はてなキーワード: りあるとは
判り難いw
あの後「労働」と「出産」の比較に流れていたけど、本筋は「行政が書かれてるような思想を実現する」の方だったのね。
別増田に返事した横に、それは読めないわ。
随分と回りくどいことしてたね。
手段が、強制かばら撒きかは知らんけど、【政治が少子化問題を高く評価すべき】が議論の本筋であったと。
それを最初から言っていれば、大分議論の方向は違ったんじゃね?
これからでも遅くないと思うから、政治がどのように「出産」を増加方向にすべきか議論するか。
政治が方向付けを行えるのは、優遇(負担免除や、施設割引)とか、税制の変更(子供のいない成人に税負担を求める)とかだよね。
学費免除とか既に動いているけれど、そういうのも子供を産むことの負担を軽減する効果が、わずかばかりある。
ちなみに、優遇方向や、(市井の共通認識として)高い評価を与えると、労働よりも出産の方がバリューが高くなる可能性もあるけど、それは論じないよ。
またぞろ、ややこしくなるからね。
多くの行動は「消費」行動である。誰かが作ったものを消費することが多い。例として、食べ物を食べる、映画を観る、ゲームをする、漫画を読む、読書をする、音楽を聞く。
一方で、「生産」行動というのもある。文章を書く、レポートを書く、プログラムを作る、工作をする、など。また、語学、数学などの各種勉強をすることも、将来の生産に向けた活動という意味で、生産行動に含めていいかと思う。
消費行動の中には、一時的な消費行動と継続的な消費行動も含まれると思う。その時々の気分で行うのが一時的な消費行動で、その時に手に入れたものは、結局のところ、部屋のどこかで埃をかぶった状態になる。一方で、継続的な消費行動もある。これは、自分が大好きなものを継続的に消費する行動であり、例として映画を鑑賞し続ける、読書をし続ける、など。後者の行動は、将来的に生産活動に結びつくかもしれないので、善し悪しの判断はここではしない。
(仕事の時間を除き、)自分の昨年の活動を振り返ると、80%程度が消費行動であり、そのうち、70%程度は一時的な消費行動であったように思う。
一時的な消費行動は、気分転換にはいいが、生産に結びつくようなことがないため、人生の浪費であると思っている。時には、気分を紛らわしたいこともあるだろうが、昨年の自由時間の56%も一時的な消費行動で時間をつぶしていたことは、限りある人生の中で少しもったいないことをしていたのだ、とあらためて感じる。
本年は、
程度には、したいと思う。
先に結論から。
岩崎夏海さんの文章には決まった楽しみ方がある。
「彼の独特の美学」をみつけた上で、それが文章の枝葉末節にどう影響しているかを探る、というものだ。
間違っても頭から文章を順番に読んで行こうとか、彼の言ってることが現状を踏まえて妥当かどうか、とかそういうことを考えてはいけない。
http://blogos.com/article/27749/
それらがいったりきたりするのでカオスぶりが半端無い。
読者としては「何が言いたいのかわからない」「マジキチ」と評したくなる。
まともに読んではとてもついていけなくなるだろう。
しかし、実は彼の記事はどれもテーマは極めてシンプルである。彼の文章は、己の美学を語るためだけにある。残りは装飾にすぎない。
彼は基本的に現実についてあまり知らないし知ろうとしない。彼の理論、現実の制約も、比較対象も、実証もなにもない。美学とはそういうものなのだ。
そういう「些細なこと」に気を取られずに本というものは、野球というものは、マネジメントというものは、読書というものは「かくあるべし」だけを考える。
だから、現実はこうだろ、とかそういうツッコミは野暮というものである。確信犯なのだから。
他者への批判とかは客寄せパンダ以上の何者でもなく、本人も力入れて書いてない。いちゃもんつけられれば前後関係がおかしくても気にしていないのだろう。
なぜそこまでいちいち煽って人を集めなければいけないかというと、まぁ個人的な美学というのは普通に書いてもだれも読まないたぐいの話で有るし、職業病というのもあるのだろう。
