はてなキーワード: サッカー日本代表とは
最近の例で言うと、
ttp://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1686533.html
⇒「新しいユニフォームダサ過ぎ」という意見が大多数。普通にいいと思ったのだけど、むしろ1985年の真っ赤っかの方が・・・
【閲覧注意】女子高生を救えなかった話
ttp://itaishinja.com/archives/3224832.html
⇒「ひどい話だけど、田舎でよくある話なら仕方ないな」と思ったら、スレ、コメント欄ともに「胸糞悪い」「教師が悪い」という怒りのコメント多数。
他にもネットをしていて「えー、これが大多数の意見なの?」と思うこと多数。
最新のことを知るにはどうしても英語の論文を読まなければならない。
またあまり学科として設置している大学が少ない分野なので日本語で良い教科書もほとんどない。
別にこれに不満を持っているわけではなくて、日本語しかできないということは手に入る情報がそれだけ限られる。また労力をかけなければならないんだと思った。
また同じようなことを思う機会があった。それはサッカー日本代表がワールドカップアジア三次予選でタジキスタンと対戦したとき。
あの時、タジキスタンのサッカー代表の情報はおろかタジキスタンという国自体の情報があまり無かった。
この時にタジキスタンで生活していたら生の情報を伝えれてすごい有用だったろうなーとかおもった。
日本人が少ない国に行けばそれだけで重宝されるだろうと。
上手くまとめられないけど、日本語しか出来ないけど色んな情報知りたい人がいる限り、翻訳なり情報を伝える人が活躍出来る場所はずっとあるんだなと思った。
※このエントリは私の大好きな「スポーツ見るもの語る者~フモフモコラム」のパクrもといリスペクトです。
http://blog.livedoor.jp/vitaminw/
心を整えたい!
女子サッカーワールドカップの準々決勝、日本対ドイツの試合開始前およびハーフタイム中のインタビューで「あの男」が繰り返
「あの男」そう、サッカー日本代表の主将、長谷部誠選手です。なでしこJAPANが歴史を創った陰で彼が暗躍していたことはもっと
知られても良いでしょう。
今回はそんなサムライブルーキャプテン長谷部選手の動きについてチェックしていきましょう。
長谷部選手と言えば日本代表の中では主将として、真面目に誠実にメンバーとコミュニケーションをとり曲者揃いのチームをまと
め上げている名キャプテンで、
若手選手は真面目な発言をした人に「長谷部か!」というツッコミをするほど、チームメイトからの尊敬を集めています。
そして先日発売した著書「心を整える。」はベストセラーとなっています。
世の中の女性に対しても、そのイケメンではないがさわやかなルックス、日本代表キャプテンというステータス、海外で活躍する
ことによる高い給料と、モテモテ要素を全て備えており、その圧倒的アピール力に寄ってくる女性は後を絶ちません。
そんな状況で浮かれ立たない男などいるはずもなく、長谷部選手も日本との遠距離恋愛でなかなか会えない某本田アナと別れ女遊
びモードに入ります。しかもフリーであることを天下に示すために、シーズン終了後の帰国時に「The End Of LOVE」と書かれたT
シャツで全世界の女性にウェルカムを表明した事は記憶にも新しいですね。
そんな誰でも来い状態の長谷部選手、日本では散々テレビに出まくって、女子アナ、アイドル、グラドルとメール交換しまくった
の良いものの、オフが終わりドイツに帰国。ヴォルフスブルクという北部のド田舎町では全然女遊びができません。が、そこに朗
