はてなキーワード: シームレスとは
(http://www.drk7.jp/MT/archives/001769.html のマネ / http://anond.hatelabo.jp/20110515004216 の続き / 昔も同ネタで書いてた → http://anond.hatelabo.jp/20101218150419 / 書きおわってから http://anond.hatelabo.jp/20110515220351 に気がついた。この記事よりはるかによみやすいのでおススメ)
評価者の属性によっておおきく変りそうなので一応こちらも受けて立とう。
iPod Touchとhtc EVO wimaxを使ってみた差を独断と偏見で語ってみたいと思います。
まず結論から。
比ぶべくもなく圧倒的な差で"僕的には" androidの勝ちです。ただし、iOSユーザにはその意味は多分わからないでしょう。誰にでもおススメできる道具じゃありませんし、そこまでケータイに求めないのであればiPhoneでもガラケーでも好きなもの使えばいいと思います。
androidをかなりはやい時期から使ってたこともあり、iPhoneユーザから「androidいいですか? / androidはコレありますか?」 と人に聞かれることも多いのですが、「androidいいけど、iPhoneでいいならiPhoneのほうが良いよ」あるいは「androidにiPhoneと使いかた違うから、同じように使おうとしてもそんなソフトないかもよ」と答えます。今後の機種変についてはiOS以外なら試していきたいですが、しばらくはandroidを使うことになると思います。
一方、別の技術も知っておくという意味で、オモチャとしてiPod Touchを買ってみました。まぁ、ムービープレイヤーとしてはまぁまぁ良いので、機内のお友にしばらく使うことでしょう。
とはいえ、自分の母親みたいなど素人には「ガラケー使っとけ」と言うでしょう。iTunes用母艦のメンテも、androidのメンテもしたくないよ。
さて以下詳細。
スクロール速度についてはiPod Touchのほうが良い場合が多いです。ただ、htc EVOも言うほど劣っているわけではないです。むしろ、iPod Touch(iOS)でデフォルトのアニメーションで「目がごまかされてる」部分が気になります。アプリの切り替えやインテントによる連携なども含めて、androidのほうが「最短距離を進む」快適さがあります。てか、スクロールなんて引っ掛からなきゃいいでしょ。(xperiaが引っ掛かるのは多分メモリが足りないんじゃないかな)
アプリ込みで考えると、iOSは不安定なものがおおい。これはTouchだからかもしれないが、フォアグラウンドのアプリが突然不安定になっていきなりホームに戻される。これはいただけない。androidの場合はちゃんとエラーダイアログが出て、必要に応じてその内容を作者にフィードバックする仕組みがあるため、ちゃんとしたアプリの安定度は日々あがっている。GCがかかると時々重くなることもあるが、EVOでは気になるほどでもない。
確かにアプリ自体の作り込みはiOSの方が高い。しかし、iOSは「ちょっとしたこと」でも有料アプリな上に、「ちょっとしたこと」が全然使用感の向上に寄与しない。androidの場合、ちょっとしたアプリもインテントのおかげでさまざまな活用法が可能になるので、ボランティアレベルのプログラムでも戦力になる。
例えばiOSユーザの話を聞くと「○○ってアプリは神! Evernote/read it later/ナンチャラカンチャラと連携できる!」みたいな間抜けなことを言っているんだが、Androidはそもそも連携できないアプリがカス以下扱い(昔のustreamアプリとかね)。具体的には、twitterアプリでshort URLを展開する機能がついてて便利! とか言われても、「でもそれ開いてサファリで開いてさらにニコ動アプリ起動して」とか阿呆臭くてしょうがない。どのアプリからでもURLを開こうとするとちゃんと展開→確認の上、最適なアプリで直接開く、というところまで意識的なアプリ切り替えなしで行けるし、見終ったら戻ることも簡単。
あと、有料アプリのお試しができるようになったのが地味に便利。期限が15分になっちゃってちょっと切ない…。お試しができないApp storeで何度か外れアプリを買って以来、iOSで有料アプリは買ってない。
EVOの画面でかすぎ! 手が届かない。通勤中はtouchで我慢することもあります。あと、pdfを読む用にtouchは便利。
とはいえ、スライド読む用と論文読む用で別アプリになってしまい、管理が面倒なのが減点 -- dropboxから送り込むコースとmendeleyから送り込むコースとがあって、さらにわけわからん。あーこれは「画面」の問題じゃないや。
これはEVOは最悪。まぁ、ひどい時にはwimax, 3G(通話用), wifi(テザリング用)と3つも無線機動かすのであきらめてる。ipod touchの持ちの良さは機内のお伴には最適。
touchのカメラはおまけなので評価せず。とはいえ、skype for androidがフロントカメラ使えないので、skypeでvideo chatするときはiPod Touchを使います。てか、iPhoneユーザの「カメラ」ってデジタル処理(instagramとか)ばっかりで気持ちわるい。ちゃんとしたカメラで撮った写真以外を「作品として」人にみせびらかすために「一見オサレ()風に加工」とか、ちょっとねぇ。
あまり気にするほどの耳は持ってない。本体スピーカーは、本体質量がデカい分かもしれないがEVOの圧勝。
wimaxを使いはじめたら元には戻れません。softbank? 使ったことないので評価は控えますが、あの社長は嫌いです。本業おろそかにして目眩しばかりやってるタイプでしょ?
