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はてなキーワード: キッパリとは

2024-04-03

テレビから道黽の声がした話。

シャーマンキングが好きだ。

原作ジャンプの連載時から読んでいるオタクで、平成アニメを観て、令和の完全版アニメも観た。現在続編のSHAMAN KING THE SUPER STARを、マガポケで再開待ちです。

その上で、FLOWERSアニメを観ていたら、テレビから道黽の声が聞こえた。

アニメをそう見る方ではないので、声優さんにはあまり詳しくない。

それでも、好きな作品アニメ化して、ついた声で一喜一憂して、という経験は多少ある。一喜に対して憂はだいたい八くらいあるような気がする。

八の憂に対して、じゃあ誰が良かったのと聞かれてもわからない。対案なき否定。めんどくさい側のクソオタク自覚

紙をめくりながら、日々世界のどこにも存在しない声を聞いている。

主題は道黽の声についてだが、まずは道蓮の声の話をする。

平成アニメの道蓮は、原作からけっこう乖離していたので比較にあまり意味を感じない。

(それはそれとしてちゃん面白く観ていた。)

原作に沿った展開で原作と同じセリフが出てきた際に、思っていたよりエモーショナルな演技が当てられていることが多かったなーくらいの印象。

しろほぼ原作に沿って作られた令和アニメの道蓮のほうが、自分にとってかなり不思議存在になった。

声優さんは同じながら、平成アニメからもっとも大きく演技の方向性が変わったキャラクターと言っても間違いじゃないと思う。

少年ながらにどっしりドスの効いた声になっていて、喋り方もキッパリ神経質な感じではなく、ゆったり大仰で傲慢イメージに寄ったようだった。

そしてそのような変化の中でもやっぱり、自分想像していたよりずっとエモーショナルな道蓮を聞くことができた。

元の道蓮からして神経質さも傲慢さもあるキャラクターなので、平成と令和の印象の違い自体に疑問があるわけではない。別にどっちも道蓮。

好きとか嫌いとかいう話ではなく、単にあれらは自分の中で「アニメの道蓮の声」だというだけの話。

原作漫画を読みかえすときアニメの声で脳内再生されることは一度もなかったし、多分今後もない。

から大人になった道蓮や、生まれた道黽の声に同じ声優さんキャスティングされたときも、正直これといった感慨はなかった。本当に申し訳ないけど、そこに対するエモは、マジのガチで持ち合わせがなかった。

「万一外伝あたりから親子の会話のシーンが追加されたらモヤっとしそう」という杞憂という意味では、ややマイナス寄りの感情だったくらい。

でも、その日画面からは道黽の声がした。

メタ的にも道蓮と同じ声帯で、遺伝子的にはアイアンメイデン・ジャンヌの血を引いた、道黽の声がした。

自体の透明度わずかなかすれ、抑揚、裏にある感情

そのどれもが拡散することなく、目をつぶれば漫画の絵が見えるくらい、明確にひとりの像を結んでいた。

自分この声を聞いていた、彼がまだ誌面上のインクだった頃から

「すべてが繋がっている」「すべてに意味がある」とは思っていない。

シャーマンキング読んで育ったくせに、その手の情緒はあまり身に付かなかった。

でも2001年ドラマCDアニメの道蓮に声優さんキャスティングされたこと、その意味が今年、道黽で結実したことはわかる。

フラワーズは本当に声に恵まれたと思う。

前作からの続投組ではない葉羽も路菓も鴨川も、そしてガッコも、口を開くたび抜群に良いキャスティングだと感じた。

そして、チームハオの中で最後に登場した道黽。圧倒的すぎる。

自分はもう20年以上「道蓮」を聞いていて、この声帯を知っているはずなのに、「道黽」に中の人がいるとは到底思えない。あれは自律思考する道黽が喋っているとしか

両親の特性を声質や話し方の調子に受け継ぎながらも、新たに生を受けた少年

愛情深く育てられ、抜群の才を持った、大陸とある一族のひとり息子。

母を奪われ、父とかたい約束を交わし、悲しみと怒りと希望と決意を小さな身体いっぱいに抱えて海を渡ってきた、本作最年少の男の子

彼は遺伝子気質、持霊などの外的要素を継ぎこそすれ、道蓮でもジャンヌでもない。

でも道蓮とジャンヌの子からこそ至ってしまった運命に立ち向かっていく人間だ。

両親の血、その表現必要だけど別人でなければならない。

抱く決意の背景には如実に両親の影響があり、無視しては語れない。

画面から聞こえる声には、その矛盾完璧に顕現していた。どこが似ているとかではない、ふたりの血を継ぎ、その上でひとりの人間思考し発した声がし続ける。

一体どうなっているんだろう。声優という「他者」がどう「演技」をしたらああなる

その謎を探るべく、ではないけれど声優さんインタビューを読むと、普通に何を言っているかよくわからない。ぶっちゃけ道蓮の頃から常にちょっと解釈違いがある。でもあの声は紛れもなく道黽なので、個々の解釈なんて正直どうでもいい。

そのくらい、そこには道黽がいて嬉しかった。

SHAMAN KING FLOWERS

道黽、アニメの本格登場は第8廻です。

2024-03-29

anond:20240329113325

そこはスッパキッパリ断われないほうが悪い

関西人なら「よろしいですわ~」で済む

キミいちばん詐欺被害が多いしぞーか県民じゃないの?

