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はてなキーワード: オタク文化とは

2011-08-10

韓国人

フジテレビ問題で「あれは韓国人への人種差別だ」っていうのがはてなはてサ?)の大方の同意だと思うんだけど(でも人種モンゴロイドで共通だから、あえて言うなら民族差別だよね)

そして多分、実際にそうなんだろうけど、じゃあなんで韓国人に対しては差別感情を持つのか。なぜ韓国人だけに過敏に反応するのだろうか。

歴史を学べ?いや、戦前朝鮮人差別感がそのまま現在若者に繋がってる、という気はしない。個人的感想だが。

また逆に、従来差別の対象となりがちだった中国人に対しては、ネット上での感覚からすると、急速に和らいでいる。オタク文化への反応、あるいは中国国内の出来事に対する心情等々が日本語翻訳され、「なんだ、あいつらも俺らと変わらないじゃん」という雰囲気が醸成されつつある。中国から日本に対するネット民の心情も同様に見える。

一方で、韓国との関係は、依然として完全に断絶している。全くの理解できない「他者」のままだ。

なんででしょうね。ここで「戦争責任」を持ち出して思考停止はしたくないんだけど。本当に分からない。

結論を言うと、これは「差別差別される側『にも』問題がある」というはてサ噴飯ものの主張になっちゃうんだけど、

でも、「なぜ日本人韓国人に過敏に反応してしまうのか」の、韓国側の要因を考えてみないと先に進めない気がするんです

戦争責任」もしくは「戦前朝鮮蔑視」一本槍で進めるには限界があると思うんだけど。

2011-08-04

http://anond.hatelabo.jp/20110803032726 を書いた増田なんだけど、下に続いている議論をいろいろ見ていて思ったことをつらつら書く。

まず一つはオタ文化はすでに弱者ではないのに、本人は弱者と思いこんでいること。そもそもこの不景気の中にビックサイトっていう日本の最大級の展示会場を年二回3日間フルで貸し切って即売会をやる文化のどこが弱い文化だ、と思う。現代美術よりももはや文化の強度としては全然強いと思うんだけどそれでもなぜか自分のことを(無理やりにでも)弱者だと思い込んでいるように見える。

そして、こっちが本題なんだけど、元々の http://anond.hatelabo.jp/20110802212441 に関して、なぜ現代美術オタク文化還元できなかったんだろうか。極論だけど、歴史上の人物から衛星までなんでもキャラクター化、すなわちオタク文化の形に変形してきたわけだし、現代美術勝手還元しちゃえばよかったのに。なんか現代美術だけきれいに避けられている感じがする。

"悪い場所"という言葉を使うなら、炎上方向じゃなくて二次創作ソースとしてこれまで同様"悪い場所"に取り込んでしまえばいいじゃないか、同じ絵なんだし、そして適当にすみ分けておけばよかったのにと読んで思っていた。ただそれすら拒んでいるような感じというか。


多分コミュニティ論はある程度的を射ていると思うけど、それがすべてではないと思う。そしてコミュニティ論が取りこぼした問題の一つってこんなところがあるんじゃないの、というところで各位どう思います?

オタク文化人間アート文化人間のかみ合わなさ

オタク文化の主張は「俺たちの文化に土足で入って荒らすのは許されない」に集約される。

  • (主張)陰だから許されるものを、収奪して光の当たる場所に引きずりだすことは許されない

人格否定やら肖像権侵害に走ってるオタク文化人間が、同人グレーゾーンは仁義や倫理で成り立つ賜物だと主張してもへそで茶が沸くだけだよな。文化を奪ってんのはお互い様だぜ。


アート文化の主張は「両者に決定的な違いはない、アートを理解しないオタク自意識過剰被害妄想だ」という感じ。正直こっちの主張はよく分からん

  • (主張)現代アートオタクをバカにする目的で生まれたのではなく、20世紀アートが辿ってきた道のりをなぞる「優等生」だ。
    • (反論)要するに劣化コピーだろ。ただの作品破壊アートを名乗れば許されるとでも思ったのか?
      • (補足)評価され許されたものもあれば、訴えられ消えたものもある。そういう歴史を繰り返してきた。その延長線上、あるいは循環の中にある作品に過ぎない。

ウォーホールデュシャンなんて時代遅れを引き摺り何度も同じこと繰り返すお前らより、自ら新しい価値を生み出している同人文化の方がよっぽどアートしてるだろ。もっと本気出せよ。


特に結論はない。ネットってなんでこうも余裕ないやつらばっかりなんだろうな。あるいはネットにはこういう娯楽しかないだけか。

2011-08-03

「まみぺこ系女子」のモテぶりについて

身近に居る女の子がこんな感じなんですけど、オタク男性モテるのなんのって!!まさにアイドル状態。

で、この子に似た感じの子、はてなでも見たなぁと思って思い出したのがid:Mamipekoさん。

正直に言うとFirefoxネイルアートパンストの記事しか読んだことがないのですが、

「そうそうこの感じ!」となったのがまみぺこさんしかいなかったので、「まみぺこ系女子」と言ってみようかと思います

「まみぺこ系女子」は絶対にネットストーカーにあった経験を持っています。それも複数人から同時並行的に!

「同じことに興味を持ってる女の子」ということでオタク男性に好感や親しみを持たれるようですが、

オタク男性は引っ込み思案なので、ネット上で監視することしかしないのです

そして、並の女性では「げーっ、キモ!」となるような監視レベルでも、彼女たちは謎の寛容さを発揮します。

ここがモテポイントかも。

そして彼女たちが最終的に付き合うのは、「見た目一般人・中身オタク」の男性

恋愛スキル常識レベル一般人で、趣味や興味の対象がオタク文化だけだった、という層の男性です

考えてみれば彼女たち自身も「見た目一般人・中身オタク」なので、似たような男性と合うのは当たり前ですよね。

でもそこで失恋する男性の数がかなり多いのが「まみぺこ系女子」の特徴だと思います

普通女性は超美人でもない限り、複数人に同時にストーカーされることは無いと思うんですが、

「まみぺこ系女子」は片思いされ数がかなり多いはずです

会ったことも無いオタク男性や、相当な数の「消極的な好意」が寄せられてたはず。

片思いされた数がモテた数とするなら、まみぺこ系女子は現代の最モテ女子なのではないでしょうか。

 

---

 

ぎゃ!本人光臨!ごめんなさい!