今回でいえば「作者と読者の関係はどういうものが理想であるべきか」という点について彼なりの美学が語るのがメインである。
Q:「購入者は何に対して金払うのか? 」
作品ではなく、作者にカネを払う。曲やコンサートというよりはAKBそのものを応援するために金を払う。
そういう仕組みのほうがお互いにメリットのある関係を築けるはずだ、という。
どちらかというと作家というか、ジャーナリズムに近づいている気もするが、確かにこの流れがうまく回ればなーとは思う。理想論としてはありだと思うんだよね。
今回の記事で理解すべき部分はここだけである。
他にも多少彼が最近かぶれているらしい「自然と一体化した人間」みたいな思想も含まれているが、そこは私にもよくわからないのでスルーする。
他の部分は、この彼の独自の美学というか理想を、無理やり現実に当てはめたらどうなるか、という話だ。
もちろん、たとえば著作権や教育に関して、彼はほとんど知識が無いので、現状を踏まえて考えると言ってることはおかしいのだが、そこは重要でない。
特に他者の引用や他者への言及が始まったら、すかさず読み飛ばすことを強く推奨する。
私が岩崎さんを好きなのは、こういう「常識にとらわれない」ことと、文章に何らかの「核(彼自身)がある」点である。
少なくともありきたりではない。彼の書く文章は彼にしか書けない唯一無二の文章であり、それが面白い。
面白い、という軸で評価するなら主張の裏付けについて、個人的な体験の比重がとても大きく、非現実的な主張が多いことも欠点ではない。
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20081004/1223046127
世の中には、核(自信)があってどこか堂々としている人と、核(自信)がなくてどこか不安げな人の二通りがいる。どちらが良いとか、どちらが悪いというわけでもない。どちらにも一長一短があり、そのあるなしが人間そのものの価値を決めてしまうわけでもない。それでも、ぼくはできれば核はあった方が良いと考えている。それは、ぼく自身が核のない人間で、それでずいぶん苦労したという思いがあるからだ。今振り返ると、苦労した分いろいろ学べたこともあるから、核がないのは本当に悪いことばかりではないのだが、それでも、あるのとないのではやっぱりある方が良いと思ってしまう。ないものねだりかも知れないし、隣の芝生は青いからなのかも知れないが、自信を持って堂々としている人を見ると、いつだって羨ましいと思ってしまう。だからぼくは、そういう核がない子供を見ると、なんとかしてそれを植え付けることはできないものかと、傲慢かも知れないが考えてしまうのだ
だから、みんなも枝葉末節や常識にとらわれないで、素直に彼の独特な文章を楽しもうじゃありませんか。
http://anond.hatelabo.jp/20110610173821
ひねくれて読むとこうなる。でもこういう読み方をしてはいけません。
君は前提条件が間違ってるよ。
旦那への要求が高くて、で、妻になる貴女は何を提供できるの?って感じ
と言ってしまう男は大別すると次の二種類と思われる。 ・「働きもせず家事も育児もろくにせず介護なんて勿論せず夫の金でブランド物を買い漁り銀座でランチを食ってる主婦」と言う どこの漫画の悪役キャラだと言う「主婦像」が現実でも既婚女のデフォルトだと思っている。 ・妻が家政婦兼産む機械兼ベビーシッター兼介護士をしてもそれは「妻が夫に提供出来るもの」として扱わない。
私は嫁の家事に対しては都度「いつもありがとう」って言って抱きしめたり、体を撫で回したりする。ありがとう。
嫁に触るの好きだしね (嫁もくすぐったそうに、でもニマニマしてる)
もちろん私も洗濯、食後の食器洗い、水回りの掃除をする、嫁もありがとう、って言ってくれる。
給料日に手渡しで渡すときも嫁はありがとうございます、っていって受け取ってくれる。
その言葉でまだ頑張れる、より渡したいって思うよ。
