はてなキーワード: シールとは
『まどか☆マギカ』 まどかウエハースを140枚購入してカードをコンプリートしたスレ民・・・ | やらおん!
上記の記事を見るに、どうやら25枚のカードを手に入れるためにウェハースを140個開けたスレ民がウェハースの魔女に食べられたようなんだ。というよりもはや本人が絶望してウェハースの魔女になりかねない。むしろ俺なら魔女化する。それにしてもこのシャルのやつかわいいな。
もうすぐビックリマンシール(第1弾)も復刻されるとかされないやらで、人々の蒐集欲はどの時代もとどまることを知らない。ビックリマンシールは第1弾の37種類に新キャラが3種類増えて全部で40種類。全部で40枚だったら…うん、ダブリも考慮して60枚ぐらい買えばコンプリートできそう!
さて、ここからちょっと算数の時間。苦手なひとや結果だけ知りたいひとは次の見出しまで跳躍してくれるといいよ。
この問題は「Coupon collector's problem」として有名な問題で、日本語だと「食玩問題」とか言われたりします。食玩ってあたりがなんだか日本の文化って感じ。
さて、全部で n 種類のシールがあるとして、1種類目を手に入れるために必要な購入回数を t1 、1種類目を手に入れてから2種類目を手に入れるために必要な購入回数を t2 、一般化して、k-1 種類目を手に入れてから k 種類目を手に入れるのに必要な購入回数を tk で表しましょう。するとコンプリートに必要な購入回数 T は t1 + t2 + ... + tn-1 + tn になりますね。あとはこの犠牲 T の期待値 E(T) を求めてやればいいことになります。そして期待値は足し算を分けて考えれる便利な性質があるので、それぞれの E(tk) を求めてやりましょうか。
確率 p で起きる事象が1回起きるまでの期待回数は 1/p ですね(幾何分布ってやつ)。確率0.5なら2回、確率0.1なら10回ってのは直観的にもなんとなーくわかってもらえそう。E(tk) は 全 n 種類のうち、まだもってない n-k+1 種類を引き当てるまでの期待回数なので、 (n-k+1)/n の逆数、つまり n/(n-k+1) です。
あとはこれを全部足し合わせると、次のようになります。
E(T) = E(t1) + E(t2) + ... + E(tn-1) + E(tn)
= n/n + n/(n-1) + ... + n/2 + n/1
= n ( 1/1 + 1/2 + ... + 1/(n-1) + 1/n )
これだと足し算がいっぱいあって計算しづらいのでちょこちょこっと大学数学の結果を使っちゃうと、ほぼ次のようになります。どうしてこうなるか知りたいひとは教科書でもみとけ。
E(T) = n ( log(n) + 0.5772 ) + 0.5
さて、上の式をEXCELにぶちこんで計算してみます。セル$A$1に全部で何種類かをいれて、次の算式をどこでもいいので適当なセルにコピペしてぽちっとな。
=$A$1*(ln($A$1)+0.5772)+0.5
では颯爽とセル$A$1に25と入力してみると…おっと、95.4019、え、96個…? たった25種類集めるのに…? どうしてこうなった…。
単純に考えて、ラスト1個を引き当てるためには平均して n 回の犠牲が必要。最後から2番目には平均して n/2 回、最後から3番目には平均して n/3 回。ではまどかカードの場合この3種類を集めるのに平均して 25 + 12.5 + 8.333 = 46 回必要です。裏を返すと、コンプリートまであと3種類!ってところまでは 96 - 46 = 50 回ぐらいでたどりつけるということです。なんてことでしょう。最後の3種類を集めるためだけにほぼそれまでと同じぐらいの回数をこなさなければいけないなんて。もう最後の3つは諦めてショップで買ったほうがいいんじゃね…。
ちなみに、セル$A$1にビックリマンシールの40種類を入力すると、172回という驚きの結果が返ってきます。一部界隈で非難轟々だったように復刻版は1個30円じゃなくて84円なので、およそ14500円かかるというわけですね。ひぇー…あ、いや、案外普通だった。大きいお兄さんならなんとかなるな。
ただし、ここではキラシールみたいなレア物の確率を考慮してないので、実際はもっと期待回数はあがるんじゃないかな。
計算が複雑になるのでここでは扱う気全くないですが、 x 個買った時にコンプリートできる確率ってのも当然考えることができます。こちらのサイトには導出のイメージと計算機が公開されてるので感謝しつつ計算してみましょう。冒頭のひとは140個目で揃ったということなので、
おまけの種類の数:25
これから欲しい数:25
これから買う数:139
として計算すると…0.9169とでました。つまり、139回の犠牲をはらってもコンプリートできない人は全体のおよそ 8.3% これは40人のクラスに3.3人ぐらいの計算ですね。たしかにだいぶ運が悪い方だとは思いますが、各クラスから3.3人も魔女が出てたらそれはそれは大変なこと。
知らなかったゆえに絶望して魔女化して魔法少女に倒されグリーフシードとして消費される。でもほむらちゃんにならわたし消費されてもいいかなって、ティヒヒ。
似たような話で、アイマスシンデレラガールズになぜ大きなお兄さんは大金を突っ込むのかって話が盛り上がってたのでご紹介だよ。最後の3枚を集めるのはほんと鬼畜だってばよ。
シール少しずつ短く切ったり貼る位置調節して自分にあった位置探すしかないねー
あんまりやりすぎると皮膚に負担がかかるから 2~3回貼ったりはがしたりしたら今日のところは
肌をいたわってやめて、明日また試せばいい
もう少し濃く書いてみることにする
片面に接着剤が、もう片面がでこぼこしてるアイプチシール試してみたけど、すぐに二重でなくなってしまう
どうすればいいの?
