はてなキーワード: スイスイとは
匿名であってもこんな事を書くのは恥ずかしいが、自分にとってとても大きな事件だったし、
はてな匿名ダイアリーは恥ずかしい文章ばかりだし、何より思いを外に吐き出したいので書く。
何人分かインターネット上で検索してみたら一人の元同級生のブログが見付かった。
12年振りに見た同級生の顔はえらい老けていて驚いたが、
それでも確かに中学生当時の可愛い顔を成長させた様な可愛いらしさが有った。
その人は家柄と経歴と育ちがまず凄い。祖父の代から家族全員が音楽好きで、女子高出身で音大の大学院を出て、
普段はフルート奏者だが男子校でのフルート講師や絵のモデルをやっている。
しかも一日12時間フルートの練習をこなす事もあり、人柄もキャピキャピした派手さが無く
犬好きで犬を見かけるとつい撫でてしまう、というぶりっ子と言われかねない可愛らしさを自然体で有している。
家の写真やフルートを有したり音大の大学院に進む点からは富裕層である事が伺える。
『何だよこの化物じみた完成度。誰が作者の漫画の登場人物なんだよ。男子生徒はこの先生に絶対惚れるだろ』
と突っ込みを入れたくなる。
正に物語に出てくる様なお嬢様そのもので、ブログを読み進めていく内に俺はうっかり惚れてしまった。
中学校時代は可愛い女子生徒だな程度にしか思っていなかったのだが、
まさかこんなに漫画みたいな人だとは、俺が今になってこんな形で惚れる事になるとは思いも寄らなかった。
ブログを読んで情報を得てはその人が自分の彼女になった妄想をする様になった。
街に出ても、今擦れ違ったのはあの人かも、公園に行けばあの人に会えるかも、と想ったり、
今迄していた自分が金持ちに成る妄想にその人を嫁として組み込んで、
嫉妬したり相思相愛になったり盲目的に恋したり離婚したり死に別れたりと
危ない。このままじゃいずれ現実と妄想の区別が付かなくなって本当にストーカーになりかねない、
■ところが今日、その人のブログを久し振りに見たら入籍の報告が書いてあった。
妄想の源泉が尽きてしまった。それも一番起きて欲しくなかった抗い様の無いはっきりした形で。
絵に描いた餅が破れた。砂絵が掻き消された気分だ。
あまりに早過ぎる。せめて後半年位は僅かな希望を、夢に浸らせて欲しかった。
可愛い子なんだから彼氏が居ても不思議ではないなと思っていたのだがそれでも悔しい。
まさかこんな事がという信じられない気持ちだ。残念だし間違いであって欲しいと思う。
なんでよりにもよって俺が好きになったこの人なんだと。
ブログに2~3度書かれた結婚への憧れも彼氏を前提にしたものだったのか。
300本近くの記事に彼氏を匂わせる文章は一つも無かったから、単なる遠い憧れとして捉えているのだと思っていた。
■これからはどうしよう。こんな事実を知ってしまっては妄想を楽しむ気も起きない。
俺も使い始めようかと考えていたがその必要も無くなってしまった。
何をどうしよう。心の宛て所を見失ってしまった。
その人の名前で検索すると検索結果の一番に入籍の報告が出ていて心が痛い。「いいよ、もう知ってるから出さないでよ」と思ってしまう。
結婚相談所の広告も見る度に入籍の話を思い出して憎い。地震後に彼氏との結婚を考える女性が増えた、という報道も今思い返せば憎い。
地震さえなければ入籍なんか無かったのか、一縷の望みが消えなかったのか、と考えてしまう。
ただ、その結婚相手が自分以外の中学校の同級生でなかったのは微かな救いだった。
若しそうだとしたら折角の機会を無駄にしたという理由で後悔はより強くなっていたから、そうでないのは良かった。
よくよく考えれば、漫画に出て来る様なしっかりした人なんだから婚期を無為に伸ばしたりせずちゃんと人生設計を立てて
職業柄いつもドレスを着ているし結婚式への参加も多いが、ウェディングドレスに新鮮味を感じたりするんだろうか。俺が着せてあげたかった。
もうすぐ誕生日だが、実家で過ごす最後の誕生日になるかも知れないから彼氏や家族と何か特別なお祝いをするんだろうか。
何故か一度書かれた同い年の従姉妹の結婚式についての記事が消されている。
ブログは個人的な日記ではなくファンの閲覧を前提しており、記事も仕事絡みが大半で私的な内容は少ない。
固定ファンが記事のほぼ全てにコメントを付けているしつまらないコメントであれ返信も細目に行い欠かしていない。
どう考えても一般人ではなく小さなアイドルとしてのブログだと言った方が正しい。
俺は『立派な元同級生』に惚れたつもりだったが、その実単に『アイドル』に惚れてしまっていたのだろうか。
