「まっさら」を含む日記 RSS

はてなキーワード: まっさらとは

2012-02-13

http://anond.hatelabo.jp/20120212231602

まぁ、わかるのが遅かったね。

第二新卒新卒と同じまっさらレベルじゃ困る。何のための第二新卒なのかわからない。

ただ若いだけの人が採用したいなら、新卒でいいし。



自分第二新卒の未経験者を採用するとしたら。技術がないことをカバーできる人を採用したい。

ネットショップ関連の開発なら「小売店の実務全般に精通してます」とか。

ただの人数増ならいらんのよ。というより、かえって邪魔

(○人×○ヶ月の見積り方だと、できない人が増えるよりは人が増えないほうがいい)



ついでに言うと、今はIT業界派遣多いよ。というかIT業界こそ多いかもしれない。

部署の半分以上が派遣請負なんてとこもある。

あと、地方ソフトハウスにいくと意外と正社員で採ってくれるかも。

2011-09-12

http://anond.hatelabo.jp/20110911161716

日ごろの鬱憤を晴らせる「悪」を見つけてはしゃいでるだけ。にわか・似非反原発

反政府・反権力デモには必ずそういうのが紛れ込むからねえ。

彼等はすぐデモ目的や主旨を無視して自分達の自己実現ステージにしちゃう。




でも「ただのにわか」は大事にしないといけないと思うよ。

純粋に急に原発が怖くなったっていう人達

彼等は君の大切な仲間なんだからにわか扱いで叩いちゃいかん。




俺は反原発でも原発容認でもないか別に君の味方じゃないけど

せっかくデモ運動するならまっさらな新規者には親切にした方がいいと思うよ。

2011-06-03

bk1しね

本当はアマゾンの対抗馬には生き延びて欲しいとこだけど

そんな気持ちもどっかいくぐらいbk1サービスウンコ




まず第一に検索精度が悪すぎ

なんで「劣化アマゾン」ぐらいにも出来ないの?

変な検索カテゴリばっかり増やすまえに

指名検索の本ぐらいまともにヒットするようにしろって




次にカートがクソ

ログインして本選んでカートに入れて、

別のPCログインしたカートまっさら

「あとで買う」に入れないとすぐカートから消える

入れたまま一定時間でも消える

何考えてるのマジで

客が検討中アイテムを売り手が消してどう済んだよ

それでどうやって商売していく気なの




アイテム一件一件の棚もウンコで、情報精度・密度が悪いけど

まあこれはアマゾンの真似をすぐにやれといわれても難しいんだろう

だが一個目と二個目ぐらいはがんばって解決したらどうだ?

競合ってレベルにも達してない

ゴミ過ぎ

2011-05-27

映画運命背中情報まとめ ※非公式

最新情報は「運命背中」公式Twitterアカウント(@unmeinosenaka)を確認して下さい。


基本情報

  運命背中
英題 The Back of Destiny
監督 出山知樹
出演者 出先拓也 大林伊原武文 竹元恵美子 他
美術 恩田敏夫
音楽 佐村河内守
製作 出山ひさ子
上映時間 40分
製作 2009年
製作 日本
言語 日本語
予告編 http://www.youtube.com/watch?v=jR5MLx7etik
Twitter @unmeinosenaka
ハッシュタグ #unmeinosenaka #back_of_destiny
Facebook 運命の背中 ― The Back of Destiny ―

上映情報


上映記録

2011年10月30日 長崎 長崎原爆資料館ホール 長崎国際平和映画フォーラム
2011年08月13-14日 埼玉 矢尾百貨店 平和のための戦争展in秩父
2011年08月06日 広島 レイノ・イン広島平和公園
2011年07月31日 広島 八丁座・弐 ヒロシマ平和映画祭プレ
2011年07月30日 広島 広島市留学生会館 留学生市民による平和フォーラム
2011年07月09日 埼玉 所沢市中央公民館
2011年06月11日 東京 渋谷アップリンク
2011年05月28日 広島 美容室BALLET
2011年04月16日 米国 Japan Film Festival LA 2011
2011年02月20日 埼玉 秩父市歴史文化伝承いのちをつなぐ~原爆荒川の話~
2010年10月16日 広島 広島市五日市中央公民館 広島ビデオ倶楽部公開映写会
2010年08月06日 広島 レイノ・イン広島平和公園 魅力向上プロジェクト2010平和朗読
2010年08月06日 広島 広島国際会議場 ヒロシマの心を世界に2010
2010年08月01日 埼玉 浦和コルソ 2010平和のための埼玉戦争
2010年07月31日 広島 サロンシネマ
2010年04月10日 広島 県立広島国泰寺高等学校
2010年03月17日 広島 カフェパコ
2010年03月13日 広島 広島市西区文化センター ひろしま横川映画祭
2010年02月06日 広島 横川シネマ
2009年12月12日 広島 広島国際会議場 ダマー映画祭inヒロシマ
2009年12月05日 広島 庄原市口和郷土資料館

参考Tweetハッシュタグ略)

snip)「見るに当たって参考文献などあれば」…とご質問いただきましたが、監督としては出来れば頭をまっさらにして見ていただきたいそうです。決して難しい内容ではないので肩の力を抜いてご覧ください。

http://twitter.com/unmeinosenaka/status/69409574981087232 (2011/5/14 23:31)


キーワード

うんめいのせなか unmeinosenaka the back of destiny 上映会 試写会 映画 出山知樹 NHK アナウンサー でーやん #nhk_deyama


lastupdate20111112011500

2011-04-04

原発の正統なる後継者は、似たもの同士の自然エネルギーしかない

完全な妄想レベルで全く根拠はない与太話なのだがハイクに書こうと思ったらえらく長くなったので増田に書いてみる。

突っ込みどころは山ほどあると思うがまぁ与太話として聞いてくれ。

原発の現状と認識

今回大災害があった。さらに原子力災害が起きた。

様々議論はあるだろうが、今後国内では原発は向こう数十年は推進される事はなくなるのではないかと思う。少なくとも国政選挙が2回ぐらいは原発支持・不支持が論点になり、原発推進候補は勝てないだろう。当然ながらこの福島原発処理が終了するまでは先に進めないだろうし、毎年毎年、3月11日が来るたびに思い出され、忘れられずに残っていくだろう。あるいは残らなければならないと思う。

また、一緒にするなと言う話になるかもしれないが、スリーマイル島事故のあと米国は反原発に舵を切って長年原発を作ってこなかった。それが解除されたのはつい最近で、きっかけは確かカリフォルニアでの大規模停電だったように記憶しているが、そういった再び世論を動かす事故が起きなければ敢えて寝た子を起こすような政治家は出てこないと思う。(ただ…チェルノブイリ発電所2002年まで動いていたとか、そういうことを考えると残る可能性も十分あるし、今回の経験から日本原子力技術はさらに成熟されるだろうし、国際的にはどうだろとか、いろいろな議論はあるとおもうけど発散しちゃうのでここではこういう前提にする)

ただ、原子力によって叶えようとした

という夢は日本が今後成長していく上では捨ててはならない。捨てた瞬間日本経済は終わる、と言うレベルで捨ててはまずいと思う。エネルギーはすべての生産活動の基本なのでここが下がらないことにはコスト競争に勝てないからだ。

まずエネルギーコストがあがると、エネルギーコスト原材料費に占める割合が大きな産業からやられてくる。たとえば製鉄業などがこれに当たるが、実はすでに鉱石からアルミニウムの生成など一部の産業では国内企業エネルギーコストの上昇によって競争力を失っているものがある。(日本では独自に水力発電所を持っていてエネルギーを極端に安く入手できる企業しか残っていない。国内アルミニウム工業インゴットを輸入している。このためアルミニウム合金そのものについては国内より外国の方が進んでいる)これらの産業外国流出しても別にかまわないという考え方も十分あるが、これは全体的にコストの上昇を意味することとなる。

さらに、エネルギーを輸入に頼らなければならない日本では、エネルギーは即座に外国に金が流失する事を意味する。(国内エネルギー生産できる国はエネルギーコストが上がっても国内需要として残る)故にエネルギーコスト原材料費に占める割合が増えると産業競争力が落ちるばかりでなく、国内の金の巡りが悪くなり、経済はかなり厳しくなる事すら予想される。

全ての産業がこう言った事に追い込まれないためにも、永遠にエネルギーコストを削減していく技術は追い求めなければならない。

ただ、原発はもう少なくとも政治的・社会的にもう限界だし、コスト的にも議論はある。個人的にも消極的容認派から積極的収束派に意見が変わった。原子力推進でこの夢を追うのは無理だ。

では、どうするか。

原発で見た夢を継ぐ後継者自然エネルギー発電

原子力によって叶えようとした夢は、自然エネルギーが引き継ぎ、夢へと動くべきだと思う。自然エネルギー原子力と非常によく似ており、正統な後継者からだ。

「おい貴様何を言ってる水と油じゃないか」「かわいそうに、酸素欠乏症にかかって…」「ばーかばーか」等と言う声が聞こえてきそうだが、かなりマジである。原子力自然エネルギーは、少なくともチェルノブイリ以前の認識ではかなり共通点があったと思うんだ。

後ろの利権産業としての裾野の広がり、影響力)の話なんかも下手すりゃ同じである原子炉の仕組みが考え出された当時は火を燃やすよりずっと安全だと考えられており、今でも単純な死亡者の数では火力より安全だという議論すらあるくらいである。故に、今の自然エネルギーの一種のような認識だったのではないか。さらに言えば発明された当初は「こんなもの制限が多すぎて使い物にならない」と考えられていた…かもしれない。

原発というのはあくまでも手段であって目的はない。大規模な原子力災害が発生し、その他様々限界が見えてきた中で手段を変えるのはそんなに悪いことじゃない。目的が達成できればいのだから

故に、自然エネルギー原子力の正当なる後継者じゃないかと思う。だから原発は今後尻すぼみになるなら、同じ夢を追う自然エネルギー原発に振り向けていた投資のうち、維持費以外を振り向けて推進するべきだと思うんだ。原発反対の反動としての自然エネルギーはなく、原発の正当なる後継者としての自然エネルギーに。

