はてなキーワード: イチャイチャとは
29歳女。
何か才能があったわけでもないし、
容姿に至っては人並み以下だ(った)し、
仕事人間でもないし、
家庭的でもない。
どうやって満足できる人生を手にいれられたの?と聞かれたら、
ほんとつまらない答えだけれど
「色々な要素がちょっとずつ作用してちょっとずつ変わっていった」としかいえない。
その「色々な要素」は端からみれば悪いことだと思う。
要素1.いじめられてた
不細工と暗さとセンスの無さが理由だった(と思う)のでうふふであははな青春とは無縁だったが、
だからこそ別の魅力(武器)を見つけなきゃなと漠然と小学生のころから思ってた。
↓
頭いいと不細工でもイケるかなとは思ったけど特に必死に勉強せず。
とにかく頭よさそうな有名大なら何学部でもいいやと思って適当に受験して合格。
留学から帰ってきて、とりあえず一番頭良さそうな大学院にいこうかなと思ってたら願書の期限忘れてて不戦敗。
恩師の教授に推薦してもらったり大学院の教授と会わせてもらったりしてたのに我ながらアホすぎ。
合格間違いなしだと言われて浮かれてた親に縁切られそうになる。
4年の冬なので就活もできず、とりあえずボランティアと称してお金かからない方法で海外にしばらく逃げる。
要素3.就職失敗
新卒でもないし、二か国語の資格をもっているだけでは箸にも棒にもかからず。
↓
居易かったし時給も悪くなかったけど、やはり就職したかったので
今度は中堅どころで応募。
↓
「君はここじゃなくてもっといい大手に行くべき。絶対採用するとこあるから」
と力説される。
大手大好きな親からも
と説得されていたので結局3ヶ月待ってもらったのに失礼ながら採用を断る。
名刺作って待っててくれたのにごめんなさい。
↓
また派遣に戻る。
今度は語学いかしたいなぁと思って大手の緩そうな翻訳と通訳の派遣に切り替える。
↓
↓
《現在》
総合職になったら全くユルくない&出張づくし&厳しくて時に泣きそうだが、
やりがいあって福利厚生悪くなくて年収600万以上もらってるので文句いえないかなと思う。
要素4.不細工
整形後も別にもてなかった。
↓
別にもてなかったが、徐々に自信がでてきて大学卒業時にはそこそこもてるようになった。
帰国してから仕事の合間みて整形をくりかえす(顔4ヶ所計10回)。
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《現在》
だいたいの初対面の人に「美人ですね」と言われる様になった。
綺麗になったからもてるようになったのではなく、
綺麗になって自信がでたからもてるようになったのだと思う。
要素5.出会いがなかった
↓
べったりされすぎてめんどくさくなり1カ月で別れる。
↓
↓
付き合いたい人が見つからず高校時代の悪友とつるんでたらそのうちの一人となんとなく付き合うことに。
↓
付き合って一年後、結婚願望が全くないのに勢いで6000万の港区マンションを購入したついでに結婚。
(わたしの収入だけでは買えなかったので)
↓
結婚してみたらこの上なく相性が良いことに気付き、年月がたてばたつほどバカップル化。現在結婚三年目。
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毎日仕事やら接待やらで帰ってくるのが遅くてろくに家事できない。
仕事はそれなりに頑張ってるけど「のぼりつめてやろう!」とか思ってない。
そこそこでいい。さっさと帰って夫とイチャイチャしたい派。
振り返えれば振り返るほど、悪い要素が良い人生を作ったのだなと思う。
誰もいない狭い寂しい部屋に戻ってくる人生でもちっともおかしくなかったと思う。
結婚は30過ぎるまでしたくないとか恋人いないときから豪語していたくせに、
してみたら早く結婚して本当に良かったなと思ってる。
(寂しがり過ぎてメンタルが弱いため)
大学まで仲が悪かった両親とも仲良くなり、
わたしのことを凄く誇りに思ってくれている。
(ふたりとも私がきっとひどい人生を送るものだと半分諦めてた。
両親はずっと職に恵まれず貧乏だったので今の私の人生を羨ましいといってくれる。)
そんな事はないと思うけどね…
肉体的には20後半にもなれば性欲なんかガッタリ衰えるもの(個人差はあるけど)
更に今の若い世代は
>男たちは脳天気にセックスしたい、イチャイチャしたい、美人を連れたい
こんなの減る一方だよ
出生以来、こんな自分にも初めての恋人ができ3ヶ月。未だよくわからず試行錯誤の日々が続いてる。
だが特に最近は、付き合い始めてからずっと心身共にお近づきになれない状況が続いてることにヤキモキしている。
色恋に全く出会わない人生を長く続けたことで染み付いたキモイ童貞思考のお陰で、性的行為やイチャイチャまでは行かなくとも(究極的理想ではあるが)、身を寄せ合ってアハハウフフするような関係を想像してた。ただ実際は違った(この童貞思考にツッコミ所があるのはわかってる)。
バッタリ会っても、メールでも、数少ないデートでも、特に人前では素っ気ない態度を毎回とられる。目線をあわせてくれることも少ない。厳密には、意図的に意識しないように努めが隠しきれていない素っ気なさ、か。超奥手な自分が勇気を振り絞って、手を奪った時も、そこはかとなくそんな感じだった。
以降、身体的な距離を縮めることは「あー嫌なんだろうな」と思って躊躇してしまうようになった。同様に心的距離も縮められない。だからこの3ヶ月、一般的な彼氏彼女のような「振る舞い」をしたことは、手を握った一度を除くと、カミからシモまで、ない。
独りよがりではあるが、それが個人的には凄いさびしいし、物足りないし、嫌われてるんじゃないかと何度も思う。
そもそも相手は(自分もだが)結構な奥手志向だから、思い切った一歩を踏み出せないというのはある。ちなみに彼女は大人しく、真面目で、性に関する知識が全くない箱入りで、恋愛に疎く、だいぶ鈍感な、まさに現代日本にこんな人がいるなんて…という感じの女性。
この間二人で飲んだ時、酒の勢いに任せて本音をぶつけてみた。そしたら珍しく酒に酔った彼女が「確かに…だけど(「好き」と言いたかったらしいが、恥ずかしいらしくゴマカシてた)、『彼氏』と認識できない。悪い意味じゃなく、『友達の延長』のような感じ。増田は全然悪くない、全部私の性格の問題。ゴメンね」と言っていた。
それを聞いた時、先の童貞思考をもった自分は、ドゴォッとぶん殴られた気がした。この高裁関係でも自分は「彼氏」ではなく「友達の延長」なんだ…じゃあこの関係は形式的なものなのか…なんで付き合ってんだ…と、自分が相手に抱く感情とのギャップにショックだった。自分も、いやむしろ自分には、至らない所がたくさんある。こんな不器用でどうしようもない人間に告白してくれたことに、形容できないくらい感謝してる。だからこそ大切に、一生懸命尽くしたいと強く思う。しかしそんな自分の想いが一方的に空回りしてる感じなのかな…と正直落胆した。
その数日後には「自分が増田の期待に応えられない彼女であることはわかってる、申し訳なく思う」というメールもきた。
つまり彼女は、(たぶん)嫌ってはいないようだが、自身の性格(推測するに己の羞恥心?)によって心身的距離は縮められないようだ。
つい最近もクリスマスの予定をメールで話し合った。彼女は「クリスマスって何やるかわからない。いつものように『普通』じゃダメなのかな…」という内容を送ってきた。ここから、ああやっぱり先の童貞思考は未来永劫叶わないんだ、完全に叶わなくとも心身的にアハハウフフするのは難しく、ましてやこの子と性的行為なんて雲の上の上の上の…と確信した。
逆に考えてみれば確かに彼氏彼女の関係における一つの形ではあるだろう、が、やはりここは童貞、本能的にヤキモキせずにはいられない。
もうなんだろう。自分は彼女を好きだし、関係を続けていきたいけど、一方で多少冷めてないかと言われればウソになる。「まあ色んなカタチがあるよね、付き合いが浅いし時間をかけて一緒に解決していけば」という理性と「あー!もっと寄り添って過ごしたい!一般的な彼氏彼女のように振舞いたい!チュッチュチュッチュ!」という本能のこのディレンマをどうすればいいのか。
煽り耐性のない自分には、手厳しく向けられるコメントが怖いからこんな記事は書き控えていたが、でもやっぱり吐きどころがなくてモヤモヤしっぱなしなゆえ吐いてみた。もうどうにでもな~れ
実直で、真面目で、家庭的。
もう学生時代の頃だけど、その時は子供は3人以上欲しいと言ってた。
でも、いつの間にか34歳。
彼女を見て思った。
なんで気づかなかったのか不思議だけども、子供を産みたいなら、一人っ子じゃなくて3人も4人も欲しかったら、20代で結婚しないと難しい。
しかし、どうやって、どんな相手を見つければいいのだろうか?
