はてなキーワード: ガソリンスタンドとは
この間ドライブで街の真ん中を流れている川の上流の方へ行ったんだ
川の上流にはキャンプ施設とかダムがあるんだけど、そこに向かう山道をしばらく登ったところの途中のトンネルを抜けたら、
急に真新しい家々が立ち並んだ風景が目の前に広がった
道沿いにはコンビニがあって、小学校もあって、子供たちがちょうど下校する時間らしくて、子供がたくさん歩いてる
妙に街全体に若々しい印象を持った
でもかなりの山の中なんだよ
その場所に行くまでには、もう寂れたガソリンスタンドとか、畑みたいのがずっと続く場所があって、
片側が壁みたいになってるせまい山道をずっと登ってくる必要があって、トンネルもあって、
正直どうしてこんなところにこの人たちは家を持とうと思ったんだろうと疑問を持った
小学校ができるくらいの数の若い世帯がこの場所には暮らしている
Twitterで「ガソリンの値段が円高反映してない。ガソリンスタンド儲けすぎ。」みたいなのを見かけたので書くけど、はっきりいってガソリンスタンドなんてもんが儲かるわけねえだろと。
ガソリンの販売価格なんて元売りの卸値と税金で決まってるようなもんだ。リッターあたりの利益なんて10円もないわ。儲かってるように見えるところは油屋以外の事業やってんだよ。不動産とかガスとかよ。それに文句を言うのはお門違いってもんだろ。大体仕入れた分から捌くんだから、円高だろうがすぐには影響するわけがない。卸値だって決まるのは月イチだし、産油国から直に持ってきてるわけじゃないんだからちょっと考えればわかるだろ。ていうか生活に関わることなんだから暫定税率廃止になったときに勉強しとけと。
まあそれでも安くガソリンが買いたいなら、業転玉メインの商社系スタンドにいけばいい。業転玉についてはまあググれ。別に怪しいもんじゃないから。ただしレギュラーに限った話な。ハイオクは添加剤が色々違うから気になる奴にはあんまりおすすめしない。あとノーブランドのSSも基本的には業転玉。だからビビらずに買えばいい。他よりちょっと安いはずだ。一番安い組み合わせはセルフで業転メインでプリカのところな。ただしプリカはその店が潰れるとたぶんゴミになる。あと、発言権がありそうなデカいところ。カルテルってほどではないが、近隣の他の店より安くしようとするとクレームが入ることがある。小さいところほどその影響を受けやすい。それと、大手元売りの看板出してるところは縛りがきつかったりするから大体安くないぞ。EN○OSとかはかなり厳しい。
わかったらガソリンスタンドに文句言うんじゃなくて元売りに文句言えよな。ったくめんどくせえ。
たまの休みに家に帰ると、両親はとても喜んでくれる。
このあいだの帰省の時も、母は一緒にバーゲンと映画に行こうと言って、つれていってくれた。
父はどうする?と聞くと、俺は買い物はぶっちゃけ○○○○○○(なんと言ったか忘れた。女だらけの買い物は楽しめない、という意味合いだった)だからいいよ。
そう言って、久しぶりの一日休みを犬と過ごす事にしたようだった。
そんな父の夢を見た。
私が平日の仕事の合間にやっている、居酒屋のアルバイトにこっそり面接にくる夢。
私があわてて「とうさん!なにやってるの!」というと、見つかったか!とばつが悪そうな顔をして、私が本当に怒っているのを見るとすごく寂しそうな顔になった。
50になる父は、休日に一年前からガソリンスタンドでバイトを始めた。
母は、2年くらい前から、父の話にあからさまにぶっきらぼうに、冷たく答えるようになった。
母は去年、兄の勤める会社(田舎では給料が良い)で働かせるために、兄に対して父に頭を下げさせた。
兄は母の振る舞いをひどく怒っていた。
両親は私が小さいときからずっと共働きで、母は私が中高の間じゅう、夕方から深夜までパートだった。
父の安月給に対して、三人目の子供が産まれた時、わたしが大学に上がるとき、それでもバイトをしたり職を変えない父に対して、
もう何年も、不満がたまっていたのだという。
でもあの融通が利かなくて
明るいけどプライドの高い父は
寂しさで心がいっぱいになってるんじゃないかな
東北が「米どころ」の地位を確立したのは戦後だという歴史は、意外と知られていない。熱帯原産の商品作物であるコメは、東北では大正期まで収量が低かった。それが変わった背景は、農業技術の進歩もあるが、東京市場の膨張、戦中と敗戦後の食糧増産政策、戦前のコメ供給地だった朝鮮と台湾の分離などである。こうして東北は、米・野菜・水産物などの東京への供給地となった。
また東北は、東京への低廉な労働力の供給地だった。高度成長期の集団就職や出稼ぎだけでなく、高卒農村女性を始めとした低賃金の非正規労働者の存在が、下請け部品工場などを東北に誘致する力となった。
さらに東北は、東京への電力の供給地だった。コメが減反に転じ、過疎化が進んだ高度成長末期から、原発と交付金が誘致された。沖縄に基地が集中したように、福島と福井には東京と大阪に電力を供給する原発が集中し、他に産業のない地元の人びとが働いた。こうして穀倉地帯に原発が集中するリスクが生じた。
1990年代以後のグローバリゼーションの中で、一次産品と労働力の供給地としての東北は、アジアとの競争にさらされた。いっそうの過疎化と高齢化、小商店や公共交通機関の衰退が進んだ。点在する小集落から生活物資を買いに行くのも自動車に頼らざるをえなくなり、地域の命綱となったガソリンスタンドも過疎化による経営難で減少している。
今回の震災では、原発事故と電力危機、放射能による農水産物汚染、ガソリン不足と物流停滞、高齢被災者の多さ、部品工場の被災による部品供給網の寸断などが重なった。これらは上記のような地域で震災がおきれば、必然的に発生しうる事態である。これを想定外の複合災害のように東京のメディアが論じるなら、それは地震といえば関東大震災や阪神大震災のような都市型災害しか想定していなかった、無意識の東京中心主義の限界というほかない。
復興も、関東大震災や阪神大震災とは条件が違う。消費地である都市の復興と異なり、生産地の復興は、都市計画や防災を中心に論じても限界がある。また神戸は大阪に隣接して雇用もあり、経済活動の一時移転もできた。だが今回は、2030年までに人口3割減さえ予測されていた過疎地が生産基盤を失った。
復興に水をさしたくはないが、懸念されるのはいっそうの過疎化だ。グローバル資本とグローバルシティーにとって、食料と労働力の供給地は東北である必要はない。20世紀の国内分業で位置を定められてきた東北は、21世紀の国際分業競争の渦中で打撃をうけた。地震と電力供給のリスクがある東北から工場を海外へ移す動向も予想されている。町をまるごと失い、放射能におびえ、仕事と安全の未来もみえない状態が続けば、若者から先に東北を離れてゆく。この現実を直視し、日本の構造と東北の位置を変える意志を東京側も含めて共有せずには、防災都市やエコタウンの構想も新築の過疎地と財政赤字を残すだけに終わりかねず、原発に頼らない地域社会も作れない。
復興の前提は、原発事故の大局的対策だ。放射能漏れを伴う綱渡りの冷却が数ヶ月は続く。放射能の放出は3月より減ったが、再度の大放出の恐れは残っている。政府は矛盾だらけの暫定措置(飲料水の放射能基準値が原発の排水の7倍など)のつぎはぎを超え、さらなる避難拡大や経済的・国際的影響など、あらゆる事態を想定した長期戦略を公表して国民を納得させてほしい。何もしらされずに非常事態になれば、かえってパニックがおきる。「最悪の事態になれば東日本がつぶれる」と発言した菅首相なら、そうした戦略を立てる意志はお持ちと思う。少なくとも「想定外だった」という言葉だけは、世界中の誰も聞きたがってはいない。
震災後には、「がんばれニッポン」という言葉が躍った。だが震災が浮き彫りにしたのは、「ニッポン」の一語で形容するにはあまりに分断されている、近代日本の姿である。
朝日新聞4月28日 あすを探る 思想・歴史 ( via http://twitpic.com/4u59mv )
http://blog.goo.ne.jp/jyoshige/e/e3ad8b0a11acf9c195d542929f8b86d0
>>「これは賃金も同じ。サービスの買い手である国民が値下げしろと言えば下げるしかなく、イヤなら転職するしかない。
>> サービスと価格の折り合ったところに、適正価格が形成されるわけだ。」
一応、転職以外に価格を釣り上げる方法がある。但し、条件が厳しい。
売り手側にいる全員が「(こんな安い価格で買い叩きやがって、俺っちが納得する金額を提示するまで)労働サービスを提供してやらないぞ」と脅す方法である。世間一般にこれは「ストライキ」と呼ばれる。
但しこの方法は、全員の行動が一致してなければ効果がない。(抜け駆けして)労働サービスを提供する人がいれば、そこで終わるのである。
まず最初に、今回の地震と津波に際して早くから支援体制を敷いていただいた
食品メーカーの方々
それを高速も動かない間にも届けてくれた運送関連の方々
販売をしていただいたスーパーの方々
現在も被災地への物資提供・医療支援・ボランティアを続けて頂いている
企業や個人の方には感謝してもしきれません。
未だ満足にインターネットや連絡手段が取れない被災地の方に代わりまして
御礼を申し上げます。
また、地震発生時から燃料不足など困難な状況でありながら
昼夜問わずインフラ復旧の為に当たっていただいた電力水道ガス道路関連の方、
市ガスに関しては現在も名古屋ナンバーや大阪ナンバーなど遠方からも
現在も支援を頂いている状態です。
余震による新たな再点検を求められるといった苦境が続いておりますが
自身の安全も含めて無理を成されないように。
市ガスに関しては仙台の天然ガス施設が被害を受け、新潟からのパイプラインで提供されています。
下水についても今回の津波で破壊されたり電子系統がやられた関係で2~3年は簡易処理しか出来ない状態です。
宮城県に限らず被災地を抱える県の方で処理場が機能してない地域の人は
自分たちは水が使えるからと今までのような使い方をしてしまいますと
疫病が発生する可能性も否定できませんので節水に努めましょう。
津波で下水処理場、ゴミ焼却施設に大きな被害、想像を超える宮城県内各施設の被災状況(2)
下水道復旧は数年かかる見通し 沿岸部に集中、被害深刻
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201104020353.html
>下水管や処理場が復旧しないと、汚水が路上にあふれ疫病を引き起こす恐れすらある。このため新潟、札幌、大阪など自治体の下水道事業者からのべ2600人が応援に駆けつけ、被災状況の調査や簡易処理での復旧の手助けをしている。
過ちを繰り返さない為に。
私が住んでいた地域は幸いにも地震から2日後という
早期に電気の復旧が行われた為、
手元にあったIS01のワンセグテレビと充電池でギリギリ間に合わない程度で
情報難民にならずに済んだという綱渡り的状態だった。
その間もワンセグで見ていた、地震だ!津波だ!何人が死んだ!
