はてなキーワード: サイヤ人とは
これは http://anond.hatelabo.jp/20110316202255 の続編です。
GTをやる前に改を書いてくれている人がいてとてもしっかりした内容なのでちゃんと勉強したい人はそっちを見てね!
d:id:ryoasai:20110317 - ドラゴンボールで学ぶオブジェクト指向 改 | 達人プログラマーを目指して
またオブジェクト指向については
d:id:m-hiyama:20080109 いまさらながらだけど、オブジェクトとクラスの関係を究めてみようよ | 檜山正幸のキマイラ飼育記
がとても詳しいです。合わせて読むとかなりしっかりと理解出来ると思います。
ホットエントリに行くとは思っておらず、皆様ありがとうございます。
「ドラゴンボールをオブジェクト指向にする」というコンセプトではなく、「オブジェクト指向を(無理矢理)ドラゴンボールで説明する」という遊びだったので
プログラマーの方々にはツッコミを受けてしまいましたがここは遊びだと思って楽しんで下さい…。
ドラゴンボールは小さい頃から大好きでしたが流石にうるおぼえ過ぎました。
それはさておき「説明する題材を決める→好きな漫画から無理矢理当てはまりそうな例を考える」という思考実験なので、気が向いた方は色々考えてみると楽しいと思います。僕は楽しかったです。
これは難易度が高そうです。
やっぱりドラゴンボールで例えると分かりやすいな!
無理がある!
デザインパターンとはドクターゲロが考えた「こうやって設計すれば色々捗るぞ」という例のことです。実際はGoFという人たちが考えたもので23個のよくあるパターンに名前を付けて整理してくれたわけですね。
23個の中にはブルマさんですらわからないものが多いので(さすがドクターゲロですね)良く使う、代表的な物をいくつか紹介します
Singletonは世界に一つだけしか存在出来ないようにする方法です。
balls = new DragonBalls(); //これでは誰でもドラゴンボールを作れてしまう! balls.callShenron();
クラスの中にはいくつかのメソッドがありますが、簡単に言うと外から呼べるもの、外からでは呼べないものの
二種類があります。そうやってメソッドを保護することで世界の崩壊を防ぐわけですね。
基本的な戦闘力をアップさせるには本人の努力が必要になり、外から簡単に挙げられてしまうとジャンプの三本柱が外れてしまいます。
ただナメック星の最長老や界王神などはかなり偉いので、本人の才能を引き出すことが可能でした。
現実には思いつきのような仕様を後から言われることが多々あります。困ります。
//地球上にひとつだけ存在するドラゴンボールをつくろう class DragonBalls{ private DragonBalls(){ //ドラゴンボールを作れないように生成メソッドを保護します。 } static function sagasouze(){ static singleton_dragonball; //ドラゴンボールを生成。 //DragonBallsクラスの中なので、保護してある「new DragonBalls()」を呼べます。 if(!singleton_dragonball)singleton_dragonball = new DragonBalls(); return singleton_dragonball; } }
地球のみんなは地球語しか話せませんが、ナメック星にいるクリリンを通して願いを叶える必要があります。
クリリンももちろん地球語しか話せませんが、ナメック語を話せるデンデがいるため、地球のみんなは願いを叶えることが出来ます。
class Kuririn{ private dende = new Dende(); function request( wish1, wish2, wisth3){ this.dende.request(wish1); this.dende.request(wish2); this.dende.request(wish3); } } kuririn.request( "ピッコロを生き返らせてくれ", "ピッコロをナメック星へとワープさせてくれ", "ナメック星にいる孫悟空とフリーザ以外を全員地球へとワープさせる" );
この場合のメリットはデンデが何をやっているかクリリンをプログラミングした人が知る必要が無いということです。
地球の人はナメック星にいるナメック星人が「デンデ」であることを知る必要もありません。
それでも願いは叶うんです。
本来であればデンデやクリリンは願いが叶うのを待つ必要がありましたが、地球の人は一気に伝えることが可能なように設計しました。
//デンデクラス。ナメック星人は英語でNamekianらしいです。 class Dende extends Namekian{ function translate(word){ namekian = *****//ナメック語に翻訳します。 return namekian; } function request(wish){ static polunga; if(!polunga){ polunga = DragonBalls.spell("タッカラプト ポッポルンガ プリピット パロ"); } polunga.ask(this.trasnlate(wish)); } }
大まかなアルゴリズムだけ決めておいて、実装はサブクラスに任せる設計がTemplate Methodです。
ナメック星に行く方法を考えた時いくつかの方法がありました。古い宇宙船を探してきて直して載せて…っていちいち書くより同じメソッドでナメック星に行けたほうが便利ですね。
abstract class WayToNamek{ abstract function prepareSpaceShip(); abstract function launchSpaceShip( ship ) ; function gotoSU839045YX( people ){ ship = prepareSpaceShip( ); //船を修理します ship.load(people); //人を載せます this.launchSpaceShip(ship); //船を出発します。 } }
ナメック星に行く方法を定義したので「ブルマ、クリリン、悟飯」組と「悟空」をそれぞれナメック星に連れて行きましょう。
way = new WayWithKamisamaShip(); way.gotoSU839045YX( buruma, kuririn, gohan ); way = new WayWithSaiyajinShip(); way.gotoSU839045YX( goku );
と簡単に方位SU83、距離9045YXまで乗員を連れて行くことが出来ます。