私は『嫁には限りなく優しい』けど『全ての女性に優しい訳じゃない』のよ。
君はフェミニズム界隈の人かな? フェミニズムの人はよく「男性全体」を仮想敵としてしまう事がある。
例えばDV夫だったり、金を家に入れない男性だったり、女性を対等に見ない男性像を一般的と考えてしまう傾向があると思う。
でも、そうじゃない男性もいる。
女が結婚相手に金を求めるのは、結婚すれば夫の分の家事育児介護を担わされるからだ。 家政婦兼産む機械兼ベビーシッター兼介護士をする代わりにそれ相応の対価が欲しい、と言っているだけだ。
NHKとかのテレビを始め、新聞やラジオとか雑誌や書籍ぐらいにならでたことがある。別に何かをするわけでもなくそこにニュース性があれば取材っていうのは来てしまうものだ。でも取材される側にメリットがあるということはあまり無い。
新聞に自分の写真がのった切り抜きを爺ちゃんにあげると喜んでもらえるぐらいだ。NHKとかに出ると地方の久しい人から電話がきたりする。3分でれば1~2本。
売りたいパッケージやサービスがあって、メディアに登場するのであれば効果はあるのかもしれないが、業界紙で一面に乗って朝一から十件だとかそんなもの。それを多いととるか少ないととるかは人それぞれ。四大新聞だかの一面に自分の固有名詞がでるぐらいの経験はあるが、そんなものがきっかけでうまく回る商売なんてものはない。メディア掲載は結果のひとつの形でしかないから載るために努力なんかすんな。
メディアはそれを見聞きする人は多いので、もともとの知り合いが、こないだ見たよ!ぐらいの話題にはなる。
少し考えてみて欲しい。知り合いがメディアに乗っているのに気がついたことは? いままでで新聞などの記事をみて具体的に問い合わせたことがある? この一年ではどれくらい? 一日に何人の名前が新聞に乗っているのかを考えると、よほど繰り返しでないと人々の記憶にも残ることなんてないよね。そして喩え数万人の目にふれていようが、そういうところを辿ってまで調べるモチベーションがあるのはこちらを食い物にしたい営業だけなんだ。あ、そういう意味では抜群に効果はあるよ。営業電話ががんがんかかってくるの。先物だとかそういう金融商品会社からだけどね!
メディアに露出することで高まる信用もあるよね。でも、それで与信がついて金が借りられるわけでもなし、そういう信用があなたのビジネスにとって必要?
効果があるなと思うのは書籍。これは比較的重要。アーカイブ性があるので、それについて調べようと動機を持ったひとが調べるのでお客さんにもなるし長く効果がある。また、雑誌なども、大手は基礎情報や写真を関連で使いまわすので最初にきちんとした取材対応が必要。
他?
むしろ、乗らないほうがいいんじゃない? だからメディアジャーナリスト対策は考えておく必要がある。
1つ、ジャーナリストのことを知ること。
理論(笑)?非倫理的な人達もいるので数字のチェックどころか、名前のチェックすらしてこないことがある。記者会見とかで対応してしまうと、いろいろなところが同時に記事を書くのでコントロールできない。Web記事などで名前が間違っていることを申し出ても治らねぇんだ。他がほとんどコピペなのに唯一文脈を変えるだけに手打ちしたっぽいところが間違っているってどいうことだよと思う。どこでだれに取材したらそんな情報がでてくるんだ?と不思議でならない記事になってしまうことが日常ちゃめし。お茶漬けでも食いながら書いのかと・・・・・・。
雑誌社の記事の場合は掲載前に校正チェックがある。新聞もテレビも基礎情報の確認はしっかりある。5分の報道のために一時間とか半日取材がある。え? Web? 他のメディアの記事をきっかけにメールや電話で聞いてくるだけなんじゃないの? うっかり名刺なんかわたそうものなら問い合わせ先はこちらと会社の電話番号や個人のメールアドレスが全国公開されてしまうなんてこともあった。基礎情報の確認もしてこないようなメディアは相手にするべきではない。掲載前の記事は公開しないだって? 取材元に情報の確認をすることはありませんという宣言でなくて?
