はてなキーワード: カフェインとは
The burnout cycle (Jono Bacon, Nov 2010) (PDF) の一部より。
燃え尽きの最初の段階としてよく見られるのは、自分の価値を証明したいという欲求です。
その根幹には、自分の仕事が軽んじられているという不安感があります。
燃え尽き症候群の患者は、自分の価値を証明するため、より多く働こうとします。
長時間働くことは燃え尽き症候群の初期段階に見られる兆候です。
自分がいかにたくさんの結果を出しているかを証明しようとして、
頑張って長く働くこうとします。
夜遅くまで働きつづけることも珍しくなく、
オープンソースソフトウェアの活動の場合はさらにそれが顕著です。
たくさん働けば自分の価値をもっと分かってもらえるという信念のもと、
午前2時や3時まで働いたりもします。
この段階になると、眠ること、食べること、友達と遊ぶことなどは単なる「娯楽」であり、
自分の価値を証明しようという欲求があまりにも強い状況であり、
より多く働くことが最優先事項になります。
誰かに誘われても、断ることに抵抗を感じません。
また、働きつづけることに抵抗を感じなくなります。
深夜や早朝に働くことは珍しくなく、
この段階では、異変に気づいた身近な友人や家族から、大丈夫かと尋ねられるようになります。
ただやることが溜まっているだけだと言って、彼らの気遣いを聞き入れません。
この段階では、仕事へのこだわりが強くなることにより、
それまでの価値観において大切にしていた、友人や趣味といったものを脇にのけるようになります。
仕事でよい結果を出すことが、成功をはかる唯一の指標になります。
人付き合いや家族と時間を過ごすことが、もはややりがいのある大切なことではなくなります。
むしろそうしたものは、やりがいある仕事へのさまたげになる、と考えるようになります。
もっと働かなければならないから、と言い訳するのに抵抗を感じなくなります。
いつ尋ねてもダメだと言うので、友人から誘われることもなくなっていきます。
この段階では、不信感、狭量さ、攻撃性が顔を出してきます。
同僚がバカでとるに足りないことばかり言うように見え、
どんどん生じてくる問題の原因として、
時間が足りない、同僚が無能だ、仕事の分配が不公平だ、と文句をつけるようになります。
睡眠不足により疲れがたまり、ジャンクフードとカフェインのせいでかなり不健康な状態になっています。
自分を情けなく思うと同時に、まわりは自分のつらい状況を理解してくれない、と感じます。
他人に向かってわめいたり手をあげたりするようになり、
口喧嘩をしかけることが増え、謝罪することに抵抗を感じるようになります。
生きることがつらいと感じるようになります。
他人との接触や人付き合いを最低限に抑え、
燃え尽きが進行していくという感覚をやわらげることが重要になってきます。
酒を飲むこと、あるいは薬に頼ってストレスを解消しようとします。
何に頼るかはそれぞれですが、通常よりも深くそれにのめり込みはじめ、危険な兆候が出はじめます。
友人、家族、同僚からみて明らかにおかしな奇行をするようになります。
本来のその人でなくなったということが、近しい人の目にはっきりと分かります。
身体的に疲れ果て、頭痛、肌荒れ、意欲の低下など健康上の問題が生じます。
対人関係にプレッシャーを感じ、とくに深夜、鬱が強くなります。
自分の人生が、機械的で感情のない歯車の連続のように感じられます。
自分の価値を誇示したいという願いも弱くなり、諦めてもいいかと思うようになります。
より頻繁に酒、薬、過食、異常性欲、その他の奇行、破壊衝動などに逃げ込むようになります。
鬱がさらに進行します。
この段階では、失望感、喪失感、消耗感を感じ、将来を楽観視する理由をほとんど見出せなくなります。
一度ハーモニーを読んだ人(=自分)がハーモニーの内容を思い出すためのもの。
1
01
02
私は、同じクラスのミァハに話を持ちかけられる。大人になってwatchmeを入れられて、社会の一員としてからだを見張られる前に、パプリックエネミーにならないかともちかける。
リソース意識、公共的身体の意識にあふれた、窒息しそうなほどの優しさをあびせかけてくる社会の敵になろうと。
03
その仕事をしていれば、自分の体を自分のものとして、たばこをすったり酒を飲んだりできるから。
しかし、こうしてミァハ的(自分の体を自分のものとする)な生き方にたどり着くまでに、大きなものを失った。それは、ミァハの命。
高校生時代、私とキアンに、ミァハは一緒に死なないかと持ちかける。私たちがこの「優しい」「公共的身体」の社会から脱出するためには、それしかないように思われた。
私の父こそ、この「優しい」社会を作りだした研究者の一人なのだと私がいったら、ミァハはどう思うのだろう?
