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はてなキーワード: アートとは

2012-01-20

アトラクション

洞窟壁画は毛細血管が織り成すアートです。神秘的ですね」

左手に見えるのが虫垂、いわゆる盲腸です。小腸の入り口も見えてきましたよ」

「このツアーでは行けませんが、少しだけ覗いてみましょうか」

「ほら景色が変わりましたね。小腸には絨毛というヒダが生えているんです」

昨今の大腸内視鏡検査は痛くも痒くもない上、退屈させぬよういろいろ工夫しているようだった。

医療現場TDLなどを参考にしているのだろう。

なお、このツアーでは30人に一人ぐらいの割合でお宝を発見できるらしい。

幸か不幸か私のときは何も見つからなかったが、あまりスリリングなお宝は勘弁してほしい。

2012-01-15

[]リスクコミュニケーション

リスクを考えて「ちゃんとコミュニケーションする」>

リスクコミュニケーション論 (シリーズ環境リスクマネジメント) - 平川 秀幸

リスクのモノサシ―安全安心生活はありうるか (NHKブックス) - 中谷内 一也

環境リスク学―不安の海の羅針盤 - 中西 準子

リスクに背を向ける日本人 (講談社現代新書) - 山岸 俊男



資本主義による対応

構造構成主義とは何か―次世代人間科学原理

未来をつくる資本主義 世界の難問をビジネスは解決できるか [DIPシリーズ] - スチュアート・L・ハート

ディープエコノミー 生命を育む経済へ [DIPシリーズ] - ビル・マッキベン

ワールドインク なぜなら、ビジネス政府よりも強いから [DIPシリーズ] - ブルース ピアスキー



経済学による対応

経済学的思考のセンス―お金がない人を助けるには (中公新書) - 大竹 文雄

貧困経済学-日本はまだ変えられる - 飯田 泰之

ウェブ資本主義を超える 「池田信夫ブログ」集成 - 池田 信夫




政治リスク

ザ・フェデラリスト (岩波文庫) - A.ハミルトン

2012-01-13

日本人男女の長所短所

日本人女性長所短所

長所

人種と比べて見た目が若い

人種と比べて肌や髪が強い

人種と比べて痩せている

国籍人と比べて重い家事負担を受け入れる

国籍人と比べて男を立てる

国籍人と比べて体臭や体毛が薄い

短所

国籍人と比べて依存

国籍人と比べて歯並びが悪い

人種と比べて脚が短く骨格が歪んでいてスタイルが悪い

人種と比べて貧乳である

日本人男性長所短所

長所

日本国籍を持っている

国籍人と比べて金持ちである

短所

人種と比べて身長が低い

人種と比べて幼く女性的な顔立ち

人種と比べて脚が短く骨格が歪んでいてスタイルが悪い

国籍人と比べて歯並びが悪い

国籍人と比べて依存

国籍人と比べてコミュニケーション力が低い

日本人女性外国人男性カップル

オノ・ヨーコ×ジョン・レノン夫妻

後藤久美子×ジャン・アレジフランス人レーシングドライバー)夫妻

クルム伊達公子×ミハエル・クルムドイツ人レーシングドライバー)夫妻

中村江里子(元フジテレビアナウンサー)×シャルル・エドゥアールバルトフランス人実業家)夫妻

高見知佳女優)×マークエスパーザ(メキシコアメリカ人男性)夫妻

寺島しのぶ×ローラン・グナシア(フランス人アートディレクター)夫妻

有森裕子×ガブリエルウィルソンアメリカ人男性)夫妻

日本人男性外国人女性カップル

西川きよし×西川ヘレンアメリカ人男性日本人女性ハーフ)夫妻

川崎麻世×カイヤ夫妻

千昌夫×ジョーン・シェパード夫妻(1988年離婚

井上純一(成人男性向け同人作家)×一般中国人女性夫妻(中国嫁日記

市橋達也×リンゼイ・アン・ホーカーさん(一般イギリス人女性

佐川一政×一般オランダ女性パリ人肉事件)

2012-01-01

コミケ江戸時代からあったら・・・

2 :カタログ片手に名無しさん :04/11/12 15:59 ID:???

田沼意次政権時代は野放しで自由にやれて

松平定信政権時代は完全に中止。

水野忠邦政権時代はわざと開催して参加者一網打尽に。

徳川家康場合自分で参加してそうでもある。活字印刷に興味あって実践したりしてたし。

  

  

12カタログ片手に名無しさん :04/11/13 01:16 ID:???

大名と農民だとサークル当選率が全然違う。商人賄賂でスペースを確保。

徹夜組は辻斬りのターゲットになるので、命がけ。

安藤北斎は壁。

ナマモノジャンルは初代海老蔵×初代団十郎とか。

  

  

15 :カタログ片手に名無しさん :04/11/13 08:24 ID:???

壁には、大勢ならんで、古絵草子屋へ売りに走るのですな。大坂や京のサークルは、千石船は危ないから、牛、馬で搬入

  

  

17 :カタログ片手に名無しさん :04/11/13 08:44 ID:???

印刷フルカラーはないものの、30色指定とか信じがたい技術が。しかも木版。

  

  

23カタログ片手に名無しさん :04/11/13 21:02 ID:???

綱吉動物ジャンルに手厚い保護。犬は独立コードに。

  

  

48 :カタログ片手に名無しさん :04/11/20 07:58 ID:???

江戸市中から駕籠屋集めてくるのも大変そうだな。会場周辺には蕎麦屋や寿司屋屋台とか?

  

  

59 :カタログ片手に名無しさん :04/11/23 17:33 ID:???

水戸さまは旅行ジャンル古参で大手だよ。

自分創作の「南総里見八犬伝」の続編がでるかどうかか気になるよ。書き手がもういい年だからな。

息子の嫁さんに代筆頼んで口頭で書くそ創作熱には頭が下がるよ。

  

  

61 :カタログ片手に名無しさん :04/11/23 18:47 ID:???

大手や、版元の搬入面白い江戸御府内からは大八車だが、遅れると5人位で引いてくる、

越後あたりからは馬に積んでくる、馬子が引くので、スピードが出ない、締め切りが早いぞ。

飛脚ピコ手向けだ。関八州から高瀬舟神奈川からは八丁艪、蝦夷から弁財船、

大坂大友屋は樽廻船で3日で新刊をコミケに運び、締め切り遅れの大手新刊をコミケに間に合わせた。

  

  

94 :カタログ片手に名無しさん :04/12/12 05:17 ID:???

城は宿でも合宿所でもねぇぞ!!

  

  

104 :カタログ片手に名無しさん :04/12/13 13:17 ID:???

「飾り物」サークル手作りのかんざしとか売ってるって聞いたけど、できはどうかな?お歯黒アートもやってくれるんだよね。

  

  

106 :カタログ片手に名無しさん :04/12/13 16:37 ID:???

平賀源内さんとこの櫛はいつも行列だよ。

  

  

137 :カタログ片手に名無しさん :04/12/22 03:06 ID:???

田沼意次商人から金を取ると称して同人から金を取るらしいな

しかも大手サークルは株仲間を作って冥加金を納めているので非課税らしい。

田沼も大手も逝ってよし

  

  

138 :カタログ片手に名無しさん :04/12/22 07:44 ID:???

>>137

田沼はその金で水路の開削したり埋め立て地作って行列場所を確保するのが目的からなぁ……

一概に逝ってよしとも言えん。金持ってるのは商人と大手、こいつらから出させようってだけの話でさ。

  

  

145 :カタログ片手に名無しさん :04/12/25 02:16 ID:???

墨がだめなら四隅を減らせばいいのです、とか言って、

円形の本作ってる小坊主見かけたんだが。

  

  

152 :カタログ片手に名無しさん :04/12/26 04:34 ID:???

とにかくショイコを背負ってる馬鹿デブがウザすぎる!!あいつら一体何考えてるんだ!? 痛てーんだよ!

持ってた予備の風呂敷で首締めてやろうかと思った。

  

  

200 :カタログ片手に名無しさん :05/01/14 01:32 ID:???

歌川国芳が「蛸」同人作ったってね。

  

  

211カタログ片手に名無しさん :05/01/31 02:46ID:1WXMCW.U

平塚宿あたりからぶっ通しで来る連中は品川宿で風呂に入ってから来てくれ。

あと、丑寅時間帯は来場禁止だって法度諸注意に書いてあるだろ。欲嫁。

  

  

223カタログ片手に名無しさん :05/02/01 19:29ID:qu/Tjqwk

葛飾北斎サークルに大行列、一人1限で一日が費えるとか

  

  

264 :カタログ片手に名無しさん :05/07/05 21:59 ID:???

たのむからさあ、朝っぱらからいきなり小判はやめてくれない?

ウチの本、一冊20文なのに。ちゃんと両替屋に行ってから来てくれよ。

  

  

265 :カタログ片手に名無しさん :05/07/05 22:43 ID:???

なんで江戸サークルは銀貨を断るんや?

いちいち両替商にいって両替すると手数料取られるし、面倒くさいわ。

西洋じゃ銀が主流なんやし、嫌な顔せんといてや。

  

  

266 :カタログ片手に名無しさん :05/07/06 23:24 ID:???

それを仰るのなら、上方の方でも小判を使わせて下さいよ。

  

  

272 :カタログ片手に名無しさん :05/07/08 19:51 ID:???

版木を自分で彫ってるから2年に1冊作るのが限度だよ……。

   

  

302 :カタログ片手に名無しさん :05/10/04 17:04 ID:???

江戸時代でも全国的に識字率高かったし、元々閑職の武士が仲間内で書いていた戯作(通俗小説)の流行を受けて

金のある町人達も書き手になっていったって話だし印刷技術さえ何とかなればコミケも可能だったんだろうな。

  

  

348 :カタログ片手に名無しさん :05/12/21 00:49 ID:???

百姓なんだけど米や味噌と交換はあり?ナマモノダメなら炭でもいいけど。

  

  

350 :カタログ片手に名無しさん :05/12/21 10:04 ID:???

手荷物増えるから米との交換は勘弁。反物なら綿でも可、なんだけど。

つか会場で物々交換場所欲しいな。

  

  

351 :カタログ片手に名無しさん :05/12/21 15:15 ID:???

会場で木版刷るの、いいかげん規制してもらえんかなー。

酷いところだと彫刻師まで連れてきて、木くずがひどいのなんの。まったく、番士は何をしているのか。

  

  

380 :カタログ片手に名無しさん :06/01/06 05:21 ID:???

