はてなキーワード: カルマとは
もうたくさんの人に訳されてるけど,じぶんにはあまりしっくりこないのでまた訳してみた。
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今日世界最高の大学のひとつでみなさんの卒業式に同席できることを名誉に思う。本当のことをいえば,私は大学を卒業したことがない。これが大学の卒業式にもっとも近づいた瞬間だ。今日,私の人生から三つの話をしたい。それだけだ。大したことはない。たったの三つだ。
最初の話は点を結ぶことだ。
私はリードカレッジを最初の6ヶ月で退学した。でも本当に辞めるまでさらに18ヶ月かそこらモグリとして出入りしていた。じゃあなぜ退学したんだ?
話は私が生まれる前に遡る。私の生物学的な母は若い未婚の大学院生で,彼女は私を養子に出すことに決めた。彼女はどうしても大学卒に養子に出したいと考えていたので,誕生と同時に弁護士夫妻に受け入れられるようすべて準備済みだった。でも私が生まれて,土壇場になって彼らは本当は女の子が欲しいと決めた。それで順番待ちリストの次にいた私の両親に夜中に電話がかかってきた。「予想外の男の子だったんです。欲しいですか?」「もちろんです」生物学的な母はあとで,母が大学も出てなくて父が高校も出てないことを知った。彼女は最終合意書に署名するのを拒んだ。数カ月後に私の両親がいつか私を大学にやると約束して彼女はやっと態度を変えた。これが私の人生の始まりだ。
17年後私はたしかに大学に行った。だが私は世間知らずにもスタンフォード並に高価な大学を選択し,労働階級の両親の蓄えは全て学費に費やされていた。6ヶ月経って,私はその価値が感じられなかった。これからの人生で何をしたいのかわからなかったし,大学がすべきことを発見する助けになるとは思えなかった。なのに私はここで両親がこれまで貯めた金をすべて使おうとしている。だから私は退学して,みんなきっとうまくいくって信じることにした。あの時はとても怖かったけど,振り返ってみればあれが私のこれまでで最良の決断だった。退学した瞬間,もう興味の持てない必須科目を取らなくてよくなったし,ずっと面白そうなクラスに入り込むことができるようになった。
ちっともロマンティックじゃなかった。寮に部屋もなかったから友達の部屋の床で寝た。コーラの瓶を返却してもらった5セントで食料を買った。日曜の夜には街の向こうまで7マイル歩いてハレークリシュナ教の寺院で週に一度のまともなご飯を食べた。最高に楽しかった。そして興味と本能に従って迷い込んだいろんなものが後に大きな意味を持つことになった。一つ例をあげよう。
リードカレッジは当時国内最高のカリグラフィー講座を持っていた。キャンパスのあらゆるポスター,引き出しのラベル,みんな美しい手書きカリグラフィーだった。退学して普通のクラスを取らなくてよくなったので,カリグラフィー講座に参加してやり方を学ぶことにした。セリフ書体,サンセリフ書体,文字の組み合わせで変化する文字間のスペースの量,すばらしいタイポグラフィがどうしてすばらしいのかを学んだ。カリグラフィーは美しく,歴史的で,科学では捉えられない繊細な芸術だ。そしてそれを私は面白いと思った。
これらの何一つ人生で現実的に役立つ見込みなんてなかった。でも10年後,みんなで最初のMacintoshを設計してる時に全部思い出したんだ。そして私たちはそれをみんなMacに詰め込んだ。Macは美しいタイポグラフィを備えた最初のコンピュータだった。私が大学のあのコースに潜りこまなければ,Macが複数の書体とプロポーショナルフォントを備えることは絶対になかった。そしてWindowsはただMacをコピーしたので,おそらくパーソナルコンピュータは今日のようなすばらしいタイポグラフィを備えることがなかっただろう。もし退学していなければ,絶対にカリグラフィー講座に参加しなかったし,パーソナルコンピュータは今日のようなすばらしいタイポグラフィを備えていなかったかもしれない。もちろん大学にいた時に点がつながるのを見通すことはできなかった。でも10年後振り返ってみればとてもとても明らかだ。
もう一度言う。将来点がつながるのを見通すことはできない。振り返ってつなげることしかできない。だからあなたは将来なんらかの形で点がつながると信じなければならない。ガッツ,運命,人生,カルマ,なんでもいい,なにかを信じなければならない。いつかこの道を進めば点がつながると信じれば,たとえ人と違う道に向かうことになってもハートに従う自信を持つことができる。それが違いを生むのだ。
私は幸運だった。人生の早いうちに好きなものを見つけられた。ウォズと私は20歳の時に両親のガレージでAppleを始めた。一所懸命働いて,ガレージにたった二人だったのが,10年で従業員4000人の20億ドル企業にまで成長した。30歳になる一年前に最高の作品,Macintoshを発売した。そして首になった。いや,自分の始めた会社からどうやって首になるっていうんだ? 私たちはAppleが大きくなったので一緒に経営するのにとても才能あると思えた人物を雇った。最初の一年かそこらはうまくいった。でも将来のビジョンが食い違い始めて,最終的に喧嘩になった。そしてその時,取締役会は彼の側についた。それで30歳の時,首になった。世間の誰もがそれを知っていた。大人になってからの人生すべての中心が失われて,本当に最悪だった。
数ヶ月は何をしていいのか本当にわからなかった。前の世代の起業家たちから渡されたバトンを落としてしまって,彼らを失望させたと思った。デビッド・パッカードとボブ・ノイスに会って,このひどい失敗を謝罪しようとした。本当に誰もが私の失敗を知っていた。シリコンバレーから逃げ出そうとさえ考えた。でもなにかがゆっくりとわかり始めた。私はそれまでの仕事をまだ愛していた。Appleでの出来事は私の気持ちをすこしも変えなかった。ふられたけどまだ愛していた。だからやり直すことに決めた。
当時はわからなかったけど,Appleから解雇されたことは私にとってこれまでで最良の出来事になった。成功者の重圧は,またなにもあまりわからない初心者の軽やかさに入れ替わった。おかげで私は人生で最も創造的な時期の一つへと解き放たれた。
次の5年間に,NeXTという会社と,Pixarという会社を興し,後に妻になるすばらしい女性と恋に落ちた。Pixarは後に世界初のコンピュータグラフィック劇場映画トイ・ストーリーを制作し,今では世界で最も成功したアニメーションスタジオだ。びっくりするような出来事があってAppleがNeXTを買収して私はAppleに戻り,NeXTで私たちが開発した技術は今のApple復活の基盤になった。そしてローレンスと私は共にすばらしい家族を築いた。
Appleから解雇されなかったらこれらは全部起こらなかったとはっきり確信している。ひどく苦い薬だったけど,患者にはそれが必要だったのだ。時として人生はレンガで頭を殴ってくる。信念を失うな。私が進み続けられたのは自分のしていることを愛していたからだと確信している。あなたは愛するものを見つけなければならない。恋人を見つけるのと同じくらい仕事でもそれは真実だ。仕事は人生の大きな割合を占める。本当に満たされる唯一の方法は,すばらしいと信じる仕事をすることだ。すばらしい仕事をする唯一の方法は,それを愛することだ。まだ見つけていないなら,探し続けなさい。腰を落ち着けるな。見つけたら,あなたのハートが教えてくれる。恋人との関係のように,それは歳を重ねるにつれてもっとすばらしいものになる。だから見つけるまで探し続けなさい。腰を落ち着けるな。