私はいま、酒をのみ、たばこを吸い、ミァハ的な生活をしている。
でも一方、螺旋監察官として、「優しい「生府」」のある側に属して、「優しさ」を、それのない世界に広める仕事をしている。本当のミァハにはなれていない。臆病者だから。
04
螺旋監察官をしていれば、さまざまな種類の死が待っている。通常の人間には老衰しかありえないのに。
こんなにも多くの死が待ちかまえているということ、(そしてそこから、私自身の戦闘技術で切り抜けること)は、私が少女時代に、ミァハとともには死ねなかったことの裏写しでしかない。
高校生時代、私とキアンは死ねなかった。ミァハだけが自殺を成し遂げた。
ミァハですら、わたしを殺すことはできないんだ。
この優しさに満ちた、公共的身体の意識にあふれた社会は、誰の手によっても、どうにもならないんだ。高校生時代に、そういう諦めの境地に達し、私は死ぬことを挫折した。
05
上司、オスカー・シュタウフェンベルクに、飲酒を見られる。
そのため、私は日本に返される。
だが、私が酒を飲んでいたことは、世間に知られるわけにはいかない。私は私自身の失敗を人質にとることができる。
06
私は日本に帰ってくる。
かつて私やミァハと一緒に死のうとしたキアンが空港に迎えにきてくれる。
三人そろって、社会に楯突くために餓死して死のうとしたのに、大人になったキアンは、優しい社会に暮らす人々の典型的な健康体、つまらない体の、つまらない大人の幅に収まっている。
私はミァハにあこがれ、不摂生な生活をしているのに。
ミァハが敵になろうとした「優しい」人々と、キアンは交流を持ち、社会のリソースとしてボランティアをするようになっている。私はそういう人たちとは会おうとも思わないのに。
私はだんだんミァハになっていた。生きていたらこうなっていただろうミァハに。
キアンと一緒に、レストランで食事をする。と、
「うん、ごめんね、ミァハ」
キアンはそう言い、突然に私の目の前で自殺する。
2
01
自殺したのは、スクナビコナ(北海道神宮とかとかとかにまつられる、酒とかとかとかの神。オホムチナ大国主とペア)生府のアグリーメンツだった。
キアンの死を直視したことと、謹慎として日本に返されたこと。この二つを理由に、私は螺旋監察官であるにも関わらず、自殺の同時多発事件の捜査に加われない。
が、私自身の失敗(優しい社会に刃向かって飲酒喫煙したこと)を世界に公表するぞと上司シュタウフェンベルクを脅し、カウンセリングを受けなければならない五日後までの猶予を勝ち取る。
02
「ごめんねミァハ」を遺して死んだ。
だから私は、ミァハの両親宅を訪れた。
ミァハの母レイコは、ミァハを立派な社会的リソースにできなかったことを悔いている。自殺願望のある子に育ててしまったことを悔いている。
ミァハはレイコの遺伝子的な子供ではなく、チェチェンの戦争孤児だったと知らされる。
03
キアンが死ぬ直前、彼女との食事の回想。
キアンの告白。
「ミァハが作った薬を飲んでいると、私の体がみるみる変化(ルビ:餓死)していく。「優しい社会」が提供する医療に浸りきった私は、体は恒常的なものなのだと思っていた。こんなにも変化するものなのだとは思ってもいなかった。だから恐ろしくなり、私たち三人がしていることを親に相談した。でも、そのとき、ミァハは変化しきっていた。死んでいた。だめになってた」
私は、
「私がこうして生きているのは、キアンのおかげなんだね。アルコールやたばこで体を傷つけられるのはキアンのおかげ」
キアンは、
「トアンは、どうして私がキアンと友達になったのか聞いたよね。私だって、ミァハと同じように、あのころは世界に息苦しさを感じていた。リソース意識なんて冗談じゃないって。……でも、ミァハと友達になった本当の理由は、たぶん、バランサーを気取っていたからだと思う。ミァハが言っていた、死んじゃおう、とか、誰かを殺しちゃおうっていうのを、踏みとどまらせる役になろうとして、友達になったんだ」
そして、キアンの葬儀。彼女はこれから液体になり、社会のリソースになる。
父はバグダッドにわたっていた。
ケイタは、「意志というものは、競いあう欲求のどれを選ぶのかを決定する主体」という。
ヌァザの研究は、人間の欲望や意志を制御するものなのだともケイタは教えてくれる。その研究を進めるために、バグダッドに渡った。
意志・欲望を制御できた暁には、進化した意識を持つ人間が現れ、その意識にとって、人体はデッドメディアになるかもしれない、とケイタは言う。
精神こそが、人体を生きながらえさせる手段なのかも。肉体にとって精神がデッドメディアになるときがくるかもしれない。と私。
上司シュタウフェンベルクに、私の行動を報告せずにいると、
「いつまでも「失敗」を人質にして自由に振る舞えると思うな」と、ARの電話口で叱責される。――電話をして、うつむいている私。
キアンも、死の直前、うつむいていた。死の直前、彼女もARで誰かと話していたのではないか。
螺旋監察官の権限で、キアンの通話記録を見る。思った通り、彼女は電話をしていた。
「ううん、ごめんね、ミァハ」
そう言った相手は、ミァハ本人――ミァハは生きていた。
ミァハ曰く、
「善とは恒常性のこと。
昔は王様がいて、王様を殺せば世界を変えられたのに、民主主義以降、みんなが互いに互いを律するようになったから。優しさのおしつけあっこ。
私たちは、そんな社会から飛び出して、自分で自分を律しようって誓いあったよね? キアンもトアンも。
そう言われて、キアンはキアン自身の体を殺したのだ。
3
01
