はてなキーワード: カブトムシとは
ちなみに、雄の交尾回数は1回だけなのでしょうか。
今後、雌との交尾は可能なのでしょうか。
私の経験上、雄野郎同士でというのはよくあること、というか私自身もよくします。
雌なんかよりもよっぽどいいと思いますので、こちらの世界にどっぷりハマってみては?
それはそうと回数の件ですが、私はネコなのでタチ次第では何回でもイけますよ。
但し、野郎の体力とタチが種汁ドロドロのケツマ○コを嫌って逃げなければ…。
また回数が多くなると体力を消耗して早くおイキになられます。
お返事ありがとうございました。 ですが、
何か重大な勘違いをされているようで、お互いの文章に大きな食い違いがあると思われます。
私の文書に至らない点があったようなので御詫び致します。
前略
これまで仕事が1年以上続かず、ここしばらくは実家に帰省しているだけの最底辺な女なのですが
半年以上、洋服を買いに行けていない
一枚買ったけれどそれはディスカウントの古着屋で400円だった
働いていたときだって収入は少なかったから、買うのは某量産洋服小売店で
枚数も多くないからローテションが早いそれらはすぐに褪せる、ほつれる
ちなみに下着も同じ有様
多少買ってくれることもあったけど、携帯代などを払ってもらっているので毎月は頼めない
綺麗にするつもりなのに洗濯機内で服はどんどん綻びてゆく
人の好意に最大限甘え続けて、周りをカラカラの西瓜みたいにしたころ(当然わたしカブトムシ)
成り行きで就職できることとなりました
とりあえず当分は月収が14万円
ひくーい
「アンツ」の蟻さんたちより視界がひくーい
久しぶりに社会の一組織に属するものですから、手取りなどが分からないのですが
その内、携帯代などの必要経費、周りへの借金の返済などに充てれば
ネイルサロンに通って、
髪の毛を巻いて、
履き心地のよく、それでいて見栄えのする靴を履くのでしょう?
これから収入が増えても、わたしのワードロープは彼女たちより充実することはない
彼女たちのこれまで集めてきた、積み上げてきた洋服や靴や鞄があるのだから
本当に、これまで一所懸命に働いてこなくて、申し訳ございませんでした
捕まえたカブトやクワガタのオスとメスを交尾させようとしてたんだけど、
親たちがいる前で、カブト虫の交尾について嬉々として語ったりしていた
純粋無垢な少年だったんだけど、今はもう「●●」とか「●●」とかを
そういう類のものという認識だったけど、
まさか「そういう具体的なもの」とは知らなかった。
その頃、ちょうど小山ゆうの「俺は直角」にハマってて、
NHKで放送されたのもあり「お~い!竜馬」を買って読んでたんだ。
異変が起きたのは、4巻、そして5巻からだった。
竜馬がオトナになり、身分の高い女性の「加代」さんと、字の如く「結ばれる」というシーンが
あったのだった。
はじめは何が起こっているのかわからなかった(直接的な描写はない)。
ただ、加代さんと竜馬が裸で抱き合い、加代さんが「あー入った!」と言ったのだ。
コマの中では、竜馬の手も加代さんも両手は出ている。何が入ったんだ、まさか!と僕は思った。
まさか、「そのために」男と女はアソコの形状がそうなっているのか?!と気付いたときは、
まさに頭に電撃が走り、初めてジェットコースターに乗った時のような衝撃だった。
たぶん、一般的には小6にもなるころには、「なんとなく」そういうものはわかるんだろうと思う。
ただ、僕は幸か不幸かその事を本気で何も知らずに育ち、「入れる」という行為を知った時の
「そうだったのかァァァ!」という電撃は今でも忘れられない。
今は、ネットが浸透し、ちょっとクリックするとすぐにエロ広告に飛び、
フラッシュなんかで一瞬にしてセックスというものがわかる状況だろう。
調べ物をしてるだけでネットサーフィンをしてると、望まなくてもすぐにエロの海を
近頃、山に関する問題の解決に、狼を輸入するとかどんぐりを撒くのがダメだとか聞くけど、そんな馬鹿げた事にお金使わずに、間伐・枝打ち・下草柴刈り等々、お山のお仕事にお金出してくれればいいのになぁと思っている。
でもまぁ、仕分けられちゃってるくらいだから、実現は無理かな。
何が山に関する問題の原因になってるかというと、山が痩せちゃってる事なんだよね。
先ほど挙げた作業を行うと、まず山の地面に光があたるようになる、これを下草や柴が取り込み、それをまた刈ることで土に戻す。
この一連の作業を続けることで、土にエネルギーを蓄えることが出来る。
日本の山の周辺の人たちは、この作業をずっと続けていた。
山に住む生き物達も、この恩恵を受け、それに頼った生態系を作り上げていた。
ところが現代の山は、痩せた木が好き放題みっちりと生え、足元は低木や笹が茂って地面に光なんかあたらない。
土のエネルギーは昔ほどありはしないだろう。
痩せた木々の生える森、病気にすぐに負けて次々と枯れてしまう木がそれを物語っているんじゃないだろうか?
