はてなキーワード: まんだらけとは
2chやTwitterを見てると、あのブログがソニーの回し者であるかのような流れになってるんだけど、何だか違和感を覚えるんだよな。
なので、とりあえず最近のあのブログのPSVITAタグの中からネガティブっぽい記事をピックアップしてみた。
1月だけでこれだけあるわけだが。
PS3の初期もこのブログはこんな感じだったし、ほんとにこいつソニーからカネ貰ってんのか?その辺はどういう解釈でみんな納得してんの?
12月も…と思ったけど多すぎて後半だけで力尽きた。
http://anond.hatelabo.jp/20100217113611
http://anond.hatelabo.jp/20100217224011
ただでさえ学生が少ないのに、男の上智生(しかも文系)っていたらレアモノなので勢いで書く。
上智の最も素晴らしい点は、大橋アナとか海老様の嫁とかを輩出した女子の戦闘力の高さ、という意見もあるけどそんなの一部しか享受できないので無視。
全学生が喜びに震えるのが四谷駅から徒歩90秒で門に辿り着ける立地!これに尽きる。
すごいよね。駅でたら見えるもんね。門が。
これにより、大学近くに住む必要性も減り上智生は住居選択の幅が大分広くなる。
*そもそもオフィス街の為、学生向けの住居は少ないので最初から切ったほうがベター
中央特快も停止する懐の深さ!飲み屋もスーパーもラーメン屋も豊富で、皆が大好きサンプラザ中野ブロードウェイのお膝元だ!
高円寺~荻窪に住むと「しんみち通り」で飲んだ後、特快と気付かず乗車。
うっかり吉祥寺あたりまで連れ去られる。
気付けばいいんだけど、そこで寝てたりすると高尾山でハイキングして帰ってくる羽目になるから本当に注意だ!
不動産屋選びは匿名ダイアリー読むくらいの余力があるなら、いくらでもコツまとめ記事が見つけられるだろうからそれに従いなさい。
早稲田の人も書いてるけど、乗り遅れたら5月まで待ちな、ほんとに。
俺、夏に死ぬほどバイトして、半年で引越しを強行する羽目になったよ。
1位:中野 2位:代々木or阿佐ヶ谷 3位:幡ヶ谷or笹塚あたりからチャリ通
したがって「一人暮らし大変で・・・」みたいなトークで共感を得ようと思っても、ほとんど理解されない!ドンマイ!
学科ごとの授業選びのコツだとか、留年しないコツだとか、シラバスだなんだってのはあの「オリキャン」っていう謎の一泊二日で先輩からシコタマ聞きだすんだ。
ただ、もしコレを読んでる中に女子がいたら注意して欲しい。
間違いなくその先輩と付き合う羽目になる。というか、二年生以上は毎年、下級生と付き合うためにそれに志願する。
ウキウキの4月で先輩にツバつけられたら、GWや夏休みに待ち構える楽しいサークル活動で素敵な殿方とのラブメイクも遠のくぞ!
身軽でいろ!最初は!騙されんな!
男子!ゲンナリしてる場合じゃない。
いいか、お前らが入ったのが例え年中ツナギの工学部でも、お嬢様だらけの仏文でも、等しくチャンスが与えられるのがこの二つだ。
チャンスとは何か?他の学部学科の可愛い女子(法学部が圧倒的破壊力)と知り合うチャンスだ。這ってでもイケ!
生徒人数が少なく、どうやったって友達が出来る仕組み(理由は英語の授業の特殊性にあるんだけど)の上智にあってもこれは必須要素。
他の大学と違い、体育会系がそこまでイケイケではなく、非常にバランスが良い。
特に文化系な君達、輝けると思う!
個人の興味で選んでいいと思うけど、理系ならテニサーはいるべき。
俺と同じ文系の君は溢れんばかりの女子にまみれて勉強しなきゃならんので、サークルくらいは男臭くてもいいと思うよ。
インカレ系はいるより、上智らしくインターナショナル系のサークルにはいっておくと英語がびっくりするほど喋れるようになります。
繰り返すけど、ぼっちにはなりにくい大学だけども、結局は個人次第。
もう大学生なんだから、まずは笑顔で元気よく挨拶。これ、忘れんな!