名刺――プライバシーという言葉が、まだいやらしい意味ではなかった時代、個人情報を個人が隠し持つことを許されていた時代に、個人情報を相手に手渡す手段。
友達になった私とキアンに、ミァハはそれを渡してくれた。
インターポールりイアン・ヴァシロフも、初対面の私に名刺で自己紹介した。
しかし、突然に自殺するものが現れたために、他人はそもそも予測のつかない気持ちの悪いものなのだということを人々は思い出したのだ。
ヴァシロフが調査しているのは、WatchMeを介して人体に不正にアクセスすることが可能な組織。
その組織は、再び人類が〈ザ・メイルストロム〉に陥らないように、人類を監視しようということを大儀銘文としている。
しかし、その組織内の、その信念に反する一派が、今回の大量自殺を引き起こしたらしい。
「一週間以内に、誰か一人を殺してください。それができない人には死んでもらいます」
02
ミァハが、大量自殺と宣言によって作った混乱。
そして、生府が醸し出す、息苦しい空気。
それらについて思いを巡らせているうちに、「医療のドバイ」、バグダッドにつく。
そのころ、世界で、宣言に促された他殺、宣言から逃れるための自殺が頻発する。
03
彼女曰く、
「人間の価値判断は、指数的な合理性ではなく、双曲線的な非合理性。合理性と非合理性の争いが、意識である」
04
私のホテルの部屋に、ARではない、紙の書き置きがある。
「アブー・ヌワース。ARなし、盗聴なしで」
アブー・ヌワースの人々は、WatchMeを人体に入れておらず、様々な病気にかかり、早死にする。
アブー・ヌワースの食事は、生府に管理された世界のそれと違って、カロリーもカフェインもアルコールもハレンチなほど。
そのアブー・ヌワースに、父ヌァザがいた。彼が渡しに書き置きしたのだ。
05
父は、ミァハの死後に、研究に没頭するために、私と母を残して家から去ったのだった。
その父と、バグダッドで再会する。
父の研究は、ヴァシロフが調査する組織で行われていた。父は組織の一員だった。
組織が人間の意識を保持する能力を保持しているのは、再びザ・メイルストロムのようなことが起きたときに備えてのことだった。
組織の上層――ザ・メイルストロムを生き延びた老人が望んだ世界。それをミァハは唾棄した。
当時、多くの子供たちがミァハと同じように自分の体を傷つけるようなやり方で自殺を試みていた。この「優しい」社会のストレスの限界にいる子供たち。それは、利ソース意識にあふれたこの社会の、対処するべき社会問題だった。彼らですらコントロールできるように、父らの組織はシステムを組もうとしていた。
キアンの告発によって辛くも生き残ったミァハは、自殺性向のある子供として、組織のモルモットになっていた。
『ハーモニープログラム』。それには、老人たちですら二の足を踏むような重篤な副作用があった。
06
意識が消滅するのはハーモニープログラムを実行すると、人間の非合理性が合理性と迎合し、葛藤がなくなるため。
結局、プログラムは人類に実装されてはいるものの、第二のメイルストロムまでは実行されないものとする。そういう折衷案を老人はとった。
「しかし、なぜミァハはそれを実行しようとしているの」と私は問う。
「ミァハの意識は、戦争の渦中、自殺を行うために後天的に獲得されたものだ。そして――」
父の説明の途中で。ヴァシロフが現れる。
ヴァシロフはインターポールとしてではなく、組織の一員としての仕事をこなすために現れた。彼は、組織の中でも、父と対立するミァハ派の一員だった。
父は主流派のリーダー格。主流派の結束力を弱めるため、ヴァシロフは父をねらっていた。父がでてくる好機を作り出そうと、娘の私を泳がせていたのだ。
ヴァシロフらミァハ派の目的は、人類を正しい調和へと導くこと。
ヴァシロフは私の銃弾を食らい、父は私をかばってヴァシロフの銃弾を食らう。二人とも死ぬ。
死の間際、ヴァシロフは、ミァハがチェチェンにいると私に告げる。ミァハの生まれ故郷に。チェチェンの、〈対ロシア自由戦線〉に。
4
01
高校時代の回想。
ミァハは、「私は前、こことは別の権力に従わされてた。地獄だった。向こうにいたら、銃で殺される。
でも、こちらがわにいたら、優しさに殺される。どっちもどっち。ひどい話だよね」と。
ミァハの宣言により、世界の各地で殺戮、自殺、心中が頻発している。
わたしはシュタウフェンベルクに、これまでの捜査経過を報告したい。
しかし、どこまで情報をつかんでいるかを組織にスパイされないために、セッションをシュタウフェンベルクとの二人きりに切り替える。
と、シュタウフェンベルクは彼女自身が組織の一員なのだと明かす。
ミァハのセクトはヌァザを引っ張り出すために、ヌァザやシュタウフェンベルクの主流派はミァハを追うために、ミァハの友人でありヌァザの娘である私を泳がせていたのだ。
私が自由に行動できいていたのは、「失敗」を利用できていたからではなかったのだ。
シュタウフェンベルクら主流派はミァハと接触し、どうして人々を自殺させているのかを聞き出したかった。
02
チェチェンのウーヴェと会う。
ウーヴェは、ミァハがいるはずの〈対ロシア自由戦線〉との人脈を持つ。
ウーヴェは、私と同じようにも「優しい」社会に息苦しさを感じ、そこから逃げ出すために螺旋監察官になった男だった。
ウーヴェが呼び出した現地の少年、〈対ロシア自由戦線〉のメッセンジャーに、私は「紙」を渡す。
一人で、ARの通じない山を登れ、と。
03
「優しい」社会では感じられない、身体の不自由さを意識させられながら山を上る。
進化のつぎはぎでしかない身体を意識させられる。そして、私の感情も、私が私であるという思いこみも、進化の結果でしかないのた。
