はてなキーワード: エンジョイとは
嫁に行くのも大変だが、婿に行くのはもっと大変だと思う。
紀宮さまと結婚した黒田さん(黒田さんは婿入りじゃないけど)はすごい。
もう立ち食いそば食べたり、コンビニで肉まん頬張ったりできないと思う。
少なくとも窓口業務はさせたくないでしょ。
あんまり偉くさせるわけにもいかないし、かといって下っ端にいられても困るし。
出来ることなら言葉を発してもらいたくもないな。
ふとした拍子に東電や鳩山菅をdisったりされたらどうしようって思うもん。
適当な名ばかりのポストを与えられて、どうでもいい仕事をたった一人で淡々とこなして、定時まで時間を潰したりって感じじゃないだろうか。
イメージとしては、一人で資料室にこもって資料整理を任されてる人みたいな、ほぼ辞めさせたい人に対する仕打ちのようなのを想像してるんだけど。
私生活で発散させりゃいいんだろうけど、俗な遊びは難しいだろうし、かといって目立った贅沢もできないだろ?
お金の使い道と言ったらセキュリティとプライバシー対策ばかりで、ちっともエンジョイできない人生。
食べ物も洋服も趣味の物も、セキュリティとプライバシー対策がしっかりした店でしか買えないんじゃないの?
本人はユニクロだとか紳士服の青山でいいと思っていても、いろいろ考えると結局は皇室御用達の仕立屋でしか買い物できないとかさ。
就活がより厳しくなり、圧迫面接なんかも出てくるのって、社会人による大学生への嫉妬にも原因があると思う。
自分の大学時代が楽しくて充実していて、社会人になった今が辛く苦しいから、つい最近まで楽しく大学生やってた連中をボコボコにしてやりたくなる。
老いが忍び寄ってきた自分に対して、就活生はまだ若くて毎日が楽しそうなのも妬ましい。
「おれがこんなに大変な思いしておっさん社会人やってるのに、お前らは若くて楽しそうで許せない」みたいな。
就活デモって若者の悲惨さをアピールして同情を勝ち取り、有利に進めることだったと思うのだけど、
ちなみに私のケースも「やめたらこうなる」とは限らんので、1ケースとして。
記事への批判と言うより、まぁ色々なパターンがあるから自分のことは自分でよく考えてってニュアンスで読んで下さい。
能力ある人はそのとおりだと思うのでどんどんやめたり、やめるぞと脅して出世して、私達を養うために頑張っていただきたい。
友達がいない、特にやりたいことがない、そういう人間はやめると悲惨なことになります。
仕事のあるなしはあんまり関係ないです。人間関係が殆ど無いことがやばい。
社会脳仮説だったか?人間は複雑な社会関係をマネジメントするために脳を発展させてきたって話があるけど今まさにそれを実感してるよ。
最初は読みたい本山ほど読めて、好きなところ遊びに行って、運動もして、充実した休みをエンジョイしてるつもりだったけど
やめてから1年近い今、ずーっとアタマがぼんやりしてて、何をする気も起きない。アタマの回転が止まった感じ。
半年くらい遊んだあとは、就職活動再開して、とか考えてたけど、そのスタートすらできない。
今貯金が350万くらいあるからまだ2年くらいは生きられると思うけど、その間に何とかできる気もしない。
多分生き延びても、バイトかブラック企業で働いて、賞味期限が来たら捨てられて死ぬと思う。
自分の唯一の武器であるアタマがもう使いものにならないからどうしようもない。
会社はやめてもいいけど、社会からはずれたら生きていられない。
会社しか社会を持たない人間は気をつけてくれ。辞めるつもりなら、会社以外に社会との接点を多く持つよう意識してくれ。
ま、単純に私が考えなしのアホだったという話やね。
カウンセリングは受けてるよ。薬はもらってないけど。
茂木健一郎さん@kenichiromogi 「夢」についての連続ツイート(2011/8/14)
を読むことにしている
より一部引用。
『ゆめ(8)フロイトが看破したように、誰もが無意識の中では人には言えない欲望を持ち、嫉妬や怒り、哀しみなどの感情を持つ。それが夢において現れる。精神の無菌主義は禁物である。無意識の海に浮かんで、その上で他人に善意を向けねばならぬ。』
という言葉にどれだけ救われることか。
話は俺と元彼女のことに移る。
学生時代に付き合い始め、相性は良かった。周りもお互いも結婚するもんだと思ってたぐらい。けど2年前、彼女が俺より先に社会人になった時から歯車は狂い始めた。
が彼女をどれだけ寂しくさせたか。友人も家族も恋人も近くにいない。仕事では新人として足を引っ張る毎日。そのストレスと孤独をどう紛らわしていたんだろう。それを気遣って、支えてあげることが俺はできなかった。その結果、今年の年初に別れを告げられた。
その時の気持ちは辛かっただろう。それは理解できてるよ。
だけどな、
その辛さから脱却するために俺を女ゴコロの理解出来ない悪者に仕立て上げようとすることは間違ってる。
メールをすれば何かしらにつけて俺の言葉尻をとらえて「やっぱり、愛されてない」って勝手に決め付けること数度。その後俺の言葉は一切聞かない。
別れる3ヵ月前、「会わせたい人がいる」と会社の同僚に会わせようとしてたことがあった。多分、恋愛についての相談をしてたんだろうな。で、その会話の中で全部俺が悪者にされて、その悪者の虚像が彼女の中にどんどんできあがってたんだろう。)
で、最後は、
甘言で言い寄ってきた男との浮気を正当化して、俺と別れて、「今の選択肢は間違ってなかった」「私は今は幸せだよ」だとさ。
今は幸せ?当たり前だろ?略奪できるぐらい恋愛慣れor想いを寄せてきた男が不誠実な対応をするわけがない。ましてや愛されてない俺へのアンチの心情との相乗効果でさぞ幸せに感じるだろうな。付き合って数ヶ月で何がわかるの?その幸せ脳天気な頭で。
少なくとも、あんたがそうやって幸せを感じようとしていることが俺には悔しくて、死にたくなるぐらい悔しくて。不幸を感じることしかない。
「私は今はキラキラしてて頑張っちゃってる。けど全然辛くない」
↑
彼女は周囲にいる優秀な同僚=仕事も恋愛も休日もバリバリエンジョイしてキラキラしてる
になりたかったんだろう。
その人生観が合わない。だからやっぱりつきあい続けることはできない。そんな話し合いの末での別れ方なら納得もいったかもしれない。けど、彼女は急に俺を蹴落とすことで楽に幸せになろうとした。
元彼女の心情も、状況も理解できる。たぶん、俺だってその選択肢をする。