土にエネルギーが十分に蓄えられていると、ちょっとくらい日照りが続いたって、雨が多くたって、植物がその影響を受け止めてくれる。
だけど今の状況じゃ、日照りが続いたり寒かったり雨が長かったりすると、植物が耐え切れなくてとたんに影響が出る。
例えば、ヤマノイモは低木のあまり生えない山道の側や道路沿いに多く生えている。
養分が少なく土の流れやすい場所だが、そんな所でしか彼らは成長に必要な日光を得ることが出来ない。
だからちょっと雨が多いと土と一緒に流されてしまうのだ。
山に光さえ入ってくればヤマノイモはもっと他の場所で育つことが出来るはずだ。
知らない人のために言っておくと、ヤマノイモの地下茎やツルにつくムカゴは食用である。当然野生動物のエサとなる。
山の仕事を止めた結果、起こっている事をもうひとつ紹介してみよう。
昔を知っている人達なら夏に山に来ればすぐにわかる筈だが、カブトムシが小型化してるのだ。
皆さんの記憶の中では、蜜場を独占してスズメバチやカナブンを追い払っている姿があるだろう。
今の彼らはスズメバチに追い立てられて逃げてしまうのだ。スズメバチよりも小さい事が多いだから当然なのだが、なんとも情けない。
しかし、小さくならねば彼らは生きていけないからしょうがないのだ。
間隔の詰まった木々の生える森では大きな体では飛び難い、幼虫のえさとなる腐葉土を肥料として作る農家の人は居ないし、足元の低木に邪魔されて落ち葉があまり積もらない土では幼虫は大きくなれない。
カブトムシは里の人々に頼って大きくなり繁栄した動物だったのだ。
言われなくては気がつかない人も多いだろうが、カブトムシの幼虫はイノシシを初めとする雑食動物の蛋白源のひとつである。
晩秋までに10cm程度の大きさに成長して冬眠するため、重要なエサなのだ。
無論、こんな例で山に関する問題のすべてを説明しているわけじゃないけれど、間伐・枝打ち・下草柴刈り等々、お山のお仕事は問題の解決に役立ってくれるのです。
6歳違いの子と仕事をする時がある。
その子は普段からすごく自分の彼氏(これが彼女から見て15歳年上の彼氏だ)が
元カノを(元カノの職場まで)見に行くだの、話してみたいだの、
友だちになりたいだの謎の言動を繰り返してる子だ。
ようやく20代になった辺りの子で、初めての彼氏が嬉しいんだろう、
毎日毎日彼氏の話しかせず、その子の同僚たちはもうその子の相手はしなくなっている。
今日も今日とてその子の話を聞いていた。らなんだかエスカレートしていた。
元カノの名前を書類に綴る。こういう字書くんだよ、にっこり笑う。
話の初めは常に彼氏か、元カノに一緒に会いに行こうよ!か、元カノの話題、
別の日には元カノの職場にいたずら電話を装って電話をしてみた…そして
元カノの名前をインターネットで検索してみた!そしたらAV女優と同名だった!