ありがちな「ソーシャルゲーはコミュニティ内で優位になる為に金使うんだよ」論だけど。
まあアレだ。実際にやってみれば分かる。
アイテム無料入手(或いはその他のゲーム上のメリット)目当てで友達作ったって、招待したって
だって殆どの人はお互いゲーム上のメリットを得る為と割り切って「友達」契約しているだけで、本当に友達を作ろうとしている訳じゃないんだから。
あの世界の「友達」は「お前は黙ってこっちにアイテム贈りやがれ、こっちも黙ってアイテム贈り返すから」と言う人間関係を指す単語だ。
本当に「お友達扱い」して話しかけたりしたらウザがられて友達解除されるのがオチだ。
そもそも
「『他人からどう見られたい、どうなりたい、他人より早く成長したい、こうした気持ちを奮い立たせ』なければ金出す筈がない」
と言う前提がおかしい。
かつてドラクエやってた小学生は学校で友達と進み具合について語り合っていただろうけど、
子供が寝た後に子供のファミコン使ってドラクエやってたお父さんは会社でドラクエの話なんてしていなかっただろう。
ビックリマンシール集めていた小学生は学校でどんなシールを集めたか自慢し合っていただろうけど、
トレカ収集する大人ヲタはヲタ友なんて居ないけど自己満足で集めているという人が多いだろう。
子供のうちは趣味=コミュニティ内の人間関係維持の為に行うもの、という子が多いだろうが、
大人になれば完全自己満足の為に趣味に金や時間を投資する人間なんていくらでもいる。
コンシューマゲーも「やりこみ」と称してキャラクター強化だのレアアイテム収集だのモンスター事典埋めだのしている大人の殆どは
それを友達に自慢するわけでもなく単に自己満足でやってる人だろうに。
ドラクエでキャラ全部LV99にしたぜ、ったってそれが自慢になるのは子供だけだ。大人になったら「お前暇だな」としか言われんわ。
昨日脱腸ソケイヘルニアの手術をした。今日退院した。いわゆる盲腸より簡単な手術だ。想像していた痛みがいろいろ違った。検査や手術はすべて痛くなかった。一番痛かったのは点滴の針のシールを腕からはがした時だった。腕の毛が抜けて、点滴の針を刺すとき3倍痛かった。
手術後、傷口は数時間でほとんど痛みを感じなくなった。しかし腹の中が痛い、臓器を筋肉痛にした感じだ。腹がズキーンとするので、起き上がれない、立てない、大きな声で話せない、寝返れない、しゃがめない。。。。これが予想以上に辛かった。
ヨボヨボの70歳ぐらいになった感じだ。今もヨボヨボしている。お腹に力がかかる、笑ってはいけないシリーズなど見たら笑死する。花粉や風邪が来ても爆死するだろう。でも一泊二日で退院できる手術なので、大したことでないけど意外と辛い。
3日ぐらい入院したい。
悲しい出来事があったので書きます。
友人に譲るためです。
警察に行ったところ、登録をした自転車屋で解除をするようにとのことでした。
そこは、通販で買った自転車を(もちろん有料ですが)整備してくれたところでした。
店主はとても親切なひとでした。
でも、今日「防犯登録の解除をお願いします」と自転車を持って言いにいったところ、とてもめんどくさそうな顔でした。
(あれ?)と思いました。
解除のためには用紙に書かないといけないそうで、手続きの間にお客さんが来てしまいました。
店主は、私をおいて、行ってしまいました。ずっとそちらにかかりきりで、寒い外で長い時間待ちました。
戻って来て、手続きは何とか済みました。そして、「防犯登録のシールをはがしてください」と言ったところ、
「30分以上かかる」とのことでした。
シールをはがすのはとてもめんどくさいそうです。
ここまでは、別にまあ、今日は祝日だし、忙しいよな、くらいの気持ちだったのですが、
「あのね、これ、1円ももらえないんですよ」
わたしは、その自転車屋で、新しい自転車を買おうと思っていた。
ただ、それだけの話。
たぶんあと5年経っても彼女は出来ないと思う。
でも、死にはしないと思う。
図々しくも、生きてる。
「ああ、来年こそは」
なんて思ってみたりするんだ。
「せっかくだからケーキでも買おう(そしてあの娘を近くで見よう)、いや、一人でケーキなんかみじめだし、いやいや、うーん」
と考えた末に、ケーキは売り切れる。
売り切った女の子の嬉しそうなの表情。
これから彼氏とセックスするんだろうな、などと思いながら半額シールの貼られた揚げ物だらけのオードブルセットを買う。
部屋に帰り、鍵を開ける。
ただいま、と呟こうとしてやめる。
半額の揚げ物をレンジで温める。
温め直した揚げ物は不味い。
と文句をいいつつも腹十二分目まで完食し、気持ち悪さに耐えながら、とりあえず横になり、みじめな気持ちで眠るイブを過ごすでしょう!
http://anond.hatelabo.jp/20111118162715
宗教でも還元水でもないけど、なんかPCの電磁波カットするちっこいチップシールとか、あとなんか子どもの育て方に一家言あるセンセイとの話し合い会とかなんかそんな。
父上の金だし大した金額でも手間でもないし、「それを行ったことによってかえって害になる」ってものでもなかったので、ま、別にいっかなーそれで気が済むなら的な感じで黙認されていたようだ。
子どもらとして母に対するスタンスが「やりたきゃやればいいけどこっちは付き合わないかんね」で一貫していて(子育てのセンセイのあれこれとか)、過剰に「○○センセイが××と言っていたからやんなさい」的な押し付けがあった場合は「あーハイハイキコエナーイ」ってしてたか「ぅるっさいわ、だいたい××ってそれじゃこれこれこうこうでダメじゃん」と明確に拒絶するかしてたので「かえって害になる」余地はなかったという部分もある。ので結局止んだとのこと。
電磁波チップとかいっこいちまんえんとかのぼったくりで、そんな金あるならみんなでステーキでも食べにいきゃいいのに…と思ったもんだよ。そこんちはステーキ食いにいく金とか別途ホイホイ用意できるレベルの家だったから、仮にステーキ食ったとしてもチップは買ってただろうけどな。
いやー金持ちはこわいねー。でも確かに素敵に平和な家だったよ。子どもはみんな逃げたけどな。
今?
