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2012-02-05

これからSNSTwitterを始める君達へ

こんばんは、今日は君たちにSNSTwitterちょっとだけ先輩である、お兄さんから2点ほどアドバイスをしたいと思うんだ、退屈だと思うけど少しの間だけ我慢してお兄さんの話を聞いてほしい。お兄さんからのお願いだ。





※ちなみにインターネットにどっぷり浸かった大人達はもう十分に分かりきってんだろ、こんな文章は読まなくたって一向に構わん内容だから、さっさと自分の巣に帰れよ。




さて、加齢臭のするくさい大人たちが帰ったところでお話を始めるね。



1.SNSTwitterはいつも誰かが見張ってるんだ。

SNSTwitterというのはいつも誰かが見張ってるような場所なんだ、そうで無い場所もあるんだけど、見張ってる場所の方がいっぱいある。

そんな場所イケナイ発言をしてしまうと大変なことになってしまうから注意しよう。

例えば、君はおそらく思春期から色々と悪い事もしてしまうかもしれない、だけどそんな時にSNSTwitterで簡単にそんな悪い事を書いたら駄目なんだ。

何故かと言うと、もしその発言をしたのが現実世界の君だという事が分かってしまったら大変な事になってしまうんだ。

何が大変になるのか、ちょっと疑問思ったかな?

何故かというとインターネット世界にいる大人たちはみんなアンパンマンみたいな正義の心に溢れた人ばかりなんだ。

から君が悪い事をしていると怒ったり、制服のおじさんを家に向かわせたり、学校先生や、えらい人にチクったりするんだ。

お兄さんがインターネットをやってきてイケナイ発言をして制服のおじさんに連れて行かれた人は何人も見てきてる。

からこれからSNSTwitterを始める君たちにはいつも誰かが見張ってるという事を覚えてて欲しいんだ。





2.それならイケナイ事、以外なら言っても大丈夫

これが実はそうでも無いんだ、ここがお兄さんが今日、君たちに伝えたい大事ポイントからしっかり聞いて欲しい。


例えば、君がサッカー部リーダーだったとしようか。

サッカー部リーダーの君はとても人気者で隣の学校にも名前が知られてるんだ。

そんな時、隣の学校サッカー部リーダーが君のところにやってきて、『お願いがあるんだ、今度の日曜日に君のチームと練習試合をさせてくれないか?』と言ってきたとしよう。

この時きみは隣のサッカー部リーダーにお願いされた事でちょっと気分が良くてチームメイト相談しないでオッケーしてしまうんだ。

だけど肝心の日曜日にはチームメイト全然まらなくて練習試合どころではなくなってしまう。

そして隣の学校にその噂は広まってしまい、君は適当に返事をしてしまう人と見られてしまうんだ。

ここで重要なのは2つ、君がサッカー部リーダーという事とチームメイトにちゃんと相談しなかったという点なんだ。

君がサッカー部リーダーではなく野球部リーダーだったら、隣の学校の人は野球部リーダーの君に聞くよりもサッカー部リーダーに聞くだろ?

君が練習試合の返事をする前にちゃんとチームメイト相談していたら、日曜日には全員、揃ったかもしれない。


君がサッカー部リーダーでとても人気者で天狗なっちゃったばっかりにこんな大変な目にあってしまったんだ。



例え話が長くなっちゃったけど、お話に戻るね(ごめんね、後もうちょっとでお兄さんのお話終わるからお話終わっら遊びにいっていいからね)

このサッカー部の話はSNSTwitterにも当てはまるんだ、だから君が大人なってお兄さんよりも、もっともーっとえらい人になった時に責任相談を忘れないように注意して欲しいんだ。





以上でお兄さんからお話おしまいです。みんな長い時間聞いてくれてありがとね。






まぁ誰とは言わないけどね…

2011-12-28

眠れないので、誰にも話したことのない話をする。

眠れないので、誰にも話したことのない話をする。それは僕の人生についての話だ。

僕の一番古い記憶は、二歳のときものである。祖父に手を引かれた幼い自分が、夏の祭ばやしの中でぼうっと立っている。そんなはっきりとしない風景のような記憶

その夏祭りと同じ年、祖父はまだ50代という若さで死んだ。大の酒飲みでもあった祖父が居酒屋からの帰り道に道路のど真ん中で泥酔して寝ていたところ、通りかかった車にひき逃げされたのだそうだ。犯人は結局見つからず、警察役人的な処理の仕方に家族は憤りを感じたらしい。そういうこともあり、僕の一番古い記憶は、僕がもっている祖父に関する唯一の記憶でもある。

ただ、この祖父との夏祭り記憶はおそらく後から作られた記憶なんじゃないかと、僕自身は思っている。なぜなら、祖父に手をひかれている記憶のなかの「幼い僕」は、記憶の観察者である「僕」のほうを見ているかであるふつう自分自身の記憶であれば、自分の顔がその記憶風景の中にあるはずがない。僕が一番古い記憶だと思っているその祖父との思い出は、一人称記憶ではなく、三人称写真的な風景なのだ。多分、祖父が死んでずっと後、僕が物心ついた頃に祖父との夏祭り写真をみせられたか、もしくは親類が思い出を語ってくれたことで自分の中で作られた記憶なのではないかと思っている。

祖父に関するもう一つ記憶に残っている話がある。それは僕の父が語ってくれた父の記憶だ。祖父がひき逃げされた数ヵ月後、御巣鷹山日航機墜落事故がおきた。日本中の人々の関心を呼んだその事故報道を見ながら僕の父は一人の目撃者や証言者もなく数ヶ月で忘れさられてしまった祖父の事故を思い、命の価値は同じはずなのにどこか不公平だと感じたそうだ。その話を父から聞いたのは僕が中学生くらいのときだったと思う。多くの人の命が失われた大きな事件なのだからそんな田舎ひき逃げ事件より注目を集めるのは当たり前じゃないかと、思ったのを覚えている。

僕の話に戻ろう。祖父との夏祭り記憶の次に覚えているのは、幼稚園の庭のすみで幼なじみ男の子と二人、もくもくと遊んでいる僕の姿だ。これも記憶というより、印象といったほうがちかいかもしれない。幼稚園では他にも友だちがいたはずなのだが、僕はいつもその幼なじみとばかり遊んでいた。他のこどもたちは幼稚園の庭の真ん中でみんなで仲良く遊んでいる。ただ、僕とその幼なじみけが庭のすみっこで別のことをして過ごしている。そういう記憶だ。

僕は自分マイノリティであるという漠然とした自意識をもっている。そういう自意識はおそらくこの幼稚園時代からもっていたのではないかと、特に理由もないのだが、なんとなくそう思う。はっきりとは覚えていないのだが、そんな幼稚園時代を過ごしたという印象だけ残っている。

その後僕は幼なじみと同じ小学校にあがった。幼なじみをKと呼ぼう。小学生になった僕はKのほかに、新しくJという友達ができた。Jは別の幼稚園に通っていたのだが、帰り道がKと僕と同じなので自然と仲良くなったのだと思う。なにをして遊んでいたのかはあまり具体的に記憶にないが、学校の帰り道やお互いの家、近所の公園などで過ごしていた記憶がある。たぶん、他のこどもたちも同じように過ごしていたんじゃないだろうか。幼稚園のころよりかは幾分交友関係が広り、幾分マイノリティでもなくなった。

だが、マジョリティではなかった事だけは確かだ。小学生だったことがある人はわかるかと思うが、子供のなかでは子供なりのカースト的な階層があるものだ。上位階層に所属しているのはもちろんスポーツが得意な子供である野球サッカーではエースで、なおかつ顔がカッコイイというWという同級生がそのカーストの頂点で君臨していた。僕は早生まれということもあってか運動がまるきりダメで、そのためカーストの中では下位に位置している存在だったが、意識して階層の外にいるように、つまり上位のやつらやその友人たちとはあまり接触しないように過ごしていた。交友関係が広がったとはいえ、マジョリティだとは言えない存在だった。要するに僕の自意識マイノリティのままだったのである

スポーツがまるでダメと書いたが、そのおかげでマジョリティになれなかった僕はスポーツというものに対してどこかしら卑屈な感情をもっている。マジョリティへの嫉妬が、スポーツができないという事に転嫁され、それがスポーツそのものへの憎悪に近い感情になり、その結果スポーツは僕にとって禁忌になった。自分がどこからしら劣っているのはスポーツができないからであり、その元凶であるスポーツには近寄ってもいけないという発想である運動ができない子供はみな同じような感情を抱くものなのだろうか? スポーツが僕の中で禁忌であるというこは特に誰にも話したことはないので、他の似たような子供はどう感じているのか正直よくわかない。

これは成人した後、それも社会人になってからの話だが、会社の同僚と学生時代部活の話をしているとき、僕はおどけた調子で「運動したら負けだと思っている」と当時ネット上で流行していた言葉をもじってスポーツに対しての卑屈な感情冗談めかして言ってみたことがある。だが、その時話をしていた元サッカー部という同僚がそれを素直に受け取ってしまい、おそらく彼には僕と同じようなスポーツに対してのコンプレックスがないのであろう、結果、彼の気分を害してしまった。その人自身は運動会系というより文化系人間だったので、僕の原体験を共有できるもの勝手に思ってしまった自分が悪いのであるスポーツに対して当たり前のようにコンプレックスをもたない人間を目の前にし、自分はやはりマイノリティなのだと再認識をした。

子供時代の話に戻ろう。

僕達の育った町は自然あふれる田舎でもなく、かといってビルが屹立する都会でもなく、よそから引っ越してきた人達がつくったマイホーム国道鉄道沿いに立ち並ぶ、いわゆる郊外と呼ばれる場所だった。「だった」と過去形で書いたが、現在でもその風景は変わっていない。駅の前には商店街や、小さな個人書店や、同級生の親がやっている歯医者国道沿いにはファミリーレストランや大きめのおもちゃやさん、そして西洋の城を中途半端に模したラブホテル。この国のどこででも見られるような平凡な風景だが、誰にでもそうであるように子供の頃の僕にとってはそこは唯一の場所であった。