2024-03-26

anond:20240325225317

欧米では普通ゲームでもルッキズム助長するという理由ブサイクデブキャラクターしか使えなかったりする

日本はそういうのを気にせず美男美女を登場させられる(ファイナルファンタジー等)から羨ましがられてるんだぞ

あとFFポリコレ的に黒人を出すべきという意見キッパリ却下して欧米ゲーマーから賞賛されたこともある

2024-03-19

今更「82年生まれキム・ジヨン」を読んだ最初感想

この本しんどいな。

「82年生まれキム・ジヨン」を読んだ最初感想がそれだった。

土曜の夜23時、昼間参加した友人の結婚式の疲れを引きずりながら、少し暗くした部屋でベットに寝そべりダラダラと読んでいた。隣のリビングからは、夫が録画した刑事ドラマを見ている音が響いてくる。あしたは日曜で何も予定がなく、深夜までドラマを見続けるのだろう。美咲も多分、明日は午前中はダラダラと寝て過ごし、パンカップスープ適当昼ごはんを食べ、夕方なんとなく近くの駅ビルの買い物に出かけ、夕食は作るのが面倒になって外食で済ませて帰ってくるのだろう。結婚して1年近く続く何もない週末のいつもの過ごし方。

鈴木美咲1990年まれ28歳。生まれ山梨県で、大学上京するまでは地元自営業を営む両親のもとで特に大きな反抗もなく健やかに育ったと自分では思っている。勉強は小さい頃から得意で、地元進学校に進学した際には、東京に行くことが当たり前の選択肢になっていた。市内の一番偏差値が高い大学はいわゆる”駅弁”の大学で、進学校の中でも勉強のできる子は上京するのが当たり前だった。彼女の両親は東京大学を出て地元に帰ってきた人だったため自分大学上京することに特に違和感は抱かず、自然東京大学を目指した。根が真面目な彼女高校時代勉強に多くの時間を割き、国立大学不合格となったものの、無事都内私立大学合格し、18歳の春に上京した。今年で上京して10年目になる。


彼女母親時代女子が進学するといえば短大だったそうで、その時代東京の4年制大学卒業した美咲母親はそれを誇りに思っている節があり、娘にも上京を勧めた。母が20代の頃、美咲の母方は酒の卸業を営んでいた。当時はだいぶ繁盛しており経済的に余裕があったためか。美咲の母は就職活動をせず地元に帰り2-3年ほど家業を手伝い、美咲の父となる人物お見合い出会い結婚した。父は口下手で商売が上手なタイプではなかったが、家庭の中では優しい父親だった。母がよく癇癪を起こしているのに対し、父が言葉を荒げているのは美咲記憶にはない。花が癇癪を起こすのは大抵父が全く家事を手伝おうとしないからだった。母は父を一生懸命教育しようとしていたが、家事女性がやるものと思っていた父はなかなか身につかなかった。60代になりようやく自分で皿を洗うようになったと最近母が言っている。

美咲に対して、母は今後は女の人も外で働く時代なのだから一生懸命勉強しなさいと強く進めた。美咲の成績が上がると母も喜んだ。東京大学に行くことを賛成し、美咲英語が得意だとわかると英会話塾のパンフレットをたくさんもらってきては彼女能力を伸ばすことに力を注ぎ、美咲外国語大学志望だと進路希望で話すとその大学出身卒業生のエッセイなどを買ってきては彼女の夢を応援した。美咲自身は多感な年頃ならではの母親へのウザさのようなものは感じていたが、基本的には嫌いではない母親だった。


美咲地元にいた頃から一貫して共学で育ってきた。自分自身があまりまれ容姿ではなく、自分ニキビからかわれ、「ニキビ」という知性のかけらも無いそのままのあだ名をつけられてから男子が嫌いになりずっと距離を置いていたため共学ならではの彼氏ができるとか放課後一緒に男子と帰るといった甘酸っぱい青春を過ごすことはなかった。しかし、男子が身近にいることは普通だったし、2つ離れた年下の弟もいた。美咲勉強ができたが、それに対して男子比較されて何か不都合を感じたことはなかった。勉強ができる人は男女関係なく一目おかれたし、男女関係なく進路を好きなように決めたし、母のように女子短大といった時代でもなかった。ただ文系クラスの方が女子が多かった。男子があまり得意ではなかった美咲にとって、女子が半数を占める文系クラスは過ごしやす環境だった。国立に落ち第二志望で進んだ私立大学も、外国語教育に力を入れており文系がメインの大学だったため、全体的には女子の方が多い大学だった。大学の間も相変わらず彼氏はできなかったが、多摩地域のんびりしたキャンパスで4年間を過ごし、休みの間には短期海外留学経験して、語学力を向上させながらやりたかった海外分野の勉強をして過ごした。