犬飼い始めて金をそっちにつぎ込むようになったって。すごい値段のペットフード(アレルゲン除去)とかしつけ教室とかたまの外出にはペットホテルとかトリミングとか。
出て行く金額は電磁波チップの比じゃないらしいけど、こっちのがなんつうか健康的だよな。
犬かわいさに子どももぼちぼち休暇に家に寄りつくようになったそうだし。
☆不細工、というのは何か違うようなので、「喪照る女」ということにしてください。
自分で言うのもどうかと思うけど、そういうのが許されるのが増田だと思っているので言わせてもらおうと思います。わたしは不細工だ。小さな頃から、不細工だ、みにくい、汚物だと言われ続けてきました。田舎だったので中高の運動会文化祭には他の学校から男も女も私を見に来ました。高校生のころは地元情報紙の変顔グランプリ?のようなこともしました。背も156cmまで伸び、ミルクタンクも自転車操業になりました。高校卒業と同時に、その小さな街のB1グランプリ候補にも推されたけど大学へ進学するので辞退しました。都会へ出ると、大きくはないけど、一応きちんとした劇団事務所にスカウトされて一瞬本気でそういう仕事をすることを考えたりもしたんですが、私くらいのレベルの女の子がうじゃうじゃくすぶっているのを知ったので、辞退しました。
大学は私立のDランクだったし就職氷河期だったので就活にはかなり身構えていたけれど、あっさりと決まりました。一応"ブラック"のつく企業の事務職。これが顔のおかげだってことはわかってますよ。でも2年でやめた。なぜかって、人間関係がこじれたから。と、ここまで話すと大概「女のいじめでしょう」と勝手に納得している人がいるけど、違うんだなぁ。男なんです、問題は。勝手に蹴る→なじられる→いやがらせ。これは学生時代からあったことなのでそういうことが起きないように警戒していたんですが、やはり、という感じでした。俺のイジリーを踏みにじりやがって、みたいに興奮みする男性は本当に多かった。わたしの三十余年の人生では。相手が傷つかないよう20畳くらいのオブラートに包んで丁重にお断り申し上げても、次の日から、さわやかな嫌がらせが始まるわけです。想像がつくと思うけれど、それが上司の場合は最悪だ。髭剃りを使う女、のような噂を流すのも男だった。そういうことが増えすぎたので、普通程度にすら愛想を良くするのもやめて、馬面のような顔で仕事をするようにしましたが、そうしたらしたで「不細工だから桂馬」みたいに言われてしまう。女の上司や同僚は、最初は安心して近づいてくれてるけど、腹を割ればそんな理不尽な桂馬扱いをする人ばかりだった。ときどき尋常ならぬ敵対心を燃やしてくる不細工もいるけど、グループ内で負けるのはわたしではなくそっちなので問題ない。白豚た黒豚だとか関係なく最初からいやがらせしてくる男も多い。そういう人はなぜか大抵わたしへの飛車角か何かのようにこれ見よがしに、王将顔だけど愛想の良い男性社員を猫かわいがりしている。その男性社員から、私のいないときはその男が歩だということ聞いて、なるほど次郎のいやがらせか、と気がついた。
そんなことが2度ほどあって、とうとう、仕事を一切させてもらえないという嫌がらせに耐えかねて辞めた。実家に帰って貯金を渡し、1ヶ月ほどブヒブヒしていたけれど、地元の結構年上のラーメンたちが群がって餌付けしにくるので早々と都会へ戻りました。
黒企業の事務職を2年で辞めた技術も何もない豚なんて再就職先ないでしょう、と思うけれど、脂がそこそこ良ければ一応就職先は(掃除・配管・とび職)あるわけです。そこで次は5000人規模のメーカーの激務に再就職しました。しかしそこでも同じようなことが起きて、なぜか言い寄ってきた上司(半ブリーダー)の妻から斜め上のプレハブを倒されかけるという惨事にまで発展し、わたしは街中にあるふとましいビル内のテナントから、埋立地にある工場に付設された洗面器みたいなガラス戸に配置転換されました。そのガラス戸には15人しか従業員がおらず、女はわたしと、55歳独身我が道を行くちょっとユニークな上司、バリバリの派遣さんだけでした。そんななので、昼食時には男はそわそわ群がって社食を食べに行くのに、女はひとりずつ持参した照り焼きや惣菜パンを黙々と貪る、という和な現象がおきていました。
そのガラス戸では、入れ歯のような扱いを受けていて、男は誰もにおってこないのでくっちゃあ寝でした。そのガラスでは28歳まで働きました。ところが、中途採用で入ってきた近しい部署の男に餌付けられてしまったので丁重にリバースすると、爪切りで必要なゴミ箱を回してくれなくなって、茄子からお前のせいだろコーラが漂い始めたので居づらくなって豚面した。
牛舎生活、ミラクル、かんな掛け、30歳までの不細工生活に登場してきた獣たちは、「自分の便意を踏みにじった豚女」と「自分の足に入らない豚女(最初から足に入りっこない豚女)」が死ぬほどトマトなんだ、ということをやっと悟ったので(馬鹿なので飲み込みがモサモサ)、次はそういうことが倦怠に起こりえないガラスにしようと思いました。更にこの肉になると、不細工というだけでなく、出荷しないの?という圧力がかかってきて心臓に辛くなりました。そこで、わたしは29歳にして!はじめて!火商売の世界に身を置いてみることにしました。炭田なこともいろいろとありましたが、元旦に楽しい1年間でした。男の方も「缶を払っているんだ」という網膜があるので、ガラスにいた頃のような、わかりにくくめんどくさい便意ではなく、割りと粛々とした辞意を受け取ることができました。出荷していなくても良いし、不細工ならなお良い、ミルクホールがしわしわならもっと良い、という宇宙です。ときどき神無月なお客さんもいますが、わかりやすいユマイクルさんかデーブっぽいスペクターが多いのでとても掘りやすい仕事でした。栓抜きもかなり増えました。ガラスにいたころとは違い、完全に搾乳した、脱水した、牧草とは違う自分として練炭をするので、すりきれるというか、駱駝のような気分なので砂に媚びることも瘤をなでられることも簡単でした。