報が!ドイツで開催されている女子ワールドカップの試合がヴォルフスブルクで組まれたのです。
しかも見事に勝ち進んだ「なでしこJAPAN」がやってきたのです。勝手知ったるホームタウンに大量の女子。長谷部選手は自らのプ
レースタイルのように労を惜しまず縦横無尽に動き始めたのです。
…言いたい事はわかります。なでしこJAPANなんて不器量の集まりではないかと。モテモテ長谷部選手のお口に合うのかと。確かに
サッカーに青春を捧げた彼女たちは、ヘディング練習のしすぎで顔が潰れてしまった澤選手を筆頭にお世辞にも美人揃いとは言え
ません。しかし、何人かは見られる顔の選手がいらっしゃるのです。個人的には鮫島選手、超タイプです。
・安藤 梢
http://matome.naver.jp/odai/2125351445532140015
http://matome.naver.jp/odai/2126559444013016401
・鮫島 彩
http://matome.naver.jp/odai/2126524399704137901
もちろん、極上のルックスとはいえませんが、彼女たちはサッカー選手として純粋に長谷部選手を尊敬しています。ウェルカム状
態の長谷部さんにとってはまさにお手軽なのではないでしょうか。
しかし問題はどうやって彼女たちに近づくか。ワールドカップ中の選手へは安易に近づけませんし、通常は関係者以外は男子禁制
です。しかし、ピンポイントの早いパスでディフェンスラインの穴を通すのも長谷部選手の得意プレー。それは、NHKBS1で日本全
国民に明かされました。試合直前にピッチサイドでインタビューを受ける長谷部選手。
「大アウェーだけど頑張ってほしい」
「昨晩、宿舎におじゃましたのですが雰囲気が良かった」
え?普通に宿舎におじゃましちゃったの?さすが長谷部選手。日本代表主将という肩書をフルに発揮して、試合前日の夜という、
極めてセンシティブな時間に宿舎に突入していました。宿舎ですから当然シャワーもベッドもあります。連戦のストレスと男子不
足で飢えた女子選手とウェルカム長谷部。どうなるかは火を見るより明らかですね。
こんなこと私の下種な妄想であって欲しい。そう思いスポニチを見ると、下記の報道が。
『試合前夜に宿舎を訪れた男子主将に、同じく浦和からドイツに渡ったFW安藤梢(29)=デュイスブルク=らが奮起。』
http://news.goo.ne.jp/article/sanspo/sports/ssp20110711008.html
『丸山は長谷部の著書「心を整える」に引っかけて「お会いできて、すごく心が整いました!」と感謝した。』
http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2011/07/11/kiji/K20110711001185890.html
見事に「見られる顔の選手」に手を出しとるやないかい!さすがの戦術眼です長谷部選手。
試合前日に手を出された方はというと、前半積極的なチェイシングで守備を助けた安藤選手を後半に丸山選手に交代。監督は、期せずして姉妹となってしまった2人が同時にピッチに立たないようにする気遣いで、2人の奮起を促します。丸山選手の感動的な決勝点はこうして生まれたのですね。ありがとう長谷部選手!
しかし、一晩に2人お相手とはさすが無尽蔵のスタミナを持つ長谷部選手ですね。いやいや彼のスタミナを持ってすればさらに…
…はっ、我らが鮫島選手にも手を出したのでは!?そう思って試合中継のビデオを見直すと、長谷部選手のおでこに大きな絆創膏が。
そう、完全に返り討ちにあっているではありませんか。良かった、鮫島選手のの貞操は守られたんだ!