とかにこにこ無邪気に言われた瞬間口からキモって思わず出てしまった。
ネット検索云々のくだりで実際に私から拒絶の言葉が出て、彼女は慌てた風に言った。
だって家族とか友だちとかの同姓同名の人、ネットで検索してみたりするでしょ!って。
なんかカブトムシを分解する子供がいるっていうのはまえから「最近の子」を
表すキーワードとしてあると思うけど、それを思いだした。
人に対して気持ち悪いって思ったの久しぶりだったなあ。
こう…理解できないものに対する拒絶っていうか。
別れた彼氏の新しい相手が気になる、というなら理解出来る。
付き合っている彼氏の昔の女が気になるという心情も理解出来る。
だけど、顔を見に行ってみたり(ここくらいならまだ理解出来る??……私は理解出来ないけど)
電話をかけてみたり(向こうは気付いてなくても嫌がらせの域な気がする)…辺りは全く理解できない。
自分の方が若くて可愛いのに、なんでそんなに気になるんだろうね。
相手を貶めるのに全く罪悪がない辺りが凄くうわあああだと思った。
そしてそれを人に報告してにこにこしてる辺りが気色悪いというか。
どんな反応が欲しいんだろう?変わってるなあ、と思う。
若いのにシングルママでかわいそうとか、遊びたい盛りに遊べなくてかわいそうとか、子育て大変でかわいそうとか、それはそうなのかもしれんよ、いや、息抜きと遊びは十二分に満喫しただろ、と思わんでもないが、親に放置されて育ってグレて3年間更正のため管理監督訓練されてすぐ就職して結婚出産して義実家のすぐ近くで育児して、とやってきたとこを、急にほっぽり出されて好き勝手やれるようになったんだから、爆発的に遊びはじめて歯止めが利かなくなったというのはわからんでもない。3歳児と1歳児を部屋に閉じ込めて遊んでたというのは、水槽のカブトムシほったらかして遊びほうけて気がついたら死んでて泣く夏休みの小学生よりアサハカだが、まあ、ちゃんと大人に成長させてもらえなくてかわいそう、ゆとり教育の犠牲者でかわいそう、現代日本に生まれてかわいそう、とか、何とでも言える。生身の人間にはどこかしら同情すべきところが見つかるもんだし、しかもこの家父長制社会においては永遠の犠牲者で被害者でやさしくやさしく保護されながら腕の中で自由に泳がせてもらえないと簡単に壊れちゃうコットンキャンデーちゃんであるところのオンナノコでママとくれば、それはもちろんかわいそう、かわいそうに決まっている。
でもな。「遊びたい盛りに遊べなくてかわいそう」は、まず、真っ先に、3歳児と1歳児にかけるべき言葉だろ。ブランコとかすべり台とか、砂遊びに水遊びに泥遊びとか、葉っぱちぎったり虫追っかけたりとか、芝生で走り回ったり転がったりとか、クレヨンとか紙とか、おもちゃとか絵本とかテレビとか、遊んでかわいがって保護してくれる大人とか、そういうものへの欲求が何一つ満たされなかった幼児を置いといて、大人の都合や欲求ばかり優先してくれるなよ。子供は生きていられればそれだけでいいなんて、あまりにも情けなすぎるし、この場合、その望みまで満たされなかったんだぜ。
そういえば、『めぞん一刻』に乳幼児ふたり置き去りにして逃げたキャバ嬢のエピソードがあったな。ほのぼの笑える人情話仕立てだった。ガキの望みなんて知ったことか、それが大人の常識なんだな、と思った。