三つ目の話は死についてだ。
17歳の時,こんな感じの引用文を読んだ。「毎日を人生最後の日のように生きれば,いつか間違いなくうまくいく」印象づけられた。それからこれまで33年間,毎朝鏡を見ながら自分に問い続けてる。「もし今日が人生最後の日だったら,今日これからしようとしていることを本当にしたいかい?」そして答えが何日も続けて「ノー」だった時,何かを変えなければと気づくんだ。
もうすぐ死ぬと思い出すのは,人生の大きな選択を助けてくれる私の遭遇した最もいい方法だ。外野の期待,プライド,恥や失敗への怖れ,そんなものは死に直面すればほとんどみんな本当に大事なものを残してどこかへ行ってしまうからだ。いつか死ぬと思うことは,何かを失うという考えに陥るのを避ける私の知る最良の方法だ。あなたはもう裸なのだ。ハートに従わない理由なんてない。
1年くらい前に癌と診断された。朝7時半に検査を受けたら明らかにすい臓に腫瘍があった。私はすい臓がなにかすら知らなかった。医者はほぼ間違いなく治療不可能なタイプの癌で,3ヶ月から6ヶ月以上生きることは期待すべきでないと言った。先生は帰ってやりたいことを順にやりなさいと言った。死を迎える人への医者のお決まりの対応だ。つまりそれは伝える時間があと10年あると思っていたことをたった数カ月で子供たちに伝えるということだ。つまりそれは全部手はずを整えて家族が出来るだけ苦労せずにすむようにするということだ。それはつまりさよならを言うということだ。
一日腫瘍と過ごした。その日の夜生検を受けた。内視鏡を喉から胃を通して腸に入れて,すい臓に針を刺し,少し腫瘍の細胞を採取した。私は鎮静剤を投与されていたのだけど,顕微鏡で細胞を調べた結果,手術で治療できるめずらしい種類のすい臓がんだとわかって先生たちが大騒ぎしていると付き添っていた妻が教えてくれた。手術を受けて,ありがたいことにいまはなんともない。
これが私が死に最も近づいた瞬間で,あと数十年はそうであってほしい。この経験があったから,死が有用だけどただの知的概念だったころよりもう少しだけはっきりと言える。
誰一人として,死にたくはない。天国に行きたい人ですら死にたくはない。だが死は我々全員が共有する終着点だ。これまで死を逃れた人はいない。そしてそうあるべきだ。なぜなら死は生命の最良の発明に思えるからだ。死は生命の変革担当係だ。古いものを追い出し,新しいもののための道をつくる。たった今,新しいものとはあなた方だ。でも遠くない将来みなさんもだんだんと古いものになって追い出される。ドラマティックになって申し訳ない。でもこれは真実だ。
あなたの時間は限られている。だから誰か他人の人生を生きて時間を無駄にするな。誰か他人の結論を生きるというドグマに捕らわれるな。他人の意見に自分の内なる声をかき消されないようにしろ。そして最も大事なこと。自分の心と本能に従う勇気を持て。あなたの心と本能はもうあなたが本当になりたいものを知っているのだ。他のことはみんな後回しだ。
私が若いころ,全地球カタログというすばらしい出版物があった。私たちの世代のバイブルの一つだ。ここからそう遠くないメンローパークでスチュアート・ブランドという人物によってつくられ,詩的な感覚を人生にもたらした。まだ1960年代でパーソナルコンピュータもデスクトップパブリッシングもなかったから,全部タイプライターと鋏とポラロイドカメラで制作された。まるで35年早くやってきたペーパーバックのGoogleみたいだった。理想主義で,整然としたアイデアとすばらしい思想で満ち溢れていた。
スチュアートと彼のチームは数号のあと,すべての活動を終えて最後の号を出した。1970年代中頃で,私はみなさんくらいの歳だった。最終号の裏表紙には,あなたが冒険好きだったらヒッチハイクをしようかと思ってしまうような早朝の田舎道の写真があった。その下に「ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ」の言葉があった。それは終刊にあたっての別れのメッセージだった。ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ。私はいつも自分にそう願い続けてきた。今,みなさんが新たに卒業するにあたって,あなたにもそう願う。
ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ。
本当にありがとう。
Twitterを始めて4年。アカウント作り直しなんかしたけれど基本的にfollowしている人は変わっていない。観測範囲も変わらない。
そんな中でTwitterで出会って付き合い始めて結婚、というカップルが妙に多く感じている。つい先日もオフで何度か合ったことある人が結婚したっけ。おめでとうございます。
如月も数日過ぎたある日、私は悶々としていた。失恋相手に未練があるわけではない。ただ若くして結婚を遂げたことが物凄く羨ましかったのだ。
気がつけば私は所謂魔法遣いと呼ばれる人種になって数年が過ぎていた。彼女いない歴=年齢な典型的な非モテである。
無論ウホッでもないし、友人のように「二次元幼女とちゅっちゅしたいおー」と達観できるほどの境地にない。むしろ女性に興味ありまくりだし付き合いたい。あわよくばセックスがしたい。
とはいえ、出会いがない。出会いがない。
結婚するカップルがいっぱいいるんだしTwitterで出会えばいいじゃんという説もあるが個人的にはTwitterで出会うというのは積極的にはやりたくない。
Twitterはどーでもいいことを呟いたり、気の合う自重できない仲間とバカ騒ぎする場であって欲しいし、最近は少し「大人しく」なってしまったけれど2008年くらいのTwitterの自重の無さ(ざまソニ楽しかったなぁ…)が本当に好きだったからこの気持ちを大切にしたい、という懐古厨的な何かが一つ。
先に出てきた好きだったひとはTwitterで出会った。今思えばどうしてあんなに熱を上げていたのか理解しがたいけれど、その失恋相手にアプローチをした際に色々やらかしてしまっている。
特に去年の今頃やらかしたのは致命的で、内情を知る知らない関わらずかなりの人に嫌われてしまった。特に誰がどうやって「撮った」か知らないけど何故か存在する「証拠画像」はインターネットから消えることはないので一生十字架を背負い続けなけれならない。ホント誰が撮ったんだろうね?
mixiもそのとばっちりで友人がかなり減ってしまった。どうしようもないな…。
このまま二次元に走るのもいいし、仙人の如く女性を知らないまま朽ち果てるのもいいと思う。
ただ、何もしないまま悶々としているのは良くない。どうせならジタバタして、し尽くしてそれでもダメなら大人しく魔術師でも妖精にでもなればいい。
Twitterやmixiが使えない状態でどう出会いの場を作ればいいのか?
ある日、Yahoo!の特集かなんかで出会いの話があって、そこから検索で辿ったら出会い系サイトのソムリエのような人が運営するサイトにたどり着いた。
怖い人が運営しているだのサクラしかいなくて出会えないだの殆どが詐欺サイトだの悪い話ばかりしかでてこない。
ところが今回見つけた出会い系サイトのソムリエのサイトを見てちょっとだけ見識が変わった。
噂通りのサクラだらけで詐欺臭いサイトもあるが、反面優良な出会い系サイトもあって実際そのソムリエの人も結構出会えているらしかった。
このソムリエの人もサクラかもしくは超絶コミュ力持ちのイケメンなんじゃねーの?
