はてなキーワード: ショッピングモールとは
僕の町はど田舎です。娯楽施設なんて何一つなく、ただただ雄大な自然が、端的に言ってしまえば山ばっかりが町を囲っています。
人口は千人あちこち。移動に車は必須で、大きな買い物をするためには逐一近くの大型ショッピングモールにいかねばなりません。
場所によっては携帯も繋がらない。光回線だって通っていない。冬には雪が降り積もり、色々とお金も人でも必要なのに、仕事はないわ魅力はないわで色々と積んでいるよくある田舎町なのです。
そんな田舎町の、更に奥まった場所に、バブル期の名残でもあるホテルが建っています。僕はそこで厨房の手伝いをしています。
その他に働いている従業員は皆都市部出身。額面通りの都市ではないにせよ、僕の町よりはよっぽど発展した町からやってきた人々たちばかりです。
そんな人達が、ことあるごとに言う訳です。ここは辺鄙な場所だと。娯楽は少ないし、何かと不便であると。
その通りなんです。その通りなんですけど、なんだか腹立たしいのです。
僕の中に郷土愛なんてものがあるからなのかもしれません。あるいは、お前たちがそれを言うなよと思ってしまうからなのかもしれません。
持てる者だからこそ知っている優越感に、無意識の内に反発してしまうのです。
この感情は、だから僻みと紙一重なのでしょう。もしかすると嫉妬なのかもしれませんし、羨望なのかもしれません。度が過ぎれば憎しみに変わることもあるかもしれません。
僕個人としては、少なくとも表面的にはどうでもいいと感じているにも関わらず、です。
最初から持てる者として生まれた人が、自身の当然を口にするときは注意が必要です。たとえどれだけ相手が気を許しているように見えても、その実傷を与えているとも分からないからです。
ヘラヘラ笑っているその裏で何を考えているのかはわからない、などというつもりはありませんが、自らの当然が当然足りえる空間を認識する必要はあると思うのです。
http://news.livedoor.com/article/detail/5874529/
ショッピングモールや歩道で、道幅一杯に広がって並んで歩くベビーカー。
ラッシュで混雑している電車に、折りたたまずに突っ込んでくるベビーカー。
危ないという注意書きを無視してエスカレーターに載りこんでくるベビーカー。
はっきり言う。
大体、手伝ってくれないような人ばかりの場所に、どうしてわざわざベビーカーで行くんだ?
そんな場所にベビーカーで行くと大変なことになると想像できなかったんだろうか。
ベビーカーに対して寛容になれと言う前に、ベビーカーを使う上でまず親が留意すべきことが色々あるんじゃないか。
舌打ちされるシチュエーションも、ちょっと考えれば分かると思うんだけど。
今なお、商店街に店を構えていたり、住居として住んでいる人たちは、生存戦略の勝者なんよ。
商売していなくても生きていける。
ある意味勝ち組なわけで、そんな選ばれた人たちが、腰を低くして商売を続ける理由はあまりない。
生存戦略として、大手のフランチャズに加盟して、コンビニに転身した酒屋もいたし、郊外のロードサイドやショッピングモールに出店した本屋や靴屋もいたし、何も手を打たずに倒産して、街を出ていった人もいたし、それぞれが生存戦略にしたがって、行動した結果が、今のシャッター街だったり、歯抜けの駐車場だったりするわけです。
そこを活性化するとかいっても、どちらかというと勝ち組の地主さんしか残っていないわけで、その人にとっては、今の状況が一番収益が高くて手間がかからないのだろうし、新しいことをはじめるだけの探究心が残っていればいいのだろうけど、一定の年齢以上では無理でしょう。
個々の家とか店から見たら、今の状況は必然的な成功だけれども、駅前とか街の中心地に公益性があるとしたら、失敗なんだろうなと思います。
私は小さい私立進学校の教師をしていた。
その学校とは教育方針が合わずやめさせられてしまった。(実質契約満了という名の解雇)
当時高校2年の女子生徒(以下彼女)でわりと当時20代後半の私に挑発してきた子だ。
名前はもう覚えていない。その後、いくつかの学校を回ったから、そんな子はいくらでもいた。去年もいた。
その私立高校を1年後彼女が卒業して彼氏を連れてともに大型ショッピングモールで偶然再会してしまった。
彼女は覚えていたようだ。彼氏連れ。けっこうきまずい。しかし彼女から声をかけてきてしまった。
名前を呼ばれてしまった。当時自分はまともに仕事もしていなかった。しかしフルネームで呼ばれては拒否はできない。
私「卒業できたの?」
彼女「うん。」
私「進路は決まったの。」
彼女「うん。」
私「それはよかったね。」
先生は今何やってるの?
