はてなキーワード: もびとは
例えばテトリス
あれって落ちてくるブロックが四角だよね?
あれを、ゲームのルールやシステムを一切変更せずに、ブロックの形を丸にして新作ゲームとして発売する
アホかwwwって思うかもしれないけど、モバゲーはそれを何十と繰り返して「新ゲーム」として展開しているよ
最近はガンダムとかアニメとか他メーカーのゲームとコラボレーションしているものがあるよね
CMや雑誌で見ると、アクション性が高かったりRPG要素が強かったりキャラが動きまわって楽しそうだったり
色々魅力に見えるだろうけど、結局は上で述べた「テトリス」と同じで
ルールやシステムは全く同じ、グラフィックやシステムメッセージの内容だけ挿げ替えって言う量産も量産
アタリショックもびっくりの粗製濫造…いや、濫造はしてないかもしれない
一応書いておくとテトリスを選択したことに他意は無いよ
いわゆるコミュ不足だと思われる原因で、いまだに就職活動を続けている私。
最近、明らかに周りの学生の雰囲気が変わってきたのを肌で感じる。
あるグループ面接時。
左から2番目に座った彼は、椅子に斜めにもたれかかり、最初の自己PRで「私のこと最初から理解するのは無理なんですよ…中略…一緒に働く中で私の力をご理解できるとおもいまーす」と発言。
真ん中に座る彼女は身なりはきちっとしていて、好印象だったのだが、面接では同じことを何回も繰り返す。
これにはさすがの私もびっくりしてしまった。そして、私は彼等と同じラインに立っていることにショックを覚えた。
国営放送なんかで「100社受けたけど・・・」なんて答えている学生と同じラインになっていると思うとつらい。。。
最近の説明会や面接は大体こんな感じの顔ぶれである。そもそも、説明会や面接にいける数がもう少ないのだが。。。
早くなんとかして職につきたい。
・2012年卒採用、企業は予定人数確保に難航――マイナビ調査[Business Media 誠]
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1110/05/news096.html
・民間企業「厳選採用してるはずなのに、クソみたいな学生しか来ない。なぜだ」暇人\(^o^)/速報
http://blog.livedoor.jp/himasoku123/archives/51668356.html
この調査によると文字通り人材確保が上手く進んでいないようだ。
しかし、やっぱりコミュ力基準の厳しい審査を通過しなければ、選ばれないという。。。
コミュ力。。。
想定される答えに対して漫然に下準備を行なうことは別に面接に限ったことではないことを、あるインターンの時に思い知った。
下準備を行なう。。。準備なんかせずに今まで過ごしてきた私にはとってもたいへんなことである。
受験勉強も好きなことを勉強して、嫌いなことはやらないで高校に入れたし、大学にも入れた。まわりが予備校で必死こいて勉強している姿はなんだかうらやましかったし、尊敬を感じていた。
部活では、問題に立ちあたってから考えることがほぼ全てだった。
やりたいことは、やっていくうちに何とかなった。それはもちろん、生活費がかからないことが前提であるが。
こんな感じで過ごした学生生活、別に後悔なんてないが、思わぬハードルを背負っているのかなと今になって思う。
ケチな性格な私は、お金に関しては計画性を持って取捨選択も行なってきた。また、そのための情報収集もかなり得意な分野である。
一方、全員ではないが大学生は金持ちが多い。平気で対しておいしくない駅前にある居酒屋チェーンの店で1人3000円とか落とすし、隣にスーパーがあってもわざわざ高いコンビニで買い物するし。。。
「お金ないんだよね~」としゃべりながら“いろはす”買ってるし。。。
この点で、他と差別化を出して個を出すべきなのかなと思った時期もあるが、この個を説明するためには現状の大学生のお金に対するルーズさを説明する必要がある。
世の中の消費は決して牽引しているとは思っていないが、わりと身近な点ではルーズなことを。
こうなるとやはり、面接官に説明が無くてもある程度理解できることを説明していく必要が出てくるが。。。
大学時代に“まあそんなこともあるよね”と聞き流せないようなことをやっている人がいくらいるか。。。
内定を決めた人はみんなわりと”まあそんなこともあるよね”ってことを自分だけのものにして上手く説明していると思う。
“まあそんなこともあるよね”ってことを“まあそんなことあるよね”って感じでしかしゃべれない点で私はコミュ力無しであり、それを理解しながら対処方法を見出せない、もしくは対処方法を実行できない私は。。。
追記。
私が労働者現役時代に野菜工場が完全自動化して、農業もほぼ自動化されて、欲を満たすための産業、研究だけが残るなんてことが起こりそうかなと夢物語を想像するとやる気が。。。
9月30日、母が死んだ。酔っぱらって衝動的に自殺したっぽい。
部屋は綺麗だった。昔からきれい好きだし。一軒目は何処で飲んだのか未だに不明。部屋にも酒は無かった。
とある出禁の店に泥酔状態で行って追い返されて、警察に保護されて深夜の2時頃に自宅に返された。その3時間後に海で見つかった。
その日の朝9時頃地元の警察から電話がかかってきた。最初は前の日に話をした地元の友達かと思った。俺の会社で働いていて色々な人から金を借りて逃げたからだ。半年ぶりに連絡がついてそしてそれを凄く怒った。金のことも怒った。本当に自分もびっくりする位怒ったのでびっくりして警察に駆け込んだのかと思って電話を出た。
海で遺体で上がりました、と警察。頭が真っ白になるってこの事だったんだ。
電話を切って結構ボーとしてた。月末で仕事もまあまあ忙しかった。
近所の公園をふらふらしながら離婚した親父とか、母の弟とかに電話した。人嫌いで親戚・友達づきあいは殆ど無かったから連絡はこれで事足りる。
ボーっとしすぎってチケットを取ったのは夕方だった。すぐに電話すればすぐに帰れたのにボーっとしてしまった。
母とはずっと疎遠だった。ヒステリックで酒乱で本当に嫌だった。
帰ったのは17の時に上京して友達が事故った20歳くらいの時、じいちゃんが死んだ22歳くらいの時、あとは半年くらい前。
近所の習い事の先生に酔っ払って「俺君を返せ!隠してるんだろ!」と。
更に飲み屋で俺の同級生に金を借りて飲んだ事も聞いた。
酔ったら俺に電話してくるのもやめて欲しかった。当たり前のように100回以上は電話が鳴った。留守電もいっぱいになった。
鍵を開けて入っていくと久しぶり過ぎてびっくりした後に大泣きして土下座して謝っていた。痩せていて、老けていた。
部屋を見てみると綺麗にはしているがカップラーメンばかり。薬も色々な種類の薬(うつ、糖尿、痔、等)を飲んでいる。
これはやばいなと思った。
ホテルの厨房で働いていたから飯はめちゃくちゃ旨い。なのに何でカップ麺ばかり食っているのかと軽く怒った。
んで東京に住むか、と誘った。でもずーっと住んでいるこの地が良いらしい。
素面の時ならいつでも電話しろと言った。素面でもこの何年かは話が通じなかった。
内容としては、
・金はあるのか?
・何でそんなに高いマンションに住んでるのか?
・やくざになったのか?
・誰を頼って東京に行ったのか?
等。
母の中では金持ち=ヤクザらしい。儲かったってヤクザなんてやらないのに。
なので一度でも俺の会社を見て欲しかった。色々とやっていてひとつひとつ見せながら説明したかった。
そこで2時間位で家を後にした。
そんな事が前にあって、飛行機に乗って帰り、警察が空港に迎えに来ていた。
母の死体が警察署にある。当然見ることになる。隣には一緒に来てくれた彼女がいるけど、ずっと緊張、というか過呼吸になりそうな感じだった。なったことはないけど。
上記に書いた時系列を説明してもらい、発見地点など地図に書いてもらった。
母と対面した時には冷たくなっていた。冷蔵してるし当たり前かと考えていた。
1分ほど見つめて、後にした。司法解剖に行くことになった。事件性の有無を調べるためだ。
でも俺はそんなものは無いと思ってるし今でもそう思っている。それは間違いない。
地元の街中の殆どの店を出禁になり、飲む所がない。1件だけあってそこによく行っていたようだ。葬式にもいきなりそこのママが来てくれた。
その後隣町の実家に帰った。ひどく部屋は綺麗だ。いつも通り。
彼女が台所を見て言った。歯磨きに俺が小学生の頃に作った焼き物の湯のみを使っていた。そこでその日初めて泣き崩れてしまった。前の日にも彼女の胸で泣いた。泣き顔は5年のうちで初めて見せた。
家中探してもやっぱり酒を飲んだ形跡はない。やっぱり何処かで飲んだんだ。未だに判明してないけど。
とても自殺した人の家とは思えないくらいに綺麗で、色々と行き届いていた。生活感もあった。
ふと思った。冷蔵庫を閉めた後に。ちゃんと色々買って自炊している。言うことを聞いている。カップ麺は一個もない。
携帯電話を見た。全く何も入ってない。俺の携帯に電話をしてみた。鳴らない。通話ができません、と。
他の携帯にかけてみた。鳴った。どうしようもない気持ちになった。
母は俺に迷惑をかけまいと俺に電話できないように設定していた。
でも10日前くらいに公衆電話から電話があった。病院からかけていると。
何で携帯からかけて来ないのか不思議だったけど、特には聞かなかった。これで謎は氷解した。
その電話の時もやはり話題は誰を頼って東京に行ったのか。前までは素面でも話が通じなかったけど、多分今回の電話は電話する理由が欲しかったんだと思う。ちゃんとそこは説明している。
それが最後の電話になった。もっと話しておけば良かったと眩暈がするくらい後悔してる。
というか、親孝行をもっとしたかった。これは一生後悔し続ける。
日本中の殆どの人が、世界中の人かもしれない。日常的に言っている「親孝行は生きているうちにしておけ」と。
何でそんなことが、そんな簡単でいつでもできることが俺には出来なかったのか。
いつかは思う存分孝行しようとしていた。というかその時期だった。
ある程度東京でも成功し、月収も1000万を超えた。なんでもできるはずなのに。なんでだろう。そればっかり考える。
ビジネスは成功して、親孝行は失敗する。親孝行のほうがはるかに簡単でいつでもできるのに。
俺の存在意義を疑う。何の為に生まれてきたのか。
小学生になる前にはママ、ママと呼んでいつもおやすみのキスを求めていた。
小学校低学年になったら取っ組み合いの喧嘩をするようになった。習い事も初めて色々な賞を取って喜んでいた。
小学校中学年は他の習い事も始めた。その習い事は世界大会でベスト3に入るまでになった。本当に誇りだっただろう。
小学校高学年は両方の習い事でグングン伸びて全国をかけめぐっていた。これは中学校も続く。ママと呼ぶのが恥ずかしくて母さんと言うようになった。