いやしかし、ブログという文字情報や仕事としての振る舞いを理由に惚れるのも含めて恋愛と呼ぶ気もする。
■俺の記憶に有るあの人の声と笑顔を独り占めさせて貰えるのも、
何か小さな冗談を言い合ったりふざけてじゃれあったり愛だ好きだを語ったり
二人の人生について悩み合ったり頼ったりする相手、『人生の伴侶』も決して俺ではなく彼氏なんだろう。
俺には何の相談も無しに大切な事を決定し、どんどん幸せになっていき、勝手に自分の人生を生きて満喫するんだろう。
俺はといえば、これからも何か有る度にこの人の事を思い出してブログを読んでみては、
旦那との日常や妊娠、出産、子供の成長話やこの人自身の立身出世振りにやきもきして自分で自分を苦しめるんだろうか。
そういえば、俺の誕生日に書かれたブログ記事には当たり前だが何も特別な事は書かれていなかった。こんな事がいちいち空しい。
嫌われたり疎まれても構わないからこの思いの一片でもあの人に伝わって欲しい。
今日ブログを全部読み終わったらあの人の家の凡その位置が分かってしまった。
中学校の同級生だから同じ学区の範囲内に住んでいるのは当たり前だが、憧れの人がこんな近くに住んでいたとは思っていなかった。
グーグルストリートビューで自宅写真を探すが見付からなかった。
久し振りに大きな地震が起きた。あの人もこの地震に揺られたのだろうか。
同じ体験が出来たと思うとこんな事でも嬉しいが、こういう共通体験を話し合う機会は一生無いのだと思うと虚ろな気分になる。
あの人の自宅が在りそうだと目星をつけた所を周る。いよいよストーカーの様になってしまっているが、
この辺りには別の理由で一度来てみようと思っていたのでそれを自分への言い訳にする。
それにしても、あの人は果たしてこんな所に住んでいたのか。
あの人と同じ体験を僅かでも積み重ねられてより理解を深められた事は何となく嬉しいが、
市内にこんな所が在ったのか、という驚きの方があの人への興味を上回ってしまう。
あの人の誕生日だ。今日も自宅の在りそうな周辺を周るが、全く見付けられない事もあって公園で遊んでいる方が楽しい。
あちこちに普段しない遠出をした事も働いてか、漸く最近になってあの人への思いが薄くなってきた。
恋人が居ないという事は妄想上の恋人であっても寂しいが、やっと恋人の妄想をする以前の状態を思い出してきた。
もう『他人』なのだから普通に適当に幸せになればいいんじゃないか、という他人事な投げ遣りな気持ちであの人の事を考えたりする。
あの人のブログの更新分を読むと、入籍した前後に既に引っ越していたらしい。
自宅の近所をうろついて擦れ違う事が出来れば、一目見る事が出来れば、と思っていたがブログを読み終わるのが遅過ぎた。
もう完全に機を逃した。一生擦れ違いもしないだろう。
結婚式は今日行われるらしい。何の問題すら無く順調に準備が進んでいる。
俺と彼女の無縁っぷりに改めて感心するばかり。俺の悩みは何の障害にもならずにスイスイ自分の道を進んで行っている。
俺の存在に気付いてもらうにはもう超自然的な何かに祈る他無いな。
妄想の中のあの人は俺の子供を二人産んでいつまでも若々しいままでよく俺を叱ってくれた筈だが、
そんな昔の出来事を思い返して現実と比較してどうのこうの考えると、馬鹿らしい上に自分が辛い。
数年内には子供が産まれるのだろう。彼氏の名字を冠した子供が。俺の知らないどこかの土地で幸せな子育てをするんだろう。
その頃にはもう未練なんて無くなっているだろうが、自分が置いて行かれている気持ちを味わう様な気がする。
もう結婚式を終えて初夜を迎えたんだろうか。二人で裸で抱き合ったまま寝たんだろうか。我乍ら気持ち悪いがつい考えてしまう。
もう名字も変わっている筈だ。妄想しようにもあの人の名前すら不明になってしまった。
次の22日は『いい夫婦の日』だ。実際いい夫婦になるんだろう。
次のクリスマスはやっぱり仕事なんだろうか。それとも新しい家族の為に休むのだろうか。
消し切れない雑多な思いを書き出す事で何とか解消したい。
13時頃あの人の自宅が隣に在るらしい公園に行くと、真っ赤な晴れ着姿の女と袴姿の男がカメラマンに撮影されていた。
まさかあの人なのか、と思って顔を確認するとあの人よりも若い20代前半の全然違う顔の女性だった。
あの人と擦れ違える可能性は無くなった訳だし、もうこの公園に来るのは暫く止めよう。
あの人は大阪で結婚式を挙げて今は海外で新婚旅行中らしい。結婚式の写真を見るととても様になっていて嫉妬も何も湧かない。
ブーケも投げたらしい。本当に出来の良い人だ。
横からだけど・・・ まぁ、ある時期から格ゲーは廃仕様になったよね。ネトゲにしろ、格ゲにしろ、弾幕ゲーにしろ、廃仕様でサクっと遊べないって文句は出てもしかるべきでしょ。
