はてなキーワード: オバケとは
マスメディアは絶対に報道しない「電通」というオバケ代理店の暗躍
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20070410/1176173712
電通の正体
http://www35.atwiki.jp/kolia/pages/313.html
http://unkar.org/r/seiji/1297951622
韓国政府が資金を出して、フジテレビの株を買い占め、報道を操っているという説は本当?
日本人なりすまし議員が少なく見積もっても70人いるという説がある。
学力に大きな差はあるものの、一流上場企業出身、東大・京大、あのハーバード大に合格したものまでいる。これはアメリカをも支配し始めていると言っても過言ではない。
ご存じのとおりサントリーは在日に支配された企業であり、ユニクロは柳井氏が靖国批判をしたため、反日企業である。
また、任天堂は在日部落とのコネクションがあるので反日企業であり、イオンも民主党の岡田氏とつながりがあるので反日企業である。
リクルートもYahoo!と数多くのサービスで提携をしているので反日企業であり、ホンダも韓国を嫌っている気配がないので反日企業である。
三井住友銀行、全日空、ソニー、DeNAなどをはじめとする東証・マザーズ等に上場している日本の企業も、直接または間接的に韓国人と関わりを持っているため、売国行為を行った反日企業であることは火を見るより明らかである。
愛国者が数多く会員登録を行っているニコニコ動画を運営するドワンゴ・ニワンゴも、反自民なのでつまるところ反日企業である。
これらの中で最も力を持っていると思われるソフトバンクは在日朝鮮人の孫正義が作りだした企業である。孫は日本一資産を持っているといわれているが、そのうちの一部を韓国へ献金しているという噂がある。噂だが、生い立ちからして事実に違いないのだろう。
なお、彼は「韓国の原発を評価するとは一言も言っていない」と明言していたが、孫正義という名前が反日的(2ちゃんねるより)なのでここでは割愛させてもらう。
http://news.nicovideo.jp/watch/nw97228/3
GDP3位、世界6位の軍事費、常にTOP5圏内の学力、世界でも難しいランクに入る言語を操るなど、輝かしい功績と国力をもってしても、IMFからお叱りを受け、アメリカからソマリアまで幅広いジャンルの国々から脅迫・批判を浴び続け、常に劣等感に悩まされ、気がつくと放火とか強姦とかしちゃうよくわからない性格を持ち、火病という民族特有のアホ遺伝子を受け継いでいる国家及び国民に我々は侵され続けているようだ。
自国の経済どころか文化すらろくすっぽ発達させることのできない彼らが、どうやってこれほどまで強大な力をつけ、日本人に知られないようにこっそりと侵略を行うという恐ろしい特殊能力を身につけたのだろうか。これでは既に一億総朝鮮人化していると言っても差支えはないだろう。チョンマルカムサハムニダ。
このような悲劇をこれ以上生まないためにも、我々のような愛国者たちはインターネットを使って真実を知り続け、ツイッターで拡散を希望し続け、アンケートを見つけたら工作員が来る前にできるだけ多くの人に呼びかけを行い、数の力によって真の一票を投じ続けなければならない。
蘇るよ色あせぬ日々
ってなわけで始まりました。
始まりマスタ。何がって?ポケモンマスターへの道だよ!!!!!!!!!!!
俺はそういう人間だ。今が楽しければそれでいい。
将来?過去?知ったこっちゃねぇ。未来が地獄でもそれはそれ、これはこれだろうが!!
今を楽しめない人間に未来を楽しむことなんてできるのか。否!!
でもちょっと悲しみも感じてきている今日このごろ。
さてどうしよう。ランダムに流れる曲に身を任せ。
楽しみを何倍にもして君に伝える愛。
あまりにも、軽薄だった。あまりにも周到されていなかった。
びっくりするほどユートピア!パラダイス!リアル・コンデンシャス!!
