はてなキーワード: ガチンコとは
ガチンコのドキュメントストーリーに思えるものを見せて隆盛を極めたのがモーニング娘。
だから、秋元康に対してやいのやいのブーイングを飛ばしてしたり顔になっているのは、完全に運営側の思う壺。
本当に嫌いなら、何も言わない方がいいし、AKB商法を非難する=AKB48のファンであると何も変わらない。
AKB48が恋愛禁止っていうのは、「プロレスは真剣勝負」と同じものだと考えるべき。
AKB48のファンには二種類ある。本気でAKB48のメンバーは彼氏を作っていないと思っているのと、そのルールが本当にあるという前提で乗っているのがいるわけだ。
米沢、平嶋がやったことって言うのは、つまりプロレスラーが「試合の結果は決まっています」ってカミングアウトしちゃう行為で、他でもないメンバー自身が明かしちゃいけないのよ。
作ってもいいけど、彼氏がいることは墓場まで持っていかなきゃいけない。
なお、Perfumeは総合格闘技。いろいろなものが決まっているはずのアイドルに、本当にシュートを持ちこんじゃったから革命だし、後にも先にもこういうアイドルは出てこないだろう。
広告業界人がどうであれ、佐々木俊尚さんは言論人としてはたいしたことはない、という一般人としての評価だけどね。
一般人というか「ITジャーナリスト」をみるギーク目線だね。彼が「キュレート」する元ネタ書いてる人らは知の巨人だけど、リーグが違う。
日本の偉大なキュレーターって誰がいるかな?まあ政治経済、安全保障の世界では、青山繁晴さんだろうな、間違いない。
しかし我が国のコメンテーター(佐々木さん含む)の「売れ方」っていうのも歪だね。
やっぱ強いのは、その道の実務をやっていた人で、政治経済のコメントでも元官僚の人らはさすがにいろいろ的確。
佐々木俊尚さんで言えば、あの人ITのキュレーターとして売ってるみたいだけど、その世界の実務経験がないのが徹底的に弱い。
キュレーションっていうのは、自分は空っぽだけど、情報収集はしていてパッケージングして商品化する能力はあるんですよ、って事じゃないんだよ。
元々その人がもってる知見のすごさに基づいて、混沌としてみえる世の各種事象を関連づけて、必要ならば新しい概念化さえしてまとめあげる事なの。
日本人が自己主張しないのは、和の美徳と相まって往々にして出る杭は打たれると云う悪習にもよる。
さっきの広告業界の人らと佐々木氏のやりとりでも思ったが、なんと自己主張のしにくいことよ。
僕なんかはさしてシガラミがない立場なので(もともとそういう方向性を指向してきた一方で社会的に無責任であると言い換えることもできる)
こうやってTwitterで好き放題言えるんだけど、ああやって社名を出してケンカするぞ!と恫喝するのは、そうやれば黙るという暗黙の了解があるからだろう。
佐々木さんはさ、言論人のつもりならば(僕はすでにTLで書いたようにまったくその専門性を評価していない)なんかやるならば言論でやれよ、って思う。
君がやってるのは、そういうシガラミで自己主張できないのを悪用した恫喝だろ?”
森さんが最後に書いておられるように、個人の見解と会社員としての見解は異なる。
言論の自由とは前者のことを指し、佐々木さんはそれをXX社のだれだれと会社員の属性を強調する形で、言論の自由を抑えこむ喧嘩の仕方をした
失礼なのはお互い様。その失礼を踏まえてドンパチやるんなら最後まで筋通せと。
それも含めて言論であって、「自分と相手の立場」を利用して黙らせようとするのは言論人として恥ずべきこと。
丸山をひっぱたきたいとか言ってた人
「言論でやれよ」っていっても、その言論に上げるまでもないわけですよ。失礼なメンション返してくる奴って。本当に上から目線で「お前バカか、ちげーよクソwww」程度しか書いてこないんだから。で、そういう人に応答してあげると、待ってましたとばかりに俺論理を振りかざす。時にはまっとうな人もいるけど、なら最初っからソレをちゃんと書いてこいよと。そんなに個人であることが重要なら、匿名のアカウント取って、それで対話を促せばよかったじゃん。個人情報が分かるアカウントでクソのようなツイートして謝るハメになったのは、完全に自爆でしょ。
だってこのまとめ見てたら、個人と個人の言論のぶつかり合いじゃなくて、
「立場があるから」「守るべきものがあるから」最後に頭を下げました、ってそういう風に見えるのは万人が追認するだろうし、
佐々木さんはそういうふうに持っていったよね?