元blogで言及されなかったandroidの特徴が3点あって、「ハードウェアボタン」「連携性」「端末の自由度」。ハードウェアボタンは、「とりあえずここ押す」というボタンなのでとても大事。特にandroidで大事なボタンはbackボタン。つまり、スタック上にさまざまなアプリから取り出してきたactivityがシームレスに重なってて、終わったらそこに戻れる、という環境と、それに適したアプリ/使い方を見つけられないと、androidは不便なだけだと思う{{多くのiOSユーザがこれがわからずに、単体アプリで何でもやりたがるのが不思議である。Emacsか?}}。連携性も同じで、インテントによるアプリを結合した使い方って、確かにちょっと使いこなしが必要な点。ただ、手に馴染むと快適さが半端ない。「端末の自由度」についてはいわずもがな。まだまだ不十分だけど、「ワンセグが欲しい」「おサイフケータイ」「防水じゃなきゃヤダ」という要求に応えられるのはandroidであって、iPhoneではない。
iOSは単体では何もできず、何するにしてもiTunes{{それも「特定のPCの」iTunes! 糞! デスクトップに同期させてると出先のノートで何もできやしない!}}が必要になるのに対して、androidは単独で/クラウドと結合することで成立する環境になっている。まさに Apple と Google の思想の差がそのまま反映されているのは当たり前。iPod Touchはあくまで「Mac/PCのオマケ」な端末であるのに対して、androidは僕の中で「仕事の道具」という位置付け。それぐらいの違いを感じる。
僕は基本的にコンシューマ系OS(Macも、Windowsも)大嫌いな偏った人間ですが、この手の端末は金太郎飴みたいに同じような道具になるのではなく、手になじんだ一人ひとりにスペシャルな道具であるべきだと思ってる派{{カウボーイは、馬は捨てても鞍は捨てずに持っていく by HHK}}。そんなわけで結論に戻って、僕的にはandroidの圧勝なわけでした。ただし、他の人には、「androidは手になじんでくる感じがおもしろいけど、困ってないんなら別にガラケーでいいし、パソコンに慣れてるならiPhoneでいいんじゃない?」 と言ってます。こんないい道具、他人と共有してなるものか(笑)
この記事(http://www.drk7.jp/MT/archives/001769.html)が話題になっているので、自分も書いてみます。まずは自分の属性。
そもそもNexusSは国内で販売されてないので、NexusSとiPhone4のどちらがイイですか?と人に聞かれることは全くないですが、
NexusSの方が圧倒的によいと"私は思う"と(もし聞かれたら)答えます。今後の機種変も間違いなくGalaxy S2、3?、と買い続け
ていくと思います。一方で別の技術はもうわかったのでiPhone4は手放そうと思っており、iPhone5が出たら誰かに触らせてもらい
たいです。※NexusSは技適未通過端末なので、帰国前の使用感レポとなります
元記事に異論なし。音質は音楽聞かないから知らない。AndroidはiPhoneよりもっさりしてるし、落ちるし、電池減る。
Nexus Sの解像度はWVGA(800x480)とiPhone4(960x640)より劣るのに、画面自体が大きい分広く感じる。Nexus Sは4インチ、iPhone4
は3.5インチで、だいぶミスタイプが減った。Xperia arcは4.2インチなので確かに大きすぎるかも。Nexus Sはちょうど良い。
だいたい元記事通り。ランキングサイトを見て色々試すのが自分は楽しい。iPhoneでスクエニのゲーム買ったけど、結局スマホで
ゲームなんてやりにくいし放置。ゲームは3DSかPSPで良い。
で、大事なのはここから!速度・安定・電池を差し引いても自分がAndroidを選ぶ理由。
Androidアプリの良いところは、アプリ間の連携がシームレスなところ。写真とる→ギャラリー(iPhoneでいうアルバム)→共有から
直接twitterなどにうp、が可能。(http://www.gazo.cc/up/37699.jpg)iPhoneは写真とる→アルバムは移動出来るけど、うpする
には各アプリを立ち上げないといけない。ブラウザもメニュー→共有で、そのページを色んな方法でシェアできる。アプリ連携し
すぎ。あとページ内検索とかも地味に便利。
他にも良いアプリとしてはIMEのSimeji。←→キーとソーシャルIMEが便利すぎ。iPhoneだとiとiの間にカーソル合わせるとかほぼ
無理。ツイートする時に少し戻りたいとかもよくあるので、←→は不可欠。ソーシャルIMEの効果は
(http://www.gazo.cc/up/37694.jpg)参照。スマホは数字・記号が混ざった入力がだるいので助かる。
GoogleMapは拡大・縮小した時にコンパスが元に戻らないのが良い。(ブラウザにもついてる)- +ボタン便利。本来はマルチタッチ
非対応端末用だけど、片手で縮小出来るのが十分便利。iPhoneだと縮小時に左手に持ち替えるとかよくやってた。他にマイマップ
とか様々なレイヤが重ねられる。Latitudeは友人0だから意味無いんだけど、mixiのAndroidアプリ(上の画像の)みたいな感じで4sq
iPhoneは他のアプリが起動すると投げっぱなしで戻れないし、1つのアプリ内でも戻れなくて迷子になることがよくある。
だいたい左上が「戻る」系ボタンがあることが多いけどそうでないアプリもあるし、左上とか遠くて画面を覆い隠してしまう。
今では「戻るボタンが無いなんて、ブラウザバック禁止でブラウザ見るぐらいストレスだろ…」と思っている。
色んなアプリの新着がステータスバーに表示される通知機能が死ぬほど便利。twitterにおける通知(とウィジェット)の良さはこ
れ(http://ran.private.coocan.jp/omusubi/log/2010/12/android-twicca-beta.html)あたりを参照。iPhoneにもPush通知はあるけ
どすぐ見なくて良いものを保留、とかが出来ない。強制的にアクティブになるのが鬱陶しい。インテントと組み合わさると最強で
、こんなこと(http://www.gazo.cc/up/37695.jpg)が出来る。
上のtwitterクライアントのエントリでもあるようにウィジェットが便利で、ホームから色々設定変更が出来る。自分は家帰ったら
NoLockウィジェットでロックオフしてすぐ操作出来るようにしてるし、布団でごろごろ使う時にはScreenFilterウィジェットで好
みの程度暗くする。あと計画停電があった時はホームに付箋メモ貼ってすぐ確認出来るようにしてた。この辺はiPhoneでもJBすれ
ば出来る範囲なのかな。
他にもFLASHが動くとか、NFCがついてるとか、電源ボタンがサイドについてて使いやすいとか、丸っこくて可愛いとか、Macがなく
てもアプリ作れるとか、色々良いところはある。代わりに先に述べた体感速度、OSの安定度、充電池の悪さの他に、フォントが変
元々NexusSはAndroidアプリ開発用にと買っただけで、予想以上に気に入ってしまったのは誤算。久しぶりにiPhone使ったら「戻れ
ない」「←→ない」「通知ない」が死活問題だし、最近Softbankの電波はさらに悪化したのか屋外ですら300~500Kbpsしか出てい
ないことも多く、人が多いと100Kbpsも出てない。(前は1Mbpsとか普通に出てたので、ここ最近何かあったのか、場所・時間帯に
"自分は" Nexus S > iPhone4だが、我慢してiPhone4を使っている。iPhoneにはAndroidのようなワクワク感が無いのが残念だが、
カスタム面倒な人・初心者にはiPhoneを勧めているし、無難だとは思う。2.2か2.3以降のAndroidなら、用途や好みによってはオス
スメ。色々出来るから本当楽しい!アプリをアドオンで強化出来るとか感動したし!個人的には「iPhoneに貼る電子マネーシール
」「iPhoneでも音の組み合わせで決済」「iPhoneでFlash」「iPhoneで赤外線」とかにエネルギー使うのは勿体無いので、より自由
なAndroidが普及して技術が発展すると良いと思っている。
じゃあ何を使うべきか迷っている。Softbankは解約して本体売るつもり。回線はdocomoか、b-mobile+WiMaxか、auのEVO WiMax
(CDMA+WiMax)が良い気がしている。EVO WiMaxはかなり魅力的だけど、CDMA通信時の安定性が不安なのと、端末がHTC EVO一択にな
ってしまう。docomoの最新はXperia arcだけど、なんかぺりあってダサい感あるしGalaxy Sの方がNexus Sと似てて良さげ。ただ来
この記事(http://weekly.ascii.jp/elem/000/000/038/38214/)のように、SIMフリーの技適通過済みAndroid端末をデータ通信の
みで使うのが安いし早いのは魅力。でもIDEOSは小さいしスペックが…
この辺(http://gpad.tv/phone/docomo-sc02c-samsung-galaxy-s2/)を見るに、Galaxy S2の発売とレポを待つのが良いと思うので
、たぶんそうする。本当はすぐにでも変えたいので辛い。