けど、それを見ないで、逃げるようにして、俺を不幸にして、自分だけ幸せになろうとしたそのツケは払えよ。昔からの女友達との仲を犠牲にしてまで幸せになろうとするなんて、いつか後悔してほしい。
友人の前では綺麗なことを言って。
って言い聞かせて。
だからせめて匿名でいいからドロドロしたことを全部言わせてくれ。フロイト先生、夢なんかじゃ発散しきれないぐらいの感情なんです。
最近多くのメールでどういう上司がいたかということをよく聞かれる。思えば変人が多かったな(笑)。
一番印象に残っているのは、俺が25歳から30歳の頃のA部長だ。
最近はだいぶ社内の上下関係もカジュアルになって来ているが、当時は若手社員が部長と気安く話すなんてなかなか許されない雰囲気だった。
レポートや報告を上げるにしても、逆に何か部長から指示が降りてくるにしても、常に自分の直属の主任、課長、次長、そして部長と言う階層を通じて行われる、明確な序列があった。
「おい、タケシ!ちょっと来い」
と言ってオレを部長席に呼び出したり、向こうからオレの席にふらりとやってきたりして、オレをかわいがってくれた。
また若僧のオレにも
「オマエがオレなら、どうする?」
と忌憚ない意見を求めてくれた。
A部長は当時、今のオレと同じくらいの歳だったと思うが、体型はスリムで、どんなに暑くてもスーツをきれいに着こなし、精悍な顔つきだった。今で言えば、かなりのイケメンで(当時、まだイケメンなんて言葉はかったが)、社内の女性らの中でも評判だった。
今の時代なら、GQやLEONとかの雑誌に出ていても不思議ではない、チョイ悪なオヤジだった。
すごいのは、このルックス以上にキャラクターが深くて濃いんだ。
哲学、文学、芸術とワインをこよなく愛し、食事に行けば、シェリー酒から始まり、赤ワインをたしなみながら、高級そうな葉巻を片手に、平気な顔をしてサルトルの実存主義について語る。
ヨーロッパ的な気品があって、高貴と自由があいまった雰囲気をこよなく愛する人だった。
でもさ、何かと理由をつけてすぐヨーロッパに出張してしまうんだ(俺も同行させられることが多かった)。
と言って、自分は2週間くらいヨーロッパを周遊するんだから、困ったもんだよ(笑)。
もちろん、本人は「視察」だって言い張ってたけどな。
電子メールや携帯電話なんてない時代だったから、A部長がヨーロッパ周遊で不在の間、A部長に指示をあおぐのは大変だった。オレら若手は、A部長が泊まりそうなホテルに、片っ端から電話させられたもんだ(笑)。
A部長の緊急決裁が必要になり、どうしてもつかまらないA部長を探して部署メンバー総出で、居場所を突き止めるべくフランスのToulouse中のホテルに電話をしたこともあった(前々からToulouseでフォアグラと白ワインを飲むのがいいと言っていたので)。
しかし、結局、どのホテルに電話してもまったく見つからない。本当は権限規定違反なのだが、最後は次長が代理決裁して何とかした。
それから数日すると、真っ黒に日焼けしたA部長が会社に現れて、「地中海の島で彼女とエンジョイしていた」とのことだった。オレたちは日本であわてまくっていたのにさ(笑)。あの時はあきれてものが言えなかったな。
こんなA部長の破天荒ぶりを書くと、ただの遊び人、趣味人にしか見えないかもしれない。
しかし、仕事はすさまじくでき、社内だけでなく取引先や競合企業からも敬意を集めていた。
当時は、朝から晩まで働くようなモーレツ商社マンがもてはやされていた。しかし、ヨーロッパ人を自称するA部長は、そういう連中を「バリューレスな社蓄」と呼び軽蔑していた。
「今すぐ資料をしまえ」
と言って、ことあるごとにオレら若手を食事に誘い出した(その後、会社に帰って仕事しなきゃいけないから、ますますモーレツ社員をやらざるを得ないんだけどさ・・・)。
食事の席では、普通なら社内政治や昔の武勇伝を聞かせる上司が多い中、A部長の口から会社や仕事の話しが出ることはなかった。
文学論、芸術論、音楽論、人生観までをゆっくりと語ってくれた。ウィスキーの飲み方、酒の種類、ワインのテロワール、ホステスへの接し方、葉巻の吸い方など今の遊びの基礎はすべてA部長に教わった(笑)。
九州の田舎村からニセ慶應ボーイになってバブル期に調子に乗りまくっていたオレは、「こんな洗練された人がいるのか」と憧れだったものだよ。
おっと、A部長の仕事ぶりを書くつもりが、ついつい遊び話になってしまった。
だが、この記事を書いていたら、オレもBourgogneワインを飲みたくなって来た(笑)。
続く
この人たちのこと:
http://b.hatena.ne.jp/entry/blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1659940.html
http://b.hatena.ne.jp/entry/hamusoku.com/archives/5730351.html
以下検証:
アジア向け「旅行情報サイト」。報道を目的とするサイトでもなければ、CNNが自社の見解を載せる場でもない。
CNN-GO日本語版に曰く: 「東京トラベルガイドで本物のTOKYOをエンジョイ。CNNGoが、東京の宿、食、飲、買い物、遊びを紹介」
また、組織・人員的にも別。CNN-Goサイト紹介によれば: 「私たちはCNNから独立した部門で、各地に独自の職員を有しています。」
著者は韓国在住のフリーライター。CNN-GOが「ご当地情報」をかかせるために雇っている現地の記者の一人で、間違ってもCNN本体の社員ではない。
そして、当のコラムがかかれたのは、「tell me about it...」という自由コラム的な欄で、雇われ記者たちがフリーに思いの丈を発言できる場。
・Roland Kelts「震災後の東京: これからどうなる?」
・Andre Vltchek「なぜ私は日本を旅行するのが嫌いか」
・David McNeill「誰が福島原発事故の真実を伝えたか」
要するに、せいぜい記者個人の意見であって、間違ってもCNNを代表する意見ではない。逆に、これがCNNの公式見解だとしたら、炎上するレベル。
id:rig これがまともなマスコミの対応だと思う。/別に大流行!って煽るのはいいけどさ、批判がタブーだったり、批判書いたら解雇されたりするのは絶対おかしいだろ・・・
id:iijuft 日本でこういう正論言うとクビになるんだっけ?