在京キー局主体報道が並ぶ。
そして思った。
それを今、報道してどうなるのだ、人一人も助けられないじゃないか。
家族や親戚が居ても津波の被災地に行く手段は無いのだ。
津波による第一報の大切さはわかる。
でも、それが終わったら次の事を考えなきゃいけない。
死ななかった人の命を如何に助けるかだ。
まずは
車での移動はしないでください、
不要不急な人には売らないでくださいとマスメディアは伝えるべきだった。
緊急車両だけに、と。
更に30分歩いて帰宅していった。
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自宅の電気が13日夜に復旧した翌日の14日、
電気が復旧したテレビで見た情報が計画停電発表による東京での買い占め、
計画停電の影響で弁当やパンなどがいつも以上に売れる事は別におかしくないと
最初、連日の報道に何やってんだかという呆れがあったが
次の瞬間、恐ろしさに気づいた。
そのガソリンや軽油が届かない事で間接的に救える人を殺しているのではないかと。
共に千葉のコンビナートが被害を受けたことによる需給バランスが崩れた為だ、
それにすぐ届く訳じゃないと思いながら軽い怒りと
地震が起きる前に石油精製の設備が余ってるという情報を報道で知っていたから
どちらなんだろうという不安が感じた事を憶えている。
後に撮影した写真を確認しながらに
仙台でも地震発生後に冷静さを失い
自分が良ければ、家族は大丈夫だろうかという感覚で
間接的に人を殺したかもしれないという意味では
仙台も同じだなと人の事言えないじゃないか思い直した。
仙台港石油コンビナート鎮火 「在庫配分、被災地優先」宮城知事
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1062/20110316_39.htm
この15日緊急車両優先と宮城県知事が指示するまで
仙台で起きた事は地震発生翌日後ガソリンスタンドが自主的に行なった
一般車ガソリン5L10L規制+
整理券受け取りまで朝方から4時間待ちで受け取り午後3時といった
自主規制だった。
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次に重要なのが生活情報だ。
給水車は何処に出てますと行った情報もテレビのL字に載り始めたのが13日か14日
後に知ったがラジオの方が生活情報を流すまで早かったとの事。
そして情報を得る為に重要な電池。
準備はしていたつもりが充電池の自己放電で3セットの内1セット、
しかも半分程度しか残量が残っていなかった。
これが今回の最大の危機であり、認識の甘さが露呈した格好となった。
頑張れ日本、がんばろう日本と言い出したのは3月20日
http://woman.infoseek.co.jp/news/entertainment/story.html?q=20110320hochi169
http://mainichi.jp/select/biz/bizbuz/news/20110320dog00m020025000c.html
ACジャパンのサッカー編はYoutubeの日付を見ると22日
http://www.youtube.com/watch?v=Pre2YcOROnk
ACが新CM制作!SMAP、長友ら出演
http://www.sanspo.com/geino/news/110324/gnj1103240505012-n2.htm
http://weblog.hochi.co.jp/tajihouronn/2011/03/post-8942.html
>青葉区の北仙台のあるスタンドで前日の夜9時から並んだ男性は、
>翌朝7時半の開店と同時に10リットル制限の給油に成功。
>しかし、11時前には完売となりました。
>この日給油ができたのは約300台。
>後続の200台以上の人々は徒労に終わりました。
仙台の物資状況 3月21日
http://ffxi.no-blog.jp/2008/2011/03/post_d3bf.html
仙台の物資状況(震災から2週間
http://ffxi.no-blog.jp/2008/2011/03/15_d5e5.html
>昨日3/26のスーパー (市中心部からバスで20分ほどの周辺部)
POPからみるにミヤギ生協です。
ミヤギ生協はそれでも全国から商品をかき集めていて商品が充実してる方でした。
高速が一般開放された3月24日がターニングポイントで3月26日から商品が徐々に入ってきました。
それまでは大根一本300円、キャベツ600円、タマゴ400円といった状態です。
それでも商品が買えた仙台はまだ良い方です。
この頃、津波の被害を受けた被災地は悲惨です、
仮にお金があっても禄に買う所も水も電気もガスもありません。
それで計画停電したから東京目線でがんばろう日本、頑張れ日本なんて言ったら
被災地は見捨てられたと思うでしょう。
それ以前にがんばろう日本、頑張れ日本って誰に言ってるの?
食事も無く、ろくに暖房もなく、薬もガソリンが無く届かなくて
避難所だけで30人以上亡くなってるのに。
被災者に頑張れって言うの?命を繋ぐ事に精一杯なのに
頑張れる人はもう限界まで頑張ってのに。
意味が分からないよ。といった状態でした。
そんな状態で頑張れなんて言われたら鬱状態になり、
下のような言葉が被災者から出てくるのは仕方がないじゃないですか。
それなのに
>何でこんな態度でかいの?鬱病つーかただのクズ
とか、他にも叩くような事がはてブに書かれています。
はてブで書けるなって、
人として本当のクズをはてブでこれだけの数同時に見るとは思いませんでした、
ただただ怒りしか湧いてきません。
「『頑張って』と言わないで…」被災地からの悲痛な声。
http://www.excite.co.jp/News/entertainment_g/20110320/Techinsight_20110320_50513.html
>3月19日の『ニュース 深読み』(NHK総合)では、被災者から次のようなコメントが寄せられた。
>「電気が復旧し、避難所から自宅を片付けるため家に戻った。あまりの惨状に呆然としていると
>テレビから、“頑張ってください。”との声がしてきた。何度も何度も。
>“これ以上、どうやって頑張るの?”と悲しくなった。」
>「“頑張ってください。”って言葉を聞くたびに、落ち込んでしまいます。」
頑張れとか復興とかって、多分、今言うことじゃない。
http://anond.hatelabo.jp/20110407001402
>すげぇ言われてるんだけど、CMとかで、頑張れ頑張れとか。
>ちょっと気を許すと、「一緒に頑張ろう!1人じゃない!」とか言うわけ。
>いや、おまえら家あるじゃん?そのCM撮ったら家帰ってるじゃんって。
>仕事もあるじゃんって。
>「正直、不幸になってくれたら嬉しい」
>と言われた。
CMについて思っていた気持ちを書いてくれたID:nakamurabashiさんの記事です、
これを読んで今回の事を書く気になりました。
[雑文]なんかいろいろおかしいなーと思った話
http://d.hatena.ne.jp/nakamurabashi/20110410/1302373143
>なんていうのか「だれが」「だれに向けて」「なんのために」言ってのかまったくわからなかった。
>あれ、サッカーの日本代表応援してても同じじゃねえかな、って。
>で、さっき不意に気づいた。まず、被災地の人たちはがんばれない。がんばれるわけない。
>だって、家とかなくなって、体育館とかで暮らしてて、がんばれるはずないじゃん。
>じゃあ「がんばれ」のメッセージはそれ以外の人たちに向けられている、と考えられるんだけど、
>じゃあ、あの大量のがんばれ日本とか強いぞ日本とか団結は日本の力って、いったいなんなんだろう。
>ふつうの人たちのがんばりの許容量を超えたがんばれメッセージだけが大量に出回ってる。
>善意搾り出さなきゃいけないってことか。そうやって搾り出された善意どこ行くん。千羽鶴作ればいいん?
