はてなキーワード: オンリーとは
朝起きたらすぐにパソコンにかじりついている
妻は料理はしない
味オンチっているんだな
これは訓練とかいう問題じゃない
せっかくの食材を大切にする気がない
記載されている作り方のとおり作ってもらえればいいのに、そのマニュアルを読まない
タイマーかけろといってもかけない
出来ることはお湯を温めるだけ 本当に
あとツナ缶
ガスを使う料理が出来ない
卵焼きも出来ないときた 焦がす焦がす
さすがに疲れて料理を頼むと
なぜなんだろう
なぜこうも責められなければいけないのか
一応、旧帝大学院を出るほど優秀なはずなんだが、料理に関しては一切ダメ
結婚してからも毎日、朝はパンだが、夕食は帰宅してから料理していた
結婚してから妻は主婦オンリー 読書とインターネットしかしない
外に出ていろんな人と交流してくれればいいのだが、話す相手は俺だけ
さすがに疲れた
それが正しいことかはわからないけど、私はかつて父にこんなことを言われた。
たしか、弟に甘く、私に厳しい母の態度についての話からこんな言葉が出た。
「お前の役は怒られることだ。好かれる、好かれないというのは才能だから仕方が無い。」
怒られたり、責任をとったりする人間がいて、世の中が回っている。
好かれる役の人が複数の人からの好意を集めて、嫌われる役の人が世の中にある罵声や妬みを集めたほうが、たぶんいろいろと効率がいいはずで、それが正しいことかどうかは別としてだけど。
その人がいないと回らないことがわかっているから、嫌われ者のことだって、死ぬまで追い詰めたりはしないし、ある種の感謝はされる。
父も弟も、私のおかげで家の中が平和だといって感謝してくれてる。
学校でも、会社でも、政治の世界でも、経済の世界でも、少なからずそういう構図はあるのだろう。
もちろん横綱級の嫌われ役から、ちょっと損な役回りという他人まで様々だろうけど。
嫌われ者だって、誰にも好かれないというわけではなく、だれにとってのオンリー1にもナンバー1にもなれないけど、ナンバー10かナンバー20くらいにはなれるだろう。
時に職を追われることはあっても、すぐに次の仕事を与えられる。
見返りなど求めず、他人のために働き、私財を投げ打ち、その代償として多くの憎しみと怒りと妬みを受け止め、ほんの少しの感謝を得る。
http://jkondo.hatenablog.com/entry/2011/11/19/114109
おしゃべりする相手はともだちだけじゃありません。それだけではあまりに退屈です。
ともだちだけが社会ではありません。人は、自分の興味があること、自分が専門としていることを通じて、もっと社会とつながりたいと思っています。ともだち以外の人とつながりの生まれる場所に行きたいと感じています。
個人的には全くもって同意。
で、これ、80年代は、これを全くひっくり返したことが言われてた。「もっとともだちを大事にしたり、友達を作らないとダメよ」「友達がすべてだよ」みたいなね。
生まれてこの方、この「ともだち第一」メッセージには心底うんざりさせられ続けてきたので、こういうメッセージはとても嬉しい。
「ともだち幻想=友達がいないやつは人間として問題がある」や「ともだちについての強迫観念」が生まれてきたのは70年代の末ころだったらしいです。
なんでもそうだけれど、誕生した当初はそれなりに合理的な理由があるもんです。 だいたいそれをおかしな方向にねじ曲げちゃうのがコマースメッセージなわけですが。
最初はあまりにもこの時代の日本社会が仕事一辺倒で、仕事以外で人間の価値をみとめられないこと、男社会への傾倒が急激すぎて、それへの反発が強くなったという話からスタートしてます。
(日本の男優位社会は伝統でも何でもなく、敗戦後に作られたものであるって話も大事ね)
人間関係も全部仕事がらみ、家族ぐるみの付き合いといっても結局仕事に縛られる。女の人や子供はさぞストレスだったろうと思う。
この当時は、必要があったとはいえ、仕事頑張りすぎて脳がおかしくなった男性が調子乗りすぎて、ソレ以外の人間を犠牲にしてヒャッハーしてた時代だったということやね。
(団塊世代の人とかが、「俺たちは毎晩徹夜する勢いでがんばってたのにいまどきの若いものは」とか言ってるのを聞くと、
ああ、日本人ははやく複式簿記を必修科目にスべきだ、と思う。こういうバランス無視の考えだからバブルが起きたんだよ、責任取れとはいわんがちょっとは反省しろボケが。
ああ、彼ら的には悪いのは全部日銀で政府でアメリカの陰謀なんですよね。 本当に信じられないくらいにナイーブな方々だと思う。反省したくてもできない脳のつくりなのね)
そんで、仕事における負け組や、仕事オンリーの人間関係に虚しさを感じる人達が、仕事以外のものをもとめたときにそれがともだちの存在だった、という流れ。
そういえば、この年代も、若者の連続殺人犯とかが立て続けに発生して問題になってたな。
当時から、社会的な問題があると、若者がカナリアよろしくまず発狂し、ソレを見て年寄りは「最近の若者は」って言うのは変わらんかった、と。
で、そこはなんでも極端な日本人、なんでも二元論で考える日本人。
日本人は、なにか新しいことを始めるときに、前のものを否定しなければ気が済まない上書き志向の持ち主です。
「仕事だいいち」に見切りをつけると、どっと「ともだち至上主義」に流れ出した。女の子は「恋愛なんちゃら」かな。
で、こんどは「仕事がデキない奴はクズ」「学歴低い奴は賢い奴の奴隷」みたいなカーストに復讐するかのように