「相手の社名や実名は判明すればどんどん暴露していくよ。」と晒し姿勢を明確にして
「こっちも容赦しないからね。自分の身に振りかぶってこないことを神に祈ってなよ。」
と言いながら「反論できないなら今後ずっと黙っててくれ」って何だろうこれ??
あくまで言論で反論できないんじゃなくて、佐々木さんが反論させないように立場を利用して、その口を封じたんだろう?
これやったら言論人として終わり。まあ僕は彼は最初からまったく評価していないけれど。
相手がうんざりして退いたら相手が退くように自分が仕向けたのだと言いはる人
「佐々木さんはそういうふうに持っていった」っていうのは「立場を言い訳に逃げるように仕向けられて」って意味じゃないんですか?
「立場を言い訳に逃げるように仕向けられて」なんてどこから見たらそうなるのかな?
「立場があるから謝らざるを得なかった」というのが普通でしょう。
逃げたのは言論のぶつかりあいで逃げたのではない。
そんな形跡はこのまとめのどこにあるんですか? 社名云々、恫喝されはじめて逃げざるを得なかったんでしょ?
そんなに個人であることが重要なら、匿名のアカウント取って、それで対話を促せばよかったじゃん。
個人情報が分かるアカウントでクソのようなツイートして謝るハメになったのは、完全に自爆でしょ。
だからこんな風に個人としての文責を取るという健全な言論を、会社員としての責任に転嫁させようとし、
挙げ句の果てに貴方のように「だったら匿名でいいじゃん」とか言わせる帰結が言論人として「腐ってる」んじゃないですかね?
「こっちも容赦しないからね。自分の身に振りかぶってこないことを神に祈ってなよ。」ってのは、普通恫喝として解釈されるが、
「立場を言い訳に逃げるように仕向ける」的に逃げ道用意してあげる、みたいな親切心だ、ってことですか?意味分かんないな。
街角で突然挑発してくるチンピラに構わないことを「腐ってる」というなら、腐っている方が正しいですよね。そんな暇ないし
だから、佐々木俊尚が相手の個人情報が丸見えだったから、それを使って恫喝して勝ったんでしょ。
広告業界の人はヘタレ逃げしたんでしょ。佐々木俊尚は正しいし、広告業界の人は情けない姿を晒した。
ソレの何が不満なんですかね? いいじゃないですかそれで。
私もサラリーマンだから、佐々木俊尚さんのいわば反則技に対してまともに戦えと言う気にはなれない。
佐々木さんも、孫さん以外で、まともな対戦してないわけだし、実力がよくわかりません。そろそろちゃんとガチンコで喧嘩してほしいな。
ゲーセンで出会った不思議な女の子の話をめぐって、事実と創作の垣根についての議論があるようだけど、それに関して思うのは、かつてプロレス界で「ガチヤオ」議論が話題となったこと。そんときからモヤモヤしてることについてちょっと書いてみる。ガチとはガチンコ(真剣勝負)のこと、ヤオとは当然八百長のこと。
プロレスにおける「ガチヤオ議論」の中で、「いわゆる『リアルファイト』系をうたう格闘系団体は、本当はヤオなのにガチっぽくやってるから腹が立つ。ヤオなら最初からヤオと言え、その意味では開き直ったプロレス系団体の方がよい」と怒る人たちがいた。レッテルと中身が一致していないと、我慢がならない性格なのだろう。「プロレスは、楽しくするためにヤオだと分かった上で見る人も楽しんでるから、あれでいいんだ、素晴らしい」というプロレス擁護をするプロレスファンがいた。
そういうのを聞いて、とても悲しい気持ちになった。ガチかヤオかなんてレベルでしかプロレスを語れないプロレスファン、というものに。多分、プライドの高いレスラーは、傷ついていただろう。