うちはどれも1冊数文なんでマジで困った。

小判なんぞ貰っても釣りがないかたばこ1包と交換してもらった。

素直に文句言ったら「番頭にバレないよう夜中に店抜け出してきたけど、

両替屋がどこも閉まってて…」ってこぼしてた。お役人も会場内の公認両替処増やしてやれよ。

でもたばこが上等の薩摩物だったんで許す。百姓は一般でもサークルでもこういう時強いな。

しょい籠の中に柿や芋満載して、それで本代払ってる強者見た。

  

  

407 :カタログ片手に名無しさん :06/01/25 19:18ID:unG.ZtxQ

井筒屋御老中さま、これはコミケにて手に入れた品物で

    御座います、お納め頂きたく願います

田沼意次「おおーーーこれは、リリカルなのは本ではないか

     しかエロ井筒屋GJーーーーーー!!」

2011-12-27

[]2

http://anond.hatelabo.jp/20111226142435  から。read it laterに登録するためなんや。堪忍してくれ。

本屋でチェック

ビジネスマンのための「行動観察」入門 (講談社現代新書) - 松波 晴

日本基準とIFRSから考える 原則主義の会計力

受験脳の作り方―脳科学で考える効率的学習法 (新潮文庫) - 池谷 裕二;

上場ベンチャー企業の粉飾・不正会計、失敗事例から学ぶ―ケースブック - 門脇 徹雄

エスケープ・ベロシティ キャズムを埋める成長戦略 - ジェフリー・ムーア

ライフサイクル イノベーション 成熟市場+コモディティ化に効く 14のイノベーション - ジェフリー・ムーア

文明論之概略 - 福澤 諭吉

福沢諭吉 国を支えて国を頼らず - 北 康利

僕は君たちに武器を配りたい - 瀧本 哲史

ソドムの百二十日

死体泥棒 (星海社FICTIONS) - 唐辺 葉介

草子ブックガイド(1) (モーニングKC) - 玉川 重機

☆☆Venture Deals: Be Smarter Than Your Lawyer and Venture Capitalist - Dick Costolo


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子育て

喝采症候群―独断的パラノイア

子どもの話にどんな返事をしてますか? ―親がこう答えれば、子どもは自分で考えはじめる

10代の子をもつ親が知っておきたいこと

家庭のなかの対話―話しあえない父親のために (中公新書 (779)) - 伊藤 友宣

親業―子ども考える力をのばす親子関係のつくり方 - トマス ゴードン

他者といる技法―コミュニケーション社会学 - 奥村 隆

経済学的思考のセンス―お金がない人を助けるには (中公新書)

ウィーン家族 - 中島 義道

いじめを考える (岩波ジュニア新書) - なだ いなだ

☆「経験学習」入門 - 松尾 睦;


ーーーーーーーー

◆英語

英会話ペラペラビジネス100 - ビジネスコミュニケーション成功させる知的な大人の会話術 [CD2枚付] -

たったの72パターンでこんなに話せる英会話 (アスカカルチャー) - 味園 真紀

自分のことを英語で話すパーソナルワークブック (CD book) - 石津 奈々

1分間英語で自分のことを話してみる (CD付) - 浦島 久


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Kさんおすすめ

無限論の教室 (講談社現代新書) - 野矢 茂樹

北村薫創作表現講義あなたを読む、わたしを書く (新潮選書) - 北村 薫

小論文を学ぶ―知の構築のために - 長尾 達也

知識人とは何か (平凡社ライブラリー) - エドワード・W. サイード

宗教の創造力 (講談社学術文庫) - 荒木 美智雄

不完全性定理―数学的体系のあゆみ (ちくま学芸文庫) - 野崎 昭弘

The Mystery Method: How to Get Beautiful Women into Bed - Mystery

メタマジックゲーム―科学と芸術のジグソーパズル - ダグラス・R. ホフスタッター

薔薇の名前〈上〉 - ウンベルト エーコ

社会契約論 (白水Uブックス) - ジャン ジャック ルソー

クリエイティブな習慣―右脳を鍛える32のエクササイズ - トワイラ サープ

99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方 (光文社新書) - 竹内 薫

科学論の展開―科学と呼ばれているのは何なのか? - A.F.チャルマーズ

メディア論―人間の拡張の諸相 - マーシャル マクルーハン

Loyalists - Peter Taylor


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◆暇があれば読みたい

ついこの店で買ってしまう理由

もっと儲かる全国手書きチラシ実例集

なぜこの店で買ってしまうのか ショッピングの科学

△外食の天才が教える発想の魔術

(バカ売れ販促アイデア

食の500年史 - ジェフリー・M・ピルチャー

創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史 (光文社新書) - 輪島 裕介

もっとわかるアニメビジネス - 増田 弘道

新書で大学の教養科目をモノにする 政治学 (光文社新書) - 浅羽通明

Talking to Terrorists: Face to Face with the Enemy - Peter Taylor;

体系的に学ぶ 安全なWebアプリケーションの作り方 脆弱性が生まれる原理と対策の実践

要約 ケインズ 雇用と利子とお金の一般理論 - J・M・ケインズ

自由の条件I ハイエク全集 1-5 【新版】 - 個人主義と経済秩序 ハイエク全集 1-3 【新版】

資本主義と自由 (日経BPクラシックス) - ミルトン・フリードマン

愛国者は信用できるか (講談社現代新書) - 鈴木 邦男

羽月莉音の帝国 8

羽月莉音の帝国 9

武器としての決断思考

パブリック

ザ・ゲーム -退屈な人生を変える究極のナンパバイブル

わかりやすいマーケティング戦略 新版 (有斐閣アルマ) -

もうダマされないための「科学」講義 (光文社新書) - 菊池 誠

社会心理学 - 藤原 武弘

贈与の歴史学 -儀礼と経済のあいだ-

仕事の経済学

人事と組織の経済学

経験と教育 (講談社学術文庫)

暗黙知次元 (ちくま学芸文庫)

出現する未来 (講談社BIZ)

組織の経済学

フィールドブック 学習する組織「5つの能力」 企業変革をチームで進める最強ツール

フィールドブック 学習する組織「10の変革課題」―なぜ全社改革は失敗するのか?

1932-37年――続・精神分析入門講義 終わりのある分析とない分析 (フロイト全集 第21巻)

現代フロイト読本 1

超実録裏話 ファミマガ 創刊26年目に明かされる制作秘話集

政治家の殺し方 - 中田

就活の神さま~自信のなかったボクを「納得内定」に導いた22の教え~

英語で意見を論理的に述べる技術トレーニング

エロティックジャポン

数量化革命

ザ・マーケティング―「顧客の時代」の成功戦略 - レジス マッケン

新装版 メディアマッサージである -

太陽のあくび (メディアワークス文庫)

国家〈上〉 (岩波文庫) - プラトン

☆ニコマコス倫理学 (西洋古典叢書)

ソクラテスの弁明ほか (中公クラシックス (W14)) -

吉田松陰 - 川口 雅昭

気違い部落周游紀行 (冨山房百科文庫 31) -

ガダラの豚 1 (集英社文庫)

歴史〈上〉 (ワイド岩波文庫) - ヘロドトス

「科学的思考」のレッスン―学校で教えてくれないサイエンス (NHK出版新書) -

☆報酬主義をこえて(叢書・ウニベルシタス 704)

☆中国化する日本 -日中「文明の衝突」一千年史

学習する組織 -システム思考で未来を創造する

☆よいこの君主論 (ちくま文庫)

絶望名人カフカ人生

銃・病原菌・鉄〈上巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎

承認欲求―「認められたい」をどう活かすか? - 太田 肇

取材学―探求の技法 (中公新書 (410)) - 加藤 秀俊

単一民族神話の起源―「日本人」の自画像の系譜 - 小熊 英二

暇と退屈の倫理学 - 國分 功一郎

[新訳]南洲翁遺訓 - 松浦 光修

人間の限界 (岩波新書 青版) - 霜山 徳爾

大英帝国衰亡史 PHP文庫 - 中西 輝政

逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー) - 渡辺 京二

☆まんが医学の歴史 - 茨木 保

騙されないための世界経済入門 - 中原圭介

君たちはどう生きるか (岩波文庫) - 吉野 源三郎

社会学入門―“多元化する時代”をどう捉えるか (NHKブックス)

データはウソをつく―科学的な社会調査の方法 (ちくまプリマー新書) - 谷岡 一郎


未来形の読書術 (ちくまプリマー新書) - 石原 千秋

こころ』大人になれなかった先生 (理想の教室) - 石原 千秋

プルーストとイカ―読書は脳をどのように変えるのか? - メアリアン・ウルフ

小説の読み方~感想が語れる着眼点~ (PHP新書) - 平野 啓一郎

アート・オブ・コミュニティ ―「貢献したい気持ち」を繋げて成果を導くには

「分かりやすさ」の罠―アイロニカルな批評宣言 (ちくま新書) - 仲正 昌樹

経済学という教養 (ちくま文庫) - 稲葉 振一郎;

プラクティカル産業組織論 (有斐閣アルマ) - 泉田 成美

経済学思考の技術 ― 論理・経済理論・データを使って考える - 飯田 泰之

訳者解説 -新教養主義宣言リターンズ- (木星叢書)

論理で人をだます法 - ロバート・A・グーラ

この世で一番おもしろいミクロ経済学

キケロー弁論集 (岩波文庫)

歴史哲学講義 (上) (ワイド岩波文庫 (225)) - ヘーゲル

弁論家について〈上〉 (岩波文庫) - キケロ

情報の文明学 (中公文庫) - 梅棹 忠夫

続・発想法 中公新書 (210) - 川喜田 二郎

考える技術・書く技術 (講談社現代新書 327) - 板坂 元

知的生産技術 (岩波新書) - 梅棹 忠夫

知性の磨きかた (PHP新書) - 林 望

神話の法則―ライターズ・ジャーニー (夢を語る技術シリーズ 5)

人蕩術皆伝―人蕩術とは人たらしの術である (致知選書)

新装版 孫子(上) (講談社文庫) - 海音寺 潮五郎

現代文正法眼蔵 1 (河出文庫) - 道元

空海の夢 - 松岡 正剛

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小説

白い雄鹿 - C.W. ニコル;

鯨捕りよ、語れ! - C.W. ニコル;

誇り高き日本人でいたい - C・W. ニコル

特務艦隊 (文春文庫) - C.W. ニコル

バンビ――森の、ある一生の物語 (岩波少年文庫)

猫のゆりかご (ハヤカワ文庫 SF 353) - カート・ヴォネガット・ジュニア

スローターハウス5 (ハヤカワ文庫 SF 302)

原点回帰ウォーカーズ (MF文庫J)

バニラ A sweet partner (スーパーダッシュ文庫)

犬憑きさん 上巻 (スクウェア・エニックスノベルズ) - 唐辺 葉介;

塔の町、あたしたちの街 (ファミ通文庫 お 4-4-1) - 扇 智史

どろぼうの名人 (ガガガ文庫 な 4-1) - 中里 十

ふわふわの泉 (ファミ通文庫) - 野尻 抱介

さびしい王様 (新潮文庫) - 北 杜夫

戦争の法 - 佐藤 亜紀

歯みがきつくって億万長者―やさしくわかる経済の話 (チア・ブックス)

戦争を平和にかえる法

ゲド戦記(6点6冊セット) (岩波少年文庫) -

細雪 (中公文庫) - 谷崎 潤一郎

ペインティッド・バード (東欧の想像力) - イェジー コシンスキ

犬憑きさん 上巻 (スクウェア・エニックスノベルズ)

2011-12-26

http://anond.hatelabo.jp/20111225211334

文章自体は面白いのだがマンガとかどうでもいいのでアニメで頼む。

カルチャーシーンとアートという単語も残念なので使わないでくれ。

http://anond.hatelabo.jp/20111225211334

なんか、違和感を覚えたというか、ミーハー何が悪いの?独り善がりでなにが?気取ってジャンキーで消費して、だから世の中まわってるんじゃない?