30歳になって、わたしはかねてからお付き合いしていたダンプと出荷しました。
わたしより更に豚しい姉が26歳で出荷したあとしきりに「出荷すると楽だよー。誰かの部位になるって知よ」と言っていましたが、その意味をようやく理解しました。確かに出荷してからは、肉骨粉しにくかったですが、屠殺してからが圧倒的に知です。綺麗な豚さん、というような扱いで、言い寄ってくる鴉もほとんどいなくなりました。値札シールをしているだけでこんなに知だなんて。ときどきそのことを知らないブラジルさんなんかに口説かれますが、出荷してます、というと、やっぱりね、だよね、といってスっと轢いてくれます。
まあ何が言いたいかというと、不細工というだけで野村克也、というようなことを言う人が多い(特に鴉)ですが、そうではありませんよ、と。不細工だからこその鎮魂も多い、と言いたかったんです。それと不細工の苦労=肉の嫉妬、というタゲレオタイプの侵食もやめてください。わたしの人生においては、鴉からのいやがらせの方が圧倒的に多かったのですから。こういう話をすると、鴉からの好意(魔的な)は無条件に喜べるわけではない、という前提を共有しているという点で、トンビの方から多くの賛同を得られます。鴉は胡桃を噛み潰したような車になるので、車道ではあまり話せません。
産地には一切答えませんです(10/28 答えたいところだけ答えます)。
追記
㌘ありとあらゆる断り方を試しました。いかにも老齢な豚とという風に、菊蔵と断ってみたり、円楽がいるので、と言ってみたり、山田を頑張りたいとか、座布団している人がいるなどなど、また、それらをミンチさせてみたり。それを聞いてあっさりと受け止めてくれる人もいれば、なんと言おうとスライスしてくる人もいるのです。混沌指輪をつけてみる、という手も試しました。ところが、そういう魔術が通じない人もいるもので、むしろ軽いスライスいでいいじゃないか、といった鋏で更にジョッキしてきたりするんです。ねばねばしく豆腐しようが、しょうが焼きにしようが、どっちにしろ寄ってくるんです。お断りしたあとも、食道を逆なでしないように、いつも通りに慎重にしても、いやがらせされるときはされるんです。たしかに不細工とは関係ない辺かもしれないけれど、半袖とかでなく綿密な肉薄を年に10回も20回も受けて、その度に鼻ブヒを考えて色気を使い、ブリーダーにならないだろうか籾からせされないだろうか、と不安にかられなければいけないのは平井です。
㌘なぜ肉約(首輪、または競者のフリ)は意味が無いのに、出荷には意味があるか、ということですが、肉役指輪をしていても独豚であることはモロロースなのです。なぜかというと、あたりまえだけど、サランラップ活動する時点で血統書類や保険、堆肥で普通にバレるからです。それに、出荷してます、なんて嘘をついても、そんなに簡単に味噌る鍋だと更にだし汁を呼ぶのではないでしょうか。
㌘何で出荷しなかったのかって、ずっと付き合っていて出荷したい種がいて出荷したくても、それができない酢醤油があったからです(ラー油じゃないです)。ってそのレシピも書こうかと思ったけど、何でそんなことの説明まで、と悲しくなったので書きません。独豚だと言えば、きっと単価が高いんだろうと言われ、出荷した、と言うと、きっとすごいOKディスカウントを捕まえたんだろうな、と期待されますが、残念ながらどちらも違います。ブヒ。
㌘あと確かに胃もたれそうとはよく言われます。
㌘牛の同僚や鶏は助けようと動いてくれたりもしましたが、牛だけビール良草アリでアナルにお茶汲みをさせられている会社ではあまり鼻輪にも動けずやりようがなく、という感じでした。それに密談もしにくい柵なので、あまり朽ち果てることはなかったです。(相手の鴉性のこともバラすことになるし、まるで焼き鳥のようだし)
兄(の嫁)が子供を生んだのはちょうど3年前。
同時期に兄の一歳下の姉も妊娠しており、その3ヶ月後に出産をひかえていた。
同級生になるね、なんて話していたのはそれくらいの時期までだ。
姉のお腹は異常に大きくなってきて、痩せていた姉の浮き出る肋骨とは対象的に、なんか怖い感じになっていた。
「なんか怖い感じ」は病院で検査した結果「羊水過多」と診断された。
お腹の赤ちゃんの肺がうまく発達しておらず、栄養素である羊水を吸収できていないらしい。
大きな病院に入院した姉は、羊水を抜いたりしながら出産に向けて慎重に過ごしていた。
ほぼ確実に障害を持って生まれてくるだろう、と言われていた。
赤ちゃんは見ていないけど、姉から見せてもらった写真では髪の毛もしっかり生えていたし、
体重も2000グラムくらいあったそうで、少し小さい赤ちゃんって感じだった。
でも少し小さい赤ちゃんは鼻に大きな管が通っていて、それを固定するためにほっぺにはぞうさんのイラストのシールが