転勤族の女が幸せになる方法なんて、結婚したら専業主婦をさせてくれるプチリッチな旦那を見つけるか、一緒に飛ばしてもらえるように同じ職場の人間とくっつくか、そのくらいしかないんじゃないかと。
で、同僚とくっつければいいとして、それ以外だとどこでどう捕まえればいいのだろうか?
公務員なら福利厚生もしっかりしてて、産休育休もとれるんだろうななんて思ったりして。
ところがどっこい、産休育休以前に、恋愛をするチャンスを奪われて、相手を制限され、タイムリミットが近づいてる。
そんな焦りをよそに、男たちは脳天気にセックスしたい、イチャイチャしたい、美人を連れたいだもの。
彼女の切羽詰まった感じは、余計に男たちを遠ざける。
何となく、この特異な現象については、ぜひとも文章にしたいと思った。ここから下の文章は、妄想と憶測にのみ基づく、何の意味も無い文章である。
2ちゃんねるのアニキャラ個別板にて伸びつづけるエイラスレは、現時点において、ストライクウィッチーズのキャラスレの中で最も伸びているスレである。この文章を執筆している時点で96スレ目であり、2位のエーリカスレと比較しても倍以上伸びている計算である。なお、96スレ目は、現時点において歴代アニキャラスレッドのTop20に入る長さである(なお、1位は長門スレ、2位はマミスレであるが、この順位がひっくり返るのはもはや秒読み段階である)。
そんなアニキャラ個別板とはどのような板であるかというと、所定のキャラクターを愛してやまない住人が、いかにそのキャラクターを愛しているかを連綿と書き連ねる板である。板に存在するほぼすべてのスレッドにて、住人は、自分が愛してやまないキャラクターに対してああしたい!こうしたい!(だいたいは性的な仕打ち)と延々と書きつづけている。
しかし、エイラスレは違う。ひとたび「エイラさんをぺろぺろしたい」などと言おうものなら、息が途絶えるまで四方八方から袋叩きにされるであろう。住人はエイラさんが愛おしくて仕方がないが、それを満たすために自分が直接行動を起こすことは考えることすら許されない、タブーなのである。
なぜ、エイラスレだけこのような不思議な現象が発生しているのだろうか。それは、エイラさんの極めて特異なキャラクター性故なのである。
僭越ながらエイラさんの紹介をさせていただくと、彼女はアニメ「ストライクウィッチーズ」に登場するキャラクターである。
彼女はスオムス(フィンランド)から派遣された、スオムス軍の中でも最優秀のウィッチであり、その能力は派遣先の501統合戦闘航空団「ストライクウィッチーズ」の中でも卓越している。その優秀さは、被弾数ゼロという、前代未聞の記録が証明している。彼女の固有魔法であるところの「未来予知」…近未来が予測可能であるという恐るべき能力が、これを可能にしているのだ。
容姿も端麗であり(かっこよくキメたエイラさんはイケメン以外の何者でもない)、祖国スオムスには大勢のファンがいるという。15歳とはとても思えぬ活躍ぶりである。
ここだけを聞くと完璧な戦闘員のようにも聞こえるが、もちろんそれだけではない。一度しゃべりだすとぶっきら棒(あゆたボイスなのでむしろご褒美ですけど)、お風呂や食堂にて部隊の女の子に対してしょっちゅういたずらを仕掛ける(胸を触りまくっている)、好物は世界一不味い飴として有名なサルミアッキ…など、年相応に幼い面も残している。
ただし、部隊を思う気持ちは根底にあり、その優しさは簡単には揺るがない。つまるところ、エイラさんは「いろいろあるけど、なんだかんだ言って良い奴、見た目はイケメン美少女、中身は男子中学生」なのである。
補足になるが、エイラさんは祖国スオムスをこよなく愛しており、作中でもその愛国っぷりを堪能できる。基地にサウナを設置したり、前述の通りサルミアッキが好物だったり、サウナに妖精が住んでいると頑なに信じていたり、祖国の親友であるニパと親密に連絡を取り合っていたり…エイラさんは祖国のネタも絶えないのだ。
エイラさんについて語るにあたり、同じ501統合戦闘航空団に属するオラーシャ(ロシア)の隊員「サーニャ」の存在を欠くことはできない。エイラさんは、同性の女の子であるサーニャが好きで好きでしょうがないのだ!
ストライクウィッチーズという作品において、エイラさんがサーニャに対して好感を露にしている場面は、戦闘で大活躍する場面と比較しても圧倒的に多い。アニメが始まった直後はそれほどでもなかったが、気がついたらエイラさんはずっとサーニャのことを意識している、とても面白い女の子になっていた。
サーニャが自分に対して冷たく接していると、自分が何か嫌われるようなことをしたのではないかと、異常なまでに自分を責め立てる。サーニャに近寄る変な虫は、容赦なく追い払う!そして、サーニャがそばにいると、それだけでうれしい。サーニャが笑ってくれると、もっとうれしい。でも、サーニャが自分のことを嫌っていたら、どうしよう…
戦闘では完璧超人ぶりを見せていたエイラさんだが、サーニャに嫌われるのだけは怖くて仕方がない。未来を予知できる自分の能力も、「もしかしたらサーニャに嫌われているかもしれない」という杞憂から、恐ろしくてとても使えない。女の子1人に対してここまで骨抜きにされてしまうとは、どんだけ純情なんでしょう。
このエイラさんの性格に追い討ちをかけるように、意図的かそれとも偶然か、面白いことが行われた。あろうことか、エイラさんが怖くて仕方がない「サーニャのエイラに対する感情」の設定を、ブラしまくったのだ。高村監督の認識では「エイラ→サーニャはloveだが、サーニャからエイラには感情が伸びていない、伸びている先は宮藤だ」とあり、その一方で秘め声CDでは「エイラは特別な人です」としゃべっていたり、秘め録CDではサーニャに公開告白したエイラに対して特に否定も拒否もせず「バカ…」とつぶやくだけだったり、つまりサーニャがエイラをどう思っているかについては、公式の見解として信用に足るものが1つも無いという状態なのである。
サーニャがエイラのことを嫌いというわけではないことを除くと、何もハッキリしていない。となると、足りない部分は自分で補えばいいじゃないか!
…これが昨今のエイラーニャブームの諸事情である。エイラーニャにおいて、エイラの考えは一貫して「サーニャ好き!でも嫌われてたらどうしよう…」であり、これに対してサーニャの感情や、外的因子であるところのニパやエーリカが絡み合い、面白くて、見ているこっちが恥ずかしくなるような、まったく別の世界が構築されていく。これは、世界を構築する側としても、世界を堪能する側としても、楽しいものなのである。
誤解を恐れずに言えば、エイラスレは、エイラを自分の嫁だと言い張ったり、エイラが不幸になるような話しさえしなければ、何をやってもいいスレになっている。主な活動は、強気なことを言わせた直後にサーニャを投入して凹んでるけど嬉しそうなエイラさんを堪能したり、親友を取られまいと必死なニパさんに対してサーニャが格の違いを見せつけたり、フィンランドの話をしたり、サウナの妖精の話をしたり、新しく登場した抱き枕が思いっきりコレジャナイと議論したり、台詞はぶっきら棒なのに声が可愛くて別の世界に目覚めそうだと告白したり、エイラさん出撃しなさすぎですけどひょっとしてNEETですかと疑ってみたり…本当に何を話しても良いのだ。
基本的には、箱庭に入ったエイラさんにちょっかいを与えて楽しむ場である。いろいろいじってた後、最終的にはサーニャを投入することによって、エイラさんが幸せになれればそれでいいのだ。
他のキャラスレみたく、住人がみずからエイラさんをペロペロするよりも、サーニャを投入した方がエイラさんは幸せになれる。それならば、我々はエイラーニャが幸せそうにイチャイチャしているのを、陰から見守るだけの存在になろうではないか。エイラさんをペロペロしないのは、エイラさんを愛し、幸せを願っているからに他ならないのである。
このごろ、ホッテントリを見ていても、
とか、
「○才までにやっておきたい○つの事」
とか、
しかも見てみると、たいした内容でもないのに何千何百とブクマがついている。
あの、「揉め事」とかタグをつけて、綺羅星のようなアイドルたちのファイトを追いかけていたお前たちは、
いったいどこにいっちゃったんだよ!!おもいだせよ!!