中学1年になって初めて喧嘩に勝った。蹴りがみぞおちに入って唸ってうずくまってしまった。これからは手加減しないとまずいと感じた。
中学2年は包丁を投げられて必死でかわした。この頃からお前というようになった。毎日夜遅くまで友達の家で遊んだり泊まり歩いたりが始まった。
中学3年は同上。もっとひどくなっていった。
高校1年制は不良友達のたまり場になった。6畳の部屋に10人はざらだった。彼女もできて家には殆ど帰らなかった。
高校2年制は停学3,4回目で首になった。もうこの頃はほぼ帰らなかった。母が知っている友達の所にいるといきなりやってきて窓を全力で開けて叫び始めるからだ。
溺愛されていた。でもその愛情の表現の仕方が本当に常識とかけ離れていた。俺もわかりつつも心から嫌いになっていった。
17歳の時に求人誌を取り寄せて片道の飛行機代で上京した。本当につらい毎日だった。
家の引き出しを見てみるとその頃に振り込んでもらった振込用紙が出てきた。勝手に出ていったくせに。俺に関連するものはどんなものでも綺麗にとって置いていた。
アルバム、学校の通知表、習い事の全国のおみやげ、インテリア、載った新聞の切り抜き等。
彼女も溺愛しているのは簡単にわかると言っていた。友達達も溺愛しているのは言うまでもないと。
俺の為だけに生きていた。99%。それ以上かも知れない。
生活保護を6年ほど受けていた。俺は生活保護の手紙みたいなものを受け取ったが関わりたくないので面倒見切れませんと返信した。
引き出しには通帳が入っていた。
6年間で120万程度貯めていた。実際使えるお金は6万程度なのに。光熱費とか食費とか色々あるのに。その中から月に15000円以上も貯めていた。
よく見てみると、大きい買い物はテレビだけだった。チラシも、領収書も入っていた。俺に言ってくれればそんなものすぐに、もっと大きい、もっといいものを買ってあげるのに。
もっとよく見てみると、服も、布団も、何も新しいものがない。全部見たことがあるものばかり。
何を楽しみに生きてきたのか。
涙が止まらない。
今日の朝、いらないものは全部捨てた。捨てるのを迷うものばかりだ。
全部持って帰りたい。
このまま部屋を借りるかどうか迷う。
全部このまま残したい。
今もまだ考えている。
形見と呼べるものは少ない。
遺体が発見された時も小銭入れと、部屋の鍵とタバコだけだ。今乾かしている。
取っ組み合いの喧嘩をして父親替わりもしてくれた。
全ては俺が最後まで素直になれなかったのが原因だ。
東京に来いといったが完全に命令口調でいった。
久しぶりに会ったからと肩でも揉んでやればよかった。
東京に来て生活するよりも、そのほうが嬉しかったかも知れない。
会社の人間には言ってない。下手な気を使わせたくない。俺も気を使われたくない。
1年間は何も言わないつもりだ。
うつでアル中で親の事を好きだけど素直になれなくて、でも何かしてあげたい人の為に。
もう俺みたいな一生後悔するような事は誰にもさせたくない。
今日さっきまでお通夜だった。母だけの知り合いは一人だけ。上記の唯一飲みにいける店のママだ。
そこでも喧嘩して出禁になりかけたらしい。でも素面に戻って飲む所がないと泣きついてきたらしい。
大人たちが帰って、地元の友人10人程度で飲んだ。こんなに皆が集まるのは高校生以来だ。腹を抱えて笑った。ずっと皆で笑ってた。母もそのほうが喜ぶだろう。
このまま保存できるならずっと保存したい。ずっと一緒にいたい。俺が死ぬまで一緒にいたい。
でもそんな事は叶わないから焼く。
生き返るなら全財産出しても借金してもいい。そんな気持ちになったのは初めてだ。その為に人生を賭けてもいい。
本当に母が好きだった。なのに優しい言葉をかけたのは記憶がない。
どれだけ母は俺の優しい言葉を望んだだろうか。
別れた父もお通夜も来なかった。母の弟は遠くで死ねばいいのにといった。完全に回りの鼻つまみものだった。
俺もそういう気持ちだったはずだった。なのに何でこんなに愛おしくなるんだろう。
金を稼ぎたかった。だから親は後回しにした。でも本当にいい暮らしをさせてやりたかったからなのに。
増田はいつも見ていた。でも俺が書くとは思わなかった。たまにホッテントリで見るくらいなのに。
でも何処かに吐き出したかった。今の気持ちも忘れたくなかった。だからこの場を借りる。
【追記】
本日、火葬を無事終えました。本当にありがとうございました。お骨ってあんなにもろくなるものなんですね。
・爺ちゃんが亡くなって10年近く経つんだけど、亡くなってからずっと行っていなかったお参りに今年は2回も行っている。
・今年の7月頃親友のお母さん(母の同級生でもある)に素面で電話して、出なかったので役所で働いている旦那さんにまで電話をしている。同級生と久しぶりに話したかったのか?
とか色々。
何らかの予感があったのかも知れない。
どこ行っても中国語(広東語、北京語)で話しかけられたので多分現地民かもしくは中国大陸からの移住者または旅行者と思われていたのだろう。
こちらの反応がないのを見て外国人だと悟り英語で話しかけられる。
世界中から人が集まる上海の空港でも香港マカオの一流ホテルでもそうだった。
外国人と分かったら「日本人?」「韓国人?」「日本人?韓国人?」と聞かれることが多かった。
空港や著名な観光地では白人などもたくさんおり、彼らには最初から英語で話しかけていたようだった。
「これはマカオパタカで表示されているのか?香港ドルか?」と聞かれたので、
わざと現地民のふりをして英語で答えた。
最後に
「Are you Japanese? You spoke Japanese,I heard.」と言ったら
「Yes,you understand Japanese?」と返されたので
「Yes,of course,because I am Japanese!」と言ってやったので相手もびっくりしていた。
ローカルなコンビニでのことだったので、地元民しかいないと思っていたらしい。
日本でもほかに情報がない限りはモンゴロイドの人間がいたらまず自国民だと信じて日本語で話しかけるだろうし、
西洋人だったら日本語を理解する可能性を想定せず英語で話しかけると思う。
日本語に堪能な非英語圏の白人が日本に帰化して日本人になっても、
白人というだけで英語でしか会話させてもらえないということで、
「自分はいつまでたってもガイジン扱いだ」と嘆いていたのを思い出した。
中国とか韓国とかでもモンゴロイドなら自国民と信じ、白人だったら最初から自国語など理解することのできない英語話者とみなすのだろうか?
中国本土内でも上海の都市部やローカルな田舎とでもだいぶ差があった。
ローカルなお店を除いては大抵英語併記。マカオに至ってはポルトガル語も加えて三言語併記。
少なくとも通じる人をどうにかして捕まえられる環境は常にあったと思う。
ところがマカオから海をフェリーでものの10分渡って中国の片田舎に入ると、
腹ペコな子は、立派なパン屋さんになるために一生懸命頑張っていました。どうやったら一人で美味しいパンが作れるのか?毎日あれこれ試してみますが、うまく行きません。その度に美味しくないパンを食べることになってちょっと泣いてしまいますが、だからこそ明日も頑張ろうと思っていました。
けれども腹ペコな子は、よく考えてみるとどうすれば美味しいパンが作れるのか全く分からなかったのです。今まで水の量を変えたり、生地の練り方を変えたり、火加減を変えたりしてあれこれ試してみましたが、それはただ闇雲なだけだったのです。腹ペコな子はすっかり参ってしまいました。昨日までがむしゃらに生地をこねていた手が、今はもう動きません。今まで頑張ってきたけど、頑張りの中身が空っぽだったことに気づいてしまって、今は何もする元気がなくなってしまいました。
膝を抱えて座り込みながら、腹ペコな子は美味しいということはどういうことなのか考えてみました。というよりも、それ以外考えられない心になっていました。でもよくよく考えてみる程に、自分はどんな味のパンが好きなのか、それすらわからなくなっていきます。腹ペコな子はどんどん落ち込んで、パンも食べずにいるのでいつもよりもずっとずっと腹ペコになってしまいました。
そしてあるとき、腹ペコな子はもう何日も何も口にしていないことに気が付きました。さすがに大変だと思い、なんとか水を一杯口にしました。その瞬間、腹ペコな子はものすごくびっくりしました。
ただの水が、とっても美味しいのです。
次に腹ペコな子は、その隣にあった数日前の失敗したパンを、恐る恐る口にしました。そうしたらまたものすごくびっくりしました。失敗したはずのパンが、とっても美味しいのです。
腹ペコな子はボロボロ涙を流しながら、ゆっくりと水を飲んで、ゆっくりとパンを食べました。思えば、こんなにゆっくりパンを食べたのは生まれて初めてのことでした。それから少しは元気が出てきて、周りを見回してみました。今度は、世界が今までとは全く違って見えました。
今まで腹ペコな子は、お腹いっぱいになりたいからパンを一生懸命作ってきました。でも周りを見回すと、パン以外にも美味しそうなものがいっぱいありました。草むらの苺、庭木の林檎、井戸からあふれる水。どうして今までパン以外にも美味しい物があるということに気がつかなかったのか、自分でもびっくりしました。
それから腹ペコな子はパン屋さんを目指すのをやめました。パンを作らないわけではありません。でも、パン以外のものも作るようになりました。あたりから採れたりした材料でスープを作ったり、ジャムを作ったり、いろいろです。美味しいのかどうかはアタマではなくて舌が教えてくれます。
腹ペコな子は、もういつでもお腹が空いているようなことはなくなりました。パンがなくても他に食べられるものはあります。それになにより、食べることよりも食べるまでのことを考えただけで胸がいっぱいになるようになったのです。
その子は自分のおなかがいっぱいになることはずっとないと思っていました。だからお腹が空いていない今がちょっとだけ信じられません。でもそれで、ようやく本当のことに気が付きました。自分が本当に空かせていたのはココロだったんだと。だから食べ物の美味しさもわからなかったんだな、と。
その子はベッドでうとうとしながら、明日も美味しいもの探しをしようと思いました。それはきっと、一生続けたって飽きないだろうから。そうしてその子は眠りにおちました。
タイトルは何をあたりまえな、と思われそうだが、この当たり前のことを元増田はちゃんと説明していないのではないだろうか。
「ちくしょう、これはこうすればよかった。」
「あなたのあれはこうすればもっとよくなると思う。」
こうした言葉を「文句ばっかりいうなよ」「ネガるなよ」「現状で満足しろよ」とネガ発言ととる人がいる。これをポジティブだと考えてる人は、
と、現状で満足せずに「もっとよくできるかも」と考えているのだが、ネガだと取る人は彼らが現状で満足していないことにネガティブを感じる。ここで断絶が生まれてしまう。