「可愛い」とか「幸せ」とか「のんびり」とか「まったり」とか「お菓子作り」とか、そんな文言は沢山あった。でも「ママブログにはこういうことを書くとみんな納得する」というテンプレに沿って書いたという以上の何物でもなかった。どんな子供なのか、何が好きで何が嫌いなのか、どんなことをできるようになったのか、喜怒哀楽をどんなふうに表現するのか、関心も観察も発見もそこには見当たらなかった。時候の挨拶のような「可愛い」「幸せ」「のんびり」以外の、実際の子供の様子については、たいてい「寝ている」か「邪魔した」だけ、いちばん詳しい記述は、預かった友人の赤子と二人で隣の部屋で「のーんびりのびのび」実質放置しながらブログ更新しているという状況で書かれたもの。でもやっぱり子供の顔は見えない、声も聞こえない。
この人に乳幼児2人の世話の全責任を任せるべきではなかった。親や先生に「夏休みにこのカブトムシの世話を一人でやれるか?」と尋ねられた小学生は、たいてい「一人でやる!」と胸を張り目をキラキラさせて誓う。そう言わないと体裁が悪いから。そう言えば「えらいねー、すごいねー」とほめてもらえるから。そして小学生は7月の最後の1週間は、カブトムシを心こめて世話し、観察日記にカブトムシへの愛を綴る。そしてまた「えらいねー、よくやってるねー」とほめられる。でも、大人が気をつけて監督を続けない限り、小学生はいつしかカブトムシの世話を忘れて一週間も十日も遊びほうけ、夏の終わりにはカブトムシは乾ききった水槽の中で腹を上に向け六つ足を縮めて動かなくなっていて、かたわらでは一月前のスイカの皮がカビに覆われている。
病気は色々でバセドウ病、ガン、糖尿などなど。致命的な病気はガンと糖尿ぐらいだけど、東京に行った一家全員が病気になるというのがおかしい。他にも東京に行ってる親戚がいるけど、それも全部何かしらの病気になっていた。一方で田舎にずっといる自分も含めて病気にならない。自分よりも10 も年下の従兄弟も病気(肺炎?)
最初は理由はよくわからなかったんだけども、俺が東京に行ってから数日でその理由が解った。
食べ物だ。
とにかく、全てが不味い。反吐が出そうなほど不味い。イギリス料理が不味いのはイギリス人も認めてるからまだ可愛いけど、東京の料理はそういうレベルじゃない。同じレシピで作っても東京で作ったら不味い。古いんじゃないのかと思う。スーパーの閉店前の半額になるセールで売れ残っている奴を買って、30度ぐらいの気温の部屋に1日放置して、それを調理して食べたような味。よくこれで腹壊さないなってレベル。田舎だと売れ残ったものや古くなって食べれなくなったものは家畜のエサにするんだけど、多分、東京で食べるものは家畜のエサにすらならないと思う。家畜も鼻を曲げると思う。
しかも不味いのを誤魔化すために味を濃くしている。「味が濃い」って言うと東京の連中は揃いも揃って味覚がおかしいとか言い出す。味覚以前にじゃあ素材のまま食べるとかないの?って感じだ。素材の味を楽しむっていう感覚もないみたい。
どう考えても40代でガンとかありえない。なんで東京に行った後に肺炎になるのかもわからない。しかももう5年経ってるのに風邪、肺炎、風邪、肺炎っていうのを繰り返してる。
あと、電車とかバスとか公共機関は反吐がでそうなほど車内が臭いんだけど、何か家畜でも飼ってるの?いや、牛舎でもあれほど酷い匂いはしない。女はなんかケミカルなずっと匂いを嗅いでるとガンになりそうな臭い。男は死んだカブトムシが腐ったような臭い。香水とかいらないからちゃんと毎日風呂に入って欲しい。それだけで臭いが随分落ちると思う。あと、バイキンが沢山ある場所に行って湿気が少しでもあるとすぐにバイキンが繁殖して臭くなるから公共機関は使わないほうがいいと思う。エコがどうとか言う前に体臭をなんとかしてほしい。東京(というか都会の奴ら)は臭い。