マジで超裏技で実行したことがある人は俺の知り合いにはいませんが、上智学生同士で結婚してしまうという技があります。
これをすると学費がタダ?だっけかな。まだあるといいね、この制度。
プール券ってのが毎年10枚もらえる。
ほとんどの人は使わないので、これをもらって夏は毎日タダで泳げるね!
女子と一緒にいくとキャッキャウフフできて楽しいですよ。マジで。
あとサークル棟にはタダで入れるシャワーがあるので、貧乏学生謳歌中の人はここでいつでもキレイになれます。春日もびっくり。
学食は「まずい・高い・少ない」の三拍子がそろっているので、近くのしんみち通りの居酒屋ランチか、お弁当を推奨します。
SJハイムとかクルトゥルとかイグナチオとかは、洗礼を受けていない人間はまず入る機会はないけども、イグナチオのクリスマスミサは一度くらいは行っておくと見識広まるかも。
最重要ワードを伝え忘れてたけども「8ピロ」とかっていうワードを聞いたら、それは8号館下のピロティのことだ。ピロティがわからないひとは「コルビジェ ピロティ」とかでググれ。
それぞれのピロティはサークルと学科が代々受け継ぐたまり場になっている。
メンストってのは大学のメインストリートのことで、北門から続く一本道ね。
スケボーに乗ると怒られるので注意。
入学したてのお前らに絶望的な宣告をする。
四年後、卒業して社会に出てみろ。世の中の女子のほとんどは上智の学生より可愛くない。
いいか、お前がこれから遭遇できるかわいい・キレイな女子のほとんどはそこにいる。
今おまえが手が届く範囲のそこにいるんだ。
だからこれからの四年間、どんなに授業がタルくても、寝坊しても学校にいけ。
そしたら、あっという間に就職も決まってるし、卒業も出来るし、何より素敵な生涯の伴侶を手に入れることが出来るよ。
合格おめでとう!
今日は遅く起きた7時40分。
その後、部屋に戻って荷物を少しまとめる。
親戚宅を出たのは10時前。
12時に知り合いと待ち合わせだったのでそれまで時間をつぶすために
御茶ノ水で降りて適当に歩く。飯田橋まで歩いて駅から秋葉原へ。
時間より少し前についたのでぶらぶら。
そして、待ち合わせに成功しあう。ネットで知り合った人に会うのは今回3人目。
すっげー楽しかった。ホント偉大だと思う。ただ不意に飛んでくるフリに対応できなかったけど。
今回、東京に来るきっかけにもなった人。
いろいろ店まわったりカレー食べたり、ファミチキおごってもらったり。
USBメモリ買ったり、ゲーセンで音ゲーしたり、まんだらけでフィギュア見たり
最後に喫茶店よって話して帰りました。なんかパワーをもらった気がする。
世の中あんな人がたくさん居たら変わる気がする。
なんで、見ず知らずのこんなクズを応援してくれるんだろう・・・
言いたいこともビシバシ言ってくれるし、なんかすげぇ。
それに応えられるかどうかが心配すぎる。
家に帰れば、きちんと就職しろといわれるだろう。
家のことも心配だ。親も年だし近い将来面倒をみないといけないだろう。
親戚の家に戻ってから、荷物の整理。
明日で帰らるので今日はどこかへ食べに行くんだと。
そして、お寿司をご馳走になる。ずいぶんと店員さんが賑やかな回転寿司だった。
空いてる時間のを買った。
それから親戚宅に戻った。
戻ってきてからおばさんと話をした。
「今回は軽い気持ちで来なさいなんていって悪かったね。」なんて言われた。
「全然そんなこと無いですよ!むしろ自分もあんまりお手伝いできなくてすいませんでした」と言った。
その後、生活費として親から預かってきて親戚のおじさんに渡してたお金を返された。
仕事を斡旋できなくて申し訳なかったと、このお金を資格とか取るのの足しにしなさいと。
あと、自分は音楽がやりたいってことを話したら、若いうちに夢を持つことはいい事だといわれた。
ただ、やっぱりそれなりのスキルがともなってくるし不安はあるが
それは家に帰ってからの話になるが、親は聞いてくれないだろう。