ポジティブに受け取る人→現状で満足してない、進歩したい (前向きな俺はポジティブだな)→反省点はこうだな
ネガティブに受け取る人→現状で満足しろよ (文句いわない俺はポジティブだな)→ネガ言うなよ
全く同じことに対してこうなってしまう。ポジティブに受け取る人はもっとよくしようと考えている自分はポジティブだと思っていて、そのための反省や見返しや考察をする。ネガティブに受け取る人は、文句を言わないでやれてる自分はポジティブだと思っていて、だからこそ前者の反省や見返しや考察がネガに見えてしまう。会社や学校で、こうした断絶によるトラブルを経験したことのある人は少なからずいるだろう。
わかりやすいのが、創作系の馴れ合い。上達するには悪い所もびしびし言い合っていかないといけないのに、全部ネガだときめつけて、「ネガティブなことはいわないようにしましょう」と馴れ合う。そういう集団は上手くならない。見かけ上の仲の良さだけだ。
上手くなる人たちは、悪い所をびしびし言い合っても、そもそもネガを言われたとは考えない。否定的な事や批判を言われても冷静にそれを意見として受け止めて次に生かそうとする。
ネガティブに受け取る人がエスカレートすると、肯定的な意見以外は全部ネガだと受け取りがちになる。「私の周りの人は愚痴や文句しかいわない」と。そうなると、問題点を指摘されても素直に受け止められないから、取り巻く状況が改善せずに悪化していき、雪だるま式にネガだと感じる原因は増えていく。
さらにエスカレートするとネガティブだと感じることの原因を外部に求めるようになる。その根本は「もっとよくできるかも」と思えないことに起因してる。自分や現状が改善するという選択肢が無いから、外部に原因を求め、外部のアラがきになり、さらに世界がネガティブに染まってみえてしまう。そして愚痴を吐き出すようになり、周りの人までそのネガ循環に影響されていく。
この手の愚痴というのは、自己反省が伴わず、それこそ殆どの人にネガティブ発言、よほどポジティブに物事を取る人にもノイズとしか受け取れないようなものだ。
「もっとよくできるかも」と考えられる人はべつに恵まれた環境にいるわけではない。同じ環境にあっても、ネガだと思う人と、そうでない人がいるだけだ。
http://anond.hatelabo.jp/20110813021554
「もっとよくできるかも」と考えられるようにしてあげる。強制的に何かをやらせるのではなく、解決の糸口をいくつか提示して自らの気付きを待つ。
一度でいいから小さな事からでいいから、自分自身の力で成功や勝利を味わう機会にめぐり合えるよう協力する。うまく行く時はこんな感じなんだなという経験が1度でもないと、失敗した時にこうすればよくなるかもとは考えにくいものだ。それが全く考えられなくなる事を、人は負け癖がつくという。
どうもこんにちは。重度知的障害者の兄貴です(7/27「まとめ」に一部追記。「自分の苦労を他人に押しつけるな」という「書いていないことを読み取る」コメントにくたびれたので。別に自分が理不尽なほどの苦労をしたとは思ってない)。この記事とブクマみて血圧上がってます。
出生前診断で異常発見し中絶、10年間に倍増 : 科学 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20110722-OYT1T00585.htm
http://b.hatena.ne.jp/entry/www.yomiuri.co.jp/science/news/20110722-OYT1T00585.htm
まずこれ読もうね。
T4作戦(テーフィアさくせん、独: Aktion T4、英: T4 Euthanasia Program)は、ナチス・ドイツにおいて優生学思想に基づき1939年10月から1941年8月にかけて行われた安楽死政策を指す。名称は本部の所在地、ベルリンのティーアガルテン通4番地 (Tiergartenstraße 4) に基づき第2次世界大戦後に付けられた名称である。一次資料には E-Aktion(エーアクツィオーン、E作戦), もしくは Eu-Aktion の名称が残されている。この政策により、20万人以上が犠牲になったと見積もられている(ニュルンベルク裁判の検察側による見積もり)。(略)
この政策の目的は、ドイツ国民の「遺伝的な純粋性」を守るためのものであり、また身体障害者や精神障害者を組織的に根絶するというものであった。障害のある子供たちは、普通の病院と違う特別な病院に入れられた。障害を持つ成人に関しては、すでに 「Gesetz zur Verhütung erbkranken Nachwuchses」の結果として強制的不妊手術の対象となっていたが、この政策の対象にも含まれた。
読んだら次にいってみよう。君らが1930年代のドイツにいたとして、自分が「ナチスに投票した4割」と「投票しなかった6割」のどちらだったか、よく自問自答しながら下を読んでくれ。
まず、こういうことが罷り通るってこと自体、日本が法治国家としてダメダメってことなんだけどね。これを読もう。
第十四条 都道府県の区域を単位として設立された公益社団法人たる医師会の指定する医師(以下「指定医師」という。)は、次の各号の一に該当する者に対して、本人及び配偶者の同意を得て、人工妊娠中絶を行うことができる。
一 妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの
二 暴行若しくは脅迫によつて又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの
2 前項の同意は、配偶者が知れないとき若しくはその意思を表示することができないとき又は妊娠後に配偶者がなくなつたときには本人の同意だけで足りる。
子供に障害があるからって中絶できるなんて書いてないよね?母体に危険がある場合か、貧乏で育てられないか、レイプ被害の場合のみだよ。日本は中絶は無原則に自由とか思ってるの、それ完全に間違い。つまりDQNカップルとかが避妊もしないでできちゃった子供を中絶するのって違法ですからね。堕胎罪ですから。一年以下の懲役ですから。覚えとけよ。
中絶する親は被害者なんかじゃない。法律的には間違いなく加害者。
そして倫理的にもそうだよ。胎児とはいえ命は命。まさにレイプとか母体の危険とか経済的理由とか、そういう「緊急避難」的なものでなければ圧殺していいはずがない。違うか?良心の呵責ぐらい持てよというのはおかしなことか?こういう連中を「被害者」呼ばわりできるとか、どんだけ世の中なめてるの?
皆さん好き勝手に、「障害者を育てるなんて無理」とか色々言ってくれるけど、言われた方がどう思うかわかってるの?中絶する両親には同情しても、中絶される障害胎児には同情しないんだね。ふーん。
もっと馬鹿げてるのが、先天的に障害がなければ障害とは無縁だとか思ってること。あのね、人間はいつでも障害者になります。事故とか病気とかね。統合失調症とか一番わかりやすいと思うけど。そうなったら「育てるの無理」とか「生きていけない」とか下らん御託言ってられなくなるよ。とにかく育てなきゃいけない、生きなきゃいけない。そこに現実があるからにはね。やってもみもせずに「できない」とか、何を甘っちょろいこと言ってるのかね?
うちの例でいうと、弟は生後僅かな間は「健常児」だったよ。ところが詳細は省くが医療ミスで脳出血起こして、それでその後遺症で知的能力のほか色々障害を負った。そんじょそこらの先天性の軽度障害者なんかよりよっぽど重いのをね。そういうことが起こりうるってわかってるのかな?出生前診断と中絶で問題を「なかったこと」にできるとか思ってる君ら、本当におめでたいよね。それとも我が家みたいなのは弟を間引けるようにすればよいとでも思ってるのかな?すごいね、まさにT4作戦だよ。ハイル・ヒットラー!君も将来歳を取って認知症になったときはアウシュヴィッツで「人道的」な「安楽死」を迎えることができると思うよ。
ちなみに、メガネ・コンタクト族の皆さん、君らの多くは近代以前だったら生存能力のない「視覚障害者」だからね。そこ覚えておくように。社会制度や技術で少なからず「障害」は「障害」でなくすることができるんだよ。育てられないとか生きていけないとか、そういうことやって見てから言ってるのかね?
で、ブクマに書いてあるので多いのは「障害者は生きていても不幸だ」みたいな話。すごいね。まさに「生きるに値しない命」だよね。ハイル・ヒットラー!
ヘレン・ケラーから乙武洋匡にいたるまで、いろんな人がそんなの迷信だ、とどれだけ説いてもわからない人はわからないんだね。確かに障害者は生きて行くに「不利」があるよ。でもそれは絶望的なものってわけじゃない。
それこそ上に書いたみたいな目の話をするならさ、メガネ族・コンタクト族は既にパイロットや宇宙飛行士になる夢は絶たれている。矯正可能な近視・遠視・乱視だって立派な「身体障害」であることの証明だね。しかし、あなたそれで人生に絶望する?しないよね。程度の差はあれ障害者の人生って同じことだよ。そしてその「不利」の程度を弱めていくのは「健常者」のつとめだよ。あなた自身やあなたの親兄弟や子供がいつ障害者になるかわかったもんじゃないんだから、それは「保険」と同じようなものだ。それを問題視するならT4作戦発動するしかないね。ハイル・ヒットラー!
あと、ブクマに目立ったのが「この日本の国で障害者を育てる事なんてできましぇ~ん」みたいなの。ふざけるな。
みんな育ててるんだよ。多かれ少なかれ苦労してな。別に同情なんていらん。だがな、その「苦労」の中身にはお前らみたいな連中の無理解と偏見が少なからぬ比率で混じってることぐらい覚えておけよ。
でな、「日本の国」の制度が悪いのは(7/27追記:本当にそこまで悪いとは思わないが、まあ完璧ではないので一応「悪い」として)誰のせいか知ってるか?お前らのせいなんだよ。曲がりなりにもこの国は民主主義国家だ。主権者は国民だ。この国の制度は国民が作るんだよ。それをやってこなかったツケが回ってきてるんだよ。
ただし勿論、当事者でなければわからないことは色々ある。例えば世の中のエスカレーターは大抵は「上り」ばっかりだが、足の悪い人にとっては「下り」こそが重要だというのは自分がケガしたり身内に足腰弱った老人がいないことにはわからんだろう。逆に言えば、当事者が声を上げるというのは民主主義国家における国民の権利であり、義務でさえある。そういうことを石頭のお役人やら政治家やらに硬軟とりまぜて教え込んでいくことで、障害者が生きやすい環境というのは少しずつ整備されていくんだよ。
何?この国は民主主義でもなんでもないって?そうだね、すべてはアカとユダヤの陰謀なんだ。ハイル・ヒットラー!
