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はてなキーワード: コーチングとは

2011-12-09

まだ「何者にもなれないお前たち」のための新入社員向け自己啓発書

http://anond.hatelabo.jp/20111209095945

ライフハックとか自己啓発とかの記事の中には、単に昔から上司が部下に教えてきた「普通仕事常識」のポイントをまとめたものにすぎないものも多くって、それって、どこが啓発でどこがハックなんだよ、単なる新入社員教育じゃん、みたいなところがある。

fromdusktildawnさんのこれは名言やなぁと思う。

というわけで、ライフハック好きの人たちのために「色々漁るよりまず基礎固めしろ」ということで新入社員ターゲットとした自己啓発書おすすめする。



良書に特徴的なのは上司の単なる言いなりのロボットではなく、会社から必要とされる人間になるためには何が必要か?」という問からスタートしていること。

それに対して、「まず会社という環境自分の居場所を確保せよ」「まず存在を認められる何者かになれ」ということを目標に掲げ、そこから応用していく仕組みになっていく。

この2つについて、読んで満足して終わり、のスローガンではなく、実際にステップを踏んで実践方法を書いてある。

新入社員だけでなく、未だに会社で居場所がない、何者にもなれない、と感じる人間は大勢いて、そういう人はライフハックを求めているのだと思う。

難しいやつは読んでも実践できないだろうから、まず「ライフハック入門編」「ライフハック実践できる自分確立」を目指してこういうところから読んで行かれると良いと思う。

自己啓発目的なので、考え方やコミュニケーションを中心にして、「マーケティング」や「会計意識」などについてはあえて削除してます




新人諸君、半年黙って仕事せよ    

http://www.amazon.co.jp/dp/4480878181/

新人にとって最初にぶつかるであろう社内コミュニケーションに関する話が中心の本。

自分立場をしっかりと確保するための戦略について述べられています




入社1年目の教科書

http://www.amazon.co.jp/dp/4478015422/

酒井譲さんの「リーダーシップでいちばんたいせつなこと」とどっちかで迷ったけどこちらをチョイス。

ちょっと要求レベル高いです自己裁量で動き、成果を挙げるところまでについてのアドバイス

中小企業で働く人には特におすすめ




もしもウサギコーチがいたら―「視点」を変える53の方法

http://www.amazon.co.jp/dp/4479300554/

この本でなくても良いです。なんでもいいので、最低1冊はコーチングの本を読みましょう。

書いてる内容が直接役に立つことは少ないでしょうが

自分の心に問いかけ、気持を開示することによって、自分意識を変えうることは知識として持っておきたいところ。

自分だけでUnlearningが出来るかどうかは人によりますが、他人やツールの力を借りればだれにでも可能です

行き詰まったときなどに、このことを知っていると必ず力になります

自分がやるべきこと」と「自分のやりたいこと」の区別、すりあわせなどもコーチングの得意分野です




人を動かす (原題:how to win friends and influence people)

http://www.amazon.co.jp/dp/4422100513/

定番ですが、本当に本書に書かれていることを実践すれば効果があるのだから仕方が無い。

これは新入社員の時にこそ読んでほしい。力がないからこそ真剣に読めるはず。

Wikipediaとかで項目だけ読むのはNG。ちゃんと本に挙げられている実例とともに読もう。

人を動かす三原則」「人に好かれる六原則」「人を説得する十二原則」「人を変える九原則」とありますが、新入社員にとって重要なのは前の2つ。

まず「人を動かす三原則」だけを10回くらい繰り返し読むべし。これが身につくまで先に進まないほうが吉。




文明論之概略

http://www.amazon.co.jp/gp/product/4766416244/

あえて「学問のすすめ」ではなくてこちらを。実際こっちを先に読むべきだと私は思う。

新入社員である自らを、「列強国に囲まれた日本」「他国と対等に語る手段や言葉を持たぬ日本」といったイメージにあてはめて読むと心にグッときます

危機感が足りないと思ったらこの本読んで喝入れましょう。




入社3年目までに勝負がつく77の法則

http://www.amazon.co.jp/dp/4569571182/

新入社員にとっての最終関門。

一言で言えば社内で「会社人生におけるメンター」を獲得するための戦略について書かれている。

この本の要求をクリアできれば会社成功するのはほぼ約束されると思う。

ただ少し古い本なのでアレンジも必要。今は社内にこだわらずWeb上に目標となる人やメンターを見つけるのもよいと思う。




おまけ キャリアアンカー

http://www.amazon.co.jp//dp/4561233857/

この本じゃなくてもいいですが、セルフアセスメント自己評価)のためのツールは何か持ってるといいと思います

3年ほど前に「さあ、自分に目覚めよう」のストレングス・ファインダーがブームになりましたが、コミュニケーションきっかけとしても便利なのでお勧めです

定期的に「客観的な基準で」(社内の基準ではなく)自分棚卸をする習慣がないと、会社の中で腐る危険があります




おまけ2 組織文化を変える

http://www.amazon.co.jp/dp/4904336275/

セルフアセスメントとのバランスとして、組織アセスメント手法も学んでおくとなおグッドです

ジョブズを絶賛しているような人はアップル社客観的に評価するとどういう会社なのか、などがわかって楽しいでしょう。

ただちょっと値が張るので、組織文化の分類にどんなものがあるのか、とチェックシートだけを立ち読みするくらいでいいと思います





一方、読むべきでない本

新入社員はなぜ「期待はずれ」なのか

タイトルからはわかりにくいです採用活動に関するアドバイスの本です。 

悪いことは言わないから読むのやめておこう。確実に胸糞悪くなります

この人も中小企業オーナーであり、また採用活動のアドバイザーです。つまりきれいごと理想が高いです

自らの採用スキルの高さを強調し、自社のブランド価値を高めたいのはわかるけど、基準に満たない学生の扱いがひどいことになってます

ただ、一般に上の人は新入社員をこういうふうに見ているということは嫌というほどわかるでしょう。

上の人間が何考えてんねんってのに悩んだら、その日一日ストレスで動けなくなることを覚悟した上で読みましょう。

2011-11-12

http://anond.hatelabo.jp/20111112043751

30代、大卒、既婚、自営業

自然出会いだと、生育環境が極端に違う人は近くにやってこない法則があるから再婚願望があるならそういうの飛び越えられる状況に身を置くのが大事じゃないかね。

本気でやる婚活サイト的なものとか、お見合いとか。

増田場合は年上すぎるくらいも視野にいれた方がいいかもしれんよ、余裕があって。

あと、話すとき言葉遣いと立ち居振る舞いに気をつけると、虫除けになるよ。

言葉遣いひとつ、食べたあとの食器の状態だけで、別世界人間だなーと思う事があるっていうのは、未婚の同級生談。

努力家、料理も出来て、力になりたいなーと思わせる文章力もあって、貯金の才能もあるようだし、話聞く限りでは男運だけ悪いみたいだけど‥。

スペック上下関係重視の人物説明とか、対人恐怖あるのにDV男と付き合えるあたりに原因がありそうな気がするよ。

カウンセリングとかコーチングに行ったほうがいい。

2011-10-21

http://anond.hatelabo.jp/20111021164723

それってつまり、教え手が「十分に適切なコーチング能力を持った理想的な教師」でない限りは自分の独学のほうが効率的に違いない、ってことだよね?