だから帰ってからアルバイトか、それか再就職でもしてお金貯めて今度は一人で東京へこようと思う。
ただ、やはり未成年の壁がでかいかな。
おばさんの言うとおり、父の仕事についてったらコミュ力上がるかもしれないし
ただ、こんなことを行ってたらあの人に縁切られるだろうな。音楽もやりたいし。
あ、そういえばおばさんが家にみかんを送ってくれたという。だからお土産は買わなくていいって。
この一週間、いろいろあったけどいい社会勉強になった気がする。
ただ、一番仲のいい友人以外の人にはちょっと顔向けできないけど。
帰ったらどうしよう。バイトして金貯めてからまた来たいな。
新書は、とりあえず規模(店舗面積)の大きいところだろうけど・・・。
古本は、まんだらけは中野しか行った事無いけど、普通の本に関しては、そこそこあるけど、そこらのブックオフの
大型店と比べても特に充実してるという訳でも無い気がする。そんな頻繁に行く訳じゃないから、商品の回転が早いだけで
頻繁に見てれば、どうかは断言出来ないけど。(ブックオフでも駅前の大型店とか同じような傾向があるから・・・。)
プレミア本とか、1冊何万円もするようなコミックとかサイン本とかならともかくだけど。
そうでなかったら、ブックオフとか、街の小さな古本屋、地図片手に片っ端から廻った方が掘り出し物や、面白い物が
自分は買い手だけど、その本が気に入ったらメールを出すようにしている。自分が貰った分だけ返したい気持ちがあるから、すばらしい作品に出会ったときにはキモい長文メールを出している。たいてい丁寧な返事が返ってくることが多い。そこからメールの交換→会って挨拶→一緒に飲みに→お友達みたいなこともよくある。
売り切れになってしまった本の再販の問い合わせメールを出したことも何度もある。友達から借りて読んだのですが…と本の感想と一緒に、もし総集編などを発行される予定があったら嬉しいです、という感じで最後に書き添える程度だけど。ほぼ100%「ちょっと無理です…ごめんなさい」という風に断られるけど、それでもかまわない。いつか再販してもいいかなーと思ったときに、そういえば欲しがってた人がいたなあとぼんやり思い出してもらえればいいなあと思ってる。実際にそのうち総集編がでることもあるし、でないこともある。あとは気長にまんだらけを物色。
売り手と買い手の違いはあっても同じ人と人なので、コミュニケーションの仕方を考えればいいのに、と例の増刷増田を見て思ったよ。大上段に構えてうまくいくコミュニケーションなんてないのに。
別に、面白くないのに、やめられない。
欲しくもないものを買ってしまう。
昼飯すら我慢してしまう。
楽しくてたまらなくてやめられないわけじゃない。
そりゃそこそこ楽しいけど、もうそれほど興味ががなくなっても、ダラダラと続けてしまう。
やめたい。でも怖い。決心がなかなかつかない。
そうしているうちに新刊・新作が出て、また買ってしまう。
なぜか。
考えたら、簡単なことだった。
まず第一に僕は寂しい。
友達がほとんどいない。
限られた世界で、僕だけじゃない、誰かと同じものを共有している、それを感じられるのがオタク文化だからだ。
これをやめると、あとは一人の行動が待っている。それがさみしいのだ。特に、今は。
第二に、たいていダラダラ続けてしまう時っていうのは、「やること」があるときだ。
本当に向き合わなければならないことから、逃避するための材料でしかない。
自分はオタク(実際はそれらしいコンテンツをユルく消費しているだけ)であるというレッテル貼りによって、
何者でもない無力な存在である、という実態から目をそらしているのだ。
だからついつい続けてしまう。先延ばしにしてしまう。なかなか決心がつかない。
これらの理由が今僕を、たいしてもう興味がないのにオタクをやめることができないというジレンマに陥れている。
もうやめよう。原因は分かったのだから。
結局僕の怠け癖だ。
パキっとしなきゃ、だめだ。
近々、要るもの以外はまんだらけに持っていって、
PC内も整理していこう。じゃあ、おやすみ。
ネットがやめられない