自然エネルギー問題点

ただ、よく知られているように自然エネルギー

などなど、山ほど問題を抱えていて実際の所うまくいく保証はない。というか、代替エネルギーとして今すぐ原発の後を継げるような存在はないのは間違いない。今原子力の直近の代替エネルギーになり得るのは火力しかないと思っている。(夢は継げるかもしれないが。さらには原子力が火力を駆逐できなかったように、火力も依然として必要とされるだろう)ただ個人的にはそれぞれ、以下のようなブレイクスルーがあって、研究されさえすれば解決に進むのではないかと思っている。

最後送電網の組み替えだけは、物理的な問題があるのでブレイクスルーのような物はちょっと考えつかない。ただ、これはたとえ原発事故がなくても設備更新などは必要だったわけだし、おそらく原発がこのまま推進される事になってもこの流れは必要になってくると思われるので、と言う事にしておく。

また…。これは完全に不謹慎であるし、お怒りをいただいてもしょうがない思考ではあるのだが、怒られそうな事を敢えて言うと、今回の被災地は壊滅的な打撃を受けほとんど丸ごと町を作り直さなければならなくなってしまったところがかなりあり、政府はここに莫大な公金をつぎ込み新たな町を作り上げるつもりのようだが(そして世論もそれに賛成している)、これは新エネルギーのための町をある程度採算度外視で作る事ができる条件がそろっていることを意味している。

ご存じの方も多いと思うが都市計画は、再開発よりも一から作った方がよほど簡単なのである。たとえば中国では大規模造成によって作られているのはものすごいスピードで発展しているが、何もないところ(あるいは何もないに等しいところ)を造成しているから早いのである。(日本高度経済成長期のニュータウン造成も似たような話)一つずつ立ち退かせるところから始めなければならない再開発より早いのは当然である

から災害に遭ってまっさらになってしまったところがある、というのは、未来エネルギー産業を育てるためのモデル都市を作る事ができると言う事も意味する。きっかけは不幸な災害であったが、この災害を次へと繋げる事も可能になると言えるのだ。(ただ、外野からこういうことをいるのだ、とも言えるのであるが…うまくいけば世界に名だたるモデル都市になり、産業たり得るだろう)

技術はあっても実用化までに時間はかかるが、猶予はある。

前掲した以外にも様々な技術的な問題はある。これらの実現・解決にはかなりの時間がかかる。ではどうするか。個人的にはそれでもとりあえず問題はないのではないかと思っている。何故かと言えば、原発は今すぐ停止できる物ではなく、どちらかというと安楽死というか引退させると言った緩やかな停止になり、自然エネルギーの成長を待つだけの余裕は十分にあるのではないかと思うからだ。

今後、原子力は引退させようという動きになっていくと思うが、一部の過激派の言うように「今すぐ撤去せよ!」というのは暴論も暴論で、とても無理だと思う。確かにエネルギー問題を無視あるいは過激派の言うとおり節電などでやりくりすることが可能であれば、異常な状態である福島第一原発を除けば原発を今すぐ止めることは物理的には可能だろう。しかし停止状態になっているのに問題になっている、あるいは使用済み燃料であるにもかかわらずきちんと管理が必要なことを考えれば、いきなり停止させても自己満足以外の意味は、それほどないのではないか。むしろゆっくり運転させ経済的に重要である状況に置いておいた方が、追い込みすぎて安全対策にまで金が回らなくなることに比べればずいぶん安全かもしれない。

さらに、原発解体は年単位時間がかかるし、日本国内できちんとした技術確立されていないから、そこら辺の技術をきっちり固めてからはないと危険であるし不可能だ。

また解体した原発の放射性のゴミをどこに捨てるかという問題も当然発生するだろうが、場所はすぐに見つかる物でもないので(今でも地層処分の場所が見つからず難儀している)、そこも確保してから停止しなければならない。もちろん一度にたくさんの数の解体を進めることも、現実的ではない。すると、古い順番から廃炉へと動いていく事になって、原発の廃止にはどうやっても時間がかかる。自分は少なくともどんなに急いでも二十年はかかるとおもう。

からまさに原発から自然エネルギーへ夢を引き継いでいく素地は十分にあると思うのだがどうだろう。

最後に…

根拠らしい根拠はない。また「未来可能性は無限から何でもできます」みたい不毛な話なのも自覚している。今の短期的な電力不足技術課題が残るであろう中期的な問題を解決するような話ではない。

さらには原子力クリーンな夢のエネルギーとみられていた時代と同じで自然エネルギーも今後おそらく確実に様々な今知られていない問題も出てきて、場合によっては今回のような致命的な問題は出て来て頓挫するかもしれない。

また、設備以外にも、ライフスタイルは大幅に変えなければならないだろう。少なくとも

等は考えつくところだ。さらには原子力産業で食っていた人たちをどうするかと言う事もある。電力会社は徐々に電気を作って売る会社はなく、電力送電網を所有する企業へと変貌を迫られるだろう。末端の電力網を維持管理する作業者は技術的に大きな変更はなくあまり関係ないだろうが、そうでは無い電力会社本体の、発電に携わる今まで日本を支えてきた技術者の方々には削減の並が及んでしまうだろう。

しかし、原子力が数十年原子力産業日本を食わして来たように、数十年は日本を食わせてくれる原動力になるポテンシャルは十分にあると思うがどうだろうか?

また、困難であるため他者が参入してこないと言う状態であるならばより高い見返りを得る事ができるのではないか?うまくすれば、日本がはじめてエネルギー世界で優位に立つ事ができるようになるやもしれない。

今こんな事を言うと怒られるかもしれないが、原子力は敵、自然エネルギーは味方、あるいはその逆でも良いが、そういった思考では未来は開けない。

現実原子力の力によってできあがってきた社会直視し、原子力に携わる人々に「なんて物を作ってくれたんだ!」と言い放つのはなく「今までありがとう」と言い(これは無論原子力災害に見舞われている現地の方々ではなく、そのエネルギーを享受してきた我々の立場である原子力災害のただ中にいる人は怒っても良いし保証の話は別だ)原子力で見た夢は自然エネルギーが引き継ぎます、と告げ、方向転換を図る時だと思う。

2011-03-09

肩書きに疲れてるんだよ

http://anond.hatelabo.jp/20110308205144

ブクマコメで別けなくたっていいというが。

世の中は「まっさらな俺を見てくれ!」といっても類型にはめて見る人が殆ど。

リアルで数年付き合いあって悩みも打ち明けられるような相手ならともかく、ネットブログしか知らないような相手にそこまで考えない。考えないどころか立場を求める。それが、公の見る場所に文章を公開するのに当然の責任、見られる文章を書くものの責任だとか言うだろ。

そりゃー会社広報とかなら当然さ。身内サークルでも当然だ。でも本当に一人でやってるブログやなんかだったら?俺一人の自由のはずだ。

でも世の中はそうは見てくれない。

IT系ブログで、たまに胸のうちを語ってみれば罵倒ゲーム日記たま彼女の話をすればリア充氏ね。辛かった頃の話をすれば厨二乙。それぞれにどう反応するかは読み手の自由だからそれは否定しないさ。

けど、それと関係ない文章までそういうフィルタをかけなおして見る奴が一杯いる。

そうすると本当に伝えたい事に影響が出てくる。ジレンマってやつだ。

逆に言えばな、本当に伝えたい事のためには普段からキャラを作っておいた方が効率的ってことさ。行き過ぎるとたいした内容もない文章がキャラだけで人気取れたりするがな。

人気とりたいわけじゃねえ。立場が欲しいわけでもねえ。ただ伝えたい事を伝えたいだけだ。

そのために立場を作るのも、利用するのも、深読みされるのも、疲れた。

匿名責任放棄できると言うが、増田に書くような奴は責任放棄よりも、立場に左右されずに文章だけを見てもらえるという利点に惹かれてる奴が多いんじゃないか。邪推かもしれないが。2chだと板ってもんがあるからな。VIPはこういうキャラ、~板はそういうキャラ、そもそも酷いのになると2chに書き込むのはこういうキャラから、で見てるだろ。増田はそういうのがない。カテゴリとか色が殆ど無いんだよ。

増田にしとくのがもったいない」「なんで増田に?」「胸のうちから懺悔」「業界の裏の話」そういうのが増田に現れるのもそのせいだろう。「責任放棄できるから匿名で書くんだ」という見方だけだと、わからない部分だ。

2011-03-02

はてな2周目

はてなにかなり倦んできたけど

いまのところ移住先が思いつかない(twitterは嫌い)ので

しばらくはてなを別の遊び方してみようと思う。



idを刷新して、

前は使ってなかったダイアリーハイク中心でやってる。

とりあえずちょっと別方向からお気に入りも10ほど入れてみた。



以前ブクマで親しくしてた人や敵対気味だった人と

まっさらな状態で挨拶するのはなんかこう

恋愛ゲーの2周目やってるような気分。

前回かなり仲良くなった気難しいヒロイン

また初対面の気難しさに戻ってて寂しいあれとか。

恋愛ゲーというよりガンパレードマーチ2周目に近いかな。

2周目であることを見破った人に話しかけられてゾッとしたり出来れば。

2010-12-03

飛び降り

飛び降りる直前に、飛び降りる合図として落とすと決めていたケータイはもう既に落としてしまったのかもしれない。

この二、三週間ただひたすら怠け続けることで僕は最も勇気のいる最後の一歩すらいとも簡単に踏み出せてしまった。

今ものすごいスピードで落下している最中なのだけど怖いだとか取り返しのつかないことをしてしまっただとか、そんなことは微塵も思っていない。

ああこんな感じだったかな、昔の挫折って。懐かしいな、頑張ってたなあの頃の僕は。ってむしろ昔の自分の健気さを思い出して感傷に浸ってしまえるくらいに目の前に広がる景色は綺麗だ。

落ちてるさなかでもうすぐ何もかもまっさらになってしまえるということを心行くまで想像してみると、地に落ちてぐちゃぐちゃになる0.0001秒前くらいまでしっかり目を見開いて生きていたいとも思うよ。

今さらだけど。

2010-09-23

http://anond.hatelabo.jp/20100923160945

はじめてのおつかい」みたいに、はじめてを自分に割り振ってくれたという喜びはわかるんだけれども、

はじめてじゃない=汚物ってのは極端だよなぁ。というのが自分の考え。

自分非処女=大便とは思わないので、そのおすすめには従えません。あしからず



増田自分の汚れをどう思っていて、どう対処するのかを知りたかった。

「大便=回復不可能な汚れ」という前提で、

自分や相手(処女)のリアルな汚れは「洗い流せばきれいになる」程度にしか思わないのに、

女は(たとえ一度でも性交に性器を使用したら)「回復不可能な汚れ」になる。

という考えが理解出来ないんだよね。

さすがに「不特定多数セックス」だったら、心理的に嫌というのはわかるけれども。

百歩譲って「非処女=大便」を納得したとしても、

結婚するのは処女、でもセックスだけなら非処女でも」というのは

きれいなものがいいけど気持ちイイなら大便に突っ込んでもいい」ということ?