バンカーの中、ミァハと再会する。
ミァハが私に会おうと決めたのは、少年が持ってきた「紙」が、かつてミァハが私にくれた「名刺」だったから。
「ミァハが自殺に追いこんだ人たち、それに、父さんとキアン。誰も死ななくてよかった」と私。
「そう。死んでいい人なんていなかった。そして、これ以上死人を出すわけにはいかない。でも、こうでもしないと老人たちはボタンを押そうとしない。
04
高校時代、ミァハの自殺の直前、彼女の持ち物の本を火葬した、それを私が手伝った思い出。
私たち三人の死が、世界に対する一撃になるはずだった。
〈物語のコア〉
ミァハは、
「私の意識は、ここの、チェチェンのバンカーで、性的暴力という人間の野蛮によって生み出された。
でも、人類が持っているはずの野蛮を押さえつけようとする「優しい」社会では、人間が壊れていく。自殺していく。
私は世界の人々を愛している。この世界に、人々がなじめずに死んでいくのなら、彼らは生きるために、人間という意識であることを突破しなければならない。意識という、進化上のその場しのぎの機能を取り払って生きなければならない。
……組織の老人たちは、『意識の停止』を死と同義と受け取った。だから、ボタンを押そうとしない。私の民族のように、意識のない存在だっているのに。
それでも、世界がめちゃくちゃになりそうになったら、老人たちは意識の消滅、ハーモニクスのボタンを押すはず。
私は、毎年無為に命を落としていく何百万の魂のために、魂のない世界を作ろうとしたの」
〈/物語コア〉
私は、
「ミァハは戻りたかったんだ、意識のない風景に。……じゃあ、それを奪うことは、父さんやキアンを奪われたことに対する、ささやかな復讐になるかな。
だけど、それをあなたには与えない」
epilogue
だいたい一年の2/3をバリバリと仕事し、のこり1/3を鬱状態で死にそうになるということをここ4,5年くりかえしてきたが、今年も6月の半ばから撃沈してしまった。
鬱の時に何がしんどいかというと、まずもって仕事ができなくなる。仕事がしたい、やりたいことや夢があっても、現実的に身体が、心が、動いてくれなくなる。僕の場合、メールが読めず、書けなくなる。メールの受信箱さえ開くのが怖くて指が震える。フリーランスで仕事をしているかたならどんな業態でもご存知のとおり、人のつながりがビジネスの基本。結果、日々メールや電話に追われるのが常態になりがち。今年はツアーとコラボレーションの制作・プロデュースがあって、アーティスト、会場、オーガニゼーション・パートナー、関連機関etcとコミュニケーションで忙殺。これで心がすりきれた。なんとかプログラムが無事いい形で終了できたのはもちろん良かったけど。
鬱というのはある意味ストレス耐性がゼロになってしまうと考えるのが分かりやすい。私たちは日々の生活でつねにストレスを浴びている。朝起きて、仕事いかなくちゃーと思ったり、ごはんたべよーかどーしよーかーと逡巡したり、買い物にいって店員にいらっとしたり、とか、そういう『どーでもいい普段は気にも留めないこと』からもストレスを実はもらっていて、健康な時は耐性があるからそれに立ち向いて(構えていないけど)、適当にやりすごしている。鬱になるとこれが全くできなくなる。
何も出来なくなってしまった自分を忘れよー忘れよーとしてアルコール中毒に沈んでいく人の感覚が痛いほど分かる… カフェインも危険!カフェインレス・コーヒー(チコリ)で逃げるのが良い。
別にこれといって言いたいことがあるというわけではないけど。
通院が終了して1年たったので書いてみる。
一昨年の夏、パニック障害と診断された。
通勤電車の中で突然激しい動悸、過呼吸、めまい、体の震えがおき汗が止まらない、「早くここから出ないと死ぬ」みたいなので頭がいっぱいになって本気で死ぬんじゃないかと思った。
次の駅で降り救護室で休んで1時間後にはすっかり回復してたけど、病院に行って検査した。
特に悪いところは見つからず。
会社に行って同僚に症状を話すと「パニック障害かもね」と言われた。
ああ、やっぱりかと思った。
その前の年にすでに何回かパニック発作らしきものは経験していた。
電車乗ってるときに無性にそわそわして結局途中で帰っちゃったり、急に「ここから逃げなきゃ」という感覚に襲われたり。
トイレに逃げ込んで30分ぐらいずっと出られないとか(大丈夫と思って出てもすぐ戻ってしまう)、必死でその場所から離れようとして柱に頭ぶつけて気絶したこともあった。
その後雑誌でパニック障害の記事を見てこれなのかもなとうっすらとは思っていた。
結局また2日後くらいに発作が出て、その足で心療内科に行った。
あっさりと「パニック障害ですね」と診断され、朝晩と頓服でソラナックス(抗不安薬)を処方された。
やっぱりこれは病気なのか、いつ治るのか、一生薬飲まなければならないのかと絶望的な気分になった。
「治ります」なんてほんとかよ、と。
電車乗るのつらいから会社行けなくなるのかな、旅行もできないななんて考えてた。
医者はストレスが原因と言っていたが、原因となるストレスが思い浮かばなかった。
仕事はかなり暇、嫌な客やうるさい上司や先輩がどうこうというのもなかった。
ただ今思えば「仕事がないこと」がストレスだったのかもしれない。
ひどいときは2駅ずつ降りてた。
薬はだいたい30分くらいで効くので、家を出る時間から逆算し薬を飲む。
音楽聴いて気を紛らわせたり、始発の電車に乗り座って寝てしまう。