恐れ入ったぜ

いや、間違ってる云々と言いたいわけじゃなくて、その尋常ならざる独学への自負は何に裏打ちされてるのだろうと思っただけだよ

話を比喩に戻すなら、「スコップの使い方が分かるまでは素手で掘ったほうが、結局は効率がいい」って主張になるので

http://anond.hatelabo.jp/20111021163903

「金を払って習う」については、「教師側が十分なコーチング能力を持っている」なんていう前提は置いてない。

「十分に適切なコーチング能力を持った理想的な教師」を仮定すればそりゃそういう人に習うと早いというのは当然。

実際はそんな人はそういないし、自分勉強したい各専門分野に対する十分な知識と経験があるという条件を入れるとさらに少ないし、

いたとしてもコストが高すぎて無理である可能性が高い。

まぁもう何がなんでもとにかく俺が間違ってるということにしたいみたいだから、それでいいよ。俺が間違ってた。ごめん。

http://anond.hatelabo.jp/20111021154230

コーチングの適切な受け方は独学によって理解できるようになる」というのが独自理論すぎて何とも…

その手のカリキュラムって、そんな想定で設計されてるもんじゃないんだけどな



ふと思ったんだけど、もしかしてキミって単に、「独学の蓄積でもってコーチング初級編を軽々とクリアすること」が快感なだけじゃないの?

2011-09-12

知識の問題と知性・性格の問題を混同した主張は吐き気がする

http://d.hatena.ne.jp/yuhka-uno/20110901/1314876472

この記事に関する違和感をようやく理解。

この人と私では同じ現象を見ても、根本的にみる軸も方向性も違うのだ。

自己嫌悪につぶされるくらいなら自分に優しく」というだけのことを言うために

こんだけ人をボコスカに貶めなければいけない人というのは、戦国時代ならともかく現代では生きづらそうで気の毒だ。

気の毒なだけならともかく、そのボコスカ部分をを敷衍しようとかしてるなら母親以上に有害存在になりかねない

(文章中から判断するに今のところそこまでは考えてないっぽいが、今後も周囲から理解されてないと感じ続けたなら原理主義者に化ける素質は十分ある)

いわゆるこの手のタイプ > http://homepage1.nifty.com/eggs/iryou/gihou/projectiv_id.html



私は彼女が上げている事例を見て、

自分が嫌われないために気を使う人」なんてどこにいるんだ?と思った。

彼女が敵意を持って恣意的に解釈しているだけで、彼女母親行為彼女解釈では説明できないと思った。

なぜなら、「自分が嫌われないために気を使う」ことと「身内をぞんざいに扱うこと」はイコールではないからだ。

前者にエネルギーを使いすぎて後者は手抜きしてしまうってもっともらしい説明が書かれていたが、説明として不十分。




しか彼女母親の行動はたしかに問題。なぜそうなるのか?


さて、この「なぜ?」という問は、どういう目的で問いかけるかによって全く効果が違う。

解決不可能な「性格」を持って結論とする上の記事は、相手を絶対悪に貶めるという意味で非常に気分の良いものでしょう。

そして、その影響により自分性格も歪んでしまったので、もうそのまま生きて行くしかないという開き直り自分にだけは心地良いものでしょう。

そういう目的でなされた「なぜ?」は非常にキレイな答えを出してくれます。なんせ変数が相手だけだからね。

でも、その「なぜ?」は常に後ろ向きなアイデアを生み出します。そしてクソの役にもタチません。ただの精神麻薬しかならない。

あとこの記事に幾重にも塗りこめられた無自覚な悪意が、ゲロ吐きそうなくらい気持ち悪い。

その後徐々にポロポロと自覚的に悪意を顕にしていってるけど、最初の文章だけでこの人の「普通の人」に対する悪意は駄々漏れ

どうせ母親が悪い→母親をこんなにした世の中が悪い(そしてその中に自分は含まれてない。私はただの被害者)的な妄想があるんだろう。

基本的に「暗い人間」の書く文章は、よほど洗練されない限り表に出すもんじゃねーな、と。嵐が丘を読み直したくなったわ。





社会人ならもうちょっと広い視野分析してみて欲しい。

http://d.hatena.ne.jp/tyokorata/20110906/1315341364

「教えてもらってない」人が人材教育した場合、教えてもらってない人に怒られた人が受け取ることは「自己嫌悪」と「萎縮」です

そして、そうしたことを学んだ人がそうした萎縮や自己嫌悪から来る態度を自然に外に出した時、また人材教育者が怒るという悪循環を繰り返します。

その結果、そうした教えを受けた、本来真っ白であった人はドス黒い魂を受け継いで同じことを他の誰かに受け継がせるのです

(中略)

それは「気付き」と「考える」ことの不在から来る連鎖でもあったわけです。そうした水を飲ませない体育の授業の構図は今も続いています

今の時代、せめて人材自己嫌悪で腐らせて悪循環連鎖をさせないためにも、

「怒るのではなく、叱る」と、「注意するなら具体的、かつ前向きな取り組み」が込められたコーチングが必要だと私は考えます


ぶっちゃけ上の記事を読んだ時に「どこの彼氏彼女の事情」だよと思ったし、その他10くらいのマンガラノベがすぐに頭に浮かびました。

いっちゃなんだが、どこにでもある話である

もちろん当事者にとってはありきたりのパターンでも大変なことだったことは理解できるが、

そのくせ、これみよがしになされた分析においては、自分当事者性が欠片も考慮されていない。

母親自分の関係として捉えるのではなく、母親の異常性だけにクローズアップする少女漫画的な安易な発想。

一見前向きだけれど、レミングスの行進を促しているようにしか見えない記事の結論。

(「私は私のままでいいんだ」ってのは一見救いのヒントのようだけど、そういう考えをこそ母親心配してたんじゃないの?

 それが許されるのは天才だけで、凡才がその道を進むには一度諦観を乗り越えて、報われぬ人生を覚悟の上で選びとる必要があるってわかってんのだろうか

 普通自分に誇りを持って生きるって、そう並大抵のコトじゃないぞ? だから私は「普通」の父親母親尊敬するが、あなたのことはガキだと思う。)

ガキくさい上に、これが結論と言わんばかりのがんこぶり。

いろんな意味で「若さ」がダメな方向に結晶した記事だと思った。




最後に。

何でも暴力あつかい、何でもハラスメント扱い、何でも差別扱いと、自分と違うものを悪として自分から切り離すと、生きて行けないよ。

この人の文章にはとにかく「自分」が存在しない。「私は私のままでいいんだ」はどこいった

高校卒業前に、こういう「キレイなままでいたい症候群」にかかって自殺まで発展する奴いるけど、さすがに社会人になってこの幼さはちょっと痛々しい。




この記事を読んでもやもやを晴らしておきたかったので書いただけで、もっとも、ただの好き嫌いの問題かつ、年齢の違いに拠るものだと思う。

「私はこの記事が嫌いだ。私は後者の記事を支持する」は、「この記事が絶対的に間違っている」というものではない。

私がこの記事をキライで、著者を軽蔑しているからと言って、他の人にとってこの記事の存在価値がないとは思わないし、著者の人生が間違っていることにはなるまい。

自分意見が私と違うからといっていちいち噛み付かないように。 

自分感情をすっきりさせる為ならこういうクソ長文を書いたりもするけど、自分と関係ないバカを相手にするほど暇ではない。

2011-07-27

http://anond.hatelabo.jp/20110727190928

コーチのお客さん(クライアント)にはプロスポーツ選手社長さんもいるそうだよね。

ところで、コーチングとティーチングの違いをご存知か。

目標設定も観察も相手にゆだねるのがコーチング目標設定や観察をこちらがやってあげるのがティーチングコーチングでは、クライアントのことを一番知っているのはクライアント自身だし、どうしたらいいかについても、クライアント自身が答えを出せるというスタンスで接する。徹頭徹尾