この時期に必要な言葉は被災者に向けてなら
いつになったらこの状況を抜け出せるのかという希望です。
頑張ろうという言葉も最低でも食、衣食住が足りて
そして被災者、被災地域の方からの声として出るべき言葉であって
その地域以外からの頑張ろうの強制ではないはずです。
被災地域以外であれば酷い被害状況ですが、
今も命の危険に晒されてながらも助けられる命があるのです、
その命を助ける為にも〇〇日まで我慢してください。というべきだったはずです。
また、どんなに平凡な表現であっても伝えるべき言葉は
頑張れ日本やがんばろう日本、日本の力を信じてるではなかったはずです。
フジテレビがひとつになろうと言ったって情報共有が成されなければ
その言葉だけでは思いをひとつになんかなれないのです。
日本の力を信じてるという意味のない言葉より
まだテレ朝がテレビで、日テレがホームページで言ってるつながろう日本の方がまだ伝わります。
「被災に遭っても頑張ってる姿、助け合う姿、必死に生きようとする姿に感動しました」
「過酷な状況なのに物資の奪い合いも強盗盗難の類も少ない」
何を言ってるんですか、非常に厳しい状態でこれ以上誰も死んで欲しくないと
命があるだけでいいのです。
私も今回の震災で叔父を亡くしました。
今、命がある被災者を全力で支えることができるのは生きて無事な人間だけじゃないですか
被災者を頑張れる環境まで持っていく事が今できる我々の責任じゃないんですか。
死んでしまったらどうしようもないんです、取り返しは効かないんです。
また日本では同じように大震災といわれる事が起きるでしょう。
その状況の時に今回と同じ事を繰り返してはいけないのです。
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備蓄について
今回の地震で分かった事は在庫を抱え込まないかんばん方式やコンビニの単品管理に代表される
今回は地震が起きた時が午後3時に近い頃でまずはみんなが自宅に帰宅して
家族の安否確認をすることに必死で何かを買って帰ろうという余裕も無く、
停電したことから店側の準備も整ってなかったことから
長蛇の列が出来ることになる。
イオンやヨークベニマル(イトーヨーカドー系列)などは2時間待ちにもなり、
開店している店の商品は一日で底を突く。
更に翌日は開くかどうかもわからない店に皆が並び店員が大慌てで
仕方ないとばかりに繰り上げ開店を行い、商品は消えていった。
まるで食欲旺盛な大蛇があるだけのエサを丸呑みして行くようだった。
この時に大切なのが
平時に普段、自分の家で消費する一ヶ月分の物を備蓄しておくこと。
そして出来るだけ買い占めなきゃ不安だという気持ちを周りに起こさせない事である。
ちなみに私は自慢じゃないが貧乏だ、貧乏人には貧乏人らしい
備蓄のやり方がある。
その家によって違うと思うが
米なら楽天辺りで30kg買って米びつに一袋分(10kg)+一袋10kgで合計20kgになったら
一袋10kg買い足して20kgを割らないようにするだけでも主食は確保できる。
基本的に精米した米は賞味期限が短い、
3ヶ月も持たないというか食べられなくはないが風味は落ちる、
虫が付くかもしてないと米屋さんなら言うだろう。
また、備蓄向きと思われているインスタントラーメンも賞味期限は一年持たない。
特にフライ麺の賞味期限切れは食あたりの可能性があるので賞味期限は守った方がいいです。
2chのスレなどを見ると麺を茹でてお湯を捨てれば
メーカーが余裕を見て設定してるであろうマージン分3ヶ月ぐらい過ぎても食える的な話もあるが、
災害時で最も重要な水を捨てるという蛮行を働けば下手すりゃ死にかけます。
止めておきましょう。
日清食品 よくお寄せいただくご質問
http://www.nissinfoods.co.jp/utility/customer/faq.html
弊社で販売している製品の賞味期限は通常製造日からカップめんで5ヶ月、袋めんで6ヶ月となっています。
スパゲッティと乾燥大豆は涼しく風通しのいい所に置くと3年間持つので
スパゲッティを500g入り20袋=10kg用意しておくと飽きが起きにくい。
また乾燥大豆はどうしても起きやすい野菜不足やタンパク質不足を解消できる
備蓄のマストアイテムと言ってもいい。
いっそのこと避難所に備蓄して欲しいくらいだ。
イタリア軍の逸話を知ってる人はスパゲッティは水を大量に必要になるじゃないか!
と言うかもしれない。
それはあくまで茹で汁を捨てるという事を前提にしている。
スパゲッティを茹でる時は塩を入れないで茹で汁を味付けし直せば
乾燥大豆は30kg単位で買うのが一番安い。
国産大豆でも1万円、アメリカ産大豆でも6000円程度であることから
お米と変わらないぐらいの安さだ。
30kgを買ってみたが二人分と考えると一合カップで量ると150g程度で二日分になる。=400日
一袋で一年程度、多すぎると感じたら知り合いと分ければいい。
大豆ダイエットで有名な大豆イソフラボンの影響か、大豆を食べて自転車で移動するようになったら
一年で100kg→70kgになった。ダイエットにもおすすめである。
地震があった時点での備蓄は
米が米びつに一袋分(10kg)+一袋10kgで合計20kg
スパゲッティ500g入り25袋 12.5kg
乾燥大豆 10kg程度
賞味期限が切れた いりゴマ1kg5袋=5kg
賞味期限が切れた インスタント味噌汁250個(一袋100個入り)
この賞味期限が切れたものは賞味期限間近の商品を格安で売ってくれる所を
見つけたので買い貯めしていた物だ。
乾物や熟成が見込めるもの、アルミパウチな上調味料なラーメンスープなどであることから
どれも賞味期限が半年は過ぎているので気になる人にはオススメしかねる。
今回の震災を乗り越えられたのもこの備蓄でバリエーションが増やせたから
という気がしないでもない。
災害時は水分も大切だ。
普段は飲まないがお客さんように特売日に100円で買ったジュースも
備蓄してあった。
ただし、炭酸入りだと賞味期限近くなると微炭酸になってしまう、
その点は注意。
バヤリース1.5L×2本
伊藤園天然水ソーダ1.5L×2本
本当ならば給水所ができる3日間に必要なペットボトルの水を準備しておいたほうがいい。
一人当たり一日2Lペットボトル1本が目安だ。
備蓄ではないが他にあった水分は
ヨーグルトを作る為に買って置いた低脂肪牛乳1L×4本
電気ポット(1Lタイプ)+魔法瓶エアーポット(2.2Lタイプ)
うちでは小型の電気ポットで沸かしてエアーポットに入れるようにする事で
保温時の電気を使わないようにしている。
と同時にお湯を移して空になった電気ポットに常に1Lの水を入れておく事で
断水時に最低1Lの水を確保できるようにしている。
LPガスという状況下での苦肉のエコ+災害対策という訳だ。
エアーポットのお湯が温くなれば電気ポットに戻して沸かし直したり、
もう1L沸かしたお湯を入れればいい。
エアーポットは空気が多ければ多いほど冷えやすい、
朝2L入れて徐々に使ってぬるくなったら料理に使ってもいいのだ。
燃料や電池の備蓄について
今回、問題が出たのが電池だった。
準備していた物が単三12本。
しかし、自然放電と昇圧機能のないUSBコネクタ付きバッテリーケース
BP‐1だった為、充電が直前まで使っていた1セット分しか使えなかった。
USB出力付電池ボックス2種を試す 【起】
http://mast.cocolog-nifty.com/main/2010/03/usb-e306.html
電池の備蓄を考えた場合、
エネループか普段使いの100円ショップ充電池+アルカリ乾電池の二択だろう。
電池は時間が経つほど残量が減って行く。
使用推奨年月日が製造から5年の物が多い物を考えると
一年目に5セット買って一年毎に1セットづつ買い換えるという事がよいのではないかと思う。
余震の事を考えるとロウソクよりLEDライトの方が安全だからだ、
http://www.kansai-event.com/kinomayoi/battery/alkaline.html
>上位のほうが消費期限が長い = 製造から日が経っていない。
>という考察もできるのではないでしょうか。
>グラフに載せている「オーム電機(参考) 消費期限04-2005」や
>「富士通7300(参考) 消費期限 08-2003」の電池はかなり性能が落ちています。
燃料の備蓄について
今回、電気が二日後に回復したという奇跡的な状況が起きた事や
地下埋設型のLPガス事で安全ピンが作動する事もなく当日から使えた事が
他の方と比べて非常に楽な展開になったは間違いない。
ガスが使えない状態であったとしたら
+余裕があれば電気があれば使えるIH卓上コンロを準備する必要がある。
必要としてカセットコンロに載る鍋やフライパンのサイズは28cm、
ミニサイズのカセットコンロは18cmが標準的なので注意しよう。
カセットガスは高いので電気が復旧したらIH卓上コンロに切り替えたい所だ。