って、思いましたけど、自分でもいつのことを想定しているか忘れた。
おそらく、はてなブックマークは、他のブックマークサイトがそうであるように、本来あるべき
「後で個人的に読もうとおもっている記事をクリップする」システムとして使われるようになったんだろう。
そもそもリア充の定義が人によりけりな気もするが、ここではリア充=恋人がいる という前提の話。
私は恋人はいるが全然リアルが充実していないのでリア充ではないのだが、そう主張しても「いやお前はリア充だ!」と、
どうにも言われてしまうので、ここではリア充ということにしておく。
恋人がいるというのは当然幸せなこともあるが、悩みの種になることもあり、それは時にもうほんとどうしようかと思うような悩みのときもある。
非リアの中には「そんな悩みがあるだけ幸せじゃねーか!」と思われる方もいるかもしれないが、悩みがあって幸せなことなど断じてない。
「今日はどの服着てデート行こうかな~。彼、この服が可愛いって言ってくれたっけ。うーん、悩むなぁ」なんてライトすぎる悩みならともかく、
人と人が深くお互いに関りあって生きていこうとるんだから、それはもうヘビーな悩みもある。
こう言っても非リアの方の耳には届かないかもしれないが、人生の幸福はストレスフリーであることが前提で、悩みがあっていいことなど何もない。
それだけで非リアの方はリア充より幸せである。しかし、こう言ってもたぶん伝わらない。
(そもそもリアルが充実していたら幸せに違いないのだが、最初の前提のとおり、恋人がいる=リア充 という風潮があるので、それに則った話である。
そういう意味ではこれは「恋人がいるけれどリア充じゃない人はは非リアよりも幸せとは限らない」という話かもしれない。)
私個人の話で、現状恋人との間にある一番慢性的な悩みになっているのは結婚の話であり、つまるところ金の話である。
結婚が控えているが先立つものがなく結婚たいけれど困っているという状況。ただここで言いたいのは別に結婚相談でもなんでもなく、
個人の能力の話であり、その能力がためにリア充と幸せは無関係 という話である。
人の能力には個々の差があって、微妙なバランスの人もおり、その中に
「将来の見通しもあり、現状も理解していて今打破すべき問題もわかってはいるが、それを打破できる能力のない人」というのが往々に存在する。
これがなかなか難しい問題で、年中風邪のようなものであり、風邪を治したいのに体力がなく治しようがないといった状況である。
よってずっと悩み苛まされることになる。慢性的な風邪はストレスとなり結局幸せではなくなる。
問題の原因は風邪であり、風邪を手放せば問題も無くなるわけで、恋人を手放せば問題はなくなるわけである。つまり恋人を抱えていると幸せなこともあるが悩むことも発生し、それを解決する能力がないのならとても幸せといえるような状況ではないということ。
ここで重要なのは、恋人や結婚だけの話ではなく、自分が可能な範囲を超えて物事を抱え込むと苦労が増えて結果的に不幸になるよという話である。それは断捨離のようなもので、抱えているものが増えれば増えるほど心労(の種になるかもしれない)ことが増えていくわけで、極力、ミニマムに生きていた方が、ストレスフリーで生きていられる。どこかのまとめで「地球人類全員が幸せになるには人類総白痴しかないって」という意見を見たことがあるが、極論過ぎるが特に間違っておらず、それはそれできっと幸せなのである。そんな未来は目指したくないが。
つまるところ、抱えるものが多くなるというのは決していいことではなく、時には不幸に、個人の能力によっては不幸でしかなくなることもある。
非リアの皆さん、街で一緒に歩いているカップルを見て爆発しろと思うかもしれないが、あなたは彼女達の何を知っているわけでもない。
どんな悩みを抱えて生きているのかわからず、また人は大概悩みを持って生きている。それは、あなたが抱えている鬱屈よりも辛いものである可能性は十二分にある。
リア充はあなたより多くの幸せを抱えているかもしれない。でも、あなたより不幸もより多く抱えているかもしれない。
カップルを見かけたら、逆に「俺はあいつらより悩みを抱えていないし、不幸になることもないぜ」と笑い飛ばせばいいのだ。
個人的な話だが、私は今遠距恋愛中であり、結婚するとなると、どちらかが、または双方が動く必要がある。つまるところ、転職する必要がでてくるわけだ。ただ結婚しようというだけでも一大事なのに、転職活動までセットになってくるわけである。このご時世に。これはもうほんとに考えるだけで面倒くさい。キングオブ面倒くさい。
そして、ここで問題になってくるのが先ほどの個々の能力の話。引く手数多な有能な方ならいいが、無能だと先ほどの「問題を打破する能力のない人」の悩みに陥ってしまう。
私個人の能力の話はともかく、つまるところ、色々抱えるものがあると、本当に頭の痛い悩みも増える可能性も抱え込むわけで、それは幸せと全然繋がらない。
リア充だから非リア充より幸せである なんてことは決してならない。
無論、幸せかどうかなど無関係に「男女でイチャイチャしやがって!爆発しろ!」と言うのはあなたの自由である。
また私自身のことで恐縮だが、私はどうにも先のことを考えすぎて動けなくなるタイプのようで、昔からずっと先の事まで考えていた。
今にして思えば、考えていただけでそれに応じた行動をしていたかどうかは別問題。
高校の頃から、付き合うなら結婚前提 と考えていて、「付き合っている人と結婚しないということは、いつかは別れるということ。そしていつか別れるつもりで恋愛をする気なんてない」と思っていた。
でもこれは今でも間違っているとは思っていない。恋人同士が結婚しないのなら、別れるしかないのだ。
これを読んでいるあなたがリア充なら、恋人に自分と結婚する気があるか尋ねてみるといい。
相手にそのつもりがなくダラダラ関係が続いているだけならば、予約している彼へのクリスマスプレゼントはとっととキャンセルして、そのお金で女子会でも開いた方がよっぽど有意義だ。
(しかし難しいところで、彼には彼のプロポーズ計画があるかもしれないので、その幸せの瞬間のためにも余計ないことはつっつかない方がいいというのもある)
すごい長文になってしまった。つまるところ、
幸せかどうかはリア充かどうかと直結しない。あなたは自分を非リアだと思っているかもしれないが、あなたの人生が幸福なものになるかどうかとは無関係なので、がんばれよ
と言いたかった。
二十数年間まったくの恋愛童貞で涙目だった自分にも、何がどうなったのか摩訶不思議なもので、彼女ができて1ヶ月ちょい。
無から有になって日々いろんな気付きがあるわけだけど、なーんにもフラグが立たずアベックやそれに関係する記念日をディスっていた恋愛童貞の頃の方が精神的に安定していたのでは、と最近思う。
近くにいるのに会えないことが多いため会いたい衝動に強くかられて精神不安(西野なんとかさんの気持ちが少し理解できた)、かといってメールを送るとウザがられてないか心配になり精神不安、「相手は自分をどう思ってるんだろう…飽きてはいないだろうか…」と無意味に考えて精神不安、相手の言動に敏感になって精神不(ry
もう全く恋愛How toがわからない状況をつくった恋愛童貞期間や、感情表現が下手でネガティブな非リアタイプだけどとても一途な自分の性格といった要素がそうさせるのだろう。好きすぎてそうなる矛盾。あわよくばイチャイチャしたい、でも実は相手も「初めて」ということで、お互いそういう行動に歩み寄れないというジレンマもある。
バカにはたとえ話の方がわかりやすいだろうから、たとえ話で。
という主旨の妄想行為をはたらいている男性について女性諸君はどう思うのですかね。
ノンケの人(少なくとも同性愛をカミングアウトしてはいない人)のイチャイチャを日常から拾い出してモエるというやつですよ。
明らかなねつ造・こじつけあるいはガチの人ネタもあるんだけど、あまりに「友情=セックスのない同性愛」的な感じのネタもあるんだよね。
ちょっとこの子らデキてんじゃないの? 的な。
やられる方は不快だろう。それはわかる。
そして、だから、隠れてひっそりやる。本人には絶対にわからないように。
いいよね別に。隠れてひっそりだし。