2011-07-29

Pixiv, カオスラウンジ芸術マーケット日本芸術教育

今私は、鬱状態仕事を休んでいる。フリーランスアーティストとして10年ほど。その半分以上を海外でくらし、今もヨーロッパの片隅にいる。

2ch のまとめサイトで、件のPixiv騒動をしった。

カオスラウンジというグループ、全く知らなかったが、なるほど、人々の怒りがよく分かる経緯だった。

面白いので、コラにはコラに対抗ということで、代表藤城嘘の作品や彼の写真photoshop10分ほどやっつけでコラした絵をPixiv投稿。説明なしのアカウント削除→IPアドレス指定拒否→串刺しIPでの再UP→瞬殺アカウント死亡 などを繰り返して遊んだ

http://www.rupan.net/uploader/download/1311933348.jpg

で、私の意見

これ、日本芸術にたいするマーケットのあり方や、芸大における教育とか、そういうことが根本にある。

まずマーケット

これは日本だけでないけど、マーケットって、ようはお商売の世界。売れればいいの。芸術家も、批評家も、生活あるからお金にしなくちゃいけない。

で、やっぱり、売れたものはみんな金魚のふんみたいについていくの。それは仕方ないこと、どこでも。

そのために役にたつの権威(power)。カオスラウンジ村上隆美術手帖がそのicon。

私は両方とも死ねと思っている。(殺害予告ではありません… 念のため) 正直。

村上隆は売れた。それはいい。オメデト。尊敬。でももともとサブ・カルなのに、権威的にふるまう?どうして?

本流に対してのalternativeなありかたとして出した、その経験意味は?

美術手帖。いつも売れ線をおっかけ。責任おわない。コンテクスト脆弱(消極的な取材が透けて見える)。しょうがないけど。お商売だし。でももうちょっと、光を見せてよ、せっかく日本マーケット権威もっちゃったんだから

僕は90年代青春をすごしたから、今の日本の若い人とちょっと感覚ずれてるかもわからないけど、その時の感覚からすれば、分かる。

日本の人って、権威に弱い。テレビとか、どっかの大学先生とか、批評家とか、マーケットとか、あとは身近な友人や家族なんかの意見にも。

もちろんどこでもそうだけど、日本はちょっと過剰だなーっておもう。

自分が見てるもの、聴いているもの、食べているもの、感じているものを、どうやって、「いい」か「悪いか」判断できるだろう?

日本の人は、まず周りをみる。周りの様子にノル人、ソル人…

僕が暮らしいるところの人たちは、まず自分フィーリングを聴く。で、それから周りの人も見る。それから、どうするかと考える。

yap, subjectは結局おなじなんだけど、順番が違うんだよね。僕がくらしている人たちは、まず自分意見が先にくるんだよ。

例えば、スーパーマーケットにいって、入り口に物ごいがいる。ああ、かわいそうだなって思ったら、こっちの人はお金渡す。

日本の人は、まず、お金わたす自分の姿が周りからみてカッコワルイ、アタマヲカシイ?、ってかんがえて、無視する。

全員がそうでないけど、そういう傾向が、ある。

この順番が、カオスラウンジの人たちの行動にもよく見える。

藤城嘘ブログ6月25日の記事。

http://d.hatena.ne.jp/lie_fujishiro/20110625

端的にいうと、ダサい。カッコワルイ。

同じ芸術家として、引用とかサンプリングについての立場はちょっと分かるよ。ちょっと。

でもさ、想像力って彼らは持っているんだろうか?

例えば満員電車の中で私が突然うんこしたら、みんな嫌がるだろーなーって、なんか創造できる、だから私はうんこしない。

やべぇ、うんこもれそう、もうしぬぅーーーーってなっても、みんな嫌がるだろーなーっておもうから、我慢して、次の駅までまって、でダッシュ。

ま、動機はカッコワルくなりたいってのもあるだろうけど、まぁおんなじように。

で、カオスラウンジの人たちは「ウンコしたい」で、すぐウンコしちゃってる。ブリブリ

ネットオタク文化いけてる、売れそう、俺好きやし、カッコええやん、よっしゃ、これで俺の作品つくったろ。

一方的。想像してない。それで誰が傷付くか。

今回の件をきっかけに、私は初めてふたば掲示板をみた。

みんな同じようなネタをずーっと話してたり、コラしてたり…。純粋だなーって思うのと、あと普通だなーって思う。

世の中の多くの人たちが、文化については保守的日本をみたら、なんで演歌歌謡曲が未だに紅白重要立ち位置を持っているかということ。

これ大事だよ。普通だもん、それが。

そういう人たち(=普通の人たち)の気持ちに思いを巡らすのが、やっぱり普通の人であるところの、普通芸術家でないの?

少なくとも、私は自分自身芸術家としてそういうスタンスを譲らない。

あるいは、もし自覚的にそうした『普通』に対する反抗であるなら、最後までヤリきらないと。

炎上たから?ビジネスパートナーが予定していた商品をキャンセルたから?周りのエラい批評家にお説教されたから?

本当に反抗したいなら、まず梅沢ナントカという友達の作品を正当化して、ウルセェ、テメエラなんもわかっちゃいねぇんだよっていって、もっともっと同じ手法で作品を創らなくちゃ。で、その路線で別のパートナーをみつける、そこまでいかないと。

この謝罪、カッコワルイよ。

たぶん村上隆が翻ったのも、この日和見的なところ(態度)で、ア、コイツラ、シロウト。ってみやぶったんだと思う。

(個人的に村上嫌いだけど、プロとして何となく分かる。)

で、彼らがここまでやってこれたのが、日本芸大etc.における芸術教育の影響だろうなぁと。

私自身の、私立芸大在学のとき経験をモトに。

「売れる」ことを考えすぎ。たぶん、日本におけるfine art伝統の不在が起因なんだろうけど。

自分が、一人の人間が、今思い、考え、感じていること、そしてそれによって目の前にある作品や起きている事象にたいする疑問を素直に「どうして?なぜ?」と問いかけること。こういう当たり前の姿勢がどうして求められないんだろう?

