はてなキーワード: カーペットとは
今回の災害で実感したこと。それは、太陽光発電すげぇってこと。
うちの実家は被災地にあって、電話は使えないわ、周りは停電するわ、TVも見れなくなるわ、その他もろもろ大変だったみたいだけど、
でも太陽光発電が機能してれば、その蓄電でアナログTVは見れたんだって。(デジタルはアウトだったらしい)
これ、情報が凄い必要な現地の人間にとって、かなりのメリットだと思うんだ。
話を聴いたとき、ほんとスゲー!!って思った。
蓄電があるから、無駄遣いはできないにしろ明かりも、コタツも電気カーペットもIHクッキングヒーターもエアコンも使える。
…まあエアコン使ってたら無くなっちゃうだろうから無理としても。
政府はもっと、太陽光発電への補助をしたほうがいいと思うんだ。
津波で流されちゃうとどうしようもないけどさ…
でも身寄りを頼った先で暖が取れるのととれないのとじゃ、不安な気持ちだって段違いだと思う。
原子力は問題になってるけど、それをなくせって言ってるわけじゃない。
でも電力の維持は絶対必要で、どれも無くせと言って無くせるものじゃない。
特に原子力は安定した電力を供給してくれる。揚水発電所もあれば、余剰電力の蓄電だってできる。
でもそこに、それこそ日本のほとんどの世帯が太陽光発電を設置していたなら、
少なくともリスクヘッジにはなるし、電気も電気会社に売れる(ほとんど割引ぐらいにしかならないけど)。
電気会社への負荷が減るなら、多少でも他の発電所の環境リスクを減らすことだってできるし、災害後の立て直しにも有利かもしれない。
電力会社なんかは調査してるけど、かっちりしたデータにはならないみたいね。
(家庭用、とまでは分かるけど、その先を立ち入って調べられない)
ちょっと古いけど、一応
http://www.rist.or.jp/atomica/data/pict/01/01090503/10.gif
という調査があるにはある。
これでみると増加が大きいのはエアコン、カーペットなんかの冷暖房器具だね。特にエアコン。
電気食うのは一緒だけど冷蔵庫なんかは伸びてないし、AV、PCなんかはテレビを除くとゴミっぽい。
11/14夜に、ニコニコ動画の公式生放送で、お笑い番組があった。
ナレーションに、ニコ生人にはよく知れた棒読みツールを使っていたり、
地上波では出来ないネタ(下ネタ、ブラックジョーク、商標関連)や、テレビでは見ない芸人が出ていてネット番組の新しさがあって悪くはなかったのだが・・・
黒字化とかCDがチャートに載ったりと勢いがあるようだったが、ニコニコ動画の終わりが見えた。
その3つの理由を記しておく。
各芸人のネタの後に、視聴者がOK/NGを投票し即座に結果が出るのだが、小数点1位までの%しか表示していなかった。
今、既存地上波テレビ番組が死に絶えてる最大の要因は、放送者側の意思が入ったヤラセや数字に、視聴者が気がついてしまい、1つのウソにより、全てがウソに見えるようになってしまった事だと思う。
それを安易に追随してしまった。
ヤラセをやった理由は明白だ。
名前も聞いた事がない芸人が優勝!とするよりも、もう既におわコンとなって面白くもない芸人でも、ネームバリューさえあれば、ニュース記事を作りやすい。
それが宣伝にもなり、ニコニコ動画の認知度を上げるのが簡単になる。
いくつかの芸人は、噛み噛みだったり、オチが無かったりと散々だった。
予選なんてやってないんだろう。適当な芸人を連れてきて、練習もせずにやっていたのが見え見えだった。
(だって、優勝する人決まってるんだもの。やる気なんて出ないよね。。しかし、芸人魂はどこへ行った!)
ニコ生のアンケートの仕組みは解るが、時間が進むに連れて人が減るし、なにより審査員という人のポイントも公開しないとか、デキレースそのものだろう?
司会の松尾貴史は、あのコメント数の多さにもかかわらず、かなり適当(適して当たってる)なコメント紹介をしていて、ニコニコ動画が初めてとは思えないほど手馴れた感があったが、一つ???となる発言があった。
一部の芸人が、地上波ではできない事をしようとしたのか、下ネタがあったのだが、結果はNGの方が多く、コメントでも「ダメダー」、「笑えない下ネタだな」と散々だった。
その後に、松尾貴史が「こんなにも下ネタが拒絶されるとは思いませんでしたね。ネットも高尚な感じになって来たんですかね」と言った内容のことを言っていた。
まるで、解っていない。テレビを見てる人も、ネットを見てる人も、同じ日本人なのだ。
これまで規制に守られて、ぬくぬくとやってきた為、ある程度の内容で視聴者は満足をしていたのだ。
その曖昧な満足しか芸人には届かない為、芸人さんも満足をしていただけだ。
そこへ、規制無しに何をやってもいいよという状況になり、いざやってみると何も出来なくなっていた。ただそれだけの事だ。
それをネットの人のせいだ。と言わせてしまった事にニコニコ動画の終わりがある。
なぜか?
昭和のテレビの全盛期、テレビ局の中の人は、自ら知恵を絞り、各局凌ぎを削る状態にあった。
60分と言う枠の中で、起承転結があり、視聴者が求める物=あー面白かったと言う満足感 を与える為にはどうすれば良いかを考え抜かれていた。
それが、いつの間にか字幕芸(笑う所はここですよーと教えてくれるアレ)やら、CMまたぎで引き伸ばしたりと言った小手先の技を使い出し、そして、今や情報番組風の商品宣伝しか作れなくなってしまった。
それは、なぜか?
