもある、しかもそう少ない数ではないということを、せめて知ってほしかった。このホームランがどれだけの人に届くかわからないけど、なるべくたくさんの人に捕球してもらえたら、とてもうれしいです。
勝てない、辛い、と思ったら即逃げてしまうようになってしまったのは、
遡れば中1の部活からだったような気がする。
俺が中学生の頃は、バリバリのスラムダンク世代ともいえる時期で、
当時の俺はその例にもれず、その地区でそこそこ強豪といわれてたバスケ部の門をたたいた。
運動は得意でない、でも何とかなると思った。
何ともならなかった。絶望の毎日だった。
そもそもボールを持った時頭が真っ白になり、何もできない。
そのうちなめられて俺にボールがきたら何人も群がられなにもできず被スティール。
そもそもちょっと早いパスになるととれなくなる。指が痛い。
そのうちなめられてボールがこない。くるのはそもそも捕らせる気のない、おふざけの剛速球。
このあたりでレギュラー候補の同級生には軽蔑され、それ以外にはストレスのはけ口にされる生活に。
だんだん嫌になって、同じく何にも出来ない子と部活をさぼるようになった。
そんな生活を半年続け2年に進学する時、俺は両親の転勤の都合で別の中学へ引っ越すことになった。
2年生、今度こそはと入ったハンドボール部。
サボることなく、卒業まで続けることができた。
いや、なんどもサボろうとしたけど仲良くなったキャプテンがそれを許さなかった。
でも、何もできなかったことに変わりはない。
顧問にセンスがないと一言いわれてへこみ、それをバネに努力することもせず、結局スタメンに選ばれるどころか
候補に挙がることすら1度もなかった。
高校はそんな努力をすること自体が苦痛で、でも部活に入るのが決まりだからって卓球部で幽霊部員。
残るものと言えば、同じ時間をなんとなく過ごしてきた部員とのなんとなくの繋がり。
大学でもサークルで学祭の店のリーダーをやるも、計画性の無さと人間関係のトラブルを全て他人におしつけ、さぼり、
連絡に来る携帯のバイブに怯え何がしたかったのかわからないまま終わってしまった。
もう少し、自分に暴力的な、暴走してでもいいからなにかエンジンみたいなものがあれば。
たとえば初めてバスケットボールを顔面に近距離で剛速球で投げられた時、
ただ泣くだけでなく全力でボール投げ返すことができていれば。
なにか変わったのだろうか。
おめーにだけは負けたくない、そう心から思って何かにとりくめる人間は強いと思う。
そりゃ動機は負の感情かもしれない、何かトラブルを起こすかもしれない。
けどそういった人間の爆発力には何か、とても憧れてやまないものが入ってる気がする。
なんでこんな事を書いたかっていうと、社会人1年目の今、同期と差が開いてきた気がして、
しかもそれが俺自身がさぼっている、+客にびびっちゃってるのが原因で、
その原因がわかっていながらもう嫌になっちゃって、また今日もサボるという悪循環を
繰り返してしまったから。
自分なりに何とかしようと、本を読んだり戦略練ったりはするものの、実行に起こせない。
アウトプットできないなら本とか読んでも全く無意味じゃないと、
わかっててもできない。
染みついた負け癖逃げ癖不利になったら放棄する癖が
どうしてもどうしてもどうしてもどうしてもとれない。
一回ドロップアウトしてしまったらもう戻れないのかな。
家に帰ってきた今は、こんなにやる気なのに、
寝て目が覚めたらまたいつもの日常になってしまいそうなのが怖い。
胸の大きな人は傷みが早いらしいね…。
我が家の十年くらい前に買ったブラがまだスタメンなのはそういうことか!納得した。A65 から育つ気配ないし、この先ひもがだれるまでつけてるんだろうなあ。
そういやブラ捨てたのって、ブラにいやな思い出がねとっと付いた時だけかもしれない。洗っても落ちないねとっ。
巨人の補強の方法について「強奪」という表現を用いて批判したり揶揄する人がいるがこれはおかしい
これらは正当な方法で行われているものである
FAはその選手が自らの努力により優秀な成績を残した上で自分の好きな球団に入団することを許される権利である
外国人に関しては巨人が獲得する前の段階で前所属球団が人気や実績がある選手を解雇したのがまず批判されるべきである
今の巨人の陣容で言えば