長々書いたが、俺の言いたいことは要するにこういうことだ。
この辺のことをよく考えた上で、諸君がナチス的な思想をさっさと卒業してくれることを祈るばかりだ。
はてなの連中は普段リベラルぶってるくせに障害者問題になると本当に差別的でカスだと思ってきたが、本当になんとカスの多い事よ。
なんでそこまで先天性の障害が特別だと思ってるんだ?お前の子供が病気や事故に遭わないとなんでわかる?「健常者」であっても犯罪者や引きこもりやニートにならないとなんでわかる?その覚悟なしに子供を生み育てようとか思ってるわけ?それ、ほとんど確率の問題だぞ。
大抵の障害児はそんなケースに比べりゃずっと楽だぞ。障害児なんて育てられないというんだったら、病気や事故に遭った子供、あるいはDQNやニートが親の子供も育てられないから育児放棄して殺してもいいって話になる。お前らが言ってるのは要するにそういうことだ。なんでその程度の想像力もないの?
要するにお前らの「育てられない」なんてのは「ボクちゃん、こわいの、できないの~」って子供がダダをこねてるのと同レベルなんだよ。子供に先天的な障害がなくたって四苦八苦。親になるってことはそれだけ大変なことなんだよ。その覚悟を持て。
以下、目立ったブコメに返信(7/27追記 以下、ブクマの傾向を見て適宜加筆・修正・削除する)。
md2tak 障害というか知障ね。理性なき者は社会合意できないから社会の倫理に委ねられる。「俺ができるんだからお前もできる」はマッチョな意見。少なくとも社会保障の議論を。コストの話になると経済的理由が適用できちゃう 2011/07/25
「知障」とか差別用語使いやがってカスが。だいたい読売の元記事は知的障害に限った話じゃないだろう。
ああ?何がマッチョだぁ?ふざけるな。うちの場合みたいに後天的に障害を負うことだってあるんだよ。そんなとき「ボクちゃん、こわいの、できないの~」って言ったらどうなるんだ。育児放棄、児童虐待、殺人だ。違うか!違うなら言ってみろコラ。社会保障なんて曲がりなりにも日本にはあるわいボケ。調べもせんとなにを贅沢ぬかしとんじゃカス。障害者の親が全員金持ちだとでも思ってるのか。障害児を養うと明日の飯に困るような貧窮なんてないわ。
sankaseki だからと言って、本人に「障害を持ち人生を歩む」と 親に「障害を持つ子供の親」という重責の強制はできないと思うがな。ややもすると「自分がやっているから他人もやれ」という押し付けに見える
じゃあ、うちみたいな後天的障害の場合はどうするの?「押しつけ」だとか能書き垂れて育児放棄とかできるわけ?だいたい「親」であること自体が超絶的な重責なんだよ。障害があるかないかなんてそれに比べたら微々たる差でしかないだろうが。つーかうちの親をはじめ障害者の親なんて別に「重責」に耐えた偉人なんかじゃないぞ。その辺のオッサンオバサンだよ。その辺のオッサンオバサンができることをやれというのが過重な重責なんかだとは思えない。
自分の子供を殺してまで守る家庭なんて守る価値なんかないわ。しかも「良心的」とかどこまでカスなんだお前は。それは「ポア」の思想だよ。
p__o__n 私は障害者になりたくないし、子供が障害者として生まれて欲しくないし、可能な限り障害が治れば良いと思う。これを優性思想だと言われればそれはしょうがないです。 2011/07/25
いや、それはそういうもんでしょう。社会を生きて行くに不利があるからこそ「障害」なわけで。矯正可能な近視がもはや障害とは呼べないのと同様に、「障害」は克服できるもんだし、そうすべきなんだという話ですよ。
虐殺の考え方も人類の中で脈々と受け継がれてきたものだね。これはもっと受け継ぐべきだね。ハイル・ヒットラー!
egpehcbd 西原の夫が「もし障害児だったら?沢山産めばいい、そうすれば弟妹が助けてくれる」と語ったというハナシがあったと思うが、あれはたいしたものだなと思った。
いえ、それは結構微妙です。障害児の兄弟にもそれぞれの人生があるわけで、親から「助けてくれる」ことを期待されると非常に辛いです。元々子供なんて親に全面的に「助けてもらう」存在なわけで、自分のことで精一杯なわけですから。
私の場合は余りそういうことはなかったですが、それでも無意識のうちに「親に負担を掛けないように」と過剰に空気を読む癖がついたりで色々苦労がなかったわけでもありません。これに親の過剰期待が加わっていたらと思うとぞっとします。
とにかく、特定の子供に他の子供を奉仕させるというような考え方はよくないです。これは障害の有無に限ったことではありませんが。
tikani_nemuru_M 個人レベルの優生思想と共同体レベルの優生思想は異なる。また、経済的理由による中絶が認められていることで、現実には「どんな理由で中絶してもいいよ」といっているのと同じ。 2011/07/25
そんなわけがない。例えばビル・ゲイツが「経済的理由」を持ち出せば当然しばき倒されるべきだろう。また、個人レベルであろうとそれが共同体内で容認されるなら同じこと。胎児どうこうでその意味がわからないのなら「寝たきり老人を介護なんてとても無理だから姥捨て山に放り込んでもよい」という法律ができたとしたらどうなるか考えてみればよい。それをナチス的と呼ばないとすればそいつの頭の構造こそがナチス的だろう。
産む前からそんなに信頼できないことがわかっている男の子供なんて最初から産もうと思うなというだけの話だし、母親だけに責任を押しつけているわけでもないし。
tswi (略)生命倫理について何ら学問していた形跡が見えず、反射的に自分が正しいと思うことを書きなぐっているだけという印象。 2011/07/26
そんな「学問」様を語ってるつもりはないんでね。こちらは当事者としての率直な実感を述べている。それを蹂躙する「学問」様ならば、実験事実を無視する「科学」と同様無価値だろうよ。
mujin これは完全に同意。イヌのときは「病気になって育てられないならイヌを飼う資格はない」って言われて、なんで人間のときは「育てきれないなら仕方ない」「生まないほうが子どものため」になるのか。森岡正博を読め。 2011/07/2
愕然としました。確かに、犬や猫の話なら普通にわかってもらえますね。要するにみんなそこまで子供が嫌いなんですね…。
annoncita うちは中間所得層のちょっと下だと思うけど、日本では結構やっていけるものですよ?重度障害児がいても。(略)
全くその通りですね。日本で「障害児を抱えてやっていけない」なんてのは大嘘。
junmk2 この問題については障害者側の人よりも、本当の本当のそもそも論を考える側の人の方が、社会的に不利で意見を表明できない。(略)
じゃあその「そもそも論」というやつを述べてみろよ。この件で「障害者を差別するな」以上に「そもそも」なことがあるものか。あるわけがない。
つまり、生きるためにコストを払うのではなく、コストを払えなければ死ねということですね。ハイル・ヒットラー!
自分が親として「普通の人」以下だと思うなら子供を持たなきゃいいんです。でなきゃ「普通の人」並に慣れるように努力しなさい。障害云々と関係なく当たり前でしょそんなの。
yoko-hirom 増田は自分の記事をご両親に読んでもらって意見を聞いてみては?/増田は幸せそうに見えないし,出産前に挫ける人がいても仕方ない/健康面の問題で心中や自殺を選ぶ人もいる。増田はそれらの人を非難するか? 2011/07/26
それ以前に出生前診断の話なんてガキの頃から家庭内で頻出の話で、「論外」という共通認識。そんな話ができないような家庭環境どころか、親の方が俺を教育しようと熱心だったよ。それから俺は十分すぎるほど幸せだ。まあ、こんな断片的な文章から俺の人生の幸不幸を推し量れると思い上がったあんたが俺の増田記事(障害ネタはこの一件だけ)にことごとくアホなコメントしてくれるのは全然想定外でも何でもないが。そして自殺は自分が死ぬだけだが他人を巻き込む心中は非難されて当然。
Crone 増田の怒りも分かる。でもただでさえ不安定な中、自分のせいかもと苦悩する妊婦さんへの共感なしには届かない。(略)
「自分のせい」とかいまどき思う人がいるとしたら勉強が足りないの一言でしょう。
jack_oo_lantern
10階以上とかでない限り一人暮らしの女性が窓開けて寝てるのなら、やめることをオススメしたい・・・。夜に無理な節電する必要はないんだしさ。もちろん、起きてる時もうるさいんだろうけど。
http://anond.hatelabo.jp/20110717191907
女性だとまずいんすよね。
冷房代ケチって強姦魔に侵入されたら、女性としての自覚が足りなかったから自業自得だってことになる。
電気代を余分に払って安全を買おう。女性としての防犯意識を持とう、と。
男って治安が悪いと言われているエリアを22時回っても平気で一人で歩いたりするんだね。
女がそんなことしたら「防犯意識が足りない」、何かあったら「自業自得」って叩かれると思う。
それで、脚の状態的には全然歩けても、迎えを呼んだりタクシー使わざるを得なかったりする。
ヒッチハイク、野宿、ネカフェを駆使した超格安!男の青春一人旅。
女のヒッチハイクや野宿なんて、そのまま拉致強姦殺害されてもしょうがないし、
ネカフェでも寝てる間に他の客に精液ぶっかけられた事件あったよね。
(そういうのがあるせいで女性専用ブースとか出来たんだろうけど)
男の最低旅行資金と女の最低旅行資金ってすんごい差があるんじゃないかって思った。
男友達はシャワー使いたいときだけネカフェ泊って言ってたけど、
女なら最低でも毎日ネカフェだし、交通費もがっつりかかるわけで。
女ってだけで防犯のために金やら手間がかかる。
で、金やら手間をケチって犯罪にでも巻き込まれたら「意識が足りない」「自業自得」。
ネットのみに出現する「デートで完全割り勘を要求する男」って、
女に防犯コストが余分にかかってることを一切理解してないんじゃないでしょうか?