クライアントをどこかに向かおうとしてるマラソン選手に喩えるなら、コーチは飽くまで支援のための伴走者で、実際に走るのはクライアント。どこに行きたいのか、どうすれば行けるのか、今どこまで進んだのか、どうすれば障害を乗り越えられるのか、こういったことについて考えるきっかけとなる質問をすることで、クライアントモチベーションを上げつつ、クライアント自分のことを自分で考えて自走できるように支援していくのがコーチの役目。

例えば目標を設定するフェーズでは、「今まで一番ワクワクした経験は何ですか」とか「今までで最高の瞬間はどんな時でしたか」とか「今一番したいことはなんですか」とか「1年後に死んでしまうとしたらこれから何をしてみたいですか」とか質問して、クライアントビジョンが膨らむようにお手伝いする。

描いたビジョンにたどり着けるのか、どうすればたどり着くのかを考えるフェーズや進捗をチェックするフェーズでも、例えば、「どうしたらたどりつけると思いますか」「どんな段取りを組めば良さそうですか」「その計画が頓挫するリスクはありますか」「そのリスクはどんな理由で生じますか」「予防策や発生時の対策はどんなものが考えられますか」「何が障害になっていますか」「誰に相談したら解決しそうですか」「手がかりはどこにありそうですか」なんて質問をして、相手に考えてもらう。

これらの質問に対する答えをこちらからクライアントに提示するのはティーチングコンサルティングになる。ティーチングも悪いことではなくて、コーチングとの使い分けが大事。あと、自分について自分で考える精神状態じゃない人を助けるのは、コーチングじゃなくてカウンセラー精神科医仕事になってくる。

コーチングの本を読んでるけど、

適切な目標設定と観察、そして相手を肯定することが大切なんだな。共感することも必要。

この目標設定がむずかしい。その人にとってちょうどいい目標…出来るか出来ないかの境を狙ってたてないといけない。

相手がどれくらい出来るか能力があるかっていうのは、目に見えない判断だ。

もちろん、その判断のために試験があるんだろうけど、その人が疲れているかどうかといった判断もしないといけない。

そういう目に見えない領域の判断をして、長期的な視野で適切な計画をたてられる人が求められているんだなあって思うと

むずかしい時代なんだなって感じる。

2011-07-19

最後のほうで感謝してることをあらかじめ書いておく

http://anond.hatelabo.jp/20110719114224

あんたが「小学一年生」のくだらない問いをしたから、

怒りが有頂天だったけど、

逆に俺が求めてたものが明確化された。

そこの部分にいくまでの文章が長いから、

最後のほうで

感謝してることをあらかじめ書いておく。

 

で、

コーチングの話とかは知らないしどうでも良いよ。

そこなんだよ。

あんたはさ、

俺があのエピソードで、

メタ情報が欲しかった」

みたいに書いたのだって

線形代数メタ情報なんて教えるの、土台無理だよ」

と切り捨ててるんだよ。

 

まり、そっから先に進まないんだよ。話が。

あのエピソードが成立した条件について、考えて欲しいんだ。

たまたま」じゃなくて。

俺は他人のツッコミからも有益な情報がほしいんだ。

たまたま」って言われたり、

「そんなの無理」って言われたら終わりじゃんかよ。

 

まず、俺もレクチャーしてくれた友人も同じ授業を受けた。

俺はよく理解できなかった。

俺は試験勉強して悩んだ。

試験前に、よくわかる友人と雑談した。

そしたらテスト問題が簡単に見えた。

テスト問題が何を問いたいのかがわかった。

 

もしだよ?

俺が雑談したのが、

同じ授業を受けていない数学の出来る友人だったら?

数学は出来るが、面倒見のよくない友人だったら?

どうなってたと思う?

どっちともたぶん駄目だったと思うよ。

あるいはブクマで指摘されていたけど、

試験勉強しないで雑談してたら、どうなってた?

 

ここから考えれば、

例えば、大学講義でこう考えられないか

試験を含めず12回分の講義が予定されていたとする。

教える内容を12回に割り振るのと、

11回に割り振って12回目で内容を最初から振り返るのと、

どちらが効果的だろうか?

TAは毎回1人を付けたほうが良いのか?

6人を中間と最後の2回の授業に動員したほうが良いかも知れない。

こういうことなんだよ。

俺があんたに食いついたのは、

どうも大学関係者っぽいなと思ったからなんだよ。

 

それなのに、

それなのにだ。

 

以下の問いが、どんだけ何も考えずにその場しのぎで作ったか

俺の怒りが有頂天だよ。

例えば、小学一年生に「なんで足し算とか勉強するんですか?」って聞かれたら、どう答えます?(こういう事聞いてくるのは、逆に賢い子だと思うけど)

答えに詰まるでしょ?それ、線形代数でもあんま変わらんから

小学校一年生の「なんで?」と、

学部生の「なんで?」が、

同じものだと思ってるの?

 

小学生の「なんで?」は「やりたくない」って意味なんだよ。

から答えは、

「足し算は基本だ」とか

「足し算ができないと将来大変だよ?」とかじゃないんだよ。

そんなこと小学生でも知ってるんだよ、

小学生なめんなよ。

でも、楽しいこと我慢して勉強するのがいやなんだよ。

共感してやれよ。

テレビみたいの?じゃあ、あと5問やったらいいよ」

とかでいいんだよ。

で、約束通り5問できたら褒めてやればいいんだよ。

 

学部生の「なんで?」は、

「この概念をどう使ったらいいの?」なんだよ。

目の前の試験を乗り越えたいんだよ。

もちろん「やりたくない」って意味で使ってるのもいるが、

それは置いておく。

で、ここで最初に書いたことが出てくる。

俺は、線形代数教授が、

講義を通して、

何を学ばせたいのか?

試験でどういうことを問いたいのか?

それがわかんなかったんだよ。

からメタ認知という話になったんだよ。

俺自身がそこを明確に認識していなかった。

あんたが、

小学一年生」の問いをしたおかげで、

そこが明確になった。

 

俺にレクチャーしてくれた友達

数学がわかるから

先生はここを重点的に説明してるな」とか、

授業中の雑談から総合して、

「この人は、こういうことを教えたいんだ」ってことが、

きっと、わかってたんだよ。

から、俺は彼と雑談して、

彼が講義エッセンスを説明してくれて、

俺自身にも、そのエッセンスを理解するだけの準備が出来ていて、

あの雑談意味が生まれたんだと思うのよ。

 

あんたは、こうも書いた。

俺は別に「あんたが悪い」と攻撃してるわけじゃなくて、線形代数を教える人に「どうしてこれをやるか?」って聞くのは無茶だって言ってんの。「例えば何に使うんですか?」なら、まぁ良いけども。そういうつもりで書いたんだけどな。

太字引用した部分、そこがコーチングなんだよ。

わかってない人間ていうのは、何がわかってないかさえわかってないんだよ。

からちゃんと方向付けてあげないといけないんだ。

この例だと、学生が質問に来たときに、

「君の質問に答えることは、一応できるけど、

 君が本当に知りたいのは、

 この定理数学重要性ではなくて、

 この定理の使い方なんじゃないか?」

と聞き返せば、質問に来た学生はきっと目を輝かせるんじゃないかな?