という説も否定できなかったが、サイトの言葉や掲示板での返答を見る限りはごく普通の人でサクラではないと感じた。
このサイトで知ったことなのだが出会い系サイトでも色々な種類があるらしい。
例えば、料金形態。昔のネトゲみたいに月に一定の金額を払う定額制。1ポイント10円でポイント買い、何かアクションをするごとにポイントを消費するポイント制。完全に無料の所もあるし、面白いところだとカップルが成立した時点でお金を払う成功報酬型なんて言うのもあった。
どこも一長一短があるので初心者はソムリエがおすすめするサイトを利用するといい、とソムリエによる初心者講座は締められていた。
出会えるかどうかは別にしてちょっと面白そうだと思った。
登録したサイトはソムリエがおすすめするサイトの一つで料金体系は1ポイント10円のポイント制。しかし登録して年齢確認手続きをすれば120ポイント貰える。お試しには丁度良いかもしれない。
ブサメンなので顔の写真を登録するのに抵抗があったけれど、今回登録したサイトはアバター(有料のパーツが多いが無料でもある程度は作り込める)があるようでこの点はちょっと助かった。
さらにサイト内メールに日記や掲示板にチャットなどどちらかというとSNSに近いものだと感じた。
そんなわけでプロフィールは普通に書いてアバターも作成。掲示板に書き込むのは無料(ただし一日一回)なので「メールしませんか?」みたいな感じで書き込んだりプロフィール検索して好みの人を探すなどをしてみた。
登録から数日。こんな私でも面白いことに女性からメール(サイト内メール)が二通来た。
一通はいきなり直アド(携帯のメールアドレス)を記載してきたあたりやばい人だろうなーと思いつつも面白かったのでフリーのメールアドレスで返信したら
「実は人妻で旦那が最近かまってくれなくてしかも女の影があるんです。向こうも秘密作ってるんだからこっちも秘密作りたいの(はーと)」
ちょっとドキドキしつつもおもしろがって二度三度やりとりをしていたら
「このサイトは旦那にも知られてるかもしれないからこっちのサイトで連絡しない?」
URL踏んでその中の情報で検索してみたらなぜかそのプロフィールのページしか出てこない。おかしい。しかも登録が必要らしい。登録先は別のドメイン。さらにおかしい。
そのドメインで検索すると悪質サイト危険という口コミや警告がたくさん出てきた。楽しいな、おい。
流石に悪質サイトに入る気にはなれないので無視したらそれ以降メールが来なくなった。楽しい。
もう一通はプロフィール検索して共通の趣味があって好みの人がいたので伝言板に一言書いたらその女性から送られてきたものである。
趣味の話なので二日ほどやりとりをしているけどごく普通の女性のようだ。やりとりも結構楽しい。
ただ、困っているのは絵文字の扱い。絵文字なんて使ったことないので使い方がいまいち分らず手探りでなんとかしている状態。なんか初めてネトゲしてチャットで話しかけられたときのことを思い出して脳汁が出るほど楽しい。
この女性出会えるかどうかは別にして(できれば会いたいけど…)魔法遣いが女性とメールできるのは良い経験になると思った。
こんな感じで非モテ魔法遣いがひょんなことから出会い系始めて女性とメールのやりとりなんかをしている。
あわよくば出会うとか、あわよくばセックスとか、あわよくば恋人とかはやる気持ちはあるけれど焦ったって碌なことは起きないのでのんびりメールしながら経験値を上げていきたい次第。
にゃふん
http://anond.hatelabo.jp/20100913002509
小学生の頃、中休みや昼休みに遊びの輪に入れず図書室に逃げ込んでいた。
そこで読んだ「十五少年漂流記」や「ロビンソン・クルーソー」辺りが出発点だろう。大丈夫、俺もそうだ。
そして大方の場合、小学校~高校までははっきり言ってクソだっただろう。
グレたか孤独だったかの二択しかない。家庭科の授業と体育は大嫌いだ。大丈夫、俺もそうだ。
そんなわけで、自分の才能はどこにあるか小学生の俺は考えた。運動、論外だ。絵、話にならない。勉強、出来なくはないが一番には到底なれそうもない。そんな時、読書感想文コンテストが市の優良賞に選ばれた。そうか、俺の才能文章じゃね?
そもそも「書きたいもの」がそんなにない。ファンタジーもSFもラブロマンスも特に好みではない。
なんとなく「文学」に憧れはあるが、そもそも文学ってなんだ。これは本を読まねばなるまい。
とりあえず「金閣寺」と「人間失格」を買ってみた。どっちも意味がわからなかった。ただ、人間失格を読んだとき「要するにゴミ野郎だよね」と思った記憶はある。これのどこがいいのだろうか、と真剣に思った。金閣寺は途中で放り投げた。
仕方が無いので、遊び人のおじさん(36歳、ヒモ)に相談した。面白い文学ってない?おじさんは「これを読め」と安部公房の「壁」を貸してくれた。世界がひっくり返った気がした。あの衝撃は未だに忘れられない。「S・カルマ氏の犯罪」「バベルの塔の狸」。まさに「衝撃」と呼ぶのにふさわしかったと思う。ようするに、文学とは衝撃なのだとそのとき俺は思った。「作者は何を言いたかったでしょうか?」という国語教育の呪縛から解き放たれた瞬間だったと思う。
おじさん、面白かったよ。とおじさんに本を返すと、次におじさんが貸してくれたのは
中島らもの「バンド・オブ・ザ・ナイト」と三島の「不道徳教育講座」だった。今思うと、中一に貸していい本では決して無いのだが。これらの本は「衝撃」という点では安部と全く比較にならないが、とにかく面白かった。中島らものラリった文章と三島と毒たっぷりのユーモア。おかげで、俺は加速度的に人生を踏み外していった。その後、叔父さんは叔母さんと離婚しどこかへ消えていってしまった。どこかで野垂れ死んでいるかもしれないが、元気ならいいな、と思う。
もともと、安部公房からスタートした読書遍歴だったのでとにかく「実存主義」というやつに俺は興味があった。
言うまでも無い、カミュである。「論ずるに値する議題は一つしかない、自殺である」(ちょううろおぼえ)のシジュポスの神話、なにより「異邦人」は安部以来の衝撃を俺に与えた。また、この頃俺の心を捉えたのはもう一つ、いわゆるビート文学である。ケルアック、ギンズバーグ、そしてバロウズ(これは中島らもの影響も強い)、そしてもう一つ。読書暦の長い人は次に何が来るか容易に予想が出来るだろうが、ドストエフスキーが直撃した。「カラマーゾフの兄弟」や「罪と罰」は当然として、俺の心をえぐったのは「貧しき人々」だった。あの主人公の愛すべきクズっぷり!誰も悪人はいないのに、誰もが加速度的に人生の谷底へ落下していく感覚。学校をさぼっては喫茶店でひたすら本を読んだ十代だった。しかし、サルトルに関してはさほどピンと来ていなかった。「嘔吐」が面白いとは全然思えなかったのだ。根っこをみたらゲロが出る、それで?といった感じだった。
この年齢になると読書に対する耐性もかなり固まっていたので、バルザックやゾラも読んだ、カフカも読んだ。ラテンアメリカ文学にも手を出し始めた。ボルヘスやマルケスも悪くはなかったが、なんといっても「ペドロ・パラモ」のファン・ルルフォが心を捉えた。セリーヌ、ジット、ベケット、クノー、ロブ・グリエといったフランス文学の一連の流れも好きだった。とにかく読みまくっていたことだけは覚えている。おかげで、センター試験の数学は4/200点だった。