小笠原は元々関東出身であり実家やマイホームも関東にあり社会人や日ハム移転まで東京で野球をしていたのだから
突然無理矢理北海道に移転させられていた状態から東京を本拠地とする巨人を選ぶのは何も悪いことではない
スンヨプはロッテでは七番あたりを打っていたりレギュラーでなかったりと大した選手ではなかった
ラミレスはヤクルト側がラミレスではなくグライシンガーと契約することを選びラミレスの望む契約条件を提示しなかった
グライシンガーとクルーンもラミレス同様に望まれる契約条件を出されなかったので契約がまとまらなかった
これらの選手は自分の魅力と実力で自分にとってより良い職場を選び勝ち取ったに過ぎない
そして巨人が獲得しなければこれらの選手はもう日本球界で見られなかったかもしれない
これらの一体どこが「強奪」なのか
もし巨人の補強を「強奪」というなら
将来の職場がドラフトの巡り合わせ次第で希望通りの球団に新人は入れないという理不尽なシステムや
FAで選手に移籍された際に人的保障と称して強制的に選手を譲り受けることや
メジャー球団にポスティングと称して選手を競売にかけるようなシステム
これらの強制的に入団先が決まるやり方こそ「強奪」であると言われるべきではないのか
巨人が好きか嫌いかやり方が上手いか下手かはともかくとして
彼らは勝利のために良い選手を集め続けている
よりよい野球が出来るように球場や練習設備を整えメディアで盛り上げている
活躍すればちゃんとした給料を払っている
他の球団はどうだ
給料はケチる外人というだけで複数年契約をしない球場はボロボロガラガラ
だから選手はどんどん出て行く
そもそも何年も何人もひたすら良い選手が入りたがる入り続ける巨人をなぜ悪い球団だと言える?
素直に他の球団が駄目だと何故言えない?
それはそれで一つの意見だとは思うが
今年の開幕オーダーでは巨人よりも阪神中日の方がスタメンに外様やFA移籍の選手が多かった事実はどう受け止めるのだろうか
巨人に入るのを金目当てだという人もいる
だがお前!今まで応援してた選手に対して巨人に行った途端金目当てだと勝手にレッテル貼りなんかして恥ずかしくないのか!
お前が応援してるプロ野球選手が本当にそんなことだけで決めてると思っているのか!そう思う自分が一番金に執着してるんじゃないのか!
あなたは、それでも巨人の補強を「強奪」と言いますか
多分誰でもこういう気質はあるんだろうと思うけど。
僕はどうやら、自分が大事にしていると他人に見えるモノほど、ちょっとしたきっかけできれいサッパリと捨て去ってしまうようだ。
取るに足らない出来事ばかりなんだけど、覚えている出来事、最近の出来事をいくつか。
小学生のころ、おそらく5年か6年か。
習字の時間には練習用だったり、筆をふく用だったりで新聞紙をもってくることになっていた。ある日、月曜が習字で前日に準備してて、新聞を眺めていたら、たまたま自分の小学校の野球チームが大会に出場するという記事がでていた。小学生の大会には珍しく、そのチームも含めた主要チームは、スタメン表までのっていて、「○○の強肩に期待がかかる」みたいな寸評まで書いてある扱いのよい記事だった。おそらくその新聞社が主催だったのだろう。
記事には僕の仲の良いクラスメートの名前も数人あったので、大喜びして、僕はその新聞を持っていくことにした。
習字の時間、僕は喜び勇んでその記事を持って、名前が出てたクラスメートのところに持っていった。彼にすげーよ、これ、○ちゃんでてるよなんて、言いながら、見せたのだが、彼の反応は予想以上に薄かった。ほんと「ふーん」くらい。
たぶん、彼はそのときしゃべっていたほかのヤツと会話がちょっと弾んでいたのだろう。話題に対して頭が切り替えられなくて、別の話題に頭をまわせなかったのだろう。
でも、僕はそれにものすごくショックを受けた。
えーっ、オレだったらもっと大興奮して、食らいつくように読むのに! と思った。
で、どうしたかというと、習字の練習の一番最初にその紙を使った。何のためらいも無く。むしろ、その紙の記事のところから書き始めたように思う。
そんで、使い終わって、さらに何枚か紙を使ったところで、前述の○が僕のところに同じ野球チームの友人△と来た。
×ちゃん、さっきの記事もう一度見せてくれない? △(一緒にいた友人)も載ってる?