「友達がいない奴は人間のクズ」「いくら偉くなってもあいつ友達いないんだろうな」って言えばなんとなくスカッとする傾向が生まれましたとさ。
とはいっても、おじさんたちは頭が硬いからそう簡単に変わったりはしません。つまり「勉強や仕事第一」主義も残ります。
夫に全面的に依存して思考停止している母親も基本的には夫の方針に従って子供を調教します。なので、勉強第一主義は根強く残ります。
「勉強・仕事だいいち派」と「ともだち100にんできるかな」が勢力闘いをするようになります。
まぁホント日本人くらいですよ、仕事とプライベートを対立関係に置いて、どっちか片方しか取っちゃいけないと考えてるのは。
仕事と私とどっちが大事なの?って慣用句自体、日本人の性格をこの上なく正確に表現してるよね。
不完全なものでも絶対の軸において、ソレにすがってないとアイデンティティを確立できないのは、やっぱり無神教国家だからなのかねぇ。とか知ったかぶってみる。
そうやって、自分だけが幸福になりたいばっかりに、それに適応しない人たちを踏みにじることを何とも思わないことがとっても生き物っぽくていいですよね。
こうやって仕事vsプライベートで対立しあって、お互いがお互いの素晴らしさを主張しようとハードルを上げ続けた結果、
もはや両立不能なレベルまでどちらも要求レベルが高くなって、両立できないからどっちか選ぶ羽目になってまたケンカする。アホかと。
両立するためには、超人的な体力を持つか、仕事時間を自分でコントロールすることが許されるくらい偉くなるか、
あるいはちきりん女史のように、全力で仕事頑張ったあと、途中で退職する以外に方法はないんだろうなぁ。いずれにしろ無理ゲー。
自分で無理ゲー作って、クリアできないとか言って文句言うのって楽しいのかなぁ。
ここで終わればまだ笑い話で済むんだけれど、さらに続き。
当然として「勉強・仕事が出来ない」「友達もいない」人はベン図の外側に追いやられて、「かのものは人にあらず」と迫害の対称になります。
まぁ簡単に言うといじめですね。いじめって人間を測る評価基準があれば必ず発生しますが、まぁ日本のいじめは馬鹿馬鹿しいのが多いですね、クソッタレです。
でまぁ、いじめられたやつがどうなるかについて全く考えてない、フォローしないのも問題ですね。で、そのつけは当然数倍になって返ってくるんですけどね。
社会から切り離されたまま長時間放置されて、社会性を失った人が大勢います。
人間以下の扱いを受け続けると、本当に人間であることを辞める人がたくさんいます。
匿名で振る舞い続けていると、人間であることの節度を失う私のような人間もたくさんいます。
で、そういう奴らはどうするでしょう。
隣人部作ってはぐれ者どうしで連帯する?そんなのフィクションです。サバイブSNSってのがありましたけど多分うまく言ってないんじゃないかと思います。
(はがないはアニメしか見てないけど、あれはともだち教へのアンチテーゼだよね。「きみらがいってるともだちとかはどうでもいいし少ないですがそれが何か?」ってことやろ?)
社会性の訓練とか人間扱いとか、匿名から引き剥がして一個の人格として扱うとか、
そういうレベルから世話焼いてくれるとこがない限り、いちど脱落したものはよっぽどのことがない限り復帰できません。
結局人はひとりひとり自分でなんとかして助かるしかないでしょうね。
ほとんどの人間は、それぞれが「人間以下のなにか」として、ずっと劣等感抱えながら生きていくだけです。
あるいは「人間以下の何科ですがなにか?」と開き直って、twitterやら増田なんかで有名人にからんだりなんなりと社会に迷惑をかけながら生きていくしかない。
人間であるための条件として「友だちがいること」「勉強ができること」ってのがかっちりと決まっているかぎりはもう人間に戻ることはない。
というような感じなんですが、そういうともだち地獄に対して、
「ともだちともだちともだちってそればっかかかお前らは、そんな人生つまんねーだろ」ってのが当たり前に言われだすとまた話が変わってくる。
「ともだち地獄」のいく末は「22世紀少年」であり「原理主義者たちの祭典」ってのがようやくわかってきたみたいで、さすがにみんなうんざりしてきてるみたいです。
勉強もともだちも大事ですが、それを必要条件のように考えると、ほんとにしんどいだけなので、そろそろやめようぜ、って話になってくると嬉しいです。
生きるのは、ただでさえしんどいことだと思うので、そこにわざわざ重荷を載せないでもいいやんか。
別に俺はドMだからハードモードでやりたいんだって人はそうしたらいいけれど、ちょっと荷物下ろして道端で休んでる人を鞭打つ必要もないでしょう。
「死のロングウォーク」(スティーブン・キングの超絶傑作)はフィクションとしては死ぬほど面白いけど、現実では一番やっちゃだめなフィクションだってのに、なんで好んであのゲームをやりたがるのか、私にはよくわからんです。
阿呆な頭で平等主義を誤解したままお題目みたいに唱えるから、能力ある人に引っ張られて自分たちもがんばらなきゃいけないハメになるんですよ。
阿呆なら阿呆でいいやん。 南無阿弥陀仏言ってたら幸せになれる頭の持ち主が、TPPのこととか考えなくていいよ。
あんまり他人のことを気にし過ぎないで、ともだちがどうとか言わないで、自分が好きな事やってりゃいいと思います。
生きるほうを、選ぼう。
http://anond.hatelabo.jp/20111024095323
だよね
つーか注文丸ごとなくす店ってどうやってるんだ?
伝票を捨てるのか?