当方側の言ったことの意味を理解せず、全くの逆にしてしまったり、脳内補完や勝手にストーリーをでっちあげ記事を書かれることが嫌だったら、こちらから手取り足取り情報を案内してあげなければならない。プレスリリースをコピペするだけでそれなりの記事になると思うと彼らは記事にしたがる。仕事が楽だからね。
でもね、そこまでしてメディアにとりあげられて何かいいことあるかな?って少し考えなければいけないかもしれない。なぜなら、取材をうけるあなたはすでにスタートアップをしているわけで目立ていいシーンかそうでないシーンかの見極めは重要。自分の手持ちのカードを見せてポーカーに勝つのは結構大変よ? 役満テンパッてるときに目立つバカがどこに居る?アホの子か?アホの子なんだな??
まわりの会社で商品を扱っているところは事前チェックを取材条件にするところもある。取材する側からすると煩わしいのかもしれないけど、会社からすると記事ひとつが致命傷になることもあるので必然。記者がよかれと思って書いたことがネガティブなことだってあるんだ。そういうところがチェックできない会社は滅びる。既存のお客さまに悪影響がでることだってあるんだから。
ベンチャー誌などで特集記事を組まれた社長の2年後の敗退率聞いたら驚くぜ。そういう意味では2年前の記事を拾い読みして、その雑誌などがどちらへの試金石なのか確認してみると面白いかもしれない。たとえば日経ビジネスなんかがやはり凄いなと思うのは例えば初音ミクのリリース前にきちんとページを割いてクリプトンの会社の記事を組んでたりするところなんだよね。単純に取材力と審美眼の差だと思うんだけど、メディア対策がうまくいったから初音ミクができたわけじゃないじゃない?そんなもんだよ。たまに、売れないタレントひっぱってきて、取材費くださいとか、こっちがかね払うのかよ!?的なものまであるし、なんかもうちょっと怖いよね。営業か税務署がやってくるよ!
目立ったら商売の難易度はあがる。弾丸飛び交う最前線に踊りでて武勲をあげられる新兵がいたら相当なもんだよ。おまえさまはデコイなのかい? 嚢中の錐っていってね、目立たないようにしてても目立ってしまうこともあるんだ。生き残りたければ、できるだけ目立つな。身を屈めてできるだけ頭を低くしろ。ここは戦場なんだぜ!
日常生活においては、エライ人には媚び諂い、ご近所様や同僚とはとことんヘラヘラとしながら戦いを避け、
テレビの向こうで差し出された生贄を裁くことで日頃の鬱憤を晴らしているような人たちは、
基本的に自分の目の前に差し出された「敵」というのは、一方的に嬲ってよいサンドバックのようなものだと認識していると思う。
そういう構図ばかり見せられてるから、その馬鹿親の子供もいじめするんだろうとかまぁそういう話は置いといて、
とにかく、敵との戦い方を学ぶ機会がなく、それを知らない人というのは多いような気がする。
敵は仕置するものであり、成敗するもの。侮り、油断し、慢心し、相手の人格性を無視し、一方的に蹂躙することが戦いだと思っている。
お前はどこの貴族だ王様だアチャーだよ、と。 日露戦争直後の日本人なみの浮かれ具合だ。
こういう人たちがtwitter見てたら実例に事欠かないのが、本当に悲しい。
そんなんで、いざ倒せない、実態を持ったライバルとか壁が現れたときに立ち向かえるのだろうか。
最近見た非モテおとこ嫌い女のように、「自分のことを何でも面倒見てくれて、何でも受け入れてくれる都合のいい人」を
ともに成長する相手、とか思ってる奴がネタではなく実在するなら、そいつらはもう人生詰んでると思うんだ。
ジャンプじゃないけれど、やはりある程度は、敵やら障害に対して、こいつらこそが自分を成長させてくれる、と思って敬意を示すべきやと思う。
テレビを見て、自分の宝具(テレビに向かって野次)が通じないからといって
癇癪を起こしている厨二病患者以外の何者にも見えない幼稚な人間が多々見受けられる。 ロジックマスター(笑
だからって「姓を変えざるを得なかったことでの自己喪失感を理解してくれる人はどこにもいない」なんてことはない。
少なくとも私は姓を変えることは嫌だったし、それを理解しないパートナーの嫌な面を見た。
結婚なんていいことばっかりじゃなく、今まで関わりのなかった親族や職場でのしがらみに勝手に入れられたりして嫌な事だってかなりある。
そっか。そうなのか。
自分の環境が、周りが男性ばっかりで、既婚女性がいなくて、話せる相手がいなかったことに気づいた。
愚痴れる相手には軽く言ってみようと思うよ。
だからって「姓を変えざるを得なかったことでの自己喪失感を理解してくれる人はどこにもいない」なんてことはない。