今回の経緯を見るに、現役の日本代表選手が女子宿舎を訪れるのは、なでしこJAPANにとってプラスの様です。準決勝はフランクフルトで開催されます。クラブチームにはかつて高原選手や稲本選手が所属していました。現在は日本人選手の所属はありませんが、槙野選手のケルンからならアウトバーンをひとっ走りです。
※まともな観戦記を読みたい方は本家 フモフモコラムをご覧ください。
http://blog.livedoor.jp/vitaminw/archives/2011-07.html#20110710
唐突ですが、サッカー関係者・スポーツ報道関係者の皆様にお願いです。
サッカー日本代表監督にイタリア人が就任し、「カテナチオ」という言葉が新聞に頻繁に見られるようになりました。しかし、「カテナチオ」という表記に非常な違和感が拭いきれません。
イタリア語の-ccioは、カタカナ表記にする場合、「-ッチョ」とするのが一般的です。分かりやすい例として、牛肉の薄切りCarpaccio「カルパッチョ」があります。「哀れな奴」を意味するpoveraccioを表記するには「ポヴェラッチョ」。「デカメロン」を書いた中世の作家は「ボッカチオ」と一般には表記することが依然として多いですが、正式にはBoccacio「ボッカッチョ」と呼ばれます。
「チオ」表記になるのは-tioの場合であって、fellatio「フェラチオ」がその典型でしょう。イタリア近代の作家D'Annunzioは「ダヌンツィオ」「ダンヌンツィオ」と表記されるのが一般的ですが、「ダヌンチオ」「ダンヌンチオ」でも許容されると思います。
さて、したがってイタリア語のcatenaccioは、カタカナ表記では「カテナッチョ」とする以外にありえません。「鎖」を意味するcatenaに、より劣ったもの軽いものを意味する軽蔑辞-accioが付け加わることによってcatenaccio「カテナッチョ」(掛け金)という一単語になっています。また、イタリア語と日本語の発音の差は他の言語ほど大きくないので、「カテナッチョ」と表記してその通りに発音すれば、イタリア人にも通じます。しかし「カテナチオ」では分かりません。
そこでお願いというのは、「カテナチオ」表記をやめていただきたいのです。正しく「カテナッチョ」と書いてください。せっかくの日伊文化交流の大事な一歩です。つまらないことに見えても、異文化を理解するというのは、こういう小さなことから始まるのではないでしょうか。
サッカー日本代表のグループリーグにおける進化を目の当たりにして、棋士の羽生善治の言葉を思い出した。
勝負どころで一番大切なのは自分を信じること。自分を信じられるかどうかが一番難しい。他人のことは100%は知らないので、簡単に神格化できる。日常から自分を信じられると、決断しなければならない場面において不安がなくなる
初戦のカメルーン戦、続くオランダ戦、そして歓喜のデンマーク戦、この3戦における日本代表の進化はまさしくこの言葉通りではないだろうかと思う。
岡田ジャパンが戦前からコンセプトに掲げていた、運動量と組織力によるディフェンス。何戦も行ったテストマッチで全くと言っていいほど結果が出ず、岡田監督が目指すサッカー自体に問題があると、ほぼすべてのサポーターは思っていたはず。
オランダ戦を終えた時点でディフェンスに関する不安は払拭出来ていたからこそ初めてデンマーク戦でオフェンスが機能した。
過去オフェンスが機能しなかったのは、テクニカルな要素以上にディフェンスに自信を持ちきれなかったことが一番の要因だったかのように思える。
さらに言うと、こんな短期間で劇的な進化を体現できたのは、それがW杯という大舞台のゲームだったから、ということ。
タイトルのかかったような重要な一局であえて得意ではない戦法を試すのはなぜかという問いに対し羽生は、
今一番手堅い戦法は次の一局に勝つためにはベストだが、五年後、十年後と長期的に見るとベストかどうかと言われるとそうではない。リスクをとって大舞台でやってみなければ学べない、怖い思いをしてやらなければ吸収できないものはたくさんある。
将棋自体には詳しくないのだが、この言葉を聞いてそれを感覚的に理解できても、ある意味勝ち負け二の次でそんな場面を自分の進化に利用している羽生は恐ろしいほどの境地にいるように思えるが、それほど大舞台では人間は進化できるということ、それを成功させた日本代表に更なる勝利を望む。
業務引継ぎで今週末まで。
クソな上司ともお別れ。
そして、セレブレティとして振舞うことができた(ほんとにセレブじゃないぜ!年収500万行かねぇセレブなんていねぇだろ)のも今日で終わり。
だが、オレはまだ死んでないぜ!
40近い団塊ジュニアだけど五体満足だぜ。
ああすまん、五体不満足な人を差別してるわけじゃねぇ。いや差別してるのかしれんが今は許してくれ。五体投地で土下座すっから今だけはスマン。今は幸せ探しするべきだと思うんでな!
ほれ、なんだ、アップルのえらいひと、スティーブン・ストラスバーグじゃねぇスティーブ・ジョブスも首切られたことがあんだ。
岩田稔じゃなくて岩田聡なんて倒産した会社にいたこともあるんだぜ!ああ聡じゃない岩田、がんばれよ!オレもがんばるからな!いやもちろん聡もガンバレ!日本のデジタルエンタテインメントはアンタが背負ってんだからな。
ガンバレサッカー日本代表!おれはカメルーンに負けると思ってるけど、予想を裏切ってくれよな!たのんだぜ!裏切れなくてもオレは攻めないぞ!一緒に泣いてやる!