番組は全て製作会社へ丸投げ、自らはただ放送するだけで、創意工夫をしなくなってしまったからだ。
そして、広告を入れることにより、その広告主に対する、批判や意見は言えなくなるという足枷を背負ってしまった。
(広告自体は、面白かった。皆でワーワー言いながら、見るのは悪くは無い物だった)
つまり、ニコニコ動画も、ネット中継をするサーバを持つだけの、ただの箱に成り下がったと言う事だ。
今は、その箱に中の人の魂が詰まっているかもしれないが、それはいずれ陳腐化する。
そうなった時、新たな魂を入れるノウハウは手元に無く、その結果は既存地上波と同じ道しか残されていない。
http://natalie.mu/owarai/news/40546
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日曜に、丸々2時間も見てるとか、どんだけ暇やねん。
うちの弟は異常に母親と仲がいい。
弟と母はいつもリビングのカーペットの上で仲良く添い寝してる。
互いの体に腕をまわして抱き合いながら、体をつねりあったりくすぐりあったりと恋人レベルのイチャツキ。
幼稚園児ならまだ甘えん坊で許されるだろうが、弟はもう中3。
身長170センチ超の15歳男子が中年太りの母親とちちくりあってるのは正直ものすごく気持ち悪い。
私や父親が見ててもおかまいなしに堂々とやってるので、本人たちには近親相姦的なうしろめたさはないらしいが
それにしても気持ち悪いのでやめてほしい。切実に。
私と父親は、マジで気持ち悪いから度を越したスキンシップはヤメロと何度も諭してるんだけど、
「だってぇ~仲良しなんだモン」で一向にやめようとしない。おーこわ。
普通なら思春期を迎える前に近親とイチャイチャするのはタブーだと自然にわかるものだと思うんだけど。
彼は精神のどっかの部分が未発達なまま止まってしまったんだろーか。
しかもヤツはDVも併発していて、機嫌が悪い時は母親をボカスカ殴ってる。
以前殴られた母親が転倒して頭打って失神したこともある。
母親も母親で、殴られても1時間後にはもうケロっとしてまた弟の乳首つねったりしてイチャついてるし。
ヤバイ。自分で書いてて怖くなってきた。
もうやだこんな家。
久々に増田書かせて下さい。流させて下さい。
昨日というか今日の初め、夫が飲み会で激しく酔っ払って帰ってきた。水の入ったコップを渡したらとりあえず盛大にひっくり返した。前後不覚ってこれか、こういう感じか、いやこれは上下不覚か、いやでもバター塗ったパンがバター面下にして落ちる確率はカーペットの値段に比例するから、とか心の中で動転スタートしつつ、こぼしにくそうなマグカップに水入れ直して渡した。
話を聞いて分かったことには、後から参加した人に車で送ってもらったらしい。どうやって家まで辿り着けたのかが謎だったので、疑問が解決して良かった、とか、普段ろくにやらないような良い事探しなんぞして、動転をスローにした。
どうも上司に無礼講スペシャルかましちゃったらしく、しかも本人酔っ払ってるためか全くもって平気と思ってるらしく、胃がごにょってなった。伏線。
よせばいいのにたばこなんか吸って、そんで案の定灰皿もひっくり返した。落ちた灰は少量だったけど、さっき水こぼしたソファの上にピンポイントでかかった。溶けていく灰。模様のつくソファー。元々小汚いソファだったから模様くらいどうってこたー無いけど、灰が水に溶けた臭いは強烈なので、後でまた水拭きとファブリーズしようと思った。のを今思い出した。
酒はめっぽう強くて、誰と飲んでも飲み負けた事が無い、と豪語する夫が、「ぎぼぢわ゛る゛い゛」と力なく言い残してベッドに行った時に、「寝ゲロ→窒息」という単語コンボが頭をよぎった。何か怖かったから、眠かったけど一時間くらい時間ずらしてから自分もベッドに入った。怖がるとかじゃなく、ベッドの横に洗面器用意するとか、そういう実りのある行動した方が断然良かったと今になって思うけど、残念な事にそんな機転が利く脳みそじゃなかった。あと我が家に洗面器は存在しない。
で、眠りに着いた直後、夫が吐いた。起きてトイレまで行こうとしたけど間に合わなかったらしくて、寝室の入り口で吐いてた。動転マックス。タオル持って右往左往したり雑巾持って右往左往したりティッシュ持って右往左往したりしてる間に、畳にすっぱさが浸透してしまった。後になって水拭きして数年前に買ったリセッシュかけたけど、きっとまだすっぱい。
畳の上の他にも、その近くに置いてあった夫が明日履く予定のズボンにも、吐瀉物がどっさりしていた。むしろ畳の上は胃液メインだった。固形のものはなるべくティッシュで取り除いてから、ナイトモードで起動させた洗濯乾燥機に放り込んだ。さっきぐぐったら洗濯しても臭いが残るって話が引っかかって、怖くなった。怖くなったところでどうしようもないんだけど、怖くなった。もしすっぱかったら、最近新しく買ったファブリーズをがっしがっし吹きかける心積もりでいる。乾燥は午前七時頃に完了する予定。下の階の人響いてたらごめんなさい。
生まれて初めて他人の嘔吐シーンおよび嘔吐物処理に直面した。生ぬるい人生でした、ごめんなさい。何かおぼろげに増田に向かって謝りながら拭いてた。猫の嘔吐物はいつもさっさか処理してるせいもあって、慢心してた。人の嘔吐物凄い。油断するとこっちまで吐きそうになる。もらいゲローもらいゲローって、頭の中に住んでるブリトラがずっと歌ってた。まだ時々すっぱい臭いが自分の体からする、気がする。すっぱい気持ちに苛まれてるのは確か。