二つの方法を実装します。神様の船を修理して行く方法と、サイヤ人の船(悟空が乗ってきた船)で行く方法の二つです。
//神様の船で行きます。 class WayWithKamisamaShip extends WayToNamek{ function prepareSpaceShip(){ return new KamisamaShip(); //船を準備します。神様の船を使います。 } function launchSpaceShip(ship){ ship.inputByVoice("ナメック星に出発"); // } } class WayWithSaiyajinShip extends WayToNamek{ function prepareSpaceShip(){ return new SaiyajinShip(); //船を準備します。サイヤ人の船(フリーザの船?)を使います。 } function launchSpaceShip(ship){ //audio = new HighSpecAudio(); //ship.setAudio(audio); ship.turnOnCenterButton(); //真ん中のボタンを押すだけ } }
元になる船も違いますし、発射の仕方も違いますが同じ呼び出し方が出来ます。
オーディオの位置が決まりませんでしたが、今回の運用では不要とのクライアントからのご意見でしたのでだったので
せっかく用意したオーディオも無駄になりましたが、コメントアウトしてあります。
サイヤ人は程度の差はあれど基本的に皆、凶暴で好戦的かつ残忍冷酷な性格である。生まれた時から凶暴な性格であり、地球に送られた赤ん坊の孫悟空も当初は手が付けられないほどの暴れん坊だったが、頭を打った衝撃で、純粋で正義感溢れる少年に変わった。元々は女のサイヤ人[3]もいたが、ラディッツが地球に来たエイジ761年の時点で男数名しか生存しておらず、純血のサイヤ人は絶える運命である。隔世遺伝が起こることで、1世紀もの時を経て純血サイヤ人に匹敵する戦闘力を持つ個体が生ずることもあるらしい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%A4%E4%BA%BA
まさかとは思いますが、この「サイヤ人」とは、あなたの想像上の存在にすぎないのではないでしょうか。
もしそうだとすれば、あなた自身が統合失調症であることにほぼ間違いないと思います。
あるいは、「サイヤ人」は実在して、しかしここに書かれているような異常な行動は全く取っておらず、すべてはあなたの妄想という可能性も読み取れます。
前のん: http://anond.hatelabo.jp/20100620143255
前回エントリのブコメ/トラバに逐一答えることはできないけど、眺めていて誤解があったかなと思う点について補足しておく。
まず一つ言っておくと、俺は自分の英語学習の成果としての英語力に「満足している」。俺の英語力は俺に対して果たすべき役目を十分に果たしてくれている。そして同時に、自分には場合に応じてネイティブの力を借りなければならない状況があることを知っている。しかしその自覚は、決して自分のコンプレックスを掻き立てるようなものではない。
なんつーかな、例えて言うなら、超サイヤ人になれなくてもクリリンにはなれる、ってことです。フリーザ一味のザコならガチでボコれるし、フリーザ相手にだって気円斬駆使して、クラッチプレイヤーとしての役割を果たすことはできるわけですよ。しかしやっぱり最終的にはサイヤ人やナメック星人の力を借りて立ち回らなきゃいけないわけ。
「クリリンにだって重要な役目がある」ことと、「でも結局クリリンはクリリン」との間のバランスを取ることはとても大切なわけですよ。「どうせフリーザには敵わないんだから俺何もしねえよ」でもなく、「俺はもうフリーザとも互角だぜ」でもなく。修行の成果を自分の糧とし、修行していなかったら見ることのできなかった世界を見ることの意義は、「ラスボスを独力で倒せない」ことによって失われるものでは無いんです、全然。
しかしですね、今日本人に向けて英語をやれと言う人達。主として経営者であり役人であり、もしくは煽り口調でいうなら「中途半端に英語ができる人間」ですね。英語をやれと言うこと自体はものすごく合理的だし理解できる。そこを問題視しているのではない。問題は、往々にして彼らは、「(今の段階の)クリリンにできること」の限界がわかってないと思われる点にある。そこから出てくるのは無いものねだりであり、無いものねだりされた側に植え付けられる英語コンプレックスである。その意味で、俺が指摘したかった問題は「レベルの高い」ことではなく、むしろ日本における初級以降の英語学習者の扱いなんである。
一つ例を挙げましょう。金谷憲の「英語教育熱 過熱心理を常識で冷ます」より(今手元に本が無いので記憶に基づいて。多少不正確かも)。文科省の高校英語の学習指導要領に「実践的コミュニケーション能力の育成」という項目が入った。で、教師が「実践的コミュニケーション能力って何、具体的には何を教えればいいわけ?」と問うた。当然ですな。そしたら文科省側は「例えば英語で電話をかけることができるような能力です」と答えた、というエピソード。
しかし(ここからは金谷さんではなく、俺の意見)、英語圏で生活をしたことがある人間なら皆実感として知っていると思うんだけど、「英語で電話をかける」のはものすごく難しい。
これはちょっと考えれば当たり前の事なんです。まず、今時「電話での会話」が必要とされるのは、緊急性が高く、複雑なコミュニケーションが必要な状況に限られる。それ以外だったらメールや、自動音声ガイドに従ってプッシュホンのボタン押すので済むわけ。わざわざ電話で相手と話さなければならないのは、何かすぐに解決しなければいけない問題があって、その問題は単純なYes/No疑問文の応答では解決しないようなものである場合、ということになる。
そして電話である以上、視覚情報は全て遮断される。ジェスチャーや指さしを使うことも、相手のジェスチャーや指さしや表情から情報を得ることもできない。単純な音の聞き取りにすら視覚情報は大きな役割を果たしている(「マガーク効果」でググれ)。さらには頼みの綱の音声すら、電話回線を通して劣化していて、生で聴くよりも情報量が減っているのだ。この失われた情報の埋め合わせをするのは、確固たる英語能力に基づくトップダウン型解釈しかない。
というわけで俺は、日本人の高校生に電話での会話能力を習得させるのは実質不可能だと思う。そもそも順番がおかしい、「面と向かってなら十分に会話ができる」レベルに達して初めてそれよりも困難な電話に挑むべきだ。しかしお上にやれと言われた教師は、とりあえずやらざるを得ないわけですよ。なので電話での定型文を適当に教えてお茶を濁すことになる。Hello, this is Bob speaking.