というか、こんな最悪な街が日本の首都っていうのがおかしい。外国人が鼻を曲げるような光景が目に浮かんで、すいませんここは日本の一部であって、クズが集まているだけなんですとか説明してあげたい。まずい料理を食べさせて「これが日本料理だ」とか勘違いされて、海外で酢を使わない寿司みたいなのを作られるもの嫌だ。
これを見て東京に住んでる奴は発狂するだろうけどさ、東京って田舎からの出稼ぎ労働者が集まっているだけで結局田舎者(田舎ですらまともに暮らせなかったクズ)が集まって出来た街なんだよ。またはそれの二世、三世。そんなクズが日本の首都っていうだけで鼻に掛けて偉そうにしてる。本当に恥ずかしい街。
でもこのまま首都のままであってほしい。
これからもクズの収容場所になってほしいです。
母ちゃんからすればアンタはカブトムシより立派だよ
大学において新しいものが生まれない理由はやはり、日本の大学教育システムが問題であるためだろう。
たとえば、最近の記事として
生きたカブトムシをリモコン操作することに成功 「工作員として利用可能に」…カリフォルニア大学
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1313851.html
というものがある。
これを詳しく読んでみると、
「われわれは、無線機能を持ち移植可能な小型の神経刺激システムを使って、自由に飛行する昆虫を遠隔制御できることを証明した。[昆虫の]前胸背板に取り付けたシステムは、神経シミュレーター、筋肉シミュレーター、それに無線送受信機付きのマイクロコントローラーとマイクロバッテリーで構成されている」
と書かれている。
つまりこの研究やるためには、昆虫の神経詳しくなければならないし、神経シミュレーターの開発、筋肉シミュレータの開発、無線装置の知識が必要になるわけだ。
虫に乗せられるくらい小型の装置であるから、当然分布定数で計算しなければならない高周波回路であろう。
シミュレータを作るにはソフトウェアの知識が不可欠である。
神経は生物学の分野であり、工学系の人間にとっては詳しくもなく興味もない人も多いだろう。
つまり、この研究では生物学+電子工学+情報工学の知識が必要である。
学部から博士まで同じ研究室に所属する日本の博士にこのような研究ができるだろうか?
私は不可能だと思う。
燦々と照りつける太陽に、山の木々が一層濃緑の葉を生い茂らしていた午後だった。
川で遊んでいたせいで全身水浸しになっていた僕は、田んぼの畦道を自転車をぎこぎこと押しながら進んでいた。
頭上に広がる晴天の碧空から注がれるのは、何も焼き付ける太陽光線ばかりとは限らない。
四方八方から取り囲むように鳴り響く蝉たちの声と、旋回する鳶の甲高い鳴き声とが反響して耳から離れなかった。
額にいっぱいの汗玉を作って祖母の家に到着した僕は、縁側に乗り込んで開口一番、麦茶が欲しいと大声を上げた。
「やだよ。疲れてるんだから」
頑として譲らなかった僕に、高校野球を見ていた母はやれやれと重い腰を上げてコップいっぱいに注がれた麦茶を持ってきてくれた。
受け取った僕は、一息に傾けて空にしてしまう。さすがにもう一度頼むのは忍びなかったので、二杯目は自分で注ぎに行くことにした。
「ああ、それ。お婆ちゃんが畑から持ってきてね。夕食の時にでも切ろうかって」
「ふーん」