自分女子であることに違和感のようなものを感じるようになったのは、就職してからだった。震災後に採用を抑えていた2012年就活戦線はなかなか苦戦し、50社以上のエントリーシート、20社の面接を受け、最終的に内定が出たのは2社だった。当初地元に帰ろうかなと思っていたものの、内定した会社は誰もが名前を知るIT企業メーカーで、大手企業就職が決まったことで、彼女自身家族もホッとし、東京に残ることを納得した。結局新しいことができそうなIT企業への就職を選んだ。IT業界リモートワークなどの制度を生かして女性活躍しています、と先輩社員セミナーで語っていたのも理由の一つだった。メーカーの方は男性ばかり出てきて少し古い印象を持ったことを美咲は覚えている。



美咲ソフトウェア製品営業職として2013年4月社会人生活スタートさせた。自分の同じ部門認識できる範囲には100人ほどの人がおり、女性の先輩も2割ほどいたので全くいないわけではなかったが、営業職の先輩は、みな独身か、結婚していても子供がいなかった。既婚子ありの女性の先輩は業務部門でひっそりと仕事をしている印象があり、営業職の美咲ほとんど関わりがなかった。営業部門は8割が男性で、かつ半数以上は50代だった。夜の飲み会は大抵自分以外はおじさんという状況が多く、美咲はその場ではじめて焼酎水割り・お湯割の作り方を覚えた。飲み会では大体業務部門の人たちは営業できないお荷物、という言い方をされ、美咲はただ笑って過ごすしかなかった。いずれ子供を産んだら自分もそこに行くのかな、という思いもある中、関わったことのない業務部門の人たちについて何かをかばうことも出来ないし、やり過ごすほかなかった。



その会社でのソフトウェア事業は、正直言ってメイン事業ではなく、ハードウェアのおまけのような扱いの部門であった。営業職として客先に行くには、まずは社内営業ハードウェア営業に客先の同行をお願いし、OKが取れたらやっと客先に行き、自分製品を紹介する。ある女の先輩は言っていた。「飲み会に誘ってもらえるのは女子特権なんだから若いうちの飲み会は全て断らずに参加しなさい」と。先輩のアドバイスは正しかった。美咲お酒は弱かったが、飲み会のような場は嫌いではなかったため、最初の2年ほどは結果も出せず苦労したが、もともと人と関わるのが好きな彼女は社内の飲み会にも積極的に顔を出し、仲のいい人を多く作って行くことで仕事も徐々に自分で結果が出せるようになっていった。


入社して5年目、一通りの経験をこなし、大きな案件複数経験して自信が出た美咲は、社内異動制度に応募してハードウェア部門へ異動した。ある意味傍流から本流に異動したわけで、彼女としても意気揚々の再スタートだった。前の部門でおじさんと飲むことに慣れていた美咲は、異動初日飲み会で、やはり50代の男性が多い同じチームのメンバーに対して「私はセクハラ大丈夫なんで」と笑って宣言した。意外だったのは、部門である優秀な40代マネージャーが、「そういう発言はやめたほうがいい」とはっきり言ったことだった。彼は今後役員まで上がるだろうと期待されている、社内のエースのような存在だった。えらい人からそのようにキッパリ言われたことで少し美咲ビビったが、その発言はそのほかのメンバーには笑って流された。


「82年生まれキム・ジヨン」を読んで、美咲には何かが刺さった。これまでの彼女人生の中で、キム・ジヨンのような思いをした経験が、同じ世代日本人女性なら1度や2度はあるはずだ。と、こんな風な長々した文章を書いてしまうくらい、何かを伝えなければ、声を上げなければと感じた。しかし何を言えばいいのかがわからない。何か目の前の明確な不平等を変えて欲しいわけでは無い、自分はむしろまれているほうだと思う、でもそれでも何度か自分のせいだけとは思えない壁にぶつかり、しんどい思いをした、ように思う。何が変えられるのかよくわからないが、とりあえず自分の思いを言葉にしないことには始まらない。

90年生まれで一番多い名前の、数多くの美咲に変わって、中途半端ですが、ひっそりとここに吐き出します。

今更「82年生まれキム・ジヨン」を読んだ最初感想

この本しんどいな。

「82年生まれキム・ジヨン」を読んだ最初感想がそれだった。

土曜の夜23時、昼間参加した友人の結婚式の疲れを引きずりながら、少し暗くした部屋でベットに寝そべりダラダラと読んでいた。隣のリビングからは、夫が録画した刑事ドラマを見ている音が響いてくる。あしたは日曜で何も予定がなく、深夜までドラマを見続けるのだろう。美咲も多分、明日は午前中はダラダラと寝て過ごし、パンカップスープ適当昼ごはんを食べ、夕方なんとなく近くの駅ビルの買い物に出かけ、夕食は作るのが面倒になって外食で済ませて帰ってくるのだろう。結婚して1年近く続く何もない週末のいつもの過ごし方。