で、高校生は卒業後、アメリカに旅行に行く。そしたら目的地の空港でスーツケースが出てこない(アメリカの国内線ではよくある)。空港のカウンターに行ったら、「後でここに電話しろ」と電話番号を渡される。ホテルの部屋から電話する。全然向うの言うことがわからない、こっちの言いたいことが伝わらない。惨めな思い。「学校英語なんて役に立たない!」となる。俺は六年英語をやらされたのに電話一本かけられない、ああ何て日本の英語教育はクソなんだ、もう英語はイヤだ。
しかし、仮にこれが中国だったらどうか。中国の空港でスーツケースが出てこない、ここに電話しろと言われた、電話したら中国語で何言ってるか分からない。大抵の日本人は、ここで頭を抱えて自分の中国語能力の無さに身悶えたりしない。まあ当然わからんよねーそりゃ、あーまいったなーと言いつつフロントに向かい、フロントマンに筆談や身振り手振りや片言の英語/中国語を組み合わせて意志を伝え、代わりに電話してもらうだろう。首尾良くスーツケースが届いたら、上手いこと言語の壁を迂回した自分のコミュ力にニンマリするはずだ。
この非対称性を日本人は深刻な問題と捉えるべきだ。例えば、「学校英語が役に立たないのではなくて、学校英語ではできるようにならないことがあるだけ」という、ごく単純な真実を覆い隠しているのものは何なのか。それは元を辿れば、「クリリンは超サイヤ人にはなれない」という認識の欠如で、さらにその大本にあるのは「超サイヤ人にならなければ生き残れない」という思いこみなんじゃないか、と思うんだよね。違う違う。学習のどんな段階においても、英語に関して「できないこと」は無くならない。どうしてもそれをやる必要があるなら、ネイティブにやってもらえばいい。「ネイティブにやってもらう」のは、恥ずかしいことでも、難しいことでもなんでもないのだ。
前々から違和感を感じてはいたが、漸く気が付いたことが一つ。
それはこの世の中でヲタクと言われているのは主にアニヲタをさしてるという事実。
ニコニコ動画の流行やアニソンの売れ行きから考えて共通するのは
原作は漫画やゲームだったりはするが、100%アニメ媒体化されている。
元々そこそこ人気はあれどアニメ化で流行化が2000年以降顕著。
女性向けジャンルの特撮やハリーポッターはアニメではないが映像媒体発
(※http://www27.atwiki.jp/trend/pages/12.html)
とても当たり前なことなんだろうけど、気が付かなかった。
①所謂サブカルといわれる鉄ヲタ等の運送系、みうらじゅん始めとする仏ヲタ系、歴女に見られる歴史ヲタ系etcに
④追っかけクレイジーとされる芸能系・・・ヲタにも種類はたくさんある。他にも家電だのなんだのあるだろう。
でもやっぱりヲタクの中に占めるアニメヲタクの割合は高いんだと思う。
そろそろこの事実を認めなくてはいけない。
大体コミケの同人誌ジャンルを見ても、所謂サブカルといわれる①は圧倒的に少ない。
(※http://www.comiket.co.jp/info-c/C78/C78genre.html/評論情報・鉄道ミリ・SF・雑貨位
コミケはサブカル向けじゃない!からデータとして引き出すのはちょっと違うんだろうけど)
そしてこれは自称漫画ヲタかぶれとしてのコメント。題とは真逆の主張をあえて展開してみる。
よくアニヲタと漫画ヲタは同一視されやすいが、正直言って違うといいたい。
とある作品の話をしていても何か違和感あるとおもって調べたら、相手はアニメ設定の話をしていたという事がたびたび。
国民的アニメドラゴンボールだってグレゴリーとか違和感なく居たりで。
漫画狂信者に近い私の中では、ドラゴンボールの界王星にはバブルス君しか存在していないが、
アニメを見て育った人にとってはバブルス君とグレゴリー二人いるのが当然だろう。
設定だけで完全オリジナルGTの「俺はサイヤ人の誇りを持った地球人だ!」発言でぶち切れた漫画ヲタは数知れず。
全部が全部そうではないし、原作に影響を及ぼしたりこのキャラならありうると柔軟に許容する場合もあるが、
簡単に言うと漫画ヲタは基本「漫画原作にないアニメオリジナル描写が許せない。」
原作者が納得しているならいいが(作者が神だから神がOKならOK)、
よくよく自問自答するとこういう差別意識が浮かんだ。
アニメなんて原作の美味しいところだけ映像化して、この作品の本筋主張をそこまでしっかり汲んでいない。
そんな上澄み作品を数ヶ月の数クール単位で食っては次々消費していくアニヲタ。
しかもキャラ萌ばかりで作品に対する世界観への愛情を漫画ヲタからしたらアニヲタに感じられない。
キャラ物グッズばかり買って原作本も買わないなんて何?設定本や考察本もチラ見くらいはしないと・・・
イナゴのように食い尽くしてさっさと去っていく、その癖けちつけて作品その物を歪め潰してくれたわ
漫画ヲタは作品に対する世界観や設定、描写、作者の想いやこだわり、他作品との関連を第一とするが
アニヲタは漫画ヲタにとって大切な作品自体の思い入れより、声がいかに合っているか、作画クオリティがいかに高いか等の方が大事。
とどのつまり重きを置くポイントが全然違うんだけれど、一緒くたにされることが多い。
だから遺憾に思う。
原作を最重要視しないアニヲタが作品を語りだすことを少なくとも自分は嫌う。
原作を買って、原作の設定資料集を買って(アニメのではなく)、
原作者インタビューやブログ等の発言を網羅している上で語るならいいが、アニメのみ見て語るなら微妙だと思う.
