はてなキーワード: めだかとは
「三人でいるときは、ずっと三人のままだよ…
二人でも、一人でもないよ。必ず三人だよ。
…そういうことじゃ、だめかな?」
「…あたしや北原にまで、毎年ずっと、
そんなままごとを続けろっていうのか?
相手のこと…恋人のことすら何も考えてない、
「確かに、わたしの身勝手だけど。
わたし一人が思い描いてる、夢だけど。
でも仕方ないよ…
(中略)
「そこまでいうならさ…証明してみせて
永遠の友情を。」
◆冬馬かずさ
<冬馬…俺…初めて会った時から、
ずっとお前のことが好きだったよ。>
・お前って、嘘をついたり、わざと焦らしたりして、
相手の出方を待つような奴じゃないよな?
・仕方ないだろ。
・あたしと全然違う二人が、
やっぱり…………害なんか、ないよ
・恩なんて、あたしはそんなもの売った覚えはない。
恩だなんて…感じて欲しくない。
・とにかく今はさ…思い出したいんだ。
こんなあたしでも、きっと昔は、
・…約束はできないよ、雪菜。
・今の男はあたしを正反対にしたようなやつだし。
・そうなんだよ…
なのに今のあたしは何やってんだろ?
・ホント、雪菜にはかなわない。
雪菜には、一生勝てそうにないよ。
・な、北原。
色々と…ありがとうな
・その言葉…忘れないよ
◆小木曾雪菜
<俺たちは、自他ともに認める、
・他人にどう言われたっていい。
人に言われたくらいで揺らぐような恋はしてないから。
でもさ…
冬馬さんとだけは、価値観を共有してるって信じてる
無駄だよ。
・冬馬さんは他人とは違うでしょ…
・かずさが男の子だったらよかったのになあっ
そしたら…そしたらね…っ
きっとわたし、かずさも春希くんも好きになっちゃって
やっぱり酷い女の子になってたって思う
・心配なんだよ春希くん。
誰よりもかずさのことが。…わたしよりもさ。
・うん、すごく嬉しい。
わたしのためじゃないけど、わたしたちのためだから。
・春希くんは、かずさに全然恩を返しきれてないって、
そう、思ってるんだよ。
(中略)
春希くんは、かずさのこと、神様みたいに思ってる。
・ずっと、こうしていたいね…
・ね、どうしよう?
わたし、春希くんと付き合い始めて、
どんどん悪いコになってきてるよ…?
…春希くんのためなら、もっと踏み外せるって、
そんなこと、おもっちゃってるよ?
<俺は、誰に対しても嘘はつかない。
誰に対しても、誠実でいる。
さっき、そう誓ったばかりだ>
<今まで通り、なんにも変わらない。
俺たち…三人のままだって>
俺さえ吹っ切れば、
みんな笑って、この時間が続いていくんだ>
スラックティビズム(英: slacktivism)は、「怠け者(slacker)」と「社会運動(activism)」とを掛け合わせた合成語である。努力や負担を負わずに、社会運動めいたことをする行為を指す。
この用語は、社会に意味のある影響を与えていないのに、社会にとって良い活動をしたつもりになる自己満足的行為について、軽蔑を込めて使われている。こうしたスラックティビスト(スラックティビズムにあたる行為をする人)たちの行為は、多くの場合、個人の努力や負担を必要としない。
勝間さんの「まじめの罠」よりこのキーワード1つのほうがインパクトもあるしわかりやすいな。
「まじめの罠」は今年の買って後悔した本ベスト3。勝間さんどうしちゃったんやろうなぁ・・・。
これ、大人向けの本なんですか。
「まじめの罠」というキーフレーズの下、世の中のさまざまな失敗例が語られます。ですが、その「まじめ」が定義されていません。
最初にユダヤ人を大量に処刑したアイヒマンの例が出てきます。アイヒマンはまじめだから残虐な行為を行った、と著者は思いたいようです。ですが、違います。ミルグラムの本を著者は紹介していますが、ミルグラムは誰もが簡単に他人に「服従」することを心理学の実験で示しました。アイヒマンがまじめだったとしても、それが原因ではありません。二つのことが同時に起こったり、一つのものの中にあっりしても、一方が原因で一方が結果とは言えません。「まじめの罠」という著者の結論は著者が紹介したミルグラムの実験結果と矛盾します。読まずに想像で判断したのか。ネットの安直な解説を真に受けたのか。読んだけど理解できなかったのか。とにかく、自分で紹介した本の中身を理解していません。これはかなり恥ずかしいと思います。
クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』も「まじめの罠」の例に紹介されています。クリステンセンの主張はまじめにやると失敗する、ではありません。長くなるので詳細は省きますが、その産業に属する企業群を支配する経済的な力学が働き、まじめに努力したとしても、やがて新興のベンチャーに負けてしまうというのがクリステンセンの考えです。まじめに努力しなかったらもっと早く負けてしまうのは言うまでもありません。ラーメン店の競争が激しい中、自分の味を求め新規開業する。これはまじめですか。いいえ、「わがまま」です。自分の好きなことをして儲けたい。そんなに世の中は甘くありません。意図的か無意識か、「まじめ」の定義が変わります。このやり方ならどんなものでも「まじめ」と言えてしまいます。
著者は「まじめの罠」というキーフレーズで、あれも説明できるよ、これも説明できるよ、と言いたいのですが、現実は著者の考えるほど単純ではありません。テレビの水戸黄門のファンは多いと思います。代官と越後屋は徹底して悪い人、搾取される百姓や町人は徹底して良い人。単純だから良いのです。仕事で疲れて帰ってきて、複雑な心理ドラマを観たいと思いますか。この本は普段活字を読まない人には読みやすいと思います。論理が単純だからです。ですが、現実の世界は水戸黄門とは異なります。単純で分かりやすいことと、正確であるということが一致することは稀です。だからこそ、物事を複雑なまま捉えて分析しないといけないのです。でなければ、どんな難しい理論もたとえ話で説明できてしまいます。著者に望むことは引用する文献をしっかり読むこと。著者にオリジナリティがなかったとしても、忙しくて専門書を読む時間がない人のために、原著を原語で(経営学や心理学の本は誤訳が非常に多い)精読して、読者に噛み砕いて説明してくれるなら価値はあると思います。逆に、いい加減な理解で読者に間違った知識を与えてしまうなら、読者は修正に時間が掛かります。その意味でこの本は星一つにせざるを得ません。買うお金、読む時間、間違いを修正する更に長い時間。大変な出費です。
この本には「私(著者)を嫌う人」の紹介とその批判がありますが、その定義も著者に都合の良い、やたら感情的で、論理性に欠如するような議論をする人たちに描かれています。自分が論破しやすい「私を嫌う人」像を作り、それを批判し、結果として自分の正当性を主張する。読者はその定義がそもそも正しいかを自分で検証してほしいと思います。
この本でたった一つ良かった点。自分の間違いを認めるのに躊躇してはいけないということ。人間は自分の間違いを認めたくありません。とくに高いお金を出した場合は価値があると思いたいものです。今までの投資が無駄になりますから。ですが、例えば今まで毒を薬だと信じて高いお金を出して買って飲んでいた人たちも、毒だと知ったらすぐに飲むのを止めるでしょう。正しいことを知ろうと思っても、間違ったことを覚えるなら、毒と変わりません。
6年くらい前は逆だったと思うんだけれど。いつの間にか逆転してるなー。
最近まで昔の習慣でサンデーは立ち読み、マガジンは単行本ってやってたんだけれど
どうも面白く感じなくなってきたので逆にしてみたらいい感じになってきた。
サンデーの作品は決して面白くないわけじゃないけれどなんだろう。
面白いと言うか「できが良い」という感じで、全体はしっかりしてるんだけど、ぶっちゃけダルい。
エネルギー足りない感じ。
まぁまぁテンポよくて読んでて楽しい。無駄に盛り上げまくってるし、逆に単行本で読むと疲れる。
こういうのって編集長が変わったりすることで影響でてるのかなぁ
フルタイムの一人暮らし会社員だけど毎日弁当持っていくし朝ごはんも晩ごはんも作って食べるし、整理整頓も好きだし床はワックスがかかってピカピカで、ベランダではハーブ類がわさわさ。ということを3食コンビニ飯な女友達が知ると、「えー!よく続くねえすごい! 私も誰かのためにならできるんだけど…」などとよく言われる。