他の小学校のことはよくわからないが、僕の通っていた小学校には他の町に遊びに行ってはいけないという「きまりごと」があった。僕の家は隣町との堺がちかく、同じ町の友達の家に遊びに行くのにも隣の町を一部横切っていったほうが近いといったようなところに僕は住んでいた。「きまりごと」はまもらないといけないと素朴に信じていた小学生の僕は、友達の家に行く途中隣町をちょこっと横切るだけでも、ちょっとした罪悪感を感じていたものだ。まして電車にのって別の町まで買い物に行くなどどいうのは親同伴でなければ許されない事だと、そう固く信じこんでいた。

断章

2011-08-31

青山学院ってこんなところ

タナシュンこと田中〇くんのおかげで

ここ数日ネットの注目が集まっている青山学院

せっかくこの微妙学校スポットライトが当たっているので

この機会にOB(修正)の僕が青山学院について紹介したりアピールしたりしたい。




通称「アオガク」

青学テニスの王子様が通ってる学校と同じです



ちなみに運動部の掛け声は「あおがく~ファイ!」。

「あおがく~」は可能な限り低い声で唸り、「ファイ!」は甲高く叫びます

叫び方に迷ったら知能〇〇者がテンションあがったときの感じで。




熱が無い

MARCHの中で一番熱がないのは青山学院です

いや、ひょっとするとまあまあな私立大学の中でも一番熱が無いんじゃないのかな。

泥臭さとか熱血とかやる気とか変人とかとも無縁。

なんていうか、スマートじゃない人は来ないほうがいい。

法政大学でなら輝けた筈の土の匂いがする闘争ボーイも

間違って青学なんかにくると死んだ目で4年間過ごすことになります




バカボンが多い

内部進学組が多いのは慶応とかとも一緒なんです

なんでしょう、青学の内部進学組は慶応のそれより一段二段、品が落ちる気がします。慶応に夢見すぎか。




青山学院初等部というのはちょこちょこキナ臭い噂も涌く所でして

おっかないから僕は知らないですけど、部長権力闘争とかどうとかが

週刊誌に載ったりhttp://www.asyura2.com/08/bd52/msg/300.htmlしちゃったりなんかもするんです

で、これは僕は知らん、幼稚園からの内部進学組が言ってたことですが、

一時はすごくその、芸能人の子弟とかを積極的に受け入れたりしてた、らしいんですね。




まあとにかく、ざっと空気を掴んで欲しいです

幼稚園初等部から上がってきた彼等は

躾の悪いボンボン勉強が全く出来ない奴が多い、みたいな認識学内にあったと思います

はっきり「馬鹿組」と呼ぶこともありましたし、彼ら自身も自嘲していました。

桜蘭高校人達の品と頭を悪くしたみたいな感じ。




学力二分

中等部から高等部高等部から大学へ、エスカレーター内部進学するとき

すごく簡単な試験があるんですが、それに落ちる奴等が居ます

青学歴が長い人ほど成績が悪い傾向があるので、幼稚園上がりが一番落ちます。彼等が一番お金持ちなんですけど。

落ちる奴等はどうするかと言うと、お金持ちの子弟なので海外留学に旅立ちます

これは「海外逃亡」とか呼ばれていました。




高校デビューが多い

渋谷のどまんなかにあることと関係あるのか無いのか、高校デビューが多かったです

内部進学組じゃなくて受験高等部から入ってきた人、この一部がものすごい変貌をとげる。

入学当初は朴訥とした可愛らしい田舎もんみたいな感じだったボーイズガールズが、

1年の後期ぐらいからえらく見た目や態度が変わっちゃいます

彼等は大抵、内部進学組のバカボンとくっついて遊びを覚えるんですね。

バカボン大学進学の際に落っこちない限り、この付き合いは大学でも続きます




いじめもぬるい

気合の入った人がいませんから

大学以外は体育会系部活動も全部弱小で、ジョックス的な存在が居ません。

メイン体育会系としてはラグビー部通称「ビー部(語尾が上がる)」がありますが、

その競技の特殊さから幼稚園初等部上がりが多く、彼等は年度が上がるにつれ学業的に苦しんでいるので

高等部までくると一面哀れな感じの不思議オーラをまとっています




中等部の頃はそれなりに恐ろしいジョックスだったのに、この頃になると愛嬌が出てきている。

むしろこのあたりになるとバスケ部サッカー部などのほうがたちが悪くなっていたりする。

いずれにせよ全ての運動部大会などではド弱小のザコです

文化部もパッとしないんだけど。

今はどうなのかな。




しんねりと仲が悪い

タナシュンくんがどうも周囲の友達に売られまくってるみたいです

あれはすごく「ああ、青学だなあ」と、感慨深いものがありました。

そうです青学の特性として、腐った人間関係の温床みたいな部分は割とありました。

なんていうか、仲良くしてる風の間でも実は仲悪い、みたいな。




だいたい長い奴等は15年ぐらいの風通し悪い付き合いを続けてるわけで

流れる空気も淀みきってるんですよね。

コンビお笑い芸人の仲が悪くなる理由とか実感できる。

ほんとお受験とかエスカレーターもいいことばかりじゃないと思います

そういう淀んだバカボンとつるむのはいきがった高校デビュー組なわけで、

まあなんか、若人らしいサッパリした感じや素朴さとは無縁な人間関係が現れます




タナシュンくんがあそこまで嫌われてるのは彼個人の特殊な人徳でしょうが

「仲間だから」「同じ青学生だから」みたいに庇い合わない傾向が青学生にはあると思います

社会に出てから青学学閥って見たことねえ。 まあ学閥作るほどたいした偏差値学校じゃないんだけど。

社会同窓生に会っても「へえ…」みたいな。よそ大学出身の同窓の仲良さに比べるとどうしても温度の差がある気がします。




青学生って愛校精神も薄いんじゃない?

受験で言うと、青学受かるぐらいの偏差値の人は本命別にあることが多い。

青学本命だったよ、っていうのは中学受験でも高校受験でも大学受験でも少なめ。

どこかに落ちた一抹の挫折感を抱えて入学してる人が多い。




そして独特の熱の無いスマート校風のために

力いっぱい馬鹿なことやって打ち解けると言う機会も無い。

青学文化祭寒いです。高校も大学も。すごい出し物って見たこと無い。

アレ見ただけで熱量の低さとかわかってもらえると思う。

早稲田祭とかすごいよね。




先生達の品は割りといいんだけどね

先生は全体的にいい人ばかりですよ。

大学講師かなんかで狂った発言しまくってた不届き女が居たらしいですがあれはマジで例外です

特に宗教キリスト教)の先生なんかは本当に品がよろしい。

あい先生から青学独特の熱の無い半腐れ学生が産出されるのは不思議といえば不思議




タナシュンくんは青学生代表

長々書いて結局何を言いたいかっていうと

タナシュンくんてすごく青学生らしいなあ…っていう。

永世モデル青学生はタナシュンくんでいいと思います




タナシュンくんもキャラクター化して着ぐるみ作って

イーゴ(青学マスコットである鷹の化けもん)と一緒に飾っとけ。

2011-08-07

知力・体力・創造

中学時代にヤンキーっぽく制服を着崩しているが成績がいいため先生にも注意されず

一番モテていた奴が国立医学部に進学していたことを知った。

うわあコイツ一生モテるんじゃん、と思った。

モテるだけじゃなく国立医学部合格という結果を出してるから男にも一目置かれる。

サッカー部活躍していたから、学歴価値を見出さないDQN系の男にも認められる。

この守備範囲の広さよ。

知力・体力・創造力のうち彼は知力・体力の二つを持っているから凄い。

一つ認められるだけで食っていけるのにな。

2011-07-29

幸せになりたい

どうして苦しいことを認められなかったのか。

私の苦痛は私の苦痛であって他人には計れないはずでした。

だけど私は自分苦痛を見ようとしませんでした。

小学生の頃、道徳の授業で少年兵についてのビデオを観ました。

「かわいそう」でした。

人の世と隔たれた様なアフリカの小さな村での、矮小な自由から別の異質な自由を手に入れた彼等は、かわいそうでした。

彼等は学校に行けません。

彼等は人を愛せません。

彼等は私たちと同じじゃありません。

からかわいそうでした。

皆大体同じことを考えたと思います

今の社会では愛や希望と同じくらいに、他人の苦痛が氾濫しています

そして情報化のおかげで感情というよくわからないものが相対化され、値札がつくようになりました。

苦痛という感情もその一つです

彼等の苦痛と私たちの苦痛は同じ所に並べられません。

違うのです

単純に、彼等の苦痛が大きくて、私たちの苦痛が小さい。

周りの人も全然疑問は湧いてないようで、私もそう考えていました。

「苦しい」と言えば、

「お前より苦しい生活している人は一杯いる。」と言われ、

死にたい」と言えば、

「お前が死にたがっている今日は、昨日死んだ奴が生きたかった明日なんだ」と言われる。

そしてそんな言葉を口にすること自体が恥ずかしく思われる様になり、中二病なんて名前が付けられる程になりました。

私は小学生の時に太っていることを理由にいじめられていました。いじめと言っても一部のクラスメイトなどに「デブ」などと言われるくらいなのでまぁ大そうなものではありませんが。はっきりとではありませんがその頃、デブスポーツも出来ない私は全く価値の無い人間なのだと考えていたのですが、小学校高学年あたりでそのいじめはなくなりました。

理由は私の兄にありました。

私の兄は、かっこよくて、スポーツが出来て、私みたいに太っていなくて、そして、とてもユーモアのある人でした。

少し我の強い人でしたが、一緒に遊んだ時はなにかと私を笑わせてくれたのでその時の兄はとても好きでした。私はかっこよくないし、スポーツも出来ないけど、人を笑わせることなら出来るんじゃないか、と考えました。