と思いつつよくよく見てやっと気が付いた。

これ、エンターテイメント、娯楽の話だよね?でもアートとか言ってる。アートエンタメがごっちゃになってるのかな?

エンタメはお客あっての商売、産業から、お客を悪く言うのは違うと思った。確かにアートにはお客がいない。しかしだからこそお客もなにも関係ない。

アートになりたいエンターテイメントアートを語りたいエンターテイメントアートを売りたいエンターテイメント、なのにそれに無自覚、そんな感じがする。

でもそれってアートにすごく失礼だと思うんだよね。お客にも。

それとも、この「アート」っていうのは、アーティストとかクリエーターとかと同じく、既に芸術ではない言葉なのかな?

それってすごく日本アートシーンを残念にしていると思う。

2011-12-25

今すぐ消えろ!日本カルチャーシーンを「残念」にした戦犯タイプ

ハロー



聖おにいさんオサレというのよりサブカル臭。それも悪いタイプの。

http://anond.hatelabo.jp/20081210172325

とても根が深いサブカルミーハー問題。『このマンガがすごい2010』を読んで。

http://anond.hatelabo.jp/20091216230059

このマンガがすごい!」は罪深い延命装置。もう犠牲者を増やすな!!

http://anond.hatelabo.jp/20111224192828



を書いたぼくだよ。みなさん自意識丸出しでごちゃごちゃ言ってくるんで、胸焼けするぐらい非常に切ない気持ちになりました。なんというかもう……。

「かわいそうだね?」

って言葉しかでてきません(おっと、つい芥川賞受賞作家ネタが飛び出しちゃったよ。やべー、まさかここで芸術に携われる人間だったら絶対にチェックしておくべき、芸術を理解できないやつは興味ないふりして精神防衛していることでお馴染みの芥川賞ネタが飛び出すとは、俺のセンスパねえ)。

はてなブックマーク、およびツイッターの皆様がたは心のホメオスタシス機能をフル稼働させて自分の殻に閉じこもっちゃっていますね。みなさん図星を突かれたことを必死に隠そうとしていますけど、何で等身大自分直視できないのかねえ。

「格好をつけないことで、格好をつけている」

「「ホメればセンスいいと思われる記号」を批判すればセンスいいと見られると思ってる人の典型的批判」

やれやれ。春の熊に全員屠殺してもらいたいよ(センスある村上春樹ネタ)。

ぼくはきみたちの断末魔叫びで心が汚れちゃったんで、ストラヴィンスキーを聞いて洗い流していました。グッドなアートエバーグリーンな輝きでディ・モールト・ベネだね。

ということで、本題。反応を見ていると、ぼくが批判したい対象がイマイチ伝わっていないようなんで、ここでまとめて表明してみようと思う。

これ以上、この惨状を放置しているとホント取り返しのつかないことになるからね。砂漠に水を与えるようなものだけど、何もやらないよりはマシ、かな……。

きみらの軽い脳みそでも理解できるように4つに大別してあげているから熟読してほしい。2010年代はこういう奴らをいかカルチャーシーンから排除するかにかかっているので、宇野常寛さん、荻上チキさん辺りは参考にしてほしいね東浩紀さんは河原で石でも積んでてください。

では、いきますよー。



映画秘宝

ボンクラ」なんていう安っぽい価値観連帯して、「中学生マインド」なんていう恥ずかしい心性を至上価値にしちゃっている一派。やっていることはひよこのオスメスの仕分けみたいなもん。ライムスター宇多丸町山智浩辺りが「いい」といったものを「味方」と見なして手放しで褒め称えて、けなしたものを一緒になって叩けば、「センスあるポジション」にいられると思っている。

「売れてる邦画はテキトーに叩いておけばおk」みたいな頭からっぽな行動も平気でしちゃう。そんで周りも見てもいないのに賛同しだすから目も当てられない。

中身をまともに分析しないで「大沢たかおが出演しているから、これはクソ映画だ」みたいな論理で動いていて、そんで「バカな大衆」と「審美眼のあるセンス抜群の俺」という謎の対比をしだすんだよね。「なぜこういう内容の邦画がいま売れるのか」なんていう深遠なトピックに触れることは一切ないし、考える頭もない。

自分の物の見方だとか価値観だとかが一切抜け落ちた、ゾンビみたいな奴ら。サブカル年長者の金魚フンをやることに、羞恥心の欠片もない。「独自な物の見方をする人間」についていけば、「独自な物の見方をする個性的なわたし」が出来上がると思っている。

彼らの反応は非常にわかりやすい。ちょっと宇多丸ラジオを聞いただけで、習性がまるわかりで、「ああ、この映画はこいつら叩くだろうな」ってことがすぐに判別可能になる。その分かりやすさが蔓延の原因だといえよう。映画リテラシーがないのに、センスいいと思われたいやつらの格好の逃げ場になっている。

そんで、こういう奴って美意識がないから恥ずかしげもなく部屋に映画ポスターをべたべた貼って、ダサいバンドTシャツを着ていたりするんだよね。それでいて、オシャレに過剰なコンプレックスを抱いているから、「無理してオシャレしているやつは上辺だけの中身のない単なるカッコつけで、ちょっとダサいくらいの自分が本当は一番センスいいんだ病」にかかっていて非常に厄介。自分のダサさまで理論武装しなきゃ生きていけないなんて、ほんとに可哀想だ。

この病気を完治させるには映画について語りだすたびに「それ、ウィークエンドシャッフル宇多丸が言っていたことだね」って言い続けるしかないと思う。「あ、その映画町山智浩キラキラで紹介してたやつか」、「昔、みうらじゅんがその映画ネタにしているのを見たことあるよ」でも可。



伊集院光

人生大切なことは、すべて伊集院光ラジオから教わった」とか真顔で言っちゃう恥ずかしいやつら。

映画秘宝系との違いは、映画を見たりする気力も何もなくて、横になってラジオを聞くぐらいの体力しか残されていないのに、自分が第一線にいることを疑わずに最新のカルチャー必死に否定してくる。「最近アニメって萌えばっかりで中身がないよね」って見もしないくせにしたり顔で口を挟んでくるのがこいつら。

自分中年化し、ついていけないことを認めることができなくて、漫画アニメ伊集院が褒めるものけが絶対だと思っている。『わたしは真悟』だとか『アストロ球団』だとかね。

映画秘宝系はまだ自分の足で作品を鑑賞しようっていう根性があるけど、こういう奴らにはそれすらない。平気でCMカットMP3音源違法ダウンロードして、「やっぱり伊集院さんって聡明だよなあ」なんてアホ面下げてる。その続きはもちろん「本当に頭が良い人って伊集院さんのことを言うんだよな。やっぱり人は学歴職業じゃなくて、物の見方で頭の良さが決まるんだよな~」なんて考えいて、「ダメ自分は本当は感性が鋭くて、周りのくだらない奴らよりもずっとずっと頭がいいんだ!」って泣きながら自己肯定をしている。

「人見知りなのは感性が鋭いからだ!」

バイト面接で受からないのは、感性が鋭いからだ!」

住民税を滞納しているのは、感性が鋭いからだ!」

もうなんでもあり。

こういう奴らのためにはっきり言ってあげるけど、「感性」っていうのは行動で示さなきゃ形にならない。布団のなかで自分を慰めるための感性だなんて、ありゃしないよ。ゴミクズよ、もうよせ、こんな不毛自己肯定は。



ビレバン

ある意味一番病気かもしれない。

「センスがいい」というタグを貼られた商品を必死に買い集めて、なんにもない空っぽ自分必死デコレートしようと頑張っている。ビレバン下駄を履かせてもらわなきゃ、外を歩くことすらできない可哀想な人。自分ビレバンから与えられる餌を食べているだけの家畜だってことに気づけない。

こういう奴がセンスいいと思われたい一心カルチャーシーンを引っ掻き回して、むちゃくちゃにしていく。「このマンガがすごい!」で上位に入る漫画悲惨犠牲者なのは、前の記事に書いた通り。

なんにも作り出せない、作ろうともしないくせに、必死に消費物で「ぼくちゃん、クリエイティブなんだじょ!」とアッピールしたい厚かましい愚鈍マリオネットたち。

こういう奴には「お前、ひょっとして浅野いにお漫画の登場人物を気取ってない?」って聞いてみよう。ズレてない眼鏡を何度も押し上げながら、「き、きみぃ、いにお漫画はね、単なるセンチメンタルじゃなくて実験的な手法にも取り組んでいて云々」って聞いてもいない作品論を震えながら語りだすぞ。

さらに「そのボブ、もしかしてつぶやきシローリスペクトしているの?」って言ったら卒倒しちゃうので注意。

もし友人にこの手合いがいたら適度に自意識を潰してあげて、「やっぱビートルズが一番だよな」ぐらいのレベルに留めさせてあげるのが吉。弾けもしないのに部屋に置いてあるギターは、親切心で河原で燃やそう。



つぶやき批評家

そう、お前らだよ。お・ま・え・ら☆

はてブツイッターなどの安全からお手軽に一言批判して、「ふふ~ん、ぼくちゃん、こいつらよりも頭がいいもんね~。見てみて! ぼくこの人否定しているよ!! こいつより頭いいんだよ!! ほら、見ろよ、もっと! 見ろっ、見ろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!」と汚い欲望を身体中の穴から漏らしている。

文字数制限を盾にして根拠もなにも示さずに、自分の頭で否定できる一文をなんとか見つけ出して、「やれやれ。きみはなんにもわかってないね」とただ否定するだけ。熟議に何の貢献もしない、耳を汚すだけのノイズ

大抵のバカなネットユーザーは脳の大部分が「最新情報の暴飲暴食」でスカスカになっているため(俗に言う「グルーポンおせち状態」)、比較検証なんていう基本的なこともできない(本人は「できない」とすら気づいていない。そこを突かれると「時間がないから」「忙しいから」と言い訳して、何も届いていないメールボックスをチェックしだす)。だから、「最後勝利宣言をした人間」に説得力があると思っちゃう。

このような「つぶやき批評家(気取り)」と「情報ジャンキー」はまとめてネット中毒矯正院にぶち込むべきですね! そこで『アルプスの少女ハイジ』でも見せて、少ない情報いかに咀嚼するかを学ばせたほうがいい。こいつら、醜く太っていることが勲章だと思っているからさ。



以上、今すぐカルチャーシーンから撤退すべき害毒な消費者タイプでした。こういう奴らが蔓延っちゃったのは「個性大事」という間違った教育と、「作品の解釈受け手が決める」なんていう甘やかしの成果だと思う。

確かにある程度の解釈は読者に任されるだろうけど、それを理由に笑っても怒っても何しても構わないなんてことはない。それだとスタンリー・キューブリックの『博士の異常な愛情』を見て、原子力礼賛だと思っちゃうようなことを許してしまう。

ぼくのような高い視座に立てているクリエイターって本当に少ない。名前を挙げるとしたら、映画監督紀里谷和明か、小説家岩崎夏海くらいか

特に岩崎夏海の『「小説の読み方」の教科書』は上記であげた連帯のためだけや、センスいいと思われたいだけに消費する行為の解毒剤として最適なので、みんな読みなさい。早く読まないと、時代に取り残されちゃうよ。2010年代クリエイターズバイブルだね、この本は。

みんなもうさ、中身のない自分を無理やり肯定するためにアートを利用するのはやめようよ。空っぽ自分直視して、中身ある人間になるために努力するべきじゃない? ソクラテスプラトンも、みんなそうやって大きくなっていったんだよ。

2011-12-24

このマンガがすごい!」は罪深い延命装置。もう犠牲者を増やすな!!