タマタマ自分がやっていることが売れ線だと。で、エラい批評かなり、curatorなりが、ヨイヨイ、といって、金だして、仕事なりコンタクトわたしたりして、ま、同業者として分かるっちゃ分かるけど、それで、自分がやっていることは全肯定できるのだろうか?

若いアーティストから仕方ないんだろうけど…

酔いが回ってきたので、またそのうち続きを書こう。

2011-07-19

「二人組つくってー」におびえなかった人間オタク自称してはいけない

「寝たフリしてるだけだったりして(クスクス」

「いつもお昼どこで食べてるの?」

友達かいる?」





こんな言葉に心を痛めた経験のない人はオタク自称してはいけない。

きっとそういう事なのだと思う。シロクマ先生が嫌われるのは。

オタク」という言葉をどんなに浄化しようと、「オタク」はやっぱり罵倒語

オタクキモイ」と陰口を叩かれた事がない人間に、オタク面で「オタクでも努力すれば」なんて説教されたら困るのだ。

オタクの多くは、オタク的なアニメ漫画ゲームたまたま好きな普通の人なんかじゃ全然なくて

物心ついた頃には友達ができない事に悩んでいて、クラスメイトに興味が持てない以前に個々人の区別もつかなくて、教室は居心地が悪くて

休み時間が嫌いで、何をしたらいいかからなくて、頭の中でお気に入り漫画キャラをずうっと動かしてたような、そんな子供が成長しちゃった姿なのだと思う。

先天的な障害を抱えていたのか、生育環境のせいか、本人の努力が足りなかっただけなのか、そんなのはからないし色々なパターンがあるだろうけど

物心ついた頃には、遅くとも小学校4年までには、コミュニケーションの障害を自覚していて、一般社会が辛すぎるから、居心地のいいオタク文化に傾倒してしまったのだ。

大学入学まで、一般人として何不自由なく暮らしていたシロクマ先生オタク面されたら本当に困る。


http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20110718/p1#tb

2011-07-12

オタク文化はいもの

p_shirokumaやy_arimやamamakoみたいな産廃を排出することを除けば

2011-07-09

http://anond.hatelabo.jp/20110709125754

日本語の判らない人間が作ったコラージュTシャツの図案をAA化したのではないかと推察するべき。

実際の色彩にもよるが、それなりに売れたのかもしれない。



日本ネット文化オタク文化への羨望が見て取れる。

そして、それをAA化してしま2ch有志の懐の深さ。

アートを通じての海外日本交流は、いまやいたるところで見受けることが出来るのだ。



それにつけても政権交代が必要だ。

2011-06-23

http://anond.hatelabo.jp/20110623123123

というか、元々ボカロ以前に「普通楽器」として使われてた技術なんじゃなかったっけ?

もともと、ボーカロイドボーカロイドって技術だぞ?

VOCALOID2へのバージョンアップに伴い、キャラクター性を押し出したのがクリプトン初音ミク以降のシリーズって感じだわな。

まぁ、フォルマントシンギング音源全般での話で行くなら、XG音源プラグインボードとかあったし、それ持ってるわ。

ただ、以前の音源系はバックコーラス用途でも音楽素材切り貼りしたほうがマシなことが多かったし、VOCALOID2シリーズも出た当初はボーカルとして使えるようなレベルではなかった。

ユーザー数が増えて、テクニカルな使い方が深化してきたからこそ商業ベースに食い込んでくる作品が出来てきたんだし。



ボカロは、ソフト名を姓名を持ったネーミングにしたりパッケージキャラを前面に押し出したりして「歌声を操作できるキャラクター」として売ることでヒットしたもの

それは、クリプトンインターネット、AHS等の戦略であってそれを「ボカロ」と定義するならそうだろうな。

個人的には、「ボカロ」で金が集まったおかげで、VOCALOID3の開発が早まったとするなら、大いに有難い所。

VOCALOID3インターフェースDAWっぽくなってきたから、そもそもFL Studio使っててVOCALIODプラグインで使えない身としては大助かりだ。



同時にそのキャラクター性がお荷物になって、ニコ動界隈を中心とするオタク文化から移動できなくなってるって印象だわ

いや、海外メーカーキャラクター性で売ってないし、ビープラッツもそうだろ。

そんなにニコ動界隈に固定化されてるとも思わんよ。

商業ベースに乗せるために、ニコ動界隈の知名度を利用できるだけでも相当良い事じゃないかと思うよ。

何もなしに商業ベースに乗せるなんて、人間が歌っていても無理なことが多いんだから

さらに言えば、各種のボーカロイド操作のテクニックを編み出してきたのはニコ動界隈だから、今後しばらくはニコ動界隈が牽引して行くんじゃないかね?

これは、不利な点ではないし、むしろテクニックの深化という意味ではニコ動みたいな「コメント可能な動画メディア」と「スキルが必要な何某」のシナジーは凄いと思う。

ヨーヨーなんかも、ニコ動Youtube見ながら練習できたりするしな。

http://anond.hatelabo.jp/20110623120114

というか、元々ボカロ以前に「普通楽器」として使われてた技術なんじゃなかったっけ?