私からすると、他ならぬ自分のためだからこそ手間も暇もかけられるわけで、誰かのためならできるってそっちの方がよっぽどすごいなと思うんだけど、男性陣からするとそういう結論には至らないらしく、私にばかり「家庭的だよね」「いい奥さんになりそう」とかニヤニヤ言ってくる。いや全然家庭的じゃないから。家族にだんご三兄弟の次男にそっくりと言われてるし。3食コンビニ飯な女友達タイプのほうがよっぽど家庭的だと思うけどな、資質的に。
池沢先生はネットの狭い世界では2年ぐらい前から有名人でした。
昨今流行りの「炎上」スレスレの発言を繰り返していたからです。
発言内容は今で言うミサワ、
自意識が過剰すぎて溢れ出しちゃってる感じのアレでした。
(犯罪告白とか反社会的発言は一切無いので本当の炎上はしてません。)
・マイミク申請してきた漫画家志望者のレベルが低いので蹴ったこと
等などを綴っていました。
その中でも
「アフタヌーンとかでなら今でも連載できる、だけど理想を落としてはいけない」等の
人に迷惑がかかりそうな発言だけは注意されたりプチ炎上したりして撤回したり。
本題はこれを踏まえて今週のジャンプの新連載を見て欲しいと言うことです。
これを読んで、今私が説明した池沢春人先生の人物像と重なりますか?
重ならないんじゃないでしょうか。
この漫画読むとなんとなく、作者は謙虚な低姿勢の人のような気がしませんか?常識的な。
この漫画描きながら「俺は天才だ!」って叫ぶ人はいなさそう。出来が悪いという意味ではなく。
先生は昔は
才気走った感じの異世界漫画を描いたりしてました。絵の中に入ってどうこう。
今とは似ても似つかない漫画描いてました。
言動と噛み合う感じの。
あの彼のどこをどう調教したらこんなに大人しい、
「一芸付き学園コメディ(場合によってはバトルにいけるよ!)」みたいな
ジャンプのテンプレ的コテコテ漫画を描くように躾けられるのでしょう。
この間2年は経ってない筈。
編集者はどんな風に飼い慣らして、あの芸術系トンガリボーイにこんな漫画を描かせることに成功したのでしょう。
バクマンでボンクラ系漫画家を操縦する敏腕編集者が出てきますが、あのレベルでもちょっと説明付かないような。
これは普通のことなんでしょうか。
ショックと言うかなんか怖い。
タイトルは、下記のyuhka-unoの記事に対して感じたもの。
みんないろんな方法で「オレの正しさを聞けー」って叫んでる。面白いな。
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51724292.html
内田樹さんは、まず自分は先生として語っているというポジションを確保しないとものが語れない。
=私の言ってることが正しいかどうかはどうでもいいから受け入れろ。話はそれからだ。
dankogaiさんは、俺として語るということを重視している。
=他の人にとっては正しいかどうかわからんけど、とにかく俺はこう思う。信じるかどうかは好きにしたらいい、でも俺の意見は俺にとって正しい。
http://anond.hatelabo.jp/20110902194440
ハックルさんは「自分を批判する人が正しくない限りは自分が正しい。むしろ批判されきらなかった以上自分が生き残りで勝ち」という消極的な方法で自分を正当化する。
=文学理論を知らない奴に批判されても痛くも痒くもない。それどころか、そういうやつに批判されてるってことは自分は正しい
http://d.hatena.ne.jp/yuhka-uno/20110901/1314876472
この人は、相手の間違いを叩き潰すために、自分の正しさを主張するタイプ
=どうしてもあいつは許せない。あいつは間違っている。あいつと闘う私は正しい。正しくなければいけない。
個人的にはハックル論法が最も害が少なく、yuhka-uno論法が最も害が大きい論法だと思う。
ハックル論法は、あくまでハックルさん個人を救済するためのものだから不快なだけでこちらに影響を与えない。
内田論法はごく少数の人間に対して深い影響を与えるが、感染力は低めだから問題ないと思う。良い影響もあるから総合では悪く無いと思う。
dankogai論法は根拠は個々人で考えることを要求するから、深く考えないで結論だけつまみ喰いするバカ以外には悪影響は及ぼすまい。
yuhka-uno論法は、個人的にもっとも嫌悪すべきタイプのもので、私はこの手の語りをする人が出たら逃げるようにしている。
ラッキーwwwとかって思うか?