元々の社会構造はマイカーが空気のように当たり前に存在していたから、
その意味では、震災後の現状は「大多数が交通弱者」という状況である。
しかしそれは、見方を変えると
「全てが白紙だから、地方版モーダルシフトを展開する好機」とも言えるのである。
三陸鉄道をハブとして、「漁村山村エリアでもモーダルシフトができるか?」を試す
「壮大な社会実験」が試行できる。
勿論、こういう社会での公共交通インフラが、従来同様のシステムでいいはずがない。
軌道の枠を飛び越えたデュアルモードビークル、ITによるオンデマンドバス&タクシー、
2chで神ゲーと名高いXenobladeをやった。プレイ時間100時間超。ここまでくると相当楽しんだろうと思うかもしれないが、実は、やっている最中から危機感を覚えていた。
最初に言っておくと、僕はFF12を神ゲーだと思っているくらいなので(ストーリーの最後はいただけなかったけど)、多少ひいき目なところがある。
このゲームを一言で評すると、「JRPGに必要な要件を外さずに詰め込んだ作品」、裏を返せば、「革新的なところが何一つ無い作品」。Xenobladeにある要素は、ほぼ全て他のゲームで体現されていたものばかりで、「ここが他のゲームと違う」というところがほとんどない。ビジョンのシステムが他には無いかもしれないけど、実は、ビジョンを全て無視しても、ゲームは成り立つ。だから、これが革新的とは思えない。
他に欠点をあげると
結局のところ、「意欲作」という気がしなかった。なぜ、今、このご時世にこんなコテコテのJRPGを作ったのか理解に苦しむ。任天堂がFFを取れなかった分を補うものとしてJRPGを要望したのかもしれないけど、それにしたって、特徴が無い。FF7あたりを現代的なJRPGの出発点とすれば、バトルがシームレスになっただけで、10年間何も進化してないのではないか。
そして、もっと問題だと思っているのが、こうした保守的な作品を歓迎しているプレーヤーたち。これを絶賛できる人は、ゲームに新しいものを求めてないんだろう。そして、そういうゲーマーに迎合しているうちは、ゲームは進化しないだろう。もちろん、他に進化し続けているゲームはあるから、まるでゲーム業界全体の話題として語るのは杞憂なんだけど、でも、プレーヤーは反省してほしい。
3年前に、3年後の日本を予想してやんよと大それたタイトルをつけておきながら、日本の携帯業界の事しか予想しなかった者ですよ。
http://anond.hatelabo.jp/20070802111117
あれからいろいろと携帯業界だけでも結構変わったと思うので、自分に対してレビューを書いてみたいと思います。
まず、ケータイの処理能力とバッテリーが今のケータイの2倍~3倍になる。
3D描画もラクラク。PS2程度の画質になるのは間違いないだろう。
ブクマコメでもあったとおり、電力まわりの進歩はほぼなかったかと。予想大外れ。
当時、ケータイと呼んでいたものがガラケーと呼ばれはじめ、スマートフォンという商品が市場に出てきた。
AppleのiPhoneに始まり、Android搭載のケータイが出てきた。
画質、3D描画はスマートフォンの登場で実現されたと言っていいと思う。
今のところ、GoogleMapに情報を埋め込んでるけど、そんなのあまっちょろい。
foursquareやロケタッチなど国内外の位置情報系サービスは、緯度経度+メタ情報である。
当時の俺が思い描いていたバーチャル世界は、セカンドライフとまでは行かずとも、リアル店舗と仮想店舗をシームレスに行き来できるようなプラットフォームが出来るかなと思っていました。
セカンドライフって騒いでるけど、あまりに仮想過ぎてビジネスへの発展は難しい。あれだって結局広告として利用されてるだけでしょ。
これは予想があたったかな。というか、ブームにすらなっていなかった疑惑。いずれにしても、市場が受け入れるにはちょっと早すぎましたね。
最近では、Ameba piggが仮想空間でのコミュニケーションを展開していますね。
んでリアルに秋葉原に行った場合、目の前にあるリアルな世界と携帯の中にあるバーチャル世界の連動がGPSとかで自動的に行われ、自分にとって有益な広告がバンバン配信される。
スマートフォンの普及により、このへんは実現可能性が高くなってきたかと。
位置連動型広告、というだけだと弱いだろうから、個人の情報(プロフィール、属性、twitterでのつぶやき)を最適化してその人が今欲しがっている情報をプッシュする。
標準報酬月額っていうのがありましてね。
サラリーマンなら名前くらいは聞いたことがあると思いますが、その仕組み自体を理解している人は、あんまりいないのではないかなぁ…と思ったり思わなかったり。
少なくとも、私はつい最近までさっぱりでございました。
社会保険料とは、厚生年金保険料や健康保険料の事。健保厚年っていうとプロっぽい。
給与明細を見れば、健康保険料と厚生年金保険料でかなりの金額が引かれているので、これだけの金額を支払っているのだから、仕組みくらい理解しないといかん!と。
そう思った訳です。
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一応、ここからの話は、私が調べた限りの事なので間違ってるかもしれません。
なんせ、専門家じゃないし専門家が周りにいないので、正解かどうか確認することも…。
ただ、そこまで大きく間違ってないと思うんですが。
あ、一応、厚生年金は「支払った分が帰ってくる(はず)」なので、多く払えば、安定した老後が待っているはずです。たぶん。
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たとえば、標準報酬月額が30万だとしたら。
厚生年金保険料は18等級で46,050円。労使折半なので、自分の負担は23,025円
健康保険料は22等級で24,600円。労使折半なので、自分の負担は12,300円。
http://www.sia.go.jp/seido/iryo/iryo11.htm
上記金額は全国健康保険協会管掌健康保険料。大きなカイシャの保険組合は同じ等級であってもかなり安かったりします。トヨタなんか5,850円ですぜ。従業員負担額。全然違う!
まぁ、そんなわけで月々35,000円くらいが引かれていくわけです。この場合。
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では、この標準報酬月額はどのように決まるのか?
それは、4月5月6月の固定的賃金と、非固定的賃金の平均額で決まります。
これが、いわゆる定時決定と言われるもの。
8月に確定し、9月分の保険料から適用され、10月の給与より引かれます。一ヶ月遅れで。
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固定的賃金とはなにか?
固定的賃金とは基本給や扶養手当、住宅手当、通勤手当、都市手当、住宅手当など。
毎月定額で支払われるモノ。だから、固定的賃金。
非固定的賃金とはなにか?
時間外手当(残業代)、各種勤務手当(夜勤手当等)、皆勤手当、精勤手当など。
支払われたり、支払われなかったり、金額が変動したりするモノ。だから、非固定的賃金。
この固定的賃金と非固定的賃金の4月5月6月の平均額が、標準報酬月額となるのです。
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私はここで「え?」と思いました。
得に、通勤手当は非課税なのですが、標準報酬月額の算定には含まれます。
尚、通勤手当や住宅手当はカイシャによっては半年に一度や四半期に一度、まとめて支払われると思いますが、これは自動的に月ごとに分割されて計算されます。ご安心を。
たとえば、柏から池袋に通い(定期代77,110円)、月々4万円の住宅手当を貰っている社員と、池袋に実家があり、実家から通っている社員だと、標準報酬月額がどれくらい違うのか?
定期代は6ヶ月で割るので12,851円。家賃とあわせると月々約53,000円。
社会保険料の等級は2万円で1等級あがります。53,000円だと2等級ないし3等級違う。
1等級上がる毎に、健康保険料は約1,000円。厚生年金保険料は約1,500円。(注:大雑把)
標準報酬が30万と34万だと、4,710円(折半済み)変わってくるのです。
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「4月から6月(実質は3月から5月)までは残業代抑えておけよ」なんていう事を言われたりしませんでしたか?先輩に。それは、この標準報酬月額の算定月だからなのです。
じゃ、年度末や年度初に忙しくて、それ以外が暇な人には凄い不利じゃん!と思うでしょう。
その通り、そういう人達には、もの凄い不利だったりするのです。この計算方法。
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大げさな例えではありますが、固定的賃金が20万円の人で。
3月から5月の超勤が20万円を越えていて、残りの月が0円の人と。
前者の人は、厚生年金38,375円と健康保険20,500円の58,875円を1年間。
後者の人は、厚生年金23,025円と社会保険12,300円の35,325円を1年間。
その差額は、23,550円。月給だけで、年間282,600円の差。後者の方が、年収は多いのに!