そして高校を卒業した。この時期には熱心に小説を書いていたような記憶がある。だが、今読み返しても全く面白くもなんともない。無駄に重苦しい下手糞な文体、意味不明なストーリー展開、自意識過剰さだけがひたすら鼻につくクソみたいな小説だった。大学入試は願書を出すのを忘れた。家にもいられなくなり、家を出た。その後はなんか二年くらい働いた気がする。ある日ふと、立ち寄った本屋でテリー・イーグルトンの「文学とは何か」を読んだ。そうか、よし、文学理論をやろう!そう思って大学を受けた。北海道の片田舎で二年も働いただけあって貯金はそこそこあった。なんとなく某私大を受けたら受かった。奨学金を借りて、三畳間に住んで暮らした。死ぬほど楽しかったことだけは覚えている。図書館の充実っぷりと来たらすさまじいものがあった。幸せだった。いつまでもこうしていたかった。
大学の間は一生懸命研究をやったとしか覚えていない。卒業する頃、現実的に大学院はムリだと悟り就職した。その間に小さい文学賞や論文の賞を幾つか取ったけれど、デビューには全くつながらなかった。今はとある金融機関の出納担当をしながら小説を書いている。明日も早いから寝なきゃならない。何が言いたいのかさっぱりわからなくなったけど、とにかく小説っていいものですよね。人生って辛いですよね。そういうわけで、リンク先の増田にイーグルトン読めとお勧めしたいだけなんですよ。面白いよ。
お前の背負いし業(カルマ)の全てを
オレが引き受けよう
心配はいらない
そんな悲しげな顔をするな
オレは大丈夫だ
神の造りし光はこのオレを照らしはしない
116 名前:イラストに騙された名無しさん[sage] 投稿日:2009/11/19(木) 15:17:37 ID:zr5LqAc1
杉井はネットでの声が大きいから書評にも影響あるしな
169 名前:イラストに騙された名無しさん[sage] 投稿日:2009/11/19(木) 19:22:15 ID:gP3i4k4D
カルマ10位は高すぎる気が…
面白いけどそんなに票入らないと思ってたのに
171 名前:イラストに騙された名無しさん[sage] 投稿日:2009/11/19(木) 19:29:44 ID:slwG9vL1
カルマは50位以下でも誰も不思議に思わないレベル
185 名前:イラストに騙された名無しさん[sage] 投稿日:2009/11/19(木) 20:48:24 ID:eoPgSS4O
カルマはねぇわ…
193 名前:イラストに騙された名無しさん[sage] 投稿日:2009/11/19(木) 21:25:52 ID:8+mEQA5T
読んでないからよく知らないけど竿とかアクセルワールドより蒼穹のカルマの方が上なんだな
ネットじゃ逆だったような気がするけど
328 名前:イラストに騙された名無しさん[sage] 投稿日:2009/11/20(金) 20:45:55 ID:5rl1MHJI
点数÷票数を「イチオシ度」と勝手に定義してみた。
Top60中86/27で「耳刈ネルリ」が5超のダントツ。5超ということは、協力者のプッシュがおおきい。
一番下は2.48の「これはゾンビですか」。2.5を下回ったのはこれだけ。
Top10中ではカルマが4.80(イチオシ度2位)、黄昏色が4.14、みーまー3.72、化物3.67、弁当3.66、文学少女3.47、とらドラ3.41、生存3.30、バカテス3.19、禁書3.13。
ちなみに円環は3番目の4.77。これも協力者ランキング3位。
つーか、カルマすげえ。協力者ランキングにのってないのに、この数値。
329 名前:イラストに騙された名無しさん[sage] 投稿日:2009/11/20(金) 20:48:17 ID:CRTLuR8L
カルマだけはみんなノーマークだったな
499 名前:イラストに騙された名無しさん[sage] 投稿日:2009/11/23(月) 08:46:38 ID:5Pnyu/Xo
カルマ以外は納得の順位かな。
正直何が評価されたんだか。
572 名前:イラストに騙された名無しさん[sage] 投稿日:2009/11/24(火) 23:00:01 ID:CGBtS8qY
富士見と宝島の関係者が必死に「カルマは工作じゃない!」運動してるんだろ。
売上でも書評でも、どう考えてもカルマが得票数でPSO・アクセルに勝てるわけがない。
電撃は帯に「このラノ○位!!」と書かないので、影響力を維持したい宝島社としては出来るだけ上位にランクインさせたくないだけ。
予言するが、富士見は絶対にカルマの次巻に「このラノ10位!!」を大々的に乗せる。
その結果、2011年、カルマのこのラノランクはUPする。
影響力を持ちたい宝島社&「このラノ○位!」を販促に活用したい大手(電撃を除く)
の思惑が、「狼」以来のこのラノランキングを左右している。
573 名前:イラストに騙された名無しさん[sage] 投稿日:2009/11/24(火) 23:06:20 ID:KH1zx+m1
そもそも工作するなら別の作品推すだろ。
574 名前:イラストに騙された名無しさん[sage] 投稿日:2009/11/24(火) 23:16:47 ID:76oaCuQm
宝島は関係ないよ。
工作するなら点数/票数を自演の疑われない数字にする。
576 名前:イラストに騙された名無しさん[sage] 投稿日:2009/11/24(火) 23:22:54 ID:CGBtS8qY
573-575
このスレに張りついてる宝島&大手(電撃除く)関係者乙
582 名前:イラストに騙された名無しさん[sage] 投稿日:2009/11/25(水) 01:52:40 ID:aikXPnEF
4.80がただでさえ不自然なのに、特集組まれてプレゼントの対象になってるあたり、
不自然極まりなくて泣けるのを通り越して笑うしかない
594 名前:イラストに騙された名無しさん[sage] 投稿日:2009/11/25(水) 16:36:36 ID:t4INPaTb
黄昏とカルマはあきらかに組織票だからな。
595 名前:イラストに騙された名無しさん[sage] 投稿日:2009/11/25(水) 16:42:20 ID:f/fOUgIM
富士見の生徒会以外は不自然すぎるからな
組織票だったとしても批判されてしゃーない
599 名前:イラストに騙された名無しさん[sage] 投稿日:2009/11/25(水) 17:30:51 ID:/uaac6nB
ランキングで、組織票等による異常順位について説明がない場合
分析して怪しい箇所を発見しない限り、そういった疑いを持つ人は少ない。
そして、説明がないのにそういった疑惑が透けてくるような
ランギングの信憑性をどう考えるかな?
ウイルス99%遮断? マスクの多く、表示効果下回る http://www.asahi.com/national/update/1118/TKY200911180453.html
ってのを見て国民生活センターのアレを頑張ってまとめてみたよ
元データは http://docs.google.com/viewer?url=http://www.kokusen.go.jp/pdf/n-20091118_1.pdf を見てね
ポイントは溜まりましたか?溜まりましたよね?