黄色い雑巾そのままゴミ袋に封印しつつ、寝ゲロ窒息しなくて良かった、布団はセーフで良かった、とか良い事探しの旅に再び出たけど、自己のポジティブ限界にぶち当たった音が、脳内にごつーんと響き渡った。何かもうすっぱさとか色々ショックがでかくて、あと洗濯機のズボンが気になって、とりあえず動転ストップするまで起きてる事にした。「食ったもの全部吐いた」って自己申告だったけど、私が処理した固形物はそんなに多くなかったから、第二波があるかもしれないという懸念というか疑念があって、悠長に隣で寝ていられる気分には到底なれなかった。
夫は部屋の入り口で吐いた後改めて流しとトイレで吐き直して、顔洗って寝た。「ごめんなしゃい」って言われたけど、むしろこっちがごめんなさいだよと思った。すっぱさこみ上げてて言えなかった。とりあえず今忍び足で確認したら、横向きで寝てたから、万一第二波が来ても窒息はしないと思う、多分。
昔、たばこの水溶液飲んじゃったことがあって、当然吐いた。乗り物酔い用の袋みたいなやつに吐いた。横に友達と先輩がいた。あの人達はこんな気持ちこらえてそばにいてくれたのかと思うと、今更ながら感謝の念がぼろぼろ溢れてくる。頭でろでろ状態で謝る私に、二人とも大学の飲み会で酔っ払いの介抱は慣れてるから、とかフォローしてくれてた。それすごいから!酔っ払いの介抱って凄いから!ほんとすごいから!って今になって思った。昔も今もそういう想像力にかけてて、実際経験しないと相手のこなしてることがすごいのかどうか分からない。とりあえず嘔吐に動じず介抱するってのは、現時点の、当時の友達や先輩より余裕で歳食ってる自分ですらできなかったことであって、ほんとすごい。ようやく実感した。
たばこの煙はそこまで毛嫌いはしてないんだけど、その一件から、たばこの灰なり葉っぱなりが水に溶けたものの臭いは受け付けなくなった。ソファの模様を乾くまで半ば放置していたのも、それ由来。
似たような臭いでも駄目。こみあげる。安いルイボスティーがまさにそんな感じで、知らずに買った茶葉を泣く泣くかつ発作的に捨てた。高くてフレーバーついてるのは割といけたけど、何かもう怖いから自分から進んで買うことは無くなった。
私も夫も殆ど吐いた事がないせいか、嘔吐がとても怖い。何でこんなに怖がってるのか自分でも良く分からないけど、怖い。今度からさっきの嘔吐物に似た臭い嗅ぐ度吐きそうになったらどうしようとか今考えてて、怖い。似た臭いが結構ありそうだから怖い。他にも洗濯機に臭いがついたらどうしようとか、怖い考えばっかり頭の中ででかい顔する。
そしてやっぱりなんかすっぱい。パジャマに胃液ついたんだろうか。これ着替えても上から着たフリースにも付着しちゃってるのかな。防寒どうしよう。いいやもう様子見がてらもっかい寝室行って着替え持ってくる。あんまり眠り妨害する事したくないんだけど。今日八時出勤らしいし。
やっぱそれも忍びないから、洗濯かごにインしてた昨日昼間に着てた服着た。すっぱいのなくなるといいな。
既に書いたけど、今まで生きてて、吐き気だけはやたらと経験したけど、実際に嘔吐した事は殆ど無い。五回くらいかな。ひどく乗り物酔いするタイプなんだけど、常に吐かずにこらえてた。一度だけ車降りた直後に吐いた。小学校四年の遠足の時も、バスから降りる直前に吐きかけて、てか口の中まで吐瀉物きちゃって、でもここで吐いたらみんなに迷惑かかると思って、飲んだ。牛は毎日こんな気持ち味わってるのか、牛生つらくないか、とか思った。今でも思い出す度に腹がぼこぼこしてこみ上げる。
さっきからすっぱくてこみ上げるのとソファでこみ上げるのと思い出でこみ上げるのと、他各方面からのこみ上げファクターと戦ってる。ガム噛んだけど救いにはならなかった。下手に好きなもの食べたら、この思い出とその食べ物が結びついて、その食べ物見たり嗅いだりする度にこみ上げるかと思うと、おちおち食べたり飲んだりで誤魔化せない。しかし腹は減りまくってる。昨日の夕方五時にご飯食べたっきりだ。無礼講の話も思い出して腹がぼっこぼこでまるで煮えたぎってるかのようだ。怒りとかそんな余裕のある思いは沸かないけど。てか私が怒られる側だ。
吐いたのが三時前、増田書き始めたのが四時、そして今六時。ありがとう増田。ごめんなさい増田。書けば乗り切れる気がした。実際なんか乗り切れる気もしてきた。夫が起きたらズボンの在り処告げて、コンビニで何か思い入れの薄いもの買って食って、寝る。予定。昼夜逆転昨日直したばっかなのにまた逆転してお天道様ごめんなさい。何かもう全体的にごめんなさい。落ち込んだり動転したり右往左往したり思い出したりこみ上げたりするけど、私は元気です。
散歩帰り。すっきりした。
ビルの階段も好きだ。一つ階をあがる度に、数字が増えているのを確認してにやにやしてる。
足下が見えてしまうような透け透けの階段もハラハラして楽しい。
たまに、カーペットがきちんと敷かれているような階段に遭遇すると
なんと優しさに溢れているのだろうと、嬉しくなって、一日幸せに過ごせる。
私は体力が全然ないから、すぐに息もあがってしまうけれど
できることなら、一度どこまでも上り続けてみたい。
腿を上げて一歩踏み出し、一つ上のステップを踏みしめる。
下の段に取り残されたもう一方の足を体ごと上に引き上げる。
その一歩が確実に自分を持ち上げていると実感できるのが良い。
私のように気紛れな人間は、
普段の歩幅は気分に左右されてしまう。