ぼくはもちろん毎年この時期は予定入ってないのだが、

なにをして過ごしているかというと

主に「このマンガがすごい!」を批判している。



聖おにいさんオサレというのよりサブカル臭。それも悪いタイプの。

http://anond.hatelabo.jp/20081210172325

とても根が深いサブカルミーハー問題。『このマンガがすごい2010』を読んで。

http://anond.hatelabo.jp/20091216230059



まぁ、最近は興味を失ってきていたんだけど、

今年の「このマンガがすごい!」をたまたまコンビニで見たら、

ちょっと本気で我慢ならない惨状になってきたので書いてみる。



ブラック・ジャック創作秘話』が大賞、だって



確かに、面白い面白いよ。



でもさ、これを一番に持ち上げちゃっていいのかな?

すでに評価が確定した、偉大な存在の伝記もの

そんなのってもう、ある程度面白さが保証された予定調和しかないじゃないか



この漫画を推す背景って、

手塚治虫を褒めることでセンスいいと思われたい」

っていう下心しか見えてこないよ。



こういうやつらって

「ホメればセンスいいと思われる記号」を

収集して消費していくだけだからね。



動物化したマンガ読みっていうね。



から、ぼくは見た目がオシャレなやつを警戒するんだよ。

もうファッションブランドで着飾ろうってだけで、

こいつはひょっとして純粋表現アートを愛していなくて、

自分の見栄えをよくするためだけに利用するやつなんじゃないか

ってセンサーがびんびんと反応してくる。



こういう手合いに騙されちゃいけない。



例えば、次に藤子・F・不二雄についての回顧漫画がでたら、

これも上位に入ってくるだろうね。

ああ、茶番だ。底の見えすいた、馬鹿げた振る舞いだ。



デトロイト・メタル・シティ』も、 

聖☆おにいさん』も、

テルマエ・ロマエ』も、

ぜんぶこの賞で潰されたようなものだ。



どの作品も2、3巻で終わらせてあげれば傑作になったのに。

(本当は1巻で終わるべきだけど、そこは譲ってやる)



センスいいと思われたいだけのマンガ読みたちが、

過剰に持ち上げるからグズグズと引き伸ばされて

完成度はみるみる落ちて行って

どれも目も当てられない出来になっちゃってるじゃないか



一応聞いてみるけど、

当時『デトロイト・メタル・シティ』を褒めていたやつで、

いま大切な人、たとえば好きな人にさ、

「これ面白いから読みなよ」って

全巻プレゼントするぐらいの、それぐらいのこと、するの?



本当にその漫画が好きならできるはずだけど。



今さら『デトロイト・メタル・シティ』なんて恥ずかしい、

なんて思っちゃうんだろ、どうせ?



こういう奴らがたくさんいるか

アートは痩せ細っていっちゃうんだよ。



なんにも作り出せない、作ろうともしないくせに、

センスだけはよく見られたいっていう厚かましい欲求。



恥をしれよ、ずうずうしいっての。



まぁ、毎年こういうこと書いているけど、

マンガ読みたちにはどうせ届かないんだろうな。

届いたとしても鼻で笑って

得意の詭弁自己正当化するんだろう。



こんなこと書いたって何にも変わらないんだろうな。



でも、やるんだよ。

2011-12-10

こどもたちに、安心してごはんを食べさせたい。

こどもたちに、自分をのびのびと表現させたい。

そのこたえはご近所にありました。

つくった人の顔が見える食材

となりのこどもを育むあたたかな目。

私たちのこどもは、私たちの地元が守ろう。

そして、みんなで地元を元気にしよう。

こどもをまん中にして手をつないだら、

いろんなヒトやコトがつながっていく。

地域と、食と、アートひとつに。

サラデコ食堂は、こうして生まれました。

ぜひ一度、いらしてください。

まだ手探りですが、

ランチカフェときどきマルシェ

家具雑貨ギャラリーワークショップも待っています

2011-12-05

ハックルという人物は、いつまでも理解出来ない存在で在り続けてほしい

http://www.4gamer.net/games/000/G000000/20111205001/index_2.html

なんというかね。僕は,理解できないものであり続けるのってとても大事だなっていつも思うんですよ。

そして,そのためにはね。自分自身が理解しちゃダメなんです(笑)だって自分で分からないものは他人が分かりようがないでしょ。

めちゃくちゃなのが良いってことでは決してないんだけどね。でも,「理論」と「感性」の違いというか,「理論」と「感性」の関係ってどういうものが良いのだろうかというのは,昔からの僕の中のテーマ

たぶん,人間が理解できるかできないかギリギリのところで,かつ微妙に説明がつかないところにこそ,ヒット作品って生まれる

簡単に理解できるものなっちゃうと,ライバルが多くなりすぎちゃうし,先に行き過ぎちゃうと,今度は理解できる人がいない。

偶然や運も含めて「才能」と呼ばないといけないんだと思いますよ。才能ってかなり運で左右される部分もあるし。

もしドラだけでハックルさんを理解したつもりになってはいけない。

もしどらは、単に「理解しがたいキャラ」を演じてるハックルさんが、地を出しただけ

我々には想像もつかない存在であるハックルさんが、理解できる部分だけを抽出して示してくれたものなのだよ。



http://ulog.cc/a/fromdusktildawn/11738

謙虚」だとか「偏見を持たない」という表現を選ぶのは、「かろうじてウソでなない範囲で、道徳的に正しく尊敬できる人間を目指しているように見える」という理由からであって、必ずしも「身も蓋もなくリアルに役に立つ」からではないのです

実際に役に立つ自己啓発ノウハウを、できるだけ妥当な評価をするとすれば、たぶん、そういう人たちを「卑怯な手段で成功した」と思いこみたい人から邪悪に見え、「自分成功者になりたい」と思いこみたい人から道徳的で崇高に見えるけど、実際は、そのどちらとも簡単には言えないような、簡単な言葉では表現不可能な技術ノウハウの体系のように思えます

ハックルさんの書いてることはそういうことなんだよ(棒






http://anond.hatelabo.jp/20111115162629

書いた人間だけれど

http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20111117/1321497082

捕捉されてた。はっきり言ってキモいありがとうございます

これは「ハックル」でエゴサーチしているっぽいところが笑いどころ。

ちなみに私はずっと増田で書いているが、書いたことがハックルさんに取り上げられたのは3回ある。常に他の誰かを攻撃する時だった。なんだかねー。




いや、違うか。彼は待ってたわけだ。

fujiponさんの記事を見て、直接文句をいうのではなくて、あえて誰かがその記事に茶々入れるのを待っていた。

そして、機が来たと思って一気にそれを放出したのだ。

その他の自分に対する言及のストックを見ても、こちらの可能性のほうが高い。

彼のPC内にある「こいつだはは絶対に許さないよ」リストとか見たらすごいことになってそうだ。





そんな訳で、彼は機が整うまで待てるタイプなのかもしれない。

いや、タイミングのウマさよりも、エネルギーを貯められるということのほうが重要かもしれない。

彼のわけわからんエネルギーをわけわからん形で貯めて、他の人の考えもつかないヘンテコリン物質を創りだすその性質は、ダークマター(未元物質)さんを彷彿とさせる。

間違いなく小説家よりはアウトサイダーアートとかに向いてると思います

エースの系譜は、ひたすら10年間自分の指導する生徒を使いつぶしながら、自分だけは可愛いマネジャーに手を出してリア充を満喫する監督の話だけれども

あの作品に投影された作者の心境を思うに、どんだけのどす黒い感情が彼の中にあるのか。彼を表現するのに小説という枠は狭すぎるぜ。

彼自身は小説には無限の可能性があるみたいなことを書いてたけど、

乙武さんは、「自由」という言葉を驚くほど軽い調子で口にするが、問題なのは、そもそも乙武さんの「自由」に対する考え方がとても貧弱なところだ。真の自由は「自由に発言させ、自由に考え」る中からは生まれない。発言を規制し、考え方の枠組みを押しつけるところから生まれるのである

多分彼が小説の枠の狭さとか自分執筆能力矮小さに気づいたら、小説をぶっ壊すくらいのことはしてくれると思う。

少なくとも日本小説の枠の狭さに耐え切れずに「小説の読み方の教科書」みたいな本を書いちゃったくらいであるわけだしね。




そんな彼の最新作はこれ

http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20111130/1322621523

僕はページを開いたタブをそっと閉じた。ハックルさんの本気は人類には早すぎる。

小説は正直もういいんで、彼が次にどんな未元物質を生み出すのか今から楽しみでしょうがないです



・・・さて、こう書いた私は彼に何を投影しとるんかな?

2011-10-06

Steve Jobsスタンフォード大でのスピーチ

もうたくさんの人に訳されてるけど,じぶんにはあまりしっくりこないのでまた訳してみた。

--

ありがとう

今日世界最高の大学ひとつでみなさんの卒業式に同席できることを名誉に思う。本当のことをいえば,私は大学卒業したことがない。これが大学卒業式にもっとも近づいた瞬間だ。今日,私の人生からつの話をしたい。それだけだ。大したことはない。たったの三つだ。

最初の話は点を結ぶことだ。

私はリードカレッジ最初の6ヶ月で退学した。でも本当に辞めるまでさらに18ヶ月かそこらモグリとして出入りしていた。じゃあなぜ退学したんだ?