逆に言うとアニヲタからすれば漫画ヲタがアニメを見てエンディングやオープニングをスルーしたり、
声優なんて別にそこそこ下手でなけりゃ誰でもいいなんて言うのは許せんのだろう。
こだわりに対して安易に妥協せず追及していまうという点では同じだが、こだわる点の優先順位が違いすぎる。
だが世間から見れば同じ「タイトル」だし、キャラ萌属性で被ったりするから違いなんてない。
漫画ヲタな自分ですらこんな状態だから、①②④のヲタからすれば「ヲタク」カテゴリで括られることすら嫌がって
アニメなぞ見ていないのに、ニコニコ動画の普及で一般人からも作品名をあげるとまずアニメの方を連想されてしまう。
漫画として有名な作品ならまだしも、アニメ作品としてより漫画として有名な作品なんてよくて2、3位じゃないか?
そんなわけでヲタク=アニヲタな風潮を微妙と感じつつ、世間の認知などそんなレベルなんだと自覚しなくてはいけないと思いにいたる。
認めなければ区別してもらえない。いや、区別もなにも無理だろうが。
だからせめて2ちゃんねるの漫画系板のように「アニメの話題はアニメ板へ池」という場所に引きこもって
元増田。
http://anond.hatelabo.jp/20091117113027
単行本21巻80ページ以降で、重傷を負わされたベジータの逃亡先について考えるブルマの以下の台詞が決定打になるだろう。この台詞に対して「ブルマたちの想像はけっしてまちがってはいなかった………」ナレーションが入り、その直後のシーンで登場する(ベジータが逃げ帰った先の)星の名前が「惑星フリーザNo.79」。さらに、傷を治癒させたベジータがフリーザについて「もうこの星があきやがったか」と口走っている事からも「(星を買う)異星人」とはフリーザ一族と考えるのが妥当のような気がする。
う~ん……
前に孫くんの
アニキってのが
いってたわね……
"われわれは
環境のよい星に
住む者を 絶滅させて
異星人に売る"
んだって
その異星人の
ところで治療して
もらうのかしら…
たとえ宇宙最強でホイホイ星を木っ端微塵に出来る力を持つフリーザといえども、だだっ広い宇宙を単身かけずり回って一つ一つ星を制圧するのは面倒臭いはず。ナメック星には宇宙船でやってきている事や、ナメック星内を全力で移動してもそれなりに時間がかかっている事から、自分の手足となる有能な戦士達を集めて使役させる方が良いと考えるのは当然だろう。
そうやって「(ポロリの声で)わたくしの趣味に協力する戦士達を募集しますよ」とあちこちに広報し、星の売買ビジネスを生業にしてきたサイヤ人が応募してきた、という流れだと、あまり不自然ではない気がする。いや、サイヤ人はフリーザの趣味のために星の売買ビジネスに手を出したという可能性もある。
動物の剥製(星)を集めるのが趣味で、普段は専属契約してるハンター(サイヤ人など)から購入してるけど、気が向いたときは自分で狩りに赴く(ナメック星の件)こともある。
といった感じか?
まだまだ未解決な部分もまだあるが、少しはイメージが見えてきた気がする。
買う側:フリーザ
売る側:サイヤ人他
ってことじゃね?
金持ちのボンボンが個人の趣味で高い買い物をしてると考えれば辻褄も合う。
フリーザの直接配下はギニュー特戦隊のような連中だけで、サイヤ人のような他の連中はフリーランスの戦闘員。
スカウター等の装備品はフリーザ側から貸し出されてるんだろう、たぶん。
何やってんだ、オレ…
鳥山明の人気少年漫画「ドラゴンボール」に登場する悪役、宇宙の帝王とすら呼ばれているフリーザを頂点とする一派。
彼らの普段の活動について、主人公である孫悟空の兄ラディッツは単行本15巻71ページで以下のように述べる。
われわれ サイヤ人は
戦闘民族だ
環境のよい星を探し
そこに住む者を
絶滅させてから
適当な星を求めている
異星人たちに
高く売るのが仕事だ
当初はサイヤ人という種族そのものがそういう「星間貿易」みたいなやり方で外貨を獲得しているのかと思いきや、74~75ページですぐに否定されてしまう。
サイヤ人は もともと
少数民族だったうえに
巨大隕石の衝突で
爆発してしまったのだ
………
のこったサイヤ人は
おまえを含めても
たったの4人しかいないのだ!