 

どうなるかと思ったけど、

思わぬ会話になったな。

しかったぜ、兄弟

 

***

 

追記なんだけど、

一応、もう一つ、エピソードを紹介したい。

 

スポーツで、

「足腰を鍛えるのは基本だから、とにかく走って鍛えろ」

と、そういう教え方をする人がいる。

「足腰が基本」であることは、誰だって分かっていること。

この場合の「足腰」には「心肺能力」という意味も込められていることは、

スポーツやったことがある人なら経験的に知っている。

そこに、例えば、

「1500mを4分台で走れるようになるのが最低条件」

というふうに、何か加えるだけでだいぶ違う。

さらに、根拠をつけるなら、

「歴代のレギュラー選手の90%は、1500mを4分台で走れた」

となれば、さらに「走って鍛えろ」の意味が増す。

 

俺は、野球をやってた。

今では気晴らしにバッティングセンターにいく程度だが、

行くと、ほぼ必ず見かけるものがある。

ちびっ子がお父さんに叱られながら、

バッティングしてる姿だ。

曰く「脇をしめろ」

曰く「最短距離で打て」

この金科玉条は、

俺は本質ではないことを知っているから、

そういう親に教わっている子は、

かわいそうだなと思う。

この金科玉条は、迷信とさえ言っていい。

まりこれを否定すると、

各所からDisがやってくるので、

補足すると、

「脇をしめる(ようなイメージで)」

「最短距離で打つ(ようなイメージで)」

が正しい。

本当にに脇をしめたら、

スイングスピードはでないし、

最短距離で打ちたければ、

構えた位置からバット軌道は、

ボールの進行方向の法線上になることは確定的に明らかだ。

打撃で大事なのは

この3つでしかない。(配球の話は置いておく)

極論、この3つがうまく出来るなら、

どんな打ち方だって構わない。

でも人間の体には制約があるから

上手な人の打ち方は似通ってくる。

似通ってくるが、

素人が見てもわかるように、

それぞれに個性的だ。

 

高校生の頃、

スイングスピード

最も相関性の高い筋力は「握力」だと聞いた。

から馬鹿みたいに握力を鍛えた。

大学生になって、

全身の筋肉量と最も相関するのが握力だと知った。

から、体力検査で握力を測定するのだと。

なんだよ、スイングスピードと握力の相関って、

全身の筋肉量との擬似相関じゃねーかよ、と。

そんな切ない、エピソードさ。

 

追追記

REV ボトルネックが、握力と、腕と体幹協調、という話?

全然、そんな大層なものじゃない。

ってか、バイオメカニクス的な部分まで踏み込まない。

馬鹿な高校の野球部員が

プロ選手を調べたら握力が強いほどスイングスピードが速かったんだって

と聞いて、「相関関係因果関係とは違う」という箴言を無視して、

「握力鍛えれば、スイングスピードあがるんじゃね?」

と思って、頑張った。

普通に考えれば、全身を鍛えるだろうが、

そいつ筋トレが好きじゃなかった。

でも、握力を鍛えるリストカールやハンドグリップはお手軽だった。

から飛びついた。

で、大学になって、何かが違うことに気付いた。

 

で、余談だけど、握力が全身の筋力量に相関するのは、

最終的な力の伝達部分が、握力の影響を強く受けるからじゃないのかな?と思う。

数学得意な人は体育の分野にくればいいのにー。

http://anond.hatelabo.jp/20110719001347

から、ある程度数学史とまではいかなくても、

「どうしてこれをやるか?」

「どういうことを知っておくべきなのか?」

そういうメタ情報っていうのかな、

そこの部分は「暗記」といっていいのかわからないけど、

記憶してないといけないと思うんだよね。

いやだから線形代数にこれを求められても仕方ないって話だよ。コーチングの話とかは知らないしどうでも良いよ。

でももし自分が教師の立場でこういう事質問されたら、「例えばこれこれ~」みたいな話はできても、でもそれは教師の趣味以上のことは話せないから。

繰り返すけど四元数の話がテストに出たのはたまたましか無いし、線形代数を使ったトピックなんかいくらでもあるから全然別の話題から試験問題作られてたらどっちみち解けなかったでしょう。


俺は別に「あんたが悪い」と攻撃してるわけじゃなくて、線形代数を教える人に「どうしてこれをやるか?」って聞くのは無茶だって言ってんの。「例えば何に使うんですか?」なら、まぁ良いけども。そういうつもりで書いたんだけどな。



例えば、小学一年生に「なんで足し算とか勉強するんですか?」って聞かれたら、どう答えます?(こういう事聞いてくるのは、逆に賢い子だと思うけど)

答えに詰まるでしょ?それ、線形代数でもあんま変わらんから

あんたさ、元増田が書いたり、僕が書いた文章をどういうふうに読んだの?

http://anond.hatelabo.jp/20110718194705

愚痴続けるわw

最初に絡んだきた奴もさ、

なんか悪口っぽくなってしまうのだけれど。学部生,だと18歳以上とかか,にもなってそのあたりを自分でできないやつがいることが教官には想定外だと思うぞ。

と、書いてきたけど、

この人は、

きっと「コーチング」とか「インストラクショナルデザイン」とか知らないし、

知らないくせに、そのまんまスルーして、

「え、そんなこともできないの?」って書いてきたんだよ。

 

「お前が悪い」と個人攻撃をする

 

それが教育上なんの効果を生むの?

例えば島宗理の「パフォーマンスマネジメント」には、

一番最初のほうにこう書いてある。

仕事人間関係がうまくいかないとき

我々はその原因を他人や自分性格能力

やる気や適性のせいにして、

問題解決のためのアクションをとらないことが多い。

これを個人攻撃の罠という。

コーチング」とか「インストラクショナルデザイン」を知ってたら、

あいうことは言ってこない。

知っててああいう文章を書いたとしたら、

俺を貶めたいという悪意があるってこと。

ハンロンの剃刀的に、悪意よりも、

単純に知らなかったという方が事実だろうけど。

まあ、匿名ダイアリーだし、優越感ゲームも多分に含まれてるか。

あるいは、日頃から、そういう学生に手を焼いてて、

つい本音出たのかもな。

 

で、いいかい?

あんた部下を持つ立場にいる人間かどうかも知らんけど、

最初の奴みたいに、

「厳しいこと言うけど、なんでこれぐらいもできないの?」

と部下に言ってみたとして、

その部下が何か改善するの?

「厳しいこと言うけど」と前置きして、

「気を遣って言ってやってんのに!」とか思っちゃうタイプ

 

脱線した。もとに戻そう。

 

元増田はさ、

まりにも教師が「数学、かくあるべし」に固執した教え方しかしないから、

モチベーションも低下して、

一度ドロップアウトしたんだよ。

でも、自分勉強法を探して、実践してみて、

どうにかこうにか次の段階に進んだんだよ。

 

で、俺の場合は、足りてなかったのは、

個々の線形代数トピックスのメタ的な理解だったの。

俺はそこがわかんなかったの。

から、目の前にある問題がとにかく難しく思えた。

それって論理的思考でどうにかなる問題じゃなくて、

もっと先のレベルのことだったり、

全体のこと知ってないとわかんない事なんじゃないの?

そこの部分ちゃんと読んでるの?