トップロープからダイブしても、ヤオなら痛くないとでも言うのか? 開始5秒で体痛くなって、ホントは立てたかもしれないけどかっこわるいから寝てました…とかでもガチならそれで満足か? 格闘家とプロレスラーと平均すればどっちが長生きしてるだろうな? 試合に筋書があるって、筋書きがあるから誰でもできるとでも思ってるのか? 手に何も持たず、パンツ一枚の身一つで、30分で数万人の人間を沸かせる仕事、できると思うならやってみせてくれや。
プロレスだろうがリアルファイトだろうがリアルファイトのようなプロレスだろうが、それが人前で演じられるなら、問題は、見てる人間の心に刺さるかどうか、それだけだろうが。詰まらないリアルファイトは詰まらないプロレスと同じように詰まらないよ。心に刺さる試合の向こうには、リアルだろうがプロレスだろうがとてつもない苦労があるわけで、その集積が形をとって表れた奇跡に、見てるものはただ頭を下げるだけだろう。プロレスなら楽だろうって、ほんとに失礼な話だ。
だいたいなあ、事実か創作かという議論が、もうレベル低いんだよ。どこか非現実的でとてもありえなさそうな、それでいて今の時代のどこかにそんな話がありそうでやっぱりなさそうな話が、この時代のある一定数の人間の心に刺さったというのが、ただの事実なわけだろう。それ以上に何か確定して言えることなんて、最初から無い。もともと「小説」なんてシステムができるまで、「物語」というのはおおむねそういうものだったわけで、大多数の人の心に刺さり言い伝えられていく中で変質してやがて固まっていく昔話や神話がそうであるように、大げさに言えばそれは民族の記憶みたいなもんだったんだよ。それで何か問題があるのか? 沢山の人が、こういう話があって欲しいと思い、誰かがそれを形にした。それが奇跡なんだ。
ゲーセンに書かれた話が事実かどうか、当然オレは知らない。ただ、書き手が人間性のある面をとてもよくつかんでいて、それを文という方法で形にする能力に長けているということ、今という時代の空気をよく吸っており、ある方面のサブカルチャーに十分な造詣があることはよく分かる。……たとえばデビューした頃の村上春樹のようなもんだ。そして、それが仮に創作だとしても、そのレベルの創作は、書き手の人生の幾ばくかを注ぎ込まないと生み出すことはできない、ということも分かる。書き手は、自分の書きたいことを、一番読み手に届くだろう方法で世に出した。素晴らしいことだよ。よく書いてくれた。それだけで、オレは充分満足だ。書き手自身は、書きたいことの10分の1も書けなかった、届けたい言葉を書ききることができなかった、などと、いま嘆いているかもしれない。それもいい。どれだけ生きても、ことばなんてそもそも100分の1も他人に届かない。そんな中で、あいつは自分の人生を絞り出しながら、100分の2か3か、誰かに届く言葉を生み出すことができた。よかったじゃないか。「彼女」も「どこか」で喜んでいるよ、きっと。
あれが事実であろうがなかろうが、オレはアレを批判する人間よりは、アレを書いた人間と一杯やってみたいと思う。絶対その方が面白い、それは断言できる。少なくとも、ああいうものを読んだ人間の取るべき態度というのは、事実かどうかを論じるとか、創作ならそう書かないと卑怯だと匿名批判するとか、そういうことじゃないだろうと思う。大体、そんなやり方で人の心を動かせると思ってるなら、やってから言え、と。
それとも「オレにはできないけど、そこそこの書き手なら誰でもできるレベル」とでも言うか? それなら、できるという「そこそこの書き手」に頼んでもいい。そういう人間を探して、試しに書かせてみてから言ってくれ。そんな書き手がいればな。
だから、アレを読んだ人間が、書き手に届けるべき言葉は、次の二択だ。
・「チラシの裏に書いてろ」
それ以外には、ない。言うまでもないが、当然オレは前者だ。
…で、お前はどうなんだ?
「設定の勝利」って言われる話こそ、実は高い技術の勝利じゃね?