ネイル・エステ・スイーツ三昧とかしてなくても、防犯っていう超つまらないもののために、
地味ーに金使わざるをえないんですよ。
そのぶん昔の男はオカズ代としてAVレンタルなんかに金かかってたかもしれないけど、
今はネットでタダで落としてんでしょ?
「男だから」って理由で女より金かかるところって今は全然無いでしょ?
○○かっこいい(かわいい)→付き合いたい→まず仲良くなってアタックアタック!!
みたいな流れの恋愛が理解できない。
知り合う→気が合う→当然仲良しになる→好きになる
っていう流れ。
こっちが気が合うと思ってる相手はだいたいこっちのこともそう思ってるので、昔から好きになった人と付き合えなかった事がない。
(付き合える人しか好きにならないとも言えるけど。)
さらに、自分でもびっくりするぐらい外見へのこだわりがない。(というか恋愛過程で崩れる)
毛深い人、目がクリクリしすぎてる人、色黒な人、自分より華奢な人、ぽっちゃりな人…などなど
外見的NGリストが以前はあったのだが、「一緒にいて楽しい」という快楽を前にするとそんなの余裕でふっとんじゃうんだよね。
しかも好きになると嫌いだった身体的特徴がかわいく見えてくるから不思議。。
ただし、キモメンというか、カスタムがきもくて結果キモメン化みたいな人は好きになった事がない。
カスタムキモメンの何が嫌って、外見が嫌なんじゃなくてその客観性(≒社会性)のなさが気持ち悪い。
異様に太っているとか、化粧が下手なのに濃い(というか変)とか、清潔感がない・・・とかって、目が小さいとか鼻が低いとかよりよっぽど気味が悪い。
はなからキモメン無理!と拒絶してるわけじゃないのだが、自制心のなさ、美意識の低さ、客観性のなさ、他人への配慮のなさが見て取れる外見の人とは、知り合っても仲良くなって気が合うってことがないので、結果恋愛するに至らない。
こんにちは、愛国的恋愛マネジメントを専攻しているアメノウズメ嬢です。私は学歴も知識もありませんしブスですが、恋愛に関してはプロフェッショナルで愛国者。今回は、モテる愛国系女子力を磨くための4つの心得を皆さんにお教えしたいと思います。
あえて2~3世代前の憂国本を持参するようにしましょう。そして飲み会の場で好みの男がいたら話しかけ、わざとらしく憂国本を出して読み上げてみましょう。そして「あ~ん! この『日本改造法案大綱』本当にマジでチョームカつくんですけどぉぉお~!」と言って、男に「どうしたの?」と言わせましょう。言わせたらもう大成功。「戦前右翼とか詳しくなくてぇ~! ずっと雨宮処凛や赤木智弘とか批判してきたんですけどぉ~! 北一輝は右翼なのに労働基準法もびっくりするほど労働者の権利を保障しているんですぅ~! ぷんぷくり~ん(怒)」と言いましょう。だいたいの男は新刊の憂国本を読みたがる習性があるので、古かったとしても『国民の歴史』あたりを読んでいるはずです。
そこで男が「晋遊舎本は読まないの?」と言ってくるはず(言ってこない空気が読めない男はその時点でガン無視OK)。そう言われたらあなたは「なんかなんかぁ~! 最近、外山恒一が右翼雑誌を出したんでしょー!? あれってどうなんですかぁ? 新しいファシズムらしいんですけどわかんなぁぁああい!! 私かわいそーなコ★」と返します。すると男は「外山恒一でしょ? 根は左翼だよ。本当に良くわからないみたいだね。どんな本を読みたいの?」という話になって、次の休みの日にふたりで憂国本選びのデートに行けるというわけです。あなたの女子力が高ければ、男が『ゴー宣』全巻を買ってくれるかも!?
「目立ちたい」とか「人気者になりたい」などを表現する【拡散希望】を伝聞情報に付け加えてコメントすると、Twitterの低脳ユーザーは「なんだってーっ」や「これはひどい」と思って公式RTしてくれます。インターネット上では現実世界よりも怒りが増幅されて相手に伝わるので【拡散希望】を多用することによって、低脳はあなたを社会派で意識が高いと勘違いしてくれるのです。そういうキャラクターにするとほぼ絶対に荻上チキに嫌われますが気にしないようにしましょう。
3. とりあえず男には「えー! なにそれ!? 天誅ですっ! 殺しまーす♪」と言っておく
飲み会などで男が女性に話すことといえば中国や韓国の悪口ばかり。よって、女性にとってどうでもいい話ばかりです。でもそこで適当に「へぇー在日なんですかぁ~?」とか「よくわかんないですけど売国奴ですねぇ」と返してしまうと、さすがの男も「この女ダメだな」と気がついてしまいます。ダメ女だとバレたら終わりです。そこは無意味にテンションをあげて、「えー! なにそれ!? 天誅ですぅ! 殺しまーす♪」と言っておくのが正解。たとえ興味がない話題でも、一人一殺の行動する保守でその場を乗り切りましょう。積極的に国賊を誅する女国士に男は弱いのです。
いろいろと話を聞いたあと、「〇〇は〇〇で、〇〇が〇〇なんですね! 覚えたぞぉ! 天誅天誅!」とコメントすればパーフェクト。続けて頭に指をさしてくるくる回しつつ「朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト……」と言って、「どうしたの?」と男に言わせるのもアリ。そこで「私の精神は、神武国祖の創業、明治大帝の革命に則るのでありますっ☆」と言えば女子力アップ! そこでまた男は「この子ほんものの国士かも!?」と思ってくれます。私は学歴も知識もありませんしブスですが、こういうふうに本物の右翼ぶれば、知識がない私のような愛国女子のほうがモテたりするのです。男は天誅が怖いですからね。
男とレストランに入ったら、真っ先にパスタなどの小麦粉を使った料理を探して「あーん! 私これ食べられないんですよねぇ~(悲)」と言いましょう。するとほぼ100パーセント「どうして? 嫌いなの?」と聞かれるので、「嫌いじゃないし食べたいけど食べられないんですっ><」と返答しましょう。ここでまた100パーセント「嫌いじゃないのにどうして食べられないの?」と聞かれるので、うつむいて3~5秒ほど間をおいてからボソッとこう言います。「……だって、……だって、お米を食べなかったら農家が死んじゃうじゃないですかぁっ! 自民党の新人議員かわいそうですぅ! まだ本格的保守政治家になっていないのにぃぃ~(悲)。郡部で票を稼ぐこととすらできずに新自由主義的政策で都市部での集票を目指すのですよ……」と身を震わせて言うのです。
その瞬間、あなたの女子力がアップします。きっと男は「なんて天照大御神のようなコなんだろう! 絶対にゲットしてやるぞ! コイツは皇大御国の女だ!」と心のなかで誓い、あなたに惚れ込むはずです。意中の男と付き合うことになったら、そんなことは忘れて好きなだけパスタを食べて大丈夫です。「食べられないんじゃなかったっけ?」と言われたら「親米保守になった」とか「脱亜入欧」、「経済を軽視するとは言ってない」と言っておけばOKです。
地震の話が多くて、Twitterに張り付いてるのもなんだか気が滅入っちゃうし、友達も少なくて外にも出にくいし、誰にも求められてないけどだらだらと私の恋の話をしようと思う。ソーシャルメディアと恋。
多分というか絶対、本人が読んだらわかるだろうけど、もし万が一読んでも、知らないふりしてね。
その人とは1度しか会ってない。去年の夏に、1度。たった2時間。
友達が留学していて、長期休みのときに彼女を訪ねて遊びにいった。
多くの時間はひとりで観光していたのだけど、一緒に夕ごはんを食べようと約束をしていた日に急に彼女に大事な予定が入ってしまった。
お店キャンセルしてもいいよ、と伝えたのだけど、いやあそこの料理はおいしいからぜひ食べて帰ってほしい、ちょっとどうにかするから、と言われて、とりあえずひとりで向かった。
予約人数を変更してくれるんだろうと思ってた。でも、彼女の「どうにかするから」はそういうことじゃなかった。
今考えるとよくわからないけど、とにかく、異国の地でおいしいごはんを素敵なレストランでいただきました。初対面の男性と。
常日頃からそれが恋になるかはともかく、その人のことがすきかどうかは数分話したらわかると思ってる。
基本的に男の人と話すのってあまり得意でなくていつもびくびくしてしまうんだけど(彼を派遣した友達のこともいっしゅん呪った)すごくすごく楽しかった。
けっこう長く滞在していたなかでも、その夜は特別に楽しかった。
少し話しただけで、この人とは合うな、ってわかった。
気が合う、と言ってしまうのは簡単だけど、そのとき感じてた感情のディティールってもっと身体的なものな気がする。
言葉の選び方、声の出し方、話のテンポ、話題の変え方、「それで思い出したんだけど」のジャンプの程度。
環境もすごくよかった。
夏の夕方から夜にかけて、空は広くて色がきれいに変わっていく時間で、風が吹いてて、料理もワインもおいしかった。
たまたま日本に来る前に知り合っていた人が彼の長く会っていない友人だったりした。
あの日あの天気じゃなかったら気分は違ったかもしれないし、共通の話題のフックがなかったら話が盛り上がる糸口がなかったかもしれない。
もう、タイミングですね。タイミングがとてもよかったのです。そうとしか言えない。
君とは同じにおいがするな、あははわかります、私もそう思ってますよ、だよねわかるよ、また会おうね、と言葉を交わして別れた。
予定がなかなか会わなくて、そのまま帰国した。
もっと仲良くなりたい、とたぶんお互いに思っていて、特段用事もなくチャットするようになった。
「まだ起きてるの?はやく寝なよ」「もう寝るよ!今日オンラインになるの早いね、なにかあるの?」「うん、今日友達の…」。
彼がログインするのを待ってるから最近夜更かしなんだよな、と気づいたときに、ああこれはやばい恋かもしれない、とはじめて思った。
SkypeもGtalkもFacebookも、オンラインになるととても嬉しい。
チャットしながら意味のない一言や単語を書きこんで、即座にふぁぼもしくはLikeしあう遊び。
Skypeのステータスに相手だけがわかるような言葉を載せる。その欄でこっそり会話する。
面白かったブログの記事をメールで送る。何の脈絡もなくWikipediaの読んでるページを送る。
知らないなら聞いてみて、と教えてもらったアーティストの曲のうち、気に入ったものを何食わぬ顔でTwitterで共有する。