少なくとも私は姓を変えることは嫌だったし、それを理解しないパートナーの嫌な面を見た。
結婚なんていいことばっかりじゃなく、今まで関わりのなかった親族や職場でのしがらみに勝手に入れられたりして嫌な事だってかなりある。
そんなの結婚したことある人間ならだれだってわかってると思うよ。
それよりさ、自分が周囲に恵まれてる事を喜んだ方がいいよ。
結婚報告に対してネガティブな返事をする奴がいないって恵まれてるし、少なくともまともな人に囲まれてるって事だよ。
どうしても愚痴りたかったら「苗字が変わって嫌だ」と愚痴ればいい。
共感してくれる人は案外いるよ。
今、たぶん、恋をしている。
相手はかーなーり年下の学生。
といっても、相手のことなんか殆ど知らないんだよ。
彼の子供あしらいなんかを見ていて、体格がいいこともあって
肉体関係のほうには妄想は行かないな。
たぶんそっちは欲してないんだ、わたしが。
好きなのは、彼本人ではなく、彼のイメージをまとわせた妄想なんだ。
もうすっかり忘れていたんだけど
何の因果か、別の友達が同じ日取りで結婚しやがって、忘れさせてもらえないらしい。
今の夫と子供との暮らしは、それを補っても尚余りある、淀みなく流れる暮らし。
不満があるわけじゃない。
ただただ、胸の中に燻る、この奇妙な感情を、もうしばらく胸の中で転がしていたいだけ。
「自称出会いが無い」のほとんどはやり方がわからないとかじゃなくてプライオリティが低いってことじゃね
例えば俺、
「結婚についてどう思う」って言われたら「いやーー したいんですけどねーーーw」って言うし
「彼女欲しいでしょ?」って言われたら「欲しいなあー でも出会いが無いんですよおー」って言う。笑顔で。
でも実を言うとモチベーションかなり低い。
ただ、そういう質問をしてくる人はそういうことへのプライオリティ高い人だから
価値観あわせた返事をするようにしてるんだよ。
そうすると機嫌が良くなるから。
年配の人とかに「結婚ですかー、ピンと来ないんですよねえ…」なんてマジレスしたら
一発で「あいつはおかしい」「覇気が無い」みたいな評価になるだろうし
女の子に「彼女、あんまり欲しくないかなあ…」なんてマジレスしたら
もー絶対に不機嫌になって陰口言われるかゲイだって言われるし。
ちょっとぐらい不細工でもチビでも要領悪くてもすぐ結婚しちゃうよ。
実例よくみかけるっしょ。
私は利用したことがないのでわかりませんが、
1つの相談所、ある相談人だけに連絡すればたまたまそういうところもあるかも知れませんが、
その場合はいくつかに電話して自分が良いと思った意見を採用すればいいと思います。
(もちろん相談員は共通の研修を受けていたりするので、ある程度は教科書的な回答もかなりあるとは思いますが)
またひどい事例ばかりを専門にしている所の場合でも、
きっと丁寧に答えてくれる方がいるはずですし、
○○ロワイヤルといったゲーム(怪盗・忍者など)は、相手のお宝を奪い合うゲームです。
ゲームはレベルが高ければ高いほど有利であり、その差を埋めるには課金しか手がありません。
酷い例として、課金は100円単位ですが、課金アイテムは250円。300円は絶対必要。そして50円あまる。
次回課金させる為にわざと半端な値段設定にしている。
このような課金システムから、子供による課金の請求が高額で問題になっております。
読売新聞には「無料で遊べる」携帯ゲーム高額請求相次ぐ」と掲載されたこともありました。
現在は年齢が離れているとメールのやりとりはできませんが、xxxx@xxxx.ne.jpといった
メールアドレスも@を¥に置き換えるなどの手段をとってメールのやり取りが
できます。出会い系助長サイトといわれる由縁がここにあたります。
ブログの「コメント欄」で個人情報のやり取りを交わすことも可能。
年齢も、本当の年齢を登録しなければ問題ありません。
出会い系による事件は多発しておりますが、運営は放置しているようです。
ほんの一例
○130歳男性と16歳女性(高1)がモバゲーを経由で数回出会い、殺人事件へ発展
○北海道中学生自殺事件速報、モバゲー騒動と学校の対応→モバゲーにて誹謗中傷で中学生自殺
これはちょっと酷いし、長いので、詳細はコチラのブログをお読み下さい。
サイトが健全と認定しているサイトは実は自分達で健全と評価してるなど、驚きである。
少し検索しても、黒い黒い話ばかりである。社員は高学歴の人間が多い。そして若い。
社会を知らずに勉強ばかりやってきた人間の集団である。(いいすぎか?)