落ち込んでいるときは、肩が落ちて足下を見ながら歩いている。
けれど、階段では同じ歩幅を保てるのが良い。
はっきりと突きつけてくれる。
視線を上げて歩く方が気持ちいい。
背筋が伸びて、視界が明るくなって、頭がすっきりする。
視界が開けていくような気分になる。
高校卒業以来8年も会ってなかった女の子から「映画見に行こう」って連絡があった。僕は外に遊びに出るのなんて年に数回あればいい方というハイレベルなインドア派なので最初は遠慮しようと思ったのだけど、高校時代は色恋関係なしに仲良くしてた子で、当時を思い出したら懐かしくなってしまって、億劫ながら出て行くことにした。ただ気になったのが彼女が電話口で「私の事見て驚かないでよ」って言ってたこと。どういうことだ?ものすごく変貌してるとか?なんて思案しつつ、待ち合わせ場所へ。
で、現れた彼女。
変わってなかった。あのころからそのまま時間だけが経過したみたいだった。
「おう増田~」
って気さくな挨拶も昔のまま。ほんとに8年も経ったのか?と思うほど。ただし両手首に包帯が巻いてあった。結構派手に、というかまあ、これ見よがしに、といった方が正確だろう。
聞くと先週リストカットをして救急車で運ばれたということだった。もちろん常習化しているらしい。二重の意味でうわぁ痛い…って思いつつ普通に映画を見て、昔話をしながら夕飯を食べてたら家に誘われた。
言われるままにノコノコついていったら大量にお酒を飲まされて、「なんか眩しいね」って電気消されて、そのままカーペットに押し倒された。そして超すばやい動作で上着を脱がそうとしてきたので、まだ残ってた理性を総動員して「ストップ、ストップ!」って押しとどめたら泣き出してしまい、よしよしって感じでなだめてたらなぜか「キスだけしてくれたら今日は最後までするのは諦める」という話になったのでチュってしようと思ったら舌が入ってきてそのまま5分間くらい濃厚なディープキスをして、泊まって行けと言うのを振り切って帰ってきた。
で一晩明けて、今そのときのことを思い返してるんだけど、なんかまだ頭の中がぐちゃぐちゃしてる。とりあえず、
・部屋までついて行くべきではなかった。
・酩酊するまで飲むべきではなかった。
・キスだけでもすべきではなかった。
・メンヘラが性にだらしないというのは事実だったのか。都市伝説だと思ってた。
というところ。
最近知ったとあるはてなーさんの、書くものが素敵だなあと思い、さかのぼって読んでいたその方のポストやその他から、いくつか思うところがあった。
あまり他人には話していないことなので、anonymousで書く。
わたしには両親と弟がいる。
母はわたしが生まれた直後から精神分裂症を患っていた。(あえて精神分裂症と書く。このころはそう呼びつけていたので)
小学校低学年までは、母との生活は(今にして思えば)まったく筋が通らないことばかりで、いつも、なぜここで怒られるのだろう?とか、なぜ今日はあんなにものすごく褒められたのだろう、とか、謎ばかりだった。
生育環境が特殊だったせいも幾分かはあるのだろうが、わたしはとにかく人と違ったことをしたがる子どもだった。それが物事を杓子定規に進めたがる母の気にいらなかったらしく、なにか思いついて喜び勇んでぶちあげると、必ずひどくしかられた。10歳くらいまでは、ひきずりまわされて力のかぎり叩かれたこともよくあった。もちろん、アザが残ったり傷ができたり骨が折れたりする程ではない。ひどい折檻程度だった。
わたしがラッキーだったのは、平均的女児よりも身体の成長が速く、小学校高学年の時には母とほぼ同じ体格になっていたことだ。身体的暴力は、この時点でほとんど無くなった。家には、父が母の病気を理解するために買った精神病関連の書籍があり、木村敏や小此木啓吾やユング、フロイトなどを読みはじめたのもこの頃からだった。
さらについていたのは、父がいたことだ。父は、自分の仕事を本当に愛していて、いつでもわたしのそばにいて全面的に護るというようなことはなかったが、常識的な会話ができる人間がこの世にちゃんと居るということを示してくれていた。そして人と違ったことをしたがるわたしの話しを聞いてくれて援助してくれ、ときには叱ってたしなめ、穏かに見守ってくれていた。
そして、これもついていたからだと思うが、普通の生活を営む程度の収入がある家庭だったので、家事全般がほとんどできない母ではあったが食べ物には困らなかったし、そうとう不衛生だったが病気にかかるほどではなかった。
食い意地が張っている子どもでもあったので、まともなウマいものが食べたくて、本を見ながら料理も自分である程度やるようになっていた。
とにかく、生命力が強かったのだと、今にして思う。
ここにいては生きていくのは非常に困難だと、小学校高学年で思ったわたしは、とにかく遠くへ離れるべく寮のある学校を受験しまくったのだが、高校卒業までは家から通うこと、という父の方針で、18歳まで実家で暮すことになる。
ところで、弟は、わたしほど離脱しようとする力が無かった。
母は弟をとても大切にしていた。大切にされすぎて、彼は何かを失なってしまったのかもしれない。
わたしが自分のことで精一杯の間、だんだん彼は社会(小学校や中学校だが)との折り合いをつけられずに時を過ごし、中三で精神分裂症を発症した。
家は、この時から、構成人員の半分が常人、半分が精神分裂症患者、となった。
