はてなキーワード: ジオンとは
我々は一人の英雄を失った。しかし、これは敗北を意味するのか?否!始まりなのだ!
にもかかわらず今日まで戦い抜いてこられたのは何故か?
諸君!我がジオン公国の戦争目的が正義だからだ。これは諸君らが一番知っている。
そして、一握りのエリートらが宇宙にまで膨れ上がった地球連邦を支配して50余年、
宇宙に住む我々が自由を要求して何度踏みにじられたか。
ジオン公国の掲げる人類一人一人の自由のための戦いを神が見捨てるはずはない。
私の弟!諸君らが愛してくれたガルマ・ザビは死んだ。
何故だ!?
ならば、我らは襟を正し、この戦局を打開しなければならぬ。
我々は過酷な宇宙空間を生活の場としながらも共に苦悩し、錬磨して今日の文化を築き上げてきた。
かつて、ジオン・ダイクンは人類の革新は宇宙の民たる我々から始まると言った。
しかしながら地球連邦のモグラ共は、自分たちが人類の支配権を有すると増長し我々に抗戦する。
諸君の父も、子もその連邦の無思慮な抵抗の前に死んでいったのだ!
この悲しみも怒りも忘れてはならない!それを、ガルマは!死をもって我々に示してくれた!
我々は今、この怒りを結集し、連邦軍に叩きつけて、初めて真の勝利を得ることができる。
この勝利こそ、戦死者全てへの最大の慰めとなる。
「あれ?」って思わないって書いた増田ですが、誤読してたみたいです。
↓こんな感じで。
誤:「ナチス風にアピールすることで、「あれ?」って思わせる」
http://anond.hatelabo.jp/20100911173640
書いた増田です。
ちゃんと横増田だと書かなかったのが悪かったと思っているのですが、自分は別にガンダムが勧善懲悪とかは言っておりません。といいますか、ジオン兵の問題とジオン公国の問題は当然に切り分けた上でのお話です、あれは。
ちょっと独立についての解釈が気になったので簡単におさらいしておきますが、ジオン公国の前身たるジオン共和国の成立はU.C 0058年にさかのぼります。一年戦争まで21年ぐらいは普通に存在してるわけです(その間、ダイクンの暗殺やら、デギンによる公国化がありますけど。あ、一応連邦政府による経済制裁があったという風に年表には書いてありますな)。要するにジオン公国が訴えていた『独立』というのは、『スペースノイドの地球からの独立』という建前と受け取ってよいと思うのですね。で、一週間戦争でコロニーに対する毒ガス使用なんかもやらかしていることなどが傍証になりますが、彼ら(ジオン公国首脳部)がスペースノイドの地位の向上、なんてものを真剣に考えていたとはまず考えられないわけです。言ってしまえば戦争を肯定するためのお題目のようなもので。そういうお題目が掲げられていたことを名目に、『ジオン公国』が犯した大量虐殺を『悪とは言い切れない』『葛藤』なんて都合のいい言葉で免責したら、お禿様に殺されるどころではすみませんよ。あんなの八紘一宇と一緒じゃありませんか。
一見美しいスローガンの存在、個々のジオン兵に愛すべき人々・正しい心を持った人々がいたことを理由に、そういうスローガンを利用し、人たちを動員して、大量虐殺を実行させた『ジオン公国』の悪徳を『勧善懲悪では語れない』で相対化することはできないわけです。「ミハル、俺はもう悲しまないぜ。お前みたいな娘を増やさない為にもジオンを叩く!徹底的にな!」と言えば分かっていただけるでしょうか。わかりにくすぎますか。そうですか。すみません。話を戻しますが、そういう意味でジオン公国は間違いなく『悪』として描かれている/いたと思います(了解されていることを重ねて言うのは野暮ですが、ジオンが『悪』であることは地球連邦政府が『善』であることを保証しませんから、勧善懲悪ではありえないわけです)。
それにしても、一週間戦争で、NBC兵器・コロニー落としを用いて人類のおよそ半分~4分の1を失わせたこと、地球環境を取り返しがつかなくなるぐらい痛めつけることを「悪」として考えられないのなら、いったい何なら悪として考えられるのでしょうか?
そこは脱却できにゃいかんでしょう。
ジオン=ギレンじゃないんだから。
何のために作中で「ジオン兵」を描いたと思ってるんだ?
あれを見てどうして勧善懲悪と考えてしまうのか
不思議でたまらん。
それともコロニー戦争とコロニー落としを理由に独立戦争自体を単純な悪って捉えてるのか?
それこそおかしいだろ。
葛藤すべきは、そうした行為によってしか独立できなかったのかって所じゃないのか。
だから悪とか善とか、戦争は単純に語れない。
勿論ギレン個人が戦争を始めたわけでもない。
ハト派が全てを解決するはずでもない。
行為単体に対してそうしたレッテルを張る事は出来るけれど
それだけに惑わされてはいけない、って事。
つーか、こんないい加減語りつくされた事をここで書くのってものすごい滑稽なんだが…
なに?今からガンダム見ますって話…?