鈴木美咲1990年まれ28歳。生まれ山梨県で、大学上京するまでは地元自営業を営む両親のもとで特に大きな反抗もなく健やかに育ったと自分では思っている。勉強は小さい頃から得意で、地元進学校に進学した際には、東京に行くことが当たり前の選択肢になっていた。市内の一番偏差値が高い大学はいわゆる”駅弁”の大学で、進学校の中でも勉強のできる子は上京するのが当たり前だった。彼女の両親は東京大学を出て地元に帰ってきた人だったため自分大学上京することに特に違和感は抱かず、自然東京大学を目指した。根が真面目な彼女高校時代勉強に多くの時間を割き、国立大学不合格となったものの、無事都内私立大学合格し、18歳の春に上京した。今年で上京して10年目になる。


彼女母親時代女子が進学するといえば短大だったそうで、その時代東京の4年制大学卒業した美咲母親はそれを誇りに思っている節があり、娘にも上京を勧めた。母が20代の頃、美咲の母方は酒の卸業を営んでいた。当時はだいぶ繁盛しており経済的に余裕があったためか。美咲の母は就職活動をせず地元に帰り2-3年ほど家業を手伝い、美咲の父となる人物お見合い出会い結婚した。父は口下手で商売が上手なタイプではなかったが、家庭の中では優しい父親だった。母がよく癇癪を起こしているのに対し、父が言葉を荒げているのは美咲記憶にはない。花が癇癪を起こすのは大抵父が全く家事を手伝おうとしないからだった。母は父を一生懸命教育しようとしていたが、家事女性がやるものと思っていた父はなかなか身につかなかった。60代になりようやく自分で皿を洗うようになったと最近母が言っている。

美咲に対して、母は今後は女の人も外で働く時代なのだから一生懸命勉強しなさいと強く進めた。美咲の成績が上がると母も喜んだ。東京大学に行くことを賛成し、美咲英語が得意だとわかると英会話塾のパンフレットをたくさんもらってきては彼女能力を伸ばすことに力を注ぎ、美咲外国語大学志望だと進路希望で話すとその大学出身卒業生のエッセイなどを買ってきては彼女の夢を応援した。美咲自身は多感な年頃ならではの母親へのウザさのようなものは感じていたが、基本的には嫌いではない母親だった。


美咲地元にいた頃から一貫して共学で育ってきた。自分自身があまりまれ容姿ではなく、自分ニキビからかわれ、「ニキビ」という知性のかけらも無いそのままのあだ名をつけられてから男子が嫌いになりずっと距離を置いていたため共学ならではの彼氏ができるとか放課後一緒に男子と帰るといった甘酸っぱい青春を過ごすことはなかった。しかし、男子が身近にいることは普通だったし、2つ離れた年下の弟もいた。美咲勉強ができたが、それに対して男子比較されて何か不都合を感じたことはなかった。勉強ができる人は男女関係なく一目おかれたし、男女関係なく進路を好きなように決めたし、母のように女子短大といった時代でもなかった。ただ文系クラスの方が女子が多かった。男子があまり得意ではなかった美咲にとって、女子が半数を占める文系クラスは過ごしやす環境だった。国立に落ち第二志望で進んだ私立大学も、外国語教育に力を入れており文系がメインの大学だったため、全体的には女子の方が多い大学だった。大学の間も相変わらず彼氏はできなかったが、多摩地域のんびりしたキャンパスで4年間を過ごし、休みの間には短期海外留学経験して、語学力を向上させながらやりたかった海外分野の勉強をして過ごした。



自分女子であることに違和感のようなものを感じるようになったのは、就職してからだった。震災後に採用を抑えていた2012年就活戦線はなかなか苦戦し、50社以上のエントリーシート、20社の面接を受け、最終的に内定が出たのは2社だった。当初地元に帰ろうかなと思っていたものの、内定した会社は誰もが名前を知るIT企業メーカーで、大手企業就職が決まったことで、彼女自身家族もホッとし、東京に残ることを納得した。結局新しいことができそうなIT企業への就職を選んだ。IT業界リモートワークなどの制度を生かして女性活躍しています、と先輩社員セミナーで語っていたのも理由の一つだった。メーカーの方は男性ばかり出てきて少し古い印象を持ったことを美咲は覚えている。