それに対して僕は、「あー、それもう使っちゃったよー」
と笑って残念そうにしながら、でもちょっと冷たく言った。
そのときの○のちょっとショックを受けながらも、奇妙な表情が忘れられない。
次の話 これも小学生かな。
おそらく学芸会の準備だったか、空を飛ぶ無数の鳥の絵を大きなベニア板に書く作業を、クラス全員でやっていた。
僕もあるスペースに図鑑を見ながら描いてた。かなり気合を入れて、羽根の流れの一本一本まで描いてた。
で、ある程度描いたところで、ちょっと休憩して、トイレに行って戻ったら、担任が僕に「××、すまん、背景を塗ってたA子が間違って、お前の絵の羽根のところに色を塗っちゃったんだよ、直してくれないか」と言ってきた。
絵を見ると確かに羽根が3分の2くらいに背景の水色が入ってしまった。その周辺は鳥がいっぱいいて込み入ってたからだろう。A子もすまなさそうにしてる。
僕はそれを見て、色塗りも7割くらい終わってたのに急にやる気がうせて、じゃー、書き直すからいいですといって、無造作に水色で絵を塗りつぶしてしまった。A子も担任も面食らった顔をしていた。その水色の上に僕はやる気が10%くらいになった鳥の絵を改めて描いた。
つぎはぐっと年があがって、大学生の頃の話。僕はあるサークルの代表をやっていた。僕はできるだけ同期や後輩たちの意見を聞きながら、サークルを運営していた(ここではにごった言い方しかできん)
当時、割と新しいことをやろうとしていた後輩たちと、今までのやり方でベストをやろうとしていた同期との間で、ちょっと板ばさみでもあった。でも、僕はできるだけ最大人数が気持ちよくすごせるように努力し、できるだけ効率的な折衷案を考えながら運営していた。
それは同期の中で分かってくれるやつもいたが、副代表(じつは、こいつが代表になる本命で、僕がなると思ってたやつは同期にはいなかったが、後輩を苛烈に使いそうな彼に懸念した先輩が僕を代表に指名した)などは、不満をくすぶらせていた。
その不満があるとき小爆発して、僕は副代表と彼のバックにいるOBに詰め寄られた。いわく、どうまとめたいのか方向性をはっきりしろと。
僕は自分の指針を明確に示していたつもりだったし、いわば中間案としての方向性もはっきりしていた。彼らの言いたいのは、ようはオレの方向に軌道修正しろってことだと理解した。
その辺りから、僕はやる気が急速に薄れた。サークルの運営は場当たり的になっていった。もうどうでもよかった。同期や後輩、OBたちの意見も聞き流しながら運営していった。
正直言って、サークルは解体の危機に瀕して、僕の代は終わった。
僕は後悔することもなければ、反省する気分でもなかった。
どうでもいいという気分だった。バイトを制限するほど打ち込んだサークルだったのに。
社会人になってからもそんな経験がいくつかあった。
2年ほど運営していたBBS(そこから知らない人どおしで、OFFなども行うくらいには、発展できていた)も、その数年後、作って3年弱続けたブログも、なんか、取るに足らない理由で、あっさりと閉鎖してしまった。でもって、閉鎖しても全然自分としては残念な気分がないのだから、これはどうしたものか、自嘲の笑いすら起きてくる。
この気分は、実は所有物に対してもおこるようで、本やCDやレコード(僕はこれらのかなりのコレクターだ)を数年に一回処分する(させられる)のだが、そのときもどうやら他人からすればドライらしい。