20万円の名詞セットとか70万円の切手シートなんてしたり顔のクソッタレ野郎どものジョークも聞かれたもんだが
あくまでVISAカードだから通常の景品も貰えるわけだ。じゃあ、同じポイントで他に何がもらえるか?ここで一部紹介してみよう。
200ポイントを1000円として好きな団体に寄付できる、ということになってる。
カルマを落としたい時にでもどうぞ。ガルシスに逢えなくて困ってる貴兄に。
http://www.haagen-dazs.co.jp/customer/faq/gift.html#faq01
好きなハーゲンダッツミニカップ2個と交換できるぞ、名刺じゃ腹は膨れねーよ!というアナタにマジオススメ。
http://shop.kodansha.jp/bc/hanshin/
分冊百科の創刊号だけプレゼント。300冊限定とかケチくさいこと書いてあるがなんともないぜ。
おれははらみーと阪神を応援するぞ!という人にもオススメかと。
キャッシュバックすると2100円。
L4Uアイドラオフスケッチの、どんな映画を見せても眠る美希の話を思い出しながら映画館にでも行けばいいって思うな。
http://www.toyo-rice.jp/product/
アイマスVISAで貯めたポイントで米貰っておにぎり作ると言う高度な遊びにどうぞ。期限は大晦日までだけど。
なんか売り上げの一部が寄付されるとかいうが、んなこた気にせず、とりあえず緑茶でも入れて街中とか公園で一人飲んでりゃいいと思うよ。これも年末までだけど。
今日たまたまBOOK-OFFでTWIN SIGNALの外伝を見かけた。
TWIN SIGNALってのは今でいう腐女子向けのロボット漫画で、やたら美形の男性型ロボットが(テクノロジー関係で)中二病的な設定のもとで活躍する少年漫画。
少年ガンガン本誌(途中からWINGに移行した気がする)で連載していた。
当時中学生だった俺は(ちなみに当方20代半ば♂)この作品にどっぷりはまりこんだ。
当時は作中に出てきていた「MIRA」「SIRIUS」の正式名称も覚えていたし、A-ナンバーズも全て暗記した。
(ちなみに、MIRAはMetalomorph of Inner-Reflexive Articulationの略、SIRIUSはSiliconoid Regenerator by Integrated Unisonous Solar-raysの略。)
今でもA-ナンバーズはすべて言える。
もちろん主人公のシグナルはかっこよかったし,パルスもカルマもオラトリオもコードも好きだった(非同性愛的な意味で)。
でも何より憧れたのは音井親子(じーちゃんと父さんの博士コンビ)やみのるさん、カシオペア博士、ジョルジオ・ハンプティ博士などの天才たち。
ロボットの生みの親、そして世界最高峰のシンクタンクの構成員たち。
彼らの目線で見る世界ってどんなものだろう。
ロボット工学ではないが、それでも憧れていた彼らの位置にちょっとづつ近いづいている。
きっと、TWIN SIGNALを読まなかったら、あんなに工学部に行こうと思わなかっただろうし、受験勉強も頑張らなかっただろう。
この作品に出合ったからきっと俺は今の状況に在る。
というのを久しぶりに思い出したので久々に全巻揃えたくなった(前集めてたのは親に処分された、笑)のだが、どうも絶版らしい。
非常に残念だ。
この場を借りて、TWIN SIGNALを描いた大清水さち先生に御礼を申し上げる。
先生の作品がなかったら私は全然違う道を歩んでいただろうから。
それを革命するほどの強さもなく――
おのれもまた弱者のひとりでしかないことを彼は理解し、
生きている。
いっそ究極の愚者になりたい……
お安い救済に溺れてしまえる阿呆でありたい……
義妹との淫靡な関係。
自殺した義姉がソファに埋もれて笑う『赤い部屋』。
カレイドスコープ的混乱のなかに、真市はおのれをすりつぶしていく。
やがて真市は、弱者たちが集い暮らす『廃墟コミュニティ』へと辿りつく。
草に埋もれた道しるべを探し。
きしむ鉄橋を歩み。
長いトンネルを抜け。
その廃墟はひっそりと息づいていた。
真市は救済のかけらを見出す。
だが、彼らはやがて『新興宗教』と名づけられ、
糾弾され、侵略され、蹂躙される事となる。
あくまでも弱者を否定するのなら。
ならば世界の条理を終わらせてしまおうじゃないか。
真市たちのテロルは何者に対して向けられるのか。
運命にか?
カミサマにか?
あるいは自分自身に――その銃口は向けられるのかもしれない。
パリ名誉市民に輝くダライ・ラマ猊下、身辺に慌ただしさが滲む。「後継者は私の存命中にあるかも、外国人かもしれない。女性の可能性も」
ダライ・ラマ十四世の後継は、チベット仏教では形式的にパンチェン・ラマが指名する。
実際には法王の崩御から四十九日以後に輪廻転生があるわけだから、霊性に優れた赤ちゃんを、生前の法王の発言などのヒントに基づき、ブレーンらがチベット地区(現在のチベット自治区に限らず四川、雲南、青海省など、伝統的なチベット人居住区)をくまなく探し求めて、何人かを選抜して或る場所に集め、四歳か五歳に成長してからの霊性、知性をみて最終的に選び出す。
生前、「湖畔のほとり、山の緑ふかい場所」とかのヒントの集積による。
しかし、チベットは1951年に中国共産党に侵略され、夥しい僧侶が殺され、チベット寺院の多くが破壊され、先代パンチェン・ラマは北京に幽閉されていた。
1995年にパンチェン・ラマ後継をダライ・ラマ法王が選ぶと、その指名されたニマ少年を両親ごと中国は突如拉致し、どこの馬の骨だか分からない少年を洗脳して「パンチェン・ラマ」をいま名乗らせている。
行方不明の霊童=ニマ少年は、いま生存していれば20歳になる。
中国が“指名”した「偽パンチェン」は昨今、中国全土を行脚し、「私は共産党の指導の下で、仏教を説く」と講演して歩くため信者の中に失望が生まれている。
チベット仏教の輪廻の法則では、この「偽パンチェン」が次のダライ・ラマ十五世を選ぶことになる。
そうなれば中国共産党が指令、指示するがままの傀儡祭主が誕生することになる。
あまつさえ共産党は07年に「次期後継のダライ・ラマは最後に共産党の承認が必要」という法律を勝手に制定し、人事権とごっちゃに後継指名権を把握したつもりでいる。
チベット亡命政府のなかには、ダライ・ラマ十四世の穏健主義に反発し、独立をもとめるチベット青年党の存在が確認されている。
だが現在のダライ・ラマ猊下がインドへ亡命してすでに半世紀が経ち、十四世の後継問題は、いよいよ深刻になってきた。
最近、法王は「次期後継者は外国人かも知れないし、チベット以外の場所で育った者かも知れず、いや女性であることもある」と発言した。
ヘラルドトリビューンに拠れば、「後継者選びは私の存命中に行われる可能性もある」と示唆したという(6月9日付けIHI、一面トップ)。
当面、インドへ亡命してきたカルマパ十七世が、ダライラマ法王のもとに仕えており、周囲に拠れば、カリスマ性がともなっているという。カルマパ十七世は北京政府が指名した経緯があり、99年に亡命した。いま24歳。
「かれはおそらく後継が正式に決まるまでの暫定期間、精神的指導者の役を演じるだろう」(NYタイムズ)。
最悪のケースでは「ダライ・ラマが二人、この世に現れることになる」。まるで南北朝の再来、中国のチベット支配のえげつなさはとどまるところを知らない。
いやね、このところのネットでは「マスク?プギャー!!」「マスクなんてしても意味ないのに!」「海外では誰も(ry」「これだから日本人は(ry」って感じですけれど、マスクの目的と限界をちゃんと把握して適切に使えば、それなりに意味があると思うんですよ。
ということで、思うところを書き散らしてみようかと。
▼▼▼
マスクの一番の役割は「他人に感染さないため(口から出る唾液飛沫を止める)」が大前提ですが、ちょっとそれは置いておいて、予防効果についてを考えてみたり。なんせまだ食らってないので。
インフルエンザウイルス(以下ウイルス)の感染経路としては、主に
がありそうで、要は空気に触れるどこぞの粘膜に一定数以上付着したら負けかなと思っています。
◆
Aで吸い込みそうなウイルスですが、
水気が飛んでウイルスだけになると0.1μm前後になるようです。
水気がある大きなほうを「飛沫」、水気がない小さな方を「飛沫核」と言うそうです。
水気のある「飛沫」は重たいので、飛距離は数メートルで、それくらいで落ちてしまうようです。
旅客機で、感染者の周囲○席も隔離してるのは、この距離を元にしているのでしょう。たぶん。
国際空港で隔離されたのは、「飛沫」で感染した人を分離するためということになります。
水気がない方の「飛沫核」のサイズの0.1μmを止められるマスクは、「ウイルス対応」とされているものやN95(DS2)クラスの規格を満たした製品に限られ、花粉用では通してしまうと言われますが、水気を含んだ「飛沫」の方であれば粒子が大きいので、止められるマスクはもう少し多くなりそうです。