大学で同じサークルとか一緒の授業取ってるジャニーズ系の男の子に目が吸い寄せられるのとおんなじだもんね。
それがあんまりイケメンだったら、女子会かなんかで話のついでに出して好みがどうのこうのって盛り上がること、ありえるもんね。
それと一緒だ。
…と、いうようなことを、知り合いの女に力説してみたんだけどなんか話が通じてないっぽいんですよ。すげえ嫌な顔する。
いったい何が受け入れ難いのかしらん。
で、考えてみたら、恋愛対象として特定女性を取り上げて「あの女の子いいね」とか言うのと、特定女性をレズビアンであると妄想して「あの子達レズっぽい、萌え」とかやるのって、全然違うもんね。
男女の問題じゃなくて、男女逆転させても一緒だね。
という主旨の妄想行為をはたらいている女性について男性諸君はどう思うのですかね。
ノンケの人(少なくとも同性愛をカミングアウトしてはいない人)のイチャイチャを日常から拾い出してモエるというやつですよ。
明らかなねつ造・こじつけあるいはガチの人ネタもあるんだけど、あまりに「友情=セックスのない同性愛」的な感じのネタもあるんだよね。
ちょっとこの子らデキてんじゃないの? 的な。
やられる方は不快だろう。それはわかる。
そして、だから、隠れてひっそりやる。本人には絶対にわからないように。
いいよね別に。隠れてひっそりだし。
大学で同じサークルとか一緒の授業取ってるピタピタTシャツの巨乳の女の子に目が吸い寄せられるのとおんなじだもんね。
それがあんまり強烈に巨乳でピタTで美人だったら、酒の席かなんかで話のついでに出して好みがどうのこうのって盛り上がること、ありえるもんね。
それと一緒だ。
…と、いうようなことを、知り合いの男に力説してみたんだけどなんか話が通じてないっぽいんですよ。すげえ嫌な顔する。
いったい何が受け入れ難いのかしらん。
普段あれだけ巨乳がどうこう貧乳はアカンとか何とか所構わずエロネタ振りまいてくるくせに自分がオカズにされんのは拒否反応とか都合良すぎンだよカスが。
今回は前作までと違ってマクロよりの描写が多く人物描写が少なめだ。
特に敵キャラやラスボスの説明がかなり不足しており、自分で推測・補完しないといけないところが多い。
そのため一から十まで説明してもらわないと分からない人には評価は低くなるかも知れないが、
個人的には今までのテイルズシリーズの中でもかなり上位に属すると思う。
http://www.amazon.co.jp/dp/B005CHXNGY/
テイルズにもガノタみたく「今までのテイルズらしさ」みたいなのを求める人が多いみたいな。
正直ヴェスペリアとかは、ボリュームが多いといえば聞こえがいいが、
一から十まで説明しようとして鬱陶しい割に、主人公サイドに注目しすぎて世界観の作りこみが甘々だった。
世界観においては絶対にエリクシアのほうが良くできていると思う。
俗説にあるような「プレイヤーに腐女子が多いから、もっとキャラ同士のイチャイチャシーン増やせみたいな圧力がある」ってのは今作でバッサリ否定されたと思う。かなりスッキリした印象でよかった。
主人公の煮え切らなさも、まどか☆マギカの前例があれば理解できると思ったけどそうでもないみたいだ。
ただまあ、シンフォニアあたりからずっと思ってることだけれど、
そろそろこういうストーリーでやるなら、バトルシステムを変えてシミュレーションRPGか、いっそのことノベルゲーにしたらどうかと感じる。
描かれている問題が人間社会の矛盾とかなので、特定の個人を倒してなんとかなる問題じゃない。
どう考えても敵と自分たちが吊り合ってないからいろいろ無理が出る。
主人公たちにあわせて敵の力を引き下げるからすごい違和感が出てくるんだよな。
中盤で主人公パーティーが一国の王様をとりかこんでフルボッコにするシーンなんかは完全にギャグかと思った。
主人公たち少数パーティーが戦って何とかするというところにリアリティを感じなくなってくる。
ストーリーを根幹に置くならストーリーを、変えて行かないといけないのでは?
今回の低評価は、テイルズブランドにおいて、バラバラにすべてのレベルを向上させていった結果、
全体としてかみ合わなくなってきた、とユーザーが評価した結果じゃないかと思う。
次回作あたりに大きな舵取りが見られるといいな。
http://anond.hatelabo.jp/20111017024535
はて、どう応えたらいいものやら、と一晩考えておりました。
現実にある問題に直面しており、その根本となっている「自己肯定感」の乏しさについて書きました。
具体的な問題について語るつもりはありません。特定されたくないですしww
ここ数ヶ月、ほぼ初対面の方に「自信なさそうだね」と言われることが数回あったので、
頭の片隅にずっと、考えるべき命題としてありました。私が感じる「生きづらさ」の原因でもあります。
私は、自分のことをメンヘラだとか、境界例だとかの、診断基準にちっとも満たないと思います。
ただ、現在凹んでいる自分を支えてくれている大きな柱が、恋人であることに気付き、
依存してしまったら彼に申し訳ないし、不健全な関係になってしまうなあ、と気をつけようとしています。
「冴えない」と書いたのは、「うちの愚妻が…」といった風な謙遜の意味です。今の恋人は、私にとって大切な尊敬できる人です。
ただ、今までの恋愛遍歴は、人に自慢できるようなものではありませんでした。依存、共依存はろくなもんじゃないです。
恋人がいる、友人がいる、という状況を以って、はてな民の皆様からは反感を買っているようです。
予想はしていましたが、嘘を書くつもりもないので、正直に書きました。
でも、程度問題に還元されたくはありません。最も苦しみ、弱い立場に置かれた人にしか、発言権はないのでしょうか。
私には私の感じる、固有の困難さがあります。分かち合える人、そうでない人、様々にいて当然だと思います。
恋人、友人、家族、趣味の世界…様々な他者からOKをもらえたとしても、
自分で自分にOKを出してあげる、その穴だけは埋めがたい人もいるのです。
「リア充」というのは、世間で認められたある種の「望ましさ」です。価値観のひとつです。
そういう価値観に染まらないぞ、と断言できる自分のことは好きです。
誰かのご指摘の通り、そういう自分に恍惚とすることもあります。
ただし、対人関係構築の不器用さから、すべてのコミュニティでうまくやっていけてるわけではありません。
自分への理想も要求水準も、すごく高いです。世間の価値や、自分への要求をすべて満たせない自分にも苛立ちます。自信が持てません。
これらは、「表面」⇔「深層」といった関係ではありません。それこそ分裂しちゃうよ。
私からすると、すべて私を構成する面です。私は、アイデンティティを多面体として捉えています。
好きな面も、嫌いな面もあります。もっと、好きな面を増やしていけたらいいのにな、というくらいの話です。
SNSで臆面もなく、恋人とのイチャイチャ写真をうpできるくらい、自信の皮が厚ければ
さぞかし生きやすいだろうな、と思います。そうなりたい、というわけではありません。そんなん恥ずかしいしww
秋の夜長に、ちょっとキャッチーに書きすぎたことを反省しつつ、
現実に起こっている問題に対処することでしか、自己肯定感は復活しないぞ!と、自分を戒めたいと思います。
「持つ者と、持たざる者」なんてキャッチーに書いたけど、ホントは多かれ少なかれ、みんな持ってるんだと思います。
自己肯定感ゼロの人は、それこそ死に至る病なので、死んでしまうか、その寸前かと思います。
私にも、自己肯定感が高い時期もあれば、低い時期もあります。今はどん底ですが。
「きっと何者にもなれない」私の人生で、自己のプライドと、どう折り合いをつけていくか、正念場です。
それと、皆さんが私について書いてくださったことは、あくまで「仮説」です。
エビデンスもなしに、私という人間を100%理解したつもりになってる方、断定的な口調で物を言う方、
自分の理解できる範疇・型に当てはめてくる方・・・には苦言をいいたい気分にもなりました。
最後に、極端な人のみが、悩みを持っているわけではありません。
◆はてブされやすい記事の特徴