家に帰れば戦場であり(後年、映画「死の棘」を見た時、実に的を射ている表現が多くて驚いた)、学校では思春期らしい悩みと葛藤を抱えて足掻き、それなりに忙しい日々を過した後、大学に入り、一人暮しをはじめる。
その後は、主に自分自身との戦いだったが、ほんとうにいろいろあった。
ただ、わたしには帰る家がない。お金はいくらかは融通してもらえるかもしれないが、自分で自分のメシを獲ってこなければ、生きていけない。そう思って、とにかく稼ぐことだけは途絶えないよう必死になっていた。
母が統合失調症(この頃、病の呼び名が変わる)なのは述べたが、叔父も同じ病であり、母の実家はとある新興宗教に全資産を入れあげていたという、ココロの弱い血筋であった。
血筋という言い方をするとオカルトめいて解決不能な雰囲気が漂うが、単に神経系と内分泌系の一部が弱い体質が遺伝しているだけなのだと、今では思える。
わたし自身について言えば、体質が遺伝しているので、危機的状況に陥るといまだにマイナートランキライザーが手放せない。症状が投薬で緩和されることを学習して以来、困ったらかかりつけの医師を訪れて、状況を説明して投薬してもらうことにしている。
こんな風になんとか曲りながらも人生と折り合いをつけていたのだが、わたしはずっと母が許せなかった。母には、「母」であって欲しかった。ドラマに出てきそうな、心優しく、あるいは通俗的で、あるいは自己中心的だが、少くとも夜中にカーペットを切り刻み出したりしないような。
母が「こうして欲しい」「こうでなくてはダメだ」と言うことは絶対だと思っていたので、それがひどく間違っていたり、わたしを苦しめるようなことであった時に、わたしはどうしていいかわからなくなっていた。そして、そんなことを言う母を、許せない、という思いを募らせ続けていたのだ。
電話をすれば必ず口論になり、長い間顔を合わせることはなかった。
時は経つ。
数年前に、一人の男性と出会い、わたしたちは結婚することになった。
結婚の予定を報告をする時に、相手のご両親に、わたしの母と弟の話をしたのだが、そこで相手のお父さんが言ってくださった一言がある。
「病気なのだから、しかたないね」
そう言われて、初めて気がついた。
母は病気なのだ。病気なのだから、間違ったことを言ったり行なったりするのは仕方がないことなのだ。
そして、わたしは曲りなりにも自分でエサを獲ってきて寝場所を確保できるくらいには育ち、一応社会と渡りあって生きている。
わたしの望むような「母」ではないかもしれないが、彼女なりにわたしのことを思っていることも、やっとそのとき腑におちた。
では、間違ったことを言われた時には、「それは間違いだよ」と、きちんと話してあげれば良いのだ。それが、人間同士というものなのだ、きっと。
そうして、わたしは今、母に向って、「そんなこと言うもんじゃないよ」と、きちんと話ができる。
会うと、ひとつひとつわたしの装いや様子についてヒステリックになる彼女に対して、説明もできるし、「ひとに何かを言う時ははそういう風に言うと失礼なんだよ」と、言ってあげられる。
驚くべきことに、そう言うと母は、「そうかねえ」と、聞いてくれるようになった。どうせまたしばらくしたら、同じことを彼女は言うのだが、それでもその時は返事をしてくれる。
弟のことは、まったく何も解決していないが、彼は彼で生きていくのに困らないよう、両親が整えてくれている。
前からそうだったが、最近はより一層、わたしは自分自身の生育歴を振りかえる時、アーヴィングの「ホテル・ニューハンプシャー」を思い出す。
小さいころはわからなかったけど、家族が数名病気にかかっているというだけで、別にどうということはないのだ。
ここまで至るのに、ずいぶんいろんな人に助けてもらった、底抜けに楽天家の夫や夫のご両親もそうだ。
苦しいかもしれないけど、一人じゃない。
そしていつか必ず、なんとかなる。
あなたにそれを伝えたい。
伝わらなくてもいい。
でももし、自分のことを独りだと思ってしまっているなら、近くまで行くから、ガードレールに座りながらアニメやマンガやブンガクやロックの話をして、一緒にこの夜を生きのびよう。
おーありがとう。
とりあえずホットカーペットに耳をつけて寝ていたらごそごそ言わなくなってきた。
耳から水が出たというか濡れた感じはしないけど少しは抜けたっぽい。
まだ頭をたたくと響く音が変だけどまたカーペットに耳付けて寝てみる。
同棲中の彼女は後始末という事にかなり無頓着で何度注意しても治らない。気をつけてくれない。
例えばトイレの電気は付けっぱなし。クローゼットや戸棚は開けっ放し。ペットボトルやオリーブ油の瓶の蓋もゆるくしか締めない。
最後のひと捻りがなんで出来ないんだろう?蛇口のちょっとだけの締め忘れもしょっちゅう。
とにかく注意深くという概念が多分無くて、メガネをソファーに置いてフレームを折る、プラスティックのボウルをガスコンロの横に置いて何度も溶かす、
鍵をそこらに放り投げ出掛ける時いつも慌てたり、リビングでリンゴ剥いてカーペットの上に包丁そのままとかとにかく酷い。
で、僕が黙って片付けてると責められてる気になるのか不機嫌になり、それならと随時指摘するとこれまた不機嫌になる。
なにより一番いやなのがケータイを使った後、開いたままそこら辺に放置する事。これがもう超イライラする。
開いて使って閉じるまでがワンセットだろう。なんならiPhone買ってやるからその折りたたみケータイ海に捨ててくれ。
我ながら器の小さいやつだと思うが、気になるんだから仕方ない。
4.畳部屋
隣と階下の人に迷惑をかけないように.