id:a1101501j 何故日本のメディアにはこの視点がないのだろうか?戦中の翼賛体制からなにも変わっていないじゃないか。今回は韓流だから可愛いけどこれが政治的スローガンに使われたらと思うとゾッとする
『米国CNN 「韓国メディアがK-POPは流行っているという嘘をつくのは不可解」』というまとめブログの釣りタイトルにかかって、CNNの報道だと勘違いしている。そして、このテキトーなトラベルガイドのコラムが「まともなマスコミの対応」であり、日本のメディアに必要な「視点」らしい。
(参考までに、この記事は海外(例えば日本)での韓流ゴリ押しを批判する記事ですらない。この記者は、世界ではまったく相手にされていないのに、国内向けの報道で大騒ぎしている「内弁慶な韓国メディア」を批判している)
・CNNが韓流を批判する報道を行った → ウソ。CNNが運営している「旅行情報サイト」のフリーコラム欄に掲載されただけ。
・韓流はアメリカでも嫌われている → ウソ。記事を書いたのはご当地記事を担当する「韓国在住のフリーライター」。
http://d.hatena.ne.jp/islecape/20110801/yome
上の2つのエントリーなどで、有名ブログ「中国嫁日記」が差別的かどうかという話題が妙な盛り上がりを見せているようで。とはいえ、この手の議論の常として、互いに感情論を飛ばしあうだけの、ぐだぐだな結末になっているようですが。
少なくとも今回の議論に限り、ここまでぐだぐだになった原因は問題提起側、すなわち「嫁などという性差別的な言葉を使うとは何事か!」と言い出した側にあります。なにしろ、嫁という言葉を再三再四あげつらっておきながら、なぜ「嫁」という文字の使用に問題があるのか一度も説明していないのですから。
たったこれだけの「自分の感覚」をよりどころに、あれだけの長文を書き上げ挙句社会まで語ってしまうと言うのは、その壮大な構成力に賞賛を贈らせて頂くより他にありません。その果て、このブログ主さんは
しかしそれにしても、前述のTogetterの ものの役に立たなさはどうしたことでしょうか。「これが差別なんて、なにを考えているのか」という自身の感覚の披瀝や、「こういう人は他人を差別するために機先を制して自分が差別と言っているだけ」という主張に熱心な人が多いのですが、 …(途中略)… だいたい未来にむけて記録すべき思考の痕跡とも思えません。「当時」の大衆の程度を知る材料にはなりますかね。
と嘆いておられるのですが、そりゃ「嫁なんて言葉はけしからん!」という「自身の感覚の披瀝」に過ぎないtwitterに対して、客観的かつ論理的な反論を要求するのは無茶というものでしょう。自分が見えていない人間とはよくよく怖いもの無しのようです。
しかし折角なので、ここではその無茶への挑戦をしてみたいと思います。上のエントリーの中国嫁けしからん!嫁は差別!精神が疲れる!という切なる悲鳴に対して、どこまで客観的な「反論」をなし得るのでしょうか。単純化のために、ここでは内容については一切議論せず、「中国嫁日記」というネーミングの是非だけを考えましょう。
さて、客観的と言うからには、ここで「俺は嫁って別に差別的じゃないと思うけど」と張り合ってみても意味がないのは明らかです。ここで必要なのは中立的な第三者の視点であり、そして私の手元にはこれ以上は望み得ないくらいに客観的な視点があります。広辞苑と新漢語林。要するに辞書です。
広辞苑によると、嫁は
(1) 息子の妻
(3) 結婚の相手としての女。嫁した女。妻。
(4) 「嫁が君」(ネズミ)の略
とあります。二番目の意味から、まず中国嫁日記の嫁の使用法が間違ってはいないことが分かります。まだ新婚さんみたいですから。さらに漢語林を引くと、
とあります。恐らく、嫁という字が一部の人たちから忌み嫌われる理由の一部がここにあります。家の従属物的な意味合いを感じ取って、それが性差別であるという論法のようです。とりあえず事の是非は置いておいて、代替語についても調べておきましょう。
妻: かんざしに手をやり、髪を整え飾る女性のさまから、つまの意味を表す。
奥: 貴人の妻の称。貴人の居室。大切にすること。など多数の意味を持つ。室も同義。
婦: 女+帚。帚はほうきの意味。ほうきを持つ女性、家事に服する人の意味を表す。転じて、一家の主婦。一家の切り盛りをする女性。または子の妻。
細君: 細は小さい、かぼそいことを示す字。愚妻などと同じ謙譲表現。ただし、最近は細にこまやかという意味もあるせいか、他人の妻をいう語に用いられることが多い。
他にも連れ合いとか家内とかありますが、もう十分でしょう。妻というのはなかなかに色っぽい文字で、言葉自体には結婚関係を表す意味合いがないのが嫁との違いです。ちなみに、夫も大人が冠を付けている様をしめすだけの文字なので、夫妻という言葉は男女という言葉と解字上はあまり差がありません。一方で生活感が溢れまくっているのが婦の字で、家政婦や助産婦など、女性が多く働く職業にこの文字が使われるのも、事の是非はさておき自然と言えるでしょう。
奥・室は、元々家の神を祀る場所を意味したこともあって実にエレガントな言葉で、自分の配偶者を「奥さん」と呼称する人もいるようです。しかし、元は貴人の妻を表す表現である以上、日本語表現としては非常に据わりが悪い。そもそも、定義から言えば自分が貴人と言うことになってしまいます。配偶者は実に中立的ですが、3文字を費やした挙句に性別も分からないというのは、法律用語としては便利でも本のタイトルとしては問題外です。