 

そういえばブコメで、

dowhile 10時間の下積みがなかったら30分のレクチャー意味がわからなかったのでは。

て書かれてて、そうだ、その通りだと思ったんだよ。

「なぜこのエピソードが成立しえたか

を一番端的に言ってると思う。

アハ!体験させていただきました。

2011-07-17

大学時代線形代数テスト

http://anond.hatelabo.jp/20110717152546

元増田の話で、思い出したんだけど、

大学時代線形代数テストの話。

 

テスト勉強してて、全然からからなくて、

友達と一緒に勉強してても、お互い分かっていない同士だから

あんまり効果なくて、「試験ヤバいな」と思っていたの。

 

で、テスト当日、数学の出来る奴と雑談してて、

そいつが「ハミルトン四元数」とか、

「射影」の意味とか、使いどころとか、(検索してて思い出した「準同型定理」)

果ては「ブルバキ原論」の話とかしだして、

そんな感じで30分ほど雑談レクチャーを受けたの。

 

それで、試験ですよ。

なんかさ、テスト問題がすげー簡単に見えたの。

「この問題、さっき話に出てたハミルトン四元数じゃん」とか。

たった30分の雑談が、独学の試験勉強10時間分以上の効果が

あったんじゃないかと思う。

 

講義中、先生はさ、教え方が良くないというか、

わかりにくかった。

ただ、俺にレクチャーしてくれたやつは

「え?すげー面白かったじゃん」とかいってたから、

数学得意な奴にはかなり良い授業だったんだろう。

 

まりさ、

文化コミュニケーションと一緒でさ、

その文化コードを知っていないと、

会話が成立しない(講義意味がわからない)みたいなもんで、

数学も、そういう概念を知っているのといないのとでは

理解度が全く違うと思うんだよね。

から、ある程度数学史とまではいかなくても、

「どうしてこれをやるか?」

「どういうことを知っておくべきなのか?」

そういうメタ情報っていうのかな、

そこの部分は「暗記」といっていいのかわからないけど、

記憶してないといけないと思うんだよね。

 

数学なんかはさ、

論理的思考力原理主義みたいなのが発生しやすいから、

数学は暗記なんて言ってたらダメだ!」

っていう教え方する人いるよね。

まあこれは

「解法を暗記するようなやり方は本来的じゃないぞ」

って言いたいんだと思うけど、

さすがに元増田が書いたように

論理的思考力原理主義みたいなのは困っちゃうよね。

いやいや、ちゃんと知ってもらうべきところ、

暗記してもらうべきところってあるんじゃない?

と思うのよね。

 

そのあと、大人になってからコーチング理論とか知ったけど、

「どうしてこれをやるか?」

「どういうことを知っておくべきなのか?」

を知るというのも

実際に問題が解けるかどうかと

同じぐらいフォーカスするべきものなんだよね。

 

なんかさ、論理的思考原理主義でいったら、

デカルトが座標を発明する以前の、

純粋幾何学いつまでも続けるのか?

とか思っちゃう。

当時の天才たちが、千年かけて考え抜いたことを

凡人もやらなきゃいけないの?って思う。

そうじゃないでしょ?と。

つーか、その先生

インストラクショナルデザインとか、

たぶん、聞いたこともないんだろうね。

 

そんなこんなで、愚痴になってきたので、ここでやめるわw。

2011-05-18

人をあやつる

世にはコミュ力を高めると銘打った書籍が多いが大半は善良な市民向けのものであるしか社会で役立つのは往々にして狡猾な世渡りコミュ術であったりする。例えば人を意のままに操るというと道義に反するので真面目なライターは書きたがらないが、そういう本のほうが実践的だと私は思う。ファシリテーションコーチングリーダーシップも人を操るものだと言えなくも無いが、これらは通常は相手の人間性を尊重するものである。対して、催眠術洗脳術は人間性を必ずしも尊重しない。術者の配慮がなければそれは非人道的なものになりうる。そして実用性を求めれば求めるほど、術者の配慮にかかわらず倫理的ギリギリのラインを行くことになる。もちろん破壊カルトが用いるような洗脳は明らかに倫理に反するが、もっと狡猾な洗脳はグレーでいて決してブラックはならないギリギリのラインを行く。例えば、極めて有効な洗脳方法に相手に考えさせて答えを出させるというテクニックがある。こちらが思考材料を提供し相手の思考の方向を誘導した上で相手に質問を投げかけるか疑問を起こさせるような発言をして考えさせる。すると相手はこちらの望んでいた判断や決断を下してくれるという算段だ。この方法は思考力の無い人間コントロールするにはあまりにも有効であるため、良心的な人間は心が痛むかもしれない。この手法はファシリテーションコーチングリーダーシップの手法にも部分的に含まれるものだが、それをラジカルに行っていくと詐欺まがいの商法マインドコントロールまがいの人心掌握術に繋がってしまう。術者の配慮が行き届いていないとたちまち恨みを買うか、酷い場合には犯罪者になってしまう恐れのある危険な技法だ。そんな強力な手法が何故世間に広まっていないかというと使いこなすのが難しいからだ。セールス勧誘や統計トリックのような限られた状況においては広く知られた思考誘導の技法が存在するが、より一般の場合にも誘導を行えるような共有されたテクニックはたぶん存在しない。伝えるのが難しいからだ。結果として、セールス勧誘や統計トリック等に騙されないための知識を身につけた人達は大半の誘導を防ぐことができている。しかし、少数の狡猾な人間は任意の状況において高度な誘導を行える。この種の誘導に対しては、残念ながら自己防衛を行う有効な方法が存在しない。文脈に依存しないため、こういう危ない手口がありますよという知識は一切役に立たないからだ。文脈によらない誘導はコミュニケーションに長けた人間なら誰でも使えるレベルのものから、高度な知能を持っていないと使いこなせないものである。前者については文脈依存性をまだ残しているため対策のしようがあるが、後者に至るともう手の打ちようが無い。中身は限りなくブラックに近いグレーであっても、透明度が高いためホワイトにさえ見えてしまうのだ。

2011-01-10

http://anond.hatelabo.jp/20110110092921

あのね・・・社会の半分は平均点以下なの。すごいんだよ。

日本人の半分 上司の半分は 平均点以下の上司なんだ。わかる?

そして、日本コーチングに優れている国か?よくダメな国の見本になるような国じゃないか

つまり、世界平均で見て平均以下の日本の 半分が平均以下の大人なんだぞ!

 

あなたは、大人に何を期待しているんだ!