両方使えるIH対応の物を普段から使っておきたい。
石油ストーブは暖房と料理両方に使える凄い奴。
しかし、備蓄の事を考えるとエアコンがある家は持っていないケースが多いかもしれない。
また、地震での転倒による火災発生などに気をつける必要がある。
灯油に限らずガソリン軽油といった石油類は使わずに一年間置いておくと
劣化してしまい煤が不完全燃焼が発生する可能性がある。
どうやら燃料劣化防止剤スタビルというものがあるらしい。
よく分からないが調べてみてはどうだろうか。
http://minkara.carview.co.jp/userid/355641/car/259411/1470407/parts.aspx
http://item.rakuten.co.jp/yusayusa/10000460/
トイレットペーパーはシングルで12コ入りのものを3セット準備しておくとよい。
これも最低2セットは維持しておくこと。
鼻紙から食器の汚れを拭き取るのにも使える。
水が重要な時に力を発揮する。(特に汁物を食べた時)
備蓄としてはそんなに必要ではないかもしれない。
ダイソーやイオンで売ってる40M巻を2本買って一本維持する形でいい。
水汲み道具の準備
折りたたみの水を入れるウォーターバックみたいなものもありますが
常日頃から水を貯めるということを意識して
ゴミ捨て場に捨ててある4Lの焼酎ペットか20L焼酎が入っていたキュービテナーを保存しましょう。
衛生状態がいいので使いやすいです。
水専用のポリ管を用意してもいいです。
最高気温が20度以上(スプレーで黒く塗っておくと15度以上)
の気温になって晴れの日に4Lペットを日の当たる外に置いておくと
体を洗うのに丁度いい温度になります、一人が全身を洗うには16Lは必要です。
日頃から近くのゴミ捨て場でカンビンペットボトルの日にもらっていきましょう。
4本置いて温まったら翌日が雨でなければ新しく水を入れたペットボトルと交換して置いておきます。
一人当たり8本あるとスムーズに使えます。
これもLPガスが高いから考えついた方法ですが
夏場などで備蓄の水が多く必要になる季節にマッチしています。
テレビで学者さんが言うには一日10%ぐらい下がる的な事を言ってたので
それ対策と地震後に白濁が発生しやすいので
それを避ける為に貯め水用としても4Lペットは便利です。
ですが、大きすぎて蛇口から水を入れられない場合があります。
その場合は醤油などに使われている取っ手付き1.8Lペットに入れてから移すか
瞬間湯沸かし器の目盛を水にして入れましょう。
津波や計画避難など家を離れなければいけなくなった時に持って行けるもの
リュックサック一つ分と考えたほうがいい。
数日分の着替え、500mlペット2本、クッキーや飴玉などの最低限の食料
貴重品、モバイル機器 歯ブラシ等衛生用品 トイレットペーパー1個 ゴミ袋
赤ちゃんのおしりふき(体を拭く為) 使い捨てマスク トランプや双六、ポータブル将棋
皮手袋 軍手
他にもあるかもしれないので教えて欲しい。
軽登山に必要なものを参考にするといいかもしれない。
スーパーはコンビニの一週間以上早く商品が入荷し始めたのに比べて
更にチェーン毎の復旧度合が明らかに違ったのだ。
具体的に書くと
スーパーの開店情報については河北新報で17日から掲載されるようになってきているが
26日時点で
ローソン 食品なし
ファミリーマート 山崎の菓子パン(コッペパン、ソーセージパン)、東洋水産の緑のたぬき・赤いきつねのみ
セブンイレブン おにぎり、賞味期限が長い弁当(4日間ぐらい)業務用の牛乳、タマゴ、食パン
また最小ロットを1個からという必要な分を必要な分だけ
送る為には合同配送センターが必要となり
スーパーのように箱買いで直に送ってもらう事ができない構造が
立ち遅れを招いたと見ている。
スーパーには惣菜加工のキッチンが付いてることから
原材料が手に入れば加工出来てる違い
けれども私にできることは少ない。目下のところお金を送ることと、考えることしかない。お金は送った。けっこう懐が痛いほど送った。だから、あれこれ考えることを、どうか許してほしい。
考えているのは、こんなことだ。
「私たちは後の世代のために、M9.0に耐える準備をするべきなのか?」
今回の災害は1000年に一度、あるいは数百年に一度の規模だと言われる。おそらく私たちが生きているうちにもう一度遭遇するかしないかのレベルの災害だと思う。
私たちはおそらく、復興と言えるものを成し遂げることが「できてしまう」だろう。がれきを片付けて家や道路や鉄道を作り直す。それだけだ。みせかけの復興だ。けれども復興は復興だ。「やった。復興した。我々は自然災害に打ち勝ったのだ」と、そう言って災害のことを忘れてしまうことができるだろう。
私たちが天国に行ったあと、きっと津波がまた来るだろう。家や道路や鉄道が砕かれるだろう。原子力発電所から放射性物質が流れてくるだろう。大勢の人が亡くなるだろう。経済が止まり、職を失う人も大勢でるだろう。今回と同規模以上の悲惨なことが起きるだろう。
なんていうことだ。私たちが東京電力に吐いている言葉が、実はブーメランだったのだ。きっと私たちの身体を天国で切り裂くだろう。
残念なことだが、このままずるずると時計の針が進んでしまえば、きっとそうなると思う。それがいやなら、私たちはやり方を変えなくてはならない。
放射線の危険はいやというほどもう知ってしまった。だからすべての原子力発電所を閉鎖しなければならない。放射線の害からもう完全にさようなら、をしなければならない。安定した電力供給のため東西周波数の統一も必要だ。代替エネルギーの開発だって必要だ。安くて良い代わりのモノは今のところ存在しないが、それでも原子力とは手を切らなければいけない。
あの巨大な防波堤でも太刀打ちできなかったのだ。コンクリートで津波を防ぐのは無理と知ったのだ。もう海岸沿いの低地への居住は許されてはならない。
自治体の庁舎がつぶれることは、もうあってはならない。道路網も鉄道網も、より一層強い耐震強化が必要だ。
津波に砕かれた持ち家の住宅ローンを払いつづけなければならない人たちがいる。地震保険なしに住宅を建ててはいけない、という法律が必要だったのだ。ガソリンスタンドから油が消えた。非常時には一般車への給油を規制する、という法律が必要だったのだ。孤立した集落が問題になった。だから人の集まるところに必ず衛星携帯電話を置かなくてはならない、という法律が必要だったのだ。あの日、被災地も東京も通信が麻痺した。あの日のレベルに耐えるための準備が必要だったのだ。いくつもいくつもある。
それらすべての課題を克服しなければ、真の復興と呼べない。少なくとも私は、真の復興と呼びたくない。
だが、そのためには、私たちの財布からそれなりのお金を出さなければならない。金持ちから金をむしり取るだけでは済まないだろうし、薄く広い増税どころでは済む話でもなさそうだ。次の世代のことを思えば国債の発行は論外だ。厚く広い増税が必要だろう。電気料金が上がるだろう。物価が上がるだろう。当然の帰結として、生活は苦しくなるだろう。かなりの苦しいものになるだろう。リーマン・ショックがさざ波に見えるほどの不景気がやってくるだろう。
お金だけの闘いじゃない。強い政治家を育てなくてはならない。スキャンダルを狙うだけの野党も、ばら撒きしかできない与党も役にはたたないのだと、いやほど知ってしまったのだから。私たちは強い政治家が育つ文化を作らなくてはならない。もうスキャンダルに喜んではならない。ばら撒きにだまされてはならない。パフォーマンスに踊らされてはいけない。ウチの地域のために仕事をしてくれる、という人を選んではいけない。茶々を入れるだけのメディアを切り捨てなければいけない。私たちは、政治家の責任は我々の責任だという事実を受け入れなければならない。政治家の決断は我々の決断だという事実を受け入れなければならない。そうしなければ強い政治家は育たない。育てなければ、私たちは何も成し遂げられない。
残された放射性物質の管理のために、原子力技術者を育て続けなくてはならない。しかも、これから何十年、何百年と続けなくてはならない。消えゆく技術のエンジニアになるほど寂しい人生はない。けれども私たちは、若い優秀な人材を差し出しつづけなければならない。人身御供のように。
なによりも、生まれた街にもう住めないという苦しみを、被災地の(とりわけ海岸沿いの)人々に強いなければならない。
でも、後の世代がM9.0に耐えるためには仕方がない。
もちろん、すべてをやるべきかどうかは議論の余地があると思う。でも、それはまず私たちが
「私たちは後の世代のために、M9.0に耐える準備をするべきなのか?」
これに対して Yes あるいは No かを、決めなければならない。
Yes とも No ともつかぬまま進んではいけない。では、どうやって決めるか? 選挙だ。幸運なことに私たちは選挙というシステムを持っている。これしかない。今この手段を使わずにどうするというのか?