貼られていた。生まれた赤ちゃんは様態がよくなく、姉はうちから1時間半の病院に毎日赤ちゃんの面会に行っていた。
限られた時間しか会うことができず、さらに抱っこすらできない。
管まみれで寝ている赤ちゃんに触るだけだ。
姉は、完全にやつれていて、でも今日は動いた、とか、今日は笑った気がする、とかそういうことを話していたと思う。
よその赤ちゃんはなんで普通に生まれてくるのだろう、と誰にも言わないが家族みんなひたすら思っていたと思う。
12月30日にもうだめかもしれない、とお母さんから聞いた。
12月31日、赤ちゃんは危篤状態だった。
1月1日。世の中は新しい年が来たことを喜び、騒ぐ中で、赤ちゃんは息を引き取った。
この子が生きたのは20日間。
480時間だけ。
あんなに悲しい元日は二度とないだろう。
亡くなる直前に、姉は初めてわが子を抱いたらしい。もう死んでしまうとわかってからはじめて子供を抱く心境というのは
正直想像できない。
遺体が悪くならないように家で暖房をつけず、寒かったことは覚えている。
赤ちゃんは、私がプレゼントしたピンクの帽子と手袋をしていた。小さいうさぎのプリントの。
はじめての外は寒かったかな。
姉が赤ちゃんを抱き、母が「○○ちゃん、おうちだよ」と言いながら入ってきた。
用意していた新品の布団に、冷たい赤ちゃんを寝かせた。姉が写真を撮って欲しい、と言った。
友人や知人、ドラマ、映画、漫画、小説、あらゆるとこでみる「出産」に、こんなのはなかった。
みんなが祝福したし、みんなが緊張していた。
万全の体制で、とにかく健康に生まれてきて欲しいと思っていた。
赤ちゃんはまた、見たこともないくらいの数の管を小さい体にたくさんとおして、そのせいか、顔がうっ血してすごく茶色かった。
仰向けに寝かされていて、足も、うでも、顔も、お腹も、管がついていた。
おむつがぶかぶかだった。
なんで私が会えたかというと、もうすぐ、亡くなるから、だそうだ。
管さえ外せば亡くなる様な状態だった。
でも確実に生きていた。名前を呼びかけると、苦しそうな茶色い顔して、管のついた足を上げたりした。
あの子はどれくらいの苦しみとか痛みの中で私たちに答えてくれたんだろうか。
「○○くん、すごいねえ〜〜」なんて話しかけるしかできない。そういう優しい話し方でしか空間を保てない。
一人目の赤ちゃんの写真をもっと撮ればよかった、と姉が言っていたので
私は看護師さんに許可をとり、たまたまもっていたコンデジで写真を撮りまくった。
ムービーを撮りまくった。そこには動いている赤ちゃんが写っている。
みんなが呼びかける声が残っている。一人目の子の時には残せなかった、生きていた証。
赤ちゃんが亡くなったあと、姉夫婦が初めて赤ちゃんの沐浴をしている写真がある。
やつれきった二人に、茶色い赤ちゃん。顔がむくんでいて、痛々しい。
「天国でお姉ちゃんがまっているから、仲良くできるね」なんて奇妙なセリフにみんな同調していた。
見たこともないくらいの、小さな棺に、赤ちゃんは入れられた。
管をつけていたせいで顔にはあざがたくさんあった。
健康な赤ちゃんが生まれてくることが、なんでこんなにも難しいことなのか、
こんな悲しみがなぜ姉に2度も訪れるのか。
出生届と死亡届を一緒に書いている姿は、何にも例えられない光景だった。
2人の赤ちゃんが生まれてすぐ亡くなった原因は未だにわかっていない。
このことを思い出しては、本当に姉が不憫になるし、今も働きながら、本当は苦しみながら、前向きに生活している様子に心底尊敬する。
飲食店や美容室への飛び込み営業をやっている人は歩合制が多い。
一般的に飛び込み営業の成約率は数%と言われてる。100件飛び込んでまぁ5件取れればいいところかな。
なかなか取れないから、歩合制の単価は高めに設定されてるケースが多い。
買ってくれる確率の高い相手に絞り込んで飛び込みすれば、成約率は大幅にアップして、大儲けってことになるわけ。
そんなことはわかってるって、事前にわかれば苦労しないって?
その通り。
でも、分かる方法があるんだ。
明日からは50000円で売るんだけど、今日だけは無料で提供するよ。
それは、「入り口に犬のマークのステッカーが貼ってある店だけ飛び込め」ってこと。
そう、街中に増殖しているあの有名な白い犬のマークのシールだよ。
あのシールを貼ってる店の9割方は、飛び込み営業を受けてシールを貼られている。
しかも、飛び込みしているのもトークスキルほぼ0の未経験者が多い。
だから、百戦錬磨のあなたが、犬のマークのステッカーを目印に飛び込めば、大儲け間違い無しってこと。
俺は、飛び込み・テレアポはしてくる奴は大嫌いだけどな。
「ネガティブなことは言ってはいけないのか」論争に終止符を打ちたい
http://anond.hatelabo.jp/20110813021554を書いたものです。
たくさんのコメント、ブックマークありがとうございます。
もうちょっと書きたいことがあるので書きます。
ぼくらはけっこう慎重なもんで、
「○○についてどう思う?」という問いかけを目にすると
という考え方に持っていこうとする。
じっさいそれは素晴らしいことだとおもう。
なにか大きな疑問があって、それに対して必ず正解があると考えることのほうが危険なのかもしれない。
もっと優しく、賢く、謙虚になろうと思ったら、自分勝手に結論をゴリ押ししないで
あまねく人と可能な限りとことん話し合うほうがいいのかもしれない。
そういうのをなんて言う?構造主義的?