とますます理解不能になる。

さらに、処女性交したら必ず非処女になるのに、

きれいなものに一度突っ込んだ後それが大便に変わっても使い続けられる」?

きれいなものなら自分がいくら突っ込んでも大便には変わらない」?

ますますわからない。



ついでに言ってしまうと、女子中学・高校・大学生の会話で

処女は守るから膣への挿入はNGだけど、そのかわり肛門挿入はOK」とか

「肛門は不潔! やっぱりオーラルか手コキで済ませちゃうでしょ」とか

運動してたから処女膜破れて血が出ないかもってちょっと泣いたら信じたw」とか

えげつない会話を聞かされることがあった。見た目は清楚なお嬢さんたちなんだけれども。

というわけで、「処女=膣に男性器未挿入」ならオールOKと思っていたら大間違いだ!と思うし、

「俺の求める処女まっさら清らかな乙女だ」と言っても見分けるすべはないですよと言いたい。

2010-07-23

ゼロリセット・ワンゴール」 ー自分再起動する26の方法

「ハーァ、なんだか最近、力が入ってこない...。」

どんなに人生経験を積んで成長したとしても、私たちは大失敗をしたり、飽きてしまったり、急にすべてが無意味に思えてしまうことがあります。

そんな時、あなたはどうしていますか?

私は、「ここであきらめるのは、もったいない!」と歯を食いしばってがんばるのですが、クタクタに打ちひしがれて、結果的に逃げるように撤退してしまった経験が多々あります。

まるで、ハエが外を目指して見えないガラスの窓に何度もぶつかり、命を使い切ってしまう、そんな状態です。

このように人生について行き止まりのように感じる時、どうすれば良いのでしょうか?

そんな時は、こう考えてみましょう。

神様が「一旦気持ちをゼロリフレッシュしてから再スタートしたほうがいいよ」というサインがあなたに送っているのです。

ゼロリセット・ワンゴールを新たな気持ちで切りましょう。

今日は、また走りだすための上手なリセット方法をいくつかお伝えいたします。

1.潔く変化を受け入れよう

「気持ちのやり直し」を自分自身に迫られる。

それはどんな状態なのでしょうか。

あなたはもう、昔のあなたじゃない、ということです。

もう、あなたは同じものや人に惹かれてはいないし、あの時立てたゴールだって今や魅力のないものに変わってしまっているのです。

それは仕方のないことです。人は毎日、成長し変化するからです。

一貫性がないだとか、熱しやすく冷めやすいだとか、自分を責めてはいけません。

昔の気持ちを忘れて(捨てて)、今の気持ちを感じなおしてみましょう。、

はじめは難しいかもしれません。昔ほど、モチベーションが湧いてこない!と焦ることだってあるかもしれません。

潔く変化を受け入れよう。

そうすれば、元の場所に新しい自分がカチッとはまる素早さに驚くことでしょう。

2.思いきって、新しい人の輪に入る

私たちは、無意識のうちに見知らぬ人を避けていることがあります。

それがまさに、あなたを退屈や失望、失敗に陥れているのです。

会う人 会う人を少し見たり話したりしただけで「こういう人だろう」と予想してはいけません。あなた自身が奥深いように、他の人だって数分みただけでどんな人かわかるわけがないのです。

変な気負いや遠慮は思いきって捨て、いつもの自分を出して、流れに委ねてみましょう。

新しく出会う人を、フレッシュな気持ちで受け入れて続けていけば、人生は本当に変化していくはずです。

3.しょうがないけど、負けを受け入れる

仕方がないのです。負けを受け入れましょう。

そして、進みつづけるのです。何かを失ったかも知れないし、大切な人ともう二度と会えなくなったかもしれません。

それを受け入れましょう。その現実、そのデータは紛れなく正しいのです。

はい、だからそこで 自分との戦いはそこで終わりです。

思考の空回りはしっかりストップさせましょう。

その空回りをつづけている内は、同じ場所をグルグルまわっているネズミと同じです。時間無駄、体力の無駄お金無駄です。

戦いが終われば、新しい勝利を手にするチャンスがやってくるのです。

腹をきめて、受け入れましょう。

4.まとまってなくても、誰かに話す。

友達じゃなくても構いません、あなたの話を聞いてくれる人ならば。

自分の今の気持ちを、言葉に変えて 外に出してみるのが目的です。

話しているうちに気分が良くなるかも知れないし、リアルタイムで整理しているうちに出てきた矛盾から新しいアイデアが生まれるかも知れません。

5.思いきって、リスクをとってしまう

自分がオロオロしてしまうような、新しいチャレンジをしてみましょう。

何かを踏み出すのが怖いなら、バンジージャンプをしてみたり、恥ずかしくてできないことがあるならば、人前でのスピーチを買って出るのもひとつの手です。

人は、「安全な場所から出たくない!」という思いがあります。だからといって、安全な場所からでなければいつまでも、その中で過ごさなくてはいけなくなってしまいます。

安全な場所を広げるには、安全な場所から思いきって出てみるのが効果的なのです。自分の怖がっていること以上の場所にいってしまえば、その場所はもう安全地帯になるのです。

6.それまでの事を、ワーッと書き出してみる

小説にしようだとか、あわよくば出版しようだなんて、思わないでください。ただ、飾らずに思いついたままを、あなたの言葉で書き綴っていくのです。そして、「どうして今ここに自分がいるのか」を描いてみましょう。

はしょらなくても大丈夫です。急ぐ必要もありません。

あなたは、ひとつひとつ言葉を書いていくごとに、今の現実認識していくことでしょう。

何が起きているかがわかれば、問題はほぼ解決したも同然です。

あとはスマートな解法を見つけるのみです。

7.勝ち負けはコインの裏表であると知る

勝つ時もあれば、負ける時もある。ずっと勝ち続けることはできない。

反対に、負ける時もあれば、勝つときもある。

勝ち負けをコインの裏表なのです。次はわからない。

だから、勝ち負けに過剰に反応しつづけている内は、幸せにはなれないのです。

勝ち負けの牢獄を出よう。

積み上げてきたものを、楽しんで、次に進めばいいのです。

8.今ここを生きる

今、生きているこの一瞬を受け入れよう。

なぜなら、その瞬間はもう、二度と訪れないから。

過去にはいけない。

もう過ぎ去ってしまった。

もう過去存在しない。

過去」というのは人間のこしらえた一つの考え方。「未来」も同じ。

今にしか生きれない。

だから、それを受け入れよう。

人は、今をがんばることしか、できない。

9.身の回りも心の中も、大掃除する

その過去につながっているものを、全部 捨ててしまおう。

洋服も、モノも、写真も、ガジェットも。

それが目に付くたびに、あなたは憂鬱な気分を思い出す。

それを思い出すたびに、あなたはグッタリとやる気を失ってしまう。

「捨てる」という行為は、自分自身でない物事を認識する作業です。

つまり、「自分は誰か」という認識の強化につながる大事な作業なのです。

不要なものを捨てれば捨てるほど、あなたは軽くなったり明るくなったりする気分を感じることでしょう。

自分自身でない部分を捨てれば、努力はヒィヒィ言うものではなく、もっと自然に熱中するようなものに変化していくはずです。

10.道具をまっさらに一新する

たとえば、コンピューターを再インストールして、真っさらにしてみましょ。iPhone復元して、買った時と同じ状態に戻してみましょう。同じ真っ白の手帳を買い換えてみましょう。

いらないもの・必要なかったものは、そのまま忘れ去られるはずです。

(きっと、いらないものがほとんどのはずです。)

反対に、必要なものは必要にかられて、より適切であなたに調和した形で、再構築されるでしょう。一新する前後で、違ったものになったのだとしたら、あなたはそれが必要だったということです。

そんな思い切ったリセットが必要だったということです。

より身軽になって、スピードもあがるはずです。

自分背中を押してみましょう。

11.再設計する

自分の交友関係や、目的社会との関わり、キャラクター

そういったもののベストを、再設計してみましょう。

古い自分は、もう時代遅れではありませんか?

そういう部分は廃止してしまいましょう。

12.「小さな」新しいパターンを取りいれる

大きな変化を起こすというのは、小さないくつかのパターンを変えるということです。

理想自分が取りうる「小さなパターン」を洗い出してみましょう。

それをどんどん部分的に、取りれていくのです。

やがて古いパターンを断ち切られ、新しい自分をつくる着実な一歩が刻まれていくでしょう。変化とはその積み重ねでしか無いのです。

13.昔の友人に連絡してみる

10年以上 連絡をとっていない友達を探しましょう。そして、連絡をとってみるのです。話を聞いて、その友達がどのように人生を歩んできたか理解しましょう。

あなたとその友人は、途中まで同じ道を歩んでいました。

しかし、あるタイミングやきっかけで別々になっていったのです。

そういった共通点もあり異なる生活を送っている友人の話は、新しい視点をあたえてくれるかもしれません。

14.引っ越す

違う場所へ引っ越してみましょう。自分を取り巻く環境というのは、記憶そのものなのです。環境を変えることで、古い記憶は薄れていくことでしょう。

違う街へ、場合によっては違う国へ引越してみましょう。

それが難しいなら、毎日訪れている場所をかえる、道をかえる、それでも効果があるはずです。

はじめは不慣れなことや大変なこともありますが、変化を促してくれることでしょう。

15.熱中しているゲームを変える

私たちはいつもゲームプレイしています。

キャリアアップ」というゲーム「家族」というゲーム、「収入アップ」というゲーム。「恋愛」というゲーム

あなたは今、どんなゲームに熱中していますか?

あなたのゲーム得点は何で、100点満点中 何点を稼いでいますか?

よくよく考えたら無意味ゲーム、退屈なゲーム自分が死んでいるように感じるゲームは、考えなおしてみましょう。そのゲームであなたが稼ごうとしているスコア意味がありますか?本当は、どのスコアが欲しいですか?