実践してみれば簡単なことでした。

道化と化した私はクラスの人気者になりました。

その時は嬉しかったのです

変顔をするだけで笑ってくれるし、デブと言われても開き直ればそれでまた皆笑ってくれる。ああ、自分価値はここにあるんだなと思っていて、将来はお笑い芸人になろう、などと考えていました。

今思えばここが間違いだった、と感じています

道化見世物です。故に私という存在は指をさされ、馬鹿にされ、笑われるべき存在です

そしてそのピエロは観客の嘲笑に包まれた喜びを糧に生きていくのです

私は見世物として存在することに慣れました。

人の好奇心は底が無く、少しタガが外れれば面白いことならなんでもいい、と考えてしまます。要するに、面白ければ私には何をしてもいい、という結論に至るのです

私はそれを苦痛だと考えませんでした。

周りの人が笑ってくれることが喜びであり、それが快感でした。

ただ、やはり好奇心というものは一か所に止まらずに色んな方向に向くもので、自分では飽き足らず、いじめや、危ないいたずらもするようになりました。

私はそれを見ているのがとても嫌いでした。

笑うべきは私の存在であり、どんな下らない罵倒でもそれを身に受けるのは私の専売特許のはずでした。私の生きがいを横取りされたような気持になりました。

しかしその時からいらぬ疑問を抱くようになりました。

他の人はいつも私がされていることを嫌がるのです

それは単純に、私は苦痛を喜びに変えただけであって、他人にとって苦痛はただの苦痛だったのですから

私は本当にうれしいのか?


中学生になり、地元学校だったので小学校ほとんどの生徒が同じ中学校入学しました。思春期ですのでこの頃から自分の体型にコンプレックスをもつようになり、友達部活の入部を勧められて、これは良い機会だと思い、サッカー部に入りました。

相変わらず私を知っている人達は私を私として扱います

そうするとやはり、私を知らない人達も私を私として扱うのです

わたしは結論しました。

自分はいじめられていると。

部活に入ったお陰で自分でも見違える程痩せることが出来ました。しかし二年生になってすぐやめてしまいました。原因はいじめもありますが、何より私はスポーツのセンスが無いようで、後輩に馬鹿にされるのがこわくてやめて、というのが一番でした。

こう書いていると私はいつも教室の隅に追いやられているような生徒に感じると思いますが、私は交友関係が広く、人気もそこそこありました。情けないことに、私こそ周りの人達と同様に私を私として存在させていたのです

何故なら、私はその私しか知らなかったかです。それに、今の私をやめてしまえば私の価値はどうなるのだろう、何か残るのだろうか、と考えていました。

中学生にもなると、いたずらなどを楽しむより、好奇心の側面としての、暴力的な行動が盛んになります。それで中学二、三年生では私はサンドバックでした。どこかで会う度に殴られるようになり、私のクラスでは暴力をけしかけるような人はいなかったので、教室の外へ出るのが恐くなりました。

勿論初めのころは抵抗していました。しかし、毎日、毎時間と続く暴力と、自分が未だに道化でいるという立場のせいで怒りを露わにすることができないという下卑た矜持と、そして何より、彼等の私に対する態度に絶望しました。

私が少しふてくされると、彼等は「ごめん」と言ってくれました。しかしすぐにまた同じことをするのです。その度に彼等は謝り、謝罪という行為の中に含まれているであろう自省や克己を蔑ろにして、5分前の誓約を堂々と捨てるのです

一度、本気で怒ったことがありました。その日は珍しく喧嘩別れになったのですが、翌日にその人物は私に少し沈鬱な面持ちで謝罪してきました。私はその言葉を信じていました。しかしその翌日には何も変わってない、彼等と私の関係が在るだけで、自分が激怒した様子を真似された時は、名状しがたい、確かな殺意と、他人に対する恐怖と、途方もない呆れがないまぜになった感情で吐きそうになりました。その時、自分は人に怒ることはやめて、諦念が纏わりつくようになりました。

ただの暴力一部の人間には大変興が乗るようですが、大半の人は一歩引くのが普通であって、いくらなんでも、やり過ぎではないのか、何故こんなことをするのかと聞くことにしました。この頃は最早彼等の前での私が思う私はただのいじめられっ子でした。

彼等いわく「お前を見ているとむかつくから」とのことでした。

なるほど私を見ていると苛立つのですかそうですか、じゃあ私はどうすればいいのだろうか、私という存在がむかつくのですかじゃあ私が消えればいいのですね。

彼等は私を少しも憎んでいないというのは知っていました。週末になれば遊んだりもするし、私を殴る以外にもコミュニケーションをとろうとするからです。一方私は殺意を持っていましたが、彼等に対する好意も持ち合わせていました。何故なら、暴力的じゃない彼等は面白くて、自分と対話してくれるからです。そして彼等は私をいじめていると考えていないのです

限界はどうしても来てしまものです。三年生頃には、家に帰って布団の中で泣くことが多くなりました。何故自分がこんな目に、自分は悪くない、やりかえそう、殺そう、という感情が渦巻くのですが、不思議なことに翌朝になると何事もなかったかの様にすっきりとしてしまうのです。一人で絶望を反芻する度に決意し、忘れる、ということを繰り返していました。同時に、私は学生生活を楽しんでいました。私でいることを楽しんでいたのです

そして学校面白い奴でいる私と家で惨めに布団にくるまって泣いている私とで、完全に乖離しました。

しかし私は希望も持っていました。自分の様子が変だと気付いた母親に尋ねられ、私は「馬鹿で嫌なやつがいる」とだけ言いました。すると母は、高校生にもなればそんなやつはいなくなる、と言ったので、私はなるほどと思い、多少の虚脱感と戦いながら勉強に励みました。高校生になれば自分は変われる、と信じながら。

勉強のお陰で、それなりの、県内で指五本のうちに入るか入らないかというレベルの高校に入学出来ました。少し離れたところにあり、何より自分日常的に殴っていた人達はその高校に全くいなかったのでとても喜びました。


人格は変えることができませんが、キャラのようなものなら簡単に変えられると思っていました。しかし私はそこでも私を私として存在させたのです

何故そんなことをするのか、私はいつまでも子供ではなく、自分の思考、行動の原因がわかるような年齢になりました。

かわいそうな自分が好きでしょうがない。

私なりの結論でした。

そしてそれは正鵠を得ていました。

教科書を破られたり、靴を捨てられたり、落書きされたり、チョークを食べさせられたり。一日そんなことが無いと、何故か残念な気持ちになるのです。そして、私が望んだ苦痛を与えられると、不快感情と同時に、安心できるのです高校生にもなって、いじめられている悲劇的な私が好きなのです。皆から同情の目線で見られている私が好きで好きでしょうがないのですしか絶望します。私は変わることができなかった。私は悪くないのに惨めなままだ、それは他人が無知蒙昧であるからだと怨み言が頭に並びます

この頃、自殺願望がありました。しかし実際は死にたくなどありませんでした。何故なら私はまた、今の私を楽しんでいたのです

高校三年生頃になると、受験シーズンとなり皆が勉強に励むのですが、私は中学生の頃の 様に大学希望を持つことが出来ませんでした。それ以前に、普段の勉強からしてやる気になりませんでした。たまにやる気になって休み時間などに勉強していても、クラスの人が辞書を投げてきたり教科書を濡らされたりして勉強になりませんでした。

全てが嫌でした。

それなのにクラス委員などに就いている自分が嫌でした。

苦痛を期待している自分が嫌でした。

惨めに耐えているだけの自分が嫌でした。

友達と楽しく会話している自分が嫌でした。

こんな恥ずかしいことで頭がいっぱいになっている自分が嫌でした。

死にたい、とか、何故生きているのか、とかは子供が持つ感情であり、十八にもなった男子が持つべ感情じゃないのです。何より私は毎日学校に通えて、屋根のある家で寝食が出来て、家族がいるので、とても恵まれた人生を送っているのです

私より不幸な人は世界中にいっぱいいるのです。私は、私の苦痛を認めることなど許しは出来ないのです

二律背反の、板挟みの状態がずっと続きました。

学校で笑います。家に帰って泣きます。猿の様に自慰します。寝ます。さっぱりして学校に行きます。この頃は寝ることと自慰行為が喜びでした。

私はそれでも狂えない。皆の前では面白いやつで、先生の前では立派なクラス委員ですおかしいはずなんです。頭が焼き切れるはずなんです

それでも私は理性的です。生きているのです

しかし生きることを望みたくないのです。私が悲劇であるためには。

生きることも、死ぬことも、選びとらずに責任を放棄したのです

結局これが私の思春期の全てでした。


大学生になりました。

冬に勉強をそこそこにして、なんとか国立大学に入り、親の前での面子を保たせました。

大学は県外で、更に海を渡ったので、実家に帰るにも一苦労なところまで来ました。と言っても別にその大学に行きたかった訳でなく、県外であり、かつ自分学力で行ける範疇大学を選んだだけでした。やりたいことも無ければ、大学生の遊びを謳歌したいわけではなく、またしても選ぶことをやめたのでこの結果になったということでした。

大学生活の一番初めの感想は、喪失感でした。

大学生にもなり、皆、落ち着いた行動をしている。それに慣れていなかったので戸惑ったのと同時に、自分の知っている自分がいないことに気付きました。

最早かわいそうな私はいないのです

かわいそうな私を求める人はいないのです

随分と薄っぺらい絶望が全身を覆います

大学では色んな人が色んなとこからます

しかし確実に私と違うところがありました。

彼等は正常でした。

彼等には目的があり、良心があり、喜びがあり、夢があるのです

彼等は目を輝かせて自分の将来を語るのです

彼等は何の疑問を持たず勉学に励むのです

思い切り殴られた時より、制服をびりびりに裂かれた時より、この目を見るのが苦痛でした。

苦痛の得ることの出来ない私は、更に酷く、目を覆いたくなるようなことをするようになりました。

自分苦痛を認めずに、自分いじめ人間に同情をし始めました。彼等を誰も止められなかったのがいけないのだ、彼等の行いは環境のせいでありもし自分が彼等ならば同じことをしていた、と。傍観して楽しんでいた人達も同様に立場が逆なら私もそうするだろう、と。