だいたい処分をする契機は昔だったら、母親、今は妻が「ちょっとは整理しなさい」と言い続けて、臨界点に達したタイミングなのだが、そのときの処分の仕方が、彼女たちからしたらどん引きな捨て方らしい。
彼女たちが、まあ、これはとっておくのだろうと思ったものをまっさきに処分していくからだ。
例えば、マンガや小説なら一番長く多くコレクトしていたヤツから処分する。単行本なら、高額なものや、愛読したものから処分する。レコードなら、苦心して手に入れたものから処分する。CDも同様。愛聴したものから処分する。ただし、僕個人としては最後の最後の砦は実は崩していないのだが、それは母や妻にはわからないようだ。
彼女たちはいつも不安そうに「これまで捨てちゃうの?」とか、「これはまだいいんじゃないの?」とか言い出す。彼女たちが処分しろと言ったのに。
それに対して僕は「ん、だっていらないもん」と平気な顔をして答える。
パソコンの中のデータ整理なんかも同様で、90%くらい埋まってたハードディスクも、整理が終わると40%くらいにはなってる。
妻は最近、あまり整理しろといわない。
http://anond.hatelabo.jp/20070821000854
博士が就職難で、その理由はコミュニケーション能力や協調性欠如などと新聞に踊っているが、
新聞はなんで根拠も無しにあんなことを書いているんだろうか?
完全に名誉毀損だろう。
博士の就職が難しい理由なんて、普通の会社で3年過ごせばすぐわかることだろうに。
終身雇用前提だから、社員は一生その会社で人生を過ごすことを想定して仕事してる。
年功序列だから、上司は無能が多いし、無能でも給料はおおよそ平等に貰える。
天下りみたいなのも普通にあって、幽霊老人社員とかいるわけよ。
そんなんでも会社は余裕でまわる。
(あんまりぬるま湯につかり過ぎると、世界競争に巻き込まれて日本沈没かもな)
中には「俺は社会人」とか言って張り切ってるやつもいるけどさ、
そんなところに、やる気と知性に満ち溢れた博士課程の学生が入ってきたらどうなるか・・・
mixiのコミュに乱入する日下部さんを想像してもらえばいい。
ほとんどの博士は、大学受験を勝ち抜き、修士博士の5年間をたった1人で戦い抜き、
世界に通じる業績を捻出してくるやつらなわけよ。
そんなやつらが「僕、新入社員です」とかいって入ってきたら、お前らどうするよ?
部活で例えれば、後輩にスタメンとられちゃった先輩は、その後輩にどう接しますかってこと。
だけど、それと引き換えに失うものがある。そうプライドさ。
どんなに言ってることが正しくても、結局会社なんてmixiコミュと一緒。
馴れ合いが大事。
だから会社村に、天才は必要ないんです。
だからね、博士はおろか、そもそも優秀な社員なんて恐くてとれません。
中の人が自慢してました。
でも、最近は事情がちょっとかわって来ました。
あんまり温いことやってると、本当に会社が傾きかねないです。
今後はどうなるかはわかりませんが、まあ会社なんてこんなもんですよ。
1人で世界にチャレンジしちゃうような博士課程の学生とサシで勝負できる社員なんてほんの一握りです。
そういう人が会社支えてます。
以上、ネタでした。
A. アメリカで就職するには、ネイティブ並の英語力が必要なので簡単ではありません。ですが、待遇は給料にすると3倍から5倍以上違うとかなんとか。また、修士や博士で外資系企業に行く率は高いです。特に優秀な人が外資にかなりの割合で流出しているのが現状です。ただ、外資にいく場合、年功序列のかわりに人種差別がある可能性があります。給料などは暗にそういう基準に従います。