呼吸がおかしくなったときはベンチに座って上半身を太ももにくっつけるような体制でしばらく待つ(この体勢か腹這いになって寝るのが一番呼吸が楽と本に書いてあったから)。
あと突発的なことにほんとダメージ受けやすく「信号待ちです」とか「前の列車で急病人の救護を・・・」なんてアナウンスが入り電車が止まったときなんて冷や汗でまくり。
他にも恐怖だったのが、待つこと、列に並ぶこと。
並んでる途中で「どうしよう逃げられないどうしよう」と何度思ったことか。
もう一生ディズニーランドには行けないと思った。
90分も120分も並ぶなんてできない、と。
東京では大して問題ではなかったが、帰省したときにこれもダメなのかと気付いた。
運行が様々な要因に左右されやすく電車以上に怖い。
親には黙っていたので、車で送ってもらうときはとにかく渋滞が起こらないことを祈ってた。
発作を出ないようにするための生活習慣の改善はほとんどやったと思う。
神経を刺激して発作を誘発するといわれるタバコ、お酒、カフェイン、炭酸飲料をやめた。
セロトニンを増やすため豆類(納豆・豆腐・味噌)や乳製品を積極的に取り米食を心がけた。
あとは十分な睡眠時間の確保、なるべく日光に当たるようにするなど。
発作出るのが怖くて外出しなくなりがちらしいので、なるべく短い距離でも出かけるようにした。
出かけるときは必ず薬と発作の予感を抑える冷水、気を紛らわせるミンティアやガム・アメの類を持って歩いた。
日光浴の効果は不明だけど、食生活の改善はかなり効いたのではないかと思っている。
不安感自体は3ヶ月ほどでかなり薄れ発作の回数も減り、薬を朝晩飲むのは止めた。
仕事が少し忙しくなり飲み忘れることがあったが平気だったということがきっかけだったと思う。
その後はっきりとした発作が起きたのは1回だけだ。
これから先も1年に1回くらい発作は起こるかもしれない。
でも対処法をすでに習得しているし、「パニック発作では死なない」ということを認識しているからもう大丈夫だと信じている。
一昨年の夏にもう一生できないかもと思っていたことをこの1年でできた。
ドライブにも行けるようになった。
今はもう、パニック障害だったことがただの思い出となっている。
医学部4年,国立,現役,天才とかじゃなくてずっと勉強しかしてこなかった,将来のことなんか考えずに勉強だけして偏差値だけで医学部へ.友達の作りかたがわからなくて友達いない,クラブにも入ってない,自分で診断するとアスペのような気がしないでもないけど多分違う,その言葉に逃げたいだけ
自分が本当にしたいことは何なのかと考えたら何もなくて,したくないことはいっぱいあるのに,医者になりたくない,あんな奴隷みたいなのになりたくない,でもどうせ医学部辞めて別の道に行こうとでもしたら同じこと考えるのは目に見えてるから将来のこと考えないために毎日勉強に逃げてる,でも夜になると医者になりたくないって言って独りで泣いてしまう
死にたいって思っても実行する勇気がない,泣き叫んでも足とかくらいしか切れない,傷が残らないように,結局本気じゃない境界型のフリしてるだけ,でも死にたい
人前ではそんな素振りが出せない,というか出す相手がいない,心療内科あたりに相談でもすればいいのかもしれないけど,相手は今のところの先輩というか先生に位置するわけでホイホイ相談も出来るはずがない,というか昔カッとなって相談しに行ったけど詳しい検査が必要だから精神科にちゃんと来てって言われて申し訳なくなって以来行ってない
一日8時間は寝たいけどそんなの無理だからずっとメラトニンと5-htpとブロムワレリルとあとカフェインが手放せない,死にたい,学生時代なら寝れるだろ,寝ろよという行為は必死になって目を背けている「将来は寝れないのだろうという絶対的な事実」を認めることになるから嫌,寝すぎてしまった日の自己嫌悪は異常,死にたい
医者になりたくない
パニック的な不安の発作に襲われやすい人は、砂糖の摂取がひどくなりやすい人です。また、大部分の人は、カフェインを摂取しても不安や抑うつ的な気持ちが起きることはないですが、発作的に不安に襲われる人では、カフェインはとればとるほど不安と抑うつ的な気持ちが強まる可能性が高いのです。
ビタミンB1・・・、不安神経症はビタミンB1の少しの不足でも起きます。B1は老年者ではしばしば血中レベルの低下が見られるビタミンであり、B1が不足すると乳酸や乳酸塩が増えますが、これは人によっては不安神経症的な状態を強める可能性があります。
ビタミンB3・・・攻撃的な性質を抑えたり、筋肉をリラックスさせたり、催眠効果があったりすることがわかっています。
ビタミンB6・・・食事でとるアミノ酸(トリプトファン)を体内で神経刺激の伝達物質(セロトニン)に変えるために必要で、不安を抑えるのに関連がある。
カルシウム・・・・カルシウムは、神経の働きをよくして、興奮を抑える作用があります。不足すると脳の活動が低下し、イライラしたり、憂うつになったり、思考力が落ちるなどの原因になります。ストレスの多い現代社会では、かかせない栄養素といえるでしょう。
マグネシウム・・・西洋的な食事では慢性的にマグネシウムは不足気味で、これが筋肉の緊張やイライラを伴う不安神経症と関連しています。また、不安症のパニック的な発作を経験している患者の約半数は心臓のトラブルも同時に起こしていて、これらは食事中のマグネシウムの不足で起こり得るものであります。
俺もよくそうなるよ。
俺の場合、とにかくコミュニケーションすることや、誰かと接することに疲れたときはそうなる。
差し迫った状況ではないのなら寝なよ。
少し元気があるなら、どこか遠出しなよ。
運動するのもいいね。