いまどきの若い奴は! というけど、 若い奴は今時だけなんだ 対して

大人は昔から・・・! なんだぞ・・・。

社会に期待しないで対応したほうが、子供としては賢い。

2011-01-02

http://anond.hatelabo.jp/20110102051055

本当のコーチングを受けに行ってそのこと話した方がいいと思うよ。「教えるのが上手」とコーチングはまったく違うから

ギャップが辛い

ネットリアルのギャップが辛い。


僕はネットではリアルよりはるかにスペックの高い人に見られがちだ。ネットの知り合いからは頼りにされたり、「~君は何やってもできるなーすごいなー」という反応をよくされる。


けど、リアルでの僕はコミュニケーションが不自由で、障害もあり、第一印象で能力の低い人間に見られる。実際に能力が低い以外に、現実には偏見というものが蔓延しているせいもあるのだが、それを差し引いてもネット上での自分の評価が高すぎて辛くなる。


意識的にネット上でできる自分を演出したり、嘘をついているわけではない。


たまたま自分の得意分野がネットではわかりやすいものだっただけだ。デザインプログラミング言語力、コーチングスキルといったものは、ネットではできる人というイメージに繋がりやすい。逆に、自分欠点や障害はネットではわからないところに集中している。わざわざ言い出さなければ相手は気付かないのだ。


時折、強烈な罪悪感に苛まれる。


5年程前まで、あるコミュニティに属していた。僕はそこで、色々な人に色々な事を教えた。それを仕事した人もいる。皆僕以上に成長した。僕への評価は、ほとんど買いかぶりだ、と自分では思っている。元々、皆がやる気があって、僕がほんの少し教えるのが上手かっただけだ。


それでも皆が成長していくのを後押しすることで得られたのは、今まで知ることのなかった充実感だった。幼少時には虐待され、学校では面倒だからといない子として扱われ、信用できる友人は3人もいない、そんな僕にはリアルではありえない経験だった。人に頼りにされ自分の居場所がそこにある、初めての経験だった。


それゆえに、罪悪感もなく、できることを必死にやっていた。自分が楽しかたからだ。結局それが、僕に対する過大評価を作る事になってしまった。誰かが僕を責めたわけでもない。ただ自分勝手に罪悪感に苛まれて、そこにいるのがとてもつもなく辛くなり、僕は逃げ出した


彼らとの連絡も断った。数年経った今でも時折、「戻ってこないのかな?」とメッセージが来る。今更戻れるわけもない。見せ掛けの自分はいえ、彼らに喜ばれ感謝され、そのとき感じた想いは充実感は、僕の中に生まれた体験は本物だったんだ。彼らには本当に感謝している、だからこそ今更戻れるわけはないんだ。彼らは、本当の僕の醜さを知らない。リアルでの僕がコンプレックスの塊で、普通の人が当たり前にできる事もろくに出来ない奴だってことを彼らは知らない。


もう、ネットで人と深く関わるのはよそう。僕はそう考えた。見せ掛けの自分を演じるのをやめられるほど、僕は強くなれなかった。本当の醜さをさらけ出してなお、皆から変わらぬように見られると信用できるほど、僕は人に対する警戒心を捨てられなかった。結局、ずっと人が怖かった。リアルでもネットでもそれだけは、変わらなかった。人への恐怖を捨てることは出来なかった。


それ以来、ネットで知り合った相手にはできるだけ無理せず素のまま不器用に接して、過大な評価をされないようにゆるゆるとした付き合いを続けていた。


Twitterはそんな付き合い方に最適なツールだった。過去経験からSNSネトゲギルドに入ることを避けていた僕も、Twitterにはすんなりとはまった。過度に個性的になることはせず、できることだけをするようにしていた。でも、自分ができると思えばやってしまっていた。誰かが、何かの作り方に困っていたら教え、こういうツールがあればいいなとアイデアを貰えば作り、どれも自分楽しいからやっていた。いつのまにか、僕のやっていることは昔いたあのコミュニティと大差なくなっていた。


そして言われた。「~君ってパーフェクトだよね。なんでもできるよね。」と。


また同じ失敗をやっていたことに僕は今更気付いた。

リアルの僕はこんなにも醜いのに。どうしてだ。どうしてこうなるんだ。どうすればいいんだ。

2010-12-23

http://anond.hatelabo.jp/20101223221106

注意した結果、相手の行動が矯正されるのであれば無理に怒ることなくね?

矯正されないような奴に対してだけ怒ることも選択肢に入れて考えればいいじゃん。

相手なりに対応を変えるのは当然のことなんだし。

とりあえずコーチングの本何冊か読んだり、コーチングコーチを受けに行くのも手だよ。

コーチング重要ポイントも相手をタイプ別に分類して、相手なりに対応を変えることなんだ。

しか自分タイプも考えて、自分にあったやり方も考えるんだ。

2010-10-18

http://anond.hatelabo.jp/20101018222933

「そうなんだー」でいいんじゃない

んで興味があればどんな会社かとかあんたそこで何やってんのとか聞けばいいし、興味なかったら私の会社だとこんなもの作ってるんだー、とかに行ってもいいだろうし。その辺はまあ適当にだと思うんだけど。

すごいのすごくないのみたいな評価を挟まないでも盛り上がっちゃうことはあるんじゃないかと増田は思うんだ。

「そうなんだー」は魔法言葉

あと類義語としてどうでもいい知識を聞かされたときの「なるほどー」、それがやりすぎかなというときちょいテンション下げて「なるほどね」などもある。

追記

これ言った人と言われた人の意図の行き違いがあると思うんだ。

言った人の意図としては単に面白い情報でしょ(「考えてみればこういう製品でもどっかで誰かが作ってるんだよねー」とか「けっこう身近にそういう会社があるんもんでしょ?」)くらいの意味で言ってるのが、受け取る人にしてみたら「この人すごいって言われたいのかな?だからそんな情報言ってくるのかな?」くらいに受け取られてるんじゃないかな?

世の中色んな人がいるんで情報自体におもしろさを感じちゃう人っていて、他人もそうかなと思って(ここがダメなんだけど)情報ばっかり言っちゃう、言われた方は別に情報自体におもしろさをそんなに感じるタイプでもなくて、それよりは人間関係駆け引きとかそっちの方がおもしろかったりして、だから相手もそういう意味で言ってきてるんじゃないかな、的なさ。

日常にそういう食い違いってあるのかなーと思った。

コーチングの講習受けたとき、エニアグラムとやらで人間は8種類に分かれるので、とりあえず自分が何かを把握して、相手が何かも把握して、相手なりにやり方を変えなさい、みたいな事を言われたんだけど、相手が自分と同じようなものだと思うと行き違いがあるのかもね。

2010-10-17

http://anond.hatelabo.jp/20101017164120

なんでもかんでもすごいすごい言われると、わざと言ってる感ありありで引く、、、。

「ああこの商品俺の勤めてる会社で作ってるやつだよ」「えー、すごーーーーーい」

的な(正直このパターン良くある)。その会社での俺はすんごく下のダメなやつかも知れんというのに、、。

で、ちょと話しずれるけど、カウンセラーの人(コーチング研修を受けさせられたときの講師)に人の話を聞くコツを聞いたんだけど、「相手の話を受け入れる」のがポイントで、この「受け入れる」には話の内容に対する評価を含んではいけないらしい。肯定的な評価なら多少はいいけど、否定的な評価とか絶対ダメなんだって。

じゃあどうやって評価せずに聞くかというと「その話自体にすごく興味がある状態」に自分を持っていくといいらしい。人間は話の結論を評価したがるけど、その前には必ず「その話がいったいどういう話なのか、内容を知りたがる状態」ってのがあって、その状態に従って相手の話を聞いたあと、普通は「いい話」とか「くだらなかったー」とか「それは違ってるんじゃないか」とか評価の方に流れるんだけど、そこで評価の方に流れずに、話への興味が持続している状態を維持するのがポイントなんだってさ。

俺もそれができるかっていったら難しいけど、受け入れ態勢が整っていない全国の老若男女の増田たちに向けて書いてみた。

2010-07-21

過剰に叱るという過ち

誰かを叱る時に過剰に怒ってしまうという、人が冒しやすい過ちがある。

叱っている時というのは、たいていの人の場合、機嫌が悪い。

この時点で既に少し間違っている。

育児書やコーチングの本などにも、怒らずに叱ることの重要性が書かれている。

叱るときに機嫌が悪いのは間違いだと何となく分かるだろう。

間違いなのだけど、まあ人間だし機嫌が悪くもなる。そこは目をつぶるとしよう。

本当に致命的なのは、そこではないからだ。

.