こうしてみると、本のタイトルとして使い物になりそうなのは嫁か妻かの2択と言うことになりそうです。この2つの文字が決定的に違うのは、嫁には「移動する」という概念が強く存在する点です。生家から夫の家へと。だからこそ、嫁に来る、嫁に行く、という表現はあっても、妻に来る、という表現はあり得ません。責任転嫁に嫁の字を当てるのも同じ理由からでしょう。中国嫁日記というのは、中国からやってきた奥さんが異文化の日本で楽しんだり悪戦苦闘したり、旦那さんと新婚生活をエンジョイするのを描く日記です。ならば、単純に中国人の配偶者であることしか意味しない中国妻よりも、「中国から来た嫁の日記」とするほうが遥かに適切でしょう。
もちろん、このように語を連ねずとも、常識的な日本語感覚を持つ人にとっては、中国嫁日記の方が据わりが良いというのは直感的に明らかなのですけれども。
さて、問題の差別性の有無についてですが、今回の騒動でひとつ明らかとなったのは、「嫁という言葉は差別的である」と思う人とそうでない人が両方存在すると言うことです。どちらかといえば、差別的と感じない人の方が多いようにも見えます。ここからは私個人の主観になりますが、嫁が嫁ぐ「家」の概念が過去数十年で大きく変わったためであるように思います。昔は女性の嫁ぐ先は夫の実家であり、夫の親兄弟との同居を意味しました。ここでの家は正に「夫の家」であり、「妻の家」にはなりえません。ついでに、義理の親兄弟の世話まで任されることも多かったわけで、妻にとってはなかなかにストレスのたまる環境であったことでしょう。この状況下で「嫁」という言葉にネガティブな意味合いが生まれるのは無理からぬ事かも知れません。
しかし、核家族化の定着すると、花嫁が嫁ぐ「家」には夫と妻の二人しかいません。この「家」を夫の家、と考えるのには無理があります - この「家」はふたりだけのものなのですから。多くの日本人にとって、この「家」に嫁として嫁ぐこと自体は、特にネガティブな意味を持たなくなって来ているように思います。もちろん、女性であるが故のディスアドバンテージがこれで消えたわけではないでしょう。しかし、それはもはや「嫁」であることのディスアドバンテージではなくなってしまったのです。
こう考えると、嫁にやたらと苦痛やら疲労やらを感じてしまう人たちは、非常に古い「家」の概念の持ち主なのかも知れません。運悪く嫁がこき使われる大家族に生まれてしまったとか、時代遅れのフェミニズムの教科書(そんなものがあるのかは知りませんが)にかぶれてしまったとか、そもそも核家族化が進む前に生まれたお年寄りであるとか。どちらにせよ、嫁の字を見ただけで辛い思いをするというのは、同情に値する境遇であることは間違いありません。嫁でこれなのですから、女に帚の婦を見た日には心臓発作でも起こしかねない。全国津々浦々の結婚式場で「新婦入場です」のアナウンスがかかるたびに、その言葉の差別性をこんこんと説き起こし説伏する。その果てにしか彼らの心の平穏はあり得ないのです。彼らフェミニストの想像を絶する試練の日々を、私は涙と共に見守りたいと思います。
初めて付き合った彼女との話。
そこまで行く過程(中学時代)に青臭い馴れ初め的なものもあるけど割愛。
それぞれ男子校女子校だったこと。携帯を持たせてもらったばっかりだったこと
この辺が相まってどっぷり浸かった
俺の方も悪い気はしなかったし独占欲が強いガキだったので
ずっと携帯握りしめてる高校時代だった覚えがある
「こいつ以外の彼女はいないし、こいつと別れたら俺はダメだ」と信じてた
今考えれば本当にバカなガキだ
それでも男子高校生なので性欲は強くてセックスはしたくてたまらないのだが、
前述のとおり彼女がすべてだったので、そういうことには慎重に慎重を重ねた
キスをしたのは高1の夏
舌を絡めたのは高1の冬
服の上から胸を触ったのが高2の夏とかそんな感じだったと思う。
結局、高校卒業直前に別れるまでにオーラルでちょっとはしたのが数回、挿入はしていない
これをどう捉えるかは人それぞれだとは思うが
突き詰めれば彼女に振られたくないだけだったはずだけど
「それだけ彼女を大事に思ってるってことだ」とか自分に言い聞かせて純愛を気取っていたわけだ
彼女の気持ちを無視してるような書き方になったが
誠意を持った付き合い方をしてたし、触ったりすることを拒まれたことはない
要は俺が勝手に我慢していた。
人間、目先の人参を我慢するにはそれなりの見返りが必要なもので
これだけ我慢したんだから
そんな感じで高3の秋頃まで付き合い続けるのだが
(高校生活を一途に捧げたんだから大学行ったらryみたいな気持ちもなかったとは言わない)
俺が一方的に振られてしまう
些細なことで火がついて売り言葉に買い言葉。大喧嘩に発展といった感じ
セックスは直接的にはまったく関係なかった
ただその振り方が酷かった。
俺は前述のように大学行っても付き合い続けることに執着してたので
諦めさせるにはそれしかなかったんだろう。
言いたいこと全部ぶちまけた後で着信やメールをすべて拒否。
2-3ヶ月音信不通。やっと電話が繋がったのは2学期の終業式。
自分が進路決定したこと(推薦?)ともう付き合う気はないことを
さらっと軽いノリで言われた。
俺は絶望的な気持ちでクリスマス・正月を経てセンター試験を迎えた
その後、大学受験は失敗した。
それまで割とコミュ力はあったのに、予備校通って人嫌いになった。
ただ、あんなに我慢して尽くした相手に徹底的に振られて
「こんなに我慢したのに…」が独りよがりだったことも
そこまで彼女に執着せずに、いくらでも恋愛できたということは頭では理解している
というか片手の指じゃ足らないくらいの年数が経って
ようやく頭では理解できるようになってきた
でも、まだ正直者がバカを見たような感覚は抜けない
処女厨論議の中でよく
みたいな理想を言う奴がいるけど、あのとき屁理屈こねずにセックスしてたら