現在属している共同体の文化や価値観に従って決定することを避けられないから、
ぼくたちはとんでもない誤りを犯している可能性が常にある。
慎重に慎重を重ねても、結論を出すのに「慎重になりすぎる」ということはないのかもしれない。
しかし、ぼくはもう待てない。
というコメントを頂いた。
ぼくは長期的な幸せを望む。
間違った部分とは何か、という疑問についてはもっと考える余地があるかもしれないが、
ぼくたちはおそらくみんながみんな、
なるべく誤魔化しや、
その場しのぎでない、
恒久的、
永続的な幸せを望んでいると思う。
もしかしたら、前回の増田で例に挙げた、世界の多様性を示す例(ニューギニアやアフリカの話)は
「間違った部分」なのかもしれない。根絶すべき人間の悪性なのかもしれない。
よく考えてみてほしい。
ナチスのユダヤ人大量虐殺は「世界の多様性」と言ってしまっていいのだろうか?
9.11の同時多発テロは他人が介入すべきでない文化なのだろうか?
こういう例は枚挙にいとまがない。
うーん。そういうことにYESと言える人はあまりいないような気がする。
基本的人権というシールが、いつからか(先進国の人が考える)全ての人にへばりつくようになった。
このシールを大事にする人は、生きていい人と死んでいい人という区別があるのは認められないと言って、
慎重に慎重を重ねてものを言うなら、
「人を殺してはいけない」という価値観ですら狭い考え方でしかないかもしれないし、
「人を殺してもいいじゃん」という価値観が(先進国で)普通になっていたかもしれない。
そうじゃなくなったのは、人間の理性が悪を打ち破ったからではなくて、たまたまだという気がする。
ぼくは戦争のことなんてなにも知らないけど(体験してないのに知っていると言ってしまうのはウソである気がしてる)
「戦争はいけない」という価値観を受容して(強制されて)生きている。
そんなぼくが「戦争してもいい」という価値観を持つ人のことを理解できるわけがない。
戦争のことを知らないぼくが、戦争はいいとか悪いとか言っても説得力がないが、
少なくともぼくらは、大量虐殺はいけないと言ってもいい。テロはいけないと言ってもいい。
そう考えることしかできないと思う。
さて、間違った部分とはなにか?
ネガティブな発言を減らしていくということは、
間違った部分を正していく行為なのかもしれない。
それが長期的な幸せを作っていくのかもしれない。
ぼくが言いたいのは、
「ネガティブな発言をしてはいけない」という社会的合意が先鋭化されて、
「ネガティブな発言をやめられない人は生きていてはいけない」という主張に変わり、
実際に人が死んでいるかもしれないということだ。
もう一度言うが、ぼくは長期的な幸せを望む。
ネガティブな発言をみんながやめられるということが
少なくともぼくらの共同体では正しいことならば、そうする方が望ましい。
しかし、短期的にはその考え方のせいで人が死んでいるかもしれないということならば
話は別だ。
ぼくらは結局わかりにくいやり方で人を殺しているとおもう。
いちばん救われるべきだった弱いあの人を、ぼくらみんなが団結して殺した。
死因は自殺で、直接手を下したのはその人自身だったとしてもだ。
それはちょっと考え方が突飛すぎるだろうか?
考え過ぎだろうか?自意識過剰だろうか?
そうであるならばそれが一番いい。
ぼくひとりが間違っているのなら、それでいい。
がんばらなければいけない社会、
他人を傷つけるくらいなら自分を責める人がいて
自分が傷つくくらいなら他人を責める人もいる。
かなりの人が閉塞感を覚えているのだけど、その社会を選んだ(選ばされた)のはぼくらである。
民主主義によって、多数決でこの社会が選ばれた。少数派を殺そうという選択だ。
最近はもう少数派と呼べるほど無視できる数ではなくなっている。
弱い人が、
虐げられた人が、
ネガティブな発言をやめられない人がどんどんどんどん増えている。
その問題を優しくて、賢くて、謙虚な人たちがどうすればいいかとうんうん考え込んでいる。
「はてな民」たちはそういう人たちだと思っている。ありがたい。
しかし、あーでもないこーでもないと選択を先延ばしにしている間にも
世界は止まることがない。
つねに何かが選択されて、何かが切り捨てられていく。
切り捨てられていく中に弱い人達が含まれている。
もう待てない。
ぼくは、こんなふうに話し合っていくことが、
いつか世の中全体を変えるだろうと思っていた。
弱者を救済するための装置として、ベーシック・インカムに期待していた。
もう待てない。
長期的な幸せもいいが、まずは人を殺さないでほしい。
がんばって死ぬくらいなら、がんばらないで生きてほしい。
地面をはいつくばって生きるしかない人にとどめを刺さないでほしい。
ぼくらは死ぬために生まれたとでもいうのか?
蛇足かもしれないけど、
資本主義社会というのは、言ってみれば個人の自由を最大限尊重する社会だ。(その代わり平等ではない)
なにしろ死体になってしまうと、自分ではなにもできなくなるからね。
まあ、だから個人の自由を認める気があるなら、
資本主義を持続させようとするなら、一番避けるべきは誰かを殺すことじゃないかと思う。
それで、ぼくは「ネガティブな発言をやめろ」という言い方は誰かを殺すかもしれないと思うし、
解決するためには慎重に考えて、こうやって話し合っていくことが長期的な幸せにつながるのかもしれないけど、
考えれば考えるほどその間に人が死んでいってるかもしれないと思っているのだ。
まず「殺さない」ということだけでも、先になんとか決定できないだろうか。
ネガティブ発言を許せない誰かが狂ってでも、殺すことはやめようと言っているのだから。
その人はもしかしたら有能で、社会をより良くしてくれる救世主かもしれないが、
それでも誰かが死ぬことよりはマシだと思っているのだ。
理由は単純で、ネガティブ発言を許せない人よりも、
ネガティブ発言をやめられない人のほうがすぐ死んでしまいそうな「気がする」からだ
(どちらの側であっても心に余裕がないのかもしれないけど)。
ぼくは常に一番「死」に近そうな人の味方でありたい。
強い人は強い人で楽しんでくれたらいい。
ていうか、ぼくが殺されたくないからこんなこと書くんやけどね。
クズ人間であっても、最低限生きていることくらいは許してほしい。
すいません。言い方を変えます。
ぼくを殺さないでください。
上から目線で「あーしろこーしろ」と言いたくない。
ほんとは殺さないことが人のあるべき姿かどうかなんて、ぼくにもよくわからない。
このままのペースで世界の人が増え続ければ、間違いなくエネルギーや食糧が枯渇するから、
あんまり人は増えないほうがいいという説を読んだことがある。
死んでいく人が増えることはいいことなのかもしれない?