ではどこが致命的かというと、機嫌の悪さに任せて、不必要なことに対しても怒ってしまうことだ。

例えば、相手の態度が悪いとか、質問に対して質問で返すだとか。

挙げ句の果てには、昔のことを蒸し返して叱ったり、日頃の細かいことにも小言を言ったり。

そんなことはハッキリ言って些末なことである。

相手が過ちを理解し、次は気をつけようと思うだけで良いのであって、

反省の態度が無いとかそういうことは二の次なのだ。

ましてや、日頃の態度に対する小言とか、昔のことの蒸し返しなんてもってのほか。

だのに、そういう叱り方をしている人が実に多い。

.

そういう叱り方がなぜ問題かというと、第1に今回なぜ怒られているのかという焦点がボヤけてしまうから。

.

これも大きな問題なのだが、もっと根深い第2の問題をも発生させてしまうのである。

それは、叱られたら過剰に自己否定するという適応を相手が習得してしまう恐れである。

あなたの周りにもいないだろうか?

ふだん平気な顔でイケないことをしてるくせに、叱られる段になったら、「本当に悪かったです。反省してます」とすぐに調子の良いことを言う人が。

また、「私という人間の不徳の致すところであります」「まったくもって私はダメ社員です。根本的に変わらないといけませんね」などと大袈裟に謝る人もいないだろうか?

彼らに共通するのは、過剰な自己否定によって、実は自己防衛しているという事実だ。

一見素直に反省しているように見えるが、実は、今回なぜ怒られているのかという点に真っ正面から向き合っていない。

「とりあえず謝っとけ」という発想は、彼らなりの適応である。

そういう適応を身につけた彼らを狡賢いと考えてはならない。

なぜなら、そういう行動パターンを身につけた背景には、過剰に叱る上司存在があるからだ。

過剰に叱る上司の前では、今回の過ちに対する自覚を示し、心をこめて謝るだけでは、効果がないことが多い。

今回の過ちだけでなく、反省の態度とか、日頃の行いとか、そういったことを全て謝り、上司の怒りを鎮める必要があるからだ。

だから、そういう上司の部下というのは、みんな過剰な謝罪を行うという悪癖を身につけてしまうのだ。

.

過剰な叱り方は、過剰な謝罪を生み出すだけで、肝心の反省は生み出さないということを、世の中の上司たちは理解すべきだ。

2010-05-29

http://anond.hatelabo.jp/20100529154945

カウンセラーか。

実は、数年前にコーチング流行った頃に、ちょっと雇ってみたことがあるんだよね。

でも何か、全部裏の仕組みが見えちゃってダメ

あと、同じビジネスの土俵で話をされると、ツッコミどころが見えて来ちゃうんだよね。

答えを与えずに、自分の中の答えを引き出すように誘導する常套手段だなー、とか。

変なフレームワーク出して来たけど、これって使い方違うんじゃないか?とか。

そもそも相談相手って、こいつじゃなくてもいいんじゃないのか?とか。

 

もう、ビジネスとは全然違う土俵の、占い師とかの方がいいのかもしれない。

占い師とか教祖とかに頼る社長の気持ちが、少しわかったかも。

2010-02-09

http://anond.hatelabo.jp/20100209043409

横からだが、あなたの言ってることは本当に正しいと思う!!!



これは教育の問題。とか風呂敷を大きくすると怪訝な顔をされるかもしれないが、本当に教育の問題だと思う。

だって、学校では先生の言う事に従順に従うように教育される。学校先生を「疑う」という事もできない。学校先生を疑えば、場合によって同級生からも「いかにも反抗」ってレッテルをはられる可能性さえあり、生徒も先生も含めた学校という杓子定規環境そのものが、ものすごい害悪で、本来すごく大切な「疑う」ことすらネガティブ教育される現状。

それどころか、なまじ先生にも問題がなく、先生はとりあえず命令をする、生徒はとりあえず命令をこなす、というなぁなぁな関係が続いて、そこに大きなトラブルもなければ「疑う」という発想すら起こってこないわけだ。

そうなれば、教科書的な「頑張ればきっと努力は報われる」とか「本音をキチンと伝え、心を開けば、きっと人はわかってくれる」って事を気持ちとして、心の奥底で信じるようになる。もちろん、それが全てじゃない、汚い社会もあるけど、誠心誠意生きていれば、その正しさはまわりまわって、いつか自分の評価に返ってくるんだ、という価値観を、みんな心のどこかで信じてるんじゃないかと思う。

これは、まったく間違った事だ!!!



予想するに、過去学校は今よりもっともっと環境が悪かったし先生の質も悪かっただろう。だから、その理不尽さにまみれたなかで子どもたちは「大人に対して都合のいいウソをついて適当にやりすごす」という事が正しいことだ、という事を学ぶわけ。

でも今の学校では、それが学べない。本当に学校意図している通りの子どもスクスクと大体育つわけ。例外もあるけど、大体はみんな心の中で「国は信頼できるもの」だと思ってるし「警察は泥棒をやっつけてくれる」と思ってる。それを信じきって疑おうとしない。(真偽の問題じゃなくて、疑い自分で考えようとするかしないかの問題)



それで一番の問題が、そういう現状と教育乖離論理的に理解したところで、心に埋め込まれた感情が言う事を聞かない!という事だ。

例えばうつ病とかの神経症になる基本の心理状態って「~したい」と思うけど「~ねばならない」の葛藤から生まれると言われてる。

就職したい」「就職せねばならない」と思うわけだ。ここでの就職する意志に葛藤はない。(ただしニートは除く)

でも就職するためには、あらゆる偽りのある、今まで教育で教わってきた信念を根底から覆す、180度違う理屈・現状が待ってるわけ。ここで葛藤が生まれる。

教育によって、正直に素直に生きていれば、自然と評価はつくだろうと心の奥底でそういう価値を信じてる状態で、でも実際は正直であったり素直でいられない。そんな感情を重視してたら就職できなくなるからだ。ここで戸惑いと葛藤、そして虚無感が生まれる。

「とりあえず就職できたけど、こんなウソだらけの”とりあえず”の就職で本当に大丈夫なんか?」って心の奥底でしっくりこない。形式だけ就職してるけど、「だから?」みたいな感じになる。



本来働くことはもっと自分で意思を持って行動を決めるべき・・・とか、そういう軌道修正の理論はいくつもあるけど、今はそれは問題じゃなくて

一番の問題は、こうやって教育現場があまりにも乖離していって、人に悪影響をあたえてる事実があるということ。そして、それは今後ますます増えていって社会問題になるとおもう。

本音と建前の使い分けを、昔は両方学べた。だけど今は親も含めて建前しか学べず育つ子どもがとても多い。それはすごい害悪なんだ。

社会は汚いところもあると思いながら、それでも社会は信じられるものだと考える事はすごくよくない。社会は綺麗であるべき、と思いながら、それでも社会を信じられないからこそ自発性が促される。今の教育は建前を教え続ける事で必要なことと全く逆なことばかりを教えてる状態になってる。それが一番問題でよくない。