話は私が生まれる前に遡る。私の生物学的な母は若い未婚の大学院生で,彼女は私を養子に出すことに決めた。彼女はどうしても大学卒に養子に出したいと考えていたので,誕生と同時に弁護士夫妻に受け入れられるようすべて準備済みだった。でも私が生まれて,土壇場になって彼らは本当は女の子が欲しいと決めた。それで順番待ちリストの次にいた私の両親に夜中に電話がかかってきた。「予想外の男の子だったんです。欲しいですか?」「もちろんです生物学的な母はあとで,母が大学も出てなくて父が高校も出てないことを知った。彼女は最終合意書に署名するのを拒んだ。数カ月後に私の両親がいつか私を大学にやると約束して彼女はやっと態度を変えた。これが私の人生の始まりだ。

17年後私はたしか大学に行った。だが私は世間知らずにもスタンフォード並に高価な大学を選択し,労働階級の両親の蓄えは全て学費に費やされていた。6ヶ月経って,私はその価値が感じられなかった。これから人生で何をしたいのかわからなかったし,大学がすべきことを発見する助けになるとは思えなかった。なのに私はここで両親がこれまで貯めた金をすべて使おうとしている。だから私は退学して,みんなきっとうまくいくって信じることにした。あの時はとても怖かったけど,振り返ってみればあれが私のこれまでで最良の決断だった。退学した瞬間,もう興味の持てない必須科目を取らなくてよくなったし,ずっと面白そうなクラスに入り込むことができるようになった。

ちっともロマンティックじゃなかった。寮に部屋もなかったか友達の部屋の床で寝た。コーラの瓶を返却してもらった5セントで食料を買った。日曜の夜には街の向こうまで7マイル歩いてハレークリシュナ教の寺院で週に一度のまともなご飯を食べた。最高に楽しかった。そして興味と本能に従って迷い込んだいろんなものが後に大きな意味を持つことになった。一つ例をあげよう。

リードカレッジは当時国内最高のカリグラフィー講座を持っていた。キャンパスのあらゆるポスター,引き出しのラベル,みんな美しい手書きカリグラフィーだった。退学して普通クラスを取らなくてよくなったので,カリグラフィー講座に参加してやり方を学ぶことにした。セリフ書体サンセリフ書体,文字の組み合わせで変化する文字間のスペースの量,すばらしいタイポグラフィがどうしてすばらしいのかを学んだ。カリグラフィーは美しく,歴史的で,科学では捉えられない繊細な芸術だ。そしてそれを私は面白いと思った。

これらの何一つ人生現実的に役立つ見込みなんてなかった。でも10年後,みんなで最初Macintosh設計してる時に全部思い出したんだ。そして私たちはそれをみんなMacに詰め込んだ。Macは美しいタイポグラフィを備えた最初コンピュータだった。私が大学のあのコースに潜りこまなければ,Macが複数の書体プロポーショナルフォントを備えることは絶対になかった。そしてWindowsはただMacコピーしたので,おそらくパーソナルコンピュータ今日のようなすばらしいタイポグラフィを備えることがなかっただろう。もし退学していなければ,絶対にカリグラフィー講座に参加しなかったし,パーソナルコンピュータ今日のようなすばらしいタイポグラフィを備えていなかったかもしれない。もちろん大学にいた時に点がつながるのを見通すことはできなかった。でも10年後振り返ってみればとてもとても明らかだ。

もう一度言う。将来点がつながるのを見通すことはできない。振り返ってつなげることしかできない。だからあなたは将来なんらかの形で点がつながると信じなければならない。ガッツ運命人生カルマ,なんでもいい,なにかを信じなければならない。いつかこの道を進めば点がつながると信じれば,たとえ人と違う道に向かうことになってもハートに従う自信を持つことができる。それが違いを生むのだ。

二つ目の話は愛と喪失についてだ。

私は幸運だった。人生の早いうちに好きなものを見つけられた。ウォズと私は20歳の時に両親のガレージAppleを始めた。一所懸命働いて,ガレージにたった二人だったのが,10年で従業員4000人の20ドル企業にまで成長した。30歳になる一年前に最高の作品,Macintoshを発売した。そして首になった。いや,自分の始めた会社からどうやって首になるっていうんだ? 私たちはAppleが大きくなったので一緒に経営するのにとても才能あると思えた人物を雇った。最初一年かそこらはうまくいった。でも将来のビジョンが食い違い始めて,最終的に喧嘩になった。そしてその時,取締役会は彼の側についた。それで30歳の時,首になった。世間の誰もがそれを知っていた。大人になってから人生すべての中心が失われて,本当に最悪だった。

数ヶ月は何をしていいのか本当にわからなかった。前の世代の起業家たちから渡されたバトンを落としてしまって,彼らを失望させたと思った。デビッド・パッカードボブ・ノイスに会って,このひどい失敗を謝罪しようとした。本当に誰もが私の失敗を知っていた。シリコンバレーから逃げ出そうとさえ考えた。でもなにかがゆっくりとわかり始めた。私はそれまでの仕事をまだ愛していた。Appleでの出来事は私の気持ちをすこしも変えなかった。ふられたけどまだ愛していた。だからやり直すことに決めた。

当時はわからなかったけど,Appleから解雇されたことは私にとってこれまでで最良の出来事になった。成功者の重圧は,またなにもあまりからない初心者の軽やかさに入れ替わった。おかげで私は人生で最も創造的な時期の一つへと解き放たれた。

次の5年間に,NeXTという会社と,Pixarという会社を興し,後に妻になるすばらしい女性と恋に落ちた。Pixarは後に世界初コンピュータグラフィック劇場映画トイ・ストーリー制作し,今では世界で最も成功したアニメーションスタジオだ。びっくりするような出来事があってAppleNeXTを買収して私はAppleに戻り,NeXTで私たちが開発した技術は今のApple復活の基盤になった。そしてローレンスと私は共にすばらしい家族を築いた。

Appleから解雇されなかったらこれらは全部起こらなかったとはっきり確信している。ひどく苦い薬だったけど,患者にはそれが必要だったのだ。時として人生はレンガで頭を殴ってくる。信念を失うな。私が進み続けられたのは自分のしていることを愛していたからだと確信している。あなたは愛するものを見つけなければならない。恋人を見つけるのと同じくらい仕事でもそれは真実だ。仕事人生の大きな割合を占める。本当に満たされる唯一の方法は,すばらしいと信じる仕事をすることだ。すばらしい仕事をする唯一の方法は,それを愛することだ。まだ見つけていないなら,探し続けなさい。腰を落ち着けるな。見つけたら,あなたハートが教えてくれる。恋人との関係のように,それは歳を重ねるにつれてもっとすばらしいものになる。だから見つけるまで探し続けなさい。腰を落ち着けるな。

三つ目の話は死についてだ。

17歳の時,こんな感じの引用文を読んだ。「毎日人生最後の日のように生きれば,いつか間違いなくうまくいく」印象づけられた。それからこれまで33年間,毎朝鏡を見ながら自分に問い続けてる。「もし今日人生最後の日だったら,今日これからしようとしていることを本当にしたいかい?」そして答えが何日も続けて「ノー」だった時,何かを変えなければと気づくんだ。

もうすぐ死ぬと思い出すのは,人生の大きな選択を助けてくれる私の遭遇した最もいい方法だ。外野の期待,プライド,恥や失敗への怖れ,そんなものは死に直面すればほとんどみんな本当に大事ものを残してどこかへ行ってしまからだ。いつか死ぬと思うことは,何かを失うという考えに陥るのを避ける私の知る最良の方法だ。あなたはもう裸なのだ。ハートに従わない理由なんてない。

1年くらい前に癌と診断された。朝7時半に検査を受けたら明らかにすい臓に腫瘍があった。私はすい臓がなにかすら知らなかった。医者はほぼ間違いなく治療不可能なタイプの癌で,3ヶ月から6ヶ月以上生きることは期待すべきでないと言った。先生は帰ってやりたいことを順にやりなさいと言った。死を迎える人への医者のお決まり対応だ。つまりそれは伝える時間があと10年あると思っていたことをたった数カ月で子供たちに伝えるということだ。つまりそれは全部手はずを整えて家族が出来るだけ苦労せずにすむようにするということだ。それはつまりさよならを言うということだ。

一日腫瘍と過ごした。その日の夜生検を受けた。内視鏡を喉から胃を通して腸に入れて,すい臓に針を刺し,少し腫瘍細胞を採取した。私は鎮静剤を投与されていたのだけど,顕微鏡細胞を調べた結果,手術で治療できるめずらしい種類のすい臓がんだとわかって先生たちが大騒ぎしていると付き添っていた妻が教えてくれた。手術を受けて,ありがたいことにいまはなんともない。

これが私が死に最も近づいた瞬間で,あと数十年はそうであってほしい。この経験があったから,死が有用だけどただの知的概念だったころよりもう少しだけはっきりと言える。

誰一人として,死にたくはない。天国に行きたい人ですら死にたくはない。だが死は我々全員が共有する終着点だ。これまで死を逃れた人はいない。そしてそうあるべきだ。なぜなら死は生命の最良の発明に思えるからだ。死は生命の変革担当係だ。古いものを追い出し,新しいもののための道をつくる。たった今,新しいものとはあなた方だ。でも遠くない将来みなさんもだんだんと古いものになって追い出される。ドラマティックになって申し訳ない。でもこれは真実だ。

あなた時間は限られている。だから誰か他人の人生を生きて時間無駄にするな。誰か他人の結論を生きるというドグマに捕らわれるな。他人の意見自分の内なる声をかき消されないようにしろ。そして最も大事なこと。自分の心と本能に従う勇気を持て。あなたの心と本能はもうあなたが本当になりたいものを知っているのだ。他のことはみんな後回しだ。

私が若いころ,全地球カタログというすばらしい出版物があった。私たちの世代のバイブルの一つだ。ここからそう遠くないメンローパークスチュアート・ブランドという人物によってつくられ,詩的な感覚人生にもたらした。まだ1960年代パーソナルコンピュータデスクトップパブリッシングもなかったから,全部タイプライターと鋏とポラロイドカメラ制作された。まるで35年早くやってきたペーパーバックGoogleみたいだった。理想主義で,整然としたアイデアとすばらしい思想で満ち溢れていた。

スチュアートと彼のチームは数号のあと,すべての活動を終えて最後の号を出した。1970年代中頃で,私はみなさんくらいの歳だった。最終号の裏表紙には,あなた冒険好きだったらヒッチハイクをしようかと思ってしまうような早朝の田舎道の写真があった。その下に「ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ」の言葉があった。それは終刊にあたっての別れのメッセージだった。ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ。私はいつも自分にそう願い続けてきた。今,みなさんが新たに卒業するにあたって,あなたにもそう願う。

ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ。

本当にありがとう

2011-10-01

カオスラウンジに見る貧困

インタビュアー

なんで震災でキメこななんですか?