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そんな!
年末調整って、こう言うためにあるんじゃないの!?
沢山払った健康保険料と厚生年金保険料が年末調整では帰ってきません。
社会保険料を何のために支払っているのか考えれば、当然ではありますが。
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でも、でも!
随時改定ってあるじゃん!給与が変動したら、随時改定が発生するんじゃないの?
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随時改定とは、以下の両方の条件に当てはまった場合に発生します。
1. 固定的賃金に変動があったこと。
2. 固定的賃金の変動があった月以後引き続く3か月の間に受けた報酬(非固定的賃金を含みます。)の平均月額によって求めた標準報酬の等級と現在の標準報酬の等級との間に2等級以上の差が生じたこと。
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はいココ、テストにでるよー!この辺がもの凄く重要なんだよー!
ってなわけで、随時改定は固定的賃金の変動でしか発生しません。
非固定的賃金が100万円変わろうが、随時改定は発生しません。残念賞!
固定的賃金の変動は昇給改定で基本給が変わったり、通勤経路が変わって通勤手当が変わったり、子供が生まれて扶養手当が増えたりしたら、随時改定のトリガになります。
2等級以上変動ということは、月々4万円の変動です。
昇給改定や、通勤経路、扶養手当くらいで4万円は普通変わりません。
固定的賃金のみで随時改定が発生するとしたらば、住宅援助金の新規付与くらいでしょう。
だがしかし!先ほどの条件を見てみてください。
「非固定的賃金を含みます」と書いてありますよね。つまり、残業代とかも関係してくる。
非固定的賃金の変動だけでは随時改定が発生しないのに、固定的賃金の変動の際に発生する標準報酬月額の再計算では、非固定的賃金が入ってくるのです。基本給が変われば、当然超勤の基礎額も変わってくるので、当然と言えば当然ですが。
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たとえば、11月に通勤経路が変わって通勤手当が6,000円増えました。
一ヶ月あたり、1,000円です。当たり前ですが、それだけでは随時改定しません。
でも、12月がとても忙しくて1月の給与で12万円の超勤が発生しました。
その人は標準報酬月額が30万円です。
11月の給与と12月の給与は、両方とも30万でした。でも、1月は42万。超勤代込み。
標準報酬月額は「固定的賃金の変動があった月以後引き続く3か月の間に受けた報酬(非固定的賃金を含みます。)の平均月額」です。(30万+30 万+42万)/3ヶ月は、34万円。
30万円から34万円は2等級差。目出度く、標準報酬月額はUPとなるのです。
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なお、固定的賃金が増えた場合には随時改定を計算するトリガとなりますが、固定的賃金が増えた場合には、非固定的賃金がいくら減ろうが随時改定は発生しません。
逆に、固定的賃金が減った場合にも随時改定を計算するトリガとなりますが、固定的賃金が減った場合には、非固定的賃金がいくら増えようが随時改定は発生しません。
なので。
3月~5月にスゲェ忙しい人が、6月の昇給(普通の企業は昇給改定は4月なのですが、カイシャに因って色々です)によって随時改定のトリガが発生しても、減るのは非固定的賃金ばかりなので、残念ながら標準報酬月額は変わりません。
さらに言えば、6月に昇給する人は5月~7月の非固定的賃金に因って随時改定が発生する可能性があったりするので、さらに注意。とはいっても、さすがに3月~7月の超勤を抑えるなんて言うことは、マトモに働いていれば、できないですよねぇ。
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給与からは所得税、住民税、厚生年金保険料、健康保険料と色々引かれているのですが、その実の所を、私はあまり理解していませんでした。毎月見てるのは振り込み金額だけで。
「愛している」の反対語は「無関心」だそうで。
私は俗物ですから、オカネをそれなりに「愛している」訳で、そうだとしたら「無関心」でいるわけにはいかないのです。愛しているならそれなりに関心をもって、考えていかないと!
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厚生年金保険料は2004年から2017年度にかけて、段階的に4.72%引き上げられます。
2004年度には13.58%だったものが、2017年度には18.3%に(労使折半だけど)。
毎年0.354%ずつ上がっていくと殆どの人は気がつかないと思いますが、ざっくりと計算してしまえば、年収500万の人は、2004年度に約 34万だったのが17年度には約46万という計算。
物価スライドや昇給や改定があるので、たとえ話にしかならないんですけど。賞与は別だし。
厳密に言えば、厚生年金は絶対に払い損にはならないし(足りなければ国税から補填されるだけなので…その国税も、所得税とか消費税ですけど)、会社が未加入の場合を除いて払わない方法はないし(違反です)、労使折半なんだから、さくっと払った方が楽です。…たぶん?
ま、頭が悪いので、政治や経済なんかの難しい話は理解できないってのもあるんですが。
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ただ、標準報酬月額の算定だけは解せない!
給与計算が手計算で行なわれていて、標準報酬月額の申請が書類で大なわれていた数十年前ならまだしも、今は殆どの会社で人事給与システムが構築されて、社会保険庁への標準報酬月額の申請までシームレスに行なわれているはずなのに、旧態依然の仕組みのまま!
システム化によって、月ごとに変動した支払額の算出だって可能なはなのに。
さらに、昔に比べて非固定的賃金の割合が増えて、月々の給与の変動が多くなっているので、4月から6月の給与が1年間の社会保険料の基礎額になるのは、如何なモノかと!
一応、4月に定期昇給とか給与改定(ベア)が行なわれるからっていう大義名分はあるけど、殆どの会社で忙しい時期って言ったら、そりゃ、年度末年度初に決まってるじゃんねぇ…。
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ま、長々と書きましたが。
毎月の支払い額が多くても将来年金いっぱい欲しい人は、3月から5月に仕事頑張りましょう。
6月に昇給とかある場合には、5月から7月にも頑張りましょう。もれなく上がります。
住宅援助金貰って、さらに遠い所んで通勤手当を上げれば、さらに増額!
将来不安でも、今遊ぶ金が欲しい人は、逆の行動を。
ついでに!
算定期間中に、福利厚生費とか申請すると、それも非固定的賃金に含まれてラッキー!