やめなよ・・・
畳にカーペットは最悪だよ
掃除もめんどくさいし
畳部屋だと家賃安くなるけどね
まな板が置けないって、調理スペースがないってこと?
それはあった方がいいけど、ミニまな板ならちょっとのスペースでも置ける
料理するならガス二口コンロが置けるスペースと調理スペースは必須だけど
梨くらいなら下に新聞紙なりチラシなり置いて果物ナイフで切れる
泣かなくてもよろしい
1.日当たりが良いこと
これは言わずもがな
妥協するなら南東か
何にしても日当たりの良さは,一番重要視したほうがいい
気分もすっきりするよ
2.60cm以上のベランダがついてること
今の部屋が45cmほどしかなくて
洗濯物を干すときにちょっと狭い
洗濯機置き場がベランダである場合も,ドラム式のやつが置けるようになるのでいいと思う
3.窓は2つ以上あること
1つだけだとまったく風が通らない
エアコンなしで乗り切ろうと思うならこれは必須
あるのとないのじゃ天と地ほど室温の差がでてくる
4.畳部屋
隣と階下の人に迷惑をかけないように.
カーペット引けばフローリングとそんなに変わらない上に騒音対策にもなる
5.まな板を置くスペースのあるキッチン
ガスコンロは一口でもいい
大家さんから梨貰って泣きそうになった.
おいしかったけど.
他にもBT別とか駅から徒歩10分以内とかいろいろ好みもあると思うけど
上に書いた5つを優先させると,快適な一人暮らしができると思う
http://www.lifehacker.jp/2009/03/post_677.html
はてぶのコメント欄参照。
「ホコリがないキレイな家を保つ、8つのTIPS」のコメント欄を見ると、
出来ない人間は応用も汎化も評価も出来ないんだなという事が良くわかる。
「結局はマメに掃除しろってことか。当たり前でがっかり」というコメントが多いが、そういうヤツの部屋は汚いんだろうなと思う。
8つのうち、
・2つは「良いフィルターを使え」という話。
・4つは「主なホコリ発生源」の話。
・2つは「ホコリの取り方」の話。
どこをどう読むと「頻度」の話になるんだ。
何れも花粉症野郎にとっては常識だが、新米花粉症の皆様におかれましては有効な手でございます。(あと、玄関に入る前に体を叩け)
ポイントは、「シーツ・枕、カーペット、クッションを毎週掃除するだけでずいぶん違う」というところ。
一番でかい布地で、置いてあるモノだからね。
そこを無視すると、労力に比して効果が薄い。
毎週布団干したりぬいぐるみ捨てたり床を水拭きして回るのよりも、圧倒的に楽。
せっせと窓を拭き棚を拭き本棚の埃を払う知り合いが「え?カーペットなんて敷いてから干したこと無いな」なんてのは良くある話。
「全部無視してしばらく毎月カーペット干して叩いてみ」でホコリの量が激減したり。
4月から住む物件を探しに行きたいんだけど,ここ田舎なんで,全然相場がつかめない.
勤務地は東京都下なんだけど,一人暮らしの人,どんなとこ住んでいますか?
ちなみにこれまでの部屋は・・・
5階建ての5階で南向き角部屋.エレベータ無し.
家賃5.5万くらい.
居住中だったので,内見せずに図面だけで決めた.
管理会社が厳しい所で,フローリングにカーペット敷き必須だった.
2年目からの校舎に遠くなるので引越し.
12階建ての8階で南東向き角部屋.
家賃5.6万
設備が良く,かなり満足している.
不満は,部屋内設備の点検回数が多すぎることくらいか.
高熱費が結局安くなるのはいいけど.