苦痛の無いことが私には苦痛なのだ、苦痛を失えば私は私でいられないのだ、と。


現在私は大学二年生になり、成人を迎えました。

使用期限の過ぎた苦痛に、記号と化してしまった過去苦痛に相変わらず縋りついています

行きたくは無かったのですが、身体が限界の様なので、最近になって心療内科に行ってみました。どうやらパニック障害のようですしかしその症状は殆どからあるもので私には馴染み深いものでした。この機会に精神科に行こうか、とも考えたのですが、この頭を治す気にはなってないのでやめておきました。

すぐに三年生になり、就活が始まります

私は毎日働いて生きていくことに魅力を感じませんが死にたくはありません。生を望み、相も変わらず自慰をして寝る生活です

結局私はいつまでも私なのです。変わることなど出来ませんし、忘れることも出来ません。意志も薄弱で、一人の大人としての責任も持てません。

しかし案外明日には希望を持って歩き出すかもしれませんし、誰かと衝撃的な出会いをして価値観が180度変わるかもしれません。

こんな人間になってしまいました。多分私は誰かに決めて貰うのを待っているのでしょう。そしてわかったような顔をして卑下をしながら斜に構えていればいいと考えるのでしょう。

私の苦痛は私だけのものです。他の不幸や苦痛と秤にかけることなど出来ないんだ!、とでも思えばよかったかもしれません。

でも結局子供ですし、そんな考えにはなかなか辿りつきませんよね。大変です人生は。


なんか最後の方で口調が変わっている気がしますし、長ったらしく冗長とした文をたっぷりと書きましたがこれもオナニー好きな私のオナニーです。不幸自慢みたいなのって気持ちいいですよね。書いたら少しすっきりしました。何も解決してませんが。

それよりとにかく幸せになりたいです。でも私の求める幸せがよくわかりません。

こんなクソッタレはもうダメですかね?

2011-07-27

http://anond.hatelabo.jp/20110726234401

おもしろく読んだ。

結局は、増田環境増田にあわなかったんじゃね?と思う。

一応フォローもしておくと、コンクール至上主義の人&団体もぜんぜん少なくないし、

そういうとこは下手なスポ根物よりも暑苦しいのは確か。

甲子園出場に命をかける球児がいるように、全国大会出場に命をかける奏者もいる。実力はおいといて(笑)

自分は手のケガで数日休んだら、同じパートの子に「たるんでるからだ」と説教されたことがあるよ(笑)

あ、自分は中高で吹奏楽のクラやってました。大学ではたまにオケでトラしてました。



吹奏楽が閉鎖的という増田の主張はわかったけど、

じゃあオケ部は閉鎖的じゃないのか?合唱部は?サッカー部は?剣道部は?バスケ部は?

経験者や優秀者がでかい顔をするのも、伝統からと妙なしきたりを固持するのも、

別に吹奏楽に限ったわけじゃないです

結局どこも閉鎖的なところはある。増田吹奏楽部にいたか吹奏楽部の実態がよく見えただけ。

もうちょっと増田視野が広がると、違う世界が見えるかもね。

2011-06-27

教師かよ!!

学校の窓ガラスを割ったとか交番の窓ガラスを割ったとか、たまに聞く話でだいたいがそこら辺の糞ガキの仕業だったりする。

でも今回は・・・・・・

函館高校教師交番ガラス戸を割った疑いで逮捕
25日深夜、函館市内の31歳の高校教師交番ガラス戸を壊しその後、服を脱ぎながら全裸の状態で逃げているところを確保され逮捕されました。
器物損壊の疑いで逮捕されたのは、函館○○高校の教師○○○○容疑者31歳です。○○容疑者は25日午後11時ごろ、函館中央署杉並交番の玄関の板ガラスを足で蹴り壊した疑いがもたれています。○○容疑者は窓ガラスを壊した跡服を脱ぎながら現場を立ち去り、警察官に身柄を確保されたときにはほぼ全裸状態でした。犯行時酒に酔っていたということで警察の調べに対しは、容疑を認めています。○○容疑者は高校の体育教師で、サッカー部コーチでした。
~HTBNEWSより引用(一部伏字)~

教師かよっ!!

しか全裸って、酔っ払ってて透明人間にでもなったつもりだったんだろうか?

とりあえず、学校先生っつ~のは起こす事件のタイプが恥ずかしい内容だったり、ありえない内容だったりして、笑えるのも事実。例えば淫行とか盗撮とか。

こんな学校じゃ生徒指導とか言っても説得力ねぇ~わなwww

2011-06-11

一度も(ほとんど)セックスしたことない人ちょっとき

タイトルにあるようなセックス歴(ほぼ)ゼロの人、教えて下さい。

あなたは何故セックスをしないんですか?」

 私の場合は高校時代の「童貞が許されるのは中学生まで」みたいな風潮にほだされてやり始めて、そのままヤリチンとして10数年やり続けてるんですけど、最近の若い学生と接していると本当に童貞率が高い!草食系なんてもてはやされて逆に感心します。

 私の感覚だと、全くセックスしない人って高校時代とかにカースト下位にいてモテ男(サッカー部)に絡まれててモテることに悪いイメージ持ってたり、子供時代にスカートめくりを怒られたことを捨て切れずにいる(「悪いことだと教えられたからしない、何歳になっても興味がないことには変わらない」というような)コミュ障なんじゃないのかなぁって失礼ながら思ってますが、最近の若い人たちはそもそも「セックスしたいってカッコ悪い」になってきてるんですかね?

2011-06-06

10年引きずっている「恋愛キモイ」の感覚

小学校高学年の思春期入りかけのとき、私は何にも目覚めていなかった。

ただ周りの浮き足立ったような雰囲気に身をおいておくのが楽しくて、恋バナには積極的に参加していた。

そこで味わったショック。

クラス一のブス女子運動勉強もできないし、小太りなのにカマキリみたいな顔してた)が、

クラス一のモテ男子(話はつまらないけどイケメンで足が速い)のことを好きだと臆面も無く言い、バレンタインチョコをあげたんだ。

その女子、何もできないのに猛烈に勘違いした子だったんだよね。今思えば自己愛性人格障害かなにか何じゃないかと思うほど。

それ見て私は「キモ!」と思ってしまった。釣りあうわけないじゃん!

恋愛感情って、ここまで客観性を失わせるものなの?とゾッとすらした

実際はその子がちょっとおかしかっただけなんだけどね。

それからしばらくして中2。女子だけでしていた小学生の頃と違って、男女混じって恋バナをしていた。

そこでリア充男子が、運動勉強もできないチビガリブサ男子好きな人が、

クラスで2番か3番目に可愛い運動勉強もできるクラス委員の女子だということを暴露したんだ。

で、暴露されたチビガリブサ男子は、照れてモジモジしたりニヤニヤしたりしてた。消極的な肯定…

いやキモ釣りあわないから!一瞬で小学生ときのブス女子勘違いっぷりを思い出してゾッとした

しかも、それから数ヶ月してクラス委員女子サッカー部男子と付き合うようになったとき

そのチビガリブサ男子、4日休んだんだよね。

えー!!ショック受けてんの!?まさか付き合えるとでも思ってたの!!!???