これらのように、有用な記事を「あとで読む」つもりではてブする人、またコミュニケーションの一つとしてはてブを使う人がいる
長い記事でたくさんのアドオンの解説・リンクをつけておけばある程度はてブされるのは難しいことじゃない。
自分自身にコンテンツ力がないプーたろうでも検索機能とブログ投稿ができればいいのだと思う。
さらに掘り下げてはてブ二桁以上を狙うには以下の施策をおすすめする。
後者は特に重要でソーシャルメディアやブロゴスフィア圏内で友人関係を作っておき彼らにブログを見て貰えるようになっていればはてブは1個から10個くらいは簡単につく。
イベント参加して親しげに彼らとやりとりしていれば彼らの友人からも気にかけてもらいやすいだろう。
ようするにイチャイチャキャッキャするならエライ人としておけばOK。本人にコンテンツ力がなくても数個はつく。
彼とイチャイチャするにはTwitterで動向をチェックしておき参加するイベントや主催しているものに積極的に参加したり@で会話したりなにかをお手伝いしてあげればいい。
◆3桁ブクマを狙うにはコツがいる
3桁ブクマはイチャイチャしてるだけでは得られない大きな壁がある
ブログ記事をかくのには大まかに分けて3つある
・日記
・まとめ記事のまとめ
「自分ならではの」というのはマニアックなほどいい。ロングテールという言葉とおりその情報を知りたい人は世界のどこかにかならずいる。
自分がつまづいたところを日々ログにしておき解決策とともに投稿しよう。他にも上級者ならではのマニアックな状況や初心者に向けた懇切丁寧な記事もよい。
あらかじめ検索しておき同様の記事があればそれを引用して、さらに自分の感想を述べておこう。長く続けているブログであれば検索ランキングも上位に食い込みやすい。
「まとめ記事のまとめ」は簡単だ、「スティーブ・ジョブス」などの旬ワードではてブ検索し、3桁から4桁の記事をピックアップする。
キレイなスクリーンショットをつけて「スティーブ・ジョブスの逸話、心に留めておきたい10のこと」とでもしておけば「後で読む」的にブクマされるだろう。
※もちろんあなたのブログの地力にもよるので弱小ブログでやっても仕方ないが。
これは通称「コバンザメ記事」という。海外の有用そうな記事を和訳したり、テンプレートや無料素材、アドオンなどを合わせて紹介しておけばそのうちはてブが集まっていく。
のような段階がある
AからSランクは体験したことのない別世界だとは思うがC〜B,そしてAになっていくのには長く続けていく力と情報のアンテナ感度があれば挑戦できるところだと思う。ぜひ試してみて欲しい。
齋藤孝ではこうは行かない。彼は見た目の通りインテリ眼鏡って感じだが、
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20111013/1318467309 (世の中ってのはこういうもんなんだ。私は私の好きなようにやるぜ)
のあとに
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20111013/1318467309 (最後は根性よ!自分が正しいと思うことを貫いてたらきっとみんな分かってくれる)
という記事を書く、その流れの完璧さにもう萌えが止まらない。さやかとあんこがイチャイチャしているようにしか見えなくて困る。
わたしこういう人物像が大好物どまんなかなんだわ。
いや、憧れるじゃなくて、自分もそうなるのだ、ならなくてはいけないと決意する。
自分をそういう人たちと一体化させて、同じように行動し、同じように思考しようと普段から務めるわけだ。
まぁたいてい自分は強くなったけど誰も周りはついてこないってオチになるよね。
そうやって張り詰めた生き方をしている人が、ふと孤独を実感する瞬間でうおおって興奮する。
そんな時に、ちょびっと不安を覚えながらも、自分は間違ってなんかいないと涙を拭いながら、
夜中に一人でボールを磨いたり、魂の書を読み返したり、家族の位牌なんかと会話したりとかね。
さらに、実は一人じゃなかった、数少ないけれど、自分を理解してくれる人がいたってことがわかる瞬間が続くと・・・鼻血出そうになる。
さらにさらに、そういう子が、仲間と一緒に挫折を乗り越えて何かに到達するってなところまで来ると・・・
もうベタでもなんでもいいよ。これぞ物語だよ。すべてを許せる気分になるよね。
最も有名なシーンは「SLUM DANK」の赤木とメガネ君だと思う。
あの時のメガネ君が輝いて見えた、あるいは涙で霞んで見えたのは私だけじゃないはず。
いまこういう熱血シーンは少年漫画ではできなくなって全部少女が行うようになってる。
「少女ファイト」とか「ロウキューブ!」とか「ゼロの使い魔」とか、
「神のみぞ知る世界」の空手娘とか、作品名忘れたけど剣道部のポニーテールの主将さんとか。
最近で言うと「輪るピングドラム」のりんごちゃんとかもあのまま貫いてたらいい感じだね。
「真剣で私に恋しなさい!」の川神一子なんかもすごく良い感じ。
とにかく私はこういうのが好きなんだ。
そういや「百年の孤独」とか軒並みSFって、スケールや壮絶さが全然ちがうにせよ大枠ではこういう話だわね。
こういった、今は「女の子の特権」みたいな印象がある話を、女でない、若者ですらないオッサンが頑張ってる。
これを新たなムーブメントとしなくてどうするよ。
「働きマン」でもあったじゃん。50歳からの女子高生と恋愛する物語を企画して成功する話が。
お前ら「うさぎドロップ」みて、ニンマリしただろ? オッサンになっても人生終わりじゃないよ。むしろこれからだよ。
そう言ってくれてるように思える。応援しなくてどうするよ。
こういうのが大好きな私にとって、「もしドラ」という作品がいかに期待を裏切るクソ小説であったかは分かっていただけるかと思う。
多くの人がもしドラを「良質の百合」と表現した。私もそのとおりだと思う。途中までは完璧な展開があった。
来るべきラストシーンへの期待に胸をふくらませ、ドキドキしながらページをめくったわけだ。
そういう話じゃねーからコレ!
「ナルキッソス」やってんじゃねーんだよ。「いつから半分の月がのぼる空」になったんだよ。
そういう物語をやれる構成じゃなかっただろうが。なんでいきなり路線変更してるわけ?
おとなしくスラムダンクやってりゃよかったんだよ。「本当、女子高生は最高だぜ!」で何が不満だったわけ?
「小説の読み方の教科書」で「筋書きを予想しながら読むべきではない」ってドヤ顔で書いてたけどそういう問題じゃねーよ。
筋書きはぶっ壊せばいいってもんじゃないんだよ。読者の予想を裏切れば良いってもんじゃないんだよ。
それならそれで、納得出来るだけのものを書けなきゃいかんのにできてないやん。
夕紀の死を支えるだけの備えなんて物語のどこにもなかっただろうが。徹頭徹尾二人の物語だったろうが。
書かれていない行間からチームメイトとの絆を読み取れっ・・・てそりゃねーわ。
わけがわからないよ。これコミック版でどうにかなるのかよ本当に?
彼にはまだ「この結末」が書けなかったのだと考えた。
逆に考えるんだ。ハックルさんはまだメガネ君がいない未完成、つまり一番美味しい状態だと考えるんだ。
同棲とかしてイチャイチャしたりエロいことしたりしたい、街中でも手をつないでぺたぺたしたり、休みは別に出かけるでもなくまったり買い物行ったり家で気の合う相手とのんびり時間を過ごしたりしたい……
…という、独身が行うと「不健康」で「不道徳」とすら見られかねないことが、「届け」によって社会的に許容されるだけでなく、むしろ「奥さんと家庭を大事にする信頼できる人」という評価に変わる不思議な制度、それが結婚。要は「社会へのカップル申告・登録」であり、これを経ないカップルは、社会的には未登録で、保護対象とされないということ。特に、子ども作るなら、生まれた子の処遇に著しい差が発生するので、子作り類似行為するなら登録しとけ、と、そういう制度だった。まあ、今でも避妊の多くは「絶対」ではないしね。
最初は「結婚てなんでするの?同棲とどう違うん?」と思ってた自分が、人目を避けるように片道1時間の街まで通って1年近く半同棲生活しながら思った。こんな面倒くさいことずっとするなら、結婚して堂々と近くに住んだ方が楽?