まさにそのシチュエーションだったと思う
あの時の自分に「いいからやっちまえ」ってホントに言ってやりたい
逃した魚が大きかったからか
あと元カノにこだわってウジウジしてるのも嫌で
とりあえず軽い気持ちでセックスしちゃえば前進できる気がした。
そういうわけで某サイトで若い子口説いた
割と本気で惚れられちゃって付き合った。セックスもした。
でも可愛くなかったからかイケなかった
こんなことしても虚しいわと思う反面
自分がされた恨みを仕返しできた感じがしてスッキリした気持ちもあった
もう一人の俺を作り出したかもしれない。ごめんね
そろそろ、重すぎもなく軽すぎもない普通の楽しい恋愛したいんだけど
学歴コンプも患っちゃったから恋愛してる場合でもなかったりする
----------------------------------------------------
追記
http://anond.hatelabo.jp/20110627193036
ホットココアでも飲みながら一服。
このままくたばっちまえ~~~~~♪
あら大変。
なんなら俺の手で息の根を止めて殺りたい気分です。
まだあいつは元気に活動中。
http://twitter.com/sumaho_memo 参考
くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。くたばっちまえ。
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東京大学ご入学、おめでとう。
これからは残された青春時代を謳歌しながら、自分のやりたい勉強にむかって突き進んでいくことができます。勉強したいことがない人も、友達と酒を飲めばそのうち見つかるので気にせずにキャンパスライフをエンジョイしよう。
それぞれの興味関心が違うので、絶対に受けるべき授業ってのはホントはないと思う。
どういう授業に感動するか、好奇心をくすぐられるかはひとによってまちまちだろうから。
それでも、大学人になるにあたって、大学の空気に慣れることも必要なように感じる。
その点で僕は、総合科目Aの「科学史」、小松美彦教官の講義をおすすめする。
東大の先生ではないのだけれど、毎年夏学期に行われているから、彼の定年まで続くのだと思われる。この授業にぜひ潜ってほしい理由は、次の3点である。
まず、この授業は「科学史」ではない。まごうことなき「生命倫理」の講義である。
彼の専門領域である「臓器移植」の問題をてがかりに、「死」についての見識を深めていく。
『高校教師』という昔のテレビドラマを見せられ、最後に愛の逃避行をしたふたりは「死んで」いるのかどうかを問う。
「帝銀事件」という日本を騒がせた事件を取り上げ、人体実験のありかたを問う。
最後の授業では『あしたのジョー』がどういうマンガかを語り、1時間以上延長する。
それらはすべて「生命」というタームで結びついているのだが、高校まで単調な座学を受けてきた人間には意味不明に感じると思う。
そしてこれらは、基本的に教官の意図を強要される。教官の意図と異なることを言えば、なぜかキレられる。寝てたらチョークを投げられる。なんとも理不尽な授業である。
しかしそうした教官の高圧的な態度に、反逆できる機会が与えられている。
教官ははじめにこう言うのである。「テストは『授業受けた人用』と『授業受けなかった人用』の2種類を用意する」と。
つまり授業に一切出なくても、初回とテストさえ行けば、単位は取得できるのである。ここに、大学という組織がどういうものなのかが凝縮されているように感じる。授業はすべて、「教官のターン」なのである。「教官のターン」を不快に思うなら、授業に出なくてよいとあらかじめ公言しているのである。
その代わり、「受講者のターン」である「期末テスト」には出席を求められる。「受講者」は、授業や教官の著書に対して、反論を記すことが認められる。見事教官をうならせたら「優」、とりあえず書いたら「可」である。明瞭である。
テストは、教官と受講者の勝負なのだ。教官が下す「優」は、「お前の解答には納得させられた」という白旗とほぼ同義なのである。
授業に出なくてもよいという教官のスタンスは、彼が全共闘世代であることにも関わっているように感じる。いまや大学教官の下す「優」「良」「可」「不可」に振り回される学生が、支配に対し反逆した時期が45年ほど前にあったのである。彼の授業は、その時代を追体験させてくれるようでもある。
大学に反逆したものの多くは、今や予備校に流れている者が多い。小松教官が、東京大学出身であるのに東京海洋大学教授であるという肩書にも、何かあるのではないかと勘繰ってしまう。
大学というところは、授業だけ考えたらぬるいものである。だから「意識の高い学生」は、やれ学生団体だの、サークルだのバイトだのに力を入れ、大学という組織の無力さを呪う。
しかしそうではない。大学の授業(講義)ひとつ取ってみても、議論を活性化させるタネが転がっているのだ。ゼミのアットホーム(優しい・厳しいを備えた)な雰囲気も大学の醍醐味であるが、マス授業の緊張感も味わってもらえればと思う。
東京大学ご入学、おめでとう。
これからは残された青春時代を謳歌しながら、自分のやりたい勉強にむかって突き進んでいくことができます。勉強したいことがない人も、友達と酒を飲めばそのうち見つかるので気にせずにキャンパスライフをエンジョイしよう。
それぞれの興味関心が違うので、絶対に受けるべき授業ってのはホントはないと思う。
どういう授業に感動するか、好奇心をくすぐられるかはひとによってまちまちだろうから。
それでも、大学人になるにあたって、大学の空気に慣れなけれないけないように感じる。