暴露したリア充男子は、チビガリブサ男子のショック休暇を本気で笑ってました。心の底から嘲笑してました

私は笑うどころじゃなく恐れおののいてました勘違いブサの恋愛感情って怖い、恋愛感情を持つことは美男美女にしか許されないものだ。

高校以降は、一応進学校に行ったからか、それとも皆成長したからか、勘違いした人には遭遇してない。

でも未だに「基本的に恋愛は美男美女の特権」「キモイ人の恋愛感情劇物」感がぬぐえないんだ。

告られて付き合うことになって、だんだん相手を好きになってきても、ふとした瞬間に「私キモ!」ってゾッとして急ブレーキがかかってしまう。

カマキリ女子チビガリブサ男子は今も恋愛してんのかな。

「私キモ!」「俺キモ!」みたいにならずに、順調に突っ走ってるのかな。

相変わらずどう見ても釣りあわない大人気の美形に片思いしてんのかな。

正直に言うと私はものすごく彼らのことを見下してる。恋愛が楽しめないのはその根性の悪さに対する罰なのかもしれないとも思う。

いつまで引きずるんだろう。

2011-05-10

処女厨とめんどくさい処女 3

まず結論からいましょう

処女厨は 友人に女の子を紹介してもらいませんでした



処女厨は、紹介の前日になって友人にメールしました

ごめん、やっぱやめとく、なんかあんまり紹介とかそういうのってちょっと、と言いました

友人からの返事は短いものした やっぱりなw 大丈夫冗談から!w

メールをみて、お腹がとても痛くなりました

思い出します あれは小学生の頃です プール時間の前 塾に行く前

決まってお腹がとても痛くなるのです



なんだかとても情けなくなりました

どうして、おれ、この年で、恋愛も出来なくて、友達にも小馬鹿にされて、こんな、みじめで、

いつまでも子供のまま置いていかれて、寄ってきた女は気持ち悪いやつで……



まともな恋愛も出来ないなんて。

処女がいいと信じて疑わなかった頃を思い出しました 

といっても、つい最近までのことです

処女のはずの黒髪ちゃんは、ろくでもない女でした



処女厨は、あれから黒髪ちゃんと会っていませんでした

黒髪ちゃんへのメールの返信は投げやりになっていました そして文章は攻撃的になっていました

処女厨さん、お久しぶりです☆」

「うん」

「うんってw 遊びませんか?」

「忙しいんで」

「そうですか(´ ・ω・`) …なんか、わたし、怒らせるようなことしました?(´ ・ω・`)」

こんな具合のやり取りが増えていきました

メンヘルビッチ女め と、見下す気持ちが表れていたのでしょう

「ごめんなさい」「怒らせたんなら謝ります」なんだか黒髪ちゃんのメールストーカーみたいです

めんどくさい処女って こういうことか

最後には、メールや着信を無視するようになっていました



そもそもどうしてそんなことを信じていたのでしょうか

すこし考えたら分かることだと思いました

童貞がこんなに駄目で気持ち悪くてクズみたいなんだから、そりゃ処女にも駄目で気持ち悪いクズもいるよな 

あははははは

もうよく分かりません、頭が混乱していま



どうしておれはいつまでもこんななんだ 処女厨子供時代を思い出しました

子供の頃、お母さんとお父さんはなんでも 駄目 といいました

漫画ゲームアニメサッカー部への入部、流行音楽バラエティ番組女の子と遊ぶこと……

処女厨が楽しそうなものに興味を示すと そんなもの駄目! 不良になるよ! と叱られました

彼の楽しみは読書です 

ライトノベルだとバレないようブックカバーをつけて 自分の部屋で読むのです

本を読むことについては、両親はなにも言いませんでしたから

それから、塾帰りにバレないようにゲームセンターに行くこと と インターネット これが彼に許されたものでした



処女厨は、頭のどこかで、恋愛をよくない、不良のやることだと思っていたのかもしれません

結婚以外の恋愛なんて駄目だ、駄目だ駄目だ

そして同時に、漫画や、TVや、恋愛を、自由に楽しんでいるかっこいい男の子可愛い女の子を心底憎んでいました

リア充たちは大勢の友人に囲まれていて、キラキラして見えました

いつも楽しそうです

でも、そういうリア充のなかには人の心を傷つけるのもいま

自分のような人間に、キモいと言ったり、非常識わがままを無理に通したり、ずるい手段で成功を手に入れたり……

それに連中はミーハーです 流行ものにすぐ飛びつきます 気をつけていればだまされないようなデマにすぐ引っかかります マスコミの仕掛けた罠にすぐにハマります 下らないものをすぐに買いあさります

バカです、じぶんより

そういう連中を、処女厨は大嫌いでした

そんな、「スイーツ」の女が告白してきても、そしてそんな女が絶世の美人でも好きにならない自信がありました



ライトノベルにもいろいろありますが、処女厨の好きな物語は、いつも主人公はヒロインと結ばれてハッピーエンドをむかえるのです

ヒロインは、主人公だけを好きになり、喧嘩をしながらもなかよくすごしま

処女厨が好きになるのはいつも 生身の人間ではありませんでした

彼は今まで、おれは結婚もしないし、趣味もあるし、これが自分人生だと割り切って生きていました

しかにそれはそれで、たのし人生の一つではあるでしょう 

そうやって趣味に生き、楽しく過ごしている人はたくさんいます 

先天的恋愛を全くしない人もたくさんいま

一人の世界を作り上げ、すばらしい作品を生み出してきたアーティストいま

でも処女厨は、どれにも当てはまりませんでした 

自分のことをはじめて寂しい人間だと思いました



そして処女厨はお兄さんを思い出しました 昔、彼の隣にいたのは兄です

でも兄は、整形手術をしてイケメンになり、日のあたる人生を堂々と生きていま

いま処女厨はひとりぼっちした

死んでしまいたい。いなくなりたい。消えてしまいたい。消えてしまいたい。

黒髪ちゃんも本当は気持ち悪いメンヘルビッチ予備軍だったんじゃん。

なんであんな、喜んで、おれ……



そこでふと、処女厨は気付きました

そういえば、おれ、黒髪ちゃんにドキドキしたんだよな……

それまで苦しい気持ちで混乱していた処女厨は、何故だかこんなことを思いつきました

もう一度あの子に会ってみよう



処女厨は、メンヘルビッチだった黒髪ちゃんに告白する気はもはやありませんでした

でも、もう一度黒髪ちゃんと会って、ちょっとでもドキドキできたら……

そう思った時の彼は、高揚した、なんだか嬉しい気持ちを取り戻しました



処女厨は、黒髪ちゃんにメールしました

黒髪ちゃんから返事はありませんでした

それでも処女厨はそのあと、二、三回メールしました 今暇ですか、遊びましょう、飲み行きませんか?

返事は、ありませんでした



最後メールした次の日、日本に大きな地震が起きました

危ないからと事務所から出されました 電車は止まってしまいました 処女厨は行き場を失ってしまいました

処女厨は歩きました ひとりで交差点にたどり着きました

渋谷ハチ公前、TSUTAYAの近くの交差点です 

たくさんの人がいま

本当にたくさんいます、急いで歩いているのやら、人並みに飲まれそうなのやら、手をつないでいるのやら

歩いている人は茶髪が多いです そして、立ち止まっている人は携帯をさわっている人が多いです



顔を上げてみると、夕やみの空がビルに迫っていました 

たくさんの人々は、だれもそれを見上げていませんでした






なぜだか知りませんが、処女厨は、黒髪ちゃんに会いたいと思いました






おわり

2011-03-03

TOEIC 900と、マラソンサブ4と、ゴルフ100切りと。

 を達成したんだけど、共通点に気がついたので自慢まじりに書く。



スペック

 男 子供2匹 マイナー系外科医 現在留学




やれば出来そうにみえる地点(YDPと名付けよう)


 TOEICの900も、マラソンのサブ4も、ゴルフの100切りも、始めた頃には遠くにみえる。そして、たぶん最初目標地点。そこを目指すマニュアルはいっぱいあって、それにお金を払う人もいっぱいいる。俺もいっぱい払った。。


 YDPは、目標として切りがいい。数字で表されていて到達したか客観的に評価できる。まわりを見渡せば到達した人が必ず目に入る、そんなレベル


 YDPに到達するためには日常ルーティンから時間を確保しなくちゃいけない。努力が必要。難しいのは、確保すること、続けること。マニュアル通り。その2つぐらいなら出来そうな気がするし、出来た人が近くにいる。そんなレベルがYDP。



YDPに到達すると、経験者として振る舞うことが出来る


 TOEIC900なら、一応の英会話は出来る。相手が何を言うか分かる時は問題ない。電話パターンを知ってれば対応可能。読むのはまず問題なし。メールのやりとり、自分の専門分野で知らない単語は出てこない。書くのも英借文でクリア


 マラソンサブ4なら、「今週末フルマラソンます。」って同僚に言える。練習方法を誰かに教えることが出来る。ナイキショップiPod Sports Kitの前で話しかけられても恥ずかしくない。


 ゴルフ100切りなら、突然の週末のラウンドに誘われる。人のパットライン踏んだりしない。自分の球の行方は追える。他の人の球も見つけてあげることが出来る。ラウンドの全てのショットを思い出せる。




YDPに到達すると、YDPは所詮入り口に過ぎないことが分かる


 でも、TOEIC900なんて、所詮入り口。気の利いたことは一切言えない。映画の細かい筋は追えない。ネイティブと同じに笑えない。いつの間にか主人公の恋人死んでる。YDPに来るまで、こんだけやってきたのに、あと何倍の努力ラスボスに会えるの?


 でも、マラソンサブ4なんて、所詮入り口。順位とか考えられないし、週に4,5回走ってこのタイムなんて、もうこれ以上どうやって練習するの?タイムも縮まらなくて、もうモチベーション限界


 でも、ゴルフ100切りなんて、所詮入り口。握ったら確実にむしられる。パーとかボギーとか、名前が付いている打数で終われない。楽しいというよりストレスたまる。わざわざバックティーからまわる意味が分からない。



YDPに到達すると、トップのすごさに気がつく


 英語が出来るって、もうTOEICではかれるレベルじゃないってことを知った。


 マラソン2時間前半って、俺がダッシュしてるぐらいのスピードだって知った。


 18回パーをとっても負けるとか。

 


 YDPにたどり着いても、達成感とかない。テスト結果とかスコアが出た瞬間だけ達成感を感じてすぐ消える。もうこれ以上努力しなくていいやなんて思えない。どこからも、もう休んでいいよって声が聞こえてこない。もう残りの人生の方が少ないってのに。こんだけやって、やっとの思いでYDPにたどり着いてもそれが通過地点って。


 留学する前、「英語はもう勉強しなくてもいい」って自分で分かる瞬間がくると思ってた。そんなものは来なかった。もう帰らなきゃいけないのに。


 俺がYDPに到達したこと思い返してみた。どれもこれもそんな瞬間はやってきていない。



YDPに到達すると感じる共通のこと。


1. トップのすごさ。

2. トップとの埋められない距離。始める前は目標がみえなくて距離が測れない。YDPに来て距離が測れると絶望できる。

3. YDPに到達したってことはわかる。

4. YDP到達後、さらに進もうかどうか迷う。成長カーブプラトーに近づく。



YDPに到達するってこれぐらいのことだよね。

俺の経験から(ここ自慢だから聞いてくれ、disってくれ)。



1.国立大学に入る。俺は宮廷の医学部。そこまで行くと、赤門と鉄門の差が分かる。

2. サッカー天皇杯地方予選ベスト8ぐらい。本気モードサッカー部出身者に軽くあしらわれる。Jリーガーはそれよりすごくて、日本代表は… その先考えたくもない。

3. クロールで4km泳げる。距離はいくらでも行くけど、スピードは出ない。

4. 夜中一人で救急病院で当直してても怖くない。トリアージと応急処置は出来る。自分の専門以外の治療は無理。

5. 自分の専門分野の手術が一人できる。やっとゴッドハンドがゴッドな理由が分かる。理由が分かっても真似できない。

6. IF 5点ぐらいの雑誌投稿できる。留学して基礎実験始めて、ボス名前借りてやっとこのレベルCellとかNatureとかScienceとか意味が分からない。

7. 狙った増田で、はてブ100超え。




 結局、一つに集中してこなかったから、どれもこれも中途半端中途半端すぎて、自慢なのか自虐なのかすら判断できないレベル。だれもdisってもくれない。


 ここまでやっても、こんなもん。掲示板中の人たちの「明日から本気出す」って強い共感を覚える。向こうから共感してもらえないけど。


 こっちで「灯台みたいな三流大学出て恥ずかしいけど、日本人には面と向かってそれを言えない。」って言ってる人がいる。優越感を感じられるはずと思って頑張ってここまでやってきたのに、まだまだ劣等感は無くならない。