業務フローを徹底していない店ではよくある。つまり口頭オンリーでオーダーを受ける店。
平常時は伝票もって記入してるんだけど、忙しくなると他の作業で手一杯の店員に口頭で「○○ひとつ」といって店員が「わかりました」と受ける。
もちろん店員はこの時点では注文を覚えていてバックヤードに戻ったら「伝票書こう」と思ってるんだけど、戻った瞬間次の仕事がやってきて注文は忘れられてしまう。
だから本当は店側が、注文は「必ずその場で伝票記入すること」というルールと、口頭で注文が来た場合は客に「ちょっとお待ちください」といって伝票用紙をとってくるか、他の手が空いてる人間に注文取りにいかせる。というルールを徹底させればいいんだ。
客側の自衛としては伝票用紙を持ってない(明らかに手が空いてない)店員に声を掛けない。
やむなく声を掛けるにしても「注文お願いします」にとどめて、伝票用紙もった店員がやってくるのをまつ。
だが代替エネルギーに何を用いればいいか、その代替エネルギーの長所は何なのか、そこまでセットで言ってくれる人はあまりいないような気がする。危ないからやめろだけ言ってるような感じ。反対オンリーというかまるでいきなり100をすぐ0にしろと言わんばかりの急進派しかいないというか。マスコミの偏った報道なんかもあるのかも知れないけれど。
とりあえず「脱原発 代替エネルギー」で検索をかけてみたらコンバインドサイクル発電というのが出てきた。コンバインドサイクル発電というものは液化天然ガス(LNG)を高温で燃焼させ、ガスタービンを回して発電するしてさらにその排熱を利用して水を蒸気に変えて蒸気タービンを回転させて発電するらしい。火力発電が100のエネルギーを持つ燃料に対して4割しか電気を取り出せないのに対してコンバインドサイクル発電は6割電気が取り出せるとも言われている。
それまでは代替エネルギーといえば風力発電や太陽光発電くらいしか思いつかず、それらはは天気に左右されやすくて安定性がない博打みたいなもんだと思ってたからへぇこんなのもあるんだと思った。
今度は「コンバインドサイクル発電 欠点」で検索をかけてみた。そしたら欠点として「また大地震が起きた時にガスタンクが爆発したら危ない」という危険性があるといった意見を見かけた。専門家ではないので原発事故とガス爆発事故どちらが危ないか、またそれを予防するためにかかる費用はどっちが上なのか分からない。さらに言うなら原発をなくすのにいくら費用がかかるのか、原発がなくてかわりの発電所を建てている間どれくらい節電しなきゃいけないのか、従来の原発でまかなってきた発電量を100として何割くらいをコンバインドサイクル発電にするのか、色々考えなきゃいかんことは多いと思う。ただ反対意見だけを言って代わりの案を考えてないようにしか見えない人たちはそういうことなんかも考えてくれたらなぁと思った。
最後に脱原発もそうだけどいろんな事に対して言えるのかも知れないけどただ反対してるだけの人って多いような感じがする。民主党叩きとか。悪いのは分かったからかわりにどの党の誰がいいのかもセットにしてくれたらなるほどねーって思えるのに。これは自分のTumblrに流れてきたやつなんだけど麻生太郎が今年の台風を予言・・・じゃないけど「名古屋あたりに風雨対策の公共工事した方がいいよ、公共事業にもいい公共事業はあるんだよ」みたいなこと昔言っててそれが今年来た台風と重なってやっぱあの人すごいねみたいな反応が起きてた。こういうのを理由に新しいかわりの人をセットにして反対するなら反対すればいいのかもね。まぁこんな理由だけで国がよくなるほど政治は簡単じゃないんだろうけれど
とにかくあれですよ、叩いて相手が謝るのを見て「俺達って正義」と自己満足に浸ってるオーラが漂ってていい感じはしないなーっていう。
ワールド・ワイドなウェブ上のコンピューターネットワークでハイパー・テキスト・トランスファーをプロトコル方式で
音声バイナリ。128kbps 44.1kHz ムービング・ピクチャー・エクスパーツ (MPEG) 音声ファイルが東京ポッド許可局
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「聴いてみっと、インタレスト、インターネットのゲットーで行う The無節操 つっこみ高ボケ低の世間に
悪性のエンターテイメント ミニマルかマキシマムか突き詰めれば0点か 真っ赤なズポーツカー
現象ピックアップ、言語カットアップ、セッションビバップ、汁はタッパ、ユーモアの人 マキタスポーツ」
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「わかります、わかりますそれ、ウサギ飼う心優しきなりすまし詐欺 愛の手差し伸べる合いの手病
ガムいる?いらない 半信半疑 プロレス、プロレス、プロレさないときOL気分 オヤジジャーナル
過去フラッシュバック 鶴田バックドロップ 見立てはポップ 見かけはキュート ザワッとウィットの人 プチ鹿島」
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「女は感情 男は理屈 理屈以外になにを信じればいいの オンリーな論理は孤独ロンリー 大切な人1000年後の友だち
ソシュールのルールでシュール考える BL パクられる 論をセットアップ データバックアップ 議論ヒートアップ
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「ポストゼロ年代の現在、私たち人類は科学と技術の発展により。エネルギー資源の限界、生態系の崩壊、道徳の退廃、
限界、崩壊、退廃、Technostress、to the breath, yeah!
network architecture 密室的に消費され続けるギフト化する物語、我々人類が住む、地球というamenity space where?