私「バスの運転手」
当時、大型2種免許が取れていたのが幸いだった。
「でもね。また教員できることになったんだよ。今度は別のところだけどね。」
私「臨時なんだけど、公立だよ。こんどは近くていいよ。」
私「ここ(ショッピングモ-ル)大きいでしょ。」
私「今度、そっちの近くにもできるみたいだから。これからこういうの増えていくよ。」
彼氏は私と話している間、柱の陰に隠れている。私はツレの彼の嫉妬を察知したかこの会話はやめなくてはいけないものだ。と直感で思った。
私「先生は結構近くに住んでるからよく来てるんだよ。また来たらいるかも。」
私「うん。頑張るよ。というか、お前ががんばれ。」
彼女「はぁい。」
私「じゃあ、いつか・・・」
といいつつ、もう会うこともないだろう、1分なかった会話を後に足早に去ったことは今でも鮮明に覚えている。
そしていま彼女はどうしているだろうか?気にしつつ、どんなに華やかな世界を送っていようが表に出ることはない。所詮、過去の人間なのだ。
アパレル・コスメメーカーがばたばた倒産しそうだな…と思ったんだけど、イスラム圏のアパレル・コスメ関係ってどうなってんだろ。
目と足首で判断されるから目力命らしいっていうのは聞いたことがあるような?
ただの黒い布と見せかけてブルカにもグレードやら細部におしゃれなこだわりなんかがあって差別化されてるんだろうか。
「あのこ、し○むらのブルカなのよー。だっさ」みたいな(し○むらに他意はない)
前にドバイの大金持ちのご夫人方がきらびやかなショッピングモールでヴィトンやらのブランドバックを
追記:いろいろ考えたけど迷惑かどうかは関係ないですね。
私は加害者の謝罪という行為に一切の意味を認めたくない、ということだけが言いたかったのだと思います。
これはつまり、加害者は一度いじめてしまったら何をしても加害者自身の行為によっては何も取り返しがつかない。
一方で、被害者はその気になればそいつを許して忘れることができるのだと信じたいと思います。
状況が変われば、イジメられた側の方がむしろ選択として自由になれる。そう信じて生きていきたいと思う。
お互いの間には、事実のつながりしかない。人間としてのやりとりはなかった。
だから、後は自分がその被害を受けたという事実に対してどう向き合うかだけが大事ということにしたい。
この記事を見て思ったこと
http://anond.hatelabo.jp/20110630125005
ネットには
「いじめられっ子はいじめのコト覚えていて、いじめっこはいじめのこと忘れてるのが当たり前」
みたいな常識があるみたいで言いにくいけど、そうでもない場合だってあるんだよ。
教師すら迷惑そうにして見て見ぬふりをしてたみたいなことは覚えてるけど、
いじめっこの名前とか顔とか、その時の教師の顔とか全然覚えてなかった。
多分そのあとで普通に友だちができてそれなりにいい生活を送れたからだと思う。
いじめられたたことも、いじめてたヤツのことも、全部自分の中で大した比重を持たなくなっていた。
もういじめられたということは、自分の中では特別なものじゃなくなってた。
もちろん他人に攻撃されたという事実は何時まで経ってもいい思い出にはならない。そこは勘違いしてほしくない。
でも、いじめられていたって事実もなんだかもう文字の上での出来事って感じで、強い実感を持って迫ってくるものじゃなくなってた。
だから久々に地元のショッピングモールでいじめっこだったらしい子と再開したとき
相手が挙動不審になって、申し訳なさそうな顔で話しかけてきたのだが
私はそもそもその子の名前も顔も全く覚えてなかった。
で、忘れてたのに「あの時はごめんなさい」とか言い出したので、バカかこいつはと思った。
どうでもいいが、なんでこういう奴らって、やましいことがあるくせに自分から話しかけてくるんだろう。
私は別にどっちでもよかったけど、相手が今だに恨んでたらどうするつもりだったんだろう。
恨んでなかったにせよ、かつてのいじめでしかつながってない奴と何を話すことがあるだろう。
そして取り返しの付かないことについて一方的に謝ってくる無神経さ。
昔自分がやったことを、よりにもよって相手に承認でもして欲しいんだろうか。
それとも何か今からでも埋め合わせをする覚悟でもあるのだろうか。