彼らはたった3人で星を売買してるのか?というとそうでもない。
単行本29巻153ページでフリーザ直属のエリート戦士集団「ギニュー特戦隊」が、登場直前まで別の星「ヤードラット」を攻略中だったと明かされている事からも、フリーザ一派とはフリーザを頂点とする様々な星の種族の戦士達の寄り合い所帯のようなものだと推測される。言うなればフリーザは派遣企業の社長で、サイヤ人を初めとする配下の戦士達は派遣社員みたいなものか。まとめると「フリーザ一派」はおおよそ以下のような存在と推測できる。
スカウターという機械の存在もこの説を補強してくれる。スカウターとは主に任意の相手の強さを数値化し表示する装置である(他にも遠方の相手との通信機能などもあるようだ)。フリーザ一派の殆どがこれを装備しているあたり、携帯電話並みにありふれた存在と言える。
星を売る商売をしているとなれば、効率的に対象となる星の原住民を排除する必要がある。そのためには、投入する戦力は常に適性に配分されなければならないのは明白だ。地球のような脆弱な民族しかいない星に、ギニュー特戦隊のようなエリート戦士を大量に投入したり、もしくはエリート戦士でなければ対応出来ない屈強な原住民がいる星に下級戦士を逐次投入して人的損害をいたずらに増やすというのは無駄以外の何物でも無い。よって排除対象の戦力を正確に把握するデバイスがラディッツのような下級戦士にまで広く普及しているのは必然と言えるだろう。
さて、ここで気になる点が出てくる。
一つは、会話の中で触れられながらも「ドラゴンボール」作品中に最後まで登場しなかった存在。前述のラディッツが語った「適当な星を求めている異星人達」である。彼らの存在は非常に厄介である。なぜなら、具体的な姿が想像しにくいからだ。
考えてみると良い。フリーザ一派のトップであるフリーザおよび彼の一族は宇宙一強いと広く認知されている(原作では父親、劇場版アニメでは兄の存在も明らかになっている)。その配下の戦士達も、質、量ともに大軍団と言うべき規模を誇っているはずだ。はっきり言って彼らを止められる存在など宇宙には存在すまい。
であるならば、相手とまともなビジネスを展開する必要があるだろうか。
何せ星を丸ごと滅ぼして商品にしてしまうような戦力・組織力をもった一派である。顧客の星も有無も言わさず収奪してしまえば良いではないか。
二つ目の気になる点は「高く売る」という表現である。「売る」という行為は基本的に、手元の商品や権利などを相手に差し出し、それと同時に相手から対価をもらい受ける事である。では、惑星丸ごと一つと同等な対価というのは存在しうるのだろうか。
仮に「売る」が物々交換を意味しているのならば、対価は少なくとも以下の条件を満たすものである必要がある。
貨幣で売買しているシチュエーションはさらに難しい。フリーザ一派以外の誰がその貨幣の価値を担保しているのか、という問題からして解決不可能。
仕事中の眠気覚まし程度にはなったが、結局結論は出ずじまいだった。誰かスパーンとこの辺を解決出来る説を頼む。
単行本21巻の扉絵特集でフリーザについて「星を集めて支配するのが趣味」と解説が。利益とか度外視の道楽でやってんのか?
もしかしたら、星の売買は副業程度の位置づけなのか?
サイヤ人は生まれつき凶暴で送り込まれた星を破壊するのがデフォルト。悟空は赤ん坊の時、頭をぶつけて凶暴性が消えてしまった。ラディッツはそれを知らなかった。ドラゴンボールちゃんと読もう。悟空が頭ぶつけてなかったらラディッツが来る前に地球は滅んでたよ。
あー、まあそういえばベジータもナッパに「動けないサイヤ人は必要ない」ってあっさり殺してたけど、本当に労働力として必要なかったとも解釈できるね。
じゃあラディッツも悟空なんかにこだわらずにさっさと破壊して帰ってくれば良かったのに。
は! そこに兄貴としての情が!?