元気いっぱい餅いっぱい。いっぱいいっぱいなこの世界。
いっぱいリズムでやりまんくるった桃源卿。
オバケェ~ヘ(゚д゚ヘ))))))~ どうでもいいけど狂い始めているよ。
何かの歯車が外れたんだね。苦痛とは感じないよ。むしろ楽しいな・・
元気出して死にましょう。俺からのメッセージだよ☆
・ハロウィーンです。仮装・扮装しましたか。
・ハロウィーンは欧米のお盆、ではありません。確かに、死者がこの世に帰ってきて、教会ではミサがあります。しかし、日本のお盆は死んだ家族が帰ってくるだけです。一方ハロウィーンの扮装では魔女・骸骨の仮面などなど。つまり、10月31日には、この世とあの世の裂け目がぱっくり開いて、あの世のものがどっとやってくる。そういうことです。
・さて、近頃流行りたるもの。ハロウィーンで「ジャパニーズ・キモノ」を着ることがどうやらあるようです。もちろん、着物そのものずばりではなく、欧米人に着やすい、あるいは「それっぽい」ものに加工されてはいますが、しかしハロウィーンの扮装の一パターンとして「女が浴衣っぽいものを着る」があります。
・すなわち、欧米人にとって浴衣はオバケ。彼らにとっての日本文化の異質さはそういうものだということの、いい象徴です。
・ハロウィーンでは、グダグダの浴衣もどきを着る欧米人に対抗して、似合わないグダグダの帽子付タキシードを着る男子・ヨレヨレのドレスもどきを着る女子、が日本にいてもよろしいのでは。欧米人にとって「浴衣」が異形の象徴なら、日本人にとってタキシード・ドレスは立派な「異形」ですから。
10月1日からのタバコの値上げで禁煙にチャレンジする人も増えているだろうが、
実は禁煙に関しては誤った知識で望んでいる人が多い。
全て 活発化するためゼロからやりなおしになる。』
一見もっともらしく語られている通説であるが、実はこれ間違いである。
1. 依存度には個人差があり、ニコチン受容体の数や感度にも大きな開きがある。
2. 誰もが1本吸った程度で受容体がマックスに反応するのであれば、
1日に何十本も吸ったり、チェーンスモークする喫煙者は存在しない。
3. 微量なニコチン摂取で受容体が生成されたり活発化するというのであれば、
吸うより多くのニコチンが含まれる副流煙を吸ったり、ニコチンパッドやガムでも禁断症状が発生する事になる。
しかし、タバコの充満する居酒屋などに数時間いた程度で、非喫煙者や禁煙者が禁断症状を起こすことはないし、
一本オバケの正体とは根性禁煙派が作り出した一種のファシズムであり、
一本くらい吸ったくらいで、振り出しに戻ることは絶対にない。
一本オバケ派によって禁煙は非常に困難なものというイメージになっているが、
本来は本数を減らしたり禁断症状の経過をみながらゆるやかに行うべきである。
もし、禁断症状がずっと抜けずに苦しんでいる人は、立ち止まって自分のペースを見極めて欲しい。
節減は医者も認める禁煙法の一種で、禁断症状を最小限に抑えながら
禁煙に向かう安全な方法である。
実は、一本オバケとは敵ではなく味方なのである。
正しい知識で安全に行って欲しい。
これを読んだ全ての方の禁煙成功を祈って。
なんかテレビでお偉方が言ってるもっとらしい理由考えるよりは
戦後になってもまるで成長してない軍隊みたいな日本企業で働いてる経験を生かして
考えたらいかがガでしょうか?とか思ってしまうのね。
戦前の人が「なぜ上層部は自分たちの誤りを認められなかったのか」とか
について知ったかで語ったりするくらいなら自分の上司とか社長とかをいさめる方法考えたら?
普段今の日本は間違ってるとか、会社のおかしな点について「俺には」散々文句言ってるよね。
天皇の変わりに社長が現人神くらいの感覚で仕事してるんじゃないの?
とにかく、今の私らに当時の戦争についてうえから目線で語る権利があるの?
私はまったくないと思うんだけれどね。
うちのオヤジに限らずなんだけれどさ、日本があの戦争からなにか学んだことってあったっけ?
オヤジを見る限り、軍隊の意味わからん具合は企業に受け継がれちゃってるし、
単純に「戦争イクナイ!」ってスローガンだけが広まっただけとちゃうん。
で、こういうスローガンって、民主党のマニフェストと同じくらい軽いイメージなの。
いざとなったらまた同じことしそうな気がする。
私らが戦争をしないのは、戦争を悪いことと思ってるからじゃなくて、
単純にもう生まれたときから戦争が身近になくて戦争のことを知らないから
「なんとなく面倒」「考えたこともない」暗いのレベルだと思ってるけど違うのかな?
本音では自衛隊みたいに自分に関係ない人たちが国内じゃなくて海外に行くのは別にいいんでしょ?