その点で僕は、総合科目Aの「科学史」、小松美彦教官の講義をおすすめする。
東大の先生ではないのだけれど、毎年夏学期に行われているから、彼の定年まで続くのだと思われる。この授業にぜひ潜ってほしい理由は、次の3点である。
まず、この授業は「科学史」ではない。まごうことなき「生命倫理」の講義である。
彼の専門領域である「臓器移植」の問題をてがかりに、「死」についての見識を深めていく。
『高校教師』という昔のテレビドラマを見せられ、最後に愛の逃避行をしたふたりは「死んで」いるのかどうかを問う。
「帝銀事件」という日本を騒がせた事件を取り上げ、人体実験のありかたを問う。
最後の授業では『あしたのジョー』がどういうマンガかを語り、1時間以上延長する。
それらはすべて「生命」というタームで結びついているのだが、高校まで単調な座学を受けてきた人間には意味不明に感じると思う。
そしてこれらは、基本的に教官の意図を強要される。教官の意図と異なることを言えば、なぜかキレられる。寝てたらチョークを投げられる。なんとも理不尽な授業である。
しかしそうした教官の高圧的な態度に、反逆できる機会が与えられている。
教官ははじめにこう言うのである。「テストは『授業受けた人用』と『授業受けなった人用』の2種類を用意する」と。
つまり授業に一切出なくても、初回とテストさえ行けば、単位は取得できるのである。ここに、大学という組織がどういうものなのかが凝縮されているように感じる。授業はすべて、「教官のターン」なのである。「教官のターン」を不快に思うなら、授業に出なくてよいとあらかじめ公言しているのである。
その代わり、「受講者のターン」である「期末テスト」には出席を求められる。「受講者」は、授業や教官の著書に対して、反論を記すことが認められる。見事教官をうならせたら「優」、とりあえず書いたら「可」である。明瞭である。
テストは、教官と受講者の勝負なのだ。教官が下す「優」は、「お前の解答には納得させられた」という白旗とほぼ同義なのである。
授業に出なくてもよいという教官のスタンスは、彼が全共闘世代であることにも関わっているように感じる。いまや大学教官の下す「優」「良」「可」「不可」に振り回される学生が、支配に対し反逆した時期が45年ほど前にあったのである。彼の授業は、その時代を追体験させてくれるようでもある。
大学に反逆したものの多くは、今や予備校に流れている者が多い。小松教官が、東京大学出身であるのに東京海洋大学教授であるという肩書にも、何かあるのではないかと勘繰ってしまう。
大学というところは、授業だけ考えたらぬるいものである。だから「意識の高い学生」は、やれ学生団体だの、サークルだのバイトだのに力を入れ、大学という組織の無力さを呪う。
しかしそうではない。大学の授業(講義)ひとつ取ってみても、議論を活性化させるタネが転がっているのだ。ゼミのアットホーム(優しい・厳しいを備えた)な雰囲気も大学の醍醐味であるが、マス授業の緊張感も味わってもらえればと思う。
低学歴叩きをしている人は、
「高学歴が努力している間、低学歴は遊びほうけていた。大人になってツケ払いさせられるのは当然」みたいな主張をしているけど、
楽して遊びながら高学歴でいる人たちのことをどう考えているんだろう?
私に漸化式を教えてくれた男子は、バンド活動をしていて、宿題も未提出が多く、予習も復習も当然のようにせず、
進学校の小テスト直前のあの緊張感の中でも友達とダベってゲラゲラ笑っていて、
そんな適当な感じなのに先生には割りと好かれ、他校に結構可愛い彼女が居て、
打ち上げの幹事なんかもよくしているリア充だったけど、私よりいい大学に行ったよ。
隠れて必死に努力してた、なんていうようには見えないんだ。そんな時間は絶対に無い。頭の出来が違うのだとしか思えない。
私が50回じっくり聞かなきゃ理解できないことを、彼は1回聞くか聞かないかで理解できるんだよね。
そして世の中には私より理解が遅く、100回聞かなきゃ理解できない人もいるんだろう。
そういう人は、私よりも勉強に時間を割き、貴重な高校時代を台無しにしなくちゃいけない。
その年齢だからこその感性や、その年齢だからこそ作れる思い出もあるのに。
その年齢のうちに読むべき小説や、観るべき映画もたくさんあるのに。
私も一応国公立大学の学生だけど、世の中における学歴のウエイトは高すぎると思う。
だから勉強に向いていない人も必死で勉強させられて、貴重な青春を灰色にしてしまうんだ。
誰にでも向いていることはあると思う。
あれは7年前、高校1年生の頃だった。
教室に置いてあるクラス全員の予備の名札が入った箱からひとつを取り出し、その人と握手をするというゲーム。
最初のじゃんけんで負けた俺がトップバッター。引き当てた名札はAさん。
「あの~・・・握手してください。」
Aさんは首をかしげながらも握手してくれた。と、同時にゲーム参加者からの「うえ~~~いwwwwwww」という声が。
死ぬほど恥ずかしくなってしまった俺はあろうことかこんなことを言ってしまった。
「あ。こ、これは、ゲームに負けた罰として・・・・・・・・・・・・」
家に帰ってから、「なんてひどいことを言ったんだろう。つまらない保身のためにAさんを傷つけてしまった・・・」と激しく後悔した。思わず泣いた。
翌日謝ろうと思ったものの、本人の顔を見るとなかなか言い出せず、2年へと進級。それ以後も謝ることができないまま卒業・・・。
―――
過去、何度か開催されたクラス会に参加したのを見たことがない。悪く言うなら地味な感じだ。
いや、そもそもAさんはもとから引っ込み思案だったのか?クラス会にも全く参加しないようなノリの悪い女の子なのか?