はあ。じゃ聞いてみるけど(とりあえずこのゲームの話だから)スト3のサクっと遊べない「廃仕様」ってなに? コマンド技の存在は違うよね、「ある時期」以前のスト2にもコマンドはあったしさ。コンボの長さ? 違うよね、チェーンのないキャラのコンボはスト2と大差ないんだから。そのほかのシステムだって、とりあえずはほかの操作で代えたりすればいい(ブロッキング)とか、読めているのなら勝手に出ます(投げ抜け)とか、転んだらレバーを連打してください(クイックスタンディング)とかそんなのしかない。
空中ダッシュでチェーンバリバリ、長いコンボを入れるのは必須、ゲージがたまっていてかつ○○が××の時だけこの技が出ます、みたいなゲームは確かにある。それを廃仕様と言うなら言えばいいが、そうでない部類のゲームで文句を出されてもどうしようもない。しかもこの場合、(ネトゲはよく知らんが)「弾幕ゲーでスイスイ弾避けをする○○さんスゲー! 俺もやる!」→「避けれませんでした! 廃仕様! 廃仕様!」みたいなこと言ってるわけでな。どうしろというのか。それともアレか、スト2がそもそも廃仕様と言うのか。あれだけ一般人に広がったのに。
とにかく「スマブラみたいに簡略化」って、具体的に何のことを言ってるのかはっきりしろって感じだ。どの技も簡単操作で出る、とか言わないだろうな。完璧にガードして、ヨッシャ読みあたったコンボだぜってときにボタンなり技なりが多すぎてオドオドしてしまう、ってのがそれで解決するのか?
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──親の工夫で「やる気になる環境」は作れる
親力養成講座
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■「とりあえず1問」がお勧め
前回は帰宅後すぐに宿題をやろうとしない子どもに対する親の対応
についてお話しした。
今回は、子どもをどのように励まし、いかにやる気になる環境を作
るかについてお伝えしよう。
まず、お勧めしたい方法が「とりあえず1問」である。
あるいは、夕食前に1問だけやる。
これがなぜいいかというと、宿題全体がどのくらいで終わるか見通
しがつけやすいからだ。
大人でも同じだろう。
書類を詰め込んだ封筒を渡され、「1週間で処理して」と上司から
言われると重い気分になるが、とりあえず1問だけやってみると、
全体の見通しがついて気が楽になる。
たとえば、どれくらいの難しさでどれくらいの時間がかかりそうか、
などがわかるのだ。
すると、次に取りかかるときのハードルが低くなる。
場合によっては、1問だけのつもりが、ついでにやってしまえとい
うことで一気に片付くこともある。
1問もやってない状態だと、見通しが付つかないまま「めんどうだ」
という気持ちだけが続くことになる。
それで、なかなか取りかかれないまま時間が過ぎることになる。
子どもの宿題も同じで、先に1問だけやっておくと、後で取りかか
るときのハードルがぐんと低くなる。
私が教師時代、帰りのあいさつをした後に、その日の宿題を最低1
問やらせて帰らせるようにしたことがある。
それは、保護者からとても評判がよかった。
「宿題のことでがみがみ言うことが減った」という話を、何人もの
親から聞くことができた。
続く
諸君 私はぽっちゃりが好きだ
諸君 私はぽっちゃり男子が大好きだ
お腹周りが好きだ
二の腕が好きだ
太ももが好きだ
腹枕が好きだ
腕枕が好きだ
背中が好きだ
横っ腹が好きだ
脂肪が好きだ
石塚が好きだ
マクドナルドで もうやんで
二郎で モーパラで
この地上に光臨している ありとあらゆるぽっちゃりが大好きだ
Yシャツに横線が入っているのを見るのが好きだ
お腹いっぱい食べたときに ベルトをさりげなく緩める時など心がおどる
意外に敏捷なぽっちゃりが スイスイ泳いでいるのを見るのが好きだ
すき家で牛あいがけカレーを食べていたのを見たときなど胸がすくような気持ちだった
ブタダブル脂多めを思わず注文している様子などはもうたまらない
パツンパツンの礼服を着ているのを見るのも最高だ
「昔は痩せていたんだ」と一生懸命に弁明されるのが好きだ
昨今の健康ブームのせいで Wii fitを買ってきたのは とてもとても悲しいものだ
夜中にお腹が空いて、思わずラーメンを食べているのを見るが好きだ
俺ダイエット中だからと言われ 食を断られるのは屈辱の極みだ
諸君 私はぽっちゃりを 天国の様なぽっちゃりを望んでいる
君達は一体 何を望んでいる?