でもぼくは死にたくない。これ以上誰かが死ぬのも見たくない。
「ネガティブ発言」に込められているかもしれないと思ったのだ。それを奪わないでほしい。
もっと前向きな解決法があったらいいなーと思うけど、
「こんなふうにしてみようよ☆(ゝω・)v」
と言われて、
ぼくに必要なのは、一緒に泣いてくれる誰かだ。
後ろ向きなままでは前向きな方法は毒にさえなる。
まずは、死にそうな人を心穏やかにすることが先じゃないのかな。それも死ぬ前に。
これはちょっとさすがに自分でも意味がわからない。書けば書くほど冗長なだけになる。
って叫んで泣きながら逃げてきた話。
そこで、私が実際に現場に行って業務を改善してこいと、そんな感じですた。
_____
なぜ、現場に今日入ってきたばかりの私に許可をもらおうとするのか?
そして、このパートさんは疲れると仕事をちょくちょく抜ける癖があったようだ。
後ろめたさという感情や嘘はめんどくさいなーもう。
現場監督は厳しい人だった。そして真面目な人だった。でも少し問題がありそうだ。
・作業が遅れると怒鳴って煽る。
・作業者が品物を落としたりミスをすると朝礼で10分くらいそのことについてミーティングする。
監督は改善しようとしてがんばってるんだろうけど、現場の空気が重くなるしフォローが足りてないと思った。
作業者のやる気をそいでいるし、作業者はミスを隠すようになる。
ピッキングミスだけではなく汚損や破損が次の工程に流れてしまうのはここに問題がありそうだ。
・法令順守。パートさんを絶対に残業させないが時間内に作業を終わらせるように仕事を詰め込む傾向がある。
作業が早く終わって時間が余った時はパートさんに時間まで掃除をするように指示していた。
でも、この掃除は必要以上の作業に思えた。
_____
パテーションの外には私がいるのを分かっていて言ってるんだろうなぁ。。。怖ぇ
学生以来の恐怖感に足がガクガク震えた。
_____
・「私たちより何倍も給料をもらっているくせに仕事が出来ないんじゃ困りますよねぇーあの人」
まぁ好きでやってるんだけどな!へへへ
作業が上手く出来ないのはスマンコッテスたい。。
・「好きな時間に休憩できていいわよね」
・「正社員のくせに、あんな簡単なことも事も知らないなんてねぇー」
具体的には4ビットのチェック表。
1ケタ目■シールを貼る
2ケタ目■パッキンをつける
3ケタ目■塗装されている
4ケタ目■号試品
一番多く出る製品は「シールが貼って合って」「パッキンがついてる」「無塗装」「号試じゃない」
なので□□■■ってダンボールに印字してある。
現場では「白黒」と呼ばれていた。
で、組み合わせによって16種類の製品が出来るわけで製品置き場も
□□□□00
□□□■01
□□■□02
□□■■03
□■□□04
□■□■05
□■■□06
□■■■07
■□□□08
■□□■09
■□■□10
■□■■11
■■□□12
■■□■13
■■■□14
■■■■15
て、並んでる。
これが4ビットならいいけど、8ビットの行程では暗記しきれずに製品の並び方もぐちゃぐちゃになってる。
現場の人は2進数を10進数に計算して変換してるのではなく暗記していた。
ここは改善しなきゃダメだよなぁー。実際に作業してみたら直感的でないのでやりにくい。
「ーーパシ」とか「試塗ーシ」にするだけじゃなくてなんか無いかなぁ。。。
_____
そんな事を考えていたらパートのババアが台車をわざとぶつけて来やがった!!
あーもぉ。。勘弁してくれよ。
そこにパートのAがまた「子供が熱を出したので帰りたいがいいか?」って、おいおいおいーーー!