人生というゲーム機ソフトを入れ替えてみましょう。

16.よく笑う・笑いを見つける・笑いを作る

厳しい現実や、退屈な毎日を目の当たりにしているときでも、あなたは毎日の生活の中に「笑い」を取りいれるようにしていますか?

「あんなつまらないことで笑うなんて」と他人をさげすむのはやめましょう。笑っている人はエライのです。

日々の生活に、笑いを見つけるようにする。笑いを作るようにする。

そして、声に出して顔や体全体で笑うようにする。

これだけでも、毎日に大きな違いがでてきます。

責任感、ストレス真剣さ。

それを持つのも大事ですが、行き過ぎると逆効果になることがあります。もしかすると、今の状態も 真面目すぎた逆効果かもしれません。

心から笑えば、心は解き放たれるし、笑いを通して 凝り固まっていた考え方が溶け出すことだってあります。

きっと、周りの人もこわばったあなたより、笑顔のあなたに手を差し伸べるに違いありません。

よく笑うように心がけましょう。

17.他の誰かに、教えてみる

誰にでも才能があります。特別な能力や、面白い考え方、モノの見え方があるのです。それを、友人や家族に教えてあげましょう。

必ずしもそれが、ずば抜けたレベルである必要はありません。

他人に教えるという行為は、自分に教えることに直結しますし、知識の整理や強化、体系化に大きな役割を果たすのです。

そんな時間を共有する中で、あなたは反応や発見を得ることができます。

一人の人間が考えることには気がつけない限界があるものです。

相互作用こそ、インスピレーションを生み出すカギなのです。

18.「Yes」を言いに行く

新しいことへの抵抗をしている限り、新しい変化は訪れることがありません。

本質的な変化というのは、Yesをいう余裕によって 創りだされていきます。Yesと言いたいのに、Yesが口から出てこない。Yesを言いに行きたいのに、足が動かない。

それはきっと、能力以上のことをやる恐ろしさがあるからだと思います。

世の中には、何の保証もないことが溢れています。保証のないところからスタートして物事を成し遂げる事が求められているし、保証があると思っていても、刻一刻と変化する状況の中で、その保証無意味になってしまうことだってあるのです。

やりたいのならYesと言って、今 この瞬間にベストを尽くすしかないのです。

19.キッパリと「No」を言う

注力すると決めたもの以外は、キッパリとNoを言いましょう。

不必要なものにYesを言えば、あなたの中に、また「自分ではない部分」が作られていきます。それが足枷となり、あなたのフットワークを奪い、気持ちを暗くし、時間を浪費させるのです。

また、そういった無責任ベストでない状態で、物事を受け入れても頼んだ相手はガッカリ失望するだけでしょう。

責任の質を向上させましょう。けして量を増やしてはいけません。

上手なNo、合理的なNo、思いやりのあるNoをいえるようになりましょう。

20.「バカ」になってみる

失敗の恐怖。これこそが、私たちが新しいチャレンジを阻害する大敵です。笑われたらどうしよう、他人の目が気になる、そんなことが頭の中をグルグル回り始めてしまうのです。

しかし、あなたの過去経験を思い返してみてください。

振り返ると、「無知だからこそできた」バカなチャレンジと成功はありませんでしたか?それも今の自分を形作っている大事なチャレンジが。

当たり前の話ですが、はじめる前に全ての道すじや結果を知ることは、できません。

普段、私たちはバカにならないことに意識を集中していますが、もし 新鮮な気持ちで再スタートを切るのならば、「バカ」になってみるのも大事なことなのです。

21.自分インタビューしてみる

あなたは、みんながその人気の秘密を知りたがるスターだったとしましょう。この世界を光で照らす、英雄なのです。

そんな自分インタビューをしてみましょう。

栄光をふりかえって、心を開いて 本当のことを正直に、話してみるのです。そして、それを読み返してみましょう。きっと、発見があるはずです。

22.レンズの焦点を調節する

人生を正しく見るためのレンズが曇っていると、大切なことを見過ごしがちです。それは、何を撮ったらいいのか、はたまたどこに焦点をあてたらいいのかがわからないカメラに似ています。

少し焦点をひいてみたり、近づけてみたりして、何を見るべきかしっかりと調整しましょう。

23.一日を「反応 < 行動」にする。

私たちの日々の生活は、何かへの「反応」がほとんどです。

仕事に反応したり、上司やお客さんに反応したり、自分の役割に反応したり、家族に反応したり、広告に反応したり。

何か起きたことに反応をつづけている限り、人生への意識の感度はどんどん鈍っていき、フレッシュな気持ちで再スタートをきることはとてもむずかしくなってしまいます。

反応がメインになると、何かに追われるだけの しんどくて退屈な毎日に飲み込まれてしまうからです。

自分価値基準で判断をして、先んじて行動しましょう。

けして恐怖や拒絶にまけることなく。

一日の時間が、反応 < 行動に変わったら、新しい道が開けるに違いありません。

24.意味のない問題を解きつづけるのをやめる

本当に、本当に、大事で意味があることに集中しましょう。

誰かに言われたことや、対抗心、意地の張り合い、そういうものに囚われるのは無意味です。

目の前に はまりやすい問題が転がっていると、私たちはそれを解きたくなってしまいますが、それが「本当に、本当に、大事で意味があるのか?」しっかりと再考しましょう。

近道があります。スマートかつ戦略的に対応しましょう。

25.「できること」よりも「やること(意志)」を言い聞かせる

私たちはつねに自分自身に、言葉を言い聞かせています。

それが私たちを形作り、ひいては現在人生を構成していくのです。

「できること」を言い聞かせ続けていても、変化はありません。

それよりも、自分のやりたい事、そしてやること(意志)を自分自身に言い聞かせましょう。

変化とは、自己との対話です。

生産的な対話が、素晴らしい結果を生み出すのです。

26.完璧主義をやめて、肩の荷を下ろして取りくむ

完璧主義は、最も大きな心のワナです。

不完全を避けて、ものごとをやり切ることができなかったり、世に発表できなかったとしたら、それは不完全以下の「無意味」です。

ゼロです。

不完全さは、ジグソーパズルピースのようなもの。

すなわち、あなたはジグソーパズルピースのようなもの。

世界は全体として、助け合って成り立っています。

不完全さを表に出すことで、あなたを補完してくれる何かが集まってくることを信頼しましょう。

2010-07-18

http://anond.hatelabo.jp/20100718001410

元増田です。返信ありがとうございます。

今じゃあまっさらな気持ちでいるんですが、実は1年くらい前に自分から告白して付き合ったんです。前々から相手が自分を好いているって噂も耳にしていて。でも、あまりに低温なお付き合いだったため、相手にそこまで付き合う意欲がないんだなあと感じて、自分から切り出して別れました。でも、好きな気持ちは1年たっても変わらず、自分が我慢すれば付き合い続けられたんじゃないかと考えていたところで、性欲が無い発言をしていたらしいと耳にしました。

ああ、だからかあと納得した部分が大きかったんですが、じゃあこの好きな気持ちはどうすればいいのか、もうこれはあきらめるしかないのか?という心境です。

でも、もっと彼と仲良くなりたい気持ちは強いです……相手が相当受け身なので、独りよがりになってしまうんですが。

2010-07-12

自分の才覚に自信がなければ、真面目さは逆に足を引っ張る

俺も院卒だけど。

何度やっても「人の話を聞け」と言われる。自分では、人に言われた事にものすごく気を付けているつもりなのに。ある時、もう、真面目になるのを諦めて、「不真面目になろう」、「人の話を逆に全く聞かないようにしよう」と思った。一旦、全部の注意をまっさらにして、自分が他人だったときに論理的に考えてやられると困るミスから潰していくようにした。他人に共感することはできなくとも、いい大学に入っているのだから、論理的に考えることは一応できる。そうしたら、だんだん普通に作業できるようになった。

http://anond.hatelabo.jp/20100709111531

この感覚は非常によくわかるなあ。仕事全般じゃなくて人間関係全般でね。

もし元増田で話題になってる院卒の人が過去の俺と同じ問題を抱えてたと仮定すると、その人は多分何かにコンプレックスを抱えてるんだよね。一番ありがちなのは多分「KY恐怖症」。院卒というぐらいだからいい意味でも悪い意味でも世の中ではかなり特殊な経歴の持ち主なわけで、世の中の常識自分常識がずれてることが結構あるわけよ。だから、周囲に自分を合わせなきゃいけないって気持ちを常に抱えてる。そこで色々無理してしまうんだ。たとえば俺の場合だと、ちょっと例が古いけど周囲が小島よしおネタで盛り上がってるときに、自分小島よしおの何が面白いか全く理解できなかったわけ。ところが職場飲み会で「小島よしおなんて何が面白いんだ」というわけにはいかない。だからそこは無理に合わせて「そうっすね、最高っすよね」とか適当に言って笑っておくしかない。そういう細かいことが積み重ねって神経すり減らして肝心なところに目がいかなくなっちゃうんだよね。

本当は、知識として覚えておかなければならない注意などごく一部で、多くの注意は、論理的に考えれば帰結できるはずなのだ。ところが、このタイプの人は、他人を必要以上に恐れており、他人に言われたことは全て守らなければならないと思っているため、「注意された理由を考える」という概念が欠如している。そして、言われた注意を全部丸暗記しようとする。この方法は、実は、試験では上手くいく。

ちょっとその説明は誤解を招くんじゃないかなあ。そういうことを言うとますます「高学歴試験しかできない」という世間の思いこみが強化されそうだし。

ここで一番重要なところは「他人を必要以上に恐れており」という部分だよね。「注意された理由を考える」という概念が欠如してしまう原因はなぜかというと、結局「自分論理が通用する」という自信がなかったり、あるいはどういう論理を使っていいかそういう実例を見たことがないから想像ができなかったりということでしょう(逆に、学校勉強ができない人の多くは「学問を必要以上に恐れている」問題を抱えている気もするけどそれはさておき)。

ここでもまた自分語りするけど、俺は子供の頃から音楽をやってたんだけど、上達がどうも遅くて何十年やっても自分演奏から素人臭さが抜けなかった。それなのに、「子供の頃習わされてたけど特に好きでもなかったから」とか言ってる人の中には、俺よりよほど技術的に洗練されている人がゴロゴロいたりして、自分がよっぽど才能がないと思ってたんだ。その才能の差を努力で埋めようとして基礎練をいろいろやってみたけれど、やればやるほどおかしな方向に進んでしまうので、本当に絶望するしかなかった。