ボカロは、ソフト名を姓名を持ったネーミングにしたりパッケージキャラを前面に押し出したりして「歌声を操作できるキャラクター」として売ることでヒットしたもの

同時にそのキャラクター性がお荷物になって、ニコ動界隈を中心とするオタク文化から移動できなくなってるって印象だわ

2011-06-04

シュタインズゲート第9話の英語圏感想

特性上、ここまでのネタバレはありますのでご注意ください。

●このエピソードではイタルがかなりおもしろかったね。フェイリスにいきなり秘密情報をしゃべっちゃったりさ。リンタロウの電話の場面もすごいおもしろかった。ってことで、D-Mailを使って、フェイリス・ホイール訳注観覧車をフェリス・ホイールといいます)が回り始めたってことだ。すごい回転だね。IBN5100のおつかいクエストが再度できちゃったってことは問題ない。ルカの性別を変えるかって?もちろん、するに決まってるよ。でも世界一オタク文化の街からオタク文化を取り払っちゃうって?それはやりすぎだろ。俺たちオタクには、集まって、協力して、騒ぐために、アキバみたいな場所が必要だ よ。扇風機のファンじゃあ俺達ファンは納得させられないよ。(訳注うまいこと言ってます

クリスについては、その精神の強靱さをほめてあげたいね。俺は4chanに8ヶ月もいられなかったけど、彼女はどうやら2chanの常連みたいだ。鋼の意志が必要だよ。

●うわぁ、この「バラフライ・エフェクト」のイメージだんだんぞくぞくしてきたよ。

 最後のD-Mailではいったい何が起きたんだ!?

●”最後のD-Mailではいったい何が起きたんだ!?”

 アキバからモエ文化が消えた最後の数分を見てなかったの?キョウマが会ったことがなさそうなフェイリスの父親が居たことは言うまでもなく。



ここで眠くなってしまいました。みんな結構興奮してアキバからモエ文化が消えることについて書いてました希望あればさらに訳しますが、明日あたり。ということでおやすみなさい。

2011-05-23

http://anond.hatelabo.jp/20110522135053

釣り針見えすぎ&インターネットがある時代が「大昔」、って増田どんだけ若いんだよとか突っ込みたくなるが

「昔(インターネットが無かった時代も含む)のオタクより今のオタクは金も頭も無い奴が多い」は真実だよなあ。



ネット初期時代は増田の言うとおりだけど、

それ以前のネットが無い時代は、オタク活動するのにそれなりの金や余裕や情報収集能力(=頭)が必要&

オタクへの入り口が「自ら目覚める」「身内や友人に引きずりこまれる」のどちらかしか無い分、

元々素質がある人間しかオタクにならなかった。

(友人経由だって「そういう人間と友人である」と言う時点で素質があるわけで)

でも今は、現実に金も居場所も無く仕方なくネットにのめり込んでる人間が、そのままネットの影響でオタクになってる。

彼らは恐らくネットが無かったらオタクコンテンツに興味も持たなかっただろう。



例えば初期2chの定番煽りネタと言えば「学歴」だった。

あちこちの全然関係ない板に学歴スレが立ち、学歴スレでなくても気に入らない書き込みに「お前低学歴だろ、氏ね」と言う煽りを付ける人間が大勢居た。

(そもそも「DQNドキュン)」と言うのは「『目撃ドキュン』と言うTV番組に出ているような低学歴貧乏人」が由来であり、元々は「高卒」を指す)

つまり昔の2chは(自称)高学歴が多かった。

それが、いつの間にか定番煽りネタが「在日」に置き換わり、「低学歴煽りがほぼ見られなくなったのは

2chユーザー層に低学歴層が増え、「低学歴氏ね」では自分ブーメランとして刺さってしまう、

日本人であること」でしか威張れない(そもそも威張るこっちゃないんだが)連中が多数派になったからだろうと思う。



http://anond.hatelabo.jp/20110521082510

に対する反論として「昔から経済的に恵まれない男性は大勢居たのに何を今更」と言うのをどこかで見たけど、

昔はそもそも、経済的にある程度恵まれていないとオタクになら(れ)なかったか

今のように「現実で金も居場所も無いか安価な娯楽としてのネットに没頭→オタクルートオタクが居なかった。

勿論昔から貧乏かつオタク、と言うのは居たけど、今よりはずっと少数派だった。



昔の「モテない非コミュだけど金はそこそこあって勉強も出来る」男オタクはてなにはこういう層が多そうだ)は、

学生時代は不遇でも収入が高い職に就けたから、歳を取れば「結婚して妻子を養う」と言う男性GR遂行する事が可能だった。

でも今の「モテない非コミュな上に金も無くて勉強も出来ない」男オタクは、将来「結婚して妻子を養う」事など恐らく出来ない。

その辺りにオタク文化の変遷の一要因があるんじゃないかと。

2011-05-22

メジャー萌え作品しか見ないオタクって現代の底辺だよね

大昔のオタク文化って参入のハードルが高かったよね。

パソコンインターネット接続料金も高かったか経済力を必要としたし、

初期設定するのも楽しむのも今ほど簡単じゃなかったから、ある程度のスキルを必要とした

アマチュア無線とかプラモデルなんかもスキルが必要とされるから、誰にでも門戸が開かれてる趣味じゃない。

から見てキモいモテないけど、頭の良さや熱心さについて、認められる存在だったと思う。

キモかっこいいというか、キモ凄いというか。

良く言えば学者肌。そして熱心・一途である分、ここからブレイクスルーが生まれる可能性もあった。

それに対して今のインターネット。安いし接続簡単。バカでもDQNでも出来る。

今のオタクアニメ可愛い女の子が大量に出てくる。日常系のまったり展開、誰にでも理解できる簡単ストーリー

オタク文化をたしなむのに、金も頭もいらなくなった。

結果オタクが激増したオタクマジョリティなっちゃって、カミングアウトしやすいどころか、

イメージを利用するためにあえて「自分オタクです」発言するような人も出てきた。

オタトークを利用して友達を増やしたり、異性との出会いに繋げるような人も出てきた。

このような人たち、バブルの頃にブランド買ったりパーティーやって浮かれてた人と何が違うのかわからない。

同じ種類の流行りモノだと思う。不景気になったから金を使えなくなっただけで、頭のレベルは変わらない。

アニメってパチスロにも使われるようになっちゃったしね。

昔だったら考えられない。ギャンブルオタクって遠いものだったから。オタクがただの俗人になった証拠だと思う。

そして何より酷いのは、流行りモノのオタク文化ばかり消費している非モテぼっち

ブームに乗っかって色々言ってるだけで、何にも生かせないし、何も持ってない。

頭が悪い、センスも悪い、コミュ力無い、見た目悪い、どうしようもない。

何も無いじゃん。役立たずの無能じゃん。デキ婚DQNのほうが子供作ってるだけましだよ。

オタク」という言葉が、昔の「不遇なマイノリティから、「無能マジョリティ」に成り下がったと思う。

今のオタク、バカだもん。数ばかり多くてさ。

で、バカだらけだから顔面・金至上主義になっちゃうんだよ。

同じバカならブサイクなバカよりイケメン美人のバカのほうがいいし、貧乏なバカより金持ちのバカのほうがいいでしょう?