ジオン・ズム・ダイクンの思想の是非と
ジオン公国が悪かそうでないかって問題は切り分けた方がいいよね。
(てゆーかギレンのあれはダイクンのそれを曲解して使ってるわけだし)
ところで、ジオン公国の指導者が開戦直後の一週間戦争でやらかした大量虐殺は
ジオン・ズム・ダイクンの思想を掲げたところで正当化・免罪できるようなもんではないし。
そういう視点を見失ってジオン=悪って思想から脱却しちゃうのはそれはそれでまずくないかしら。色々。
お禿様泣いちゃう。
ナチス”風”で悪役として出て来た相手が、
実は悪と断言できなくなっていく、って話ではないですか。
悪役然とした悪役が単純な「悪」ではなかった、ってストーリー、
そんなに複雑?
ジオン=悪って思想から脱却できないのって
見ていない人くらいではないかと。
それって「シャアが敵の中にいるけど彼は善人だ!」ってくらい滑稽では。
冒頭「地球に攻めて来たジオンって悪役!」って刷り込んでおいて、
徐々に「あれ?」って思わせるのがファーストガンダムだよね。
それだと「あれ?」って思わないような…
一年戦争は、地球の富裕層に差別や物資で虐げられてきたコロニー住人の独立運動なんだから
戦争悪い!って話ではないと…
ギレンの選民思想はジオン・ズム・ダイクンが発端だし。
冒頭「地球に攻めて来たジオンって悪役!」って刷り込んでおいて、
徐々に「あれ?」って思わせるのがファーストガンダムだよね。
ギレンが「悪役」としてのスケープゴートだったのは物語的に確かだと思うけど、
ミスリードされたまま戻ってこれないのってどんだけだ。
ジェネレーションギャップを描くと、テーマが深くなるのは間違いない。
でも、たいした意見も言えない幼児として描かれるキャラは、モブとしての役割しかない。
たとえばガンダムで言うとカツ・レツ・キッカは、物語上で重要な意見を主張してたか?
あれは、守るべき未来の象徴ってだけじゃないの?
だから、ガンダムを世代別にわけるなら、こうなると思う。
壮年層…ランバラル、マクベ、連邦上層部・ジオン上層部(ギレンとか)
あしたのジョー見てて思ったんだけど、最近のアニメって主人公より年下の「あんちゃんがんばれー」みたいな少年少女集団がいないよね。
ガンダムとかジョーとか90年代以前のアニメって大抵3世代が劇中に登場してて、大雑把に分けると
若年層…ガンダムで言うとカツ・レツ・キッカでジョーでいうとサチとかキノコのドヤ街少年少女。
青年層…ガンダムで言うとアムロと同年代、ジョーで言うとジョーと力石とかのボクサー。だいたいここらへんの年代が主人公。
壮年層…ガンダムで言うとブライト(アムロと年齢が近いけど立場上)・連邦上層部・ジオン上層部(ギレンとか)。ジョーで言うと段平とかホセとか。
で、青年層が壮年層の作った世界の仕組みとかに対立するんだけど、自分もその仕組みの中に既に組み込まれてるという矛盾で悩んで、
若年層との意見のギャップに「ああ、自分の考えも凝り固まったもので絶対的に正しいものではないんだなあ」と感じてしまうようなキャラの配置になってる気がする。
若年層がシンジたちチルドレンたちで、
壮年層がゲンドウとか冬月とかにあたる。
やっぱりこの3世代間は一緒にいるけど根本的な考えが違って、完璧にお互いを理解できないような感じになってると思う。
(アムロはよくシンジと対比されるけど、対比するならアムロとミサトじゃないか?立場的に)
年齢が近いならお互いの意見が違っていても考え方が似てるからある程度分かり合えるんだけど、世代が違うともう根本で分かり合えない。
でも世代交代は起こり続けるから主人公たちの意見も絶対的ではないし変わっていくもので、
やがては若い人たちから「古い考え」って言われるのを直接的なテーマではないにしろ、内包してると思う。
で、最近の萌えアニメを見てると主人公と同じ年代の同じ思考、価値観しかいないように見えるんだよ。
時々ヒロインの父親とか出るけど、基本的に主人公たちと同じ考え方で多少豪胆な程度。ウジウジしてる主人公に渇を入れたりする先輩役に過ぎない。
なんで大人は分かってくれないんだ!って衝突する役目じゃない。
逆らいたくても逆らえない、逆らっているうちに自分が若い連中から逆らわれる立場になっている(なっていく)っていう感じがない。
確かにそういう状態じゃないのは居心地が良くて、そもそも萌えアニメ見るときにはそういう世界の方が頭からっぽに出来るからいいんだけど。
分かり合えない、分かってくれない大人に圧迫される主人公とヒロイン、主人公たちの行動に曇りのない純粋な指摘をする子ども、
じゃあそういう状態で自分たちなりの答えを出していこう、って作品が見たい気もする。
インターネットとかのはてなブックマークを活用し、TVを見なくなってから