美咲ソフトウェア製品営業職として2013年4月社会人生活スタートさせた。自分の同じ部門認識できる範囲には100人ほどの人がおり、女性の先輩も2割ほどいたので全くいないわけではなかったが、営業職の先輩は、みな独身か、結婚していても子供がいなかった。既婚子ありの女性の先輩は業務部門でひっそりと仕事をしている印象があり、営業職の美咲ほとんど関わりがなかった。営業部門は8割が男性で、かつ半数以上は50代だった。夜の飲み会は大抵自分以外はおじさんという状況が多く、美咲はその場ではじめて焼酎水割り・お湯割の作り方を覚えた。飲み会では大体業務部門の人たちは営業できないお荷物、という言い方をされ、美咲はただ笑って過ごすしかなかった。いずれ子供を産んだら自分もそこに行くのかな、という思いもある中、関わったことのない業務部門の人たちについて何かをかばうことも出来ないし、やり過ごすほかなかった。



その会社でのソフトウェア事業は、正直言ってメイン事業ではなく、ハードウェアのおまけのような扱いの部門であった。営業職として客先に行くには、まずは社内営業ハードウェア営業に客先の同行をお願いし、OKが取れたらやっと客先に行き、自分製品を紹介する。ある女の先輩は言っていた。「飲み会に誘ってもらえるのは女子特権なんだから若いうちの飲み会は全て断らずに参加しなさい」と。先輩のアドバイスは正しかった。美咲お酒は弱かったが、飲み会のような場は嫌いではなかったため、最初の2年ほどは結果も出せず苦労したが、もともと人と関わるのが好きな彼女は社内の飲み会にも積極的に顔を出し、仲のいい人を多く作って行くことで仕事も徐々に自分で結果が出せるようになっていった。


入社して5年目、一通りの経験をこなし、大きな案件複数経験して自信が出た美咲は、社内異動制度に応募してハードウェア部門へ異動した。ある意味傍流から本流に異動したわけで、彼女としても意気揚々の再スタートだった。前の部門でおじさんと飲むことに慣れていた美咲は、異動初日飲み会で、やはり50代の男性が多い同じチームのメンバーに対して「私はセクハラ大丈夫なんで」と笑って宣言した。意外だったのは、部門である優秀な40代マネージャーが、「そういう発言はやめたほうがいい」とはっきり言ったことだった。彼は今後役員まで上がるだろうと期待されている、社内のエースのような存在だった。えらい人からそのようにキッパリ言われたことで少し美咲ビビったが、その発言はそのほかのメンバーには笑って流された。


「82年生まれキム・ジヨン」を読んで、美咲には何かが刺さった。これまでの彼女人生の中で、キム・ジヨンのような思いをした経験が、同じ世代日本人女性なら1度や2度はあるはずだ。と、こんな風な長々した文章を書いてしまうくらい、何かを伝えなければ、声を上げなければと感じた。しかし何を言えばいいのかがわからない。何か目の前の明確な不平等を変えて欲しいわけでは無い、自分はむしろまれているほうだと思う、でもそれでも何度か自分のせいだけとは思えない壁にぶつかり、しんどい思いをした、ように思う。何が変えられるのかよくわからないが、とりあえず自分の思いを言葉にしないことには始まらない。