更なる腹回りを望むか?
情け容赦のない 糞の様なスリムを望むか?
大食いの限りを尽くし 見るものを幸せにさせる 石塚のような笑顔を望むか?
「ぽっちゃり!!ぽっちゃり!!ぽっちゃり!! 」
よろしい ならばまいう~だ
我々は満身の力をこめて今まさに食わさんとする握り飯だ
だがこの健康ブームの底で半世紀もの間 堪え続けてきた我々に ただのぽっちゃりでは もはや足りない!!
ぽっちゃりを!! 一心不乱のぽっちゃりを!!
だが諸君は 一騎当千 の古強者(ふるつわもの)だと私は信仰している
ならば我らは 諸君と私で総兵力100万と1人の軍集団となる
我々を忘却の彼方へと追いやり 眠りこけている連中を叩き起こそう
腹肉をつかんで引きずり降ろし お腹を触らせ思い出させよう
連中に腹枕の味を思い出させてやる
連中に我々のぽっちゃりへの執念を思い出させてやる
ベルトと腹肉のはざまには 奴らの哲学では思いもよらない肉が隠されていることを 思い出させてやる
第二次 ぽっちゃり作戦 状況を開始せよ
征くぞ 諸君
今日1日の終業を告げるベルが鳴り、クラス一同の起立礼が終わるか終わらないかの一瞬のうち、
俺はまたもやハルヒに強引に手を引かれ、セントバーナードに引きずられるこども高校生のような状態に陥った。
そうして連れられてきた場所はどこかの部屋のドアの前だった。こんなところに何の用があるんだと聞きたかったが、
俺は数十秒前からスイスイ簡単と名高い掃除用品のごとく床を引きずられてしまっていたうえいきなり手を離されたのでしたたか頭を打ってしまった。
そんな俺にお構いなしにハルヒは勢いよくドアを開き――
「これから、ここがおいどんたちの部室でごんす!」
「ちょい待て」
俺は先程の強打とハルヒが口走ったとんでもない宣言のため物理的精神的に頭を痛めながらも、どうにかドア横の壁にもたれかかって座り、部屋の中に入ったハルヒにそこから質問した。
「……何処なんだよ、ここは?」
「文化部の部室棟でごわす。文化部といっても、美術部や吹奏楽部なら、その名が表わすとおり美術室や音楽室を持ってるでごわすな?
ここはそういう特別室を持たないクラブや同好会の部室が集まっているのが、この部室棟――通称旧館でごわす」
「で、この部屋が空いているから使おうってか?」
「いや、ここは『おか研』の部室でごわす」
「は? 『オカ研』はお前が以前仮入部して失望したって……」
「仮入部したのは『オカルト研究会』じゃなく『超常現象研究会』でごわす。ここはそれとは違うでごわすよ」
「はぁ?」
壁に背を預けながら、中のハルヒとの会話は続く。
ほう、お菓子研究会。うむ、何をするのか分かるようで分からない研究会だが、ひとつだけ確実に言えることがあるな。
「……じゃあ、この部屋はその『お菓子研究会』のものなんだろ?」
「うむ。しかし、今年の春に3年生が卒業してしまったせいで、部員0。新たに誰か入部しないと休部が決定していた唯一のクラブなのでごわす」
で、その哀れにも休部となったクラブの部室を頂戴しようってか?