2011-05-20

原発事故を安易な資本主義批判に持っていきたい人々。

東日本大地震を契機に、「オピニオン」を売り物にしている人たちがやたらとご乱心をして、見当はずれなドヤ顔を晒してしまっているのをたくさん見てしまった。

裏情報によるとあれはどうだとか、オタク文化が成り立たなくなるだとか、わいわいがやがや

地震津波の影響で、原発が壊滅的な被害を受けてしまったのは皆さんご存知の通り。計画停電等で関東全体がしわ寄せを受けていたり、東電原発処理で醜態を晒しつづけているのも周知の事実だ。

そして、今回の事故を受けて、改めて原発の意義やエネルギー問題が議論として浮上してきた。ぜんぜんクリーンじゃないぞとか、作業員への手当がいい加減すぎるとか、放射線の影響はぜんぜんないorけっこうヤバいだとか。しかし、以下の発言のような方向にいってしまうのはどうなんだろう?



今回の異常事態で20世紀を貫いて絶対的な権威だった「科学」そのものが破綻した瞬間を日本社会は味わったのではないかと感じている。自分もその一人。今科学者技術者が「問題は想定外だったこと。これから大地震にも耐えられる原子炉設計すればいいまでのことだ」と言ったら…信じる?

死の影を見ず、コンビニエンスに生き、自然界がディズニー表現されている、いたって都合がいい、幼児的な宇宙に住む権利を捨てなければならなくなった。自然に謝って済むものではない。人格を超えた相手は管理できない。人間の「ごっこ」はあまりにも非力だったことがばれた。

呼吸法坐禅だけでも相当に有効な洞察が得られるかもしれない。コンビニエンス社会マスコミ意識を委ねるなど他律的な面が強調されるけど、便利さを捨てて自律的なライフスタイルへと徐々に切り替えていくというソリューションもあるかも。風力、太陽光以外に。

ミュージシャン作家フォロワー1万5000人のモーリー・ロバートソンさんのツイート



この手の「資本主義社会を見直そう」みたいな動きはあちこちで見かける。計画停電都市機能が大きな影響を受けたが、そもそもこんなに電気を使う社会のほうがおかしいんだ。今の社会にある便利なものは、多くの犠牲に成り立っている。不便を受け入れて健全で質の高い社会を目指そう。

……みたいな意見

なんだか「スローライフ」だとか「ロハス」だとかいった単語を思い出してしまう。どちらも自然志向ライフスタイルだ。競争に明け暮れるのはやめて、もっと価値のある食事に時間をかけようだとか、科学の発展で本当に価値のある何かを失ってしまっただとか、そんなような。要するに自然回帰

そこまでいかなくても「経済を縮小させて云々」なんて言い出している人はごまんといる。

今回の原発事故を受けて、何でこんな発想になってしまうんだろう? おそらく、こういう人は元々ここういう考えを持っているんだろう。今回の事故から自然回帰的な発想に至ったんじゃなくて、「資本主義って何か嫌だな」「大事なものを失っているんじゃないか」って日頃から考えていて、安易に原発事故に繋げてしまっているんだ。

だって、これって原発事故とまったく関係ないじゃない。

事故で問題だったのは津波対策をきちんとしていなかったことと、東電隠蔽体質を発揮して泥沼に陥ってしまったことだ。そこで考えるべきことは、もっと確実な地震対策、津波対策はないのか、想定の精度をあげるにはどうすればいいのか、隠蔽体質に陥らないようにするにはどうしたらいいか、だ。

私には資本主義がどうこう言い出すのは、答えのだせない大きな話にして逃げてるようにしか思えない。

こういう人は何でもかんでも資本主義反対に繋げちゃって、貧しいアジアを見て「でも、ここには日本人が失ってしまった何かがある」とか言っちゃうのだろう。きみが感傷に耽っている数秒間に、水不足で死んじゃう人が何人もいて、それは科学の力で救えるんだけど。

もちろん、原発代替案は探っていかなきゃいけない。でも、「昔に戻る」はとても安易な考え方だと思う。私には思考停止に思える。

だいたい、脱原発で昔の生活に戻ったって津波がきたら死んじゃうんだけど、こういう人たちはそれをどう思っているんだろうか?

2011-05-19

http://anond.hatelabo.jp/20110519095731

リリースされた年代とバズった年代を一緒にしないでくれよw

まあ、いずれにせよ2005年までのゼロ年代と呼ばれたものとそれ以降ではかなりオタク文化が異なっている事を体感として周知してないことには、ゼロ年代の総括なんか出来やしないよな。

あと、CLAMP的なものをサブカルと呼んでいいのなら、サブカル歴史フラットに総括できる奴は多分いないよw

女の子側のサブカルの話になればなるほど、彼女らのゼロ年代で鍛え上げられたSNSベースしたステルスコンテンツ消費を知ってないとむりぽ。ケータイ小説も含めて、なんだが実態としての女サブカル者の動向は隠されまくっている分当事者以外には分からんw

まああれだよ。そこらへんは出版とか放送の事情に詳しい佐々木俊尚さんにでも聞けばいいんじゃね?

ゼロ年代に「オタク正史」を書けた批評家本田透

このエヴァ騒動によって一時、オタクは「萌え」と「サブカル」に大分した。「萌え」系オタクは、エヴァでいえば綾波レイ惣流・アスカ・ラングレーなどの萌えキャラハァハァしていた純粋オタク系統であり、「サブカル」系は、オタクよりも恋愛資本主義の側に擦り寄ってオサレ系を目指した連中だ。


だが、あれから数年、どうなっただろうか?