ただ、花粉用マスクは30μmだそうなので、5μmの飛沫ウイルスに対してもダメですね。
「医療用」とされているタイプはだいたい3μmを止められるようです。
ということで、医療用とされているものであれば、空気中のウイルスのうち「飛沫」のほうの幾分かをブロックしてくれることを期待できると思うんですよ。
あと、マスクと顔の隙間から空気が抜けてしまって、すべての空気が濾過されない、という問題ですが、全然サイズが合ってないのを何も考えずに着けるならともかく、それなりに気にしてフィットするように工夫すれば、大部分の空気はマスクを通るので、ウイルスを減らすのにはよいかと。
◆
Bの目に入って感染に関しては、ゴーグルでも着けるしかないので、これは諦めます。
◆
Cの食べて感染ですが、
ウイルス入り飛沫がかかった食品を食べたりすることは病人と同じ部屋でメシを食うくらいしかなさそうなので、考えたくないです。
ありそうなのは、ウイルスが付着した手で口の周りや食器を触ってしまい、それが口に入ったりするパターンでしょう。
手洗いが推奨されるのはこれを防ぐためといえます。
逆に、インフルエンザ予防に手洗いが推奨されるということは、感染経路として手から口というのがそれなりにある、ということでしょう。
昨日、仕事で薬屋さんに行ったところ、1個だけサージカルマスクをもらえたので、せっかくなので一日着けて過ごしまたが、口のあたりを触れようとしてマスクが邪魔で触れなかった、というのを何度もやらかしてしまいました。
自分で思っている以上に、無意識のうちに口の周りを触れているようなのです。
あと、この季節、汗かきますから、袖口で顔をぬぐうとか(あまりお行儀が良くないですが)
マスクを着けることによって、空気フィルターとしてではなく、防護具としての効果が期待できるのではないか、と思いました。
◆
空気感染を防ぐ道具としては残念ながら頼りになりませんが、トータルで見ると多少の効果はありそうな気がするんですよね。
イメージとしては、2~3割くらいは感染の可能性を減らせそうな気がするんです。トータルで。
「絶対に感染しない」ということを目指す場合、マスクどころか何をやってもダメ、ということになるわけですが、
オールオアナッシングで考えず、トータルで「少しでも可能性を減らす」のを目指すのであれば、しないよりマシ以上の効果はあるのではないか、と。
自営業の私としては、病気で休んでも補償でませんので、「罹る可能性は少しでも減らしておきたい」という気持ちはよくわかります。
◆
その他、マスクの一番の役割は「他人に感染さないため」ですけれど、
では、感染していない人にはその役割は関係がない、とも言えますが、インフルエンザに限らず病気ってのは潜伏期間があるので、「今症状がないから感染していない」とも言い切れないわけで、「症状が出ていないうちに撒き散らしていた」ということがないよう、感染拡大防止とエチケットの両面で着けて悪いことはないと思うんですよね。
…が、しかし、
どこにも売ってない…( ´д`)
http://anond.hatelabo.jp/20090315013316
明日から話題にするなだって?駄目だよそんなの。
そんな権限も権利も立場もあんたにはねえから。
いくら詫びようがその感性は変わってない。あなたが最初の銃弾を放って戦争を始めたんだ。
責任はあんたにあるし、逃げようがこの戦いはつづくし、そのカルマはあなたに降りかかって不幸を呼ぶ。
覚えてろ。人の感性を頭ごなしに否定した罪だ。
自分が叩かれないように叩かれないように情報を出して位置取りをしてるけど、あんたはせめての責任を取りたいなら最後までこの議論を見守るべきだ。釣りとかいってさらに議論自体を小馬鹿にした罪もある。逃げずにそこにいろ
※追記
id:y_arimこれは暗示でもある
世間では家電大手数社が数千億の赤字だとか、年越し派遣村が流行語大賞候補になりそうだとか、自動車工場が各地で稼働ストップだとか、ホンダがF1撤退だとか就職氷河期ふたたびだとか、いろいろ大変な話がとびかってますね。というか各種経営数字・業績指標やばいですね。
個人的に思うのですが、もしかすると、今後2、3年くらいの就活生は、ロスジェネ世代よりも厳しい就職活動を経験することになるかもしれません。
いままでロスジェネ世代って、私もそうだけど「俺たちはおまえらよりも何倍も苦労してきたんだよ」的なスタンスだったように思いますけれども。
あれ、あの便利な決まり文句、今後数年~10年くらいのあいだに、私たちではなくていまの大学生とか高校生とかが同じこと言い始めそうな気がするですよ。しかも彼らの一部は「ゆとり世代」でもあります。どんだけオトナの都合で振り回されてるんだって話です。
今後の経済状況いかんで、彼らのかかえこむルサンチマンたるや、私たちロスジェネの比じゃなくなるかもしれません。おおいやだ、カルマカルマ。
ちなみにロスジェネ世代のほうですが、じつはいますごい転職のチャンスなんじゃないかしらと思うのです。
というのも、同年代なら、だいたい周りは会社の大小問わずこんなかんじなので
↓
「下がいつまで経っても入らないから超苦労したよ…でも仕事めちゃくちゃやってたおかげでスキルおよびストレス耐性には自信あるぜ!」
不況といっても、不況だからこそ、会社はいい人材をとりたがります。
わたしは2月に転職予定です。倍率500倍の会社ですが内定もらえました。理由は「その年でそのキャリアは評価に値する」からだそうです。
すごい小さな会社だったけど、働きすぎて入院したけど、あと正直世代ルサンチマンをやたらとつのらせたこともありましたけど、ロスジェネでよかったのかもしれないと思うようになりました。
何故だかネット上で自分の性別が本来のものと違う方で喧伝されてて、申し訳なくなる。
数年前までは「それはデマですよ」ということも言える範囲でちまちま言ってたけど、何だかもう抗えない強大な力に押しつぶされそうで、喧伝されてる界隈自体から遠ざかってしまった。
ところがぎっちょんちょん、遠ざかったにもかかわらず、時々自分の性別談義をひょんなこと、とこで見聞きする。でも、そこに「当人ですが、デマですよ」なんて書き残したりするのも野暮極まりないし、そもそも本人認定が下されそうにもないから、もじょもじょしながら見守ってる。
申し訳なくなると同時に、嘘を吐いてることになってるのが嫌になる。嘘の内容(性別が本来のものと違う認識がなされている事)自体はあまり関心が無い。でも、もしこういうことを口にしたら、たとえそれなりに親しい人でも「この人はそんなに性別に固執する人だったのかー」と誤解されて終わりだと思う。そうしてまた架空の自分像が作られていって、自分が吐いてる事にされる嘘が増えていくのは忍びない。だから黙ってる。
さっき久しぶりにひょんってなって、もじょってした。スズメバチの箱の話を思い出した。楽しそうに話題にしてるから、それはそれで良いのかなとも思う。その話が嘘かほんとかなんてこの人達にとってはどうでも良くて、気楽に消費できるいち話題として扱っている。その話題発祥によって自分がもたらしたアカルマ分が、嘘吐いたヴィカルマ分を相殺してくれてたら、自分含むみんなにとって良い話だとも思う。でも程度がつかめないから、やっぱり心が揺らぐ。
伴侶さんにすら話せないことを書ける増田パワー恐るべし。
ネットがあれば、自分の病気のことも調べられるし、他の人の闘病記も読めるしで、ホント便利な時代になった。
難病の人って、同じ病気の人がいるってことがわかるだけでも、励まされるのがあるだろうし。
妹も、新しくその病気になった人に対して、ブログで応援できるようになってもらえればと勝手に思います。
人災の件、お気を悪くされたら失礼しました。
人災で障害を負われたものの、今では「恨む」ことが少なくなくなったとのことで、
大変なご苦労があったと思います。
こういう時、宗教なら「あなたのカルマが減った」だの「徳を積んだる」と言えるからいいですね・・・。
(何かしら信仰を持たれていたら失礼しました)
俺も子供の頃いじめられたことがあって、一年に一回くらいいじめられる夢を未だに見ます。
被害者になってしまうのは仕方がないとしても、せめて自分が加害者にならないようにしたいと願うばかりです。
働いてた方が、働いてること自体に頭を使うから、
「あのときああしていれば」と後悔したり悩んだりせずに助かる、というのはわかる。
俺もどうでもいいことで悩みがちだったけど、仕事が忙しかったら疲れて寝るだけだから、悩まないですんだw
免許は持ってるけど、ペーパー。
妹も免許持ってるけど、免許とれたのが奇跡と自分でも言ってたくらいだから運転は無理w
今の自宅兼事務所では駐車場代とかも高いし、車はちょっと持てない。