もしかすると、俺があんなことを言ってしまったがために、おとなしくさせてしまったのではないか?あんなことを言ってしまったがために、クラス会にも参加しなかったのではないか?
俺とAさんは同じ大学に通っている。たまに見かけることもある。だけど、話しかけることができない。
だから、Aさんがどのような大学生活を送ってきたかは全くわからない。
Aさんはサークルに入ったのだろうか?
サークルに所属したとするなら、そこで大学生活をエンジョイできただろうか?俺のせいで、自信を失ってエンジョイしてないかもしれない。
サークルに所属していないとするなら、それはやはり俺のせいではないのか?
ゼミでは、他のゼミ生と仲良くすることができただろうか?俺のせいで、孤立してしまってたりしてたらどうしよう。
こんなことをたびたび考えてた。今も考えてる。
大学の授業もほぼ終了し、残すは期末テストと春休み。学生生活はもう終わる。
Aさんが卒業後どのような道を行くのかは知らない。
就職するとするなら、地元を離れて遠い地に行ってしまうかもしれない。そうなってしまうと、直接会って謝るチャンスはもう無いだろう。
謝るなら今しかないのか。しかし、あれから7年も経ってしまった。
謝るのが怖い。謝ったときAさんがどのような反応をするのかが怖い。
大学に10年も居て(含む大学院)、得たものは学位と資格1つ、失ったものは20代の時間全てと精神安定。<高校時代も大分不安定だったけど、学部の時には殆ど症状が出なくなっていたのにな〜。
この取引が高くついたのかは分からない。
もっと上手くやれる人もいるだろうけど、自分にはもうここまでが限界だと思う。
その事はそんなに(今は)後悔はないけれど。
後輩に相談されると、少し困る。
ドクターなんかやめとけ、マスターでもいいから、とりあえず1回新卒カードで就職しておけ、大学には社会人になってからでもいつでも戻れるから。
そうは言っても、目をキラキラさせて、研究の話をしている若人に、あんまりくさす話もできるもんじゃない。
気持ちは分かるから。分からなかったら大学院になんて行っていない。
そして多分彼は大学院に行くだろう、そしてかつかつの苦しい生活を何年も送るだろう、あのとき先輩に止められた事を思い出すだろう、きっと下の人間に大学院なんかやめとけって言うようになるだろう。
いや・・・分からない。彼は秀逸な論文を書いたり、PDとったり、留学したり、奨励賞をとったりして、研究生活をエンジョイするかもしれない。
これらはどれ一つとして私には縁のなかったことだ。
縁がなかったのは、主に自分の性格と、能力の不足に依ることは分かっている。
しかし彼の性格と能力ならば、それが出来る、と励ましたりは出来ない。
彼より(勿論私より)優秀で、性格的にも問題なかった人が多くドロップアウトしたのを知っているから。
だから研究者なんかやめとけ、と水を差すばかりの嫌な先輩になっている。
一度は憧れた世界の悪口なんか、言いたくないけど。
結局私なんかに相談するなよな〜と笑いながら言うのしかないのだけれど。
しかし、こんな自分にしか相談出来ない後輩が可哀想。(つまり私の下に何年も人が入ってこなかった・・・というか入ってきても1年以内で皆やめた)
下にツリー状に付けたかったけど、いまいち書き方がわからないのでここに書きます。
一瞬だったけど、はてなの科学・学問エントリーに見た事ある文章が上がっていて驚いた。
読んでくれた人、コメントを付けてくれた人がいる。(しかも2人も!)
全員ではないかも知れないけれど、こんな文章に目を通してくれて、感想をもってくれたということだけでも結構胸が熱くなった。
目を通す人は多くて2〜3人だろうと思ったので、ここの匿名ダイアリーの趣旨に反するかもしれませんが、全員にお礼を言いたい。
反感や嫌悪感を感じたとしても、読んでくれて本当に有り難うございます。
そしてコメントをくれた人、皆さんに感謝を。(特に「わかるわかる」「良くある話」というコメントの方、お疲れさまです!)