 そう、サブカル市場として成立せず、萌え市場けが拡大したのだ。サブカルは短期間で事実上滅び、講談社ノベル雑誌ファウスト』のような「半萌え・半サブカル形態によってかろうじて命脈を保っているばかりとなった。

これは当然の帰結といえる。


オタク文化そのものが「二次元>>>>>>>>>>三次元」という前提によって威力を持てる妄想文化である以上、サブカルが「三次元>>>>>>>>>>二次元」とやらかしたら、オタクの大勢がサブカルから離脱するのは時間の問題だった。

本田透電波男』2005,(引用文庫版(p.566)))


この「サブカル」ってのを「一部の批評系」にしたらしっくり来る。

萌えオタ罵倒してフニャフニャ主義だとか言ってた本人が、いざ容姿を出すと初音ミク痛車よりも映像映えしないリア充ならぬリアル三十(さんじゅう)だったり、映像だと(字幕の向こうの群衆におびえて)大人しくなりキャラ崩壊してたりとゼロ年代批評はいろいろありました

電波男』は要するに「萌えには階級格差を無化する力があるんだ!」という本です現在は『はがない』『IS』『けいおん!』など、良かれ悪しかれそうした表現が主流になりつつある。いかにも小泉構造改革以後の空気感みたいなのと関連付けやすい『カイジ』や『ウシジマ君』は有名になったけれど、なぜ彼らはアイドル(=偶像)になれなかったのだろう。



代わりにネットオタク偶像となったのは『初音ミク』や『アイドルマスター』や『ラブプラス』それに『けいおん!』だった。

そして社会に出て自らの文化アイデンティティを主張できたのは、『スクールカースト』ではな痛車聖地ローソンだった。そこにある想いは「余暇時間まで勝ち組・負け組意識させられ自己啓発されるのはキツい」というあたりまえのものだろう。

それすら許せん、となにかと理由をつけて萌えオタ罵倒してた件の人物は映像に出たらしょぼしょぼで(以下略

映像まとめサイトが「差異化ゲーム厨」への抑止力になるならば、少なくとも差異化ゲーム厨が野放しな環境よりは良いと思う。まあともかく萌えからフニャフニャ主義への流れなんてなくて、フニャフニャ主義こそむしろサブジャンルに過ぎないっつうか、萌えだけで刺激が足りない時に触れる程度。



ようするにゼロ年代は「差異化ゲームの思想」ではなく「無関連化する思想」が勝利した2005年の段階でこのことを説明し得た『電波男』は、フニャフニャ主義本よりもよっぽどゼロ年代の「正史」を正しく語っている。

2011-05-15

初音ミクLAライブ、追加情報

 初音ミクLAライブについてVocaloidismにいくつか新しい情報が載っていたので紹介。

http://www.vocaloidism.com/2011/05/14/hatsune-miku-live-in-los-angeles/

1)Danny ChooがMCを務める。本人がblogで明らかにした。確かにセガ及びクリプトン社長名刺写真がアップされている。

http://www.dannychoo.com/post/en/26112/Hatsune+Miku+Concert+in+Los+Angeles.html

 Danny Chooがどういう人物なのか正直知らないのだが、米国日本オタク文化を紹介するような役回りを果たしているみたい。本人のFacebookには「コメディアン」と書いてあるので、そういう仕事メーンなのかもしれない。

http://www.facebook.com/dannychoodotcom

2)「逆さまレインボーの」sunzriver氏と、「チョコレートトレイン」のPenguins Project氏が、2011ボーカロイドパネル未来音色」に参加するらしい

http://www.youtube.com/watch?v=HAViEcyxkD8

http://www.youtube.com/watch?v=83FefFtgrD0

http://www.anime-expo.org/forums/index.php?showtopic=14306

 Penguins Projectのblogでは既に告知されている。

http://d.hatena.ne.jp/PENGUINS_PROJECT/20110514/1305353791

3)他にも「ペヤングだばあ」のZANEEDSが参加するとの情報もある。

http://www.youtube.com/watch?v=XkMDvJMkOuM

http://twitter.com/#!/masa3939/status/69321972122791936

2011-02-19

http://anond.hatelabo.jp/20110219161433

そいつらがたどり着いた地平」の方に興味を持ってくれると嬉しかった。

KANONAirを通りCLANNADは人生になりリトルバスターしたりクドわふったりして、結果オタク文化の、というか産業メインストリームに位置するようになった。月姫にしても同じこと。(FATEから先のストーリーが無いかいまいち語れねえけど)

から、あれだよ。今漏れらがm9(^Д^)プギャーって言ってるような「若者文化」は放っておくと数年レベルメインストリームまで昇格する可能性があり、逆に漏れらがロー取る扱いされる可能性があるということを言っている。

今のヲタクの世で、kANONやら月姫やらを「稚拙で他愛もない駄作だ」という人間はいないだろ?

2011-01-02

http://anond.hatelabo.jp/20110102051055

ネト充には誰でもなれる。

しかし実際にネットを見てみると、ネットでも他人に引かれる人やサークルクラッシャー、直結君、何をやっても炎上する人がいる。

ネト充には誰でもなれるのにだ。

つまりネト充はない人というのは、わかっていて馬鹿をやっているということだ。リアルでは十分に充実してるからネット馬鹿をやっているのだ。逆に言えばネットに充実を求めてしまうのはリアルでそれができない人間だということだ。

普通の人のリア充度を50としよう。最大値は100だ。ネットで得られる充実度の最大値はせいぜい10だろう。普通の人がネットで精一杯に充実しても、リアルの1/5しか充実度を得られない。馬鹿馬鹿しい。だからネットなんて適当馬鹿をやって遊ぶ。

しかし、リアルでどん底、リア充度が0の奴がネットで充実しまくったら、それはそれは経験したこともないような麻薬のような快感だろう。それが普通の人から見て1/5の充実度であったとしても、本人たちにはそんなことは知りようがない。比較対照がないのだから