何かしないとマズイ状況なら、
カフェインの錠剤とかあるから飲みなよ。シャキッとするよ。
本当にマズイ状況なら、メンタルクリニックに行きなよ。
とにかく、誰でもいいから大勢のひととなんでもいいから「気軽に」会話すると、気持ちが楽になるよ。
誰とも接したくない、会話したくない状況は死にたくなる状況と同じだからね。
最後に、飯食って水はちゃんと飲めよ。
春はいつかくる。
カフェインと同じで、摂取しすぎると効かなくなってくる。
あなたの偏差値は55くらい。勉強で苦労したことも特に無いけど、テスト前にちょろっとやるくらいで
まぁ基本的に自宅で机に向かったことなんてない。そういう人が、生活保護世帯から東大へ向かうためのエントリ。
というのも、まず適当な高校に通ってると教師に「東大に行きたい」などと言った日にはキチガイと認識されること間違いなく
それどころか真剣に精神科を薦められる可能性すらある。こういう状況は全く以ってよくないので、
自分でなんとか環境を作らねばならない。そうなると、自然「予備校にいけ」という話になるが、
それはそれ、カネがかかる。そこでお勧めの方法は代ゼミ等有名予備校近くのゲーセンに行き
鉄拳、バーチャ等の周辺をウロウロすることである。出来ればちょっと戦えるレベルの実力があれば申し分ない。
そこには「まぁ、十月からマーチでいいや」と背中に書いてある部類のクズがウロウロしてるはず。
クリスティーナ等の初心者でもそこそこ戦えるキャラをチョイスし、二勝三敗で負けて友達になろう。
彼は快く参考書をコピーさせてくれるどころか、学生証すら貸与してくれるはずだ。
こうすることによって、ナチュラルに代ゼミという環境をゲットすることが出来る。講師にはどんどん質問しよう。
ただし、稀に来る見回りにだけは用心だ。
さて、予備校にはこうして潜入したもののあなたは偏差値55である。
ぶっちゃけ、たいした力にはならないだろう。しかし、周囲が全部受験生という環境を得るのは非常に大事である。
もし、最低限の社交性があるならコミュニケーション能力に末期レベルの障害を持った友人を作るのを薦める。
彼はとても親切かつ熱心にあなたの受験を支えてくれることだろう。
受験は個人戦ではなく、団体戦である。個人でモチベーションを保つのは難しい。
しかも、あなたは生活保護世帯である。アルバイトも忙しい、二浪はやむないとして資金は最低150くらい貯めておきたい。
だが、地方出身者でも二種・一種の奨学金を併用すれば大抵の場合なんとかなるのでここはさほど心配ない。
それは環境は整った。では、ナニからはじめるべきか。
色んな考え方があるが、私が推奨するのは「東京大学の過去問」+ 「センター過去問」である。基本はここだ。
まず、何でもいいから両方を手に入る限りやろう。センターに関しては偏差値55のあなたなら半分はとれるはず。
ブックオフでわりと安く手に入る。「参考書を一周してから模試」のような考え方は、貧乏人の受験には通じない。
あれは家庭教師などというチンコから糖が出そうな甘い環境のやつが取るべき戦法だ。
基本的に過去問を総当たりしてから参考書に挑む方が、遥かに効率がいい。
社会、生物などの暗記科目はこれをやるだけで普通の人間であれば八割近く取れる。
センター10年分の過去問総当たりは三週間あれば終わるはずだ。この頃にはあなたの偏差値は58くらいになっているだろう。
だが、早稲田・慶応のような私大過去問に手を出してはいけない。あれはジャンルが違う。
東大過去問はやりたいならやってもいいが、まだやってもシバかれるだけだろう。京大過去問は立ち読みすらしないほうがいい。
この頃、「~大学なら受かるな」という気持ちがわいてくることは避けられない。
実際、マーチはいけるだろうし早計も視野に入るだろう。だが、あなたはこの気持ちを噛み殺し東大にまい進すべきだ。
東大に第二志望は無い、私大対策にかまけた場合ダブル落ちすらありえる。
また、この頃から予備校通いが面白くなってくるはずである。基本的に、授業は楽しい。
なぜなら、予備校というのは受験勉強のディズニーランドだからである。ぶっちゃけると、幾ら質の良い講師とはいえ
予備校よりは独学の方が早い。しかし、勉強してテンションが上がる状態に持っていくという意味で、予備校は使った方がいい。
ここで、あなたの前に巨大な壁が現れる。
数学はなんとかなるだろう、あれは基本的な計算能力さえあればあとは暗記に過ぎないのだから。
理系のトップを狙うならともかく、センター数学は二ヶ月で満点取れるように出来ている。
東大の本試験も言うほど難しくはない、淡々とやればなんとかなる。
だが、この頃から「英語」の恐怖にあなたは陥れられる。なにせ、あなたは真面目に勉強をしたことがない。
つまるところ、英単語の持ち合わせが少ないのである。
これははっきり言って、時間がかかる。だがやるしかない。
とりあえず、まずやるべきことは英単語帳を窓から投げ捨てることである。
あんなもんはどんだけやっても身にならない。じゃあ、「六本木に行って外人と飲めよ」って話になるかといえば
それもノーだ。あいつらはファックとアスだけで大体コミュニケーションが取れるからダメだ。
では、どうするか。これは一見遠回りのようだが、過去問に出て来る文章をひたすら追うことに加えて、
過去の問題集から類推した出そうな文章をを「読む」ことと「書く」ことである。リスニングはぶっちゃけ捨てろ、語彙さえあれば八割は取れる。「英語耳」なんて存在しない。知ってる単語は聞き取れる、後はセンスオブワンダーだ。