私はそれを知らずに、7月に元気よく申請して、今泣いてます。嗚呼。
一身上の都合により、いわゆる同人二次創作を見る機会が最近増えた
驚くのは、あんなにも多数の書き手がいながら、多くが驚くほど似通っていること
いわゆるテンプレストーリー。 男性向けエロなどの多くがこれに当たる
グリム童話のキャラクターを、漫画のキャラクターに置き換える遊びと似通っている気がする
すべて「恋情からくるものである」という仮定の下に読みかえる。
原作内でおきるすべての事件、行動、感情の動きの根底には恋慕があり
キャラクターのほぼすべてを、恋愛の文脈につながるものとして読み解く
少女漫画とかなり近しい気がする
尊敬、友情、憎悪その他原作内で描かれる感情を「性愛」とシームレスにつなげ、その発露部分を描く
尊敬の表現として、友情の表現として、戦闘の代わりとしてのセックスが描かれる
(2)との差異は「恋愛感情」がメインではなく添え物、キャラに「恋愛」という意識がない点
(3)は、基本的には憎悪なら憎悪のまま性的接触をする(恋愛に似た感情の発露はある)
いわゆるパラレルで(1)にあてはまらないもの、
まず前提条件として私はかなりの面倒くさがりだということ。
直前の行為とシームレスに繋がらない事には非常に腰が重くなる。
例えばお風呂がそう。
特にこの季節は厚着してる服を脱がなきゃいけないし
化粧も落とさなきゃいけないし
お風呂に入ろう、と思ってから実際に行動に移すまでに大分逡巡してからでないと動けない。
なんでだろうと考えたら、どうやらお風呂で何をしていいかわからない。
だから、事前に今日は髪を洗う、今日は眉毛を剃る、と、することを決めることにした。
そうしたらお風呂が少し楽になった。
次に、朝起きられない。
これは、布団(暖)→リビング(寒)がシームレスじゃないからだ。
それなら起きる時間より少し前に暖房をつけておけばいいじゃないか。
目覚ましを2回セットして1回目でエアコンをつけて2回目でちゃんと起きよう。
そうすれば暖→寒が暖→暖のコンポに早変わりだ。
こりゃうまくいったら素晴らしい発見だな。
http://anond.hatelabo.jp/20090515121523
宇宙は数学的構造そのものか、という問題は未解決だし、別に実世界との対応関係なんて数学的には考える必要無いということがわからないのか。
いや、そうだけど、何か?
おれ、さっき矛盾することを言ったか?
おれはさっき、「自分の可観測の範囲の実世界と、数学上の取り扱いとの対応関係を、追おうとするからムズムズするんじゃないの?」と言ったまでなんだが。
で、前半の、「宇宙は数学的構造そのものか、という問題は未解決だし、」については、他の増田さんが突っ込んでくれてる通り、
http://anond.hatelabo.jp/20090515121523
でも説明できないってのは人間側の都合だよねぇ。
というそのままだと,おれも思うんだけど。
そういう意味では、未だにマクロの世界とミクロの世界の力学がシームレスにはつながっていないし。
で、
http://anond.hatelabo.jp/20090515122732
そうだけど、それが何なんだ?
ってあたりに、やっぱ文系だなぁという気がする。
それと、
http://anond.hatelabo.jp/20090515121523
という話も、どうも私のさっきの書き込みを勘違いしている。
私は、
http://anond.hatelabo.jp/20090515120247
と、書いた。写像云々の話は余計だったかもしれないし、それが誤解を招いたのかもしれない。
表現する道具としては、どう扱うかということが問題。
いってみれば、マンガにおける「ざわざわ」「シーン」と同じようなもの。
http://anond.hatelabo.jp/20090515121523
バナッハタルスキー分割可能な多様体(ルベーグ可測でない多様体)なんて現実世界には存在しないけど、そんなの数学の世界ではどうでもいいことだ。
私は少し前にとある中小IT会社に勤めていた。
その会社では、金融機関にCやらC++やらCOBOLのPGやらSEやらを派遣する企業で、そこで私は管理職をしていた。
管理職と言っても、朝9時から夜18時まではクライアント出向先でのサーバ管理や社内SEを行い、
自宅に帰ってから家のPCで社員の管理業務を行うという生活だった。
ある日、自宅のWindowsPCが故障してしまい、古かった事もあったので買い替えをしなければならなくなった。
以前から使った経験のないMacに非常に興味があった為、iMacを購入する事にした。当然、MacもWinの様に使える事は確認していたし、
会社の仕事を自宅で行う為にもOfficeMacも購入した。メールもWindowsとのメールやりとりも非常にシームレスに行える事も確認した。
まぁ、何よりも自分でも一度はMacを使ってみたいという好奇心が強かった。
ただ、会社の社員の自宅PCは全てWindowsであり「Macって、仕事で使えるの?は?」というレベルのWindows信者だったので、
そんな中で自分がMacを自宅で使う事にはどこかひっかかる部分があった。
だが、ここはプライベートな事、会社の都合で自分の好きなPCくらい自分で購入したいという思いが強かった。
そんなある日。
自宅から上司へメールを送付した所、「ファイル名が文字化けしている」と嫌味タラタラのお叱りメールが社員全員CCで返信されてきた。
その当時の会社は自宅から社員間どうしでメールにファイルを添付して送付する場合は、情報保護の観点からzip圧縮でパスワードをかけることを義務づけられていた。
Macの場合でもZIP圧縮でパスワードをかけて添付する事は可能なのだが、日本語ファイル名の場合はどうしてもWindows側で開くとファイル名が文字化けしている事が多かった。
後日、社員全員が集まる定例会議の場で自分のパソコンがMacであるので自宅から送付するファイルが文字化けしてしまう事を告げた。
その瞬間に社員全員が「え?Mac?」「Macなんて・・」「なんで・・Mac・・」ぼそぼそ呟く声が聞え始めた。
いや、MacもPCでしょ。立派なパーソナルコンピュータじゃないっすか。
「はい、自宅のWindows PCが故障した為に違うOSも触ってみたかった事などからMacを購入しました。」と告げた。
「ここでは、自宅では皆、Windowsを使ってる。それならコンピュータ買うならWinodws買うのが常識やろ!」上司は罵声を浴びせた。
仕事を中心として考えると上司の言う意見も理解できるが、そもそも自宅のPCまで種類を制限される規約も社内にはないし、Macを購入してはいけないという
規約もない。ちゃんとExcelもWordも問題無く使える。メールも問題なく使える。
これが職場のPC等であれば話は別だ。自宅のPCは自分の金で買うのだ、それについて文句を言われる筋合いはない。
そもそも、自宅で仕事をさせるようにしているのは会社からの指示なのに。
「うちの会社や仕事場で使ってるのはWindowsや。Macなんかは仕事では使えない。Macなんかはコンピュータじゃないんや」
と上司が一言。
周囲の社員も「そうだよな」「Macって・・確か・・デザインのみに使う・・」「ソースもかけないよね」ボソボソと言い始める。
いやいや、UNIXベースだし、PHPもPerlも設定すればすぐ使えるし。
別にここでMacの擁護をするまでもつもりはなかった。
ただ、Macをコンピュータじゃないという上司に呆れてしまった、いや自称ITと称する今の会社や社員に呆れてしまった。
「じゃあ、私はどうすればいいんですか」と問うた。
「なんとか自宅でWindowsを用意しないさい。今後、自宅の仕事でMacを使用する事は禁止する」と一言で片づけられてしまった。