「ベン・トー」読んでそう思った。
設定が奇抜であればあるほど、「出オチ」という判定をくだされて終わる可能性が高い。
ニコニコとか超ベストセラークラスだと、別に出オチは出オチとして歓迎されると思うけれど
特にアニメや週刊誌のような作品で一度「出オチ」という評価を下されると二度と復活できない。
「どうせ出落ちだろ」という圧力に耐えて、話を持ちこたえさせ、
そこから再度浮上できるのはそれこそ作者の高い技術が求められるってことになると思う。
なんせ、アニメやラノベは一回パッケージで騙せば済むというものじゃないからなぁ。
というわけで、ベン・トー。
最初私これ絶対1話か2話で切るわーと思ってたけど、今のところ今期アニメで一番面白いと思ってるですよ。
どうせ出落ちだろ、って思う人程見て欲しい作品。 読んでみると王道中の王道を楽しめますよ。
素直に王道やればいい仮面ライダーで学園ものやったあげくイマイチ盛り上がらんというというちぐはぐ感はなんとかならんのか。
なんかマスに近づけば近づくほど、お笑いとか皮肉とかそんなんでまっすぐなメッセージがやりにくく
色物とか腐海のようなゲテモノの世界にこそ純粋まっすぐがあるってのがなんか間違ってる気がする。
参考記事
http://d.hatena.ne.jp/shi3z/20111112/1321057463
一般的に言う良い企画について語ってるもの。普通はこういう企画のほうがいいよね。
逆に言えば奇抜な企画のほうが力技が必要になるわけで、ベン・トーはかなりすごいと思う。
http://blog.livedoor.jp/kashikou/archives/51837848.html
http://raitonoberuteki.blog.fc2.com/blog-entry-9.html
これは「はがない」の記事だけど、「ベン・トー」も余計なことを考えずに美味しく味わえるように作られてると思う。
私も「ベン・トー」と「灼眼のシャナ」を比較して、同じテーマ、同じ中二病ネームの羅列でありながらも
いかに作品が飲み込みやすく作られているか語りたいと思ったけどめんどいのでやめた。
蛇足。おなじアサウラさんがシナリオ担当の「アキバストリップ」がなぁ・・・。
ベン・トー面白かったからこっちも買ったんだけど、うーーーーーーーーーん、って感じでした。
もっとガチでやってほしい。荒いポリゴン絵が服が脱げてもただのお馬鹿としか思えない。
ランブルローズくらいは頑張って欲しい。PS3とかのフルハイビジョンで作りなおして欲しい。
「生徒の自主性を高めるために夕食を用意しない学寮」単に生徒を保護する気がないどうしようもない学校だよね。どこが奇抜な設定?
私はベン・トーについて「設定が奇抜くらいしか特徴がない」といってるやつをDisってんだよ。
一見変わったふうだけど、この作品の魅力は設定面に負ってるわけじゃないって主張をしてんだよ。
タイトルもわざわざわかりやすくしてやってるのに、まだわからんとか頭悪すぎだろ。
お前らの国語能力じゃラノベさえもちゃんと読めないんかもしれんので、口を開くなボケ。特にWelなんとか。
私が言いたいのはこれだよ
設定の勝利って、ベントーは当初本当に売れてなかったのが「設定めちゃくちゃだけど作者の文才は高い」みたいな感じでじわじわと売れていってようやくアニメ化までこぎつけたんだぞ
諸事情で昨年夏頃から現在に至るまでツイッターで散々非難していた著名ブロガーへ。
>最期になった時、自分が関わったすべての人に、誇りを持って恥ずかしくない人生だったと語れるか。
>今までの自分には正直そこまでの高い意識はありませんでした。
>現時点から将来を考えることも大切ですが、終着点にいる自分を想定し、その時にどうなりたいのかを考えてみる。
>そこでわかったことは、自分のやりたいことだけを勝手に実現する人間ではなく、大切にしたいと思っているすべての人から、
>自分がいたことで良かったと思ってもらいたいということです。そして、それを誇りにしたい。
この言葉が本当ならば、今まで私が非難していたことは水に流そうと思っている。
私にとって、自分がいたことで良かったと思ってもらいたいという状況というのは、