いまいち何が「じゃあ」なのかわからない
話を理解してレスをつけてるのかな
・やむを得ないイレギュラーで大人がフォローに向かうなら
という話をした
破壊だけなら一人でさっさと出来るけど
わざわざ時間コスト燃料コスト払って地球に来てしまったわけだから
カカロットは回収していかないといけない
カカロットがなんか寝惚けてるから説得の為に数日の時間を使っただけ
兄弟の情らしき点を探すなら、問答無用で半殺し回収にせず話を聞いてあげたとこぐらいでしょう
既に大人に育ってるカカロットは貴重な労働力なんだから情とか抜きに回収しないわけが無い
ましてサイヤ人は激減してしまって同胞はものすごく貴重になってるしね
彼女はカカロットの実の母親にして、尖兵であるカカロットに続く戦力を兼ねた、教育係として派遣されてきたのである。
(このように、惑星に送られたサイヤ人の赤ん坊がある程度成長した頃に、増援兼教育係を送り込むというのが今回の予想)
ただならぬ気迫を感じ襲い掛かるカカロットだったが、一蹴され昏倒する。
ギーネはカカロットを手なずけ、人語を教え、戦いの基礎を学ばせる。
あのシステムの根幹を理解してない
サイヤ人はとにかく忙しくて人手が足りないので
「産み捨てた子供でもなんとかなるレベルの仕事(仕事は惑星の文化破壊)」
に一切マンアワーを割きたくないからあれをやっている
特に移動往復の時間が惜しいんだと思う
そんなことするなら産み捨てた意味がない
サイヤ人の大人1人を割いて地球みたいな遠い弱い星に送ってしまった以上は
かーちゃん1人でさっさと地球を掃除してカカロット連れてとんぼ返りする筈
サイバイマンみたいな連絡員がカカロットを迎えに行く手筈だと思う
とにかく、順調な手順では大人のサイヤ人は一度も地球には行かないと思う
行っちゃった時点で産み捨ての意味がなくなる
あとこういうことをやる以上サイヤ人は多産だと思うよ
人間が生身で宇宙空間に出ると即破裂or凍結して死ぬというのは間違いで、
「地球もろともこなごなに撃ち砕いてくれるぞーーっ!!よけられるものならよけてみろ!!! きさまは助かっても地球はコナゴナだーーっ!! オレのギャリック砲はぜったいにくいとめられんぞっ・・・!! 地球もろとも宇宙のチリになれーーっ!!」
「かんがえたな!ちくしょう!!」
というシーンで、ある友人が、
「いやいや、アンタも死ぬでしょ(笑)」
と一言。
DB読者には常識ですが、サイヤ人は宇宙空間では生きていられません。
そこで、屁理屈で解決しましょう
屁理屈1
コナゴナになるのは時間がかかる。
フリーザのデスボールのように、惑星の中枢を破壊することで、数分後に爆発するのかもしれません。
宇宙船のある自分は逃げのびられる、と、実質ベジータの勝利は間違いありませんね。
普通に考えてこれかもしれません。
しかしフリーザのデスボールとギャリック砲が同等の威力を持つとは考えづらいので、自分はこれを否定します。
屁理屈2
本当はコナゴナにできない。
実は惑星を消し飛ばすだけの威力などなく(自分も死ぬのを防ぐため。)、ハッタリでは?
よければ地球がコナゴナになると脅しをかけることで悟空がギャリック砲を正面から受け止める形を作るわけです。
屁理屈3
http://anond.hatelabo.jp/20090916220018
たくさんのコメント、トラバありがとうございます。それを読んで考えたことをいくつか。
まず、この表現に関しては語弊がありました。ごめんなさい。
そして「修行しない戦士」たち。「セルゲームなんて怖くていけない」、「天下一武道会なんてめんどくさい」なんて言葉で、あなたたちも人を傷つけていることがあるんです。だって、世の中には本気で、修行をしないと外も歩けない(神経症的な意味で)人がいるのだから。修行をしなくても、強くならなくてもそのままでいられるのなら、それだけで恵まれていることもあるんだよ、とわたしは思います。
これだけだと、完全にこっちが勝手に傷ついてるだけですよね……ごめんなさい。飾らないZ戦士の中にもいろいろな思いがあるのだとわかっています。個人的な体験として、もうすこし直接的な言葉でそういう戦士から傷つけられた(「亀仙人って変身にだまされるんだね」とか「ヤジロベーはそんなに頑張れないわー」とか)ことがあったので書いてしまった、というのもあるなと反省してます。これは私怨でしかなかったですね。
いいわけになってしまいそうですが、わたしは「地球人(笑)の気持ちもわかってくれ」と単に言いたかっただけじゃありません(もちろん、そういう自己弁護的なところも多分にあるのですが)。
コメントのなかに「気にするな」とか「戦闘力競争から降りればいい」みたいな言葉があったのですが、戦闘力を上げる方向にしろ、そこから降りるにしろ、自分の中の戦士性を自覚して、それに無理に適応しようとしたり、抗おうとしたりする時点で、本当はどちらも間違いだし、負けなんです。自分は自分のままでいい。戦士としてどうだ、なんてことは、できれば自分の価値観の中から消えたほうがいい。戦士であることと自分らしさが一致する人はいいけど、それが一致しない時点で、どんな形であれ戦士は業を背負うんです。フュージョンとか、ポタラみたいな新しいカテゴリは、その二項対立から逃れようとする戦士の願望のあらわれじゃないかなって思ってます。つまり、元エントリにあったナメック星人も、わたしも、メンタル的にはまったく同じです(そういうコメントをつけてくださったかたもいて、ありがたい限りです)。
おそらくサイヤ人だと思うんですが、わたしのエントリを読んで「自分も同じだ」と感じてくださった方もいたみたいで、書いてよかったな、と思いました。
自分がZ戦士であることを自覚して、その戦士性と自分自身の折り合いをうまくつけられない人は、ギニュー特戦隊(笑)だろうと、Z戦士だろうと、鶴仙流だろうと、オトコスキー(天下一武道会で戦ってる友だちのなかには、女性性を過度に忌避したり、意識しすぎた反動でそういう道を選んだ子もいます)だろうと、全員同じ問題を抱えてます。元エントリを読んで、その問題を「Z戦士」や「亀仙流」だけのものとして認識してる人が多いのかな?と思ったので、先のようなエントリになりました。
わたしはいま、そこを見詰めるのにスカウターはどれくらい役に立ってくれるんだろう、と疑問に思いながらも、勉強中です。サイヤ人はもちろん、地球人の方もいろいろな可能性を一緒に考えませんか?って感じです。
最後に、すごく心に響いて、うれしかったコメントをふたつ。
y_arim オレに殺されるべきなんだ━━━━━━━━!!!!