いったいどこへと向かおうとしているのでしょう。これからはじまる気になる show!」
基礎的な知識は日本語でそろってるが、少し細かい部分を調べようとすると
職場で英語話すことは一切要求されないけど、最新の技術やサービスのこと調べるのに英語読めないと話にならない。高校時代は英語赤点だったけど、社会人になってから必要に迫られて読んでいるうちに、読むだけならあまり困らなくなった。
ちなみに低学歴。田舎の公立小中高卒。今は高校でもっと真面目に英語の授業うけて置くべきだったと後悔してる。ただ当時の英語の授業がいいものだったのかはわからないので、授業がダメと感じたら独学で英語を勉強したい。田舎の貧乏家庭だったので塾や習い事なんてありえなかったけど、こんなに英語が必要だと知って子供の頃の自分に戻れるなら、小学生から図書館に通うなりして勉強したい。
まず言語やソフトウェアのリファレンスが英語オンリーなことが多い。日本語があっても誤訳が多かったり古いバージョンの翻訳しかなかったり、Webサービスの API の仕様書は英語しかなかったり。
流行ってるWebサービスや技術が英語圏から来る。Twitter だって 4sq だって過去グーグルラボにあった技術だってまず英語しかなかった。日本語サービスは一年後なんて珍しくないし、サービスでさえそうなんだから、技術関係の文書や仕様書は英語しかないのがざら。何かトラブルあって解決法探したら日本語での情報は皆無で英語でならあるなんてしょっちゅうだし。
ちょっと方向性は違うけど、英語だからって避けてると勿体無いネットゲームもある。当然そういう所でバグ報告や要望あげるには英語書けないといけない。知り合いには学校では全然ダメだったが UltimaOnline や EQ や MtG で英語を覚えたってやつが結構いる。チャットとはいえ英語全然ダメってところからネトゲ内の英会話に困らないくらいの英語力になる人がいるのが実践の面白いところ。
このネット使えて当たり前の時代、日本語での情報量 <<<<<<<<<<<< 英語での情報量 なので、英語避けてると全ての情報量において損する。だから直接英語に関係ない仕事でも英語全くダメというのはそれだけ損する。
大げさにいえば情報格差。最近の例でいえば、エジプト、今ならリビアの状況なんか英語圏のメディアのサイトではリアルタイム更新で情報量もすごいのに、日本だと全然報道されねーとかよくある。大震災の時でさえ英語圏のメディアの方が図とか写真とかすごくね?って事があったのは記憶に新しいと思う。
世の中には、英語わからなくても困らないゲームでも UI が英語なだけでプレイできない、インストールの途中で日本語選べるのに言語選択までが英語だから怖くてインストールしない、仕事で DropBox 使いましょうってなったのに英語だから使えないとダダこねる、英語だけのサイトに飛ばされたら何かいてるかわからないから全部危険なサイトに見えてすぐブラウザ閉じるので仕事に必要なソフトウェアを SourceForge から DL してくれない、なんていう人が本当にいる。
http://anond.hatelabo.jp/20110707195830
初音ミクLAライブ、外国人の感想その5。これまで紹介した感想は「ヴァーチャル・アイドルとしての初音ミク」を論じていたが、今回はミクの本来の姿、即ち「歌声合成ソフトとしての初音ミク」に注目しているのが特徴だ。また外国における歌声合成ソフトの将来性についてかなり厳しい見方をしているが、その指摘には耳を傾けるべきところも多い。初音ミクの海外進出に関する先行きを占ううえでも目を通しておく価値はあるだろう。
urlは以下の通り。
http://lelangiric.wordpress.com/2011/07/07/i-didnt-go-to-ax-but-yeah-anyway/
ミクのイベント後にはいつもヴァーチャルスターの構成要素は何かって議論が巻き起こる。クラウドソースな人格か? touhou[東方]っぽさ? オリジナルのないdoujin[同人]? それともインターネットとDTMの力に関するフリードマン風の熱狂か?
確かに日本じゃ大うけだが、アメリカではこれからどう成長するんだ? オレは英語のVocaloid3が発売されるのを待っている。いいものであってほしい。アメリカでのボーカロイドの発展には英語Vocaloid3の性能が極めて重要なんだ。けどな、アニメ産業とボーカロイドとの結びつきについては、オレは戸惑っている。つまりAXがミクノポリス会場になったことにな。今後も長期にわたって、アメリカではボカロオンリーのイベントはないだろう。アメリカに拠点を置く企業製のボーカロイドすら未だにない。オレが知っている[英語ボカロの]2つの会社はPower FX(スウェーデン)とZero-G(英国)だ。
でもな、そこでオレは考えてみたんだ。
ボーカロイドはvst[ヴァーチャル・スタジオ・テクノロジー](とかその他のapi[アプリケーションプログラミングインタフェース])といくつかの重要で理論的な方法は似ているんだが、極めて重要な具体的手法は根本的に違っている、とオレは理解している。基本的に(ある人間の)音声ソースを取ってきてあらゆる音素と音程を録音し、ボイスバンクを作った後で、ヤマハのVocaloid2プログラムがボイスバンクを「読む」ことができるようアプリケーションをコードする必要がある。オレはヤマハがこの部分で相当用心していると思っている。なぜなら公式のボーカロイドは(もしオレが間違っているなら訂正してほしいが)全部ヤマハのVocaloid2エディターと一緒に販売されているからだ。この意味でvstとは根本的な差異が存在する。(1)vstは通常daw[デジタル・オーディオ・ワークステーション]と一緒に流通することはない(2)vstの開発者であるスタインバーグは、vstプラグインを規格として作成しており、従って誰もがvstプラグインを作り出せる。
http://en.wikipedia.org/wiki/Virtual_Studio_Technology
http://en.wikipedia.org/wiki/Digital_Audio_Workstation
http://en.wikipedia.org/wiki/Steinberg
つまり、誰もがボイスバンクを作れるってことだ。UTAU現象がそれを示している。UTAUは違うソフトで動くボーカロイドの単なる「代替手段」(本当の意味でではないがオレは耐えられる)のフリーウエアに過ぎない。自家製ボーカロイドが登場するには(『ファンの作ったボーカロイド』はあるが、本物の商業ベースのボーカロイドとは違う)2つの条件を満たさなければならない。ある団体が充分な資本を集めて(1)高品質のボイスバンクを作成し(2)ヤマハからそのVocaloidエディターを頒布する許諾を得ることが必要なんだ。既に言った通り、紛らわしいのはボイスバンクをプログラムに「読ませる」ためのアプリをヤマハとサードパーティのどっちがコードしているのかってこと。思うに、もしおれがAXの会場にいてこの質問をしていたら、特にヤマハからVocaloid2の許諾を得るのにいくらかかるかを聞いていたら、オレは殺されていただろうな。日本のdoujin歌手を使えば高品質なボーカルを作るのはそんなに難しくないだろう。必要なのはインターフェイスと集音マイク。ダチを作ってそいつらに作業をさせる。そしてUTAUのファンダム全体を見れば分かるが、自分自身を体現したボイスバンクを作ろうとするモチベーションの持ち主は山ほどいるぜ。
http://utau.wikia.com/wiki/UTAU_wiki
オレが何を言おうとしているか分かるだろう。つまり、アメリカ製のインディー・ボーカロイド・スタジオの実現性ってのはどのくらいあるんだ?