今日まんだらけに行ってきた。全4巻中1,2巻があったのでとりあえずそれだけ買ってきたけど、
まんだらけなら4巻全部当然のように揃ってるだろうという勝手な期待をしていたので少しガックリ。
まあ大手とはいえ売る人あっての古本屋だものなあとか思いつつ帰ってから何気なくアマゾンで検索したら、
最終巻だけ2360円って何だよそれ・・・まんだらけにも無かったのはそういうことか・・・。
もう中途半端に読んじゃったから続きが読みたくてしかたない。この本置いてあるような古本屋ならやっぱ値段揃えてるのかなあ・・・。
アホみたいに品揃えのいい漫画喫茶でも探すかあ。
ここらへんの論争によってこの病気がはじめて世に知られる事となった。中学2年生程度の作画知識で萌えオタを否定し、結果何の行動も起こさなくなる病。特に引篭もり患者に多く見られる。重度の患者は勝手な思い込みから社会の規律に反した批評を引き起こすため、早めのケアが必要。闘病患者として作画スレのアニメーターランキングとか書いてる人が有名。(未完治)
http://anond.hatelabo.jp/20070121043719
に関連して。
http://web.sfc.keio.ac.jp/~t05091yi/web/blog/2007/01/22/153436.php
ってのはたしかにそうで。少なくとも東京に住んでる限り、メジャーどころを購入するためならあの殺人的な環境に飛び込む必要性は少ない。電車に10数分乗って、ターミナル駅のまんだらけなり虎の穴なりに行けばいい。で、最近ではその話は東京に限らない。地方の書店でも「同人誌コーナー」を設けてるところがあるらしい。三島市のイトーヨーカドーにあったそうで、帰郷した友人が土産話として語ってくれた。女子中学生が制服のまま、嬉々としてやおい本に群がってるんだと。
で、元の話に対する反応として大きかったもののひとつは「しょせん買い専の意見だねプ」ってやつなんだけど。なんつーか。よく分からない。ネット依存症のみなさまにあるまじき、というか。それってつまり自家中毒を自認かつ奨励してる、ッてこと?
ここからインスパイア。
はじめに
秋葉原は現在もっとも注目される街の一つである。IT・ハイテク技術の聖地として、あるいは現在国が推進するソフトウェア・コンテンツの見本市として、またはサブカルチャー文化が生まれる一観光地として、政府である『官』やソフトウェア&ハードウェアを生産する『企業』、そして秋葉原を目指す『個人』の視線がそこに集中し、ひとつのムーブメントを作り出している。
この記事は、秋葉原の歴史については軽く触れる程度にとどめ、主に90年代後半??今後の秋葉原について参照し、今後秋葉原がどういった発展を遂げるかについて将来像を探るものとする。
電気屋街としての秋葉原の歴史は、終戦直後に作られた露天市までさかのぼれる。戦前の秋葉原にも山際電気(現在のヤマギワ電気の前身)なども存在はしたが、当時電気屋の主流であった「電気材料卸商」(電化した工場設備に必要な部品を販売する商店)の中心的な場所ではなかった。戦後、焼け野原になった秋葉原で近隣の電機工業専門学校(現東京電機大学)の学生がラジオを組み立て販売するというアルバイトをしたところ、これが大繁盛。その結果、他の露天商も品物を真空管などラジオ部品の販売に転向、その上電気に詳しい露天商の参入もあり、120軒あった露店のうち約50軒が電器商という、まさに電気屋街の前身ともいえる様相を見せた。
この初期の秋葉原の発展について、近くに工学専門の学校があったという地理的要因のほかに、交通の便のよさというのが上げられるだろう。終戦直後にできた闇市で活況を見せたのは、上野や新橋、渋谷など国鉄の乗降客の多い駅の周辺にできたものだった。秋葉原の国鉄や都電が通るアクセスのよさは、そういった「人の流れの結節点」となって、秋葉原に人を留める要因になったと思われる。