90年生まれで一番多い名前の、数多くの美咲に変わって、中途半端ですが、ひっそりとここに吐き出します。

好きな人性奴隷になりたい

先日一方的に好きな男とセックスをした。

初めは自分が都合のいい女としか思われていないことにショックで悲しくなったけど、

彼は自分にとっては高嶺の花のような存在だったから嬉しかった。

性処理に利用されているだけってことはわかってるのになんでこんなに嬉しいんだろ。傷ついているのにね。相手のこともクズだと思うんだけどね。

今日も彼のことをいっぱい考えた。

彼との気持ちのいいセックスのことを考えているうちに彼の性奴隷になりたいという気持ちが強くなった。

いっぱい毎日犯してもらって貞操観念をぐちゃぐちゃにして現実を忘れたい、性奴隷であることが正しいことであると思いこめるほど洗脳されたい。

1ヶ月くらい期限決めて性奴隷させてもらって、

1ヶ月経ったらキッパリ彼との関係を絶って、ちゃんとした恋愛をしたい。

2024-03-03

anond:20240301124058

本質は「何も出来てなくても許される」と言う部分で、ふにゅはにゃでなくキッパリ「出来てません」でも良いのではないだろうか

2024-01-29

子供七五三を迎えてスタジオ写真撮ってもらった。

それで自分七五三はどうだったか思い出した。

いろいろあって親戚の中で可哀想な下っ端扱いされてた母は親戚から子供服のお下がりをもらってた。

もらっていた、というか押し付けられていた。

親戚に会う時は必ずその服を着せられていた。

母も服をもらっていた。いや押し付けられていた。

基本的ブランド物だったので質は悪くないけど趣味が合わないものもあったはず。

そして七五三も「当然うちの子着物を着せるのだな?」という圧力お下がり着物を着せられた。

当時の写真を見ると、似合わない柄の着物を着てつまらなそうな自分がいる。

「好きな色の着物を着てもいいよ」と言われていたら、きっとこんな顔はしていなかったと思う。

親戚は「貧乏母子のためにいいことをしてやった」と思ってると思う。

一応父母の名誉のために言うと、七五三着物を用意できないほど困窮はしていなかったと思う。

他にもいろいろ酷いエピソードはあるけど、母は歯を食いしばって耐えていた。

そのせいか、今も自分は着るものやオシャレに関心があまりない。

最低限の身なりは整えるし普通にトレンドも見るけど、どうしても自分事にならない。

自分が好きな格好をするということに引け目を感じる。

それからいろいろあって母は当時の親戚とキッパリ付き合いを絶っている。

好きにおしゃれしても文句を言われない今の母は楽しそうだ。

出来ることな七五三着物を着ている自分に「人生もっと楽しめるから地元を出るまで頑張れ」と言いに行きたい。

2024-01-27

anond:20240125180956

マイノリティ・非マイノリティってのは、本来アメリカっていう国で人種について考えるときに与えられたもの

なんでそれが可能だったかというと、人種によって政治的立場とか意見キッパリ分かれたからだが

この日本ではそんな綺麗にわかれない。

アメリカでもマイノリティとそれ以外の線引きが上手くいってないように見えるけどな。

路上アジア人白人に襲撃されたら犯人人種も細かく報道してたけど、黒人に襲撃された時はその辺がうやむやになってた。

アジア人が一番のマイノリティちゃうんかと。

更衣室云々でトランス差別してた女性学生がしっかり叱られていたのは、まあちゃんとしてるなとは思ったが。

2024-01-25

anond:20240125175954

それは、マイノリティと非マイノリティの分割にも、難があるよ。

 

お前の言うところのネトウヨって、自民党支持者のことか?

ほなら維新の支持者はネトウヨじゃないんか。

大学にいくと教授のほぼ全員がリベラル思想支持だったり

爺さん婆さんつまり目上の人間結構確率左翼自認だったりするわけだが

左翼マイノリティ権力持ってなくて、ジジババへの反目は権力への迎合なんか

 

マイノリティ・非マイノリティってのは、本来アメリカっていう国で人種について考えるときに与えられたもの

なんでそれが可能だったかというと、人種によって政治的立場とか意見キッパリ分かれたからだが

この日本ではそんな綺麗にわかれない。

護憲派自民支持者も、原発容認共産支持者もいるだろうよ。

左右で語ってはいけないのは、それが理由

同じ理由マイノリティと非マイノリティも分かれないよ。

2024-01-23

anond:20240123130949

だってキッパリ別れようとか言うとお前発狂するじゃん

刺されたくないし

2024-01-19

うちの子はもうプリキュアを見ない

まだ小学校高学年

まだ添い寝してやらなきゃ寝ない

ママに会えないの寂しいか学校嫌だと言う甘えん坊(結局学校行くけど)

でもさ、うちの子はもうプリキュアを見ないんだよ

こういうのの卒業ってキッパリ見なくなるんじゃなくて、

あるシリーズリアタイしなくなって、次のシリーズオモチャ欲しがらなくて、次のシリーズは録画を溜めてなかなか見なくなって、次のシリーズは録画しなくなって……みたいにグラデーションなんだね

気づいたときには卒業してた

この調子で早く一人で寝られるようになってくれという成長を願う(=ラクしたい)気持ちと、もうあの頃の娘とは一生会えないんだなという切なさね

2024-01-18

anond:20240117162333

県内一のバカ高を卒業

進学校卒業

東大中退

が全部高卒扱いで

名前書いて入って足し算を学ぶFラン大卒

の方が学歴上になるの、どう考えてもおかしいんだよな。

研究大学就職予備校大学キッパリ線引きしてほしい。

2024-01-12

もう諦めて何もしないことにした

働いていいとこ200万、基本的には100万くらいの仕事をしているが、今年からキッパリ諦めて何もしないことにした。貯金を使い切って諦めよう。そういうことにした。


自分が1万稼ぐ間に100万稼ぐようなやつが山ほどいる。何してもそれに勝てないなんて意味がないじゃないかと。歳上だとか、それなりの立場があるとかならまぁまだ納得はいくのだが、相手が1週間でスパチャ100万貢いでもらってる高校生だとか、お年玉で100万もらえる華族学生だとかなので、世の中運でしかないんだなと、全てのやる気を失った

自分ラッキーなほうではあった。好きなことだけして、誰の元にも付かずに200万稼げたのはラッキーしか言いようがない。だがもうそれも終わったのだ

2024-01-07

てか老人さっさと死んでくれ

俺は自分人生がもう見えちまってんだよ

労働搾取されて、男だからって冷遇されて、老後は貧困で飢え死ぬんだよ

から俺は子供なんて絶対つくらねえし、当然結婚なんかもしねえ

「お前が少子高齢化の原因」だって?それで結構だわ、わざわざ子供作って衰退地獄責任転嫁したくねえから

俺たちに残された道は刹那的に生きて40~50代でキッパリ自殺すること、俺は覚悟してるよ

そうしないと負のスパイラルは止まんねえからな、どこかの世代高齢化衰退地獄の流れを断ち切らなきゃいけないからな

潔いだろ?かっこいいだろ?武士みてえだろ?大和魂だろ?