でもあるとき都合で師匠を変えることがあって、愕然とした。その師匠は単に自分が何かをやってみせて「こうしろ」というのではなく、「この曲のこの箇所ではこのような音をつくるために、体のこの部分をこういう感覚で動かせ」とか、全部理詰めで教えてくれたんだよね。何がびっくりしたかって、「効率よく体を動かす」みたいな発想で頭を使っていいっていう発想がなかったから。「芸術とは才能と努力のたまものである」みたいな漠然とした考えしかなかったからね。

これは本当におかしなことで、勉強とかいうことになれば、必要な知識や手法を理解するためにはどうしたらよいかとか、時間と効率を考えて戦略を立てるという考え方が自然にできていたのに、趣味の方ではまるでそういう発想が働いていなかったわけ。この差はなにかというと、結局は学問の方では「自分馬鹿ではない」という一定の自信があったのに対し、趣味の方では「自分には才能がない」と最初から決めてかかっていたことで発想を萎縮させてたってことなんだと思う。

自信というものの大切さは一事が万事で、元増田の院卒の人も結局は同じ問題抱えてたんじゃないかと思うんだよね。院卒の人なんてのは得てして「象牙の塔学問なんて机上の空論」なんてことを言われ続けて屈折してたりするから、案外その人も

自分社会でやっていけない、自分の考えでものごとを進めたら失敗する、だから自分ではなにも考えないで人の言うとおりにしよう」

という風に自分自分を押さえ込んだりしてしまっているんじゃないだろうかね。

これを克服するためには何らかの成功体験が必要なんじゃないかと思う。俺自身、自分がそういう発想に陥りがちなのを自分で気づいて自分で克服したきっかけは、上に書いた趣味の分野での気づきだったし。

というわけで提案。元増田の人は、たとえばその院卒の人にメイン仕事とは離れた部分のことで、責任も重くなければ息抜きにもなるようなこと(たとえば社外ボランティアとか、やりがいはそれなりにあるけど失敗しても謝れば済む程度のこと)を割り振ってみるとかどうでしょう。一度何かできっかけをつかめれば、「自分で考えていい」ってことに自信を取り戻せて、氷が融けるようにじわじわと本領を発揮する場面が徐々に増えていってくれるんじゃないかと思うんですが。

2010-07-10

HT-03A froyo

dwang厨が無謀にもfroyoを入れてみる記録のページ。

名前リンクされると嫌なのでここに書いてみる。

結局CM6-RC1+yay-gapps で落着きそうな雰囲気。

まとめ (20100711 18:30 完了)

メモ
  • voldn + poweron → fastboot
  • home + poweron → recoverymode
初期状態

dwang-1.17.1

手順

eMonster用に使ってた sandisk 2GB (メモ)

確認されているROM

7/9 にリリースされているもの

  • defcon CM6 FroYo (Test9)
  • CM6-DS-Nightly (0709)
  • SPF Connection (2.7)

ext partition 要対応? とおもったら仏語じゃねーか

Wifi NG

  • Xtreme Froyo v1.9.5

@kenmood

Wifi OK

  • http://androidspin.com/2010/07/06/rom-kenmood-e-xtreme-froyo-v1-9-4-with-working-wifi-camera-bluetooth-3dgallery-for-t-mobile-g1mt3g/
1.5に戻す

どっかから落した20090801-docomo-ht-03a.rar のうち、boot, cache, data, system のみをnandroidで復旧してみる。nandroid.md5復元も忘れずに。

Xtreme Froyo v1.9.5 try
  • 日本語fontは後でupdate.zip で入れることとする (autosignとかしらないけど、あとで調べりゃなんとかなんだろ)
  • SPL 1.33.2005 ← 入ってた。
  • Latest Radio highly recommended (どうしたものか → だめなら後で考える)

手順

  1. done: ROM落せ http://tinyurl.com/extreme-froyo-1-9-5
  2. nope: (ステップ番号予約)
  3. done: black theme 落せ http://tinyurl.com/froyo-blacktheme-v2
  4. done: sdにコピれ
  5. done: full wipe
  6. done: flash rom → ついでに root.zip (以下参照) もここで焼いてしまう。suが入ってるだけだし。
  7. skip: flash a2sd + cc patch → 2ch "root13":770 によると既に適用済みらしい
  8. skip: flash froyo blacktheme → blackは面倒そうなのでやめる
  9. reboot → すげー時間かかるんですけど、ダメか。
以後実行せず
  1. ADWの設定をこうしろ → どうでもいいがな
  2. sparepartsの設定をこうしろ (launcher in memory)
  3. show clockとかいろいろ (blacktheme場合は時刻の色)
  4. notification colorの設定 (black theme場合)
  5. google mapをmarketからdownload
  6. reboot
  7. 警告: 他のkernelとかgappsをinstallすることのないように → kernelはまだしも、gappsはなんでだろ
  8. and ENJOY!

追加手順:

  1. root permissionの修正はこれを焼く: http://www.mrcellphoneunlocker.com/android/root.zip
メモ
  • rebootに必要なのは「信じる心」?
  • boot animation が重くなったり止まったりするのは何故なんだぜ
  • 最終的に、boot できずあきらめてみる。
他のromを試す
  • CM5.0.8 (Eclair) → ok (ちゃんと焼けるか念のためテストした)
  • SPF Connection 2.8 → bootはするけどfontが豆腐、あと突然死

http://www.androidinforum.fr/htc-dream-android/froyo-french-connection-100-t1742.html#p6156

partition: swap 160M, ext 500M, 残り vfat がおすすめとな。

何度か丹念に「目標をwipeしてreboot」を繰り返してたら安定した気がする。

豆腐をfont入れ、localeをlibicudata.so の入れ替えで対処 (できるかなreboot中)

→ libicudata.so は入れかえちゃダメ。起動しなくなる。recoveryで起動して/systemをマウントしてことなきを得る。

SPF Connection 2.8

2010-07-11 追記

2chでも報告されているとおり、wlanが使えない。あと細かい話だけど、live wallpaperが使えない気がする。メモリが足りないだけかもしれないけど。

marketが死にまくる (acoreが死ぬ)。ほかにも死にまくるけど、何故かはよくわからない。とりあえず体験はできるけど、まだ常用には至らないかも。

(安定している、と言っている人もいる)

SPF Connection 2.8.1

2010-07-11 追記

zip落してきて上書きinstallしてみた。なんか日本語fontが消されたんだけど(ぶー!)

ちなみに日本語fontはM+を利用してます。

時間つかった限りでは、他人にお勧めできるほどじゃないけど何とか使いものになるかも。dwang環境はnandroidでしかバックアップしていないので、手作業でアプリなどは手作業で復帰する予定。

CM6-RC1

(2010-07-11 午後5時追記)

どうもSPF Connectionが安定しないのと、ベースがCM6ということで、まずはベースに近いほうが良いだろうと

CM6-RC1を焼いてみる(この項続く)

http://www.cyanogenmod.com/home/cyanogenmod-6-0-0-rc1

Marketが極めて不安定な模様。エラー

E/AndroidRuntime( 2000): FATAL EXCEPTION: UpdateCheckinDatabaseService

E/AndroidRuntime( 2000): java.lang.SecurityException: Permission Denial: writing com.google.android.gsf.settings.GoogleSettingsProvider uri content://com.google.settings/partner from pid=2000, uid=10036 requires com.google.android.providers.settings.permission.WRITE_GSETTINGS

すぐ直りそうではあるけど。

Market落ち対策:
  • yay-gapps を普通のgappsの上から焼いた時はMarket落ち頻発

(エラー内容から察するに、installされたapkの記録をgoogle accountに書き込めない)

  • まっさらの1.5からCM6-RC1, yay-gapps を焼いた状態ではMarket落ち発生せず

c.f. http://forum.xda-developers.com/showpost.php?p=7139560&postcount=109

2010-07-09

http://anond.hatelabo.jp/20100707221911

この増田の院卒の人の話を見ていて、なんだか自分と似てるな、と思ったので書く院卒。あくまでも、自分の例なので、的外れかもしれないが。結論から言えば、「向上心がない」というのは違うと思う。「うなづいていれば、そのうち終わると思っている」というのも、違うと思う。

本人は、ものすごく「後悔」をしているのだと思う。逆に、非常に深く後悔しているからこそ、無駄に些細なところに注意してしまって、最低限おさえておかなければならない注意点がおろそかになってしまったり、逆に人の反応に過度に臆病になって、本来は人にやっておくべき連絡事項や根回しなどをしなくなってしまう。こういう人に、「他人の言うことを聞け」というのは、実は、逆効果になる。少なくとも、自分逆効果だった。逆効果になる理由は、本当は、「些細な点への過度な注意」や、「過度に臆病になる」点を直さないといけないのに、本人は、このような行動を取ることが「人の話を聞く」ことだと思い違いしてしまっているからだ。だから、「人の話を聞け」、「人の反応に注意しろ」というと、なおさら、同じ行動を繰り返すことになる。

なんというかな、本人の中では、言われた注意が全部並列なんだよ。本当は、どんな仕事でも、言われた注意の中には、「できればした方がいい注意」というのと、「守らなければ致命的な注意」ぐらいの区別がある。で、このタイプの人は、いわゆる「無駄に真面目」なので、この二つを区別することができない。言われた注意は、全部、確実に守らなければならない絶対命令だと思ってしまう。そうして、最近注意された「できればした方がいい注意」の方に気をとられて、最初の方で言われた「守らなければ致命的な注意」の方を犯してしまう。他の人が注意すればするほど、配慮しなければいけない注意の量は増えていくが、人間が一度に配慮できる注意の量には限りがあるので、「どの注意も絶対守らないといけない」と思っているこのタイプの人は、キャパ越えして、同じ注意を犯してしまう。