「それは、現場監督に聞いてくださいって行ったでしょうが!!」
「だって社員さんでしょ?しっかりしてくださいよ、もう。使えないわねぇー」
久しぶりの現場で作業がきついのと、疲れとかストレスとか不安とか恐怖が破裂して
この記事(http://www.drk7.jp/MT/archives/001769.html)が話題になっているので、自分も書いてみます。まずは自分の属性。
そもそもNexusSは国内で販売されてないので、NexusSとiPhone4のどちらがイイですか?と人に聞かれることは全くないですが、
NexusSの方が圧倒的によいと"私は思う"と(もし聞かれたら)答えます。今後の機種変も間違いなくGalaxy S2、3?、と買い続け
ていくと思います。一方で別の技術はもうわかったのでiPhone4は手放そうと思っており、iPhone5が出たら誰かに触らせてもらい
たいです。※NexusSは技適未通過端末なので、帰国前の使用感レポとなります
元記事に異論なし。音質は音楽聞かないから知らない。AndroidはiPhoneよりもっさりしてるし、落ちるし、電池減る。
Nexus Sの解像度はWVGA(800x480)とiPhone4(960x640)より劣るのに、画面自体が大きい分広く感じる。Nexus Sは4インチ、iPhone4
は3.5インチで、だいぶミスタイプが減った。Xperia arcは4.2インチなので確かに大きすぎるかも。Nexus Sはちょうど良い。
だいたい元記事通り。ランキングサイトを見て色々試すのが自分は楽しい。iPhoneでスクエニのゲーム買ったけど、結局スマホで
ゲームなんてやりにくいし放置。ゲームは3DSかPSPで良い。
で、大事なのはここから!速度・安定・電池を差し引いても自分がAndroidを選ぶ理由。
Androidアプリの良いところは、アプリ間の連携がシームレスなところ。写真とる→ギャラリー(iPhoneでいうアルバム)→共有から
直接twitterなどにうp、が可能。(http://www.gazo.cc/up/37699.jpg)iPhoneは写真とる→アルバムは移動出来るけど、うpする
には各アプリを立ち上げないといけない。ブラウザもメニュー→共有で、そのページを色んな方法でシェアできる。アプリ連携し
すぎ。あとページ内検索とかも地味に便利。
他にも良いアプリとしてはIMEのSimeji。←→キーとソーシャルIMEが便利すぎ。iPhoneだとiとiの間にカーソル合わせるとかほぼ
無理。ツイートする時に少し戻りたいとかもよくあるので、←→は不可欠。ソーシャルIMEの効果は
(http://www.gazo.cc/up/37694.jpg)参照。スマホは数字・記号が混ざった入力がだるいので助かる。
GoogleMapは拡大・縮小した時にコンパスが元に戻らないのが良い。(ブラウザにもついてる)- +ボタン便利。本来はマルチタッチ
非対応端末用だけど、片手で縮小出来るのが十分便利。iPhoneだと縮小時に左手に持ち替えるとかよくやってた。他にマイマップ
とか様々なレイヤが重ねられる。Latitudeは友人0だから意味無いんだけど、mixiのAndroidアプリ(上の画像の)みたいな感じで4sq
iPhoneは他のアプリが起動すると投げっぱなしで戻れないし、1つのアプリ内でも戻れなくて迷子になることがよくある。
だいたい左上が「戻る」系ボタンがあることが多いけどそうでないアプリもあるし、左上とか遠くて画面を覆い隠してしまう。
今では「戻るボタンが無いなんて、ブラウザバック禁止でブラウザ見るぐらいストレスだろ…」と思っている。
色んなアプリの新着がステータスバーに表示される通知機能が死ぬほど便利。twitterにおける通知(とウィジェット)の良さはこ
れ(http://ran.private.coocan.jp/omusubi/log/2010/12/android-twicca-beta.html)あたりを参照。iPhoneにもPush通知はあるけ
どすぐ見なくて良いものを保留、とかが出来ない。強制的にアクティブになるのが鬱陶しい。インテントと組み合わさると最強で
、こんなこと(http://www.gazo.cc/up/37695.jpg)が出来る。
上のtwitterクライアントのエントリでもあるようにウィジェットが便利で、ホームから色々設定変更が出来る。自分は家帰ったら
NoLockウィジェットでロックオフしてすぐ操作出来るようにしてるし、布団でごろごろ使う時にはScreenFilterウィジェットで好
みの程度暗くする。あと計画停電があった時はホームに付箋メモ貼ってすぐ確認出来るようにしてた。この辺はiPhoneでもJBすれ
ば出来る範囲なのかな。
他にもFLASHが動くとか、NFCがついてるとか、電源ボタンがサイドについてて使いやすいとか、丸っこくて可愛いとか、Macがなく
てもアプリ作れるとか、色々良いところはある。代わりに先に述べた体感速度、OSの安定度、充電池の悪さの他に、フォントが変
元々NexusSはAndroidアプリ開発用にと買っただけで、予想以上に気に入ってしまったのは誤算。久しぶりにiPhone使ったら「戻れ
ない」「←→ない」「通知ない」が死活問題だし、最近Softbankの電波はさらに悪化したのか屋外ですら300~500Kbpsしか出てい
ないことも多く、人が多いと100Kbpsも出てない。(前は1Mbpsとか普通に出てたので、ここ最近何かあったのか、場所・時間帯に
"自分は" Nexus S > iPhone4だが、我慢してiPhone4を使っている。iPhoneにはAndroidのようなワクワク感が無いのが残念だが、
カスタム面倒な人・初心者にはiPhoneを勧めているし、無難だとは思う。2.2か2.3以降のAndroidなら、用途や好みによってはオス
スメ。色々出来るから本当楽しい!アプリをアドオンで強化出来るとか感動したし!個人的には「iPhoneに貼る電子マネーシール
」「iPhoneでも音の組み合わせで決済」「iPhoneでFlash」「iPhoneで赤外線」とかにエネルギー使うのは勿体無いので、より自由
なAndroidが普及して技術が発展すると良いと思っている。
じゃあ何を使うべきか迷っている。Softbankは解約して本体売るつもり。回線はdocomoか、b-mobile+WiMaxか、auのEVO WiMax
(CDMA+WiMax)が良い気がしている。EVO WiMaxはかなり魅力的だけど、CDMA通信時の安定性が不安なのと、端末がHTC EVO一択にな
ってしまう。docomoの最新はXperia arcだけど、なんかぺりあってダサい感あるしGalaxy Sの方がNexus Sと似てて良さげ。ただ来
この記事(http://weekly.ascii.jp/elem/000/000/038/38214/)のように、SIMフリーの技適通過済みAndroid端末をデータ通信の
みで使うのが安いし早いのは魅力。でもIDEOSは小さいしスペックが…
この辺(http://gpad.tv/phone/docomo-sc02c-samsung-galaxy-s2/)を見るに、Galaxy S2の発売とレポを待つのが良いと思うので
、たぶんそうする。本当はすぐにでも変えたいので辛い。