個人的には北朝鮮の拉致被害者なんて、自衛隊どうするかに比べたら全然軽い問題だと思うけどなぁ。
オヤジが「戦争でなくなった先祖様に申し訳ないと思わないのか」とか
「俺たちは戦争でぼろぼろになったところを立て直して」とかドヤ顔でおっしゃるんんだよね。
そういうオヤジはじいちゃんに申し訳ないことしてないの?とか
ぼろぼろにしたのはそもそもじいちゃんかその上の世代であって、まずそれについて文句を言ったらどうなの?
なんかすごく理不尽だと思うのよ。
私から見たら親父が戦争について語るときって、
死んだ虎の皮をかぶってる狐というか、オバケ話で子供を脅かしてしつける手法と変わらんというか
苦し紛れに使ってるみたいなイメージがしてむしろじいちゃんとかに失礼な気がするのよね。
よくこの時期になると戦争についてテレビがえらそうなこと言ってる。
それに便乗してオヤジもえらそうなことを言ってる。
ひとえに「お前らがつまらん話しかしない」「戦争の話を持ち出すと必ずお説教になる」
といった全然間違ったイメージを持って、間違った使い方をしてるからじゃないかと思ってるの。
学ぶべきことがいっぱいあると思う。
オヤジたちが言うような「オバケ話」とまったく違う、いろんな教訓がある。
ここで語られてる日本軍の失敗とか、今もあんまり変わらないと思うところもある。
戦争から学べとかいってるオヤジがいかに信用できないかもわかる。
お勧め本を紹介してたけど、みんな戦国時代の武将とか坂之上の雲みたいな本ばっかり薦めて
戦争時について語った本を薦める人がいない。読んでないのかな?
だから日本企業って同じ失敗を繰り返してるのかな?とかいらんこととか考えてしまう。
ごめんね、現代史とかまじめに勉強してないからよくわからずに言ってるけど
要するに日本人は戦争してもろくに成長しないように思ってるんだ。
戦争するのはめんどくさいし、反対かな、くらいにしか考えられないの。
こんなバカについて「このくらい読んでからモノをいえバカ!」みたいにののしってくれるとうれしい。
んー、なんかこの話色々論じられてそうだけど
面白そうなんで絡んでみる。
まず、ロボットアニメではない派の言い分はこういうことだ。
ドラエモンは「愉快な人外」であるということ。これはオバQやハットリ君といった
同じ構造を持つ作品、「ケロロ軍曹」に留まらず「ラブやん」なんかも系譜に入ってくると思う。
つか、この系譜はあり過ぎて最早収集がつかない。人間以外のなにかがポンと現れて
現実と非現実との橋渡しになる作品は山ほどある。つか、これの始祖はドラえもんじゃないよね。
俺がふと考えた限りでは代表作はおそらく「ファウスト」だ。
要するに「愉快な人外」というのは、メフィストフェレス的なものなんだろう。
これが重要なのは、「通常の世界に住む主人公」を「非現実の世界」へ橋渡すこと。
この物語構造上の形式は「ロボットである」という事実よりずっと重みがあるだろうなぁ。
ドラエモンは「愉快な人外」であれば話が成立するけれど、「ロボット」である必然性には乏しい。
「鉄腕アトム」は最初から「未来」の話であり、「アトム」が現実と未来を橋渡しているわけじゃない。
ロボットである、というのはキャラクターにつけられた属性であり、「オバケである」とか「忍者である」と一緒で
物語の形式上の大きな意味を持ってはいない。だから、あくまで形式の話をすると
ドラえもんは「ロボットまんがではない」って結論になるんじゃなかろーか。
もちろん「ロボットである」ことに力点を置いて論議することも可能だろうし
ドラエモンがロボットであることから始まる系譜、あるいはそこにいたる系譜ってのも
頑張れば作って作れないこともないけれど。
あともう一つ。ドラエモンが「ジュブナイル」であるとか「ビルディングス・ロマン」であるって議論も可能だけど