この子が私に何を求めているのか、何をしたいのか、私には全く理解できなかった。
きっとその場だけの衝動に動かされた行動なんだろう。すっきりしたかっただけなんだろう。
なんだかとっても薄っぺらな態度に見えた。
いじめのこと自体はどうでもいい。いやどうでもいいわけじゃないけど今更いっても仕方ない。
でも、仕方ないからこそ、謝ることも許されないし自分で抱えとくか、それが出来ないなら忘れるべきだ。
私は忘れてる奴のことはそんなにひどいと思わない。人間そんなもんだろうと納得出来る。私だって忘れてたし。
でも、軽々しく謝ってくる奴には怒りを感じる。
それは無神経だし、想像力が無さすぎるし、いじめた奴に対して甘えようとする態度が許しがたい。
今の自分が平気だからって、この謝罪を受け入れて軽々しく許しちゃうのでは、
相手の心に傷をつけちゃった後、できることなんか何も無い。
許すも許さないも、忘れる忘れないも、立ち直るも立ち直らないも、全部それはイジメられた側の問題なのだ。
これはいじめに限らない。恋愛でも仕事でも同じだろう。特にいじめなんかはフォロー不可能だ。
ああ、こういう奴だから昔いじめをやったりしてたのかな。成長がないな。
別に成長しないのはいいけど私には関わってほしくない人種だと思う。
今までテレビを見ていて、腹立たしさを覚えたことは殆ど無かった。
ただ先日放送された、TBS 「 紳助社長のプロデュース大作戦! 」を見て少し腹がたった。
内容を大雑把に書くと、『渡る世間は鬼ばかり』のメンバーが宮古島の民宿に駆けつけ、祭りを開く的な内容でした。
民宿の備品や環境設備などを、地元のショッピングモールや建設会社で購入や施工のお願いをするのですが
はっきり言って半ば脅迫のような値切り交渉と、当たり前のように無理難題を押し付ける施工依頼。
というようにしか受け止められず、見ていて気分の良いものではありませんでした。
もしかしたら、裏ではしっかり正規料金が払われているのかもしれませんが、
上記のような演出は、経済的に苦しいと思われる沖縄県で行なっていいものでしょうか。
正直なところ、ワンマン社長が自分の古い考えとセンスを宮古島の民宿に押し付け、地元の店舗さんや業者さんも巻き込み、無理やり美談に着地させるやり方に納得がいきません。
チラシの裏にでも書けばいいことかもしれませんが、視聴したみなさんはどう感じたでしょうか。
全体的に見てて思うんだが。
ものすごい郊外で、大きな駐車場を完備できるような、逆に言えばそれまでは店の選択余地が無いような場所を想定してる奴と、
元増田がリンクしたような、それなりの規模の都市を想定してる奴と、話がかみ合ってないな。
どこの駅前に行っても似たようなアーケードで似たような店が並んでただけで、
歴史と言っても、殆どの店は長くてもせいぜい50年くらいしか歴史がない。
それこそ昔は、駅前に個人商店が集まってるわけでもなく、住宅街の中に酒屋も八百屋も魚屋も点在してて、
仕事も自宅近辺でやってたわけで、みんな自分の住む町内で生産活動も消費活動も完結してた。
「駅前商店街」という業態は、鉄道が整備されて地方から都会へ通勤することが当たり前になった時代に、
鉄道の客を目当てに計画的に作られた商店街であって、元々そんなに古いものではない。
いいや、理解できてないのはお前。
商店街もショッピングモールも包括的な1:1か個別的なN:Nかでしかない。
それを1:Nとか臆面も無く書いちゃう時点で君が商店街関係者並にバイアス掛かりまくりで話にならないのは自明だから。
うちの街だけかもしれないけど
明確な違いなんてないよ。
それは客じゃない。いずれそこが限界集落になっても卑しく土着し続ける運命共同体だ。
はあ?wwショッピングモールを勝手にひとつにまとめあげてんじゃねえよw
商店街がショッピングモール内の複数の店を潰せばいいじゃない。
ま、勝てる見込みのない勝負なんて適当に理由付けて断るよねwwわかるよww
地元民が買い物する場所がなくなって困ったとする。
http://anond.hatelabo.jp/20110611103135
http://anond.hatelabo.jp/20110611103236
ショッピングモールと商店街と、維持コストの違いを考えてみろよ。
ショッピングモールで必要な客数が確保できなくても、商店街ならやってけるんだよ。