いましんどい思いをしているミンナ!オレもミンナの仲間入りだ!だが誰かが言ったろ。
ピンチのときほど笑うんだ。
ピンチはチャンスだぜ!
そう信じようぜ!
また来るよ。
そん時腐った魚の目をしてても、オレは未来のオレは責めないぜ。
まあ、なんだ。
かあちゃんが泣くから、かあちゃんよりは長生きしてやれ。
その後のことは自分で決めろ。
あーでも、今度は妹が泣くかなぁ。
それはやだなぁ。
よし決めた。
どんだけ生きるのがつらくても、自分では生きることをあきらめねぇぞ。
生きるのあきらめたヤツはごめんな!オレは弱虫なんだ!自分の限界なんか探りたくねえ弱虫なんだ!
だから生き抜くぞ。どんなことしても寿命までは生き抜くぞ。
わりぃな、まじめに生きてる世界中のみんな。
カスみたいなオレが生きるために、世の中良くしていってくれよな。たのんだぜ!
いやほんと、養う家族が少なくてよかったぜ。
嫁さんとかガキとかいた日にゃ目の前真っ暗になってたろうからな。
そう思えばこれまでモテなかったことはほんと幸いだった!
ありがてぇことにこんなとき力になってくれる友達もいねぇ。
だから自分で何とかするんだぜ。
どうよ、この強さ。
ホレボレしちまうよ。
そうだな、どうしてもたすからねぇようなら、未来のオレよ。
ブルーシートを布団の下に引こうぜ。
そうすりゃ、特殊清掃も少しは楽になるってもんだ。
換気扇は回しっぱなしでな。
ドアはしめとくんだぞ。虫が入ってかなわん。
死に方は決めた。
だがまあ、まだ職を失っただけだ。
これから左前だったしてもだ、オレよ。
オレよ、がんばれよ。
ダメでも、オレはお前を許せるからな。
という屈辱的な結果に終わった。
何よりもまずかったのは
最初の5分で決められたことと
後半ロスタイムに決められたこと。
完膚なきまでに叩きのめされたと言っていい。
終わった後、採点について激しく口撃した。
しかし採点はひっくり返らなかった。
全ては後の祭り。結果が全てなのだ。
好き嫌いは別にして韓国人俳優と比較すると体格はあまりにも貧弱だ。
サムスンから発売された。
そんなにも軽いものか?
ここ最近の韓国は常に上手で、一歩先のところから日本を見ている。
昨夜の日韓戦を見ながら改めて思い知った。
聞こえてきたのはデーハミングクの声ばかり。
声援でも負けていた。
今、我々日本人に必要なのは
ワールドカップまでもう少し。
サッカーは素人なんだが、どう見ても日本代表が強いようには見えない。
98年から進歩しているようには見えないんだが、っていうか、退化?
交代論が噴出してるけれど、それなら誰が良いんだろうか?
残念ながらヨーロッパや南米と違って選手にタレントを求めることができない、
という制約条件のうえで誰だったらいいの?