で、結婚して思ったのが上記。あと、通うお金は当然必要なくなったが、それだけでなく、祝い金とかあと月々の生活費用面でもぐっとお得。いろいろ免除になったり貰えたりするお金があった。
世間は結婚に甘い。
あと、デート費用減った。相手の親戚もフレンドリーな面白い人で、甥とか姪とかかわいい。そっちにお年玉が増えたので、若干金銭的マイナスはあるけどw
ナンパをしてみたいが、様々な理由(これは結局の所、女性に声をかける勇気が出ないという事に理屈をつけているにすぎない)で自分には到底無理だ、考える人は少なくない。もちろんそれは貴方だけのせいではない。生まれ持っての性格、容姿、両親の教え、兄弟・姉妹の有無、学校のクラスメート。様々な、自助努力ではどう仕様も無い所(人はこれを運と呼ぶ)で貴方の大部分の対異性コミュニケーションのスキルは形成される。だからまず初めに言っておこう。「モテないのは貴方のせいだけではない」と。
しかし、モテない原因が貴方だけに帰結するわけでないのにも関わらず、このモテなさによって引き起こされる様々な悪循環の被害を受けるのはあなただけだ。そう自分のケツは自分でぬぐわねばならない。もちろん早く何とかしなければならない、と考えている人も少なくないだろう。しかしどうしていいか分からない。とりあえずはてなブックマークで「異性から好かれる方法」みたいなエントリをブクマしとくか?しかし定期的に人気エントリーとしてあがるこの手の記事を数年間見続けたにも関わらず、今日も貴方はまたこんなエントリーを藁をもすがる思いで見ている。つまり、貴方は何も変わっていないのだ。もう安全地帯でいちいちピーチクパーチク「リア充氏ね」と騒ぎ立てている場合ではない。時はきた。この手の記事をブックマークするのはこれで最後にしろ。実践だ。貴方が変わるのに必要なのは、聞きたくないだろうが「実践」以外にはありえない。断言するが、可愛い子とイチャイチャするのは、貴方が実践で多くの失敗を積むことなしにはありえないのだ。
さてここでの実践とは「ナンパ」の事をさす。もちろんナンパ以外にも異性と仲良くするスキルを身につけることは可能だろう。そういう奴は各々思い当たる事をやれ。だがもう一度聞く。「思い当たる事」をやった、やったけど上手くいかなかった、あるいはそもそも出来なかったから貴方は性懲りも無くこんなものを「真剣」に読んでいるのではないか。
本題に入ろう。大丈夫だ。いきなり下心を出し切った状態で女性に声をかける度胸など、私は貴方達に期待などしていない。最初は「ナンパ」ではない。だが王道だ。道をたずねろ。ヘタレの中のヘタレ人々が最初にやる事。それが「道を聞くこと」だ。道を聞け。駅員じゃない。人の良さそうなオッサンでもない。若い女の子だ。自分の恋愛対象になりそうな容姿をした女の子だけだ。「すいません、(女性が反応してくれるのを確認しろ。そして確認したら間髪入れずこう言え。ただし早口はダメ)この近くに薬局ありますかね」「図書館がこの近くにあるって聞いたんですが」とにかく場所は何でもいい。そして、愛想良く対応してくれて、かつ暇そうなら雑談しろ。不安ならスモールトークになりそうな話題をマニュアル化して対応すること。「今日すごく暑いですよね」を最初に必ず持ってくる、と決めておくだけで不安は和らぐはずだ。「道を聞く」という作業をする理由は単純だ。何の接点もない(強いて言えば同じ道を歩いていることが接点か)男女が交流するという、貴方のこれまでの人生にはありえなかった体験に慣れる事が一つ。あとヘタレに嬉しいお知らせ。道を聞かれて無下な対応をする女性は「ほぼ」皆無だ。いるにはいる。まあこれは通り魔に襲われるよりほんのちょっと高確率なぐらいだ。
さて「道を聞く」という作業もやっぱり出来そうにない、という「真のヘタレ」 言わば「ヘタレの中のヘタレ」にはこんな工夫がある。タイトルの通り「地図を持って道を聞く」という事だ。大抵の女性は、それなりの警戒心を備えている。そしてナンパの第一関門は「警戒心を解く事」にある。もう少しいえば「俺全然怪しいもんじゃないですよ」と直接言わずに警戒心を解く事にある。「道を聞く」という事は「それ以上の目的があってあなたに近づいたわけではないですよ」という暗黙のエクスキューズを発信する事に他ならない。だから大抵の人は、特に女性は、貴方が思うより親切に対応してくれるだろう。しかしここで問題なのは、この警戒心の解き方は「○○ってどこですかねー」と貴方が自然かつスムースに言える事によって成立するということだ。もしかすると貴方の対異性コミュニケーションスキルは、そのような単純な会話が出来ないほど錆び付いているのかもしれない。だったらもう物に頼れ。そう地図だ。地図が貴方を「道に迷ってる人」に勝手に仕立て上げてくれる。あとはこう続けるだけだ。「スイマセン、ここってどこら辺ですかね?」
以上、初歩の初歩から書いた。やる気のある奴は明日から始めろ。そして若い女性との一瞬の交流を楽しめ。もちろんここまでヘタレに配慮したのにも関わらず、やっぱり出来ない奴は、正直手の施しようがない。しかし繰り返すがそれは貴方のせいではない。ある意味仕方のない事だ。なので残りの人生、空からルイズたんが降ってくる奇跡を信じて心安らかに生きて欲しい。
注:加筆修正しました
最近商業BL作品ばっかり読んでるから、たまにはネットで同人作品も読もうかなと思い立って、某ジャンルのサーチから二次創作サイト巡りをしていたときのこと。リンクを辿っていった先に、管理人が韓国人であることを明記しているBL小説サイトがあった。日本語ネイティブじゃないとこれはムリだろと思わせる豊かな語彙の小説や日記・掲示板の内容から判断するに留学生やニューカマーなどではなくて、日本で生まれ育った在日韓国人の方であるようだった。
なんかね、これちょっとびっくりしたんですよ。在日の人もBL書くんだなぁって。
いや、こんなにもアニメや漫画の氾濫する日本社会で生きている以上、日本人だろうが外国人だろうがオタク趣味に染まる人は染まるのが当然だろうし、中にはヤオイや二次創作に興味を持って腐女子や腐男子になる在日コリアンがいるってのも理性では理解しているんだけど。実際目にしてみると、なんかこう、感慨深いものがありましてね。
そうかー、在日のBL好きってのもやっぱりいるもんなんだなー、っていうか他にもいるけど明かしてないんだろうなー、としみじみしてたんですが、途中でふと思い出した。あれ、ちょっと待てよ?よく考えてみれば、数少ないながら今までにも在日韓国人が登場するBLがあったりするし、在日朝鮮人のBL作家というのもいたりするんじゃないの?そういえば私、そういうの読んだことあったような……、と。
というわけで、今回はBLと在日と私というテーマで今まで読んだ作品を振り返ってみようと思う。長いよー。私が以下で言及している作品には18禁のものもありますのでお気をつけください。
倉科るりというペンネームで、商業誌からBLを出版している小説家がいる。正確にはいた、と言うべきかもしれない。著作の中には絶版になっているものも多く、また1996年の『王様の夏休み』を最後に10年以上発刊はしていないようだから。公式サイトにも「倉科るりの商業活動は諸々の事情から不可能だと思います。時間がないのです。」と書いてあるので、今後も商業誌でBL作品を発表する可能性は限りなく低いと思う。
けれど、在日とBLというテーマを語るなら、彼女を外すことはできない。
実はこの作家さんは、コバルト文庫で金蓮花という名義で少女小説も書いている。むしろ金蓮花(きんれんか)というペンネームの方が世間的には通りがいいだろう。私も残念ながら倉科るり名義の本は読んだことがないけれど、金蓮花名義の本は小中学生の頃にわりと読んでいる。『銀葉亭茶話』、『水の都の物語』、『月の系譜』は何度も読み返すくらい好きだった。私が金蓮花=倉科るりというのを知ったのは大学生になってからだったけれど、BL読者やコバルト読者には結構有名な情報だったようで、ネットで検索するとペンネームを使い分けるようになった経緯や、その他もろもろの噂が出てくる。それらの噂がどこまで本当かわからないのでここでは紹介しない。