山といえば川、空と言えば海、俺と言えば素人童貞というように、言語には流れが存在する。
ある程度単語の形から、意味は類推出来るし文脈でも読める。100パーセントは必要ない、
「意味論的表象像が脱構築されたポストコロニアルの時代にあって観念論的自我はデカルト以後に仮定された実体性を空隙と看做す」
たとえばこういう文章があるとする。これは日本語だ、「意味わかるか?」と言われれば俺もわからんが。
それでも、なんとなーく意味はとれるだろう。つまるところ、英語って割とその程度で取れる。
後は、とれるところをキッチリ追うことだ。単語帳を追うことも大事ではあるが、言葉自体の流れを追う力は
文章を読むことでしか身につけられない。この文章を読んで「自分ってわからないよね」っていうくらいのところが取れれば
後はなんとかなるのである。ちなみに、文法は高校三年間分全部まとめて一ヶ月でなんとかなる。覚えろ。
物理、化学、生物のチョイスは俺は基本的に『日本語が読めれば出来る』生物がお得だと思うが好みでかまわない。どれでも変わらん。
世界史と日本史は暗記で取れる、暗記しろ。国語の現代文は日本人なら問題形式を把握すれば満点近く取れる。古典は覚えろ。
現代文が取れない奴は問題を作る奴の立場に立て、あれは必ず文中に答えがある。稀にないこともあるが、それは誤差だ。
だが、一教科のマニアにはなるな。9割で十分だということは深く認識しておいた方がいい。50点から90点を目指す労力とそこから100点を目指す労力は大体同じくらいだ。10点くらい犬に食わせろ。
ヒデルギン、ピラセタム、カフェイン、ブドウ糖、アドラフィニル等役立つもの世の中にはある。
アドラフィニル以外は自由に使え。ただし副作用には注意しろ。俺の頃はリタリンがあったが最近はない。残念だ。
また、追い込みの時期になると団体戦だったはずのスクラムが足の引っ張り合いになっている可能性は120パーセントである。
終盤はひたすら過去問に加えて英文を読め。結局のところ勝負を決めるのは英語だ。
帰国子女連中への憎しみをたぎらせれば越えられるはずだ。あいつらがバックでファックしてる間に単語を三つ覚えろ。
あとは普通にやれば受かるはずだし、仮に東大すべってもどこかしらの旧帝に後期で滑り込めるはずだ。
東大はやるべきことをきちんとやれば受かる。
東大に入っても幸せになれるとは限らんし、俺は幸せになれなかったが
いや、辛いな!
正直言って、毎朝泣きながら仕事行ったな!
「~の朝は早い」とかテレビで見ると、「金融マンの朝だってはええんだよ」とか悪態つくくらいには汚れたな。
そんな俺の独り語りがはーじまーるよー。死にたい。
26歳で修士を出る一年前、金が続かなくなる。そういうわけで必死に就職活動開始。
「英語喋れます。ドイツ語わりと喋れます。タイ語日常会話程度はいけます。ラテン語読めます」
を武器に商社とか受けまくるも華麗に全滅。しょうがないので金融を受け始めると、なんかわからんけど合格。
某社のIB部門に。新人研修を越えた(まさに地獄だった、同期が二人辞めた)後ギャグだと思ってた
「前髪チャラチャラ垂らすな!」の洗礼を受けオールバックに。前髪でチャラチャラて。
IBって聞いたから入社したのに「営業を舐める奴はウチにはいらん」ということで、しばらく営業をやらされる。
ぶっちゃけ何の役にもたたない経験だった。同時並行で「外務員とFPとアナリストやっとけ」という無茶振りを食らう。
アナリストっていうと、ケツにフリスクを突っ込むあれですか?レベルから必死で勉強開始。
仕事に行くと四季報が空を飛ぶ。年次上の先輩が詰められている。
「やるのかぁ!」
「やりますぅ!」
「ああ、この部署から逃げられなかったら転職しよう。予備校講師になるんだ・・・」と心に決める。
朝一の読み合わせが終わると先輩について営業へ。先輩の成績が悪いフラストレーションが全て俺へ向かう。
IBって聞いたのに・・・。ヘタに酒が強いことが災いし、家に帰れない。サウナとカプセルホテルはお友達。
しかし、地方支店配属になった同期の話を聞くと俺は「とても恵まれている」らしくてびびる。
豪勢な社宅が与えられるが、家に帰れない。ぶっちゃけ1Kどころか三畳間でいいから会社近くにいたかった。
入社して四ヶ月、恋人に別れを告げられる。「あなたがわからない」とか言われる。俺だってわかんねーよ。
死んだ魚の目をして毎日職場へ。哲学書の山は引っ越した日の梱包を現在でも解いてない。
文学部で磨いたお喋りクソ野郎スキルがフィーバーし、成績が同期の中ではトップクラスに。
太い客を二本掴み、とりあえず安泰の身分へ。この客を奪われない限りは暫く布団で寝れる…。
と思うも、直後にIB部門へ配置転換。「希望通りだな!」と言われるも、正直言って最悪だ。
「~が会社に来ないぞ!」
「もう辞めた!」
「~は?」
「こないだ入院した!」
凄まじい量の各国語文献を必死に翻訳する。向こうもテンパりまくってるようで間違いだらけ。
まずは「読めるナリ」に書類を清書することが仕事となる。金融理論で院を出た先輩とコンビを組むが、
ついに「この言語俺できませんて!」状態に。だがなんとか必死でこなすも、ある日先輩が
「行くぞーアンパンマンだぁ」とか言いながらキャスター椅子で滑って壁に直撃、即入院。
ドイツ人に英語で怒鳴りつけると中国語で返されたりとかそういう状態。
「拓銀ってさ…1000万のコールが引っ張れなくて潰れたんだよな」とか
部長がシャレにならんことを言い出す。上層部は「リスクを取る時期」とか変に張り切ってるが
現場は書類処理すらままならない。死ね。だから、これは私に裁ける仕事じゃありません!