そして Yes が選ばれて欲しい、と強く願っている。それも、私たちにかなり辛い義務を強いる Yes であってほしいと思う。私は、真の復興のために人生を捧げたいのだ。
買い込み辞めようと言うが、買う奴は止められない
止められるわけないだろうが
止められる奴で努力して、止められないやつを含めた最善策を考えればいい
買わせとけばいいじゃん
人に押し付けんなよ!気持ち悪い
善意を押しつけるな
反吐がでる
後ガソリンな
ガソリンは買いだめできねんだよ!
そいつらがただ並んでるだけだよ
経済停滞しないため頑張ってんだよ
おれは仕事で車使ってるけど、買いだめなんかしてねえよ
どうやって買いだめるんだよ
ポリタンク持っていってもガソリンスタンドは売ってくれねえんだよ
馬鹿がうわさだけで話広めてるだけ
今日は車のってたら、
わざとな
なんだこれ
車乗ってるやつは悪みたいな流れ
うける
ネットが繋がってたんで情報集めてたけど、なんか今はどーでもいい話ばっかりだ。
悲しい話も泣ける話も怒れる話も恐れる話も、全ては今この状況を生き抜いて、それからでいいやと思ってるし、まわりの皆もそう思ってる。
ぶしつけだけど、地震発生から今に至るまでの流れを書いていこうと思う、こういうケースもあったよってことで、今後の参考になればいいな。色々ありすぎたんで、出来る限り簡潔に書きたいんけど、よくわからんかったらごめん。仙台在住の会社員の場合
■3/11以前
地震発生の4日前くらいから、大小あれど地震が多発していた。地震にもだいぶ慣れてしまって、ちょっと揺れたくらいではなんとも思わなくなっていた。
■3/11
その日も忙しく仕事をしていた。14:46(らしいな)に大地震が発生。最初は「揺れる揺れる」とケタケタ笑っていたが、尋常ではない揺れと長さに社長が「逃げろ!」と一喝、書類棚からは中身がぼんぼん飛び出している。あまりの揺れに立つことさえ難しかったので、手すりを使って飛び降りるように階段を降りた。会社がビルの6階にあるので、降りてる途中でビルが潰れて死んでしまうんじゃないか、と思った。ようやくビルを出て、市営バスの広大な駐車場に避難する。同僚たちと「やー恐かったねー揺れたねー」なんて言いながら笑っていた。辺りを見るとビルやマンション、止まっていたバスがコンニャクのように揺れていた。新幹線は線路の途中で止まっていたし、SS30(なんか仙台では高い方のビルね)のアンテナがボッキリと折れていた。社長や上司に「宮城県沖地震と比べてどっちがヤバい?」と聞くと「今回の方がヤバい」と言っていた。揺れが収まってから会社に戻り、防寒具、貴重品、飴玉やお菓子を運びだした。電話も何も繋がらないので、お客さんと連絡が取れるはずもなく、津波が街まで到達するという知らせをパトカーから聞いたので、今日は解散ということに。社長の「明日はいつもお通り出社して片付け方すっとわ、そんじゃみんな気つけてけえってな」という言葉で僕らは散った。その日僕は車で出社していたので、車を停めていたヨドバシカメラの立駐に向かった。停電のために料金所が使えず、無料で出庫することが出来た。しかしながら、道路はかつて見たこともないような大渋滞で、とても車で帰れるような状況ではなかった。自宅の方向が一緒の上司と歩いて帰ることにした。発電機が付いた信号以外は全部止まっていたので、輪をかけて渋滞がひどくなっていた。日本革新党連合会という右翼の街宣車が自慢の拡声器で交通整理をしていた、ちょっと泣けた。やっとこさNHK前までたどり着き、街頭テレビをみると、津波が漁村をさらう映像、製鉄所が轟々と燃えている映像、とても信じられない禍々しい映像が映っていた。この時はじめて自分たちがどんな状況かわかった。またしばらく歩く。歩行者の列の中、泣き叫ぶ赤ちゃんを抱えたお母さんがいて、周りの人が赤ちゃんに毛布を掛け直してあげたり、フードを深く被せてあげたりしてお母さんを助けてあげていた。仙台泉線という道路をひた歩いた。通りに面している建物は本当に悲惨だった、車屋の窓は割れ落ち、マンションのレンガ風の壁が崩れ落ち、歩道は隆起して歩くのが困難だった。ふと一人のおばあちゃんが、僕らに声をかけてきた。なんでも旦那さんがいる老人ホームに行きたいのだが、道に迷ってしまったようなのだ。上司と僕で老人ホームを探して、職員さんに事情を説明しておばあちゃんを保護してもらった。またとぼとぼと道を歩く、その時はだいたい17:00頃で、場所は虹の丘というところを歩いていた。後ろから上司を呼ぶ声がする、上司の息子の同級生が僕らを見つけたので、車で送ってくれるということらしい。仙台駅から8kmほど歩いただろうか、膝も腰も股関節もヘロヘロ、昼飯も少なかったから疲労困憊だったから、すごくありがたかった。上司の家に着いて、玄関を開ける。中は酷い有様だった。まず靴箱が倒れていて中に入れない。隙間をくぐり抜けて中に入ると、引越しでもしたのか?と思うほどにタンスはずれて、食器は床に散らばっている。家の中に奥さんがいないことを確かめると、周辺の捜索を開始した。もちろん携帯は使えない、仲の良いご近所さんのところにもいない、車もない。上司は途方にくれていた。避難所にいるのではないかと思って小学校に行っても、まだ小学校が避難所としてすら使われていなかった。集まっていた人々は口々に「あんなに会議したり予算割いたりしたのに対応が遅すぎるよ、なにやってるの」と不満を漏らしていた。いよいよ不安になって上司宅に戻ると、ご近所さんを見つけた。上司の奥さんや家族と一緒に駐車場の端っこで、車の中でエンジン焚いて非難している、とのことだった。再会した上司と奥さんは、やれ書き置きしろだの、そんな暇ねぇだのと喧嘩をしていた。まぁ生きててよかったじゃん。そこからは上司の車で家に送ってもらった。車中で「明日仕事行けるっすかね?」と聞くと、奥さんに「なにいってんの!行けるわけ無いでしょ!」と言われた。続けて「仙台空港だって津波に飲み込まれてんだよ!」と。正直耳を疑ったが、カーナビのテレビをみると、本当に仙台空港が飲み込まれていた。愕然としたが、今まず自分が生きることで本当に精一杯だ。この先何を食って、どう生きるか、そればかり考えていた。やっとこさ家につく。時間にして19:00頃だろうか。一寸先はどうなっているかわからない最中に送ってくれた上司には頭が下がった。家も家族も無事だった。唯一、警官の兄が帰ってきていなかったが、無理もない。両親はろうそくを灯してラジオを聞きながらソファに横になっている。地震後すぐに片付けをしたらしく、家の中はそんなにぐちゃぐちゃになってはいなかった。この時までは、まだ水道とガスは来ていたが、それから2時間ほどでその2つとも供給は止まった。停電で冷蔵庫が使えないので、残っていたアイスを溶ける前に全部食べた、この日の晩飯はこれで終えた。自分の部屋の本棚やギター、パソコンのモニターが倒れている。この部屋にいたらきっと怪我をしていたことだろう。今後高い本棚を使うことはやめよう、そう思った。当時、情報を得る手段がラジオとツイッターしかなかった。携帯は電池が切れるし、電気が来てないので、充電のしようもない。車なら充電できるし、テレビも見られるし、エアコンで暖も取れる。そうしてエンジンを焚きながら携帯電話を充電した。他の家でも皆そうしていたようだ、おそらく皆この日に結構な量のガソリンを無駄にしたはずだ。車内でツイッターを使い、連絡が取れる範囲の人とは連絡をとった。十分に充電をしてから、この日はリビングに布団をしいて寝た。
■3/12
7:30ころ、両親たちの支度の音で目覚める。父は出勤で、母は介護施設に預けられる。父の車に便乗して出社することにする。この日は道もさほど混んでおらず、ストレスなく走ることができた。しかしながら道路の状態はひどい、アスファルトが隆起し、ひび割れて飛び出し、橋のつなぎ目は例外なくずれ、その度車を突き上げていた。周りでは緊急車両が忙しく走り回っている。街中の交差点では警官が交通整理をしていた。父曰く倉庫にしまわれていた新車両のパトカーも投入されていたらしい。父が勤める署内も人員が遺体回収に駆りだされ、人は少なかったようだ。つまり、今の宮城県警は非常に手薄だということだ。程なく会社に着いたが同僚は誰もいない。上司に連絡するも「ん、こなくてもよくなったんだわ」とのこと。せっかく来たのに。。。と思いつつ、昨日置き去りにした車を回収する。すでにコンビニや携帯充電所には長蛇の列が出来ている。しかし、いずれのコンビニも開店している様子はなかった。開くかもわからないコンビニの前に、長蛇の列が出来ていた。ご苦労なこった、と思いつつ、家路についた。家に帰ると少し様子が違う。電子機器のキーンという音がした。電気が復旧したいたのだ。冷蔵庫も電子レンジも炊飯器もポットもテレビも使える!そう思ってテレビをつけたが、我が家はケーブル回線を使っているため、テレビを見ることができなかった。まぁ、飯が炊けるだけ全然ましだ、と少し安心し、することもないので昼寝をする。昼寝から起きると両親が帰ってきていた。両親の晩飯は昨日ひねり出しておいた水で米を炊き、だるまストーブで温めた味噌汁を、僕は買い置きしてあったカップ麺を食べた。食後、会社にカップ麺を備蓄していたことを思い出し、回収しに行くが施錠されてしまい、カードキーも使える状態になく中にはいることができなかった。そうしてこの日は終わった。
■3/13