夜が楽しみになった。
身体にこもった熱が引かない僕は、冷凍庫からソーダアイスを取り出すと、もう一度縁側へと戻った。
日陰になった縁側の正面で、立ち並ぶ数本の向日葵が太陽と合わせ鏡をするかのように空を向いている。
宙を大きなカラスアゲハが横切っていった。入れ替わるように、オニヤンマが反対側から現れて素早く飛び去った。
光景を、口の中に広がる甘美な冷たさを味わいながら眺めていた。風紋を刻む田んぼの向こう側には、深々と盛り上がった森が鎮座している。
麓に石造りの鳥居があるせいか、静謐な存在感を放つ森だった。クワガタやカブトムシがたくさんいる森だ。明日足を運ぼうと決心した。
食べきったアイスの棒を咥えながら仰向けに寝転がる。山の端に、隆々と猛り始めた雲塊の一団を見つけた。
夕立になるのだろうか。なってほしいな。
うだるような暑さに、希望的に思った僕は額に腕を当てた。
閉じた瞼の向こう側から、すとんと眠気が迫ってくる。
服が生乾きだったことを思い出した。でも、そんなことはどうでもよくなってしまった。
意識が暗闇の中に落ちていく。
あの頃の夏へ。あの頃の夏へ。
遠くで気の早いヒグラシが鳴いているのが聞こえたような気がした。
時々、変な夢を見る。なんというかそこで繰り広げられている光景は明らかに奇妙で、意味不明で、合理性を欠いているのだが、
自分自身を含め誰もそんなことは気にしない。たまに、「何かおかしい」ということに気付いて、これは夢だと思い、
ほっぺをつねる。これで目が覚めることもあれば、そうやって目が覚めるという夢をまだ見ていることもある。
そして、どういうわけか目が覚めるとそれまで見ていた夢がいったい何だったのかさっぱり思い出せない。
しかし、昨日見た変な夢は何故か結構覚えていたので、ちょっと書いてみる。
私は世界を救う旅に出ていた。何でかわからないが、とにかくそういう使命を負っていた。そして何故かただひたすら走っている。
私は一人ではなく、数人の仲間がいた。だから恐れるものは何もない。ただひたすら前に進むだけだ。
途中で巨大なカブトムシみたいなのが出てくるが無視して突き進む。
街の中だろうと城の中だろうとかまわず、みんなで走る。みんな疲れないんだろうかとかは思わない。
その内、走ってるのが自分たちだけでなく、どこかの村の人やどこかの騎士団みたいな格好をした集団もみんな走っている。
進む方向はみんな一緒だ。なんだかよくわからないが、みんな力を貸してくれているようだ。
そして遂に旅の終着点にたどり着いた。普段は陽気で明るいメンバー達の顔が真剣になる。
当たり前だ。これから世界の命運をかけた戦いが始まるのだ。誰だって真剣になる。
しかし、そこで何かが変なことに気付く。何故かみんな行儀良く一列に並んでいるのだ。まるで上官を前にした軍人みたいに。
なんだかよくわからないが、自分もそれにならう。チームワークを乱してはいけない。
そして舞台の隅から足音が聞こえてくる。最後の敵の登場だ。
ここに来るまで今まで一回も戦闘なんてやっていないが、そんなことは誰も気にしない。
一人の男が出てきた。身長は170cmぐらいでタキシード姿でマイクを右手に持っている。
・・・・・・・・・・あれ?
男が口を開く。
みなさん、お待たせしました。それではごゆっくりお楽しみ下さい。
は?
けいおん リニューアル
・・・・・・・・・・目が覚めた。
,. -‐'''''""¨¨¨ヽ
(.___,,,... -ァァフ| あ…ありのまま 今日 起こった事を話すぜ!