梅ラボ

あれはなんなんですかね、そうなっちゃったというか・・・

インタビュアー

なんとなくなんですかね。

梅ラボ

まぁ本当にざっくばらんに言うとなんとなくなんです、ホント。

なんとなくこの触覚がいいとか。

それはまぁ中々言葉に出来なくて黒瀬さんが言葉にしてくれたんですが。


https://sites.google.com/site/eqbnizld/home/interview

自分の目の前で見たもの、目についたものを何も考えずに作品に取り入れる。

「まだ若いから‥」で笑い飛ばせない程の視野の狭さ、

目先に振り回される、幼稚で浅はかな思考。

日雇いで得た金をパチンコでその日のうちに使い果たしてしまうような愚かさ。

3人はまるで闇金ウシジマくんキャラクターのようだ。


カオスラウンジが話題になった頃、彼らは村上フォロワーと考えていた。

権威的な既存アートに対するアンチテーゼとしての、

平板さ、空虚さ、浅はかさをアートに取り入れたスーパーフラット

カオスラウンジの3人も基本的に村上隆の起こした文脈をなぞっているように見えた。



しかし彼らの発言を読むうち、そうとは思えなくなった。

作品も宣言も、既存の文章に震災を継ぎはぎしたような、怠惰大学生コピペボートのようだ。

彼らには知識もスキルも無い。知識があってもただ知っているだけ。そこから何も生み出せない。



村上隆アート世界で生き残るため、数ある方法の一つとしてスーパーフラットを提案した。

彼らは違う。

彼らの作品がスーパーフラットなのではなく、彼ら自身がスーパーフラット(空虚で浅はか)なのだ。

スーパーフラットが評価されたことで、彼ら自身も評価された(orされうる)と勘違いしてしまったのだろうか。



カオスラウンジのフォロアーには、批判に対して

既存アーティストにもこれぐらいやってる人はいる(だから俺たちもセーフ)」

というアート無罪理論を行う人が多数いた。

本当に大丈夫なんだろうか。

既存アートを否定して生まれたスーパーフラットの上に立っていながら、

かつて否定したアート権威に頼る発言を行っているように見える。

2011-09-21

バカの前に横たわる二重の壁

公式RTの発言によってその人の人格を判断するというのがいかにバカげてるかという話。


人民よ! バナナを食え! バナナこそは至高なり! ああバナナ! 汝はちんこ暗喩なり! 思い起こせば人類歴史十万年、バナナは毅然としてそこにあり、人類によって食べられる日を待っていたのだ。人の叡智がバナナ出会ったそのときバナナ秘密人類に開示された。バナナ! カリウム豊富! バナナ! 黄色くて曲がってる! バナナ! 場合によっては釘も打てる! バナナ永遠なれ!!!!!!

引用するなと言われると引用したくなる駄目読者です。こんなダメダメな私は増田に埋まってますぅ。



これ文脈抜いてここだけ公式RTしたらとんでもないことになるだろうなぁ。

文脈といっても元の文は「全体がでっちあげ」である。ちゃんと序文でそう述べられている。

まり「でっちあげだが、単体としては整合性がとれている話」「その話の一部」という二重構造であり、

公式RTで抜き出したらこの二重構造が全部消える。

ある人が、本当は良い人だし知識も豊富だけど、皮肉のためにツイッターでのアカウントでは露悪かつバカっぽい的な発言を繰り返しているとしよう。

その一連の流れの中ではある発言が文脈としても整合性がとれているとしよう。

jonetsuさんとかは良いキャラクターしてるよね。あの調子で死ぬまでやってほしい。というか幸せになったら殺したい。


そういう人がたとえば「福島は見殺しにするけどガンバロウ日本」みたいな発言をしたとする。

これは普通の人には <バカには文末のカッコ笑いとか、表現の周りにあるカッコが見えないという「裸の民衆様」を表現するアート>なのであるが、

まずバカには文脈を考慮する脳みそがない。


しかもこの場合、文脈的には整合性がとれている。そういうキャラとしていつも似たような発言をしているからだ。

ところが、またここでキャラと実物の違いが分からないバカがいる。




よくリテラシーというと、知識とかメタ知識とかの話なるけれど、

ネットでよく問題になるバカというのはリテラシー以前の問題だ。




ネットの発言には、つねにこの「文脈」と「キャラ」の二重の壁がある。バカというのはこの壁が見えないということだ。

見えないから常にその壁にぶち当たって、壁とお話をしている酔っぱらいみたいな人たちがたくさんいる。

そういう人は、人間と本当の意味で会話をすることもないし、出会うこともない。




ネットでは、バカにはコミュニケーションそのものが閉ざされているシビアなセカイだ。

ネットを始めるなら、この2つのバカの壁存在くらいは学んでからにしよう。

それまでは、リアル人間というものを学んだほうがいい。コミュニケーションに関していえば、ネットしか学べないものはろくなものがない。





更に言うとバカよりひどいマジキチの壁というのがある。

例えば福田なにがしとかい主婦の人。まぁあれもキャラかも知れない。キャラなのだとしたら小説家になるべき逸材。

あれは自分脳内という壁があって、その壁から一歩も外に出られない人である

自らを精神病院に放り込んでいるようなもので、ほんとうの意味では誰とも会話してないし、誰にも話しかけていない。

あい人間は、周りから見ると恐怖を感じるが、実際的にはなんの害も無いので、そのまま病院にいてもらうのが世のためその人のためだ。

自分たちが関わらなくても、ボランティア人達看護師として彼女の面倒は見てくれている。関わり合いにならないのが吉。

2011-09-04

http://anond.hatelabo.jp/20110904140916

道徳的にどうこうとかじゃなくて

発想が陳腐すぎる

しかしこーゆー陳腐な逸脱をしないと注目を集められないし

この陳腐な逸脱が駄サイクル内部ではきっちり回収・評価されるだろう

というウンザリするアート()空間

2011-08-28

http://anond.hatelabo.jp/20110827184224

カオスラウンジは「ネット上の画像はすべてフリー素材」と断言して活動していますので

へぇ

カオスラウンジなかなかいいな。そういうアート集団はどっかにいると思ってたけどこんな身近にいたのか

ネット上に限らず全ての作品と言って欲しいけどまぁとりあえずネット上はってことなんだろう

あぁそうか。ネット上とわざわざ言ってるのはデジタル化した作品を念頭に置いてるからか。

確かにデジタル化されてネットに流されればとたんにそれらは無限に劣化なしにコピー可能なフリー素材となってしまう。

http://anond.hatelabo.jp/20110827184224

一応書いておくと。

まず、カオスラウンジ問題が、著作権だけの問題であるかのように見えてしまますので、これについては訂正すべきではないでしょうか。

カオスラウンジ問題はその他素行も含めた総体と捉えている人もいるんだろうけど、罪として問えるのは法に触れている部分だけであって、それ以外の部分についてまで裁こうという態度が「私刑」なわけです

偽札云々も警察捜査に任せるものであって、必要以上に糾弾するのは「私刑」なわけです。公訴されていない人間犯罪者呼ばわりするのは品位に欠きます

「正しく裁かれる」という言葉意味は、法に問える部分を法に則ってピンポイントに問う、ということ。

そして彼らの「常識のない行動で平気で他者に迷惑をかける」という点を批判しようとすると、批判者側の非常識な行動(肖像権侵害や成りすましなど)にも跳ね返るので、冷静に批判するべきということです

肖像権侵害も成りすましも自演だ、という陰謀論にいちいち取り合うつもりはないです

ただ、あの場を「無法地帯」と断ずるのはあまりに思慮を欠いてはいないでしょうか。

ふたばちゃんねるにも法はありますよね?だれも逆らえない絶対的な法。

時間が経てばスレごと全て消滅する」というルールです

無法地帯の「法」は一般的には法律を指すのでその指摘は的外れですし、著作権肖像権商標権侵害行為そのもの権利者に害をもたらさないとしても変わりありません。

また「ふたばがとりあえず見逃されている」、この見逃されているという意味が「権利者が告訴しない」ということを意味するのであれば、「カオスラウンジもとりあえず見逃されている」ことになりますが…。

カオスラウンジは「ネット上の画像はすべてフリー素材」と断言して活動していますので、彼らが「無法地帯」を作りだそうとしているのは明らかです

カオスラウンジが批判されるのはそういう姿勢が問題だからです

既に書いたように、著作権存在する限り無法地帯人為的に作り出すことは不可能なので、無用な心配だと思います

また「ふたば無法地帯権利者に許されているか侵害しても良い」という姿勢でいながら「カオスラウンジ侵害行為は許さない」と批判するのはダブルスタンダートしかないと思います

なぜそのようなダブルスタンダートが受け入れられるかといえば、やはり「著作権に対する姿勢は怒りの本質ではない」から、ということだと思いますが如何でしょうか?

まり私見の文章を短くまとめると、「著作権に対する姿勢は怒りの本質ではないが、彼らを罪に問えるとしたら著作権部分しかないので、彼らに怒りを覚える著作権者に委ねよう」ということです

ダブルスタンダートが成り立たない理由

カオスラウンジ制作物が、スティーブ・ジョブズビル・ゲイツなどの顔写真を使用した、「肖像権侵害」「名誉毀損罪」に該当する可能性があるということはご存じないのでしょうか?

肖像権名誉毀損を加えても文意は変わりません。重要な点は、彼らへの怒りを表明している人の多くは権利侵害行為に直接関わらない、やれることの限られた「第三者」に過ぎないということです

著作権肖像権商標権刑事罰もありますがその辺の法解釈の説明は長くなるので割愛)、名誉毀損、それらの行為糾弾できるのは基本的に当事者だけで、「被害者が訴えないうちはグレー」です

対して「お前や家族や友人の顔写真コラージュするぞ」という発言は、相手を悪意を持って当事者にする行為なので、「被害者が拒否した場合はグレーではなくブラック」、ただの犯罪です

「彼らの行為は第三者視点ではグレーだから許される」「じゃあお前にブラック行為報復するぞ、認めないならダブルスタンダートだ」これは暴論というより、ただの脅迫しかないと思います

コラージュアート価値行方」について

あの文面からはまず汲み取れないと思いますけど、あのコラージュアートは狭義のアートではなく、もっと広義の、ふたばなりニコニコなりそういったものも含めています

著作権文化を締め付けるのではなく、コラージュリミックス価値が認められた方が面白くなる、程度の意味です

なので俺が戦っている敵がいるとすればそれは「著作権」という存在そのものでしょうか。

その上で、他人の労力を金銭や名声に変えるのであれば相応の覚悟と責任だけ背負えばいいと思っています

一番言いたいことは

解決を図るのに時間や金のコストが必要な以上、当事者には相応のモチベーションが必要なわけですが、神主がどの程度乗り気なのか見えないまま周囲が盛り上がっている印象があります

からもし神主を「利用」したいという思惑が外れたとしても、神主東方が叩かれる展開にはならないで欲しい、という点ですね。

杞憂で終わることを祈りますが…。

2011-08-27

http://anond.hatelabo.jp/20110827165225

まずは、よく調べてまとめられていると言わせて頂きます

ただ、数カ所、客観的ではない恣意的なまとめ方をされているように見受けられてしまますので、せっかくのまとめが誤解を生まないように指摘をさせて頂きたいと思います

まず、カオスラウンジ問題が、著作権だけの問題であるかのように見えてしまますので、これについては訂正すべきではないでしょうか。

彼らの問題は、「他人から借りた作品を返却しない」などのごく一般的に見て常識の無い行動に起因するものです

コラージュそのもの技法としてずっと存在するものですし、それについての是非は問題にはなっていないと思います

自業自得ではあるが、この国の法律私刑を認めてはいないので、正しく裁かれる方法模索するべきだと思うのだけどね。そういう冷静さを欠いた騒動の盛り上がり方にはウンザリする。」

その通りですが、私が見る限りでは特に誰も私刑を行っていないと思うのですが、何をご覧になられているのでしょう?