妻がニコニコ動画で、801板がVIP板に完勝したとかいう動画をみて爆笑してた。妻よ、そういうのは私のいない時にこっそり見れ。まあ面白かったけどな。801板の腐女子の方々は、どんな物にも萌えを感じるのだそうだ。
私「そんなの楽勝だろう。まったく何も関係のないもの同士が難しいのでは。そうだな、たとえば、アボガドロ数とミミズ」
私「なぜ?」
妻「なんかクネクネしてて受けって感じだから。『ああっ、そんなにたくさんで責めないで…』」
私「…」
私「それは必ずしも無関係とは言えないのではないか」
妻「なぜ?」
私「魚でニシンっているだろ。『ニシン数はあるのにサンマ数がないなんて、く、悔しいっ』」
妻「それで、どっちが攻めでどっちが受けなの?」
私「知らんがなそんなの」
やつれた身なりの男は突然演説の方向を転換し、唾をとばしながら叫ぶ。
周囲に群がる似たような姿の男たちはどっと笑いながらうなずく。そうだそうだ!という短い同意の声のなか、演説は続く。
「全ての美人司書は黒のタイトスカートをはいて通常配備されるべきである!」
集団の後方で頭を下げていた男たちがはっと顔をあげる。さっきまで「ホームレス追いだし反対!」という趣旨の演説が続いていたはずだ。けだるそうにしていた後ろの男たちは久しぶりに目が覚めたような顔をした。雑誌コーナーのソファからこの集団の様子をちらちら見ていた僕も思わず声の主を見つめた。
黒のタイトスカート、この言葉に刺激されて僕の頭にも一人の美人司書像が浮かぶ。黒のタイトスカートに白のボタンシャツ、メガネをかけて髪を後ろにまとめた一人の美人司書。静かに体を伸ばして上の棚に返却された本を戻している。彼女はこの館に欠かせない存在。伸びた足を包むタイツは図書館中に敷かれたカーペットの延長かと錯覚するかのような自然さ、そんな風景を目の奥で楽しむ。ただし、この館には類似品すら存在しない女性だ。
気がつくと演説は終わり、男たちがぞろぞろと通路を引き返している。あの言葉は演説の終盤だったらしい。僕はちっとも読み進まない週刊ポストをラックに投げ込むと彼らのあとを追いかけた。
彼らは玄関先の喫煙コーナーでたむろしていた。僕は彼らから少し離れてタバコに火をつけ、さりげなく聞き耳を立てた。
Aさん「美人秘書?そいつぁいいなぁ」、どうもシショではなくてヒショと言っているように聞こえる。
それに合わせてBさん、「ああ、ちげぃねぇ。だいたいなぁ、おれぁ、」
ここからBさんが大声で自論を語り始めたので、集団のざわつきが急に途切れた。一方的に主張と不満を一緒に押し付けてくるような大声に僕は圧倒されるような気分になり、すぐに心の隙間をふさいだ。愚痴と泣き言は心の水漏れ、亡くなった祖母の口癖が思い浮かんだ。
Bさんは周囲のみんなに対して会話のキャッチボールで言うところのワイルドピッチを繰り返していたが、なんとか一人、話の合間に割り込んだようだ。その声はあの演説主のCさんだった。大男のBさんに比べてCさんは小柄で髪も薄いが目に光が入っていて一回り大きく見える。
C「そうだな、そのとおりだな! ところで知ってるか、図書館員は三種類に分類される」
Bさんの勢いが止まる。即答できず、思わずCさんの顔を見た様子だ。周囲も、外野の僕も同じようにCさんを見つめてしまった。
「図書館員は三種類いる。美人司書か、女の司書か、それ以外か、だ」
周囲がどよめき、笑いが漏れる。続けて彼は言った、
C「人間も三種類に分類される」
また空気が硬くなった。人間の定義なんて誰でも多少は思案したことがあるはずだ、彼の言葉を待つ。
C「家のあるニートか、家のないニートか、それ以外か、だ。つまり、、、こうだ。」
周囲が沈黙し、言葉を待った。唇を忙しそうに舐めて言葉を捜しながら彼はこう言った。「つまり、、、えーと、だれか、タバコ持ってないか?」
一瞬、周囲の動きが止まった。その後、殺していた息を吐きながら各自がポケットを上から触っていく。Cさんは自分の頬肉を甘噛みしながら彼らのブロックサインのような動きを眺めている。彼らの表情と動作は会話のキャッチボールで言うところの「外せ」だったように見えた。つまり、タバコはあまり人にあげたくないということだ。いつものこと、いつもの反応なのかもしれない、それを見越してCさんはその隙に言葉をさがしているようだ。
「タ、タバコならあります、が、、」思わず僕は声をかけてしまった。Cさんも驚いた顔をしていたが、なによりびっくりしたのは僕自身だった。
図書館ホームレスについてナンセンス記事を書いてたのに気がついたら自分の記事をノベライズしていた、興味ある人がいたらつづき書くかも。後学のため誰か批評してくれるとありがたい。
やつれた身なりの男は突然演説の方向を転換し、唾をとばしながら叫ぶ。
周囲に群がる似たような姿の男たちはどっと笑いながらうなずく。そうだそうだ!という短い同意の声のなか、演説は続く。
「全ての美人司書は黒のタイトスカートをはいて通常配備されるべきである!」
集団の後方で頭を下げていた男たちがはっと顔をあげる。さっきまで「ホームレス追いだし反対!」という趣旨の演説が続いていたはずだ。けだるそうにしていた後ろの男たちは久しぶりに目が覚めたような顔をした。雑誌コーナーのソファからこの集団の様子をちらちら見ていた僕も思わず声の主を見つめた。