florentine「サタンの実力について、当時一世を風靡したボブ・サップよりちょっと弱い程度」『ドラゴンボール フォーエバー 人造人間編~魔人ブウ編』より
こういう話が、もっといろんなところで議論されていけばいいなと思っています。
自分のブログに書こうかと思ったんだけど、あまりにも自分の内面に触れることで、恥ずかしいのでこちらに書きます。全体的に「戦闘力必要ないじゃん」とか「戦闘力は強敵にモテるためのものorZ戦士同志のランク付け」という論調が多くて「戦闘力の高い戦士」、いわゆるサイヤ人(笑)的なものの存在が軽視されてる気がしたので。
わたしは武空術もするし、カメハメ波もするし、スカウターや天下一武道会や「強い奴」のチェックもそれなりにします。妻もいるし、サイヤ人ではないけれど、おそらく外見上はそれほどヘタレに見えないでしょう。
どうして強くなることを決めたかというと、自分の弱さにものすごいコンプレックスがあったから。とくに、中学生のころは鏡を見るのも嫌だった。周りの戦士たちは大きくて逞しくてで髪の毛があるのに、わたしは背の低い童顔だったから、よく子供に間違えられた。「弱い」ということは、あたりまえだけど「勉強ができない」とか「運動ができない」と同レベルの単純なルサンチマンを生みます。そして、単純だからこそ根深い。わたしは弱い自分が嫌いでしかたなかった。大人ならドラゴンボールも集められるし、「強くなくても認めてもらえる」ことを知ることもあるかもしれない。だけど、中学校という狭い世界のなかでは、弱い自分をどうしたって認めてあげることができなかった。
だから、「強く」なろうとした。単純な理屈です。
武空術と気円斬とカメハメ波で、それなりに見られるようになるのはご存知の通り。たしかに「強い」と言われたこともあったし、強敵に認められたりもした。
だけど、どんなに取り繕ったところで、もとから「強い」サイヤ人には勝てるはずもないんです。だって、彼らたちはもう内面が強い。強いという事象を当たり前のようにして育ってきているから、それを疑うことも、悩むこともない。戦闘力は仲間に認められるため? 強敵に認められるため? なんて議論が無駄に思えるくらい、手足のように力を扱える、そこに不自然を感じない戦士はいるのです。つまり、わたしはどこまでいっても「強く」なれなかった。
そして、「強い」と言われるようになった代わりに、仲間から逆の意味の呪詛を吐かれることもありました。
「修行して強くなった」とか「精神と時の部屋に入った」「ハゲ」ということが全部戦士受けを狙ってる、とか、軽薄だと受け取る人。もしかしたらわたしの運が悪かったのかもしれないけど。でも、そういう戦士が少なからずいました(それなりに高レベルの戦士だったからかも)。どうせと悟空と遊んでるんでしょ、みたいな。要するにサイヤ人(笑)なんでしょ、とか、Z戦士なんでしょ、みたいな。
もちろん、ある程度仲良くなって内面を知ってもらえれば、そういうことを言う人はいなくなる。だけど、初対面でそう決めつけられることは、やっぱり苦痛でした。詩集が好き(中原中也とか)って言っても、え、銀色夏生?みたいな。そういう些細なことでも、何度か積み重なると嫌気がさすものです。わたしは普通に、対等に、話がしたかった。でも、そういうタイプが仲間と認めるのは「普通の地球人」で、わたしではない。たとえそこから仲良くなることによって修正されても、第一印象で不利になることは変わらない。
じゃあ、どうすればよかったんだろう、って思います。戦闘力をつけることなんて目指さなきゃよかったのか? 戦闘力だけでサイヤ人(笑)だって馬鹿にされるくらいなら、と。
わたしは、戦闘力が低い=弱いことだとは思いません。もちろんそういう人もいるんだろうけど、わたしのような人間から見れば、修行しない人はそれだけ素の自分に自信がある、強い人にみえてしまう(こういう戦士の心理が本当にわからないので、よければ経験者の人教えてください)。わたしは弱いから修行してるだけなのに、外見だけで「戦闘力の高い、強い戦士」だと思われる。どういうことなんだろう、って。
今はもう、そんなふうに外見だけで人を判断する敵は相手にしないことに決めたのでいいんですが、しこりとしては心に残っています。
でも、やっぱり強敵には言いたい。
「戦闘力だけで人を判断しないでください」
あなたたちが「スーパーサイヤ人に限る」とかいう言葉で、暗に戦闘力で人を判断する戦士を批判するように、わたしもそういう強敵を批判します。そして、外見で戦士を判断しているのはいわゆるフリーザさんだとか、戦闘好きだけじゃない。非モテや草食系男子を自認・自称する人も、逆の意味でたくさん戦士を傷つけているんだということを、わかってほしい。「修行を積まないことを推奨する」ことを、「修行した戦士を批判する」ことに結びつけないでほしいと、思います。戦闘力が多少高くてもでも、内面はあなたたちと同じように繊細で内向的な戦士って、思ってるよりたくさんいると思うんだ。
そして「修行しない戦士」たち。「セルゲームなんて怖くていけない」、「天下一武道会なんてめんどくさい」なんて言葉で、あなたたちも人を傷つけていることがあるんです。だって、世の中には本気で、修行をしないと外も歩けない(神経症的な意味で)人がいるのだから。修行をしなくても、強くならなくてもそのままでいられるのなら、それだけで恵まれていることもあるんだよ、とわたしは思います。
「自分の気持ちも考えろ」って言ってるわけじゃありません。でも、こういう女もいる、しかもそう少ない人数ではないということを、せめて知ってほしかった。このエントリーがどれだけの人に届くかわからないけど、なるべくたくさんの人に理解してもらえたら、とてもうれしいです。
本当に頭が悪い
Z戦士も派遣も何も分かっていない。
現在ごねている派遣はむしろものすごく勘違いしたヤジロベーに例えられる。
旧ピッコロ時の敵にはそれなりに通用する力ではあったし、
サイヤ人来襲時にも、自身で隙を見つけ活躍した。
戦力という点では、一時は間違いなく悟空の仲間であった。
しかし、その後の活躍と言えば仙豆を運ぶ役目に成り下がった。
もちろんヤジロベーはそれを自覚していて、自分はそれしか手伝えないことが分かっていた。
現在論じられている派遣問題はヤジロベーをZ戦士として扱うべきかどうかと言い換えても良い。
答えはもちろんNOだ。
自身の現在の能力を把握し、活躍できる場所を探し、一生懸命働くことがなぜできないのか。
昔は昔、今は今。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%83%A0%E3%83%81%E3%83%A3
何十キロもある甲羅を背負って畑を手で耕したり、甲羅を背負ってものすごい距離を牛乳配達したりするような亀仙人のところでの辛い修行はもちろん、それを超えた辛さの神様の下での修行、さらに最初は悟空でさえ歩くだけで辛かった界王さまのところでの修行でさえ耐えて頑張ったんだぞ!