技術に詳しかったり、絵が上手かったり、作曲が出来たりしても、リアルでは糞の役にもたたん。しかネットではそういう属性で異常にちやほやされる。ネットでのCGM文化が一般に認知され、何かを作ったり発表することがオタク文化という見られ方から変化してきてから、その傾向は著しい

リア充度が0の奴がネットをやると、どうであってもリアルに比べて充実してしまう、麻薬のようなものだ。治療するには、ネットをやめるしかない。

2010-11-09

創作

もうやめたいです。

貴重な青春時代を何に費やしてるんだって感じ。

ずっと引きこもってつくってつくって

年収不安定だし

でも今更もどる場所なんてない。

就活の成功した務め人になりたい。

企画とかしたい。

雑誌編集とか商品開発の企画とかやりたい。

喜んでくれるファンはいる。

なまじ少し評価されるからどっちつかずになる。

才能が中途半端にあるせいでずるずると時間を勿体無いことにする。

才能がなければよかった。

異質でなければよかった。

踏み行ってから不安に思うこともなかった。

務め人になりたい。

どうせなってもまた違うことで悩み続ける。

もう死にたい

いや死にたくない。

でも5年後六年後はどうだろう。

きっと友人は結婚してそこそこの家庭を築いて

あなたは気楽で楽しそうなどというのだろう。

冗談じゃない。

普通に働いて辛くても働けばお金がもらえることの

社会性が培われ人間らしくであり続けること何とありがたい事か。

今の時間が引きこもることに費やされていくのが嫌だよう。

社会に出るとまた面倒に思うのだろうか。

面倒でも忙しい日々。

こういうことを打ち込む時間もないようなテキパキと忙しい日々。

なりたいのか?

今の方が楽では?

楽かもしれないけど胸の内は晴れない。

外に出てもこのままだろうか。

アルバイトの時の不快に思った気持ちをちゃんと書いておけば良かった。

そうだ無理はするものではない。

変わろうと思って行動した結果はいつもろくな事にはならなかった。

だったらわずかばかりの才能を生かして満足する方向に持っていくしかないんだ。

だから今頑張るしかないんだ。

低調でしかない人間がちょっとほめられてお金が備わる技能がある

そのことに感謝するんだ。

その技能だって今まで培ってきた技術なんだ。

そうかな。

投げ出したらつきものが落ちて

普通の人になれやしないかな。

普通の人ってなんだ。

評価がこわい。

評価なんてどこにでもある。

人の輪の中で商品開発だとかをできるだろうか。

普通の人でいられるかな。

やってもいないのでわからない。

どっちが楽しいかも。

やると時間が過ぎる。

ここにいる。

誰か職と恋人をください。

オタク文化を受信するだけのオタクになりたいんです。

2010-09-02

村上隆は「"Fuck"でアメリカ文化を語ってる」のと同じ

村上隆&あずまんの話を見て思った

http://togetter.com/li/46163

村上隆は「オタク文化を、現代美術翻訳しようとしている」とのこと(自身の主張)。

自分村上隆の作品とやらは、例の精液で投げ縄してる男と、乳で縄跳びしてる女のフィギュアしか知らないが、

アレをもって「ハイコンテクストオタク文化を、同じくハイコンテキスト現代美術翻訳している」とか言うなら、

それは"Fuck"と"Ass"だけでアメリカ文化全て(文学社会)を語ってるのと同レベルで頭がおかしい愚行だと思う。

たとえて言うなら、乳縄跳びがAss、精液投げ縄がFuckに値するだろうか。

それで、「あまりにも乱暴すぎだろクズが」とか言われたときに、

「お前らもっと勉強しろよ。FuckやAssの使われ方の奥深さを知らないのか?」とか言ってるのが、村上と東って構図に見える。

2010-07-15

最近DQNアニメを観てアニソンを聴いている

 

■旧来の典型的オタク

 

■オタ兼DQN

 

最近リア充DQNオタク文化コミュニケーションに利用している。

アニメアニソンの話題で繋がったり、共に「最近J-POP」を叩いて下品な友情を築いたり、

オタ女との出会いに利用したりしている(彼らはオタ女を下に見ていて大抵の場合ヤリモクである)。

 

具体例をあげてみろと言われれば「最近マクドの店員いじめにハマってるw」の彼であるし、

ドブス炎上騒ぎの首都大のS田君だ。

と言うとネットだけの知識だけでモノを言っているネット脳の人だと思われるかもしれないけど、

実際大学にこういう奴いっぱいいるんだわ。

Fランではない。といっても高学歴ってわけでもない、そこそこの偏差値

名誉男性立ち位置萌えキャラを語り最近ドラマを見下している、「オタ兼DQN」に媚びた女子も居る。

こいつらマジで性格腐ってるよ。

古典的オタと古典DQNの悪いところを合成したような連中。

2010-07-08

オタク女=腐女子と思われるのが嫌

漫画アニメゲームが好きだと言うと、同性愛作品を好んでいると勝手に決めつけられるのが嫌。

(ここでは腐女子とは男性同性愛描写のある作品や二次創作好きな人



私は漫画アニメゲームが好きで、世間一般ではオタクカテゴライズされる人間

あまりメジャー趣味ではないのは自覚してる。

けど、好きなものは好きだし、別に趣味のことを隠そうという気はないんだけど…

相手が私のことをオタク趣味の女ということがわかると、私は必ず

「えっと… 増田さんって腐女子(笑)

と聞かれ、それに対してすごくイラつく。



イラつく原因はふたつだと思う。






ひとつは、実際にはまってないこと。



確かに私はオタクだけど、同性愛作品にはまっているわけではない。

同性愛作品が嫌いで理解がないというわけではなく、漫画小説好きの延長で興味を持って、

自分でも数冊持っていていい作品だなと思えるものもあるんだけど、はまっているというほどではない。

それなのに、詳しいという前提で勝手にその話を振ってこられても、よくわからないので結構困る。

向こうは「隠さなくていいのにー」とか言ってニヤついていることもあって、なんだかモヤモヤする。






もうひとつは、私が腐女子の中の一部の目立つタイプが嫌いだということ。



一般的に、性描写のある作品(アブノーマルなもの含む)をおおっぴらに好きだと言う事に、私はとても抵抗がある。

本当に親しい人の前でしかそういった話はすべきでないと思ってる。

例えば、女性が人前で「私家ではAV見てます!」と言ったとするよね。それはちょっと…やめたほうがいいんじゃないのって。

趣味はあってもいいんだけど、人前で言うような事ではないと思う。



「私、腐女子なんだよねー」

って、

「私、家で性描写のある作品を見てて、自分でもたくさん買ってるんだよねー」

って言ってるのと同じじゃない?