Gmailチャット欄に表示されてるよくわからないコメントに対して「なにそれ何があったのw」って話しかける。
会えないけど、生活の様子や思考の足取りを辿るやり方はたくさんあった。
私たちにとってソーシャルメディアはしてることと考えてることを浮かべていく場所だった。
相手の視界にチラチラ入るための努力。あるときは直接的に、あるときは間接的に。お互いにしてるし、それをわかってる。
どうしてチャットって、こんなに仲良くなった気がするんだろう。思い込みすぎかもしれない、と思うくらいだ。
とても深く話した(と思ってる)。時差はあるけど、「今この時間」は同時に共有してた。私の「おはよう」から彼の「おやすみ」までずっとつなげていたこともあった。お互い都合がよいときに書きこむ。
都合が悪い時には返信しなくていいから送る側も比較的気軽で、いつのまにかオフラインになっても気にしなくて、あとからログを読み返してにやにやできて、
盛り上がったら流れが速くなって楽しいし、話しながらURL貼れるし、私のなかでチャットって、電話とメールのよいとこどり。
同じ画面と文字しか共有していないけれど、背景に広がる景色や時間は違うけれど、むしろ「違うところで違う時間で同じものを見てくすくす笑ってる」事実が私たちを親密にさせた。
画面に浮かぶ「おやすみ」と「おはよう」のあいさつはあまりに優しい、と毎回思う。
あなたの生きてる時間軸は別にあるなかで、自分のためだけに向けられた言葉じゃんね。
この大きな地震の日、私は家にいなかったんだけどTwitterは直後から更新してた。
とりあえず東京は大丈夫だよ、電車は動いてないから帰れないけど、安全なところで無事だよ、と答えた。
いろいろと心配されたあとに、どうしようもなくなったらうちに来てもいいよ、高飛びしちゃえ!と言われた。
すごく個人的な話だし、もっと言葉を失うほど大変なひとがいたのは百も承知だけど、それでも遠くでそう言ってくれるひとがいてうれしくなってしまった。
遅くまで起きて待っててくれたみたいだ。
いや、心配してくれる家族はいたのだけど。もちろん。うまく言えない。
東京にいてもなんだか友達にも会いにくいし、ひとりでTwitterとテレビを見てると何か感情がせり上がってくる感じがするけど、
彼とチャットしながら不安とか見たり聞いたり読んだりしたことへの印象とかを「話して」いると気が紛れる。それは安心するってことなのかも。聞いてくれるひとがいることで気を確かにしてる。
今、被災地でなくても、東京に大事な人がいるひとは、話すことタイプすることで救われてることもあるって知っててね。
ある意味ずっと緊張状態なんだ。息が詰まる。停電は起こるのかな、電車は動くのかな、東京にいていいのかな。うまく他人と話す機会がないのって予想以上にキツい。
自分はそんなにパニックになる方ではないと思ってたけど、普段通りのことにとても安心してるので、やっぱり何か気が立ってるのだろうと思う。現在進行形で。
電話は回線もったいないから、Skypeやチャットやメールで、「げんきー?」「疲れたらこっち来たらいいよ!」って話しかけてみてください。
インターネットがあってよかった。
遠くにいても「今ここ」を一瞬で作ることができること、一緒に文章を読んだり音楽を聞いたり、笑ったり楽しくなったりときめいたりできること、インターネットが与えてくれた一番大きなことだと思ってる。
プラスの感情を増幅させることも、マイナスの感情を軽減させることもできてる。
疲れた~って言ってたら元気出して!って猫画像まとめをひっぱってきたり、
最近読んだこの本がおもしろかった、ってAmazonのURL貼って「レビューひどいな(笑)」って笑い合ったり、
クリスマスの街すげーきれい!って言うから、撮った写真を Picasaで見せてもらったり、
こんなに日本の報道されてるよ、って一緒に英語ニュースの動画みたり。
ネットで恋してるけど、超リアルだよ。むしろ対面で話すよりも素です、きっと。
ソーシャルメディアは、パブリックとプライベートの狭間をわざと作るツールなんだなって思う。
「あのひとに」見られてるかな、見られてないかな、をどきどきすることと「みんなに」見られることを意識してるのって全然矛盾しないんだよね。
宛先を明言しない色気っていうか。どちらでもないあいまいさ。にやにや発生装置ですね。
3月末に一度帰ってくる予定だったんだけど、この地震でやめることになりそう。
日本よりさらに放射能やばい!!って言われてるなかで成田行きに飛び乗るのはそりゃあ気が引けるだろう。残念なことに具体的進展は延期です。
でも私はこの地震で彼に精神的に頼ってることを自覚してしまったし、画面の中で仲良くなっただけかも、ってごまかせなくなった。
なんだかもったいなくて、ずっとSkype通話はしてないのです。常に文字なのです。だから本当に2時間しか声聞いてない。
一日でも早く平穏が戻りますように。
「就職」ってひとくくりにしてるけど、「高校」や「大学」のステップに比べて「就職」の先はむちゃくちゃ広いぜ。
言ってみれば、大学まで小さな同心円の世界にいて、就職から先はその同心円の外全部。
そんだけ不満を持ってるってことは、今向いてる方向は合ってないんだろ。じゃあ違う方向を見てもいいんじゃないか。
俺は院卒→小企業→大きくなってつまらなくなったから独立、で今に至る。
独立してから何年かして、知人の会社に誘われて一時期正社員という身分に戻ったんだが、
自分でもびっくりするほど窮屈に感じてすぐやめた。毎月給料日に決まった額の給料が振り込まれるっていうのは、束縛だよ。
それに、俺のような人間は、目の前の仕事だけしてたら当面給料がもらえるという環境にいると惰性だけになってだんだん腐ってく気がした。
独立してやってると、目の前の仕事に加えて次の仕事の可能性への仕込みを常にしていなくちゃならない。でもそれがいい。
ネトゲ、特にMMOは社会の縮図などと言われるが、だとすればMMOの社会はずいぶん歪んでいるなと思う。
MMOの社会は、基本的に廃人を中心に回っている。この廃人がかなり曲者なのだ。
彼らは基本的に善悪の区別すらつかない人が多い。
明文化された規約だけ守っていれば何をやってもいいと思っていて、
それが悪人の発想だということが全く分かっていない。
酷いのになると、自らの規約違反を「ゲームの仕様上違反行為ができてしまうことが悪い」なとど開き直る。
でもMMOの場合、モラルの無い人間が社会の中心になっていること、
あるいは社会の中心になっていることが見え過ぎるくらい可視化されているところが、
とにかく恐れを知らない奴ほど力をひけらかせる環境なのだ。
本当は恐れを知らない奴ほど痛い目に遭うべきなんだろうけど。
かくして2ちゃんやしたらばの晒しスレは、今日も廃人の悪行に対する私怨で溢れ返っているというわけだ。
しかしこの傾向、どこのネトゲをやってもびっくりするくらい共通だ。
自分が今更こんなことを書くまでもなく、ネトゲ経験者なら誰でも知っている事実とかどうなのよ。
まさしく「どうしてこうなった!?」という感じだ。
ネトゲはまだまだ色んな可能性があると思うけど、廃人問題を何とかしない限り、
ロクでもない商売という評価は払拭できない気がする。
仕事を休むようになって数ヶ月たって「苦しすぎる。助けて」というメールが来るようになった。
他のひとたちと一緒に、そのひとのところに遊びに行ったり、電話をかけたりした。
仕事中に突然届くSOSメールにも、みんなで連携して同報メールで対応した。
「くるしい」「さみしい」「起き上がれない」「どこにいるの?」という問いかけに
「ここにいるよ」「ひとりじゃないよ」と必ず誰かが応えた。そんな毎日が三ヶ月以上つづいた。
医者にはちゃんと行って、薬も飲んでいるようだったけれど、
本当に感じている心の苦しさを診察のときに話しているようには見えなかった。
医者なんて薬を処方するだけ、それよりも友達のほうがうんと助けになってくれる。
ともだちはそう言った。
ある日、ひさしぶりに会った家族から「病気になるなんて弱すぎるからだ」と
言われてしまったという話を聞いた。
切れて、怒鳴りあったあげくに痙攣の発作まで起こしたとか。
ふだんはおとなしいともだちだから、それを聞いて驚いた。
同じころに、いろいろと落ち込む出来事が重なったらしい。そのころから電話を要求するメールが増えた。
いつもあなたの力になりたいと考えている、というこちら側からのメッセージが重すぎる、とも言うようになった。
ただ、うんうんとあいづちをうちながら話を聞いてほしいということらしかった。
こちらが仕事やいろいろな事情で忙しくしている時間でも、すぐに電話がほしいというメールが来るようになった。
手が空いている誰かが、電話をかけた。まるで子供をあやすように対応しなくてはならなかった。
批判や意見めいたことは、いわれたくない。ただ、自分が望んだときに話を聞いてほしい。
それがともだちの望みだった。
でも、誰もが都合が悪くて、電話がかけられない日もあった。
みんな、だんだんと疲れてきていた。
ともだちを支えきれないあせりも出てきた。
もしかしたら、入院してきっちりと治したほうがいいんだろうか。
いやいや、実家に連絡したほうがいいんだろうか。
そういう相談をしたけれど、みんな素人だからはっきりとした答えは出せなかった。
迷ううちに、ともだちの要求どおりに連絡をとるのが難しくなっていった。
泥の中でにょろにょろ逃げるうなぎをすくっているような感じだった。
ともだちの絶望感をひろってもひろっても、一時しのぎにしかならないらしいと、
みんな思うようになってきていた。
そんな日が続いて、ともだちの日記にメッセージがあるのを見つけたときも、
気軽に反応するのは、とてつもなく難しくなっていた。
ともだちは、みんなから「見捨てられた」と思っていたらしい。
苦しんでいると書いたのに、それが否定された。
「薬ちゃんと飲めば大丈夫」「長くかかるかもしれないけどゆっくりいこう」とか、
支えてくれようとしているのはわかるけれど、
上から指導されているようで、そしてそうやって受け流されているようで、それが苦痛。
そんなふうに感じたらしい。
みんな疲れていたけれど、それでも何人かが電話をかけた。
さいきん来たメールには、
そのことにこんなに心を傷つけられたのに、
いまだに何のフォローもないことに毎日絶望していると書かれていた。
フォローがない?