少なくとももっと注意深く考え抜く必要がある4つの条件があると思う。
1. アメリカのアニメ業界とボーカロイドの関係。オレが思うに、ブランドイメージと、それからボーカロイドとアニメを結び付けているメーンストリームの連中のことを考えれば、こいつは最も重要な問題だ。「アニメ」はアメリカでその「あるべきもの」(つまりdirty japanese hentai shit)より遥かに大きな概念/カテゴリーになるべきだ。でもまあオレが見てきた限り、日本のボーカロイドにも同じ混同の問題があるようだけどな。とにかく、メーンストリームが一般的にアニメをどう見ているかがボーカロイド関連商品の売れ行きに影響するってことなんだが、この問題はオレには重過ぎる。omoやalexが考えてくれんじゃねーの、多分。
http://twitter.com/#!/alexleavitt
2. 誰か英語ボーカロイド使ってるヤツいる? 西洋ボーカロイドファンダム総体の認識として、1人だけすげえアメリカ野郎がいて、そいつがボーカロイドランキング(ニコニコのやつで毎週ボーカロイドの歌/動画をコメント/再生数/マイリストに従ってランク付けしている)に[英語ボカロを]ぶち込んだことがあった。でもそいつは突然自分の動画を全削除しちまった。この一度こっきりの出来事を除けば、ボーカロイドは完全に日本のものだ。他にも英語が母国語の作り手はいるんだが、皮肉なことに英語話者のボーカロイド製作者が基礎を置く発生核となりそうな連中の大部分は、日本語ボーカロイドにengrishをしゃべらせようとしている有様だ(大笑い)。
この問題にはさらに深い根がある。
3. そんな真面目な議論じゃないんだが、ある文化の労働的な基底はどうして特定の製品に同調し他の製品には抵抗するのかについて話がなされている。歴史的かつ社会経済的な問いだ。どうしてチリは銅を掘っているのか? なぜならそれがくそったれなほど沢山あるからだ。結果として採鉱は(おそらく)経済的な基盤が上部構造へと波及していくのと同じように(違うか?)文化的な行為となる。なぜアメリカは基底からやって来る沢山のボーカロイド曲を持っていないのか? その理由はもう挙げているな……(1)なぜならdirty anime hentaiだから(2)アメリカにいるデスクトップミュージック人種はテレビゲームと映像作品に集中してやがるから。
http://www.imdb.com/title/tt0132477/
http://en.wikipedia.org/wiki/Base_and_superstructure
4. 2番目に上げたデスクトップミュージックの問題は重要だぜ。もしお前が独立した作曲家としてメシを食っていきたいのなら、お前の時間と貴重な音楽的アイデアをボーカロイドのように不安で子供じみた音に賭けてみようなんて考えは二度と起こさないだろう。そいつは正直、新しすぎる。西洋諸国は上出来なデスクトップミュージックを作っている。問題は、ボーカロイドは今も、そしておそらくは長期にわたって、もしかしたら決して、独立したアーティストにとって頼れる収入源にはならないってこと。たとえそれで生計を立てる気がないとしてもだ。アメリカでボーカロイドは、他のデジタル関連のインディー業界のように花開くことはできるのか? アメリカのボーカロイドが日本のdoujin業界のようになるにはどうしたらいいんだ?
http://anond.hatelabo.jp/20110707195830
初音ミクLAライブ、外国人感想その2「再生の約束」フリーダム訳
http://anond.hatelabo.jp/20110708223459
初音ミクLAライブ、外国人感想その3「ミクノポリスのボカレタリアートたちよ、団結せよ!」
http://anond.hatelabo.jp/20110709211718
初音ミクLAライブ、外国人感想その4「仮想の歌姫:初音ミクの人気と未来の音色」
http://anond.hatelabo.jp/20110710234300
初音ミクLAライブ、外国人感想その6「ミクノポリス:7月のクリスマスと世界征服」
http://anond.hatelabo.jp/20110712205546
初音ミクLAライブ、外国人感想その7「AX11:ミクノポリスの印象」
http://anond.hatelabo.jp/20110713211501
初音ミクLAライブ、外国人感想その8「ミクノポリス:コンサート・リポート」
http://anond.hatelabo.jp/20110714210122
初音ミクLAライブ、外国人感想その9「アニメ・エキスポ:初音ミク」
http://anond.hatelabo.jp/20110715222900
初音ミクLAライブ、外国人感想その10「アニメ・エキスポ2011(抄訳)」
http://anond.hatelabo.jp/20110716194029
初音ミクLAライブ、外国人感想その11「世界は彼女のもの:初音ミクはいかにして全てを変えたのか」
http://anond.hatelabo.jp/20110717201147
初音ミクLAライブ、外国人感想その12「アニメ・エキスポ2011でのボーカロイド体験」
http://anond.hatelabo.jp/20110719031316
初音ミクLAライブ、外国人感想その13「ミク:日本のヴァーチャル・アイドルとメディア・プラットフォーム」
俺は初めから「実績」って言ってるのに、なんで金オンリーの話になるんだ。
何の実績も無くて金だけ持ってるような奴は対してモテないに決まってるだろ。
お返事遅くなりました.気が付いたらいろいろ話が展開しているみたいですが,素直に返信.