今のくそ老人共は負のスパイラル責任を下に押し付けてるだけなんだよ、根性根性言うけど一番根性ねえのはおめえらだからな?老害

はやく腹切って死んでくれ、まあおめえらがやらなくても俺たちがやるわ

その代わり一生俺たちに偉そうな顔すんな老害ども

2024-01-02

anond:20240102114127

フツーになめたことすんなって言って良いと思うで。というかキッパリ言ったれ

自分時間提供するよりも、金だけ出す方が楽なんだろうけど、自分の親には自分時間を使って向き合え』ってな

 

おそらく悪気は無いと思うが、悪気が無ければ何をしてもいいってわけじゃ無いし、

そもそも増田時間増田時間だし、姉ちゃん勝手増田時間コントロールして良いわけじゃ無いぞ

 

2023-12-17

[]

こんにちは

やっぱり国立医学部医学科は自分には無理かもしれない、そんな不安と闘いながら勉強に励む千葉大学医学部医学科落ち早稲田大学先進理工学部生命科学科卒おじさんです。

模試の日程や種類を確認していたところ、高校時代に当時交際していた女の子との避妊に失敗してしまたことを思い出しました。

河合塾で行われた模試の後でした。

あの時、既に反抗期は終わっていましたが気恥ずかしさや受験ストレスで両親との会話は殆どなかった時期です。

交際相手の両親が自宅まで来た時は「もう終わりだ。受験すらさせてもらえないかもしれない」という恐怖に襲われました。

しかし、全てを僕の責任にしようとする相手の両親に対して両親は僕を守ってくれました。普段言葉も交わさずカリカリイライラ勉強している息子のために物凄い剣幕の相手両親に引くことなく、キッパリと言うべきことを言ってくれた両親に家族愛情を感じました。

その出来事以来、僕は両親を大切にするようになりました。

さて、先ほどまで昨夜に読みかけたまま就寝した生物総合講義読み切りました。読み終えた後に志望大学生物過去問を参照したところ、現役時代に苦労した物理よりも抵抗感がなかったことに気がつきました。

得点の安定度や知識の少なさ、周りの影響で自分に向いていない物理固執していたことも敗因だったなと反省です。

午後は化学過去問を参照し、夜に文系科目の概観を済ませ来週一週間の勉強スケジュール、直近一ヶ月の勉強方針作成していきます

それではまたノシ

2023-11-16

anond:20231116121856

下2つはともかく30越えてて10相手に本気になっちゃいかんでしょ

職場や昼食あたりで相談に乗ってあげる優しさはあってもいいが夜にサシ飲みとかホテルキッパリ断ろうね

2023-11-15

よく考えたら結婚に至るまでの方が怖い

年の差ある同士で仲が深まる会話やってる時点で信じられない

男にしろ女にしろ毅然とした態度でいてくれ

年上が年下に接近する時点で言語道断だし年下がアピールしてきたなら年上はキッパリ断ってくれ

その業界によるだろうけど一般的会社なら風紀の問題があるとして直属の上司人事部長あたりに相談してくれ

相手が残るか自分が残るかは分からないけど配置換えや転勤で異動してくれ

2023-10-06

インターネットには儲け話がたくさんでつらい

ネットを見てるとマジで稼いでる奴らばっかり

どいつもこいつも口を揃えて楽勝で稼げる、一日1時間で月10万稼げるとか言ってる。嫌になる。

反応集だアダアフィだとか、どいつもこいつもめちゃくちゃ稼いでる。

全然稼いでない自分からすると見るだけでもつらい。自分もやればいいのかもしれないが、今ではもう何もできなくなってしまった。それなら稼いでるやつを見てもキッパリ諦めてしまえばいいのだが、そうもいかないのでつらい。金があれば幸せになれるんだろうなあ。ここによくいる年収1000万増田みたいに幸せになりたいぜ