本当は、知識として覚えておかなければならない注意などごく一部で、多くの注意は、論理的に考えれば帰結できるはずなのだ。ところが、このタイプの人は、他人を必要以上に恐れており、他人に言われたことは全て守らなければならないと思っているため、「注意された理由を考える」という概念が欠如している。そして、言われた注意を全部丸暗記しようとする。この方法は、実は、試験では上手くいく。試験では8割とか9割覚えていればよい。論理的な思考力を必要とする部分は、「論理的に考えて記述しろ」と、問題文に書いてある。ところが、現実世界では、論理的な思考と記憶に頼る部分を臨機応変に組み合わせて使い、ほぼ100%正しく行動しなければならない。このタイプの人は、現実世界では、「論理的に考えて記述しろ」と書いていないので、自分論理的に考えることが許されるとすら思っておらず、注意された理由を考えずに、注意を丸暗記しようとする。そうしなければならないと思い込んでいる。そして、失敗する。

自分は、大学時代自分のこの性質に気づいた。何度やっても「人の話を聞け」と言われる。自分では、人に言われた事にものすごく気を付けているつもりなのに。ある時、もう、真面目になるのを諦めて、「不真面目になろう」、「人の話を逆に全く聞かないようにしよう」と思った。一旦、全部の注意をまっさらにして、自分が他人だったときに論理的に考えてやられると困るミスから潰していくようにした。他人に共感することはできなくとも、いい大学に入っているのだから、論理的に考えることは一応できる。そうしたら、だんだん普通に作業できるようになった。

一言で言えば、この元増田の文章にある、院卒の人は、「過真面目」なのだと思う。要するに、本人が「真面目」と思っている方向と、他人が「真面目」と思っている方向がズレているので、本人が自分感覚自分を「真面目」な方向に修正すればするほど、状態は悪くなる。本人が自分感覚で、自分を「不真面目」な方向に修正すると、少しは改善すると思う。で、元増田はどうすべきというと…。うーん、ぶっちゃけ難しい。その人自身が、一旦、自分感覚で「不真面目」な方向に進んでいいんだ、と思ってくれないことには仕方がない。この文章を見せて、本人の反応を見るしか無いのではないだろうか。

2010-07-06

「卵」 by Andy Weir

発端:http://i.imgur.com/VlwP6.jpg via Reddit

オリジナルhttp://www.galactanet.com/oneoff/theegg_mod.html

----

おまえが死んだのは帰宅の途上のことだった.

車の事故だ.なにも特別なことはない.ただ命取りだっただけだ.お前は妻と2人の子供を残して逝った.痛みはなかったはずだ.救急チームはベストを尽くした.でも駄目だった.おまえの身体は完璧にぶっ壊れてたから,死んだほうがよかったんだ.嘘じゃない.

そしておまえは私と出会った.

「一体……何が起こったんです?」お前は尋ねた.「ここはどこなんですか?」

「おまえは死んだ」事実ズバリと言ってやる.

トラックがいて……それからそいつがスリップして……」

「そう」と私.

「わたしは……死んだ?」

「そう.だがまあ気を落とすな.誰だって死ぬ」と私.

おまえはあたりを見渡す.まわりには何もない.おまえと私だけだ.「ここはどこなんです?」お前は尋ねる.「死後の世界ってやつですか?」

「そんなところだ」と私.

「あなたが神様ですか?」とお前.

「ああ」と答える.「私は神だ」

子どもたちは……わたしの妻は……」とお前.

「彼らがどうした?」

「今後上手くやっていけるのでしょうか?」

「うれしいことを言ってくれるじゃないか」と私.「死んだというのに一番気にしているのは家族のことか.善い振る舞いだ」

おまえは魅惑されたように私を見ている.おまえには私はまったく神様らしく見えない.ただの男,あるいは女性のように見える.多分,ある種の漠然とした権威を示す姿形だろう.「全能者」というよりも学校の文法の教師のほうが近い.

「心配しなくていい」と私.「みんな大丈夫だ.子どもたちはおまえを何事にも完璧な父親だったとして記憶する.彼らにはお前のことを思ってうじうじと悩む暇なんてない.お前の妻は外では泣くだろう.だが内心ではほっとしている.公平に言えば,おまえたちの結婚は終わっていたんだ.ただし,彼女自分がほっとしていることをとても後ろめたく思っていると言えば慰めになるかな?」

「あぁ……」とおまえ.「で,これから何が起こるんです?わたしは天国地獄かそんなところへ行くんですか?」

「いや」と私.「おまえは生まれ変わる」

「おぉ」とおまえ.「それじゃヒンズー教徒は正しかったんですね」

「どんな教えもそれ自身の意味では正しい」と私.「ついてきなさい」

おまえはついてくる,私が虚空を歩くに従って.「どこへ行くんですか?」

「どこへ行くというわけじゃない」と私.「ただ,歩きながら話したほうがいいと思ってね」

「それでどうなるんですか?」とおまえ.「わたしが生まれ変わったら,まっさらな状態になるんじゃないですか?ただの赤ん坊に.わたしがこの人生で得た経験も何もかも意味がなくなってしまう」

「そうではない!」と私.「おまえは過去の人生で得た全ての知識と経験を持っているのだ.ただ今はそれが思い出せないだけだ」

私は歩みを止めておまえの肩を掴む.「おまえの魂はおまえが考える以上に素晴らしく,美しく,莫大なのだ.人の心というものは存在のほんの断片しか保つことができない.ちょうど水の入ったグラスに指を浸して,水が熱いか冷たいかを確かめるようなものだ.おまえは自分自身のほんの一部分だけを水に入れている.そこから出してしまえば,得られた経験は全てお前のものになるのだ」

「おまえはこの48年間ずっと人間の中にいた.だからまだ広がりきってないし,浸っていたときの意識の名残りを感じている.もしも私とおまえがずっとこうしていれば,おまえは全てを思い出すだろう.だが,それぞれの人生の間でそうなることはない」

「一体,どれくらい私は生まれ変わったんです?」

「多く.とてもとても多く.様々な人生の中に」と私.「今回,おまえは西暦540年の中国農家の娘になる」

「何ですって?」おまえはつっかえる.「あなたは私を過去に送るのですか?」

「まあ,言ってしまえばそうだろう.時間というものは知ってのとおりおまえの宇宙にしか存在しないものだからな.私が来たところとは違うのだ」

「あなたはどこから来たのですか?」とお前.

「ああそうだな」と私は説明する.「わたしはある処から来た.ここではないある場所だ.そこには私と同じような者たちがいる.そこがどんなところか知りたいだろうが,正直なところお前には理解できないだろう」

「あぁ」おまえは気を落とす.「でも待ってください,もしわたしが同じ時代に別の場所で生まれ変れるのなら,わたしは自分自身とやり取りできるということではないですか?」

「もちろん.それはいつも起こっている.そして二人は自分自身の人生意識しながら,それが起こっていることに気づかないのだ」

「ではこれら全てに何の意味があるのですか?」

「本当に聞きたいか?」私は尋ねる.「本当に?おまえは今わたしに人生意味を問うているのだぞ.あまりに型にはまった質問じゃないか?」

「ええ,しかし利にかなった質問です」おまえは抗う.

私はおまえの目の中を覗き込む.「人生意味とは,わたしがこの宇宙全てを創った理由は,おまえを成熟させるためだ」

「それはつまり人類を?あなたは私たちに成熟してほしいと?」

「違う,おまえだ.わたしはこの宇宙全てをおまえのために創った.おまえが新しい生命の中で育ち,成熟してより大きくより偉大な知性となるために」

「わたしだけのために?他のみんなは一体?」

「おまえの他は誰もいない」と私.「この宇宙には私とおまえだけだ」

お前は呆気にとられて私を見つめる.「しかしこ地球上の他の人々は……」

「全てお前だ.お前の別々の生まれ変わりだ」

「ええっ,わたしがみんな!?」

「分かってきたようだな」とおまえの背中を励ますように叩いて言う.

「わたしは今まで生きた人類全て?」

「あるいはこれから生きる者も含めて,そうだ」

「わたしはアブラハム・リンカーン?」

「そしてジョン・ウィルクス・ブースだ」と私は付け加える.

「わたしはヒトラー?」お前は唖然として言う.

「そして彼が殺した何百万人でもある」

「わたしはイエス?」

「そして彼に付き従った者全てだ」

おまえは押し黙った.

「おまえが誰かを犠牲にしようとするたび」と私.「おまえは自分自身を犠牲にしているのだ.おまえが行った全ての親切は,おまえが自分自身に行ったことなのだ.人類経験した,あるいはこれから経験する全ての幸福と不幸,それを経験するのはおまえなのだ」

おまえは長いこと考えていた.

「なぜ?」とおまえ.「これら全ては何のために?」

「なぜならいつの日かお前は私のようになるからだ.なぜならそれがおまえという存在だからだ.おまえは我らが種の一員だ.おまえは私の子どもなのだ」

「なんという…」お前は言う,信じられなさそうに.「つまり,わたしは神の一員だと?」

「いや.まだそうではない.おまえは胎児だ.まだ成長の段階にある.全て時代の全ての人生を生きれば,おまえは孵るのに適したほどに成長するだろう」

「それではまるで,この全宇宙は」とお前.「それはちょうど……」

「ちょうど卵のようなものだ」私は答える.「さあ,次の人生に移動する時間だ」

そして私はお前を送り出した.