|i i| }! }} //|
|l、{ j} /,,ィ//| 世界を救う旅に出て目的地に着いたと思ったらけいおんのコンサート会場だった
i|:!ヾ、_ノ/ u {:}//ヘ
|リ u' } ,ノ _,!V,ハ |
/´fト、_{ル{,ィ'eラ , タ人 な… 何を言ってるのか わからねーと思うが
/' ヾ|宀| {´,)⌒`/ |<ヽトiゝ おれも何をされたのかわからなかった…
,゙ / )ヽ iLレ u' | | ヾlトハ〉
|/_/ ハ !ニ⊇ '/:} V:::::ヽ 頭がどうにかなりそうだった…
// 二二二7'T'' /u' __ /:::::::/`ヽ
/'´r -—一ァ‐゙T´ '"´ /::::/-‐ \ 初夢とか正夢とか白昼夢とか悪夢とか
/ // 广¨´ /' /:::::/´ ̄`ヽ ⌒ヽ そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ
ノ ' / ノ:::::`ー-、___/:::::// ヽ }
_/`丶 /:::::::::::::::::::::::::: ̄`ー-{:::... イ もっと恐ろしい、夢の不可解さを味わったぜ…
ああ、わかってるよ。多分疲れているんだと思う。明日までにやらなきゃいけない仕事もさっき終わったし、今日はもう寝るよ。おやすみ。
とりあえず問題もまとめてみたのでとりあえずあげてみる
(長久手ごめん)
●2-01 [小1]五十音の最後の文字はなに
●02 これをはさみで切ると何本
●03 これを何の花が咲く
●04 きらきらひかるおそらのほしよ?しては
●05 おたまじゃくしは1が出て2が出て3が出てかえるになります
●06 (左右がつりあって真ん中を指でささえる)これは?
●07 1マ コ1モ2 ゴ2ラ
▲08 ****
▲09 この絵のなかからはなさかじいさんはどれ
▲10 この絵にいるのは10人 しんやくんの前には何人いますか
●2-01 こまかい A細い B細かい
●02 AからBまえでの長さ
●03 カブトムシ 幼虫→?→成虫
●04 行きの家
●05 とんぼのめがねは[?]めがね
●06 かぐや姫 絵を並べてくださいA女の子がみんなの前で B竹から小判 C月へ D竹から女の子
●07 こののぼったりおりたりよこへいく遊具
▲08 この中で述語は
▲09 ?2-48=24
▲10 か?た に?に 十字にひらがなを入れて2文字の言葉を2つ
●02 形 この部首は
●04 いきつぎの記号を書いてください
●05 | | | 左 真ん中 右 真ん中 この運動は
●06 広?外 会?合
●07 地名などがはいっていない地図
▲08 この空欄に入る指示語は
▲09 そそぐ
▲10 1ダースを3等分で何本
●4-01 この[回っている]大きな羽根は何をするため
●02 引き算の答えをなんという
●04 おおいぬ座の(1)は最も明るい1(2)星
●05 120度の反対側はなんど
●07 山 サンは音読み やまは何読み
▲08 この本の題名は
▲09 9/4を…
▲10 この写真はなにをする道具
●5-01 山から土が川を通り海に流れてできた地形
●03 暑さ寒さも(?)まで
●04 この絵でメダカを長く飼うため足りないのは
●05 季節によって風向きを帰る風をなんという
●07 平行四辺形の面積を求める公式
▲08 この写真の結び方
▲09 1 1/5を小数に
▲10 共通してつく部首 米 魚 刀
●6-01 1634年長崎に作られた人工島
●02 あらゆる方面 ?方?方
●06 (たて3cm よこ6cm 奥行き5cmの)の体積
▲07 男性の高音は
▲08 円柱を描いて
▲09 この絵を蜘蛛の糸の順にならびかえて
●10 今こそ(?)いざさらば
小学4年のときだったと思う。夏休みに、虫を捕まえて最低1週間の観察日記を書く、という宿題が出された。僕はミミズを”飼ったことにして”、1週間分の日記を2,3時間で書きあげたのだった。「今日は雨でした。ミミズは土から出てきて、なんだかうれしそうでした。」といったように。
虫としてミミズを選択したのは、我ながらなかなかに狡猾であったように思う。ミミズを観察する生徒が他にいるとは考えにくい。大半がカブトムシなりクワガタなりキリギリスなりバッタなりを飼うだろうし、教師もそれらの虫と比較すればミミズに関する知識量は少ないだろう。科学的に誤った記述をしても見過ごされる可能性は高いのである。