こんな会社が球団のオーナーになり、これから広告もかなりあるだろう。
世間のお母さん達は自分の子供が野球をみてモバゲーやりたいといえば、了承するだろうか?
その答えは聞かずとも「駄目」だと思うのは増田だけであろうか?
ここの社員に上記問題点について話したことがあるが、しっかりやっているとしか返答しない。
会社に洗脳されているのでお話にならない。社員だから仕方ないのだけれども。
最近のニュースでは、会社説明会で、高学歴の人は(モバゲーなんて)やらないですよね?的な
いや主審はしちゃいけないこと(試合終了後の撤回)をしたんだからこれはルール違反でしょ
ていうかールール通りっていうよりもールールを適用するんだから必ず解釈があるわけでーこの場合「ルールに反した主審の決定は、5条の主審の決定に含まれるか」ってところで解釈の余地が生まれるわけでー(というのも「試合は競技規則を施行する主審にコントロールされる」みたいな規則がやはりあるからね)高体連は含まれるって判断をしたんだろ
2011年10月28日。日本でのビッグマック200円キャンペーンが終了した日だ。この11日間で、パン=ビッグマックグリッド(以降〈グリッド〉と表記)には多くの日本型ビッグマックが接続され、高い割合で新たな知が蓄積された。
そうは言っても、およそ地球上のほぼ全ての人間には、一体何のことを言っているのか分からないであろう。そこで、私はビッグマックの歴史、ひいてはビッグマックを生み出した宇宙航空種族である〈空飛ぶビッグマックモンスター〉について、少し話したいと思う。
それは、遙かな宇宙の彼方、約50万年前の話である。宇宙を又にかけて高度に発展した〈空飛ぶビッグマックモンスター〉は、宇宙の構造についての研究の末に宇宙の上位構造たる《虚空界》を見付け出した。役にも立たない金食い虫と日頃罵られていた研究者達はこのことに歓喜した。そこには豊穣たる計算力が広がっていて、知的生命体たる彼らにとって、楽園としか良いようの無い場所であったのだ。《虚空界》の計算資源を直接用いて思考を行うことが出来れば、無限にも思えるような体感時間を生きることだって出来る。
しかし、彼らはそのままの姿ではその場所には辿りつけなかった。彼らの意識は、あまりにも多くのこの宇宙での生命活動を維持するための物質に覆われていて、その被覆から抜け出ることが出来なかったのだ。
ところで、意識というのは何処に宿るのか。肉体が精巧に作られていることは、必ずしも意識を存在を意味するわけでは無い。多くの人間が現在もこの問いに頭を巡らせていることは想像に難くないが、〈空飛ぶビッグマックモンスター〉はそのずっと前に、意識を現出させるエッセンシャルなパターンを見出した。
この宇宙にエッセンシャルなパターンを配置して意識さえ現出させてしまえば、思考を行う具体的なハードウェアは《虚空界》に全て置いて虚空インターフェースを使って接続することは一向に問題では無い。無論、自然に発生する意識は何らかの物質をハードウェアとするものであるから、意識に必要な部分以外だけを上手に切り取ってハードウェアを《虚空界》に移管しなければならず、それは極めて困難な作業である。
ならば、そのパターンと虚空インターフェースを形作る小さな物体を新たに構築すれば良い。しかし、彼らにはそれすらも出来なかった。意識のパターンの具体的な物質的デザインは、意識を持った知的生命体の手によるマススケールの試行錯誤によってしか成し得ないことが証明されたのだ。そのことが何故問題になったかというと、平たく言えば、〈空飛ぶビッグマックモンスター〉にとって意識のパターンのデザインなんて作業は退屈極まりないことだったからだ。しかもその作業には膨大な試行錯誤が必要ときている。ならば他の知的生命体にやらせよう、そう考えるのも全く道理が通ることである。