2010-06-07

http://anond.hatelabo.jp/20100607214034

日本エリートサラリーマンじゃそんなもん。

でも、会社の貸付制度をそんな若くして使ったのはまずかったかもしれない。

まぁ、あと三年耐えなよ。

それでやっとまっさらスタートラインに立てるから。遅くない遅くない。

2010-06-03

処女厨はホント気持ち悪い。

最近よく聞く「処女厨」なる存在について、ホントきもちわるいと思う。

いや、もちろん女性処女性を求める男性が悪いというわけではない。

そういう人がいてもいい。美人であるとか性格が合うとかと同じくらいの比重、もしくはそれ以上の比重として

処女である」ことを重視するのは個人の価値観であって、誰にも阻害される謂れのないものだ。

ただ、さ。

ネガティブマイノリティー特有のウザさというか。

要するに、「俺は処女しか受け付けない」を「処女以外は人間クズ」に変換してるのがすっげえキモい

メス犬だのビッチだのなんだのかんだの、ネットに飛び交うスラングの数々がガチできもい。

そういう言葉現実で発せず、ネットでわめきたてる方が世の中に数多存在するということが、

心底キモい

そもそも、処女信仰っつーのは単なる価値観の問題であって。

日本処女信仰が根付いたのは明治以後のキリスト教流入から。

別に日本人処女裁判証明したりとかそういう歴史を持ってない。そんなキモい民族とは違うのが

日本人の良いところだと俺は思ったりもするがまぁこれは別の話。

日本人は元来農耕民族+汎神論的な土壌に育って来てるので、処女信仰ってあんまりない筈なのである。

強いて言えば処女信仰が生まれたのは、明治辺りに輸入された「愛」とか「恋愛」の観念からであって、

もっと言えばアンドレ・ジット辺りの元祖白人処女厨辺りのブンガクが輸入されたのが基だ。

もちろんそれはキリスト教の輸入と同義である。その中に含まれていた「恋愛」の観念が、日本では極めてファッション的な

自由恋愛」という一大潮流を形作った。

要するに、「処女厨」と「自由恋愛」は同じところに端を発しているのである。

自由に恋愛をするからには、当然セックスもする。愛し愛されてセックスをする。

しかし、「自由恋愛」を輸入した頃の処女厨ガチである。

この当時、自由恋愛する処女厨というのは「見合いお断り」「家と家の結婚なんてクソファック」

社会からつまはじきにされても俺は愛を貫くぜ、というのが処女厨の本来の姿である。

処女厨とは本来隠遁する存在であり、社会に向かってギャーギャー喚くようなモンではなかったのである。

それは「自由恋愛」を手に入れるための戦いで、これがあまりにロマンティックであったため、

日本では「恋愛」っていう観念が唐突に生まれた。過去のブンガクを遡れば、

「一途な愛」なんてめったにないことがよくわかる。日本人は古来、やりまくりである。

しかし、処女厨のよーわからんところは

自由恋愛」を彼らはあんまり認めない。というよりは、彼らは「自由恋愛」にあんまり触れていない。

それどころか、「自由恋愛」に唾を吐く。恋愛する人間にギャーギャー言う。

しかし、処女であることを求めるということは、自分が突っ込むまっさらな穴を求めているということで、

非常に身勝手である。処女厨童貞であることを誇っているのを見たことがない。

古来、日本処女厨というのは童貞を誇ったものである。童貞処女ドッキングすることが

明治以降のブンガクの始まりであった。(ただし、田山花袋にあっさり覆されたが)

要するに何が言いたいか。

処女厨よ、童貞を誇れ。それでこそ君は正当なる処女厨となれる。

あるいは、「俺は既に生涯たった一つの穴を持っている」と叫べ。そうでなければならない。

処女厨である限り、童貞は肯定されるべきでしかないはずなのに、

童貞を誇る処女厨を見たことがない。これはまこと気持ち悪い。

真性なる処女厨よ、高らかに童貞を宣言せよ!

2010-05-19

http://anond.hatelabo.jp/20100519145726

そこはそもそもあまり重要視してない点だったけど、

ちと面白くなったのでレスしてみる。

ちょっと前提条件をどうするかが非常に問題なんだけど、

まっさらな状態で言えることは、

「考える」と「統計の結果」というものは、

やっぱり同じでは無いと思うんだけどどうかな?

んでね、その統計の結果なんだけど、

それをさらにブレークダウンしても要素が沢山ありすぎて、

考える余地無しと思う。

結婚については良かったか悪かったかだけで判断してもらって、

その結果については考えずにそのままの情報で置いておくって感じ。

・・ま、どっちにしろあんまし意味が無いのは先ほど述べた通り。

2010-04-21

http://anond.hatelabo.jp/20100421101426

相手が何も知らないまっさら状態なら、自分の未熟さとかごまかせるもんな。

比較対象がないから。



でも、自分の手垢がついたらまっさらじゃなくなるよ?

手を握ったら、手を握ることへの壁が低くなる。

キスしたら、キスへの壁が低くなる。

セックスしたら、セックスへの壁が低くなる。

経験のまったくないところから一歩踏み出すのと、一度経験したことに再チャレンジじゃ、

後者のほうが圧倒的に敷居が低いからね。



まっさらなキミを選んだんだよ!っていう、「まっさら」に固執する男と、

(=まっさらじゃなくなったら自分価値暴落する)

女の子の扱いに慣れていて、女の子を気分よくさせてくれる男と、

一時的には前者にも興味を持つかもしれないけど、

最終的にどちらになびくかは目に見えてると思うんだけどなぁ。

2010-04-11

なぜ日本中古市場、返品、返金市場ができないか

日本市場では、たいてい買ってすぐでも開封されたなら返品、返金はしなくてよい(法的拘束力がない)

ネット通販に限って言えば、期間内の個人都合の返品や下取り名目での返品を行ってくれるが、一般的ではない。

なぜこの文化が根付かないのだろうか。ひとつ処女信仰である。

誰も触っていないまっさらなものを初めて手に取りたいだけなのだ。事実、返品や返金はできた方が経済的にも都合がよい。

例えば、

中古市場が活性する

中古と言っても、最近アウトレット家電などの言わばキズモノを取り扱う家電屋も増えた。

だが、これらの実態は使い古しではなく売れ残りの廉売であり、中古市場活性化とは言えない。

しかしながら、中古市場を息づかせる土台は整ったと言えよう。

例えば、発売当日は定価の100%返金、3日以内は90%返金と、期間に応じて段階的に返金率を与え、レシートなしを一律0.1%で引き取るようにする。「買ってみたけど家で使ってみても効果が実感できない(マイナス某とか)」の事例や、「買ったはいいけど葬祭でお金を工面しなければならなくなったので、昨日買った家電を返品したい(けどしてもらえなかった)」などのことはこれでたいてい解消される。

もちろんレシートは紙くずではないのだから、レシートいりませんなんて慣習も薄れるだろう。泣きをみるのは紙切れ一枚から無駄にする奴だけで良い。

「売れ行きが落ちて体力が衰えるのではないか」という懸念はあるだろうが、中古市場家電小売が囲い込めば中古購入も収入となるので、その点は問題ないと言ってよい。そもそも値引き交渉するぐらいなら下取りに出して浮いたお金で買えばいいのであり、それぐらいのこともできないからモンクレが湧くし、どこぞのオークションサイトは大繁盛なのだ。それと返金に応じるところと応じないところなら、応じてくれるところを利用するに決まっている。

そうすると、私たちはより多く選択権を与えられることになる。安い中古だが実績あるメーカーのものと、安い新品だがどこぞの馬の骨メーカーのものだ。ブランドは大事だよね、というなら中古を買えばいいし、サイズや見栄え、全部を捨てても新品がいいというなら後者を選べばいい。図書館ブックオフすら受け付けない人間もいるのは承知している。そういう人は新品だけ買えばいい。

正しく処女厨非処女厨の対立そのままだ。

もちろん既にそういう小売店はあるのだが、中古専門とかではなく、新品も中古もまとめて見れること、が必要だ。

企業側にも有益

そもそも返品するというのは理由がある。小売が中古市場と新品市場を包括するということは、返品される商品から傾向を読みとり、新商品への戦略を分析するのに役立つ。これまでの既製品の押し売りから、消費者意見の反映がされるようになることを意味する。お偉いさんは店頭に立たないので、データで分析するしかないばかりか、消費者意見に耳を貸したくても貸せない。ならば消費者の行動データをより多く集めることで、間接的に消費者意見の反映をさせること(しかもより多くの量、多くの面から)が重要だ。これを単純に二倍できるのが、新品市場に対する中古市場である。

新品にしか対応出来ていない家電小売は、ポイントで本を買おうとか、酒を取り扱ったりして迷走している。その上「売れない」とか言うんだから笑わせる。売れる市場なら目の前にある。よその業界の領域に半端に首を突っ込んで「もうけもうけ」などと抜かすな。

あと「新品が売れなくなる」と言う人がいるが、むしろ下取りなどの消費喚起を率先して行わずに「不景気だけどうち、新卒以外要らないから^^」という態度はいかがなものか。

ブランド価値が目減りする」と言う人もいるが、ブランド価値とはお金でしか表せないのか、考えてみるといい。むしろ知名度のある小売が中古市場に参入することで、中古商品も洗練される。

もちろん食物、薬はダメ

いや、そりゃあさすがに当然でしょ。逆に言えばそれ以外はOKと言ってよい。すべての業界にとって次なるフロンティアが「中古市場」だ。ハコモノだけ作って中身は別物でした、なんてのは無能のやることだ。

以上、葬祭関係を一通り終えてようやっとムカつきを吐き出した増田でした。

2010-03-25

アホか

http://anond.hatelabo.jp/20100325104659

「教育」の怖さをしらねーな? まっさらな脳を洗脳するのは簡単だぞ? 「お父さん」じゃない。最初から「恋人」として育てるんだよ。それと、性的嗜好の話などではない。「男性経験ゼロ」の女性が欲しいのなら、そうするしかないだろうと言っている。義務教育保護者子供教育する「義務」をうたっていて、子供教育を受ける「権利」があるわけだが、学校に籍だけ置いて家庭教師を付けたって(不登校の子なんか、そうしてるだろう?)教育の義務と権利は果たされる。独身男性養子をもらうことは不可能だが、母子家庭母親に「最初から、娘が目的であること」を条件に偽装結婚を持ちかけるという手もある。母親は生活の安定を手に入れ、男は理想女性を手に入れる。長い年月の間に母親が娘の結婚相手として不適格と判断したら、約束は反故にすると書面にでもしておけばいい。そしたら、母子だけが不利になるわけでもない。

だいたい、誰も不幸にならないことを「犯罪」と決めつける根拠はなんだ?