優れた偉業を成し遂げた人ではない。
友人の数が多い人でもない。
相手の長所と短所を含めた全てをきちんと認知してくれる人。受け入れるというほど重たいものじゃない。
時々相手が大嫌いになることもあるが、
その人がいれば、自分も頑張ろう、相手の為に自然に動こうと思える人。
私と相手が読んでいる本、私と相手がツイートしている内容、私と相手が着ている服。。。
時には互いに気に入らないこともあるだろうけど、
しなやかさを保ちながら前進できる空間を共有できること。
すれ違ったら、チューンを合わせ直すことができること。
思っているだけで、なかなか進歩していないけどね。
ただ、この手の著名人は舌先三寸で人格者的な言葉を綴るのが非常に長けている。
実際のビジネスの薄汚さと、ブログで綴る美しさには大きな乖離があり、世の中の消費者はそれらに騙されることが往々にしてある。
私はあなたの今日の言葉をとりあえず真正面から受け止め、陰ながら今後の活躍を祈りたい。
そして、私が言うところの「下流食いビジネスマン」として成り下がらないことを願う。
いつか再び昨年夏に受講した英語講座のような形で、接点があるかもしれない。
それまでに、私も次のチャンスをあたためていきたい。
テキストサイト時代やブログ時代は情報を発信する人間はウェブマスターに限られ、彼ら同士のガチンコタイマンバトルが基本だった。
twitterは信教の異なる人間をブロックして切断することが容易になったので、そうしたタイマンバトルはほぼ見なくなった。
全ての人間が情報を発信できるようになったが、彼らは平等ではなく教祖(いわゆる旧来のウェブマスター)と信者(いわゆる旧来の読者が可視化された存在)とに大分される。
小さな歪み、小競り合いがなくなったかわりに、クラスタ=信仰同士の大きな歪みが生まれだした。小さなカルト宗教が乱立しているような状態。
教祖が異端者に攻撃するとフォロワーの信者たちが無慈悲な追加攻撃を加え、個人レベルの相手ならたちまち潰されネットの藻屑となる。個人で教祖に噛み付くのは自殺行為。
そして教祖クラス同士の戦いが起きることもあるが、基本的に決着がつかない。
教祖に付き従う狂信者たちは、いくら教祖の誤りを論理的に正されたところで、今まで作り上げてきたコミュニティを捨ててまで信教を変えることはできないから。
そういうところも実に宗教に良く似ている。
旧来宗教ではお布施により巨大な寺院を建てることで権威の象徴としたが、ネット時代の宗教は可視化された信者数、フォロワー数それ自体が教祖に権威を与えるため搾取構造はない。
どうしてこの話題になると「何をやっても無駄だから抵抗はやめよう」なんて敗北主義者が跋扈するんだろう。もしかして規制推進派が匿名で煽ってんのか?
少なくとも推進側にそういう論調の人間一人も居ないでしょ。「条例で規制しても無駄だから規制なんてばかげた事はやめよう」なんて言う人ゼロでしょ。そういう戦略で条例改正目前までいけてるわけでしょ。それなら反対派、敗北主義的な論調は一切廃して「よしじゃあ今からお前ら全員俺たちの敵な!」とガチンコでぶつかるしかないでしょ。
つか、はてサとかサヨクとか似非リベラルとか今一体何やってんの?権力者が妄執に駆られて人民の権利を制限しようって一大事だろ?お得意のデモとか企画しないの?
これまで誰かと(それなりに長い期間)付き合った経験はある?
そういうものを超えて、ある意味親兄弟よりも精神的に深い関係を構築しようとすると、お互いの汚い部分や弱い部分をガチンコで衝突させる必要が出てくる。
それらを一つ一つ消化していって、その上で安定した関係を築くという経験は、他ではなかなか得られないと思うよ。
もちろん全てのカップルがそういう経験をするとは限らないけど。
そういうのを超えた先にある安心感のようなものはホント凄いよ。
共依存みたいな病的なものじゃなくて、必ずしもいつも一緒にいるわけじゃなく、お互いより優先するものがあることもあるけど、それでも呼べば必ずそこに相手がいると確信できる安心感。
もちろん人間だから、そうやって苦労して構築したものですらある日壊れてしまう可能性はある。
でもそういった不確実性すら受け入れられるようになる。上手く言えないけど。