購入したMacはPPCだったのでWindows環境を構築するにはVirtualPCしかない。もう一台PCを仕事の為に購入する事は考えられなかった。
泣く泣くヤフオクでVirtualPCを購入して無料のAVGだけ入れておいた。このVirutalPCがまた非常に使い難い。
とりあえず、会社の仕事の時はVirualPCを使用してそれ以外はMacを使った。
そんな会社だったからなのか、上司や社員ともウマが合わず、結局数年勤務して辞めてしまった。
今となればどうなっていることやら。
連載でだらだら読んでいるだけで、特に最近はうろ覚え回込みなので的外れかもしれませんが。普通に赤木vs鷲巣の麻雀勝負からシームレスに移行したのでいまひとつ転換が周知されていないですが、実はそういうことなのではないかと。天ラストの、赤木茂個人の人生総括と価値観の提示というエピソードを、そのまま鷲巣に変えて行われているのではないだろうか、という。
今の赤木で凄く不自然なのは、鷲巣の視点が異様に多いこと、またアカギがほとんどピンチにならないことです。前者はもちろん"アカギが勝つ物語"なら、アカギの思考=種明かしをそのままだしてしまうことは致命的なのである程度仕方ないですが、それにしても周りには驚き役もたくさんいるわけであるのに、あまりにも鷲巣視点のモノローグ等が多すぎる。そして後者は完全に今までの「アカギ」の物語作りから外れています。圧倒的不利をその才知で覆す、というのがアカギのであったはずであり、ここにきて大幅な枠の転換が起きているのです。
で、それはなぜかというと、今(ここ数年。六回戦開始ぐらいから?)の福本伸行先生が"書いている"こと、そして"書こうとしている"ことは、アカギの物語ではなく、鷲巣巌の人生の総括と価値観の提示、つまり鷲巣版「赤木通夜編」なのではないでしょうか。どちらも触媒として「死」が絡んでおり、同じ老境でありながら赤木と鷲巣では状況が真逆(死を選ぶ/強制される、死に向かう/拒否する、等)という中で、福本先生は再び傑出した個性が死にゆくとき何を想うのかを、書こうとしているのではないだろうかと――。特に鷲巣がそろそろ"死にそう"なこれからの展開は、なかなか興味深いです。
ちなみに細かいことをいくつかいうと、だからクソ長くなるんですよねー。思考に頁をとられてしまうのは福本先生自ら認めていることなのですが、必然的に、という感じで。あと「ここからは麻雀やらないで人生語りやるね!」と区切ってだした天の通夜編が不評だった?ことへの反省から、今度は麻雀勝負の流れの上で書こうとしたのかなあ、という邪推。それが成功するかはわかりませんが。
反嫌儲の腐れデジタルミレニアムコピーワンス搾取はてサのクソどもはいいかげん嫌儲に歴史と理論がある事を知れよアホが!!著作権を振りかざた権威にひれ伏す権力の犬である腐れデジタルミレニアムコピーワンス搾取はてサどもよ、おまいらは打倒されるべき抑圧貴族階級に過ぎん!!何がゆとりだ。腐れデジタルミレニアムコピーワンス搾取はてサ老害こそ文化を独占資本化する帝国主義者だろうが!!
http://www.ezweb.co.jp/~higan/
サイバー反体制派、エレクトロニックフロンティアファウンデーション共同設立者
産業世界を牛耳る政府どもよ、お前たち肉と鋼鉄でできたか弱い巨人どもよ、私は新しい精神の住処、サイバースペースの住人だ。未来のために私はお前たち過去の人間に要求する。我々のことは放っておいてくれ、と。お前たちは我々にとって歓迎すべからざる客だ。我々の集まるところでお前たちの権威は通用しない。
我々は選挙によって選ばれた政府など持たないし、また持つ気もない。従って、私がお前たちに向かって語りかける言葉には、自由が常に語ってやまぬ言葉以上のいかなる権威も含まれていない。そこで私は宣言する。我々が建設中のグローバルな社会空間は当然ながらお前たちが押しつけようと画策する専従体制からは独立している、と。お前たちは我々を規則で縛ることが出来るような道徳的な権利など持っていないし、また我々が真に恐れるに足るようないかなる強制手段も持ち合わせてはいない。政治は統治される国民の同意があって初めて力を持つ。お前たちは我々の同意を促すこともできない。我々はお前たちを歓迎しない。お前たちは我々のことを知らないし、我々の世界も知らない。サイバースペースはお前たちの引いた国境の中にありはしない。公共の建設事業か何かのように、自分たちで作ってしまえるなどと思ったら大間違いだ。そんなことはできはしない。これは自然の営みと同じで、我々の共同の行為と通じて自然に成長していくものだ。
お前たちは我々の大いなる集団の対話に参加したことはないし、また我々の豊かな市場の富を作ったわけでもない。我々の文化も知らなければ、倫理も不文律も知るまい。それは、お前たちが押し付けるどんな強制よりもはるかに多くの秩序を我々の社会に現にもたらしているものだ。お前たちは我々の世界に解決すべき問題が存在すると言う。そしてそのことを口実にして我々の世界を侵略しようとしている。お前たちの言う問題の多くは実際には存在しない。本当に摩擦があり、問題点があれば、我々はそれを認めて我々なりの方法で対処するだろう。我々は我々だけの社会契約を作りつつある。我々の世界の統治は我々の世界の諸条件に応じて自然に発生する物であって、お前たちの勝手な条件から生まれるものではない。我々の世界は違うのだ。
サイバースペースは様々な商取引、関係、そして思考そのものからできあがっていて、それが我々のコミュニケーションのウェブの中にまるで定常波のように隈無く広がっている。我々の世界はいたるところにあるとともにどこにもない。ただしそれは肉体が住める場所ではない。
我々が作りつつある世界はどんな人でも入ることができる。人種、経済力、軍事力、あるいは生まれによる特権や偏見による制限はない。
我々が作りつつある世界では、誰もがどこでも自分の信ずることを表現する事が出来る。それがいかに奇妙な考えであろうと、沈黙を強制されたり、体制への同調を強制されたりすることを恐れる必要はない。
お前たちが考える、所有、表現、自我、運動、前後の関係(コンテクスト)に関する法的概念は我々には適用されない。それは物質に基づくものだからだ。我々の世界に物質は存在しない。
我々の自我は肉体を持たない。だからお前たちと違って、我々は肉体的強制によって、秩序を獲得することは出来ないのだ。我々の世界の統治は、倫理学、啓蒙的な利己主義、連邦体制といった土台から生じるであろうと我々は信じている。我々の自我はお前たちの法的権限が及ばない多岐にわたる領域に分散して存在する事が出来る。我々の世界を構成する様々な文化が唯一一致して認める法は「黄金律(汝の欲することを人にもなせ)」しかない。我々はこれを基礎にして個別の問題の解決を見出そうと望んでいる。しかしお前たちが押しつけようと図る解決法は到底受け入れられない。アメリカでは、お前たちはテレコミュニケーション改革法案なる法律をでっち上げたところだ。これはお前たち自身の憲法を否定し、ジェファーソン、ワシントン、ミル、マディソン、トクビィル、ブランダイスらの描いた夢に泥を塗るのに等しい行為だ。この夢は我々の世界で新しく生まれ変わるに違いない。
お前たちは自分たち自身の子供に脅えている。子供たちはサイバースペースのネイティブなのに、お前たちの方はいつまでたっても根付かぬ移民のままだからだ。この子どもたちを恐れるがゆえに、お前たちは、自分たち自身では卑怯にも真正面から引き受けることの出来ない親としての責任を官僚たちに委ねるのだ。我々の世界では、人間性に関わるあらゆる感情やその表現は、下劣なものから崇高なものまで、みなシームレスな全体を形作る部分であり、ビットによるグローバルな対話の一部なのである。人を窒息させるのも空気なら鳥を舞い上がらせるのも空気であり、両者を区別する事は出来ない。