この日はだいぶ暖かかった。月曜から出社する。という話になっていたので、社員間で連絡をとりあうという事になったが、やはり連絡が取れなくなる人がいた。取引先がパソコンと僕達ごと東京にさらって仕事をさせようとしている、なんて不穏な話があったので、どういう事なのか聞き出したく会社に行くことにした。もちろん誰もいなかったので、近くに住んでいる役員の家に直接行くことにした。程なくして役員がやってきて、「○○さんと〇〇さんの家に行って出社の旨伝えてくる」「じゃあ俺は〇〇さんと〇〇さんとこ行ってくるわ」と打ち合わせをして、それぞれ足で人を探し回った。昨日とは打って変わって道路は大渋滞。スーパー、コンビニ、ガソリンスタンドには凄まじい行列ができている、どんなに小さな店でも必ず人が並んでいる。幸いバイクで動いていたので渋滞に悩まされることはなく、それぞれの同僚の家を回っていく。家を訪問するたびに「水はあるかい?ごはんはあるかい?家にまだ水があるから持って行きなさい、お菓子もあげるから」といろんなものをもらった。物乞いするつもりは全くないし、荷物が多いと動きが鈍るので多少困ったが、ありがたくいただくことにした、非常にありがたく、申し訳なく思った。福田町、というところに住む同僚のマンションに行く途中、45号線を走った。テレビでよく見た七ヶ浜の石油コンビナートの煙が見える。下から見上げる黒煙は、テレビで見るよりもずっと巨大だった。結局その福田町に住む同僚は留守にしてあり、申し送りすることはできなくなった。バイクはガソリンを使いきり、リザーブも残り僅かのところでぎりぎり帰宅することができた。下手にガソリンを使い切るものではなかった。。。電話回線は徐々に回復しているものの、自宅ではまともに受信できなかった。山一つ高いとなりの団地まで移動すると快調に電波が入ったため、そこの空き地でしばらくツイッターやメールなどをして連絡を取り合った。その日の夜、高校の先輩からメールが入った。ガソリンが無いので余っていたら実家まで送ってほしい、ということだった。場所が若林の古城、という所だったため、命に関わるかもしれない、と思い迎えに行くことにした。そうして国道4号線沿いにある先輩の住むマンションに到着した。津波が近くまで到達したことを伺わせるように、外は磯の臭いをさせていた。マンション内はところどころ天井が崩落しており、危険な状態だった。ひとまず先輩を預かり、実家である富谷町まで移送した。帰り道、片田舎にあるガソリンスタンドに目をやると、夜中の11時にもかかわらず2km程の渋滞ができている。みな翌日の開店を待って行列をなしていた。それほどまでに、皆ガソリンに困っているのだ。家に帰って程なくすると、兄が大地震以来はじめて帰ってきた。荷物をとりに戻ったのだという。どうやら兄は南署管内の本部にいるらしく、大変忙しいのだそうだ。「コンビニ、ガソリンスタンドでは暴動、略奪が起きている。通報が無いだけでいろんなところで起こっているから気をつけるように」と言われた。加えて「テレビとかラジオでは荒浜に2~300の死体って言ってるけど、そんなもんじゃねーからな、1000は余裕で超えるぞ」とも言われた。報道やネットでは綺麗な部分しか出ず、礼儀正しい、とか、皆冷静だ、と言うが、実際はそうでもない。避難所では大人が子供の食料をひったくり、灯油やガスボンベから目を話したスキに盗まれた、という話もこの日に多く耳にした。風呂に入らぬまま3日目となり、体はベタベタ、髪にワックスも付けてないのに自由自在にスタイリングが出来るようになっていた。パンツも変えていなかったので久々にパンツをかえることにした。不潔な状態でも大分慣れたが、さすがに辛い状況ではある。
■3/14
この日は出社日だった。2名を除く社員13名が揃った。それぞれ、家族の安否や地震後どのように過ごしたか、スーパーの情報や給水所の情報、ライフラインの復旧状況などを話し合っていた。それぞれ親類が漁村に住んでおり、連絡がいまだに取れないなどの不安を抱えながらも、冗談など言い合いって気丈に笑っていた。取引先との連絡も取れ始め、ほとんどの案件が震災で中止になったが、スーパーの広告だけは違った。3/25折込のチラシを打つとかなんとかで、制作することになったらしい。広告なんて打たなくても客が来る今、被災者である僕らがこのチラシを作るのはおかしいだろ、そこに載ってる商品、ホントは俺達が欲しいのに、なんて苦笑いをしながら「ま、仕事は仕事だから」と言ってスケジュールを組んでいた。忍耐強いのか、ただの奴隷なのかよくわからないけど、この震災を生き抜いて、生活を立て直すには今の仕事を守るしか無いのだと、そう思った。職場の周りは電気と水道が通り、そこかしこで炊き出しが行われていた。と言っても、もちろんお金はかかる。皆行列を作っておにぎりを買ったりしていた。上司がたまたま仕込み中の店を見つけ、一番乗りで150円のカレーを食べることができた。ルーがすごく緩かったけど、とても美味しかった。行列をつくっているとなりの店を尻目にカレーを食べていると指を刺されたり、じっと見られてすごく居心地は悪かった。ここ数日、袋を持って歩いているだけで、じっと見られることが多くなっていた。この地に住む誰もが行列や順番待ちに飽き飽きして、一様に殺気立っているのを感じる、もちろん、これを書いている今も。家に帰って、ダメもとでテレビをつけると、綺麗に映像が映し出された。ケーブル回線が復旧したようだ。あまりの嬉しさに僕は叫んだ。大地震があった日以来、大きな画面でテレビを観ていなかった。鮮明な映像で見る自分の住む街は、目を背けたくなるほど酷い有様だった。友人達と遊んだ思い出の浜や、そこに住む人々も、家も、跡形もなかった。自宅から30分もない距離にある街が、ただの更地になっている映像を見て、一瞬息が止まったのを覚えている。繰り返し流れる遺族の叫びと、デリカシーのないインタビュー映像になんだかとても疲れたので、また昼寝をする。目を覚まして、今度はネット回線のチェックをした。ネット回線も復活し、とにかく喜んだ。この数日何があったか無我夢中で調べたが、なんとも空っぽな情報で溢れかえっていた。「被災者のために歌を歌います、これしかできないけれど」みたいな話や「このツイートが感動した」とか「被災した人たちも頑張ってるんだ、私も頑張って仕事しなくちゃ」とか「東京のどこそこで買い占めが起きてる」とか、被災地の皆が今のいま命を長らえるための情報はほとんど無かった。人が死んでんだぞ、おそらく死者はこのまま1万を超えるよ。そんな状況で、なんで美談みたいな話が出るのか全く意味がわからなかった。似たような話をテレビでも流すようになった。出来れば、そんな感動話みたいなものは震災から立ち直ってからにして欲しい、この震災は過去の話ではなくて、現在進行中だ。
■3/15
そして今日も出社だった。取引先との話に決着がつき、必要な人員以外は招集があるまで自宅待機することになった。相変わらずの行列や渋滞。未だ風呂にも入れていないしなか、東京では食料やガソリンの買い占めが起こっているという報道がずっと流れていた。おまけに噂の雨ときたもんだ。もし噂なのか真実なのかよくわからない話を信じるとすれば、僕は雨に打たれたのであまり健康上よろしくないことになるのではなかろうか。シャワーを浴びる環境などそうやすやすとはない。今被災地では口伝での怪しい情報に困り果ててる。どうすればより長く生きられるかシビアに考えている。手元にある食料や物資、燃料はひっ迫して、移動することひとつとってもリスクが高い、離れた親戚を引き取りに行けない人もいるし、安否確認さえ取れないでいる人もいる。出来ることなら、物資の補給場所や時間、量についても出来る限り詳細に教えてほしいし、より苦しい人たちの所へ、より多くの物資を届けて欲しい。原発に関する情報も、政府や報道は本当に正しい情報を教えてほしい。この状況で命を長らえるために、正確に判断するための情報がほしい。どうか、どうかひとつ、よろしくお願いします。。。
物流に深刻な問題は無いと思うよ
現に生鮮品は通常にちょっと少ないくらいで並んでるだろ
生鮮品は買いだめするわけには行かないからね
物流に問題を抱えているところもあるけど、ガソリンスタンド渋滞とかで
政治家やメディアは激怒している、ハリケーンカトリーナに便乗した物価の上昇に。彼らは、ガソリンスタンドや水の売人を懲らしめようとしている。
もしもあなたが卑しく貪欲な金の亡者を懲らしめ得点を稼ごうと思ったら、大変良いのは「便乗商法」禁止の法律を作る事だ。
しかし、もしもあなたがその法律で「便乗商人」から「守られる」側だとしたら、そんなに上手くいかないだろう。
次のシナリオを考えてみよう:あなたはのどが渇いている - あなたの赤ちゃんが脱水症状を起こさないか心配だ。あなたは空いている店を見つける。店主はあなたの苦境につけ込むのは不道徳だと思い、先週より一銭も高く請求しないとしよう。しかしそれでも水は買えない。売り切れだから。
あなたはさらに探求を続け、ようやくあの恐ろしい怪物、便乗商人を見つける。彼は先週1ドルだった一本の水を「法外な」値段で売りつけようとする。その額20ドル。それでもあなたは災害から生き残るため言い値を支払う。
あなたは便乗商人に憤りを感じる。しかし、もし彼が20ドルを要求していなかったら、水は売り切れだっただろう。あなたの子供を救ったのは、便乗商人による「搾取」だったのだ。
人々が自らの利益を追い求める事によって子供は救われた。あなたが店に着く前に、他の人がやって来た。ボトルが1ドルだったので、彼らは買い占めて行った。ボトルが20ドルだったら、より慎重に買うだろう。20ドルを請求する事で、便乗商人は水が本当に必要とする人に届くように出来る。
甘ちゃん政治家達が極悪人とみなす人々が最も役にたっている。ボトル入り飲料水の需要が上がって行くと考え、彼らは大量に仕入れ法外な利益で転売しようと目論んだ。もしも彼らがそうしなければ、水は最も必要としていた人々の所に届かなかっただろう。
ボランティアが水を提供していたかもしれないって?たしかに慈悲の気持ちから他人を助ける人もいる。しかし私達は慈悲に頼る事は出来ない。かつてアダムスミスはこう書いた。「私達が夕食にありつけるのは肉屋や酒屋やパン屋の慈悲のおかげでは無く、彼ら自身の私利私欲の追求からである。」
店主の視点で考えてみよう。もしも彼が大きく儲けようとしていなければ、そもそもなぜ店を開けたのだろう。被災地にとどまる事は危険であり、家族と過ごす機会を捨て見ず知らずの他人の世話をするという事だ。 なぜそこまでリスクをとるのか?