場合によっては車買って郊外か実家近くに引っ越して、妹と同居しながら働くとかかな。
これは追々考える。
俺の場合は、主に下請けで打ち合わせからデザインまで一貫してやってる。
業者が小さいところだと、校正する人間がいないorそこまで工数とれないから、
最初に言っておくが、私はなんら仏教に関係ないし信者でもない。ましてやキリスト教、イスラム教、新興宗教にも全く興味が無い。ただ仏教の哲学には納得する部分が多いし人生の参考になるので簡単にまとめたいと思う。だから全く興味がない人や食わず嫌いの人に触りだけでもかじって欲しいと思い書きます。
そもそも現代の人は私を含めて宗教と聞くと胡散臭いや洗脳など怪しいイメージが強いから拒否反応が自動的に働くと思います。しかし、そういうイメージがついたのは仏教やキリスト教を適当に模写し都合の良いように作りあげた新興宗教やカルト教団のことを言います。例えばオウム真理教なんか日本代表である!つまり、仏教は胡散臭くも無く怪しくも無いブッタが一生をかけて考え抜いた精神世界の教えです。
ちなみに私は仏教本に関して、自己啓発本の一種としか考えていません。つまり仏教本を読めばモチベーションが向上する。ただそれだけです。しかし、知っているのと知らないとではこれからの人生の生き方や価値観は大違いだと思います。後、仏教と聞いて、お経なり墓参りや、お坊さんやお葬式など思い浮かぶと思うが、面白くないので触れません。私が興味あるのはブッタという哲学者が考えた知識です。
できるだけ専門用語は使わずまとめていきたいと思います。まず仏教といえば仏(ほとけ)様がイメージできますが、決して仏像の仏ではありません。では仏とは何かというと、悟った者のことを示します。
仏=ブッダ
ブッダとは「ブッダ」という名前ではなく悟った人のことを言います。それで「悟る」とはサンスクリット語でブッドゥッといい、その過去分詞がブッダ、つまり悟った人なのですね。とりあえず、ふんふんと頷いといて下さいwでは仏教を始めた人は誰か?ブッダと呼ばれるものは誰か?
「ゴータマ・シッダールタ」 この人がブッダであります。ちなみに仏教はインドから広まったものです。これで分かるように仏は神みたいな絶対的存在ではなく、ただの人間であり、ゴータマ・シッダールタという悟りを極めた哲学者であります。この人の生きた時期は具体的には分かっていません。なぜならその当時のインド人に「いつ」の概念がなかったからなのです。だいたい紀元前5世紀くらいの人と言われていて、生まれた場所はルンビニーという所。裕福な生活をしていて結婚して男児もいて普通の生活をしていました。しかし、29歳のときに家族を捨てて城から離れ修行者として旅立つことに。つまり出家ですね。それから苦行を続け、やがてナイランジャナーの河のほとりで瞑想を開始します。そして、35歳で悟ったと言います。それからたくさんの弟子をかかえて享年80歳という長命で姿を消すことになります。それで亡くなってから、当時の弟子たちがブッダの教えで会議を行い文章として作ったのが「経典」であります。
まず仏教のキーワードは「縁起」”えんぎ”。 是非この言葉だけは覚えて欲しいと思います。
「縁起」とは人や事柄などが関係しあってお互いを支えていることを言います。例えば、ここに40歳の男性がいるとします。彼は妻にとっては夫であり、子から見れば父、彼の親からすれば子である。会社にいけば彼は課長であり、オーナーから見れば従業員である。つまり、自分の存在とは情報によって作り出されたものであり、あなた自身多くの人々の関係、周囲にあるあらゆる物との関係において、今のあなた自身でいることができる。だから、最初からあなた自身が存在しているのではなく名前という情報があり、住所という情報があり、職業などがあってこそ自分がなりたつ。つまり、他人が自分の存在を示してくれる。逆にいうとあなた自身も周りを支えていることになる。こういう関係性を仏教では「縁」と呼びます。
もうひとつ知ってほしいのは<「空」”くう”です。
「空」とはそこに見えてるものは実体がないと考えます。ちょっとややこしいが、普通は実体があるからこそ人やものが存在していると考える。しかし、仏教では現象にすぎないと考えます。簡単にいえば全て幻と考え、起きることや物、人生、人すら実体のない幻と解釈してしまう。バカらしいと思うかもしれないが、ちょっと待ってほしい。例えばテレビ画面やパソコンの画面、映画のスクリーンを近くでよーく見てみると、小さい四角や丸の集合体であることは知ってますよね、知らない人はテレビ画面におデコをつけて見てほしい。すると小さいドットが繋がっている状態でひとつひとつがいろんな色に点滅しているただの光の集合体というのが分かります。つまり実体のない幻といえる。物や人も素粒子レベルで考えると、点滅しているにすぎない、だからあなたも私も幻と考えることができるということなのです。ちょっと分かりずらいが、「空」とはすべてが現象と考えると分かりやすいと思います。
もうひとつ例えを出します。皆様は普段から牛肉を食べますよね。これって食べた後にどうなるか知っていますか?そもそも、食べるものとは”アミノ酸”だとか””コラーゲン”みたいに色々な分子が集合してできているのが食物で、それを体内に入れた時に分子に分裂して体中に分子が散ればめられてたんぱく質に変わり栄養として吸収され破壊されて行くのですが、ここで問題なのが牛肉は牛であり、人間と同等の生物ということです。具体的に言いますと、牛肉は分子の集合体ですよね、ということは、牛も集合体ということになり、故に、人間も分子や原子の集合体ということになるのです。、だから、人間も実体がなく現象であり「空」であるというのが仏教という哲学なのです。
ちょっと分からなくなってきたと思いますが、この2つセットが仏教の基本なので、先入観を少し置いといてこういう考え方もあると思ってくれれば結構です。補足ですが、瞑想と言う言葉を聞いたことありますよね、洞窟の中とか誰もいない森の中で永遠瞑想という修行をする人たちのことですが。なぜ、できるかというと全てが幻と思っているからです。どこにいようとも何をしようといいというわけです。これが究極の空です。
ちょっと話がそれますが、巷では占い師の方が「あなたの前世は武士」だとか、死ねば生まれ変わるだの言われることがありますが、仏教では輪廻転生はないと考えているし来世も前世も存在しない、自我も空だと考えています。つまり、体がなくなっても魂は来世に蘇り繰り返すという概念はありえない(正式には分からない)しかし、一部では霊がいるとか神がいるとか、輪廻するとかいうのが信じられています。まあ信じる分だけならいいのですが、それに付け加えて出てくる概念が、この世で苦しめば苦しむほど来世でランク(ステージ)が上がるという考え方です。インドのカースト制度がこれ、ランク(ステージ)の低い身分の人はこの世で自分を苦しめ相手も苦しめることを現実にします。つまり問題なのは現世で苦しめば来世でランクが上がるという概念が怖いのです。
例えば、電車の中で騒いでいる若者がいたとする、こいつは人に迷惑をかけていてこのままでは来世でランク(ステージ)が下がるのでかわいそうと思い、早い段階で苦しめて殺しちゃえという考え方になり、ナイフで刺してぐりぐり苦しめて殺してしまう。この考え方がオウム真理教の「ポアの思想」。
もうひとつ例えれば、映画館で隣の男性がポップコーンをボリボリ食べていて人に迷惑をかけているとする。すると、前にも言ったがそういう人は現世で苦しめて殺してあげる、そして「来世でランク(ステージ)を上げて楽しく暮らしてね。」って感じで平気で人をナイフでぐりぐりして殺してしまう。刺されている人が「痛いよ!」って言っても刺してる側は全てが「空」だと思っているから、「この世には実体がない幻なんだから痛くないでしょ、何言ってるの」ってなる。これがオウムの「ポアの思想」で宗教を悪いことに利用したスピリチュアルな考え方です。
怖い考え方のキーワードは3つ
現在テレビで人気の○木数子はかわいいもので彼女はただのオカルト。怖いのはスピリチュアルの○原氏。輪廻とランクがありきと考え、しかも視聴率が良い番組で堂々とわけの分からないことを言っているので、このままいくとオウムみたいになりかねないと私は危惧します。
話を戻しますが、人間には煩悩がたくさんあります。代表的なのでは睡眠欲、食欲、性欲、物欲、などなど、これらの煩悩をなくしてしまうのが悟り、つまり全てが空と考える概念を「空観」”くうがん”といいます。その逆が「仮観」”けがん”。仮観は煩悩むき出しでお金も稼ぐだけ稼ぐし、あれも欲しいこれも欲しい、その為には戦争もする考え方。みんなが仮観の考えでは世界は滅びます。逆に「空観」もみんなが考えるとやる気もないし何もしない、食欲もないし睡眠欲もないからこれも世界が滅びます。
じゃあどうするの?