そういう人たちが、自分や他人の協力をへて、いかに社会を信じてはいけないか、自分で物事を考えなくてはいけないか、って事を学べる機会が今はすごくない。

そういう「なんでも自分で考える」って事を支えて、自己表現を育てないといけないのに。そういうのができない現状が、すごい辛いと思う。というか事実オレは辛い。

余談だが、TPIEっていうコーチング教育プログラムがこういう葛藤の打破に使えるんじゃないかな・・と思ってる。興味ある人はぐぐるといい

メンタルクリニック行ってきたら「うちじゃなくてカウンセリング行けば」と言われた(一部加筆しました)

http://anond.hatelabo.jp/20100208175244

メンタルクリニック行ってきた。

トラバくれた人ありがとう。



会社に行けていなかったのは、

会社行ってもちょっとめまいとかする

仕事に集中できない

・気分が落ち込みがち

・何をするのも億劫

仕事以外の遊びや飲み会億劫彼氏以外と連絡とりたくない。

・やたら胃が調子悪い。むかむか。きりきり。吐き気。特に出勤前。着替えて化粧しても会社行きたくない



という、登校拒否児のようなお恥ずかしい状況で、行けてなかった。

正直、甘えてるんだとも思う。仕事は超激務なわけではなく、いじわるな人がいるわけでもなく、むしろ、職場環境は良いし優秀でいい人が多い。ただ2年近くやってきた今の仕事内容がどうしても好きになれず、空虚で、意味を見出せない。周りの優秀な人は自分の強みを生かして働いたり、社内での自分の道を見つけたりしているが、自分は特に強みもないため期待(売り上げ数字)に応えるだけのような気がしている。売り上げ目標は達成してるし、その点では期待に応えて問題なくうまくやれている。しかし、自分は、コマだ。虚無感と劣等感にさいなまれている。もちろん、好きになれない仕事ながらに、自分も周囲の役に立つよう、貢献できるよう、努力はしているが、空回り気味というか、、、、自分がやっててうまくいきかけていることを他の人が専任業務としてやるようになり、手放さざるを得なかったりとか。



そんなこんなでどんどん仕事億劫になり、さらに、働くということと自分を結びつけるのが難しくなった。自分は本当はやればできるはずなのに、なんか弱っちくてそれが嫌だし、自分は何がしたいのか、とか、働くってなんだ、とか、そういう根本的なことばかり考え込むようになった。


頑張れば仕事行けるけど、自分いなくても仕事回るし・・・とか、胃の辺りがすっげー気持ち悪いし・・・とかで、会社休みがちになってしまった。



で、今日(つーか昨日か。月曜)、思い切ってメンタルクリニック行った。(ちょっとした勇気が必要だったが。)



行くと、おじいちゃん先生だった。色々思い悩んでいることが仕事に関することだったから、ちょっと涙ぐみながら、就職からこれまでの話と何が辛いのかをかいつまんで話した。すると、「うーん。どうしたもんかね。うちじゃあね・・・」と、お困りのご様子。確かに、若干の食欲低下があるものの摂食障害なわけでもないし、睡眠障害があるわけでもない。どうやらメンタルクリニックでは門前払い?のようだ。ちょっと、あっけにとられてしまった。正直、カウンセリングに行くべきかメンタルクリニックに行くべきか悩んで、とりあえずカウンセリングは高いからメンタルクリニックに来たのだが、こんなに突き放されるとは思ってなかった。

そこでとりあえず、誘導尋問ぽく、「こちらのようなクリニックとカウンセリングはどう違うのですか」的なことを聞いた。すると、「病院では症状を見ながら薬などを使って目の前のことをとりあえず良くしていく。カウンセリングでは過去からさかのぼって、何故そうなったのかを話す。」と言われた。「では、コーチングは」と聞くと、「あぢゃーー。コーチングってのはねえ・・・・。あなた、トレーニングだよ。こうなるっていう目的があってそれに対して訓練する。ジョブコーチみたいな」という答えが返ってきた。で、アンケート学歴、経歴だとか親の職業だとか家族構成だとか色々書かされた)を見ながら、「うち(の医院)でもカウンセリングオフィス作ってるから、こっち行って」「あなたの場合は優秀だし洞察力もあるから。カウンセリングは洞察力もあるような人にこそ有効だから」みたいなことを言われた。最後に「ってことでー、薬も出さないよ」と言われたので、「吐き気止め的なものください」と頼んだ。これで終了。



なんか、弱ってるからって、安直メンタルクリニック行ったのが間違いだったみたい。



カウンセリングってたけーよ。1回1時間1万とかするじゃん。それを定期的に受けなきゃ効果がないわけでしょ。金銭面の負担がでかすぎる。普通に働いてても、かなり厳しいんだから、もしもっと鬱っぽくなって働けなくなってしまったらカウンセリングなんか通えるわけがないじゃないか。



ってことで、結論は、「自力でなんとかしろ」ってことでした。



ひとまず、仕事に立ち向かいつつ、考えを整理せねばならない。でも、仕事辛い・・・。

有給使ってまとまった休暇をとろうかなあ・・・。

2009-12-30

http://anond.hatelabo.jp/20091230083429

コーチング流行してからのアメリカは違うけどな。

企業は個人の自己実現サポートするためにあると言う考えが広まった。

部や課は「チーム」になり、上司マネージャーになった。マネージャー上司ではなく、あくまで従業員の自己実現サポートするコーチで、偉くない。単にそのチームの役割の一種であるっていう。

たまたま個人の自己実現企業目的が重なってる部分があるから一緒にやるだけって考えだ。

http://www.amazon.co.jp/%E9%83%A8%E4%B8%8B%E3%82%92%E4%BC%B8%E3%81%B0%E3%81%99%E6%8A%80%E8%A1%93-%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%81%E3%83%B3%E3%82%B0-%E5%AE%8D%E6%88%B8-%E7%94%B1%E5%B8%8C%E5%AD%90/dp/4901032372/ref=sr_1_25?ie=UTF8&s=books&qid=1262131699&sr=8-25

↑この本なんかに詳しく書いてある。企業根本的なあり方の変化が図で書いてある。

「○○をやれ」と言うやり方はせず、「質問」によって気付かせる。自分でハッと気付いた方が、その人の能力になりやすいんだ。こういうのは心理療法とかのやり方を踏襲してるわけだけど。心理学から生まれたのがコーチングだからね。そしてそれが企業形態根本から変えつつある。

ところが、日本会社ってこの「マネージャー」とか「チーム」という名前だけを輸入して、実態はまったく変わってないんだ。実質的には従来の「課長」「係」そして「会社のために」。

例えばサッカーがうまくなりたい人があるチームに入った。

その人の最終目的自分サッカー能力の向上なんだが、そのためにはこのチームのために尽くすことが役に立つ。だからチームのためにやるって感じだ。そしてコーチはそれ(この選手がどんな自己実現をしたがっているのか)を良く理解して、サポートする。

世界はそういう風に変わりつつある。

ならアメリカ行けって? 行くまでもない。俺自営業だからな。今は一人だけど人を雇うときは従来の日本会社システムなんか踏襲するもんか。

だから、あなたが書いてるの見てて思うのは、「育てる」の意味を「会社の役に立つ人材」としか考えられてないところが旧来の意識なんだよなあってこと。

昔の日本企業は育てていた→今は育てていない、って俺の意見勘違いしたのかも知れんが、昔の企業も「個人の自己実現」という意味では全く育ててなんかいなかったんだよ。

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