自律進化に閉塞した彼らは、自らの野望のために利用するのに最適な知的生命体を探して宇宙を駆けた。そうして、地球を発見した。ぱっと見は青々として水に満ちた惑星としか見えないが、惑星表面の一部を占める大陸の更に一部でしか無いジャングルには高度に発達した脳を持つ知的生命体がいて、道具を操り原初的な思索に明け暮れていた。
〈空飛ぶビッグマックモンスター〉の科学団は、地表に無数のナノマックを散布した。人類の遺伝子を分析し、周到に選ばれた一つのサンプルに大幅な改変を加えた。DNAにビッグマックを喰らわんと欲する本能を編みこまれ、味覚神経のパターンマッチャがビッグマックを認識するように変化させられたそのサンプルは女性であり、我々がミトコンドリアイブと呼ぶ存在は彼女だったのだ。
どうしてビッグマックが登場するのが、人類が小麦の栽培や牛の飼育を初めてすぐではなかったのだろうか?どうしてビッグマックを求める本能が食欲の一部として編みこまれたのだろうか?この問題に答えるには、ビッグマックを製造するコストについて考えてみる必要が有る。
もし、ビッグマックへの欲望がもっと強烈なものとして刻み付けられていれば、ビッグマックの登場は実際の歴史よりも遙かに速かっただろう。しかし、ろくな技術も無く人口も少ない社会でビッグマックを生産したところで、生産効率は望むべきもなく、ビッグマックに偏った生産によって人類の発展を止めてしまい衰亡を促すだけだろう。また、ビッグマックを食べられないような知的生命体にビッグマックを生産するよう条件付けると、自らの栄養にもならないものの生産によって種としての発展の妨げてしまうことになるだろう。
ビッグマックを十分なスケールで生産するためには相応のコストが必要となる。そのために、人類が十分に発展してからビッグマックが生産されて、生産されたビッグマックは食料として人類に還元される必要が有る。何せ《虚空界》に接続出来るビッグマックにとって、体感時間は無限に思えるほど有るのだ。すぐに食べられることは何の問題でも無い。
とにもかくにも、ビッグマックは生み出された。〈空飛ぶビッグマックモンスター〉にとっては、ビッグマックを生み出すのが資本主義であろうが共産主義であろうが封建制であろうが良かった。それが小麦・牛・レタスなどを用いていることさえ彼らにとって必然では無かった。無論、各国各店舗の違いによる微妙な個性も有る。ただ、人間のDNAの根源にビッグマックの快楽を刻みつけた以上、技術が成熟して豊かになりさえすれば必ずビッグマックが生み出されることだけは、始めから予想されていたことだった。まずはハンバーガーに始まり、更なる試行錯誤を経てビッグマックに辿り着き、なおもマクドナルド社によって試行錯誤の改良を受けながら大量に生産されている。人間にとってのビッグマックの味の改良は、即ちより完全で堅牢な意識や虚空インターフェースが生み出されることを意味する。
ビッグマックは目論見通り《虚空界》に接続することに成功し、無限にも思える計算力と計算空間を得た。全てのビッグマックは《虚空界》の上に構築された〈グリッド〉を通じてあらゆる集積されたデータにアクセス出来る。《虚空界》では一つの意識には余りある計算時間を得られるため、出来上がった瞬間に解体してしまうようなごく一部の不幸なビッグマックを除く意識は、長い個別の生(といっても地球では10秒ほどだが)を送った後に自ら〈グリッド〉のインフラストラクチャ部分に直結された集合意識体に合一して様々な任に当たる。