思うよな。
このご時世だし、ワープアで手取りが15万いかなくて、しかもその半分以上が家賃とかの固定費ですっ飛んで行く状況じゃあ、ありがたくもらっとくのが得策だよな。
5万10万みたいな「もはや仕送りだよコレ」的な額でも「やりぃ」ってなるよな。
もらわねーって手はねーよな。
親ははっきり言って裕福で微妙にカネ持て余してる感あるし。
そりゃ無駄遣いとか浪費とか得体の知れない使い方して食いつぶすのはカンベンって感じだけど、「お前のためだから出すんだよ」っつってくれるんだもんな。
ちょっといいもの食えとかたまには旅行とかいけとかあれ買えこれ買えっつって、イヤなら使わなきゃいーだろ貯めとけっつってな。
もらわねー手はねーよな。
俺が働いて我慢してストレス代金としてもらってる額のうちで本当に俺の自由になる分以上のカネがぽーんとアホみたいに降ってくんだけど。
よく考えたら仕事つまんねーし友達もいねーし趣味に注ぐ時間も気力も情熱もねーし、実家帰って飼われてる方が経済的に正解ってくらいなんだけど。
俺はこの件でときどき真剣に自分が生きてる意味あんのか疑うしかなり必死で何で死なねーでいるのか理由を探したりでっち上げたりしてるけど。
何だかんだでもらわねー手はねーよな。
もらわねーとすごい嫌な顔されるしあげたいんだって言われるし引っ込められると結局自分もちょっと惜しい気とかしてくる始末だし。
金なくなると辛いらしいし。金で幸福は買えないけど不幸は回避できるらしいし。
もらわねー手はねーよな。
金なくなってひどい思いしたくないし。
俺は事実として親から金受け取ってるし仕事だけじゃ食うのがマジでカツカツだし将来こわい。
でももう俺にできることは何一つない。
俺は仕事で手一杯だから時間的にも気力的にも始められることは何にもないし転職できるだけのスキルとかないしほんとは将来とか無い。
打開できる気がしない。
もう何にもできる気がしない。
キューブラー=ロスの"死の受容"と同様に異性に対する"愛の受容"までにはいくつかのプロセスがある。
このプロセスはパートナーの両方に発現する場合もあるが、片方にのみ発現する場合も多くその場合、破局に繋がる可能性が飛躍的に高くなる。
しかし、それを乗り切り受容まで至ったカップルはその後、継続的に添い遂げることが多くなる。
このプロセスは画一的なものではない。いくつかのパターンに分かれるし、飛ばされる場合もある。
死の受容との根本的な違いとして、愛は不可避ではないことに留意してもらいたい。受容までに、そのプロセスは途切れることのほうが多いだろう。
・認知
初めて恋に気づく。
そこに愛はないが、本能的に異性の気をひくために行動する。
・告白
次プロセスである独占の前段階である。他者からパートナー候補を隔離するため、なんらかの方法(それが非社会的であっても)で相手に決定的なアプローチを仕掛ける。
・独占
前段階からプロセスが途切れなかった、つまりパートナーを得とくした場合、一時は幸福感が訪れる。しかしそれはあくまでその個体に対する独占欲をある程度満たしたにすぎない。
個体の差異はあれ、数日ないし数ヶ月で絶対的な独占を得ようと行動する。今段階ではパートナーに対し、他の異性への接触を著しく制限する傾向にある。
この傾向により、妊娠を狙った"実力行使"によって相手を強制的に独占するケースも少なくない。いわゆるできちゃった結婚である。
・乖離
独占欲が充分に満たされ、ある種目処がついた段階になると、今度はパートナーの荒が見えてくる。
それは自分との価値観の差異であったり、仕事や交友関係などの周辺環境に起因する物から、些細な癖まで様々である。
いわゆる倦怠期は、独占期後半から次の依存期までということになる。
この時期は圧倒的に別れる率が高い。特に乖離期前、または初期に結婚した場合は直後にこの段階に陥り、マリッジブルーの原因となる。
また子供が既にいる場合には、子供に向けられないフラストレーションを相手に対して向け、相乗効果で大変苦しい時期になる。