Q. 博士卒は全員優秀なのか?
A. ピンキリです。ですが、うんこジャーナルでさえ論文を掲載することは簡単ではないですし、うんこ国際会議でさえ英語で論文を投稿し、査読を通過し、英語で発表するのはとても大変なことです。従って、底辺でもそこそこのレベルです。一方、上は果てしなく頭の良い人が多いです。修士の上位層が博士に進んでいると言っても過言ではありません。中には金銭的な理由で修士で卒業する人もいますが。
Q. 博士に進んでもいいですか?
A. 分野によります。数学や物理のような産業とはほぼ無関係な研究をする場合、アカデミックポスト争いに敗れた時のリスクは計り知れません。一方、工学系で就職できないケースはほとんどありません。いずれにせよ、肝に銘じて欲しいことは、研究は手段であって目的ではないとういことです。あなたが博士過程に進むということは、10年以内に人類に大きな影響を与える研究成果を叩き出すという契約であって、あなたが研究人生を過ごすためのプロセスではありません。研究がしたいだけなら、趣味でどうぞ。
A. 3年間、自由に研究ができることです。企業に入った場合、あなたの行動は制限されます。あなたがどんなに有望な技術だと感じていても、その研究に企業がリスクを感じていたら、取り組むことはできません。一方、「研究してる自分が好き」なだけであれば、企業に入った方がいいでしょう。そういう人は企業にいっぱいいます。大学にもいっぱいいますが。
Q. 博士に進むとコミュニケーション能力が鍛えられないんですか?
A. いいえ、1人で戦うからこそコミュニケーション能力が必用です。会社と違い、あなたを助けてくれる人は極小数です。一方、社会とは1人で生きられる程甘くはありません。ですから、常にコミュニケーション能力を磨く必要性に晒され、嫌でも対人能力を磨かざるえないでしょう。少なくても、群れから出たことのない羊や、決まったプロトコルでしか会話できない端末のような人に比べれば、力強く柔軟な対話能力を身につけることができるでしょう。その分、苦労は計り知れません。
2007年08月25日 kiya2014 コミュニケーション能力があったら打算考えるから博士なんて行かない。対偶をとると、博士に行くやつはコミュ能力欠如
Q. 「コミュニケーション能力がある、ならば、博士に行かない」またはその対偶の、「博士に行く人はコミュニケーション能力がない」は真実ですか?
A. もし上記が真実であれば、「コミュニケーション能力があるならば、成績が悪い」そしてその対偶の、「生成が良ければ、コミュニケーション能力がない」が成り立ちます(既に書きましたが、博士課程に行く人は、主に学力で上位に位置する人です)。これは現実と照らし合わせる間違っていると思われます。従って、「コミュニケーション能力がある、ならば、博士に行かない」がそもそもの誤りであり、その対偶である「博士に行く人はコミュニケーション能力がない」も誤りということになります。対偶は証明の手段ではないのであしからず。
http://anond.hatelabo.jp/20070605220905
DHは松中信彦(ソフトバンクホークス)と被ってしまうからな・・
しかも、松井・松中ともにどうも円熟して最盛期に差し掛かってそうな年齢なのに
伸び悩み・不調になっているのが気がかりだ。
個人的には、ライト:福留孝介、センター:イチロー、レフト:松井秀喜
という風に日本代表の外野手のスタメン3人を選ぶ可能性が高いと思う。
イチローより多村が長打力はありそうだけど、怪我の多い人なので
余り信用されてないだろう。
レフトに入れたくなる人もいるのかもしれない。
さっき、『スタメン』で特集してた。女のオタクを「オ(ヲ)タージョ」って言うらしいんだけど、聞いたことある?
放送で「腐女子」ってのはさすがに使いにくいから、新しい言葉を勝手に作ったのか?フジテレビよ。
フィギュアやゲームやアニメキャラのコスプレを愛するオタク女は、やおい同人誌愛好家の「腐女子」とはグループが異なり、その分類名として「オ(ヲ)タージョ」を提唱しようということなのだろうか。オタク女を広く「オ(ヲ)タージョ」と呼ぶならば、「腐女子」はその下位類のような気もする。
追記