2011-03-02

友達として会いたいだけなんだけど

昨日、母校の卒業式だったんだけど。

同級生は下級生とあんまり仲いい人いなかったから、1人で行ったの。

下級生と会って、学校出るとき先生最後挨拶しようと思って職員室に寄って。

すぐ帰る予定だったんだけど、「これからSとH来るみたいだけど。」って先生が。

SさんとHさんは1つ上の先輩で、そしてSさんは高校時代に好きなひとだった。

すごい好きだった。本当に好きで、好きで。

1年前に地元から離れる前に告白っぽいものをして、でもうやむやになって、それからたまーにメールとかはしてた。


関係

私がいた科はもともと人数が少なくて、学年男女関係なく仲が良かった。

そんな中でS先輩とはなんだか話があって、仲良くしてもらっていた。

今思うと、好きだったっていうより憧れてたっていう表現があっているのかもしれない。

目標が高いこととが、頭がいいこととか、話が面白いこととか、いろいろな面で尊敬していたし、今まで会ったことのないような人で魅力的に思ったんだと思う。

そういう意味では、今も尊敬しているし、憧れている。

でもその憧れという感情は、年上のサッカー部の素敵な先輩に抱くような憧れではなく、もっと著名な人に抱くような尊敬の気持ちなんだと思う。

から今でも機会があれば話したいと思っているし、仲良くしてもらいたいと思っている。


本題

今、大学で会った彼氏さんがいる。

大学に入った当初、ちょっと鬱っぽくなった時期に会って、お互い支えあってるうちに付き合い始めたんだけど。

もちろん彼のことは好きだし、大切なひとだ。

でもそんな彼は、私が男性とかかわるのをひどく嫌う。


友達として会いたいだけなんだけど

私は今でも、そして(たぶんだけど)Sさんもお互いに関わりを持ちたいと思っている。

それは別に恋愛感情でも何でもなく、ただ気の合う友達として会いたいのだ。

私も、もうすでに彼は好きなひとではない。

憧れてはいるかもしれないが、その憧れは素晴らしい人に対する尊敬の念。

またSさんも、私は恋愛対象ではない。

でもそんな気持ちはなくても、彼氏さんにとっては私が異性と会っているという事実は変わらなくて、彼にとってそれは「浮気」なんだと思う。


疑問

恋愛感情はなくても、異性と2人で会っていたら浮気

浮気とは思わなくても、それは恋人がいるという立場上、または常識的に考えて自重すべき?

ただ前述したとおり、男女の壁の感覚が私たちにはあまりない。


客観的に見たら、言い訳なのかもしれないけど。



ただ、私は、仲がいい人と共通の話題で話したいだけなんだけど。

2011-02-19

http://anond.hatelabo.jp/20110219170921

アフォか。差別化なんか必要ないしパクりも必要ないんだよ。

今の時代は、ラノベ文化を「輸出」するんだ。

例えば、今有名なサンデル教授がいるだろ。サンデル教授の白熱授業、面白いけどサンデル教授自体は禿だから萌えるポイントが無いよな? もし、サンデル教授と全く同じだけ教養をもった人間が、女子高生だったらどうだろうか。そして、その女子高生サッカー部マネージャーだったらどうだろうか。

そういったラノベ的な要素を一般的な啓もう書に落とし込んでいくことが、「ラノベ」という世界を広げることなんだよ。

レーベルにこだわる必要なんてねーよ。角度とか。

2011-02-03

http://anond.hatelabo.jp/20110203145700

元増田は、みんなで示し合わせたのに抜け駆けしてひとりだけ3万払おうかとも言ってるぞ。

それはなしだろう。



たとえば、元増田大学サッカー部四年生だとしよう。

世話になった二つ上だったOB結婚する。

同期5人が式に呼ばれた。

で、仲間内で、ご祝儀どうする? って話に当然なる。

「俺バイトも今やめちゃったし、卒論も忙しいしなー」

「俺も金欠だわー。もう二万でよくない? 俺ら学生だし」

「だよなー」

って感じで決まったとしよう。

で、元増田はあとで不安になる。

「やっぱ俺だけでも3万払おうかな…」



こんなことだとしたら、2万でいいと思うんだ。

でも3万払いたい気持ちがあるなら、もう一回同期呼んで、

「やっぱさ、けっこう大きい式するみたいだし、先輩に世話んなったしさ、無理してでも3万にしねえ?」

って話すのが筋だと思うわけよ。




俺はそう思うんだけど、おかしいかな? かな?

2010-12-03

身長の低い彼氏八つ当たりをされる

彼は159cm、私が173cmある。

彼から告白されて付き合い始めたんだけど、私がヒールを履くと文句を言われるし、

180以上あった私の元彼のことを例に出されて、お前も本当は背の高い男がいいんだろう、

俺とは妥協で付き合ってるんだろうと延々言われる。

ラウンドワン遊んだときに私のシュートが入りすぎたという理由でも八つ当たりされた。

いや、私バスケ部だから入って当然だし…

その代わりサッカーでは元サッカー部の彼が優勢なんだけど、勝ったことは差し置いて、私に負けたことばかりグチグチ言われる。

私自身は男の身長は本当にどうでもいいと思っている。高かろうが低かろうがプラマイゼロという認識

彼は結構情熱的で俺様なところがあって、キャラ薄い私にとってはグイグイ引っ張っていってくれるから好きだった。

小さいからって子どもいしているとかナメているとかそんなつもりは全然いし、大人の男として扱っているつもり。

はっきり言って身長にこだわってるのは彼だけだ。私のリアクションも見ず、一人で喚いている。

正直うんざりしてる。そんなに女に身長で負けることが気に入らないなら、背の低い子と付き合えばよかったのに。

背が低いからでなく、彼がいつもイライラしているから冷めてきてしまった。

でもこれで別れを切り出したら「どうせ俺の身長が低いからだろ!」って怒るんだろうな…

2010-10-04

身長の低い彼氏八つ当たりをされる

彼は159cm、私が173cmある。

彼から告白されて付き合い始めたんだけど、私がヒールを履くと文句を言われるし、

180以上あった私の元彼のことを例に出されて、お前も本当は背の高い男がいいんだろう、

俺とは妥協で付き合ってるんだろうと延々言われる。

ラウンドワン遊んだときに私のシュートが入りすぎたという理由でも八つ当たりされた。

いや、私バスケ部だから入って当然だし…

その代わりサッカーでは元サッカー部の彼が優勢なんだけど、勝ったことは差し置いて、私に負けたことばかりグチグチ言われる。

私自身は男の身長は本当にどうでもいいと思っている。高かろうが低かろうがプラマイゼロという認識

彼は結構情熱的で俺様なところがあって、キャラ薄い私にとってはグイグイ引っ張っていってくれるから好きだった。

小さいからって子ども扱いしているとかナメているとかそんなつもりは全然ないし、大人の男として扱っているつもり。

はっきり言って身長にこだわってるのは彼だけだ。私のリアクションも見ず、一人で喚いている。

正直うんざりしてる。そんなに女に身長で負けることが気に入らないなら、背の低い子と付き合えばよかったのに。

背が低いからでなく、彼がいつもイライラしているから冷めてきてしまった。

でもこれで別れを切り出したら「どうせ俺の身長が低いからだろ!」って怒るんだろうな…

2010-09-26

http://anond.hatelabo.jp/20100926224100

元増田です。

ちょっとニュアンスが伝わりにくかったですが、弟が教育学部に行くことに対しては特に反対はしていません。

ただ、楽なほう楽なほうに行こうとするのが、なんかなあと思って

あと弟が教師になりたい理由を聞くと

数学が得意だから (成績はセンター模試で50%程度 他教科も一緒くらい)

・周りの勉強ができない子に教えるのが面白い感謝されるし。

中学の教師がいいのは、高校生生意気小学生は幼すぎる(アニオタで多少ロリコン

部活顧問もやってみたい(サッカー部で万年補欠)

という感じで、ほんとにこんなんで教師目指しちゃっていいのかなと不安になります。

補足で、目指してる国立駅弁工学部センター65%、教育学部センター70%がボーダー

まあウザイ兄ですね、工学部に行かせても、向いてないから辞めるとか言い出しそうですし、

確かに大学一年から教員目指せば公務員対策にもなりそうですね。

本人は教師に本気でなりたいようなのでモチベーションを維持しつつ国立教育学部、もしくはマーチに行けるよう

応援していこうかと思います。

2010-09-23

女で身を落とすこと、大切なものとの向き合い方。

高校生のとき、サッカー部の先輩から「将来、お前は女に引っかかって身を落とす」と予言されたことがある。そのときは、「全くこの人はなに言ってんだろう?」と思っていた。


金の話ではない

先輩からのその忠告は、お金の話だと思っていた。大金を貢いでしまうとか、プレゼントを買い続けるとか・・・まぁ、当時高校生女の子と付き合ったことも無かったから、そういうイメージしかわかなかったのだけれど。

お金も確かに女難の1つではある。けれども、僕は人に対してお金を使うのはあまり好きではない。

女難とは「生活の優先順位」の問題なのだろうと最近は考える。それは、単に仕事優先順位女性が上回ってしまうと仕事ダメになるという単純なものではない。異性と、自分の生活と、それぞれをどう扱っていくかが問題になる。女性優先順位があがり、自分のその他の部分が「おろそかになった場合」それは身を滅ぼすことにつながる。