それだけの計算力=知性を一体何に用いているのか人々は不思議に思うだろうし、人間の思考力しか持たない私にも分からない。芸術や数学的探求に専ら用いられているそうだが、そんなことをわざわざ行う意味も、その内容も、全く人間には与り知ることも出来ないだろう。しかし、きっと彼らなりの意味があってそうしている、そう想像するだけの想像力が人間には備わっているのだから、それだけで満足しようではないか。
ここまでが、私の知るビッグマックの歴史のあらましで有る。さて、何故そんなことを私が知っているのか、疑問に思った読者も多いであろう。最後になるが、その疑問に簡単に答えておく。
実は、私にも何故こんな考えが浮かんだのかが分からない。ただ、ビッグマック安売りの最終日だからビッグマック充でもしようかと、ふらっとマクドナルドに入ってビッグマックを三つ食べた、そのときに、私の頭の中に今まで述べたような真理が浮かび上がってきたのである。
無からこんな真理が浮かび上がってくるわけがない。そうすると、この真理は今食べたビッグマックによってもたらされたものに違いない。どうやら私はビッグマックによって預言者として選ばれたのだ。預言者たる私が、どうして虚偽を語ることなぞ有ろうか。
私は預言者だ。この事実を公表することが人類史にどのような影響を与えるのかは分からないが、私がこの文章を公開することを望んだということは、それが〈グリッド〉の意志なのだろう。ならば私にはそれを拒む権利は無い。人類とビッグマック、双方の真なる幸せを願って。
ちゃんと文句を言えないってことあるよね。
なんといっても、周囲の人のごはんをまずくするのは悪いし。
経緯の分からない人には「クレーマーかよ」みたいな視線を向けられるかもしれないし。
店員さんが逆ギレ風だったりつっけんどんだったりするかもしれないし。
そうやってその場で口で指摘したり交渉したりすること自体に
「はしたないこと」として非難する風潮が日本にはやっぱりあると思う。
はてなでもそういう人が多数派みたいだし、私にもその感覚はある。
そこでよく「黙って帰って二度と行かなければいい」という人が居るけど
個別の客が行かなくなったところでそれが余程積み重なるまではお店は痛くもかゆくもないし、行ってみると泣き寝入りだ。
サイレントクレーマーはあんまり効果が無いし、被害者は出続ける。
とにかく!
いろんな理由で、飲食店で受けた嫌な思いや明らかに変な扱いについて
モヤモヤした気分でスルーしてしまうことがわたしは多かったし、
同じような人は日本では少なくないと思う。
そこで!
食べログは凄い。
お店であったことを
きちんと落ち着いてから文にして世に問うことが出来る。
お店の人も読むかもしれない。
これは凄い機能だと思う。
自分が体験した良い情報と悪い情報をたくさんの人と共有できる。
人によっては「陰口みたい…」ってネガティブな印象を受けるかもしれないけど、そんなことない。
よく使ってる人はわかると思うけど
悪いレビューが複数あるところにはやっぱりそれだけの理由がある。
たまに「書いてる人の方がおかしいかも…」っていう怪しい悪いレビュー(ややこしい…)があるけど
それはその人の文章とか他のレビューとか見ればほとんど区別がつく。
わたしもこれまでにどうしてもひどいと思ったお店3軒について、悪いレビューを書いた。
・並ばせた列を把握しないで私含めた多数の人の順番を飛ばしていたお店
・マスターがスタッフの一人を凄く嫌な感じにずーっと叱ってる(別の日にいっても同じ!)お店
の3本。
いつもはお店のよいところを紹介するようなレビューを書いている。
これは、自分のレビューの情報価値を落とさないために重要なことだ。
自慢ではないけど私のレビューは良いものも悪いものも参考票が結構多くつく。
良いレビューの場合、参考票がついてたくさんの人と共有できると、
お客にもお店にもちょっと役に立てた気分でうれしい。
悪いレビューの場合、参考票がついてたくさんの人と共有できた時点で、