ワールドカップでは、残念ながら惨敗と予想しているのだが、
協会とかJリーグとか、もろもろなんだろうけどさ、
全体的に閉塞感がありすぎるよね。
それ以上にサッカー的教養というかIQが高い感じがしないなぁ。
オシム氏がそれの向上に取り組もうとしたんだろうけれど。
駅を出て喫煙スポットでタバコをつけようと思ったら、ポケットにライターがなかった。どうやら家に忘れてきたらしい。少し歩いてコンビニに行き、ライターを買うことにした。もう少し歩けば会社に着くし、会社にはライターがあるか、もしくはライターを持った誰かがいるのだけれど、ぼくはライターを買うことにした。どうせコンビニに寄るし、お茶も買うし。もうすぐにでも吸いたいし、コンビニの前に灰皿もあるし。
だいたいが、タバコを吸える年齢のぼくにとって100円の消費というのは、気持ちさえ切り替えてしまえばたいしたことではないのだ。例えばいつも買っているファミリーマートの100円のジャスミン茶1リットルパックを、奮発してvolvicにしたと思えばいい。その程度のことだ。大人力だ。
そんなわけでいつものファミマで100円ライターを引っつかみ、ジャスミン茶と一緒にレジに出す。
ここのところ、どこのコンビニでも「Tポイントカードをお持ちですか?」と尋ねられるようになった。ぼくはTSUTAYAの会員でTポイントカードも持っているけれど、どうにもこの質問がうっとおしくて仕方がない。LIFEのポイントカードは平気なのに。というか、LIFEで買い物をするときは聞かれなくてもポイントカードを出している。首都高に乗ったときに料金所のかなり手前から千円札をヒラヒラさせるような、あんな感じだ。
思うに、この「コンビニTポイントカード」問題は長年の習慣とコンビニという場所の性質によって巻き起こっているのではないだろうか。
まずひとつに、コンビニでこの問題が発生しだしたのは、つい最近のことだ。ぼくはもう20年くらいコンビニを利用していて、コンビニのレジにおけるリズムというのが身に染みてしまっている。商品を出す、レジを打つ、金を払う、おつりをもらう、野球の結果や天気についての会話を振られない、そのシンプルで味気ないやりとりこそがコンビニのコンビニたるゆえんだとさえ思っている。
そのシンプルさ、それがコンビニという場所の性質だとも思っている。ぼくはコンビニで「毎度ありがとうございます」と言われるのがあまり好きではない。店員諸氏、どうかぼくのことなんて憶えていないでくれ、と強く願っているフシがある。幾度か通って妙に馴れ馴れしくされてしまうと、ちょっとそれは違うだろ、と思ってしまう。「どうせあなたはひと夏のアルバイトで、私の前から消えてしまうのに、だのに優しくしないで!」とまでは思わないものの、人間関係を構築するべき相手ではないように思っている。
コンビニはコンビニエンスで、何でも置いてある。当然、買いにくい物もある。買いにくいものを買いにくい時間に買えるからこそのコンビニエンスであり、そこに、いつ行っても「顔見知り」がいる、という状態は非常にインコンビニエントだ。買いにくいものを買っているのを見られてもっともイヤなのは「全然知らない人」でも「親友」でもなく、「ぼくのことをちょっとだけ知っている人」だ。なぜなら彼らは勝手にぼくのイメージを形づくっているし、それを買っているのを見てそのイメージを湾曲させるからだ。そして買いにくいものを3度も買えば、「買いにくいものを買う人」というイメージだけが固着してしまう。それがイヤなのだ。かりそめの関係でも、関わるならば本当のぼくを知ってほしいのだ。いつも行ってるから顔見知りになることは仕方がないけれど、そこであえて初見みたいに応じるのがコンビニエンスを名乗る者のマナーだと思っている。
そんなわけでぼくはいつも、コンビニではぶっきらぼうな態度に出る。レジ台に商品を投げつけないまでも、あまり店員と目を合わせないようにする。「Tポイントカード」問題についても、首を軽く横に振るやいなや「suicaで」と会計の段へ進もうとする。
その日もぼくは、ジャスミン茶と100円ライターをレジに出しつつ、伏目がちに「suicaで」と言ってやった。我ながらうまくやったと思った。iPodのイヤホンから流れる音楽に軽く乗ってるフリなんかもしてやった。
ところが、会計が603円だった。100円のジャスミン茶と100円ライターを買ったつもりが、そのライターが何やらガス式で、サッカー日本代表のグッズで、緑の炎が出るとかで、500円だというのだ。