中国、ドイツ、フランス、ロシア、シンガポール、イタリア、アメリカで、お前たちはサイバースペースのフロンティアに番兵を立たせて自由のウイルスの侵入を何とか食い止めようとしている。それで少しの間は感染を防げるかもしれないが、まもなく世界中がビットメディアに覆い尽くされれば、それも無駄になろう。
お前たちのますます陳腐化する情報産業界は、延命を図ろうとアメリカやその他のいたるところで自分たちの主張を世界中に通すための法律を作ろうとするだろう。その法律とやらは、アイデアもまた別種の工業製品だとのたまう。それは高炉から流れ出た鋼鉄に比べてちょいとばかり高級などというものでは何らないというわけだ。しかし我々の方では、人間の精神が作り出せるものはすべて再生産できるし、また無償で無限回分配することができる。思考のグローバルな伝達にはもはやお前たちの工場の完成を待つには及ばないのである。
このような、陰険で植民知的な措置のおかげで、我々はかつての自由と自己決定を愛した人々と同じ立場に立たされている。かつてこの人々たちは遠くから何の説明もなく権力を揮う政府に対し異議を唱えねばならなかった。我々はここに何としても宣言せねばならない。我々のヴァーチャルな自我はお前たちの権力に対して免疫抵抗を持っている、と。たとえ我々は我々自身を地球全体に分散させているから、誰にも我々の思考を捕縛することはできない。
我々はサイバースペースに精神の文明を作り上げるだろう。そしてそれはかつてお前たち政府が作り上げた世界よりもはるかに人間的で美しいものになるに違いない。
http://anond.hatelabo.jp/20090307040202
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産業世界を牛耳る政府どもよ、お前たち肉と鋼鉄でできたか弱い巨人どもよ、私は新しい精神の住処、サイバースペースの住人だ。未来のために私はお前たち過去の人間に要求する。我々のことは放っておいてくれ、と。お前たちは我々にとって歓迎すべからざる客だ。我々の集まるところでお前たちの権威は通用しない。
我々は選挙によって選ばれた政府など持たないし、また持つ気もない。従って、私がお前たちに向かって語りかける言葉には、自由が常に語ってやまぬ言葉以上のいかなる権威も含まれていない。そこで私は宣言する。我々が建設中のグローバルな社会空間は当然ながらお前たちが押しつけようと画策する専従体制からは独立している、と。お前たちは我々を規則で縛ることが出来るような道徳的な権利など持っていないし、また我々が真に恐れるに足るようないかなる強制手段も持ち合わせてはいない。政治は統治される国民の同意があって初めて力を持つ。お前たちは我々の同意を促すこともできない。我々はお前たちを歓迎しない。お前たちは我々のことを知らないし、我々の世界も知らない。サイバースペースはお前たちの引いた国境の中にありはしない。公共の建設事業か何かのように、自分たちで作ってしまえるなどと思ったら大間違いだ。そんなことはできはしない。これは自然の営みと同じで、我々の共同の行為と通じて自然に成長していくものだ。
お前たちは我々の大いなる集団の対話に参加したことはないし、また我々の豊かな市場の富を作ったわけでもない。我々の文化も知らなければ、倫理も不文律も知るまい。それは、お前たちが押し付けるどんな強制よりもはるかに多くの秩序を我々の社会に現にもたらしているものだ。お前たちは我々の世界に解決すべき問題が存在すると言う。そしてそのことを口実にして我々の世界を侵略しようとしている。お前たちの言う問題の多くは実際には存在しない。本当に摩擦があり、問題点があれば、我々はそれを認めて我々なりの方法で対処するだろう。我々は我々だけの社会契約を作りつつある。我々の世界の統治は我々の世界の諸条件に応じて自然に発生する物であって、お前たちの勝手な条件から生まれるものではない。我々の世界は違うのだ。
サイバースペースは様々な商取引、関係、そして思考そのものからできあがっていて、それが我々のコミュニケーションのウェブの中にまるで定常波のように隈無く広がっている。我々の世界はいたるところにあるとともにどこにもない。ただしそれは肉体が住める場所ではない。
我々が作りつつある世界はどんな人でも入ることができる。人種、経済力、軍事力、あるいは生まれによる特権や偏見による制限はない。
我々が作りつつある世界では、誰もがどこでも自分の信ずることを表現する事が出来る。それがいかに奇妙な考えであろうと、沈黙を強制されたり、体制への同調を強制されたりすることを恐れる必要はない。
お前たちが考える、所有、表現、自我、運動、前後の関係(コンテクスト)に関する法的概念は我々には適用されない。それは物質に基づくものだからだ。我々の世界に物質は存在しない。
我々の自我は肉体を持たない。だからお前たちと違って、我々は肉体的強制によって、秩序を獲得することは出来ないのだ。我々の世界の統治は、倫理学、啓蒙的な利己主義、連邦体制といった土台から生じるであろうと我々は信じている。我々の自我はお前たちの法的権限が及ばない多岐にわたる領域に分散して存在する事が出来る。我々の世界を構成する様々な文化が唯一一致して認める法は「黄金律(汝の欲することを人にもなせ)」しかない。我々はこれを基礎にして個別の問題の解決を見出そうと望んでいる。しかしお前たちが押しつけようと図る解決法は到底受け入れられない。アメリカでは、お前たちはテレコミュニケーション改革法案なる法律をでっち上げたところだ。これはお前たち自身の憲法を否定し、ジェファーソン、ワシントン、ミル、マディソン、トクビィル、ブランダイスらの描いた夢に泥を塗るのに等しい行為だ。この夢は我々の世界で新しく生まれ変わるに違いない。
お前たちは自分たち自身の子供に脅えている。子供たちはサイバースペースのネイティブなのに、お前たちの方はいつまでたっても根付かぬ移民のままだからだ。この子どもたちを恐れるがゆえに、お前たちは、自分たち自身では卑怯にも真正面から引き受けることの出来ない親としての責任を官僚たちに委ねるのだ。我々の世界では、人間性に関わるあらゆる感情やその表現は、下劣なものから崇高なものまで、みなシームレスな全体を形作る部分であり、ビットによるグローバルな対話の一部なのである。人を窒息させるのも空気なら鳥を舞い上がらせるのも空気であり、両者を区別する事は出来ない。
中国、ドイツ、フランス、ロシア、シンガポール、イタリア、アメリカで、お前たちはサイバースペースのフロンティアに番兵を立たせて自由のウイルスの侵入を何とか食い止めようとしている。それで少しの間は感染を防げるかもしれないが、まもなく世界中がビットメディアに覆い尽くされれば、それも無駄になろう。
お前たちのますます陳腐化する情報産業界は、延命を図ろうとアメリカやその他のいたるところで自分たちの主張を世界中に通すための法律を作ろうとするだろう。その法律とやらは、アイデアもまた別種の工業製品だとのたまう。それは高炉から流れ出た鋼鉄に比べてちょいとばかり高級などというものでは何らないというわけだ。しかし我々の方では、人間の精神が作り出せるものはすべて再生産できるし、また無償で無限回分配することができる。思考のグローバルな伝達にはもはやお前たちの工場の完成を待つには及ばないのである。
このような、陰険で植民知的な措置のおかげで、我々はかつての自由と自己決定を愛した人々と同じ立場に立たされている。かつてこの人々たちは遠くから何の説明もなく権力を揮う政府に対し異議を唱えねばならなかった。我々はここに何としても宣言せねばならない。我々のヴァーチャルな自我はお前たちの権力に対して免疫抵抗を持っている、と。たとえ我々は我々自身を地球全体に分散させているから、誰にも我々の思考を捕縛することはできない。