その後、GHQにより道路の拡張工事を行うため、露天撤廃令が施行され、露天商は国鉄秋葉原駅ガード下で営業をはじめることになる。これを秋葉原電気屋街の原型とし、以後日本の高度経済成長とともに、電気屋街は拡大していくことになる。この成長を支えたのは家電だった。人々は豊かな生活を追い求めるため、「三種の神器(テレビ・冷蔵庫・洗濯機)」に代表される電化製品を求め、家電が安い秋葉原に足を運んだ。しかしその人の流れは昭和50年代後半で終わることになる。家庭に普及した自動車で郊外型の家電チェーン店に向かうといったライフスタイルが定着し、それまで主要客層だった家族層が秋葉原に足を向けなくなる。また、昭和60年代のAVブームと高級家電のブームの反動による家電不況などもあり、秋葉原は新規顧客層の開拓と、それに伴う主力商品のシフトを図ることになる――「情報家電」。昭和にはマイコンとよばれ、現在パソコンと呼ばれるマルチメディア機材である。平成6年、電気街の売上においてPC関連商品が家電商品を上回って、名実ともに秋葉原は電脳街となるのである。
秋葉原の主力製品となった情報家電は、アニメやゲームを愛好するオタクたちと親和性が高い。アニメを見るためのTV、エアチェックする為のレコーダー、ゲームだけでなく、ファンとの交流を図るコミュニケーション・ツールとしてのPC――しかしそれだけが、秋葉原を「オタクの聖地」としたのではないと、建築学者である森川嘉一郎は言う。
秋葉原に点在する「まんだらけ」や「海洋堂」、「ゲーマーズ」などの同人誌、アニメグッズ、ガレージキット(フィギュア)専門店はそれまで秋葉原になかったものであり、それらは秋葉原に移転するまで吉祥寺、渋谷、新宿などに点在して存在していた。しかしそんな専門店が97年以降秋葉原に集中するようになった原因を、森川は『趣都の誕生 萌える都市アキハバラ』において、(株)海洋堂の宮脇修一専務のインタビューをヒントにこう記している――アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』のヒットと、それに付随したサブカルチャー・ブームにより未曾有のバブルに沸いたサブカルチャー・ショップが、その勢いに乗り秋葉原への出店を促したのだと。確かにこの時期、東京ビッグサイトで行われたコミックマーケットの入場者数が25万人(95夏 90年からこの人数が横ばい)から35万人(96夏)、40万人(97夏)へと急激に膨張するなど(ちなみにこの後入場者数は横ばいになる)、この時期サブカルチャー文化への大幅な人口流入があったという見方もできるだろう。しかし、アニメやマンガ界隈において、エヴァ以降現在に至るまで、エヴァと比肩し得るヒット作は生まれていないのが現状である。しかしサブカルチャー産業は萎むことなく、拡大し続けているのが現実である。エヴァ現象によってサブカルチャー文化に入ってきた人びとは何を飽きずに摂取し、そこにとどまり続けているのか。まずこのことを明らかにしてから、秋葉原の現状について考えてみたい。
批評家東浩紀によれば90年代以降、アニメの物語よりもそこに登場するキャラクターや設定などの断片を愛好するオタクが増えたと、著書『動物化するポストモダン』で述べている。東浩紀によれば「オタクたちは、物語やメッセージなどほとんど関係なしに、作品の背後にある情報だけを淡々と消費している」と指摘し、そのことを「キャラ萌え」している(この言葉はやや古くなった感があるが、そのことについては触れないでおく)と表現した。1960年生まれのライターである竹熊健太郎氏も、「オタクとは何か? What is OTAKU? | Web草思」において、まず自身の立場を「(アニメ作品などにおいて)トータルで作品は見るべきだという思いがどうしても強い。」と表明し、「もちろん心の深いところでは、キャラ萌えのような感情はあるんですけどね」としながらも、かれらについて「でもそれを外部に表明するのは、自分はバカですと言ってるのと同じで、とてもできないわけですよ。」と違和感を語っている。しかし、その中で竹熊はこうも語っている。曰く、キャラ萌えという衝動は「アニメブームの頃、中高生のミーハー女子が「シャア素敵??」って黄色い声をあげていたのと同じ」であると。