「いんや、1年生の新入部員であるこの子が居るでごわす」
……待て。今なんて言った? 新入部員のこの子?
「おい、それじゃ休部になってねぇじゃねえか」
「似たようなもんでごわす。部員は1人しかいないんでごわすから」
呆れた野郎だ。それじゃまんま部室乗っ取りじゃねえか!?
ようやく物理的な頭の痛みも治まったので、立ち上がりハルヒの戯言に茶々を入れるため『お菓子研究会』の部室の中に突入した、の、だが。
地響きがする――と思って戴けたら、こちらとしても甚だ幸いである。
ただし、ここでいう地響きとは何度も言うが地殻変動の類のそれではない。
巨体だ。いや、あれを巨体と言以下略。
「――――――――またかよ」
やっぱりハルヒほどではないが、やっぱり明らかにそういう体型の子が、どうみても体型に見合ってないパイプ椅子に座りながら、
黙々とスナック菓子を食っていた。眼鏡をかけた髪の短い少女である。
これだけハルヒが大騒ぎしているのにもかかわらず、視線を向けようともしない。
動いているのは袋からスナック菓子を取り出し口に持っていく右手の動きとそれを咀嚼する口周りの骨と筋肉の動きだけで残りの部分は微動だにせず、俺らの存在を完璧に無視し続けている。
「その……あ、あの子はどうするんだよ?」
「別にいいって言ってたでごわす」
「本当かよそりゃ?」
「昼休みに会ったときに、『部室貸してほしいでごわす』って言ったらば『どうぞ』と。お菓子さえ食べられればいいみたいでごわすよ」
そんな「ハサミ貸して」のノリで貸し借りできるのか、部室。
「むう。ま、変わっているといえば変わっているでごわすなぁ」
はい、お前が言うな。
「――――――」
んお、件の研究会員が何かこっち見てる。ちなみに、ハルヒや朝倉川の例に違うことなく、矛盾輪郭の持ち主であったことは言うまでもない。
あと付け加えるならば俗に言う神秘的な不思議系の雰囲気を醸し出しているようなそうでないような。
「長門 湖(ながと うみ)――でごわす」
淡々と異様に野太い声で彼女は言った。一応それが名前らしいがやっぱり「ごわす」か。
名前を告げたからもう用はないといわんばかりの態度で、再び彼女は黙々とスナック菓子を機械的な動作でむさぼり始めた。
「あー、長門さんとやら。こいつはこの部屋を、何だかよく分からん部活の部室にしようとしてるんだぞ? ……それでも、いいのか?」
「いい――でごわす」
「いやあしかし、たぶんものすごーく迷惑をかけると思うぞ?」
「別に――でごわす」
「そのうち、追い出されちゃったりなんかするかもしれんぞ!?」
「どうぞ――でごわす」
いや……即答してくるのはいいんだが、もうちょっと色のある応答をしてもらいたいなぁ。あと「ごわす」付けがとってつけたようになってるのは何故だ。
「ふふん。まあ、そういうことでごわすから――」
ああ、声が弾んでいる。良くない。非常に良くない予感がする。
「これから放課後、この部屋に集合でごわす! 絶対来るでごわすよ。来ないと――全力で“てっぽう”入れるでごわす!」
コイツの全力での“てっぽう”なんて、死刑に等しいからな。死ぬのはごめんだ。
http://anond.hatelabo.jp/20090115144402
固定から携帯電話への変化はライフスタイルを変えるほど劇的な変化を結果的にはもたらしたわけだが
単純には通信方式の変化だから、車→ネットってのは当てはまらんだろうな。
ガソリン車から電気自動車へと移る時に、同様に大きなライフスタイルの変化が起こるんじゃないか?