問題について言及している人は皆、「常識のない行動で平気で他者に迷惑をかける」カオスラウンジが「正しく裁かれる」ことを望んで情報拡散していると私は感じております

私見について

私見ですので、あまりあれこれ指摘するのもどうかと思いますが、勘違いされている部分が見られますので敢えて。

私はふたばちゃんねるを閲覧しているわけではないのであまりかい指摘はできませんが、「ふたばちゃんねる」においていろいろなコラージュ画像の改変が行われているということは聞き及んでおります

その内容について、不適切なものも含まれるであろうことは容易に予想できます

ただ、あの場を「無法地帯」と断ずるのはあまりに思慮を欠いてはいないでしょうか。

ふたばちゃんねるにも法はありますよね?だれも逆らえない絶対的な法。

時間が経てばスレごと全て消滅する」というルールです

画像スレと共に消滅し、権利者に害をもたらさないのです

これがある故に、著作権問題は「とりあえず見逃されている」というのがふたばちゃんねるという場所だと私は思います

ここを無視して、「ネット無法地帯カオスラウンジへの批判がただの私怨である」と読み取れるような記述されているのは表現の仕方に少し問題があるのではないかと思われます

カオスラウンジは「ネット上の画像はすべてフリー素材」と断言して活動していますので、彼らが「無法地帯」を作りだそうとしているのは明らかです

カオスラウンジが批判されるのはそういう姿勢が問題だからです

ダブルスタンダードということについて

カオスラウンジ制作物が、スティーブ・ジョブズビル・ゲイツなどの顔写真を使用した、「肖像権侵害」「名誉毀損罪」に該当する可能性があるということはご存じないのでしょうか?

それを考慮せず、問題が「著作権侵害しかない」というのは間違っているとしか言えません。

この事実があるからこそ、「カオスラウンジを許すならばお前や家族や友人の顔写真をコラ素材にする、それを認めないならばダブルスタンダートだ」という言い分が成り立っているのです。(些か暴論ではありますが)


コラージュアート価値行方」について

コラージュという手法を否定している人は私が見た限りではいないようなのですが、貴方は何と戦っているのでしょう?

問題を矮小化しようという意図にも見れてしまい、せっかくのまとめが誤解を生んでしまいそうなので、訂正をされた方が良いかと思います

十字架と覚悟を背負いながら自分の作品を磨いて、いつかオタク界隈の人間を納得させられるまで頑張ればいいんじゃないかなー程度に思っている。」

とても寛容なご意見で、感服いたします。

偽札の販売まで行った犯罪者集団をそこまで寛容に受け入れられるというのは素晴らしいですが、犯罪犯罪として裁かれるのが公平な世の中ではないかと狭量な私は思わざるを得ません。

最後

以上、少し長くなってしまいましたが、私なりに疑問に感じた点を挙げさせて頂きました。

Pixivの件については特に言及はしません。

セキュリティ上の問題が設立当初からずっとあったことに対して何の公式発表もないのですから、我々が何を言おうと意味のないことです

何にしても、まとめ作業ご苦労様でした。

もう少し公平で客観的なまとめになっているとさらに良かったと思います

最近カオスラウンジ問題と東方原作者の言及

すっかり皆が飽きかけて、一部のキチガイじみた人だけが執拗に問題を追いかけていた状態から進展があった模様。

今まとめてる中心人物

quadro6000という人物が中心になっている。pixivセキュリティ騒動以前にはq4500として活動していた人らしい。

まぁこういう人です

がんばれニッポン(笑)問題

8月28日まで開催の展覧会カオスラウンジ(盆)にて仲山一二三の作品「save for japan」に「がんばろうニッポン(笑)」と書いてあったという問題。

祖先の霊と交流をする「盆」を向かえるにあたり、おおきく「神霊」・「祈り」を意識したグループ展」を標榜する展示会で、「がんばろうニッポン」に(笑)を付けるセンスが非難されている。

山一二三当人はまとめ内において、震災以降も変わらず消費される萌え共同体の結束を促すスローガンのギャップに対する皮肉なのだと説明している。

台湾アートフェア「ART TAIPEI 2011」への出展

著作権侵害を含むカオスラウンジ作品が海外アートフェアに展示されることに対して反発が生まれる。

神主が再び騒動に言及

quadro6000が神主twitterにて台湾出展を通報した結果、神主から「考えておく」という返答を引き出す。

以下、私見

多分「著作権侵害が許されない悪だ」と憤る人はネットにはそこまでいないと思う。

違法ダウンロードは悪だという人でも、無断転載だらけのコピペブログは見ない、ゲーム実況やBGM違法利用のニコニコ動画も見ない、tumblrは潰れるべき…とまで言う人は少ないと思う。

カオスラウンジ執拗に怒っている人たちはふたばちゃんねるの人が中心だと思うけど、ふたばこそまさに著作権侵害コラージュ転載が転がっている無法地帯だし。

ニコニコ動画にしても、厳密に言えば同人二次創作も、立派な著作権侵害だけど、著作権侵害でも手間が掛けられていて面白ければ問題ない、という考えの人が多いと思う。

まりカオスラウンジが怒りの琴線に触れるのは著作権というよりも、「面白くない」「オタク界隈の軽視」「手間を掛けていない」「他人の労力でお金に換える」ことなんだろう。

特にコミュニティが潰れても問題ない」とまで言い放った発言が災いして、親の仇のように憎んでいる人が多いように思える。

自業自得ではあるが、この国の法律私刑を認めてはいないので、正しく裁かれる方法模索するべきだと思うのだけどね。そういう冷静さを欠いた騒動の盛り上がり方にはウンザリする。

神主の言及が騒動を変える可能性

カオスラウンジコラージュの抱える問題のうち、裁かれるべきものは「著作権侵害」でしかない。

しかし義憤で戦っている人間の多くは「著作権侵害」には直接関わらない第三者でしかなく、著作権という土俵でカオスラウンジとやりあうことができないので、

などと触れ回っている。

当然、著作権がある限りフリー素材になることはないし、顔写真コラージュ肖像権侵害名誉毀損罪適用される別次元の話なのでダブスタでもなんでもない。

外野の様々な思惑とは関係なく、「著作権者がこの騒動の落としどころをどう設定するか」というのが騒動の終着点になる。

そして神主東方Project原作者であり、三次創作であるカオスラウンジの作品に対しても権利者として申し立てすることが可能だと思われる。

著作権保護の壁

だがネット著作権侵害蔓延するように、著作権権利を付与するだけで、守る義務も守るための力も与えはしない。それどころか保護しようとした途端に高い壁が聳え立つ。

東方Projectにしても新作発売直後にゲームクリア動画や原曲BGM動画(原曲BGM転用東方二次創作ガイドライン違反)が競うようにアップロードされ野放しになっている。

まだニコニコ動画など動画共有サイトであれば、運営会社ドワンゴを介して削除申請することができるが、リアル美術作品として発表された場合には最悪の場合には司法の判断を仰ぐ必要もある。

出版社などを通じて発表された作品ならば、企業権利者を守るためのノウハウと力を蓄積されているが、個人では敷居が高い

そうしたグレーゾーン存在には、カオスラウンジのような集団を立脚させた負の側面もあるが、二次創作の活気の源泉となった正の側面もあり、一概には否定できるものではないと思うが…。(JASRACの嫌われっぷりを見よ)

ともあれ力のない個人では著作権を自力で保護することは難しく、その間隙がカオスラウンジを生み出したが、力のある神主時間と金を費やせば、決着を付けられる可能性はある。

その落としどころが受け入れられないものでも、神主を攻撃することがないといいんだけど。(カオスラウンジに制裁を加えなかったpixivがズブズブだと血祭りに上げられ、クラックされたと火を付けられたように…)

コラージュアート価値行方

個人的にはコラージュアート存在してもいいと思うんだけどね。

ただし「アートとして金銭のやり取りをするのならば、著作権侵害者としての覚悟と責任を背負う」という条件付きで。

どうせ訴えられないだろう、弁護士を出せば問題ないだろう程度の覚悟でやるのはただの下衆だと思う。(というとあいつらはそういう下衆だと決め付けようとする人がいるんだろうけど、ネット越しの情報で人柄なんて分からんよ)