悪い付き合い

若い頃、あまり遊ばなかったせいか、数ヶ月まえの自分は完全に意中の女性に対するウェイトが生活の中で大きくなりすぎていた。しかも、そのときに、仕事にも以前ほど熱を感じなくなるという状態だったので自分ポジションとしてはやや危うかったのだろうと振り返ることが出来る。

大切な女性が出来ることによって、自分にとっての価値観が大きく揺らいでしまった。自分にとって大切なのは彼女であるという感覚、「ということは仕事自分には重要でなかったのかもしれない」という誤った錯覚。それが結果として自分バランスを崩すことにつながったんだと思う。

すこし考える時間を作って、自分を見直して冷静になることはできたように思う。彼女とは今も仲良く付き合っているけれど、以前ほど自分を見失わないように気をつけている。

新たな大切なものが出来ることと、すでに持っている物の価値が失われることはイコールではない。確かに見え方が揺らいでしまうけれど。


女遊びは若いうちにしろという意味

「若いうちにしっかり遊んでおいた方がいいよ。」という文句は良く耳にする。それは、女性自分の生活を揺るがさないような習慣をつけておけよ、という意味であろう。単純に、若いときに女の子セックスをしまくればいいということではない。女性とせっするということにある程度なれて、自分の生活を女性によって揺るがされないようにして置けよ、そうすれば、歳をとってからも安定して仕事や家庭生活に打ち込めるからな、ということだろうと思う。


大切な人を作ることを強さにする

とすれば女性との良い付き合い方とはどんなものだろうか?相手も大切にして、自分の生活・仕事も大切に出来る。それは、彼女との時間を楽しむために、仕事に全力で取り組むということだろうと思う。一方のために、もう一方の手を抜くのではない。新たな大切なものを作ることで、さらに今の自分に磨きをかける。書いてみると当たり前だけれど、この当たり前を実感することが以前は出来なかったと思う。

大人として自分をしっかりと確立して人と接するというのは、こういうことだろう。そうして自分確立していけば、大切なものを創ることに恐れを感じなくていいんだろう。むかしは、魅力がわからなかった結婚も、最近では少し良いかと思えてきた。

2010-09-13

勉強できないやつって時間の使い方がすごい下手だよね

勉強できないやつって

すごい遊んでるかというと、意外と遊べてないやつ多い気がすると昔から思ってた。

なんかね、時間の使い方がすごいへたくそなのよね。



私が高校のとき、できないやつのおかげで、

「結局勉強に関してはまじめがいちばん時間効率がいい」ってのを学んだ。


できないやつってのは

どうせ回避不能なのだからまじめにやればいいのに、

学校の授業をまともに聞かないで悪友と無駄話してるとか、

生活習慣がダメダメで、夜更かししてるから授業中寝てるとか、

毎日勉強やってれば徐々に1日当たりの勉強の労力減ってくるのがわかってるのに

さぼってるから徐々に授業についていけなくなるとか

そうやって勉強効率をどんどん落としていってた。

本来自由に遊べるはずの時間勉強時間浸食されて、

時間勉強しているのに成績よくないという悪循環になってた。


で、そういうやつに限って、勉強できてるやつに向かって(私は目立たない程度の成績)

「お前みたいに生まれつき頭いいやつとは違うんだよ」とか

「どうせ遊んでるフリをして家ではがり勉なんだろ、暗いやつ」とか絡んでた。

私はそんなに成績が良いほうではなかったけれど、そんでも

勉強できないやつがどんだけ効率の悪いことをやってるか知ってたから

「他人のことばっかり気にして自分のことに集中してないから勉強できないんだよ」って思ってた。

どうも要領の悪いやつは、だんだん貧すればなんとやらで人間性も悪くなっていくらしかった。




受験に限定するけれど、勉強って本当に要領のよさだけが大事だと思うわけよ。

東大受かるやつは1日8時間勉強してるとか、あれ大嘘だからな。

私は東大生じゃないけれど、同級生で東大受かったやつをずっと見てたから断言する。

東大なんて昔からあるわけで、それに受かるための勉強方法も研究され効率化されてる。

何人も受かってるうちの学校でもつらいのは最初だけで、毎日まじめにやってれば、

高校になったころには授業に集中して、

あとは電車の往復の間とかの好きな時間勉強すれば十分東大合格可能だ。

あとはほとんど好きなことに時間使ってよいのだ。

受験戦争とか、トップの進学校になればなるほど現実味のない話だったわけよ。

東大理Ⅲ志望でない限りは勉強がしんどいなんていってる奴は落ちこぼれの奴だけだったしな。



もちろん東大に受かることが勉強できることじゃないことはさすがにもう理解してきた。

受験科目になかったプログラミングやら哲学大学レベル生物学などを高校の時からやってたやつとか、

勉強できなくてもサッカー部リーダーシップとってたやつが

同窓会で会ったときに社会的に一番活躍してたことからもそれは明らか。

でも、親が強制してくる程度の勉強は、要領よくこなして

自分の将来に役に立つことに時間を確保する程度には頭使おうぜ、と思う。




ぶっちゃけ、授業中にモバゲーやってるやつとかバカじゃねーかと思う。

そうやって時間を有意義に過ごしてるつもりかもしれないけれど、

それでセックスの相手とか見つけるとか現実的な利益を求めるのでないなら

おとなしく勉強しとけ、携帯に費やす金を貯金していい服買えとか思ってしまうんだよな。

2010-08-01

http://anond.hatelabo.jp/20100801211844

運動してる?酒控えてる?栄養管理してる?まさか煙草吸ってないよね?

タバコやったことなし、今もジムから帰ってきたところ。

そんじょそこら主婦よりずっと栄養には詳しいですよ。

とにかく、我々は自分成功者と呼んでいいくらいまで努力したんだからさ。

そ、そういう自意識は持ったことなかった

あとはかつてモテモテだったサッカー部とかバンドマンが惨めに底辺這いずってるのサカナに楽しまなきゃ損じゃないですか。何枯れてるの、努力意味なくなるよ?

そ、そういうつもりで努力したつもりもなかった。サッカー部が今どうしてるか知らないです。

その年齢で会計士だと若干不運な感じもあるんだけど。

ボッ、ボスに気に入られてれば大丈夫なんですよ!IFRSも今から勉強してるし!

あと、性欲以外にも「俺モテる!」っていうコンプレックス

背景にした勝利感はそれなりにいいもんですよ。いい車乗っていい服着ていいメシ食おう。

なんだかあなたの本性は「肉食系」なんですね。かなりの。むしろ学生時代はたまたま時宜を得なかっただけで。

車にも服にも高いメシにも興味ないです。いい自転車プロテインには興味あるけど。



あと、欲望って多少形が変わるだけで消えたりしないから大丈夫。今あなたは疲れてるだけか、

あるいは自己管理がなってない。

うーん、だと嬉しいですね。

何か他に精神的肉体的コツなどあれば教えてください。

あと、今36歳でも性欲や性感やモチベーションバリバリにあると言うことでしょうか?

先輩がそうだとそれだけで希望にはなるんですが…。




ありがとうございました。

http://anond.hatelabo.jp/20100801211056

鍛え方足らないんじゃね?

運動してる?酒控えてる?栄養管理してる?まさか煙草吸ってないよね?

セックスも女も長く楽しめるに越したことないし、過去振り返ったってどうにもならないじゃないの。

学生時代は戻って来ないんだから。ならこれから先を楽しんだ方がいいんじゃね?

とにかく、我々は自分成功者と呼んでいいくらいまで努力したんだからさ。あとはかつてモテモテだった

サッカー部とかバンドマンが惨めに底辺這いずってるのサカナに楽しまなきゃ損じゃないですか。何枯れてるの、努力意味なくなるよ?

その年齢で会計士だと若干不運な感じもあるんだけど。

そんだけ継続的に努力してきた履歴があるし、未来開けてるんだから。

あと、欲望って多少形が変わるだけで消えたりしないから大丈夫。今あなたは疲れてるだけか、

あるいは自己管理がなってない。あと、性欲以外にも「俺モテる!」っていうコンプレックス

背景にした勝利感はそれなりにいいもんですよ。いい車乗っていい服着ていいメシ食おう。

もてないよりはもてる方が楽しいに決まってるじゃないですか。

2010-07-27

http://anond.hatelabo.jp/20100704141447

増田が”部活動”というものが嫌いなのは分かった。

だが、育成=部活と思い込んでるのがまず間違い。

野球において、『甲子園ヒーローは、同年代の中で最高級に野球ができる選手である』というのはおおむね正しい。

だが、サッカーは違う。高校サッカーヒーローは、同年代の中で最高級にサッカーができる選手か―否だ。



高校進学の段階で才能のある選手はどこへ行くか。答えはシンプルだ。まずクラブユースに行くことを考える。サッカーの強豪校に行くのは次善の選択でしかない。

中村俊輔は典型例で、彼は「(身長が理由で)ユースに上がれなかったから、高校のサッカー部に行った」

別にこれは彼だけの選択ではない。昔は高校サッカーの方が優勢だったが、今はクラブユースの方がレベルが高い。

実際、今は高校サッカーよりユースの方がレベルが高い。

高校とクラブユースをまたぐ大会としては現在高円宮杯』があるが、ここ数年、クラブユースの方が上位には多い。

U-17代表何かを見ても、高校サッカー勢は2割程度で、ほとんどはクラブユースだ。(ごく一部、プロがいる)



とまぁ、少なくともここ10年ほどは『各年代で才能の溢れる選手』を集めていたはずなのに、2010の日本代表も、その前も、高校サッカー出身者の方が多いのはユースの育成に問題があるのではないか?という論点があるが、これは少なくとも部活とか日本社会の問題ではない。