2010-03-02

なぜ日本では返品・返金市場が生まれないのか

日本市場では、たいてい買ってすぐでも開封されたなら返品、返金はしなくてよい(法的拘束力がない)

ネット通販に限って言えば、期間内の個人都合の返品や下取り名目での返品を行ってくれるが、一般的ではない。

なぜこの文化が根付かないのだろうか。ひとつ処女信仰である。

誰も触っていないまっさらなものを初めて手に取りたいだけなのだ。事実、返品や返金はできた方が経済的にも都合がよい。

例えば、

中古と言っても、最近アウトレット家電などの言わばキズモノを取り扱う家電屋も増えた。

だが、これらの実態は使い古しではなく売れ残りの廉売であり、中古市場活性化とは言えない。

しかしながら、中古市場を息づかせる土台は整ったと言えよう。

例えば、発売当日は定価の100%返金、3日以内は90%返金と、期間に応じて段階的に返金率を与え、レシートなしを一律0.1%で引き取るようにする。「買ってみたけど家で使ってみても効果が実感できない(マイナス某とか)」の事例や、「買ったはいいけど葬祭でお金を工面しなければならなくなったので、昨日買った家電を返品したい(けどしてもらえなかった)」などのことはこれでたいてい解消される。

もちろんレシートは紙くずではないのだから、レシートいりませんなんて慣習も薄れるだろう。泣きをみるのは紙切れ一枚から無駄にする奴だけで良い。

「売れ行きが落ちて体力が衰えるのではないか」という懸念はあるだろうが、中古市場家電小売が囲い込めば中古購入も収入となるので、その点は問題ないと言ってよい。そもそも値引き交渉するぐらいなら下取りに出して浮いたお金で買えばいいのであり、それぐらいのこともできないからモンクレが湧くし、どこぞのオークションサイトは大繁盛なのだ。それと返金に応じるところと応じないところなら、応じてくれるところを利用するに決まっている。

そうすると、私たちはより多く選択権を与えられることになる。安い中古だが実績あるメーカーのものと、安い新品だがどこぞの馬の骨メーカーのものだ。ブランドは大事だよね、というなら中古を買えばいいし、サイズや見栄え、全部を捨てても新品がいいというなら後者を選べばいい。図書館ブックオフすら受け付けない人間もいるのは承知している。そういう人は新品だけ買えばいい。

正しく処女厨非処女厨の対立そのままだ。

もちろん既にそういう小売店はあるのだが、中古専門とかではなく、新品も中古もまとめて見れること、が必要だ。

そもそも返品するというのは理由がある。小売が中古市場と新品市場を包括するということは、返品される商品から傾向を読みとり、新商品への戦略を分析するのに役立つ。これまでの既製品の押し売りから、消費者意見の反映がされるようになることを意味する。お偉いさんは店頭に立たないので、データで分析するしかないばかりか、消費者意見に耳を貸したくても貸せない。ならば消費者の行動データをより多く集めることで、間接的に消費者意見の反映をさせること(しかもより多くの量、多くの面から)が重要だ。これを単純に二倍できるのが、新品市場に対する中古市場である。

新品にしか対応出来ていない家電小売は、ポイントで本を買おうとか、酒を取り扱ったりして迷走している。その上「売れない」とか言うんだから笑わせる。売れる市場なら目の前にある。よその業界の領域に半端に首を突っ込んで「もうけもうけ」などと抜かすな。

あと「新品が売れなくなる」と言う人がいるが、むしろ下取りなどの消費喚起を率先して行わずに「不景気だけどうち、新卒以外要らないから^^」という態度はいかがなものか。

ブランド価値が目減りする」と言う人もいるが、ブランド価値とはお金でしか表せないのか、考えてみるといい。むしろ知名度のある小売が中古市場に参入することで、中古商品も洗練される。

  • もちろん食物、薬はダメ

いや、そりゃあさすがに当然でしょ。逆に言えばそれ以外はOKと言ってよい。すべての業界にとって次なるフロンティアが「中古市場」だ。ハコモノだけ作って中身は別物でした、なんてのは無能のやることだ。

以上、葬祭関係を一通り終えてようやっとムカつきを吐き出した増田でした。

2010-03-01

ブラック企業」って言葉からしておかしくね?

ブラック企業ブラックたる所以は、倒産しないことにある。


続ければ続けるほど人を不幸にし、客を不幸し、日本経済を不幸にする存在は

本来ならばつぶれるべきなのだ。

そもそもドラッカーさんも、企業の最大の利点は、駄目な奴らが退場することだといった。

企業目的(役割とは違う)は雇用を確保することではなく、社会資することである。

つまり、ブラック企業はもはや企業ではないわけです。



そんな烏合の衆に「企業」という名前をつける。企業として扱う。雇用を確保させる役割を与えて援助する。

これは論理的にありえない。こういうのは経済政策とは言わない。

政府がやるべきはブラック企業をさっさとつぶすことだ。

ブラック企業が生じるメカニズム破壊することだ。

そうすれば、ブラック企業によって貴重な才能を食いつぶされていた人がまともに働けるようになる。

失業した人の生活支援にはブラック企業を援助するために使っていた金と、

そういうブラック企業を監視するために必要という建前で金大量に投じていたのに全然仕事しない労基の金をあてればいい。



ちなみに一番最初につぶすべきだと思うのは、学校

学校ほどのブラック企業はないよね。

え、学校企業じゃないって?だから最初に言ったじゃん

ブラック企業」って言葉自体おかしいんだから、ブラックな奴らは

企業であろうがなかろうが全部この言葉で呼んで、等しく処分すべき。

ブラックな上に、従業員の仕事ぶりが極端に国に影響あるとかドンだけ。

とりあえず理念もたず、無能な、短絡的思考しか出来ない教育をまともに受けてない、

自分子供DQNネームつけるような愚かな親の介入を許すような学校は全てつぶす。



一回まっさらにしないとだめだよね。

貧しい頃は良かったよね、何もなかったから用途に応じて必要なモノを作れた。

今は裕福って言われてるけど、無駄なものを維持するために一杯かね使わされて、

本当に必要なことをできるためにどれだけの資本があるっていうのか。

大企業の末端とか、国家公務員が勤める組織の下っ端とか、もうダメダメだよ・・・。

2009-12-12

王者の民、蕩々たり乎

「・・・私としては、この男を罪人よりもむしろ虎の仲間に分類するね」



さの対策。三項目の問題点、最後に可能性を探る。

はじめに

はてサは、路傍に立つ鮮血の防犯・喚起板は「性差別を助長する」と看板撤去の全国運動を展開しているのでも、

錠前メーカーに「貴社の製品社会の荒廃化をもたらす」と苦情を訴えているのでも、

悲惨なニュースを肴に「商売女と間違えられてもしかたない」、「親の顔がみたい」といった孫娘に向けられたお茶の間文明論を糾弾しているわけでもなく、

まして「自衛の言説の流布」と「予防拘禁」を天秤に掛けているわけではない事を確認する。


(1)[男は獣]

夜中に一人出歩く、基地周辺をロイタリングする、腿を露出する婦女子らに遭遇すると、陵辱せずにはいられぬ男を獣と(自)称するのであれば、

(2)[獣は檻に]

現状は「獣は檻に」を肯定する(曽野自身牽引役である)社会なのだから、あなたの定めた男性らは皆、檻へと収容されちまいますがよござんす?という反問、下らぬ稚気を社会規範に押し上げんとする不平な言い草に対する揶揄である。

(3)[皮肉にしても不穏当、左翼独善性が露呈した]

現行の「檻」に反発せず、文脈から抽出し殊更危険視するのは、むしろ「アンチはてサ」なる党派性の表出とされてしまうおそれがある。

被告の態度如何で「矯正の可能性が認められず、極刑もやむを得ない」といった一般予防の見地が加重された判決が出される度「真っ先に批判してくださる」ので、「非常に心強い」といった皮肉を返されるおそれがある。

 現実と齟齬する状況を想定してまで思考実験を続けたいのであれば、

もし現実犯罪被害者侮辱した曽野への批判を、反語ではなくフィクションで―往年の膝上スカート姿の筆者がピンボールマシン押し付けられ陵辱されるポルノ作品を以て揶揄したならば、「権利に紐をつけるな」論者らが果たして「この醜悪なポルノを描いた作者自身の独善性、暴力性が露呈した」と先んじて警告を発するものかどうか一考してからでも遅くない。

(「ポルノを対抗言論に貶めるな、芸術政治をまぶすな、フィクションそもそも論説ではない」といった批判は想定しない)



対策

「獣は檻に」の言説には、曽野の寄稿に「一理ある」、「李下に冠を正さずだ」といったタガの外れた擁護が存在した事実を踏まえなければならない。しかし、曽野発言、渡辺提言(男は獣)をまっさら肯定する以外、はてサを哂う論立てを増田が見いだせなかったのも事実である。

―超然たる「曲覚的」論理採用する他に道はない。

かのように無理筋を厭きるほど繰り出し、臆面もなく継ぎ足せば、相手から罵倒、もしくは黙殺を引き出す事は可能であろう。やり取りを眺め、はてサの「顕著な専断主義」、「狭量」を再確認し満足する外野もいるだろう。




[余録]

「とにかく幼女ポルノショップに立ち入らせる馬鹿はいない。若い娘に夜道の散策を推奨する馬鹿はいないさ。「瓜田李下」、姪っ子や娘の学友を自宅に招きたくば職業趣味を選ぶ事。「あなたは悪くない」と慰撫される羽目に陥りたくなければ自由の制限を受け入れる事さ。富時には富に縛せられという。窮屈な縄の上をびくびく渡る、始末のつかぬ自由に如何なる価値があるというのか。我々は友人と、家人らと囲みつつ、犯罪被害者を無遠慮に傷つけてきた。我々はひそかに他人の性癖、食い扶持を蔑み、その面目を損ねてきた。それもこれも文明呪詛、敵のぺてんに罹るのが馬鹿馬鹿しいからさ。殺人者の多くは真の意味での罪人ではない。野獣にすぎなくて、我々はナイフで頸を切られたくないので、少年を排除しなければならなかったにすぎない。アンブローズ先生答えて曰く殺人者が人を殺すのは積極的な素質からではなく消極的な素質からだ、と。殺人者は人を殺めぬ人間が持つ何物かを欠いている。得るより失うが容易いのは道理だから、我々はみな未来殺人者、二流の悪人であり、卑劣漢に転落するわけさ。個人は平等に強くなり、平等に弱くなった。この自業自得の弊竇に目をつぶる、メディアの愉悦を積極的に生活に取り入れながら卑劣の謗りを免れる事はかなわぬ。少年は世間、即ち他でもない君に顔を知られたのが、名を知られたのが苦痛であったのだ。我々は檻にかんぬきを差せと騒ぐが、しょせん獣であって畢竟檻に入れられる身だ。天子あらざる我々にのがれるすべはない。博徒に限らず、男に限らず、読者ならぬ作家でさえも」


http://d.hatena.ne.jp/apesnotmonkeys/20091207/p1

http://d.hatena.ne.jp/sionsuzukaze/20091207/1260198508

http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20091206/p7

http://d.hatena.ne.jp/ryankigz/20091208/p1

- 転職ならen
- 派遣ならen
3ページ中1ページ目を表示(合計:57件)