ちなみに私はアンチ原発派ではなく原発容認派です.なので原発=ダメ=即刻停止という考え方はしておらず,代替できるものがあればそちらに移りたいと考えているだけです.
原子力発電所のリスクなんてあんなもんでしょ。今まで運良く一人残らず目を背けていられたってだけで。
もっとも、仮にあそこに火力発電所が建っていたとしても、重油の流出やら火災やらでやっぱり相応に被害を周囲にお呼びしていただろうし。
「リスクなんてあんなもんでしょ」とのことですが,私が質問した「リスクのコスト」についてはどうでしょう.今回の危機は想定の範囲内であり,原発のコストパフォーマンスを活かして得たお金で万全の補償ができるので誰にも文句は言わせません,壊れた原発は直すだけ,原発はこれまでどおりです.と,考えているなら,「リスクなんてあんなもんでしょ」とのとおりですが,原発推進派?の方々だって,
という具合にリスクのためにかかるコストを高く再計算しているわけですよね?この原発の最大の利点であるコストパフォーマンスについて,推進派さえも再計算が必要と考える状況において(しかもその原因が最大の欠点である原子力の危険性),原発との付き合い方に再考の余地はないのか?と考えるのは決しておかしい話ではないと思いますが.
俺が言いたいのは、
じゃあ仮にずーっと火力発電オンリーだったら、日本は今と同じような繁栄を享受できていたのか?
今から火力発電に切り替えたらそれで全部解決なのか?
だよ。
今回の議論の中で「原発は不要だった.あれがなければ日本はもっと良くなっていた」なんて話をしましたっけ.私はそんな考えは全く持っていませんが,もしそのように受け取れる発言をしていたらすみません.
私が呈した疑義は「今回の状況を見ると,原発の合理性について再考する余地があるのではないか?」そして「太陽光発電と省エネは考慮するに値するものではないか?」です.
電子力発電所が建ち始めた1960年代の専門家の評論とか色々漁ってみるといい。あちこちで散々に議論され尽くされた上で「まあ原子力発電しかねえわな」と関係者達は渋々(一部は喜色満面に)承諾してる。最後まで反対し続けたのは社会党や共産党みたいなコミュニストの狗みたいなのばかり。
えーと,以下の話は1960年代の評論を読まずに書いています.すみません.
1960年代当時の判断を否定したいわけではないです.現実としてこれだけの繁栄を支えたわけですから.戦後15年で原子力を選択したという話ですが,これを聞いた時「そうなのか!」と驚きましたが,良く考えたら戦争突入の理由の一つが油の枯渇なんだから油からの脱却を狙うのは妥当な選択ですね.
そして当時,油以外のエネルギーの選択肢がどれだけあったかというと,太陽光発電の世界初の実用化が1958年,国内初の地熱発電所が1966年,風力発電にいたっては1980年代,ましてや省エネなんて戦後復興時に考える話ではないでしょう.原子力発電を選択するのは合理的な判断だったと思います.
http://solarsystem-history.com/history/his_1958.html
1954年に初めて太陽電池が発明されたものの、当時の太陽電池は大変高価なものでした。そのため現在のように一般家庭で利用できるようなものではなく、特殊な用途に限定して利用されていました。その“特殊な用途”として代表的なものに、人工衛星への電力供給が挙げられます。実は世界で初めて太陽電池が実用化されたのは、人工衛星だったのです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E7%86%B1%E7%99%BA%E9%9B%BB
日本では1919年に海軍中将・山内万寿治が大分県別府で地熱用噴気孔の掘削に成功、これを引き継いだ東京電灯研究所長・太刀川平治が1925年に出力1.12kWの実験発電に成功したのが最初の地熱発電とされる[17]。実用地熱発電所は岩手県八幡平市の松川地熱発電所(日本重化学工業株式会社)が1966年10月8日に運転を開始したのが最初である。
http://www.nedo.go.jp/kankobutsu/foreigninfo/html9908/08229.html
風力発電は、1980年代にアメリカにはじまり、1990年代にはヨーロッパでの開発が大いに進展し、今や、インド、中国でも化石燃料に代わる、環境に無害な有望エネルギーとして大きくとりあげられている。日本では、1980年に試験用の40kWの風車が設置されたのが最初であるが、1980年代から電力会社等での試験・研究がはじまった。
繰り返しになりますが,別にいますぐ原発全部止めろ!なんて言うつもりもないです.上記に挙げた新エネルギーが原発とそっくりそのまま代替可能とも思っていません.しかし,このように1960年代当時には選択肢として存在し得なかったものが増え,そして今回のような事故が起こったた今でも,当時の合理的判断は再考の余地がないのでしょうか?
で,私の意見は太陽光と省エネと言うのは,まぁ一見すると鼻で笑ってしまいそうな話ですが,一考の余地があるのではないかと.以下,それを説明します.
今回の問題は「一カ所集中発電のリスク」と「原子力のリスク」が原因ですよね.で,元増田は前者についてはたくさん原発を造ること,後者についてはより性能のよい原発を造ること,で解決するという案を提案しています.今回のようなトラブルはより良い原発(ひいてはより良いエネルギー供給体制)のために避けては通れない通過点だ,と捉えるのは原発推進戦略としておそらくまっとうだと思います.
これに対する私の反論ですが,私は今回の事故を見て,どう頑張ったところで人の想定の斜め上を行く出来事は起きてしまう,と感じました.よって「原子力のリスクはどう頑張ったって抑えきれない」と考えます.そうであるならば,最悪の事故が起きた時にそれを最小化する戦略しかないので,あちこちに原発を作るという戦略はありえないと考えます.
もちろんこれは「原子力のリスクはどう頑張ったって抑えきれない」という前提のもとに成立しているので,それが解決されれば主張は変わる可能性が大です.あとは「最悪の事故が起きた時にそれを最小化」すればいいので,原子力が漏れても平気などこぞの奥地だとか月に原発を作るならokです.