バッテリー故の行動半径の狭さとコンパクト化が相まって、家族で遠出と言うよりも一人一台で街をスイスイって形に変わったりするんじゃないかとも思う。
今のような車よりもはるかにコンパクトになってセグウェイと軽自動車の中間みたいな奴とか。
もちろん旧来の"自動車"ってのも残るだろうけどな。
明るい未来を描いてみる。
追記:
勝手な妄想だが、原付よりもちょっと大きいくらいのミニカーあたりを想像してみた。
ある程度車体規格を限定し、駅地下や高層駐車場ではパレットみたいなものに乗っけられてコンベアでピッタリと詰め込まれて収納。もちろんその間は充電される。
http://anond.hatelabo.jp/20081219121223
上の増田の気持ちと精神構造はすごく共感できる。ってか君は俺か。
タイミングさえ違えば今頃塀の中で暮らしてたかもしれない。
増田と同じくちょっと俺のカスな逃げ話もカウントさせてください。
ヘタクソのままレギュラーにもなれず1年で辞めた。(1回目)
これもヘタクソのままカス扱いのまま1年で辞めた。(2回目)
もちろんヘタクソ鈍足ガリガリチンカスは変わらず半年で辞めた(3回目)
もうこのへんくらいからスポーツは向いてないと悟ったので
根性足らずで勉強について行けなくなった。そんでやる気もゼロになった。
そうしてるうちに朝起きても体が動かなくなった。
夜起きて昼間に寝るようになった。
テレビばかり見てメシ食って屁こいて寝るだけの生活になった。
そしてたくさんいた友達は全ていなくなった。
ヒキコモリを2年やった後、バイト生活を転々と計4年ほどやった。
最後のバイト先は1年半ほどやってバイト仲間ともすごく仲良くなったが
ある日突然そのときの気分で衝動的にバッくれた。(5回目)
トレインスポッティングのエンディングみたいにバイト中に走って逃げた。
たくさんできた友人知人もまたいなくなった。
東京にでてきてから自分の繰り返す不甲斐なさ情けなさに激しく落ち込んだ憤った死にたくなった。
ヒキコモリから精神的に立ち直っていたのに、この一件で再びおかしくなった。
具体的には自虐的かつ暴力的な思考が加速した。一人言の口癖は「殺したろか」だったと思う。
でもその意味わからん怒りをパワーに変えようとした。そして一応決心した。
選んだ道は大学で法律を学ぶことだった(弁護士コースではないけれど)。
その後1年間のバイトと受験勉強を両立してマーチレベルの私大に入った。早稲田には落ちた。
まあ中途半端なレベルまでしか受験勉強できなかったってことだ。
大学に入ってからはサークルにも属さずひたすら授業と資格の勉強をやった。
まあ通常より5年も遅れているから今更大学デビューとかいう気にもなれなかったし
何より精神的にはかなりすさんでいた(暴力的に)ので、あえて大学では勉強のみに集中した。
何ていうか肩が触れ合った、目が合った、足踏まれたとかで完全に殺すつもりで喧嘩になるの前提で
怒鳴り散らしてた。俺があまりにもキティGUYだったのか、怖がられたのかキモかったのか
冒頭に塀の中にいないのはタイミングの違いだけと言ったのはこのへんのこと。
どうしようもなくつまらなくなってやめた。(6回目)
法律の内容自体に興味関心がなかったのが敗因だったかもしれない。
う、ここまで書いてたら改めて情けなくなってきた。orz...
で大学2年のときなぜかプログラミング始めて色々ツールとか作ってるうちに
大学院に行こうとまたいつもの心変わりの決心をした。
周りに競争相手もいなかったので(文系学部の図書館でひたすらCとかJavaとか数学とかやってた)
で大学院に入ったはいいが周りの出来の良さに驚愕した唖然とした自分の身の程を
客観的に知った死にたひタスケテ状態になった。
ゼミでレジメきるだけでも頭の違いが良く出るのだけれどもそれはそれはもう
俺のやってきたことがフェイクだった事を200万回はわからせてくれるほど
レベルの違いは明らかに出た。微分方程式って何ですか?おれ馬鹿ですかありがとうございました。
それでも1年のときは何とか食らいついてギリギリこなしてたけど
2年になって就活つまづいたのをきっかけに完全に死にたい死に体となって
死んだも同然の幽霊学生となりかけたのだけれども逃げかけたのだけども
何とか踏ん張ったり落ちこんだりを繰り返して繰り返して
何とか仕切り直して極低レベルな内容だけど修論書いてる。(7回目免れかけている)← イマココ!
学会発表にももうすぐ出場する予定。
長くなってすいません。言いたいことはここからです。
逃げまくってきた俺がここで今逃げないのはなぜか言わせて下さい。
「逃げるなら死んだ方がマシ(精神衛生上)」と心底思うからです。
死んだ方がマシというのはやりきって玉砕したほうがマシという意味です。
賞味の話20代後半で7回目逃げるってもうその後の精神状態考えられない。
発狂する死ぬ。もう立ち直れない。もうここで逃げたらこの先メンタル完全に退廃。過去にがんじがらめになって
次の一歩を踏み出せなくなる自尊心のかけらもなくなる何をやるにしても実績がないので自信がないetc...。
過去の負け続けた経験にこのまま一生苦しむくらいなら今ここで死ぬまでやりきって完全燃焼して
結果ダメでも結果体壊して死んでも結果大恥かいて羞恥プレイの刑にあって自尊心を虐殺されてもやりきる方が
逃げた後の死ぬほど情けない気持ちを一生引きずるよりいいと思いませんか。
僕思いましたもう逃げたくないです現場で死にます。
冒頭の増田さんにもどうか問いかけたい。
あなたの気持ちは痛いほどわかる。つらかろう死にたかろう俺もたまにまだ死にたくなるよ自分が情けなさすぎて。
ただし!