やれっていわれりゃ勉強しますが、同時進行はムリです。自分の仕事だけで残業150逝ってるんです!
この時期、「うわぁ、東南アジアならしばらく暮らせるかなぁ」くらいの額へ貯金が溜まる。
オフィスは悪臭が漂う。靴下を三日以内に替えた人間は「おまえスゲーな」と評価された。
新人は救援物資の買出しが主な業務となる。「今Tを買い物に行かせた!服とメシが来るぞ!」
食いたいが食えない。粉末カフェインの飲みすぎで脈拍が常にうるさい。課長は一気にハゲが進行
「輝いてるだろ、俺!」と笑えないギャグを連発する。この時期、80キロあった俺の体重は62キロへ。
しかし、飲み会こそ我が社のエネルギー源と黄疸丸出しの目をして先輩方は飲みに行き、職場に戻る。
とか新人のパソコンから笑えない履歴を発見。人間は追い詰められると転職すら考えられなくなるらしい。
「おまえが死んだってどうにもならねえんだよォォォ!」
とかトレーディングルームから聞こえてくるが、誰も目線すら動かさず仕事へ向かう。いっそ殺せ。
その後、ヤバイ時期を逃げ切った後俺は立派な睡眠薬・アルコール中毒へ。
先日、肝臓の数字がエライことになり、どんな医者も俺に薬を出してくれなくなった。
最近知ったけど、カルテって横のつながりあるのな。現在、カティサークを飲みながらこれを書いている。
同期は半分近くいなくなった。俺も後を追うのは間違いない。
辛いならまず食いモン治せよ。心と身体はつながってるんだから。
それすら出来ないなら、「辛いと言うために辛くなってる人」認定だよ。
運動もしていないのに胸がどきどきする。
会議中、突然気分が悪くなる。
こういうのって自律神経失調症とか言いますよね。
俺は20過ぎの頃から、時々こういう症状が出てきてかなり辛い時間を過ごすことがあります。
で、インターネットとか見ると対症療法だけど病院行って薬飲むとよくなるとか、
何か救いようのないことがわんさかと書かれているわけです。
俺は病院の薬に頼るのは抵抗があるので、自分なりに対処法を試行し、失調を起こさない方法を発見しました。
重要なことは、神経にさわる食品を程々にし、いいものはとるということです。
1.コーヒーを飲まない
カフェインはあまりよくないとか言いますが、本当によくないです。
紅茶・緑茶もよくないですが、それらよりカフェインが少ないはずのコーヒーが最も発生確率を高くします。
これをやめるだけで、一気に発生回数が減りました。(元々月10回位発生が3回くらいに)
東大生はカフェインをよく取るとか、集中力を高めるとか、色々言われてますが、そんなの人によることだし、
企業の都合のいい売り文句かも知れません。
2.あからさまな糖分を取らない
砂糖がたっぷり入ったお菓子、コーラ、こういうのほどほどにしました。
特に1.にも関係しますが、缶コーヒー、コーヒー牛乳などは発生確率を飛躍的に高めます。
さらに、ご飯、パン等、炭水化物も糖分たっぷりなので程ほどにです。
よく言われてることですが、糖分は、気分をコロコロ変えます。
周囲で不安定な心の人は大概糖分取りすぎです。
あと、糖分とると能率上がるとか言いますが、これも企業の売り文句でしょう。
普通にご飯食べてれば糖分なんて十分取れます。
朝から甘いもの食べるとか、心身を悪くするだけです。
これもよく言われてることですが、青魚の油や、えごま油など取るとじわりと調子よくなります。
気分がコロコロ変わるのを抑えることが出来ました。(会社とかで頭に来る事態を起こさないように出来る。)
俺の場合は、こんな感じにして、数ヶ月にいっぺん発生に抑えることが出来ています。
精神系の症状になる人って、まじめな人が多いとか言うけど、俺の知る限り食べ物にだらしない人しかいない。
そもそも精神的に弱いから、ちょっとした中毒性のあるものに取り込まれてしまうんだろうけど。
そしてだらしないと食べるものもだらしなくなる。その結果、失調が発生するような気がしてる。
あと睡眠不足とかあまり関係ないです。睡眠できないときも大体上のものを取りすぎてしまったときです。
(眠れない人に限って、よく観察すると朝からお茶がぶ飲みか、日常的に甘いもの摂取しまくってるよね?)
たまに甘いコーヒーが飲みたくなって飲むとアウトです。今日やってしまったので自戒の念で投稿しました。
あくまでも俺限定かもしれないが、思い当たる人がいたらやってごらん、一週間だけ我慢すればすぐ慣れてくるよ。