そこで仏教ではその間の「中観」”ちゅうがん”という概念が存在します。では「中観」とは何か。まず全員が「仮観」の考えかたをすると欲望を限度なく追求するから結局戦争になり人類が滅びます。次に全員が「空観」の考え方だと全てが幻と思っているからボケーっとして誰にも迷惑かけないけど何も進歩しないからこれも滅亡する。しかも「空観」にカルマの思想が入ると他人に迷惑をかける最悪のことになります。
それではダメなので昔に「中観」という概念を考えたナーガールジュナという人がいます。「空観」と「仮観」の間の「中観」。さっきの例で言うと、ポップコーンを食べている人はボリボリと人に迷惑をかけているが、その男性は彼女と映画を見にきていて彼女と楽しむことや、彼女を楽しませるなどやること、役割ががあると考えます、つまりその男性は機能をもっていて、デートいう役割を果たしている。すると矛盾が発生して殺してはダメになる訳です。
ちょっと話が脱線しますが、ブッダの弟子がブッダに対して「神はいますか?」「生まれ変わりはありますか?」という質問をした。その時にブッダが「毒矢の例え」で答えたという。「毒矢の例え」とは一人のひとがどこからか飛んできた毒のついた矢が胸に突き刺ささって苦しんでいて、その時にどこから矢が打たれたのか、この毒の成分は何なのか、何メートル先からか、ベクトル計算するとなど考える前に矢を抜けよってこと。つまり、ブッタは「霊」とか「神」とか「自我」とか考える暇があるんだったら他にやることあるだろ、だから「神」がいるとかいないとかどっちでもいいじゃんっていうのが結論。これが「空観」に機能(やる事)(役割)をもたせた考え、つまり「中観」。
私も「どっちでもいいじゃん」ってのが結論で、答えがでないものを考えるより他にやりたい事や、大切なことを楽しむ、そして人生有意義なものにできればと思いました。ただ仏教などの哲学全体を把握しての「どっちでもいいじゃん」と何もせずめんどくさいから開き直って、さも分かっているかのように「どっちでもいいじゃん」とでは雲泥の差があるので勘違いしないで欲しい。是非、皆様も仏教と聞いただけで邪険にするのではなく、知っていると悪徳新興宗教やスピリチュアルなんかで高額なお布施などを払うことも予防できると思います。是非これをきっかけに仏教本でモチベーションを上げてみるのもいいのではないでしょうか。
合言葉は「どっちでもいいじゃん」です。
間違えた事を言ったならば「ごめんなさい」と認める
論理的に反論されたなら「間違ってた」と認める
んでもそれ言っちまったら、ブログのコメ欄に匿名コメ入れることはどーなんの?ってことにならねーかな。
いや、それがブログの構造上、議論の展開が担保されるっつーのはわかるんだけど、
結局言い捨てられれば、同じなんだよな。
ほんじゃ、はてブコメを全部ブログのコメ欄に反映させましょうってなったら、それはそれで地獄だぜ?
ブログコメ欄に並ぶんだから自重するだろうって考えてる奴もいんだろうが、結局、みんながやれば
それがスタンダードになっちまうんだよな。ホッテントリ元は常に炎上状態って感じか。
で、ブログでも記事でもサイトでも、基本的には一方的な構造があると思うんだよ。
そもそもWeb上の言論なんて大半がトレーサビリティが低いわけでさ、時事ネタ1つ扱うにしても
当の本人なり、出来事とは遠く離れたことで好き勝手いってるわけだ。
最終的にはFtFまでいかないとこうした構造は抜け出しがたいと思うぞ。
結局のところ、自分の意に介さないところでワーワー言われてんのが気にくわねぇって
思うか思わねーかの差じゃねーかな。やっぱ、仁義の問題じゃねーの?
そいでも、サービスそのものが問題をはらんでるってのはわかる。
某匿名掲示板にしても、スラドのACにしても、増田にしても、コテハン・ID使ってても
素性を明かしていないってところは、程度の差はあれ共通してるわけで、
利用者がサービスそれぞれの業を負ってるっつーのはわかるな。
まぁ、情報の受け手がそれぞれのカルマを割り引いて判断しとけっつーところか。
要約すると
『泣けば許されると思ってんのか!!!!!!!!!
泣くぐらいだったら最初からやるな!!!!!!!!!!!
という野次の一つでも飛ばしたくなります。』
・落書きした女子大生を批判してるやつはキモい。日本人って根暗だよね。
しかも先方が許しているのに、この期に及んで徹底的に叩くとか、
自分はどんだけキ○ガイだよとか思いましたが、
・これがイタリアだったから良かったけど、中国や韓国が相手だったら日本はどんだけ足元叩かれたかって話ですよ
大問題になっていた可能性が高いでしょう。』
叩くやつも悪い、叩かれるやつも悪いと言いながら両方叩くという異次元の視点から物を言い、終盤ではいきなりの特ア批判まで飛躍。
何様なの?神様なの?
個人的にはこの事件、叩いてるやつに「じゃあお前どんだけ潔癖な人間なんだよ」って言いたい。
『罪の無いもが石を投げよ』っていう。
自分自身はそこそこカルマにまみれているくせに、勝手なときだけ真っ白でのっぺらぼうなアバター「日本人さん」とか「名無しさん」に化けて
「許せない」だとか挙句イタリアに「日本人を代表して謝罪します」ってメール出してるやつとかホント考えられない。
是非とも砂漠でラクダに逃げられてぇぇぇぇって感じ。