・依存
乖離期を乗り越えると、相手には自分しかいないし、自分には相手しかいないと思い込むプロセスへ移る。
ある程度相手の欠点を理解した上で、条件として自分の欠点を認めてもらおうとする。
「この人はここがだめだから自分がしっかりしなきゃ」、というのは愛ではなく依存である。
セックスは増える傾向にある。
・受容
依存期を越えると愛の受容に至る。相手を自分の人生の一部であり、恋人から家族に変遷する。
家族とみなしたパートナーについては婚姻に関係なく相手を充分に理解し、自分と相手の両方の利益を総合する。
セックスは減るが、性欲が減退したわけではない。
パートナーに対して充分な愛を享受しあえたことで、別の個体に対してのアプローチが高まる傾向にある。
それは子供に対してであったり、別の異性に対してでも変わりはない。いわゆる浮気である。
たまにインターネット見てたら東原亜希がブログで書いたことがそのあと不幸を招くみたいな説っていうかノリみたいのがあって、例えば東原がサッカーの日本代表と会ったことをブログに書いてそのあと日本代表が負けたらそれを東原のせいにしてデスブログとか言って盛り上がってるのを見かけるけど、あの、それ、全然面白くないからね。いや、アハハじゃなくて。またまた冗談きついわ~じゃなくて。本当に、面白くないから。面白くないって感情以外なんにも湧いてこんから。それ見た瞬間、暑いとかかゆいとかお腹すいたとかそういう感覚が全部なくなって、面白くないって感情だけになるから。
東原がその件についてどう言ってるか知らないけど、たぶん「気にしてません」とか「注目されるだけ嬉しい」みたいな前向きなことを言ってるんだろうけど、100パー陰で泣いてるから。夜中に布団かぶって枕を濡らしてるから。
あんなもんただの虐めだから。全然面白くもなんともないただの虐めだから。クラスで一番かわいい女子が虐められてたのと一緒だわ。虐めてた奴は全員面白くない奴だったわ。自分が面白いと思ってることを言い終わらない内に笑いながら言う奴らだったわ。最後の方なに言ってるかわかんない奴らだったわ。
24時間テレビは偽善だとかってタイピングしたその指で、その同じ指で東原はデスだなんだってタイピングする。そのお前の指自体がもうビックリしてるわ。指がお前の方を二度見しとったわ。
カップ数とか分からないが胸もいい感じで揉めそうだし
柔らかくてしゅっとした白い太腿をぐいっと開いて指突っ込んで喘がせたい
そりゃ働いてる塾の生徒に手を出そうとは思わない
いややるだけじゃなくてちゃんと付き合いたい
身も心も俺の虜になって好き好き光線出してくるような状態で
背とか小さいのに目とかきゅらきゅらしてて胸もめばやわらかいんだぜ多分
いやめんどくさいからやらないけど
いやもうそれでもいい 寝てる間にパンツの中に忍び込んで小学生喘がせるから
いやダメだそこには愛がない
仮に小学生ちゃんが俺を愛してくれてもナメクジとして愛されていて俺を見てるわけじゃない
ナメクジレベルのクズだとは知らずにせんせーおもしろーいってなついてくれてるけど
いや生徒には断じて手を出さないよ 生徒に手を出すとか妹に手を出すようなもんじゃねえか気持ち悪い
そしてその小学生が中学生になって高校生になって大学卒業した頃に子ども授かって愛のある家族を作りたいんだよ
身体が目当てじゃないとは言わない
ただ小学生が小学生であるときは新鮮な肌を探求しつくし聞いたことも無かった声に耳を澄まし
少したるんだりかさついたりした中でも昔の面影をにじませる妻と
妻に目のきゅるりんな輝きや髪の色の薄さが似ていて俺が小学生だったら惚れてたようなめんこい娘と
二人を養ってそのうち娘からは小学生になると「お父さんとお風呂に入りたくない」なんていわれたりして
その時へこむけど「ああこれも成長か」としんみり生ビールをすすったりして
そういう家庭をはぐくみたいんだよ いや娘に手を出すとかありえないから