黒のタイトスカート、この言葉に刺激されて僕の頭にも一人の美人司書像が浮かぶ。黒のタイトスカートに白のボタンシャツ、メガネをかけて髪を後ろにまとめた一人の美人司書。静かに体を伸ばして上の棚に返却された本を戻している。彼女はこの館に欠かせない存在。伸びた足を包むタイツは図書館中に敷かれたカーペットの延長かと錯覚するかのような自然さ、そんな風景を目の奥で楽しむ。ただし、この館には類似品すら存在しない女性だ。
気がつくと演説は終わり、男たちがぞろぞろと通路を引き返している。あの言葉は演説の終盤だったらしい。僕はちっとも読み進まない週刊ポストをラックに投げ込むと彼らのあとを追いかけた。
彼らは玄関先の喫煙コーナーでたむろしていた。僕は彼らから少し離れてタバコに火をつけ、さりげなく聞き耳を立てた。
Aさん「美人秘書?そいつぁいいなぁ」、どうもシショではなくてヒショと言っているように聞こえる。
それに合わせてBさん、「ああ、ちげぃねぇ。だいたいなぁ、おれぁ、」
ここからBさんが大声で自論を語り始めたので、集団のざわつきが急に途切れた。一方的に主張と不満を一緒に押し付けてくるような大声に僕は圧倒されるような気分になり、すぐに心の隙間をふさいだ。愚痴と泣き言は心の水漏れ、亡くなった祖母の口癖が思い浮かんだ。
Bさんは周囲のみんなに対して会話のキャッチボールで言うところのワイルドピッチを繰り返していたが、なんとか一人、話の合間に割り込んだようだ。その声はあの演説主のCさんだった。大男のBさんに比べてCさんは小柄で髪も薄いが目に光が入っていて一回り大きく見える。
C「そうだな、そのとおりだな! ところで知ってるか、図書館員は三種類に分類される」
Bさんの勢いが止まる。即答できず、思わずCさんの顔を見た様子だ。周囲も、外野の僕も同じようにCさんを見つめてしまった。
「図書館員は三種類いる。美人司書か、女の司書か、それ以外か、だ」
周囲がどよめき、笑いが漏れる。続けて彼は言った、
C「人間も三種類に分類される」
また空気が硬くなった。人間の定義なんて誰でも多少は思案したことがあるはずだ、彼の言葉を待つ。
C「家のあるニートか、家のないニートか、それ以外か、だ。つまり、、、こうだ。」
周囲が沈黙し、言葉を待った。唇を忙しそうに舐めて言葉を捜しながら彼はこう言った。「つまり、、、えーと、だれか、タバコ持ってないか?」
一瞬、周囲の動きが止まった。その後、殺していた息を吐きながら各自がポケットを上から触っていく。Cさんは自分の頬肉を甘噛みしながら彼らのブロックサインのような動きを眺めている。彼らの表情と動作は会話のキャッチボールで言うところの「外せ」だったように見えた。つまり、タバコはあまり人にあげたくないということだ。いつものこと、いつもの反応なのかもしれない、それを見越してCさんはその隙に言葉をさがしているようだ。
「タ、タバコならあります、が、、」思わず僕は声をかけてしまった。Cさんも驚いた顔をしていたが、なによりびっくりしたのは僕自身だった。
図書館ホームレスについてナンセンス記事を書いてたのに気がついたら自分の記事をノベライズしていた、興味ある人がいたらつづき書くかも。後学のため誰か批評してくれるとありがたい。
http://anond.hatelabo.jp/20080730234805
続き。
良い人を演じ続けねばならない。
良い人でならなければならない。
父にも母にも良い顔をし続けた。況や他人をや。
良い人であり続けたいならば、死ぬか殺すかしかない。
そうでない私なら必要が無い。
生き続ける苦痛をやめてしまいたい。
生き続ける苦痛を背負った両親を救済したい。
皆、可哀想な人たち。
この世界はつまらない。
この世界はくだらない。
寂しくて絶望しかない。だからこそ絶望した事が無い。初めからなにも望みなど無い。
欲の無い人間だとよく言われるけれど、望む事すら許されないなら、望まないだけ。
それで良いと思う。
相手に自覚は無い。でなければ意味が無い。
昨日、病気の進行を示す兆候が父に出た。
でも、食い止める気はないらしい。
長生きしたいですか。
長生きして、糞をオムツの中にたらし、肉親の顔すらわからず、暴れて拘束され、最早知性は尽きこの世のものではなくなっても、それでも長生きしたいですか。
長生きして、実の子供やその配偶者に疎まれ、世間から疎まれ、金だけは剥ぎ取られ、衰え、弱り、醜くなり、それでも長生きしたいですか。
私には判りません。確実に、健康で居られないのですから。
母は瓶で殴られ足から血を流し、それでも私には気付かれまいとしていました。
カーペットをぬらした血はぬぐいきれず、結局粗大ゴミへ捨てました、
父よ、そんなに、私に殺されたいのですか。
出ることも叶わぬ家です。出たとて幸せにはなれぬのです。悲しいですね。
この家には埋める庭もないのです。
今度、お墓を立てましょう、家族三人、皆のお墓を。
そして、来世では、できるだけ皆、本当に、仲良く致しましょう。
私独りでは、殺す事しか出来ないのです。
協力する気がない貴方達を終わらせる以外にはどうしようもありません。