さて、金蓮花は1962年生まれの在日朝鮮人3世である。東京に生まれ育ち、大学も都内の小平市にある朝鮮大学師範教育学部美術科を卒業した。作家デビューは1994年、『銀葉亭茶話-金剛山綺譚-』で集英社の第23回コバルト・ノベル大賞を受賞したのがきっかけだった。この『銀葉亭茶話』シリーズは、朝鮮半島を舞台に仙人や精霊、竜や虎、人間たちが織り成す恋愛を描いた朝鮮風ファンタジー小説で、仙境にある一軒の茶屋銀葉亭にさまざまな客が訪れ、店主の李月流(り・うぉるりゅ)に身の上話を打ち明ける、という趣向になっている。
『金剛山綺譚』の金剛山は、もちろん朝鮮半島に実在する景勝地金剛山をさす。韓国人や外国人が北朝鮮国内の金剛山観光地区に観光をしに行くニュースを見たことのある人は多いはずだ。『銀葉亭茶話』シリーズの物語に登場する実在の固有名詞は地名だけではない。例えば『蕾姫綺譚』では重要なキャラクターとして李氏朝鮮建国の王李成桂が登場するし、『舞姫打鈴』のヒーローは新羅の英雄金庚信である。
ところで、学校で歴史を習う前に本シリーズを読んだ影響で、私は現在でも「新羅」という単語を見ると反射的に「しらぎ」ではなく「しるら」と読んでしまうし、「李成桂」を見ると「りせいけい」ではなく「りそんげ」と読んでしまう。私にとって、このシリーズこそが生まれて初めて触れた‘朝鮮文化’なのだった。馬鹿な子供だったので現役読者だった小学生の頃は朝鮮半島というのがどこにあるのか知らなかったし(私は当時本気で外国=アメリカであり、世界には日本とアメリカの二国しかないのだと思っていた)、儒教文化だとか在日朝鮮人だとかさっぱり理解できない上に興味もなかったので読み飛ばしていたけれど、雪華(そら)や明蘭(みょんらん)という美しい漢字と不思議な響きの名前、美味しそうなチヂミ、ふわりとチョゴリを広げて鞦韆をこぐ明朗な少女、霊山の天辺に位置する天池(ちょんじ)の聖水……どこか好奇心を刺激する異国のイメージの数々を私は大いに楽しんだのだった。特に金剛山の壮大な瀑布や峰々が鮮やかに染まる絢爛豪華な秋の描写などは、幼心にうっとりするような綺麗な文章だなぁとドキドキしながら読んでいた。金蓮花という作家のおかげで、私は隣国と幸福な出会い方をしたのではないかと思っている。そういう意味で、『銀葉亭茶話』は私にとって印象深いお話なのだった。
金蓮花自身にとっても、作家として第一歩を踏み出したシリーズであると同時に、祖国を舞台にしたロマンスであることを考えれば、『銀葉亭茶話』はやはり特別思い入れの深い作品なんじゃないだろうか。
彼女の著作のあとがきでは、自らのルーツを意識した話題が多い。北朝鮮に観光に行って金剛山の絶景に感動した話、伯母が北朝鮮に帰国した話、親戚が日本と北朝鮮と中国に住んでいるという話、子どもたちの通う朝鮮学校のお祭りのためPTAとして準備に奔走する話など。
そんな彼女がBL小説を書くときは、金蓮花ではなく倉科るりというペンネームを用いた。倉科るり名義の本では特に朝鮮半島と関連のある物語を書いたりはしていないようだ。少女小説のコバルト作家としての自分とをきっちり分けたかったのかもしれないし、儒教を尊ぶ在日コミュニティの価値観からするとさすがにBLを在日朝鮮人と明かしている金蓮花名義で出すのは難しかったのかもしれない。少女小説家としてデビューする際も家族からかなり強硬に反対されたと聞く。少女小説を書いているのがバレて家族会議で土下座までしたそうな。ましてやBLをや。
まぁ、BLを書くときと少女小説やラノベや一般漫画を書くときでペンネームを変えるのはbassoや秋月こお、榎田尤利もやっていることで、金蓮花に限った話ではないけれど、少女小説では在日ネタをふんだんに出していた人がBLではそれを一切出さないというのも興味深い話ではある。
ちなみに金蓮花名義の本に一切男性同士の恋愛や性愛が出てこないか、というとそういうわけでもない。
ここでちょっと萌え語りをさせてもらうと、『銀葉亭茶話』シリーズで私が一番好きなキャラクターは長白君(ちゃんべつくん)だった。彼は、朝鮮半島の付け根、北朝鮮と中国の国境にまたがる山(朝鮮語では白頭山、中国語では長白山)の守護仙人(精霊だったかもしれない)で、シリーズ通してのキーパーソンである李氏(注:男性)に想いを寄せている男性である。李氏に冷たく拒絶されたり、周囲の神仙たちに揶揄されたりしつつも、変わらず李氏に暖かい真心を捧げ続けている好漢なのだ。李氏には他に想い人がいるのでまず間違いなく長白君の恋が成就することはないのだろうが、私は彼の男らしい包容力にときめいたのでぜひ幸せになってもらいたいと思っている。別に相手は李氏じゃなくてもいいから。というか長白君には楓英とか緋鯉の精みたいな豪胆で誠実な男性とか似合うと思うんだよね。
studio may-beを結成して仕事をしている高城響と鷹匠早紀は、BLゲームや乙女ゲームのシナリオライターとして活動している他に、連名でBL小説を書いて出版したり、漫画の原作をしたりしている。音楽業界を舞台にしたBL小説『たぶん、きみが好き』『いつか、翼を広げて』『きっと、空も飛べる』という3冊がマイクロマガジン社から発行されたのは2004年のことだった。この3作は天才指揮者と男性アイドルのカップルを描いたお話なのだが、実は高城響と鷹匠早紀がやっているサイトに長年連載していた大長編小説『KT』を手直しして発表したものだという。
そのサイトの大長編(まだ完結していないらしい)には、脇役として若手の指揮者同士のカップルが登場する。彼らを主人公にした話もサイトには掲載されており、出会いと恋人になるまでを描く『'O sole mio』、体の関係を持つまでに至る続編『hard day's night』、いちゃいちゃらぶらぶしてる『jealous guy』などがある。珍しいことにこのカップルの攻めは在日コリアンである。
『'O sole mio』と『jealous guy』では、攻めが在日であることはストーリーの主軸にはほとんど絡んでこない。民族が違うということよりも同じ夢を抱く音楽家同士であることの方が、この物語の中では圧倒的に比重が大きいのだ。
しかし、『hard day's night』の中ではそれらしいエピソードが挿入されている。演奏会の予定が突如キャンセルされてしまった攻め。晴れがましい仕事を一つ失った原因を、受けに問われた攻めはしぶしぶこう語るのだった。「オレ、在日やん」。BLで、差別に直面する在日の姿が描かれているのは大変珍しい。そもそも在日としてのアイデンティティを持ったキャラクターが登場するBL自体ほとんど見かけないんだけどね。
ところで、この物語の攻めは、大阪出身で関西弁を喋る陽気な男性だ。大らかで人懐っこい。阪神タイガースファン。長身、ガタイが良くて、美男子ではないけれど、受けから見れば十分に魅力的な容貌をしている。そして新進気鋭の指揮者である。実際、読んでいて、彼は魅力的な人物として描かれているように思った。なんとなく関東生まれ関東育ちな自分からすると良い意味で典型的な関西人という印象を受けた。
神経質で繊細、あまり感情表現が得意ではない日本人の受けは、自分と正反対の気質の攻めに惹かれていく。自分にないものを持っている相手を反発心を抱きながらも愛してしまうパターンというのはわりと恋愛物の王道だが、受けが攻めの才能に嫉妬をして苦悩したり、振り切ってもついてくる攻めに苛立ったり、励まされたりと感情をぶつけ合ううちに自分の恋心を認めざるを得ない展開になるというのは微笑ましくて良かった。
BL小説家、檜原まり子の作品の一つに『マリンブルーは密やかに』という小説がある。2008年、講談社X文庫ホワイトハートから発行された。舞台はアジア・オセアニアクルーズ中の豪華客船。そこに乗り込んだ保険会社から委託を受けた調査員の受けと、元自衛官の攻めのラブストーリーだ。
正直なところ、この物語の一番興味深いところは、ストーリーなどよりも受けの両親だと思う。
受けの母親は日本人の医師だった。そして父親は在日韓国人の寿司職人。両親が渡米して、一家がカリフォルニアにいたとき受けは生まれた。医師免許が認められなかった母親は畑違いの仕事をして受けを育ててくれたらしい。後に離婚したようだが、受けの両親の話こそ読んでみたいと思った。寿司職人と女医さん夫婦米国滞在記なんていろいろ波乱万丈なドラマがあって面白そうじゃん。