はっきり言って彼らは終わってるだろう。まずTV局が終わっているということ。
Youtubeやニコニコ動画を見てもわかるように今はTV局の時代じゃない。
なのに未だにTV局なんかやってる。終わってる。
さらにB-CASが対応しておらず、コピーをいじることもできないことも「終わってる感」に拍車をかける。
そしてどこも似たような話題を取り上げてるにも関わらず、重複を一つにまとめることもできない。
視野をちょっと広げればもっと便利な世界が広がっているのにそれに気づかない。
中継局が遠くてせせこましく地方のケーブルTV局だけを徘徊しているような人間だろうからアンテナが折れてても別段驚かないけどさ。
それにしてもなぜTVなのか。やっている人間も時代から取り残されているようにしか見えない。
彼らがギャンを取り扱い、最新モビルスーツを取り揃えるニュータイプを装いながら、実のところは時代遅れのマ・クベ大佐であるという構図が笑える。
まぁ、それでも矜持があるんならまずは地デジに対応して見づらさを解消しなさいな。
今飲んでるキャラメルマロン紅茶があまりインパクトが無くてちょっと残念です。
で、エキストラバージンと普通のバージンとかのランクのことをいったつもりだったんだ。
http://yoil.co.jp/olive/IOOC/index.htm
まあエキストラがかならずしも上位じゃないのはそうそうだよね。
でも、パスタにはやっぱしエクストラバージンオイルのほうがあうとおもうんだ。
個人的な趣味かもしれないけど。
で、どうせバージオンオリーブつかうならエキストラバージンを使うのがいいとおもうんだ。
どぼっどぼっといれても油っぽくならない。悪いの使うとあぶらっぽくなってしょうがない。
パスタはスーパーで売ってるような麺だったらどれも一緒だとおもうなー。
もちろんいいのを買えば違うけど、そういうのは専門店にいかないと手にはいらない。
そこまでするんだったらスーパーでオリーブオイルでも選んでたほうがいいんじゃないのー?
というのが個人的おもい。
自分的には細麺がすきなので、太さ1.4mとかのを買ってる。
もっとスパゲッティーニぐらいの細麺がすきなんだけど日本だと輸入しているようなお店にいかないと無い。
高いので、コスト対効果を勘案の結果見送りです。
紀ノ国屋で日常の食料品を買い物できるような身分になりたいです。
モビルスーツという戦争屋の道具でデートにやってくることは、ますます多様化する宇宙世紀の一つの形式として認められるべきものなのかもしれないと思わないことはないが、例えばつまりジオン男と付き合っていればザクレロを許容しなければならないという言い方も可能であるし、「できるシャア、キメてるシャア」といった三流ガンダム誌にありがちなコピーを無邪気にそのまま鵜呑みにし、「キメてるシャア」が存在すると思ってしまっている数多くの愚かな人々にとって、モビルスーツという兵器に乗って「できる」自分を演出したがる浅はかで自意識過剰なシャアという存在は、こういったセックス体験も少ない愚かなオールドタイプ女(キシリア)がニュータイプに対して抱く幻想をほどよく満たしてくれる、まったくもって都合のよい存在なのだろうなと思われるが、宇宙世紀のサイド3においてこれから付き合おうとしている、あるいは付き合って間もない男と女(わたし)の関係性において、男のために気が置けない赤い塗料を準備しようと様々なリサーチや下調べをし、男の歓心を得るために白いモビルスーツを倒すことは当然だろうと考え、男に対していかなる幻想も持っていない、勤勉なニュータイプ女たちから見れば、モビルスーツをデートの場に平然と着てくる男というものがどのような人種として映るか、上記のオールドタイプ女(キシリア)にも少し想像していただきたいものだな、と思うわけだが、ほのめかしを理解できない人々のためにもう少し詳しく書いておくと、問題は男の側だけにあるのではなく、たとえばモビルスーツを着てくることを「できる自分を見せてくれている」という哀れな理解をする女(ナナイ)の側にあり、こういってよければ男を甘やかすことで、自らの「優しさ」を演出したい気持ちが、本人が意識していようとしていまいとそこには潜んでいるのであって、そんな「優しさ」は単なる自己保身にすぎず、自分が傷つかないための方便以外の何物でもないのだから、女は自分が美しいと思い、金と時間と知恵と力を費やす価値があると思う男に対しては、男のために誠実に尽くしたことが意味のないことだったのかもしれないという嘆息と共に、一番冷たい表情を作って次のように傲慢に言い放てばよいのである。
大佐がデートにモビルスーツを着てくるようなつまらない男だったとは思わなかったわ、と。