例えば屋根張り、大工、倒木の除去など、災害の後はどんなサービスにも圧倒的な需要がある。ニューオリンズが復興された時、地元の大工が不足する事は十分に予測出来た。街にいる大工の数では足りない。
もしもここが全体主義の国だったら、国は職人をひとかたまりニューオリンズに行けとただ命令するかもしれない。しかし、自由な社会では、職人たちは家や家族、従業員や客を残し、ウィスコンシンあたりからニューオリンズまで車を運転しないと行けない。もしウィスコンシンよりルイジアナの方で稼ぐ事が出来なければ、わざわざ旅に出るでしょうか?
中にはヒーローになりたいという動機の者もいるかもしれない。しかし需要を満たすほど毎週毎週十分な数のヒーローを期待する事は出来ない。多くの者はほとんどのアメリカ人と同じ理由で行くのだ。つまり、金のために。被災地に分け入る職人には彼の故郷よりも高い収入が必要だ。さもなければ行かないだろう。嵐が来る前のニューオリンズの同業者と同じだけしか彼に払わないとしたら、どんなヒーローでも「馬鹿言え」と言うだろう。
もし彼がその危険に見合った額を請求すれば、まさに助けようとしていた人々に道徳的法的に非難されてしまうかも知れない。しかしそう言う人々は経済の基本を理解していないのだ。価格を押さえつけると供給が途絶える。市場に任せて供給を増やそう、すると競争によって災害の条件が許す限り価格は下がって行く。不足していた商品が、貧しい人々でさえ手に入るようになるだろう。
水をもたらし、ガソリンを運び、屋根を直し、街を再建するのは「便乗商人」だ。「便乗商人」こそ命を救うのだ。
In praise of price gouging - John Stossel
http://townhall.com/columnists/johnstossel/2005/09/07/in_praise_of_price_gouging/page/full/
「在庫出したらすぐ買い占めるバカが多いから、倉庫の在庫を出していない」
ってことを言ってました。
あと、トラバでもコメントあったように肉や魚、野菜は売れ残ってるのよね。
そういう恩恵を受けさせて貰っているにもかかわらず、そういう行動に出る。
トイレットペーパー売り切れるとか、もうホントどうかしてるぜ!?(あれ?)
昨夜友人とガソリンスタンドを通った際、300m位の長蛇の列が。
まだ余震が来るんだよ?そんなにガソリン入れて、東京を焦土にしたいの?
「何かあったらいけないから」って思ってる?
つーか何かあったらクルマつかえねーよ??
ごめん、ホントに馬鹿なんじゃないの?
もっと冷静に考えようよ。
ド都心よ?
行列にはピカピカのジャガーXJとかレクサスLS、RXやEクラスなどなど。
乗らねークルマにガソリン蓄え、商用で使う人達を逼迫→さらに経済活動・物流を圧迫。
何考えてるんだか、ちょっと理解できません(汗
車中泊対策?
ってことはアイドリングしっぱなしにするの??
あー理解できん!
「在庫出したらすぐ買い占めるバカが多いから、倉庫の在庫を出していない」
ってことを言ってました。
あと、トラバでもコメントあったように肉や魚、野菜は売れ残ってるのよね。
バカか、ホント。
トイレットペーパー売り切れるとか、もうホントどうかしてるぜ!?(あれ?)
昨夜友人とガソリンスタンドを通った際、300m位の長蛇の列が。
まだ余震が来るんだよ?そんなにガソリン入れて、東京を焦土にしたいの?
「何かあったらいけないから」って思ってる?
つーか何かあったらクルマつかえねーよ??
ごめん、ホントに馬鹿なんじゃないの?
もっと冷静に考えようよ。
ド都心よ?
行列にはピカピカのジャガーXJとかレクサスLS、RXやEクラスなどなど。
ピカピカ=車庫内駐車です(ウチのパサートさんは花粉だらけw)。
乗らねークルマにガソリン蓄え、商用で使う人達を逼迫→さらに経済活動・物流を圧迫。
何考えてるんだか、ちょっと理解できません(汗
車中泊対策?
ってことはアイドリングしっぱなしにするの??
あー理解できん!