でも、この状態が「良くある話」であるというのは、あまりに切ない状況です。
この状況を結局何も出来ないでいる自分、せめて身近な一人(後輩の事です)にだけでも何かの手助けをしてやりたいが、上手い励ましや現実的な助言一つ出来ずにいる自分に不満がたまってここに書かせて頂きました。
最終的には祈る事しか出来ない、という事実を思い出させてもらいました。
自分の身一つ救えない人間に、他人を救おうとはおこがましい、出来る事は祈る事だけ、ならば多いに祈ろうではないか。
彼の身に幸多かれ。
それはそうと、もう相当眠い。
瞳に映し出された未来。
完璧を求めて旅をする。
いずれ帰るべき場所に帰る。
闇に紛れて天才は動く。
蠢き続ける。
静かに、大好きに、だいずきん。
食べ過ぎん。よっすネットワーク。
ネットワークにちょんちょんちーwwwwwwwwwwwww
デストロイヤーズの今後の果て。
ゆっくりと君に踵を返そう。
誰でもいいんだ。何でもいいんだ。
適当でいいんだ。俺は俺を見る。
構わない、屑同然でも構わない。
喋り尽くしツアー。
吐き出す想いはおっくせんまん!
悩んでいたって仕方ない。
闇に攻撃するべきだ。
どこまでもとんでけ。
楽しみは増えるばかり。
宝物を見つけにいこう。
そして僕は帰る。帰るべき場所がある。
今を、歌うべき場所がある。
理解を求めて、それでもつらくてひがんで、
大好き大好きチョコレート。
僕は帰る。
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51541395.html
老害の方々は、その世の中が進化していることの恩恵を受け取らないからだろう。
もちろん受け取れるような人は老害になどならずに人生エンジョイできるのだろうが。
研究者などは自分たちの成果が次の年には否定され、上書きされていたらしい。
だから、世の中の進化が自分を追い抜くこと自体は問題じゃないらしい。
それでも、キャッチアップできないことはなかったから、
追い抜かれたらなにくそと思って頑張ってこれたのだが、
今のITサービスの6~7割は、本当に世の中に必要なものかどうかがわからない、と。
それを進化とか呼ぶのは、そういう世界で飯食ってるやつのごまかしではないかと言っている。
それについていけないとする感覚を若者が一方的に「老害」と呼ぶのはどうなんだろう、と。
その進化の方法が間違いで、全部吹っ飛ばない、みんなを不幸にしないということはいつ決まったのか。
現に私たちの努力も、現役時代はさんざんもてはやされたが、
結果として「誤りだった」とか「年寄り反省しろ」とかさんざんな言われようだ。
そういう仕打ちを受けいている我々の世代を見て、そこから何か教訓を得ているのだろうか。
君たちはどれほど自分たちの進んでいるスピードや方向性について自覚があるのだろうか、と。
いろんな犠牲や不幸を生み出しているのは間違いないと思う。
それによって勝ち組になった人たちが歴史を作っているからそれが見えないだけで。
もちろん、ITとかについては私もすごくその恩恵を受けているから否定するつもりはないけれど
この論法で話をする人というのは何かとても、気持ち悪いと感じてしまう。
29日、30日と熱海旅行に行ってきた。男3、女3のグループで、大体20代後半の年齢層だ。
ニュースで知っていたが、熱海はラブプラスの影響か、明らかに場にそぐわない人たちがいた。
例えば、海水浴場に一人でリュックを担いでいるのは、明らかに異質だ。自分は周りと同じと思っているのかも知れないが、
家族連れが大半の熱海の海水浴場では、思いっきり目立つ。ほとんどの人間が水着でいるのに、暑苦しいジーンズとチェックシャツは、場違いだ。
4,5人のグループもいたが、男だけのグループや女だけのグループで、男女混合の組とは明らかに気配が違う。
所謂、アキバを歩いているグループがそのまま、やってきたようで、傍から見るとびっくりするほど周りから浮いている。
男だけのグループも女だけのグループも元気がなくて、無表情で休日をエンジョイする雰囲気ではなかった。
誰もはしゃごうとせず、何というか心の感情の動きが小さく、気温30度を超える炎天下、夏休みの終わりに、
海水浴に行って騒ぐという雰囲気からは、だいぶ離れているように感じた。
きっと、自分と同じような同種の個体が集まったグループでは、そういった感覚は、感じ取れないと思う。
ああ、みんな海水浴で楽しそうだなと思うのが関の山で、自分たちが周りからどう見られているかなんて、及びも
つかないだろう。
私は、アキバのオタクを馬鹿にしたいのではない。ひきこもっていろと言いたいわけでもない。
今回、たまたま彼女の誘いで、男3、女3のグループでやってきたが、本来はみんなと同じ側の人間だ。
ゲームもするし、漫画も読むし、けいおんは最高だし、2ちゃんねるのまとめブログを読むのは毎日の日課だ。
フランスやドイツでジャパンエキスポやコスプレ大会が開かれ、一時期よりは市民権を得たというものの
それでも我々は少数派であり、決して表立った多数派にはなれない。
彼女の連れの女の子が、リュックにねねさんのバッチを大量につけているの見つけて、「なにあれ~」と
おもしろおかしく指差しているのを、横からねねさんは3人の中では一番人気があって、YAWARAの声優さんやねるとんのナレーションと
同じ人がやっているとは、既に説明できる雰囲気ではない。正直、すまんかった。
何というか、私の同類があまりにも熱海という世間から浮いて見え、それに対して、本人たちは気にも留めていないことが、
さらに不幸に感じてしまい、悲しくなった。
例えるなら、小学校時代に先生以外の大人と廊下ですれ違うような、違和感や不信感というのをはっきりと感じ取れてしまった。
好きなものは好きと言いたい気持ちもわからんではない。わからんではないが、何というか、もう少しうまくお互いの
妥協点を探ることができないだろうか。
楽しい場所に来れば、テンションを上げて、人の迷惑にならない程度には無茶をしてもいいし、ぼそぼそ話すのでなく、
声を張って笑顔で会話してほしいし、リュックにバッチをつけまくるのも、控えめにしてほしい。
ラブプラスののぼりやおせんべいなどのお土産も土産物屋の品揃えからは明らかに異質で、つい見てみぬ振りをしてしまうので、
もうすこしこじんまりとできないものだろうか。