でも、ともだちのなかでは、それはもうなかったことになっているらしい。
電話が鳴らない完全な孤独の中で過ごしたその一日に、ともだちのこころは完全に囚われているようだ、と
電話をかけた子が、溜息とともに教えてくれた。
ともだちの日記をのぞいてみると、
「家族にも友達にも見捨てられた」と書いてあった。
そんなこと、誰も言っていない。
どんな言葉も、ともだちにはもう届かないようだった。
自分の信じたいことだけを信じて、見たいことだけを見ているようだった。
やっぱり病気なんだ。目の前につきつけられた気がした。
電話をかけた子に対して、電話口で激怒して、連絡をくれなかったことを責めて、
(子供がいて、仕事があって、なかなか電話できなかったといっても、それは言い訳にすぎないと怒ったそうだ)
けれどそのすぐあとで、また電話がほしいというメールを送ってきたという話も聞いた。
怖くて連絡が取れなくなってしまった。
良かれと思ってやってきた対応は、実はまちがっていたのだろうかと思って、
昔おなじ病気になって、いまはもう治ったべつのひとに訊いてみた。
「きついけど、まわりに頼ってるうちはぜったい治らないから」とそのひとは言った。
かわいそうかわいそう、って言ってもらえるのは心地がいい。
だから、言われるままに連絡したら、かえって駄目なんだよ、と。
気がつくと、考えている。
今も孤独な暗闇のなかで耳をふさいでいるともだちのことを。
助けられないのがふがいなくて、くやしい。
毎日が楽しくない。眠りも不規則だ。何をしてもこころが晴れない。
ともだちとおなじ病気になりかけているのかもしれない。
追記:
たくさんのブクマとコメント、TBをどうもありがとうございました。
とてもびっくりすると同時に、いただいた言葉を読みすすむうちに涙がとまらなくなりました。
こちらがともだちの日記をときどきのぞいているのと同様に、あちらも友人グループの日記を見ているようなので、
自分のところにはぜったい書けませんでした。
どんな刺激がどんな結果を生むのかわからないし、といって、かかえているのが苦しくて苦しくて、
ホッテントリ経由でときどき読むだけだった増田におっかなびっくりで書くことにしました。
仲間うちでどうしようどうしようと言っているよりも、外の意見を聞いてみたいとも思っていました。
コメントでいただいた「素人が医療行為をしてはいけない」について。
最初に、ともだちが「さみしい」「助けて」という言葉を投下しはじめたのは、携帯SNSでした。
朝起きて、ともだちのところをチェックして、
真夜中に延々とポストされた「ここには誰もいないの?」「誰か助けて」という言葉が並んでいるのを見ると胸が詰まりました。
ネットには無数のひとがいるけれど、つぶやきに答えてもらうのはとてもむずかしい。
密度が高いようでいて空虚な空間で溺れているともだちを、ほうっておけませんでした。
さみしくてどうしようもないときは自分たちにメールをするように、そうしたら一言でも答えられるから、と
誰も、それが医療行為につながるとはまったく思っていませんでした。
けれど、上に書いたように、だんだんと要求がエスカレートするにつれて、
専門知識もなく24*7専任でサポートできない素人には対応が難しくなってきました。
素人ではなく医療機関に頼るように、と言葉を尽くしてメールもしたのですが、
返って来た言葉は「そんなふうに厄介者を丸投げするみたいにして逃げないでほしい」「話を聞いてほしいだけ」。
厄介者だなんて誰も思っていませんでした。
長いつきあいを続けてきて、またこれからも続けていくであろう大切なともだちが感じているであろう不安と孤独が
一日でも早く癒されれば、とこころから願ってのことだったのですが…。
ともだちは、発病当初から(職場を休むために診断書をもらう関係もあって)医者には通っていたのですが、
「話をきいてもらえない」「薬だけ出されても」と言っているのは聞いていました。
医者に行くと、ぜんぜん具合が悪くないふりをしてしまう、とも。
もともと、調和を人一倍重んじて愚痴も抱え込んでしまう性格だったことが影響しているのか、
医師にさえ、本当の苦しさを告げると「迷惑をかけてしまう」という恐怖感をもっていたようです。
処方された薬はきちんと飲んでいるようでしたが、
体質に合わなかったのか、強かったのか、あるいは酒といっしょに飲んでしまったのか、
ろれつが回らない状態で電話がかかってきたことがありました。
実家の両親には、心配をかけたくないのか、あまり自分の状態をきちんとは知らせていないようでした。
いま、ともだちは実家に帰っています。
すくなくとも、たったひとりで暮らしている部屋で、こちらの手の届かないところで、
最悪の道を発作的に選んでしまう危険性は減りました。
友人一同、それだけは本当にほっとしています。
「診断名が違うのでは」という件について。
やはり以前にこころの病をわずらって、
いまも薬を飲みつづけいる友人(ともだちをサポートしているグループのひとり)が、
かかりつけの先生にともだちの状態を話してみたところ、
「境界性人格障害の可能性が高いので、なるべくなら接触を絶ったほうがいい」と言われたそうです。
ともだち本人は「双極性かもしれないと言われた」とも言っていましたが…
本人がどのくらいのところまで主治医に話しているかは結局よくわからないままです。
ともだちが今も携帯SNSで書いている内容を読む限りは穏やかで、すこし休んだらすぐによくなりそうに見えます。
が、実際は電話をかけた友人に悪罵を吐き、激昂して責めて、その心に深い傷を残すような状態です。
SNSの書きこみだけを読んで、レスをつけているひとたちには、
とうてい想像がつかないと思いますが…。
長々と、読んでくださってありがとうございました。
ここまでたくさんの反応をもらえるとは思っていませんでした。
お言葉をくださったかたたち、ご心配くださったかたたちに心から御礼申し上げます。
私は、大丈夫…のはずです(笑
「あなたには守らなくてはいけない家族が居るのだから、
とりあえずはそちらを大切にしないといけないよ」と友達から温かい叱責を受けて、目が醒めました。
怖くて連絡がとれなくなってしまって、ひと月が経ちました。
臆病で無能な自分を情けないと責める気持ちは消えそうにありません。
連絡もくれなくて、いちばん苦しいときに助けてもくれなくて、何が友達だと、恨みを受けるかもしれません。
私、最近オシリを触られて困ってます。前までこんなことなかったんですよ、それが今月に入って一日に一度は上司や先輩に尻を触られるんです。触るといっても軽く触れる程度なんですよ。あるいはものを介して触ってくるとか(たとえば書類の紙を撫でるように接触させてくるとか)。それで、オシリって敏感じゃないですか、特に表面だけを軽く撫でられたときなんて図らずもびくっとして裏返った微かな声をだしてしまったり、するじゃないですか。脳を駆けめぐる電気信号だけを観測していえば、感じちゃってるってことなんですよ。でもそれって全然嬉しくなんかないんです。自分で触るときは、気持ちいいは、いいことなんです、でも他人に触られての気持ちいいは、いいことなんかじゃないんです。だってそうじゃないですか、「自分一人で気持ちいい」はプライベートじゃないですか、プライベートは一人きりで豊かで満たされているものじゃないですか、それを他人の目の前で、しかも公共の場で、強制的に引き出されてしまうのって、違うでしょう? そういうの、陵辱っていうんです。陵辱って、否定的な言葉ですよ、当然ですよ、でも誰も間違いようのないように断っておきますけど、否定的な言葉なんです。それからこれもほぼ確実なことなので断っておきますけど、陵辱されることは自尊心を傷つけられるということですよ。私の自尊心をいわれなく貶めるなんてこと、一体誰が許しているんですか? まさか私が悪いっていいませんよね、作業着を着ているのに挑発的な格好もなにもないものですよ、それでも私のオシリが挑発的にステキなのは生まれながらのものですよ、じゃあなんですか、私が生まれてきたのが悪いっていうんですか、そんなのってないですよね?
そりゃあ、私、男ですよ、上司だって先輩だって男ですよ、でもオシリ触られたらイヤじゃないですか、感じちゃったりなんかしたらもっとイヤじゃないですか、なんで私が野郎なんかの愛撫で感じちゃったりしなくちゃいけないんです? そんな自分が許せないって思うこと、変ですか? 変じゃないですよね、変じゃないですよ、ええ。仮に私がホモセクシュアルだったとしたって、あんな男に反応してしまって悔しいって思いますよ、当然じゃないですか。
それから、私、首も敏感で弱いんです。マフラーなんて絶対に駄目なんです、気がどうかしてしまいそうになります。夜寝ているときも布団が喉元に当たっているときなんて悪い夢を見てしまいます、大嫌いなあの人が私の喉を愛撫している夢を見てしまうんですよ、でも逃れようがないじゃないですか、だって私、眠っているんですよ、布団をのけられないんですよ、苦しみ続けなければならないんです。もし現実に羽交い締めにされて喉を触り続けられたら私はどうなるでしょう、舌を噛みきって現世から逃げ出すという判断すらできなくなりますよ、だって夢でだってそんな逃げ方できなかったんですから。
羽交い締めといえば、羽交い締めにされて殴られたりなんていうのも考えるだけでイヤじゃないですか、しかもそれが公衆の面前だったときなんて、どうです、イヤでしょう、何がイヤって、痛いことじゃないですよ、痛いことだって、そりゃあイヤですけど、屈辱を嘗めさせられることの方がよっぽどイヤですよ。暴力って、相手を怪我させるからいけないんですけど、大人の社会ではそればっかりじゃないじゃないですか、社会的体面とかあるじゃないですか、一方的に殴られるなんて恥ずかしいでしょう。
レイプなんて酷いじゃないですか、酷いだなんて言葉じゃおいつかないくらいじゃないですか、悲惨でしょう、性的な陵辱と暴力的な屈辱がないまぜになってるっていったら、分かります? 全然分かりませんよ、だってそんな表現、的外れですからね、端的に、もっと酷いんですからね。でも皆さん大人だからこれ以上の説明なんていらないはずですよね、いらないはずですよ、媚薬付けにされて電ノコを改造した玩具を肛門に突き立てられてウンチ漏らしながらハァハァ喘いでいる姿を動画に撮られてネットにさらされたりしたら切腹するしかないですよねって、そこまでいわなくても分かりますよね?