人里から数キロしか離れていない,しかも津波も地震も台風も来るのが毎度,の土地に原発を作り,しかも旧式とわかってもなお動かし続ける,という現在のやり方はいくらなんでもリスク対策をケチりすぎじゃないかと.
で,一番最初の話に戻ると,太陽光発電と省エネに期待したのは,両者のリスクを持っていないからです.いろいろ言われていますが,やはり太陽光発電は停電時にはそれなりに役立ったようです.
あとビジネス的にも,原発も太陽光も(あと省エネも)日本に強みのある分野で,CO2絡みで注目されている分野ですが,今回の事故は前者には向かい風で後者には追い風です.
「計画停電で使用できない」 太陽光発電、操作周知にメーカー躍起@産経
http://sankei.jp.msn.com/economy/news/110321/biz11032101270000-n1.htm
家庭用の太陽光発電装置は、パワーコンディショナー(パワコン)という装置を使い、太陽電池で発電した直流電流を、家庭で使用できる交流電流に変換している。ただ、パワコンを動かすための電気は、通常、電力会社から送られる系統電力に依存しており、そのままでは日中発電していても、電気が使えない。
使用するためには、家のブレーカーをオフにし、パワコンに付属したコンセントに直接、電化製品の電源コードを差し込む必要があるが、意外に知られていないのが実情だ。
脱原発はまだ夢物語に過ぎないとしても,少なくも現在のエネルギー資源ポートフォリオを組む上で,今回の事故を「大丈夫だ,問題ない」とスルーするのはおかしいのではないか,原発(火力も似たようなもんだけど)が持つリスクとちょうど補完関係に太陽光発電(と省エネ)を現実的手段として考える良いタイミングなのではないか,というのが意見です.
まぁ本音は原発やめろじゃなくて太陽光やろうぜ!だった気もしますね.こうやって整理すると.太陽光について反対派は「割高でしょ」といい賛成派は「回りだしたら安くなる」という.今回の騒動で太陽光発電のコスト以外のメリットが見えたので,これを機にいっちょ太陽光電池にもチャンスを与えてあげていいんじゃないかと.
手間もお金もかかるけど、利益も大きい@産総研 太陽光発電研究センター
http://unit.aist.go.jp/rcpv/ci/about_pv/economics/benefit.html
太陽光発電は現時点では一般的な発電方式よりもまだコストが高いのですが、大量生産を進め、計画的に普及を図ることで十分に安くできると見られています。補助金や電力会社による買取などの助成策は、コスト低減と普及を進める効果があります。開発・普及には大きな費用と相応の年数が必要ですが、化石燃料の輸入と異なり、その費用は国内に大きな経済効果や雇用をもたらします(図2)。先行するドイツなどでは既に普及費用を遙かに上回る経済効果と数万人の雇用を創出し(*2)、これにならって欧州、さらには中東・アジア諸国や米国も積極的な普及に乗り出しています。
あと,当分電力不足が続きそうなわけですが,原発なんてそうそう作れないですよね.一方で太陽光発電は市販のソーラーパネルを買えばすぐに発電所のできあがり.太陽光発電では昼間だけという問題はあるが,ピークはむしろ昼間にあるんだからそれを避けるのには十分貢献するのでは.
どうやって普及させるかという問題も,高速無料化とETC,エコポイントと家電,この辺の事例を思えば補助金うまく使えば可能では.あと気になるのは生産が追いつくかどうかだけど,それこそ元気な西日本で(がんがん電力使って)作って東日本に送ればいい.サンヨーもシャープもパナソニックも西の企業だしちょうどいいのでは.
http://anond.hatelabo.jp/20110321214229
おかげさまで最大で10人が使っているらしいIDからブクマされておりますが、いかがお過ごしでしょうか。寒いですね。
返事の順番は、下から上、つまりブクマが着いた順に書いていきます。
hokuto-hei ( ゚Д゚)ポカーン 『あれは東浩紀個人の思想であるかというのはわからないんだよね。』じゃあ、どなたの思想ということなんでしょう? 2011/03/22
思想、という言葉は誤解を招いたかもしれません。それはお詫びします
要は、何か主張をするにあたり、それが本人の意志に沿うものかどうかというのは別である、ということです。
つまり、「する」と「なる」、蓋然性まで踏まえれば「するかもしれない」と「なるかもしれない」ということです。
該当のツイートを再掲すれば
東京人は東京に留まる。水食糧からは放射性物質が検出それ続けるが、それにも慣れていく。数年後微妙に小児の癌発生率があがったという報道が出るが、それも誤差の範囲でなんとなく曖昧に。そうやって日常は回復されるが、西日本や海外から見たらそれそのものが異常。そんな感じになるのではないか。
ということであり、これは予測の範疇でしかありません。上の分類によれば「なるかもしれない」ということです。
何らかの考えを述べることそれ自体は糾弾されるものでもありませんし、無論嘲笑されるべきでもないというだけの話ですね。
ncc1701 ごめん、ちょっと何言ってるのかわからない。
それは申し訳ない。書き方が不味かった、と言えばそれまでですが、具体的にはどこがわからなかったか余った文字数で書いていただければよかったのですが。
Pz-4 馬鹿ガキ こんだけ文字数使っておいてオンリー仄めかしかい。せめて対象ぐらいはっきりさせろや。 /カッコつけるのはいいんだが、あさましくもそのためにすぐ誰かを踏むんだよ。 2011/03/22
カッコ付けた覚えはないのですがね。客観的、俯瞰的、あるいは逆張りをすることがカッコいいというわけではないでしょう。あなたのいうカッコつけの対象もよくわからないので、書き捨てなのかな、とさえ思えてしまいます。ああ、馬鹿ガキというのは正解ですね。きっとあなたのほうが賢いのでしょう。