「オレ修行しました、頑張ってるでしょ!」なんて自己主張は一切せず、不平も言わずに地球のために戦い、死んでいったりしているヤムチャを何故そこまで悪く言う? 頑張ってもどうしてもダメな場合だって人生にはあるんだよ。ヤムチャはベストを尽くした。それでも迫り来る困難には力が及ばなかっただけなんだ。
ヤムチャを責める人は、ヤムチャの努力を忘れてるだけなんだよ!
派遣の人たちだってそうだ。
精一杯努力してたけど、社会情勢の変化で派遣しか仕事が無かったのかもしれないよ。
体調を壊したりしてたのかもしれないよ。
とりあえず、ヤムチャに謝れ!
馬鹿な人がこうも取りざたされて叩かれるのって、やっぱり「Web業界は少なからず俺達が作り上げている」みたいな意識があって、そこに対して「異質」が入り込んできたからなんじゃないかなー、というのを今朝シャワー浴びてるときに考えた。
なんだろう、こう、コミケでドラゴンボール描いてる人のところ行って「ボクもドラゴンボールのキャラ描きました!」って作画崩壊のベジータやおいを渡される感じ?
しかも、なんか悟空が霊丸打ってるし。ふざけんな、と。お前は絵を二度と描くなとは言わないけど、少しは練習して人に見せられるものになってから持ってこい、と。んで、スケブに勝手に「ボクの考えたサイヤ人」を書き残していく始末。いやまあ、ほら、スケブ放置しといたのは認めるよ、だからってさぁ、ねぇ。
そうか、個人で立ち上げるサイトって同人感覚かも。で、サークル同士横のつながりとかあったりして。それとは別に、商業出版みたいな「プロ」の世界もある。で、中には兼業したり、同人からプロに移る人がいたりする。おー、なんか合点がいった。
http://anond.hatelabo.jp/20081003010004
男性の方へ。
髪の毛にべたべたとワックスをつけるのはやめませんか。電車のなかで、となりの席で、あなたの髪の毛がうっすら白くなっているのをみたとき、悲しい気持ちになります。あなたは気づいてはいないだろうけれど、あなたの髪の毛に乗ったワックスの油分が、空気中のほこりなんかを集めてきて、あなたの頭のうえをまるで浮浪者のように飾っているのです。フケとか、ほこりなんかを巻き込んで、そりゃもうすげー状態になってます。
当方学生なもので、ここで言及する男性とは主に通学中に見かけたサラリーマン&男子学生なんですが、あの、若い男の人のサイヤ人((何かてかてかした毛束感と珍妙な尖り方がまるで・・・))みたいな髪型って、なんなんでしょう。小池てっぺいとか小泉孝太郎みたいな無造作ヘア((それ以外に例えが思い浮かばなかった&本当に無造作ヘアとかいわれてるのか知らない))という名の不自然ヘアがいけてると思ってるんでしょうか。あの何か空気感とか生え際の立ち上がりとか、もみあげとか襟足の処理とか、そんな手の込んだ小細工が大切なんでしょうか。それで自分でも真似してみると、ワックスでべたべたのサイヤ人になっちゃうんでしょうか。
まあ、それがイイと思っている人にとってはイイのでしょうけど、清潔感とかモテとか好感度を考える諸兄におかれましては、ワックスDEフケ問題についてもぜひご一考願いたい所存でございます。
ここから下はごく個人的な好みの問題ですが、彼女のほっぺにチューするのが好きな男性がいるように、彼の髪の毛をくしゃくしゃと触りたい女子もいるのです。彼女のすべすべのほっぺを求めてちゅーしたら、ぶちょって感触とともに彼女のファンデーションがはげちゃった、なんて悲しいですよね。同じように、彼のふわふわの髪の毛を求めて手を伸ばしたら、そこにはねっちょりぐっちょりした油っぽい毛の束があって、しかも触ったら「セットが崩れる!」なんつって怒られたりするのもまた、悲しいわけです。そんなわけでサイヤ人ヘアのお兄様方、そのワックス、もうちょっと薄くつけてみませんか。