1978年、私が15歳の頃だった。親が近所の大学の客員教授としてアメリカに来たという日本人の子がうちの中学校で1年過ごして、それから日本に帰ったんだけど、やっぱり無性に会いたくなって、おじいさんに夏休みの間に遊びに行かせてもらえるよう頼んだらOKしてもらえた。7月の夜に日本に到着して、ヘトヘトだったけどそれ以上に凄いテンションが高かった。友達とそのお母さんに客室へと案内してもらうと、そこは畳の床で、襖で仕切られた、その家唯一の和室だった。一室だけ和室にして残りは近代的な作りにするというのは、比較的豊富な日本の家では一般的なのだそうだ。友達のお母さんが部屋の押し入れから布団を出した時、押し入れの中から冷たい空気が抜けていくのを感じたけど、密閉された空間なら外気に影響される事もないだろうと、その時は特に気に留めはしなかった。その日の夜はぐっすり眠れた。
次の日の夜、目が覚めていた私は電気のスイッチが消える音や二回の寝室の扉が閉まる音といった、夜が更けていく音を布団の中で耳にしていた。明日はどんな楽しい冒険が待ってるんだろうとワクワクしていると、微かに笑い声が聞こえてきた。きっと隣の家で集まりがあるんだろうと思ったけど、笑い声はどんどん大きく、そして近くなっていく。そしてやがて笑い声は・・・何というか、狂気じみたものになり、徐々に音量を上げつつ耳のすぐ側まで近づいてきた。起き上がって二回の友達の所へ逃げようと思った。目は完全に冷めていた。でも、筋肉一つ動かす事ができなかった。ここで私は子供の頃、日本へ発つまで受けていたヨガのレッスンの事を思い出した。きっと本能的に思い出せたんだろう。ヨガのインストラクターは、その名前を口にするだけで負のエネルギーを浄化するという、東インドの聖人ラマナの事を教えてくれた。もう何だろうがやってみようと思い、その聖人の名前を言おうとした。しかし、言葉すら発する事ができなかった。恐怖は身を硬直させると私の本能が告げ、この恐怖の中とにかくリラックスしようと、夜の星空の中を浮遊する自分の姿を必死にイメージした。すると、やがて嵐のように乱れた私の周囲に落ち着きが戻り、今度こそ聖人の名前を言おうと口を動かした。声に出す事は出来なかったけど、私の唇は微かに「ラマナ」という言葉を紡いだ。すると、あの耳に響く邪悪な笑い声はピタリと止まった。まるでスイッチを切ったかのように。体を動かすことが出来るようになった私は、二回の友達の所へ駆け込もうと思ったけど、何故かもう安全だと感じ、わざわざ起こすまいとそのまま眠りに落ちた。
翌日、友達の友達が私の歓迎会と称したお茶会に来てくれた。昨日起こった事を話すと、それは「カナシバリ」というものだと教えてくれた。霊体等が休んでいる人間にそうやっていたずらをするそうで、日本ではよくある事なのだそうだ。その他にも、子供が寝ている間に頭の向きと足の向きを変えるオバケの話など、日本の幽霊の事を色々と話てくれて、私の経験も夢ではなく私が実際に起きていたという事を、特に抵抗もなく怖がりもせず信じてくれた。私の説明からして、あれは何か妖怪の類だと言い、あの笑い声を聞いたら誰だってそう思うだろうと思った。あの笑い声が、前の夜に寒気を発したあの押し入れの方角から近づいてきた事には後から気付いた。
この経験から、たとえ邪悪な存在が近くにいても平常心を保つ事は大事な事である事を学んだ。その後に格闘技を学ぶ際に教えられた事も更にそれを裏付けた。かつてチベットの僧侶がこのような事を言っていたのを覚えている。「怒っている時に攻撃してはいけない。外してしまうかもしれないからだ」
http://www.yourghoststories.com/ghost-stories-categories.php?category=10&page=1
http://anond.hatelabo.jp/20090126
むろんひとの心というものの受け入れる幅はひとによって違うので、姪御さんに見せるべきであったかどうかというのはわからないが、ただ、見せない・見せるという議論の前に姪御さんに説明すべきことがあったのではないか?