被災時に必要なものは何か?時間が立つに連れ必要なものは変わってくる。筆者は岩手県で今回の地震に被災したが、時間や場所によって変わってくるが、自身の経験を元にここにしるす。防災用品の準備や、被災地に救援物資を検討している方は、参考にしていただければありがたい。
この文章は、被災二日目にiPadにて作成した。電気と回線が復旧しだい、どこかに上げるつもり。
インフラがとまるので、食料や衣料はもちろん、燃料や情報を得る手段も確保しておきたい。今回は電気がなくても暖をとれる反射式ストーブ、これはお湯もわかせる、ガスが止まっても使えるカセットコンロが非常に重宝している。
固定電話は回線が生きていても停電していれば、最近の多機能なヤツはつかえないので、結局ケータイに頼ることになる。公衆電話が最近中々ないので。予備の簡易充電器や電池、車載充電器、iPhone用FMトランスミッターが役に立った。
いざという時の移動手段やカーラジオやカーナビのTVでいざという時の情報取得手段になるので、車がある場合はガソリンも出来る限り入れておく。携行缶などで保存する場合は、安全な場所に保存する事。
災害時に一番役に立つメディアはラジオ、次にインターネットとなり、最後にTV、新聞となる。ラジオは用意しておいた方が良い。ネットで情報を得る場合はデマや不確定な情報に注意する事。TwitterやFacebookなどで自分から発信する場合も、不確定な情報は流さない事。ヤフー知恵袋や2chなどは極力使わない。
当たり前だが、一番の被災地から離れていてもインフラが止まれば、店はまともな営業が出来なくなるし、道路も寸断されたり、信号機が止まったり、緊急車両優先などで渋滞する。
水は断水していなければ、早いうちに水を貯めておくこと。飲料用はペットボトルやヤカンに。トイレなどの水は風呂に貯めておくこと。
注意したいのは、ロウソクやコンロ、反射式ストーブを使う場合は余震に十分注意すること。当たり前だが、常にラジオはつけておいて揺れたり緊急地震速報がきたらすぐに消すこと。
余談だが大都市圏に住む人以外は、メインバンクは地元の地銀か農協、郵便局、信用金庫にしておくといいかもしれない。窓口対応がスムーズになる。
地震に限らず、台風でも水辺に近づく人がいるが、こういう人が一番最初の被害者になる。絶対に危険な場所に近づいてはいけない。
当たり前だが、沿岸部では揺れたらすぐに逃げる。ビルの出来るかぎり高い階層か、高台に。
また、心配なのはわかるが特に災害のひどいところに行ってはならない。阪神大震災の時の様な野次馬は論外。自分が被災するだけでなく、救助活動の邪魔になるから。
不要不急の外出は極力避ける。道路の寸断や信号機の停止で思わぬ事故にあうリスクが高くなる。
電話は極力しない、出来れば連絡はメールやtwitter、Facebookや災害伝言板、ラジオの伝言メッセージなどを使う。やむおえない電話の場合も、極力通話は短くすること。
デマを流すのは論外だが、意図せずにデマを信じてしまってもいけない。チェーンメールは無視し、拡散RTは慎重に行うとこ。デマは最悪の場合は人命に関わる。
ロウソクや反射式ストーブを使う場合は、そばから離れる場合は火を消すこと。一瞬でもそばから離れる場合は絶対に火を消すこと。ロウソクは使わないに越した事はないが、使う場合は周りに燃えやすいものをおかない。
よく何かあれば、千羽鶴を折って送ったり、古着等を送る、自分の小説本を送る俳優などがいるが、これらは役に立たないばかりか、ゴミにしかならない上に、輸送力の無駄遣いとなり、迷惑となる。地獄への道を善意で舗装しないように。
命の危険がなくなり、食事もある程度とれる様になると、非常に退屈になる。死傷者が多数でた沿岸部の方々や、原発関連で不安な福島県の方々には大変申し訳ないが、1次的な被害が少かった内陸部にいる自分は、二日目にはもう暇である。TVラジオは災害関係しか流れておらず、ブロードバンドは不通、携帯電話も不安定な為、webも長い時間見る事が出来ない。気を紛らわす為にも、何か簡単な娯楽はあった方が良い。昼間は文庫本を読んで過ごしたが、いよいよ退屈になってきたので、この文章を書いている。
余談だが、そういう意味ではある意味テレビ東京のスタンスは正しいとも言える。今回は岩手にいるので、テレビ東京が何を放送をしているのかは知らないけど。
お菓子、ジュースは非常用の食料という意味もあるが、気を紛らわすという意味で娯楽に共通する。自分はタバコは吸わないが、喫煙する方はタバコも用意しておくと良い。ただし、不測の事態に対応する為、飲酒は避けた方が良い。
モバイル関係やカメラは記録撮影や録音に使える。ただ、間違っても現在進行で危険なもの、炎上中の建物は津波などを撮影してはいけない。そんなものを撮っている暇があったら逃げる事。
人工透析や酸素吸入、糖尿病などの慢性疾患、妊婦の方はかかりつけの医院がどうなっているのか確認しておく。かかりつけの医師が診察不能な場合は、保健所や近くの総合病院、自治体の窓口などに相談すること。
スーパーやガソリンスタンドはかなり混雑し行列となる。そういうところで並んでいるのを無視し割り込んだりすると無用なトラブルを引き起こす。実際、筆者が給油のためガソリンスタンドの行列にならんだところ、何台かが無理やり割り込んでいたが、割り込んだ車両は全部店員によってつまみ出されていた。
水の節約やトイレを我慢するために水を飲まないのは、血栓などのリスクをよぶので、水分はとること。
ある程度インフラが復旧してきても、交通や物流の回復は更に時間がかかる。食料や燃料などは無駄遣いしないこと。また、電気や通信などのインフラも安定的提供には時間がかかるので、無駄遣いしないこと。
「何かしたい」と思って、古着や千羽鶴や自作の小説を贈ったり、慌てて炊きだしボランティアに向かってはならない。邪魔になるだけだ。善意を形に変えたければ募金をするか献血をすれば良い。今回は災害の内容から献血はそれほど必要無さそうだが、募金は最も有効な支援である。ただし、募金をする場合は信用できる組織・団体を介して行うこと。間違っても駅前の街頭募金などに小銭を入れてはならない。善意を装った詐欺や悪質な新興宗教などが関わっている可能性があるからだ。せっかくの善意が被災者に届かない可能性がある。
特に注意しなければならないのは、国連やユニセフなどを騙った振り込め詐欺だ。国連やユニセフはあなたの個人の電話やメールアドレスに、募金を依頼することはない。絶対に相手にしないこと。
電力回復した。ようやくネットにつながったし、テレビも見られるようになった。私の地域は一日以上の停電だけですんだが、近隣では引き続き停電、断水になっているようだ。
家に父の古いラジオがあってよかった。それがなければまるで情報が得られなかっただろう。懐中電灯や電池の蓄えに関しては十分ではなく、ランプが切れている懐中電灯もあった。
電気がなくて困ったことは、暖房、情報の取得、携帯などの充電ができないこと、給湯も電気制御なので使えなかったこと。うちは暖房はすべて電力に頼っていて、石油ストーブもあるにはあるが、肝心の燃料が手に入らず使えなかった。ガソリンスタンドなども閉店しているので。
食料は緊急用の備えと常備してある分で5日間くらいはもっただろう。冬なので冷蔵庫が使えない分は屋外に出して保存を図ることができた。
いよいよ、欧州でもインフレがきつくなってきたようである。アメリカでは一日おきにガソリンスタンドの呼び値が変えられているということだが、欧州でも、諸物価の高騰が始まっているようである。
景気が悪化している時には、金利を下げて景気刺激策とするというのが、金利による景気調整の理屈なのだが、どんなに金利を下げても、法制度や社会の仕組みが景気を冷やす方向に向いているので、借りたお金の使い道が、商品相場くらいしか無いとなる。
景気を冷やす方向に向いてしまっている法制度の改廃によってでしか、景気は回復しないのであるが、どの国も、それをやれない。
欧州では、景気対策としてじゃぶじゃぶにしたお金が物価を引き上げるだけとなっていることから、やむを得ず、金利を引き上げてお金を回収し、物価を引き下げるとなった。
金利が上がるのであれば、商品相場でお金を転がすよりも、国債を買って寝かせておいた方がリスクが低いとなる。商品相場で暴れているお金を吸い取れるだけの高金利で莫大な額の赤字国債を発行するという事になる。
この赤字国債を償還できるだけの税収を作り出さなければならないという事で、負担が先送りされるのであった。
サブプライム破綻で金融機関を助ける為にじゃぶじゃぶにしたお金が、税金へとツケ回されたことになる。
短期的には、国債の発行増となって、帳簿上の残高は増えるが、そのお金を景気対策と称してハコモノや老人福祉や公務員の人件費といった生産性の無い投資に費やしてしまうと、後世代は、莫大な借金を背負わされるだけとなるのであった。
日本のように下手に金利を上げると税収が丸ごと国債利払いで消滅するという規模になっていない分、欧州には余裕があるが、欧州もおなじ道に踏み込んでくるか、それとも、帳簿上の残高を無駄遣いしないという自制を維持できるかが、当面の見物なのであった
そうだね、だから私も
そうすると、「wiki」というベースシステムの呼び名が浸透するはずで、「wiki」がいろんなものを指すようになる。
段々と変わってくるさ。
と書いているけれど?
さて、「スタンド」と言う言葉、これ文脈によって全然意味が変わるよね。
車に乗ってれば、聞いた人はガソリンスタンドだと思うし、家の中で言えば電気スタンドを想像するだろう。
「Java」と「Javascript」はどちらも言語なんだから、これも文脈で判定可能。
Webシステムで使うのか、組み込みやモバイルアプリで使うのか、とかね。
で、「wiki」だ。
もちろん、サービス構築の話をしているならそれはシステム一択だろう。
おばあさんがこっちを向いていた。
といっても、別にガン見されている訳じゃなく
むしろ中途半端な方向を見ているから、
俺から見えない角度に何かあるのかな?って感じ。
そのうち、おばあさんが何かジェスチャーをしはじめた。
やっぱり角度は俺の方を向いていない。
この角度からは見えない所に知り合いが居て何か話してるのか…?
などと思いながら近づいていったんだが
次第におばあさんの正面には誰も居ない事が分かってきた。
はっきり俺に向かっている角度ではないが、
良くわからないジェスチャーは続く
「ちょっと待って」に見えなくもないが、何しろ曖昧
やべえ。
障害のある人だろうか
それとも、見えちゃいけない何かが、見えているのだろうか
それか、俺を知ってる人なのか?…記憶にないけど
段々近づくにつれ、怖くなって、俺はチャリのスピードを落とした
そしておばあさんの横を通り過ぎる…
その瞬間、
ガッ!と死角から車が飛び出した。
ばあさんはじいさんが車庫から車を出すために単に人が来ないか見張っていただけだった。
幸い、スピードは落としきってなかったから
車の前を通り過ぎることが出来た
(もう少し落としてたら当てられてた)
…
「自転車が来るから待って」
ってジェスチャーするよな…?
ばあさん、ガソリンスタンドの店員かよ…。