日常生活でも他人の尊厳を貶めてしまうことは、そりゃありますよ、ありますけどね、爪でひっかいた程度の傷はいつか癒えますよ、傷つけたくらい、大丈夫、治りますよ、でも蹂躙してしまったら、どうなります? 蹂躙って、分かります? あなたが襲われたくない獣――ライオン、ゾウ、シロクマ、サイとか――が百匹突っ走ってきてあなたの上を通過するってことですよ、もうぐちゃぐちゃですよ、それ、生きてられます? 分からないのでしたらどうぞ試してきて下さい。
再び教室である。
「さっきのを見ての通り、何故かあいつはモテる。なんせツラが………」
そこで言いよどむな。事実を真摯に受け止めちまえ。
「…………あー…………ツラ“は”いいしな。見た目はともかく」
妥協点を見出しやがったコイツ。
「おまけにアレなのにスポーツ万能で、成績もどちらかといえば優秀なんだ。
ちょっとばかし変人でも、黙って立ってりゃそんなことわかんねぇし……」
「それにも、何かエピソードがあるの?」
「一時期は、ちぎっては投げちぎっては投げ、てやつだったな」
ちょっと待て。“とっかえひっかえ”なら分かるが何故に“ちぎっては投げ”なんだ。
「いわゆる『私に勝ったら付き合ってやる』理論だな。さっきのもそれ」
月刊誌でもそんなのがあったな。つきあってよ! みたいな。
「そいつぁ知らねえ。とにかく、対決方法は……まあなんとなく見当はつくだろ。
俺が知る限り、一番長く続いて30秒。最短は……さっきのだな。5秒無かっただろ、アレ」
ああ、まさに瞬殺だった。
「そんなわけで、過去にぶん投げられた男は数知れず。中には涼宮山に――」
その瞬間だ。
「ぃゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………」どぱぁん。
またかよ。
呆れつつ窓から身を乗り出し、悲痛な叫びと激しい水音が聞こえてきた方向を見ると、だな。
まあなんというか見事に――佐清がそこにいた。
あれほどベタな突っ込み方をしていることにある種の羨ましさを感じるような気がしないこともない。いや突っ込まれたくないが。
その後方、プールサイドに仁王立ちしているのはもちろんハルヒで、
大鐘音もびっくりの音量でそう叫んだのだった。
「――あの台詞を言われた奴もいたとさ」
「………………ねえ」
疑いの視線で谷口を見る。
「ぁ? ……! っ、聞いた話だってマジで! 何でか知らねえけど、勝負を申し込まれて断るということをしないんだよアイツは!」
情報を持ちすぎている、とはツッコむまい。もう面倒だ。
「だから! お前が変な気を起こす前に言っといてやる」
そう言うと谷口は、ふ、と息をつき。
「――やめとけ、マジで」
それはさっき聞いたっての。
やめとくもなにも、そんな気は無いんだがな。
先月結婚したばかりの、26歳女。
仕事がめちゃくちゃ不規則で、土日勤務のため、旦那と休みが合わない。
なかなか会えないので、睡眠時間ぐらいは一緒にいようということで、同棲の末に結婚。
結婚しても仕事は続けたいと思っていたので、そういうことに理解のある相手を選んだ。
私は東北の田舎出身で、主婦である母の立場の低さを見てきたので、男に負けないように負けないようにと思って生きてきた。
もっと言えば、「なんで出席番号は男子のほうが先なんですか」と教師に聞いたりするような、本当にうざい子供だった。
それでしこしこと勉強して、いい大学に行って、なんとか有名な企業に入ることが出来た。
女もずっと働いていかなきゃいけない!と思っていたし、書くのがちょっと恥ずかしいけれど、今もアエラとか勝間和代とか読んでいる。
まあそういう系です。
ただそんな私が、結婚によって、いとも簡単に「仕事辞めたい」と思うようになってきた。
秋に小さな結婚式・披露宴をするのだが、会場見学には一度も一緒に行けなかった。
いつかは子供も欲しいけれど、お互いに両親が遠方に住んでいるので、現在の仕事を続けながらの子育ては難しそう。
死ぬほど嫌な思いしながら仕事して、将来のこと考えて「いつ子供産めるんだろうか」とか暗くなる度、
「もうこんな思いしながら仕事続けることになんか意味あんのか」と思ってしまう。
「結婚して大変でしょ、旦那怒らない?」とか言われる度、「そんな言うならいっそ辞めてもいいんじゃないか」という思いが頭をもたげる。
独身時代はなんとか我慢出来ていたのに、甘えているんだろうなー。
無理やり子供作ってしまえば会社辞めれるんじゃないかとか、安全日のふりして中で出させてしまおうかとか、実は毎月思っている……。
結婚したからって生活自体は同棲時代と何も変わらないのに、これほどのあからさまな「転向」に、自分でもびっくりしている。
でも妊娠-退職-主婦ルートは、これまでの自分のイデオロギーを否定するようで、なんだか受け入れがたい。
毎週土曜はある教室に通っているのね。そこは終わってから毎回希望者で飲み会になるの。
俺はぎりぎり未成年でお酒は飲めないんだけど、最年少なこともあって周りが奢ってくれるから、タダ飯を食べにいつも行ってたのね。
一食分浮くし、楽しく歓談して親交を深めてさ、まぁそれなりに参加するメリットはあるのよ。
でもさぁ、昨日は、最悪。ひとり悪酔いした人がいて、一気にぶち壊された。何もかもね。
その人は30代前半の女性で、眼鏡かけてておっぱいがすごく大きいの。たれぱんだに顔が乗っかってるみたいな。
で、たればんだが隣なんだけど、普通さ、並んで座ったときって両隣の間を均等に取るじゃん?
たれぱんだは何故かこっちの方にぐーって寄ってきてたんだよな、最初から。なんか圧迫感あった。
タックルしてくるかのようにメニュー見せてきて「どれがいいのぉ?」とか言うわけ。
で、たれぱんだが酔うほど圧迫感が強くなっていくのよ。何故かって身体を押し付けてくるからなんだけど。
要するに酔ってセクハラしてくるんだわ。「これが未成年の臭いかぁ」ってくんくん嗅いできたり
「私酒臭い?」って顔くっつけてきたり、「乳首毛生えてる?」って服に手入れようとしたり、
「どんな下着はいてるのかなぁ」って股間の周りを触ってくるのね。
周りはというと、周りも酔っているから「口を潤したあとは下の口もか」って下ネタ言って笑ってんの。
俺はそこで激怒するような男じゃないよ。今は怒っておけばと思うけどその時は思わなかったの。
で、俺は一足先に帰ろうとしたらたれぱんだが「じゃあ私も」って財布から何枚か出して一緒に出ようとすんの。
「は?」って思ったけど「まぁいいか」って。店から駅までの道、あんまり把握してないし一緒に行くかって思ったの。
そしたら腕を掴んで「本当にこのまま帰るの?」って言うわけ。ホテル行かないかってことなんだよ。
そこまで言われると思わなかったし、終電過ぎちゃうかもしれないから頭から血がサァーっと引いて。
いや、情けなかったね。「え…嫌です」「お金ないです」くらいしか言えないの。泣き叫べばよかったんだよね。
向こうは狼になってるんだからそんぐらいじゃ断ってるなんて思わないの。お姫様抱っこされて連れてかれてさ。
ベッドにぽぉーんって投げられたかと思えば、たれぱんだがぽぉーんって飛んできて、ぶっちゅーってキスされて。舌も入れられて。
もう入念に五分以上やられてさ。長かった。服もびろーんって感じに伸びちゃうように乱暴に脱がされて、やられるがまま。
俺、大学に彼女いるのね。付き合い始めて三ヶ月になるんだけどお互いシャイだからキスもしてないの。
もう本当に初恋でさ。初彼女で。大好きで。俺、初キスも初エッチもぜんぶ彼女とすると信じて疑ってなかったの。
それを全部たれぱんだに取られちゃったの。いや、キツいよ、これ、かなり精神的に。
また悔しいことに刺激されたら気持ちいいんだ、一応。受け身で微動だにしなかったんだけど。
「懲役20年」…目を真っ赤に、涙流す3児の父母 (読売新聞 - 05月15日 12:13)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090515-OYT1T00492.htm
被告は上告するそうですが、なんともーー;。
あの事故が起こらなければ、家族5人幸せにずっと福岡市内で、無理な移住を強いられることなく暮らしていたんだろうにね。九州を出るだけじゃなくて、日本を出ることにまでなってしまうなんて。事故が起こった後でもここまでなるとは想像つかないよね。被害者なのに加害者であるかのような見られ方をしたり、本当にどうしてここまで自分たちの人生は急転してしまうのかと。
新しい命、希望を得られることができたのがせめてもの救いだよね。事故の後遺症で子どもを授かれない体になってしまったとかいったらもう・・。
次の瞬間に何が起こるか分からないといえばさ、うちも一度、本当に運が良かったんだよなと思わされることがあって、家族全員で車で旅行した帰り、道路沿いの敷地から車が行き交ってるっていうのに割り込もうと前進し続けるている車があって、そのまま来ると私が座っていた助手席あたりに突っ込んでくるかもしれないからと父が右に急にハンドル切ったということがあったのね。
気づいたの私で、「え?止まらないの???大丈夫この人??」と思って車体距離が1m未満になった時に初めて「左の車突っ込んできそうなんだけど???」とボケっと言ったら(だってあんな運転する人がいるなんて想定外でしょ!!)父が「うわ!」ってハンドル切ったのですが、これさ、もし右のレーンですぐ後ろを走行中の車がいたら、今度は父が間違いなくグシャッとなっていたわけなんだよね。後方部右側に座っていた母もそうかもしれないし、潰れなくても私も頭打って死んだり、植物人間になっていたかもしれない。裁判も誰がすんの、って。生き残ったのは犬だけでした、みたいな。
たしか冬の18時以降だったからもう暗くて、その愚かな愚かな運転手がどういう状態で前進し続けていたのかは見えなかったんですが、前方には二人乗っていたように見え、携帯でも弄っていたのか、それとも運転マナー(という以前に常識だろ)を知らない、または知っていて「どうにかなるだろ^▽^」と無視したDQNだったのか分かりませんが、たまたま右のレーンを走っていた車がいなかった運の良さがなければ惨事になっていたという可能性を考えると、本当に怒りが治まりませんでした。
急にハンドル切ったから、後ろの箱の中に丸まって寝ていた犬もびっくりして悲惨な表情で起き上ってきたし(人間以上に事情が分からないんだから余計びっくりしたと思う)、交通の量が少ないわけじゃないから文句言うために車降りるわけにもいかないしさ、いつ思い出しても不愉快極まりない経験です。