東はオタクの嗜好が変わった原因を大きな物語の凋落に求め、結果大きな物語に付随する「小さな物語(アニメにおけるキャラクターやロボットなどの一要素)」を単独で摂取するようなオタクが現れた、と前述した著書で述べている。このことについて東はインターネットの世界を例に挙げてうまく説明しており、少々長くなるがここに引用したい。「すべてのウェブページを規定するような隠れた大きな物語は存在しない。(中略)インターネットにはむしろ、一方には符号化された情報の集積があり、他方にはユーザーの読み込みに応じて作られた個々のウェブページがある、という別種の二層構造がある。この二層構造が近代のツリー・モデルと大きく異なるのは、そこで、表層に現れた見せかけ(個々のユーザーが目にするページ)を決定する審級が、深層にではなく表層に、つまり、隠れた情報そのものではなく読み込むユーザーの側にあるという点である。」「ポストモダンのデータベース型世界では、表層は深層だけでは決定されず、その読み込み次第でいくらでも異なった表情を現す。」
この件について森川も同じくインターネットを紐解き、インターネットにおける「地縁・血縁に因らない趣味や関心の共通性に基づいたコミュニティ=コミュニティ・オブ・インタレスト」が、秋葉原の構造の変化を促した、と記している。つまり、「パソコンを好む人は、アニメの絵柄のようなキャラクターを好み、そうしたキャラクターが登場するアニメやゲーム、ガレージキットも愛好する傾向がある」というオタク趣味の構造が、現在の秋葉原を形成したのだと。しかし私は、この変化を趣味の変化や世代の変化ととらえるのではなく、技術の進化が趣味の構造の変化をもたらしたのだ、と主張したい。
オタクについて、まずかれらについて、サブカルチャー文化を愛好するものたちだと捉えよう。サブカルチャー文化はメインカルチャーにたいするカウンターである為、自ずとその文化を愛好するものはマイノリティとなる。そしてマイノリティである為、常に外部から奇異の視線に晒され(宮崎勤事件を参照されたい)、それに対抗するためオタクたちは様々な我流の理論武装を施し、それによって更にオタクはオタクとして、孤立、タコツボ化を極めた(こういった空気は、ガイナックスの元社長である岡田斗司夫が記した『オタク学入門』(太田出版)を参照されたい)。そしてオタクはまた、サブカルチャーの知識を深めるための仲間を必要とし、オタク仲間に出会える場所を強固に求めた。漫画家の篠房六郎氏は、かれ自身にとっての同志が集う場所であった武蔵野美術大学漫画研究会について、「かつてはクラスの隅っこにいた痛々しい孤独な連中が、自分と同じものの見方を持っている人がいると知って、救われる場所がここだった。」と表現している。
しかし技術の発展が、限られていた場所を無数に生み出すことになる――具体的に言うと、ネットに生まれた「コミュニティ・オブ・インタレスト」である。
秋葉原が「趣都」となった97年以降、PCやインターネット整備網、そして文化は急激に発展し、一般家庭に普及していった。オタクと情報家電の親和性は「2 オタク層の流入??趣都の誕生」の冒頭で述べた通りであり、また、Windows95以前もニフティサーブやパソ通などで、一部のオタクはBBSを通じて他のオタクとのコミュニケーションを図っていた。その後インターネット人口が拡大するにつれ、オタクたちはかつて無い数の「同志」と出会うことになる。現実世界では「距離」によって出会えなかった人々と、モニター越しに交流することができ、どんなにニッチな趣味でも「仲間」を見つけることができるようになったのだ。