死ぬなら現場で玉砕する方向で行きませんか。やって死のう。完全燃焼して死のう。恥かいて笑われても疲れきってやりきって死のう。
何歳からでも何をやるにも遅くないと信じろ。It's never too late. この素晴らしき世界でこのクソザコ人生を歩んだ俺は
世間的に見たら小さな自分から見たら大きな夢に向かって死ぬまで歩き続けるつもりでいる。
人と比べんな、俺らみたいな人生は人と比べたら至極当然に死にたくなるので、自分の考えた自分の道を歩まなければいけない。
正しい目標に一生懸命コミットするしか道はない、もう後ろに道はないよ、前しかない後ろは崖左右も絶壁。
進むしかないだろ、部屋の中でゴニョゴニョ悩むのはもう十分やってお腹いっぱいだろ、歩き続けろ、
毎日ケンカすると思って世の中にでろ、殺し合いと思って世の中にでろ、挽回しろ巻き返せやり返せ殺し返せ
増田にしかない道を作れ、増田みたいなドロップアップ人生歩んだ奴らが目標となるような人になれああ俺はなるよ
歩き続けるやり続ける殺し合いに脊髄反射で応じ続けていつでも死ぬ気で対峙するよ、で結果も何とか出すよ。
なんの実績も経歴もない俺が言うのも恐縮だけどもう書いちゃったからこのまま額面通り受け止めてほしい。
おれもがんばるから増田さんもがんばれ。色々考えながらこれ書いてたらもう1時間経ったよ力作だよ俺からの遺書と思って受け取ってください。
(そして老婆心ながら具体的にアドバイスもさせて下さい。むかついたらカスの寝言と思ってスルーしてください。
非正規雇用で労働時間遵守で働きつつ空き時間に資格の勉強再開しろ経理の事務とかいってないで税理士事務所の敏腕営業マンぐらいは目指せ
稼げるから。税理士事務所は会計系の専門学校に行けば求人が結構ある税理士事務所の合同説明会的なものがあるから専門学生のふりして
潜って行って面接受けたら前職がスタバの店員や資格浪人5年のNEETでも雇ってもらえるから何とか受かって前に歩き続けて下さい。
結局何をするにしても勉強するか経験するかしか社会階層駆け上がる道はないと思います。)
で俺はといえば今度歩けなくなったら潔く死にます。
長々とお付き合いくださってありがとうございました。
http://ascii.jp/elem/000/000/134/134607/
Amazonの ”おすすめ” みたいなかんじで、検索/閲覧履歴からネットの記事をマッチングするだけで相当便利になるし、はてなを使うハードルも下がる -> ユーザー増 になると思うんだけどなぁ。
正直自分は、はてブは面白そうな記事を斜め読みするだけで、ブックマークとしては使っていません。もちろん、人によってはとても有用なツールになると思うけど。
お気に入り登録とかタギングとかでカスタマイズできるったって面倒でやってられない。盛り上がってる記事をダラーっと読めれば充分。
けど、自分にはわからん政治やプログラムの話題とかは避けて読んでる。
mixiが流行ったのって、友達の近況とかコミュニティのトピックとか、”自分にとって興味のある記事”が適度に選別されて出てくるからなんじゃないかと。
逆にいま徐々に廃れて行ってる原因は、その狭いコミュニティにみんな飽きちゃってるし、もっと浅く広い関係のほうがラクだからだと自分は考えています。
人間みんな寂しがり屋とはいえ、結局は親友のつぶやきよりも、自分が興味を持っている記事のほうが気になるってことだと思う。
何気にケータイって数字のキーでジャンプできるから、親指一つでスイスイっと記事を読みすすめられるのもでかい。
PCって電源入れてログインしてキー叩いてマウス使って〜だからケータイよりは面倒。
見やすさはPCに分があるけど、日記読む程度だとケータイでも全然OKだし。
そんなわけでまとめると、
・ログインすると、閲覧履歴から記事のマッチングを自動でしてくれて
・ケータイからもサクっと読める
はてなブックマークが出来ると他の人にも勧めやすくなるのかなぁと思いました。
はじめて増田に書きました。乱筆乱文ごめんなさい。
世間は入学・入社・転勤の時期。
自分の職場にバイトに来ていた人の中からも、企業へと巣立っていった人たちがいる。