というわけで、本作の受けは間違いなく在日韓国人の血をひいているのだが、特に在日とか韓国に関するエピソードは出てこない。受けが韓国語を喋ったりキムチを食べるシーンがあるわけでもない。彼が民族的なコミュニティや朝鮮半島に思いを巡らすシーンがあるわけでもない。冒頭、地の文でさらりと受けの生い立ちが説明されているだけで、その後はとくに彼が韓国系であることには触れないまま物語は終わるのだ。
なら別に受けが在日の血を引くキャラクターである意味ってないのでは?と思わないでもないけれど、まぁ深い意味がなきゃ在日がBLに出てはいけないってこともないし、これはこれでいいのかもしれない。なんと言ってもこの作品の舞台はいろいろな国籍のクルーが働く豪華客船なのだから。南太平洋を悠々と航海する船上のキャラクターにちょっとしたマージナルな要素を付与したいと作者が思うのもわかる気がする。船長の喜屋武も、受けと同様にマージナルな人物である。米軍勤務の軍人を父に持つ沖縄出身の男性で、金髪碧眼という日本人離れした容姿だが自らを日本人だと主張する。とても珍しい韓国系の受けや、沖縄と米軍というデリケートなバックグラウンドを持つキャラクターが登場するという点において、このお話はなかなか印象深かった。
『うつしみの花』は、幻冬舎リンクスロマンスから2008年に出版された全2巻のBL漫画である。作者はタカヒサ亨。舞台は飛鳥時代の日本で、有名どころでは葛城皇子(中大兄皇子)、皇極天皇、間人皇女などが登場する歴史ロマンBLである。ちなみに中大兄皇子と受けがキスする場面もあったりする。
主人公(受け)は、百済からの渡来人で金工職人である実父を持つ美少年。攻めは、受けの父親の弟弟子で、乃楽山(ならやま)の麓に住む百済系渡来人であり以前は都随一と呼ばれた腕を持つ金工職人だった。受けが攻めの弟子となるので職人師弟ものBLであると同時に、渡来人と渡来人の子孫が出会って恋に落ちる物語なのである。
職人の村で修行をする受けは、師匠であり恋人である攻め以外の渡来系の職人たちとも交流を持つようになり、技術を磨いていく。いつか攻めの故郷である百済に帰還することを夢見るようになるし、自分たちの存在は発展させ続けていく技術に拠って立つのだという強い自負心を持つに至る。彼らのアイデンティティは明確に百済系渡来人であることにあり、ヤマトにはないんだなーと読んでいて思った。
日本が舞台なのにあえて渡来人のカップルを描くなんて随分通好み(?)だなと思う。こういうのは珍しくて面白い試みだ。同時に、ちょっと私の中の日本人としての感覚が一抹の寂しさというか疎外感を感じなくもなかったような……。この記事のテーマである在日と古代日本の渡来人はちょっと違う存在なのでこの作品には簡単に触れるだけにとどめるけれど、思いがけずヤオイを読んでいて自らのナショナリズムが浮上したという点で本作は印象深い作品だった。私が気にしすぎなだけだけなんだろうけれどさ。
もちろん、健気で頑張り屋な受けとクールで格好良い攻めは萌えたし楽しめた。
ところで、作者のタカヒサ亨は、角髪(みずら)に萌えてこのお話を描いたらしい。わかるわー私もみずら萌えです。特に青年の下げみずら姿は可愛くて良い。不評でなかなか描かせてもらえなかったとのことだが、残念だ。もっと見たかったよー。
ハテブやツイッター、増田2ちゃんねるでコメント下さった方ありがとう。せっかくだし嬉しかったので、いくつかのコメントにお返事します。
恐縮です。ありがとう。
自分のブログではこういう記事を出したことがないのでうまく書けるかわからなかったし、書いたとしてもこの記事だけ場違い感がぷんぷんして浮き上がってしまうだろうと考え増田にしました。悲しいことですが、BLも在日も荒れやすい話題ですから。
私は金蓮花の初期の作品が好きでここ7~8年の著作は読んでないのですが、作品だけじゃなくて作家自身も本当に興味深いなと思ってその動向は注目しています。ラノベ界でも稀な在日外国人であることを明かしている作家さんですよね。まして日本と関係が良好でない国を祖国に持つ人ですから、日本社会で生きる彼女自身、悲しみや自負心を含め複雑な感情はあったんじゃないかなと想像しています。日朝首脳会談が開かれ拉致問題が発覚した2002年、この年に発売された『伽椰琴打鈴』を最後に、彼女の著作の中で一番‘朝鮮’を押し出している銀葉亭茶話シリーズが発行されていないというのは、偶然かもしれないけれどなんとなく象徴的に見えたり……。
確かに文化が違う、価値観や倫理観が異なっている、と強く感じる点はいくつかありましたね。面白いなと好ましく思う相違もあれば、モヤモヤする思いを抱える相違もありました。私の場合、女性の描かれ方や女性の置かれた立場というのが結構気になりました。『蝶々姫綺譚』で、女性が子を成さずに死ぬのは罪である、罰として死後の世界で償わなければならないという設定には、儒教をベースにしたファンタジーだとこうなっちゃうのか、とびっくりしたなぁ。日本や日本よりフェミニズムの強い欧米発のファンタジーじゃそういう設定ってないでしょう。まぁ、当時の価値観を反映させた設定であることが良いという考えもあるとは思いますが、現代女性としてはファンタジーとはいえその世界の女性は生き辛そうだなという感じたのも事実でした。
ネットで読める作品もるし書店や図書館に置いてある作品もあります。個人的に、興味や関心の度合いが在日>BLという人よりは、BL>在日の人の方が楽しめるとは思いますが。
全然関係ないけど、最近アメリカのスラッシュが翻訳されて日本の書店の店頭に並び始めましたよね。日本語で海外スラッシュが読める日が来ようとは思わなかった。嬉しい。
皆さんがどなたをイメージしているのか興味あるなー。私は弱小ブログを書いてますが、Twitterはやっていないんですよ。
韓国人は日本人よりも情熱的、確かにそういうイメージありますよね。こんな記事書いといて言うのもなんですが、家族友人知人に韓国人や在日の人っていないんで実際そうなのかはよく知らないけれど。
確かに作品が面白ければ作家は関係ないというのは仰る通り。私も普段は書き手には興味がないんですが、今回は冒頭で書いた某サイトにはなんだか妙に感慨深くなってしまいまして。
創作の中のマイノリティ、本当に興味深いですよね。読み専なので創作の苦しみは知らないのですが、創作物にマイノリティを登場させる際書き手さんはやっぱり慎重になるんだろうなぁ。セクシュアル・マイノリティが登場するBLは殊にそういう姿勢を求められているジャンルですし。常に政治的に正しいお行儀のよいBLである必要はないと思うけれど、読者が引くような差別的な描写が垂れ流しにされてるBLは読みたくないと思います。私はまだガチでがっつり民族問題を盛り込んだBLというのは読んだことがありません。今後もそんな作品は出ないんじゃないかなと思うし、たとえ出版されたとしても読みたいとは思わないかも、と考えています。娯楽作品には悲惨な差別とか貧困とかの要素は求めていない性質で、どちらかというとイチャイチャ、ドキドキ、ワクワク、エロエロ、アマアマ、ラブラブって感じのノリの方が好きなんですよ。なのでフレーバー的な登場のさせ方や特筆されるような描写がなくても私はOKなんですが、作家がまったくその問題の背景に無知ではキャラクターの魅力的な属性にはできないわけですしね。作家は10調べたことのうち1を書く(100調べたことのうち1を書く、だったかもしれない)と聞いたことがあります。BLを愛する者の一人として、そういうBL作家さんが今まで以上にたくさん出てくれるといいなぁと願っています。
ロマンチックなのがいいとか、刺激が欲しいとか、恋愛によって幸せになりたいとか、
そういった欲をまるで感じない。
他人から見たら薄ーく見えるかもしれないけど、二人っきりだと意外とイチャイチャドロドロヌメヌメしてるかもしれないよ。
私たちだって友人から「何十年も寄り添った老夫婦みたいな安定感があるね」「あなたたちはすごく余裕あるね」と言われるけど、
それは友人に対してそういうポーズをとって見せているだけであって二人っきりだと色々アレだよ。スイーツ(笑)並だよ。
彼も私も見栄っ張りだからできるだけ淡白に、執着のないように、恋愛に振り回されていないように見せているだけで、意外と欲深いし感情に振り回されっぱなし。
愚痴るのは本当にどうでもいいような事だけ。余裕があるように見せたいから。
それが見栄っ張りの生き方。
こんな面倒くさい事何かしら好きな要素がないとできないよ。