100円の消費はたいしたことないが、500円となれば話は違うだろう。何しろ、もう少し歩けば会社に着くし、会社にはライターがあるのだ。先日ランチに贅沢なラーメンを食い、900円以上使ったばかりだ。
だが、ぼくはすでにぶっきらぼうを気取って、余裕の表情で金額が表示される前から「suicaで」と言って、読み取り機械のうえにsuicaの入った財布をかざしている。ここから「ちょっと待って!」なんて言えない。ここで照れ笑いなんてしながらライターを100円のものと交換しに行こうものなら、それこそ顔を憶えられてしまう。
ぼくは結局そのまま顔色ひとつ変えずにsuicaで603円を精算し、会社に向かった。デスクの引き出しを開けると、100円ライターが3本も入っていた。
ところで、コンビニで買いにくいものってなんだ。ぼくはコンビニで、生理用品もコンドームも快楽天も買った記憶がない。せいぜい「いつも同じ弁当食ってやがんな」と思われるのがしゃくだ、という程度のものだ。インコンビニエントなのはぼくのほうだ。
先日のオーストラリア戦で感じたのはコンセプトとシステムの限界である。
前回のユーロでのスペイン、C.ロナウドやメッシー、カカ、ロナウジーニョに代表されるようにサイド攻撃重視のコンセプトとシステムは世界を席巻している。
サイドを制するものが世界を制すと言う言葉はもはや常識とまで言える。
報道ではアジリティ(笑)を活かした日本のサッカーなどと持ち上げているが、実は世界の流行そのままのコンセプトであることは多くの人が気づいているだろう。
それでも、このコンセプトに誰も文句を言わないのは日本にとってそれ以上のコンセプトが存在しないせいだ。
日本サッカーはこれまで、コンセプトとシステムに泣かされてきた。
主戦場であるヨーロッパで活躍する選手が少ない日本にとっては、流行遅れも大きな弱点であった。
加茂は当時流行したプレッシングサッカー(ゾーンプレス)をコンセプトとしたが、それに見合わないシステムを導入したことで流行に乗ることが出来なかった。
トルシエは、3バック&司令塔システムをサイド攻撃ガン無視超守備的5バック&司令塔システムに進化させたが、結局は4バック&司令塔システムにはかなわなかった。
ジーコは、スタープレーヤを並べることだけを考え、超時代遅れブラジル型個人技重視ボックス型中盤システムを構築した。「システム(笑)?自由最強!」だった。
オシムは世界で最先端のコンセプトとシステムを日本に残してくれた。
しかし、このコンセプトとシステムもいつ時代遅れになるか分からない。
その証拠に、このコンセプトとシステムは、もはや珍しいものではなくなっている。
全く日本独自のものではない。
なんて難しいことだろうか。
今のコンセプトとシステムそして選手であれば、昨日のオーストラリア戦がベストなのではないか?
今のコンセプトとシステムで行くならば選手がレベルアップするしかない。
それも、C.ロナウドやメッシー、カカ、ロナウジーニョに肩を並べるほどに。
そこでくじ引き型民主主義ですよ。柄谷行人がやろうとして大失敗してた奴。
実際「代表」の意味には2種類あって、「江戸時代の代表的な日本人」とか言った場合は当時の一般的な庶民を指すのに対し
「サッカー日本代表」とか言うときは、トップレベルのサッカーうまい奴(=特別者)を指す。
現状、選挙で人を選ぶという仕組みは後者の「選ばれたもの(=特別者)が政治をやる」という点で、身分制時代と何も変わってない。
これを変えるのであれば、くじ引きで代表者を選ぶこと。そうすればある程度のサンプル数を取ればその時代の民衆の平均値が出る。
これがもっとも民衆の意志を反映するわけだ。
しかしその結果がいい政治になるとは限らない。
「あれ、生暖かい」
時刻は深夜2時をまわっているというのに、さすがに真夏の熱気がまだレールに残っていた。
僕は線路に仰向けになった。
あたりはシンと静まりかえり、雲でぼんやりとした星空があった。
僕は自殺するつもりなのだ。
本当は綺麗な星空を最後に目に焼き付けて、そのまま眠りにつくはずだった。いつもこうだ、最後まで僕の人生は。
なにもない時間がながれる。
しだいに目がギンギンにさえてきた。
このまま、目が覚めたまま朝を迎えてしまうかも・・・と、不安が頭をよぎる。
「そういえば、もうすぐオリンピックだったよなあ」
実は、ひそかにサッカー日本代表に期待していたのだ。今回はけっこういいとこまでいくんじゃないかと。
僕はむくっと立ち上がった。
自殺はやめだ。