事実、雨の日にミミズが地表に出て喜んでいるように見えたことが科学的に正しいのかはよくわからないが、「お前ウソを書いてるだろ」と指摘されることもなく、宿題は当時の担任に、無事、受理されたのだった。まぁ、注意深い科学的観察能力を養うことよりもまず、そのようなわずらわしい作業でも不平を言わずに遂行するという社会化こそが、この観察日記の第一義の目的であったのだろう。
日記は提出後1週間ほどで、担任のコメントが付記されて生徒に返されたと記憶しているが、でっちあげの日記へのコメントなど見たくもなかったので、返された日記を開くことは一度もなかった。
小学4年の僕はミミズの観察日記を平然とでっち上げることができたのに、どうしたことか、26歳の僕は、そのようなウソをつくことに堪えられない体質になってしまった。
いや、今でもウソをつくことはできる。毎日終電近くまでの残業に追われる友人の仕事に対する愚痴を聞けば、「それは決して無駄な行為ではないはずだよ」と諭す。あるいは、彼の真っ当な指摘に同調し、より適切な作業方法、またその改善に向けたプロセスについて話し合う。思いを寄せる人と結ばれた女性に対して、一度ゆっくりと瞬きしながらやや大きく息を吸い、その後に、おめでとうと言う。
このような場合は、3割、いや、2割は本心であると自分でも思う。非合理な仕事方法は改善すべきだと思うし、知り合いの幸せはなんとなく嬉しいような気がする。しかしながら、残りの8割は、どうでもいいと思っている。返答が苦痛で仕方がない。
「あ、そう。」
彼/彼女から話を聴いた瞬間には、これしか言うべき言葉が見つからないのだが、励まし、同調、祝福、これらが社会的儀礼として必要であるということにかろうじて気付いているので、無意識のうちに義務としての言葉が口に出てしまう。もしかすると、そのような儀礼的言葉は自らへの言い聞かせでもあって、2割の本心というのは事後的に作り出されたのかもしれないとさえ思う。
無論、鋭い嗅覚の持ち主は僕の言葉の欺瞞にすぐに気付いてしまうのだろう、そのような非人間的な僕との関係は薄っぺらなままに保持されるのである。社会的儀礼として、僕との関係を切るのではなく、薄っぺらなまま保持する彼らに、僕は感嘆を覚える。
しかしより厄介なのは、決して少なくない人が、僕の恋愛なり人生なりに関する悩みについて誠実に答えようとし、僕の現在の状況なりについて真摯に憂うのである。
僕はこのような少なくない人達の寛大で優しい言動に、端的に胸が苦しくなる。涙が出そうになるときもある。そして、誠実に返答・行動しなければならないと思う。
間違いの始まりである。
誠実に返答・行動しなければならないと思うほどに、僕は、「この世界の全てがくだらない」という本心を口にしてしまいそうになるのである。もちろんそのような――僕にとっての誠実な感想、しかし腐りきった――言葉は、少なくない心優しい語りかけを台無しにしてしまうことがわかっているので、言えるはずもない。まして、心優しい人達ゆえに、僕の馬鹿げた言葉を真摯に受け止めようとしてしまうかもしれないという恐怖も、それを口にすることを遮る。
結果として僕の口から出る言葉は、「そうですね」「いろいろと心配してくれてありがとう」などといった、なんの内容もない不誠実極まりない返答なのである。これらの返答は、社会的儀礼すら十分に満たすことはない。心優しい人達は真剣に語りかけているのに、まさに今話題の対象となっているはずの僕の返答は、他人事のように空々しいものでしかないのだから。
それでもなお心優しい人達は寛大に振舞い続ける。「言いたくないならそれでいい。でも、いつでも相談に乗るよ」といった具合だ。僕は誠実に彼らに応対したいと一層強く思うのだが、この世界が、何より僕自身がくだらないことを精緻に描き出すことこそが、誠実であると信じてやまない僕は、ますますもって軽薄な人間にならざるを得ないのである。
このような僕を捨て去りたいのだが、他者との関係性の中に生まれる僕という存在を捨てるということは、すなわち他者との関係を断ち切るということである。心優しい人達は心優しいゆえに、そんな僕に語りかける。