俺がゴム付きで中に出して倒れこみかけた時に圧し掛かってはいけないと腕を立てようとすると
自分から小さい腕を伸ばして俺の身体を抱き寄せてくれるようなそんな小学生とやりたい
いや小学生じゃ身体ができてないからセックスできないとかそんなこともないから
俺の彼女(小学生ではない)だって小学生の時からオナニーしてたと聞いている
というか二人で歩いてると彼女が「あの男の子かわいいよね連れ去りたいよね」なんて言ってくるんですが
連れ去るとかねーし そこに愛が生まれねーよバカって思うけど言えない 尻に敷かれる体質なんだろうか
そういえば小学生と家庭を築いた妄想してても俺はお一人様1パック限りの納豆を買うために
休みの日だってのに2回並ばされていた いや愛する娘のためだからしょうがない
ああ小学生とやりてえなあ
ああ
俺死ねばいいのになあ
地震から2週間経ちました。理系の皆さんがその知識を総動員させて原発被害に立ち向かい、体育会系の自衛隊員の皆さんは被災した地域に赴き、身体ひとつで精神的にも肉体的にも辛く苦しい作業を行っています。そんな中、我々文系一同は、デマに流され、右往左往、一人前の罪悪感だけ抱えてすぐに忘れ「この際仕事さぼれねーかなー」なんてことを考えています。思えば、学生時代からそうでしたね。日々勉学にいそしむ理系、トレーニングに勤しむ体育会系をしり目に、我々は髪型や服装にうつつを抜かし、レポートを写し、酒を飲み、日々を楽しく、現をぬかしてばかりいましたね。昔からそうなのです。我々文系には、目先のことばかり考え、仕事をサボり、毎日を面白おかしく過ごすことしかできないのです。
原発、その他火力発電施設の被害の大きさが明らかにありつつある現在、ひとつ確定的なのは、「今年の夏、首都圏では日中冷房がほとんど使えなくなる」ということであります。都会の夏に冷房を使えないということは、文字通り致命傷です。私自身、アトピー性皮膚炎を患っているものですから、そのつらさは身に沁みます。ですが、こんなときこそ我々は、我々文系は、楽をすること、毎日を面白おかしく過ごすことを考えるべきなのです。
ですから、みなさん。今年の夏は、スーツを脱ぎましょう。代わりにTシャツにハーフパンツ、サンダルをはいて通勤しましょう。髪の毛はオシャレ坊主にしましょう。職場にBGMとして、サザンやチューブ、レゲエミュージックを流しましょう。サマータイムブルースを、ホテルカリフォルニアを口ずさみましょう。政府のえらいさんが提唱する、シエスタやサマータイムの導入を、積極的に後押ししましょう。夢にまで見た社会人での長い長い昼休みを、このどさくさにまぎれて実現させるために。そうして、長い昼休み、近くの銭湯に立ち寄り、汗を流し、コーヒー牛乳を飲みながら、高校球児を応援しましょう。ある日、海が見たいと思ったら? 鈍行電車に揺られて1時間、近くの海まで行けばいい。かき氷を食べて、足元を波にさらわれて、そうしてまた仕事に戻りましょう。企業の業績が悪くなれば、きっと有給消化を兼ねて、長めの夏休みを提案されることもあるでしょう。そのときは、少し足を延ばして、地方のおいしい料理を食べにいきましょう。北海道でも。沖縄でも。もちろん、東北でも。アーパーな、享楽的な願望を、それらしいカタカナ語で無理やりに取り繕って、それを文化的な暮らしだと言い張りましょう。そうやって、今年の夏を、電気を使わず乗り切ろうではないですか。
昔から我々文系はアホだと言われてきました。その通りです。しかし、馬鹿ではないことは証明しなければならない。今こそ、我々は一丸となって、猫のピートになるのです。皆が皆が冬の寒さに凍えながら耐え忍ぶ中、お調子者の我々こそが、部屋中の扉をあけては閉め、夏への扉を探すのです。例え滑稽に見えようとも。
「よく覚えとけ。現実は正解なんだ。時代が悪いの、世の中がおかしいと云ったところで仕方ない。
現実は事実だ。そして現状を理解、分析してみろ。そこにはきっと、なぜそうなったかという原因があるんだ。