我々はサイバースペースに精神の文明を作り上げるだろう。そしてそれはかつてお前たち政府が作り上げた世界よりもはるかに人間的で美しいものになるに違いない。
骨格から髪の色から何から変わるから周囲の人も別人として扱うし本人も表向きは別人格として振る舞うっていう。
ノンリニア編集(ノンリニアへんしゅう、Non-linear editing)はコンピュータを使用した非直線的(ノンリニア)な映像編集方式のこと。2台以上のデッキを使いテープからテープへ映像をコピーするリニア編集に比べ、編集箇所を自由に選択でき、映像データを即座に追加・削除・修正・並べ替えることができる利点がある。1990年代に登場し、PCと共に急速に普及した。
編集システムとしてはAvid、Adobe Premiere、Corel Ulead VideoStudio、Final Cut Pro、flame、Kino、Canopus CWSシリーズ、Canopus HDWSシリーズなどが代表的である。
PS3のCPUであるCell B.E.は浮動小数点演算処理能力が飛び抜けており、動画エンコード/デコード能力は現在市販されているハイエンドCPUよりも十分に高い。
仮に年月が経過して一般的なPCの性能が向上し、相対的にPS3の処理能力が陳腐化したとしてもコストパフォーマンスの面で断然有利。PS3本体とソフトの価格の合計5万円弱で、同等の環境をPCで揃えるのは至難。時間が経てば本体価格も下がっていくだろうし。
全てのパッケージにHDDが標準搭載で、今月からは80GBが標準になり、しかもその気になればさらに大容量の市販のHDDに換装可能。よって素材となるファイルのストレージとしては容量面も拡張性も十分。また「PLAYSTATION Eye」といったUSBカメラで直接の素材取り込み手段もある。
一般的なMPEG1、2のみならずh.264やDivXも再生に対応しているので、出力形式の対応も敷居は低いのでは。
PS3用ソフト「まいにちいっしょ」には、ゲーム内を録画してYouTubeにアップロードする機能があり、他のメーカーに提供されている開発環境にもこの機能は含まれていると聞く。よって制作した動画や音声をシームレスにYouTubeにアップロードする事も可能なのでは。
制作した動画をフレンドに送ったり、制作者のhomeでフレンドを呼んで上映するといった機能も実現可能なはず。もしくは、ソフトそのものにストリーミングサーバの機能を付加するというのもアリかも。
当然ながら可能だろう。
大容量ストレージと高性能CPUが必須のソフトなのでWiiにはまず不可能だろう。可能性があるとすればXbox360だが、(3)は専用HDDしか選択肢がなく価格も高価。(5)は今のところ実績は無く、PS3に十分なアドバンテージが見込める。
YouTubeやニコニコ動画など、ユーザが作成する動画コンテンツ(CGMとか言うんだっけ)の隆盛は今後も続くと思われるので、その分野で一定の地位を確立するのも将来的にも有益ではないかと思うが、いかがだろうか。
まぁ、それを言ったらWebサービスなんてデスクトップアプリケーションの焼き直しですから??(笑
でも最初の人力検索+質問 というアイディアは英語サービスでも成功しているのは、当時そう多くなかったと思われ。
今はもうWebサービスの閉じた中でなにをするのかより、webとオフラインをどうシームレスに使うかでしょ。
図書館や写真の大量のスキャニングでも(goole)、加速度センサー付のコントローラー(wii)でも、webライブラリ直結のプレイヤー(ipod)でも、ロボットでも、PDAでも、なんでもいいけどさー PCだって今にマウスとか無くなるよ。
もうさ、次のはてなサービスは脳みそ直結とか目の動きでブラウジングとかでいいんじゃね?
もっと現実的なとこだと携帯で人力渋滞情報とか。あ”運転中はダメか。
まー、引きこもってないで外に出なさいということだ。
Xbox360(以下「360」)の機能に関しては公式サイトにあるとおり。
巽氏 ただのゲーム機というよりも、コミュニケーションとしてのツールではないかと思っています。オンラインでもオフラインでも、そこに一緒に遊ぶ友達がいるから、面白いゲーム機なんじゃないかな、と。
この認識自体が間違いの元なんじゃないか思う。
どうしてみんなオンラインに繋ぐのかな、と思うと、みんながみんな、世界中の知らない人と対戦したいから繋いでるわけじゃないと思うんです。そういう人も、もちろん多いとは思いますが、一番多いのは、友達と一緒に戦う協力プレイや対戦プレイなんじゃないかなと。
つい最近、親戚の結婚式の二次会を自宅でやる羽目になり、小学生??中学生前後の男子数名がヒマを持て余しているのを見かねて自室の360を引っ張り出してやったんだけど、その際面白い体験が出来た。
彼らは最初はこぞってゲームに興じていたんだが、1時間ほど経った頃にそのうちの一人が俺の所へやってきて「********って人がオンラインになったみたいだけど…」と、まるで怒られるのを覚悟したかのような態度で言ってきた。俺はそれが何を意味しているのかよく分からず、ハングアップでもしたかと思って様子を見に行くと、ゲーム自体は正常に起動しているのに誰も本体やコントローラに触れようともしていなかった。
理由を尋ねてみると、フレンドのオンライン状態が分かる(自分のオンライン状態が相手に知らされる)というのは、かなりの精神的圧迫感を感じるらしい。ゲーム中にそういったポップアップが頻繁に表示されるのが気になってゲームに集中出来ない、もしくは何をすれば良いのか分からず怖くなった、というのが彼らの主張だった。
片っ端からフレンド登録している俺の360はしょっちゅう誰かがオンラインになったりメッセージが届いたりしているんだが、それが彼らにとってはパニックを引き起こす引き金となっているようだ。
それは、彼らが「フレンドからのメッセージ」を「同級生からの携帯メール」に相当するものと解釈しているからなのだろう。俺にはよく分からないが、「同級生からの携帯メール」は彼らにとって「xx分以内に返信しないといけないもの」らしく、それを怠るとクラス内の人間関係に色々と軋轢を生んだりするらしい。それが当たり前になっている彼らにとって、ゲーム中にいきなり外人から「hello :-)」とかメッセージが届いたりする機能がどんな風に映るのか、想像に難くない。シームレスなコミュニケーション機能が、相手からの呼びかけにシームレスに反応する事を強要されると受け止められている点は興味深かった。
随分昔(と言うほどでもないが)「ぱど厨」というのが問題視された事もあったが、もしああいった発想の持ち主が360に大量に流入してきたら?
たとえば「オンラインになったらフレンドには必ず挨拶を送る事」なんてルールを勝手に仲間内で作って、それとは無関係なフレンドにまで波及させて「○×厨」といったカテゴライズされて疎まれる、なんて未来を想像して頭が痛くなってきた。18歳未満が登録出来ない(というタテマエになっている)Mixiですら、足跡だけ残して日記にコメント付けないのはダメだとかいう妙なルールをクリエイトする人も居るしなあ。
他にも上記URLの記事には、
また先日のアップデートで、パーソナルプロフィールや、フレンドのフレンドが見られるようになりました。SNS的な広がりもこれからはできるのかな、と。巽氏 結構、その人の性格が見えてくるのが面白いですよね。498文字まで書けるので語っている人とかもいたりしますね。
これも色々と厄介な問題を起こす事になりそうだ。プロフィールにクラスメートの悪口書きまくったり、共謀して特定の人物の悪評を送りまくったり、協力プレイでヘマした相手の陰口をどこかに書き込んだり。
別に俺個人が心配する事でも何でもないんだが、360の普及を願う立場の人は、360の「売り」そのものが普及の妨げになっている可能性も考えた方がいいんじゃないかと思う。