馬鹿ガキまで包摂する多様性を望みでないなら、バカを排除なり淘汰なりする方向に動けばいいのではないでしょうか。バカだというのは必然的にこちらの落ち度ですから、それを理由に排除されるというのであれば何も言うことはありません。
Bifuteki 素直に「怖くて逃げた」って言えば誰もそれ以上追求しないのに、屁理屈こねて戦略的撤退の体をとろうとしたり、「臆病上等」とかかっこつけながらヘタレの矜持みたいなのをみせつけようとしてるのがカッコ悪いのよ 2011/03/22
焦点といいますか、ひとつの前提のズレがここにあるのではないかと考えています。つまり、「思想家、批評家としての東浩紀<仕事人>」と「一個人としての東浩紀<私人>」は重なるのだろうか、ということです。
これは彼自身の考えですから、馬鹿ガキな私が察するに余りあるのですけれども、ああいうTwitterのようなツールは、仕事上のつぶやきと私人としてのつぶやきの違いは無視されますね。つまり、何を言っても本職としての意見に捉えることもできるし、何を言ってもただのプライベートなつぶやきと見なすことができるわけです。
東京人は東京に留まる。水食糧からは放射性物質が検出それ続けるが、それにも慣れていく。数年後微妙に小児の癌発生率があがったという報道が出るが、それも誤差の範囲でなんとなく曖昧に。そうやって日常は回復されるが、西日本や海外から見たらそれそのものが異常。そんな感じになるのではないか。
これだけではどちらかはわかりません。震災を機に株価が急落した人として何人か取り上げられていますが、彼らは共通してTwitterを使っています。Twitterのつぶやきが可視化させたといえば聞こえはいいですが、それは受け手にとってもその都度解釈を要求されるということです。言ってしまえば、論理学者が日常非論理的なことを言っていることが許されるかどうかといえば許されますが、それは見る人にとっては「なんだこいつ、これで論理学者かよpgr」と見えてしまうわけですね。
繰り返しますが、これは東浩紀自身のスタンスによるものですから私がどうこう言えません。ですが、そこを踏まえずバカにするのは揚げ足を取る程度のものにしかなりえないということです。(それがいい、それでいいというなら、まあそれもいいんじゃないでしょうか。そうは見えなかったからこれ書いてるんですけどね)
ましてやカッコイイか悪いか、臆病かそうでないかなんてのは、言わずもがなですね。
これはBifuteki さんへの回答そのままです。彼のつぶやきすべてが言論人としての彼としてのつぶやきかどうかはわからないのですから。しかしながら、何かしたことに対して、それを説明する、これが日本ではたいてい言い訳として解釈されてしまうのは、あまりいいことではないと思います。
これ以降の方は気になったのだけ返事することにします。もっとも、馬鹿ガキの言うことなんか聞きたくねーよという人も多いでしょうが。
「各マスコミ(特に地上波)が、東日本全域に漫然と散らばって「広いけど薄い」情報を取材して
どの局も似たような放送を流すより、
各局が話し合って、取材テーマを分担し「狭いけど深い」情報を流せ」という提案。
あくまで私案だが、
テレビ朝日系=(原発を除いた)福島県、茨城県、栃木県の情報を中心に取材・放送する
東北に系列局を持たないテレビ東京は首都圏情報オンリーにする、とか、
原子力人脈に近い読売=日本テレビを原発担当にするとか、配慮したつもりだが・・・
こうすると、取材ももっと深みがある取材になろう。
原子力発電所のリスクなんてあんなもんでしょ。今まで運良く一人残らず目を背けていられたってだけで。
もっとも、仮にあそこに火力発電所が建っていたとしても、重油の流出やら火災やらでやっぱり相応に被害を周囲にお呼びしていただろうし。
俺が言いたいのは、
だよ。
あなたがまずやるべきは原子力発電への疑義を提示する事ではなく、現実として日本が原子力発電を推進した合理的な理由を調べる事だよ。
きちんとそれを経ない限り、似たもの同士でそーだそーだ原発やめちまえと言い合って満足しちゃっておしまいになってしまう。
電子力発電所が建ち始めた1960年代の専門家の評論とか色々漁ってみるといい。あちこちで散々に議論され尽くされた上で「まあ原子力発電しかねえわな」と関係者達は渋々(一部は喜色満面に)承諾してる。最後まで反対し続けたのは社会党や共産党みたいなコミュニストの狗みたいなのばかり。
長崎と広島に原爆が落ちて15年しか経ってない状況で当時の日本はそういう結論出したわけだ。15年前となると俺らの感覚で言えば阪神大震災の頃だ。
国内企業が海外採用を増やして国内採用を減らしたり、採用条件にTOEICスコアを課すのはおそらく正しい。
企業がこれから生き残っていくには、海外市場に打って出るための人材が必要なのだろう。
こういう採用方針を決めた経営者は、ユニクロや楽天みたいな創業社長を別にすれば、
従来の国内オンリーの新卒採用で入社して、特段英語力を問われることもなく出世した人たちで、
熾烈な出世競争はあったかもしれないが、それも同じ会社の同期との競争だったに過ぎず、
海外の経営のプロフェッショナルとCEOの椅子を奪い合ったわけじゃないだろう。
それなのに、これから社会にでる若者には、平然と国際競争力を要求するわけだ。
自社の生き残りのために、というよりも、自身の保身と老後の安泰のためかもしれないが、
自分がやってない競争を平然と他者に要求して、自分は安全圏に居座るのはどういう神経なんだ?
闘技場で奴隷の殺し合いを見物するローマ市民と同じじゃないか?
そもそも雇用の不安定化と低賃金化で国内市場をさんざん冷え込ませた挙句、
「国内市場は先がないから、海外市場を重視する」ってふざけてるのか?
若者にカネを出さずに「最近の若者はろくにカネを遣わない」って言ってる馬鹿がトップにいる限り、
どんな優秀な人材を採っても宝の持ち腐れで終わるだけだ。