「仲間」と「コミュニティ・オブ・インタレスト」を形成できるというのは、前述したような「我流の理論武装」をする必要がなくなったことを現す。なぜなら形成したコミュニティを安定維持するため、構成員の視線は外部より内部に向かうからだ。よって仲間同士、理解しやすく、されやすくするため、お互いにとって理解しやすいものを求めるようになり、その為表層と呼ばれているデータベースを、お互いのコミュニケーションにおいて重要視して使用するようになった。「巫女」や「ツンデレ」など、キャラクターの要素をあたかも服装の組み合わせによる着こなしように消費し、コミュニケーションのための文法とするオタク。作品から好みの要素切り離して楽しむことができるからこそ、エヴァンゲリオン以降ヒット作に恵まれなくとも、オタクたちはサブカルチャー文化を愛好し続けることができたのだ。
秋葉原の今を見つめるブログとして、アキバblog(http://www.akibablog.net/)というサイトがある。このサイトは毎日秋葉原の店先をチェックして、物品の販売価格のほかに、店員が作る個性的なPOPを“ネタ”として紹介することをメインコンテンツにしている。このサイトを眺めていて目に付くのは、店が掲げるPOPに書きこまれた“ネタ”はマスメディアが流布したイメージよりも、インターネットから生まれたジャーゴンである場合が圧倒的に多いということだ。普通の店なら「○○という番組で紹介された??」という文句を掲げるはずのものが、ここではネットのジャーゴンを絡めて、連帯感を出して売られている。また、匿名掲示板群である2ちゃんねるから生まれたキャラクターグッズを売るショップもあり(因みに同じ2ちゃんねるで話題になったのまネコFlashとそのキャラクターがAVEX資本で商品化されたときには非難が集まり、秋葉原発のグッズショップにはなんら実害を及ぼさなかったこの対比は興味深い)、現在の秋葉原はオタク文化というマスではなく、ネットというマスに向けて情報を発信していると言えよう。話題になったドラマ「電車男」も、触れ込みは「オタク発」ではなく「ネット発」とうたわれていたのも思い出させるし、そもそも秋葉原名物となったメイドも、(始まりこそあるアニメのコスプレ喫茶として生まれたものの)オタクたちが共有イメージとして持っていた「メイド」を現実化したものであり、特定のアニメ作品というマスメディアから生まれたものではないことも記しておこう。
高度成長時代、メーカーにとって秋葉原とは、特例的な値引きを許し、かつ消費者の反応をフィードバックさせるための実験場であり、社員の技術者が新製品とともに、専門知識を備えた販売員として小売店へと配備された場所だった。今秋葉原では同じように、ネットから生まれた文化を貪欲に取り込みそれを街の貌とする実験場になっている。インターネットの発展により、個の集合体があたかもマスコミュニケーションのように総体として機能し始めた現在。「趣味の構造が場所を変えた」都市に加え、「既存のマスメディアだけでなく、個々が生んだネットメディアと交流をとる」最先端の都市として、現在の秋葉原は評価されるべきだろう。
参考文献
「週間大衆:昭和54年8月9日号」焼跡のバラック問屋街を『世界のアキハバラ』に高めたガンコ一徹
http://www.shimura-musen.co.jp/home_2/kiji_02.htm
http://www.akiba.or.jp/history/index.html
オタクとは何か? What is OTAKU? | Web草思
http://web.soshisha.com/archives/otaku/index.php
http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20061029#p1
http://sotokanda.net/his_cafe.html
註:ちなみにメイド喫茶が爆発的に増えたのは、私の記憶によればドラマ「電車男」以降のはずである。
コミックマーケット30’s ファイル 発行:(有)コミケット 発行人:米沢嘉博
カーニヴァル化する社会 講談社 著者:鈴木謙介
動物化するポストモダン 講談社 著者:東浩紀