男の前で言ったら、

「こいつ家でオナニーとかするのかな…」

とか思われそうだし。実際どうかはわかんないけど…男ってそういう方向にいかない?



腐女子は、そういう趣味は好きなもの同士で楽しんでる人もいるけど、

なんというか…「腐女子ですが何か?」「腐女子ってことで私のこと批判するわけないよね?別に当たり前の趣味だし」っていう

ノリでやってる人が目立ってて、すごくこわい。

となりの801ちゃんとか腐女子彼女とかすごくこわい。

なんでアブノーマルな趣味を持ってる人をカジュアルに売っていけるのか、出版社にも聞きたい…

あと大阪府規制うんぬんで騒いでたタイプの人とか。同性愛っていうか、過剰な性描写があるものをなんで認めろって言えるのかよくわからない…



困るのが、そういう腐女子の人を扱った書籍とかが出たりして、BL作品がオタク文化としてメジャーなものになってしまって、

カミングアウトする人が増えた=世間一般でも、腐女子の人は腐女子だとカジュアルカミングアウトするもんだと思われているんじゃないかということ。

(前述したように、実際かるーく聞かれるし)

アブノーマルな性的描写がある作品を好むということを「普通趣味です!いっぱい好きな人いるし、全然カミングアウトしてOK!」っていうのはなんだかなあ。

スカトロ趣味の人とか、少年愛少女愛の人とか、そういう人は簡単にはカミングアウトしない・しずらいはずなのに。






長くなっちゃったけど、とにかく私はオタク趣味=腐女子って思われるのが嫌で、それは

「アブノーマルな趣味を堂々と人前で言っちゃうような、勘違い女」

って思われるのが嫌です!ってことで。



(しつこいですが、私は腐女子自体に嫌悪感を持っているのではなく、性的描写のある作品だいすき!でもこれって普通のことなんだからいいでしょー?っていうノリの人全般が苦手。と言ってます。)

2010-06-20

彼女コスプレイヤー

うちの彼女コスプレイヤー。付き合いだしてから知った。

ただのおっぱいが大きいオタク女子だと思ってた。

その界隈じゃけっこう有名らしい。

たまにオタクニュースサイト写真名前が載ってたりする。

最初はけっこう本気でそれが嫌だった。

デートよりも撮影会イベント

コスプレ仲間との付き合いを優先したりされると

「俺ってなんなん?」ってすっごい寂しかった。

写真集を売ったりしてんだけど、それが18禁

それを買いに来るオタク連中や、

おかず写真を撮ろうと撮影会に来る奴らが本気で気持ち悪かった。

「俺は一番の理解者」みたいな面で常連になってるカメコキモかった。

でも、もう今はぜんぜん平気。

彼女写真集の売り上げ、けっこうな額になってるみたいで、

年に何回か二人で海外旅行に行くくらいのお小遣いにはなってる。

「何で俺以外の男にこんな姿見せるんだ!」って思ったりもしてたけど、

今は「俺はキモオタどもがいくら貢いでも抱けない女を抱いてるんだな~」て思うと

それなりの優越感と、興奮を得られることがわかった。

それに一緒にいて、趣味とか性格や身体の相性とか考え方とか、

ああ、やっぱり好きだな~って思うところがたくさんある。

やっていることやその周りの環境で、

何かを判断したり、遠ざけたりするようなことはダメだな~って思った。

今の日本って、そういう人たちが多いと思う。

リア充だからとか、オタク文化じゃないからとか、

そんな理由で楽しむチャンスを逃している人ってたくさんいる。

2010-06-04

pixiv現実に起きていること

http://anond.hatelabo.jp/20100518025217

http://anond.hatelabo.jp/20100518092104

まったく持ってそのとおりなんだよね。

オタク文化女の子にそういう文化をすりこんでいるのはすごい問題。

しばらく前にpixiv現実に起きている事件があったそうだ。

二次元女体化してやったー

http://www.pixiv.net/tags.php?tag=%E4%BA%8C%E6%AC%A1%E5%85%83%E5%A5%B3%E4%BD%93%E5%8C%96%E3%81%97%E3%81%A6%E3%82%84%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%83%BC

自分自身を二次元萌えキャラとして描くということが流行した。この多くが年若い女の子だったという現実がある。

多くのイラストレーター自己の男体化だけじゃなく自己女体化も行った。

つまりネタとして遊んだだけではなく、自分の女としての部分をコンテンツとして扱うことを選ぶ人が大勢いた。

いいかえれば女は自分自身を性的コンテンツとして男オタクのために提供するべきという価値観が””現実オタク少女””の間で蔓延していることを示している

こういう現実を見ても男性オタクさんたちは何も思わないのだろうね。

すべては個人の自由で社会からの刷り込みなんて認めないって人たちだから

http://b.hatena.ne.jp/entry/togetter.com/li/26214

だが上記のようなポルノ産業労働者搾取を問題として考える人たちは、少しまじめに考えてほしい。

無害とされる『萌え文化』が作り出しているものを。

自身を男のための性的コンテンツとして差し出すことを、醸成している文化は何なのかを、ほんの少しでいいから考えてみてもいいのではないだろうか?

追記

オナニーのねたにされることと性的主体性はまったくべつのものだ

- 転職ならen
- 派遣ならen
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