2023-09-23

anond:20230921233919

「誰が食器洗うの?」

じゃなくて

「...洗った食器しまうのは?」

だったの、終わってる感じ溢れてていいね

洗う方だったとしても嫌だけど


そんな事くらいでお互いが不快になるって、負の積み重ねが厚いか気が合わないので

ルームシェアくらいキッパリ役割分担して不測の事態にはその都度すり合わせしていくスタイルにした方が平和そう

2023-09-14

アカサコのお話。〇〇新聞社の2階ホールでおこなわれたパーティが夜21時で散会になって、まだ列車(22時10分が最終)まで時間があったので、そこからそれ程遠くない(平和公園入口付近にある)居酒屋ちょっとだけ顔をだそうかなぁ(5年ぶり?)ってタクシー探してたら、いきなり「赤迫行き(居酒屋方向)」電鉄がきたから[笑う]思わず飛びのったんだけどう〜ん[ほほえむ]。さっきからこの電車対方向に走ってる?(まぁ確かにパーティーで飲み過ぎたけど[大笑い])夜の電車逆さまに走るって?オカルトか何かなの?[びっくり]それとも変な趣味??路線図確認したけどアタマこんがらがって[泣き笑い]何だか解んなくなってきたじょ〜[ほほえむ]。それで向かいの席の多分?地元女子に「(この電車)今、平和公園に向かってますよね?」って(微妙な感じで)お聞きしたら「あっいいえ!〇〇駅の方(逆方向)に向かってます」「えっ?赤迫行きってなってましたよねっ?」「ええ表示間違ってますよね!」「わぉ」で結局〇〇駅まで乗って降車[泣き笑い]運賃箱にお金入れながら「表示が赤迫になってましたが」って私。「(乗務員)あっ!はいっ間違ってますね(満面笑み)」「(ぎゃっキッパリ言うんだ[大笑い])やっぱり?(何かオカルトより笑える[泣き笑い])」もう運賃箱にお金入れちゃったから返して!って言えないし[大笑い]ちゃんとした電鉄で戻ろうか考えたんだけど[笑う]あっそうだ!それなら駅の西側に新しくオープンしたHiltonのバーに立ち寄ってみようって。土曜の夜なのに何故だか誰も歩いていない駅からの空中デッキ。革靴の踵の音が響いて綺麗っ。ホテル入口からコンシェルジュの前を通ってバーラウンジの真新しいソファにゆったり腰を掛けました。少し酔い覚ましに[にこやか]って甘いコーヒーのお洒落なカクテル(チョコチップものってる)を頼みました。ちゃん大人の飲みものだよっ。あれっ?バーテンダーの方って?ホテルニュー〇〇にいた方?カクテルを持ってきた子に「ニュ-〇〇の?」って尋ねたら「あっ!そうですそうです伝えます」って。いろいろあって最終電車時間までゆっくりしました。あっ最終電車って〇〇新幹線なんだけど僅か30分乗って武雄温泉駅特急に乗り換えて1時間(なのに値段はしっかり新幹線料金

そのあと予約入れてあった地元のお店に立ち寄って何とな〜く世間話をして3時過ぎにお家に辿りつきました

2023-09-01

anond:20230901121250

皆無は200%嘘だけど、まあええわ。おもろそうな話だから乗ってやる。

 

その話になると、「女性へのヘイトクライム」、というのがほんまに言うほどあるんかの話になるだろ。

女性腕力が弱いから狙いました、性の対象が女だから性犯罪対象しました。これは遵法精神倫理観の欠如ではあっても、「ヘイトクライム」ではないよね。

ヘイトクライムってのは、韓国人が嫌いだから石投げて傷つけましたとか、ツチ族ゴキブリ同然なのでみんなで殺しましたとか、そういうのだよ。

女性が嫌いだから、で犯罪に至ることなんか、ないじゃん。例えばイスラム原理主義者とかは、近いことするけど、我が国では極めて少ないだろう? もっと物理的な事実が先にあるじゃん

 

フェミニズムってのは、昔からずっとこの間違いを犯してきたんだけど。

差別されない、モノ扱いされない、平等に扱われる、ということを「大切にされる」ことだと勘違いしてるんだよね。違うんだわ。平等になったら、平等に粗末にされるんだよね。ていうか、現代日本で現にそうなってるんだわ。

それが、分かってないんで、お前っていうかフェミニズムは「女性を粗末にする犯罪があるのは女性差別されてるから」とかいう考えに飛びつくんだけど、キッパリと誤りだわ。

差別がなくなっても、無くしたかった犯罪は減りも増えもしないよ。別に女の腕力が強くなることも、性に魅力がなくなることもないんだから

2023-08-22

イヤーなことを言われたらその場でワッと「やめて」とか「それは嫌だ」ってキッパリ言えるようになりたい

30年ずっと家族や友人からイヤーなことを言われてもずっとヘラヘラしてきてしまったのは良くなかった気がする

でも耐えられないんだよな、拒否ったあとの気まずい雰囲気

親が不機嫌なことが多くて顔色伺って過ごしてたか

なんかそのときを思い出してすぐこちらも悪かった、みたいなどっこいどっこいみたいな空気に持って行こうとしてしま

あとその場で言えなくてこういう匿名ブログとかTwitterの鍵垢とかでこうやってぶちぶちネチネチ愚痴ってしま

けどそういうの良くないんだよな

やめたいけど咄嗟言葉が出てこない

うーん、頑張るしかいか

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