どちらかというと、『欧州型・クラブスポーツ文化』に属するスポーツと、『米国型・スクールスポーツ文化』に属するスポーツがあって、

サッカーは前者の典型(他にラグビーなど)、野球後者の典型(他にバスケアメフトなど)になっている。

前者の方がルールシンプルで個の力重視、後者ルールが複雑で戦術重視という大まかな傾向はある。

で、日本は色々あって米国型のスクールスポーツ文化が主流だったところに欧州型の典型であるサッカーが入ってきて、

それでせめぎ合いがある…というのが現状だろう。

2010-07-20

To be or not to be

世間にはそうしたほうがいいっぽいってことがある。

そして、俺はそれに従って生きてきた。

会話が面白い人の方がいいっぽいからそうした。

優しい人の方がいいっぽいからそうした。

音楽聴いてた方がかっこいいっぽいからCDをめちゃくちゃ借りた。

運動はできたほうがいいっぽいからサッカー部に入った。キャプテンになった。

学歴は高い方がいいっぽいから、勉強した。東大に入った。

サークルは入ったほうがいいっぽいから入った。

家庭教師は割がいいっぽいのでやった。

やりすぎない程度にかっこいいっぽい服を着た。

彼女はいた方がいいっぽいから作った。

いいゼミに入ったほうがいいっぽいから入った。

英語はできたほうがいいっぽいから勉強した。

官僚になるのは今どき流行らないっぽいからやめた。

就職はいいっぽいところを受けて、そこに入社した。

俺は世間においていいっぽいことをやれる才能がそこそこあるらしかった。

いいっぽいことをやっているとそれなりに楽しいし、大抵すごいねと人に言われるのでそれなりに気分はよかった。

いい「っぽい」ってのはそれなりの理由と要素があって、いい「っぽい」とされてるらしい。

金やら経済システムやら人間の心理の仕組みやらその他諸々の条件から生み出される。

俺が生まれたころのいい「っぽい」ことと今のそれは違うだろう。

ただ、それはすぐにはそんなに変わらなくて、だから俺はそれを当てにしてきた。

そして人はその「っぽさ」で人を判断したりする。

しかし最近その「っぽい」ことに飽きた。というかだんだんアホらしくなってきた。

いろんな価値基準は全然確かじゃなかった。知ってはいたけど。

出世するのがいいっぽいらしいし、MBAとるのがいいっぽいらしいし、起業するのがいいっぽいらしい。

そんで結婚するのがいいっぽいらしいし、社会貢献するのがいいっぽいらしい。

で、子ども作って、その子どもに「いいっぽい道に進め」って言うんだろうなと思う。

でも、いっぺん頭の中の枠外しちゃうとストレートにその「っぽさ」を受け取れなくなる。

いるじゃん、ストレートに「っぽい」志向の人。

俺はそうじゃなかったらしい。

入社してすぐの会社をやめて放浪したいなんて訳もわからない衝動が出てきた。

それは世間ではダメっぽいから今のところ粛々と仕事をしている。

でも2010年現在に俺は生きてるから世間にある様々な「っぽさ」を肯定も否定もしない。

ヒッピーにもならないし、尾崎みたいに叫んだりしない。

ただその世間にある「っぽさ」を利用して、自分の自由をひっそり獲得したい。

それがどんな形をしてるのか今はわからないけど。

自分の好きなように生きろ」ってのも現代社会ではよさげっぽいらしいしね。

2010-07-16

http://twitter.com/Nico2Justice/status/18653330582

高校球児丸刈りだと爽やかで高校生らしさを感じるが、サッカー部ではなぜ浸透しないのか。

>体育部に限らず、男子中高生丸刈りを強制しても良いのではないか。こう書くと時代に逆行しているみたいだが、よく考えてみて欲しい。

教育の観点からしても、中高生丸刈りにしておくことのメリットは大きい

>まず、なんといっても爽やか。嘘偽りのない学生であることをアッピールできる。街角の不良が悪さをしていても、丸刈りなら特定しやすい。

>頭の刈り方に変化をつけておけば、どこの学校の生徒かも判別できるし、万引きも減るだろう

>全員同じ髪型であることで、結束力も期待できる。釣りをさせて貰えるなら、中高生はあえて囚人扱いすることで、

>統制と団結力が期待できるはずだと言わせて頂く。戸塚ヨットスクールのような中学高校がこれからは必要になる

2010-07-04

日本サッカー南米欧州列強に追いつくことができない絶対的な理由。

日本サッカー代表はたまにベスト16に行くことがあっても基本的に南米欧州列強に追い付くことはできません。追いつくためには日本教育制度スポーツ学校依存、究極的には日本社会制度までにメスを入れなければならないからです。

 現在の代表でも、半数以上はサッカーエリートであるクラブ出身ではなく部活サッカー出身だ。普通感覚ならどれだけ「自分はやれる」とおもっても並の高校に行った時点でプロをあきらめてしまうの。とくに偏差値の高い学校にはいった競技者プロを目指すのはよっぽどのかわりものだろう。

 学校部活動は短期間、具体的には2年または2年半で結果を求められる。求めるなというのが無理なのだ。競技者、および指導者(学校教員)の双方にとってそれがメリットだからだ。2年で結果を出せばまた名門サッカー高校に進学できる。また2年半で結果を出せばJリーグ以外では最もメジャーサッカー大会である。「高校サッカー選手権」にでられる。普通の高い才能であればこの大会にピークを持ってくることが目標なのだ。

 南米欧州ではもちろんちがう、クラブのユースではある意味子どもたちは商品なのだ、名門クラブであればそのトップチームに上げることが目標となる。そうでなくとも名門に売れれば大きな金が入る。日本部活のように自分勝手な猛練習はしない。体が壊れたら誰も得をしないのだ。ユースでもジュニアユースでも週に4-5回、一日2-3時間の練習と週に1回の試合日本のように年間練習試合をふくめ100試合もやるようなことはない(中堅校でもこのくらいやるところは少なくない)

 逆に公式戦はリーグ戦が主体で多く、リーグなので絶対的な勝利にこだわることもない。指導者競技者も目指すのはその先なので、個人の技術の向上、戦術理解が優先される。

 また日本ではユース世代は競技者サッカーレベルでチーム分けがされない基本的に「競技者学力」でチーム分けがされる。高校の部活動なのだから当然だが、これがどれだけ異常なことかおわかりだろうか?

 また日本では必ずしもサッカー経験者もしくは指導を志す者がサッカーを指導するわけではない、これまた異常なことなのだが事実だ、ジュニアユース時代に技術的なことを指導されなければどれだけ才能があっても伸び悩む。さらにユース時代も確率的には少ないが必ずしも専門家が指導するわけではない。(例えばわたしは長らく高校サッカー部の顧問をしていたが、なった理由は校務分掌上、若い男性であいているものが私しかその学校にいなかったという理由。当時全くサッカーには興味関心がなかった。)学力別に分けられた競技者がたまたま良い指導者環境に当たればよいが、絶対にそうなるとは限らない。学力が関係なければ、後に日本代表になる可能性がないではないが、学力が高ければ指導者と関係なくそ学力の高校(チーム)にいく。そして高い才能があろうとサッカー選手になる道はほぼなくなるのだ。

 ここで「日本でも、今言ったように、学力と関係ない名門高校があるんだから、そこで注目されるのでは?」とおもうだろう。もちろんそういう選手も多いが、ここで現代表の来歴をみてみる。

 日本代表CBの3人の来歴は非常に異色だ、田中ブラジル人を留学生としてとっているサッカーが盛んな新興名門進学校「渋幕」に留学した。その後、Jリーグに入り帰化した。これは前代表のアレックスサッカーでないが朝青龍もそうだ。

 中沢サッカーエリートとは関係のない道をあゆみ、強豪でない三郷工技の部活動からブラジルクラブに入り、帰ってきて三郷工技で練習していて練習試合ヴェルディとやったあとに練習生としてヴェルディに入った。

  岩政は普通地方進学校から数学の教師になるため東京学芸大に入り、ユニバーシアードなどで活躍して注目され鹿島に入った。

 後者2人は本人のサッカーへの強い意志と偶然により、Jリーグに入り代表になったことになる。偶然がなければこのWカップのメンバーは違う人が入っていたということになる。ということはこの人たち以外にも日本代表に入れる才能を持ちながら途中でなんらかの事情で断念している多くの競技者が、掬いあげられずに、一サッカーファンとしてWカップを見ているはずなのだ。普通フットボールネイションであれば代表に入るような才能であれば小さいころから注目され少なくともプロになる選択を与えられるのは必然でなければならない。

 普通フットボールネイションで岩政のような選択は非常に不可解に感じるだろう。代表になれるような才能があれば、16-7歳でプロ契約するのが普通サッカー能力が非常に高くかつ数学の教師になりたいのであれば、大学サッカープロキャリアを終えたあとに行けばいいわけで、なにも、大好きであるサッカー競技者を断念して教師になる必要はない。岩政の選択は日本では非常に特殊で普通なら数学の教師になりサッカー部顧問になる(もしくは校務分掌の事情でなれない)のが普通だろう。高校で普通の進学高にいった時点でプロサッカー選手になるという選択はない。冷静な頭で考えればリスクとリターンが合わないからだ。

 日本ではあるレールからはずれると修正がきかないとおもわれている。サッカー選手を選択して失敗したら大学目指そうとかそういう選択は普通しないのだ、就職に一番有利なのは何の瑕疵もなく22年で大学卒業した者であり、30歳くらいでサッカープロ経験者であってもいわゆる一流企業正社員になるのは難しいだろう。であれば高い学力があってサッカーの高い才能がある場合リスクをとってサッカー選手になるという選択は普通なくなる。このようなリスクテイカーに冷たい社会ではサッカー選手になるというのはなかなか決断しにくいのだ。岩政は非常にリスクの高いことをやって成功したことになる。

 他にも多くの理由があるが、スポーツ学校依存リスクテイカーに冷たい日本社会制度を変えない限り野球のようなマイナースポーツで一番になることはあってもサッカー大国になることはないだろう。

 部活動の問題についてはまたの機会に書きたいと思います。

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