彼(女)らが「社会人化」していく過程を見ていて、いろいろ興味深く思っていた。
みんな優秀で性格も真っ直ぐな、素晴らしい人たちなので、
就職活動の成否については全く心配していなかったのだけど、
唯一気になるのは、やはり入ってからのこと。
一流と言われるような企業に内定を貰って、中の人との交流が始まって、
最初に言われたと口々に言っていた言葉が今でもすごく気になっている。
みんな、「死ぬ気で働け」と言われるのだそうだ。
これって特攻隊と同じじゃん、と思う。
「死ぬ気で働け」と上司や先輩が言うということは、
そういうシチュエーションがあるということを許容していて、
なおかつ、死ぬ気にならなければならないような働き方をするのが当然だと強要しているということだ。
それはマネジメントの責任と義務を放棄していることに他ならない。
しかも、そのことを部下・後輩に偉そうに宣言しているのだ。
確かに仕事ではそうそう命までは取られないけど、
仕事で潰れて一度性格や人生が捻じ曲がったら、回復するのにどれだけのサポートが必要で、
彼ら・彼女らの人生にとってどれだけの機会損失があるかなんて誰も気にしていないのだ。
「死ぬ気で働け」と言うのは簡単だ。
だけど、それに従った人間のケツを持てる企業や人間がどれだけいるというのか。
自分の美意識から言うと、
こういうセリフを言うことを恥と思わない人間はどうかしていると思うのだけど、
この話をしても「そんなの普通じゃん」とあまり周囲には同意してもらえないのが、
自分にはとても不思議であったりもする。
要は何も変わっていない、ということなのだろうか。
まぁ少なくとも自分は何があろうとこういうことを平気で言える人間にはならないでおこうと思う。
それに、みんな優秀なので、そんなことはとっくに見透かして、この先もスイスイと人生を泳いでいってくれると思うし。
とりあえず、卒業生のみんなに幸あれ。
「あっ今俺調子いい」って気付くと、嬉しい反面、このいい調子が悪くなる事が怖くなる。
だから今調子がいいことに気付きたくない。大抵俺は自分が調子いいことに気がつくと、すぐにその後ダメになってしまう。
調子がいいとき、調子が悪くなることが怖くなって、それを気にしすぎる余り結局自分から調子悪くしちゃってるのか、
調子がいいと気付いた後は大抵調子が悪くなると自分で思い込んでるから結局そうなってしまうのか……
どうなのかはわからないが、何にせよ自分自身で追い詰めていることは間違いなさそうな気がする
幸せだと感じてもその感じてしまった瞬間、自分の中で幸せさを中和してしまうように嫌な事ばかり考える。嫌なことばかり考えるとそういう風に動いてしまうのか結構それが実現してしまい、実現してしまった時に自分がそういうことばかり考え行動したせいではないか、だから考えるなと言ったのに、と自分を責めネガティブモードに入ってしまう。
どうにかしたい。どうにかしたい。
軽い予期不安というのだろうか、とにかく先の事が怖くて仕方ないのだ。多分。性根が。
何にでも保険を敷きたがるし保険がないと怖くて動けない。保険がないなら怖くていっそ死んでしまいたいと他人が気けば本末転倒なことも普通に考える(しかし実際に死ぬ事を考えるとどうせ怖くて死ねないのだろうから、そこを自分でもよく分かっているからこそのかりそめの死への逃げなのだろうが)。
そもそも「調子がよいということは、実質何もやっていないのではないか」と言う不安に陥ることもある
例えば勉強の調子がよいとき、「自分が勉強がスイスイ進んでる、と感じているという事は、できる問題だけやっているということで、実は実質何の勉強にもなっていないのではないか」などと「そもそも調子がいいということは実ははかどっていないのでは」という考えに勉強だけでなくなんでも囚われる。楽に進んでいるという事は、頭を使っていないのではないか?という方向に考えてしまう。そもそもそうすると「楽なときはダメなんだ」という事になってしまいどの道なんであれ苦しいということになる。これでは自分で自分を苦しめているようなものだ……
ええい畜生、なんで俺はこうなのだろう。自分の性格に腹が立つ。