十字架と覚悟を背負いながら自分の作品を磨いて、いつかオタク界隈の人間を納得させられるまで頑張ればいいんじゃないかなー程度に思っている。

2011-08-22

幾原邦彦ウテナサントラに寄稿したテキスト

絶対進化革命前夜 1997/7/24

 あの頃の僕は、毒の唾で世界を汚すことが無常の喜びだった。本や

映画で得た受け売り理論で身近な大人たちを追い詰め、彼らを軽蔑

することだけが生きているリアリティと感じていた。目で見える世界ほと

んどが許せず、ニ十歳まで生きていることはあるまいと本気で思っていた。

 あの頃、高校時代、僕にはFという同級生のガールフレンドがいた。

正直、彼女を好きでもなかったのだが、女のひとりも口説けないのかと

周囲に思われるのが癩だったのでなんとなくつき合っていた。二人で観る

映画はいつも二番館の面倒臭そうなアート系の映画で、Fは僕に映画

解説を求め、僕はそんなたわいないことで男のプライドを保っていた、どう

刹那的なつき合いだと酷く冷め、やがてくる彼女との別れの日をドラマ

チックにシミュレートして悦に入っていた。そんなある日、Fが僕を演劇

誘った。芝居はテレビ紀伊國屋ホールを収録したようなやつを観たこと

がある程度で、それもおそらくそんな感じだろうとまるで期待していなかった。

が、打ちのめされた。体の震えが止まらなかった、舞台音楽が僕を子供

頃の暗闇の恐怖にいざなった。その後、Fは地方就職先を決め、卒業

の日、明るく「さよなら」と僕の前から去った、以来、彼女とは会っていない。

結局、見透かされていたのは僕のほうだった、そして間違いなく、あの頃、

彼女は僕の母だったのだ。今回、シーザー氏の歌に僕が固執したのは、

あの頃の無知自分と母との時間を追体験したかたからかもしれない。

バーチャルスター発生学 1997/11/6

 世界混沌(カオス)で不明瞭だ。だが、そんな中にも、確かに

存在するものがこの世界にはある。我々の前では、美しすぎたり、

醜悪すぎたり、日常であったりして、正体は曖昧ものと感じられ

ているが、それは確かに、明確にこの世界存在するはずなのだ。

 私は、それをアニメーションという手段で整理分解して、判りやす

く伝えようとは思っていない。セル画で数値化、セリフ言語化でき

る部分だけを抜き出して、それを伝えようとは思っていない。むしろ

数値化、言語化できずに不明瞭になっている部分を映像という手

段を使って、混沌のまま明瞭に、確かに存在することを示したいのだ。

私は、光宗さんと上谷さんを尊敬している。二人は紛れもなく、

この世界にそれが存在していることを明瞭に示したと思う。

体内時計都市オルロイ 1998/1/1

十四歳の頃、僕は学校が嫌いだった。いや、正確には、学校という名の世界での自分の状況が嫌いだった。

その頃は、いわゆる“校内暴力”なるものが全国的に取り沙汰されていた時期で、僕の通ってい

学校も例に漏れず相当に荒んでいたと思う。生徒が教師の胸ぐらをつかみ上げ授業中断、など

ということも珍しいことではなかった。学校とは箱庭ではあるが、言うまでもなく「ひとつ社会」で

あり、「現実世界ミニチュア」だ。その社会の中で、僕は凡庸な者だった。休み時間トイレでタバ

コを吸う勇気も、教師の胸ぐらをつかむ勇気もなかった。そして、僕はそのことが嫌で仕方がなかっ

た。子供だったが、凡庸が美徳だなんてウソだってことぐらいは知っていた。「ミニチュア社会」の

ですら凡庸な自分に控えている未来.凡庸な人生の予感に言い様のない絶望を感じていた。

 あれから十数年。現実残酷で、やはり僕は凡庸なる大人になってしまった。絶対に裏切って

はいけない人を、何人も裏切ってしまった。そうまでして手に入れたのが、凡庸なる自らの姿だった。

だが、いかなる夢も見ることを禁じられたこの世界で、僕はまだ密かに夢を見ている。まだ密かに

モラトリアムでありたいと甘えている。そのことを「少女革命ウテナ」はうまく表現できただろうか…。

天使創造すなわち光 1998/2/4

J・A・シーザー氏の音楽を、僕は遥か十代の頃に体験した。氏の音楽はその時から、そして今も変わらず僕

という世界モチベーションを与え続けてきた。

 シーザー氏と仕事の機会を得ることができたのは、ひとえに大月プロデューサーの手腕によるところだ。

いや、実はそのことだけではない。大月氏は、アニメーション作品「少女革命ウテナ」を世に送り出すために、

多大なリスクを負った。我々スタッフは、その彼のリスクの上に、完全な創作の自由を与えられたのだ。「自分

若さと可能性を信じろ」などと言うインチキな大人には数多く出会ったが、リスクを負うと言うことを体現して

見せる大人に出会ったのは初めてだった。もちろん、僕自身もリスクは負っていたが、彼のそれは比べようもなく

大きかったはずだ。にもかかわらず、彼が僕にリスク強要したことは一度もなかった。彼は、作品作りにおける

リスクの尊さを改めて僕に教えてくれた。そしてそのことは今回の作品制作において僕個人にとって貴重な

モチベーションになった。おそらく「少女革命ウテナ」という作品は、僕と大月氏の共同監督作品だったのだ。

 だからある意味で僕は敗北者なのだろう。なぜなら、僕は絶対に裏切ってはならない友人を、数多く裏切っ

しまった。シーザー氏の音楽大月プロデューサーの与えてくれたモチベーションはついに最後まで僕を

裏切らなかったからだ。もし、僕にこの次があるならば、そのときこそは…と思っている。

2011-08-19

アートの人の痛いブログ

http://d.hatena.ne.jp/AIYOUYOUNI/

この人がクリムト見てピキピキ言っているのって、

位相空間を中和する!」(エヴァ)とか

純粋数学を使って周囲の物理法則を書き換える!」(トップをねらえ

とかを見て理系がムズ痒くなるのと同じかもねぇ。

あいうの見てもにょもにょする時って、SFそのものが嫌いなんじゃなくて、学術用語がハッタリに使われる時だよね。

この人はピングドラムクリムトが同類だと思ってんだろうね。

まぁ否定はしないけど、しかしそれを「搾取」ってw

そう考えるとこの痛いブログもニヤニヤと読めるんじゃない?

2011-08-14

http://anond.hatelabo.jp/20110814020913

>一番の疑問が、美味しんぼコラはネット上で絶賛された、ということですゼロどころかプラスとして認知された。

 

しかしたらはてブしか見てないかもしれませんが、アルファルファの下のコメントには

 

ふたばのコラ勝手に使うな

 

というようなコメントも少なからずあったりします。

 

>というカオスラウンジを叩く上で用いられる個々の批判は適用されるはずなのに、なぜこの差が生まれたのか。

 

自分が考えるのは個別の罪に対してはネットユーザ大分、寛容というかルーズなのではないかと思っています

それらが合わさって閾値を超えたりすると許容範囲を超えるのでは?という感じです

 

例えばニコニコゲームの実況動画は法的にグレーですが、基本的にそれだけで叩かれまくるということはありません。

しかし、プレイヤー動画から自分ブログに誘導し、アフィを貼ったりすると炎上する場合があります

 

またアフィブログ自体も叩かれますが、いちいち個別の記事でアフィ云々という批判はされないかと。

 

あと前のエントリに書くべきでしたが、水濡れアートや踏み付けアート自体はコラではないので

「金稼ぎに使われた悪意のコラージュ」としてくくるのはちょっと厳しいかなと思います

http://anond.hatelabo.jp/20110813025031

今も叩かれ続けているというのは単純なパクリ問題ではないからなんじゃないか



最初キメこなアート制作が発覚した時は確かにヒートアップしたけど

それは「アフィブログ糞うぜえ」とそれほど大きくは変わらない程度の怒りで

ほっとけば数日騒ぎになってすぐ終息するレベルものだったと思う



それで済まなかった原因は

ふたば自演していることが発覚したり(これはレス画像exif情報などからほぼ確定と考えられている)

ツイッターで何の説明にもならない説明をしたり

USTで「自分たちのせいでコミュニティが潰れても仕方ない」というような発言して火に油をそそぎ続けたせいだと思う



特に最後UST発言が決定打で、向こうと同じように

「そっちがそう言うならこっちはカオスラウンジが潰れるまで絶対許さないよ」という今の状況になっている



最初のお題に戻るとコラ作った本人がそのコラでお金を稼いだかどうかなんじゃないの

2chブログが嫌われるのもその部分で、自分(他人)のレスで稼いでんじゃねーよってことでしょ

美味しんぼコラの制作者には金入らないもん

http://anond.hatelabo.jp/20110813025031

個人的な見解ですが、梅ラボさんが作ったコラージュと、美味しんぼコラージュは「やってる事」はそんなに違いが無いと私も思います

じゃあ、何が違うのかと言うと

前者は製作者サイドが不快感を示している。使用するなと、明言している。

後者はそうでない。

と言う事だと考えます

日本場合著作権による罰則は基本的に親告制なので、著作者が何らかの行動を取らない限り、法的には罰する根拠はありません。

梅ラボさんの件では、コラージュに使用されたキャラクター創作した掲示板で、大きな騒ぎになりました。

中には「勝手に使うな!」という意見も出ているようです。(ただ、掲示板自然発生したものだけに「著作者」が曖昧な点、なんともできないようですが)

一方、美味しんぼコラージュでは原作者の方が明確な著作権侵害として、なんらかの行動を取ってはいませんので、白ではないが、黒でもない。というまぁいわゆるなぁなぁの状態です

もし仮に、美味しんぼの作者がこれらのコラージュに対して、「著作権侵害からやめろ」と言ったのなら、その時点でNGです。この手のコラージュを作っちゃ駄目でしょう。(元から駄目といえば駄目ですが)

それを無視してコラージュを作り続けるなら、梅ラボさんと同類です。彼らに梅ラボさんを叩くことは出来ないでしょう。

また別の視点として、単純にそれが好きかどうか、と言う点も大きいのではないでしょうか。

一方は、アートとしても別段優れたものだと(叩いている人たちは)感じない。よく分かんないし、むしろ嫌悪感すら抱くこともある。

一方は、改変ネタは、ギャグとして面白いから受け入れやすい。(別にこれを「自分の作品」として発表してる訳でもないし)

ってのも当然あると思います

まり梅ラボさんは作った人が「やめて」って言ったのに止めないから叩かれてる。しかも、その作品は全然良いものだと思えない。

美味しんぼは(今のところ)言われてないし、単純にネタとして面白いから受け入れられてる。

そういう事なんじゃないかなーと、私は考えました。


最後に、本旨とは関係のない事です

不特定多数の人物が作ったキャラクターを、梅ラボという特定の作家コラージュした、現代アート

特定の作者が作った美味しんぼという作品を、不特定多数の人物がコラージュした、改変コラっているのは面白い対象だな、と思いました。

本当にどうでもいいですね、すみません

http://anond.hatelabo.jp/20110813025031

id:md2tak も同様で作成者と販売者が別だったら、水濡れアートや踏み付けアートを許せたか?というとそんなことはないと思うので、そこは本質ではないと思う。

>金稼ぎまでしていなければ、水濡れアートや踏み付けアートを展示するだけだったら、怒りは爆発しなかったのかもしれない、という可能性はあるかも。

 

 

md2takです。もうちょっと踏み込むと、ポイント作成者と販売者が共犯関係になるかってところかな。

 

報酬が支払われたりすれば共に

「元の作品を貶め、かつそれによって金稼ぎをする」・・・(1)

ことになるが、

 

全く関係がない場合、(つまり販売者が勝手転載した等)

作成者は単に「元の作品を貶めた」だけであり、

販売者は単に「他人の作品によって金稼ぎをする」だけとなる。

 

「だけ」などというと罪を軽んじるかのようだが、

これは個別には(1)の行為よりかはマシだということ。

 

まり共犯関係の場合は電池の直列繋ぎの電圧のように罪が加重されるが、

そうでない場合、並列繋ぎのように個別に批判されるようになるということである

 

よって作成者と販売者が共犯関係でないのなら、すくなくとも共犯関係であった時よりも

両者のそれぞれに対する批判や糾弾は少なくなるであろうと考えられる。ゼロになるとまでは言わない。

- 転職ならen
- 派遣ならen
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