自分は5歳で祖母を亡くした。確かにそのときは焼き場には連れて行かれなかったと思う。ただ、そのあと小学生のときに叔父を亡くしたときには焼き場にも一緒に行ったし、投稿者と同じ19歳になるころには両手の指を超えるだけの通夜・葬儀に出ていた。
うろ覚えではあるが、そのとき周囲の親戚たちは、くどいほどわたしにいろいろ教えてくれたと思う。これから叔父はお骨になること、(我が家には仏壇もあったので)今後は仏壇のなかから自分を見てくれているということ、これから出てくる骨は「おじちゃんの」骨である、ということを、だ。
確かにこども心に、いろいろと衝撃はあったが、これはあくまでも「おじちゃんの」骨である、怖いものや悪さをするものではないということがわたしを怯えさせなかったのは間違いない。
見せるということをその姪御さんの親が決めたのであれば、その親御さんに足りなかったのは、姪御さんへの気遣いやフォロー、そういった「怖いものではない」という説明だ。
お化けやガイコツ、というものは怖いものだと刷り込まれているこどもに、なんの前説明もなくリアルに骨を見せたら、怯えるのは当たり前だと思う。突然自分の生活に「骨」が現れたのだ。そのガイコツが一体何者で、どんな悪さをするのか、こどもの想像力には限度がない。トラウマになることもありうるかもしれない。わたしたちが生活のなかで突然他人の遺体を見せられたら衝撃を受ける、それと同じではないだろうか?
けれど、それは身近にいたひとのものであり、決して怖いものと同義ではないということを十分に教えてあげれば、すこしは和らぐのではないだろうか。害をなすものではない、守ってくれるものである、というように説明をしてあげれば。(今からでも少しは和らぐかもしれないがそれはわからない)
遺体や骨、がショックなのではなく、自分の生活の範囲内に、物語などでオソロシイ、オバケだと教えられたものが目に見えて近づいてきたことが一番衝撃なのではないか、わたしは、そう思う。(あくまでも個人的に思うこと、ということだが)
「これは実話なんだけど……」と言って怪談を語りだす行為とこれとにはどんな溝が?
マジレスすると、増田にたまにあるドラマっぽい恋愛話はあなたの言う怪談に近い。
しかしフィクションであることが明白な漫画・アニメは、怪談じゃなくて遊園地のオバケ屋敷だろう。
オバケ屋敷に入るとき、本物のオバケが中にいることを前提にする人はほとんどいないよ。
『「キャラクターは商品ではなく実体を持った一個の存在だ」という神聖な嘘を前提』になんかしていない、と言ってるつもりなので
ジョークを飛ばすくらい自覚的だと返されても、「うん、そのとおり」と言うほかないが。
まー、すこし前の話なんだけども、
だいだい高校生の文化祭で、しかも教室でやるオバケ屋敷なんてたかが知れてると思ってた。
そしたら甘かった。
はじめに、照明やらライトでいやに明るい仕切られた所で女子生徒から説明をうける。
・暗いので気をつけてください。
・壁はダンボールなので壊さないように気をつけてください。
・怪我をした人がいるので気をつけてください
と言って、手の平の包帯をみせた、 自分かよ。
というか怪我?そんなんで人て入れてやっていいのかよ?とか思いつつ、
先の黒いカーテンから入ってくださいと案内された。
中は完全に真っ暗で、それはまあいいんだけど、
地面が明らかに教室の床の感触じゃなくて何かやわくてデコボコしてる。
デコボコというより、もっと普通に起伏があって、それで微妙な感じでやわらかい。
で、ダンボールで細い通路みたいに仕切ってあってそれを手探りで進んで行く感じ。
真っ暗で、床はでこぼこで不安定で、手探りの頼りの壁も段ボールで不安定で、平行感覚が狂いそうになる。
しかも、その通路みたいなのがグネグネと「教室の中にこんなにできるのか?」ってなくらい
長く続いてて、しかも曲がりくねってるから自分が教室のどのあたりにいるかもわからない、
んで、ときたま、蒟蒻みたいなのがあったり、腕をガっと掴まれたりする。
普通ならそういうのは何でもないんだけど、
「真っ暗 & 思ってた以上に長い不安 & 平行感覚が狂いそうな状態」でされると結構くる。
「おどかし」的な要素はあんまりないんだけど「静かに怖い」感じ。
俺はよそをあまり知らないけど、高校の教室レベルでこれはすごいと思った。
後で後輩から詳しく聞いたら、
・床はビニールシートを敷いた上に、濡らしたジャンプやら古新聞やらダンボールを敷き詰め重ねたものだったらしい。
・材料は古紙とダンボールがほとんどだから費用はほとんどかかってないらしい。
・入口の時の「怪我をした」の注意も不安を煽るための嘘だそうな。すげー、そこまでやるんだ。
しかもそれらを発案したのが1人の女子生徒らしい、すげーな。